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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)1414号 判決 2006年5月25日

主文

被告会社株式会社甲を罰金2億4000万円に処する。

訴訟費用中,証人H及び同Qに支給した分の2分の1は被告会社株式会社甲の負担とする。

被告人Aは無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社株式会社甲は,埼玉県朝霞市内に本店を置き,自動車の設計,製作及び販売等を目的とする資本金3億円の株式会社(代表取締役被告人A)であるが,同社の社長付として,その決算業務や法人税の確定申告業務等を統括していたB及び同社総務経理部社員Hらが共謀の上,同社の業務に関し,法人税を免れようと企て,架空の直接材料費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上

第1  平成9年11月1日から同10年10月31日までの事業年度における同社の実際所得金額が12億9407万5008円であったにもかかわらず,同11年2月1日,所轄朝霞税務署において,同税務署長に対し,欠損金額が1億7835万3526円で,納付すべき法人税額が零円であり,かつ,所得税額4万6495円の還付を受けることとなる旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により,同社の上記事業年度における正規の法人税額4億8523万1600円と上記還付所得税額との合計4億8527万8000円を免れた

第2  平成10年11月1日から同11年10月31日までの事業年度における同社の実際所得金額が11億6213万0459円であったにもかかわらず,同12年1月31日,上記朝霞税務署において,同税務署長に対し,欠損金額が2億5402万6913円で,納付すべき法人税額が零円であり,かつ,所得税額4万6176円の還付を受けることとなる旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により,同社の上記事業年度における正規の法人税額4億0088万8600円と上記還付所得税額との合計4億0093万4700円を免れた

第3  平成11年11月1日から同12年10月31日までの事業年度における同社の実際所得金額が3億8096万2397円であったにもかかわらず,同13年1月31日,上記朝霞税務署において,同税務署長に対し,欠損金額が6377万0638円で,納付すべき法人税額が零円であり,かつ,所得税額6万0260円の還付を受けることとなる旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により,同社の上記事業年度における正規の法人税額1億1422万8300円と上記還付所得税額との合計1億1428万8500円を免れた

ものである。

(被告会社に対する有罪認定の補足説明及び被告人Aの無罪理由)

第一前提事実

関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

第1本件の背景事情等

1  被告会社株式会社甲,株式会社乙及び株式会社丙

被告会社株式会社甲(以下「甲社」という。)は,戊株式会社(以下「戊社」という。)の創業者Cの長男である被告人Aが昭和48年に設立した会社であり,設立以来同人が代表取締役を務め,本件当時は主としてF1を初めとするレーシングカー用エンジンの開発,製造及びレースチームへの供給等を業として行っていた。甲の事業年度は毎年11月1日から翌年10月31日までであった。

株式会社乙(以下「乙社」という。)は,被告人Aの母親であるDや被告人Aが代表取締役を務め,両名がそれぞれ50パーセントの株式を保有する会社であり,甲社に対し,工作機械をリースしたり,資金を貸し付けたりするなど,甲社を経済的に支援する業務がその業務の大部分を占めていた。乙社の事業年度は毎年1月1日から12月31日までであった。

株式会社丙(以下「丙社」という。)は,D,被告人A,被告人Aの兄弟(以下「A家」という。)が株式を保有するA家の資産管理会社であり,戊社株式を保有,管理していた。

2  甲社の業績悪化とA家,戊社による経済的支援

(1) 甲社は,平成元年ころから,F1レースに参戦するため,多額の設備投資を行い,F1用のレースエンジンの独自開発を試みるなどしたものの,開発費用がかさんで業績が悪化し,累積損失が増加していった。

そのころから,D,被告人A,乙社,丙社(以下「A家等」という。)により,甲社に対して,①D,被告人Aの甲社に対する貸付金の金利を無金利とし,乙社の甲社に対する貸付金の金利を相場より低く設定する(以下「金利優遇措置」という。),②被告人Aが甲社に賃貸していた同社敷地(以下「A土地」という。)の地代を相場より低く設定する(以下「A土地地代の低額設定」という。),③乙社が甲社にリースしていた工作機械(以下「本件工作機械」という。)のリース料を相場より低く設定する(以下「リース料の低額設定」という。),④甲社と乙社の役員を兼任していたE,Fに対する役員報酬を乙社のみで負担する(以下「役員報酬の肩代わり」という。),⑤甲社が銀行から資金を借り入れるに当たり,丙社がその保有する戊社株式等を無償で担保として差し入れる(以下「戊社株式の無償担保差入」という。)などの経済的支援が行われるようになり,平成7年10月期(23期。同6年11月1日から同7年10月31日までの事業年度のことをいう。)においてもその経済的支援は続いていた。

(2) 一方,平成4年ころから,戊社も甲社に対する経済的支援に乗りだし,その過程で,甲社はF1レースへの独自参戦を断念し,戊社から業務委託費等の提供を受け,同社と共同でF1用のレースエンジンの開発製造,供給事業を行うことになり,同5年には,戊社から40パーセントの資本参加を受けるに至った。

(3) しかし,その後も甲社の業績は改善されることなく,累積損失は膨らみ続け,23期末時点で甲社が抱えていた累積損失の額は約16億円,不良資産約16億円,借入金約50億円に上り,そのうち,D,被告人A及び乙社からの借入金は合計12億円余りであった。また,平成8年10月期(24期)の損金に算入することのできる税務上の繰越欠損金の額は16億円余りであった。

3  被告人Aの不安,不満,希望等

(1) 平成3年8月に死亡したCの相続に伴って,被告人Aら相続人が納付すべき相続税額が60億円余りの多額に上り,さらには,相続財産の申告漏れに伴い,加算税を含めて約2.7億円を追加納付することになり,これらの納付資金を捻出するため,丙社が保有する戊社株式を売却することを余儀なくされたことから,被告人Aは,多数の戊社株式を失ったことや相続税申告を担当した税理士の能力に不満を抱くとともに,将来,Dからの相続の際にも多額の相続税を納付する必要があるのではないかと不安を感じるようになり,そのときに備えて何らかの対策を取る必要があると考えるようになった。

(2) また,被告人Aは,甲社がF1レースに参戦するに当たり,戊社から年間20億円の資金援助を受ける約束になっていたのにその約束が守られず,そのことが甲社の経営悪化の一因となったと考えていたこと,C死亡後,戊社のA家に対する対応が冷たくなったと感じていたこと,戊社の出資後も甲社の経営状況が抜本的に改善されるに至らず,かえって甲社の経営方針が戊社の意向に振り回されるようになったと感じていたことなどから,戊社や当時の同社代表取締役Jに対する不満を募らせていった。

甲社は,こうした背景から,戊社と良好な関係を築けずにいたが,甲社が大手自動車メーカーから経済的支援を受けることなく,単独で莫大なコストのかかるF1レース事業を行うことは不可能であったし,甲社の代表取締役である被告人Aが戊社の創業者の長男であるという事情により,甲社が戊社以外の自動車メーカーから経済的支援を受けることは事実上不可能であったことから,被告人Aは,甲社がF1レース事業等を安定的に続けていくためには,戊社との関係を正常化し,長期にわたり十分な経済的支援を受けることが必要不可欠であると考えていた。

(3) さらに,被告人Aは,C死亡後,その業績を後世に伝えていくための記念館(以下「C記念館」という。)の設立を希望していた。

4  被告人AとBとの関係

(1) Bは,昭和41年に戊社に入社し,本社経理部,財務部,海外支社等の勤務を経て,平成3年からは本社監査室に勤務して同社の関連会社に対する監査業務等に従事していたが,同社が甲社に出資したことに伴い,同5年に甲社の非常勤監査役に就任し,同8年6月,己株式会社(以下「己社」という。)の監査役に就任することに伴い,実質的に甲社の監査役を退任するまでの間,平成5年10月期から23期までの3期にわたる甲社に対する年に一度の業務監査に立ち会い,その過程で被告人Aと知り合った。

(2) 被告人Aは,平成7年ころから,戊社の担当者やBに対し,甲社の経営状況について相談するとともに,戊社に対する上記不満を打ち明けるようになった。これを受けて,Bが23期の業務監査の際,甲社の業績が悪化したのは戊社の対応の悪さにも原因がある旨の指摘を行ったほか,同8年2月には,甲社と戊社との関係改善に向け,両社間でミニ事懇といわれる懇談会(以下「ミニ事懇」という。)が開催されるに至り,以後,甲社の経営を立て直すため,戊社の甲社に対する経済的支援が検討されることとなった。

(3) 以上のほか,被告人Aは,そのころ,将来Dからの相続の際の相続税納付に関する上記不安についてBに相談したり,Bと共同してC記念館を設立し,運営する事業(以下「記念館事業」という。)を行うことをも話し合ったりするようになった。

(4) 被告人Aは,一連の経過を通じ,Bが親身になって自分の相談に乗ってくれたばかりでなく,戊社からの出向者であるにもかかわらず,甲社のために尽力してくれたと感じたことなどから,Bに対する信頼を深めていった。

第224期,25期

24期から26期の初めにかけて,甲社において以下の各措置が実行された。これらの措置は,おおむね,①平成8年2月のミニ事懇において,戊社の甲社に対する経済的支援が検討されることとなったことを受け,甲社において,戊社から有利な経済的支援を受けるための試みがなされたこと(2(1),(2),(4),4),②戊社から甲社に対する新たな経済的支援が提案された同8年9月から,甲社から乙社等への多額の送金が始まったこと(3(1),5(1),(3)),③甲社において,各期終了後の決算時に不正会計処理が行われ,同処理が折り込まれた決算書に基づき,法人税の確定申告が行われたこと(3(2),5(2)),以上の3つに分けてみることができる。

1  いわゆる「過去の清算」の主張

(1) 甲社では,遅くとも平成8年5月ころまでに,過去,甲社のF1レース参戦に当たり,戊社が年間20億円の資金援助を行う約束等を守らなかったことにより,甲社が損害をこうむったため,A家等が甲社に対する経済的支援を余儀なくされたとの論理のもと,

ア 甲社が,過去,戊社の約束不履行によりこうむった損害(以下「過去損害」という。)を戊社から清算してもらう必要がある

イ① 甲社が,過去,A家等に負ってもらった経済的支援に伴う負担分(例えば,本件工作機械のリース料の金額と相場の金額との差額等。以下「過去負担分」という。)をA家等に対して清算する必要がある

② 今後は,A家等による経済的支援に伴って甲社に有利になっている契約内容を見直し,リース料の金額を相場の金額に引き上げる等,A家等との取引を適正化(以下「取引適正化」という。)する必要があるなどと主張されるようになった。もっとも,これらは上記のように厳密に整理された形で主張されていたわけではなく,用いられる言葉も「過去の精算」「過年度の精算」「過去の補償」「取引適正化」などと様々であった。

(2) 平成8年5月15日ころから,被告人Aが,戊社の当時の副社長であるKに対し,戊社に対してこれまでに抱いてきた不満や今後の要求等が記載された数通の書簡を交付するようになった。これらの書簡は,被告人AがBに話した内容を,Bがまとめて作成したものであり,被告人Aもその内容を了解した上,Kに交付していた。

同日付け書簡には,過去損害に「私の母及び私個人の無金利貸付(母には私から金利相当分を一部支払っていた)や地代などの精算」を含めるとその総額は64億円に上る,金額の支払を要求するわけではなく,まずは金額の確定をお願いしたいなどと記載されていた。

(3) また,平成8年5月18日ころ,Fが,Eの指示を受けて,過去負担分の内容や金額を表にまとめた同日付け「(株)甲に対する支援体制」と題する書面(以下「5月18日付け「支援体制」」という。)を作成した。

同書面には,過去負担分の内容として,戊社株式の無償担保差入,A土地地代の低額設定,金利優遇措置,リース料の低額設定,役員報酬の肩代わり等の各項目が記載され,各項目の右側の「通常の商取引」欄には各項目に対応する相場の金額等が,その右側の「現状」欄には甲社に有利になっている当時の契約内容に基づく金額等が,その右側の「差額(年間)」欄には両金額の差額が,それぞれ記載されていた。

2  戊社から有利な経済的支援を得るための各措置

(1) 24期上期決算

ア 甲社では,24期上期(平成7年11月1日から同8年4月30日まで)終了後,経理部社員のGらが戊社に提出するための上期決算の作成作業を開始した。

イ しかし,遅くとも平成8年6月末までに,Bが,戊社から有利な経済的支援を得る目的で,上期決算に関して以下の方針を立てた。

(ア) 23期末時点で甲社の乙社からの借入金残高は4.9億円であったが,24期上期中に甲社から乙社に借入金の返済として2億円が送金されたため,上期末時点での乙社からの借入金残高は2.9億円になっていたところ,戊社に対し,甲社には自力で借金を返済する資金的余裕がないように見せかけるため,上期末時点においても,乙社からの借入金残高が23期末の4.9億円のまま維持されていることとする。

(イ) そこで,乙社に対する上期の2億円の送金は,乙社に対する借入金の返済に充てられたのではなく,A家等に対する過去負担分の清算や,取引適正化後の金額と当時の甲社に有利な契約内容に基づく金額との差額(以下「取引適正化後の差額」という。)の支払(以下,過去負担分の清算と取引適正化後の差額の支払をあわせて「過去負担分の清算等」という。)に充てられたこととすることにより,乙社に借入金を2億円返済した会計処理を取り消す。

(ウ) しかし,24期上期決算の会計処理上は,上記過去負担分の清算等に基づく2億円の費用を,過去負担分の清算等の各項目に対応する適切な費用科目により計上するのではなく,原価として計上し,24期通期の決算の際,適切な費用科目に直すこととする。

(エ) 甲社がミニ事懇の際に戊社に提示した甲社の中期事業計画(以下「旧事業計画」という。)において,24期通期の経常利益見込額が1.4億円とされていることを目安として,24期上期決算の経常利益の額をおおむね5000万円程度にする。

ウ Bは,上記方針に基づき,過去負担分の清算等を理由とする2億円の費用計上を説明する資料を作成することとし,同年6月27日,Fに5月18日付け「支援体制」をファックス送信してもらった上,同年6月28日から同年7月2日にかけて,①5月18日付け「支援体制」の「差額(年間)」欄を「支払うべき金額」欄に変え,②「支払うべき金額」の合計金額が約2億円になるよう,同「支援体制」に過去負担分の内容として記載されている各項目の一部を抜き出すなどして,同「支援体制」を改訂するよう指示し,過去負担分の清算等の内容や金額,その合計額が約2億円となること等を記載した平成8年7月1日付け「(株)甲に対する支援体制」と題する書面(以下「7月1日付け「支援体制」」という。)を作成させ,同書面に基づき,上記方針に沿った会計処理を行うようFに指示した。

エ Bは,その後,自らGに指示して,①上期に乙社に借入金を2億円返済した会計処理を取り消すと同時に,②甲社が乙社からF1用のレースエンジンの製作等に用いる材料を購入したことはないのに,乙社に対する架空のF1の直接材料費等を計上したり,F1の売上を除外したりするなどして,利益を2.03億円圧縮し,③②の処理の結果,経常利益が赤字になるので,架空計上した直接材料費を資産科目に振り替えるなどすることにより利益をかさ上げし,経常利益が5000万円よりやや低い約4400万円となるように調整する不正会計処理(以下,架空の費用科目を用いて費用を計上するなど,経済実体を反映しない会計処理のことを「不正会計処理」というが,このことは,必ずしも,法人税ほ脱に直結する会計処理を意味するわけではない。)を行わせた上,これらの会計処理を折り込んだ平成8年7月11日付け上期決算概況書を作成させ,同年7月17日,戊社に提出させた。

Gは同概況書の提出後,24期通期の決算の際に混乱が起こることを防ぐため,上記③の処理を取り消す会計処理を行い,上記①,②の処理が行われているだけの状態に戻した。

(2) 修正中期事業計画の作成

Bは,その後の同年8月ころ,Gに指示し,今後,A家等に対する過去負担分の清算等を行う必要があるとして,旧事業計画で提示した24期ないし26期の経常利益見込額を下方修正する内容の戊社宛の同年8月8日付け修正中期事業計画(「第24期最終見通しと修正中期計画について」)を作成させ,戊社に提出させた。その表紙には,「25・26期についてはA社長が個人的に負担をしておりました当社役員報酬や地代等を適正取引として会社決算に折り込んだ(貴殿よりご指導により)修正中期計画として作成いたしました。」と記載されていた。

(3) 戊社の平成8年9月24日付け「提案書」

戊社は,同年2月のミニ事懇以来,甲社に対する経済的支援を検討してきたが,同年9月初めころ,甲社に対する新たな経済的支援の内容を取りまとめた「提案書」の案を甲社に提示し,その後若干の修正を加えた上,同月24日,同日付け「提案書」(以下「提案書」という。)を甲社に交付した。

「提案書」では,甲社に対する経済的支援の期間は24期から26期までの3年間とされ,①その3年間の経営改善目標として,累積損失と不良資産を解消し,約50億円の借入金を約10億円にまで減らすこと,各期の経常利益見込額を約4億円ないし約10億円とすることなどが示されており,②具体的な経済的支援の内容として,F1等のレース事業に関して戊社が甲社に業務委託費として支払う支援金を大幅に増額すること,24期中に戊社が甲社の不良資産等を10.7億円の高値で買い取ること等が提案されていた。 また,③「借入金についてAファミリー関与分の解消」と題して,甲社が,上記不良資産等の売却によって得られた資金をA家等への借入金返済に優先的に充当し,24期末までに全額返済すること,丙社が甲社の銀行借入の担保として差し入れている戊社株式について,できるだけ早期に担保を解除することが提案されていたものの,甲社がA家等に対して過去負担分の清算等を行うことについては何も触れられていなかった。

(4) K宛書簡

ア 被告人Aは,「提案書」の案が甲社に提示された同8年9月初めころから,Bの作成した被告人A名義の4通の書簡(平成8年9月2日付け,同月11日付け,同月17日付け,同年10月8日付け)をKに交付した。これらの書簡には,おおむね以下の内容が記載されていた。

(ア) 「提案書」の案では,甲社に対する経済的支援の期間が26期までの3年間に限定されていることや,過去負担分や過去損害の清算について言及されていないことに対する不満(9月2日付け)

なお,10月8日付け書簡には,被告人AとKとの合意内容の骨子と称して,「6年かけてのプロジェクトであるが当面の3年間の計画と実績を作り上げる。」と記載されていた。

(イ) 「提案書」の案に示された経営改善目標は,今後,甲社がA家等に対して過去負担分の清算等を行うことが前提とされていないため,過去負担分の清算等を行うと,26期末までに借入金を圧縮し,累積損失を解消するという「提案書」の経営改善目標を達成することは困難であること(9月11日付け)

(ウ) 過去損害等の額は78.4億円(9月2日付け書簡には64.4億円から78.5億円と記載されている。)に上るところ,今後,場合によっては,戊社に対し,その清算を要求するつもりであること(9月2日付け,11日付け,17日付け,10月8日付け)

イ また,同じく同年9月初めころ,BがGに指示して,過去損害や過去負担分の具体的な内訳・金額や,それらの総合計が78.4億円になる旨記載した書面(以下「損害書面」という。)を作成させた。

3  24期の送金・決算・確定申告

(1) 甲社から乙社等への送金開始(24期)

「提案書」の案が甲社に提示された同8年9月初めころから24期末までに,以下のとおり,BがG,Fに指示し,A家等に対する借入金の返済のほか,過去負担分の清算等を理由として甲社から乙社に多額の資金を送金させ,その資金の一部を乙社からさらに別法人に送金させた。

ア 甲社から乙社への送金開始

Bは,Gに指示し,同8年9月中に,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社に計3億円を送金させ,Gはこの送金を架空の直接材料費として処理した。

イ A家等に対する借入金の全額返済

Bは,「提案書」の提案を受け,同年10月4日,Fに指示して,甲社のDからの借入金4.05億円を全額返済させた。

Bは,その後の同月25日,Gに指示して,「提案書」に基づく24期の業務委託費(「提案書」には3億円と記載されている。)として戊社から甲社に送金された資金のうち,3.09億円を甲社から乙社に送金させ,同月31日,「提案書」に基づく不良資産等の売却代金(「提案書」には10.7億円と記載されている。)等として戊社から甲社に送金された資金のうち,約10.79億円を甲社から乙社に送金させ,これらの送金を乙社(23期末の借入金残高は4.9億円)や被告人A(同期末の借入金残高は3.45億円)に対する借入金の全額返済及び乙社に対する未払利息約1.34億円の全額弁済等に充てさせた。この時点で,甲社のA家等からの借入金は全額返済された。

ウ 乙社から株式会社丁への送金開始

Bは,Fに指示して,甲社から乙社に上記3.09億円が送金された3日後の同月28日,乙社から株式会社丁(以下「丁社」という。)なる法人に3.2億円を送金させ,甲社から乙社に上記約10.79億円が送金されたその日に,乙社から丁社に11.8億円を送金させた。

なお,丁社は,Bが同月17日に設立し,同人が実質100パーセント株式を有する会社である。

(2) 24期決算・確定申告

24期終了後の決算の際,BはGに指示し,過去負担分の清算等を理由とし,①24期上期決算時に,甲社から乙社への送金につき,架空の直接材料費を計上するなどして利益を2.03億円圧縮した不正会計処理,②下期の同8年9月中に甲社から乙社に送金した際,架空の直接材料費3億円を計上した不正会計処理を,いずれも決算に折り込ませることにより,当期利益を5.03億円圧縮し,約2.4億円とする決算書を作成させた。

その後,同決算書に基づき,当期利益は約2.4億円であるが,税務上の繰越欠損金の一部を損金に算入することにより法人税額が零円となる旨の法人税の確定申告書が作成され,同9年1月31日,同申告書に基づく確定申告がなされた。

既に述べたとおり,24期の損金に算入することのできる税務上の繰越欠損金が16億円余りあったため,利益圧縮の有無にかかわらず,納付すべき法人税額は零円であった。24期に繰越期限が到来する繰越欠損金約4.8億円のうち,約2.6億円が24期の損金に算入されるにとどまったため,その差額は損金に算入されることのないまま,繰越期限が到来するに至った。

4  25期中の戊社との交渉

25期に入ってからも,Bは,Gに指示するなどし,「提案書」による経済的支援では不十分であり,26期までに累積損失解消等の経営改善目標を達成することは困難であるとして,「提案書」記載の支援期間の延長を求めたり,「提案書」記載の経常利益見込額を下方修正したりして,戊社からさらなる有利な経済的支援を受けるための交渉を行うこととした。

(1) Bは,「提案書」が交付された後,「提案書」には問題点があるとして,Gとともにその問題点を検討し,同9年2月17日,「提案書」には計算間違い等の誤りがある旨指摘する内容の同日付け「提案書についての指摘事項」と題する書面をGに作成させ,戊社に提出させた。

(2) 被告人Aは,同年4月10日ころ,Bが作成した被告人A名義の同日付け書簡をKに交付したが,同書簡には,「提案書」について,「「何がなんでも3年間で決着をつけよう」とする担当者の姿勢から無理な「事業計画書」になって」いると記載されていたほか,「今回の担保解除と上記の過去の戊社負担分の精算(78.4億円)とを一気に契約書なりの形で書類として残して頂きたいと思います。」「『上記の過去の戊社負担分』の返済方法については,今すぐにと言うことではなくても結構ですが,遅くとも当社の今期末(10月末)迄には何らかの解決策に辿り着きたいと思います。」と記載されていた。

