さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)2313号 判決 2006年12月01日
原告
X1
他2名
被告
Y1
他2名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
(以下、原告X1を「原告X1」、原告X2を「原告X2」、原告X3を「原告X3」、被告Y1を「被告Y1」、被告Y2を「被告Y2」、被告三井住友海上火災保険株式会社を「被告保険会社」という。)
第一請求
一 被告Y1及び被告Y2は、連帯して、原告X1に対し二五九四万六七八二円、原告X2に対し一二二二万三三九一円及び原告X3に対し一二二二万三三九一円並びに上記各金員に対する平成一五年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
二 被告保険会社は、原告らの被告Y1及び被告Y2に対する本判決が確定したときは、原告X1に対し二五九四万六七八二円、原告X2に対し一二二二万三三九一円及び原告X3に対し一二二二万三三九一円並びに上記各金員に対する平成一五年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
第二事案の概要
Aは、平成一五年五月二九日、普通乗用自動車を運転中に、被告Y1運転、被告Y2所有の軽四輪貨物自動車と衝突する事故(以下「本件事故」という。)に遭った後、同年七月一五日に脳内出血により死亡した。被告Y2は被告保険会社との間で自家用自動車総合保険契約を締結していた。
本件は、Aの相続人である原告らが、Aの死亡が本件事故によるものであるとして、被告Y1に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告Y2に対し自動車損害賠償保障法三条による損害賠償請求権に基づき、被告保険会社に対し上記保険契約による債務引受けに基づき、それぞれ、原告X1に対し二五九四万六七八二円、原告X2に対し一二二二万三三九一円及び原告X3に対し一二二二万三三九一円並びに上記各金員に対する本件事故の日である平成一五年五月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める事案である(ただし、被告保険会社については、原告らの被告Y1及び被告Y2に対する本判決確定を停止条件とする請求である。)。
一 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告X1は、A(昭和○年○月○日生まれ、平成一五年七月一五日死亡)の妻である。原告X2はAと原告X1の長男であり、原告X3はその次男である。Aは、かねて税理士として勤務していたが、平成一五年の本件事故当時、特別養護老人ホームで宿直員として勤務していた。
イ 被告Y1(大正○年○月○日生まれ)は、被告Y2の父親であり、本件事故当時、被告Y2所有の軽四輪貨物自動車を運転していた。被告Y2は、被告保険会社との間で自家用自動車総合保険契約を締結していた。
(2) 本件事故
ア 日時 平成一五年五月二九日午後一時四五分ころ(以下、年月日につき「平成一五年」の記載は省略し、月日のみを記載する。)
イ 場所 さいたま市大宮区大成町一丁目一八八番地先国道一七号線上
ウ 態様 Aは、普通乗用自動車(<番号省略>)を運転して、国道一七号線を川口市方面から上尾市方面に向かい進行し、被告Y1は、軽四輪貨物自動車(<番号省略>)を運転して、国道一七号線を上尾市方面から川口市方面に向かい進行した。被告Y1は、上記場所付近において、時速約三〇キロメートルで進行するに当たり、前方を注視して進路を適正に保つべき注意義務があるのに、気分が悪くなり前方を注視しないまま上記貨物自動車を対向車線に進出させ、折から対向進行してきたA運転の上記乗用自動車に衝突させた。
エ 被害等の状況
(ア) Aは外傷がなかったが、本件事故日の夕方には足と胸の痛みを訴えた。A運転の普通乗用自動車は、前部が小破した。
(イ) 被告Y1は本件事故で顔面などを負傷した。被告Y1運転の軽四輪貨物自動車は、前部が小破した。
(3) 本件事故後の経過
ア 本件事故当日、Aは、病院に行かず、治療を受けることなく帰宅した。
イ 五月三〇日から六月一五日まで、Aは、特別養護老人ホームの宿直員として通常の勤務をした。
