さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)2868号 判決 2005年7月22日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,10万0899円及びこれに対する平成15年9月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告は,液化石油ガス(以下「LPガス」という。)である家庭用プロパンガスの販売業者であり,平成12年7月29日,消費者である被告に対し,期間を同日から15年間と定めてLPガスの継続的供給契約(以下「本件ガス供給契約」という。)を締結し,同日以降LPガスを供給した。被告は,平成15年8月4日,LPガスの供給を受ける業者を別のLPガス業者に変更するとともに,原告に対し,本件ガス供給契約を解約する旨の意思表示をした。
本件は,原告が被告に対し,原告の費用で被告の居住家屋に設置したガス設備(原告主張による解約時の残存価格相当分9万6095円,消費税込みで10万0899円)につき,① 停止条件付売買契約による代金請求権,② 利益調整合意による償金請求権,③ 本件ガス供給契約の中途解約による損害賠償請求権に基づき(選択的併合),10万0899円及びこれに対する催告による支払日の翌日である平成15年9月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲記していない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,LPガスである家庭用プロパンガスの販売業者である。
(2) aは,平成12年2月20日,東京都板橋区bc丁目d番e号に建売用の建物(以下「本件建物」という。)を建築した。原告は,aの承諾を得て,その頃までに原告自ら費用を負担して,別紙LPガス設備一覧表記載のガス設備(以下「本件設備」という。)のほか,ガスボンベ,ガスホース及び調整器等のLPガス設備を設置した。本件設備の設置に要した費用は11万7880円である。(甲3)
(3) 被告及びその夫であるf(以下「被告夫婦」という。)は,平成12年7月3日,aから本件建物及びその敷地を代金4450万円で購入した。被告夫婦は,同年7月27日,本件建物につきfの持分10分の7,被告の持分10分の3とする所有権保存登記を終えた。(乙1,2の1)
(4) 原告は,平成12年7月29日,被告に対し,本件ガス供給契約を締結した際,原告において本件建物に設置した上記LPガス設備(本件設備を含む)を無償で貸与することを約した(以下「本件設備貸与契約」という。)。
その際,原告と被告との間で交わされた同日付のガス供給契約書(以下「本件契約書」という。甲3)には,本件に関連する次の条項がある。(甲3)
ア 費用負担(第Ⅳ項)
原告が被告にガスを供給するために必要な設備(ガス容器・貯蔵庫・ガス発生設備一式・貯蔵庫出口より各戸ガスメーターまでのガス共用管一式・ガスカラン及び集中監視システム一式)は,原告の負担とし原告の所有設備とする。
ガス消費機器(ガステーブル・コンロ・炊飯器・湯沸器・風呂釜・給湯器・ガスストーブ・ガスエアコン・ガス乾燥機)は,被告の負担とし被告の所有とする。
(なお,契約書末尾に,「Ⅳの2の被告の所有物は○印がついているものとする。」との記載があり,上記ガス消費機器のうちコンロ及び給湯器に丸印が付されている。)
イ 解約条件(第Ⅴ項)
① 被告は原告より継続的にガス供給を受けるものとするが,被告が本契約を解約する場合(都市ガス又は他業者に変更及び家屋の取り壊し等によるガス設備の消滅等を含む。)は,原告に対し事前の6ヶ月前に通知するものとする。但し被告が転居する場合は,1か月前に通知するとともに直接仲介を問わず,次の入居者に本契約内容を引き継ぐことを必ず伝達するものとする。
② 前項により本契約を解約する場合は,第Ⅳ項の原告の所有設備について被告は原告の算定した価格にて買取りかつ支払いを完了した上解約するものとする。(以下,この条項の合意を「本件合意」という。)
