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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)2170号 判決 2005年4月22日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中590日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第1  A1,A2及びA3と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険金名下に金員を詐取しようと企て,あらかじめA3が,B1レンタカー会社B2店から,B3会社とC1保険会社との間で対物賠償等を内容とする自動車保険契約が締結されていた普通乗用自動車(以下「本件レンタカー」という。)を借用し,平成9年9月24日午前3時25分ころ,埼玉県大里郡(地番等省略)先路上において,同人が本件レンタカーを運転し,同所付近の交差点手前に無人のまま停車中のA1所有の普通乗用自動車(以下「A1所有車両」という。)後部に故意に追突させるなどして同車を同交差点内に進入させた後,A2が同人所有の普通乗用自動車(以下「A2所有車両」という。)を運転し,同車左前部を同交差点内に進入させていたA1所有車両の右側面前部に故意に衝突させて交通事故を偽装した上,A3が,同日午前9時ころ,同県本庄市内の同人方において,B1会社B2店従業員D1に電話をかけ,真実は,上記一連の交通事故は故意に起こしたものであり,上記保険契約に基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,この情を秘し,A3が本件レンタカーを運転中,同人の過失によりA1所有車両に追突させて上記一連の交通事故を起こし,A1所有車両及びA2所有車両に損害を生じさせた旨虚偽の事実を申し立て,D1をして,A3の申立てどおりの事故報告書を作成させて,これを同県与野市(地番等省略)所在のB1会社B4を経由してC1保険会社の保険代理店である同市(地番等省略)所在のC2にファクシミリ送信させ,同日午前10時35分ころ,同社職員D2をして,自動車事故受付管理カードを作成させて,これを同県大宮市(地番等省略)所在のC1保険会社C3サービスセンターにファクシミリ送信させ,同サービスセンター職員D3をして,事故受付票等を作成させて,同日午後7時26分ころ,これらを同県熊谷市(地番等省略)所在の同社C4サービスセンターにファクシミリ送信させ,同年10月2日,同サービスセンター職員D4をして,支払報告書等を支払決定権者に提出させるなどして,A1及びA2への対物賠償保険金支払を請求し,同サービスセンター所長D5をして,上記一連の交通事故がA3の過失に基づくものであって,A1所有車両及びA2所有車両に生じた損害に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させて,対物賠償保険金の支払を決定させ,よって,D5をして,同日,上記一連の交通事故の示談交渉を担当するなどした被告人が指定した同県大里郡(地番等省略)所在のE1銀行a支店に開設されたF会社名義の普通預金口座に対物賠償保険金として合計330万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた

第2  G1(当時38歳)及び同女の実母G2(当時66歳)から,G1の夫であったH1の借入金返済金名下に金員を詐取しようと企て,同年12月下旬ころ,同郡b町又はその周辺地域から,同県本庄市(地番等省略)所在のG1方に電話をかけ,同女に対し,真実はH1は暴力団関係者に対する借入金がなく,同人らのために借入金返済の代行をする意思がないのに,これあるように装い,「H1はマージャンの借金がやくざに二,三百万円あるので,別れるに当たって金が欲しいんだ。Gの姓で作った借金だからGの方に取立が来る。やくざが取り立てにきて嫌がらせをする。自分に金を渡せば借金のことはうまく解決して別れさせてあげる。金のことはおふくろさんに相談してみな。」などと虚構の事実を申し向け,同女をして,G2に上記虚構の事実を申し向けさせた上,その翌日,上記場所において,G1及び同G2に対し,「H1はマージャンの借金を作っていて,Gの姓で作った借金は,個人的に作った借金でもGの家に取立てに来て,やくざが嫌がらせをする。自分がその借金を払って解決してやる。」などと虚構の事実を申し向け,G1及び同G2をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同女から現金200万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた

第3  A1,A4,A5及びA6と共謀の上,交通事故を偽装し,A4の次女で,A5の妹であるI1(当時32歳)を車両で轢過するなどして殺害しようと企て,同10年8月31日午前1時40分ころ,同県児玉郡(地番等省略)先路上において,進路前方左側を対面歩行していた同女に対し,殺意をもって,A6が運転する普通乗用自動車をI1に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させて,同車前部左側を同女の左腰付近に衝突させたが,同女に全治約45日間を要する左・骨骨折,第一腰椎圧迫骨折,左膝・左大腿骨・骨盤・腰椎打撲症の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった

第4  A6と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険金名下に金員を詐取しようと企て,前記第3のとおり,同人がJ1保険会社との間で,対人賠償等を内容とする自家用自動車総合保険契約を締結している前記車両を運転し,I1に故意に衝突させた上,A6が,同年8月31日,同県大里郡(地番等省略)所在の上記保険会社J2支社において,同支社支社長K1に対し,真実は,前記交通事故は故意に起こしたものであり,上記保険契約に基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,その情を秘し,A6が同車を運転中,同人の過失によりI1に衝突させて負傷させるという交通事故を起こし,同女等に損害を生じさせた旨虚偽の事実を申し立て,そのころ,K1をして,A6の申立てどおりの事故受付票を作成させ,同年9月1日,これを同県熊谷市(地番等省略)所在の上記保険会社J3サービスセンターを経由して同県浦和市(地番等省略)所在の上記保険会社J4にファクシミリ送信させるなどした上,同月7日,同人をして,J2支社を経由してJ4に保険金請求書兼一括払用委任状同意書を提出して対人賠償保険金等の支払を請求し

1  同年10月16日,J3サービスセンター技術アジャスターK2らをして,振込先指図一覧等を作成させ,これらを支払決定権者であるJ3サービスセンター係長K3に提出させ,同人をして,前記交通事故がA6の過失に基づくものであって,同車に生じた損害に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させて,車両保険金の支払を決定させ,よって,K3をして,同月20日,被告人が指定した前記第1記載のF会社名義の普通預金口座に車両保険金として13万4789円を振込入金させ

2  別紙一覧表1(省略)記載のとおり,同月30日から同11年7月14日までの間,前後14回にわたり,J4主任K4らをして,振込先指図一覧等を作成させて,これらを支払決定権者であるJ4室長K5らに提出させ,同人らをして,前記交通事故がA6の過失に基づくものであって,I1の休業損害等に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させて,同女の休業損害等の支払を決定させ,よって,K5らをして,同10年11月4日から同11年7月16日までの間,前後14回にわたり,同県本庄市(地番等省略)所在のE2銀行c1支店に開設されたI1名義の普通預金口座に休業損害等として合計192万2778円を,同市(地番等省略)所在のE3銀行c2支店に開設されたL1名義の普通預金口座に治療費として合計178万8365円を,同県東松山市(地番等省略)所在のE4信用金庫d支店に開設されたL2名義の普通預金口座に下肢装具代等として21万295円を,同県大里郡(地番等省略)所在のE5信用金庫b支店に開設されたA6名義の普通預金口座に臨時費用として2万円をそれぞれ振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた

第5  A1,A4,A5,A7及びA8と共謀の上,交通事故を偽装しI1(当時32歳)を車両で轢過するなどして殺害しようと企て,同10年10月16日午後7時40分ころ,同県本庄市(地番等省略)先路上において,A1が車両を運転してI1の運転する車両前方を走行中,急制動の措置を講じて同車に制動措置を余儀なくさせ,さらに,同車後方を走行中のA8が運転する車両前部をI1運転車両後部に追突させ,修理費用の話し合いのためなどと詐言を弄して同女を同所付近の同市(地番等省略)先路上に誘導して佇立させた上,そのころ,同所に停車中の同女運転車両右側に佇立していた同女に対し,殺意をもって,A7が運転する普通貨物自動車を同女に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させたが,同車前部左側が同女運転車両後部右側に衝突したため,上記普通貨物自動車の左サイドミラーを同女に衝突させるなどして,同女に全治約1週間を要する後頭部挫創,右下腿擦過傷の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった

第6  A1,A5,A9,A10及びA11と共謀の上,交通事故を偽装し,A5の夫であるI2(当時35歳)を車両間に挟んで強圧するなどして殺害しようと企て,同11年3月12日午後8時30分ころ,同県児玉郡(地番等省略)先路上において,A9が運転する車両前部をI2が運転する車両後部に追突させ,修理費用の話し合いのためなどと詐言を弄して同人を同所付近の同郡(地番等省略)先路上に誘導して停車中の車両後部付近に佇立させた上,同日午後8時35分ころ,同所において,背面佇立していた同人に対し,殺意をもって,A10が運転する普通乗用自動車をI2に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させ,同車前部を同人の下半身に衝突させるなどしたが,同人に加療約3か月間を要する左下腿複雑骨折,左大腿挫創,右下肢打撲症等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった

