さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)382号 判決 2005年2月28日
原告
X1
ほか二名
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、四〇一〇万六七一三円及び内金三八八七万四四二六円に対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、七七万円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X3に対し、七七万円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
六 この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告X1に対し、一億三九八五万八一二二円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X1に対し、二五三四万円に対する平成一三年一二月一三日から平成一四年一二月二日まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X2に対し、三三〇万円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告は、原告X3に対し、三三〇万円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が、普通乗用自動車を運転中、進路前方右側を足踏式自転車にて走行していた原告X1を追い抜こうとした際に、自車の前部を原告X1運転の足踏式自転車に衝突させて発生した交通事故につき、原告らが、被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を請求した事件である。
一 原告の主張(請求原因)
(1) 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
ア 日時 平成一三年一二月一三日午前八時三五分頃
イ 場所 埼玉県富士見市<以下省略>
ウ 加害車両 普通乗用自動車(<番号省略>)
同運転者 被告
エ 被害車両 足踏式自転車
オ 被害者 原告X1
カ 態様 被告は、加害車両を運転し、上記場所の道路を直進進行し、その進路前方右側を走行していた被害車両を左側から追い抜こうとしたところ、減速せずかつ離合の目測を誤って進行したため、自車の右前部を被害車両に衝突させ、よって、同車両に乗車していた原告X1に重症を負わせた。
(2) 被告は、その所有する加害車両を自己のため運行の用に供していたが、車両を運転し、右前方を走行していた自転車を脇から追い抜くに際しては、両者の間隔を十分にとった上で適宜減速するなどして注意して進行すべき義務があるのにこれを怠り、両者の間隔を取らずに漫然と走行した過失があり、民法七〇九条及び自動車損害賠償法三条により、本件事故により発生した損害の賠償責任を負うものである。
(3)ア 原告X1は、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、左大腿骨頸部骨折などの傷害を負った。
イ 原告X1は、上記傷害の治療のため、新座志木中央病院に事故日(平成一三年一二月一三日)から平成一四年三月一三日まで九一日間入院し、同日、症状固定となった。
ウ 原告X1は、上記治療を受けたが、左不全麻痺(左股関節拘縮)、高次脳機能障害などの後遺症が残り、現在寝たきり状態である。原告X1は、この後遺症について、自動車損害賠償責任保険から神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして一級三号に該当するとの等級認定を受けた。
(4) 本件事故により、以下の損害が発生した。
ア 原告X1について
(ア) 治療費 一一九万五一〇六円
(イ) 入院雑費 一三万六五〇〇円
一日一五〇〇円で九一日間
(ウ) 休業損害 八七万二一五三円
原告X1は、本件事故当時、ミヤザワ家政婦紹介所で就労するとともに、自宅で家事全般を行っていた。原告X1は本件事故により九一日間休業を余儀なくされた。原告X1は兼業主婦であるので基礎収入は、平成一二年賃金センサス女子労働者学歴計全年齢平均賃金三四九万八二〇〇円とすべきであり、したがって、原告X1の休業損害は、以下のとおりである。
349万8200円÷365×91=87万2153円
