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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)2357号 判決 2004年12月17日

主文

被告人を懲役7年に処する。

未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成15年10月26日午前2時50分ころ,埼玉県川口市a所在の株式会社A「B川口店」駐車場及び北側路上において,C(当時64歳)に対し,顔面を手拳で1回殴打してその場に転倒させた上,顔面,胸部等を多数回足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同人に左下顎角部打撲傷,頸椎・頸髄損傷等の傷害を負わせ,同日午前4時12分ころ,同市b所在のDにおいて,同人を上記頸椎・頸髄損傷の傷害により死亡させ,

第2同日午前2時50分ころ,前記「B川口店」駐車場及び北側路上において,被告人の腰に組み付いたE(当時62歳)に対し,顔面,腹部等を多数回足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同人に全治約3週間を要する頭部顔面胸部打撲,左第7肋骨骨折等の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法205条に,判示第2の所為は同法204条にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中250日をその刑に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は,(1)被告人がC及びEの両名をそれぞれ手拳で殴打して転倒させたことはないとし,(2)被告人は,C,Eの両名から胸や肩につかみかかられた上,現場付近にある防火水槽の周囲を囲むガードパイプに上半身がのけ反るほど強く押し付けられるという急迫不正の侵害を受け,やむを得ず,体を起こして体勢を戻し,両腕を斜め下に広げるような形にして両名を体ごと押し飛ばしたのであって,このような被告人の行為は正当防衛に当たり,その後,両名の身体を足蹴にした点については,転倒した両名が起きあがって更に攻撃を加えてくるかもしれないとの恐怖心からした行為であって,攻撃の過剰性に関する事実の認識がなく誤想防衛として故意が阻却されるので,被告人は無罪である旨主張し,被告人も,当公判廷において,これらの主張にそう事実を供述しているので,以下,これらの点について当裁判所の判断を示す。

1  本件犯行状況に関する被害者及び目撃者の供述は,次のとおりである。

(1)  まず,本件被害者の一人であるEは,当公判廷において,おおむね次のように供述している。すなわち,「当夜,勤務先のタクシー会社の同僚であるCと居酒屋で飲んだ後,店を出たが,店の前の道を歩いていると,前方の交差点を左折したバイクがかなりのスピードを出して接近してきたため,Cと二人で,「危ない。」とか,「気を付けろ。」などと怒鳴った。バイクは自分たちの右横を通り過ぎていってしまったので,そのまま歩いていると,先ほどのバイクに乗っていた人物が後ろから駆け足で追いかけてきて自分を追い越し,少し前方を歩いていたCに駆け寄り,両名の間で口論となり,両名が互いに相手の身体を押すなどして,どちらともなく殴り合いになったが,Cが被告人に押され,体のどこかを拳で殴られたので,加勢をするため,二人の間に入って,被告人の顔面を1,2回殴ったが,逆に被告人から顔面を1回殴られて意識を失い,その後の記憶はない。」旨供述している。

(2)  次に,本件現場から約26.0ないし28.2メートル離れた場所に駐車した自動車の中から本件犯行を目撃していたFは,当公判廷において,おおむね次のように供述している。すなわち,「被告人は,Cらを呼び止めてその前に立つと,立ち去ろうとする同人らを引き止めるようにその肩から胸の辺りを押さえた。同人らも被告人の肩から胸の辺りを軽く触ってなだめるような動作をしていたが,被告人がしつこく前に立ちはだかり,詰め寄るので,Cらは交番の方向を指さすとともに,CかEのどちらかが少し強くつかむように被告人の肩や胸辺りを押さえた。その後,被告人とCが1対1で対峙する形となり,Cは少し強く被告人の胸か肩をつかんだが,今にも殴り掛かるといった感じではなく,被告人がつかみかかってくるのを振り払うようにしていたところ,被告人はいきなりCをストレートパンチで1回殴り,同人は仰向けに倒れた。その直後,Eがタックルするように被告人に突進したため,被告人は,半回転して道路反対側のガードレール近くまで押され,軽くのけ反る形になったが,その直後にEがうなるような声を上げ,腹を押さえてうずくまったので,被告人が腹に膝蹴りか何かをしたのではないかと思った。その後,被告人はうずくまったEの背中の辺りを2,3回足蹴にし,倒れたCに近付くと,やはり2,3回身体のどこかを蹴った。ちょうどそのとき車が通りかかったが,被告人は,酔っぱらってるだけだなどと言ってこれをやり過ごし,その後,再びEとCをそれぞれ2,3回ずつ足で蹴った。」旨供述している。

