さいたま地方裁判所 平成15年(わ)2088号 判決 2005年3月09日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中350日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,中華人民共和国福建省で生まれた中国人であるところ,平成4年に日本に不法入国し,平成7年に退去強制処分を受けて出国したものの,その後またもや日本に不法入国し,以後,パチンコ台に不正ロム(以下,裏ロムという。)を取り付ける作業などをして過ごすうち,3件のパチンコ店に侵入してパチンコ台に取り付けられていたロムを盗んだという建造物侵入と窃盗の罪で,平成11年10月,懲役1年6月(3年間執行猶予)の刑に処せられ,再び退去強制処分を受けて出国した。被告人は,その後の平成12年ころ,日本に帰化した元中国人の女性の配偶者の資格で,三度日本に入国し,裏ロムを売却するなどして多額の収入を得ていた。
2 一方,Aは,同省福清市で勢力を有していた非合法組織の中心人物で,配下の者多数を抱え,賭博などで荒稼ぎをするなどして同市出身の裏社会に属する者の間では名の通った人物であったところ,その後日本に渡り,平成13年8月ころから,埼玉県川口市内にあるXビル4階の「Y」と称する麻雀店において,客に賭博をさせるなどして利を上げていた。Aは,パチンコ台に裏ロム工作をする中国人グループとも深い関係を有しており,被告人は,同年10月ころ,仲間の中国人に紹介されてAと知り合って以後,裏ロム工作をめぐって中国人グループ同士に対立が生じた場合,顔の利くAに仲裁を求めるなどして交際を重ねてきた。
3 平成13年12月20日ころ,被告人と同郷のBとCが,「Y」でAらを相手にしたトランプ賭博で大敗し,数千万円の借金を背負うことになって,それぞれ,1000万円と500万円をAから借りた旨の借用書を書かされ,さらに,平成14年1月2日ころには,被告人の10年来の友人であるDも同様の賭博で大負けし,Aに対し,1000万円以上の借金を負うことになったが,被告人は,同月4日夜のBからの電話で,Aが賭博に負けたBを監禁して賭金の支払を迫った際,担保として高級ブランドの腕時計を取り上げたことを知り,その際,同人から,とりあえず300万円出すので腕時計を取り返してほしい旨頼まれた。
4 同月5日午前零時ころ,被告人は,「Y」に赴き,店内にいたAにBの意向を伝えた上,時計を返すよう頼んだが,Aはろくに話に耳を傾けようとせず,かえって被告人を侮辱するような態度に出た。しばらくして,被告人は,「Y」を出て,親しい仲間であるEやFらが飲酒していた埼玉県川口市内のナイトパブ「Z」に向かったが,「Z」に到着するや,被告人は,EやFに対し,直前の「Y」におけるAとの話合いの経過を説明し,同人に時計を返すことを断られたばかりでなく,侮辱されたことや,Dも金を騙し取られたことなどを告げたところ,以前から,裏ロム工作グループ間の抗争に介入してきたことで,Aを腹立たしく思っていたFや,親友のDが騙されたと知って腹を立てたEもAに仕返しをすることに同調し,Fが,仲間のGに電話をかけて加勢を求めるなどしたが,断られたため,被告人,E及びFの3名で仕返しをすることにした。そこで,Fが,いったん「Z」を出て,適合実包の装てんされた口径7.62ミリメートルの中国製54式自動装てん式けん銃1丁を用意して「Z」に戻り,ここにおいて,被告人,E,Fの間で,このけん銃を用いて,Aを殺害する旨共謀を遂げるとともに,同日午前3時30分ころ,「Z」を出て,「Y」に向かったが,被告人は,その途中,ビール瓶を拾い,これを着ていた衣類の内側に隠し持った。「Y」に到着し,Eが,店内にいたAに声をかけ,Xビル6階エレベーター前に連れ出した上,Aを詰問したところ,腹を立てたAがEを押すなどしてきたが,両名の後から階段を駆け上がってこの光景を見た被告人が,「ばかやろう。」などと罵りながら,右手に持ったビール瓶でいきなりAの頭部を殴打すると,Aは,Eから被告人に攻撃の矛先を変え,被告人ともみ合いをした末,その場に倒れ込んだ被告人の上に乗りかかる体勢となった。そのころ,Eは,けん銃を取り出し,右手に持って準備していたが,Aに押さえ込まれた被告人から,「早くうて。」と言われ,被告人に当たらないようにするため,左手にけん銃を持ち替え,Aの後頭部に銃口を向けた。