第7  A5及びA11と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険金名下に金員を詐取しようと企て,同人が,B1レンタカー会社B5営業所から,B1会社とM1保険会社との間で,対人賠償等を内容とする自動車保険契約を締結している前記普通乗用自動車を借用し,前記第6のとおり,A10が同車両を運転して前記I2に故意に衝突させるなどした上,A11が,同月13日,群馬県高崎市(地番等省略)所在の美容室「N」において,上記B1会社B5営業所所長O1に電話をかけるなどし,真実は,前記交通事故は故意に起こしたものであり,上記保険契約に基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,その情を秘し,あたかもA10の身代わりとなったA11が上記車両を運転中,同人の過失によりI2に衝突させて負傷させるという交通事故を起こし,同人等に損害を生じさせた旨虚偽の事実を申し立て,同月15日,O1をして,A11の申立てどおりの自動車事故発生報告書を作成させて,これを同市(地番等省略)所在のB6保険部を経由して同所(地番等省略)所在の上記保険会社M2センターにファクシミリ送信させた上,M2センター調査主事O2らをして,自動車保険事故受付カード等を作成させ,同月16日,これらを埼玉県熊谷市(地番等省略)所在の上記保険会社M2センターにファクシミリ送信させ,別紙一覧表2(省略)記載のとおり,同年4月2日から同13年2月6日までの間,前後22回にわたり,対物賠償担当者であるM2センター技術アジャスターO3及び対人賠償担当者であるM2センター調査主事O4をして,自動車保険支払報告書等を支払決定権者である熊谷センター所長O5らに提出させるなどして対人賠償保険金等の支払を請求し,O5らをして,前記交通事故がA11の過失に基づくものであって,I2に生じさせた休業損害等に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させ,対人賠償保険金等の支払を決定させ,よって,O5らをして,同11年4月6日から同13年2月8日までの間,前後22回にわたり,同県本庄市(地番等省略)所在のE6銀行c3支店に開設されたI2名義の普通預金口座に休業損害等として合計601万6704円を,上記E6銀行c3支店に開設されたL3名義の当座預金口座に車両損害として46万円を,同県熊谷市(地番等省略)所在のE2銀行e支店に開設されたL4名義の普通預金口座にI2の治療費として合計461万3745円を,東京都豊島区(地番等省略)所在のE2銀行f支店に開設されたL5名義の当座預金口座に義肢代金として13万9332円を,埼玉県児玉郡(地番等省略)所在のE2銀行g支店に開設されたL6名義の普通預金口座にI2の治療費として82万9534円を,同県本庄市(地番等省略)所在のE1銀行h支店に開設されたL7名義の普通預金口座にI2の治療費として50万4850円をそれぞれ振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた

第8  前記G1から,同女らが相続した土地に関する追徴課税金支払名下に金員を詐取しようと企て,同11年3月17日ころ,前記G1方郵便受けに,本庄税務署が同女に対し追徴課税として約2700万円の支払を求める旨の虚偽の文書を投函するとともに,そのころ,同県児玉郡(地番等省略)所在の同女の実妹H2方郵便受けに,同税務署が同女に対し追徴課税として約800万円の支払を求める旨の虚偽の文書を投函し,そのころ,G1に両文書を閲読させた上,そのころ,同県大里郡(地番等省略)所在のF会社事務所において,同女に対し,真実は追徴課税処分がなされていないのに,これあるように装い,「税務署の摘発は年によって違って,今年は対象は車,今年は土地というふうになっていて,今年はたまたま土地になってしまって摘発されたんだ。運が悪い。金額が高いのは罰金が入っているからだ。どこか3500万円を貸してくれるところを探してみるから。」などと虚構の事実を申し向け,次いで,同月18日ころ,上記F会社事務所において,同女に対し,「知り合いのH3という男がE7の営業所所長と懇意なので,そこで借りられる。G2所有のiの土地には6000万円くらいの価値があり,これを担保にすれば4000万円くらい借りられる。」などと申し向け,さらに,同月26日,G1方において,同女に対し,真実は同女に追徴課税の支払の義務がなく,同女のために追徴課税支払の代行をする意思がないのに,これあるように装い,「追徴課税を支払うから現金を出すように。預かってやる。」などと虚構の事実を申し向け,同女をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同女から,同女が上記E7から借り入れた現金約3400万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた

第9  A1,A4,A5,A9,A10及びA12と共謀の上,交通事故を偽装してI1(当時33歳)を殺害しようと企て,殺意をもって,同年8月6日午後10時20分ころ,同県児玉郡(地番等省略)所在のA4方において,A9がI1の頸部を右腕で絞め上げ,仰向けになった同女の前頸部にスコップの柄を押し付けるなどして同女の意識を喪失させた上,同女を同所前に運んで路上に仰向けに寝かせ,さらに,同日午後10時40分ころ,同所前路上において,A1が普通乗用自動車を運転して同女の頭部を轢過し,よって,同日午後11時20分ころ,同県本庄市(地番等省略)所在のL8病院において,同女を頭蓋底骨折による脳挫傷により死亡させて殺害した

第10  A1,A4,A5,A9及びA12と共謀の上,交通事故を偽装して殺害したI1の損害賠償金名下に損害保険会社から金員を詐取しようと企て,前記第9のとおり,A12がP1保険会社との間で対人賠償等を内容とする自動車総合保険契約を締結している普通乗用自動車を,A1が運転するなどして交通事故を偽装してI1を殺害した上,A12が,同月17日,同県東松山市(地番等省略)の同人方において,上記保険会P2サービスセンター職員Q1に対し,真実は,I1が被告人らの共謀による殺害行為により死亡したものであって,上記保険契約に基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,その情を秘し,あたかもA1の身代わりとなったA12が同車を運転中に同女を轢過して死亡させるという不慮の交通事故を起こし,同女に損害を生じさせた旨虚偽の事実を申し立てるなどした上,同月23日,同県川越市(地番等省略)所在の上記P2サービスセンターに自動車保険金請求書等を郵送により提出して自動車保険金の支払を請求し,同年10月18日ころ,Q1をして,保険金支払稟議書兼承認書等を作成させて,これらを東京都新宿区(地番等省略)所在の上記保険会社損害調査部に送付させ,そのころ,同社損害調査部チーフ・マネージャーQ2をして,上記保険金支払稟議書兼承認書等を支払決定権者である同社損害調査部ゼネラル・マネージャーQ3に提出させ,同人をして,前記交通事故がA12の運転中に発生した不慮のものであって,同人がI1に生じさせた損害に対して上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させ,よって,上記Q3をして,同月28日,埼玉県与野市(地番等省略)所在のE1銀行j支店に開設されたA4名義の普通預金口座に自動車保険金として4800万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた

第11  A13及びA14と共謀の上,同人所有に係る同県大里郡a町kの宅地及び同宅地上の事務所・店舗(以下「本件不動産」という。)につき,同人の債権者であるE8からなされた競売申立てに対し,内容虚偽の賃借権等を主張して,公の入札の公正を害すべき行為をしようと企て,本件不動産につき,E8からの申立てにより,同12年5月15日,同県熊谷市(地番等省略)所在の浦和地方裁判所熊谷支部がした不動産競売開始決定に基づき,本件不動産の現況調査を担当した同支部執行官Rに対し,被告人及びA13が,同年7月24日,同県大里郡a町k所在の指定暴力団S会A13組事務所において,真実は同9年8月末日に,同日から同15年7月末日を賃貸借契約期間としてA13がA14から同建物を月額7万円で賃借した事実も,その賃借料合計504万円を前払いした事実も  ないのに,これをあるように装って,あらかじめ作成されたこれに沿う内容虚偽の賃貸借契約書を上記Rに示すなどして虚偽の事実を申し立てた上,同人をして,その旨現況調査報告書に記載させて同支部へ提出させ,もって,偽計を用いて,公の入札の公正を害すべき行為をした(証拠の標目)略

(事実認定の補足説明)

弁護人は,(1)判示第2の事実につき,被告人がG1(以下「G1」という。)及び同女の実母G2(以下「G2」という。)から,平成9年12月下旬に現金200万円を受け取ったことは間違いないが,G1から夫との離婚交渉を依頼され,その資金として受け取ったに過ぎず,公訴事実記載の文言を言ったことはない,(2)判示第8の事実につき,G1がE7から融資を得るに際し,金融仲介業のH3と,G2の身代わりとなるH4を紹介したことはあったが,公訴事実記載の追徴課税に関する文言は言っていないし,現金3400万円を受領した事実もない,(3)判示第11の事実につき,A13とともに執行官と面会し,賃料額やその前払い等に関して虚偽の内容が記載された賃貸借契約書が示されたことは事実であるが,被告人自身は積極的に虚偽の事実を説明したことはなく,内外装費の支出についても関知していなかった,また,賃貸借そのものは実体があり,賃料の前払いがあるかのように偽装したことなどが競売を妨害したものとはいい難いと主張し,いずれも犯罪の成立を争うので,以下,判示のとおり認定した理由を補足して説明する。

1  判示第2の事実について

(1)  まず,第2回ないし第4回公判調書中のG1の供述部分(以下,単に「公判供述」という。)及び検察官及び警察官に対する同人の各供述調書(不同意部分を除く。)によれば,同人の供述は,大要以下のとおりである。

G1は,夫のH1(以下「H1」という。)の遊び仲間であった被告人を以前から知っていたが,H1が窃盗容疑で逮捕された際に,被告人が示談交渉等に尽力してくれたことなどから,被告人に信頼を寄せるようになり,平成8年末ころにH1の衣服のポケットからマージャンの点数表らしき紙片を発見した際にも,被告人に相談したところ,同紙片に記載された「H5」という名前がやくざの名前で,H1がマージャンでかなり負けていると言われたため,やくざとの金銭トラブルを恐れ,同9年1月20日にH1を両親と離縁させた。同年12月21日実父が他界し,その通夜の席で喪主を務めたH1が居眠りをしたことから,同人との離婚の意思を固め,同人に離婚届を差し出したが,子供の親権など条件を付けて署名しなかったので,被告人に電話で相談したところ,被告人は,「H1はマージャンの借金がやくざに二,三百万円あるので,別れるに当たって金が欲しいんだ。Gの姓で作った借金だからGの方に取立てが来る。やくざが取立てにきて嫌がらせをする。自分に金を渡せば借金のことはうまく解決して別れさせてあげる。金のことはおふくろさんに相談してみな。」と言ったので,G2に被告人の言葉を伝えて相談すると,翌日,200万円用意してくれると言ったので,被告人に連絡し,その日のうちに被告人が自宅にやってきた。被告人は,自分とG2に対し,先の電話と同じことを言い,被告人が借金を払って解決してやると言ったので,G2が被告人に200万円を手渡したところ,被告人は,これで借金を清算する,預かると言って受け取った。後日,被告人立会の下,H1と離婚条件について話し合い,今後は互いに直接会うことはせず,被告人を介して話をすることなどを決め,同10年1月6日に離婚届を提出した。後に被告人から,H1の借金は200万円以上あったが,200万円で解決したと聞いた。

