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さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)2012号 判決 2004年10月22日

原告 有限会社X

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 柴崎栄一

同 椿正隆

同 井上清彦

同 山﨑祐史

同 舘岡一夫

被告 Y1(以下「被告Y1」という。)

被告 Y2(以下「被告Y2」という。)

被告 Y3(以下「被告Y3」という。)

被告 Y4(以下「被告Y4」という。)

上記被告ら訴訟代理人弁護士 久保利英明

同 菊地伸

同 松山遙

同 大塚和成

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告Y1は、原告に対し、8万5749円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告Y2は、原告に対し、7万9332円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告Y3は、原告に対し、12万0750円及びこれに対する平成14年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告Y4は、原告に対し、8万9250円及びこれに対する平成15年2月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、液化石油ガス(以下「LPガス」という。)販売業者である原告が、一般消費者である被告らの建物にLPガス設備(供給設備及び消費設備)を設置し、各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、15年内にこれを解約する場合には、各被告は原告に対してLPガス消費設備の時価相当額(残存価格)を支払うとの合意(以下「本件合意」という。)をしたところ、被告らが上記期間内にLPガス供給契約を解約したとして、各被告に対し、主位的には、本件合意は停止条件付売買契約であり、LPガス供給契約の解約という停止条件が成就したと主張し、LPガス消費設備の売買代金として、予備的には、本件合意は原告と各被告の間に生じた利害を調整する合意であると主張し、原告が被ったLPガス消費設備費用相当損害金として、それぞれ、LPガス消費設備の残存価格(被告Y1につき8万5749円、被告Y2につき7万9332円、被告Y3につき12万0750円、被告Y4につき8万9250円)及びこれに対する商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金(その起算日は、いずれの被告についても各被告に対する支払催告日の翌日である。)の支払いを求めた事案である。

これに対し、被告らは、そもそも原告との間に何らの合意も成立していない、仮に合意が成立するとしても、LPガス消費設備が住宅供給契約に含まれていたことあるいは建物への附合により、同設備は各被告所有であるから、その原被告間の合意は、それが停止条件付売買契約だとすれば、原始的不能あるいは錯誤により無効であり、それが利害調整合意だとしても、被告らに利得はないので、原始的不能あるいは錯誤により無効であり、また、本訴の提起及びその主張内容が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に反するなどと主張して、原告の主張を争った。

2  本件訴訟の経緯等

(1)  原告は、平成15年6月12日、川越簡易裁判所に本件訴えを提起した。

(2)  川越簡易裁判所は、同年8月8日、本件訴訟を、民事訴訟法19条1項に基づき、当庁に移送する旨の決定をした。

3  前提事実(証拠により認定した事実については、その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)

(1)  原告

ア 原告は、LPガス販売業者であり、LPガスの販売及びLPガス設備の工事の請負等を目的とする有限会社である(甲1、21)。

なお、LPガス設備は、供給設備(LPガス容器からLPガスメーター出口までの設備/LPガス容器、調整器、供給管、LPガスメーター等)と消費設備(LPガスメーター出口から燃焼器までの設備/配管等)に分けられる(乙11等)。

イ B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は、原告に勤務する社員である(甲21)。

(2)  LPガス設備に関する書面の交付等

ア 被告Y1及び同Y2はE(以下「E」という。)から、被告Y3は株式会社a(以下「a社」という。)から、土地及び建物を購入し、被告Y4は株式会社b工務店(以下「b工務店」という。また、E、a社、b工務店をまとめて、以下「本件不動産業者」という。)に建物建築工事の請負を注文し、それぞれその引渡しを受けた(甲21、乙1~4(各枝番)、21の②、22の②、23の②、24の②)。

イ 原告は、被告らが上記アの各物件に入居する以前に、当該各物件(建築中ないし完成後)にLPガス設備を取り付けた(甲3、7、11、16、21~24)。

ウ 原告社員は、被告らが入居したころ、各被告宅を訪れ、各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、「お約束書」(甲4、8、12、17。以下「本件約束書」という。主な記載事項は後記(3)参照)及び「お客様へのお知らせ(通知書)」(甲2、6、10、15。以下「本件通知書」という。主な記載事項は後記(4)参照)に各被告の署名を得て、これらを各被告に交付した(甲21、乙21の②、22の②、23の②、24の②)。

その後、原告は、上記LPガス供給契約に基づき、各被告にLPガスを供給した。

エ 被告らは、それぞれ、LPガス販売業者を日本瓦斯株式会社に切り替えることとし、被告Y1及び同Y2は平成15年2月13日に、被告Y3は平成14年9月21日に、被告Y4は同年12月11日に、原告に対し、原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲5、9、13、18)。

オ 原告は、各被告につきLPガス消費設備の残存価格を算出し、下記の年月日に、各被告に対し、下記の金員を支払うよう請求した(甲3、7、11、14の①及び②、16、弁論の全趣旨)。

① 被告Y1・平成15年4月15日・8万5749円

② 被告Y2・平成15年4月15日・7万9332円

③ 被告Y3・平成14年11月30日・12万0750円

④ 被告Y4・平成15年2月8日・8万9250円

(3)  本件約束書(甲4、8、12、17)

ア 本件約束書は、「お約束書」との表題が付けられており、原告と各被告の間のLPガス設備の使用についての合意の内容を記載した書面である。

イ 本件約束書には、以下のような記載がある。

① 「ガス配管設備」欄又は「工事費」欄

1.貸与と致します。

2.金額はお客様の配管に当社の単価に掛けた数字と致します。又はNO.3と致します。

3.(空欄)

② 「期間」欄

1.15年と致します。(償却)

③ 「設備管理」欄

1.ガスメーターの出口から閉止弁迄の消耗品については実費お支払い下さい(相殺します。)

2.ガスボンベからメーター出口迄は当社で致します。

④ 「解約」欄

1.1ヶ月前にご連絡下さい。

2.残存費用をお支払い下さい。

3.算出は月割と致します。(月単位)

4.他社に切替えの場合残存費用をお支払い後と致します。

5.ガスメーター、容器腐食防止用敷石は含まれません。

ウ 本件約束書の「お客様」欄には各被告の署名が、「ガス供給者」欄には原告の社名の印刷文字及び原告の押印がある。

(4)  本件通知書(甲2、6、10、15)

ア 本件通知書は、「お客様へのお知らせ(通知書)」との表題が付けられており、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液化石油ガス法」という。)14条に基づき、LPガス供給契約を締結するにあたって、消費者に対して同条所定の事項を通知するために交付が義務づけられている書面である。

イ 本件通知書の表面の「1.供給設備、消費設備及びその他の設備の所有関係」欄には、LPガス設備が列記された表が記載されており、その表のうち、○印が付されている設備等が、原告の所有する設備である旨が記載されている。

上記LPガス設備が列記された表の「消費設備」欄については、被告Y1に交付された本件通知書(甲2)には、「配管(ガスメータ出口以降のガス配管)一式」、「ヒューズガス栓」、「フレキガス栓」、「その他のガス栓」に○印が付されており、被告Y2に交付された本件通知書(甲6)には○印は付されておらず、被告Y3及び同Y4に各交付された本件通知書(甲10、15)には、「配管(ガスメータ出口以降のガス配管)一式」に○印が付されている。