ウ 六月一六日午前〇時三〇分、Aは、全身のふるえを訴え、救急車で行田総合病院に搬送された。Aは、行田総合病院に搬送された時、けいれん発作があった。導尿等の治療を受けたところ、けいれんは治まった。
Aは、CT撮影等の検査を受け、右頭頂葉の脳内出血(以下「一回目の脳内出血」という。)、脳浮腫等の診断を受け、同月二八日まで入院した。入院中、手術等は行われず、保存的な治療が行われた。
エ 七月一四日午後一〇時ころ、Aは、失禁があり、意識はあるものの起立できなくなったことから、救急車で行田総合病院に搬送された。Aは、搬送中に昏睡状態に陥った。CT撮影の結果、脳の右視床基底核に大量の出血及び血腫が認められた(以下「二回目の脳内出血」という。)。担当医師は、手術適応ではなかったものの、原告らの希望で開頭血腫除去手術を実施した。Aは、手術後も意識が回復せず、七月一五日午後九時二八分に死亡した。直接の死因は、二回目の脳内出血であった。
(4) 本件事故による処分等
ア 被告Y1は、平成一五年一二月、本件事故につき、高岡簡易裁判所において、業務上過失傷害の罪で罰金二〇万円に処せられた。
イ Aが本件事故時に運転していた普通乗用自動車の破損については、原告らと被告保険会社との間で、訴訟外の和解が成立している。
(5) 脳内出血に関する医学的知見
ア 脳内出血について
脳内出血とは、脳の血管が破れて出血し、脳内に血腫(血のかたまり)を形成したものをいう。(甲二〇)
イ 遅発性脳内出血について
遅発性脳内出血は、一般に、頭部外傷後一定期間をおいて発生する脳内出血を指すが、これと異なる定義もあり見解は統一されていない。
遅発性脳内出血には、出血性の挫傷に起因するものと血管の損傷や頭蓋内圧の変化等に起因するものとがあり、前者は頭部外傷後六時間から一二時間が経過するまでに次第に血腫が形成されるのに対し、後者は頭部外傷後一二時間を経過した後に急速に血腫が形成される。遅発性脳内出血は、頭蓋骨骨折を伴わないものに限定すると前頭葉や側頭葉に多く、後頭葉や基底核部にも見られる。(甲二〇、二五から二七まで、乙二、鑑定結果)
ウ 高血圧性脳内出血について
高血圧性脳内出血は、長年の高血圧により、脳の小動脈が変性を生じて出血する症状をいう。高血圧性脳内出血は、基底核部に最も多く、視床、皮質下、小脳、脳幹などにも生じる。(甲二八)
二 争点
(1) 本件事故とAの死亡との間に因果関係があるか。(争点<1>)
(2) A及び原告らの損害額はいくらか。(争点<2>)
三 当事者の主張
(1) 争点<1>(因果関係)について
(原告ら)
一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血は、いずれも、本件事故によって生じた遅発性脳内出血であるか、本件事故によって誘発された高血圧性脳内出血であり、本件事故とAの死亡との間には因果関係がある。その根拠は、次のとおりである。
ア 本件事故は、Aの運転する普通乗用自動車に対し、被告Y1運転の軽四輪貨物自動車が減速することなく正面衝突したという事故で、衝突の衝撃は大きく、Aは、胸部をハンドルに強打し、同時に首及び肩を痛めている。また、頭部左側を強打している。
イ Aは、本件事故後、記憶力や集中力を欠くようになり、自分がだれであるのか、これから何をすべきなのかが分からなくなることがあった。これらの症状は、本件事故による高次脳障害であり、次第に悪化していった。このような症状に引き続いて、一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血が生じたのであり、因果関係がある。
ウ 二回目の脳内出血に至る医学的機序は次のいずれか又は双方が競合したことによる。
(ア) 一回目の脳内出血の部位は、高血圧性脳内出血には余り見られない部位であることから、一回目の脳内出血は、遅発性脳内出血である。すなわち、本件事故によって、脳血管、頸部動脈あるいは脳動脈瘤が損傷し、時間の経過とともに脳内出血に至った。
直接の死因となった二回目の脳内出血は、その部位が一回目の脳内出血の部位と近いから、一回目の脳内出血との間に因果関係がある。
したがって、本件事故と二回目の脳内出血との間には因果関係がある。
(イ) Aは、本件事故前から高血圧症を患っており、脳循環にかなりの障害があった。このような状況下で、本件事故による精神的ストレス、緊張及び高次脳機能障害が継続し、一回目及び二回目の脳内出血に結びついた。すなわち、本件事故と二回目の脳内出血との間には因果関係がある。