(2)  また,第5回公判調書中のG2の供述部分によれば,同人の供述は以下のとおりである。

平成9年12月末,被告人からG1に電話があり,G1によれば電話の内容は,H1にマージャンの借金が200万円くらいあるというものだった。G1に金を都合できないかと聞かれたので,立替えてやると言った。その後,被告人が自宅にやってきて,「おばあちゃん悪いけどH1のお金をいただきに来た。マージャンの200万円と限らずに借りたものは返さないと,取立てにやくざ者が来て,嫌がらせをする。」などと言われたので,被告人に,「H1のマージャンのですけど,お願いします。」と言って200万円を渡した。被告人も,「お預かりします。必ず,H1の借金,お返しします。」などと言った。

(3)  他方,被告人は,平成9年12月末ころ,G1及びG2から200万円を預かったのは事実であるが,G1から,H1と離婚するに当たり,トラブルのないように間に入って離婚の交渉をして欲しいと依頼され,その資金として預かったに過ぎない,離婚の条件としては,子供らの親権をG1が取得することと,H1がG姓を名乗らないことなどであり,H1の借金の清算も含まれていたと思う,H1が自分を含めて数名から合計30万円くらいの借金をしていたのは知っていたが,200万円の中にはH1に対するいわば手切れ金や,自分に対する手数料も含まれていたと思う,自分からH1にやくざに対する借金があるとは言っていない,その後,H1とは2回くらい会って離婚の話をしたが,同人は離婚を承諾し,親権についても主張しなかったので,預かった200万円のうち,H1の借金の返済として自分が20万円を取得し,10万円くらいをH1が金を借りていたマージャン店従業員のH4らに返済して,残る約170万円については,G1に返済を申し出たものの,離婚後もトラブルがあると困るので預かっていて欲しいと言われたので預かっていたに過ぎない,平成15年5月に弁護士を介してG2に200万円を返還した,と供述する。

(4)  これら各供述に照らすと,被告人が平成9年12月下旬にG1及びG2から現金200万円を受け取ったこと,翌10年1月6日にG1とH1との離婚が成立したこと,その後,本件が刑事事件として立件されるまでは,被告人からG2らに対し,200万円の返還ないし清算がなされなかったことについては争いがない。

(5)  そこで,各供述の信用性について検討する。

① G1は,判示第8の事実を含めて被告人とは利害が対立しており,その供述の信用性には特に慎重な検討が必要であるところ,上記のとおり,G2の供述は,同人が被告人から直接聞いたとする部分も含めて,G1の供述と全体として合致している。G2はG1の実母であるから,G1の供述に沿った虚偽供述をする危険性が考えられなくはないが,G2が被告人はもとより,相続財産を無断で処分するなどしたG1に対しても強い悪感情を抱き,公判廷においても同女に対する対立感情を顕わにしていることなどに鑑みると,G2がG1に有利となるよう,敢えて虚偽の事実を作出するものとは認め難く,両名の供述が合致することは,相互に供述の信用性を担保するものということができる。また,両名の供述は,G1とH1との離婚に際し,200万円もの金銭が必要になると考え,被告人に渡した経緯として,自然で合理的な内容ということができる。

② 他方,被告人の供述についてみるに,被告人がH1の借金をH4に返済したとする点について,同女が公判廷において明確に否定しているほか,従前のG1とH1との離婚交渉の経緯や,G1が被告人に200万円を渡した後,さほど間をおかずにG1とH1との離婚が成立していることなどに照らすと,同人らの離婚交渉が難航していたとは認められないにもかかわらず,G1及びG2が,H1との離婚に200万円もの大金が必要と考えて任意に用意し,被告人に渡したまま一切返還を求めなかったというのは余りに不自然である。被告人は,G1がH1に借金があるのではないかと不安に思ったというが,被告人自身,H1のマージャンの借金は多くとも30万円程度しかないと認識していたとしながら,200万円もの金を受け取り,その後一切返還ないし清算しなかったというのは,やはり不自然というほかない。

(6)  以上のとおり,G1及びG2の供述には信用性が認められるのに対し,被告人の弁解は全体として不合理,不自然であり措信し得ず,G2が被告人に200万円を交付した経緯については,G1,G2供述の一致するところに従って認定することができる。そうすると,被告人が,G1及びG2に対し,真実はH1に暴力団関係者に対する200万円程度の借金はないのに,これがあるなどと虚構の事実を申し向け,G1及びG2に借金の清算をする必要があるものと誤信させ,借金の返済に充てるなどとしてG2から200万円の現金の交付を受けたものであり,被告人の欺罔行為なしに同女らが同金員を交付したものとは認められないから,被告人の行為に詐欺罪が成立することは明らかである。

2  判示第8の事実について

(1)  はじめに,関係証拠によれば以下の事実が認められる。

① 平成9年12月21日,G1の実父が他界し,相続不動産として自宅土地建物のほか,埼玉県本庄市lの土地(以下「lの土地」という。),同市iの土地(以下「iの土地」という。),同市mの土地(以下「mの土地」という。)が残された。同10年1月24日,G2,G1及び妹のH2の名で遺産分割協議書が作成され,自宅土地建物はG2とG1の,「lの土地」はG1とH2の各共有とし,「iの土地」はG2の単独所有とすることとなったほか,「mの土地」についてはG1の名義とされた。

② G1は,被告人から,同人の叔父であるH6税理士を紹介してもらい,同人に相続税の納付を依頼する一方,相続税支払のために「mの土地」を売却することとし,被告人の知人のH7に2000万円で売却した。この土地はH8に転売され,登記はいわゆる中間省略登記で,G1からH8へ直接所有権移転登記がなされた。

上記売却代金2000万円は,同年2月23日にE1に新設されたG1名義の口座に預けられ,同月25日に全額引き出されており,同日,被告人がG宅において,相続税支払のためとしてこれをG2から預かり,その場で預かり証を作成した。なお,相続税については,同年10月20日付けでG2,G1及びH2分がH6税理士によって申告され,相続税額は合計で1440万7200円であったが,このうち約1000万円について延納手続がとられた。

③ 同年3月ころ,G1は,被告人から紹介されたH9から金を借り入れることとし,同月6日,lの土地を譲渡担保として,同人から1000万円を借り入れる内容の金銭消費貸借契約公正証書を作成したが,公正証書作成時にはH9本人ではなく同人の代理人としてF会社の従業員であったA9が立ち会った。G1は,H2からも借財をするなどして貸金業を始め,同月9日に被告人を借り主として50万円を貸し付けたほか,同月7日から20日にかけて,H7に対し合計880万円を貸し付けたが,その後H7が所在不明になるなどしたため,H9への第1回目の返済すらできなくなった。G1は,H2の持ち分とともにlの土地を売却するため,同年4月7日,被告人立会の下,H2宅において,H2がlの土地に有する持ち分の処分をG1に一任するかわりに,G2死亡時の相続によってG1が取得するはずの不動産についてH2に権利を取得させる内容の念書を作成した。また,H2は,被告人の運転手等をしていたA6(以下「A6」という。)を買い主としてlの土地の一部を代金848万円で売却する同日付の売買契約書に売り主として署名押印した。

④ 同11年3月15日,G1及びH2の名で所得税の確定申告がなされた。その後,G1は,被告人から金融仲介業を営むH3を紹介され,同人の仲介で,E7からG2所有のiの土地に,同人に無断で抵当権を設定して金を借り入れることとなり,被告人からH4に,融資の際にG2の身代わり役を務めるよう依頼がなされた。同月26日,G宅で,H3及びH4立会の下,G1が4000万円の借入手続をし,3461万2055円を受領した。上記E7の融資後,被告人からH4に対し100万円,H3に対し200万円がそれぞれ報酬として手渡された。しかし,同年6月11日,E7に身代わりを使ったことが発覚したことから,G1がH3と協議してE7に弁解するなどした。

(2)  次に,G1の公判供述は以下のとおりである。

① 被告人の叔父が税理士と聞き,被告人に遺産分割について相談し,被告人が間に入って遺産分割協議書を作成したほか,被告人から「mの土地」を売却することを勧められ,土地売却と相続税の支払を一任した。被告人は売却方法に関し,H7に売却した後に第三者に売却する,中間省略といって脱税行為だが税金が浮くなどと説明し,平成10年2月23日,被告人の経営するF会社の事務所で売買契約書を作成し,H7から2000万円を小切手で受け取ると,被告人とともに銀行に入金し,同月25日も被告人と銀行に行って現金を引き出した後,被告人とともに自宅に戻っていったんG2に2000万円を渡したが,被告人に税理士に渡すからと言われたので,G2から被告人に2000万円が渡され,被告人に預かり証を書いてもらった。