(3) 同年5月下旬ころ,Bが,Gに指示し,「提案書」に対する対案として「新『提案書』」と題する書面(以下「新提案書」という。)を作成させ,戊社の担当者に提示させた。新提案書においては,「提案書」には「誤解や計算誤り」があるため,26期までに「提案書」記載の経営改善目標を達成することは困難であるとして,累積損失解消等の目標達成期限を27期までに延長する新たな事業計画が提案されており,①25期から27期までの各期に最低限達成すべき経常利益目標額として,「提案書」で示された24期ないし26期の経常利益見込額(約4億円から約10億円)の水準を大幅に下回る額(約2.5億円から約3億円)が示されていたほか,②戊社に対し,業務委託費のさらなる増額や新たに不良資産の買取りを求める旨が記載されていた。また,この事業計画には,「新家賃(不動産鑑定評価額に伴う),新リース料,乙社が甲社の為に負担していた給与その他の適正取引」や「A家の過去の負担分の精算」は折り込まれていないとして,「別途協議したものを決定次第折り込む」こととする旨が記載されていた。

(4) しかし,戊社は,「提案書」の提案内容を変更することはなく,支援期間の延長や新たな経済的支援に応じることはなかった。

5  25期の送金・決算・確定申告,26期の送金

(1) 甲社から乙社及び丁社への送金(25期)

ア Bは,25期中,Gに指示し,甲社から乙社に,過去負担分の清算等を理由として,10回にわたり計18.3億円を送金させ,Gはこの送金を架空の直接材料費や仮勘定である前払費用として処理した。

上記10回の送金は,いずれも100万円単位の端数の出ない金額で行われた。

イ Bは,25期中,Fに指示し,乙社から丁社に,8回にわたり計17.5億円を送金させた。

そのうち7回については,甲社から乙社に送金されたその日ないし遅くとも3日以内に,甲社から乙社に送金された額とほぼ同じ額を送金させた。

(2) 25期決算・確定申告

ア Bは,25期終了後の決算の際,GやFに指示し,①売上を3.6億円減額させると同時に材料費を3.3億円,外注費を3000万円減額させるいわゆる売上相殺処理を行わせたほか,②直接材料費ないし前払費用として計上されている乙社への送金残高18.3億円のうち17.3億円を,ほかの資産科目に振り替えたり,負債科目と相殺したり,次のイで述べるとおり,過去負担分の清算等を理由として計上した計5.83億円の費用に振り替えたりするなどして消し込むことにより,経常利益を5.83億円圧縮して,新提案書記載の経常利益目標額(2.58億円)に近い約2.49億円に調整する不正会計処理を行わせ,当期利益が約2.48億円となる決算書を作成させた。

イ Bが過去負担分の清算等を理由として計上させた費用計5.83億円の主な内訳とその費用計上の方法は以下のとおりである。

① 本件工作機械のリース料について

平成3年ころに甲社と乙社の間で交わされたリース契約書では,本件工作機械のリース料は年額で約5400万円(後に値下げされて約5000万円)(以下「低額リース料」という。)と定められていたが,リース料の年額の相場は,低額リース料より高い約8600万円(以下「高額リース料」という。)であるとして,平成3年10月期から25期までの7期分にわたるその差額(以下「過年度リース料差額」という。)約2.51億円を乙社に清算するとの理由により,25期の費用として計上させることとした。

② A土地の地代について

平成元年ころに甲社と被告人Aの間で交わされた土地賃貸借契約書では,A土地の地代は年額で約1300万円(以下「A低額地代」という。)と定められていたが,A土地の地代の年額の相場は,A低額地代より高い約6300万円(以下「A高額地代」という。)であるとして,(a)平成4年10月期から24期までの5期分にわたるその差額(以下,「過年度A地代差額」という。)を被告人Aに清算するとの理由により約2.51億円,(b)25期のA高額地代と支払い済みのA低額地代との差額を被告人Aに清算するとの理由により約5000万円を,それぞれ25期の費用として計上させることとした。

③ 費用計上の方法

もっとも,上記の各費用のうち,①の約2.51億円と②(a)の約2.51億円の一部については,それぞれに対応する適切な費用科目により計上させるのではなく,①の約2.51億円は架空の直接材料費として,②(a)のうち約1.88億円は架空の直接材料費,3900万円は架空の労務費として,それぞれ計上させた。

ウ その後,上記決算書に基づき,当期利益は約2.48億円であるが,税務上の繰越欠損金の一部を損金に算入することにより法人税額が零円となる旨の法人税の確定申告書が作成され,同10年1月30日,同申告書に基づく確定申告がなされた。

なお,25期の損金に算入することのできる税務上の繰越欠損金は,24期の5.03億円の利益圧縮がなかった場合を想定しても,約9億円であったため,利益圧縮の有無にかかわらず,納付すべき法人税額は零円であった。25期に繰越期限が到来する繰越欠損金約6.7億円のうち,約2.7億円が25期の損金に算入されるにとどまったため,その差額は損金に算入されることのないまま,繰越期限が到来するに至った。

(3) 甲社から乙社及び丁社への送金(26期)

ア Bは,26期中,平成9年末から同10年3月までの間に,GやFに指示し,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社に3回にわたり計13.1億円を送金させ,Gらはこの送金を前払費用として処理した。

上記3回の送金はいずれも,1000万円単位の端数の出ない金額で行われた。

イ Bは,26期中,平成9年末から同10年2月までの間に,Fに指示し,乙社から丁社に,2回にわたり計11億円を送金させた。

上記送金はいずれも,甲社から乙社に送金されたその日ないし翌日に行われた。

第3平成10年税務調査

1  平成10年4月20日から,関東信越国税局により,23期から25期までを調査対象とする税務調査が始まったが,その際,Bが同税務調査に対する対応方法を社員に指示し,調査官に提出を求められた会計伝票等の資料の提出を拒むなどの調査妨害を行わせた。

被告人Aは,調査初日に調査官に対するあいさつを行ったものの,その翌日から予定されていた海外出張に出かけ,帰国後も同税務調査に立ち会うことはなかった。

2  25期の甲社から乙社への送金に関する説明

Bは,同税務調査に当たり,過去負担分の清算等を理由とする以下の各合意が25期以前になされたこととして,25期の甲社から乙社への18.3億円の送金は,その合意に基づき行われたものであると調査官に説明することとし,各合意が25期以前になされたものであることを調査官に示すため,同年4月から5月にかけて,以下の各項末尾記載の各契約書(以下「本件各契約書」という。)を作成日付を25期以前に遡らせて作成し,あるいはFに作成させた。

(1) 本件工作機械のリース料

ア Bは,甲社が乙社と本件工作機械のリース契約を交わした平成3年当時から,真実のリース料の年額は,低額リース料(約5000万円ないし約5400万円)より高い高額リース料(約8600万円)であったとして,平成3年10月期から25期までの7期分にわたる過年度リース料差額約2.45億円を,25期中に甲社が乙社に清算した旨調査官に説明することとした(平成3年1月6日付け「リース契約書」4通,同4年12月25日付け「リース契約書の一部変更契約書」4通及び同9年10月1日付け「未払リース料の請求について」)。

イ Bは,26期以降,甲社が乙社に高額リース料を支払うことになったとして,26期の高額リース料約8600万円を25期中に乙社に前払いした旨調査官に説明することとした(平成9年10月1日付け「リース契約書」4通)。

(2) A土地の地代

Bは,25期中にA土地の地代がA低額地代(約1300万円)からA高額地代(約6300万円)に値上げされたとして,ア25期のA高額地代と支払済みのA低額地代との差額(以下「25期地代差額」という。)を清算するとの理由により約5000万円,イ26期のA高額地代を前払いするとの理由により約6300万円,ウ「保証金」(その趣旨は必ずしも明らかではない。)を支払うとの理由によりA高額地代に相当する金額の約6300万円を,いずれも25期中に,甲社が被告人Aに支払う代わりに乙社に支払った旨調査官に説明することとした(平成9年10月30日付け「平成元年10月1日付土地建物賃貸借契約に関する合意書」)。

(3) 乙社が肩代わりした役員報酬,業務委託料,倉庫保管料等

Bは,乙社が甲社に肩代わりして支払った平成3年1月1日から平成8年10月31日までの,アE,Fの甲社の役員報酬(以下「過年度役員報酬」という。)約1.28億円(なお,「契約書による発生金額一覧表」と題する書面には,平成4年10月期から24期までの過年度役員報酬を清算した旨記載されている。),イ業務委託料(以下「過年度業務委託料」という。),倉庫保管料等約6700万円(なお,「契約書による発生金額一覧表」と題する書面には,平成5年10月期から24期までの業務委託料及び平成4年10月期から24期までの倉庫保管料を清算した旨記載されている。)を,本来は甲社が支払うべきものであったとして,25期中に甲社が乙社に清算した旨調査官に説明することとした(平成9年4月1日付け「役員報酬負担分の精算に関する合意書」及び同日付け「業務委託料・保管料等負担分の精算に関する合意書」)。

(4) 乙社からの借入金の金利及び「保証料」

ア 平成4年ころに甲社と乙社との間で交わされた「継続的金銭消費貸借契約の一部変更契約書」では,甲社の乙社からの借入金の金利(以下「低額金利」という。)が定められていた。

イ しかし,Bは,真実の金利は,低額金利より高い金利(以下「高額金利」という。)であったとして,平成4年1月1日から平成8年12月31日までの高額金利と支払済みの低額金利との差額(以下「過年度金利差額」という。)約1.4億円ないし1.5億円のうち5500万円を,25期中に甲社が乙社に清算した旨調査官に説明することとした。

ウ また,26期以降,丙社に代わって乙社が甲社の銀行からの借入金を保証することになったため,甲社が毎年4000万円の保証料を乙社に支払うことになったとして,26期の保証料4000万円を,25期中に甲社が乙社に支払った旨調査官に説明することとした。

(平成9年3月31日付け「請求書」及び同年10月31日付け「御支払通知書」)

3 本件各契約書に基づく説明

(1)  Bは,Fに指示し,調査官に,25期中の甲社から乙社への送金は本件各契約書に基づくものであると説明させたが,納得を得ることができなかった。 Fは,平成10年5月8日,調査官から本件各契約書の原本やデータの入力されたフロッピーディスクの所在を尋ねられたのに対し,自宅にあると答えたところ,調査官から自宅に行って確かめると言われたため,調査官とともに自宅に向かう途中,Bの指示により,仮病を用いて入院した。

Fは,その後しばらくの間,出社を取りやめたため,税務調査に立ち会うことはなかった。

(2)  Fが入院し,税務調査の立会から外れたことに伴い,Bは,総務部(その後すぐに,経理部と合体して総務経理部に改編された。)社員のH及びその部下のIを中心として税務調査に対応させることとした。

Iは,F同様,調査官に対し,25期中の甲社から乙社への送金は本件各契約書に基づくものであると説明したが,納得を得ることができず,同年5月25日には,本件各契約書の作成日に疑いを抱いた調査官から強く追及された結果,本件各契約書の一部は作成日付を遡らせて作成されたものである旨実質的に認める内容の「確認書」を調査官に提出するに至った。しかし,Bは,Iから上記経緯につき報告を受け,同人に指示し,本件各契約書は各書面記載の作成日付の前後ころに作成されたものであるとして,上記「確認書」の訂正を求める旨の国税局宛「確認書訂正願い」と題する書面を作成させた。

4 修正申告

国税局は,甲社が本件各契約書に基づくものであると主張した費用の一部につき,損金算入を否認して仮払金として処理することとした。甲社はこれを受けて,ア24期については,甲社が業務委託費であると主張した5.03億円(24期決算時に利益を圧縮した5.03億円とみられる。以下「24期否認業務委託費」という。)の損金算入を否認して仮払金とし,イ25期については,甲社が本件各契約書に基づく費用であると主張した①上記2(1)ア,イの過年度リース料差額等合計約3.31億円(以下「25期否認リース料」という。),②上記2(2)ア,ウの25期地代差額等合計約1.13億円(以下「25期否認支払家賃」という。),③上記2(3)アの過年度役員報酬約1.28億円(以下「25期否認役員報酬」という。),④上記2(3)イの過年度業務委託料約2500万円(以下「25期否認業務委託料」という。),⑤上記2(4)イの過年度金利差額5500万円(以下「25期否認支払利息」という。),⑥上記2(4)ウの保証料4000万円(以下「25期否認保証料」という。)等の損金算入を否認して仮払金とした結果,繰越欠損金全額を24期と25期の損金に算入しても,25期において約3000万円の課税所得が発生し,25期の法人税額が約900万円となる旨の修正申告書2通(24期,25期)を作成し,同年11月9日,これらの申告書に基づく修正申告がなされた。

この修正申告により,繰越欠損金全額を24期と25期の損金に算入した結果,26期以降に繰り越される繰越欠損金の額は零円となった。

第426期ないし28期

1  26期の送金・決算・確定申告

(1)  F入院後の経緯

ア  Fは,同10年5月に入院して以来,経理業務から外れ,そのころから,総務経理部のHとIが中心となって,経理業務を担当することとなった。

イ  その後の同年8月,被告人Aが,甲社の朝礼の際,社員に対し,Fを非常勤取締役に降格すること,Bを「社長付」とし,甲社の経理を担当してもらうことを発表した。

(2)  26期決算時の会計処理

ア  既に述べたとおり,Bは,26期中,GやFに指示し,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社に計13.1億円を送金させ,これらの送金は前払費用として処理されていた。

イ  26期終了後,Iらが決算作業を開始したが,その際,BはIらに指示し,過去負担分の清算等を理由として,①架空の直接材料費として約9.61億円,②リース使用料として高額リース料約8600万円,③支払家賃としてA高額地代約6300万円をそれぞれ計上し,乙社に対する上記前払費用から振り替えることにより,経常利益を新提案書記載の経常利益目標額(2.80億円)に近い約2.88億円に調整する不正会計処理を行わせた。

Bは,以上のほかにも,④前払費用を負債科目と同時に同額減額する相殺処理や,⑤F1の売上と直接材料費を同時に約6.36億円減額する,いわゆる売上相殺処理等,利益を変えることなく各科目間で数字を増減させる会計処理をもIらに指示して行わせた。

また,Bは,Iらに不正会計処理を指示する過程で,一度は,甲社が所有する同社社屋を期中に被告人Aに売却したこととし,建物売却損7億円を26期の費用として計上するよう指示したが,その後結局,建物売却損7億円の計上を取りやめさせた。

(なお,検察官は,上記①の直接材料費は架空費用であり,上記②のリース使用料については,値上げの合意がなされた事実はないから,高額リース料と低額リース料の差額は水増し費用であり,上記③の支払家賃については,値上げの合意がなされた事実はなく,被告人A個人の平成10年度の所得税の確定申告においては,甲社からの不動産所得としてA低額地代の額が申告されているに過ぎないから,A高額地代とA低額地代の差額は水増し費用であると主張する。)

(3)  26期の確定申告

その後,上記会計処理が折り込まれた決算書(当期利益が約2.88億円)に基づき,Bの知人である税理士Mが法人税の確定申告書を作成した。その際,BはMに依頼し,平成10年税務調査で損金算入が否認された25期否認支払利息,25期否認役員報酬,25期否認業務委託料,25期否認保証料,25期否認リース料の一部につき,その合計額約4.93億円を損金に算入して課税所得から減算する処理を行わせた。

結局,当期利益は約2.88億円であるが,上記減算処理等により法人税額が零円となる旨の法人税の確定申告書が作成され,同11年2月1日,同申告書に基づく確定申告がなされた(判示第1の事実)。

(なお,検察官は,上記約4.93億円につき,債務として確定した事実がないから減算処理が許されないにもかかわらず,減算処理したものであると主張する。)

2 戊社の業務監査・庚監査法人の調査

同11年1月,戊社により,甲社に対する26期の業務監査が行われたが,その際,26期の決算書に大きな問題はなく,全体として会社の経営数字が正しく表示されていると認められるとの監査報告がなされた。

もっとも,その際,戊社から,甲社は会計士による会計監査を受けるべきである旨の指摘がなされたため,これを受け,Bの提案により,同年2月ころから約1年間にわたり,庚監査法人による甲社の社内調査が行われた。もっとも,その調査は,会計監査に及ぶものではなく,会計管理体制等の調査にとどまるものであった。

3 戊社の臨時監査

(1)  同10年末ころから,FとEが26期決算時の不正会計処理に不審を抱き,社内で調査を開始したが,その過程で,26期決算時に直接材料費約9.61億円が計上され,乙社への前払費用から振り替えられていること等を把握し,戊社に告発した。

これを受け,戊社は,同11年3月16日から,同社社員で当時の甲社の非常勤監査役であったLを中心として,甲社に対する臨時監査を実施したが,甲社の社員から,資料の提出を拒まれるなどの監査妨害を受けたため,同月18日に監査を中止するに至った。

(2)  その後も戊社は,甲社に対し,直接材料費約9.61億円を計上した根拠等を示すよう要求したが,Bは,IやHに対し,上記直接材料費について,実際は直接材料費ではなく,被告人Aに対する地代,乙社に対するリース料,丙社に対する保証料の過去負担分の清算等の一部であると戊社に説明するよう指示した。

(3)  戊社は,こうした経緯から甲社に不信を抱き,27期末に甲社から資本を引き上げるに至った。

4 27期の送金・決算・確定申告

(1)  27期の送金

Bは,27期中,Iに指示して,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社に4回にわたり計25.5億円を送金させ,Iはこれらの送金を前払費用として処理した。

上記送金はいずれも,1000万円単位の端数の出ない金額でなされた。

(2)  27期決算時の会計処理

27期終了後,Iらが決算作業を開始したが,その際,BはIらに指示して,以下の会計処理を行わせた。

ア  Bは,Iらに指示し,過去負担分の清算等を理由として,以下の各費用を計上させた。

すなわち,Bは,①27期の高額リース料を支払うとの理由により約8600万円,②28期の高額リース料を前払いするとの理由により約8600万円,③平成3年10月期から24期までの6期分にわたる過年度A地代差額を清算するとの理由により約3.31億円(25期において,平成4年10月期から24期までの5期分にわたる過年度A地代差額を清算させたこととの関係で二重計上になる。),④甲社がかつて丙社から賃借し,26期に被告人Aに売却された後は,被告人Aから賃借していた甲社の敷地(以下「丙社土地」という。)につき,その地代は約1700万円(以下「丙社高額地代」という。)であるとして,27期の丙社高額地代を乙社に支払うとの理由により約1700万円(なお,被告人A個人の確定申告においては,丙社土地の地代は約300万円(以下「丙社低額地代」という。)として申告されていた。),⑤27期の丙社高額地代とA高額地代との合計額を乙社に支払うとの理由により約8000万円(④で計上した27期の丙社高額地代との関係で二重計上になる。),⑥28期の丙社高額地代とA高額地代との合計額を乙社に前払いするとの理由により約8000万円,⑦丙社に対する27期の保証料(その趣旨は必ずしも明らかではない。)を乙社に支払うとの理由により約7500万円,⑧乙社が甲社に肩代わりして支払った平成3年1月から同年12月までのF,Eの過年度役員報酬等を清算するとの理由により約3500万円を,それぞれ27期の費用として計上することとした。

そのうち,⑨①についてはリース使用料として,⑩⑤については支払家賃として費用計上させたものの,⑪そのほかの費用については,それぞれに対応する適切な費用科目により費用計上させるのではなく,架空の直接材料費等として費用計上させ,いずれも乙社に対する前払費用から振り替える会計処理を行わせた。

イ  また,27期中に甲社が乙社に不良資産を売却した事実はないのに,27期中に売却したことにして,⑫架空の固定資産売却損5億円余りを計上する会計処理を行わせた。

ウ  以上のほか,F1の売上と直接材料費を同時に約6.78億円減額する,いわゆる売上相殺処理を行わせた。

エ  上記会計処理により,27期の経常利益を,新提案書記載の経常利益目標額である3.07億円を目安として,約3.69億円に調整した。

(なお,検察官は,直接材料費等(上記⑪),固定資産売却損5億円余り(上記⑫,もっとも犯則金とされているのは2億円余りにとどまる。)はいずれも架空費用であり,リース使用料(上記⑨)については,値上げの合意がなされた事実はないから,高額リース料と低額リース料の差額は水増し費用であり,支払家賃(上記⑩)については,被告人A個人の平成11年度の所得税の確定申告においては,甲社からの不動産所得としてA低額地代と丙社低額地代の合計額が申告されているに過ぎないから,A高額地代と丙社高額地代の合計額と,A低額地代と丙社低額地代の合計額との差額は水増し費用であると主張する。)

(3)  27期の確定申告

その後,上記会計処理が折り込まれた決算書(当期利益が約1.59億円)に基づき,Mが法人税の確定申告書を作成した。その際,Bが,Mに依頼し,平成10年税務調査で損金算入が否認された24期否認業務委託費の一部(残額については,修正申告の際,25期の損金に算入することが認められていた。)等につき,合計額約4.66億円を損金に算入して課税所得から減算する処理を行わせた。

結局,当期利益は約1.59億円であるが,上記減算処理等により法人税額が零円となる旨の法人税の確定申告書が作成され,同12年1月31日,同申告書に基づく確定申告がなされた(判示第2の事実)。

(なお,検察官は,上記約4.66億円につき,債務として確定した事実がないから減算処理が許されないにもかかわらず,減算処理したものであると主張する。)

5 28期の送金・決算・確定申告

(1)  28期の送金

Bは,同12年1月13日,Iに指示し,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社に12.6億円を送金させた。また,Bは,同年7月13日,親しい関係にあったとみられる女性に指示し,甲社から,Bが実質的に100パーセント株式を有する株式会社辛なる法人に7億円を送金させた。Iは,これらの送金をいずれも,乙社に対する前払費用として処理した。

(2)  28期決算時の会計処理

28期終了後,Iらが決算作業を開始したが,その際,BはIらに指示して,以下の会計処理を行わせた。

ア  28期中に,甲社が株式会社壬(甲社がかねてから車体の製作を委託していた甲社の取引会社である。以下「壬社」という。)に対し,車両開発の試験研究を委託した事実はないのに,期中にその旨合意したこととし,同合意に基づく壬社への委託費が28期中に発生したとして,1億円の直接材料費を計上させた。

イ  28期中に甲社が乙社から本件工作機械を購入した事実はないのに,28期中の同12年7月に,簿価を大幅に上回る高値で購入したこととした上,架空の減価償却費を計上させた。

ウ  28期の高額リース料のうち,平成11年11月から平成12年7月(上記のとおり,甲社が乙社から本件工作機械を購入したとされた日である。)までの9か月分を乙社に支払うとの理由により,約6500万円をリース使用料として計上し,乙社への前払費用から振り替える会計処理を行わせた(27期に上記4(2)ア②の会計処理により費用計上させた前払リース料との関係で二重計上になる。)。

エ  ①28期のA高額地代と丙社高額地代を乙社に支払うとの理由により合計約8000万円(27期に上記4(2)ア⑥の会計処理により費用計上させた前払地代との関係で二重計上になる。),②甲社の所有する同社社屋を28期中に被告人Aに売却したとして,甲社の被告人Aに対する家賃(以下「社屋低額家賃」という。)の翌平成13年10月期分を,乙社に前払いするとの理由により約4400万円を,いずれも支払家賃として計上し,乙社への前払費用から振り替える会計処理を行わせた。

なお,②につき,Bは,Iらに不正会計処理を指示する過程で,一度は社屋低額家賃より高い約6500万円(以下「社屋高額家賃」という。)を計上させたものの,その後結局取りやめさせ,社屋低額家賃を計上させた。

オ  丙社に対する28期の保証料(その趣旨は必ずしも明らかではない。)を乙社に支払うとの理由により,約7500万円を雑費として計上し,乙社への前払費用から振り替える会計処理を行わせた。

(なお,検察官は,上記アの直接材料費,イの減価償却費,オの保証料はいずれも架空費用であり,上記ウのリース使用料については,値上げの合意がなされた事実はないから,高額リース料と低額リース料の差額は水増し費用であり,上記エの支払家賃については,被告人A個人の平成12年度の所得税の確定申告においては,甲社からの不動産所得としてA低額地代と丙社低額地代の合計額が申告されているに過ぎないから,A高額地代,丙社高額地代及び社屋低額家賃の合計額と,A低額地代と丙社低額地代の合計額との差額は水増し費用であると主張する。)