(被告)
争う。一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血は、いずれも、高血圧性脳内出血である。これらの脳内出血は、本件事故前からAが患っていた高血圧症が原因であり、本件事故によって誘発されたものではない。本件事故とAの死亡との間には因果関係はない。
ア Aは、本件事故において、一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血を生じるような外傷を負っていない。すなわち、本件事故の衝撃は大きいものではなかった。Aの運転していた普通乗用車は、エアバッグが作動しておらず、フロントガラスにも損傷がなかった。Aは、七月四日に行われた警察官の事情聴取の際、本件事故日の夕方になって、足と胸の痛みを感じたこと、頭を強く打ったわけではないことを供述している。これは、衝突時に体がシートベルトの下に潜り込むように移動し、足をダッシュボード等に打ちつけ、胸がシートベルトによって圧迫されるというサブマリン現象で説明できる。
イ Aが高次脳機能障害を起こしていた事実はない。高次脳機能障害は、脳損傷を原因として思考や記憶に障害を生じる症状をいうが、Aは脳損傷を生じていなかった。Aの自覚症状は、本件事故前からの脳循環障害が顕在化したにすぎない。
ウ 原告らの主張する医学的機序は、その裏付けを欠いている。すなわち、遅発性脳内出血は、頭部外傷後七二時間以内に発生するから、一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血とも遅発性脳内出血ではありえない。また、本件事故によるストレス等が高血圧性脳内出血を引き起こしたとの証拠もない。
(2) 争点<2>(損害額)について
(原告ら)
ア Aの損害額
(ア) 治療関係費 一六万二三八四円
内訳
a 行田総合病院 一五万四八五四円
平成一五年六月一六日から同月二八日までの一三日間及び同年七月一四日から同月一五日までの二日間の入院治療費。
b 行田クリニック 七〇八〇円
平成一五年七月一日及び一二日の通院治療費。
c アイン薬局 四五〇円
(イ) 付添看護費 九万七五〇〇円
6500円/日×15日(上記入院期間)=9万7500円
(ウ) 入院雑費 二万二五〇〇円
1500円/日×15日(上記入院期間)=2万2500円
(エ) 休業損害 一万一一八〇円
Aは、本件事故で一〇日間休業した。Aは、特別養護老人ホームに宿直員として勤務し、本件事故前の三か月間で合計一〇万〇六〇〇円の賃金の支払を受けているから、次の金額が休業損害となる。
(10万0600円÷90日)×10日=1万1180円
(オ) 傷害慰謝料 二七万円
(カ) 死亡慰謝料 二八〇〇万円
(キ) 逸失利益 一五八三万円
内訳
a 給与所得 六六万六五九〇円
(a) 基礎収入 四〇万八〇〇〇円
Aが特別養護老人ホームにおいて勤務して得た上記賃金による。
(10万0600円÷90日)×365日≒40万8000円
(b) 生活費控除 四〇%
(c) 労働能力喪失期間 三年
特別養護老人ホームにおける勤務期間は、残り三年であったので、これを労働能力喪失期間とする。
(d) 中間利息の控除 二・七二三
三年間に対応するライプニッツ係数。
(e) 計算式
40万8000円×(1-0.4)×2.723=66万6590円
b 年金 一五一六万三〇七四円
(a) 基礎収入 三二七万二七〇〇円
Aは、退職共済年金及び国民年金として、上記金額の支給を受けていた。
(b) 生活費控除 四〇%
(c) 逸失利益算定期間 一〇年間
Aは、死亡の時、七四歳であり、平成一三年簡易生命表によれば平均余命は一〇年となる。
(d) 中間利息の控除 七・七二二
一〇年間に対応するライプニッツ係数。
(e) 計算式
327万2700円×(1-0.4)×7.722=1516万3074円
c 小計
66万6590円+1516万3074円≒1583万円
(ク) 合計 四四三九万三五六四円
イ 原告X1固有の損害額
(ア) 葬儀費用 一五〇万円
(イ) 弁護士費用 二二五万円
原告らは、原告訴訟代理人に対し、本件訴訟追行を委任し、その報酬として四五〇万円を支払った。うち二分の一が原告X1の損害額である。
(ウ) 合計 三七五万円
ウ 原告X2及び原告X3各固有の損害額