G2が,mの土地の売却価格が不当に低かったとして不信を抱き,生活費を援助してくれなくなったため,被告人に相談したところ,貸金業を始めたらどうかと勧められ,被告人に言われて,A9立会の下,lの土地を譲渡担保にH9から1000万円を借り入れる旨の公正証書を作成し,1000万円は被告人から手渡された。被告人に対する借金を返済した残りで,被告人から紹介されたH7らに貸し付けたところ,同人が所在不明になるなどして,貸付金を回収できなくなり,すぐにH9に対する返済が困難となって,被告人に相談すると,被告人がH9と交渉し,本来土地は譲渡担保としてすべて取られてしまうところだが,1800万円を渡すことで解決することになった,lの土地を売却して返済するしかないが,相続後すぐに売却すると税金が高く,H9への返済分にも満たないから,H2の持ち分も一緒に売却するようにと言われ,同人に売却を承諾してもらうため,被告人の立会の下,念書を差し入れた。lの土地の売却についても,被告人がいったんA6に売却してから第三者に売却するというので,H2とともにA6との間で売買契約書を作成した。売買契約書には2048万円という金額があったが,現金の授受は見ていない。金は被告人が預かると言っていたので,被告人からH9に返済してくれるものと思っていた。被告人に,H9から領収書をもらって欲しいと言ったが,断られたのでもらっていない。その後,売却代金のうち900万円を被告人から渡された。

② 同11年3月17日,A1から,被告人のところに追徴課税が来て税務署の調べが入ったなどと聞いた。その後,被告人からも電話で同様のことを聞いたので,自宅に戻ると,テーブルの上に本庄税務署の名前のあるA6版の茶封筒が置いてあって,中に,土地の表示,H7及びA6の名前が書かれ,追徴課税金2700万円の支払を求める内容の文書が入っていた。被告人から,H7とA6への土地売却が脱法行為だと聞いていたので,これに関する追徴課税だと思い,被告人に電話をしたところ,妹のところにも来ているはずだと言われ,H2の自宅に電話をかけると,ポストに書類が来ているとのことだったので,すぐに受け取りに行き,自宅に届いていたのと同様の封筒と,A6の名前があり,800万円の追徴課税金の支払を求める同様の文書を確認した。被告人に連絡をし,F会社の事務所に行って,追徴課税の書類を見せ,確定申告後すぐに追徴課税の通知が送られてくるのかと聞いたところ,被告人は,「税務署の摘発は,年によって違って,例えば今年は対象は車,今年は土地というふうになっていて,今年はたまたま土地になってしまって摘発されたんだ。運が悪い。」「(追徴課税額が高いのは)罰金が入っているからだ。」「A6は,今警察に捕まって調べられている。」「自分のところは,自宅までも税務署の人たちがやってきて取調べを受けた。例えば漫画本に書いてあるメモ書きさえも持っていかれて,通帳なんかも全部持っていかれた。大変なことになっている。」などと言うので,自分も警察に逮捕されるのではないかと思うと怖くなり,被告人が「どこか3500万円を貸してくれるところを探してみるから。」と言うので任せることにした。追徴課税の書類は,家にも事務所にも置けないからと言って,被告人がその場で燃やしてしまった。

③ 翌日,被告人から,「知り合いのH3という男がE7の営業所所長と懇意なので,そこで借りられる。G2所有のiの土地には6000万円くらいの価値があり,これを担保にすれば4000万円くらい借りられる。」などと言われた。被告人はまた,G2は承知しないだろうから身代わりを使うと言い,H4に電話で身代わりを依頼したほか,借入には事業をしているように装う必要があると言うので,その内容を打ち合わせるなどした。同月26日,被告人は融資前にいったん自宅にやってきたが,E7の関係者が来る前に出て行き,融資が終わり,H3が被告人に電話で連絡をした後,再び戻ってきた。そして,自宅の居間で,被告人から,「追徴課税を支払うから現金を出すように。」「預かってやる。」などと言われたので,3400万円を渡した。数日後に被告人から追徴課税金は支払ったと聞いたが,領収書等はもらっていない。

④ その後,同年6月11日にE7に身代わりを使ったことが発覚し,被告人に相談すると,H3と会って相談するようにと言われたので,H3と会って善後策を練りE7に弁解するなどした後,高崎市内にある被告人のマンションに行き,被告人に相談すると,逃げるしかないなどと言われた。そのため,逃亡する前に子供たちを預けようとH1に会ったところ,同人にマージャンの借金などないことが分かり,被告人に騙されたことを悟った。

(3)  他方,被告人は公判廷において,大要以下のとおり供述する。

G1に頼まれてH6税理士を紹介し,また,mの土地売却に際し,H8の担当者との交渉に同席したことはあったが,売買に積極的に関与したことはなく,土地をいったんH7に売却してからH8に売却したのも,親戚に当たるH8に直接不動産を売却するのは避けたいというG1の希望によるものであった。2000万円を相続税支払のために預かったが,G1の希望により延納手続を取り,約1000万円をG1に返還した。その際,G1とは男女の関係であったために,直ちに預かり証を返してもらうことはせず,その後に何度か預かり証の返還を求めたもののはぐらかされてしまった。G1が貸金業を始めたいというので,友人のH9を紹介し,また,A1を紹介してアドバイスをしたことはあったが,金を貸す相手を紹介したことはなく,被告人名で借りた50万円はその後に返済した。その後,同女からやはり金が欲しいと相談されたので,土地を売って金を作るしかないというようなことは言ったし,売却先の不動産業者を探すのを手伝ったこともあったが,H9と交渉をしたことなどはない。平成11年になって,事業をやりたいというので,融資を斡旋するH3と,借入の際にG2の身代わりとなるH4を紹介したことはあったが,追徴課税に関連する話は一切しておらず,G1に追徴課税が来るなどと告げるようA1に指示したこともない。G1に頼まれて,E7からの融資実行の日にH4の送迎をし,帰りがけにG宅の玄関先で,H3とH4に渡す報酬合計300万円と,保険の支払の振込用紙等を預かったことはあったが,G宅に上がって3400万円を受け取った事実はない。

(4)  以上のように,G1及び被告人の供述は,本件に至る経緯も含めて対立しており,両者の供述の信用性を検討する必要があるところ,これに関連する関係者らの供述は次のようなものである。

① H2は,平成11年3月17日か18日ころ,G1から電話があり,税務署からA6くらいの大きさの封筒が送られてきてないか,ポストを見てくるようにと頼まれたので,電話をつないだまま郵便受けを見に行くと,A6くらいの茶封筒があり,封筒の中の紙に自分の住所と名前が書いてあって,封筒の窓から見えるようになっており,封筒には本庄税務署と印刷されていた,電話で姉に「あった。」と伝えたところ,内容を読んでくれと言われたので中身を確認すると,A6版の白い紙1枚に,私がlの土地をA6に売ったことについて追徴課税800万円を支払えというような内容であった,姉はその日の夕方に書類を取りに来た,私が「払えるの。」と聞くと,何とかすると言うので,封筒を渡した旨供述する(第5回公判調書中の同人の供述部分)。

同人は,追徴課税を求める書類の記載について公判廷において再現してみせるなど,具体的かつ詳細に供述しており,同人がG1の実妹であるという人的関係を考慮しても,上記供述には十分な信用性が認められる。

② A1は,平成11年3月ころ,被告人に頼まれて,G1に対し,F会社に税務署が入って追徴課税が来るかも知れない,もしかしたらG1のところにも追徴課税が行くかも知れないので,気を付けた方がいいと告げたと供述する(同人の公判廷における供述)。

証拠によれば,A1は被告人の片腕というべき存在で,終始被告人と行動を共にし,その指示に従っていた者と認められ,被告人と共犯関係にある別件についても事実を認めていることから,本件について被告人に不利な虚偽の事実を作出するおそれは小さく,上記供述は十分に信用し得るものと認められる。

③ また,H3は,検察官面前調書中(不同意部分を除く。)及び公判廷における供述において,以下のとおり供述する。すなわち,平成11年3月10日ころ,被告人から融資の依頼を受け,E7からの指示を被告人に電話で毎日のように連絡していた,G1とは電話で1度話した以外に,被告人から1度紹介されたことがあったものの,ほとんど話をしなかった,同月17日ころ,被告人の事務所を訪れた際,被告人がA6に「ポストに入れてきたか。」ということを言い,A6が「入れてきました。」と答えていたことがあった,「督促状」とか「G1のところに」とか言っていた記憶である,同月26日にG1がE7から融資を受けた後,a町内のファミリーレストラン「T」で被告人と会い,店内のテーブルに被告人と向かい合って座ると,被告人は紙袋を持参しており,その中からG1とE7との間の金銭消費貸借契約書類を取り出し,確認して欲しいと言ったので見ると,契約書類はすべてそろっていた,被告人は紙袋の中から報酬200万円を取り出して渡してきた,被告人の左横においてあった紙袋の中を,背伸びをするようにしてのぞき見たところ,テープで十字に帯をしてある1000万円の束が見えた,紙袋は成型した物が入っているようにずっしりとして見えた,というのである。

H3は,被告人らと同様,身代わりを使ってE7から借入を行うなどした者であるから,自己の責任を被告人に転嫁するおそれがあるとも考えられるが,H3は捜査段階において,G宅で被告人が現金を受け取った場面を見ていないかと追及されたにもかかわらず,これについては見ていないと答えていることなどに照らすと,ことさらに被告人を陥れようとする供述態度は見受けられない。弁護人は,被告人がH3に報酬の200万円を渡したファミリーレストランとは,「T」ではなく「U」であり,かつ,店内ではなく駐車場であったとして,同人の供述の矛盾を主張するが,前者については,本件後3年以上が経過した後の供述であることに照らすと,記憶の混乱としてやむを得ないと認められ,後者については,報酬の受け渡しが駐車場で行われたと供述するのは被告人のみで,被告人が同行していたというH4も,融資後にファミリーレストランに立ち寄った記憶はないと供述することに照らすと,必ずしもH3供述が虚偽であるとする根拠にはならない。H3の供述は全体として具体的で一貫しており,ことさらに被告人に不利な供述をする動機に乏しいことから,信用性が認められるというべきである。