(3)  28期の確定申告

その後,上記会計処理が折り込まれた決算書(当期利益が約1.28億円)に基づき,Mが法人税の確定申告書を作成した。その際,BがMに依頼し,平成10年税務調査で損金算入が否認された25期否認支払家賃と25期否認リース料の一部につき,その合計額約1.99億円を損金に算入して課税所得から減算する処理を行わせた。

結局,当期利益は約1.28億円であるが,上記減算処理等により法人税額が零円となる旨の法人税の確定申告書が作成され,同13年1月31日,同申告書に基づく確定申告がなされた(判示第3の事実)。

(なお,検察官は,上記約1.99億円につき,債務として確定した事実がないから減算処理が許されないにもかかわらず,減算処理したものであると主張する。)

(4)  確定申告に対する被告人Aの関与状況

被告人Aは,25期の確定申告書の代表者自署押印欄に自署したが,24期,26期ないし28期の確定申告書,平成10年税務調査後に作成された24期,25期の修正申告書には自署することなく,BやHらが被告人Aの署名をしたものである。

第5甲社から乙社に送金された資金の行方等

Bが甲社から乙社に送金させた資金は,乙社からさらに,丁社のほか,Bが実質100パーセント株式を有する複数の法人名義のB管理に係る複数の預金口座(以下「B管理口座」という。)に送金された。その送金は,BがFに指示して行わせたほか,Bと親しい関係にあったとみられる女性が行ったものである。送金された資金の一部は土地の購入に充てられ,同土地につき,Bが株主である法人名義の所有権移転登記がなされた後,同女名義の所有権移転仮登記がなされ,同土地上に同女の居宅が建てられた。

また,被告人Aは,Bの提案により,平成10年初めに被告人A個人名義で金融機関から60億円を,平成11年末から同12年にかけて丙社名義で別の金融機関から60億円を,いずれも丙社が保有する戊社株式を担保に借り入れ,これらの借入資金の運用をBに依頼した。これらの資金の多くもB管理口座に送金された。

被告人Aは,平成13年1月末ころ,Bとの間で激しい口論となったことがきっかけで,Bとの関係を断絶するに至ったが,その後,会計事務所癸(以下,「癸社」という。)に依頼して資金移動等につき本格的な調査を始めるまで,上記のような甲社から乙社に送金された資金等がBが100パーセント株式を有する複数の法人に送金されていたことなどの事情を知らなかった。

第6Bの弁解について

Bは,24期ないし28期における甲社から乙社への送金や,各期決算時の不正会計処理,平成10年税務調査の際の調査妨害等につき,GやIらに指示を与えたことを争うが,BとG,Iらとの間で各期の不正会計処理等に関する内容が記載された書面がファックスでやり取りされている事実,Bが,ホワイトボードに,平成10年税務調査時の調査妨害や28期の不正会計処理を指示したものとみて矛盾のない文言を自筆で記載している事実(その記載内容を印刷した書面が存在する。)等に照らせば,上記送金や不正会計処理等は,Bから指示されて行ったものである旨のG,Iらの供述は信用できるから,同人らの供述に基づき,上記のとおりの事実を認めることができる。

第二被告会社の有罪理由

第1決算時に計上された各費用について

初めに,Bが,24期ないし28期の各決算時に計上させた各費用は,架空ないし水増しであったか否かを検討する。

1 総論

初めに,24期ないし28期の期中に行われた甲社から乙社への送金の態様と各期決算時に行われた費用計上の態様をみる。

(1)  送金の態様及び費用計上の時期

ア  Bは,24期から28期までの期中に,甲社から乙社への送金をGやIらに指示しているが,Bが指示した送金額は,ごく一部を除き100万円ないし1000万円単位の端数の出ない金額であった。

イ  Bは,期中の送金時には,その送金につき,過去負担分の清算等に基づくものであると述べることはあっても,具体的な費用項目や金額を指示して費用計上させることはなかったため,送金時には架空の直接材料費や仮勘定である前払費用として処理されていた。

ウ  Bが具体的な費用項目や金額を伝えて費用計上を指示したのは,期終了後の決算時であるが,決算時に計上するよう指示した費用の額と,期中の送金額との間に対応関係があるようには見受けられない。

(2)  決算時における費用計上の態様

ア  Bは,26期決算時に,一度指示した建物売却損の計上をやめさせ,28期決算時にも,一度指示した社屋高額家賃の計上をやめさせて社屋低額家賃を計上させた。

イ  Bは,25期ないし27期の決算時においては,新提案書記載の経常利益目標額を参考にして各期の経常利益を決め,その金額になるように調整して費用を計上させた。

(3)  以上のとおりの送金の態様,費用計上の時期及び態様に照らせば,Bが各期決算時に計上を指示した費用の項目と金額は,各期終了時までには決まっておらず,各期決算時にBが恣意的に決めたものではないかと強く疑われる。

2 直接材料費等

Bは,24期ないし27期の決算時において,乙社に対する直接材料費等を計上させているところ,甲社が乙社から材料を購入した事実はないこと,B自身,会計処理上は直接材料費等として計上しているが,それは実際は直接材料費等ではなく,過去負担分の清算等に基づく費用であるとIらに説明していることからすると,直接材料費等そのものが架空費用であることは明らかである。

3 過去負担分の清算等

次に,過去負担分の清算等を理由とする各費用は,架空ないし水増しであったか否かを検討する

(1)  本件各契約書について

初めに,本件各契約書が,25期のみならず,26期ないし28期における過去負担分の清算等の根拠ともされていると思われるので,本件各契約書について検討する。

ア  本件各契約書は,そもそも,Bが平成10年税務調査の際,25期の甲社から乙社への送金の根拠を調査官に示すため,日付を25期以前に遡らせて作成し,あるいは,Fに作成させたものである。

イ  その記載内容をみても,(ア)平成9年10月30日付け「平成元年10月1日付土地建物賃貸借契約に関する合意書」においては,第1項で甲社が乙社に25期地代差額相当額を支払ったことを甲社と被告人Aが「相互に確認する」旨記載されていたが,第2項では,その支払が,「地代の供託に代えて為された措置であり,平成3年11月1日から平成8年10月31日までの間の地代の決定に関する乙(甲社)の負担分が協議・決定されるまでの暫定処理であって,甲(被告人A)・乙(甲社)間の協議が成立次第,乙社から甲(被告人A)に対して,」25期地代差額が賃料として交付されるものであると記載され,(イ)平成9年3月31日付け「請求書」においては,乙社が甲社に対し,平成4年1月1日から平成8年12月31日までの過年度金利差額として,約1.4億円ないし1.5億円を請求すると記載されていたが,同9年10月31日付け「御支払通知書」においては,上記「請求書」の金利の「計算内容に不明な点がありますので,取り敢えずの措置として,(甲社が)既に貴社(乙社)にお支払済みの金額(25期中に甲社から乙社に前払費用等として送金された資金のことをいうものと解されるが,必ずしも明らかではない。)のうち,」5500万円を上記「請求書」で請求された過年度金利差額の支払に充当する旨が記載されているのであって,極めて不明確なものであり,確定した合意が記載されているとは認め難い。

ウ  以上のとおり,本件各契約書の作成経緯や記載内容に加え,後に述べるとおり,Bが25期に実行させた過去負担分の清算の内容と本件各契約書の内容が異なっていることも併せ考えれば,Bは,過去負担分の清算等の合意がなされた事実がないのに,25期中の甲社から乙社への送金と費用計上が正当であることを調査官に示すため,名目として本件各契約書を作成したに過ぎないのではないかと強く疑われる。

(2)  過去負担分の清算

Bが過去負担分の清算として説明した費用(具体的には,24期決算時に架空の直接材料費等として計上させた5.03億円に含まれる過去負担分の清算(その具体的な項目は不明である。),25期決算時に架空の直接材料費等として計上させた過年度リース料差額及び過年度A地代差額,26期決算時に架空の直接材料費として計上させた約9.61億円に含まれる過去負担分の清算(その具体的な項目は不明である。),27期決算時に架空の直接材料費等として計上させた過年度A地代差額及び過年度役員報酬)については,以下の事実を指摘することができる。

ア  Bが過去負担分の清算として計上させた費用の中には,年度を超えて二重に清算させたものがある上,過去負担分の清算の実行内容と本件各契約書の内容,戊社の臨時監査の際にBがHらに説明した内容が食い違っている。

(ア) 過年度リース料差額についてみるに,Bは,①25期決算時に,平成3年10月期から25期までの7期分にわたる過年度リース料差額を清算したものとして費用計上させておきながら,②戊社の臨時監査の際,26期に計上した直接材料費には,乙社に対するリース料の過去負担分の清算が含まれる旨Hらに説明している。

(イ) 過年度A地代差額についてみるに,Bは,①25期決算時に,平成4年10月期から24期までの5期分の過年度A地代差額を清算したものとして費用計上させておきながら,②平成10年税務調査の際は,上記過年度A地代差額の清算については協議中であり,まだ決定されていないとして調査官に説明することとし(「平成元年10月1日付土地建物賃貸借契約に関する合意書」第2に,「平成3年11月1日から平成8年10月31日までの間の地代の決定に関する乙(甲社)の負担分が協議・決定されるまでの暫定処理であって,」と記載されている。),③戊社の臨時監査の際,26期に計上した直接材料費には,被告人Aに対する地代の過去負担分の清算が含まれる旨Hらに説明し,④その後の27期決算時に,平成3年10月期から24期までの6期分の過年度A地代差額を清算したものとして費用計上させている。

(ウ) 過年度役員報酬についてみるに,Bは,①25期決算時に費用計上させていないにもかかわらず,②平成10年税務調査の際,平成3年1月1日から平成8年10月31日までの間のF,Eの過年度役員報酬を25期に清算したものとして調査官に説明することとし(平成9年4月1日付け「役員報酬負担分の精算に関する合意書」。なお,「契約書による発生金額一覧表」においては,平成4年10月期から24期までの過年度役員報酬を清算したこととされている。),③その後の27期決算時に,平成3年1月1日から同年12月31日までのF,Eの過年度役員報酬を清算したものとして費用計上させている。

イ  そして,Bは,これらの過去負担分の清算に基づく費用を,いずれも,それぞれに対応する適切な費用科目ではなく,架空の直接材料費等として計上させている。

ウ  仮に,過去負担分の清算の合意が明確になされ,その合意に基づき適正に清算が行われたのであれば,Bが,同一費用を二重に清算させることはないであろうし,平成10年税務調査や戊社の臨時監査の打合せの際に実際の清算内容と異なった説明をする必要も,決算時に実際の清算内容と異なる費用科目により費用計上させる必要もないと思われる。上記ア,イの事実は,真実は,過去負担分の清算の合意がなされた事実などなかったにもかかわらず,Bが,甲社から乙社への理由のない送金やその送金につき架空費用を計上することを正当化するための名目として,過去負担分の清算を行うと説明したに過ぎないのではないかと強く疑わせる。

(3)  取引適正化

Bが取引適正化後の金額の支払として説明した費用(具体的には,24期決算時に架空の直接材料費等として計上させた5.03億円に含まれる取引適正化後の差額の支払,25期ないし28期の決算時にリース使用料等として計上させた高額リース料及び支払家賃として計上させたA高額地代,27期及び28期の決算時に支払家賃として計上させた丙社高額地代及び雑費等として計上させた保証料,28期決算時に支払家賃として計上させた社屋低額家賃)については,以下の事実を指摘することができる。

ア  本件工作機械のリース料とA土地の地代については,

(ア) 平成3年ころに甲社と乙社の間で交わされたリース契約書や平成元年ころに甲社と被告人Aの間で交わされた土地賃貸借契約書では,低額リース料やA低額地代を支払う旨が定められていた。

(イ) 平成10年税務調査の際にBが作成し,あるいはFに作成させたリース契約書や,平成9年10月30日付け「平成元年10月1日付土地建物賃貸借契約に関する合意書」には,おおむね,高額リース料やA高額地代を支払う旨が記載されていた。しかし,既に述べたとおり,本件各契約書の作成経緯や,同「合意書」の記載内容が不明確であることに照らせば,これらの書面をもって,25期中にリース料やA土地の地代を値上げするとの合意があったとみることはできない。

(ウ) そして,同税務調査の際,調査官に上記各契約書の作成日付や信憑性が疑われ,上記各契約書に基づく費用の損金算入が否認され,Bもそのことを認識していたにもかかわらず,その後,改めて契約書を作成する等,リース料やA土地の地代を値上げしたことを明確化するための手続が取られた形跡はない。

(エ) もちろん,明確な契約書がないことが直ちに合意がなかったことを推認させるとはいえないが,A土地の地代を値上げする合意が真にあったのであれば,Bが,上記「平成元年10月1日付土地建物賃貸借契約に関する合意書」のような不明確な内容の契約書を作成するとは考え難い。 また,平成10年税務調査時に契約書の作成日付や信憑性が疑われ,実体のあるはずの25期の高額リース料やA高額地代の損金算入を否認されてしまったのであるから,真にリース料や地代の値上げの合意がなされていたのだとすれば,Bとしては,26期以降の損金算入の根拠とするため,真に合意がなされたことを示すべく,明確な契約書を改めて作成するなどの措置を取るのが自然ではないかと思われる。Bが26期以降,高額リース料やA高額地代を計上するに当たり,そうした措置を取らなかった事実は,真実は,本件工作機械のリース料やA土地の地代が値上げされた事実などなく,Bが,水増し費用の計上を正当化するための名目として,リース料や地代が値上げされたとの説明をしたに過ぎないのではないかと強く疑わせる。

イ  A土地,丙社土地の地代や,甲社の社屋の家賃については,被告人A個人の所得税の確定申告では,甲社からの不動産所得として,A低額地代の額(平成10年度),あるいは,A低額地代と丙社低額地代の合計額(平成11年度及び平成12年度)しか申告されておらず,A高額地代,丙社高額地代,社屋低額家賃の額は申告されていなかった事実を指摘することができる。

ウ  Bは,丙社に対する保証料として27期及び28期に約7500万円を計上させているが,平成9年3月31日付け「請求書」で26期以降に甲社が乙社に支払うとされている保証料4000万円とは同じものなのか別のものなのか,同じものだとすれば値上げと金額算定の根拠は何なのか,別のものだとすれば上記約7500万円を支払うとの合意はいかなる根拠に基づき,いつなされたのか等,合意の内容や根拠が全く明らかでない。

エ  費用計上の態様をみても,Bは,①27期において,支払家賃として丙社高額地代を計上させておきながら,同時に直接材料費として丙社高額地代を二重に計上させ,②27期に直接材料費等として翌28期の高額リース料,A高額地代及び丙社高額地代の前払分を計上させておきながら,28期に,各費用の当期分を再び二重に計上させているのであって,Bは,これらのリース料や地代,家賃を,確定した合意に基づき計上させたのではなく,費用を水増しするために恣意的に計上させたのではないかと疑われる。

(4)  結論

以上のとおり,

ア  Bが指示して行わせた甲社から乙社への送金の態様や費用計上の時期,恣意的な費用計上の態様(同一費用の二重計上,一度計上した費用の取り消し)に照らせば,Bが各期決算時に計上を指示した費用の項目と金額は,各期終了時までには決まっておらず,各期決算時にBが恣意的に決めたものとみるのが自然であること

イ  ①Bが指示して行わせた過去負担分の清算等の実行内容が,(a)Bが作成し,あるいはFに作成させた本件各契約書の記載内容,(b)Bが戊社の臨時監査の際にHらに説明した内容,(c)Bが決算時に指示して計上させた費用科目と食い違うことに加え,②本件各契約書は,Bが,平成10年税務調査時に,25期の甲社から乙社への送金やその送金につき費用を計上したことが正当であることを説明するために,作成日付を遡らせて作成し,あるいはFに作成させたものであること,③平成10年税務調査の際,調査官に本件各契約書の信憑性等が疑われ,Bもそのことを認識していたにもかかわらず,Bが,26期以降,過去負担分の清算等を理由として費用を計上させるに当たり,改めて契約書を作成する等,合意を明確化するための手続を何ら取ることがなかったこと,④Bが過去負担分の清算等に基づき計上させた被告人Aに対する地代や家賃の額が,被告人A個人の所得税の確定申告における甲社からの不動産所得の申告額と一致しないことからすると,真実は,過去負担分の清算等の合意がなされた事実などなく,Bが,甲社から乙社への送金やその送金につき費用を計上することを正当化するための名目として,過去負担分の清算等を行うと説明したに過ぎないとみるのが自然であること

以上の事実に照らせば,24期ないし28期において過去負担分の清算等の合意がなされたとは到底認めることができず,過去負担分の清算等を理由として各期に計上された費用は,架空ないし水増し費用であったことが明らかである。

(5)  弁護人の主張について

これに対し,弁護人は,①甲社がA家等から過去に経済的支援を受けてきたことは事実であるから,A家等に対して過去負担分の清算等を行うことは経済取引として十分合理性を有する,②甲社がA家等に対して過去負担分の清算等を行うことを前提として,ミニ事懇で戊社との基本合意を取り付けたものであるとして,甲社とA家等との間で過去負担分の清算等の合意がなされた事実があったと主張する。

しかし,①の点については,そもそも,甲社がA家等から経済的支援を受けることになった際,甲社の経営状況は相当悪かったことが窺われるのであって,将来経営が好転したときに支援を受けた利益をA家等に清算することが予定されていたとは考えられない上,過去負担分の清算等を本当に実行しようとすれば,相当多額に上る費用を支払う必要が生ずるが,甲社は,平成8年当時において,戊社から経済的支援を受けることになったとはいえ,本格的に業績が回復したわけではなく,まだ多額の累積損失が残っていたのであるから,このような経営状況のもとで,過去負担分の清算等を実行することに経済的合理性があったとは考えられない。

また,②の点については,甲社の株主であり,甲社に対する経済的支援をも行っていた戊社が,甲社に対する支援金を多額に上るA家等への過去負担分の清算に充てるというような,甲社の経営再建の趣旨に反するとも思われる取引を許容したとは考え難い。実際,平成8年8月には,今後,A家等に対する過去負担分の清算等を行う必要があるとして,24期ないし26期の経常利益見込額を下方修正する内容の同月8日付け修正中期事業計画が戊社に提出されているが,戊社の「提案書」では,過去負担分の清算等を行うことについて何ら触れられることはなかったし,同年9月11日付けK宛書簡には,「提案書」の案において過去負担分の清算等を行うことが前提とされていないことについての不満が記されているものの,その後,戊社が「提案書」の改訂に応じることはなかったのである。そうすると,戊社が,甲社のA家等に対する過去負担分の清算等を実行することに合意していたとは到底考えられない。

弁護人の主張には理由がない。

4 固定資産売却損(27期),壬社に対する直接材料費(28期),本件工作機械の減価償却費(28期)

不良資産の乙社への売却(27期),壬社に対する試験研究の委託(28期)及び本件工作機械の乙社からの購入(28期)は,いずれも期中になされた取引ではないのに,Bが期終了後の決算の際,各期の利益を圧縮する目的で,期中にこれらの取引がなされたこととし,固定資産売却損(27期),壬社に対する直接材料費(28期)及び本件工作機械の減価償却費(28期)を計上させたものであるから,これらの費用が架空であることは明らかである。

第2確定申告時に減算処理された各費用について

Bが,26期ないし28期の確定申告の際,Mに依頼して減算処理させた各費用(以下「各減算費用」という。)について検討する。

各減算費用はいずれも,Bが,24期及び25期決算時に,過去負担分の清算等の名目で計上させた架空ないし水増し費用であることは,これまでの検討により明らかである。

そして,平成10年税務調査の際,各減算費用の損金算入が否認されたにもかかわらず,26期以降,各減算費用を損金算入するに当たり,改めて明確な内容の契約書を作成するなど,各減算費用を各期の費用として確定するための手続が取られた事実は一切なかったことからすると,各減算費用が,各期終了時までに確定しておらず,各期の損金に算入することのできない架空費用であったことは明らかである。

第3小括

1  以上のとおり,Bは,26期ないし28期の各決算時に,Hらに指示して,架空ないし水増し費用を計上させ,当期利益を不当に圧縮した内容虚偽の決算書を作成させた上,その後,Mに依頼して,同決算書に基づき,さらに架空費用を損金に算入して課税所得から減算する処理を行わせ,課税所得を不当に圧縮した内容虚偽の確定申告書を作成させたものであるところ,これらの行為は「偽りその他不正の行為」にほかならないのであって,その結果,甲社は法人税を免れたのであるから,甲社において,本件法人税のほ脱が行われたものと認めることができる。

2  そして,BやHらの各期決算時の不正会計処理に対する関与状況等に照らせば,同人らがほ脱の故意をもって上記不正行為に及んだことは明らかであるから,BとHらが共謀の上,本件法人税のほ脱に及んだものと認めることができる。

第4Bの甲社における地位等

次に,Bの甲社における地位,本件ほ脱が甲社の業務に関して行われたか否かを検討する。

弁護人は,Bは,甲社の財産を横領する目的でHらに不正会計処理を指示したとの前提に立った上で,Bは甲社の役員でも従業員でもなく,同社の機関たる地位を正式に受任した事実もなく,社外から経理担当者を道具として利用し,不正会計処理を行わせたものであるから,甲社が本件法人税ほ脱に法人として関与していたと評価することはできないと主張する。

1  Bの甲社における地位

関係証拠とこれまでの検討を総合すれば,被告人Aは,かねてから,Bに甲社の取締役に就任するよう依頼していたものの,Bはこの申し出を固辞していたこと,被告人Aは,平成10年8月の甲社の朝礼の際,社員に対し,Fを非常勤取締役に降格してBを経理担当の「社長付」とすることを発表し,その後,取引先に対し,Bを経理担当の役員として紹介したこともあったこと,これに対し,Bは,日常的に甲社に出社して日々の経理業務に携わることはなく,甲社から報酬を受けたこともなかったものの,甲社から乙社への送金や,甲社の決算・確定申告業務に関し,Hらに広く具体的な指示を与えるなどしてこれらの業務を統括していたことが認められる。

以上の事実関係に照らせば,Bは,甲社の代表取締役である被告人Aの依頼を受け,甲社の決算・確定申告業務等につき,社員に広く具体的な指示を与えるなどしてこれらの業務を統括し,実質的な取締役として「社長付」の肩書にふさわしい役割を果たしたものと認めることができるから,甲社において「社長付」との正式な役職が設けられることはなかったことを考慮しても,Bが「社外」から社員らに不正会計処理を行わせたに過ぎないとみるのは相当でなく,Bは,甲社の「使用人その他の従業者」(法人税法164条1項)として本件法人税ほ脱に及んだものと認めることができる。

2  そして,既に述べたとおり,Bは,甲社の実質的な取締役として同社の決算・確定申告業務等を統括する過程で,本件ほ脱に及んだものと認めることができるから,本件ほ脱は甲社の業務に関して行われたものということができる。仮にBが甲社の財産を横領する目的をもって架空ないし水増し費用の計上に及んだのだとしても,外形的にみて,本件ほ脱は甲社の業務に関して行われたものと認めることができる以上,業務性の要件に欠けることはない。

第5弁護人の主張

1  弁護人は,本件では,架空の直接材料費が計上されているにもかかわらず,①材料仕入に伴う納品書等の証憑書類が作成されておらず,②甲社から仕入先の乙社への送金額が100万円から1000万円単位の端数のつかない数字となっており,③仕入先である乙社で材料の売上が計上されていないなど,材料仕入取引を仮装するための工作が行われていないこと等からすると,Bが不正会計処理を行った目的は甲社の資産を横領することにあったのであり,甲社の脱税や税務調査を殊更意識していなかったことが合理的に推認できると主張する。