ウ 解約禁止期間(第Ⅵ項)
第Ⅳ項の原告の費用負担により被告が本契約を解約する場合は原告がガスの使用を開始した日から起算して15年経過した後とする。但し,被告が転居する場合,天変地異等はこの限りではない。
エ 当該設備金額の明細(第Ⅷ項)
摘要
数量
金額
20APLV(PC)
4M
12600(円)
基本工事
1式
12450(円)
10Aガスフレキ
1式
10410(円)
20Aガスフレキ
1式
28080(円)
フレキコック
2
4820(円)
分岐コック
1個
3500(円)
PC絶縁ソケット
1個
1690(円)
メーターコック
1個
3100(円)
検圧プラグ
1個
1290(円)
補助材料
9500(円)
防錆塗装費
2940(円)
支持金具
7500(円)
付帯工事費
5000(円)
諸経費
15000(円)
合計
117880(円)
(5) 被告は,平成15年8月4日,LPガスの供給を受ける業者を原告からg株式会社に変更するとともに,原告に対して本件ガス供給契約を解約する旨の意思表示をした(甲4)。これを受けて,原告は,その頃,被告に対するガス供給を停止するとともに本件設備を除く本件建物のLPガス設備(ガスボンベ,ガスメーター,調整器,ボンベチェーン及びガスボンベの下に敷くマット)を撤去した。
(6) 原告は,平成15年9月5日到達の内容証明郵便により,被告に対し,本件設備の残存価格相当の10万0899円を2週間以内に支払うよう催告した。
2 本件の争点
(1) 停止条件付売買契約による代金請求
ア 原告と被告との間で本件設備につき本件ガス供給契約の解約を停止条件とする売買契約が成立したか。(争点A①)
イ 被告の抗弁
(ア) 上記売買契約は,原始的不能により無効か。(争点A②)
(イ) 上記売買契約は,錯誤により無効か。(争点A③)
(ウ) 上記売買契約は,詐欺により取り消すことができるか。(争点A④)
ウ 原告の再抗弁
本件設備は本件建物に権原により付着されたか。(争点A⑤)
エ 被告の再々抗弁
本件設備について明認方法等の対抗要件が備えられたか。(争点A⑥)
(2) 利益調整合意による償金請求
ア 原告と被告との間で本件設備につき本件ガス供給契約の解約に伴う利益調整合意が成立したか。(争点B①)
イ 被告の抗弁
(ア) 上記利益調整合意は,原始的不能により無効か。(争点B②)
(イ) 上記利益調整合意は,錯誤により無効か。(争点B③)
(ウ) 上記利益調整合意は,詐欺により取り消すことができるか。(争点B④)
ウ 原告の再抗弁
本件設備は本件建物に権原により付着されたか。(争点B⑤)
エ 被告の再々抗弁
本件設備について明認方法等の対抗要件が備えられたか。(争点B⑥)
(3) 本件ガス供給契約の中途解約による損害賠償請求
原告と被告との間で,本件設備につき,本件ガス供給契約の中途解約に伴う損害賠償の合意が成立したか。(争点C)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 停止条件付売買契約による代金請求について
ア 売買の成立(争点A①)について
(原告の主張)
本件合意は,被告からの本件ガス供給契約の解約を停止条件として,本件設備をその減価償却後の残存価格で原告から被告に対し売り渡す旨の契約(以下「原告主張の売買契約」という。)である。
代金額は,本件契約書の記載によれば「原告の算定した価格」であるが,具体的には,次のとおり,減価償却後の残存価格すなわち耐用年数の適用等に関する取扱通達によって算出した金額である。
耐用年数の適用等に関する取扱通達は,ガス設備について,①定額法によるときの償却率0.0666,②残存価格10パーセント,③12か月で除し,経過月数を乗ずる(一般原則),と定めている。これによれば,本件設備の残存価格は,次の数式で算定される。
A(本件設備の設置費用)-A×0.9×0.0666×経過月数÷12この算式に本件設備の設置費用を当てはめると,10万0899円となる。
11万7880円(本件設備の設置費用)-11万7880円×0.9×0.0666×37か月÷12か月=9万6095円(消費税込みで10万0899円)
