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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)105号 判決 2003年11月18日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中240日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,通信制の短期大学を卒業後,就職活動をしたが就職先がなく,アルバイトなどをして働いていたが,対人関係がうまくいかず勤め先を短期間でやめることを繰り返し,平成14年11月から,パート勤めをしていた母親とともに埼玉県a市所在のb団地c号棟d号室に居住していたものであるが,まじめでおとなしい反面,対人関係に自信が持てず,自分が太っていることを気にして劣等感を抱き,母親に費用を負担してもらい,エステティック・サロンやスポーツジムに通うなどしており,母親から生活態度を注意されても,「やせたら働く」などと言い返して取り合わず,気ままな生活をしていた。平成15年1月1日ころ,前夜,仕事から疲れて帰宅した母親に対して,被告人が,「また脂肪取りをしたい」「うちの毛布は汚いから新しいのを買って」などと言い出したことから,これまで被告人のわがままを聞き入れていた母親も,疲れて帰宅しても,被告人がわがままを言い,時には朝まで寝かせてくれないことがあり,給料が減って経済的に苦しくなっているのに,高額のエステのローンを組むなどしていたことに内心腹を立てていたこともあり,これまでの被告人に対する不満を抑えきれなくなって,無意識のうちに素っ気ない態度を見せたところ,被告人は,かつてない母親の態度に,自分が見捨てられたのではないかと急に不安になり,「携帯電話に嫌がらせのメールがくる」などと言って母親の気をひこうとしたり,「今まで3年間,蹴飛ばしたりいろいろやっていつも悪いと思っていた。もう絶対しないから」などと言って謝るなどした。そして,被告人は,同月4日も母親に仕事を休んでもらい,太っている悩みなどを相談していたが,母親から見捨てられたのではないかという不安は解消できず,翌5日午前9時30分ころ,「仕事に行っていいよ」などと言って母親を仕事に送り出したものの,自宅に一人で残されると,不安な気持ちを抑えることができなくなり,とっさに,自宅に放火して自殺をしようと考えた。

(罪となるべき事実)

被告人は,以上のような経緯で,母親から見捨てられたという不安な気持ちを抑えきれなくなり,とっさに,自殺をするために母親とともに居住していた自宅に放火しようと決意し,平成15年1月5日午前11時40分ころ,16名が現に住居に使用している集合住宅である前記b団地c号棟(鉄筋コンクリートブロック造陸屋根2階建,床面積合計339.82m2)d号の自宅1階の台所において,バスタオル2枚をガスコンロの火で着火させ,1階洋間において,火の着いたバスタオル2枚をそれぞれ床板の上及び洗濯かごに掛けてあったタオルケットの上に置いて火を放ち,その火を同室の天井等に燃え移らせ,よって,上記c号棟d号の居室部分(床面積合計約42.48m2)を全焼させて焼損したものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法108条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,自殺をするために,集合住宅内にある自宅に放火し,全焼させた現住建造物等放火の事案である。

犯行に至る経緯は,先にみたとおりであって,被告人は,仕事もしないでエステティック・サロンやスポーツジムに通うなどして自宅で気ままに暮らし,精神的にも経済的にも母親に甘え,依存した生活を送っていたところ,これまでの被告人のわがままな態度に業を煮やした母親が無意識のうちにとった素っ気ない態度を見て,母親から見捨てられたのではないかと急に不安になり,正月の三が日の休みを終えた後も母親に仕事を休んでもらい,太っている悩みを相談するなどしていたが,事件当日,母親が仕事に出掛けるのを見送り,自宅に一人で残されると,不安な気持ちを抑えきれなくなり,とっさに,自殺をするために自宅に放火をしようと考えて,犯行に及んだというのであり,犯行の動機は余りにも幼稚で,自己中心的かつ短絡的というほかなく,動機に酌量すべき余地はない。犯行の態様も,被告人は,放火を決意すると,バスタオルを持って台所に行き,点火したガスコンロの火を着火させ,火の着いたバスタオルを紙袋や引越荷物の段ボール箱などが散乱している洋間の床の上や洗濯かごに掛けてあったタオルケットの上に置いて火を放ち,この火を天井やカーテン等に燃え移らせて2階建ての自宅を全焼させており,幸い早期に発見されて消防隊により消火活動が行われたため,被告人方のみを全焼して鎮火したというものの,隣家の塩化ビニール製の波板壁等を類焼したり,室内に煤煙を流入させるなどの被害を与えており,本件集合住宅が,約12メートルの間隔で同様の建物が建ち並ぶ団地群の一角に所在し,被告人と母親を含む18名が住居として使用していた共同住宅であることを考えると,発見が遅れていた場合には建物全体を焼損させ,あるいは隣接する他の共同住宅をも類焼させるなど被害が拡大していた危険性も否定できず,居住者や近隣住民に与えた不安や恐怖感は大きかったと認められる。本件住宅の焼損による財産的損害は530万円余りに上っているが,これまで被害弁償はされていない。これらの点からすると,被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

そうすると,被告人が,事実を認め,公団や近所の人に迷惑を掛けたと述べて,反省の態度を示していること,衝動的犯行であって,計画性は認められないこと,被告人の人格特徴や知的能力が本件犯行の遠因の一つになっていると考えられること,母親が,監督を誓約するとともに,隣家に対して16万円余りを支払って被害弁償をしていること,前科前歴がないことなど,被告人のためにしん酌できる事情を十分に考慮し,酌量減軽をしてみても,主文掲記の科刑は免れない。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)

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