④ また,H4は,検察官に対する供述調書において,E7からの融資手続が終わった後,被告人がG宅に来て,G1に「じゃあ俺が預かるから。」と言った,G1はしばらくするとバックか何かを持ってきて,それを開けて,中から3000万円か4000万円の現金をテーブルの上に置いた,被告人がこれを持参した紙袋に入れて,袋を持って部屋から出て行った,被告人に病院に送ってもらい,車内で100万円の報酬を受け取った際,被告人は上記紙袋の中から金を取り出して渡してきた,と供述し,公判廷においては,被告人がG1から現金3400万円を受けとったところは見ていない,被告人がG宅を離れる際,紙袋を所持していたことは間違いないが,その後に報酬を受け取った際,被告人が紙袋から現金を取り出したという明確な記憶はないなどと,捜査段階と実質的に異なる供述をしているところ,弁護人は,捜査段階における同人の供述は被疑者として録取されたもので,自己の訴追を免れるため,捜査官に迎合的な供述をしたものと主張する。しかしながら,同人は公判廷において,検察官から検察官面前調書における自身の供述内容を示されると,「そういうふうに言ったのかもしれませんけど。」「調書にあるんでしたら,きっと,そうなんですね。」などと,捜査段階での供述が自己の記憶に基づくものであることを認める趣旨の供述をしており,公判廷において供述を翻す合理的な理由に乏しいことに鑑みると,これまで被告人に様々な恩恵を受け,親しい関係にあったと認められる同人が,被告人の面前で,被告人が現金を受領したという直接的な不利益供述をするのをためらい,曖昧な供述に終始したものとみることができる。他方で,同人の捜査段階における供述は,提示された数種類の紙袋の中から,被告人が所持していたという紙袋と類似するものを抽出し,あるいは,現金の授受が行われた状況を再現するなどして,具体的かつ詳細に供述しているものであることから,信用し得るものというべきである。

(5)  なお,その他関連する事実として,G1が平成11年6月16日に被告人との電話での会話を録音したテープによれば,G1の「追徴課税があったじゃない。」との問いかけに対し,「もしもし」といったん会話が途絶えた後,被告人の発言として,「だから,3500万円じゃん。だって,全部俺のほうで預かって,渡して,分配したり,H3に渡したり,向こうのE7のその捕まっちゃった人間に」「渡しちゃったりして,そのE7の人間がほら,所長が今ほら,そういうことで訴えられたりしてるじゃない。そういうのも全部,一応全部,やることはやったよ。」と録音されていることが認められる。また,上記F会社の事務所内にあったノート型パソコンのハードディスク上に,「最終予告通知書」と題し,前橋市役所納税課,前橋市長を作成名義とする平成14年2月14日付,市県民税及び固定資産税の未納に関する通知文書の体裁を有する電子データが記録されていた事実が認められる。

(6)  以上を前提に,G1及び被告人供述の信用性について検討する。

① G1供述について

同人は,本件当時,実父の相続財産を次々と処分し,また,E7からの融資に際しては,担保提供者である実母の身代わりを使うなどしたものであるから,同人が,これらの責任を被告人に転嫁するため,虚偽の供述をする危険性もあり,同人の供述の信用性については特に慎重な吟味を要するというべきところ,同人の供述は,本件に至る経緯を含めて極めて複雑かつ多岐にわたり,時間の経過による記憶の後退としてやむを得ないと認められる点以外には,全体として具体性を有する詳細なものといえる。また,H2供述に照らすと,同女方に追徴課税の支払を求める文書が届けられたことは事実と認められ,これが税務署による正規の通知でないことは証拠上明らかであるところ,上記のとおり被告人の事務所にあったパソコンから税務署名義の督促状らしき電子データが発見されていることに鑑みると,少なくとも被告人及びその関係者が,G1の供述するような追徴課税の督促状を作成することは可能であったといえる。そして,信用性の認められるA1供述によれば,被告人の指示でG1に追徴課税が行くかも知れないとの話をしたこと,H3供述によれば,被告人がA6に対し,督促状をG1宅に投函してきたことを確認する言動をしていたことなどが認められ,これらの事実に徴すると,G1らの下に追徴課税の書類が届けられた件に,被告人が何らかの形で関与していたことはほぼ疑いを容れない。また,信用性の認められるH4の捜査段階における供述及びH3供述によれば,G1がE7から融資を受けた後,G宅の居室内で,G1から被告人に数千万円の現金が手渡されたとみられるところ,被告人自身,後のG1との会話において,約3500万円の現金を受領したことを自認する発言をしている(なお,弁護人はテープの信用性・証明力を争うが,録音内容を精査しても音声のつながり等に不自然な点はなく,被告人自身の発言として「3500万円」「全部俺のほうで預かって」「H3」「E7」などの言葉があり,現金の受領を認める内容となっていることに照らすと,被告人が,E7から融資を受けた約3500万円の受領を認める趣旨の発言をしたものと認めることができる。)。その他にも,G1が被害に至る経緯として述べる部分は,H7が,被告人の指示によりG1から現金を借用しては被告人に渡し,その後行方をくらましたなどと供述する(H7の警察官に対する各供述調書)こととも整合する。

弁護人は,追徴課税を求める書面など出しても,税務署に問い合わせたり,H6税理士に尋ねれば,ことの真偽は明らかであって,G1の供述は荒唐無稽であるというが,被告人が,上記のとおり,H7らに対する土地売却の際に,売却方法が違法だとG1に告げていたことや,当時,G1が被告人に多大な信頼を寄せていたと認められることに照らすと,他言できずに被告人に相談したというG1の行動はごく自然であり,同女が税金の知識に乏しかったと認められることも考慮すれば,追徴課税の一件を鵜呑みにしたという同女の供述を荒唐無稽と断じることはできない。弁護人はまた,G1が被告人に渡したという3400万円では,追徴課税額として請求された3500万円はもとより,H3やH4に対する報酬を支払うこともできないとして,G1供述の矛盾を主張するが,G1は,被告人に対して先に預けてあった金もあり,不足分についてはそこから支払われるものと思っていたといい,同女が被告人の指示に盲従していたことからすれば,上記の点を十分考慮せずに3400万円だけを渡したとしても,必ずしも不自然ではない。

同女の供述は,被告人自身の事後の発言を録音したテープや,被告人に近い立場にあった関係者らの供述とも整合するものであり,この点において信用性が担保されているといってよい。

② 被告人供述について

被告人の供述は,主要部分において,A1をはじめ信用性の認められる関係者らの供述といずれも食い違うほか,上記のとおり,後に録音されたG1との会話の中で,自身が約3500万円を受領したことを認める発言をしていることとも矛盾する。また,被告人も認めるように,G1の相続不動産の処分やH9からの借入に関しては,いずれも被告人の配下にあったと認められるH7,A6及びA9らが関与しているほか,H3供述に照らすと,E7から融資を得る手続に,被告人はむしろ積極的に関与していたと認められるのであり,少なくとも被告人自身の述べるような消極的・受動的な態様であったとは認め難く,被告人の供述は全体として不自然に自己の関与を矮小化するものといわざるを得ない。

③ 以上のとおり,G1供述及び関係者の供述には信用性が認められるのに対し,被告人の弁解は全体として不自然・不合理であって措信し得ない。そうすると,被告人がG1に対し,真実は追徴課税金3500万円の支払義務などないのに,これあるように偽り,G1をしてその旨誤信させ,E7から借入をした約3400万円を追徴課税金の支払のためとして被告人に交付させた事実が認められ,被告人の行為には詐欺罪が成立する。

3  判示第11の事実(競売入札妨害)について

(1)  はじめに,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

① A14は,埼玉県大里郡a町k所在の土地・建物(以下「本件不動産」という。)を所有し,自己の経営する株式会社Yを債務者とし,昭和62年に極度額500万円(平成3年に極度額1000万円に変更),平成6年に極度額500万円とし,E9を根抵当権者とする根抵当権を設定した。

② 被告人は,上記建物の1階部分(以下「本件建物」という。)が空き室となっているのを聞知し,同9年夏ころ,A14からこれを借り受ける約束を口頭で結び,その後,これを指定暴力団S会A13組組長A13に使用させることとし,同人が内外装を施し,同10年3月ころから組事務所として使用するようになった。A14も事後的にこれを承諾し,A13は,賃料として毎月5万円を,最初の数か月はA14本人に,その後は同人の承諾を得て同人に債権のあったA2に対して支払っていた。

③ 一方,A14の経営する上記会社は,同年6月ころからE9への返済を滞らせるようになり,同11年12月6日には,E8がその債務を一部代位弁済し,上記根抵当権は同12年1月12日にE8に一部移転した。

④ 同10年から12年の間の何れかの日に,被告人の経営するF会社事務所において,被告人,A14及びA13が集まり,本件建物につき,A14を貸主,A13を借主とする賃貸借契約書が作成された。同契約書には,いずれも事実と異なり,契約締結日は平成9年8月末日,賃料は月額7万円とされたほか,第11条において,賃料504万円を前払いしたこと及び内外装設備等を借り主の負担とすることの特約が記載された。被告人は立会人となり,特約条項の部分を自ら記載した。また,その後,A13が知人の住宅リフォーム業者に依頼して,A13が本件建物の内外装費として260万円の請求を受け,これを支払ったかのような体裁の請求書及び領収書を作成させた。