(被告の主張)
原告主張の売買契約は,成立していない。けだし,売買契約の成立に必要な売買目的物及び代金の特定を欠くからである。なお,原告は,売買の一方の当事者である原告において算出した額を売買代金とする旨の合意があったと主張するが,不合理であるのみならず,消費者である被告は耐用年数の適用等に関する取引通達を知らない。
イ 被告の抗弁
(ア) 原始的不能(争点A②)
(被告の主張)
あ (構成部分又は付合)
本件設備は,本件建物の床下や壁の中をめぐる配管であり,床や壁を破壊しない限り取り外すことができない。本件設備は,社会経済的上,本件建物の構成部分となったか少なくともこれに付合している。
い (即時取得等)
仮に本件設備が本件建物の構成部分ではなく,またこれに付合したと認められないとしても,本件設備は,被告夫婦とaとの間の本件建物の売買契約の目的物の中に含まれていたか,又は,仮にそうでないとしても,本件設備は本件建物の従物であり,本件建物の処分に従って被告夫婦が本件建物とともにこれを取得した。
被告夫婦は,aが本件設備の所有権を有すると信じて本件建物を買い受けており,そう信じることにつき過失はなかった。これにより,被告夫婦は本件設備を即時取得した。
う 上記あ,いによれば,被告夫婦は原告主張の売買契約を締結するより前の時点において,構成部分,付合,即時取得のいずれかの根拠に基づき,本件設備の所有権を取得していた。それ故,原告において,被告所有の本件設備を被告に引き渡してその所有権を移転することは,およそ不能であった。したがって,原告主張の売買契約は原始的不能により無効である。
(原告の主張)
あ 本件設備は,本件建物から取り外すことが可能であり,それ自体独立した取引対象となっているから,本件建物の構成部分にならず,また本件建物に付合しない。
い 原告は被告に対し,本件ガス供給契約の締結の際,本件設備について原告の所有であることなどを説明しており,被告もこれを了解している。なお,主物,従物の理論は,同一所有者との相互関係の問題であり,本件設備と本件建物の各所有権者が異なる本件においてはそもそも適用されない。
(イ) 錯誤無効(争点A③)
(被告の主張)
原告主張の売買契約は,次のとおり要素の錯誤があり,無効である。すなわち,前記(ア)の被告の主張において述べたとおり,売買の目的物である本件設備の所有権が被告夫婦にあるのに,被告は原告にあると誤信したため,原告主張の売買契約を締結した。
(原告の主張)
争う。
(ウ) 詐欺による取消(争点A④)
(被告の主張)
原告の取締役である丁は,原告主張の売買契約を締結する際,被告に対し,真実は本件設備の所有権が被告夫婦にあるのに,原告にあると嘘の説明をして,被告にその旨誤信させた。被告は,平成16年11月26日の本件口頭弁論期日において,原告に対し,原告主張の売買契約を取り消す旨の意思表示をした。
(原告の主張)
争う。
ウ 原告の再抗弁
権原による付着(争点A⑤)
(原告の主張)
原告は,本件建物の建築中である平成12年ころ,当時の所有者であるaの承諾を得て,本件設備を設置した。したがって,原告は民法242条ただし書きにいう権原に基づき,本件設備を本件建物に設置しており,これに付合することはない。
(被告の主張)
争う。
エ 被告の再々抗弁
対抗要件(争点A⑥)
(被告の主張)
原告は本件設備について明認方法等の公示方法を施していない。(争いがない)被告夫婦は,平成12年7月27日,本件建物を取得するとともに,本件建物について,所有権保存登記を終えた。本件設備は,本件建物の一部であり,原告において本件設備の所有権を留保していることを被告に対して対抗するためには本件設備の所有権を公示する対抗要件を具備しなければならない。
(原告の主張)
争う。
(2) 利益調整合意による償金請求権
ア 利益調整合意の成立(争点B①)
(原告の主張)
本件合意は,要するに,本件設備を設置した費用を負担した原告とこの費用を負担することなく本件設備を利用する被告との間で,本件設備に関する双方の利益を調整するため,被告から原告に対し本件ガス供給契約の解約に伴い本件設備の残存価格相当額を支払うというものである。