(罪となるべき事実)
被告人は,E及びFと共謀の上,法定の除外事由がないのに,平成14年1月5日午前3時40分ころ,埼玉県川口市内のXビル6階エレベーター前において,殺意をもって,Eにおいて,所携の自動装てん式けん銃をA(当時32歳)の頭部に向け,実包1発を発射して,同人の頭部に命中させて左側頭部後方から左眉毛内端部に貫通する射創を生じさせ,よって,同日午前8時20分ころ,同市内のH医療センターにおいて,同人を頭部射創による頭蓋内損傷により死亡させ,もって,不特定若しくは多数の者の用に供される場所において,けん銃を発射して同人を殺害したものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
弁護人は,けん銃を実際に発射して被害者を殺害したのはEであって,被告人自身は実行行為をしておらず,また,EやFとの間で,被害者を殺害することについて共謀したこともないので,被告人は,殺人についても銃砲刀剣類所持等取締法違反についても無罪である旨主張し,被告人も捜査段階から公判段階にかけて一貫してこれにそう供述をしているので,この点に関する当裁判所の判断を示す。
1 関係証拠によると,判示犯行に至る経緯及び罪となるべき事実に記載した各事実が認められるが,さらにこれを詳細にみると,まず,Eは,当裁判所の期日外尋問において,大要,以下のとおり供述している。すなわち,
(1) 被告人は,本件当日,「Z」に来店するや,Bの件で被害者に対し,金は少しずつ払うと言っているので,時計を返してやるよう頼んでみたが,逆に,「あなたの友達はみんな貧乏なやつばかりだ。時計などを返してほしいというのはけしからん。」といって拒否されたと怒っていた。被告人は,大きい声ではないが興奮した口調で,被害者が非常に悪い人間だという趣旨の話をし,周りにいた者も,口々に,「あいつは売春婦の子だ,あいつがそんなに偉いのか。」などと被害者を罵倒する言葉を吐いた。自分自身では,被告人が友達の時計を返させようとしたのに断られたことで面子をつぶされたこと,友達のDが金を騙し取られたこと,Fが被害者と裏ロムの件で衝突した話などを聞いたことで,被害者に対し,怒りを覚え,金を騙し取ったいきさつについて被害者と会って問い詰めようと考えた。Fも怒っていて,他人に頼んで被害者をひどい目に遭わせようなどと言っていたが,自分がトイレに行って席を離れた間にいなくなった。
(2) その後,Fがけん銃が入った袋を持って店に戻ってきたが,被告人がそれを取ろうとしたところ,Fが自分の所に置いた方がいいと言うなどし,二人でけん銃の取り合いをした。周りに人がいたので,見られないようにするため自分が手に取った。被害者に問い質すといっても,被害者には手下が一杯いるのでトラブルになりかねず,けん銃は,そうなった場合に自分を守るのに使えるのではないかと思った。店を出るとき,被告人が,やはりけん銃は自分の所に置いた方がいいと言ってきたが,渡さなかった。店を出る際,弾が入っているかどうかを確認した。
(3) 「Y」に着いて被害者を呼び出し,6階まで上がり,被害者に対し,「みんな福清人なのに,どうして金を騙し取るのか。」と問い質したところ,被害者は,「君には関係ない。」と言いながら,自分を壁の方へ押しつけてきた。そのとき,被告人が階段を上がってきて,被害者を罵倒する言葉を口にしながら,持っていたビール瓶で被害者の頭を叩いたため,被害者は,被告人を押し倒し,上から被告人を殴っていた。被告人が「うて,うて。」と言ったので,けん銃を右手に持ったが,二人がもみ合っていたので,そのまま発射すると被告人に当たってしまうかもしれないと思い,左手に持ち替え,被告人に覆い被さるようにして背中を向けていた被害者の後頭部まで50センチメートルほどの位置で,後頭部辺りを狙って撃ったところ,弾は被害者の頭に命中して,被害者は倒れた。撃った直後,被告人が,「私にもうたせてくれ。」と言って,けん銃を渡すよう要求してきたが,もう被害者は死んでいるし,銃声を聞いた被害者の手下が駆けつけてくるおそれがあったので,「早く逃げよう。」と言ってその場を立ち去った。
2 次に,Fは,当裁判所の期日外尋問において,大要,以下のとおり供述している。すなわち,
