さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)1221号 判決 2004年7月13日
久喜簡裁平成一四年(ハ)第三六六号事件(甲事件)原告
X1
甲事件被告
Y1
久喜簡裁平成一五年(ハ)第一一一号事件(乙事件)原告
日新火災海上保険株式会社
乙事件被告
Y2
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、二六万三九一〇円及びこれに対する平成一四年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、乙事件原告に対し、一九万九四八七円及びこれに対する平成一五年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件乙事件ともに、これを二分し、その一を甲事件原告及び乙事件被告の負担とし、その余を甲事件被告及び乙事件原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
甲事件被告は、甲事件原告に対し、六八万四八五〇円及びこれに対する平成一四年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
乙事件被告は、乙事件原告に対し、二九万九二三〇円及びこれに対する平成一五年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車が交差点において出会い頭に衝突した交通事故に関して、第一当事者車両の所有者が第二当事者車両の運転者に対し不法行為に基づき全損となった車両の価額相当分等の損害の賠償を求めた事案(甲事件)及び第二当事者車両の修理代金を支払った保険会社が第一当事者車両の運転者に対し第二当事者車両の所有者の有する損害賠償請求権を代位行使した事案(乙事件)である。
なお、甲事件の損害賠償請求の遅延損害金の起算日は事故発生の当日であり、乙事件の保険代位に基づく請求の遅延損害金の起算日は乙事件の訴状送達の日の翌日である。
一 当事者間に争いのない事実等(証拠等により認定した事実については、その末尾に認定に用いた証拠等を掲げた。)
(1) 交通事故の発生
本訴当事者の関係する下記の内容の交通事故が発生した(以下、この事故を「本件事故」という。)。
記
発生日時 平成一四年七月二四日午後五時五五分ころ
発生場所 埼玉県北埼玉郡北川辺町<以下省略>先交差点
第一当事者 普通自動車 <番号省略>(乙事件被告Y2運転、甲事件原告X1所有。以下「Y2車」という。)
第二当事者 普通自動車 <番号省略>(甲事件被告Y1運転、A所有。以下「Y1車」という。)
事故の態様 Y2車とY1車が出会い頭に衝突したもの
(2) 本件事故現場の状況
本件事故の現場である交差点(以下「本件交差点」という。)のY1車の進行方向手前には、当時、北川辺町が設置した「止まれ とび出し注意」と記載された道路標識(以下「本件標識」という。)が標示され、かつ、路面上には白のペイントで一時停止の注意を促す二列の斜線が標示されていた。
(3) 甲事件原告に生じた損害
ア 本件事故により、Y2車は全損となった。
イ 甲事件原告は、レッカー代金として三万八八五〇円(消費税を含む)を支払った。(乙二)
ウ 甲事件原告は、本件訴訟(甲事件)を提起することを代理人弁護士に委任した。(弁論の全趣旨)
(4) Aに生じた損害
Y1車の修理代金は四九万八七一八円であり、Y1車の所有者であるAはそれと同額の損害を被った。
(5) 乙事件原告による保険代位
乙事件原告は、Aとの間の保険契約に基づき、平成一四年九月三〇日、車両保険金として約定の四九万八七一八円をAに支払った。それに伴いAの乙事件被告に対する損害賠償請求権は乙事件原告に移転した。
二 本件の争点
(1) Y2車の車両損害の額(争点一)
(2) 甲事件被告運転のY2車と乙事件被告運転のY1車の過失割合(争点二)
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点一(車両損害の額)について
(甲事件原告の主張)