けだし,(ア)原告は,被告に対し,平成12年7月29日から15年間に亘ってLPガスを供給することを前提として,自ら費用を負担して本件建物の入居者のために本件設備を設置した。(イ)本件設備は,被告とaとの間の本件建物の売買契約の目的物の中に含まれておらず,その対価も本件建物の売買代金の中に含まれていない。被告は,本件ガス供給契約を中途解約しながら本件設備を利用することにより,本件設備の残存価格相当の利益を得ることになり,これを精算することは当然であるからである。
(被告の主張)
既に主張したとおり,本件設備の所有権は原告になく,被告夫婦にあり,また本件建物の売買代金の中に本件設備の代金も含まれており,そもそも利益調整の合意の前提となる不当利得関係は存在しない。
イ 被告の抗弁
(ア) 原始的不能による無効(争点B②)
(被告の主張)
本件建物の売買代金の中に本件設備の代金も含まれており,被告が本件設備を利得することはない。被告に利得がない以上,利得調整の合意は,そもそも存在しない利得の精算を目的としており,その目的を達成することは不能であって,ひいては上記利益調整の合意そのものが原始的不能である。
(原告の主張)
争う。
(イ) 錯誤による無効(争点B③)
(被告の主張)
被告は,利益調整の合意をするに際し,本件設備を利得していないのにこれを利得しているものと誤信した。したがって,利益調整の合意は,要素の錯誤により無効である。
(原告の主張)
争う。
(ウ) 詐欺による取消(争点B④)
(被告の主張)
原告の取締役である丁は,原告主張の売買契約を締結する際,被告に対し,真実は本件設備について利得がないのに,精算すべき不当利得関係があると嘘の説明をして,被告にその旨誤信させた。
被告は,平成16年11月26日の本件口頭弁論期日において,原告に対し,原告主張の売買契約を取り消す旨の意思表示をした。
(原告の主張)
争う
ウ 原告の再抗弁(争点B⑤),被告の再々抗弁(争点B⑥)についての双方の主張は,それぞれ前記(1)のウ,エのそれと同じである。
(3) 中途解約による損害賠償請求
損害賠償の合意(争点C)
(原告の主張)
本件合意は,期間を15年間と定めた本件ガス供給契約を中途解約した場合には,本件設備について設置時の費用から解約までの期間を考慮して減価償却した残存価格を支払う旨の損害賠償の合意である。
(被告の主張)
本件合意には,損害賠償という文言はなく,このような合意は含まれていない。
第3当裁判所の判断
(停止条件付売買代金請求について)
1 売買の成立(争点A①)について
前記前提となる事実のほか,当該認定箇所に掲げた証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,家庭用プロパンガスの販売業者である。aは,住宅の建売業者であり,平成12年2月20日,建売用の本件建物を建築した。
LPガス業界においては,LPガス販売事業者が,建築業者や不動産業者に対して住宅のガス設備の配管を無償で行い,これによって当該住宅の入居者との間で継続的なLPガスの供給契約を確保することが慣行化していた。
この慣行に沿って,原告は,平成12年2月20日までの間に,建築中の本件建物について,建築主であるaの承諾を得た上,原告自ら費用を負担して本件設備のほかLPガス設備を設置し,このうち本件設備に要した費用は11万7880円であった。(甲2から甲4まで,甲8,乙3,10,弁論の全趣旨)
(2) 被告夫婦は,平成12年7月3日,aから本件建物及びその敷地を4450万円で購入し,同月27日引渡しを受けた。(前記前提となる事実(3))
(3) 原告は,平成12年7月29日,被告との間で,期間を15年間と定めて,本件ガス供給契約及び本件設備貸与契約を締結した。
本件ガス供給契約及び本件設備貸与契約に関する契約書(甲3)には,前記のとおり,その第Ⅳ項(費用負担)には原告がガスを供給するために必要な設備は原告の負担とすること,第Ⅴ項(解約条件)には解約する場合には,本件合意として,第Ⅳ項の原告の所有設備について被告は原告の算定した価格で買い取りかつ支払を完了した上解約する旨定められている。また,本件設備についても,前記第2の1(4)のとおり各設備ごとに各金額の明細が記載されている。(前記前提となる事実(4))