また、○印が付されている設備についての顧客への貸与条件は、別途定める「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」等に記載の条項に基づくとされているところ、本件においては、被告らに本件約束書が交付されているが、「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」と題する書面は交付されていない。

ウ 本件通知書の裏面の「9.供給設備及び消費設備の所有関係等とLPガス販売契約解除時の取扱」欄には、下記の記載がある。

(1) 供給設備の所有関係:

お客様の敷地内等に設置しています「1.供給設備、消費設備及びその他の設備の所有関係」に記載の「供給設備」のうち、○印の付してある設備については、当社(店)が所有権を有するものです。

(2) お客様の所有設備と当社(店)所有の貸与設備:

「1.供給設備、消費設備及びその他の設備の所有関係」に記載してある「消費設備」及び「その他の設備」のうち、○印を付してある器具・設備については、お客様に貸付けてある当社(店)の所有の設備でありますから、ご確認の上、ご承知おき下さいますようお願いいたします。それ以外の消費設備は、お客様(又はお客様のお住まいの家屋の所有者)が所有権を有するものです。

(3) LPガス販売契約解除の手続方法及び解除の成立:

(①、③省略)

② 契約解除に伴う当社(店)所有のLPガス設備の取り扱いにつきましては、「11.LPガス販売契約解除に伴う当社(店)所有設備の撤去等」の記載事項により行います。

エ 本件通知書の裏面の「10.供給設備及び消費設備についての費用負担」欄の(2)には「消費設備中の当社(店)の所有設備の貸付けに関する事項は、『LPガス消費設備等の利用に関する契約書』等によることといたします。」との記載がある。

オ 本件通知書の裏面の「11.LPガス販売契約解除に伴う当社(店)所有設備の撤去等」欄の(1)には「本件書面交付に係るお客様と当社(店)とのLPガス販売契約が解除されたときは、設備のうち、当社(店)所有のものを撤去いたします。当社(店)所有の消費設備をお客様に買い取っていただく場合の『時価相当額』等の買取契約の内容については、予め『LPガス消費設備等の利用に関する契約書』等において定めさせていただきます。なお、当社所有の消費設備がない場合には『LPガス消費設備等の利用に関する契約書』は作成いたしません。」との記載がある。

カ 本件通知書の表面の下部枠内に、「上記及び裏面の液化石油ガス法第14条に基づく書面の交付を受領いたしました。」との印刷文字、日付けが記載されており、各被告の署名がある。

4  争点

(1)  本件合意が停止条件付売買契約であるとした場合

ア 停止条件付売買契約の成否(争点1)

イ 本件LPガス消費設備は、建物への附合等により、各被告所有のものであるかどうか。(争点2)

ウ 停止条件付売買契約は、原始的不能あるいは錯誤により無効かどうか。(争点3)

(2)  本件合意が利害調整合意であるとした場合

ア 利害調整合意の成否(争点1)

イ 本件LPガス消費設備は、建物への附合等により、各被告所有のものであるかどうか。(争点2)

ウ 利害調整合意は、原始的不能あるいは錯誤により無効かどうか。(争点4)

(3)  本訴の提起及びその主張内容は、独占禁止法に違反し、無効かどうか。(争点5)

5  原告の主張

(1)  被告Y1に対する請求原因

ア 原告は、平成12年5月26日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y1の所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は10万円である(甲3)。

イ 原告と被告Y1は、平成12年5月26日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような本件合意をした(甲2裏面記載の第9、10、11項及び甲4参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y1は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を15年内に解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格を支払う。

LPガス設備の当初の価格×(180か月-経過月数)÷180か月

ウ 被告Y1は、平成15年2月13日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲5)。

エ 被告Y1は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数33か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として8万5749円を支払わなければならない。

10万円×(180-33)÷180=8万1666円

8万1666円×1.05=8万5749円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年4月15日、被告Y1に対し、上記金員の支払いを請求した(甲3)。

カ よって、原告は、被告Y1に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である8万5749円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成15年4月16日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2)  被告Y2に対する請求原因

ア 原告は、平成11年7月2日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y2の所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は10万円である(甲7)。

イ 原告と被告Y2は、平成11年7月2日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような合意をした(甲6裏面記載の第9、10、11項及び甲8参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y2は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を15年内に解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格を支払う。

LPガス設備の当初の価格×(180か月-経過月数)÷180か月

ウ 被告Y2は、平成15年2月13日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲9)。

エ 被告Y2は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数44か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として7万9332円を支払わなければならない。

10万円×(180-44)÷180=7万5555円

7万5555円×1.05=7万9332円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年4月15日、被告Y2に対し、上記金員の支払いを請求した(甲7)。

カ よって、原告は、被告Y2に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である7万9332円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成15年4月16日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(3)  被告Y3に対する請求原因

ア 原告は、平成11年3月27日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y3の所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は15万円である(甲11)。

イ 原告と被告Y3は、平成11年3月27日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような合意をした(甲10裏面記載の第9、10、11項及び甲12参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y3は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を15年内に解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格を支払う。

LPガス設備の当初の価格×(180か月-経過月数)÷180か月

ウ 被告Y3は、平成14年9月21日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲13)。

エ 被告Y3は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数42か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として12万0750円を支払わなければならない。

15万円×(180-42)÷180=11万5000円

11万5000円×1.05=12万0750円(消費税込み)

オ 原告は、平成14年11月30日、被告Y3に対し、上記金員の支払いを請求した(甲14の①及び②)。

カ よって、原告は、被告Y3に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である12万0750円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成14年12月1日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(4)  被告Y4に対する請求原因

ア 原告は、平成12年10月9日より以前に、原告が費用を負担して、被告Y4の所有物件にLPガス設備を設置した。その設置費用は10万円である(甲16)。

イ 原告と被告Y4は、平成12年10月9日、LPガス供給契約を締結するとともに、以下のような合意をした(甲15裏面記載の第9、10、11項及び甲17参照)。

① 原告が、LPガス設備を所有する。

② 被告Y4は、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を15年内に解約する場合、原告に対し、下記計算式により算出されるLPガス消費設備の残存価格を支払う。

LPガス設備の当初の価格×(180か月-経過月数)÷180か月

ウ 被告Y4は、平成14年12月11日、原告に対し、LPガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲18)。

エ 被告Y4は、自己都合により、LPガス供給契約を経過月数27か月で解約したのであるから、本件合意に基づいて、原告に対し、下記計算式のとおり、LPガス消費設備の残存価格として8万9250円を支払わなければならない。

10万円×(180-27)÷180=8万5000円

8万5000円×1.05=8万9250円(消費税込み)

オ 原告は、平成15年2月8日、被告Y4に対し、上記金員の支払いを請求した(甲16)。

カ よって、原告は、被告Y4に対し、本件合意に基づき、LPガス消費設備の残存価格である8万9250円及びこれに対する支払催告日の翌日である平成15年2月9日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(5)  本件合意の法的性質及び本件の訴訟物