甲事件原告は、平成一三年五月二六日有限会社木村モータースから中古車「ローバー一一四S」を代金六八万二五〇〇円で購入したが、この車両の調子が良くなかったため、追加金や返金なしで上記車両とY2車を交換したものである。したがって、甲事件原告はY2車を上記金額で購入したのと同様に解されるところ、購入してから本件事故に遭うまで約一年二か月を経ているので、その間の減価を二割考慮すると、本件事故時の価格は五四万六〇〇〇円となる(計算式:682,500円×0.8)。したがって、この金額を損害額とみるべきである。
よって、甲事件原告の損害額は、上記五四万六〇〇〇円に、レッカー代金三万八八五〇円及び弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があると認められる一〇万円を加えた六八万四八五〇円となる。
(甲事件被告の主張)
甲事件原告が主張する車両損害額の算定方法については、争う。
車両の価格は、あくまで当該車両の時価評価額を基準とするべきである。そうすると、平成七年登録、走行距離八万二六三九kmのY2車の時価評価額は、車検残を加算しても三五万一〇〇〇円が相当である。
(2) 争点二(過失割合)について
(甲事件原告・乙事件被告の主張)
ア 本件事故の態様
甲事件被告は、Y1車を運転して本件交差点に差し掛かった際、本件標識に従って一時停止を励行し、左右の安全を確認して交差点内に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と本件交差点に進入して折から右方交差道路から進行して本件交差点内を走行していたY2車の左側後部に自車前部を衝突させたものである。
イ 本件標識の持つ意味
北川辺町という地方自治体が設置した本件標識は、公安委員会が設置した道路標識ではないにしても、少なくとも民事の損害賠償請求訴訟において過失割合を考慮するに際しては、公安委員会のそれに準じた扱いをするべきであり、それが交通事故を未然に防止しようとする北川辺町の本件標識を設置した目的にもかなうところである。
ウ 甲事件被告・乙事件原告の主張に対する反論
甲事件被告及び乙事件原告は、本件標識は公安委員会の設置したものではないから、これに従う必要はなく、むしろ、本件事故時のY2車及びY1車の進行状況によれば、むしろ「左方優先」の原則によりY1車が優先して本件交差点に進入できる旨主張する。しかし、このような考え方によると、他方で本件標識が存在するので、規制のない道路から安全だと思って本件交差点に進入した車両と、本件標識を無視ないし軽視して進行した車両が交差点内で衝突するのは必至であり、事故を防止する目的で設置した本件標識により、かえって事故が誘発される結果となってしまい、不当である。
エ 本件におけるY2車、Y1車の過失割合
本件事故は、Y2車が本件交差点を通過し終えるころに、その左側後部にY1車が衝突したものであり、一時停止の標識のない道路を進行してきたY2車と、一時停止の標識のある道路から交差点に進入したY1車とを比べると、Y1車の方がより多く非難されてしかるべきである。
以上の観点からすると、Y2車とY1車の過失割合は、公安委員会が設置した正規の道路標識が存在する場合と道路標識が全く設置されていない場合の中間の割合である、Y2車四割、Y1車六割とみるべきである。
(甲事件被告・乙事件原告の主張)
ア 本件事故の態様
Y2車及びY1車が進行した道路はほぼ同じ幅員であるから、そこにおける車両の通行に関しては「左方優先」を基準とすべきである(道路交通法三六条一項)。
本件において、Y1車からみてY2車は右方より、逆にY2車からみてY1車は左方より本件交差点に進入したものであるから、左方優先の原則からすれば、Y1車に優先権がある。それゆえ、Y2車はY1車の進行を妨害してはならず、減速ないし一時停止をしてY1車を先に進行させるべき法律上の注意義務を負っている。しかるに、乙事件被告は、それを怠り減速することなく本件交差点に進入し、自車をY1車に出会い頭に衝突させたものである。
イ 本件標識の持つ意味
本件標識は、道路交通法による交通規制を示す公安委員会が設置した「道路標識」ではないので、法的には一時停止を規制する効力を有しない(道路交通法四条一項、同法四三条)。北川辺町が設置したとしても、単に事実上運転者等に注意を促す標示にすぎない。本件交差点に進入する車両の運転者としては、上記の内容の本件標示の有無に関わらず、細心の注意を払い安全を確認して進行すべき注意義務を負っていることは変わりがない。
本件標識の存在は、過失割合の判断に影響を及ぼすものではないというべきである。