(4) 原告は,同日,被告に対し,一般消費者等とLPガスの販売契約を締結したときに液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律14条に基づき交付する書面(以下「法14条書面」という。)を交付した。そして,被告はこの書面を異議を述べることなく受領した。その書面には,原告の所有する設備として,LPガス容器(20キログラム容器4本),調整器(1個),ガスメーター,高圧ホース(4本),供給管,配管(消費設備)一式及びフレキガス栓(2個)との記載がされていた。(甲2,8,乙23)
(5) 被告は,平成15年8月4日,ガスの供給を受ける業者を原告からg株式会社に変更するとともに,原告に対して本件ガス供給契約を解約する旨の意思表示をした。(前記前提となる事実(5))
(6) 本件ガス供給契約及び本件設備貸与契約の契約書(甲3)には,「設備金額の明細」としてガス設備の個別及び全体の価格を表示しているものの,被告が本件設備を買い取る際の具体的な代金額の決定方法については,原告の算定した価格によるとされるに止まり,それ以上詳細な規定はない。
本件合意は,本件ガス供給契約が解約された場合の規定であり,事柄の性質上,本件設備の設置後,一定期間が経過した後に適用されることを予定している。このことからすると,本件ガス供給契約が中途解約された場合の本件設備の代金額については,その解約時における本件設備の残存価格,すなわち設置費用を基準としてこれに通常の減価償却を行って算定した価額であると認められる。
(7) 次に目的物の特定については,本件設備として具体的に特定されている。
(8) 以上によれば,本件合意により,原告と被告との間で,被告が本件ガス供給契約を将来に向かって解約するときは,原告は,被告に対し,本件設備をその代金額をその残存価格として売り渡すことが合意されたものと認められる。
そして,前記認定の本件ガス供給契約及び本件設備貸与契約の契約書(甲3)の記載及び弁論の全趣旨によれば,本件設備の残存価格は,定額法による減価償却に従って原告主張のとおり9万6095円(消費税込みで10万0899円)であると認められ,原告主張の前記停止条件付売買契約の成立があったものと認められる。
なお,被告は売買の要件である目的物及び金額について特定していないと主張するけれども,上記説示のとおり,いずれも特定しているものと認められ,被告の主張は採用できない。
2 売買契約の原始的不能(争点A②)について
(1) 本件設備の概要は,次のとおりである。(甲2,3,7,乙6,弁論の全趣旨)
ア 本件建物の外壁にガスボンベが4個設置され,それぞれのガスボンベは,ガスホースによって調整器と接続されていた。調整器は,上記外壁に支持金具で固定されていた。なお,原告が設置したガスボンベ,ガスホース及び調整器は,平成15年8月4日の本件ガス供給契約の解約後まもなく撤去された。
イ 調整器は,ガス管(鋼管)でガスメーターと接続されていた。このガス管は,現存しており,その一部が地中に埋設され,途中,絶縁ソケット,ガスメーターコックが設置されている。ガスメーターは,調整器と同様に支持金具で建物外壁に固定されていた。
ウ ガスメーターとガス機器の間は,ガスメーターから約50センチメートルまでがガス管(鋼管),その先はフレキ管で接続されていた。ガス管(鋼管)とフレキ管の間には検圧プラグが設置されている。フレキ管は本件建物の外壁を貫通して,本件建物の中に導かれている。上記外壁を貫通した部分はコーキング材でふさがれ,固着されている。本件建物の内部のフレキ管は数か所プラスチック製の留め具で基礎木に固定されている。フレキ管は,途中で分岐し,ガスコンロ用と給湯器用の2本に分かれている。
エ ガスコンロ用のフレキ管は,台所の基礎木に開けられた穴から壁面を経由してガスレンジ下の収納ボックスに現れている。このフレキ管とガスコンロ用のフレキガス栓が接続されている。
