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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)1722号 判決 2004年3月29日

主文

被告人Aを懲役10年に,被告人Bを懲役6年にそれぞれ処する。

被告人両名に対し,未決勾留日数中140日をそれぞれその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯等)

1  被告人両名の身上経歴及び共犯者Cとの関係

被告人Aは,中学卒業後父親の営む板金業を2年ほど手伝うなどしたが,その後は職を転々とし,昭和60年ころから建設業を営むようになり,この間,昭和36年ころ一度結婚したが妻と死別し,昭和47年8月ころDと再婚し,長男の被告人Bほか3子をもうけたが,被告人Aは酒に酔うと妻や被告人Bに対して暴力を振るうことがしばしばあったため,平成12年ころ,妻と離婚し,被告人Bら子供たちは妻が引き取り,以後,一人暮らしをしていた。そして,被告人Aは,本件当時,営んでいた建設業の仕事が少なく,収入が乏しかったため,家賃の支払にも窮するなど生活が困窮していた。一方,被告人Bは,被告人Aの長男として出生し,中学卒業後,(あ)市内にある(い)専門学校に進学したが,平成4年ころ,同じ専門学校に通っていたCと知り合い,本件当時は,何でも相談できる親しい友人として付き合っていた。そして,被告人Bは,専門学校を中退した後,建築会社等を転々とし,本件当時は造園土木作業員として稼働していたが,数百万円の借金を抱えてその返済に窮していた。

2  被害者V及び共犯者Pらと被告人両名との関係

Vは,平成6年ころ,キャンピングカー及びトレーラーハウスの輸入販売業を目的とする有限会社(う)を設立し,その代表取締役として同社を営んでいたもので,被告人Aの実の妹であるPと昭和44年ころ結婚し,長女のQ,次女のR及び三女のSをもうけ,埼玉県本庄市内の自宅敷地内に設置したトレーラーハウスでPら家族(以下「U家」という。)と暮らしていた。長女のQは,平成6年に結婚して長男をもうけたが,平成11年に離婚して長男を引き取り,本件当時,上記トレーラーハウスに隣接する自宅に次女のRと一緒に生活していた。また,三女のSは,平成10年にTと結婚し,同人との間にもうけた長女とTの3人で上記自宅敷地内に設置したトレーラーハウスで生活していた。

3  PらがVの殺害を計画するに至った経緯

Vには,以前から日常の言動に異常なところがあり,(え)市内の(お)病院精神科で受診して不安神経症,人格障害と診断され,治療を受けていたが,日ごろから,妻のPやQら子供たちの行動を厳しく監視し,些細なことで怒鳴りつけるなどし,とりわけ,妻のPと長女のQに対しては,しばしば物を投げつけたり,足蹴にするなどの暴力を振るうことがあり,こうしたVの行為がQが離婚する原因にもなり,同女は,再婚することもままならずに,Vに対する不満を抱くようになり,次女のRも,Vに怒鳴りつけられることがしばしばあり,姉のQが離婚したいきさつなどを見ていたことから,結婚もちゅうちょせざるを得ないなど,Qと同様にVに対して不満の念を募らせていた。また,Vは,三女のSの夫であるTに対しても,深夜呼びつけて怒鳴りつけるなどしたばかりか,それまで勤めていた仕事を強引に辞めさせて同人を(う)で働かせた上,仕事の失敗を殊更あげつらって怒鳴りつけるなどしていたことから,TもVに対して憎悪の念を抱くようになっていた。こうして,Vの家族は,妻のPをはじめ,娘やその連れ合いも含めて全員が,Vの顔色をうかがい,Vに対する不満や憎悪の念を抱いて,同人をおそれながら生活していた。

そして,平成13年から平成14年にかけて,Vの異常な行動はいよいよ高じてきて,Pら家族にとどまらず,近隣の住民に対しても攻撃的な態度をとるようになり,Pら家族は,近隣の住民から嫌がられて肩身の狭い思いをするようになって精神的にも参ってしまい,Vに対するこれまでの不満や憎悪,怒りから,同年秋ころには,家族で話し合ううちに,この苦しみから解放されるためには,Vを殺害するほかないと互いに考えるようになっていた。

