さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)2154号 判決 2004年12月20日
原告
株式会社 A野
代表者代表取締役
B山太郎
他16名
一七名訴訟代理人弁護士
橋本辰夫
被告
C川松子
他2名
三名訴訟代理人弁護士
久保田昭夫
同
宮坂浩
同
今村幸次郎
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
(1) 被告らは、連帯して、原告株式会社A野に対し、二億四六四七万四六五八円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは、連帯して、原告B山竹夫に対し、一〇万〇八〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、連帯して、原告E田梅夫に対し、五〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 被告らは、連帯して、原告A田春夫に対し、一五万〇八一〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(5) 被告らは、連帯して、原告B野夏夫に対し、八〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(6) 被告らは、連帯して、原告C山秋夫に対し、一二四万〇二八〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(7) 被告らは、連帯して、原告D川冬夫に対し、五万円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(8) 被告らは、連帯して、原告E原一郎に対し、一万九〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(9) 被告らは、連帯して、原告A川二郎に対し、六万九八五五円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(10) 被告らは、連帯して、原告B原三郎に対し、三万四〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(11) 被告らは、連帯して、原告C田四郎に対し、一〇万三五〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(12) 被告らは、連帯して、原告D野五郎に対し、四万五三〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(13) 被告らは、連帯して、原告E山六郎に対し、八万九六八〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(14) 被告らは、連帯して、原告A山七郎に対し、一万九〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(15) 被告らは、連帯して、原告B川八郎に対し、三〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(16) 被告らは、連帯して、原告C原九郎に対し、三万九〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(17) 被告らは、連帯して、原告D田十郎に対し、一万五〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告C川松子(以下「被告松子」という。)が原告株式会社A野(以下「原告会社」という。)の隣接地でゴミを燃やしていたところ、原告会社所有の建物につき火災(以下「本件火災」という。)が発生し、同建物や他の原告らの物品が焼失したが、原告らが、本件火災は被告松子が燃やしたゴミの火が枯れた芝生に燃え移り、これが延焼して発生したものであり、被告松子には本件火災の発生につき重過失があり、また同被告と同居している被告D原一江(以下「被告一江」という。)と被告D原一夫(以下「被告一夫」という。)には、被告松子の行動の監視・監督義務の違反があると主張して、被告松子に対しては、民法七〇九条及び失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)に基づき、被告一江及び被告一夫に対しては、民法七〇九条及び七一九条に基づき、原告らが被った損害の賠償を求めた事案である。