ア 主位的主張(停止条件付売買契約)

本件合意には、原告がLPガス設備を所有することを前提に、これを各被告に貸与し、「被告らが、LPガスの供給先を原告以外のLPガス販売業者に変更することにより原告との間のLPガス供給契約を解約する場合は、被告らは、原告に対し、本件LPガス設備の残存費用を支払う」(甲4、8、12、17の各「解約」欄参照)旨の合意が含まれている。

これは、被告らが、自己都合により、原告との間のLPガス供給契約を解約したことを停止条件として、原告と各被告の間のLPガス設備の貸与契約が解約され、売買契約の効力が生じ、買主である各被告が売買代金を支払うべきことを定めたものである。

本件においては、上記(1)ないし(4)の各ウのとおり、各被告が自己都合により原告との間のLPガス供給契約を解約し、停止条件が成就し、各被告は、本件合意に基づき、原告に対し、売買代金としてLPガス消費設備の残存価格を支払う義務を負う。

以上のとおり、本件訴訟物は、主位的には、LPガス設備に関する停止条件付売買契約に基づく売買代金請求権である。

イ 予備的主張(利害調整合意)

本件約束書(甲4、8、12、17)の「解約」欄には「2.残存費用をお支払い下さい。」と記載されている。

そして、各被告所有建物のLPガス設備の費用は、被告らは負担しておらず、原告が負担したのであり、被告らがLPガス販売業者を原告から他の業者に変更した場合には、被告らはそのLPガス設備を引き続き使用してLPガスの供給を受けるという事態が生じるので、原告と各被告の間に生じたLPガス設備に関する利害(不当利得関係)を調整しなければならないところ、LPガス設備に関する原被告間の本件合意は、そのような場合に、各被告が、原告に対し、原告が先行投資として各被告所有建物に設置したLPガス設備の残存価値相当額を返還することとして、両者間の利害(不当利得関係)の調整を図ることを予定した合意である。

本件においては、上記(1)ないし(4)の各ウのとおり、被告らは、原告との間のLPガス供給契約を解約したのであるが、原告がその費用負担のもと設置したLPガス設備を引き続き使用して、原告以外のLPガス販売業者からLPガスの供給を受けており、原告と各被告の間に不当利得関係が生じたので、各被告は、原告に対し、本件合意に基づき、LPガス設備費用相当損害金としてLPガス消費設備の残存価格を返還する義務を負う。

以上のとおり、本件訴訟物は、予備的には、原告と各被告の間の利害調整合意に基づくLPガス設備費用相当損害金請求権である。

6  被告らの主張

(1)  本件合意の不成立について(争点1)

原告は、被告らが本件通知書(甲2、6、10、15)及び本件約束書(甲4、8、12、17)に署名したことを理由に、原告と各被告の間にLPガス消費設備について停止条件付売買契約あるいは利害調整合意が成立したと主張するが、以下アないしウのとおり、本件約束書及び本件通知書の文言では、契約の性質が明らかでなく、契約の本質的要素である対象物件及び金額を具体的に特定できないので、原告と各被告の間には、LPガス消費設備について、売買契約も利害調整合意も成立していない。

ア 本件通知書は、液化石油ガス法14条に基づき、LPガス販売業者がLPガスの供給を開始するに際して消費者に交付することが義務付けられている書面に過ぎず、被告らは、「上記及び裏面の液化石油ガス法第14条に基づく書面の交付を平成○年○月○日受領いたしました。」との受領文言について署名したものに過ぎない。したがって、本件通知書は、消費者の意思表示を内容とする書面ではない。

また、被告らに対して、時価相当額等の買取契約の内容について定めた「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」は交付されていない。

イ 本件約束書は、対象物件が「消費設備」に特定されておらず、原告と各被告の間のLPガス設備の買取契約の内容や時価相当額について定められたものと読むことができず、上記「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」に該当しない。

また、本件約束書を見ても、本件合意が、売買契約なのか請負契約なのか、あるいは非典型契約であるのかは明らかではなく、各被告の住宅の床下や壁の中に敷設されたLPガス配管設備が原告所有のものであることを確認した文言は一切なく、対象物件が特定されていない。精算金についても「残存費用」との記載はあるが、それがいかなる費用であるのか明らかでなく、原告が主張するような計算式で算出した精算金額を支払う合意をしたと考えることはできない。

ウ 消費者契約法3条1項は、事業者が消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の理解を深めるために情報を提供すべき努力義務を負うと規定しており、同規定の趣旨からすれば、消費者契約が約款取引によりなされた場合、約款の文言を超えて、消費者に不利な内容の契約の成立を認めることは許されないことになる。

本件においても、特段の事情が認められない限り、契約書の文言を超えた別類型の契約の成立を認めるべきではないところ、売買契約はもちろん、附合に伴う原被告間の利害の調整の合意による契約責任を被告らに負わせなければならない特段の事情は認められない。

(2)  主位的訴訟物について(争点2、3)

下記ア(建物への附合)、イ(住宅供給契約に含まれていること)及びウ(即時取得)のとおり、各被告所有建物に設置されたLPガス設備は、当該各被告が所有するものであり、そうすると、本件合意は、自己の所有物を他人から買い取るという原始的不能あるいは不合理な内容の合意であるので、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効である。

ア LPガス設備の建物への附合

(ア) 住宅とは、人の居住の用に供する家屋である(住宅の品質確保の促進等に関する法律2条1項参照)ので、住宅といえるためには、消費者が家具調度品を持ち込めば直ちに住める状態になっていなければならず、現代生活においては、電気・ガス・水道が整備されている必要があり、ガス設備が設置されていなければ住宅としては不完全であり、住宅の機能を果たさない。また、ガス設備は、一般に、住宅の床下や壁の中に設置され、しかも基礎のセメントに埋まったり、壁にコーキングされたり、支持金具で止められた状態で住宅に付着しており、ほとんどの場合、床や壁を破壊しない限り分離・復旧することができない状態にあるため、通常は、住宅と一体化して、住宅から独立して所有権の客体とはなり得ない。したがって、ガス設備は、経済的観点からも物理的観点からも住宅の一部分である。

本件において、LPガス設備は、その現況(乙21の①、22の①、23の①、24の①)からすれば、各被告所有建物に附合(強い附合)し、各被告が本件不動産業者から各物件の引渡しを受けた当時から、その構成部分となっているのであり、原告はその所有権を留保し得ない(民法242条)。

仮に、上記のようなガス設備が建物から独立した所有権の客体になり得るとしても、原告がその所有権を留保していることを第三者に主張するためには、その所有権を公示する対抗要件を具備していなければならないところ、本件において、原告は、各被告との関係で、LPガス設備の所有権について公示する対抗要件を具備していなかったのであり、第三者である各被告に対し、所有権を主張できない。

(イ) なお、被告Y2については、そもそも本件通知書(甲6)の第1項(1)に記載されている表の「消費設備」欄に○印が付されておらず、原告は、同被告につき、消費設備の所有権を留保していないことを自認している。