Pらは,Vの担当医師に対して,Vのこうした行状について相談していたが,同年末ころ,医師から,患者が医師の診察を受けてから24時間か48時間以内に死亡し,直前に診察を受けた病気が死因であることが明らかな場合には,警察に連絡せずに死亡診断書を作成することができる旨の話を聞き,Pらは,Vを殺害しても,48時間以内に診断を受ければ,医師が病死扱いにしてくれるから,警察ざたにはならないと考え,次第にそう思いこむようになり,このころからVの殺害を具体的に考えるようになった。

そこで,Qらは,平成14年末ころから平成15年春ころにかけて,Vを殺害するために,睡眠薬やトリカブト,インシュリンなどを入手し,コーヒーに睡眠薬を混入させてVに飲ませようとしたり,就寝中のVにインシュリンを注射しようとしたり,ミキサーで粉砕したトリカブトの根をカレーに混ぜてVに食べさせようとしたりして,Vを殺害しようと試みていたが,Vに味の異常に気付かれるなどしたため,いずれも失敗に終わっていた。

4  被告人A及び同Bらが犯行に加担するに至った経緯

ところで,被告人Aは,30年来Pとは音信不通であったが,平成15年春ころ,伯母方を訪れた際に近くに住むP方を訪ねたところ,同女が留守であったことから自分の連絡先等を書いたメモを置いて帰ったことがあったが,Pは,そのメモを見て,若いころから素行が良くなく,やくざ者という印象を抱いていた被告人Aであれば,これまで何度も失敗しているVの殺害に手を貸してくれるのではないかと考え,被告人Aに助力を求めることをQらに相談したところ,同女らもこれに賛成したので,PとQらは,同年5月末ころから,被告人Aに頻繁に電話をかけて,Vの行状を説明し,自分たちの窮状を訴えて助けを求めるようになった。そして,同月26日ころ,QとRは,上野駅付近で被告人Aと会い,改めてVの行状を説明し,どうにもならないU家の窮状を訴えるとともに,これまでトリカブトを使うなどしてVの殺害を試みたことを告白し,Vを殺害しても医師が病死扱いにしてくれる手はずになっていると説明して,「どうにもならないんです。絶対にパパから逃げられないんです。パパがいなくならない限りどうにもならないんです。お願いです,手を貸してください。頼みます」などと言って,Vの殺害の手助けをしてくれるように懇願した。二人の話を聞いた被告人Aは,Pらが真剣にVを殺害することを考えていることを感じ,妹のPとその娘たちに同情してVを殺害することに手を貸すことを承諾した。その後,Qたちから被告人Aの協力を取り付けたと聞いたPは,本当に引き受けてくれるのか被告人Aに聞いて確かめようと思い,同被告人に電話をしたところ,同被告人が,Vの殺害を引き受けてくれる人を探すと言ったことから,Pは,他人を関与させると後々お金を脅し取られたりすることもあるのではないかと懸念してこれに反対し,外傷が残らないようにして殺害するために毒殺することを考えていたことから,被告人Aに対し,Vを殺害するための薬を入手して欲しいと言って依頼した。

そこで,被告人Aは,同年6月中旬ころから同月下旬ころにかけて,2回にわたり,結晶状の粉末になった薬を入手して,これを飲物などに混ぜれば殺害できると言ってQらに手渡し,PとQらは,この薬をコーヒーやカレーに混ぜてVに飲ませたり,食べさせようとしたが,いずれもVが味の異常に気付いて口に入れなかったため,殺害の試みは2回とも失敗に終わってしまった。

このころ,被告人Aは,Pの家を訪れた際に,敷地内に多数のトレーラーハウスが設置され,高級外車が多数駐車されているのを見て,Pらは経済的に裕福であり,Pらに協力すれば相当多額の報酬が得られるものと考え,Pらに対して,Vを殺害するための薬の代金や活動費などの名目で,実費を超える多額の現金を要求しては,その支払を受けるようになった。

PとQらは,Vに薬を飲ませて殺害することに何度も失敗していたことから,別の方法でVを殺害しようと考え,同年6月下旬ころ,被告人Aに対して,Vを殺害してくれる人を探してくれるように依頼するとともに,外傷を負わせることなくVを殺害するために,テレビドラマをヒントに,嗅がせるだけで意識を失わせることのできる薬を使用して鼻や口をふさいで窒息死させようと考え,被告人Aに対して,薬の入手方を依頼した。一方,Qは,その際Vを確実に殺害するために,インシュリンを注射することを思い付き,同年7月中旬ころ,知人からインシュリンを入手していた。

