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さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)1910号 判決 2004年10月22日

原告 X株式会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 柴崎栄一

同 椿正隆

同 井上清彦

同 山﨑祐史

同 舘岡一夫

被告 Y1(以下「被告Y1」という。)

被告 Y2(以下「被告Y2」という。)

被告 Y3(以下「被告Y3」という。)

上記被告ら訴訟代理人弁護士 久保利英明

同 菊地伸

同 松山遙

同 大塚和成

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告Y1は、原告に対し、11万2437円及びこれに対する平成15年5月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告Y2は、原告に対し、10万0466円及びこれに対する平成15年6月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告Y3は、原告に対し、11万9780円及びこれに対する平成15年6月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、液化石油ガス(以下「LPガス」という。)販売業者である原告が、一般消費者である被告らの建物にLPガス設備(供給設備及び消費設備)を設置し、各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、これを解約する場合には、各被告は原告に対して消費設備の残存価格(耐用年数15年)を支払うとの合意(以下「本件合意」という。)をしたところ、被告らがLPガス供給契約を解約したとして、各被告に対し、主位的には本件合意は停止条件付売買契約であると主張し、LPガス消費設備の売買代金として、予備的には本件合意は利害調整合意である主張し、原告が被ったLPガス消費設備費用相当損害金として、それぞれ、契約書面記載の計算式によるLPガス消費設備の残存価格(被告Y1につき11万2437円、被告Y2につき10万0466円、被告Y3につき11万9780円)及びこれに対する商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金(その起算日は、支払催告日以後の日であり、被告Y1につき平成15年5月28日、被告Y2及び同Y3につき同年6月4日である。)の支払いを求めた事案である。

これに対し、被告らは、LPガス消費設備は各被告の建物所有権に属していたとして、本件合意は、それが停止条件付売買契約だとすれば、原始的不能あるいは錯誤により無効であり、それが利害調整合意だとしても、被告らに利得はないので、原始的不能あるいは錯誤により無効であり、また、本訴の提起及びその主張内容が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に反するなどと主張して、原告の主張を争った。

2  本件訴訟の経緯等

(1)  原告は、平成15年6月27日、所沢簡易裁判所に本件訴えを提起した。

(2)  所沢簡易裁判所は、同年8月20日、本件訴訟を、民事訴訟法19条1項に基づき、当庁に移送する旨の決定をした。

3  前提事実(証拠により認定した事実については、その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)

(1)  原告

ア 原告は、LPガス販売業者であり、LPガス設備の設置工事及びLPガスの販売等を目的とする株式会社である(甲1、17、18)。

なお、LPガス設備は、供給設備(LPガス容器からLPガスメーター出口までの設備/LPガス容器・調整器・供給管・LPガスメーター等)と消費設備(LPガスメーター出口から燃焼器までの設備/配管等)に分けられる(乙10等)。

イ B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)は、原告に勤務する社員である(甲17、18)。

(2)  LPガス設備に関する書面の交付等

ア 被告らは、いずれも、aハウジング株式会社(以下「aハウジング」という。)から土地及び建物を購入し、その引渡しを受けた(甲17、18、乙1~3、18の②、19の②、20の②)。

イ 原告は、各被告が上記アの各物件に入居する以前に、当該各物件(建築中ないし完成後)に、LPガス設備を取り付けた(甲3、8、12、17、18)。

ウ 原告社員は、各被告が入居したころ、各被告宅を訪れ、各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、「LPガス設備に関する契約書」等の表題がある書面(甲2、7、11。以下「本件合意書」という。主な記載事項は後記(3)参照)及び「LPガス設備確認書」等の表題がある書面(甲4、9、13。以下「本件通知書」という。主な記載事項は後記(4)参照)に各被告の署名・押印を得て、これらを各被告に交付した(甲17、18、乙18の②、19の②、20の②)。

その後、原告は、このLPガス供給契約に基づき、各被告にLPガスを供給した。

エ 被告らは、それぞれ、LPガス販売業者を日本瓦斯株式会社に切り替えることとし、平成15年5月19日、原告に対し、原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲5、10、14)。

オ 原告は、各被告につき本件合意書及び本件通知書記載の計算式によりLPガス消費設備の残存価格を算出し、平成15年5月27日、被告Y1に対しては11万2437円を、被告Y2に対しては10万0466円を1週間以内に、被告Y3に対しては11万9780円を1週間以内に、各支払うよう請求した(甲6、15、弁論の全趣旨)。

(3)  本件合意書(甲2、7、11)

ア 本件合意書は、左側部分には「LPガス設備に関する契約書」との表題が、右側部分には「LPガス設備内容」との表題が付けられおり、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液化石油ガス法」という。)に基づき、原告(下記記載中の「甲」)と各被告(下記記載中の「乙」)の間のLPガス設備に関する合意の内容を記載した書面である。

イ 本件合意書の左側部分には、下記の条項が記載されている。

第1条(LPガス設備の区分と所有権)

液化石油ガス法に基づき、LPガス容器からLPガスメーター出口迄の設備が供給設備、LPガスメーター出口からお客様側の設備は消費設備とし、甲所有のLPガス設備は、「LPガス設備内容」に記載の通りです。

第3条(LPガス設備の費用負担)

1.甲が所有する供給設備費用は、乙の入居者であるLPガス消費者が支払う月々のLPガス基本料金に含まれます。

2.甲が所有する消費設備は「LPガス設備内容」に記載の通りです。尚、乙は甲の所有する消費設備をいつでも買い取ることができます。

第5条(契約解除)

1.乙は次の場合契約の解約が出来ます。

(1)  乙が甲以外のLPガス事業者に変更を希望する場合。

((2)ないし(4)省略)

2.契約解除の手続きは、次の通りとします。

((1)、(2)、(4)ないし(6)省略)

(3)  乙は、甲が所有する貸付消費設備を「LPガス消費設備内容」に基づき、甲から買い取り精算します。

ウ 本件合意書の右側部分の「2.弊社所有の設備」の項に、消費設備である「配管」の欄に「一式」の金額として、被告Y1の本件合意書(甲2)には13万9640円、被告Y2の本件合意書(甲7)には12万4771円、被告Y3の本件合意書(甲11)には13万6095円との記載があるが、その他の欄には、いずれも、数や金額の記載はない。