(3)  次に,F車両の中から,F同様に本件を目撃したGは,当公判廷において,おおむね次のように供述している。すなわち,「被告人は,至近距離までCらに近づき,左手でCの肩辺りを掴み,今にも殴り掛かるような格好で激しく歩み寄った。Cは,被告人の腕を振り払うなどし,Eとともに被告人の胸や肩の辺りに手を当て,道路の反対側のガードレールまで被告人を押していったため,被告人は,背中をガードレールにもたせ掛ける格好になったが,Eが,「これ以上因縁を吹っ掛けるんであれば,一緒に警察に行こうじゃないか。」などと言い,C,Eの両名が手を離して,揉み合いはいったん収まったように見えた。その2,3秒後,被告人は,いきなりCをストレートパンチのような格好で殴り,同人はその場に倒れた。これを見たEが,被告人の腰の辺りにタックルするように飛びかかり,道路反対側の路肩まで被告人を押していったところ,被告人が何をしたのか分からなかったが,Eがうめき声を上げてひざまずき,被告人が更にその顔面を1回殴ったので,Eはその場に倒れた。その後,被告人は倒れたままになっているCの所に行き,胸から上の部分をサッカーボールを蹴るようにして3回くらい,踏み付けるようにして2,3回蹴り,その後,倒れているEの方に行って,同人の身体のどこかを10回くらい蹴った。ちょうどそのとき車が通りかかったが,被告人は,頭を下げるジェスチャーをしてこれをやり過ごし,その後,再びCの所に行き同人の胸から上の頭部付近をサッカーボールを蹴るようにして10回くらい蹴り,次に,Eの所に行って体のどこかを同様に10回ほど蹴った。」旨供述している。

(4)  次に,現場付近に自宅を持ち,その2階から本件を目撃したHは,当公判廷において,おおむね次のように供述している。すなわち,「就寝中,外から2,3人の言い争う声がした後,「お前らも酔っぱらっているんだろう。」という言葉が聞こえたので,起きて窓の外を見ると,CとEが,大声で何か言いながら,被告人の両肩を押して防火水槽の囲いに被告人の身体を押し付けていた。被告人は,後ろにのけ反っていたが,手を広げて数歩前に出るようにしてCらを身体ごと押し返したところ,Cは,駐車場から道路に出た辺りで倒れ,Eは,道路の反対側までよろけながら進んでいってそこにうずくまった。被告人は,殴る格好はしていなかった。その後,被告人は,倒れたEとCの間を3回ほど往復して,それぞれ1,2回ずつ同人らを足蹴にしていたが,その間,同人らは,身動きすらしなかった。その後,車が通りかかり,被告人は,その運転手と話をしていたが,その車が通り過ぎた後,すぐにその場を立ち去った。」旨供述している。

2  一方,被告人は,当公判廷において,Cらが暴力団関係者で兄弟分のように見えたこと,言葉使いが荒く,挑発的な言動をしてきたこと,その両名が,二人がかりで自己の襟首をつかんで突き飛ばすようにし,ガードレールに押し付けてきたことから,腰痛の持病のある腰を強く打ち付けるとともに,のけ反った際に,ガードレールやアスファルトが眼前に迫るように感じてパニック状態に陥ったことまでは覚えているが,同人らを殴ったり足蹴にしたりしたことは覚えていないこと,その後,Cらが道路に転倒した状態でいたところへ自動車が通りかかったので,その自動車がCらの足を踏んでは困ると思い,自動車が通り過ぎてからひかれていないかどうかを確認したことなどを供述している。

3  これらの各供述の信用性について検討するに,被告人,被害者,目撃者3名の供述の間には,当夜行われた喧嘩闘争の全体としての順序,態様や,その中の個々の行為の行われた場所などの点で多少の差異があり,被告人と被害者両名の行為を細部にわたって詳細に認定することは困難といわざるを得ないが,路面上の血液付着状況や,被告人と被害者両名に生じた創傷の部位・程度,その他関係証拠によって認められる客観的事実をも踏まえて検討すると,F及びGの供述が,これらの事実との整合性が高く,迫真性を有する合理的な供述とみることができる。