そのころ,被告人Aは,数年ぶりに長男の被告人Bと会うようになり,同被告人が被告人Aの自宅を訪れるたびに数万円程度の小遣いを渡すなどしていたところ,そのうちに,被告人Bに対して,U家の事情やVの行状を話して,Vの殺害に何度も失敗していることを打ち明け,Qたちから依頼されて殺し屋を探すなどしていたがうまくいかなかったことから,同年7月ころ,被告人Bに対し,「嗅がせるだけで眠らせる薬があったら探してほしい。薬代や手間賃は払うから」「外人とか探してるんだけども,なかなか見つからないんだよ。70から80万円くらいで頼みたいんだけどな。駄目だったら,お前てつだってくんないか」などと言って,Vを殺害するために使う薬や殺し屋を探すことや,殺し屋が見つからなければ被告人B自身が殺害に加わり,他にもVの殺害を手伝ってくれる人を探してくれるように依頼した。その後,Qも,被告人Bに電話して,U家の窮状やこれまで何度もVの殺害に失敗していることや,医者の協力が得られるのでVを殺害しても警察ざたにはならないことなどを説明して,「お願いですから助けてください。このままじゃ自由になれないんです。もし,人がみつからなかったら手伝ってください。お礼はしますから」などと言って懇願し,Vの殺害に協力してくれるように依頼した。被告人Bは,Qから聞いたU家の状態が幼少時に被告人Aから暴行を受けた自らの境遇と重なって,Qらに対する同情の気持ちが生ずるとともに,折から借金の返済等のために生活費に窮しており,自由に使える金が欲しかったことから,Vの殺害に加わることを決意し,Qの依頼を承諾した。

そして,このころ,被告人Bは,親友のCに対して,U家の窮状を話して,相談するなどしていたが,自らはVの殺害に加わることを決意していたことから,Cに対して,嗅がせるだけで意識を失わせることのできる薬の相談をしたところ,Cからその薬はホルマリンではないかと教えられ,早速,被告人Bは,同年7月26日ころ,薬局でホルマリンを800円で購入し,被告人Aに対して,ホルマリンを入手したことを伝え,その購入費用が70万円であるとうそを言ってこれを請求し,被告人Aは,被告人Bからの連絡をQらに伝え,その対価として150万円を要求して支払を受け,このうち70万円を被告人Bに手渡して,同被告人からホルマリンを受け取った。

そして,被告人Aらは,ホルマリンが入手できたことから,同年8月1日にVの殺害を決行することにしたが,被告人Aは,他にVの殺害を手伝ってくれる者が見付けられずにいたことから,被告人Bに対して,「人が見付けられなかったから,お前も手伝ってくれ。ほかに誰か一緒に来てくれる人がいたら連れてきてくれ」などと言って,Vの殺害に加わることや,Vの殺害に協力してくれる人を探してくるように改めて依頼した。依頼を受けた被告人Bは,Vの殺害に加わることを明確に承諾するとともに,V殺害の協力者としては友人のCを参加させようと考え,Cに電話して,「今まで,相談してきたけど,親父の妹の旦那を殺ることになったんで助けてくれねえか,頼めるのはお前しかいないんだ。自分らが殺したとは判らないから大丈夫だと家族が言っている。病院に相談して,先生が書類上,何も無かったということにしてくれるそうだ。だから大丈夫だ」などと言って説得し,Vの殺害を手伝ってくれるよう依頼した。Cは,当初は渋っていたものの,被告人Bから,その後,「8月1日に決まったから。仕事あけてくれ」などと言われたことから,結局,犯行に加わることを承諾した。

5  殺害を共謀した状況及び犯行に至る経緯

被告人Aは,同年8月1日昼ころ,入手したホルマリンや犯行の際に着る着替えを持って被告人Bと落ち合い,同人の運転する車に乗り,途中,Cに連絡を取って同乗させ,Qらと合流するために,Vの家のある埼玉県本庄市方面に向かった。