ウ 本件におけるY2車、Y1車の過失割合
以上の観点からすれば、本件標識により、Y1車に一方的に一時停止義務が発生するわけではなく、またY2車に優先通行権が発生するわけでもない。過失割合については、道路交通法に定められた「交通整理の行われていない交差点」における一般的な通行方法に則って判断されるべきである。そうすると、前記のとおり、「左方優先」の原則が妥当することになるので、左方を通行するY1車が優先することになり、その過失割合は最大でも四割とみるべきである。すなわち、Y2車の過失割合は六割又はそれ以上であり、Y1車の過失割合は四割又はそれ以下であると考える。
よって、Y1車の所有者であるAの損害額は、修理代金四九万八七一八円の六割に当たる二九万九二三〇円となる。
第三当裁判所の判断
一 争点一(車両損害の額)について
(1) 証拠(甲二、乙二、甲事件原告本人)によれば、次の事実が認められる。
ア 甲事件原告は、平成一三年五月二六日、有限会社木村モータース(以下「木村モータース」という。)から中古車である「ローバー一一四S」(以下、単に「ローバー」という。)を代金六八万二五〇〇円で購入した。
イ ローバーは、間もなく甲事件原告のもとに納品されたが、しばしば故障が発生し、何度か修理をした後もブレーキペダルが重いという不具合があり、女性である乙事件被告(甲事件原告の妻)が安全に運転するには不安を感じる状態であった。
ウ そこで、甲事件原告は、売主である木村モータースに対して、ローバーの代替車として、ホンダ・トゥデイ(Y2車)を提供するように求め、木村モータースもこれを了承したため、甲事件原告はY2車を取得することになった。ただし、木村モータースと甲事件原告との間でローバーとY2車の交換に関する契約書等の書類は作成されていない。甲事件原告は、上記の経緯から、取得時のY2車の価格は、ローバーの価格を一定の期間乗車したことにより減額したものになると認識していた。
エ 乙事件原告会社の担当者が作成した自動車損害調査報告書(乙二)によれば、Y2車と同じ製造年・型式のホンダ・トゥデイの価格は三三万円である。また、Y2車の車検の残存期間は二一か月であり、それに相当する価値は一か月一〇〇〇円として二万一〇〇〇円である。
(2) 前記(1)で認定した事実によれば、Y2車について取得時の時価(ないし交換価格)を証する客観的な証拠は存在しないのであるから、本件事故により全損となったY2車の事故当時の価格については、当初に購入したローバーの価格ではなく、同種同等の車両(中古のホンダ・トゥデイ)の価格を参考に算定するほかないと考えられる。
これに対し、甲事件原告は、Y2車の時価は甲事件原告が最初に購入した車両であるローバーの購入時の価額を基準に二割の減価を施したものとすべきであると主張する。しかし、中古車が損傷を受けた場合、当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によって定めるべきであるところ(最判昭和四九年四月一五日民集二八巻三号三八五頁参照)、本件においてこれと異なり甲事件原告の主張する価格の算定方法を採用すべき合理的な理由は存しない。甲事件原告の見解は独自の主張であって採用することができないというべきである。
以上によれば、Y2車の本件事故時の時価は、前記(1)エに基づき、三三万円と二万一〇〇〇円を合計した三五万一〇〇〇円と評価するのが相当である。
二 争点二(過失割合)について
(1) 証拠(甲四、七、乙二、五、六、甲事件被告本人、乙事件被告本人)及び前記当事者間に争いのない事実等を総合すると、本件事故の発生状況等に関し、次の各事実が認められる。
ア 本件事故現場の状況等
本件事故現場は交通整理の行われていない町道の交差点であり、東西の方向の道路(以下「東西方向道路」という。)と南北の方向の道路(以下「南北方向道路」という。)が交わっている。本件事故の後に当事者の立会のもとで作成された実況見分調書(乙六)によると、東西方向道路の幅員は五・二mであり、南北方向道路の幅員は本件交差点の南側で四・七m、北側で四・四mである。そして、南北方向道路の南から北に向かう進路上の本件交差点の手前には「止まれ とび出し注意」と記載された北川辺町の設置に係る本件標識が標示され、かつ、路面上には白のペイントで一時停止の注意を促す二列の斜線が標示されていた。本件交差点には、本件事故当時、本件標識の外に埼玉県公安委員会が設置した正規の交通標識は存在していなかった(ただし、現在、本件標識は公安委員会の「止まれ」の道路標識に換わっている。)。そして、甲事件被告、乙事件被告とも本件事故現場を普段から通っていて、本件交差点に本件標識が設置されていることは知っていた。