また、被告Y4とb工務店の間の契約書(乙4)を見ると、「本件工事」代金の中に「※当社標準仕様/付帯設備一式含」と記載され、「設備仕様」欄を見ると、「ガス 全自動20号 BL商品」と明記されているので、同被告が支払った請負代金に、LPガス設備分が含まれていることが明らかである。

(ウ) 原告は、本件約束書(甲4、8、12、17)及び本件通知書(甲2、6、10、15)を理由に、各被告所有建物に設置されたLPガス設備の所有権が原告にあると主張する。

しかし、そもそも、前述(1)のとおり、本件約束書及び本件通知書の文言によっては、契約の性質や、契約の本質的要素である対象物件及び金額が具体的に特定できないので、原告と各被告の間には、LPガス設備の費用について何らの合意も成立していない。被告らは、LPガスの供給を受けるに際して、ガス開栓のために必要な書類として、これらの書面に調印したに過ぎない。

イ LPガス設備が住宅供給契約(売買・請負)に含まれていること

以下の理由により、LPガス設備は、本件不動産業者と各被告の間の住宅供給契約の目的物に含まれており、各被告は、いずれも、LPガス設備の代金を含んだ住宅代金(売買代金・請負代金)を本件不動産業者に支払済みであり、当該業者からLPガス設備を住宅と一体の目的物として有償取得した。

(ア) 上記ア(ア)のとおり、ガス設備は、経済的観点からも物理的観点からも住宅の一部分であり、通常の住宅供給契約(売買・請負)においては、ガス設備は住宅と一体の取引客体となるのであるから、住宅供給契約においてガス設備を取引客体から除外する旨(別途工事とする旨)の特約がなされない場合には、当然、ガス設備も住宅と一体として取引客体となるのが取引上の慣行である。したがって、被告らのような住宅供給契約においても、LPガス設備を取引客体から除外する旨の特約がなされていない場合には、当然、LPガス設備も住宅と一体の取引客体となるのが取引上の慣行である。

これは、弁護士照会に対する社団法人全日本不動産協会の回答(乙5の②)、建設省(現・国土交通省。以下同じ)の指導(乙7、8)、公正取引委員会の指摘(乙9)、通商産業省(現・経済産業省。以下同じ)の指摘(乙10)、財団法人日本エネルギー経済研究所の指摘(乙11)、社団法人首都圏不動産公正取引協議会の指摘(乙12)によっても裏付けられる。

そして、被告Y1、同Y2及び同Y3と不動産販売業者(E、a社)の間の重要事項説明書等(乙1~3(各枝番))にも、また、被告Y4と建築請負業者(b工務店)の間の請負契約書等(乙4)にも、LPガス設備を目的物から除外する旨の特約は記載されていない(以下、乙1~3(各枝番)、4を「本件重要事項説明書等」という。)。

(イ) また、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)は、買主に対し、水道・電気・ガス・給排水設備について住宅代金とは別途の特別の負担を求める場合には、その旨を記載した書面を交付し、説明しなければならないと規定している(同法35条1項4号)。すなわち、同規定は、住宅代金にガス設備代金が含まれることを取引の原則と考えており、住宅代金とは別途の特別の負担を買主に求める場合には、「負担金(有)」と記載することを要すると定めているのである。そして、宅地建物取引業者は、上記宅建業法の規定に従って重要事項説明書を記載し、説明しているのが通常であり、あえて法律を遵守せず、消費者を騙す意図をもって重要事項説明書の記載をしているとは、通常は考えられない。

そうすると、本件重要事項説明書等によれば、いずれの被告についても、住宅代金とは別途の特別の負担がある旨の記載はなく、住宅代金(売買代金・請負代金)にはLPガス設備の代金が含まれていることが分かる。

(ウ) なお、原告は、LPガス業界における無償配管の慣行を理由として、各被告と本件不動産業者の間の住宅代金(売買代金・請負代金)にはLPガス設備の代金は含まれていないと主張するが、無償配管の慣行は、平成11年に公正取引委員会(乙9)や通商産業省(乙10)が、かかる慣行の撤廃を社団法人日本エルピーガス連合会に要請したことにより、現在では存在しない慣行である。

仮に、無償配管の慣行の名残で何らかの取り決めがなされたとしても、それはあくまで業者間の内部事情に過ぎないのであり、消費者は無償配管慣行の存在を知らないのが通常であるから、不動産販売業者等と消費者間の住宅供給契約においても、かかる業者間の内部事情が適用されるためには、不動産販売業者等がかかる慣行の存在を消費者に明示して、消費者の承諾を得なければならない。

本件重要事項説明書等によれば、本件不動産業者が無償配管の慣行の存在を各被告に明示して、その承諾を得たものとはいえないので、無償配管の慣行を理由に、本件不動産業者と各被告の間の住宅代金(売買代金・請負代金)にLPガス設備の代金が含まれていないということはできない。

ウ 即時取得

仮に、LPガス設備が各被告所有建物に附合しておらず、原告の所有であったとしても、上記イのとおり、各被告は、LPガス設備が住宅に含まれるものとして、善意無過失でこれを有償取得したのであるから、その所有権を善意取得した(民法192条)といえる。

(3)  予備的訴訟物について(争点2、4)

ア 原告は、各被告所有建物に設置されたLPガス設備は、原告の費用負担のもと設置されたものであり、被告らはLPガス設備について設置費用を負担していないので、被告らには利得があると主張する。

しかしながら、上記(2)イのとおり、LPガス設備は、本件不動産業者と各被告の間の住宅供給契約(売買・請負)の目的物に含まれており、各被告は、いずれも、LPガス設備の代金を含んだ住宅代金(売買代金・請負代金)を本件不動産業者に支払済みであり、LPガス設備を住宅と一体の目的物として有償取得したのであるから、被告らにはLPガス設備について何ら利得はない。

したがって、原告と各被告の間には利害(不当利得関係)は存在しないので、その存在を前提とする両者間の利害の調整の合意は、原始的不能あるいは不合理な内容の合意であり、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効である。

イ 無償配管の慣行により、不動産販売業者等は、その下請業者であるLPガス販売業者に、無償でLPガス配管設備を設置させることになり、その分の原価(直接経費)を抑えることができるというメリットを受ける。LPガス販売業者が、このように不動産販売業者等にメリットを与えるのは、その見返りとして、入居者を新規顧客として紹介してもらうためである。すなわち、無償配管の慣行は、不動産販売業者等がLPガス販売業者に顧客を紹介することの対価(顧客紹介料)の実質を有するのであり、配管費用は、営業経費・宣伝費に相当するものとして支出されているに過ぎない。

したがって、原告がLPガスを販売するという目的を達することができないとしても、上記配管費用は、本来、原告自らの企業リスクにおいて負担しなければならない性質の費用であり、被告らに請求することはできない。

(4)  本訴の提起及びその主張内容が独占禁止法に違反すること(争点5)