エ 本件合意書の右側部分の「3.契約解除時の買い取り費用」の「設備・機器」欄には「配管・金属フレキ、コック等、家屋に付帯する設備」との記載が、「年数」欄には「耐用年数15年」との記載が、「費用計算方法」欄には「A-A×0.9×0.0666×経過月数/12=買い取り価格」との記載がある。

オ 本件各合意書の右側部分の一番下に、原告の社名の印刷文字とその押印、及び各被告の署名・押印がある。

(4)  本件通知書(甲4、9、13)

ア 本件通知書は、表面の左側部分には「LPガス保安業務」との表題が、同右側部分には「LPガス設備確認書」との表題が、裏面には「LPガスご利用のお知らせ」との表題が付けられており、液化石油ガス法14条に基づき、LPガス供給契約を締結するにあたって、消費者に対して同条所定の事項を通知するために交付が義務づけられている書面である。

イ 本件通知書の表面の右側部分の「2.弊社側所有の設備」の項の「消費設備」の欄には、「配管」・「数」欄に「一式」の印刷文字があるほか、被告Y1及び同Y2については、「警報器」・「数」欄に「1」という手書きの記載があるが、「金額」欄についてはいずれも記載はない。

ウ 本件通知書の表面の右側部分の「3.契約解約時または中途の買い取り費用」の項には、上記(3)エと同様の記載がある。

エ 本件各通知書の表面の右側部分の上部には、交付日及び確認年月日の記載、各被告の署名・押印がある。

オ 本件通知書の裏面には、下記の条項が記載されている。

7.LPガス設備の所有関係

(1)  供給設備は、LPガス容器からLPガスメータ出口までの設備で弊社の所有物です。

(2)  消費設備は、LPガスメータ出口からガス器具(燃焼器)までの設備で、お客さまが費用を負担される場合はお客さまの所有物です。

ただし、弊社が費用を負担した場合は弊社の所有物です。

(3)  弊社所有の供給設備、消費設備は別紙「LPガス設備確認書」記載の内容の通りです。

9.LPガス設備の費用負担

(1)  弊社所有の供給設備費用は、お客さまが支払う月々のLPガス基本料金に含まれます。

(2)  お客さまが費用を負担した消費設備は、LPガス料金に含まれません。

ただし、弊社が費用を負担し所有する消費設備は、LPガス貸付設備料金として、お客さまはその料金を弊社にお支払いいただきます。

(3)  弊社が、所有する消費設備のLPガス貸付設備料金は、別記「LPガス設備確認書」記載の通りです。

なお、弊社が所有する消費設備は別記「LPガス設備確認書」に基づき、お客さまは、いつでも買い取ることができます。

13.お客様が解約を希望する場合の手続き

((1)、(2)、(4)ないし(6)省略)

(3)  弊社が所有する消費設備は別記「LPガス設備確認書」の内容に基づき、お客様は買い取り精算していただきます。

4  争点

(1)  LPガス設備に関する原被告間の合意(本件合意)の法的性質について

ア 本件LPガス消費設備は、建物への附合等により、各被告所有のものであるかどうか。(争点1)

イ 本件合意は、それが停止条件付売買契約であるとした場合、有効に成立しているかどうか。(争点2)

ウ 本件合意は、それが当事者間の利害(不当利得関係)を調整した合意であるとした場合、有効に成立しているかどうか。(争点3)

(2)  本訴の提起及びその主張内容は、独占禁止法に違反し、無効かどうか。(争点4)

5  原告の主張

(1)  被告Y1に対する請求原因

ア 原告は、平成12年2月18日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y1所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は13万2990円である(甲3)。

イ 原告と被告Y1は、平成12年2月18日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような本件合意をした(甲2記載の第5条2(3)及び甲4裏面記載の第13項(3)参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y1は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格(耐用年数15年)を支払う。

A(設置時の費用)-A×0.9×0.0666×経過月数÷12

ウ 被告Y1は、平成15年5月19日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲5)。

エ 被告Y1は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数39か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として11万2437円を支払わなければならない。

13万2990円-13万2990円×0.9×0.0666×39÷12=10万7083円

10万7083円×1.05=11万2437円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年5月27日、被告Y1に対し、上記金員の支払いを請求した。

カ よって、原告は、被告Y1に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である11万2437円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成15年5月28日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2)  被告Y2に対する請求原因

ア 原告は、平成12年3月3日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y2所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は11万8830円である(甲8)。

イ 原告と被告Y2は、平成12年3月3日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような本件合意をした(甲7記載の第5条2(3)及び甲9裏面記載の第13項(3)参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y2は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格(耐用年数15年)を支払う。

A(設置時の費用)-A×0.9×0.0666×経過月数÷12

ウ 被告Y2は、平成15年5月19日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲10)。

エ 被告Y2は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数39か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として10万0466円を支払わなければならない。

11万8830円-11万8830円×0.9×0.0666×39÷12=9万5682円

9万5682円×1.05=10万0466円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年5月27日、被告Y2に対し、上記金員を1週間以内に支払うよう請求した。

カ よって、原告は、被告Y2に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である10万0466円及びこれに対する支払期限の翌日である平成15年6月4日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(3)  被告Y3に対する請求原因

ア 原告は、平成13年5月10日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y3所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は12万9615円である(甲12)。

イ 原告と被告Y3は、平成13年5月10日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような本件合意をした(甲11記載の第5条2(3)及び甲13裏面記載の第13項(3)参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y3は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格(耐用年数15年)を支払う。

A(設置時の費用)-A×0.9×0.0666×経過月数÷12

ウ 被告Y3は、平成15年5月19日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲14)。

エ 被告Y3は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数24か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として11万9780円を支払わなければならない。

12万9615円-12万9615円×0.9×0.0666×24÷12=11万4077円

11万4077円×1.05=11万9780円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年5月27日、被告Y3に対し、上記金員を1週間以内に支払うよう請求した。