一 前提事実(特に、証拠を掲記しない限り、当事者間に争いがない。)
(1) 原告会社は、キャンピングカーの製作販売等を業務とする会社であり、原告B山竹夫(以下「原告B山」という。)は原告会社の取締役であり、その他の原告は原告会社の従業員である。
(2) 被告松子は、原告会社所有の別紙第一物件目録記載一の(1)ないし(4)の建物(以下、(1)の建物を「本件A棟」、(2)の建物を「本件B棟」といい、(1)ないし(4)の建物全体を単に「本件建物」という。)の南側に隣接する埼玉県新座市《番地省略》の土地(以下「本件庭」という。)、及び、同所《番地省略》(畑)の所有者であり、被告一江は、被告松子の子であり、同人所有の上記土地の隣接地である同所《番地省略》の土地(以下「被告一江土地」という。)の所有者である。被告一夫は、被告一江の夫であり、被告らは肩書地所在の建物(以下「被告ら建物」という。)に同居している。本件建物、本件庭及び被告ら建物の位置関係は別紙現場案内図及び写真撮影位置図記載のとおりである。
(3) 本件庭は、別紙り災物件配置図(庭)記載のとおり、幅約一一・四メートル、長さ約二八・四メートルの広さがあり、ほぼ全面に芝生が植えられ、その北側の境界付近に数メートル間隔で木の杭が打たれ、その間に高さ約一メートルの金ヒバが植えられており、この北側境界から本件B棟の南端まで新座市所有の水路が埋め立てられて約三・六メートルの幅で雑草の生えた空地があり、この空地の北側部分に接して本件B棟があり、本件B棟の北東側三分の一の部分と作業用の屋根を挟んで本件A棟があり、本件B棟の南西付近の外壁には、雑草の一部である蔓草が、パネルに巻き付いており、また同空地の西側部分(本件B棟の南西部分)には、原告所有のFRP材等が置かれていた。また、本件庭の南西部分には、幅二・五メートル、長さ四メートルのウサギ小屋が置かれ、そのさらに南側に被告らの建物があり、さらに本件庭の西側にはA原高等学校の校庭があり、この校庭のネットフェンス沿いに、高さ約一メートルの金ヒバが数メートル間隔で植えられ、東側に被告松子所有の畑があり、さらにその東側には県道浦和所沢線がある。また、本件B棟は、仮設プレハブ造一部二階建てで平成元年に建築され、その後平成二年及び平成六年に増築されたものであり、同建物を含め本件建物内の利用区分は、別紙り災物件配置図(本件建物)記載のとおりである。
(4) 被告松子は、平成一五年三月二四日午後一〇時三〇分頃、本件庭において、ケヤキの枯葉等を燃やしていた(以下「本件焼却行為」という。)ところ、同地上の芝生に燃え広がったため、同被告の孫にあたるD原二江(以下「二江」という。)と一緒にジョウロで水をまき、竹箒で叩くなどしてその消火に努めた。
(5) 本件火災は、同日、午後〇時一五分頃、本件B棟の南西側壁付近から出火し、本件建物及び原告会社所有の別紙第一物件目録記載二ないし九の設備他の物品(以下「本件設備等」という。)を焼損し、他に原告会社以外の原告ら所有の別紙第二物件目録記載の物品(以下「本件被害物品」という。)並びにA原高等学校の防球ネット、ネットフェンス、夜間照明灯を焼損した。
二 原告の主張
(1) 被告松子は、平成一五年三月二四日午後〇時三〇分頃、本件庭において、ゴミを燃やしていたところ、同地上の枯れた芝生に燃え広がり、本件建物及び本件設備等に延焼させ、本件建物及び本件設備等並びに原告会社以外の原告ら所有の本件被害物品に火災による甚大な被害を与えた。
(2) 本件庭には、全面に芝生が一五センチメートルから二〇センチメートルの高さで生えており、これが枯れていた。平成一五年三月八日から同月二四日までの降水日は、同月一六日の六ミリ、一七日の七ミリ、一九日の一ミリしかなく、枯れ草・雑草は著しく乾燥した状態であった。また、同月二四日の風速は、午前一〇時頃より風が吹き出し、午後〇時三〇分頃は、南から風速約四メートルの風が吹いていた。