被告人Aらは,共犯者Qと連絡を取り合い,同日午後8時ころ,同県(か)市付近の焼肉レストランで,Q,R,T及びSと合流し,自宅に待機していたPに電話をかけ,「今夜しかねえ。やんなきゃしょうがないな。寝たら,連絡よこせ」などと言ってVが就寝したら連絡をくれるように指示した。そして,同日午後10時ころ,家族全員が外出しているとVに怪しまれると考えて,SとTは帰宅し,被告人A,被告人B,C,Q及びRは,同市内のレストランの駐車場に移動して,更に犯行について打ち合わせることにした。そして,同所に駐車したワゴン車内で,Qは,被告人A,同B及びCに対し,これまでのVの行状やU家の窮状を訴え,Vの殺害に何度も失敗したことを打ち明けるとともに,「もう,手が付けられないんで,お願いします。父がいると,自由になれないし,幸せにもなれないんです。お願いします」などと言ってVを殺害する以外に家族が助かるみちがないと改めて訴えたところ,Cが,Vを殺害しても本当に警察ざたにならないのかと尋ねたので,Qは,Vを殺害しても病院の先生が病死扱いにしてくれるから警察ざたになることはないと説明し,更にCが,警察ざたになった場合はどうするのかと尋ねると,Qは,「その時は,私たちが責任を取ります。絶対に迷惑はかけません。名前を出したりしませんから,お願いします」などと言って,U家の者が責任を取るから被告人Aたちには絶対に迷惑を掛けないと言って説明し,殺害に協力してくれるように重ねて依頼した。そこで,被告人B及びCもこれを了承し,Vの殺害に協力する決意を改めて固めた。

その後,被告人Aらは,犯行の役割分担や段取りについて打ち合わせるため,同日午後11時ころ,別のファミリーレストランに移動し,店内で,被告人Aは,共犯者らに対し,被告人Bがホルマリンを染み込ませたタオルでVの口をふさぎ,TとCがVの腕を,被告人AがVの頭を,QとRがVの足をそれぞれ押さえるようそれぞれの分担を指示し,また,殺害方法については,ホルマリンを使って気を失わせ,インシュリンを注射するなどしてVの抵抗を封じるという段取りを確認した後,同レストランを出て近くの公園やSの自宅等で待機し,Pからの連絡を待つことにしたが,Qらは,Sの自宅に戻った際,被告人Aに対して,報酬として現金30万円を渡した。

翌2日午前3時ころ,PはVが寝入ったことを確認したのでQに電話でその旨を伝え,Sの自宅に被告人A,同B,C,Q,R,T及びSらが集合し,最後の打合せをしたが,被告人Aは,共犯者ら一人一人に対し,「本当にいいんだな。これで最後だぞ。いいのか」と言って,Vを殺害する意思に変更がないことを確かめたところ,Qらは「よろしくお願いします」などと答え,その場の全員が,Vを殺害することを改めて確認し合った。Qは,Vの事務所兼自宅となっているトレーラーハウスの見取図を取り出すと,部屋の内部の様子を説明し,被告人Aらは部屋に入る順番等について打ち合わせた上,被告人Aは,ビニール袋にタオルを入れ,その中にホルマリンをかけてタオルに染み込ませ,これを被告人Bに渡し,被告人Aらはそこで着替えをするなどし,Qは,用意していたゴム手袋をS以外の共犯者ら全員に配り,自らはインシュリン入りの注射器を用意するなどして,それぞれ犯行の準備を整えた。そして,被告人Aは,共犯者らに対し,あらかじめ打ち合わせた各人の役割分担及び段取りを改めて指示して確認した上,「最後はやるしかないんだよ」と念を押して,共犯者らとともにVのトレーラーハウスに向かい,同日午前4時ころ,被告人Aらは,V方のトレーラーハウスに入り,待機していたPからVの部屋の様子を説明してもらい,被告人A,同B,C,T,Q及びRは,Vの寝ている部屋に入った。

(罪となるべき事実)

被告人両名は,以上のような経緯で,P,Q,R,T及びCと共謀の上,V(当時55歳)を殺害しようと企て,平成15年8月2日午前4時ころ,(き)所在の同人方トレーラーハウスにおいて,被告人両名,Q,R,T及びCが,こもごも,就寝中のVに対し,殺意をもって,ホルマリンを染み込ませたタオルでその口をふさぎ,頭や手足等をベッドに押さえつけ,抵抗する同人に対し,その頸部にひも様の布を巻き付けて強く引っ張って絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害したものである。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はいずれも刑法60条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役10年,被告人Bを懲役6年にそれぞれ処し,同法21条を適用して,被告人両名に対し,未決勾留日数中140日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して,被告人両名にいずれも負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人両名が,共犯者5名と共謀の上,就寝中の被害者に対し,殺意をもって,ホルマリンを染み込ませたタオルでその口をふさぎ,頭や手足等をベッドに押さえつけた上,頸部にひも様の布を巻き付けて絞め付けるなどして殺害した殺人の事案である。