カ よって、原告は、被告Y3に対し、本件合意に基き、LPガス消費設備の残存価格である11万9780円及びこれに対する支払期限の翌日である平成15年6月4日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(4)  本件合意の法的性質及び本件の訴訟物

ア 主位的主張(停止条件付売買契約)

本件合意には、原告がLPガス設備を所有することを前提に、これを各被告に貸与し、「被告らが、自己の都合により原告との間のLPガス供給契約を解約する場合、原告に対し、消費設備の償却後の残存価格(耐用年数15年)を支払う」(甲2、7、11の各第5条2(3)、甲4、9、13の各裏面第13項(3)参照)旨の合意が含まれている。

これは、被告らが、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を解約したことを停止条件として、原告と各被告の間のLPガス設備の貸与契約が解約され、売買契約の効力が生じ、買主である各被告が売買代金を支払うべきことを定めたものである。

本件においては、上記(1)ないし(3)の各ウのとおり、各被告が自己都合により原告との間のLPガス供給契約を解約し、停止条件が成就し、各被告は、本件合意に基づき、原告に対し、売買代金としてLPガス消費設備の残存価格を支払う義務を負う。

以上のとおり、本件訴訟物は、主位的には、LPガス消費設備に関する停止条件付売買契約に基づく売買代金請求権である。

イ 予備的主張(利害調整合意)

本件合意書(甲2、7、11)の各右側記載の第3項に「契約解除時の買い取り費用」欄が設けられ、同左側記載の第5条2項(3)には「乙(被告ら)は、甲(原告)が所有する貸付消費設備を『LPガス消費設備内容』に基づき、甲から買い取り精算します。」と記載され、また、本件通知書(甲4、9、13)の各裏面記載の第13項(3)には「弊社が所有する消費設備は別記『LPガス設備確認書』の内容に基づき、お客さまに買い取り精算していただきます。」と記載されている。

そして、各被告所有建物のLPガス設備の設置費用は、被告らは負担しておらず、原告が負担したのであり、被告らがLPガス販売業者を原告から他の業者に変更した場合には、被告らはそのLPガス消費設備を引き続き使用してLPガスの供給を受けるという事態が生じるので、原告と各被告の間に生じた本件LPガス消費設備に関する利害を調整しなければならないところ、原被告間の本件合意は、そのような場合に、各被告が、原告に対し、原告が先行投資として各被告所有建物に設置したLPガス消費設備の残存価値相当額を返還することとして、両者間の利害(不当利得関係)の調整をすることを予定した合意である。

本件においては、上記(1)ないし(3)の各ウのとおり、被告らは原告との間のLPガス供給契約を解約し、原告がその費用負担のもと設置したLPガス消費設備を引き続き使用して、原告以外のLPガス販売業者からLPガスの供給を受けることとなり、原告と各被告の間に不当利得関係が生じたので、各被告は、原告に対し、本件合意に基づき、LPガス設備費用相当損害金請求としてLPガス消費設備の残存価値相当額を返還する義務を負う。

以上のとおり、本件訴訟物は、予備的には、原告と各被告の間の利害を調整する合意に基づくLPガス設備費用相当損害金請求権である。

6  被告らの主張

(1)  主位的訴訟物について(争点1、2)

下記ア(建物への附合)、イ(住宅売買契約に含まれていること)及びウ(即時取得)のとおり、各被告所有建物に設置されたLPガス消費設備は、当該各被告が所有するものである。したがって、本件合意は、自己の所有物を他人から買い取るという原始的不能あるいは不合理な内容の合意であるので、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効である。

ア LPガス設備の建物への附合

(ア) 住宅とは、人の居住の用に供する家屋である(住宅の品質確保の促進等に関する法律2条1項参照)。住宅といえるためには、消費者が家具調度品を持ち込めば直ちに住める状態になっていなければならず、現代生活においては、電気・ガス・水道が整備されている必要があり、ガス設備が設置されていなければ住宅としては不完全であり、住宅の機能を果たさない。また、ガス設備は、一般に、住宅の床下や壁の中に設置され、しかも基礎のセメントに埋まったり、壁にコーキングされたり、支持金具で止められた状態で住宅に付着しており、ほとんどの場合、床や壁を破壊しない限り分離・復旧することができない状態にあるため、通常は、住宅と一体化して、住宅から独立して所有権の客体とはなり得ない。したがって、ガス設備は、経済的観点からも物理的観点からも住宅の一部分である。

本件において、LPガス消費設備は、その現況(乙18の①、19の①、20の①)からすれば、各被告所有建物に附合(強い附合)し、その構成部分となっているのであり、原告はその所有権を留保し得ない(民法242条)。

仮に、本件LPガス消費設備が、建物から独立した所有権の客体になり得るとしても、原告がその所有権を留保していることを第三者に主張するためには、その所有権を公示する対抗要件を具備していなければならないところ、本件において、原告は、各被告との関係で、LPガス設備の所有権について公示する対抗要件を具備していなかったのであり、第三者である各被告に対し、所有権を主張できない。

(イ) 原告は、本件合意書(甲2、7、11)及び本件通知書(甲4、9、13)を理由に、各被告所有建物に設置されたLPガス消費設備の所有権が原告にあると主張する。

しかし、本件合意書の第2項を見ると、「弊社所有の設備」について記載があるものの、同時に交付された本件通知書の表面右側部分の第2項を見ると、いずれも「弊社側所有の設備」の「消費設備」欄の「形式」、「数」、「設置年月」及び「金額」欄に記載がなく、原告はLPガス消費設備を所有していないことを示す記載となっている。

このように、原告は、記載内容が矛盾する2つの書面を同時に各被告に交付しているのであり、各被告がこれらの書面に署名・押印したとしても、これにより各被告が自宅建物の床下や壁の中に設置されたLPガス消費設備を原告が所有することを前提とした合意をしたものとはいえない。被告らは、LPガスの供給を受けるに際して、ガス開栓のために必要な書類として、これらの書面に調印したに過ぎない。