本件交差点の東南側(東西方向道路の南側でかつ南北方向道路の東側)には、ビニールハウスの骨組があり、ところどころ破れたビニールが残っていたが、双方の道路を進行する車両にとって相手方の見通しを妨げるものではなかった。また、本件交差点の東北側(東西方向道路の北側でかつ南北方向道路の東側)には民家やそれを囲む塀があり、東西方向道路の進行方向右側の見通しは不良であった。
イ 本件事故の発生に至る経緯
乙事件被告は、Y2車を運転して東西方向道路を東から西(群馬県邑楽郡板倉町方面)に向けて時速約四〇kmの速度で進行していたが、本件交差点の手前約五〇mの地点で進行方向右側の見通しが悪いことから少し速度を落とし、時速約三〇kmの速度で本件交差点に向かって進行していった。
甲事件被告は、Y1車を運転して南北方向道路を南(加須市)から北(栃木県下都賀郡藤岡町方面)に向けて進行していたが、本件交差点の手前約五〇mの地点で東西方向道路を見通したところ、どちらの方向からも車両が来ていないと判断したことから、本件交差点の手前で一時停止したり徐行したりすることなく時速約二〇kmから時速約三〇kmの間の速度で本件交差点に向かって進行していった。
ウ 本件事故の状況
乙事件被告は、本件交差点の手前約三四mの地点で南北方向道路を南から北に向かって進行するY1車を発見したが、自車(Y2車)の方が本件交差点から近い位置にあり、かつ、Y1車の進行方向には本件標識があって一時停止をすることが期待されたことから、自車が先に本件交差点を通り抜けることができると判断した。そこで、乙事件被告は、見通しの悪い右方道路からの進行車両の有無には注意をしたものの、左方道路(Y2車の進行方向)からの進行車両には注意を払うことなく本件交差点に進入した。
甲事件被告は、前記のとおり東西方向道路には本件交差点に向かって進行する車両はないものと判断したため、本件標識の存在は認識していたものの減速することなく進行したところ、本件交差点の人口の地点に至り初めて東西方向道路を東から西に向かって進行するY2車に気づき急ブレーキをかけたが、お互いの距離が接近していたためブレーキが効くより前に、先に本件交差点に進入していたY2車の左リアファインダー付近にY1車のフロントバンパー左側が衝突した。この衝突の後、Y1車は衝突地点から約三・三m先の地点で停止した。他方、Y2車は、衝突の衝撃で横転して一回転した後、車両前部を東側(進行方向と反対側)に向けた状態で、本件交差点の南西側(進行方向左側)の田んぼの中に落ちて停止した。
(2) 事実認定の補足説明
甲事件被告Y1は、本人尋問において「(Y2車は)右にあったものが、(次の瞬間には)左にあったから、スピード感はスピードが出ていたほうには思っていました。」(本人尋問調書九頁)と、Y2車が高速で本件交差点に進入したという趣旨の供述をしている。
しかしながら、乙事件被告Y2は、「私はあそこの交差点(本件交差点)では必ず手前で徐行するというか、減速する癖があるのです、ブレーキを踏んだのですよね」(本人尋問調書六頁)と供述しているうえに、前記認定のとおりY2車の進行方向右側の見通しは悪く、右方から本件交差点に向かって車両が進行してくる可能性があるのであるから、本件交差点を過去に何度も通ったことのある乙事件被告が減速しないまま、高速で本件交差点を通過しようとしたとは考えにくい。
なるほど、Y2車の破損状況をみると、フロントガラスは完全に壊れ、ピラーからルーフにかけての損傷は大破といえる程度のものであって、Y1車の損傷と比べ、破損の程度は大きいといえる。しかし、Y2車は衝突の直後横転したものであるところ、自動車損害調査報告書(乙二)によれば、ルーフ右側面及び左フェンダーから左フロントピラー、ルーフ左前にかけての損傷は横転によるものであるとされており、Y2車の破損の程度が大きいことから直ちに高速で走行していたものと推定することはできない(なお、Y2車が横転した主な原因は衝突箇所が左側後部であったことに求められ、横転したこと自体から、高速で走行していたと推定することもできない。)。さらに、Y2車はゆっくりと横転していたこと(Y1の本人尋問調書一〇頁)、Y2車が停止した田んぼの中の場所は衝突地点から直線距離で一一・六mの地点であるところ、仮にY2車が高速で走行していたとすれば、停止位置はもっと本件交差点から離れた地点になると思われることなどからすると、Y2車の速度はY1車の速度を多少は上回るとはいっても、せいぜい時速約三〇km程度にとどまるものというべきである。Y2車が高速で本件交差点に進入した旨の甲事件被告Y1の供述は採用することができない。