被告人Aは,実の妹であるPと同女の長女のQらから,被害者が,家族に対して暴力を振るうなど傍若無人な振る舞いをし,近隣の住民ともトラブルを起こすため家族は被害者を恐れ,近所に対しても肩身の狭い思いで生活している旨訴えられてこれに同情し,医師に相談してあるので警察ざたにはならないなどと説明され,被害者の殺害に手を貸してくれるように依頼されてこれに応ずることにし,殺し屋を探したり,被害者を殺害するための薬をQらに渡すなどしていたが,Pらの家が経済的に裕福であることを知ったことから,Pらに対して薬の購入代金や活動費等の名目で多額の現金を要求するようになり,総額で650万円もの支払いを受け,更なる報酬欲しさから長男の被告人Bを誘い,犯行に用いるホルマリンを入手させ,被告人Bを介して同被告人の友人のCを犯行に引き入れ,総勢7名で犯行に及んでいる。Pやその娘ら肉親の境遇に同情して犯行に加担したという経過はあるものの,生命の尊さや自分たちの行為のもたらす結果に全く思いを致さずに,Pらからの情報を一方的に鵜呑みにし,Pらの窮状を救い,打開するための方策を考えることもせず,短絡的に本件犯行に及んでいるのであり,先にみたとおり,多額の金銭をPらから入手していることに照らすと,犯行の動機に酌量すべき余地はない。

一方,被告人Bは,父親の被告人Aから,PらU家の家庭の窮状を打ち明けられ,被害者の殺害に手を貸すよう頼まれたことから,自らが幼少時に酒に酔った被告人Aから暴力を振るわれたりした境遇にあったことを思い出して,これがU家の窮状と重なってQらに対して同情し,これに被告人Aから言われた報酬欲しさも加わり,被害者の殺害に手を貸すことを決意して被告人Aから依頼されたホルマリンを購入し,実費額とかけ離れた70万円もの多額の金員を要求して受け取ったばかりか,その後,友人のCを犯行に誘い,本件犯行に及んでいるのであって,Qらの境遇に同情したという一面はあるものの,報酬目的という側面があったことも否定できず,犯行の動機に酌量すべき余地があるとまではいえない。

被告人両名とP,QらU家の家族は,被害者を殺害しても医師が病死扱いにしてくれるから警察ざたにはならないと勝手に思いこみ,犯行の数箇月前から,外傷が残らない方法により被害者を殺害することを企て,2度にわたって薬による毒殺を試みたが失敗したため,ホルマリンを用いて就寝中の被害者の意識を失わせて窒息死させようと計画し,ホルマリンを事前に入手し,Cを犯行に誘い,犯行の直前には,被告人Aの指示で役割分担や段取り,被害者の部屋に入る順序等について周到に打ち合わせ,あらかじめホルマリンを染み込ませたタオルやインシュリン,注射器等を準備した上,被害者がベッドで眠り込んでいることを確認して犯行に及んでいるのであって,周到に準備された計画的な犯行である。

犯行の態様は,被告人両名とQ,R,T及びCの4名が,こもごも,就寝中の被害者の口をホルマリンを染み込ませたタオルでふさぎ,頭や手足等をベッドに押さえつけ,目を覚ました被害者が必死に抵抗し,「話し合おう」「俺が悪かった」「分かってるから」などと言うのを聞きながら,情け容赦なく,口にタオルを押し当てたまま,被害者のふくらはぎにインシュリンを多数回注射するなどし,それでも抵抗がやまないとみると,共犯者らが「首,首」と言ったのを機に,被害者の首を絞めて窒息死させることにし,ひも様の布を被害者の頸部に巻き付け,布の両端を被告人両名と共犯者らが代わる代わる強く引っ張って絞め続け,被害者を窒息死させ,被害者が抵抗しなくなった後も布を引っ張り続けたばかりか,被害者が動き出さないように両足にベルトを巻き,更にガムテープを巻き付け,とどめを刺すために最後に再びインシュリンを注射しているのであって,極めて強固な殺意に基づいた計画的で,執ようかつ残忍な犯行である。

