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さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)55号 判決 2004年5月26日

原告

同訴訟代理人弁護士

山田勝利

被告

蕨市長 田中啓一

同訴訟代理人弁護士

関井金五郎

清野孝一

主文

1  埼玉県知事が昭和38年11月15日付けで別紙物件目録記載1及び2の土地に対してした道路の位置の指定(指定番号第590号)は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

2 争点1(本件道路位置指定の申請の際に、原告の有効な承諾が存在したかどうか)について

(1)  本件道路位置指定に係る道路位置指定申請書(乙1の2枚目及び別紙図面2)をみると、確かに原告の署名と押印がなされているが、原告は、Aという人物を全く知らず、Aから道路位置指定のための承諾を求められたこともなく、乙1の署名・押印は原告の署名と押印ではないと強く否認しているところ、上記申請書の原告の署名は他の者の記載と同様の縦長の特徴ある文字で書かれた文字であり、原告自身が署名したものではないと認められる。また、原告が他の者に代筆させたことや承諾することを委任したことをうかがわせるべき資料はない。

そして、前記のとおり、原告は、本件母屋を引き家した昭和36年ころから昭和40年ころにかけて18番15と18番14の境界付近に門柱、ブロック塀、生け垣等を建造しているところ、もし本件道路位置指定の申請の際に原告が真に承諾していたのであれば、門柱、ブロック塀及び生け垣等を本件指定道路の中央に備え付けるのは不自然であり、原告は自己の所有する土地である別紙図面3のBGFEに囲まれた部分の利用が制限されるものと考えていたとは思われない。

また、原告は昭和36年ころまでに本件母屋を現在の位置に引き家をして移動させているのであるが、現在の本件母屋の玄関先から18番14の境界までの距離は約2mしかなく、もし、本件道路位置指定をすることになれば、原告の本件母屋の玄関先は本件指定道路に接するか又は本件指定道路に侵入する結果となってしまう。そこで、本件道路位置指定は18番14の土地所有が予定されていたAにとっては大きな利益をもたらすが、原告にとって著しい不利益をもたらすことになるのであり、相応の対価ないし特段の事情がない限り、原告が簡単に本件道路位置指定を承諾するはずがないと考えられる。

以上の事実に照らせば、本件道路位置指定について、原告の有効な承諾があったとは認められないというべきである。

(2)  被告は、昭和38年当時、建築基準法施行規則9条のとおり、道路位置指定の申請には承諾者の印鑑証明書の添付等は要求されておらず、申請書等に基づき判断されていたのであるから、申請から40年が経過しており、かつ、申請が代理人によってなされている本件のような事例においては、法的安定性の見地からも、仮に、承諾書の氏名の記載が同一人によってなされていたとしても、要承諾者の承諾のもとに代理人が署名捺印を代行して承諾書を作成したものと認定されるのが経験則にも適うと主張するが、採用できない。前述のように道路位置指定は土地所有権者にとって重大な土地利用権の制限をもたらすものであるから、土地所有権者の有効な承諾があることは道路位置指定の要件であり、単に申請したのが現在より40年前であり、当時印鑑証明書の添付が要求されず代理人により申請されるのが一般であったとしても、そのことによって、所有権者の承諾があったと推認することはできない。

3 争点2(原告の承諾を欠くことが重大かつ明白な瑕疵といえるか)について建築基準法施行規則9条が、道路の位置の指定を申請するに際して、道路の敷地となる土地の所有者等の権利者の承諾書の添付を要求している趣旨は、道路の位置の指定を受けると、以後その土地の所有者等は、その指定部分に建物を建築することができなくなる(建築基準法44条1項)等、その有する権利に重大な制約を受けることになるから、それらの者の承諾を得ることとして、その保護を図ったものであると解される。したがって、上記承諾を欠く道路の位置の指定は法の定める要件を欠く瑕疵ある行政処分というべきであり、この瑕疵は事柄の性質上それ自体重大なものである。そして、本件は、道路位置の指定により直接権利者の制約を受ける原告の承諾を欠いているものであり、乙1の原告名義の署名は他の申請者らの字体と同じで、原告本人のものか一見して疑義が生ずるものであり、行政庁において慎重に調査を遂げれば事実関係が容易に判明し得たと考えられるから、その瑕疵は明白というべきである。したがって、本件道路位置指定は無効というほかはない。

4 争点3(原告は、本件道路位置指定処分について、事後に明示又は黙示にこれを追認し、瑕疵の治癒があったといえるかどうか)について

(1)  道路位置指定において、関係権利者の承諾を求める趣旨は、前記のとおり敷地権利者の保護にあるが、一方で、いったん道路の位置の指定がなされると、それを前提として種々の権利関係が形成されることとなるから、法的安全及び第三者の信頼の保護が要請されることになってくることを考慮すると、上記指定について、申請時に当該権利者の承諾が欠けていたとしても、後日その者が明示又は黙示に上記指定を追認し、あるいはこれを承諾したと認めることのできる事情があれば、上記の瑕疵は事後的に治癒したものと解すべきである。