(3) 本件における過失割合
ア 本件標識の効力
本件標識は地方自治体である北川辺町が設置したものではあるが、公安委員会が正規に設置したものではないから、道路交通法二条一項一五号にいう道路標識には当たらない。しかし、本件標識は法的根拠を欠くとはいうものの、本件交差点に南方から進入する車両に対し、同所が危険な箇所であることを警告し、その注意を促す趣旨のものであるから、法的に何ら意味を有しないと解すべきではなく、注意義務を判断する上で考慮すべき一つの事情になりうるものというべきである。そもそも、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟は、国家が被告人(加害者)に対して刑罰権を行使する刑事訴訟とは異なり、被害者の救済及び損害の公平な負担を目的とするものであるから、このように解したとしても、法の趣旨・目的に反するものとはいえない。
イ 考慮すべき事情
本件事故の態様は、前記(2)認定のとおりであるところ、本件事故が発生した原因は、乙事件被告が右方道路からの進行車両の有無に気をとられ、左方道路からの進行車両に対する注意を怠って本件交差点に進入したことと甲事件被告が交差道路の進行車両の動きに十分注意することなく漫然と本件交差点に進入したことに求められる。
そして、双方の過失割合を考える際に考慮すべき事情としては、Y2車がY1車よりもわずかではあるが先に本件交差点に進入していたこと、乙事件被告は本件標識の存在を知っていたためY1車が本件交差点の手前で一時停止するものと信頼したこと、甲事件被告は本件標識の存在を知っていたのに一時停止も徐行もしなかったこと、Y2車の速度はY1車の速度と同じか多少それを上回る程度であったこと、一般に本件交差点と同じ同幅員の道路が交わる交差点で、一方に公安委員会の一時停止標識がある場合の過失割合は標識のある側が八割、標識のない側が二割と考えられ、何ら交通標識が存在しない場合の過失割合は左方車が四割、右方車が六割と考えられていることを挙げることができる。
ウ 過失割合についての判断
前記の諸事情を総合すると、本件事故の原因は双方が交差道路を交差点に向かって進行する相手方車両の動静につき注意を怠り、漫然と本件交差点に進入したことに求められるが、双方の過失の程度を比較すると、法的根拠を欠くとはいえ注意を促す意味を持つ本件標識に従わず、一時停止も徐行もすることなく本件交差点に進入した甲事件被告の方が過失は大きいと言わざるをえない。そして、過失の割合は、Y2車を運転していた乙事件被告が四割、Y1車を運転していた甲事件被告が六割とするのが相当である。
エ まとめ
以上の認定判断によれば、甲事件において、甲事件原告に生じた損害の額は、Y2車の時価である三五万一〇〇〇円にレッカー代金である三万八八五〇円を合計した三八万九八五〇円の六割に当たる二三万三九一〇円に弁護士費用相当額の三万円を加えた二六万三九一〇円であると認められる。
そして、乙事件において、Aに生じた損害の額(同人の損害賠償請求権はその後保険代位により乙事件被告に移転した。)は、修理代金である四九万八七一八円の四割に当たる一九万九四八七円となる。
第四結論
以上の次第で、甲事件原告の請求は二六万三九一〇円及びこれに対する本件事故の発生した日である平成一四年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、乙事件原告の請求は一九万九四八七円及びこれに対する乙事件の訴状が送達された日の翌日である平成一五年五月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお、仮執行宣言については、甲事件、乙事件のいずれの請求についても相当でないからこれを付さないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 和久田道雄)