(エ) 傷害慰謝料 二〇〇万円
原告X1の治療経過、症状に鑑みて、傷害慰謝料は二〇〇万円が相当である。
(オ) 付添費 七二万八〇〇〇円
原告X1の症状は重篤であり、同人の症状固定に至るまで全期間について、近親者による付添を要した。その日額としては八〇〇〇円が相当である。
8000円×91日=72万8000円
(カ) 逸失利益 二二六〇万九五六六円
a 労働能力喪失率について
本件事故により、原告X1は、後遺障害一級と認定されており、原告X1の労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。
b 基礎収入について
原告X1は兼業主婦であるので上記のとおり三四九万八二〇〇円とすべきである。
c 喪失期間
原告X1の症状固定時七二歳から、平均余命の二分の一に相当する八年間は労働が可能であった。八年のライプニッツ係数は六・四六三二である。
d 計算式
349万8200円×1×6.4632=2260万9566円
(キ) 後遺障害慰謝料 三二〇〇万円
上記の症状及び事故態様に鑑みれば、原告X1の後遺障害に対する慰謝料としては三二〇〇万円が相当である。
(ク) 将来の付添介護費用 五六八一万二九五七円
原告X1は、現在寝たきりで、尿便失禁状態であるなどその後遺症は重篤であり、生涯常時介護が必要である。他方同居の原告X3及び別居している長男の原告X2は、それぞれ仕事を持っており、仕事のある日には介護することができない。
そこで、介護料については、公休日を一二五日、平日を二四〇日として、平日については職業介護人、公休日は近親者介護によるものとし、職業介護は、日額一万四六三四円(一〇時間)、夜間早朝家族介護料は日額二〇〇〇円、休日家族介護料は、日額一万円とし、原告X1の余命期間一六年の介護費用を計算すると、以下のとおりとなる。
(1万円×125日+(1万4634円+2000円)×240)×10.8377(16年ライプニッツ係数)=5681万2957円
(ケ) 将来雑費 一二二八万三一八九円
原告X1のリハビリや介護等に要する雑費は、月額九万四四四八円を下らない。
9万4448円×12×10.8377=1228万3189円
(コ) 将来治療費 一六一五万一七二七円
原告X1は、事故後僅か三か月で症状固定と診断されたが、その後も尚残された筋力の維持、拘縮防止のためリハビリ治療を生涯継続することが必要な状況である。その治療費は、症状固定後、平成一五年一月末日までの一一か月間で既に一三六万六一四二円を要した。したがって、一か月当たりに直すと毎月一二万四一九四円の支出が余命期間にわたって必要であるから、将来治療費は以下のとおりとなる。
12万4194円×12×10.8377=1615万1727円
(サ) 介護ベッド代 七〇万〇二〇一円
原告X1には、介護用のベッド(及び付属品)が必要であり、その単価としては六一万六九七二円を下らない。耐用年数は、介護ベッド本体で八年程度であるから、結局以下のとおりとなる。
61万6972円×1.1349=70万0201円
現価ライプニッツ係数(8年ごと16年間)0.6768+0.4581=1.1349
(シ) 車いす代 七一万三七九二円
原告X1には室内用車いす(単価三八万円)が必要である。耐用年数は、五年である。よって、以下のとおりとなる。
38万円×1.8784=71万3792円
現価ライプニッツ係数(5年ごと15年間)0.7835+0.6139+0.481=1.8784
(ス) 家屋改造費 五九三万五八六〇円
原告X1を介護するために、原告らの家屋に対する改造が必要である。
(セ) 車両改造費 一二八万〇三六〇円
原告X1を介護、通院させるため使用する車両については、終生介護用に車両を改造する必要がある。一回の改造に要する費用としては、九八万二六二五円を下らない。車両の耐用年数は、六年であるから、結局以下のとおりとなる。
98万2625円×1.303=128万0360円
現価ライプニッツ係数(6年ごと12年間)0.7462+0.5568=1.303
(ソ) 以上小計 一億五三四一万九四一一円
イ 原告X2及び原告X3固有の慰謝料 各三〇〇万円
原告X1の長男である原告X2及び二男である原告X3は、最愛の母である原告X1が寝たきりで、尿便失禁という重度の後遺症が残存し、死亡にも比肩しうべき苦痛を受けた。また、原告X2及び原告X3は、近親者として今後一生涯、自らの自由な時間を犠牲にして全力で原告X1の介護に当たらなければならず、その精神的苦痛は相当なものである。
したがって、原告X2及び原告X3には固有の慰謝料が認められるべきであり、その金額は少なくとも三〇〇万円を下らない。