⑤ E8は,同12年2月ころから本件不動産の調査等を開始し,同年5月13日浦和地方裁判所熊谷支部に競売を申し立て,同月15日同支部が競売開始決定をした。同年7月24日,本件不動産の現況調査のためA13組事務所を訪れた執行官Rに対し,A13のほか被告人が対応した。

⑥ 現況調査報告書には,「A13及びZ某(被告人)の陳述」として,「本件建物1階は,4年程前から組事務所として使用を始めたが,平成9年8月にA14との間で賃料月額7万円とし,6年間分504万の賃料を前払いしてる。また,260万を支出して,内外装をし現在に至ってる。従って,建物の価値も高められているのでそれらのことも考慮されたい。関係資料を提出する。」と記載されている。

(2)  次に,関係者の供述は以下のとおりである。

① 執行官Rは,供述調書において,現況調査の際に対応した被告人とA13は,いずれも本件不動産について同等の知識を有し,それぞれ同じ程度話をしていた,両者の見解に食い違うところもなかったなどと供述する。

② また,A14は,受命裁判官による尋問調書において,平成11年1月ないし2月ころに被告人から電話で呼び出されてF会社の事務所に赴くと,被告人,A13のほか数名がいて,被告人から,このままでは借金の形に競売などでこの土地建物をとられてしまう,守ってやるからこれを作っておけと言われて,A13との間で賃貸借契約書を作成した,このときはもっぱら被告人が話をし,A13は肯く程度で口を出さなかった,契約書の作成日付はF会社との間の賃貸借契約書に合わせて作成したもので,実際よりも過去にさかのぼらせてあり,賃料も実際は5万円であったのに,被告人に言われて7万円とした,賃料を前払いした事実もなかったが,被告人が特約条項として記載した,賃貸借契約書を作成した時点では,すぐに競売になるという状況ではなかったが,経済的にだめになっちゃうような感じではあった旨述べる。

③ これに対し,被告人は,平成10年以降同12年までの間のいずれかの日に,F会社の事務所において,A14とA13が賃貸借契約書を作成するのに立ち会ったことはあったが,A14が,第三者の立会があった方がいいというので,頼まれて立ち会ったに過ぎず,特約条項についても,立会人が記載した方がいいというので,言われたままに記載したものである,現況調査の日の朝にA13に呼び出されて同人の事務所に行き,執行官とも会ったが,徹夜でマージャンをした後でぼうっとしており,何を話しているのかもよくわからないまま,ただ座っており,自分から説明をしたことは一切なかった,内外装費の件については全然知らなかったことであると供述する。

(3)  そこで,まず,各供述の信用性について検討する。

① 上記Rは,被告人と利害関係を持たない裁判所執行官であり,一般にその供述の信用性は高いといえるところ,確かに,同人はA13と被告人とを混同し,被告人が年配であったことから同人をA13組組長と誤解したと供述しており,記憶の混乱があると認められるものの,上記のとおり,現況調査報告書にはA13とともに被告人が陳述者として記載されていること,また,被告人とA13とを混同したというのも,むしろ,被告人とA13の関与や説明の状況に特段の差異がなかったとする上記供述と整合するものであることに鑑みると,上記Rの供述は信用することができる。

② また,A14の供述は,記憶の後退とみられる部分を除けば具体的で一貫しており,被告人も認めるように,本件契約書作成が被告人の事務所で行われ,賃料前払等を定めた特約条項を被告人が自ら記載したことなど,契約書作成時の状況からも,被告人が主導して賃貸借契約書を作成したとする同人の供述はことの成り行きとして自然である。したがって,同人が本件の共犯者という地位にあることを考慮しても,同人の供述には十分な信用性が認められる。

(4)  そうすると,確かに,本件建物については,口約束ではあるがA14から被告人を介してA13に転貸され,遅くとも平成10年4月ころには同人が占有を開始し,賃料も支払っていた事実が認められるから,上記賃借権そのものが架空のものとまではいえない。また,虚偽の賃貸借契約書は同11年1月から2月ころに作成されたと認められるところ,この時点において,被告人らが,将来,競売手続になるという具体的認識を有していたとまでは認めることができない。しかしながら,A14供述によれば,内容虚偽の賃貸借契約書はもっぱら被告人の主導によって作成され,被告人もその内容が真実と異なることについては熟知していたと認められるところ,競売開始決定がなされ,現況調査のために執行官がA13組事務所を訪れた際,被告人はA13と共同して,上記賃貸借契約書の存在を奇貨として同契約書を執行官に示し,契約締結時期及び毎月の賃料額を偽り,あるいは賃料を一括前払したなどと虚偽の事実を陳述し,これを現況調査報告書に記載させたものと認められる(なお,内外装費として260万円を支出したと陳述した点については,証拠上,被告人自身がこれを虚偽と知りつつ陳述したと認めるには疑いが残るといわざるを得ず,判示のとおり認定するにとどめた。)。そうすると,被告人の行為は,当該賃借権が競落人に法的に対抗し得るものであるか否かを問わず,入札希望者をして,買受後,前払賃料の返還を求められるなど競売物件の引き渡しに実際上の困難が伴うことを予測させるもので,入札希望者の心理に不当な影響を与え,競売物件の売却を阻害する結果をもたらすものであるから,偽計を用いて公の競売又は入札の公正を害すべき行為に該当する。

なお,弁護人は,本件で買受希望者が現れなかったのは,暴力団組長であるA13が本件建物を占有していたことによるのであって,上記のような賃貸借の始期及び賃料額を偽り,賃料前払いの事実を仮装した行為が競売を妨害したものではないと主張するが,既にみたとおり,被告人の行為には一般に競売を害するおそれがあると認められ,当該行為が現実に競売を妨害したものであるかは本罪の成立を左右しないから,弁護人の主張は理由がない。

4  以上の次第であって,判示第2,第8につき詐欺罪,判示第11につき競売入札妨害罪がそれぞれ成立する。

(法令の適用)

罰条

判示第1,第2,第4,第7,第8,第10の各所為 刑法246条1項(判示第4,第7については包括して同条に該当)

判示第3,第5,第6の各所為 行為時においては刑法203条,平成16年法律第156号による改正前の刑法(以下「改正前刑法」という。)199条,12条1項,裁判時においては刑法203条,平成16年法律第156号による改正後の刑法(以下「改正後刑法」という。)199条,12条1項(刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)

判示第9の所為 行為時においては改正前刑法199条,12条1項,裁判時においては改正後刑法199条,12条1項(刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)

判示第11の所為 刑法96条の3第1項

判示第1,第3ないし第7,第9ないし第11について いずれもさらに刑法60条

刑種の選択判示第3,第5,第6について いずれも有期懲役刑を選択

判示第9について無期懲役刑を選択

判示第11について 懲役刑を選択

併合罪加重 刑法45条前段,46条2項本文

(判示第9の罪について無期懲役刑を選択したので,他の刑を科さない。)

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,共犯者らと共謀するなどして,(1)前後3回にわたり,交通事故を偽装して被害者I1を殺害しようと企て,うち2回は未遂に終わったものの,3度目の犯行で殺害を遂げるとともに,2度にわたって保険会社から自動車損害保険金を騙し取り(判示第3ないし第5,第9,第10の事実。以下「I1事件」という。),(2)交通事故を偽装して被害者I2を殺害しようとしたが未遂に終わり,保険会社から自動車損害保険金を騙し取り(判示第6,第7の事実。以下,「I2事件」という。),(3)物損事故を偽装して保険会社から自動車損害保険金を詐取し(判示第1の事実),(4)被害者G2及びG1から現金合計約3600万円を騙し取り(判示第2,第8の事実),(5)競売物件につき,賃貸借契約の内容を偽るなどして競売を妨害した(判示第11の事実)殺人,同未遂,詐欺,競売入札妨害の事案である。

2  このうち,被告人の刑を量定する上で重要となるI1事件及びI2事件について,犯行の経緯は以下のとおり認定することができる。

(1)  被告人は,埼玉県大里郡a町で出生し,県立高校,職業訓練校に通った後,自動車販売業等の職を経て,昭和63年から中古自動車販売業を営むF会社を設立し,代表取締役として同社を経営する一方,風俗店等の経営を手がけるなどしていた。

(2)  一方,共犯者A4の次女で,A5の妹である被害者I1は,夫との間に2子をもうけて保険外交員として働いていたが,平成4年に夫が転落事故により重度の障害を負い,その保険金として7000万円を手にしたことから,やがて生活態度が一変し,同女名義でローンを組んで夫やA4らと暮らすために建てた自宅の上棟式が行われた同8年12月ころには,夫との婚姻生活が破綻状態となり,2人の子供の面倒も見ずに愛人の家に入り浸って覚せい剤を常用し,愛人に金を貢ぎ,消費者金融業者からも借財を重ねるようになった。そのため,A4は,このままでは自宅さえも失いかねないと懸念し,A5を通じて,I1とも知り合いの被告人に窮状を伝えて協力を依頼し,被告人も,I1を説得して自宅に連れ戻すなどしていたが,I1の行状が一向に改善せず,A5らがI1の行状を嘆き,同女がいなくなってくれればいいなど言うのを聞いて,同10年7月中旬ころ,I1を殺害して保険金を手に入れることを企て,A5に対し,「このままだと家族がめちゃくちゃになってしまう。I11人を沈めればみんなが助かる。」などと暗にI1殺害を持ち掛けたところ,A5及びA4も相談の上,I1殺害を決意して被告人にその旨依頼し,交通事故に見せかけてI1を殺害し,その遺族に支払われる自動車保険金を被告人が報酬として取得する共謀が遂げられた。