弁護士費用 各一一二万五〇〇〇円
原告らが、原告訴訟代理人に支払った報酬四五〇万円のうち各四分の一。
エ まとめ
原告らは、Aの権利義務を法定相続分に従い相続したから、Aの損害賠償請求権のうち、原告X1は二二一九万六七八二円につき、原告X2及びX3は各一一〇九万八三九一円につき損害賠償請求権を取得した。原告らはそれぞれ固有の損害賠償請求権と併せて、原告X1は二五九四万六七八二円、原告X2及びX3は一二二二万三三九一円の損害賠償請求をする。
(被告)
争う。
第三争点に対する判断
一 本件の事実経過は、前記前提事実及び当該認定箇所に掲記する証拠によれば、次のとおりである。
(1) 当事者等
ア A(昭和○年○月○日生まれ)は、国家公務員として勤務した後、税理士としてa会計事務所で勤務した。Aは、その後平成一五年六月当時、社会福祉法人えがりての開設する特別養護老人ホームbで宿直員として勤務していた。
Aは、平成一二年一一月一〇日、行田総合病院において、血圧一五四/一一〇mmHgで高血圧症、脳梗塞の疑い、脳動脈瘤の疑い及び薬剤性肝炎との診断を受けた。また、平成一三年一〇月ころ、行田総合病院において、C型肝炎との診断を受けた。しかし、Aは、いずれも自らの判断で通院せず、降圧剤の服用などの治療を受けていなかった。(前記前提事実(1)ア、甲九の一及び二、三〇、三三、乙二、弁論の全趣旨)
イ 原告X1は、Aの妻であり、原告X2及び原告X3は、Aと原告X1の子である。(前記前提事実(1)ア)
ウ 被告Y1(大正○年○月○日生まれ)は、薬品配置販売業を営んでおり、本件事故当時、被告Y2所有の軽四輪貨物自動車を運転していた。被告Y2は、被告Y1の子であり、被告保険会社との間で自家用自動車総合保険契約を締結していた。(前記前提事実(1)イ、甲三〇)
(2) 本件事故について
ア 被告Y1は、軽四輪貨物自動車を運転して、国道一七号線を上尾市方面から川口市方面に向かい進行中、気分が悪くなり、前方を注視しないまま上記貨物自動車を時速約三〇キロメートルで対向車線に進出させ、折から対向進行してきたA運転の上記乗用自動車に衝突させた。(前記前提事実(2)ウ)
イ 本件事故による自動車の破損状況についてみると、被告Y1運転の軽四輪貨物自動車は、ボンネット及びバンパー付近が変形しているものの、前照灯やフロントガラスは割れておらず、自走することが可能な状態であったと推測される。
A運転の普通乗用自動車は、ボンネット、バンパー付近及び右フェンダー部分が変形し、右前輪が車体に接触するような状態になっており、自走できない状態であった。もっとも、前照灯やフロントガラスは割れておらず、上記以外の損傷は見受けられない。A運転の普通乗用自動車の修理には、六一万円を要した。(前記前提事実(2)エ、甲一三、弁論の全趣旨)
ウ Aは、本件事故で、約一か月の通院加療を要する右肋骨部打撲及び右下肢打撲の傷害を負ったが、頭部を強く打ちつけるなどの頭部外傷を負った事実はうかがわれない。
すなわち、Aは七月四日にA方で行われた警察官による事情聴取の際、本件事故当日の夕方になって足や胸に痛みが出てきた、事故当時頭を強く打ったわけではないと供述していること、一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血の際、Aの診察をした医師が診療録に頭部外傷に関する記述をしていないこと、胸部や下肢の傷害は、事故の衝撃で身体がシートベルトの下に潜り込むように移動するという衝突時によくみられるサブマリン現象により、胸部がシートベルトで圧迫され、下肢がダッシュボード等に打ちつけられたことによって生じたと推測できること、サブマリン現象により頭部外傷が生じることは通常見られないことなどからすると、本件事故により、頭部を強く打ちつけるなどの頭部外傷を負ったと認めるに足りず、その他頭部外傷を負った事実を認めるに足りる証拠はない。(前記前提事実(2)エ、甲一五、一六の一及び二、乙一、二)
(3) 本件事故後の経過について
ア Aは、本件事故後、治療を受けずに帰宅した。本件事故当日の夕方になって、足や胸に痛みが出てきたが、通院して治療を受けることなく、六月一五日まで特別養護老人ホームの宿直員として勤務した。(前記前提事実(3)ア及びイ)