オ 給湯器用のフレキ管は,途中,洗面所及び浴室の床下を経由している。洗面所及び浴室の床下には水道管や浴槽も設置されており,フレキ管は,それらの間を縫うように設置されている。給湯器は本件建物の外壁に固定されている。フレキ管は再び上記外壁を貫通して本件建物の外に導かれ,給湯器用のフレキガス栓に接続されている。上記外壁を貫通した部分は,コーキング材でふさがれ固着されている。
(2) 上記認定事実によると,本件設備を本件建物から分離するためには,本件建物の外壁及び床の一部をいったん破壊又は取り外すなどして,本件設備を露出させて工事を行う必要があり,復旧の点も考慮すると,多額の費用を必要とするものと認められる。また,ガスは日常生活に不可欠なエネルギーであり,住宅にはガス設備(又はこれに代わりうる電気設備)が備えられており,本件設備を本件建物から分離すれば,本件建物を住居として使用する以上,これに代わるガス設備等を改めて設置しなければならない。他方,本件設備を構成する各部品は,本件建物に合わせて個別に加工されており,本件設備を取り外したとしても,これを別の建物等に設置するなどして再利用することは困難である。
上記のとおり,本件設備と本件建物とを分離するには,多額の費用を要するから,本件設備は本件建物に付合したと認められる。のみならず,本件設備と本件建物との分離の困難さ及び機能的一体性,本件設備を分離した後の個別の自体の取引上の価値等の事情を総合すると,本件設備は,本件建物に設置された時点で,独立の取引客体としての性質を失い,本件建物の構成部分となったものと認められる。
なお,本件契約書には,本件設備について原告が所有権を留保している旨の記載がある(甲3)けれども,構成部分になるかどうかは,社会経済的見地から客観的に決せられるので,上記記載により前記認定は左右されない。他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
上記認定事実によれば,原告主張の停止条件付売買契約は,本件設備の所有権が原告にあることを前提としてされていたこと,ところが,その所有権が前記認定のとおり被告夫婦にあり,原告において売買契約の目的物である本件設備の所有権を移転することは,社会通念上不可能であること,したがって,上記売買契約は目的の不能により原始的に不能であったものと認められる。
3 権原に基づく付着(争点A⑤)について
前記認定のとおり,本件設備は本件建物の構成部分になったものと認められるから,民法242条ただし書きに基づき原告においてその所有権を留保することはできない。原告の上記権原に基づく付着の主張は理由がない。
4 小括
以上の事実によれば,原告の停止条件付売買契約の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
(利益調整合意による償金請求について)
1 利益調整合意の成立(争点B①)について
ア 本件設備は本件建物の構成部分となっているから,aと被告夫婦との間で締結された本件建物の売買契約において,本件設備をその目的物の中に含める合意があったか否かにかかわらず,被告夫婦は,aから,本件建物を購入するに伴ってその構成部分である本件設備を取得したものと認められる。
イ 以下,原告が,本件建物を取得する際,本件設備に関して利益を得たか否かについて検討する。
(ア) aと被告夫婦との間で締結された本件建物の売買契約においては,LPガス設備を売買目的物から除外する旨の定めはない(乙2の1)。
建設省建設経済局不動産業課(当時)は,平成元年11月22日及び平成11年6月30日,社団法人住宅産業開発協会ほか不動産取引の業界団体に対し,「宅地建物取引主任者が,建売住宅の売買の相手方等に対し宅地建物取引業法第35条第1項各号に掲げる重要な事項について説明する際,宅地内のガスの配管設備等の所有権が家庭用プロパンガス販売業者にある場合には,その旨を説明すること」を,加盟業者に周知徹底するよう求める事務連絡を発した(甲28,乙12)。一方,aと被告夫婦との間で締結された本件建物の売買契約については,その重要事項説明書にその旨の記載がなく(乙2の2),その他,aから被告夫婦に対し,上記売買契約締結の際,本件設備の所有権が原告に留保されていることを説明したと認めるに足りる証拠はない。