(3)  判示第3,第4の犯行に至る経緯

被告人は,自己の配下にあった共犯者A6を使ってI1を殺害することを計画し,自己の片腕であった共犯者A1にも犯行への協力を依頼すると,被告人が中心となって犯行の具体的方法を練り,I1をA4方に呼び出して同所前路上で車両で轢過して殺害することを計画し,A4らを介してI1が保険金受取人である夫と離婚するよう仕向けるなどして,犯行の準備を進め,また,犯行当日にはA4方駐車場にA5らが車を停め,I1が付近路上に駐車しA4方まで徒歩で向かわざるを得ないようにすることなどを決めた。同年8月29日,A1及びA6はA4方付近で待ち伏せたものの,この日はI1が戻らなかったため,翌30日深夜から再び同女を待ち伏せていたところ,翌31日午前1時過ぎころ,同女が普通乗用自動車でA4方に赴き,思惑どおり同所付近路上に駐車したが,I1が車から降りてこなかったので,A1から連絡を受けた被告人がA5に指示をし,同女が車内で寝ていたI1を呼びに行くなどして,ようやく同女が降車しA4方に向けて歩き出したところを,A6が普通乗用自動車をI1目掛けて突進させ,同女に衝突させたものの,同女を死亡させるに至らず,殺害は失敗に終わった。

その後,負傷したI1が入院し,A6において同女の治療費等を支払う義務が生じたことから,被告人らは,その支払を免れるべく,自動車保険金を騙し取ることを決意し,被告人の指示でA6が保険会社に保険金請求手続をし,保険会社をして同人の過失に基づく事故であるかのように誤信させた上,I1の治療費等を病院等に振り込ませるなどして判示第4の犯行に及んだ。

(4)  判示第5の犯行に至る経緯

判示第3の犯行により負傷したI1は,本庄市内の病院に入院したが,やがて病院を抜け出して愛人のもとに通うようになり,その行状が以前と何ら変わらなかったため,同年9月中旬ころ,A4やA5は被告人に再度I1殺害を依頼し,被告人がこれを承諾したことから,第2のI1殺害計画が浮上した。被告人は,A1にI1を轢過する実行犯を探すよう指示し,また,A1とともにI1が愛人宅に向かう経路を確認し,最初の殺人未遂の犯行とは警察署の管轄が異なるように犯行場所を選定するなどした上,病院から愛人宅に向かうI1運転車両に故意に追突事故を起こし,修理費用の話し合いを装ってI1を車外に立たせた上,同女に車両を衝突させて殺害することを計画し,A1にその旨指示した。犯行当日,被告人は,病院を出たI1運転車両を追尾し,共犯者らに連絡をすると,A1が車でI1運転車両の前方に合流した後,交差点手前で急減速し,これにより減速した同車両に,共犯者A8が故意に追突事故を起こし,同人が場所を移動してから修理費用の話し合いを装ってI1を車外に立たせたところを,共犯者A7が普通貨物自動車をI1目掛けて突進させ,同女に衝突させたが,同女を殺害するに至らず,またも計画は失敗に終わった。

(5)  判示第6,第7の犯行に至る経緯

ところで,A5は,夫のI2との間に2子をもうけ,夫の反対を押し切って保険外交員として稼働していたが,かねて夫から男関係を疑われるなどされて夫を疎ましく思い,また,消費者金融業者等への多額の借金返済に苦慮し,夫が死んでくれればいいなどとの思いもあって,何かにつけて,被告人に対して夫への不満等を打ち明けていたところ,上記のとおり,2度にわたりI1殺害に失敗し,計画がいったん頓挫した同年11月ころ,被告人が「実の妹をやるより赤の他人をやる方が気が楽だろう。」などと,I2を狙った保険金目的の殺害計画をほのめかしたことから,A5は,夫に掛けていた9000万円の生命保険金目当てに同人を殺害することを決意し,翌11年1月上旬ころ,被告人にI2殺害を依頼し,I1に対する犯行と同様,交通事故を偽装してI2を殺害し,生命保険金と自動車保険金をそれぞれが騙し取ることとした。

被告人は,知り合いの共犯者A10らを説得して犯行に誘い入れるとともに,同月20日ころ,A1と,F会社の従業員で日ごろから目を掛けていたA9に指示して,I2の帰宅経路を確認させ,また,自らも共犯者らとともに犯行現場を下見するなどした。被告人は,I1に対する先の犯行とほぼ同様の手口でI2を殺害することとし,A1らに殺害方法や共犯者間の役割分担について指示した。犯行当日,A9がI2運転車両を追尾して故意に衝突事故を起こし,場所を移動してから修理費用の話し合いを装って同人を車外に連れ出したところを,A1が共犯者A10らに連絡し,同人らが停止車両の後部に立つI2目掛けて車両を突進させて判示第6の犯行に及んだが,同人を死亡させるに至らず,計画は失敗に終わった。

その後,被告人らは,やはり負傷したI2の治療費等について支払義務を免れるため,A10の身代わりとなった共犯者A11が,保険会社に事故の届け出をし,保険会社をして同人の過失による事故であると誤信させ,I2の治療費等を病院等に振り込ませて詐取し,判示第7の犯行に及んだ。

(6)  判示第9,第10の犯行に至る経緯

一方,A4は,I1殺害計画が一時頓挫した後も,同女の行状に変わりがなく,同女の代わりに借金を返済するなどしていたが,同年4月ころには,同女の借金のために自宅が競売にかけられる危険にさらされたことから,自宅や財産を守るためには,やはり同女を殺害するしかないと決意し,A5と相談の上,再度,I1殺害を被告人に依頼し,被告人もこれを了承したことから,先の犯行と同様,保険金目当てにI1を交通事故に見せかけて殺害することとなった。

被告人は,もはや失敗はできないと考え,信頼を寄せていたA1とA9に犯行を実行させることとし,同年6月下旬ころから両名にI1殺害計画について打ち明けるとともに,A9がI1の首を絞めて殺害した上,その死体を路上に寝かせ,A1がこれを車両で轢過するようにと指示した。その後,被告人は,共犯者らとともに打合せや下見を重ね,A4はI1が出掛けに事故に遭遇したように装うための自転車を用意し,また,A1はI1を轢過する練習をするなどしてそれぞれ犯行の準備を進め,A4がI1を自宅に連れ戻すのを待って犯行が実行されることとなった。同年8月5日深夜,被告人らは,A4から連絡を受けて同女方付近に赴くと,翌6日午前1時ころ,A9がI1のいるA4方に入り,I1に目隠しをして両手を縛るなどした上,同女を殺害しようとしたが,殺害をためらい,被告人にできないなどと連絡してきたことから,被告人は,I1の愛人らが同女を探しに来ることを懸念し,A1らに指示してI1をホテルの一室に連行させ,同所で監視させた。そして,この間に被告人は,A4に会って,I1殺害についての意思を再度確認すると,実行役として共犯者A10を加えることとし,事情を告げずに同人をA4方に呼び出した上,A1及びA9に対し,改めて犯行を実行するよう指示した。そして,A1らはI1をA4方に連れ戻すと,同所において,A9がI1の頸部にスコップの柄を当てるなどして同女を失神させた後,同女をA4方前路上に運んで仰向けに寝かせ,用意した自転車を付近に倒すなどした上,A1が普通乗用自動車で同女の頭部を轢過して殺害し,判示第9の犯行に及んだ。

その後,A1の身代わりとなった共犯者A14が,交通事故を装って直ちに警察に通報し,保険会社にも事故の届け出をした上,被告人がA4らの代理人として保険会社との折衝にあたるなどして,保険会社をして不慮の事故であると誤信させ,自動車保険金4800万円をA4名義の預金口座に振り込ませて詐取し,判示第10の犯行に及んだ。

3  なお,被告人は,I1事件及びI2事件はいずれも,A5から,I1がいなくなって欲しい,あるいは,I1はもう駄目だからI2をやってほしいなどとそれぞれ犯行を持ち掛けられ,犯行を決意したに過ぎず,自分から積極的に犯行を持ち掛けたものではないと供述する。確かに,証拠によれば,A5は従前から,I1の行状について嘆き,同女がいなくなってくれればいいなどと言ったことがあり,また,I2についても,同人が死んでくれればいいなどとの思いもあって,被告人に対しI2への不満を打ち明けていたものと認められ,こうしたA5の言動が被告人の犯意形成に影響したことは否定できない。しかしながら,かかるA5の言動も,具体的に殺害を示唆するものとはいえないところ,A5は,被告人からI1殺害を持ち掛けられた状況について,平成10年7月中旬ころに被告人からホテルに呼び出され,「このままだと家族がめちゃくちゃになってしまう。I11人を沈めればみんなが助かる。I1が死んでしまえば,家のローンの支払いもなくなるし,家も残るし,サラ金だとかクレジットの返済もしなくても済む。」「交通事故に見せかけてやってやる。」「自動車の保険金に関しては,自分も人を使ってやらなければいけないから,それはおれがもらうから。」などと言われ,I1殺害を意識したこと,また,I2殺害についても,同年11月ころ,被告人から「お姉ちゃんは好きでもない人と一緒にいるんだろう。実の妹をやるより赤の他人をやるほうが気が楽だろう。」などと言われたことについて,いずれも極めて具体的で迫真性に富んだ供述をしている。同女は,A4とともにI1殺害を正式に依頼し,その後も繰り返し殺害を頼んだ経緯や,被告人にI2殺害を持ち掛けられる以前から,生命保険を掛けてあった同人が死ねば多額の保険金が支払われると意識していた(甲245号証)ことなどをありのままに供述していることに照らすと,被告人に責任を転嫁するため,ことさらに虚偽供述をしているものとは認められず,その供述は信用することができるから,I1事件及びI2事件の端緒については,前記のように認定することができる。