イ LPガス設備が住宅売買契約に含まれていること

以下の理由により、LPガス消費設備は、不動産販売業者(aハウジング)と各被告の間の売買契約の目的物に含まれており、各被告は、いずれも、LPガス消費設備の代金を含んだ売買代金をaハウジングに支払済みであり、同社からLPガス消費設備を住宅と一体の売買目的物として有償取得した。

(ア) 上記ア(ア)のとおり、ガス設備は、経済的観点からも物理的観点からも住宅の一部分であり、通常の住宅供給契約(請負・売買)においては、ガス設備は住宅と一体の取引客体となるのであるから、住宅供給契約においてガス設備を取引客体から除外する旨(別途工事とする旨)の特約がなされない場合には、当然、ガス設備も住宅と一体として取引客体となるのが取引上の慣行である。したがって、aハウジングと各被告との間の住宅売買契約においても、LPガス設備を取引客体から除外する旨の特約がなされていない場合には、当然、LPガス設備も住宅と一体の取引客体となっていたというべきである。

これは、弁護士照会に対する社団法人全日本不動産協会の回答(乙4の②)、建設省(現・国土交通省。以下同じ)の指導(乙6、7)、公正取引委員会の指摘(乙8)、通商産業省(現・経済産業省。以下同じ)の指摘(乙9)、財団法人日本エネルギー経済研究所の指摘(乙10)、社団法人首都圏不動産公正取引協議会の指摘(乙11)によっても裏付けられる。

そして、aハウジングと各被告の不動産売買契約に関して作成された不動産売買契約書及び重要事項説明書には、LPガス設備を売買目的物から除外する旨の特約は記載されていない。

(イ) また、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)は、買主に対し、水道・電気・ガス・給排水設備について住宅代金とは別途の特別の負担を求める場合には、その旨を記載した書面を交付し、説明しなければならないと規定している(同法35条1項4号)。すなわち、同規定は、住宅代金にガス設備代金が含まれることを取引の原則と考えており、住宅代金とは別途の特別の負担を買主に求める場合には、「負担金(有)」と記載することを要すると定めているのである。そして、宅地建物取引業者は、上記宅建業法の規定に従って重要事項説明書を記載し、説明しているのが通常であり、あえて法律を遵守せず、消費者を騙す意図をもって重要事項説明書の記載をしているとは、通常は考えられない。

そうすると、被告らが交付を受けた重要事項説明書(乙1~3)によれば、いずれの被告についても、住宅代金とは別途の特別の負担がある旨の記載はなく、住宅売買代金にはLPガス設備の代金が含まれていることが分かる。

(ウ) なお、原告は、LPガス業界における無償配管の慣行を理由として、不動産販売業者と各被告の間の住宅売買代金にはLPガス設備の代金は含まれていないと主張するが、無償配管の慣行は、平成11年に公正取引委員会(乙8)や通商産業省(乙9)が、かかる慣行の撤廃を社団法人日本エルピーガス連合会に要請したことにより、現在では存在しない慣行である。

仮に、無償配管の慣行の名残で何らかの取り決めがなされたとしても、それはあくまで業者間の内部事情に過ぎないのであり、消費者は無償配管慣行の存在を知らないのが通常であるから、不動産販売業者・消費者間の不動産売買契約において、かかる業者間の内部事情が適用されるためには、住宅販売業者がかかる慣行の存在を消費者に明示して、消費者の承諾を得なければならない。

本件において、被告らが交付を受けた重要事項説明書(乙1~3)によれば、aハウジングが無償配管の慣行の存在を各被告に明示して、その承諾を得たものとはいえない。したがって、無償配管の慣行を理由に、aハウジングと各被告の間の住宅売買の代金にLPガス設備の代金が含まれていないということはできない。

ウ 即時取得

仮に、LPガス消費設備が各被告所有建物に附合しておらず、原告の所有であったとしても、上記イのとおり、各被告は、LPガス消費設備が住宅に含まれるものとして、善意無過失でこれを有償取得したのであるから、LPガス消費設備の所有権を善意取得した(民法192条)といえる。

(2)  予備的訴訟物について(争点1、3)

ア 消費者契約法3条1項は、事業者が消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の理解を深めるために情報を提供すべき努力義務を負うと規定しており、同規定の趣旨からすれば、消費者契約が約款取引によりなされた場合、約款の文言を超えて、消費者に不利な内容の契約の成立を認めることは許されないことになる。

本件においても、特段の事情が認められない限り、契約書の文言を超えた別類型の契約の成立を認めるべきではない。この点、本件合意書(甲2、7、11)によれば、LPガス設備について「買い取り精算」、「買い取り費用」との記載があるのみであり、当該記載からは、LPガス設備について売買の合意がされたものと認められるのであり、これを超えて、附合に伴う利害の調整の合意が成立したとは認められず、同合意による契約責任を被告らに負わせなければならない特段の事情は認められない。

したがって、本件合意は、LPガス設備に関する売買契約であり、附合に伴う利害の調整に関する合意ではない。

イ 原告は、各被告所有建物に設置されたLPガス設備は、原告の費用負担のもと設置されたものであり、被告らはLPガス設備について設置費用を負担していないので、被告らには利得があると主張する。

しかしながら、上記(1)イのとおり、LPガス設備は、aハウジングと各被告の間の住宅売買契約の目的物に含まれており、各被告は、いずれも、LPガス設備の代金を含んだ住宅売買代金をaハウジングに支払済みであり、同社からLPガス設備を住宅と一体の売買目的物として有償取得したのであるから、本件LPガス消費設備について何ら利得はない。

したがって、原告と各被告の間には不当利得関係は存在せず、その存在を前提とする両者間の利害の調整の合意は、原始的不能あるいは不合理な内容の合意であり、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効である。

ウ 無償配管の慣行により、不動産販売業者は、その下請業者であるLPガス販売業者に、無償でLPガス配管設備を設置させることになり、その分の原価(直接経費)を抑えることができるというメリットを受ける。LPガス販売業者が、このように不動産販売業者にメリットを与えるのは、その見返りとして、入居者を新規顧客として紹介してもらうためである。すなわち、無償配管の慣行は、不動産販売業者がLPガス販売業者に顧客を紹介することの対価(顧客紹介料)の実質を有するのであり、配管費用は、営業経費・宣伝費に相当するものとして支出されているに過ぎない。