(3) 被告松子は、本件焼却行為の際、焼却炉を使用せず、また焼却炉に代わるブロック等による囲いも作らなかった。そのため、本件焼却行為を始めたところ、枯れた芝生に延焼したものであり、被告松子の行為は極めて軽率な行為であった。
(4) 被告松子は、消火に十分な五~六杯のバケツの水を用意しなければならなかったにもかかわらず、少量のバケツの水しか用意せず、また不足した水を補給して消火すべきであるのにこれをせずに、ホウキで叩いたため残り火が残ることとなったものであり、被告松子の消火方法は、極めて軽率な方法であった。
(5) 被告松子は、散水不足のためホウキで火を叩き消していたのであるから、消火後は、その場にとどまり残り火があるか否かを確認し、再燃の可能性のないことを確認すべき義務があるにもかかわらず、被告ら建物に入ってしまい、残り火の発見を怠り、これにより枯れ芝生が再燃し、本件火災が発生したものであり、被告松子には、消火確認義務の不履行がある。
(6) 本件火災は、本件焼却行為の残り火が、本件庭の枯れ芝生を介して瞬時に燃え広がり、本件建物等の地点に達する頃には、火の高さは二メートルから三メートルの高さにまで達し、難燃性プレハブ式の建物である本件建物の側面を加熱させ、そのため同建物内にあった物品が著しく加熱して発火したことにより発生した。
(7) 被告松子は、本件焼却行為をした場所付近には、枯れ芝生が密集して、ここに延焼する可能性が十分にあったにもかかわらず、本件焼却行為をするにあたり、焼却炉を使用せず、また焼却炉に代わるブロック等による囲いも作らなかったことから、実際に枯れ芝生の相当広い範囲に延焼が始まり、消火用の十分な水を用意しなかったことから十分な散水をせずに竹箒で叩いて消火行為をし、残り火があっていつまた枯れ芝生が燃え出すかわからない相当高度な危険状態であったにもかかわらず、残り火の存在を注意深く確認せず、現場を離れたものであるから、被告松子については、本件火災の発生につき予見可能性があり、かつ結果回避可能性もあった。被告松子は、上記の注意義務の重大な不履行により、本件火災の発生により本件建物及び本件設備等並びに本件被害物品を焼失させたものであり、民法七〇九条、失火責任法に基づき、原告らに対し、損害を賠償すべき責任がある。
(8) 被告一江及び被告一夫は、同居の家族である被告松子が七三歳と高齢であり、結果予見能力及び結果回避能力が劣っているのであるから、被告松子の行動を監視・監督する義務があるにもかかわらず、被告松子が本件焼却行為などの危険な行為を行わないように監督する義務を怠り、また、焼却炉に代わるブロックによる囲いなどの延焼防止装置を設置することを怠り、さらに、消火用の水を確保しておくことを怠り、枯れ芝生への延焼の可能性に注意するように監督して火災を発生させないようにする注意義務があるのにこれを怠った。被告一江及び被告一夫については、これらの注意義務違反から本件火災の発生という結果を生じさせたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告らが被った損害を賠償する責任があり、被告松子と共同不法行為者の関係となる。
(9) 原告らは、本件火災の発生により、以下のとおり損害を被った。
ア 原告会社の損害 二億四六四七万四六五八円
(ア) 物損 合計二億六〇四七万八五八六円
本件建物及び本件設備等の焼失により、別紙第一物件目録記載の損害額欄記載の損害を被った。
(イ) 休業損害 三〇〇〇万円
平成一四年度の原告会社の売上高は、四億円であり、本件火災により三か月間の休業を余儀なくされ、三〇〇〇万円の休業損害が生じた。
(ウ) 火災後の処理費用 六〇九万円
a 工場解体工事 二八〇万円(一四〇坪×二万円)
b 大型ダンプ 七〇万円(七台一〇万円)
c 諸経費 三〇万円
d 解体養生工事一八〇万二四〇〇円
e 諸経費 一九万七六〇〇円
f 消費税 二九万円
(エ) 慰謝料 五〇〇万円
原告会社の企業イメージ、信用を害され、また原告会社代表者及び原告B山は、原告会社の役員として、精神的苦痛を受けた。
(オ) 弁護士費用 一〇〇〇万円
