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さいたま地方裁判所 平成15年(わ)655号 判決 2003年10月31日

主文

被告人を懲役7年に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  平成15年3月27日午前1時41分ころ,埼玉県a市b(番地等略)付近道路において,運転開始前に飲んだ酒の酔いの影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通乗用自動車を走行させ,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,同日午前1時45分ころ,同市c(番地等略)先の信号機により交通整理の行われている交差点をd市方面からe市方面に向かい時速約60ないし70キロメートルで進行し,同交差点手前の停止線から約10メートル手前の地点で,折から左方道路から信号表示に従い進行してきたA(当時30歳)運転の普通乗用自動車を認めるとともに,同交差点の対面信号機が赤色の灯火信号を表示していたのをようやく認め,急制動の措置を講じたが間に合わず,同交差点内に進入し,同車右側面部に自車前部を衝突させ,その衝撃により,A運転車両を左前方に滑走させて同車後部を同交差点南西角のブロック塀に衝突させ,よって,同人に環椎脱臼骨折等の傷害を負わせ,同日午前3時ころ,a市f(番地等略)所在のa市立医療センターにおいて,同人を上記傷害に基づく高位頚髄損傷により死亡させるとともに,同人運転車両の同乗者B(当時26歳)に全治不明の急性硬膜下血腫,脳挫傷,外傷性くも膜下出血,右肺挫傷等の傷害を負わせた,

第2  判示第1記載のとおり,同日午前1時45分ころ,a市c(番地等略)先道路上において,前記A及びBに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して両名を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった

ものである。

(証拠の標目後のなお書き)

なお,弁護人は,公訴事実第2の事実中,救護義務違反の点を争い,被告人は,被害者の救護を要するほどの事故ではなかったと認識していたと主張する。しかしながら,そのような認識は運転者である被告人の独自の判断に過ぎない上,関係証拠により認められる本件事故の状況,すなわち,被告人運転車両と被害者運転車両の衝突の態様,これによって生じた双方の車両の損傷状況,被害者2名の負傷の程度及び被告人自身の負傷の状況等に徴すると,衝突の際には相当の衝撃があったことが明らかであるところ,被告人も,捜査段階において,自分の感じた衝撃や衝突音の大きさから相手が無傷であるとは到底思えず,少なくとも骨折くらいのけがはしただろうと直感的に考えたと供述し,公判廷においても,これほどの重大な死傷の結果が生じたとは思わなかったと弁解しながらも,被害者らに相応の傷害を負わせたことは分かった旨事故の認識を認める旨の供述をしているから,被告人の飲酒による酩酊の程度を考慮してみても,事故の認識に関する被告人の上記供述は十分に信用できる。したがって,弁護人の主張は理由がない。また,弁護人は,被告人は,いったん現場を離れたものの,すぐに現場に戻ろうとしているから,救護義務違反罪は成立しないとも主張する。しかし,被告人は,本件事故後,直ちに,衝突によりほとんど走行できない状態の車両を運転して現場を離れ,少なくとも500メートル近く走行した事実が認められるから,その後,事故現場に引き返そうとしたという事情があったとしても,これが救護義務違反罪の成立を左右するとはいえない。したがって,この点の弁護人の主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為のうち,危険運転致死の点は刑法208条の2第1項前段(致死の場合)に,危険運転致傷の点は同法208条の2第1項前段(致傷の場合)に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するところ,判示第1及び第2の各所為はいずれも1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,それぞれ刑法54条1項前段,10条により,判示第1については1罪として重い危険運転致死罪の刑で,判示第2については1罪として重い救護義務違反罪の刑で処断することとし,判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,大量の飲酒をし,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で普通乗用自動車を走行させ,信号機により交通整理の行われている交差点の手前で,左方道路から交差点に向かって進行して来る被害者運転車両を認めるとともに,対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのにようやく気が付き,急制動の措置を講じたが間に合わず,自車前部を被害者運転車両の右側面部に衝突させ,相手方車両の運転者を死亡させるとともに,同車の同乗者に全治不明の傷害を負わせた危険運転致死傷(判示第1の事実)と,交通事故を起こした自動車運転者としてまず行わなければならない被害者の救護と警察官に対する事故の報告をせずに現場から離脱した救護義務,報告義務違反(判示第2の事実)の事案である。

