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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)2601号 判決 2004年4月09日

主文

被告人を懲役10年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  公安委員会の運転免許を受けないで,

1  平成15年9月28日午後4時48分ころ,群馬県a市内の道路において,普通乗用自動車を運転した

2  同年11月2日午後3時36分ころ,埼玉県b市内の高速自動車国道東北縦貫自動車道c線の料金所付近道路において,上記車両を運転した

3  同月6日午前11時11分ころ,同市内の道路において,上記車両を運転した

第2  同月23日午前5時22分ころ,同市内の道路において,上記車両を運転中,自車をブロック塀に衝突させてこれを損壊(損害額合計89,000円相当)する交通事故を起こしたのに,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった

第3  公安委員会の運転免許を受けないで,かつ,酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,同日午前5時25分ころ,同市内の道路(交差点)において,上記車両を運転した

第4  上記第3記載の日時ころ,同記載の信号機により交通整理の行われている交差点を,上記車両を運転して南西方向に向かい時速70ないし80キロメートルで直進するに当たり,対面信号機が赤色を表示しているのを同交差点の停止線の手前約88.8メートルの地点で認めたにもかかわらず,上記速度のまま同交差点に進入したことにより,折から左方道路から青色信号に従って同交差点内に進入してきたA運転の普通乗用自動車右側後部に自車前部を衝突させ,その衝撃によりA運転車両を時計回りに回転させ,同車右後部座席に座っていたB(当時9歳)を車外に放出・転倒させて,同人に腹腔内出血を生じさせる傷害を負わせ,よって,同日午前7時5分ころ,同県d市内の医療法人X会Y病院において死亡させ,同車を運転していたA(当時44歳)に加療約2か月間を要する胸骨骨折,右鎖骨打撲等の傷害を,同車に同乗していたC(当時37歳)に加療約3週間を要する頚椎捻挫の傷害を,同D(当時12歳)に加療約6週間を要する頭部挫創,左肩甲骨骨折等の傷害を,同E(当時3歳)に加療約2週間を要する腰部・右下肢打撲の傷害をそれぞれ負わせた

第5  上記第4記載のとおり,B外4名に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人らを救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった

ものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

被告人の判示第1の各所為はいずれも道路交通法117条の4第1号に,判示第2の所為は同法119条1項10号,72条1項後段に,判示第3の所為のうち,無免許運転の点は同法117条の4第1号に,酒気帯び運転の点は同法117条の4第2号,65条1項,同法施行令44条の3に,判示第4の所為のうち,Bを死亡させた点及びA外3名を負傷させた点はいずれも刑法208条の2第2項後段に,判示第5の所為のうち,救護義務違反の点は道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するが,判示第3の無免許運転と酒気帯び運転は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であり,判示第4の危険運転致死及びA外3名に対する各危険運転致傷は1個の行為が5個の罪名に触れる場合であり,判示第5の救護義務違反及び報告義務違反は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条によりそれぞれ1罪として,犯情の重い無免許運転,最も重い危険運転致死,重い救護義務違反の各罪の刑で処断することとし,判示第1ないし第3及び第5の各罪についていずれも所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第4の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役10年に処し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は,判示のとおりの3件の無免許運転(判示第1)と,連続的に敢行した,物損事故についての報告義務違反,無免許・酒気帯び運転,危険運転致死傷とその際の救護・報告義務違反(判示第2ないし第5)の事案である。被告人は,交通違反を重ねて運転免許を取り消された後も,一向に運転を自粛することなく常習的に無免許運転を反復する過程で判示第1の各犯行に及び,その後,判示第2の犯行当日は,自宅やカラオケ店で長時間にわたり焼酎等を相当量飲んだにもかかわらず,事故さえ起こさなければよいなどという極めて安易で自己本位な考えから,帰宅するため無免許・酒気帯び運転を開始し,途中,パトロールカーで警らしていた警察官に蛇行運転を見咎められて停止を命じられるや,違反行為が発覚すれば逮捕されて実刑を受けることになるなどと考え,同乗者が制止するのも聞き入れず,その場から逃れるため加速して逃走する際,判示第2ないし第5の各犯行に及んだというのであって,交通法規を無視し,自己保身のために他人に及ぼす危険を全く顧みない甚だ自己中心的な犯行は厳しい非難に値するといわざるを得ない。そのうちの最も重大な犯行である判示第4の危険運転致死傷について,犯行態様の詳細をみると,被告人は,パトロールカーの追跡を受けるや,相当の酩酊状態(判示第2の犯行の数十分後に行われた飲酒検知結果によれば,呼気1リットル当たり0.4ミリグラムのアルコールが検出されている)のもとで,時速70ないし80キロメートルもの高速度に加速し,約3.4キロメートルにわたって,一時停止の交通標識や赤色信号を次々と無視して逃走を続け,挙げ句の果てに,赤色信号を無視して突入した交差点内で被害車両に激突したものであり,青色信号に従って進行していた被害車両の側には何らの落ち度もなく,被告人の無謀極まりない運転により,被害車両に乗っていた少年の一命が奪われ,その家族もそれぞれ加療に数週間から2か月間を要する骨折等の傷害を負わされており,結果は極めて重大である。被害者らは,休日の早朝,子供たちが参加するマラソン大会に向かう途中の幸福なひとときから一転して本件の悲惨な事故に遭遇したものであるが,中でも未だ9歳という年齢で将来を絶たれることとなった少年の無念な思いは想像に余りあり,残された家族の喪失感,悲嘆は強く,被害感情は峻烈を極めている。このような重大な交通事故を惹起しながら,被告人が,事故後,自車を乗り捨ててなおもその場から駆け足で逃走していること,被告人が平成14年2月に運転免許を取得して以来,6件もの交通違反を重ねて免許取消処分を受け,平成15年9月には道路交通法違反(無免許・酒酔い運転)の罪で罰金50万円に処せられており,およそ規範意識が欠落しているといわざるを得ない状態であることなども併せ考えると,被告人の刑事責任は誠に重大というほかない。

そうすると,被害者に対し,被告人の母親が葬儀代として合計200万円を工面して送金したほか,今後毎月3万円の被害弁償をすることを約していること,被告人が事実を素直に認めるとともに,被告人なりの反省の言葉を口にして被害者に謝罪していること,被告人が犯行当時20歳と若年であることなど,被告人にとって斟酌すべき事情を十分に考慮しても,被告人に対し,主文の刑を科すことはやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 山田和則 裁判官 塚原由子)

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