(5) 原告X1は、上記損害のうち、被告の付保する自動車損害賠償責任保険から二六二六万一二八九円(うち二五三四万円の受領日は平成一四年一二月二日)を受領した。これを控除した残額は一億二七一五万八一二二円である。
(6) 原告X1には、上記の既払金のうち二五三四万円は平成一四年一二月二日に支払われているが、これについては、事故日である平成一三年一二月一三日からその支払日である平成一四年一二月二日までの遅延損害金が発生しており、これは原告X1の損害である。
(7) 原告X1は、本件訴訟の提起に際して、原告ら訴訟代理人に対し、一二七〇万円を、原告X2及び原告X3は、同じく各三〇万円を支払う旨約した。
(8) 損害の合計は以下のとおりとなる。
ア 原告X1 一億三九八五万八一二二円
イ 原告X2 三三〇万円
ウ 原告X3 三三〇万円
(9) よって、原告X1は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、一億三九八五万八一二二円及びこれに対する本件事故日である平成一三年一二月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合に基づく遅延損害金並びに自賠責保険金二五三四万円についての本件事故日である平成一三年一二月一三日から保険金支払日である平成一四年一二月二日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告X2及び原告X3は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として各三三〇万円及びこれに対する本件事故日である平成一三年一二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の主張(請求原因に対する認否及び抗弁)
(1) 請求原因(1)のうち、アないしオ(発生日時、発生場所、事故の当事者及び運転車両)は認め、カの事故態様については、被告が加害車両を運転して、本件道路を直進進行していたこと、進路前方右側を走行していた被害車両を左側から追い抜こうとしたこと、被告運転車両の右前部と被害車両が接触して、原告X1が受傷したことは認め、その余(被告が減速せず、かつ離合の目測を誤って進行したこと)は否認する。
(2) 同(2)は認める。但し、本件事故については、被害車両に乗車していた原告X1にも過失が認められる事案であり、原告X1の過失割合に応じた過失相殺による減額がされるべきである。
(3) 同(3)は認める。
(4) 同(4)のうち、
アの原告X1の総損害のうち、
(ア) の治療費は認める。
(イ) の入院雑費は認める。
(ウ) の休業損害については争う。原告X1は、二男である原告X3と同居していたものの、本件事故前からミヤザワ家政婦紹介所にて、家政婦として就労し、月額三万六八〇〇円から五万五二〇〇円の収入を得ていたこと、原告X1は、本件事故当時、七二歳であったこと、したがって、原告X1は、年金とパート収入で生計を立てていたことが推認できること、原告X3は、本件事故当時、三六歳であり、とうに成年に達していることからすると、原告X1の家事労働についても自分のことをするついでに二男の原告X3の食事の世話をしていたに過ぎないものと評価するのが相当である。よって、原告X1の休業損害及び逸失利益の基礎収入としては、全女子労働者学歴計全年齢平均の年収額の二分の一に減額した一七四万九一〇〇円を基礎収入として算定するべきである。
(エ) の傷害慰謝料については争う。
(オ) の付添費用に否認する。本件においては、原告X1の入院中の近親者看護の必要性は認められない。
(カ) の逸失利益については争う。
(キ) の後遺障害慰謝料については争う。
(ク) の将来の介護料は否認する。原告X1は、平成一四年三月一三日の症状固定後も、<1>同月一四日から同年七月一二日まで新座志木中央病院、<2>同日から同月一六日まで井上病院、<3>同日から同年八月六日まで新座志木中央病院、<4>同日から同年一二月九日まで井上病院に各々入院した後、<5>同日から現在まで医療法人財団明理会介護老人保健施設埼玉ロイヤルケアセンター(以下「埼玉ロイヤルケアセンター」という。)に入所している。このように、原告X1は症状固定後も、病院ないし介護老人保健施設に長期間にわたり、入院・入所して施設介護を受けており、在宅介護が全く実施されていないこと、原告X1のADL低下を防止するために然るべき施設におけるリハビリ治療を含めた施設介護が必要であること、会社員として勤務している原告X3において、原告X1の在宅介護は困難であることからして、原告X1の在宅介護の蓋然性は限りなく零に近く、事実上皆無である。したがって、原告X1の将来の介護費用は、施設介護を前提として認定されるべきである。