(1) 被告人が「Z」に来ることになったので,店の外に迎えに出ると,被告人は,落ち込んでいるというか,悩み,怒っている様子であり,店に入るまでの間,被害者かその手下から,軽蔑されたとか,時計のことで侮辱されたなどという話をしていた。店に入った後も,被告人は,顔色が余りよくなく,少し怒りっぽい感じがあり,だんだん声が大きくなったが,被告人の知らないうちに,被告人の友達のDが金を騙し取られ,面子をつぶされたというようなことを話していた。それを聞いて,自分も多少は腹が立った。被告人が,とにかく被害者の所に行って金を取り戻そうと言ったが,被害者の所は黒社会の人間が集まる場所で,人も多いので,被告人に対し,「あなたは何もしなくていい,他の人に頼んでやってもらおう。」と提案し,Gに電話をしたが,遠くにいるので行けないと断られた。
(2) その後,被告人かEのどちらか,多分Eから,「けん銃を2丁取りに行ってくれ。」と言われ,すぐに店を出て,けん銃を取りに行き,けん銃が入った紙袋を受け取って「Z」に向かったが,途中で,被告人らから何度か電話があり,Eからは,「兄弟であればけん銃を持ってこい,兄弟でなければ持ってこなくていいよ。」と言われ,被告人からは,「着いたか。」とか,「取れたか。」とか言われたように思う。店に戻る前にBに電話をした際,同人から被告人にけん銃を渡すように言われていたので,はっきりと覚えてはいないものの,店に入り,紙袋からけん銃を取り出して被告人に渡そうとしたところ,横からEが,「私の所に置いた方がいい。」とか言って手を出してきて,いったん二人で取り合いをしたが,結局,Eが取った。
3 一方,EとFは,捜査段階では更に次のような供述もしていた。
(1) まず,Eは,次のように供述していた。すなわち,「Z」に来た被告人は,「Aから,「お前の友達はばかだ。」と言われた。友達を被害者の所に連れていったら騙された。その上,私の面子もつぶされた。時計も勝手に取られた。」などと言って猛烈に怒っており,「やつは売春婦の子だ。」とか,「あいつのどこがそんなに偉いんだ。」などとも言った。被告人が,「今晩,必ずやつを殺してやる。友達らの面子を取り戻そう。」と言い出したが,そのとき,Fも,「いいよ,それやろう。やるなら人を使ってやろうよ。」と言い,自分も二人の話に加わって,被告人に,「お前がやるなら俺もやるよ。」と言った。被告人は,その後何度も,「あのやろう,ぶち殺してやる。」などと言い,中国の誰かにも電話をして,「復讐して面子を立たせて。」などとも言っていた。トイレに行っている間にFがいなくなっていたので,被告人にどうしたのかと聞くと,「用事があって外に出た。Fは,人を使ってAを殺そうと言ったけど,俺は,今晩,あいつを始末してやる。」と言った。Fがけん銃を持って戻り,被告人にけん銃を見せた際,被告人がそれを手に取ろうとしたら,Fが,「俺がやる。」とか,「俺がこのけん銃で被害者を殺す。」とか言い,被告人も同じようなことを言って,数回けん銃の取り合いをした。被害者は非常に怖い人物であり,これを襲う以上は,絶対に殺さなければ,後で逆に自分たちが殺されてしまうが,二人の様子から,二人が被害者を殺すつもりでいることは間違いなく,そうであれば,自分も,被害者に対して猛烈に腹が立っていたので,一緒に行って被害者を殺そうと思った。被告人は,Fからけん銃を奪い取ると,すぐに自分に渡してきたので,受け取って腹のベルトの間に挟んだ。数分して,被告人が,「Yに行こう。」と言ったので,私も立ち上がって歩き出すと,被告人が,「俺が持つ。」と言ってけん銃を奪おうとしたので,私は,「いや,俺が持つ。」と言って,けん銃の引っ張り合いになったが,結局,自分が所持したまま「Y」に向かった。店にいた被害者を連れ出し,「なぜ同じ福建省の中国人を苛めるのか。」と問い詰めていると,被告人が階段を駆け上がってきて,「ばかやろう。」などと叫びながら,ビール瓶で被害者の頭を殴りつけ,被害者とつかみ合いになった後,被害者が被告人の上に乗りかかった。二人がもみ合っている途中でけん銃を取り出して遊底を引き,すぐに発射できる状態にしたところ,被告人が,被害者の下から,「早くうて,早くうて。」と言ったので,被告人に覆い被さって自分に背中を向けている被害者の後頭部の辺りを狙ってけん銃を発射した。被害者の頭に弾が当たったと思ったので,死んだと思ったが,被害者の下にいた被告人が立ち上がり,「早くよこせ。もう2発うってやる。」と言って,けん銃を奪おうとしてきた。逃げる途中のタクシーの中で,被告人はあちこちに電話をかけて,自分が被害者を殺した旨話していた。