これに対して,被害者Eの供述は,本件当時,相当程度酒に酔っていたことや,闘争途中で被告人から強力な攻撃を受けて失神したことによる影響もあって,全体的にみて記憶は明確とはいえず,供述の中には明らかな記憶違いと思われる部分や,記憶に混乱を来していることが窺われる部分などもあって,必ずしもこれにより難い(なお,公訴事実中には,被告人がEの顔面を殴打してその場に転倒させた旨の記載があり,E,Gの各供述中にはこれにそう部分があるが,F供述の内容をも考慮すると,Eが転倒した理由については,被告人が顔面を殴打したことによるものとは直ちに認定し難いので,Eに対する暴行の内容は,罪となるべき事実中で認定した程度のものにとどめることとした。)。

また,被告人が被害者両名を殴り付ける場面を見ていないとするHの供述についてみると,同供述によると,当初は大声を出して被告人を防火水槽のガードパイプに押し付けるなどしていたCらが,単に被告人から押し返されたというだけで,その場によろめき倒れ,あるいは数メートル後退してうずくまるなどの状態となり,その後は全く抵抗力を喪失し,立ち上がろうとする気配すら見せず,一方的に被告人の攻撃を受け続けたということになり,同人らが相当に酩酊していたことを考慮しても,余りにも不自然な事態といわねばならず,関係証拠によれば,現場がさほど明るくはなく,素早い手足の動きなどについては確認が困難な状況にあることが窺われることなども考慮すると,Hが被告人の行動の一部を見落としている可能性があるといわざるを得ない。

一方,被告人の供述は,自己の暴行に先立つ被害者の言動や,転倒した後の被害者の横を自動車が通りかかった際,被害者の足が踏まれるのではないかと心配したことなどについては記憶があるとしているのに,その間の自己の行為については全く記憶がないとする不自然なものであり,信用性は乏しいといわざるを得ない。

4  ところで,弁護人は,Gの上記供述につき,被告人がEの顔面を殴打したなどと捜査段階では述べていなかった新たな事実を付加したり,捜査段階では曖昧であったCの顔面に加えた被告人の攻撃の内容について,ストレートパンチであると断言したり,同人らを足蹴にした回数などについても,被告人の行為態様を誇張する方向に供述を変えていることなどを指摘し,信用性に疑問があるとする。しかし,Gは,被告人がCの顔面に攻撃を加えて同人をその場に転倒させ,Eに対しても腹部に膝蹴りか何かをし,その後,同人らを足蹴にしたという主要な事実については,捜査段階から一貫した供述をしており,その点ではF供述とも一致すること,また,被告人がCらによってガードパイプまで押し込まれた状況などは,むしろ被告人の言い分にそう供述をしていて,殊更に被告人を陥れようとする供述態度も見受けられないことからすると,上記事情があるからといって,G供述全体の信用性が揺らぐものとはいえない。

弁護人は,また,F,G両名が同席の上で取調べを受けたため,供述内容が変容している可能性があり,かつ,両名の目撃位置からではCらの言動について正確に把握できなかった可能性もあると指摘する。しかし,前者については,F,Gの各供述を精査すると,細部においては食い違いも認められるのであって,これは両名が自己の記憶に従って供述していることの証左といえるし,後者については,犯行現場付近は深夜の住宅地であったにせよ,両名の目撃位置からCらが倒れていた地点までは26.0ないし28.2メートル程度の距離しかなく,遮へい物等がなく見通しが良好であったこと,犯行現場付近には街灯があったことなどにかんがみると,これらの点も,両名の供述の信用性を減殺する事情とはいえない。