また,弁護人は,①被告人は,A1ら共犯者らに対し,大まかな犯行方法を示したに過ぎず,犯行への関与は共同正犯というよりも教唆犯に近い態様であった,

② 自動車保険金の取得は実行役となる共犯者らへの報酬に充てるために過ぎず,自己の利得を目的として犯行に臨んだものではない,③犯行によりI1が死亡するかについても不確実な認識しか有しておらず,積極的にI1の死を望んだものでもないなどと主張する。しかしながら,上記①については,信用性の認められるA1,A9らの供述が一致するところに照らせば,犯行が計画,実行された経緯については上記のとおり認定することができ,被告人が共犯者らを犯行に引き入れ,現場を下見するなどして具体的に犯行方法を指示し,終始積極的,主導的に犯行を実行したことは明らかである(なお,弁護人は,判示第9の犯行につき,いったん計画が中断しながら再度実行されたのは,A4の意向を受けたA1らの判断によるものとも主張するが,被告人の指示があったことはA1及びA9が一致して供述しており,証拠から明らかな被告人と共犯者らの従前の関係に照らしても,被告人の指示なくA1らが犯行を続行したとは考えにくいことから,前記のとおり認定できる。)。次に,上記②については,本件犯行は,刑事処分の危険を顧みず交通事故として届け出をし,保険会社に自動車損害保険金を請求するというものであり,自動車損害保険金の取得を目的とする犯行であることは明らかであるところ,A1らの供述によれば,判示第10の犯行により得た自動車保険金4800万円のうち,A1に約400万円,A9に約250万円,共犯者A12に約500万円が交付されたほかは,すべて被告人が取得したものと認められ,一部をA10に支払うつもりであったにせよ,詐取した保険金の大半を被告人自身の利得としたことも明らかである。一方,弁護人が指摘するとおり,被告人はI1を生命保険に加入させることに消極的であったと認められるが,これは,多額の保険金を掛けて保険会社の疑いを招くことを嫌ったものともいえ,必ずしも犯行が利得目的ではなかったとする根拠とはならない。また,被告人が犯行によりA4らの窮状を救う目的をも有していたこと自体は否定しないが,その後,みるべき落ち度のないI2についても同様の殺害計画を敢行していることなどを勘案すれば,利得を得るという目的が犯行動機に占める割合は決して小さくなかったというべきである。上記③については,速度を上げた車両で人を轢過する殺害方法が,所論のいうように殺害の可能性の低いものとはいえず,前記のとおり3度も犯行を繰り返し,確実に殺害を遂げるために犯行方法に工夫を重ねたと認められること,また,犯行計画が,死亡保険金を取得して初めて被告人らに実質的利得をもたらすものであったことに照らせば,被告人に確定的かつ強固な殺意があったことは明らかである。

4  そこで,以上を前提として,まず,I1事件について検討する。

本件は,3度にわたって敢行された保険金目的の殺人等の事案であって,もとより,金を得るためには人を殺害することも厭わないという身勝手で悪質極まりない犯行であるところ,犯行に至る経緯には,I1がA4や子供らを顧みることなく愛人にのめり込み,そのために,A4が金銭的に追い詰められた状況にあったことは事実と認められるが,それ自体,殺人を許容すべき事情とならないのはもちろん,被告人にとっては飽くまで付随的事情に過ぎず,被告人は,A5やA4からその窮状を聞かされ,自身もI1を説得して自宅に連れ戻すなどしたものの,同女の生活態度が一向に改まらず,A5からもI1がいなくなってくれればいいなどと聞かされたことから,いっそ同女を殺害して保険金を取得することを企て,A5らに犯行を持ち掛けたものと認められ,人命を軽視した余りにも安易かつ利欲的な犯行の動機,経緯に酌量すべき余地はない。

犯行の態様は,交通事故を装って確実に殺害を遂げるべく工夫を重ね,1年足らずの間に三度もの殺害行為に及び,その都度,打合せや下見を重ね,共犯者らがそれぞれ必要な準備を整えた上,あらかじめ定められた役割分担に従って犯行を敢行したもので,周到な準備に基づく極めて計画性の高い犯行である。特に,判示第9の犯行では,あらかじめA9が殺意をもってI1の頸部を絞め上げるなどして失神させ,あたかも同女が外出するところを事故に遭遇したかのように偽装した上,A1においてI1の頭部を車両で轢過して殺害したもので,巧妙かつ残忍・非情な犯行である。被告人は,いずれの犯行においても,配下の者たちを犯行に引き入れた上,自らが犯行方法を計画して共犯者らに指示し,狡猾にも自らは実行行為に手を染めることなく,自己の犯罪を遂げたものと認められる。

I1は,一連の犯行時には生活が乱れ,その行状には非難されるべき点があったと認められるが,保険金目当てに尊い生命を奪われるいわれなどは毛頭なく,繰り返し命を狙われて負傷し,判示第9の犯行では長時間殺害の恐怖にさらされた挙げ句,33歳と人生半ばで一命を奪われたのであり,その無念の情は察するに余りある。かけがえのない母親を失った同女の子供らもまことに不憫であり,犯行の結果は極めて重大である。

また,被告人らは,上記のとおり交通事故を装って繰り返しI1殺害を試みた後,平然と保険会社に保険金の請求をし,本来負担すべき治療費等の支払を免れたほか,判示第10の犯行では,4800万円もの多額の保険金を取得したのであり,人の生命を金銭に換える悪質非道な犯行であることはもとより,損害の公平な負担を趣旨とする保険制度の根幹を揺るがす重大な犯罪で,模倣性も高いことに鑑みると,犯行のもたらした社会的影響は多大である。被告人は,保険会社との折衝に当たるなどして保険金請求手続においても中心的な役割を果たし,判示第10の犯行により詐取した保険金の大半を手にしている。

5  次に,I2事件についてみるに,本件は,I1殺害に二度失敗した後,やはり保険金を手に入れるために標的を変えて敢行された殺人未遂等の事案であって,利欲に駆られ,人命を軽視したまことに悪質極まりない犯行である。犯行の態様も,下見や打合せを重ねるなどして敢行された優れて計画的な犯行であるとともに,I2を車両間に強圧して殺害を図るなど,確実に殺害するために策を凝らした危険で悪質な犯行でもある。また,I1事件と同様,多額の保険金を騙し取り,保険会社に損害を与えている点も看過し難い。被告人は,本件においても自ら犯行を企図し,積極的に共犯者に働き掛けるなどして犯行に加える一方,殺害方法を練って共犯者に役割を指示するなど,まさしく主導的な役割を果たしている。

I2は,勤勉で良き父親であり,取り立てていうほどの落ち度がないのに,突進してきた車両に跳ね飛ばされてその下敷きとなり,幸いにして一命は取り留めたものの,加療約3か月間を要する左下腿複雑骨折等の重傷を負い,入院や休職を余儀なくされたのであり,その肉体的苦痛が甚大であったことはもとより,妻も犯行に加担していたと知ったときの衝撃も多大であったと思われ,犯行の結果は到底軽視できるものではない。

6  このほか,被告人は,判示第1のとおり,保険制度を悪用した犯行をかねてから行っていたもので,保険会社の被った損害が軽視し難いことはもちろん,一連の犯行の根深さを物語っており,犯情はやはり悪質といわざるを得ない。また,判示第2,第8の各犯行に至る経緯は先にみたとおりであるが,被告人は,被害者G1が自己に信頼を寄せていたことを奇貨とし,同女やその実母に,同女の夫が暴力団関係者に多額の借金があるなどと虚言を用いて現金200万円を交付させたほか,被告人の関与の下でG1が行った土地売却について,3500万円もの追徴課税金を支払わなければならないなどと虚構の事実を申し向け,同女に金融機関から多額の借財をさせた上,現金約3400万円を騙し取ったもので,同女が取引等の知識に明るくなかったことを利用し,多額の金銭を相次いで騙し取った手口は極めて大胆かつ狡猾で,犯情は悪質といわなければならない。加えて,判示第11の競売入札妨害の犯行についても,適正かつ迅速な不動産競売手続を阻害する悪質な犯行で,犯行の結果も軽視し得るものではない。

7  以上みてきたとおり,本件は,連続して敢行された保険金目的の殺人等の事案で,被害者1名が死亡し,1名が重傷を負ったほか,多額の保険金が騙し取られるなどしたもので,犯情は悪質極まりないところ,被告人は,中心となるI1事件及びI2事件において,自らは手を汚すことなく,共犯者らを手足として自己の犯罪を実現した上,判示第10の犯行により取得した保険金の大半を自己の利得としたことが認められ,まさしく犯行の首謀者であったというほかなく,多数の共犯者を巻き込み,多数回にわたり犯行を重ねた経緯に鑑みると,その刑事責任は極めて重いといわざるを得ない。

8  してみると,被告人が,保険金殺人等一連の犯行については事実を認め,謝罪の言葉を述べていること,I2に対する犯行は未遂にとどまっていること,G2らに対する判示第2の詐欺については,受領した200万円を返還していること,判示第2,第8の各犯行においては,被害者G1の側にも相当の落ち度があったと認められること,形式的に離婚が成立しているものの,扶養すべき妻と子供がいて,同人らが被告人の社会復帰を待っていること,前科がないことなど,被告人のため斟酌し得る事情を十分に考慮し,また,共犯者との処分の権衡も考慮しても,被告人に対しては,しょく罪のため,その終生をもって償わせるのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下山保男 裁判官 任介辰哉 裁判官 岩井佳世子)

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