イ Aは、本件事故から六月一五日までの間、体の右半身の痛みを訴えたほか、頭を締めつけられるような感覚あるいはぼんやりとした感覚があり、宿直員の勤務の際も閉門と施錠を忘れたり、検食簿への記載を忘れたりするなど、自分がどこにいるのか、何をすべきかをすぐには思い出せない状態が度々みられた。(甲一四の一及び二、一五、二一)
ウ 六月一六日午前〇時三〇分、Aは、全身のふるえを訴え、救急車で行田総合病院に搬送された。Aは、行田総合病院に搬送された時、けいれん発作があり、収縮期血圧が一九五mmHgと高血圧の状態であった。導尿及び降圧剤投与の治療を受けたところ、けいれんは治まった。
同日午前二時ころ、CT検査を受けたところ、右頭頂葉に一回目の脳内出血が発見され、同日入院した。入院時の血圧は、一二八/七九mmHg、意識は明りょうで言語障害もなかった。(前記前提事実(3)ウ、甲一六の一、一七の一、乙二)
エ 六月一六日から同月二八日まで、Aは行田総合病院に入院した。Aは、入院中にマヒ、ろれつ障害及び頭痛を訴えておらず、経過は良好であった。入院期間中を通じて、血圧は高めで、一五〇~一六〇/九〇~一〇〇mmHgと高血圧の症状を示していた。
Aは、入院中の六月一七日にC型肝炎、六月二三日に肝がんの疑いとの診断を受けている。(前記前提事実(3)ウ、甲五の三、一六の一、三四、乙二)
オ Aは、入院中にCT検査、MRI検査及びMRA検査を受けているが、これらの検査結果は、一回目の脳内出血のほか、多発性の小さな脳梗塞が存在すること、脳全体の循環不良があり脳の一部に萎縮も認められることを示していた。(甲一七から一九まで(各枝番を含む)、乙二)
カ 退院後、Aは、自宅で療養した。また、七月一二日には、行田総合病院を受診したが、担当医師は特段の異状を認めなかった。
Aは、通常の会話は可能であったものの、計算ができなかったり、物忘れすることがあったりして、仕事ができないような状態であった。(甲二一、三三、乙二)
キ 七月一四日午後一〇時ころ、Aは、失禁があり、意識はあるものの起立できなくなったことから、救急車で行田総合病院に搬送された。Aは、搬送中に昏睡状態に陥った。CT撮影の結果、脳の右視床基底核から右頭葉及び右頭頂葉にかけて大量の出血及び血腫が認められた(二回目の脳内出血)。症状の推移からすると、二回目の脳内出血による病変は、基底核から脳幹へと拡大していったことがうかがわれる。入院時の血圧は、一九九/九二mmHgであった。
七月一五日午前一時三五分、担当医師は開頭血腫除去手術を開始した。血腫は固く、脳腫脹が激しかった。血腫をすべて除去することはできずに血腫腔と硬膜外にドレーンを設けた。手術は、同日午前五時四〇分に終了した。
Aは、手術後も意識が回復せず、七月一五日午後九時二八分に死亡した。(前記前提事実(3)エ、甲五の七、一六の二、乙二、鑑定結果)
二 争点<1>(因果関係)について
当裁判所は、Aの直接の死因となった二回目の脳内出血は、<1>本件事故による遅発性脳内出血とは認められず、高血圧性脳内出血である可能性が高い、<2>本件事故が上記高血圧性脳内出血の原因になったとも認められない、したがって、本件事故とAの死亡との間には因果関係が認められないと判断する。その理由は、次のとおりである。
(1) 原告らは、二回目の脳内出血が本件事故による遅発性脳内出血であると主張し、これに沿うB自治医科大学教授の意見を記載した報告書(甲二〇)及び同教授のC東京慈恵会医科大学名誉教授の意見書(乙二)に対する反論を記載した報告書(甲二四)を提出する。
ア しかしながら、上記各報告書は、一回目の脳内出血の部位が高血圧性脳内出血では余り見られない部位であること、一回目及び二回目の脳内出血の部位が極めて近く因果関係があると考えられること、二回目の脳内出血の際、一回目の脳内出血をした部位にも脳内出血があることについて高血圧性脳内出血で説明が困難であることを指摘するに止まり、一回目の脳内出血及び二回目の脳内出血が遅発性脳内出血であること及び本件事故と因果関係があることの積極的根拠は示されていない。結論として、外傷と関係しないと断言することはできないと述べるに止まっている。(なお、上記各報告書の指摘する点については、後記(2)ウのとおり、高血圧性脳内出血を否定する事情とはいえない。)
イ 遅発性脳内出血は、乙第二号証及び鑑定結果によれば、頭部外傷に起因して外傷後約七二時間あるいは数日以内に発生する病態と認められるところ、前記認定事実(2)ウのとおり、本件事故態様などからみて、Aが本件事故で頭部を強く打ちつけるなどの頭部外傷を負った事実はうかがわれず、本件事故から一回目の脳内出血まで一七日、二回目の脳内出血まで四六日が経過しており、一回目及び二回目の脳内出血とも遅発性脳内出血の病態と合致しない。