被告人は,これまでにも何度か飲酒運転をしたことがあり,飲酒運転を繰り返すうちに,次第に,自分は飲酒運転をしても事故を起こさないなどと過信するようになり,本件事故の前夜,勤務先の同僚数名と酒を飲むために本件車両を運転して居酒屋に出掛け,居酒屋を3軒はしごして多量のビールや日本酒等を飲み,3軒目の店を出たころには酒の酔いの影響で体に力が入らない状態となっており,仲間からも酔っているから少し休むようにと忠告されたにもかかわらず,これを聞き入れずに,後輩を自宅まで送るなどと言って,助手席に後輩を乗せて運転を開始し,走行中も,視界がはっきりせず,道路の段差にも気付かないなど,正常な運転ができない状態に陥っていることを認識しながら,運転を継続したというのであって,飲酒運転の危険性を全く考えずに,安易に犯行に及んだ動機に酌量すべき余地はない。犯行の態様も,検挙時においても呼気1リットル当たり0.7ミリグラムものアルコールを身体に保有しており,視野が狭くなり,ハンドルやブレーキの操作が困難な状態に陥っていたにもかかわらず,時速約60ないし70キロメートルの速度で運転を継続し,交差点や信号機の存在にも気付かないまま,交差点付近に差し掛かり,停止線から約10メートル手前の地点に至って,左方道路から信号表示に従って交差点に進入してくる被害者運転車両のライトを認めて我に返り,対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのにもようやく気が付き,急制動の措置を講じたが間に合わず,交差点内に進入して自車前部を被害者運転車両の右側面部に衝突させ,その衝撃により,同車を滑走させて付近のブロック塀に激突させており,大破した車両の状態からうかがわれる衝突の状況は凄惨というほかはない。その上,被告人は,こうした重大な交通事故を起こしたにもかかわらず,飲酒運転の発覚をおそれて,被害者らを救護せず,その場に放置したまま,大破した車を引きずるようにして走行させて現場から500メートル近くも逃走している。無責任で自己中心的な態度は厳しい非難を免れない。一方,被害者の運転車両は,信号表示に従って交差点内に進入してきており,全く落ち度はない。被告人の無謀運転により,1名を死亡させ,1名に後遺症を伴う全治不明の重傷を負わせており,犯行の結果は極めて重大である。死亡した被害者は,父親と兄一人の3人家族の弟で,音楽活動に熱心な青年であり,就職活動を始めたばかりであったのに,いまだ30歳と人生の途上で一命を奪われており,無念の情は察するに余りある。かけがえのない家族を奪われた遺族の悲しみや憤りも筆舌に尽くし難い。また,負傷した被害者は,死亡した被害者とは結婚を前提に交際していた女性であって,本件事故により愛する人を失い,自らも26歳の若さで後遺症を伴う重傷を負っており,同女の肉体的,精神的苦痛及び家族の心痛,悲嘆は計り知れない。これらの点からすると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

そうすると,被告人が,事実を認め,被害者や遺族にあてて謝罪の手紙をしたため,反省悔悟の態度を示していること,被告人運転車両の自動車保険により,死亡した被害者の遺族に対して総額約6600万円余りを支払う内容の示談が成立していること,負傷した被害者に対しても,治療費が支払われており,将来,適正な賠償がなされることが期待されること,家族が,被害者や遺族に対して誠意をもって謝罪に努めている様子がうかがわれること,これまで交通違反歴はあるものの,前科はなく,特段の問題を起こすこともなく,社会生活を送ってきたものであること,勤務先の会社を懲戒解雇されていること,父親が指導監督を誓っていることなど,被告人のためしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。

(求刑 懲役10年)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 岩井佳世子)

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