しかし,後に述べるとおり,Bは,平成8年当時から既に,甲社に将来発生する法人税を免れることを計画していたものである上,平成10年に甲社に税務調査が入ることを予想し,意識していたものと認められる。さらに,後述するとおり,Bは,乙社に対する課税を回避することをも計画していたものと認められるから,乙社に課税されるおそれのある材料仕入取引を仮装しなかったとしても不自然ではなく,弁護人の主張する上記各点が,Bが甲社の法人税を免れることを企図していたことと矛盾するとはいえない。

2  弁護人は,甲社は,Bの横領行為により損害をこうむったのであるから,損害相当額を横領損失として,損失の発生した28期以前の損金に計上することが許されると主張する。

(1)  法人税法22条4項は,当該事業年度の収益の額及び原価等の額は,「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」旨規定しているから,法人税法は,原則として発生主義のうち権利確定主義を採っているものと解される。そうすると,法人が横領行為により損害をこうむった場合,その金額を損害が発生した事業年度の損金として計上すべきであると同時に,横領者に対して同額の損害賠償請求権を取得している以上,その額を益金に計上すべきであり,債務者の無資力等の事由により損害賠償請求権の実現不能が明白になった時点においてはじめて,損金に計上することが許されると考えるべきである。

(2)  ところで,法人税基本通達2-1-43(平12課法2-7による改正前の同通達2-1-37)は,上記原則に対する例外として,「他の者から支払を受ける損害賠償金(債務の履行遅滞による損害金を含む。以下2-1-43において同じ。)の額は,その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが,法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には,これを認める。(以下略)」と定めているところ,弁護人も同通達を挙げ,本件においては,横領損害が発生した時点で損害賠償請求権を益金として計上する必要はなく,その支払を受けるべきことが確定した時点,又は,実際に支払を受けた時点において,益金として計上すればよいと主張する。

同通達は,一般に,損害賠償請求権の有無や金額の確定には時間がかかる場合が多い上,確定したとしても,相手方の支払能力に疑問があり,実際の支払を受けるまでは確定的な収益といい難い場合が多々あることに鑑み,損害賠償請求権の計上時期について例外的扱いを認めた趣旨であると考えられる。

もっとも,同通達には,「他の者から支払を受ける損害賠償金」との限定が付されているところ,このような限定が付されたのは,例えば,法人の役員又は使用人等がその業務の過程で,法人の資金を横領すると同時に,横領した資金相当額を架空費用として計上したような場合,外形的には個人の横領行為なのか,法人の脱税行為なのかが識別できないため,このような場合に上記の例外的扱いを認めると徴税事務に著しい支障を生じるためであると考えられるのであって,そもそも権利確定主義が法人税法上の原則であることも考慮すれば,上記限定が非合理であるとはいえない。

(3)  本件においては,仮にBによる横領行為があったとしても,既に述べたとおり,Bは,甲社の実質的な取締役として決算・確定申告業務等を統括し,その過程で,甲社の社員に指示し,架空経費の計上等の不正会計処理を行わせたものであり,外形的にみて,その会計処理がBの横領行為なのか,甲社の脱税行為なのかを識別することは困難であったと認められる。したがって,Bが同通達の「他の者」に該当するとみることはできず,法人税法上の権利確定主義の原則に従い,横領損失の損金計上と同時に損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を益金計上すべきであった。

そして,28期末の時点において,甲社から流出した資金の一部が費消されることなく,B管理口座に残っていたことが窺われ,28期終了後,同口座の預金債権の仮差押や甲社から流出した資金により購入された土地の仮差押にも成功しているのであるから,28期末の時点において,Bに対する損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権の実現不能が明白であったとはいえない。

(4)  以上によれば,仮にBによる横領行為があったとしても,権利確定主義の原則に従い,横領損失の損金計上と同時に損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を益金に計上すべきであったから,横領の損害相当額を横領損失として28期以前の損金に計上することは許されなかったというべきである。弁護人の主張は採用できない。

第6結論

以上のとおり,Bは,被告会社の「使用人その他の従業者」として,Hらと共謀の上,被告会社の業務に関し,架空費用を計上するなどの「偽りその他不正の行為」によりその法人税を免れたことが認められるから,被告会社には本件法人税法違反の罪が成立するものということができる。

第三被告人Aを無罪とした理由

被告人Aに対する公訴事実の要旨は,被告人Aが,甲社の代表取締役として,Bらと共謀の上,甲社の業務に関し,判示のとおりの法人税を免れたというものであるが,以下に述べるとおり,被告人Aに架空費用を計上することの認識があったと認めるには合理的な疑いが残る。

以下,被告人Aの本件法人税ほ脱の故意,共謀の有無を検討するに当たって,①Bが平成8年当時,いかなる計画を立てていたか(第1,第2),②被告人Aがいかなる言動に及んだか(第3)を検討し,その検討を前提として,故意,共謀の有無(第4,第5)を検討することとする。

第1資金移動計画

初めに,Bが平成8年に計画した資金移動計画の内容を検討する。

1 G供述

(1)  Gは,Bから聞かされた資金移動計画について,要旨以下のとおり供述する。

ア  24期上期決算概況書を戊社に提出した少し後の平成8年7月か8月ころ,Bから「甲社と乙社の両方を赤字にしているなんて馬鹿だ。甲社と社長との取引を適正化し,社長に払うべきものはもっとちゃんと払うべきだ。その分は戊社に請求すればいいんだ。」「甲社に入った金は乙社に流す。乙社はA家の会社だから,乙社に流した分については戊社としても何も言えない。乙社に流した後は対税務の関係が残るだけだ。これは甲社が10月末締めで,乙社が12月末締め,社長個人の確定申告が3月と時期が違うし,甲社の管轄は関信局で,乙社と社長は東京局で,管轄が違うから書類をそんなに簡単に見られないはずだから,これらを利用すればなんとかなる。甲社から乙社に何らかの名目で送金し,乙社はそれを前受金などで一旦受け入れ,その金を乙社の期末までに何らかの名目で処理すれば税金がかからない。そして,最後は社長に流すが,社長個人の所得には影響させないようにするんだ。」などと言われた。

イ  同年9月ころ,Bから,「戊社のせいで損をした分が5年で80億円くらいある。これを何とかして戊社から甲社に引っ張り出し,これをそのまま税金をかけずに社長の手に渡す。」と言われた。

ウ  甲社の24期決算の際,Bから,「繰越欠損を使って税金を逃れる。戊社からの支援で繰越欠損がなくなると,その後,戊社からの支援を受けても税金で消えてしまう。」と言われた。

エ  同9年3月27日,乙社の決算を検討している際,Bから,同8年7月に聞かされた計画を再び説明された上,「平成7年に甲社に税務調査が入っている。そうすると,次の甲社に対する税務調査は平成10年1月に確定申告を出した後で,平成10年6月以降だろう。それまでは心配ない。」「甲社からの資金移動は損金として認定できるように処理し,利益に計上しないようにすることがすべての前提だ。」「平成8年10月31日に甲社の期末を迎えてから個人と乙社の申告期限である平成9年3月31日までの期間は,言ってみれば暫定期間だ。甲社を締めてもそれまではまだ乙社と社長,Dさんは生きているから,まだ損金処理できる。それでも漏れがあれば平成9年4月1日以降に,前期損益修正を使うなどして処理すればいい。」「戊社との対応をしているのは甲社だが,甲社から乙社に金を流してしまえば戊社といえども口を挟めない。乙社には税務との対応をさせる。」などと言われた。

(2)  関係証拠によれば,Gが,同9年3月27日,以下の内容のメモ(以下「平成9年3月27日付けGメモ」という。)を作成した事実が認められる。

ア  「(1)」として,時系列を示す直線が記載されており,その直線上には,順に「H8.10.31」,「12.31」,「H9.3.31」,「H9.4.1」,「H9.5.31」,「H9.6.1」,「H10.6.1~」と記載されており,「H8.10.31」の下には「関信局」,「12.31」の下には「東京局」「H9.3.31」,の下には「新宿税務署」,「H10.6.1~」の下には「税務調査」と記載されていた。

なお,甲社は既に述べたとおり,10月決算法人で,本店は埼玉県朝霞市に置かれており,関東信越国税局の管轄内にあったこと,乙社は12月決算法人で,当時の本店は東京都新宿区に置かれており,東京国税局の管轄内にあったこと,D,被告人Aは,同区a丁目に居住しており,その住所が新宿税務署の管轄内にあったことが,いずれも明らかである。

イ  「(3)」として,「甲社の資金移動=『損失』と認定する事が大前提」と記載されていた。

ウ  「(4)」として,「H8.10.31~H9.3.31=暫定調整期間・・・H9.4.1~前期損益修正で正常化を図る」と記載されており,「前期損益修正」の上部には「過年度の精算」と記載されていた。

エ  「(5)」として,「戊社対応は甲社;税務署対応は乙社・・・H9.6.1~以降=D・Aには影響を及ぼさないようにする!!」と記載されていた。

オ  最下部には,戊社,甲社,乙社,被告人Aが,それぞれ順に前者から後者に向かう矢印で結ばれた図が記載されていた。

2 関係証拠によれば,同8年6月から同9年1月までの間に,Bが以下の各書面(以下,各書面を総称して「合意書面」という。)を作成して被告人Aに示し,被告人Aが各書面に署名した事実が認められる。

(1)  平成8年6月26日付け「確認書」(以下「6月26日付け「確認書」」という。)

(2)  平成8年8月13日付け「依頼書」(以下「8月13日付け「依頼書」」という。)

(3)  平成8年9月9日付け「報告書」(以下「9月9日付け「報告書」」という。)

(4)  平成8年9月9日付け「確認書」(以下「9月9日付け「確認書」」という。)

(5)  平成8年11月19日付け「依頼書」(以下「11月19日付け「依頼書」」

という。)

(6)  「(Ⅱ)資金の流れ」で始まる書面(以下,11月20日付け「資金の流れ」という。)

(7)  平成8年11月28日付け「’97年度丁社資金計画に関する提案」と題する書面(以下「11月28日付け「資金計画」」という。)

(8)  平成9年1月10日付け「運用資金残高確認書」

3 Gが供述する資金移動計画

Gが供述する資金移動計画について検討する。

(1)  同計画の概要

初めに,Gが,平成8年7月ころから同9年3月27日までの間にBから告げられたと供述する戊社から被告人Aへの資金移動計画(以下,「G供述計画」という。)をみるに,その概要は,①甲社が,戊社から80億円の過去損害を清算してもらうとの理由により,資金の提供を受ける,②その資金については,取引適正化後の金額をA家等に支払うとの理由により,甲社から乙社に送金し,甲社の費用として計上する,③甲社から乙社,被告人Aに送金するに当たっては,乙社,被告人Aに税金がかからないようにする,④甲社,乙社,被告人Aの国税局ないし税務署の管轄や,決算時期ないし申告時期がずれているのを利用するというものである。

(2)  平成9年3月27日付けGメモとの関係

同メモには,①戊社から甲社,乙社を介して被告人Aに至る資金の流れ図とみられる図が記載されていること,②甲社からA家等に対する過去負担分の清算か,戊社から甲社に対する過去損害の清算を意味するとみられる記載があること(「過年度の精算」),③甲社から乙社への送金は,甲社の費用として計上する趣旨とみて矛盾のない記載があること(「甲社の資金移動=『損失』と認定する事が大前提」),④甲社,乙社の決算時期や,被告人A個人の確定申告時期に対応して,各所轄国税局ないし税務署が記載されている図があるほか,甲社の税務調査を意識した記載もみられることからすると,同メモはG供述計画が記載されたものとみるのが自然である。

(3)  24期から26期初めにかけて甲社で実行された各措置との関係

そして,第一の第2で認定したとおり,平成8年7月以降,26期初めにかけて,①Bが,戊社から有利な経済的支援を得るための様々な試みを行い,ことに過去損害等の額が78.4億円に上る旨の被告人A名義の書簡を作成してKに交付させていること,②戊社から甲社に「提案書」の案が提示され,「提案書」に基づく経済的支援が始まったころから,Bの指示により,甲社から乙社への多額の送金が始まったこと,③24期上期,24期,25期の各決算時において,Bが,過去負担分の清算等を理由として,甲社から乙社への送金を費用化する会計処理を行わせていること,以上の各措置は,G供述計画に沿っているとみられるのであって,Bが同計画に基づき,Gに指示して実行させたとみてよい。

(4)  結論

以上のとおり,G供述計画は,同計画が記載されたものとみられる平成9年3月27日付けGメモの存在や,平成8年7月以降,Bが同計画に基づくとみてよい各措置をGに指示して実行させている事実により裏付けられていることからすると,BからG供述計画を告げられた旨のG供述は信用でき,平成8年7月ころまでに,Bが同計画を立て,同計画に基づき,Gに指示して上記各措置を実行させたと認めることができる。

4 G供述計画と各合意書面との関係

(1)  G供述計画と各合意書面の類似点

Bが作成した各合意書面には,以下のとおり,G供述計画と発想を共通にしているとみられる記載がある。

ア  各合意書面の一部には,甲社が戊社から得た資金を,乙社を介して被告人A個人や丁社に送金する趣旨とみられる資金の流れ図が記載されているほか,このようにして丁社に送金した資金は,被告人A個人のため,将来Dからの相続の際の相続税対策や記念館事業の資金に利用することを予定した記載があること

イ  9月9日付け「報告書」3頁には,戊社から過去損害の清算として資金を入手する趣旨とみられる文言(「資金集めが『利益』として調達する事が可能か=戊社から甲社に『過去の補償』として処理される場合。」)や,過去損害の額とみて矛盾のない金額(「35億円は何時か※78.4億円の50%成立の税引後の金額」)が記載されていること

ウ(ア)  11月20日付け「資金の流れ」1頁には,甲社から乙社への5億円の送金は,「リース料」,「地代」,「金利」,「F」(乙社が過去に甲社に肩代わりして支払ったFの役員報酬のことを意味するとみて不自然はない。),「担保提供料」等の支払として行われた旨が記載されているところ,これらは5月18日付け「支援体制」に記載された過去負担分の項目とほぼ一致していることからすると,この記載は,甲社から乙社への5億円の送金が過去負担分の清算等として行われた旨説明する記載とみられること

(イ)  11月28日付け「資金計画」にも,24期以前の過去5年間に生じた「地代」,「金利」,「リース料」,「給与立替」等の過去負担分の総額は9億円に上り,そのうち5億円が24期に清算されたことを意味するとみて矛盾のない記載があること

エ  各合意書面の一部に,甲社から資金を移動するに当たり,被告人A個人や乙社に課税される可能性があることを意識した記載(9月9日付け「報告書」3頁の「<今後の重要課題>」の「(2)」の項,9月9日付け「確認書」の「<資金調達スケデュールと目標金額>」の項にある「個人所得税金の問題発生」「個人所得税金の問題の解決が重要」との記載,11月20日付け「資金の流れ」の「※2」の部分の「個人税金」との記載や,「※3」の下部の「乙社課税問題発生」との記載)や,被告人A個人への課税を回避するための具体的方法とみられる記載があること

(2)  各合意書面とG供述計画に基づき実行された各措置との関係

また,BがG供述計画に基づき実行させた一連の各措置と各合意書面の作成時期・記載内容を照らし合わせてみると,各合意書面は各措置と深い関連性を有していることが窺われる。

ア  6月26日付け「確認書」には,一項目として甲社と戊社との「基本契約締結」が挙げられているほか,戊社を起点とし,甲社を介して被告人A個人に資金が流れる「資金の基本構想」が記載されているところ,Bは,戊社から有利な経済的支援を得る目的で,同書面を被告人Aと交わした日の翌日である平成8年6月27日に,Fに5月18日付け「支援体制」をファックス送信してもらい,翌28日以降,Fに同「支援体制」を改訂させ,その後,24期上期決算時の一連の不正会計処理をGに指示して行わせていること

イ  6月26日付け「確認書」には,上記「資金の基本構想」のほか,Bと被告人Aが共同して行う事業の一つとして,「丁社」の設立,運営が挙げられ,8月13日付け「依頼書」には,被告人AがBに対し,乙社の資金を「(仮称)丁社」等で管理することを依頼する旨記載され,9月9日付け「報告書」4頁には,戊社,甲社,乙社等,「丁社他」を結ぶ資金の流れ図が記載されているところ,Bは,①同「報告書」を被告人Aと交わした日に近い平成8年9月初めころから,Gに指示して,甲社から乙社への送金を開始し,②同年10月17日,丁社を設立し,③同月28日,「提案書」に基づき戊社から甲社に入金された資金を,甲社から乙社を介して丁社に送金させ,それ以降,平成10年初めころにかけて同様の送金を行わせていること

ウ  9月9日付け「報告書」には「78.4億円」との記載がみられるところ,Bは,同書面を被告人Aと交わした日に近い平成8年9月初めころ,過去損害等の額を「78.4億円」とする損害書面をGに指示して作成させた上,そのころから平成9年にかけて,過去損害等の額が78.4億円になる旨指摘する書簡を作成し,数回にわたりKに交付させていること

エ  24期末までに,①戊社から甲社に対し,「提案書」に基づく業務委託費3億円等,不良資産等の買取代金10.7億円等が送金され,②Bが,Fに指示して,甲社のDからの借入金(4.05億円)を全額返済させ,③Bが,Gに指示して,甲社の被告人A,乙社からの借入金(平成7年10月期末の残高は,それぞれ3.45億円,4.9億円)及び乙社に対する未払利息(約1.34億円)を,甲社から乙社への送金により全額返済させ,④Bが,Fに指示して,乙社から丁社に計15億円を送金させているところ,

(ア) 11月19日付け「依頼書」には,平成8年11月19日現在の丁社の預かり資金残高が15億円である旨が記載されており,

(イ) 11月20日付け「資金の流れ」1頁には,上記資金移動と一致する資金の流れ図が記載されている上,上記の①戊社から甲社への入金額,②甲社からDへの借入金返済額,③甲社から被告人A,乙社への借入金等の返済額,④乙社から丁社への送金額とほぼ一致する金額が記載されていること

オ  Bは,24期決算の際,甲社から乙社に送金させた資金のうち,上期と下期を合わせた5.03億円につき,架空の直接材料費を計上するなどした不正会計処理を決算に折り込ませているところ,その決算作業中ないし直後とみられる時期に被告人Aと交わした11月20日付け「資金の流れ」や11月28日付け「資金計画」には,甲社から乙社に過去負担分の清算等として5億円を送金した旨説明するものとみて矛盾のない記載があること(なお,11月20日付け「資金の流れ」に記載された甲社から乙社への5億円の送金は,借入金の返済としてなされた送金とは区別して記載されていることからすると,24期決算の際にBが直接材料費として計上させるなどした5.03億円のことを意味するとみるのが自然である。)

(3)  以上の検討によれば,各合意書面には,G供述計画の概要やその実行結果が記載されているとみるのが自然である。

5 結論

以上を総合すれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  Bは,遅くとも,24期上期決算の不正会計処理に関与した平成8年6月末までに,以下の各計画を立てた。

ア  ①戊社に対し,甲社に過去損害等を清算すべきであるとの理由により資金の支払を要求し,その支払を受けること,②甲社が戊社から支払を受けた資金は,過去負担分の清算等を理由としてA家等に支払い,将来Dからの相続の際の相続税の納付資金や記念館事業の資金に充てることとするが,A家等に直接支払うのではなく,一度乙社に送金した上,さらに丁社に送金して運用すること(以下「本件資金移動計画」という。)

イ  過去負担分の清算等を理由とする甲社から乙社への送金については,甲社の費用として計上すること(以下「費用化計画」という。)

ウ  本件資金移動計画の実行に伴い,乙社や被告人A個人に対する課税を何らかの方法で回避すること(以下「A家等課税回避計画」という。)

(2)  Bは,同8年7月ころから同9年3月27日にかけて,Gに対し,これらの計画を伝え,その際,甲社,乙社,被告人Aの国税局ないし税務署の管轄や,決算時期ないし申告時期がずれているのを利用する旨告げた。

さらに,Bは,同8年6月末から同年9月初めにかけて,6月26日付け「確認書」,8月13日付け「依頼書」,9月9日付け「報告書」,9月9日付け「確認書」を作成し,これらの各書面に本件資金移動計画の概要(もっとも,甲社から乙社への送金を過去負担分の清算等を理由として行う旨は記載されていない。)を記載した上,被告人Aに渡してその署名を得た。

(3)  Bは,24期から26期の初めにかけて,本件資金移動計画及び費用化計画に基づき,第一の第2の各措置を実行した。

なお,戊社から有利な経済的支援を受ける目的で実行された各措置(第一の第2の2(1),(2),(4),4)と本件資金移動計画との関係について付言する。 既に述べたとおり,甲社がF1レース事業を安定的に続けていくためには,戊社との関係を正常化させ,長期にわたり十分な経済的支援を受けることが必要であったことは確かであるから,これら各措置が行われた目的の一つに,甲社の経営の安定化があったこと自体は否定できない。しかし,本件資金移動計画においては戊社が資金移動の起点とされていること,本件資金移動計画が立てられ,各合意書面が作成された時期と,上記各措置が実行された時期とが近接していること,K宛書簡の一部には,過去損害等の額として,9月9日付け「報告書」に記載されているのと同じ「78.4億円」という金額が記載されていることからすると,Bが上記各措置を実行した目的は,甲社の経営を安定化させるためであったのみならず,甲社から乙社を介して丁社に送金する資金を多く確保すべく,戊社からできるだけ多額の資金の支払を受けるためでもあったと認めるのが相当である。

(4)  Bは,平成8年11月中に,11月19日付け「依頼書」,11月20日付け「資金の流れ」,11月28日付け「資金計画」を作成し,これらの各書面に,①24期中に戊社から甲社に送金された資金が,本件資金移動計画に基づき,甲社から乙社を介して丁社に送金されたこと,及びその金額,②そのうち甲社から乙社への5億円の送金は過去負担分の清算等を理由として行われたこと,③A家等課税回避計画の概要を記載した上,被告人Aに渡してその署名を得た。

第2Bが甲社の法人税ほ脱を計画した時期

検察官は,被告人Aが,遅くとも平成8年11月20日付け「(Ⅱ)資金の流れ」に署名した時点までに,Bとの間で,本件法人税ほ脱の共謀を遂げたと主張する。しかし,24期,25期には,甲社に多額の繰越欠損金があり,利益圧縮の有無にかかわらず課税所得が出ない状況であったため,両名が平成8年当時,法人税ほ脱の共謀を遂げたとみるのは疑問の余地がないではない。

そこで,以下では,故意,共謀の成否を検討する前提として,Bが,平成8年当時,甲社の法人税ほ脱を計画していたか否かを検討する。

1  初めに,Bが,24期,25期決算時に,架空ないし水増し費用を計上させた目的が何であったかを検討する。

既に述べたとおり,24期,25期には,甲社に多額の繰越欠損金があり,利益圧縮の有無にかかわらず課税所得が出ない状況であったことからすれば,Bが,24期,25期の法人税ほ脱を目的として費用計上を行わせたとは考え難い。

むしろ,Bが,24期,25期決算時に架空ないし水増し費用を計上させた目的は,本件資金移動計画を達成すべく,甲社の資金を,甲社に返す必要のない形で,すなわち,その資金につき乙社に対する債権を甲社に残さない形で,乙社以降に送金する必要があったためであると考えられる。そのことは,24期,25期決算時の架空ないし水増し費用の計上が,専ら乙社への送金に関して行われていること,ことに25期においては,乙社に対する前払費用(債権)等が,費用に振り替えられるだけでなく,ほかの資産科目に振り替えられることによっても消し込まれており,費用を計上することよりもむしろ,乙社に対する前払費用等を消し込むことに主眼が置かれているとみられることによって裏付けられている。