(2)  そこで、原告が、本件道路位置指定を追認したとみるべき事情が存在するかどうかを検討する。

ア  まず、原告の本件指定道路の利用状況をみると、本件指定道路のうち原告所有の18番15の土地に係る部分は別紙図面3のBEFGで囲まれた部分であり、原告が設置しているブロック塀、フェンス、木戸等の設置物(以下「ブロック塀等」という。)で囲まれた状態となっている。具体的には、本件指定道路のほぼ中央である別紙図面3のEFの部分にはブロック塀等が存在し、PQRFの部分には石のブロックで造られた物置小屋が存在し、同図面NOの位置に設けられている木戸も一般に通行のために利用されてはいない。また、本件建物には2階ベランダが突き出ており、ベランダ先からブロック塀等へは約2mより狭くなっている。

このような利用状況からすると、別紙図面3のBEFGの部分は18番15、23、24及び29に通行するための通路として使用しているとはいえず、本件道路位置指定がなされてから現在に至るまでその利用状況はほとんど変化していないと認められる。

したがって、原告が、本件道路位置指定の存在を前提として18番15のBEFG部分道路として利用しているとはいえない。

なお、被告は、本件アパートのベランダの設置時期や支柱の位置を問題とするが、原告本人尋問の結果によれば、本件アパートのベランダはアパート建築当初から設置したものであり、支柱の位置はもし一番外寄りに設置すると1階庭部分の利用の邪魔になると考えたことによるもので、別紙図面3のBCLE部分が道路位置指定を受けたことを意識してベランダの設置を遅らせたり、ベランダ支柱箇所を選択したことはないことが認められる。

イ  また、道路位置指定を受けた道路は、地方税法348条2項5号の「公共の用に供する道路」として固定資産税の課税対象から除外されるところ、原告は18番15の土地の固定資産税として174.28m2に相当する納税額を支払っており、本件道路位置指定を受けた部分を課税対象から除外する措置はとっていない。

ウ  以上から、実際の使用状況において、原告が本件道路位置指定部分を通路として使用するなどの方法により、追認又は承認していたとみるべき状況は存しない。

(3)  本件アパートの建築及び本件母屋増築に際しての建築確認は本件道路位置指定を前提としているといえるか。

被告は、本件確認2及び3の際に、本件指定道路を前面道路として利用しなければ建ぺい率や採光確保の点から建築確認がなされるはずはなく、原告は、本件指定道路の存在を前提として建築確認の申請をしているはずであるから、これにより原告が本件道路位置指定を追認した事実が認められると主張する。

しかしながら、以下に述べるように、本件確認2及び3の際に本件指定道路の存在を前提に確認が行われたとは必ずしもいえない。

ア  本件確認2について

本件確認2の内容は、申請書が保存されていないため、建築確認受付簿(乙4)で推認するほかないが、本件確認2(昭和40年7月13日)については、用途が重層長屋、敷地面積99.17m2、建築面積42.14m2、延面積79.73m2とされているところ、配置図がないため建物の敷地をどのような範囲で99.17m2としたのか証拠上明らかでない。しかし、敷地面積が99.17m2とされていること、18番15の土地の東側には増築前の平家建ての母家があったが西半分は空いており、西半分の土地は西側公道に面しているから、別紙図面3のAELDのような範囲を本件アパートの敷地として確認申請した可能性を否定できない(このような形の建物敷地であれば、本件アパートに関し建ぺい率違反や居室採光確保違反の問題も生じない。)。そして、建築確認申請については申請に係る新建物と敷地の範囲を示せば足り、周囲の既存建築物についての記載までは要せず、後記のとおり昭和40年当時、確認申請に当たり、蕨市職員による現地調査が全件必ず行われたとは断じ難く、本件確認2において被告が何らかの是正を命じたなどの証拠もないから、上記申請どおりの内容で確認がされた可能性を否定できないというべきである。

この結果は既存建物である本件母家の敷地が道路に面しなくなって、建築基準法第3章のいわゆる集団規定に適合しないこととなるが、そのことは新建築物に係る確認処分の是非とは別個の問題である(一般にいったん確認を受けた敷地であっても、後にこれを分割するなどして別個の計画建築物の敷地予定地として、新たな確認処分を受けることは可能と解されている。もっとも敷地の重複使用により既存建築物が違法化することが明らかな場合は、建築主事は申請者に対し、計画の変更等を指導することが望ましいが、本件では実際に是正指導がなされたという証拠はない。なお、東京地裁昭和62年4月28日判決・判例時報1244号79頁や島田・関「建築基準法体系」第5次全訂新版379頁等参照。)。