したがって、原告がLPガスを販売するという目的を達することができないとしても、上記配管費用は、本来、原告自らの企業リスクにおいて負担しなければならない性質の費用であり、被告らに請求することはできない。

(3)  本訴の提起及びその主張内容が独占禁止法に違反すること(争点4)

ア LPガス販売の規制緩和が始まる前は、LPガス販売業者は、限られた地域内で排他的にLPガスを供給しており、複数のLPガス販売業者が存在する場合でも、互いに縄張りを侵さないという慣行により、競争にさらされることなく、高いLPガス料金による利益を享受してきた。こうした競争がないという環境の下、新居に入居した者とLPガス供給契約を締結すると、当該入居者がその家屋に住み続ける限り、LPガス供給契約は継続されるのが常であった。そこで、LPガス販売業者は、最初に契約するのが重要と考え、建物建築中の建築業者にLPガス設備費用の負担を申し入れ、これを設置し、当該家屋の入居者とLPガス供給契約を締結し、他の業者はこれに干渉しないものとされた。これが「無償配管」といわれる慣行である。

しかし、通商産業省は、平成7年以来、一般消費者への販売に競争原理を導入するために様々な規制緩和策を実施し、競争制限的慣行の撤廃を強く要請・指導するようになった。また、公正取引委員会も、競争制限的慣行の是正に取り組み始めた。

このような競争促進的になり始めた状況に対し、各地区のLPガス協会が既存の競争制限的慣行を維持するための方策をとりまとめたり、また、より安価なLPガス販売業者に供給先を変更した一般消費者を相手として、LPガス設備の所有権を主張し、供給先を変更するのであれば、LPガス設備を買い取ることを求め、訴訟を提起するようになった。

本件訴えも、自由競争を好まない原告が、供給先を変更した一般消費者を裁判に巻き込むことにより、一般消費者に心理的圧迫を加え、一般消費者が他の競争事業者と契約することを妨害し、顧客移動を制限する目的で提起したものであり、独占禁止法19条、2条9項、不公正な取引方法の一般指定15項に反するものである。

イ 独占禁止法違反行為は私法上も無効であると解されるが、仮に、私法上無効といえないとしても、原告の請求が認容された場合には、各被告は、原告に対する本件請求額の債務を負わされたという損害を被ることになり、損害賠償請求権を有しているといえるので、被告らは、平成16年5月27日付け準備書面(同月28日の本件第3回口頭弁論期日において陳述)をもって、原告の各被告に対する請求債権と各被告が原告に対して有する損害賠償請求権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

7  原告の反論

(1)  主位的訴訟物について

ア 被告らは、建物への附合、住宅売買契約に含まれていること及び即時取得を理由として、各被告所有建物に設置されたLPガス設備は、当該各被告が所有しており、本件合意は、自己の所有物を他人から買い取るという原始的不能又は不合理な内容の合意であるので、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効であると主張するが、争う。

イ LPガス消費設備が原告所有であることについて(争点1)

(ア) 建物への附合について

附合を含む民法上の添付の規定は、所有者の異なる2個以上の物が結合・混合して分離・復旧することが不可能ないし著しく困難であるか、毀損することなく分離・復旧することが不可能な場合に、社会経済上の見地から、分離・復旧請求を認めない点は強行法規性を持つが、所有権の帰属や償金の定めの点については任意法規性をもつと解すべきである。

本件では、本件合意書(甲2、7、11)の「弊社所有の設備」欄に「配管一式」との記載があり、また、本件通知書(甲4、9、13)の各表面右側の第2項の「弊社側所有の設備」欄に「配管一式」と記載され、被告らがこれらの書面に署名・押印しているのであり、原告と各被告の間で、原告がLPガス消費設備を所有するとの合意が成立しているものといえる。

そうすると、仮にLPガス消費設備が各被告所有建物に附合することがあるとしても、本件合意に基づき、原告がLPガス消費設備を所有することになる。

(イ) 住宅売買契約に含まれていないこと

a 原告は、従前から付き合いのあったaハウジングから、「今度、新築する建物にLPガスを供給するための設備を設置して、将来建物に入居した人にLPガスを供給して欲しい。」などと言われ、原告の費用負担において、各被告宅にLPガス設備を設置した。原告は、aハウジングから紹介を受けたのであり、同社の下請業者ではない。

このような本件LPガス設備の設置経緯からすると、aハウジングと各被告の間の建物売買契約に本件LPガス消費設備が含まれているはずがなく、被告らが、aハウジングとの間の売買契約によりLPガス消費設備を有償で取得するということはあり得ない。

b また、LPガス業界においては無償配管の慣行が存在し、不動産販売業者もそのような慣行を知っていることからすると、不動産売買契約書等の中に、LPガス設備についての特段の記載がないことは、むしろ当該売買契約の中にLPガス設備が含まれていないことを意味し、建物売買代金の中にLPガス設備の費用は含まれていないのが通常である。

本件においても、原告が本件LPガス設備の設置費用を負担しており、重要事項説明書(乙1~3)の中に、被告らがaハウジングに対してLPガス設備の費用を支払わなければならない旨の記載はないのであるから、aハウジングが各被告との間の建物売買契約の中にLPガス設備を含めるはずがない。

c 宅建業法35条1項4号にいう「特別の負担」とは、「飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設が整備されていない場合において、これらの設備を整備するために、建物購入者等が負うべき負担」という意味に過ぎないのであり、そもそも同法は、宅地建物取引業者がガス設備の所有関係をも説明しなければならないとまでは定めていない。

また、「特別の負担」という文言からすれば、むしろ不動産の買主に対し、ガス設備についての「通常の負担」が求められることは当然の前提になっていると考えられる。

d なお、本件各重要事項説明書(乙1~3)に「LPガス販売業者がLPガス設備を所有する」旨記載されていないとしても、口頭で説明していることも考えられるので、その旨の記載がないことをもって、直ちに宅地建物取引業者が、重要事項の説明の際にLPガス設備の所有権の帰属を説明していないとまではいえない。