LPガス販売の規制緩和が始まる前は、LPガス販売業者は、限られた地域内で排他的にLPガスを供給しており、複数のLPガス販売業者が存在する場合でも、互いに縄張りを侵さないという慣行により、競争にさらされることなく、高いLPガス料金による利益を享受してきた。こうした競争がないという環境の下、新居に入居した者とLPガス供給契約を締結すれば、当該入居者がその家屋に住み続ける限り、LPガス供給契約が継続されるのが常であった。そこで、LPガス販売業者は、最初に契約するのが重要と考え、建物建築中の建築業者にLPガス設備費用の負担を申し入れ、これを設置し、当該家屋の入居者とLPガス供給契約を締結し、他の業者はこれに干渉しないものとされた。これが「無償配管」といわれる慣行である。

しかし、通商産業省は、平成7年以来、一般消費者への販売に競争原理を導入するために様々な規制緩和策を実施し、競争制限的慣行の撤廃を強く要請・指導するようになった。また、公正取引委員会も、競争制限的慣行の是正に取り組み始めた。

このような競争促進的になり始めた状況に対し、各地区のLPガス協会が既存の競争制限的慣行を維持するための方策をとりまとめたり、また、より安価なLPガス販売業者に供給先を変更した一般消費者を相手として、LPガス設備の所有権を主張し、供給先を変更するのであれば、LPガス設備を買い取ることを求め、訴訟を提起するようになった。

本件訴えも、自由競争を好まない原告が、ガス供給先を原告から他の競争事業者に変更した一般消費者を裁判に巻き込むことにより、一般消費者に心理的圧迫を加え、一般消費者が他の競争事業者と契約することを妨害し、顧客移動を制限することを目的として、提起したものである。したがって、本件訴えは、不当な取引の妨害に該当し、独占禁止法19条、2条9項、不公正な取引方法の一般指定15項に反する。

7  原告の反論

(1)  本件合意の不成立の主張について(争点1)

被告らは、本件約束書及び本件通知書の文言からすると、契約の性質や、契約の本質的要素である対象物件及び金額が具体的に特定できないので、原告と各被告の間には、LPガス設備の費用について何らの合意も成立していないと主張するが、争う。

本件通知書(甲2、6、10、15)の表面第1項(3)に、被告らへのLPガス設備の貸与条件は「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」に基づくとされ、その裏面第11項(1)に、「時価相当額」等の買取契約の内容については「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」に定めるとされているところ、本件においては、その「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」として、本件約束書(甲4、8、12、17)が作成されている。

本件約束書の冒頭の「ガス配管設備の使用についてのお約束事項は下記通りと致します。」との記載からすれば、原告と各被告の間の本件合意で買取りの対象とされている物が、LPガス配管設備すなわち消費設備であることは明らかである。そして、本件通知書の表面第1項には、配管一式が消費設備であり、原告の所有であることが記載されている。

また、本件約束書の「期間」欄の「(償却)」及び「解約」欄の「算出は月割と致します。(月単位)」との記載からすれば、「残存費用」との文言は、各被告宅に設置された本件LPガス設備の償却後の残存価格を意味することは明らかであり、「時価相当額」の算出方法としては、LPガス配管設備の残存費用につき「算出は月割と致します。(月単位)」と記載されている。

(2)  主位的訴訟物について(争点2、3)

ア 被告らは、建物への附合、住宅供給契約(売買・請負)に含まれること及び即時取得を理由として、各被告所有建物に設置されたLPガス設備は、当該各被告が所有しており、本件合意は、自己の所有物を他人から買い取るという原始的不能又は不合理な内容の合意であるので、そもそも不成立であるか、原始的不能あるいは錯誤(民法95条)により無効であると主張するが、争う。

イ LPガス消費設備が原告所有であることについて(争点2)

(ア) 建物への附合

附合を含む民法上の添付の規定は、所有者の異なる2個以上の物が結合・混合して分離・復旧することが不可能ないし著しく困難であるか、毀損することなく分離・復旧することが不可能な場合に、社会経済上の見地から、分離・復旧請求を認めない点は強行法規性を持つが、所有権の帰属や償金の定めの点については任意法規性をもつと解すべきである。

本件では、本件通知書(甲2、10、15)の表面第1項の「配管一式」に○印が付され、本件約束書(甲4、8、12、17)には「(原告が各被告に本件LPガス設備を)貸与と致します。」と明記され、被告らがそれらの書面に署名していることから、原告と各被告の間で、原告が本件LPガス設備を所有するとの合意が成立している。なお、被告Y2に交付された本件通知書(甲6)の表面第1項の表の「消費設備」欄に○印が付されていないのは、単に原告社員が記載を失念したためである。

そうすると、仮に、LPガス設備が各被告所有建物に附合することがあるとしても、本件合意に基づき、原告がLPガス設備を所有していることになる。

(イ) LPガス設備が住宅供給契約に含まれていないこと

a 原告は、本件不動産業者(E、a社、b工務店)から、「今度、新築建てる現場があるので、そこにXさんでLPガス設備を付けてもらえないか。」などと連絡を受け、原告の費用負担において、各被告所有物件にLPガス設備を設置した。原告は、本件不動産業者から紹介を受けたのであり、下請業者ではない。

このような本件LPガス設備の設置経緯からすると、各被告と本件不動産業者の間の住宅供給契約(売買・請負)に本件LPガス設備が含まれているはずがなく、被告らが、本件不動産業者との間の住宅供給契約によりLPガス設備を有償で取得するということはあり得ない。

b また、LPガス業界においては無償配管の慣行が存在し、不動産販売業者等もそのような慣行を知っていることからすると、不動産売買契約書等において、LPガス設備についての特段の記載がないことは、むしろ当該住宅供給契約の中にLPガス設備が含まれていないことを意味し、したがって、住宅代金の中にもLPガス設備の費用は含まれていないのが通常である。

原告が本件LPガス設備の設置費用を負担しているほか、本件重要事項説明書等の中に、被告らが本件各不動産業者に対し、LPガス設備の費用を支払わなければならないとする旨の記載はないので、本件不動産業者が各被告との間の住宅供給契約(売買・請負)の中にLPガス設備を含めるはずがない。

c 宅建業法35条1項4号にいう「特別の負担」とは、「飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設が整備されていない場合において、これらの設備を整備するために、建物購入者等が負うべき負担」という意味に過ぎないのであり、そもそも同法は、宅地建物取引業者がガス設備の所有関係をも説明しなければならないとまでは定めていない。

また、「特別の負担」という文言からすれば、むしろ不動産の買主に対し、ガス設備についての「通常の負担」が求められることは当然の前提になっていると考えられる。

d なお、本件重要事項説明書等に「LPガス販売業者がLPガス設備を所有する」旨記載されていないとしても、口頭で説明していることも考えられるので、その旨の記載がないことをもって、直ちに宅地建物取引業者が、重要事項の説明の際にLPガス設備の所有権の帰属を説明していないとまではいえない。

ウ 錯誤について(争点3)

(ア) 錯誤がないこと

本件では、本件通知書(甲2、10、15)の表面第1項の「配管一式」に○印が付され、本件約束書(甲4、8、12、17)には「(原告が各被告に本件LPガス設備を)貸与と致します。」と記載されていることからすれば、これらの書面が「原告が本件LPガス設備を所有する」旨を内容としていることは明らかである。