そうすると、本件確認2に関し、本件指定道路を前提としなければ確認があり得なかったとは必ずしもいえない。

なお、更に付言すれば、本件アパート確認申請当時、既に18番15の土地の東側には増築前の平家建母家が存在したから、同建物の公道への通路を確保する目的で南側2mを空け、BC線を本件アパートの敷地南樹境界とし、ABCDのような形で本件建物2の建物敷地とした可能性もあるが、このような形でもCD線を東側で寄せることとして99.17m2の面積の敷地を確保すれば建ぺい率違反は生じない。また、アパートの居室採光確保の点は、確認申請の図面においてアパートの構造や配置が現在の別紙図面3に示すとおりであったとは本件証拠上確定することはできない。したがって、BC線を敷地境界とすれば、当然にアパート居室の採光確保の点から確認がおりなかったとは必ずしもいえない。

イ  本件確認3について

次に、本件確認3(乙5。昭和41年12月19日確認)については、用途が住宅、敷地面積107.441m2、建築面積41.405m2、延面積79.50m2とされているが、これも建物配置図がないため、いかなる範囲として敷地面積107.441m2をとったのか証拠上明らかでない。しかし、もし、原告が本件道路位置指定を承認してそれを前提に本件母家に関する本件確認3をしたとすれば、本件母家増築のため建物敷地を107.441m2と申告することはあり得ないというべきである。なぜなら、もし別紙図面3のBEFGの範囲(面積33.6m2と計算される。)を位置指定道路とすることに承認したとすれば、18番15の土地(地積174.28m2)のうち建物敷地として用い得る範囲は全体で約140m2余りとなり、仮に本件アパートの敷地範囲をABCDの形(67.28m2)で取ったとして、残りのDCGHの形の土地の範囲を107.441m2とすることはなし得ないからである。そうすると、本件確認3に際しては、敷地の範囲を別紙図面3のBCDHFEに類するような形で申請したと推認せざるを得ない。このような形で敷地を定めたとすると、いわゆる敷地の重複使用の問題となり、既存の本件アパートの建ぺい率や採光確保に関し後発的に建築基準法の集団規定違反の事態も生ずるが、そのことは、新建築物に係る確認処分の是非とは別個の問題である。先に述べたとおり、確認申請に当たり、申請建物以外の周囲の既存建築物の位置を確認申請図面において示す必要はないし、一般にいったん確認を受けた敷地であっても、後に別個の計画建築物の敷地予定地として、新たな確認処分を受けることは可能と解されている。そして本件では敷地の重複使用に当たるからとの理由で本件確認3に当たり確認内容につき是正指導がなされたという証拠はない。したがって、本件指定道路を前提としなければ本件確認3があり得なかったとは必ずしもいえない。

ウ  この点に関し、証人Bは、「BCGFEの部分を指定道路でなく、路地状敷地の形で接道義務を果たすとの前提での確認申請を行っても、適法に建築確認を受けることはできない」とか「敷地の二重使用がなされた状態で建築確認の申請がなされれば、蕨市職員が現地調査を行い、訂正の対象となるのであり、敷地の二重使用をして建築確認の申請がされたとしても建築確認がなされることはない」旨証言する(同証言調書1―9、10)。しかし、昭和40年当時、建築確認の際に蕨市の職員が全件必ず現地調査を行い、申請書面に記載があるとは限らない周辺建物の状況等についてまで確認して不当なところがあれば申請内容を修正指導していたとは考えられない。また、昭和40、41年当時、確認申請があったときに必ず現地調査を行っていたのであれば、本件指定道路が道路としての形態を何ら有していないことを当然知り得たのであるから、本件確認2及び3の建築確認に当たり、本件指定道路部分について道路の形態を確保するように何らかの行政指導等が行われたと考えられるが、現在までそのような指導がされたことを窺わせるに足りる証拠は存在しない。以上から証人Bの上記供述については採用することができない。

エ  このように、本件確認2及び本件確認3に当たり、本件指定道路を前提にしていなければ確認がおりなかったとはいえないから、被告の前記主張は前提を欠くものであり、採用できないというほかない。

(4)  以上のとおり、原告が本件道路位置指定の存在を積極的に又は黙示的に利用ないし承認する等原告が本件道路位置指定の存在を追認したと認められる事情は認定し難いから、原告が本件道路位置指定を追認したと認めることはできない。

したがって、本件において、原告の承諾を欠いた本件道路位置指定の瑕疵の治癒があったとはいえないから、この点の被告の主張は採用できないというべきである。

5 結論

以上の次第であって、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 松村一成)

別紙図面3

<省略>

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