(2) 次に,Fは,次のように供述していた。すなわち,「Z」に来る被告人を迎えに出たところ,店に着くまでの間,被告人は,「Aに侮辱された。」などと怒った口調で言っており,店の中でも,「Aに侮辱された。被害者は,俺に,「お前が連れてきた友人は,みんな貧乏人ばかりだ。お前の友人は悪い人間だ。いい加減なやつばかりだ。」と言った。」などと,非常に怒った声で話し,「彼の所に行って,仕返しをしなければならない。」と言った。被告人から,「けん銃を2丁取ってこい。」と言われ,いったん店から出て,けん銃を入手したが,被告人に渡せば,人に向かって撃つなどの大変な事態になる,そうなれば,自分も大変な責任を負うことになると思い,「Z」に戻ることを躊躇した。被告人からは,携帯電話で,「けん銃はまだか。けん銃はまだ来ないのか。」と言ってきたが,「まだだ。」と嘘をついて戻るのを遅らせた。結局,「Z」に戻り,被告人にけん銃を渡すと,その後間もなく,被告人とEが,互いに,「俺がけん銃を持つ。俺がやる。」などと言ってけん銃を奪い合った。犯行の後,逃走するタクシーの中で,被告人は,「自分が被害者を殺した。」などという電話をかけていた。
4 E及びFは,本件の共犯者であり,両名が逮捕,勾留されて取調べを受けていた当時,既に中国に帰国していた被告人に責任を押しつける供述をする可能性があり,現に両名ともその趣旨の供述をしているところであるから,両名のそれぞれの供述,殊にその捜査段階における供述についてはその信用性について慎重に検討する必要があるといえるが,両名の供述内容自体をその証言態度を勘案しつつ検討し,さらにこれらの内容を相互に対比し,また,関係人の供述内容,特にI,J,Kらの証言とも対比して子細に検討しても,EとFの捜査段階における各供述は,上記3に記載した部分に関する限り基本的に十分に信用できるものであり,これと矛盾する部分を除く上記1及び2記載の両名の公判段階における各証言についてもおおむねこれらを信用することができるといわねばならない(もっとも,被告人が「Z」店内で被害者を殺してやる旨の発言をしたかどうか,被告人がFに対し,2丁のけん銃を取りにいくよう指示したかどうかについては,関係人の供述の間に混乱があり,後記のごとく,被告人自身がこれらの発言,指示をした事実を否認していることも勘案すると,これらの事実があったと認定するには,未だ証拠が十分でないというほかない。)。
5 以上のようなE及びFの供述を中心とする関係証拠を総合すると,被告人らは,Fが「Z」に持ち込んだけん銃をEが隠し持つようにして3名で被害者のいるXビルに向かったこと,Eが被害者を店外に誘い出した後,6階の犯行現場に駆けつけた被告人は,やにわに被害者の頭部を所携のビール瓶で殴りつけたこと,Eは,転倒して被害者に乗りかかられた被告人の,「早くうて。」という発言に応じて,躊躇なく至近距離から被害者の頭部に向けて銃弾を発射していること,被告人は,その直後,「私にもうたせてくれ。」と言って,Eにけん銃を渡すよう要求したが,被害者はもう死んでいると考えたEに諫められ,同人やFと共に直ちにその場から逃走したこと,被害者は,Eが発射した銃弾を頭部に受けて約5時間後に頭部射創による頭蓋内損傷により死亡していることなどの事実が認められるのであり,これらの事実に上記関係証拠によって認められる当時の被告人らの心情等を総合すると,被告人ら3名の間に判示のとおりの共謀があったことは明白であって,疑いを容れる余地はない。
6 ところで,被告人は,捜査段階及び公判段階において,次のように供述している。すなわち,Bから電話があり,時計を取り返してくれと頼まれたので,「Y」で被害者にその旨頼んでみたが,店に客が入ってきて話が途中で中断され,その後,FやEから,何度か電話が入って,飲みに来いと誘われたので,1時間ほどで麻雀店を出て「Z」に向かった。被害者もこちらの顔がつぶれないように話してくれたし,もともとBの話は,被害者に伝えるだけでいいということだったので,被害者との話で自分が気分を害したようなことは特にない。被害者から,「あなたの友達はみんな貧乏人ばかりだ。」