5  そこで,F,Gの各供述を前提として,正当防衛の成否を検討するに,被告人は,原動機付自転車を運転してC,Eとすれ違った際,同人らと口論し,いったんはその場を立ち去ったものの,その後,敢えてCらのもとに立ち戻り,同人らに対し,「足を出しただろう。」などと文句を言って執ように詰め寄り,立ち去ろうとする同人らの肩付近を押すなどしたところ,Cらは,被告人の胸や肩付近を多少強くつかんで押したり,被告人を防火水槽を取り囲むガードパイプに押し付けるなどしたが,これに対して被告人は,「殴り掛かるというのではなく,被告人がつかみかかるのを振り払うようにしていた」(F供述),あるいは,「手を離して,揉み合いがいったん収まったと見えた2,3秒後に」(G供述),突然,Cにストレートパンチを当ててその場に転倒させ,次に,腰の辺りにタックルするように組み付き,押してきたEに対して膝蹴りか何かをしてその場にうずくまらせ,あるいは,ひざまずかせたというのであって,Cらが,二人がかりで多少は挑発的な言動に出たことがあったにせよ,もとはといえば被告人が因縁を付けたことに端を発する喧嘩闘争の過程のものであり,いずれも60歳を過ぎていて体格的にも被告人に劣る酔余の者の行為であることに照らすと,両名の行為が被告人に対する急迫不正の侵害に当たるものとは到底認め難く,被告人は,被害者両名の言動に乗じ,防衛に名を借りた積極的な加害行為に出たものとみるほかはない。

6  次に,弁護人は,被告人が,転倒した後の被害者両名を足蹴にしたのは,被害者両名が再び反撃に出るのではないかとの恐怖心からしたことであり,誤想防衛が成立する旨主張するが,既にみたように,被害者両名は,路上に転倒した後は,被告人の足蹴による攻撃を受けても,抵抗はもとより,ほとんど身動きすらしなかったことが明らかであって,関係証拠を精査しても,被告人が,この時点で,被害者両名が再び反撃に出るのではないかとおそれていたことを窺わせる証拠はないといわざるを得ないから,弁護人の主張はその前提を欠き,およそ採用することができない。

(量刑の事情)

本件は,被告人が2名の被害者を殴打・足蹴にして,1名を死亡させ,1名を負傷させた傷害致死と傷害の事案である。被告人は,酔余,原動機付自転車を運転して被害者らとすれ違った際,同人らと接触しそうになったことから口論となり,いったんはその場を立ち去ったものの,気が収まらず,被害者のうちの1名が原動機付自転車に向かって足を出してきたものと決め付け,同人に謝罪させたいと考えて現場付近に立ち戻り,立ち去ろうとする同人らに詰め寄って揉み合いになり,同人らが警察に行こうなどと言って押し返すなどしたことに激高し,判示犯行に及んだものと認められるのであり,身勝手で衝動的な犯行の経緯,動機に酌量の余地はない。犯行の態様は,被害者Cに対し,手拳でその顔面を殴打して転倒させた上,これを見て腰に組み付くなどして反撃した被害者Eに対しては,腹部付近に攻撃を加え,路上に倒れ,身動きすらしない無抵抗の両名に対し,その頭部,胸部,腹部などをあたかもボールを蹴るように繰り返し足蹴にしたもので,極めて粗暴で執ような犯行である。被害者Cは,このような被告人の理不尽な暴行を受け,約1時間後に死亡したもので,本人の無念さは察するに余りがあるのはもとより,遺族も突然の悲報を受けて悲しみに暮れており,被害者Eについても,肋骨骨折等の重傷を負わされており,犯行の結果は極めて重大である。被害者E自身と被害者Cの遺族は,いずれも被告人に対する厳重な処罰を求めているところ,被告人からは,これまで謝罪や慰謝の措置は何もなされていない状況にあることに加え,被告人には平成4年7月と平成12年11月に傷害等の罪で懲役刑(いずれも執行猶予)に処せられた前科があり,本件が後者の刑の執行猶予期間中の犯行であることにかんがみると,被告人の刑責は相当に重いといわざるを得ない。

そうすると,被告人が犯行の翌日に自首したこと,被害者らを死傷させた結果について責任があることは認めて,公判廷において謝罪の言葉を述べていること,被害者らの側にも挑発的な言動があったことは否定できないこと,被告人の現在の心境など,被告人のために斟酌し得る事情を十分に考慮してみても,被告人に対し,主文の刑を科すことはやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 山田和則 裁判官 岩井佳世子)

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