被告人Aは,PやQらから殺害に助力してくれるように話を持ち掛けられ,これがきっかけとなって犯行に加担することを決意したのであるが,Pらから多額の現金を受け取るようになると,被害者を殺害するための薬を入手し,被告人Bを犯行に加担させるなど,自ら積極的に被害者の殺害に向けた行動をとるようになり,犯行の直前には,被告人Bを含む若い共犯者らに対して,自らが中心となって犯行の段取りや役割分担を指示するとともに,共犯者一人一人に対して,被害者殺害の意思確認を行い,共犯者らを促し,率先して被害者の上半身を押さえ付け,ひも様の布を被害者の頸部に巻き付け,強く引っ張って絞め付けるなどしているのであり,犯行の準備段階から実行行為まで,終始,積極的かつ主体的に行動しており,本件犯行を遂行する上で必要不可欠な役割を果たしている。のみならず,被告人Aは,犯行後,予定していた医師の協力が得られなかったことから,被害者の遺体を山中に遺棄することを提案し,共犯者らとともに被害者の遺体を載せた車で秩父方面に向かい掛けたが,Qらが警察に出頭することを決意したため,遺体を遺棄することなく被害者方に戻ってきたものの,被告人両名とCが犯行に関与したことが発覚することを防ぐためにQらに指示して現場を掃除させ,遺留された指紋やこん跡等を消し去ろうとしているのであって,犯行後の情状も悪質である。

また,被告人Bも,被告人Aから誘われたのをきっかけに犯行に加担することを決意し,同被告人の指示に従って行動していたものであるが,同被告人に依頼されて殺害に使用するホルマリンを入手し,親友のCを犯行に誘い,直前の打合せの際には,被害者の部屋に入ってホルマリンを染み込ませたタオルで被害者の口をふさぐという役割をすすんで引き受け,犯行に際しては打合せどおり共犯者に先駆けて真っ先に被害者の部屋に入り,被害者の口をタオルでふさぎ,被害者の首を絞める際には,ひも様の布を巻き付けやすいように被害者のあごと首を持ち上げ,被害者が抵抗しなくなった後も,とどめを刺すために頸部に巻き付けたひも様の布を引っ張って絞め付けるなどしている。

これらの点からすると,被告人Aの刑事責任は重大であり,被告人Bの刑事責任も軽くみることができない。

被害者は,自宅のベッドで就寝中,突然,多数の者から全身を押さえつけられて身動きできない状態にされた上,ホルマリンを染み込ませたタオルで長時間口をふさがれ,その間,必死に抵抗を試みたものの,頸部をひも様の布で数分間にわたって強く絞め付けられ,窒息死しているのであって,この間の苦痛や無念の情は察するに余りある。被害者は,妻のPや長女のQらに対してこれまで数々の理不尽な仕打ちをし,暴力を振るうなどして家族を悩ませていたとはいえ,被告人両名や共犯者らによって殺害されなければならないいわれはないのであって,誠に悲惨というほかない。

そうすると,被告人両名が,事実を認め,反省の態度を示していること,とりわけ,被告人Bは,弁護人や母親にあてた5通の手紙の中で犯行に加担した動機,Cを犯行に誘った理由,被害者に対する謝罪の気持ちなどを詳細にしたためており,深く反省悔悟していることがうかがわれること,被告人Aも,上申書をしたためて,反省悔悟の念を披瀝していること,被告人両名ともPら被害者の家族から誘われたことがきっかけで犯行に加担したもので,被告人両名の犯行の動機にはPやQらに対する同情の気持ちがあったことは否定できないこと,とりわけ,被告人Bは,幼少時の自己の体験からQらの気持ちに傾倒したことがうかがわれること,被告人Bは,被告人Aの指示に基づいて行動しており,犯行全体においては従属的な立場にあったと認められること,被告人Bには,これまで前科前歴がないこと,被告人Aは,前科はあるものの,いずれも古いもので,最終前科から本件犯行まで約40年間,特段の問題もなく過ごしてきていること,長女が,社会復帰後,被告人Aを自宅に引き取り,更生に助力すると述べていること,被告人Bの実母が,同被告人の監督を誓約していることなど,被告人両名のためにしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。

(求刑 被告人Aにつき懲役13年,被告人Bにつき懲役8年)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 南宏幸)

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