というような話をされたこともなく,「Z」に入ったときに自分が怒っていたということはない。席に着いて,Fから,「何かあったの。」と聞かれ,ちょうどBの時計のことで,被害者は何でこんなに貪欲なのかと考えていたところだったので,その経過を話すと,Fは,「このやろうか。私は,あなたに対して,早くこの人をやっつければいいのにと言ったのに,あなたがしないから,被害者がどんどん増えているんじゃないか。」と言い,「もう,こいつと関わるな。今晩,二人呼んで,彼のことを殺す。」などと言った。そして,手下のGにすぐ来るようにと電話をした。Gは,実際に人を殺すような人物なので,Fは,本気で被害者を殺すつもりだと考え,「殺してしまうと,警察も手配するし,被害者の手下も追い回すようになるから,やめた方がいい。」と言って止めた。三,四回,強く言ったところ,Fも手下を呼ぶのをやめた。手下の者が遠くにいて来られないからやめたのではなくて,自分がやめるように言ったからやめたものと考えている。被害者から面子をつぶされたというような話はしていない。Eは,Dのことが話題になったときから話に加わってきて,「何で俺の兄弟まで騙すのか。」などと言って怒っていた。そして,私やFに向かって,「被害者と話にいく。」と言い,Fに対し,「家に戻ってけん銃を取ってこい。」と指示した。Fが,出かける際,「しばらくここにいてくれ,戻ってからまた一緒に飲もう。」と言っていたので,待っていたが,30分も音沙汰がないので,電話をかけて,「もう着いたか。」とか,「戻ってこないと,私は行っちゃうよ。」とかいうようなことを言った。けん銃に関する話はしていない。Fがけん銃を持って「Z」に戻った際,最初にけん銃を手にしたのはEだったが,Eには,けん銃を持ったまま話合いに行ってほしくはなかったので,それを取り上げようとしたが,Eが抵抗して,取り上げることができなかった。その後,Eが,「Z」を出て「Y」に向かったが,かなり酔っ払っていたので,汚い言葉を使ったりして話合いがこじれると,危険な目に遭うのではないかと心配になり,自分もEの後をついていった。Eは,当時,右手の筋を断裂するけがをしていて,酒のコップを持つのもふらふらする状態であり,けん銃を使うことは不可能だろうと考えていたので,Eがやられるようなことにでもなったら助けようと思って,途中でビール瓶を拾った。Eは,「Y」の中で被害者と話すのだろうと思っていたら,被害者を連れて店の外へ出ていったが,入れ違いに,家へ帰ったものと思っていたFが店に入ってきた。店の中にたくさんの被害者の手下がいる状況で,Eが汚い言葉でも使ってけんかになってはいけないと心配になったので,数分して自分も店の外に出たが,二人のいる6階に行くと,Eと被害者がけん銃の取り合いをしており,お互いに「ばかやろう。」などと怒鳴り合っていた。被害者は,私が来たのを知って,「今日ここで死ね。」などとEに言いながら,私に向かって「手伝え。」と言ってきた。Eがけん銃を取られそうになっており,5階に被害者の手下が一人いて,その下の4階の店にはたくさんの手下がいるので,それらの者が駆けつけてきたら,Eは殺されてしまうと考え,Eを助けるため,持っていたビール瓶で被害者を叩いた。その後,自分が倒れると,被害者も上に倒れ込んできたが,そのとき,けん銃の発砲音が1回した。Eに対し,けん銃を撃てというような趣旨の発言をしたことはない。立ち上がった後,Eに引っ張られてエレベーター付近に行ったが,このころ,腹が立っていたのと,被害者をビール瓶で殴ったり,被害者の行ったいかさま賭博の件を他人に話したりしたので,自分や家族に報復があるだろうとも考えたことから,つい,「2発撃ってあいつを殺そう。」と言ってしまったように思う。自分が撃つとか,Eが撃てとか具体的に指示する発言をしたつもりではなく,Eに対し,「撃たないか。」と提案する趣旨で口にした言葉である。被害者の下になっていたので,Eの撃ったけん銃の弾が被害者に当たったのかどうかすら分からなかった。逃げるタクシーの中から知り合いに電話をしたことはあり,その電話でEが,自分が被害者を殺したと言ったことはあるが,自分がそういう発言をしたことはない。
犯行後,Eの奥さんに金を渡す話が出たが,それはBが言い出したことであり,同人がEに迷惑をかけたとして,Eの奥さんに生活費を渡したいということだったので,地下銀行に詳しい知人を紹介したところ,後日,Bが振り込んだと聞いている。