被告らが、LPガス販売業者(原告)又は本件不動産業者(E、a社、b工務店)に対し、何らの異議を述べずに、本件約束書及び本件通知書の作成に応じていることからすれば、その作成の時点で既に本件不動産業者から説明を受けるか、又はその他の事情により、被告らにおいて、自らがLPガス設備の設置費用を負担していないことを認識していたと考えられる。

そうすると、被告らには、本件合意の内容について何らの錯誤もない。

(イ) 重過失

被告らは、LPガス販売業者(原告)又は本件不動産業者に対し、何らの異議を述べずに、本件約束書及び本件通知書の作成に応じており、また、本件不動産業者との間で、住宅供給契約(売買・請負)を締結するに際し、各被告自らがLPガス設備の設置費用を負担しているかどうかを容易に認識し得たばかりでなく、原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするに先立って、本件不動産業者に対し、各被告自らがLPガス設備の設置費用を負担しているのかどうか、すなわちLPガス設備の設置費用が住宅代金(売買代金・請負代金)に含まれていたかどうかを容易に確認できたはずであるにもかかわらず、それを確認しなかった。

以上からすると、仮に、被告らが原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするにあたり、その設置費用の負担について何らかの錯誤に陥っていたとしても、設備費用の負担があることが一見して明らかな本件約束書及び本件通知書に署名しているのであるから、被告らには、重過失(民法95条)があると言わざるを得ない。

(3)  予備的訴訟物について(争点2、4)

ア 被告らに利得がないとの主張について(争点2)

被告らは、LPガス設備が本件不動産業者(E、a社、b工務店)と各被告の間の住宅供給契約(売買・請負)に含まれており、LPガス設備を住宅と一体の目的物として有償取得したのであるから、LPガス設備について、被告らには何らの利得はないと主張するが、争う。

上記(2)イ(イ)のとおり、本件不動産業者と各被告の間の住宅供給契約にはLPガス設備は含まれておらず、被告らが住宅供給契約によりLPガス設備を有償で取得することはあり得ない。

仮に原告の請求を認めたとしても、被告らはLPガス設備の費用について二重払いを強制されるわけではなく、むしろ、現在、原告との間のLPガス供給契約が終了した後も、本件LPガス設備の費用を負担しないままに、これを利用し続けておきながら、LPガス設備の残存価格の支払いを拒んでいることこそ正義に反すると言わざるを得ない。

イ 錯誤について(争点4)

(ア) 錯誤がないこと

本件約束書(甲4、8、12、17)の「解約」欄には「2.残存費用をお支払い下さい。」との記載があり、また、原告社員が、各被告に対し、原告がLPガス設備の設置費用を負担しており、一定期間(15年間)LPガスを供給することでその費用回収をすることを予定しているので、その期間の途中でLPガス供給契約を解約する場合には、原告にLPガス消費設備の償却後の残存価格を支払わなければならないことなどを説明し、その上で、被告らは、本件約束書及び本件通知書に署名をしたのである。

そうすると、被告らは、本件約束書及び本件通知書に署名した時点で、本件LPガス設備の設置費用を負担しておらず、原告に対し、自己が保有する利益としてLPガス消費設備の償却後の残存価値相当額を返還しなければならないことを認識していたことになり、仮に、被告らが「本件LPガス設備を所有している」旨の認識を有していたとしても、本件LPガス設備に関する利害(不当利得関係)の調整をすることについては何らの錯誤はなかったというべきである。

したがって、被告らには、本件合意の内容について何らの錯誤もない。

(イ) 重過失

また、上記(2)ウ(イ)と同様、仮に、被告らが原告との間でLPガス設備に関する本件合意をするにあたり、その設置費用の負担について何らかの錯誤に陥っていたとしても、被告らには、重過失(民法95条)がある。

(4)  独占禁止法違反の主張について(争点5)

LPガス業界内には、いわゆる無償配管と呼ばれる慣行が存在していることは認める。無償配管によるLPガス設備の設置は、LPガス販売業者からすると、新規に顧客を獲得するための先行投資であり、本件合意は、まさに、そのような先行投資の回収手段の確保を目的としているのである。

被告らが主張している競争とは、既存業者が、自己の費用負担でLPガス設備を設置していること、すなわち先行投資をしていることを知りながら、そのような既存業者の顧客を勧誘し、先行投資にただ乗りする結果として、より安くLPガスを供給することを言うのであり、そのような競争が公正であるとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

本件において、前記第2、3の各事実に加え、証拠(甲1~18(各枝番)、21~24、乙1~3(各枝番)、4、5~14(各枝番)、15の②(枝番)、17(枝番)、18、21~24(各枝番)、26~28(各枝番))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  無償配管の慣行

LPガス業界には、LPガス販売業者が建築業者等に対して無償で住宅のLPガス配管工事を行い、当該建築業者等がそのLPガス販売業者に当該住宅購入者を紹介し、両者がLPガス供給契約を締結するという慣行がある(いわゆる無償配管の慣行)。

(2)  被告Y1

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y1及びFは、平成12年3月20日、株式会社c住宅販売(以下「c住宅販売」という。)の仲介により、Eから、土地及び建物(以下「本件物件1」という。)を買った。なお、被告Y1は、売買代金をEに支払済みである。

(イ) このとき、被告Y1は、c住宅販売の社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件1に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙1の②)の交付を受けた。

(ウ) 重要事項説明書(乙1の②)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「ただちに利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」が四角で囲われ、「施設の整備の特別負担の有・無・」欄には「無」に丸印が付されている。

重要事項説明書の上記以外の部分及び不動産売買契約書(乙1の①)に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担を必要とすることを示す記載はない。

イ 被告Y1宅のLPガス設備

(ア) 原告は、平成12年5月26日より以前に、Eから依頼を受けて、本件物件1にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管等)を取り付けた。この工事に要した費用は、10万円であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されている。

ウ 書面の交付

(ア) 被告Y1は、平成12年5月26日、Eから、上記アの売買契約に基づき、本件物件1の引渡しを受け、入居した。

(イ) 原告社員Cは、同日、被告Y1宅(本件物件1)を訪れ、同被告との間でLPガスの供給契約を締結するとともに、本件約束書(甲4)及び本件通知書(甲2)に同被告の署名を得て、これらを同被告に交付した。本件約束書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y1は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y1が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y1に対しLPガス消費設備の残存価格を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(3)  被告Y2

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y2は、平成11年5月1日、c住宅販売の仲介により、Eから、土地及び建物(以下「本件物件2」という。)を買った。なお、被告Y2は、売買代金をEに支払済みである。

(イ) このとき、被告Y2は、c住宅販売の社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件2に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙2の②)の交付を受けた。

(ウ) 重要事項説明書(乙2の②)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「ただちに利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」が四角で囲われ、「施設の整備の特別負担の有・無・」欄には「無」に丸印が付されている。

重要事項説明書の上記以外の部分及び不動産売買契約書(乙2の①)に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担を必要とすることを示す記載はない。