(カ) 保険金の支払控除 六五〇九万六九二八円
(キ) 差引 二億四六四七万四六五八円
(ア)ないし(オ)の合計三億一一五六万八五八六円から上記(カ)の保険金を控除したもの。
イ 原告会社以外の原告らの各損害
各原告の損害の明細は、別紙第二物件目録添付の各原告のり災物件明細書のとおりであり、その損害額は、以下のとおりである。
(ア) 原告B山 一〇万〇八〇〇円
(イ) 原告E原梅夫 五〇〇〇万円
(ウ) 原告A田春夫 一五万〇八一〇円
(エ) 原告B野夏夫 八〇〇〇円
(オ) 原告C山秋夫一二四万〇二八〇円
(カ) 原告D川冬夫 五万円
(キ) 原告E原一郎 一万九〇〇〇円
(ク) 原告A川二郎 六万九八五五円
(ケ) 原告B原三郎 三万四〇〇〇円
(コ) 原告C田四郎 一〇万三五〇〇円
(サ) 原告D野五郎 四万五三〇〇円
(シ) 原告E山六郎 八万九六八〇円
(ス) 原告A山七郎 一万九〇〇〇円
(セ) 原告B川八郎 三〇〇〇円
(ソ) 原告C原九郎 三万九〇〇〇円
(タ) 原告D田十郎 一万五〇〇〇円
三 被告の主張
(1) 平成一五年三月二四日午後〇時三〇分頃、本件建物及び本件設備等について火災が発生したことは認めるが、被告松子がこれを延焼させたこと、及び同被告が原告らに損害を与えたことは否認する。被告松子が本件庭において、ゴミを燃やしたのは、同日、午前一〇時三〇分から午前一一時三〇分頃までの間であり、同被告は、焼却を終えた後、火を完全に消し止めている。本件焼却行為に伴って、本件庭の芝生も若干燃えたことは事実であるが、同被告は、これについても何度も水をかけて完全に消火を行った。被告松子は、芝生も含めて火が完全に消えたことを確実に確認しており、その後、約一時間もたった午後〇時三〇分になって本件建物に延焼することなどおよそ考えられない。
(2) 本件庭は、充分な広さを有し、ゴミの焼却をするのに全く危険のない場所である。本件焼却行為は、本件建物から二〇メートル以上離れた場所で行われており、延焼などおよそ考えられない。本件庭に生えていた芝生が高さ一五センチメートルから二〇センチメートルであったことは否認する。せいぜい数センチメートル程度であった。本件火災当時の降水量については、不知。芝生等が完全に乾燥した状態であったことは否認する。芝生、雑草等はすべて枯れて乾燥していたわけではない。本件火災当時の風速については不知。
(3) 本件焼却行為について、焼却炉を使用しなかったこと、及びブロックの囲いがなかったことは認めるが、そのような特別な対応が必要なほど大量のゴミを焼却したものではなく、本件焼却行為は、特に危険なものではなかった。本件焼却行為が軽率な焼却方法だったことについては否認する。
(4) 被告松子は、本件焼却行為の後、若干燃えた芝生及びその周囲も含めて十分に水をかけて消火をしており、消火不足ということは有り得ない。
(5) 被告松子は、芝生も含めて完全に火が消えたことを確認しており、消火確認義務の不履行はない。本件火災は、被告松子が焼却を終え完全な消火を確認した午前一一時三〇分から約一時間も経過した午後〇時三〇分頃に発生しており、本件焼却行為からの延焼が原因であると断定することは出来ない。
(6) 本件火災が、本件焼却行為からの延焼が原因であることについては、争う。原告らのいうとおり、本件建物が難燃性プレハブ式だったというのであれば、芝生が燃えたぐらいで延焼が生じる筈がない。本件庭の境界と本件建物とは、三メートルの幅の国有地を含めて、三メートル六五センチメートル離れており、仮に、本件庭の芝生が広範囲に燃えたとしても、本件建物にまで延焼することは有り得ない。
(7) 仮に、万が一、本件火災が本件焼却行為からの延焼により生じたものであったとしても、被告松子には、失火責任法にいう重過失は存在しない。本件焼却行為は、本件建物まで直線距離で約二五メートルも離れた場所でされており、当日は、実効湿度が六五パーセント、風が南向き風速二メートルということからして、火災の危険性が高かったわけでもなく、被告松子は同人の孫で高校二年生のD原二江とともに、芝生の消し際に念入りに水をかけるなどの消火作業をしたのであり、重大なる過失は存在しない。また、同日、午前一一時三〇分頃完全に消火を終えたと認識していた被告松子にとっては、それから約一時間も経過した後に発生した本件火災を予見することは不可能であった。