ウ 錯誤について(争点2)

(ア) 錯誤がないこと

本件合意書(甲2、7、11)の「弊社所有の設備」欄に「配管一式」との記載があり、また、本件通知書(甲4、9、13)の各表面右側の第2項の「弊社側所有の設備」欄に「配管一式」と記載されていることからすれば、これらの書面が「原告が本件LPガス設備を所有する」旨を内容としていることは明らかである。

被告らが、LPガス販売業者(原告)又は不動産販売業者(aハウジング)に対し、何らの異議を述べずに、本件合意書及び本件通知書の作成に応じていることからすれば、その作成の時点で既に不動産販売業者から説明を受けるか、又はその他の事情により、被告らにおいて、自らがLPガス設備の設置費用を負担していないことを認識していたと考えられる。

そうすると、被告らには、本件合意の内容について何らの錯誤もない。

(イ) 重過失

被告らは、LPガス販売業者(原告)又は不動産販売業者(aハウジング)に対し、何らの異議を述べずに、本件合意書及び本件通知書の作成に応じており、また、aハウジングとの間で、建物に関する売買契約を締結するに際し、各被告自らがLPガス設備の設置費用を負担しているかどうかを容易に認識し得たばかりでなく、原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするに先立って、aハウジングに対し、各被告自らがLPガス設備の設置費用を負担しているのかどうか、すなわちLPガス設備の設置費用が建物代金に含まれていたかどうかを容易に確認できたはずであるにもかかわらず、それを確認しなかった。

以上からすると、仮に、被告らが原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするに当たり、その設置費用の負担について何らかの錯誤に陥っていたとしても、設備費用の負担があることが一見して明らかな本件合意書及び本件通知書に署名・押印しているのであるから、被告らには、重過失(民法95条)があるといわざるを得ない。

(2)  予備的訴訟物について

ア 被告らに利得がないとの主張について(争点1)

被告らは、LPガス設備がaハウジングと各被告の間の建物売買契約に含まれており、被告らは同社からLPガス設備を住宅と一体の売買目的物として有償取得したのであるから、LPガス設備について、被告らには何らの利得はないと主張するが、争う。

上記(1)イ(イ)のとおり、aハウジングと各被告の間の建物売買契約にはLPガス設備は含まれておらず、被告らが、aハウジングとの間の売買契約によりLPガス設備を有償で取得することはあり得ない。

仮に原告の請求を認めたとしても、被告らはLPガス設備の費用について二重払いを強制されるわけではなく、むしろ、現在、原告との間のLPガス供給契約が終了した後も、本件LPガス設備の費用を負担しないままに、これを利用し続けておきながら、LPガス設備の残存価格の支払いを拒んでいることこそ正義に反すると言わざるを得ない。

イ 錯誤について(争点3)

(ア) 錯誤がないこと

本件合意書(甲2、7、11)にはその右側部分の第3項及び第5条2項(3)の記載が、本件通知書(甲4、9、13)にはその裏面の第13項(3)の記載があり、また、原告社員B及びCが、各被告に対し、原告がLPガス設備の設置費用を負担しており、一定期間(15年間)LPガスを供給することでその費用回収をすることを予定しているので、その期間の途中でLPガス供給契約を解約する場合には、原告にLPガス消費設備の償却後の残存価格を支払わなければならないことなどを説明し、その上で、被告らは、本件合意書及び本件通知書に署名・押印をしたのである。

そうすると、被告らは、本件合意書及び本件通知書に署名・押印した時点で、本件LPガス設備の設置費用を負担しておらず、原告に対し、自己が保有する利益としてLPガス消費設備の償却後の残存価値相当額を返還しなければならないことを認識していたことになり、仮に、被告らが「本件LPガス設備を所有している」旨の認識を有していたとしても、本件LPガス設備に関する利害(不当利得関係)の調整をすることについては何らの錯誤もなかったというべきである。

したがって、被告らには、本件合意の内容について何らの錯誤もない。

(イ) 重過失

また、上記(1)ウ(イ)と同様、仮に、被告らが原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするにあたり、その設置費用の負担について何らかの錯誤に陥っていたとしても、被告らには、重過失(民法95条)がある。

(3)  独占禁止法違反の主張について(争点4)

ア LPガス業界内には、いわゆる無償配管の慣行が存在していることは認める。無償配管によるLPガス設備の設置は、LPガス販売業者からすると、新規に顧客を獲得するための先行投資であり、本件合意は、まさに、そのような先行投資の回収手段の確保を目的としているのである。

被告らが主張している競争とは、既存業者が、自己の費用負担でLPガス設備を設置していること、すなわち先行投資をしていることを知りながら、そのような既存業者の顧客を勧誘し、先行投資にただ乗りする結果として、より安くLPガスを供給することを言うのであり、そのような競争が公正であるとはいえない。

イ 仮に独占禁止法に違反するとしても、そのような行政法規に違反することが直ちに私法上の本件合意の効力に影響を及ぼすことはない。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

前記第2、3の各事実に加え、証拠(甲1~15、17、18、乙1~11(各枝番)、12の②(枝番)、14(枝番)、15、18~23(各枝番))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  無償配管の慣行

LPガス業界には、LPガス販売業者が建築業者等に対して無償で住宅のLPガス配管工事を行い、当該建築業者等がそのLPガス販売業者に当該住宅購入者を紹介し、両者がLPガス供給契約を締結するという慣行がある(いわゆる無償配管の慣行)。

(2)  被告Y1

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y1及びDは、平成11年7月19日、株式会社夏本ホーム(以下「夏本ホーム」という。)の仲介により、aハウジングから、土地及び建物(以下「本件物件1」という。ただし、契約締結時は未完成物件であった。)を買った。なお、被告Y1は、売買代金をaハウジングに支払済みである。

(イ) このとき、被告Y1は、夏本ホームの社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件1に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙1)の交付を受けた。

(ウ) 重要事項説明書(乙1)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」に丸印が付され、「施設の整備の特別負担の有・無・」の欄には「無」に丸印が付されている。