ウ 頭部外傷に起因して基底核に脳内出血が生じる場合、鑑定結果によれば、他部位の脳内出血を合併する場合がほとんどで、その部位に単独で脳内出血が認められることは少ないところ、二回目の脳内出血は、基底核から発生しながら他部位の脳内出血が認められておらず、頭部外傷に起因すると判断することには疑問が残る。
エ 以上によれば、Aの直接の死因となった二回目の脳内出血が、本件事故による遅発性脳内出血であると認めることはできない。
(2) 次に掲げる事情によれば、二回目の脳内出血は、高血圧性脳内出血である可能性が高い。すなわち、
ア 脳内出血の多くは、高血圧が原因であり、死亡事例の約六〇%が高血圧性脳内出血であるとされている。四五歳以上で、高血圧があり、好発部位に血腫があるときは高血圧性脳内出血である可能性が高いとされている。また、約半数の症例で数日から数週間先行する前駆症状(頭痛、めまい、頭蓋内空虚感、集中力低下、酩酊感、易刺激症状、知能低下など)が見られるとされている。(甲二〇、二七)
イ Aは、前記認定事実のとおり、平成一二年一一月一〇日に血圧一五四/一一〇mmHgで高血圧症との診断を受けたが、これに対する治療を受けていなかったこと、平成一五年六月一六日からの入院中には血圧一五〇~一六〇/九〇~一〇〇mmHg、七月一四日の入院時には一九九/九二mmHgであり、いずれも高血圧の症状を示していたことからすれば、高血圧性脳内出血を生じる可能性があった。
ウ 乙第二号証及び鑑定結果によれば、高血圧性脳内出血の好発部位は、基底核、視床、皮質下、小脳などとされているところ、二回目の脳内出血の部位は、基底核から視床までであり、高血圧性脳内出血の典型的な好発部位といえる。
エ 一回目の脳内出血と二回目の脳内出血との因果関係についてみると、<1>一回目の脳内出血の原因は定かでないものの、鑑定結果によれば、一回目の脳内出血と二回目の脳内出血の出血源は異なっており、<2>二回目の脳内出血の際、一回目の脳内出血の部位からも出血していることが認められるものの、前記認定のとおり、Aには多発性の小さな脳梗塞が認められており、この影響で出血が拡がった可能性があることからすると、一回目の脳内出血が二回目の脳内出血の直接の原因になっているとは認められない。したがって、一回目の脳内出血の部位が高血圧性脳内出血では余り見られない部位であるとしても、二回目の脳内出血の存在が高血圧性脳内出血である可能性は否定されない。
オ Aの主治医であり、平成一二年一一月一〇日に高血圧症との診断をした医師でもあるD医師は、原告の死亡原因を高血圧性脳内出血と診断し、死因の種類を「病死及び自然死」であり交通事故等の「外因死」に当たらないと診断している。(甲四)
カ 以上によれば、二回目の脳内出血は、高血圧性脳内出血である可能性が高いと考えられる。
(3) 原告らは、Aに脳循環障害がある状況下で、本件事故による精神的ストレス、緊張及び高次脳機能障害が継続し、二回目の脳内出血に結びついたとも主張する。
ア 前記認定事実のとおり、Aは、本件事故から六月一五日までの間、体の右半身の痛みを訴えたほか、頭を締めつけられるような感覚あるいはぼんやりとした感覚があり、宿直員の勤務の際も閉門と施錠を忘れたり、検食簿への記載を忘れたりするなど、自分がどこにいるのか、何をすべきかをすぐには思い出せない状態が度々みられたこと、六月二八日に退院した後の自覚症状、すなわち、通常の会話は可能であったものの、計算ができなかったり、物忘れすることがあったりして、仕事ができないような状態であったことが認められ、これが高次脳機能障害であるか否かはともかく、精神的ストレス及び緊張があった可能性はある。
イ しかしながら、上記の精神的ストレス及び緊張が二回目の脳内出血の原因となったかについては、これを認めるに足りる証拠がなく、ひいては、本件事故と二回目の脳内出血との間の因果関係を認めるに足りない。
(4) 以上によれば、鑑定結果にあるとおり、本件事故とAの死因となった二回目の脳内出血との間には、医学的所見に照らしても結びつきが認められず、因果関係が認められない。
第四結語
よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小島浩 岩坪朗彦 小野寺健太)