(8) 原告らの損害については、すべて否認または争う。
四 争点
本件の争点は、以下の四点である。
(1) 本件火災は、本件焼却行為からの延焼により生じたか(争点1)。
(2) 仮に、そうである場合に、本件火災の発生につき、被告松子に失火責任法にいう重過失があるか(争点2)。
(3) また、被告一江及び被告一夫に、被告松子についての監視・監督義務違反があり、これにより本件火災が発生したか(争点3)。
(4) 被告らに責任が認められる場合に、原告らの受けた損害額はいくらか(争点4)。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件火災は、本件焼却行為からの延焼により生じたか。)について
(1) 前提事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件建物、本件庭及び被告ら建物の位置関係は別紙現場案内図及び写真撮影位置図記載のとおりであり、また本件庭の形状は、別紙り災物件配置図(庭)記載のとおり、幅約一一・四メートル、長さ約二八・四メートルの広さがあり、ほぼ全面に芝生が植えられ、その北側の境界付近に数メートル間隔で木の杭が打たれ、その間に高さ約一メートルの金ヒバが植えられていた。本件庭の南西側には、別紙り災物件配置図(庭)記載のとおり、ウサギ小屋があり、その周囲を幅六・七メートル、奥行き四・四メートルの長方形の囲いが設置され、この囲いの北東側約二~三メートルの位置に焼却炉が設置され、その南東側に直径二~三メートルの土盛り(以下「本件土盛り部分」という。)があった。
イ 本件庭の北側境界から本件建物の南端までの間に新座市所有の水路が存在していたところ、これが埋め立てられて現況は約三・六メートルの幅で雑草の生えた空地となっており、この空地の北側部分に接して本件B棟があり、同建物の南西付近の外壁には、雑草の一部である蔓草が、パネルに巻き付いており、また同空地の西側部分(本件B棟の南西部分)には、原告所有のウレタンロール、FRP材が置かれていた。
ウ 本件B棟は、仮設プレハブ造一部二階建てであり、その内部は三つの区画に区切られ、南西側からFRP形成及び仮装室、中央は塗装室、北東側は電気配線及び内装仕上げ室として利用され、南西側のFRP形成・仮装室の南端には、FRP溶剤置き場があった。
エ 被告松子は、平成一五年三月二四日、午前一〇時頃、玄関先に飛来したケヤキの葉を集め、ちりとりにて本件土盛り部分に運び、これを焼却しようとマッチにて点火したところ、ケヤキの葉は直ぐに燃え終わったものの周囲約三メートルの範囲の芝生がチリチリと燃え出し、次第に本件土盛り部分の周囲とウサギ小屋の前の芝生まで燃え出したことから、被告松子は、靴で足踏みしながらこれを消していった。ところが、そのころ少し風が出てきたことから火が北側にだんだん燃え広がっていったため、被告松子は、急ぎ被告ら宅の中庭にある洗い場でジョウロに水を汲んで、燃え広がった芝生にかけたり、竹箒で叩くなどして火を消していった。そして、北側境界付近の杭から二~三メートルの付近まで芝生が燃えた頃に二江が外出から帰宅し、二江は、直ぐにジョウロに水を汲み、被告松子と一緒に芝生に水をかけていき、被告松子はカーディガンで芝生を叩くなどして火を消していった。その結果、同日午前一〇時三〇分頃には、一番西側(A原高等学校寄り)の杭が一本燃えたものの、他の杭や金ヒバは燃えることなく、北側境界に設置された杭の付近で芝生の延焼は止まり、一旦、芝生や杭の火は消えた。これを見て二江は、芝生等の火は消えたものと判断し、被告ら宅に入ったが、被告松子は、その後も約三〇分程度の間、燃えた北西の杭の付近やまだ燃えていない北側の空き地部分に続く芝生や枯れ草にジョウロで水をかけ、また足で踏むなどして火が消えたかどうか確認し、午前一一時頃にもう危険はないと判断して、被告ら宅に戻った。
オ A原高等学校の教員B田三江は、同日午前一〇時頃、グランド隣にある畑から煙が上がっているのを見かけ、その後午後〇時過ぎ頃に、原告会社の本件建物の南側の外壁付近でマットのようなものが燃えており、数分後に火が本件建物の屋根に燃え移り、同建物があっという間に燃えていったのを見た。