重要事項説明書の上記以外の部分に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担があることを示す記載はない。

イ 被告Y1宅のLPガス設備

(ア) 原告は、平成12年2月18日より以前に、aハウジングから依頼を受けて、本件物件1にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管、警報器等)を取り付けた。この工事に要した費用は、13万9640円(消費税込み)であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されている。

ウ LPガス設備に関する書面の交付等

(ア) 被告Y1は、平成12年2月18日、aハウジングから、上記アの売買契約に基づき、本件物件1の引渡しを受け、入居した。

(イ) 原告社員Bは、同月18日、被告Y1宅(本件物件1)を訪れ、同被告との間でLPガスの供給契約を締結するとともに、本件合意書(甲2)及び本件通知書(甲4)に同被告の署名・押印を得て、これらを同被告に交付した。本件合意書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y1は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y1が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y1に対しLPガス消費設備の残存価格11万2437円を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(3)  被告Y2

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y2及びEは、平成11年6月13日、株式会社秋林ホーム(以下「秋林ホーム」という。)の仲介により、aハウジングから土地及び建物(以下「本件物件2」という。)を買った。なお、被告Y2は、売買代金をaハウジングに支払済みである。

(イ) このとき、被告Y2は、秋林ホームの社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件2に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙2)の交付を受けた。

(ウ) 重要事項説明書(乙2)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「ただちに利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」に丸印が付され、「施設の整備の特別負担の有・無・」の欄には「無」に丸印が付されている。

重要事項説明書の上記以外の部分に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担があることを示す記載はない。

イ 被告Y2宅のLPガス設備

(ア) 原告は、aハウジングから依頼を受けて、平成12年2月26日より以前に、本件物件2にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管、警報器等)を取り付けた。この工事に要した費用は、12万4771円(消費税込み)であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されている。

ウ LPガス設備に関する書面の交付等

(ア) 被告Y2は、平成12年2月26日、aハウジングから、上記アの売買契約に基づき、本件物件2の引渡しを受け、同年3月3日に入居した。

(イ) 原告社員Bは、同年2月26日、被告Y2宅(本件物件2)を訪れ、同被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、本件合意書(甲7)及び本件通知書(甲9)を見せ、本件通知書に同被告の署名を得て、その後、同年3月3日に、原告社員Cが同被告宅を訪れ、本件通知書に同被告の押印を、本件合意書に同被告の署名・押印を得て、これらを同被告に交付した。本件合意書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y2は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y2が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y2に対しLPガス消費設備の残存価格10万0466円を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(4)  被告Y3

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y3は、平成13年2月23日、株式会社冬本住販(以下「冬本住販」という。)の仲介により、aハウジングから、土地及び建物(以下「本件物件3」という。ただし、契約締結時においては未完成物件であった。)を買った。なお、被告Y3は、売買代金をaハウジングに支払済みである。

(イ) このとき、被告Y3は、冬本住販の社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件3に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙3)の交付を受けた。

(ウ) 重要事項説明書(乙3)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「ただちに利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」に丸印が付され、「施設の整備の特別負担の有・無・」の欄には「無」に丸印が付されている。

重要事項説明書の上記以外の部分に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担があることを示す記載はない。

イ 被告Y3宅のLPガス設備

(ア) 原告は、aハウジングから依頼を受けて、平成13年5月10日より以前に、本件物件3にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管等)を取り付けた。この工事に要した費用は、13万6095円(消費税込み)であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定され、外壁を貫通した部分は、コーキング材で塞がれ、外壁の塗装がされている。

ウ LPガス設備に関する書面の交付等

(ア) 被告Y3は、平成13年5月10日、aハウジングから、上記アの売買契約に基づき、本件物件3の引渡しを受け、同月19日に入居した。

(イ) 原告社員Cは、同月10日、被告Y3宅(本件物件3)を訪れ、同被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、本件合意書(甲11)及び本件通知書(甲13)を見せ、その後、同月19日、別の原告社員が同被告宅を訪れ、本件合意書及び本件通知書に同被告の署名・押印を得て、これらを同被告に交付した。本件合意書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y3は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y3が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y3に対しLPガス消費設備の残存価格11万9781円を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(5)  無償配管の慣行に関する官公庁等の対応

無償配管が行われた場合、住宅購入者(LPガスの一般消費者)がLPガス販売業者を切り替えようとする際に、無償配管をしたLPガス販売業者が、無償配管を理由として配管の所有権を主張し、当該消費者に対して配管の買取代金を請求するなどして、紛争が発生する例があり、官公庁等は、このような紛争の防止、消費者保護のために、以下のような対応をした。

ア 建設省(現・国土交通省)

(ア) 建設省建設経済局不動産業課は、平成元年11月22日、業界団体に対し、「事務連絡」(乙6)を発し、宅建業法35条1項各号の重要事項の説明をし、重要事項説明書を交付するにあたって、宅地内のガス配管設備等の所有権が家庭用プロパンガス販売業者にある場合には、その旨の説明をするよう要請した。

(イ) また、国土交通省の宅建業法の解釈・運用の考え方(乙7)によれば、同法35条1項4号の事項(飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況)については、住宅の売買後においても宅地内のガスの配管設備等の所有権が家庭用プロパンガス販売業者にあるものとする場合には、その旨の説明をすることとする、とされている。

イ 公正取引委員会

公正取引委員会は、平成11年6月25日、「LPガス販売業における取引慣行等に関する実態調査報告書について」(乙8)を公表し、通商産業省に対し、その考え方を説明するとともに、都道府県及びLPガス販売業界等への周知を要請した。また、社団法人日本エルピーガス連合会に対し、傘下の都道府県協会への周知を要請し、建設省に対しては、配管の所有権がLPガス販売業者にある場合には、建築業者等が住宅を販売するに際し、消費者に明確に説明し了解を得た上で、それらを明記した書面を交付するよう、建築業者等への周知を要請した。

なお、公正取引委員会が行った調査における消費者モニターへのアンケート結果によれば、自宅の配管の所有権がLPガス販売業者にあると回答した者は17.9%であった。

ウ 通商産業省(現、経済産業省)