以上のほか,Bは,平成8年から同9年にかけて,戊社に対し,「提案書」の誤りを指摘し,経常利益見込額を下方修正し,累積損失解消等の目標達成期限を27期までに延長する新提案書を作成させていることに照らすと,24期,25期の経常利益の額を「提案書」の経常利益見込額より下げることにより(実際,「提案書」の24期,25期の経常利益見込額が,それぞれ約4.5億円,約8億円であったのに対し,24期,25期の決算書の経常利益の額は,それぞれ約2.4億円,約2.5億円であった。),戊社に「提案書」を見直させ,より長期間にわたりより多くの支援金を得る目的で,架空ないし水増し費用を計上させたとも考えられる。

2  しかし,以下に述べる理由により,Bは,平成8年当時において,甲社に将来法人税が発生する可能性を認識し,その法人税を免れることを検討していたものと認められる。

(1)  既に述べたとおり,Bは,遅くとも平成8年6月末までに,本件資金移動計画の実行に伴い,乙社や被告人A個人に対する課税を回避することを計画(「A家等課税回避計画」)したものと認められる。

BがA家等課税回避計画を立てたのは,戊社から甲社,乙社を介して被告人A個人に資金移動するに当たり,乙社と被告人A個人にかかる課税を回避することにより,資金が目減りすることを防ぎ,できるだけ多額の資金を確保することが目的であったとみるのが自然である。そうすると,Bが,乙社同様,資金移動の中間に位置する甲社に対する課税を回避することについても検討したものとみて不自然はない。

(2)  実際,平成9年3月27日付けGメモには,乙社や被告人A個人のみならず,甲社の管轄国税局や決算時期が記載されている上,平成10年に甲社に税務調査が入ることを意識した記載があり,これらは甲社に対する課税について検討したものとみるのが自然であって,上記推認を裏付けているといえる(なお,このメモは,BとGが,乙社の決算に関する打合せを行った際に作成されたものであるが,戊社から甲社,乙社を介して被告人Aに至る本件資金移動計画全般について言及されている上,「甲社の資金移動=『損失』と認定する事が大前提」などと甲社に関する記載もあることからすると,同メモの上記記載は,Bが,甲社に対する税務調査の際の反面調査を通じて,乙社に対する課税回避が不首尾に終わることを懸念したものに過ぎないとみるよりも,甲社に対する課税についても検討したものとみる方が自然である。)。

(3)  また,Bは,以下に述べるとおり,戊社から「提案書」が示された平成8年9月ころには,今後,戊社からの経済的支援に伴って当期利益が黒字になり,26期には甲社の繰越欠損金を全額損金に算入しても,法人税が発生する可能性があることを認識したものと認められる。

ア  関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 甲社には,24期以降,損金に算入することのできる税務上の繰越欠損金の額は16億円余りあったが,その最終の繰越期限は27期までであった。

(イ) Bが平成8年9月2日にGに渡した「提案書」の案には,戊社の経済的支援により,甲社の24期から26期の経常利益,当期利益が黒字になる旨が記載されていたほか,「税務上の繰越し欠損」が,24期に「▲1,430」,25期に「▲862」,26期に「0」となる旨記載されていた。

(ウ) Bが作成した平成8年9月11日付けK宛書簡には,「提案書」の案の提案内容に対する回答として,「税務上の繰り越し欠損の恩典が享受できなくなる。(初年度4.8億円の繰り越し恩典が消滅するため,前述のF-1,FN,F3についての3億円の前倒しが必要か)」と記載されていた。

(エ) Bは,11月20日付け「資金の流れ」に,過去負担分の清算等を理由とする甲社から乙社への5億円の送金に付記する形で,「税務上の繰越欠損の恩典破棄」と記載した。

(オ) BがGとともに「提案書」の問題点を検討した際,使用した「提案書」中の「(株)甲の財務・収益改善計画」と題する書面には,①当期利益が,24期に「364百万」,25期に「557百万」,26期に「745百万」となる旨記載され,②「税務上の繰越し欠損」が,24期に「▲1,206」,25期に「▲644」,26期に「ゼロ」となる旨記載されていたほか,③26期の「税務上の繰越し欠損」の欄の最下部に「(1)法人税等の納付資金…120百万」と記載されており,そのうち,繰越欠損金の金額や「法人税等の納付資金」の「(1)」の部分には,手書きの丸が付されていた。

(カ) BがGに作成させた平成9年2月17日付け「提案書についての指摘事項」と題する書面には,「提案書」に記載された「税務上の繰越欠損の金額に矛盾がある。」として,①「期首繰越欠損金」が,24期に「1,654」,25期に「1,170」,26期に「497」となる旨記載され,②その下部には「(うち期限到来分)」として,24期に「484」,25期に「672」,26期に「40」となる旨記載され,③「当期利益」が,24期に「364」,25期に「557」,26期に「745」となる旨記載され,④「翌期繰越欠損金」が,24期に「1,170」,25期に「497」,26期に「ゼロ(納税)」となる旨が記載されていた。

(キ) BがGに作成させた新提案書には,「提案書」の計算間違いや誤解により,「提案書」記載の目標利益を達成できなかった結果,「税務上の繰越欠損金の恩典放棄が明確になった。(24期実績)(甲社より指摘し続けてきたが,既に24期実績により現実となり混在化した。)」と記載されていたほか,「税務繰越欠損金の計算」の欄に,①「期首欠損金」が,25期に「1,170」,26期に「497」,27期に「217」となる旨記載され,②その下部には「(うち期限到来分)」として,25期に「672」,26期に「40」,27期に「217」となる旨記載され,③「当期利益」が,25期に「258」,26期に「280」,27期に「307」となる旨記載され,④「法人税等」が,25期に「-」,26期に「-」,27期に「45」となる旨記載され,⑤「翌期繰越欠損金」が,25期に「497」,26期に「217」,27期に「-」となる旨が記載されていた。

イ  以上のとおり,Bは,「提案書」の交付以来,将来の繰越欠損金や当期利益,法人税に深い関心を抱いていた様子を見て取ることができるから,Bは,平成8年9月に「提案書」の交付を受けた際,繰越欠損金や当期利益,法人税に関する記載を読み,26期には繰越欠損金を全額損金に算入しても,法人税が発生する可能性を認識したものと認められる。

また,平成8年9月11日付けK宛書簡,11月20日付け「資金の流れ」及び新提案書には「税務上の繰越欠損の恩典破棄」などと記載されていること,平成9年2月17日付け「提案書についての指摘事項」と題する書面や新提案書には,「期限到来分」として各期に繰越期限を迎える繰越欠損金の金額が記載されていることからすると,Bは,繰越欠損金の繰越期限にも関心を抱いていたものと認められるから,Bは,平成8年当時,甲社の繰越欠損金の最終の繰越期限が27期までであったことも認識していたものと認めることができる。

そうすると,Bは,甲社に「提案書」が交付された平成8年9月ころには,①甲社の繰越欠損金の最終の繰越期限は27期までであったこと,②しかし,今後,戊社からの経済的支援に伴って当期利益が増えていき,26期には甲社の繰越欠損金を全額損金に算入しても,法人税が発生する可能性があることを認識したものと認められる。

(4)  さらに,Bは,以下に述べるとおり,平成8年9月ころ,「提案書」の支援期間終了後の27期以降も戊社から多額の支援金を受け続け,本件資金移動計画を続けることを計画していたものと認められる。

ア  9月9日付け「確認書」には,<資金調達スケデュールと目標金額>として,本件資金移動計画により,被告人Aの個人資金として,平成12年12月末までに35億円を貯めるとの計画が記載されている。

イ  同じく9月9日付け「確認書」の<資金調達スケデュールと目標金額>には,平成10年12月末の下に「※戊社との交渉が最大のポイント」と記載されているので,この記載が何を意味するかを検討する。

(ア) Bが作成した平成8年9月2日付けK宛書簡では,「提案書」で,甲社に対する経済的支援が26期までの3年間に限定されていることについての不満が記載されていた。

(イ) 同年9月11日付けK宛書簡では,「提案書」の経営改善目標は,今後,甲社からA家等に対する過去負担分の清算等を行うことが前提とされていないため,過去負担分の清算等を行うと,26期末までに「提案書」の目標を実現することは困難であることが記載されていた。

(ウ) 同年10月8日付けK宛書簡では,「6年かけてのプロジェクトであるが当面の3年間の計画と実績を作り上げる。」と記載されていた。

(エ) 平成9年4月10日付けK宛書簡では,「提案書」について,「「何がなんでも3年間で決着をつけよう」とする担当者の姿勢から無理な「事業計画書」になって」いると記載されていた。

(オ) Bが平成9年5月にGに作成させた新提案書には,「提案書」には,「誤解や計算誤り」があるため,26期までに「提案書」記載の経営改善目標を達成することは困難であるとして,25期,26期の経常利益目標額を下方修正した上,累積損失解消等の目標達成期限を27期までに延長する新たな事業計画が提案されていた。

以上によれば,Bが,「提案書」の支援期間終了後の27期以降も戊社から経済的支援を得ようと考え,戊社にその旨要求することとして,上記K宛書簡を作成し,Gに新提案書を作成させたものと認めることができる。

そうすると,9月9日付け「確認書」の「※戊社との交渉が最大のポイント」との記載は,「提案書」の支援期間終了直後の平成10年12月末ころまでに,戊社からその後も引き続き経済的支援を得るための交渉を行うことが必要であるとの趣旨を記したものと認めることができる。

ウ  以上によれば,Bは,9月9日付け「確認書」を作成した平成8年9月ころ,「提案書」の支援期間終了後の27期以降も戊社から多額の支援金を受け続け,本件資金移動計画を続けることを計画していたと認めることができる。

そうすると,Bが,平成8年当時の時点で,本件資金移動計画により乙社以降に送金する資金をできるだけ多く確保すべく,26期以降甲社に発生する可能性のある法人税を何らかの方法で免れることを検討したとしてもおかしくない。

(5)  そして,Bは,予想したとおりに行われた平成10年税務調査の際,調査官に対する調査妨害に及んだ上,24期,25期決算時に計上させた架空ないし水増し費用につき,過去負担分の清算等に基づく実体のある費用であると調査官に説明させている。

Bとしてみれば,24期,25期に計上させた費用の損金算入が否認されたとしても,繰越欠損金の存在により,法人税が発生しないことは予想できたと思われるから,Bのこの行動は,24期,25期の法人税を免れることを目的としたものとは認められない。むしろ,24期,25期に計上させた費用の損金算入が否認されることにより,繰越欠損金全額を24期,25期の損金に算入することを余儀なくされる結果,26期以降,甲社に法人税が発生することを免れるための行動であったとみるのが自然である。

(6)  以上のとおり,①Bは,遅くとも平成8年6月末までに,本件資金移動計画の実行に伴い,乙社や被告人A個人に対する課税を回避することを計画していたのであるから,甲社に対する課税を回避することを検討したとみても不自然ではなく,その推認は,平成9年3月27日付けGメモに,平成10年に甲社に税務調査が入ることを意識した記載があることによって裏付けられていること,②Bは,平成8年9月ころ,「提案書」により,今後,戊社からの経済的支援に伴って当期利益が増えていき,26期には甲社の繰越欠損金を全額損金に算入しても,法人税が発生する可能性があることを認識したものであるが,Bは,27期以降も本件資金移動計画を続けることを計画していた以上,26期以降に甲社に発生する可能性がある法人税の回避についても関心を持ったと考えるのが自然であること,③実際,Bは,平成10年税務調査の際,26期以降に甲社に法人税が発生することを免れるため,調査妨害等に及んだことに照らせば,Bは,甲社に「提案書」が交付された平成8年9月ころには,本件資金移動計画により乙社以降に送金する資金をできるだけ多く確保すべく,26期以降に甲社に発生する可能性がある法人税を免れることを検討したと認めるのが相当である。

3 ところで,26期以降に甲社に発生する可能性がある法人税を免れるためには,26期以降に架空ないし水増し費用の計上を始めれば足りると思われるのに,Bは,24期,25期においても,架空ないし水増し費用を計上している。その目的は,上記1で述べたとおり,甲社の資金を甲社に返す必要のない形で乙社以降に送金するため等であったと認められる。

しかし,24期から架空ないし水増し費用の計上を始めることにより,24期ないし26期の当期利益の額が下がり,各期の繰越欠損金の損金算入額が抑えられ,結果として,最終繰越期限である27期まで繰越欠損金を残しておくことが可能となるという効果(以下「温存効果」という。)もある。繰越欠損金がなくなれば,架空ないし水増し費用を計上して当期利益を零円としなければ法人税を免れることはできないが,戊社から多額の支援金を受けている甲社の当期利益を零円とするのはあまりに不自然であり,現実的に不可能であったと考えられるから(実際,Bは,新提案書においても,経常利益目標額を零円とはしていないし,24期から28期まで一貫して架空ないし水増し費用を計上させつつも,当期利益を黒字としている。),当期利益を黒字としつつ,法人税を免れるためには,上記温存効果を利用することにより,できるだけ長期にわたって繰越欠損金を繰り越す必要性があったものと認められる。

そして,Bが,平成8年当時,26期以降に甲社に発生する可能性がある法人税を免れることを検討するに当たり,上記温存効果を利用する必要性を認識していたことは,①Bが,「提案書」で26期に繰越欠損金を使い果たすこととされていたのを改め,新提案書において,「提案書」記載の25期,26期の経常利益見込額を下方修正することにより,27期まで繰越欠損金を繰り越す計画を記載させていること,②Bが24期,25期に架空ないし水増し費用を計上させた結果,各期の繰越欠損金の損金算入額は,各期に繰越期限を迎える繰越欠損金の額以下に抑えられ,翌期以降に繰り越すことのできる繰越欠損金が全額翌期に繰り越されており,繰越欠損金の温存を図ったとみて矛盾のない行動に及んでいることによって裏付けられている。

4 以上によれば,Bは,本件資金移動計画により乙社以降に送金する資金をできるだけ多く確保すべく,26期以降に甲社に発生する可能性がある法人税を免れるため,繰越欠損金をできるだけ長期にわたって繰り越す必要性をも明確に意識して,24期決算時に架空ないし水増し費用の計上を行わせたものと認めることができる。

以上の検討によれば,Bは,遅くとも24期決算時までには,過去負担分の清算等を名目として架空ないし水増し費用を計上することにより,甲社の法人税を免れることを計画したものと認められる。

第3被告人Aの言動,認識等

本件法人税ほ脱の故意,共謀の有無を検討する前提として,被告人Aの言動をみる。

1  容易に認定できる事実

関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  戊社の臨時監査の際の被告人Aの言動

ア  被告人Aは,平成11年3月16日,戊社の臨時監査が始まる直前,同社の元代表取締役であるJから臨時監査に対する協力を求められ,激しく抵抗したところ,同人に,両手首に手錠をかけられる仕草を見せられながら,「もし脱税でもあればこうなるぞ。」と告げられた。

また,被告人Aが,「もうからなかった時代にどれだけつぎ込んできたことか,もうかったら自分のポケットに入れるのが個人会社だ。」とつぶやくのを,Lが耳にした。

(Jと被告人Aとの関係が良好とはいえなかったことを考慮しても,J,Lの両名が,殊更,被告人Aに不利な虚偽供述に及ぶとは考え難いし,被告人Aが不正に関与しているとは想像もしていなかった両名にとって,被告人Aが不正に関与しているのではないかとも疑われるような言動を見聞きしたというのは,印象深い体験であると考えられるから,両名の供述に基づき,以上の事実を認定することができる。)

イ  被告人Aは,当初は臨時監査に応じたものの,その後態度を変え,Lに対し臨時監査の中止を要求し,社員らも監査妨害に及んだため,同月18日に監査は中止されるに至った。

ウ  その後の同年4月28日,臨時監査を続行するか否かを決定するため,甲社の臨時取締役会が開かれ,臨時監査の中止を求める被告人Aと,続行を求めるE,F,戊社派遣の取締役が鋭く対立し,紛糾する中,Lにより,平成11年4月28日付け「臨時監査の中間報告書」が読み上げられた。同報告書には,「監査が完了していないので断定的なことは言えないが,本日までに判明した主なことは次のとうりである。1.平成10年11月9日に25期の税修正申告を行なったことが判明した。これにより25期以前の決算報告が正しく行なわれていない疑いが強く出てきた。2.26期の経理処理に関して,次の2件を含め明確にすべき項目がはっきりした。

(a)当社と乙社との取引きで,前払費用(13.1億円)に対して,平成10年10月31日付けで9.61億円の材料費勘定などで一括処理されている点。(b)当社とN社などとの取引きで,売上げ(6.35億円)を平成10年5月に遡って,計7回に亘る直接材料費減で売上げ戻し処理がされている点。以上のように,会社決算と税務処理に関して,大変大きな疑問点が残されている。」などと,25期以前の会計処理や,26期の約9.61億円の直接材料費計上,売上相殺処理に疑問を投げかける内容が記載されていた。被告人Aは,同報告書を読み上げるLに対し,「お黙りください。」「そんなことは聞きたくないって言ってるんですよ。」などと激しく抵抗した後,その場を退席するに至った。

(2)  F1の売上について

被告人Aは,平成11年4月,Hから渡された26期の部門別の売上,経常利益等が記載された資料を見て,F1の売上が自分の把握している金額より5億円少ないことや,26期の経常利益について異なる2つの金額が記載されていたことを疑問に思い,Bに問い合わせることとし,自分の手帳の同月8日の欄に,「グラフの質問」「F1の5オクどこ?」「F1+テスト代金の5オクの計上はどうなっているのか?(実際64.5+5=69.5)」「26期の表と新グラフ表の経常利益の数字が異るのはなぜか?どっちが正しいのか?」と記載した(以下「4月8日付け手帳」という。)。

被告人Aはその後,Bに上記疑問点について質問し,その際のBの回答を自分の手帳の同月20日及び21日の欄に記載した(以下「4月20日付け手帳」という。)。そこには,「B氏へ」「なぜ皆が不思ギに思う経理方法を取ったのか?」「そのセイカは」「今後もそうするのか?」「その方法を説明すると何がまずいのか?」とBに対する質問事項が記載されていたほか,「目先の「知らべている」私なりに・・何ともないので,・・・Mよりの戊社に色メガネで見られたくない。」「F1の分の保証+2年」「過去の分」「例えば5オクの内,ML-2オク,F1トラック0.6,F1電気TAG0.5,その他リース・屋チン等の正常化」「この会計方法は過去3年変っていない。」「今後も続ける。」「悪意のある噂作り先行で見る気も聞く気もない。」「経営の話しの内に簿記の話しするのか?」「L氏は,中立とも思えない。個人でやっているとも思えない。当社の機密をまもっているとも思えない。それなりの判断力があるとは思えない。監査終ったばかりですぐ又やりなおす等・・・」「調査は毎年時間かけているんですよ」などと,Bの回答とみて矛盾のない文言が記載されていた。

(3)  取引先の社長から脱税の噂を告げられたこと

被告人Aは,平成11年9月ころ,取引先の社長から,甲社に脱税の噂がある旨告げられ,自分の手帳の同月6日の欄に,「本当に大丈夫なのか?(脱税の件)」「私はメクラ…」と記載した。

(4)  社内会議の際の被告人Aの言動

甲社では,Eらが26期決算時の不正会計処理に不審を抱き,社内調査を開始したころから,甲社の各部のマネージャー(部長相当)も,各部で把握している売上や粗利の額が,Hら総務経理部社員から示される売上や粗利の額と異なることなどに気付き,不審を抱くようになった。

平成11年12月6日,甲社でマネージャーらが集まる社内会議(以下「マネージャー会議」という。)が開かれ,被告人AやHも出席し,被告人Aは,その冒頭で,「これはちょっといやらしい話だが,脱税,横領のうわさを聞いていると思うが,今回,甲社または乙社を含め,国税局にすべて見てもらったが,結果的には何も問題はなかった。更に1年間,庚監査法人に毎月見てもらったが何も問題はなかった。会社の規模にしては,こういうところを改善した方がいいねという指摘はあったが。」と発言した(なお,乙社に対する税務調査は平成11年10月に行われた。)。すると,あらかじめ平成11年4月28日付け「臨時監査の中間報告書」を入手していたマネージャーの一人から,F1の売上をなぜ計上しないのかを尋ねられたのに対し,被告人Aは,「操作しているということですね。操作というのは脱税ですね。何億の操作なんてありえない。何十万や何百万の話ではないよ。何億なんて甘いよ。売上に計上しようとしまいと,あなたたちに関係ないでしょ。ぼくがそれもらっちゃったわけ。それって,脱税だよ。」「あなたは国税以上に正しいの?問題ないんだ。素人より国税のほうが大変なんだ。5億10億とやれば,新聞に載ってますよ。」と発言した。また,別のマネージャーから,「材料費として1.6億余分に計上され,それが前払費用として乙社に払われている。GTとしては乙社と何も取引はしていない。」「材料費として部品は買っていない。」と指摘されたのに対し,被告人Aは,「過去,いろいろあるでしょう。それをちゃんとしたということもありえるでしょう。」「それがO(同マネージャーのこと)の言う横領になるんだ。」「何で,すべて明瞭会計にしなければいけないのか。」と発言し,Hが「うちが払えない分を過去に立て替え,肩代わりしてもらった。リースもある。」と発言した後,被告人Aはさらに,「Fさんは乙社の必要な営業を全然してこなかった。どんどん真っ赤っかにしていった。乙社だって,ちゃんとした自立した会社として考えたとき,そんなことは許されない。母体がつぶれれば,バランスが崩れるのだから。ずっと母体だったんだから。それがなければこの会社はなかった。当然返すものがいっぱいある。例えば,戊社からも数年前にA家からそういうことをするのはいっさいまかりならぬとちゃんときている。専務がそういったかどうかはしらないが。専務はそれを認めなかったかしれないが。A家の財産を当てにして,つまり私の母の財産を担保にしてやってきた。いろいろやっていく中で,戊社も申し訳ないというのがある。なぜなら戊社のリクエストによりいろいろやってきた。それをちゃんとしてくださいというのがある。」と発言した。

(5)  Kとの会談

被告人Aは,平成11年12月23日,Kと会談し,その際の話し合いの内容を自分のノートに記載した。そのノートには,「資金の流れの疑惑についてあれから毎月庚監査法人に知らべてもらった。東京国税で甲社,乙社共に知らべた。全く問題無かった!」「我々からの3つの願い2001年後の件N社との件78億の件もどうなっているのか?※但し78億円はそれなりの将来ビジョンがあれば現金で請求しないと示して来た。」と記載されていた。

(6)  庚監査法人の調査終了後の被告人Aの言動

被告人Aは,平成12年3月24日,Hとの打合せの際,同人から,庚監査法人の調査が終わり,不正はないとお墨付きをいただいた,関東信越国税局に甲社を,東京国税局に乙社を調べてもらって何もなかったとの報告を受けたのに対し,「国税局と監査法人両方に調べてもらい,何も疑わしいことはないと証明された。」と発言した。

(7)  Bに不審を抱いてからの被告人Aの言動

ア  被告人Aは,平成12年9月,かねてBの行動に不審を抱き,同人の身辺事情等を独自に調査していた被告人Aの親戚のPから,その調査結果を示され,Bに気を付けるよう忠告を受けた。被告人Aはこの忠告を受けて,自分の手帳の同月11日の欄に,Bに対する疑念を記し,「脱税のみをおしつけられる可能性もあり!」と記載した。また,被告人Aは,そのころ,自分の手帳に,「母Dが高令のため,予想される相続税対策が,一番大きな戦略である。」「150億とも予想される税を少しでも圧縮する対応をしているはず。」「母が所有している丙社をどうするか?姉達の分も含んでいるための難かしさがあるが・・・,A家や記念館として継続するためには,Aに財産をなるべく集中していかないと実現しないと言う考えで進められているはず・・・。」「B氏が色々やって来た事で私が違法になる様な事をさせられているかどうかも不明で,とても不安だ!」と記載した。