カ 原告D田十郎は、同日午後〇時三〇分頃、屋外のトイレに行ったところ、原告会社の本件B棟のFRP課の南側外壁南角付近から、もくもくと煙が出ていたのを発見した。
キ 本件火災後、本件庭に植えられた芝生が全面にわたり焼きし、A原高等学校側のフェンス際に植えられた金ヒバも地面から半分が焼きし、また北側境界に植えられた金ヒバも地面から半分が焼きし、同境界付近の杭八本のうち、北西側の三本の東側部分が焼きし、中央の二本は杭全体が焼きし、さらに、本件庭の南西側に位置するウサギ小屋周辺の芝生も焼きし、本件土盛り部分の南東側の枯れ草が焼きしていた。
ク 本件火災が発生した当時の気象条件は、天候は晴れ、南からの風二メートル、気温一八度、実効湿度六五パーセント、警報発令無しであった。
(2) 以上の認定事実に加えて、原告会社の従業員は、本件建物の一階ではタバコを吸わない旨述べており、発掘現場にはタバコの吸い殻、灰皿等は見分されていないことからタバコの火からの出火の可能性は低いこと、原告会社への出入りは誰にでも可能と思われるものの、出火時間がお昼頃で複数の社員がいることから、第三者が侵入して放火することは通常は考えにくく、実際に現場周辺から逃げ去った不審者は確認されていないこと、またこの当時この付近で放火による火災は発生しておらず、放火の物的証拠も得られていないこと、さらに原告らの関係者に放火の動機がある者がいないことから放火の可能性は極めて低いこと、芝生の焼き状況は、本件庭の南西側に比べて北東側がより黒く燃えていることを総合的に考察すれば、本件火災は、被告松子が本件土盛り部分のところで枯れ葉に火を点け、この火が芝生に燃え広がり本件土盛り部分の周囲から北東方向に燃え広がっていき、被告松子と二江がジョウロで水をかけ、竹箒やカーディガンで芝生を叩くなどして、消火活動をした結果、原告会社の手前の水路を埋め立てた空き地との境界の付近で一旦、芝生の延焼は止まり、杭を含めて火は消えたものの、その後午後〇時頃からは南からの風三メートルと風速が強まった気象条件も相まって北側境界付近の枯れ葉に再燃し、これが北側空き地部分の枯れ草に燃え広がり、同所に置かれていたウレタンロールや本件建物の壁に絡まった蔓草などに燃え移り、さらに本件建物内の南端に置かれたFRP溶剤を加熱させてこれを発火させるなどして本件火災が発生したものと推認される。
(3) したがって、本件火災は、本件焼却行為からの延焼により生じたものと認めるのが相当である。
二 争点2(本件火災の発生につき、被告松子に失火責任法にいう重過失があるか。)について
(1) 失火責任法にいう重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないで、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、殆ど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのを相当とする。以下、本件火災の発生につき、被告松子に重大な過失が有るか否かを検討する。
(2) 上記一(1)に認定した事実によれば、被告松子が本件焼却行為をした本件土盛り部分は、幅約一一・四メートル、長さ約二八・四メートルの広さの本件庭の南西端に近く、本件建物まで約二五メートル離れており、周囲に芝生が植えられていたものの、他に燃え易い物はなかったこと、本件火災が発生した当時の気象条件は、天候は晴れ、南の風二メートル、気温一八度、実効湿度六五パーセント、警報発令無しであったことからして、被告松子が本件焼却行為をするにつき、場所及び気象条件の点において特段危険な状況があったとはいえない。被告松子は、近くに焼却炉があるにもかかわらず、これを使用せず、また事前にジョウロやバケツに水を汲んで万一の場合の消火の用意をしておかなかった点において、万一の場合の備えを欠いたとの指摘はできるが、被告松子が燃やそうとしたものが、ちりとり一杯程度のケヤキの枯れ葉等であり、大量のゴミを燃やそうとしていたものではないことから、飛び火の危険がそれほど懸念されるものではないこと、これに上記の場所や気象条件の点において特段危険が予測される状況がなかったことを合わせて考慮すれば、この点のみを捉えて重大な過失があるとまでは認められない。