7 しかし,この被告人の供述は,前記1ないし3でみた証拠の内容と大きな相違がみられ,殊に複数の関係者が一致して供述するところの「Z」に入店した直後の状況,すなわち,被告人が被害者を悪し様に罵り,不機嫌な態度を示していたことなどを否定する点で関係証拠との間で整合性を欠いており,その後の自己の犯行関与に関する供述についても,犯行直前に被害者をビール瓶で殴ったのは,Eと被害者がけん銃の取り合いをしていたからであるなどと当のEすら全く供述していない事実を主張するなど,自己に都合よく事実を歪曲し,共犯者に責任を転嫁しようとする意図が明白に窺える不自然な供述といわざるを得ず,到底信用することができない。
8 よって,弁護人の主張は採用することができない。
(法令の適用)
省略
(量刑の事情)
本件は,中国人である被告人が,同郷の中国人2名と共謀し,雑居ビル内でけん銃を発射して中国人の被害者を殺害したという殺人と銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
被告人は,トランプ賭博による知人の借金をめぐって被害者と交渉した際,被害者から交渉を拒否されたばかりでなく,自己を侮辱する言葉を浴びせられて憤激し,同郷の友人2名にその怒りをぶちまけ,それぞれに被害者に対する不満を有していた2名と語らって,実包の装てんされたけん銃を用意した上,これを持参して被害者を殺害することを計画し,直ちに実行したというもので,犯行の動機や経緯は誠に短絡的かつ自己中心的であって,酌量すべき余地は全くない。犯行の態様も,共犯者においてけん銃を隠し持った上で被害者のいる雑居ビル内の麻雀店に赴き,被害者を店外に連れ出し,エレベーター前で詰問を開始するや,被告人においていきなりビール瓶で被害者の頭部を殴打し,被害者とともにその場に転倒した後,共犯者に発砲方を指示し,共犯者において被害者の後頭部にねらいを定め,至近距離からけん銃を発射して,一撃のもとに被害者を殺害しているのであって,強固な犯意に基づく残忍かつ冷酷非情な犯行といわざるを得ない。本件で実際にけん銃を発射したのは共犯者であるとはいえ,被告人は,共犯者に犯行を持ちかけ,犯行現場において共犯者に発砲を指示し,犯行後自らもとどめを刺そうとする言動をするなどしているのであるから,被告人は,まさに本件の主犯であると評価することができる。被害者は,中国人の非合法社会とも深いつながりを有している人物であり,本件犯行の発端となった高額不正賭博に深く関与していたという事情はあるにしても,もとより生命を奪われなければならない理由など毛頭なく,32歳の若さで生命を断たれた被害者の無念な思いは察するに余りがあり,犯行の結果は余りにも重大といわねばならない。それにもかかわらず,犯行後何らの慰謝の措置も講じられておらず,今後それがなされる見込みもないのであるから,遺族の処罰感情が厳しいのも当然である。また,けん銃が発射された場所は,繁華街にある雑居ビルに設置されたエレベーター前であり,被告人らのトラブルと無縁の通りがかりの他人を巻き込む危険性もあった無法行為であって,地域社会に与えた恐怖や不安も軽視することはできず,その点でも悪質極まりない犯行というほかない。加えて,被告人は,建造物侵入と窃盗の各罪により執行猶予付きの懲役刑に処せられ,退去強制処分を受けたにもかかわらず,その猶予期間中,再び日本に入国し,パチンコ台に取り付ける裏ロムを売却して高額の収入を得るなどの違法行為を反復継続していたもので,本件後,全国指名手配されたにもかかわらず,その網の目をかいくぐって中国に帰国するなどしたことに照らしても,被告人は,広域に渡る組織的な違法集団に属する根深い犯罪者ということができる。被告人が,事実を歪曲する不合理な弁解に終始しており,反省の情を窺うことが困難な状況にあることも勘案すると,被告人の刑事責任は著しく重いというべきである。
そうすると,被告人が,母国の中国に母親や兄弟を残していること,その他,被告人の年齢や生育歴等被告人のためにしん酌し得る事情を十分に考慮し,共犯者との処分の権衡等を踏まえて検討しても,被告人を無期懲役に処するのはやむを得ない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官若原正樹,裁判官山田和則,裁判官髙嶋由子)