イ  被告人Aは,上記忠告を受け,自らもBの身辺事情等につき調査を始め,その過程でBに丙社等の資産を横領されているのではないかとの疑いを抱き,同年12月ころ,癸社に丙社等の資産状況に関する調査を依頼した。

なお,被告人Aは,自分の手帳の平成12年10月4日の欄に,Bに関する調査依頼事項を記載しているが,その中には,「(株)丙等の資金を使用していないか?(横領?)(計画的に借金をし,その内の分を使用していないか?)」「結果として脱税行為を行っているのでは?と解っても,世の中にその部分も機密を保てるか?」と記載されていた。

ウ  その後の平成13年1月末ころ,被告人Aは,Bとの間で激しい口論となり,それ以来,Bとの関係を断絶するに至った。被告人Aは,その際のやり取りを自分の手帳に記載したが,その中には,「(Bのセリフ)」として,「Aの名を表に出さず,(海外財団等)運用して来たのは母が死んだ時,そのまま不明金としてAが使える用準備したためだ!悪用ではない!」と記載されていたほか,「→(脱税!?)」「→じゃあかえせ!」と記載されていた。

エ  被告人Aは,その後,同月中に,丙社等の資産状況等に関する調査を癸社に正式依頼した。当初は,丙社等を中心とした調査がなされるにとどまり,甲社の調査が行われることはなく,被告人Aは,平成13年3月に初めて,甲社の経理等に関する調査を依頼した。

2 F供述

(1)  Fは,要旨以下のとおり供述する。

ア  乙社から丁社への送金に関する報告

平成8年10月28日にBの指示で丁社に3.2億円を送金した後,被告人Aに対し,3.2億円を送金したこと,同月31日にも11.8億円を送金するよう指示されていることを話したところ,被告人Aから,「知っている,Bさんの言うとおりやってくれ。」と言われた。

同年12月30日に5000万円を送金した後,被告人Aに(25期に入ってから)合計で2.75億円送金したと報告した。

その後,被告人Aと顔を合わせたときには,「Bさんから言われて乙社から丁社の名前で4億円送金しましたよ。」などと言って報告していた。合計送金額が30億円を超えたときや40億円を超えたときなど,被告人Aと一緒に二人で車に乗って帰宅途中などに,被告人Aに対し,「もう,乙社から丁社に30億円以上行っていますよ。甲社のお金でしょ。Bさんは,本当に大丈夫なんですか。」「いくらBさんに任せてあると言っても,金額が金額なんだから,丁社の残高証明くらいは取って自分で管理しておいた方がいいですよ。Bさんがお金を持って逃げたらどうするんですか。」と言ったものの,被告人Aは,Bに任せてあるから言うとおりにやっていればいいと言っていた。

イ  25期決算時の不正会計処理等に関する報告

25期決算報告書作成の前後ころ,被告人Aとともに帰宅する車中で,(自らがBの指示で行った)25期の決算処理に不審を抱き,被告人Aに「Bには,脱税を頼んでいるのか,節税を頼んでいるのか。」と聞いたところ,「節税を頼んでいる,脱税は頼んでいない。」と言われたので,「節税を超えているような感じがする。」と言ったところ,「Bの言うとおりにしてくれ。」と言われた。このとき,被告人Aに「利益をいじくるようなことをやってBさんに脱税を頼んでいるんですか。」と言ったと思う。

また,平成10年1月か2月ころ,丁社への送金額が多額になっている,甲社から乙社に支払うべき金額を超えていると被告人Aに話した。

ウ  26期決算時の不正会計処理等に関する報告

平成11年2月中旬から同年3月中旬にかけて,数回にわたり,26期決算時の不正会計処理について,被告人Aに「正しい会計処理をしていない。」などと報告した。同年3月12日,ファミリーレストランで,被告人Aにメモを見せながら,メモの記載のとおり,甲社から乙社に13.1億円流れ,2.5億円が戻ってきているので,差引で乙社に10.6億円が送金されている,本件工作機械のリース料や被告人A,丙社への地代の支払を除くと約9億円の送金は理由がつかない,その約9億円を処理するために,売上を減らし,材料費を計上して架空の経費を作っている,申告をしていれば脱税や粉飾決算になる,乙社も丁社も被告人Aが代表権を持っているから,商法上の横領や特別背任になる,犯罪の可能性が大きい,同じことを27期もやっている,Bは取締役ではないから責任は問えない,身内が役員だから大変なことになる,などと言ったところ,被告人Aは自分が責任を持つと言っていた。

(2)  信用性の検討

そこでF供述の信用性を検討する。

ア  Fは,甲社の取締役として,24期上期決算時,25期決算時の不正会計処理や,乙社から丁社への多額の送金に関与した者であるが,25期決算時の不正会計処理に関与した後の平成10年3月4日には,乙社からF名義の銀行口座に趣旨不明の1000万円が振り込まれていることからすると,その関与の程度の深さが疑われる上,①24期上期決算時にBから乙社への2億円の借入金返済をなかったことにするための不正会計処理を指示された点について,検察官調書においては,Bから受けた指示内容について供述しているにもかかわらず,公判廷においては,「2億円の話は私の手帳にも記載があるんですが,自分では覚えておりません。」などとあいまいな供述に及んでおり,当初も国税局からの質問調査に対し,上記不正会計処理については知らないと話していたこと,②平成10年税務調査時に自らが作成日付を遡らせて作成したリース契約書について,検察官調書では自分が作成したと供述しながら,公判廷では,Iと私が作成した旨,Iに責任を転嫁するかのように供述を変遷させていること(Iは,公判廷において,リース契約書を作成したことを明確に否定している。)からすると,Fが,Bによる脱税や横領の共犯とみられることを恐れ,自己の責任を回避すべく,自ら関与した乙社から丁社への送金や25期決算時の不正会計処理について,被告人Aの了承を取って行ったものであるとの虚偽供述に及んでいる可能性や,少なくとも,記憶があいまいになっている可能性が否定できないから,その供述の信用性は慎重に検討する必要があり,ある程度明確な裏付けがない限り,信用性を認めることはできないというべきである。

イ  F供述のうち,26期決算時の不正会計処理等について被告人Aに報告したとする点については,①Fは,平成10年8月に非常勤取締役に降格され,事実上左遷された者であり,26期決算時の不正会計処理には一切関与していない上,Fが26期決算時の不正会計処理を疑い,社内調査していたことは,E,Lの供述によって裏付けられていること,②Fの手帳には,平成11年2月中旬から同年3月中旬にかけて,数回にわたり被告人Aに26期決算時の不正会計処理を報告したとみて矛盾のない記載があること(平成11年2月15日の欄に「社長に26期説明」,同年3月4日の欄に「粉飾」「Tel1:38→社長」,同月12日の欄に「社長宅で説明」「可能性大」「最終」との記載がある。),③Fが同年3月12日に被告人Aに示したというメモには,Fが供述する被告人Aへの説明内容に沿った資金の流れ図や説明が記載されているほか,「約9億の理由は...」「∴甲社の経理処理売上の減と材料費計上」「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」と記載されていることによって裏付けられている。

なお,弁護人は,同メモに記載された文字のうち,「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」との文字について,筆圧や大きさがほかの文字と異なり,後から記入した疑いが払拭できず,被告人Aに示したときには記載されていなかった可能性が大きいと主張する。確かに,Fは,同メモに記載された文字の一部につき,被告人Aに説明したときに書いてあったか否かははっきりしないと供述しているが,それは,「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」とは別の文字について質問された際の供述であり,「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」との文字については,被告人Aに見せたときには書いていた旨,弁護人や裁判官の尋問に対しても一貫して供述している。そして,Fの手帳の平成11年3月12日の欄には,「社長宅で説明」「可能性大」「最終」と記載されているところ,これは,Fがこの日,犯罪になる可能性が高いということを被告人Aに告げる予定である旨,あるいは,告げた旨を書き留めたものとみるのが自然であること,「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」との文字は,同メモの末尾にやや大きめに記載されており,被告人Aに見て理解してほしいとのFの意思を読み取ることも不可能ではないことからすると,「脱税,横領,特別背任,犯罪の可能性大」との文字は,被告人Aに示された当時,同メモに記載されていたと認めることができる。

ウ  他方,F供述のうち,乙社から丁社への送金や25期決算時の不正会計処理等について被告人Aに報告したとする点については,明確な裏付けとなる証拠がないこと,乙社から丁社への送金や25期決算時の不正会計処理は,26期決算時の不正会計処理と異なり,F自ら関与したものであり,既に述べたとおり,自己の責任を回避するため,虚偽供述に及んでいる可能性を否定できないこと,ことに後者の点については,25期決算時に利益を圧縮した旨,被告人Aに言葉で説明したかとの再三の問いに対し,「特に,余り詳しくは覚えてませんけども,そういう背景も踏まえて,どうもおかしいというのがあったものですから,それで,多分社長に聞いたんだと思います。」「特に具体的にちょっと覚えてませんけども。」などとあいまいな供述に終始しており,26期決算時の不正会計処理を被告人Aに報告した際の状況と混同している可能性も否定できないことからすると,信用性を認めるには足りない。

(3)  以上によれば,Fが,被告人Aに対し,平成11年2月中旬から3月中旬にかけて,26期決算時に不正会計処理が行われたことを数回報告し,同月12日,26期中に甲社から乙社に13.1億円が送金されていること,そのうち9億円は理由がつかない送金であり,売上を減らしたり材料費を計上したりして処理されていること,脱税や粉飾決算等の何らかの犯罪が成立する可能性が大きいことを告げた事実を認めることができる。

3 E供述

(1)  Eは,要旨以下のとおり供述する。

ア  過去負担分の清算に関する被告人Aの言動

ミニ事懇で戊社からの業務委託費が増えるという話が出たので,平成8年5月ころ,被告人Aに対し,「これからは,年間,8.5億円くらいは経常利益が出そうですね。これだけ利益がでれば,累損も3年で零にできそうですね。」などと話した。被告人Aは「おかげさまで良くなりました。」と言っていたが,しばらくすると,「利益のことだけど,そんなに簡単な話ではないようですよ。Bさんに会ってよく聞いてくれないか。」などと言ってきた。そこで,Bに会いに行って話を聞いたところ,Bから,被告人AやA家が甲社のために立て替えた金がたくさんあり,その清算をしなければならないので,利益はそんなに出ないと言われた。被告人Aに,「Bさんから話を聞いてきましたよ。なんだか,私が思っていたようには利益が出ないみたいですね。」などと話したところ,被告人Aは,「そうなんですよ。」と言っていた。

被告人Aは,このころ,「僕もA家も会社のためにずいぶんお金を使ってきたんだ。過去の清算をしなければならない。」などと言うようになった。そこで,Fに,被告人Aが会社のために金を使ってきたと言っているが,何にどれくらい使ったのかを教えてくれと尋ねたところ,Fが5月18日付け「支援体制」を作成してきた。

Bは,己社の監査役に就任した後も,「甲社の経営がここまで悪化したのは,戊社がこれまで甲社に対し支払うべき金額を支払わなかったことが原因です。その結果,A社長やA家が甲社のために負担したお金は,戊社に支払ってもらう必要があります。また,今後は,甲社と戊社との間の取引を正常化しなければなりません。」と言っていた。

イ  26期決算時の不正会計処理に関する報告

平成11年1月半ば過ぎか2月初めころ,甲社の会議室で,脱税事件に関する新聞記事やF1の売上が減額されている状況を調べた書面を被告人Aに見せながら,F1の売上を減額しているようだ,経常利益が12億円以上減らされている,新聞記事と同じようなことが甲社でなされているのではないか,もう少しきちんとやったほうがいいのではないか,と言ったところ,被告人Aから,「専門家がやっているから問題ない。」「(あなたは)専門家でない。」「節税の範囲である。」「この程度の規模の会社は皆やってる。」と言われた。そこで,被告人Aに,「C社長は税をたくさん納付する会社がいい会社だと言っていた。税はきちんとしたほうがいいのではないか。」「経常利益がかなり出ているので,納税した後にそれをもらえばいいのではないか。」と言ったところ,「それをやると,経常利益の2分の1が税になって,更に,納税して残ったお金から,戊社に4割を取られるので嫌だ。」と言われた。さらに,「素人の私が見ても,脱税ではないか。」と言ったところ,「皇室と交流ができるようになったA家に対して,脱税とは何事だ。」と言われた。

(2)  信用性の検討

Eは,甲社の取締役として,24期上期の不正会計処理に関与した形跡が窺われるものの,24期ないし28期の決算時における不正会計処理には一切関与していないことからすると,被告人Aに対して必ずしも好意的とはいえない法廷での供述態度等を考慮しても,殊更,被告人Aに不利な虚偽供述に及んでいるとは考えられない。そして,E供述のうち,①平成8年5月ころ,被告人Aから「過去の清算をしなければならない。」と告げられたとする点については,そのころ,EがFに指示して5月18日付け「支援体制」を作成させていることに照らして自然であること,②平成11年1月か2月ころ,26期決算時の不正会計処理を被告人Aに報告したとする点については,その際,被告人Aに示したという脱税事件に関する新聞記事の写しやF1の売上が減額されている状況を調べた結果を自筆で記した書面によって裏付けられていることからすると,信用できる。

(3)  以上によれば,①BがEに対し,A家等に対する過去負担分の清算等が必要であると発言した時期と同じ平成8年5月ころ,被告人Aが,Eに対し,利益はそんなに出ないとの趣旨の発言をしたほか,「僕もA家も会社のためにずいぶんお金を使ってきたんだ。過去の清算をしなければならない。」などと発言した事実,②平成11年1月か2月ころ,Eが被告人Aに対し,26期の売上や利益が減額されている,きちんと納税すべきである,脱税だと思うなどと伝えたところ,被告人Aが,「専門家がやっているから問題ない。」「(あなたは)専門家でない。」「節税の範囲である。」「この程度の規模の会社は皆やってる。」「脱税とは何事だ。」などと発言した事実,さらに,Eが,被告人Aに対し,「経常利益がかなり出ているので,納税した後にそれをもらえばいいのではないか。」と伝えたところ,被告人Aが,「それをやると,経常利益の2分の1が税になって,更に,納税して残ったお金から,戊社に4割を取られるので嫌だ。」などと発言した事実を認めることができる。

第4本件法人税ほ脱の故意・共謀の有無

以上を前提として,被告人Aに,本件法人税ほ脱の故意及び共謀が認められるか否かを検討する。

1  検察官と弁護人の主張

(1)  検察官は,主として以下の理由により,被告人Aが,遅くとも11月20日付け「資金の流れ」に署名した時点までに,Bとの間で,甲社から乙社への資金移動につき,実体のない過去負担分の清算等として損金に算入する方法により,甲社の法人税をほ脱することを共謀したことは明らかであると主張する。

ア  各合意書面には,戊社から甲社に支払われた資金を,被告人Aや乙社に過去負担分の清算等として送金し,これを運用するなどして将来Dからの相続の際の相続税納付資金等に充てること,その計画の遂行を被告人AがBに委任すること,上記資金移動に伴う甲社,被告人A又は乙社に対する課税についての検討結果等が記載されており,11月20日付け「資金の流れ」には,過去負担分の清算等に実体のないことを前提とした文言が記載されていること

イ  被告人Aは,各合意書面に署名している上,Kに対し,戊社に78.4億円を請求し,過去負担分の清算等が甲社の決算に含まれているとの内容の書簡を送付するなど,各合意書面の記載と符合する行動を取っていることからすると,被告人Aが,各合意書面の記載内容を理解し,承認したことは明らかであること

ウ  被告人Aは,EやFの不正会計処理に関する忠告や指摘を無視したり,戊社の臨時監査を妨害したりするなど,甲社で不正会計処理が行われていたことを認識していたとみて矛盾のない行動を取っていること

(2)  これに対し,弁護人は,①各合意書面には,甲社の法人税をほ脱する計画は記載されていない,②各合意書面は,Bが,A家の資産を横領するための準備書面であり,横領を計画していたBが,被告人Aに不審を抱かれるような不正会計処理や脱税に関する提案をするはずがない,③被告人Aには,Bに本件法人税ほ脱の実行を依頼する動機がない,④被告人Aが本件法人税ほ脱を認識していたのだとしたら,説明のつかない行動に及んでいるなどと主張して,被告人Aには本件法人税ほ脱の故意,共謀はなかったと主張する。

2 初めに,被告人Aの本件資金移動計画とA家等課税回避計画に対する認識を検討する。

(1)  Bは,各合意書面に,本件資金移動計画とA家等課税回避計画の概要を記載し,被告人Aに渡してその署名を得ている。

ア  Bは,各合意書面に,本件資金移動計画を中核的な内容として記載しており,一見して資金の流れが分かる資金の流れ図も繰り返し記載している。また,A家等課税回避計画についても,本件資金移動計画ほど分かりやすい形ではないものの,本件資金移動計画の実行に伴い,乙社や被告人A個人に課税される可能性があることについて,9月9日付け「報告書」,9月9日付け「確認書」,11月20日付け「資金の流れ」に繰り返し記載し,ことに11月20日付け「資金の流れ」2頁には,被告人A個人の所得税を回避する具体的方法を記載している。

これらの記載からは,本件資金移動計画とA家等課税回避計画を被告人Aに理解してほしいとのBの意思を見て取ることも不可能ではない。

イ  その計画内容をみても,本件資金移動計画は,甲社が,戊社の約束不履行によりこうむった損害を清算してもらい,A家等に回して相続税対策や記念館事業の資金に充てるというものであり,Bが平成7年以来被告人Aから相談を受けてきた3つの課題(すなわち,将来Dからの相続の際の相続税に対する不安,戊社の約束不履行により甲社が損害をこうむったとの不満,記念館事業の希望)を一挙に解決する内容となっているのであって,Bが,被告人Aからの相談に対する回答として,被告人Aに提案するために考えた計画とみるのが自然である。

また,A家等課税回避計画も,本件資金移動計画の実行に伴って発生する課税を回避することにより,相続税対策や記念館事業の資金を多く確保するというものであり,やはり被告人Aの利益になる内容である上,Bは,被告人Aから,Cが死亡したときの相続税納付の経緯に関する不満や,将来Dからの相続の際に発生する相続税納付に対する不安を聞かされていたのであるから,被告人Aが税金の問題に敏感であり,A家等課税回避計画を提案されればこれを受け入れ,その実行を自分に依頼する可能性があることを認識していたと考えられるのであって,やはり,Bが,被告人Aに提案するために考えた計画とみても不自然はない。

ウ  本件資金移動計画は,被告人Aに不審を抱かれるような内容とはいえず,A家等課税回避計画についても,11月20日付け「資金の流れ」2頁には,被告人A個人の所得税を回避する具体的な計画が記載されているものの,税務の知識が豊富とはいえない者にとって違法や脱税を連想させるものではなく,節税だといわれても十分納得できる程度のものであり,Bが,その程度の計画を被告人Aに話すことによって,被告人Aに不審を抱かれることを予想したとは考えにくい。

また,Bが仮に甲社の資産の横領を企図していたとしても,被告人Aに不審を抱かれることなく横領を実行に移すため,本件資金移動計画について被告人Aに十分説明し,その了承を得ておく利益はあったと考えられる。

エ  以上のとおり,Bが,被告人Aに提案するために考えたとみられる本件資金移動計画やA家等課税回避計画を,各合意書面に記載し,被告人Aに渡しておきながら,これらの計画を全く被告人Aに説明しなかったとは考えにくい。

(2)  そして,被告人Aとしても,Bから提案されたこれらの計画は,平成7年以来Bに相談してきたことに対する回答であるから,当然関心を有していたと考えられること,その計画の内容は分かりにくいものではない上,被告人Aが当時抱いていた不安,不満,希望を一挙に解決するものであり,被告人Aにとって十分納得できるものであったと考えられること,これらの計画は,被告人AがBに初めて実行を依頼する計画であり,当時,その内容を全く理解することなくBに実行を依頼するほど,被告人AとBとの間で深い信頼関係ができていたとは考えにくいことからすると,被告人Aが,Bから提案されたこれらの計画を全く理解することなく,各合意書面に署名したとも考えにくい。

(3)  被告人Aが,Bから,本件資金移動計画について説明を受け,その内容を理解していたことは,被告人Aの以下の言動によっても窺い知ることができる。

ア  すなわち,①BがEに対し,A家等に対する過去負担分の清算等が必要であると発言した時期と同じ平成8年5月ころ,被告人AもEに対し,「僕もA家も会社のためにずいぶんお金を使ってきたんだ。過去の清算をしなければならない。」と発言したこと,②被告人Aが,平成11年3月の戊社の臨時監査直前に「もうからなかった時代にどれだけつぎ込んできたことか,もうかったら自分のポケットに入れるのが個人会社だ。」と発言したこと,③同年12月のマネージャー会議の際,被告人Aが「過去,いろいろあるでしょう。それをちゃんとしたということもありえるでしょう。」「(乙社に)当然返すものがいっぱいある。」「A家の財産を当てにして,つまり私の母の財産を担保にしてやってきた。」などと発言したこと,以上の被告人Aの発言内容は,すべて甲社からA家等に対する過去負担分の清算等の発想と共通するものであり,被告人Aが,過去負担分の清算等を実行する計画について理解していたことの証左とみることができる。

この点に関し,被告人Aは,公判廷において,Bから過去負担分の清算等を行う旨説明された記憶はない,過去負担分の清算等が実行されているとの認識はなかった旨供述するが,その供述は,「結果的に,知らなかったということですよ。」「感覚的に,そういうことだと思いますよ。」などというあいまいなものであること,その後,甲社の財務内容の改善に伴い,過去負担分を少しずつ返してもらうことについては了解していたと供述を微妙に変遷させていること,そもそも,陳述書においては,甲社から乙社への送金について「過去の負担分の精算であるとの説明を(Bから)受けていた。」と供述していたことからすれば,被告人Aの上記公判供述は信用できない。

イ  そして,Bは,本件資金移動計画の実行に当たり,戊社から有利な経済的支援を受ける目的で,戊社に過去損害等として78.4億円を請求することや,「提案書」記載の支援期間終了後も戊社から経済的支援を受けるための交渉を行うことを計画し,その旨各合意書面にも記載しているところ(9月9日付け「報告書」の「78.4億円」との記載,9月9日付け「確認書」の<資金調達スケデュールと目標金額>の平成10年12月末の下部の「※戊社との交渉が最大のポイント」との記載),被告人Aは,過去損害等の額が78.4億円に上る旨や,「提案書」記載の支援期間が3年間に限定されていることに対する不満が記載された書簡をKに交付しており,Bの計画内容に沿った行動を取っている。

もっとも,この点につき,弁護人は,被告人A供述に沿って,被告人Aは78.4億円を本気で取るつもりはなく,甲社の安定的な経営基盤を確立すべく,戊社の永続的な支援を獲得する必要があったため,いわばビジネス上の駆け引きから上記金額を示していたに過ぎないと主張する。確かに,既に述べたとおり,甲社がF1レース事業を安定的に続けていくためには,戊社との関係を正常化し,長期にわたり十分な経済的支援を受けることが必要であったと考えられる。また,被告人Aは,Bに相続税対策や記念館事業のみならず,甲社の経営についても相談し,その一環として戊社に対する不満を述べてきたものであり,実際,Bはその相談を受けて,6月26日付け「確認書」の冒頭に,甲社と戊社との「基本契約締結」及び甲社の「経営管理体制の強化・充実」などと記載しているし,K宛の各書簡には,甲社がF1レース事業を続けるに当たっての戊社に対する要求等も記載しているのである。そして,被告人Aが平成11年12月23日にKとの会談の内容を記したノートには,「我々からの3つの願い2001年後の件N社との件78億の件もどうなっているのか? ※但し78億円はそれなりの将来ビジョンがあれば現金で請求しないと示して来た。」旨,弁護人の主張を裏付ける記載もある。加えて,戊社が78.4億円もの大金の支払に応じると考えるのはあまりに非現実的であることも鑑みれば,被告人Aが78.4億円という金額そのものを本気で戊社に支払わせるつもりであったとみるには疑問が残るし,被告人Aが,甲社の経営の安定という目的を全く念頭に入れることなく,ただ相続税対策や記念館事業の資金に充てる目的のみで,78.4億円という金額をKに提示したとも考え難い。