さらに、消火作業については、上記一(1)の認定事実及び《証拠省略》によれば、被告松子は、本件土盛り部分の周囲の芝生がちりちりと燃えはじめた際、当初は足踏みにて消していたが、芝生の火が北東の原告会社の方に燃え広がり出したので、被告ら宅の洗い場でジョウロに水を汲み五~六回延焼している場所とを往復して水をかけ、またちりちり燃えている芝生を竹箒で叩くなどして消火に努めたこと、またその頃、外出から帰宅した二江は、直ぐにジョウロに水を汲み、被告松子と一緒に芝生に水をかけていき、これを二~三回繰り返し、さらに被告松子はカーディガンで延焼しつつある芝生を叩くなどして火を消していったこと、その結果、本件庭の芝生は、北側境界の手前約二~三メートルの地点まで燃え、またA原高等学校寄りの杭が一本くすぶって煙を出したものの、二江が消火活動に加わって約二〇分ほど経った同日午前一〇時三〇分頃には、本件建物との間に約三ないし五メートル幅の芝生や草地が燃えることなく残り、他の杭や金ヒバも燃えずに一応消火されたこと、二江は、くすぶり煙を出した杭に水をかけた後、消火は完了したと判断し、家の中に入ったが、被告松子は、その後も約三〇分程度の間、燃えた北西の杭の付近やまだ燃えていない北側の空き地部分に続く芝生や枯れ草に二つのジョウロに水を汲んで、さらに六回程度往復して水をかけ、特に、本件建物との間に水路を埋め立ててできた空き地部分の草と本件庭の北側の境界付近のまだ燃えていない芝生の部分を含めた約三~五メートルの幅の芝生や枯れ草に、また燃え出さないように水をかけ、また燃えてしまった芝生の消し際には念入りに水をかけ、さらにくすぶって煙の出ていた杭には重点的に水をかけ、足で踏み全体を見て回るなどして火が消えたかどうか確認し、午前一一時頃にもう危険はないと判断して、被告ら宅に戻ったことが認められ、これによれば、被告松子は、芝生への延焼については通常人として相当の注意を払いつつ、消火作業に努め、その後も相当な時間現場にとどまって消火を確認したものといえる。その後、約一時間以上を経過した同日午後〇時一五分頃、折から少し風速が強まったことも相まって北側境界付近の枯れ葉に再燃し、これが北側空き地部分の枯れ葉に延焼し、同所に置かれていたウロタンロールや本件建物の壁に絡まった蔓草などに燃え移り、さらに本件建物内の南端に置かれたFRP溶剤を加熱させてこれを発火させるなどして本件火災に至ったものであるが、上記の消火作業及びその後の確認作業を行った被告松子にとって、一時間以上経過した後に、一旦、消えた火が再燃し、本件火災を発生させるに至ることまで予見することは困難であったものと言わざるを得ない。
(2) 以上の検討によれば、被告松子には、本件火災の発生につき重大な過失があるとまで認めることはできない。
よって、原告らが本件火災の発生につき、被告松子に失火責任法にいう重過失があることを理由とする損害賠償の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
三 争点3(被告一江及び被告一夫に、被告松子についての監視・監督義務違反があり、これにより本件火災が発生したか。)について
原告らの被告一江及び被告一夫に対する請求は、必ずしも明らかではないが、被告松子に重大な過失が認められる場合に、さらに被告一江及び被告一夫についても監視・監督義務違反を主張するものと解される。被告松子の重過失を前提とせずに、被告一江及び被告一夫につき監視・監督義務違反を論ずるとすれば、失火責任法が行為者につき重過失がある場合にのみ、責任を認めた趣旨を没却することとなるからである。
そして、上記二のとおり、本件火災の発生につき、被告松子には重大な過失があるとは認められないから、同被告の責任の存在を前提とする原告の被告一江及び被告一夫に対する損害賠償の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。
五 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田秀)
<以下省略>