イ 被告Y2宅のLPガス設備

(ア) 原告は、平成11年7月2日より以前に、Eから依頼を受けて、本件物件2にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管等)を取り付けた。この工事に要した費用は、10万円であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定され、外壁を貫通する部分はコーキング材で塞がれて固定されている。

ウ 書面の交付

(ア) 被告Y2は、平成11年7月2日、Eから、上記アの売買契約に基づき、本件物件2の引渡しを受け、入居した。

(イ) 原告社員B及びCは、同日及びその翌日に、被告Y2宅(本件物件2)を訪れ、同被告との間でLPガスの供給契約を締結するとともに、本件約束書(甲8)及び本件通知書(甲6)に同被告の署名を得て、これらを同被告に交付した。本件約束書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y2は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y2が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y2に対しLPガス消費設備の残存価格を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(4)  被告Y3

ア 売買契約の締結及び重要事項の説明

(ア) 被告Y3は、平成11年1月10日、有限会社dホーム(以下「dホーム」という。)の仲介により、a社から、土地及び建物(以下「本件物件3」という。)を買った(ただし、契約締結当時は、未完成建物であった。)。なお、被告Y3は、売買代金をa社に支払済みである。

(イ) このとき、被告Y3は、dホームの社員(宅地建物取引主任者)から、宅建業法35条の規定に基づき、本件物件3に関する重要事項について説明を受け、重要事項説明書(乙3の②)の交付を受けた。

(ウ) 工事標準仕様書(乙3の①)の上部右側の「木材・その他」の「ガス」欄には「LPG(供給箇所:キッチン、浴室、洗面所及び、給湯器)」との記載があり、下部右側の「別途工事」欄には「カーテンレール、ブラインド、アミ戸、アコーデオン扉、手摺、居室照明、植木、TVアンテナ、面格子他」との記載がある。

また、重要事項説明書(乙3の②)の「4.飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況」の「ただちに利用可能な施設」・「ガス」欄には「プロパン」が四角で囲われ、「施設の整備の特別負担の有・無・」欄には「無」に丸印が付されている。

工事標準仕様書及び重要事項説明書の上記以外の部分に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金以外に何らかの金銭的負担を必要とすることを示す記載はない。

イ 被告Y3宅のLPガス設備

(ア) 原告は、平成11年3月27日より以前に、a社から依頼を受けて、本件物件3にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管等)を取り付けた。この工事に要した費用は、15万円であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定され、外壁を貫通する部分はコーキング材で塞がれ固定されている。

ウ 書面の交付

(ア) 被告Y3は、平成11年3月27日、a社から、上記アの売買契約に基づき、本件物件3の引渡しを受け、入居した。

(イ) 原告社員Dは、同日、被告Y3宅(本件物件3)を訪れ、同被告との間でLPガスの供給契約を締結するとともに、本件約束書(甲12)及び本件通知書(甲10)に同被告の署名を得て、これらを同被告に交付した。本件約束書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y3は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y3が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y3に対しLPガス消費設備の残存価格を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(5)  被告Y4

ア 請負契約の締結及び仕様等の説明

(ア) 被告Y4は、平成12年2月15日、b工務店に、建物(以下「本件物件4」という。)の工事請負を注文した。なお、被告Y4は、請負代金をb工務店に支払済みである。

このとき、被告Y4は、b工務店の社員から、本件物件4の仕様、見積内容等について説明を受けた。

(イ) 見積書(乙4の4枚目)には、「本体工事」として「※当社標準仕様/付帯設備一式含」との記載がある。

標準仕様書(乙4の8枚目)の右下部分の「設備仕様」の「ガス」欄には、「全自動20号 BL商品」との記載があり、右下欄外に「※別途工事:外構工事・外部給排水給湯工事及分担金・電気外線引込工事・解体工事・設計確認申請料・都市ガス・都市ガス用給湯器・テレビアンテナ」との記載がある。

見積書及び標準仕様書の上記以外の部分並びにその他本件請負契約に関する書面(諸費用概算書、念書等)に、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して請負代金以外に何らかの金銭的負担を必要とすることを示す記載はない。

イ 被告Y4宅のLPガス設備

(ア) 原告は、平成12年10月8日より以前に、b工務店から依頼を受けて、本件物件4にLPガス設備(LPガス容器、調整器、メーター、供給管、ガス配管等)を取り付けた。この工事に要した費用は、10万円であり、無償配管慣行に従い、原告がこれを負担した。

(イ) 上記(ア)のガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設されており、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されている。

ウ 書面の交付

(ア) 被告Y4は、平成12年10月8日、b工務店から、上記アの請負契約に基づき、本件物件4の引渡しを受け、入居した。

(イ) 原告社員Cは、同日及びその翌日に、被告Y4宅(本件物件4)を訪れ、同被告との間でLPガスの供給契約を締結するとともに、本件約束書(甲17)及び本件通知書(甲15)に同被告の署名を得て、これらを同被告に交付した。本件約束書及び本件通知書の主な記載事項は、前記第2、3(3)及び同(4)のとおりである。

(ウ) その後、被告Y4は、上記LPガス供給契約に基づき、原告からLPガスの供給を受けた。

エ 被告Y4が原告に対し原告との間のLPガス供給契約を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が被告Y4に対しLPガス消費設備の残存価格を支払うよう請求したことについては、前記第2、3(2)エ及び同オのとおりである。

(6)  無償配管の慣行に関する官公庁等の対応

無償配管が行われた場合、住宅購入者(LPガスの一般消費者)がLPガス販売業者を切り替えようとする際に、無償配管をしたLPガス販売業者が、無償配管を理由としてLPガス配管設備の所有権を主張し、当該消費者に対してその買取代金を請求するなどして、紛争が発生する例があり、官公庁等は、このような紛争の防止、消費者保護のために、以下のような対応をした。

ア 建設省(現・国土交通省)

(ア) 建設省建設経済局不動産業課は、平成元年11月22日、業界団体に対し、「事務連絡」(乙7)を発し、宅建業法35条1項各号の重要事項の説明をし、重要事項説明書を交付するにあたって、宅地内のガス配管設備等の所有権が家庭用プロパンガス販売業者にある場合には、その旨の説明をするよう要請した。

(イ) また、国土交通省の宅建業法の解釈・運用の考え方(乙8)によれば、同法35条1項4号の事項(飲用水・電気及びガスの供給並びに排水施設の整備状況)については、住宅の売買後においても宅地内のガスの配管設備等の所有権が家庭用プロパンガス販売業者にあるものとする場合には、その旨の説明をすることとする、とされている。

イ 公正取引委員会

公正取引委員会は、平成11年6月25日、「LPガス販売業における取引慣行等に関する実態調査報告書について」(乙9)を公表し、通商産業省に対し、その考え方を説明するとともに、都道府県及びLPガス販売業界等への周知を要請した。また、社団法人日本エルピーガス連合会に対し、傘下の都道府県協会への周知を要請し、建設省に対しては、LPガス配管設備の所有権がLPガス販売業者にある場合には、建築業者等が住宅を販売するに際し、消費者に明確に説明し了解を得た上で、それらを明記した書面を交付するよう、建築業者等への周知を要請した。