しかし,B自身が78.4億円という金額を計算した目的は,本件資金移動計画を実行するに当たり,甲社から乙社以降に送金する資金を多く確保すべく,戊社からできるだけ多額の資金の支払を受けるためであったと認められる。しかも,Bは,9月9日付け「報告書」において,相続税納付資金の資金源を検討する中で,78.4億円という金額を記載しているのである。B自身が,本件資金移動計画の一環として78.4億円という金額を計算し,9月9日付け「報告書」にも相続税納付資金の資金源を検討する中でその数字を記載しておきながら,被告人Aに対しては,本件資金移動計画と全く無関係の数字として78.4億円という金額を説明していたというのは不自然の感が否めない。むしろ,Bは,被告人Aに対し,相続税納付資金を確保すべく,戊社から有利な経済的支援を受ける目的をもって,78.4億円という金額をKに提示する旨,説明したと考える方が自然である。

以上を総合すれば,被告人Aは,78.4億円という金額そのものを戊社に支払わせるつもりであったとは認められないものの,甲社の安定的な経営基盤の確立という目的のみならず,相続税納付資金を多く確保するとの目的をももって,戊社から有利な経済的支援を得るため,Kに上記金額を提示したものと認めるのが相当である。

(4)  これに対し,被告人Aは,相続税対策等には,丙社の資産を担保に銀行から借り入れた資金を使うものと思っており,甲社の資金を使うとは思っていなかった旨供述する。

確かに,被告人Aは,Bの提案により,丙社の保有する戊社株式を担保に二つの金融機関から巨額の資金を借り入れているが,それは平成10年以降のことである。

そして,Bは,平成8年から平成9年にかけて,本件資金移動計画を実行しているが,銀行借入を行った形跡はないこと,各合意書面にも,9月9日付け「報告書」にわずかに相続税納付資金の資金源の一つとして「借入金」等と記載しているほかは,一貫して本件資金移動計画により相続税納付資金等を捻出する旨記載していることからすると,Bが,平成8年当時,相続税納付資金等の捻出方法として被告人Aに提案した中心的な計画は,銀行借入ではなく,本件資金移動計画であったことは明らかである。

そうすると,被告人Aが,平成8年当時,相続税対策等に丙社の資産を使うものと思っており,甲社の資金を使うとは思っていなかったとは到底認め難く,その旨の被告人Aの公判供述は信用できない。

(5)  以上によれば,被告人Aは,各合意書面をBと交わした際,Bから,本件資金移動計画及びA家等課税回避計画を提案され,了解し,Bにその計画の実行を依頼したものと認められる。

3 次に,被告人Aが,Bから,甲社に将来発生する可能性のある法人税を回避する計画を提案されたか否かを検討する。

(1)  Bが,A家等課税回避計画と甲社に将来発生する可能性のある法人税を回避する計画を立てたのは,本件資金移動計画を実行するに伴い,資金を目減りさせることなく,できるだけ多額の資金を確保するという同一の目的によるものであったと認められるから,Bは両計画を一体のものとして立てたとみるのが自然である。そうすると,Bが,A家等課税回避計画を被告人Aに説明した以上,乙社と同じく資金移動の中間に位置する甲社に将来発生する可能性のある法人税を回避する計画をも,被告人Aに説明した可能性が考えられなくもない。

また,Bは,11月20日付け「資金の流れ」1頁の資金の流れ図において,甲社を含む各法人間の資金移動に伴い,24期に発生する可能性のある課税問題を検討しているところ(戊社,甲社,乙社,丁社を結ぶ各矢印の下の,「問題無し」「税務上の繰越欠損の恩典破棄」「寄付金扱いとしての課税問題懸念あり」「乙社課税問題発生」「問題無し」との文言),その中には,24期の甲社の法人税について検討したものとみられる記載がある(甲社と乙社を結ぶ矢印の下の「税務上の繰越欠損の恩典破棄」との文言)ことからすると,Bが,被告人Aに対し,24期には甲社に繰越欠損金があるため,法人税が発生しない旨告げたとみても不自然ではない。

そうすると,Bが,24期の甲社の法人税に関する検討結果のみならず,将来甲社に法人税が発生する可能性があることについても被告人Aに告げた上,乙社や被告人A個人に対する課税と同様,将来甲社に発生する可能性のある法人税をも回避する必要がある旨,被告人Aに説明した可能性も否定できない。

(2)  被告人Aとしても,Bから,本件資金移動計画を実行するに当たり,資金移動の中間に位置する甲社を含む各法人に対する課税を回避することにより,資金が目減りすることを防ぎ,できるだけ多くの相続税納付資金を貯める旨提案され,さらに,それが合法であって節税の範囲にとどまる旨告げられれば,その提案を拒む理由はないと考えられる。

実際,被告人Aは,平成11年1月か2月ころ,Eから,脱税事件に関する新聞記事を見せられて甲社について適正な納税を促された際,「専門家がやっているから問題ない。」「(あなたは)専門家でない。」「節税の範囲である。」などと,Bに節税を頼んでいるとの趣旨とみて矛盾のない発言をしており,さらに,「経常利益がかなり出ているので,納税した後にそれをもらえばいいのではないか。」と言われたのに対し,「それをやると,経常利益の2分の1が税になって,更に,納税して残ったお金から,戊社に4割を取られるので嫌だ。」などと,甲社に課税されることを嫌う趣旨とみる余地もある発言をしているのである。

そうすると,被告人Aが,平成8年当時,Bから,甲社に将来発生する可能性のある法人税を回避する計画を提案され,了解した可能性も強ち否定できない。

(3)  なお,弁護人は,この点につき,相続税は相続人たる個人が納税義務者であり,法人税の脱税資金が相続税の支払原資となることは通常考えられず,法人税の脱税で裏に回した金を相続税の納税資金として利用することは極めて非現実的であって,そのようなことを被告人Aが理解したとは考えられないと主張する。確かに,本件資金移動計画の発案者であるBが,同計画を実行して丁社等に送金した資金や,ほ脱した甲社の法人税相当額の資金を,いかなる方法で被告人Aの相続税納付資金に充てるつもりだったのか,そもそも,相続税納付資金に充てるつもりがあったのか否かについては,明らかでない。しかし,甲社等に対する課税を回避することにより,甲社から丁社に送金する資金をできるだけ多く確保し,相続税納付資金に充当する旨のBの提案は,税務や財務に関する知識が豊富であるとはいえない者にとって疑問を持つような内容であるとはいえず,少なくとも,そのような方法が現実的に不可能であると判断できるとは考え難い。そうすると,税務や財務に関する知識が豊富であるとはいえない被告人Aが,Bから上記提案を受けた際,丁社に送金する資金を実際にどのような方法で相続税納付資金に充てるのか,その実現可能性はあるのかといった点にまで考えを及ぼすことなく,その具体的方法についてはBに委ねることとして,Bの提案を受け入れたとみても何ら不自然ではない。

4 もっとも,甲社の法人税の回避は,甲社において正当な費用を計上することによっても可能であるから,仮に,被告人Aが,Bから,甲社の法人税を回避する計画について提案され,了解したとしても,それだけで被告人Aに法人税ほ脱の故意があることにはならない。被告人Aに法人税ほ脱の故意があるというためには,被告人Aが,甲社において架空費用を計上することを認識していたといえなければならない。そして,本件では,架空費用の計上が過去負担分の清算等を理由として行われており,被告人AもBから過去負担分の清算等を理由として甲社から乙社に送金すると告げられているから,被告人Aが架空費用の計上を認識していたというためには,過去負担分の清算等に実体がないことを認識していたといえなければならない。以下,この点について検討する。

(1)  初めに,被告人Aが,過去負担分の清算等による甲社から乙社への送金を,甲社において費用を計上する形で行うことについての認識があったか否かを検討する。

ア  検察官は,4月20日付け手帳の記載に関し,被告人Aが公判廷において,Bから,①F1の売上を5億円除外すると同時に同額の経費を簿外にしていること,②その経費には過去負担分の清算等が含まれていること,③過去3年間同様の経理処理を行っており,今後も同様の経理処理を行うことを説明され,納得して了承した旨供述していると指摘した上で,過去負担分の清算等が甲社の費用に計上されていることについて,特段疑問に感じなかったのは,従来から過去負担分の清算等を甲社の費用として計上することについてBから報告を受け,了承していたからにほかならないと主張する。

確かに,被告人AがBから受けたと供述する説明内容を整理した形で要約すると,上記①ないし③のとおりとなろう。しかし,被告人A供述をみても,被告人Aが,Bの説明内容が上記①ないし③のとおりの意味であることを理解し,あるいは意識していたとみるには疑問が残る。また,被告人A供述によれば,被告人Aは,その際,Bから,売上を5億円減らしているが費用も同額減らしているから問題ない,売上を減らす理由は,甲社社員全体の給与の公平を図るべく,成果を上げている部署の社員に対し,給与を抑える必要性があることを示すためであるとの説明を聞かされ,納得したというのである。そうすると,被告人Aが疑問を感じなかったのは,Bのその説明を聞いて納得したからである可能性を否定できず,検察官の主張するように,従来から過去負担分の清算等を費用として計上することについてBから報告を受け,了承していたからであるとは必ずしもいえない。

イ  また,検察官は,①平成8年9月11日付けK宛書簡には,「中間決算の時に,ご報告・ご提示してあります様に,私が負担してきた『当社役員報酬や,地代』などを適正取引きに修正(貴社からの指導)した『実績と計画』が反映されていないため,以下のような懸念が残ります。」(24期上期決算時の上期決算概況書で,過去負担分の清算等を行うことを報告・提示したにもかかわらず,提案書では過去負担分の清算等を行うことが前提とされていないため,以下の懸念が残るという意味であると思われる。)と記載されているところ,「中間決算の時に,ご報告・ご提示し」た上期決算概況書や,その後に戊社に提出した平成8年8月8日付け修正中期事業計画には,過去負担分の清算等を費用として計上することを前提とした記載があること,②被告人Aは,同書簡の内容を承知していたことからすると,被告人Aは,同書簡をKに交付するに当たって,上期決算概況書等についてBから説明を受け,過去負担分の清算等を費用として計上することを認識していたことが明らかであると主張する。

確かに,被告人Aは,K宛書簡の内容を承知していた旨供述するが,書簡の中身すべてを理解していたことを自認するものとみるにはちゅうちょが残る。また,「私が負担してきた『当社役員報酬や,地代』などを適正取引きに修正(貴社からの指導)した『実績と計画』が反映されていない」との記載が,検察官の主張するように,一読して容易に理解できる内容であるとも考えられない。したがって,この記載のみから,被告人Aが,Bから,上期決算概況書等についても説明を受け,その内容を理解し,過去負担分の清算等を費用として計上することを認識していたと推認するのは無理があるというほかない。

ウ  しかし,上記ア,イの検討にかかわらず,被告人Aには,過去負担分の清算等による甲社から乙社への送金を,甲社において費用を計上する形で行うことの未必的な認識があったと認められる。

すなわち,過去負担分の清算等は,そもそも,甲社がA家等に対し,過去に支払ってきた低額リース料やA低額地代と相場の額との差額等を清算するというものであるから,被告人Aが,Bから過去負担分の清算等を行う旨告げられた際,甲社がA家等に資金を「貸し付ける」とか,あるいは,A家等からの借入金を「返す」との趣旨に理解したとは考え難く,A家等に清算金を「支払う」との趣旨に理解したと考えるのが自然である。それは,その清算金相当額について,甲社において費用を計上することの未必的な認識にほかならないと考えられる(もっとも,資金を「支払う」ことは,配当金を支払うなどの資本取引を行うことによっても可能であるが,甲社の平成8年当時の累積損失の額に照らせば,被告人Aが,Bから,過去負担分の清算等を行うとの説明を受けたときに,配当金を支払うとの意味であると認識したとはおよそ考え難い。)。

被告人Aが,過去負担分の清算等を,甲社がA家等に借入金を「返す」との趣旨に理解したわけではないことは,次のことからも明らかである。すなわち,本件資金移動計画は,150億円に上ることが予想されるという相続税納付資金の捻出を目的とする計画であるから,その全額を本件資金移動計画により捻出することが予定されていたわけではないにせよ,A家等が甲社から貸付金合計12億円余りの返済を受けるだけでは到底捻出できない額であることは明らかであり,被告人Aも相続税が150億円に上ることを予想していた以上(予想していたことは,被告人Aが,平成12年9月にPから忠告を受けた後,自分の手帳に「150億とも予想される税を少しでも圧縮する対応をしているはず。」と記載していることから明らかである。),甲社がA家等に,借入金の返済を超える額の資金を提供する計画であることを認識していたものと認められる。また,Bも,11月20日付け「資金の流れ」において,甲社のA家等に対する借入金の返済とは別に,「リース料」「地代」等の過去負担分の清算等として甲社から乙社に5億円を送金した旨記載していることからすると,借入金の返済とは別に過去負担分の清算等を行う旨,被告人Aに説明したとみるのが自然である。

エ  さらに,被告人Aは,平成8年5月ころ,24期以降の経常利益見込額を告げてきたEに対し,利益はそれほど出ない,過去負担分の清算等を実行する必要があるとの趣旨の発言をしたことに照らせば,被告人Aは,Bから説明を受けるなどして,過去負担分の清算等を行うことによって,甲社の利益が減ることを理解していたものとみられる。

オ  以上のとおり,①被告人Aは,Bから過去負担分の清算等を行う旨告げられた際,甲社がA家等に資金を「貸し付ける」とか,あるいは,A家等からの借入金を「返す」との趣旨ではなく,A家等に清算金を「支払う」との趣旨であると認識したと認められること,②実際,被告人Aは,過去負担分の清算等を行うことによって,甲社の利益が減ることを理解していたとみられることからすると,被告人Aは,過去負担分の清算等として行う甲社から乙社への送金につき,甲社において費用を計上することを,言葉で明確に認識していたわけではないにせよ,少なくとも,未必的に認識していたものと認めることができる。

(2)  次に,被告人Aが,Bから説明を受けるなどして,過去負担分の清算等を理由として甲社で計上する費用が架空であることの認識,すなわち,過去負担分の清算等に実体がないことの認識を共有していたか否かについて検討する。

この点について,検察官は,11月20日付け「資金の流れ」に,過去負担分の清算等に実体がないことを前提とした記載があると主張するので検討する。

ア  検察官の主張は,以下のとおりである。

11月20日付け「資金の流れ」1頁において,過去負担分の清算等を理由とする甲社から乙社への5億円の送金を意味する矢印の下部に,「寄付金扱いとしての課税問題懸念あり」と記載されているのは,甲社から乙社に過去負担分の清算等の名目で送金しても,本来過去負担分の清算等に実体がないことから,同送金が寄付金と認定されて損金算入を否認され,(甲社が)課税される可能性があることを指摘したものである。

イ  しかし,上記記載はごく簡単なもので,周囲の記載とあわせてみても意味が明瞭であるとは言い難く,ほかの読み方も十分可能である。確かに,これまでの検討によれば,Bが平成8年当時,甲社に将来発生する可能性のある法人税を免れる計画を立てていたことが認められるものの,同時に乙社や被告人A個人に対する課税を回避する計画をも立てていたものであるから,上記記載が甲社に対する課税を検討したものであると即断することはできない。

また,11月20日付け「資金の流れ」2頁には,A家等の甲社に対する経済的支援が,A家等から甲社への寄付金と認定されるおそれがある旨の指摘とも読める記載があることからすると,上記「寄付金扱いとしての課税問題懸念あり」との記載は,A家等の甲社に対する経済的支援が寄付金と認定され,A家等に課税されることを避けるためには,A家等から甲社に対する経済的支援を見直す必要がある(すなわち,甲社とA家等との取引を適正化する必要がある)旨の指摘と読む余地もある。そう読むことは,Bが平成8年から同9年にかけて,GやEに対し,リース料やA土地の地代を値上げするなどして,A家等との取引を適正化する必要がある旨告げていたこととも符合する。

さらに,上記「寄付金扱いとしての課税問題懸念あり」との記載の上には,甲社から乙社への5億円の送金を過去負担分の清算等として行った旨説明する記載があり,過去負担分の清算等の具体的な項目と金額が9行にわたり記されているところ,Bが,被告人Aに対し,過去負担分の清算等に実体がないことを前提とする説明をしながら,一方で,名目に過ぎないはずの過去負担分の清算等の項目や金額を具体的に記載するというのは不自然の感が否めない(もっとも,5億円のうち約3.5億円が「その他」として10行目に記載されていることからすれば,「具体的」と言い切ってしまってよいかは問題である。しかし,少なくとも,上記9行については,具体的な項目と金額が記されているのであって,Bがこの9行につき,実体がないことを前提としながら,なぜ具体的な項目と金額を挙げて説明する必要があったのかはやはり疑問として残る。)。

ウ  そうすると,上記「寄付金扱いとしての課税問題懸念あり」との記載が,過去負担分の清算等に実体がないことを前提とする記載であると認めるには疑いが残る。

エ  なお,検察官は,9月9日付け「報告書」の「35億円は何時か※78.4億円の50%成立の税引後の金額」との記載は,甲社が戊社から78.4億円の50パーセント相当額の39.2億円を得て,被告人Aに移転する場合,当時の甲社の実質繰越損失が約32億円であった(繰越損失約16億円と不良資産約16億円)ことからすると,その差額の7.2億円が課税対象となり,甲社の当時の法定総合税率(法人税,法人住民税及び事業税の合計)が約50パーセントであったことから,その半分の3.6億円が税金として差し引かれ,結局,甲社には,税引後で約35.6億円の利益が残ることを示したものと認められるから,上記記載は,戊社から被告人Aに資金移動するに際しての甲社に対する法人課税を検討したものと解釈できるとも主張する。しかし,9月9日付け「報告書」や9月9日付け「確認書」には,被告人A個人に対する所得税についての検討が記載されていることからすると,上記「35億円は何時か」等との記載は,被告人A個人の所得税についての検討を記載したものとみる余地もあるし,平成8年9月9日当時には,既に戊社から「提案書」の案が示され,甲社の不良資産を11億円の高値で買い取る旨が提案されていたことからすれば,Bが不良資産約16億円を全額甲社の負担で処分することを前提とする計画を記載したとみるには疑問が残る。

(3)  被告人Aが,過去負担分の清算等に実体がないことについてBと認識を共有していたのだとすれば,4月8日付け手帳,4月20日付け手帳の記載内容を合理的かつ整合的に説明できない。

すなわち,これらの手帳の記載をみると,被告人Aが,Hから示されたF1の売上が自分の把握している金額より5億円少ないこと等に気付いて疑問に思い,Bに問い合わせたこと自体は間違いないと思われる。ところで,この5億円は,Bが26期決算時にIらに指示して売上と材料費を相殺させた約6.36億円の一部であると思われるが,4月20日付け手帳の記載からは,Bが,被告人Aの質問を受け,売上相殺処理につき,過去負担分の清算等を含む費用項目と金額(F1の分の保証+2年「」「過去の分」「例えば5オクの内,ML-2オク,F1トラック0.6,F1電気TAG0.5,その他リース・屋チン等の正常化」)を挙げて説明している様子が窺える。

仮に,Bが,過去負担分の清算等に実体がないことや,甲社の法人税をほ脱することについて,被告人Aと認識を共有していたのだとすれば,①架空費用の計上や法人税のほ脱よりも不正の程度が低い売上相殺処理を行ったことを,そのまま被告人Aに告げることに何ら抵抗はないと考えられるのに,なぜ,敢えて,根拠のないはずの売上相殺処理を,過去負担分の清算等を含む費用項目と金額を挙げてまで,根拠のある会計処理であるかのように被告人Aに説明する必要があったのか,②仮に,Bが,売上相殺処理を正当なものであると被告人Aに説明したかったのであれば,実体がないとの認識を共有しているはずの過去負担分の清算等を持ち出して説明することは不自然ではないか,という疑問点が生ずる。

さらに,売上相殺処理は,戊社の臨時監査の際,疑問のある会計処理であると指摘されたものであるところ(「臨時監査の中間報告書」),4月20日付け手帳には「目先の「知らべている」私なりに・・何ともないので,・・・Mよりの戊社に色メガネで見られたくない。」「悪意のある噂作り先行で見る気も聞く気もない。」「L氏は,中立とも思えない。個人でやっているとも思えない。当社の機密をまもっているとも思えない。それなりの判断力があるとは思えない。監査終わったばかりですぐ又やりなおす等・・・」などと記載されていることからすると,Bが,被告人Aに対し,臨時監査で売上相殺処理等に疑問があると指摘されたことについて強い不満を表明している様子も窺える。

以上の検討からすれば,むしろ,Bが,被告人Aから売上相殺処理について問われたため,被告人Aにその処理の正当性が疑われることを避けようと考え,過去負担分の清算等には実体があるとの前提で,売上相殺処理は過去負担分の清算等に基づく正当な会計処理であると説明し,さらに,戊社の臨時監査では,売上相殺処理の正当性が不当に疑われたものであるとの不満を表明したとみる方がより自然ではないかと思われる。

(4)  被告人Aは,甲社における不正会計処理の疑いに対し,国税局の税務調査や庚監査法人の社内調査で調べてもらっても問題がなかったと発言している。

ア  被告人Aは,平成11年12月6日のマネージャー会議の際,国税局や庚監査法人に調べてもらったが問題はなかった旨発言している。

イ  被告人Aは,同月23日にKとの会談内容を記したノートに,「資金の流れの疑惑についてあれから毎月庚監査法人に知らべてもらった。東京国税で甲社,乙社共に知らべた。全く問題無かった!」と記載している。

ウ  被告人Aは,同12年3月24日,Hとの打合せの際,「国税局と監査法人両方に調べてもらい,何も疑わしいことはないと証明された。」と発言している。

もちろん,検察官が主張するとおり,被告人Aのこれらの発言は,被告人Aが,甲社における不正会計処理を認識しつつ,マネージャーやKに対して不正会計処理を認めるわけにはいかない立場にあったことから,不正会計処理の疑いに対し,国税局の税務調査の結果や,庚監査法人の調査結果を援用して表向きの反論をしたものに過ぎないとみる余地もあろう。

しかし,被告人Aが,Bの指示により架空費用の計上等の不正会計処理を現に行っているHに対し,国税局と監査法人に調べてもらっても疑わしいことはなかったと発言している事実は,被告人Aが架空費用の計上の認識をBと共有していたとみると,やや奇異に映る(もちろん,被告人AがBと一緒になって,不正会計処理を行わせているHに対し,その会計処理は不正でも何でもないと説得するため,国税局の税務調査の結果や庚監査法人の調査結果を援用した可能性も否定できない。しかし,Bは,Hに対し,庚監査法人の調査の際,不正会計処理の露見を防ぐため,会計監査は行わせないよう指示していた様子が窺えることからすると,H自身,庚監査法人の調査が,Eらの不正会計処理の疑いに対し,甲社の会計処理の正当性を偽装する目的でなされた表向きのものに過ぎないことを認識していた可能性が否定できない。そうすると,被告人Aが,自分と同様,庚監査法人の調査が表向きのものに過ぎず,甲社で行われていることの実体は不正会計処理であるとの認識をともに持っているはずのHに対し,庚監査法人に調べてもらっても疑わしいことはなかったと発言するのは,やはり不自然ではないかと思われる。)。