通商産業省資源エネルギー庁石油部流通課液化石油ガス産業室は、平成11年10月22日、「LPガス取引適正化・料金透明化に向けた対応について」(乙9)を公表し、社団法人日本エルピーガス連合会及び社団法人全国エルピーガス卸売協会に対し、無償配管の慣行の撤廃を要請するとともに、消費配管の所有関係及び販売契約についての考え方を示した。

2  争点1及び同2について

(1)  停止条件付売買契約(原告の主位的主張)

ア 上記事実関係によれば、原告は、不動産販売業者(aハウジング)から依頼を受けて、本件物件1ないし3にLPガス設備を設置し、同社との関係で、原告がその設置費用を負担することとし、他方、aハウジングから物件を購入した各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、各被告所有物件に設置されたLPガス設備は原告が所有すること並びにLPガス供給契約を解約する場合にはLPガス消費設備を買い取り精算すること及び買い取り費用の計算式が記載された本件合意書と本件通知書を各被告に交付し、各被告は何ら異議を述べることなく、これらに署名・押印し、受領したことが認められる。

本件合意書(甲2、7、11)及び本件通知書(甲4、9、13)の記載内容によれば、各被告が、何ら異議を述べることなく、これらに署名・押印をしたことにより、原告と各被告の間において、各被告がLPガス供給契約を解約することを停止条件として、原告が所有するLPガス設備を各被告が買い取る旨の停止条件付売買契約が成立したものと認めるのが相当である。

イ この停止条件付売買契約は、LPガス設備の設置費用を負担した原告が、aハウジングとの関係で同設備の所有権を留保し、さらに同社から各物件を購入した被告との関係においても、同設備の所有権が原告に留保されていることを前提とするものである。

これに対し、被告らは、本件LPガス設備の所有権は各被告にあり、原告に留保されていないので、これを前提にした停止条件付売買契約は、原始的不能あるいは錯誤により無効であると主張するので、以下、この点について検討する。

(2)  aハウジングと各被告の間の売買契約について

ア 前記事実関係によれば、各被告所有建物に設置されたガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されて、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されており、これを建物から分離するには建物の一部を損壊しなければならいこと、また、LPガス消費設備は各被告所有建物(住宅)に必要不可欠のものである一方、建物から分離した後のLPガス消費設備にはほとんど価値がないことが認められる。

そうすると、本件LPガス消費設備は、物理的にも社会経済的にも、各被告所有建物に附合しているものといえる。

イ 住宅の売買契約において、このように建物に附合し、当該建物に居住するために必要不可欠なガス設備は、これを売買の対象から除外する旨の明示の特約がない限り、建物と一体として売買の目的物になるというべきである。いわゆる無償配管の慣行が一般消費者の常識になっていると認めることはできない。

ウ そして、前記事実関係のとおり、aハウジングが各被告に本件物件1ないし3を販売し、仲介業者(夏本ホーム、秋林ホーム、冬本住販)が各被告に対して各購入物件の重要事項を説明した際に用いた本件各重要事項説明書(乙1~3)には、LPガス設備が原告の所有に属することを示す記載や、被告らが売買代金以外にLPガス設備に関して金銭的負担をしなければならないことを示す記載はないのであり、上記重要事項の説明の際に、LPガス設備が原告の所有に属し、被告らにおいて売買代金のほかにLPガス設備に関する金銭的負担をしなければならないとの説明がされたことを認めるに足りる証拠はない。

エ したがって、仮に、原告とaハウジングの間において、原告が設置したLPガス設備の所有権を原告に留保するとの合意があったとしても、aハウジングと各被告の間の売買契約においては、LPガス設備は建物と一体になったものとして売買の目的物に含まれ、各被告は、aハウジングとの間の売買契約により、LPガス設備の所有権を有償取得したものと認められる。

(3)  以上のとおり、停止条件付売買契約としての本件合意は、各被告が所有権を取得したLPガス設備について、原告に所有権が留保されていることを前提とするものであり、売買の目的物の所有権の所在という法律行為の要素に錯誤がある。

また、LPガス設備の所有権は各被告に帰属しているにもかかわらず、原告はその所有権が各被告との間においても原告に留保されている旨説明し、この誤った説明により被告らに錯誤が生じているのであるから、被告らが錯誤に陥ったことについて被告らに重過失があるとはいえない。

したがって、停止条件付売買契約としての本件合意は、錯誤により無効であり、原告の各被告に対する売買代金請求は、いずれも理由がない。

3  争点3(利害調整合意(原告の予備的主張)の成否、効力)

各被告との関係においてLPガス設備の所有権が原告に留保されておらず、本件合意が停止条件付売買契約として効力を有しないとしても、附合等により原告がLPガス設備の所有権を喪失する一方、被告らがその所有権を取得し、被告らが法律上の原因のない利益を保有する場合には、民法242条及び248条の附合の趣旨に反しない限り、不当利得法の法理によりその利害(不当利得関係)の調整を図ることができるのであり、本件合意は、そのような両者間の利害を調整する合意と解する余地がある。

しかし、上記2(2)のとおり、aハウジングと各被告の間の住宅売買契約において、LPガス設備もその目的物として取引され、被告らは、LPガス設備を含めた目的物についての売買代金をaハウジングに支払済みであるから、法律上の原因によりLPガス設備の所有権を有償取得しており、LPガス設備の所有権の取得につき、被告らに不当利得はない。

また、被告らにおいて、本件合意に当たり、各被告がLPガス設備の代金を支払っていないとの認識を有していたこと、すなわちLPガス設備の所有権の取得につき各被告に不当利得があるとの認識を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告と各被告の間に、LPガス設備の所有権の帰属をめぐる利害調整の合意は成立していないというべきである。

よって、利害調整合意としての本件合意に基づく、原告の各被告に対するLPガス設備費用相当損害金請求は、いずれも理由がない。

4  以上によれば、原告の各被告に対する本件各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山﨑まさよ 裁判官 和久田道雄 馬場潤)

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