なお、公正取引委員会が行った調査における消費者モニターへのアンケート結果によれば、自宅のLPガス配管設備の所有権がLPガス販売業者にあると回答した者は17.9%であった。

ウ 通商産業省(現、経済産業省)

通商産業省資源エネルギー庁石油部流通課液化石油ガス産業室は、平成11年10月22日、「LPガス取引適正化・料金透明化に向けた対応について」(乙10)を公表し、社団法人日本エルピーガス連合会及び社団法人全国エルピーガス卸売協会に対し、無償配管の慣行の撤廃を要請するとともに、LPガス消費設備の所有関係及び販売契約についての考え方を示した。

2  本件合意の成否について(争点1)

(1)  停止条件付売買契約(原告の主位的主張)

原告は、LPガス設備の設置費用を負担した原告が、本件不動産業者との関係で同設備の所有権を留保し、さらに当該業者から各物件を取得した各被告との関係においても同設備の所有権が原告に留保されていることを前提として、原告と各被告との間で、各被告が15年内にLPガス供給契約を解約する場合には、原告に所有権が留保されている同設備を各被告が買い取ることを内容とする停止条件付売買契約が成立したと主張するので、まずこの停止条件付売買契約が成立したかどうかを検討する。

ア 前記事実関係によれば、原告は、本件不動産業者(E、a社、b工務店)から依頼を受けて、本件物件1ないし4にLPガス設備を設置し、当該業者との関係で、原告がその設置費用を負担することとし、他方、当該業者から本件物件1ないし4を各取得した各被告との間でLPガス供給契約を締結するとともに、各被告所有物件に設置されたLPガス設備は原告が所有すること及びLPガス供給契約を15年内に解約する場合にはLPガス消費設備を買い取り、残存費用を支払うこと等が記載された本件約束書と本件通知書を各被告に交付し、各被告は何ら異議を述べることなく、これらに署名し、その交付を受けたことが認められる。

イ 本件通知書(甲2、6、10、15)及び本件約束書(甲4、8、12、17)の記載事項は、前記第2、3(3)及び(4)記載のとおりである。

本件通知書は、液化石油ガス法14条に基づき、LPガス供給契約を締結するにあたって消費者に対して同条所定の事項を通知するために交付が義務付けられた書面に過ぎず、原告と各被告の間のLPガス設備に関する合意は、基本的には、本件約束書の解釈によるべきであり、本件通知書はその意味を補うものにとどまる。

そこで、まず、本件約束書を見ると、一見して、「ガス配管設備」は貸与されたものであり、ガス供給契約の供給先(LPガス販売業者)を切り替える際には、「残存費用」を支払うこととされていることが分かる。しかしながら、「ガス配管設備」の指す具体的な設備、「残存費用」を支払わなければならない理由、「残存費用」の意味及び具体的金額は不明である。

次に、本件通知書を精査・熟読すると、表面第1項の消費設備のうち○印の付してある設備・器具が原告の所有する設備であり、原被告間のLPガス設備に関する合意が原告の所有する消費設備についての貸付け及び買取契約であること、被告らに対する同設備の貸付けの条件及び買取りの際の金額等は「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」等に定められることになっていることが分かる。

しかし、「LPガス消費設備等の利用に関する契約書」と題する書面は被告らに交付されていない。

ウ ところで、前記事実関係によれば、各被告所有建物に設置されたガス供給管及びガス配管は、その一部が地中に埋設され、建物の壁内や床下に敷設され、建物の基礎、柱、壁等に支持金具で固定されており、これを建物から分離するには、建物の一部を損壊する必要があること、また、LPガス消費設備は各被告所有建物に必要不可欠なものである一方、建物から分離されたLPガス消費設備にはほとんど価値がないことが認められる。したがって、本件LPガス消費設備は、物理的にも社会経済的にも、各被告所有建物に附合しているものといえる。

このように建物に附合する関係にあり、住宅に必要不可欠なLPガス設備は、一般消費者との間の住宅供給契約(売買・請負)において、これを取引(売買・請負)の対象から除外するとの明示の特約のない限り、建物と一体のものとして取引の対象とされるというべきである。いわゆる無償配管の慣行が一般消費者の常識になっているとは認められない。

そして、本件重要事項説明書等(乙1~3(各枝番)、4)には、LPガス設備の所有権の所在に関する記載やLPガス設備に関して売買代金・請負代金以外に何らかの金銭的負担を必要とすることを示す記載はないのであり、その重要事項等の説明に当たり、各被告に対して、LPガス設備の所有権が原告に留保されており、このLPガス設備に関して売買代金・請負代金以外に何らかの金銭的負担を要するとの説明がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件不動産業者と各被告の間の住宅供給契約(売買・請負)においては、LPガス設備もその目的物として取引され、被告らも、そのような認識を有していたものと認められる。

エ 以上によれば、本件LPガス設備に関する原告と各被告のやりとりは、被告らにおいてLPガス設備は先行して締結された住宅供給契約(売買・請負)の目的物に含まれているとの認識を有する中でされたものであることが認められる。

そして、本件約束書及び本件通知書の記載内容は、「ガス配管設備」の具体的な設備については認識しうる内容となっているが、「残存費用」については、それを支払わなければならない理由やその意味が明らかになっておらず、その具体的金額についても、本件約束書に「月割」とあるだけで、その基準となる金額及び計算方法が明らかではなく、最終的にいくら支払うことになるのか予想することもできないものとなっているのであり、また、本件全証拠によっても、上記「残存費用」について原告社員が被告らに対して十分な説明をし、これを被告らが理解をしたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件合意が停止条件付売買契約であるとすると、その核心的部分である支払金額について、原告と各被告の間に意思の合致が認められないのであり、停止条件付売買契約の成立を認めることはできない。

オ よって、停止条件付売買契約としての原被告間の合意に基づく、原告の各被告に対する売買代金請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(2)  利害調整合意(原告の予備的主張)

また、原告は、原告が本件LPガス設備の費用を負担し、被告らがこれを負担していないことを前提として、原告と各被告との間で、両者間に生じたLPガス設備に関する利害(不当利得関係)を調整する合意が成立したと主張する。

しかし、上記(1)のとおり、本件LPガス設備に関する原告と各被告のやりとりは、被告らにおいて、LPガス設備は先行して締結された住宅供給契約(売買・請負)の目的物に含まれているとの認識、すなわち、被告らはLPガス設備の費用を含む売買代金・請負代金を本件不動産業者に支払ったとの認識を有する中でされたものであり、原告が本件LPガス設備の費用を負担し、被告らがこれを負担していないとの点につき、両者の間に意思の合致があったとは認められず、また、支払金額についても、原告と各被告の間に意思の合致が認められないのであるから、原告と各被告の間に原告主張の利害調整合意が成立したと認めることはできない。

よって、利害の調整の合意としての原被告間の合意に基づく、原告の各被告に対するLPガス設備費用相当損害金請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

3  以上によれば、原告の各被告に対する本件各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山﨑まさよ 裁判官 和久田道雄 馬場潤)

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