むしろ,Bが,Eらの社内調査や戊社の臨時監査等で甲社の不正会計処理が疑われたことを背景として,架空費用の計上を知らない被告人Aから不正を疑われないようにするため,被告人Aに対しても国税局の税務調査の結果や庚監査法人の調査結果を援用し,甲社の会計処理に問題はないと説明していたからこそ,被告人Aが,マネージャー,K,Hに対し,上記のような発言に及んだとみる方が,より自然ではないかと思われる。

(なお,検察官は,被告人Aは,庚監査法人の調査結果について,Bから口頭で報告を受けただけではなく,調査報告書を受領しており,同調査が甲社の内部統制や会計管理制度に関するものに過ぎないことは容易に知ることができたはずであると主張するが,同報告書は40頁以上あり,それなりに大部のものである上,「平成11年10月期決算のレビュー結果」と題する項もあることからすると,財務に関する知識が豊富とはいえない被告人Aが,同報告書をみて,その内容が内部統制等に関するものに過ぎないと判断できたとみるには疑問が残るのであって,庚監査法人に甲社の会計処理が問題ないと判断されたものと認識したとしても,不自然とはいえない。)

(5)  被告人Aが,仮に過去負担分の清算等に実体がないことの認識をBと共有していたのだとすれば,それは,自らの相続税納付資金に充てるため,甲社の資金を理由なく乙社以降に流出させることを認識していたことを意味するから,甲社の脱税を行っているとの明確な認識はなかったにしても,少なくとも,自分がBとともに,甲社の資金の不正流出という不正行為に及んでいるとの自覚があってもおかしくないと思われる。

しかし,被告人Aは,①平成11年9月に取引先の社長から脱税の疑いを告げられたことを受け,「本当に大丈夫なのか?(脱税の件)」「私はメクラ…」と手帳に記載し,②平成12年9月,Pの忠告を受け,「B氏が色々やって来た事で私が違法になる様な事をさせられているかどうかも不明で,とても不安だ!」と記載し,③その後,Bの身辺事情等の調査依頼に当たり,「結果として脱税行為を行っているのでは?と解っても,世の中にその部分も機密を保てるか?」と記載していることからすれば,被告人Aは,そもそもBが不正を行っているかどうかさえ,認識していなかったのではないかとの疑いが払拭できない。

検察官は,①の点について,この手帳の記載は,被告人Aが,法人税のほ脱を隠ぺいし続けることができるかを心配して記したものに過ぎないと主張する。もちろん,この手帳の記載のみをみれば,そのような解釈が成り立ち得ないとまではいえない。しかし,②,③の手帳の記載も併せみた上,①の手帳には「私はメクラ…」と記載されていることを考慮すれば,むしろ,被告人Aが,過去負担分の清算等に実体がないことについてBと認識を共有しておらず,甲社で不正が行われていることを自分だけが分かっていないのではないかとの疑念を記したものとみる方が自然であるといえる。

また,検察官は,②,③の点につき,被告人Aは,実体のない過去負担分の清算等の名目で損金を計上することにより,甲社の法人税をほ脱することについてはBと合意していたものの,Bが委託した資金の管理,運用段階において,これを私的に流用することは想定していなかった,Pの忠告により,Bが委託した資金を横領しているとの具体的な懸念が生じ,想定外の事態に対処する必要が生じたため,その不安を書き記したものに過ぎず,これらの記載は甲社の法人税ほ脱とは何ら関係がないと主張する。しかし,「甲社の法人税をほ脱することについてBと合意していた」者が,「B氏が色々やって来た事で私が違法になる様な事をさせられているかどうかも不明で,とても不安だ!」というような漠然とした不安を手帳に記載するのはやはり不自然であって,検察官の主張は説得的とはいえない。

(6)  被告人Aは,Bに運用を委ねていた丙社等の資産を横領されていることを疑い,平成12年12月に丙社等の資産状況に関する調査を癸社に依頼し,同13年3月から甲社の経理等に関する調査を同社に依頼している。

被告人AがBに運用を委ねていた資産の中には,甲社から実体のない過去負担分の清算等の名目により流出させた資金も含まれるから,被告人Aが仮に,過去負担分の清算等に実体がないことを認識していたのだとすれば,横領資産の調査を通じて,甲社の資金を自らの個人的用途に充てるために理由なく流出させていたことが露見するのを恐れ,会計事務所である癸社に横領資産の調査を依頼すること自体,ちゅうちょするのではないかと思われる。

また,被告人Aが,仮に,甲社において架空費用を計上することを認識していたとすれば,甲社の経理等に関する調査を会計事務所である癸社に依頼するとは考えにくい。

これに対し,検察官は,被告人Aは,当初,丙社等の資産を横領されているとの疑念から丙社等の調査を依頼したに過ぎず,甲社の調査を依頼したのは平成13年3月以降に過ぎない,被告人Aは,当初,丙社等の調査のみでBの横領を突き止めることができ,法人税をほ脱している甲社本体まで調査されることはないと思い,癸社に調査を依頼したものの,予期に反して甲社の調査が必要とされたことから,HやIらに直接不正会計処理の指示をしたのが専らBであることを奇貨として,既に関係が断絶していたBに甲社の法人税ほ脱の全責任をかぶせることができると考え,Bによる横領の解明を優先して,癸社に甲社の調査を追加的に依頼したものと考えられると主張する。

確かに,被告人Aが癸社に調査を依頼したのは,Bに運用を委ねた資産を横領されているとの疑いを持ったことがきっかけであることに間違いなく,また,丙社の資産が莫大であることも間違いないから,被告人Aが,自己の不正が露見する危険を避けることよりも,Bによる横領の実態解明を優先することがあり得ないとまではいえない。しかし,その場合であっても,癸社の調査が甲社に及ぶ際に,被告人Aが何らかのちゅうちょを示すのが自然ではないかと思われるが,被告人Aがそのようなちゅうちょを示した形跡は見当たらない。

(7)  以上のほか,仮に,Bが甲社の資金を横領する意図を有していたのだとすれば,Bは,被告人Aに対し,甲社から乙社に対する送金は過去負担分の清算等に基づく正当なものであると説明するのが自然であると考えられるのであって,Bが過去負担分の清算等に実体がないことを疑われるような言動に及ぶとは考えにくい。

(8)  以上によれば,被告人Aは,Bから,過去負担分の清算等には実体があるとの前提で説明を受けていた可能性が否定できず,被告人Aが,過去負担分の清算等に実体がないとの認識,ひいては,甲社における架空費用計上の認識をBと共有していたとみるには疑問が残る。

5 次に,被告人Aが,Bから告げられることなく,過去負担分の清算等に実体がないことを認識していたか否かを検討する。

(1)  既に述べたとおり,甲社は,平成8年当時において,戊社から経済的支援を受けることになったとはいえ,本格的に業績が回復したわけではなく,まだ多額の累積損失が残っていたのであるから,このような経営状況のもとで,過去負担分の清算等を実行することに経済的合理性があったとは考えられず,被告人Aも,甲社の業績が本格的に回復したわけではないことを当然認識していたと考えられるから,過去負担分の清算等を実行することに経済的合理性はないことも分かっていたのではないか,ひいては,過去負担分の清算等は単なる名目に過ぎず,甲社から乙社に対する送金は,何ら実体の伴わない贈与的な性格のものに過ぎないことも認識できたのではないかとも疑われるところであり,また,検察官も主張するとおり,被告人Aは,甲社に経済的支援をしてきた当事者であり,かつ,支援を受けてきた甲社の代表取締役であるから,A家等による甲社に対する経済的支援の実質が創業者一族による贈与であり,そもそも清算されるべき性質のものでないことを当然認識していたはずであって,平成8年になって,今更のように,過去負担分を清算するなどということが,実体の伴うものであると認識したはずがないのではないか,少なくともその発想に疑いを抱いてしかるべきではないかとも考えられるところである。実際,被告人A自身,公判廷において,過去負担分の清算等が実行されているとの認識があったかとの問いに対し,会社の経営状態がよくなれば,返してもらう権利があると思っていたが,当時,(まだ会社の経営状態が悪かったので,)過去負担分の清算等が実行されているとの認識はなかった旨供述しているのである。

しかし,まず,この点に関する被告人A供述には変遷があり,信用できないことは既に述べたとおりである。被告人Aは,過去負担分の清算等という理由があったとはいえ,甲社の経営状況が悪いにもかかわらず,甲社の資金を自己の個人的用途に充てる計画をBから提案され,了承し,その実行を依頼したという事実について,この事実が裁判で不利に働くことを恐れ,あるいはこの事実を不名誉に思い,会社の経営状態がよくなってから過去負担分を返してもらおうと思っていたとの虚偽供述に及んでいる可能性が否定できない。

また,既に述べたとおり,被告人Aは,平成7年以来の相談を通じて信頼を深めていたBから,過去負担分の清算等には実体があり,甲社から乙社に送金することは何ら問題がないとの説明を受けていた可能性を否定できず,Bからそのような説明を受けていた場合,過去負担分の清算等に実体がないとの認識を持ちにくい状況であったと考えられる上,被告人Aは,Bに対し,本件資金移動計画のみならず,甲社の経理も任せるとの認識であったと考えられるから,Bが,甲社の経営とうまく折り合いを付けながら,過去負担分の清算等を実行してくれるとの認識を抱いたとしても不自然ではない。

そして,被告人Aとしてみれば,相続税対策や記念館事業も重要ではあるが,甲社の経営も同じくらい重要であったと考えられるところ,その甲社から,まだ経営が本格的に回復しないうちに,理由のつかない多額の資金を流出させるような計画に被告人Aが応じたとみるにはやや疑問が残るのであって,むしろ,過去負担分の清算等という正当な理由があると思っていたからこそ,まだ経営が本格的に回復したわけではない甲社から乙社への送金に応じたとみる方が自然ではないかと思われる。

さらに,被告人Aは,戊社の約束不履行により,甲社が損害を受け,その結果,A家等が甲社に対する経済的支援を余儀なくされたという本件資金移動計画の基本的な論理に納得したからこそ,同計画の実行をBに依頼したものと考えられる。そうすると,被告人Aが,戊社から提供を受けた資金は,甲社に対する支援金の趣旨のみならず,甲社とA家等に対する過去の損害の填補の趣旨もあると捉えた可能性も強ち否定できない。その場合,被告人Aが,甲社が戊社から提供された資金は,甲社の経営状態いかんを問わず,A家等も当然にもらう権利のある資金であると認識したとみても不自然ではない。

以上によれば,被告人Aが,Bから告げられることなく,過去負担分の清算等が実体のないものであると認識できたとみるには疑問が残る。

(2)  また,本件ではそもそも,過去負担分の清算等の合意がなされた事実はなかったところ,被告人Aは,同合意の双方当事者であるから,そのような合意がなされた事実などなく,過去負担分の清算等は名目に過ぎないということを当然知っていたはずではないかとも疑われるところである。

しかし,被告人Aとしては,Bの提案により過去負担分の清算等を行うことを決め,その実行をBに依頼したところ,Bが依頼の趣旨に反し,過去負担分の清算等を実体のあるものとして処理することなく,それを単なる名目として架空費用を計上したという可能性を否定できない。その場合,被告人Aとしては,自らが考えるだけで過去負担分の清算等の合意をしたと認識し,Bが同合意に基づいて適正に費用を計上してくれるものと期待することも十分あり得るのであって,Bが,自らの依頼の趣旨に反し,同合意に基づかないような架空費用の計上をしたことを知らなかったとしても不自然ではない。

(3)  検察官は,被告人Aが,過去負担分の清算等の合意がなされたことがないことを知っていたことは,被告人A自身の供述から明らかであると主張するが,その被告人A供述は,甲社と被告人A・乙社との間で,過去負担分の清算等の合意があったのかとの検察官の抽象的な質問に対し,被告人Aが,「私の知ってる範囲では,ないですが,Bがひそかに作った可能性はあると思います。」「合意書というのはないと思いますが,過去の経理書面を見ていただければ,どういう結果になっていたか,割り出せると思いますが。」「そういうこともBに任せておりましたから,私は直接,知りません。」と答えたというものに過ぎず,被告人Aが,検察官の質問する「合意」をいかなる意味に捉えて(契約書等の具体的な書面を作成することを「合意」と捉えた可能性もある。)上記のような供述をしたのかが明らかでないのであって,被告人Aのこの供述から,被告人Aが,過去負担分の清算等に実体がないことを認識していたとみることはできない。

(4)  なお,検察官は,過去負担分の清算は,(合意の有無にかかわらず)甲社の当期の収益に関連するものではないので,期間収益対応の原則により,当期の費用とはなり得ず,当期の損金に算入することは許されないと主張するが,期間収益対応の原則から直ちにそのような結論を導き出せるかについては,疑問の余地がある。仮に検察官の主張が正しいとしても,被告人Aとしては,Bに本件資金移動計画の実行を依頼するに当たり,具体的な手続についてはBに委ね,Bが法律上問題のない形で適正に処理してくれるとの認識であった可能性を否定できないから,被告人Aが過去負担分の清算を行うとの認識を有していたことをもって,被告人Aに法人税ほ脱の故意が認められるということにはならない。

6 その余の検察官の主張等について

(1)  前記認定のとおり,被告人Aは,平成11年初めころ,FやEから,甲社から乙社に13.1億円が送金されていること,売上を減らしたり材料費を計上したりするなどの会計処理が行われていること,脱税等の犯罪が成立する可能性が大きいことを告げられたにもかかわらず,その忠告を聞き入れた様子はない。このことからすると,被告人Aが,甲社の法人税をほ脱する計画や,甲社から乙社への送金につき,架空費用を計上していることを知っていたため,EやFの忠告を聞いても驚くことなく,無視したような態度をとったのではないかとみる余地もないではない。しかし,被告人Aは,当時,EやFに対して悪感情を抱き,ことにFに対する信頼は薄かったことが窺われる上,当時,EやFは,甲社の経理を担当していたわけではなかったから,被告人Aが,Bが架空費用の計上等の不正会計処理を行っているとは少しも知らず,EやFよりも,現に甲社の経理を任せているBのことを信じたからこそ,両名の忠告を真摯に受け入れなかったとみても不自然ではない。

また,検察官は,被告人Aが,Eから,「経常利益がかなり出ているので,納税した後にそれをもらえばいいのではないか。」と言われたのに対し,「それをやると,経常利益の2分の1が税になって,更に,納税して残ったお金から,戊社に4割を取られるので嫌だ。」などと発言した事実を指摘し,被告人Aは,本来合理的な根拠のない乙社への送金を甲社が損金に算入して課税所得を圧縮していることを理解していたとしか考えられないと主張する。確かに,この発言だけを取ってみれば,甲社から乙社に送金する真の目的は,甲社に対する課税や戊社に配当が回ることを回避するために過ぎなかったのであり,被告人A自身,過去負担分の清算等を行うとの説明は名目に過ぎず,実体がないことを認識していたのではないかとも疑われるところである。しかし,Bは,甲社の法人税を回避する目的のみで架空費用の計上を行ったわけではなく,むしろ,甲社から乙社以降に,甲社に返す必要のない形で,資金を送金することを主たる目的として架空費用の計上を行ったものと認められる。そうすると,Bが被告人Aに対し,課税回避を主たる目的として送金すると告げたとは考えにくく,むしろ,甲社から乙社に(実体のある)過去負担分の清算等として送金することが,結果的に,甲社に対する課税や戊社に配当が回ることを回避することにもつながるとの説明を行った可能性の方が高いというべきであり,被告人Aの上記発言は,Bのその説明を受けてのものであった可能性を強ち否定できない。したがって,被告人AのEに対する上記発言は,被告人Aが,過去負担分の清算等に実体がないことや架空費用を計上することの認識を有していたことに必ずしも結びつかないのであって,検察官の主張は採用できない。

(2)  検察官は,①被告人Aが,戊社の臨時監査の際,L監査役に監査の中止を要求し,監査を中止のやむなきに至らせ,②臨時監査後の臨時取締役会の際,直接材料費の不正計上等を指摘する内容の中間報告書を読み上げるLに激しく抵抗し,甲社で不正会計処理が行われているか否かを何ら確認しようとすることなく,途中で退席しているところ,被告人Aのこのような態度は,被告人Aが,以前から架空費用の計上等の不正会計処理が行われていることを認識していたためにほかならないと主張する。

しかし,この臨時監査は,Jが,あらかじめ臨時監査を行う旨告げることなく被告人Aを呼び出し,直前になって臨時監査への協力を求めたことに端を発するものであり,被告人AがかねてからJに強い悪感情を抱いていた様子が見受けられることにも照らせば,戊社やJのこのようなやり方への反発から上記のような態度になった可能性も強ち否定できない。また,被告人Aは,当初は臨時監査を受け入れたにもかかわらず,その後,監査役に監査の中止を要求し,臨時取締役会では,中間報告書を読み上げる監査役に激しく抵抗したものであるところ,Bが臨時取締役会の際,議長を務める被告人Aに対し,臨時監査を中止に導くべく,議事進行を事前に指南したものとみられる手書きの進行メモを作成していることに照らせば,被告人Aの上記方針転換は,Bの提案によるものであった可能性が否定できない(被告人Aは,監査役に対する監査中止要求はBの指示によるものである旨供述している。)。そして,臨時取締役会では中間報告書が読み上げられてはいるものの,同取締役会は激しく紛糾し,双方ともに興奮状態になったことが窺われるのであり,被告人Aが,読み上げられた中間報告書の内容を把握した上で,抵抗に及んだとも認め難い。そうすると,被告人Aは,甲社で架空費用の計上が行われていることを知らないまま,かつ,戊社の指摘する問題点を正確に理解しないまま,戊社やJに対する悪感情から,あるいは,Bの提案するままに,上記のような行動に及んだ可能性も十分あり得るのであって,被告人Aが不正会計処理を隠ぺいする目的で上記の行動に及んだものと即断することはできない。

(3)  被告人Aは,マネージャー会議の際,材料費が計上されているが,乙社から部品は買っていないとのマネージャーの指摘に対し,「過去,いろいろあるでしょう。それをちゃんとしたということもありえるでしょう。」「何で,すべて明瞭会計にしなければいけないのか。」と答えていることからすると,被告人Aが,過去負担分の清算等は,架空費用の計上等の不正会計処理を正当化するための名目に過ぎないことを知っていたのではないかと疑われるところである。

しかし,既に述べたとおり,被告人Aは,平成11年4月ころ,F1の売上が5億円減額されていることについて,Bから,過去負担分の清算等による正当な会計処理であるとの説明を受けた可能性を否定できないのであって,自らが信頼して経理を任せていたBから,一見不自然にみえる会計処理について,過去負担分の清算等に基づく正当な会計処理であるとの説明を受け,さらには,国税局や庚監査法人の調査を受けても問題はなかったと聞かされていたため,経理を担当しているわけでもないマネージャーたちから,不自然な会計処理がある旨指摘を受けても耳を傾けることなく,Bから説明されたとおりに過去負担分の清算等に基づく正当な会計処理であると説明した可能性も否定できないのであって,過去負担分の清算等が名目に過ぎないことを知っていたからこその行動であるとは,必ずしも即断できない。

7 結論

以上によれば,被告人Aが,平成8年当時,Bと各合意書面を交わす過程で,①Bから本件資金移動計画を提案され,その実行をBに依頼した事実が認められ,さらに,②Bから,本件資金移動計画を実行するに伴い,甲社に将来発生する可能性のある法人税を回避する計画を告げられた可能性を否定できないものの,③甲社において,架空費用を計上するとの認識を有するに至ったと認めるには合理的な疑いが残る。

第5平成11年以降にほ脱の故意が生じた可能性

平成11年以降に,被告人Aに本件法人税ほ脱の故意が生じた可能性を検討する。

既にみたとおり,被告人Aは,①平成11年初めころにEやFから,不正会計処理等の忠告を受け,②同年3月から4月にかけて,戊社の臨時監査を通じて,不正会計処理等の疑いをかけられ,③同年4月には,Hから見せられた資料をみて,F1の売上が5億円少ないことや経常利益について異なる2つの金額が記載されていることに気付き,④同年9月には,取引先の社長から甲社の脱税の疑いを告げられ,⑤同年12月には,マネージャー会議で,材料費の架空計上の疑いを告げられているのであって,この過程で,甲社で架空費用の計上が行われていることを認識するに至ったのではないかと疑う余地もある。実際,被告人Aは,4月20日付け手帳に,「なぜ皆が不思ギに思う経理方法を取ったのか?」と記し,平成12年9月以降,「脱税のみをおしつけられる可能性もあり!」などと,脱税等のおそれを心配する内容を自分の手帳に記している。

しかし,①E,F,戊社,マネージャーたちからの忠告・指摘については,既に述べたとおり,信頼を失い,悪感情を抱き,あるいは,現実に甲社の経理を担当していなかった者たちからの忠告・指摘であるから,被告人Aが,これを真摯に受け止めることができず,甲社で架空費用の計上等の不正会計処理が行われていると信じることができなかったとしても不自然ではないこと,②忠告・指摘の内容は,断片的で不完全なものにとどまり,マネージャー会議での指摘を除けば,架空費用の計上を直接的に告げるものではない上,臨時取締役会やマネージャー会議においては,被告人Aが興奮状態にあったことが窺われるのであり,指摘の内容を正確に把握できたかについては疑問が残ること,③一方,被告人Aが信頼し,甲社の経理を委ねていたBからは,過去負担分の清算等に基づく正当な送金ないし会計処理である,国税局の税務調査や庚監査法人の調査でも問題はなかったとの説明,報告を受けていた可能性が否定できないことからすると,被告人Aが,平成11年以降のこれらの忠告・指摘を通じ,甲社で不自然な会計処理が行われているとの認識を持つに至った可能性は否定できないものの,甲社で架空費用が計上されているとの認識を持つに至ったとみるには合理的な疑いが残る。

第6結論

以上によれば,被告人Aに架空費用を計上することの認識があったと認めるには合理的な疑いが残り,本件法人税ほ脱の故意を認めることができないから,刑事訴訟法336条により被告人Aに対して無罪の言渡しをする。

(被告会社に対する量刑の理由)

本件は,自動車エンジンの開発,製造等を業とする被告会社の実質的な取締役であったBが,同社社員らと共謀の上,虚偽過少申告を行って同社の法人税を免れた事案である。

本件のほ脱税額は,3事業年度合計で約10億円もの巨額に上る上,ほ脱率はいずれの事業年度も100パーセントであり,本件の結果がまことに重大であることはいうまでもない。

犯行態様は,Bが,被告会社社員らに指示し,本件各事業年度である26期ないし28期の期中に被告会社から関連会社に前払費用等として多額の資金を送金させた上,各期終了後の決算時に,もともと多額で不正の発覚しにくい直接材料費等を用いて多額の架空ないし水増し費用を計上し,上記前払費用等から振り替える不正会計処理や,特定の科目の金額が不自然に突出することにより不正が露見することを防ぐため,売上と直接材料費を相殺するなど,科目間で金額を増減させて調整する不正会計処理を行わせ,確定申告に際しては,税理士に依頼して,架空費用を損金に算入して課税所得から減算する処理を行わせたというものであり,大胆かつ悪質といわざるを得ない。

そして,被告会社の代表取締役である被告人Aは,Bが法人税のほ脱に及ぶことを認識していなかったとはいえ,同人に提案された資金移動計画の実行を依頼するに当たり,被告会社の実質的な取締役としての権限を与えてその決算・確定申告業務等を完全に委ね,同人に対する監督を怠った結果,本件犯行につながったものである。

してみると,本件後,被告会社において会計事務所に依頼し,経理体制を刷新したことなどの事情を考慮しても,被告会社の刑事責任は重大であって,主文掲記の科刑は免れない。

(裁判長裁判官 下山保男 裁判官 任介辰哉 裁判官 南宏幸)

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