上記認定事実に,前記のとおり,ガス設備は本件建物のような住宅に不可欠であることを併せ考えると,被告夫婦とaは,本件建物の売買の際,本件設備を売買の目的物とすることを合意したと認められる。
なお,被告において本件設備の所有権が原告にあると記載された本件契約書に署名押印し,同様の記載がある法14条書面の交付を受けて,異議を述べずに受領したことと,当事者間において,本件設備を本件売買契約の目的物の中に含めていたこととは一見,相容れない。しかしながら,被告において,これらの書面の作成等に応じたのは,本件建物への居住を開始するに際し,LPガスの供給を受けるためであったこと(乙23),本件建物の売買契約と本件ガス供給契約及び本件設備貸与契約の当事者とが同一でないことなどからすると,これらの事実は,本件売買契約の目的物に本件設備が含まれていたとの上記認定事実を覆すに足りない。そして,他に,本件全証拠によるも上記認定を左右するに足りる証拠はない。
(イ) 前記説示のとおり,本件設備の設置は本件建物の建築中に行われており,その時期からみて被告はこれに関与していないことは明らかである。また,本件建物の販売価格は,契約当事者であるaと被告夫婦との間で様々な要素により決定されることはいうまでもない。したがって,原告の費用負担により本件設備が設置されたことにより,aにおいて本来負担すべき費用負担を免れたとしても,この費用負担相当分について,本件建物の販売価格を値下げすることに直接結び付くわけではない。
(ウ) 上記各事情に照らすと,被告夫婦が本件建物を取得する際,本件設備の設置費用に相当する額の負担を免れ,これにより,その費用相当分を利得したとは認め難い。
ウ 被告に本件設備に関する利得がない以上,本件合意につき,上記利得を当然の前提とする原告主張の前記利益調整に関する合意であるとは認めることはできない。
2 以上のとおり,原告主張の利益調整合意の成立は認められないから,その余の点について判断するまでもなく,これに基づく原告の請求は理由がない。
(本件ガス供給契約の中途解約による損害賠償請求について)
1 中途解約による損害賠償の合意(争点C)について
(1) 前記認定のとおり,本件設備の所有権は,被告夫婦にあり,原告にはないので,本件ガス供給契約の中途解約により原告には少なくとも本件設備に関連して損害が生じる余地はない。
(2) また,本件合意は,前記認定のとおり,本件設備を被告において買い取ることの対価として,残存価格相当額を支払うという内容であって,損害賠償の合意とはその内容,性質を異にしていること,中途解約による損害賠償というのであれば,その旨の説明や少なくとも損害賠償であるとの字句が原告と被告との間で交わされたガス供給契約書(甲3)に記載されるべきであるが,この記載がないことなどからすると,本件合意をもって原告主張の損害賠償の合意であるとは認め難い。
(3) その他,本件全証拠によるも原告主張の中途解約による損害賠償の合意を認めるに足りる証拠はない。
2 そうすると,原告主張の損害賠償の合意があったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,原告主張の中途解約による損害賠償請求は理由がない。
第4結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 合田智子 裁判官 小野寺健太)
別紙LPガス設備一覧表
1 供給管(供給設備)
(1) 20APLV(PC)(4メートルのうち,約3.5メートル)
(2) 分岐コック1個
(3) PC絶縁ソケット1個
(4) メーターコック1個
2 配管一式(消費設備)
(1) 20APLV(PC)(4メートルのうち,約0.5メートル)
(2) 10Aガスフレキ一式
(3) 20Aガスフレキ一式
(4) 検圧プラグ1個
3 フレキガス栓2個(消費設備)