また、将来の介護費用については、原告X1の身体状況からして、余命期間を判断することは困難であるから、定期金賠償方式を採用すべきである。
(ケ) の将来雑費は否認する。原告X1の将来の介護が、施設介護を前提として算定されるべきである以上、在宅介護を前提とする原告の将来雑費は不要である。
(コ) の将来治療費は、その必要性は争わないが、金額については争う。埼玉ロイヤルケアセンターに入所している限り、原告X1に関しては褥瘡の治療、リハビリ等医学的な管理の下での介護が行われており、介護費用以外の治療費は不要である。
(サ) の介護ベッド代は否認する。原告X1の将来の介護が、施設介護を前提として算定されるべきであり、施設にベッドは設置されており、不要である。
(シ) の車いす代は否認する。
(ス) の家屋改造費用は否認する。原告X1の将来の介護が、施設介護を前提として算定されるべきである以上、在宅介護を前提とする家屋改造費は不要である。
(セ) の車両改造費用は否認する。原告X1の将来の介護が、施設介護を前提として算定されるべきである以上、在宅介護を前提とする車両改造費は不要である。
イの原告X2及び原告X3の固有の慰謝料については争う。
(5) 同(5)の既払金額は、下記のとおり合計二六三〇万九六五八円である。
ア 自賠責保険金 二六二六万一二八九円
(ア) 傷害分 九二万一二八九円
(イ) 後遺障害分 二五三四万円
イ 被告運転の加害車両任意保険金 四万八三六九円
(6) 同(6)は争う。原告の主張する自賠責保険金二五三四万円は、後遺障害による損害に対する保険金であることから、遅延損害金の起算日は症状固定日である平成一四年三月一三日からと解すべきである。
(7) 同(7)及び(8)は争う。
三 争点
本件の争点は以下のとおりである。
(1) 本件事故における原告X1と被告の過失割合(争点一)
(2) 原告X1及び原告X2及び原告X3に発生した損害額はいくらが相当か。
第三争点に対する判断
一 争点一(本件事故における原告X1と被告の過失割合)について
(1) 争いのない事実及び証拠(甲一七、二五、二七、乙一、二、一〇、一一、被告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故が発生した場所(以下「本件事故現場」という。)は、埼玉県富士見市<以下省略>先に所在する市街地内のアスファルト舗装された平坦な道路(以下「本件道路」という。)上であり、被告が進行してきたさいたま市方向からは、富士見台中学入口付近を中心としてS字状にカーブしており、このカーブを通過した地点からは前方の見通しは良好となる。本件道路には本件事故現場のさいたま市方向手前約二〇メートルの付近に信号機による交通整理のされていないT字路の交差点があり、T字路交差点中央付近路面に、白字にて◇のマークがペイントされていた。本件道路とT字状に交差する道路(以下「本件交差道路」という。)は、さいたま市方向から本件道路を進行してくると右側にあり、本件道路に向かい若干下り勾配となっている。本件道路には、最高速度時速三〇キロメートル、駐車禁止の規制がある。本件事故現場付近の本件道路の幅員は、車道部分約四・七メートルであり、富士見台中学入口方向から縁石により区分された幅員一・六メートルの歩道が設置されていた。加害車両の車幅は、一・七八メートルであり、本件事故当時、本件事故現場付近は乾燥し、交通量は閑散であった。
イ 本件事故は、被告が上福岡の自宅から三芳町の勤務先に加害車両を運転して出勤する途中で発生したものであり、被告は、加害車両を運転してさいたま市方向から所沢方向に本件道路を進行していた。被告は、富士見台中学入口の信号機による交通整理の行われている交差点において、対面信号が赤であったため一旦停止し、信号機の表示が青色に変わるや発進して時速約二〇ないし四〇キロメートルで進行し、前方のカーブを曲がり終わり、直進部分に入った付近で、被害車両を運転して本件交差道路からT字路交差点を右折進行し、本件道路に進入してきた原告X1を前方約四〇ないし五〇メートル先に視認した。
ウ 被害車両は、T字路交差点を本件道路に進入した際、若干道路中央寄りに膨らむような状態であったものの、直ぐに本件道路右側に寄り直進し出したことから、被告は、一旦、加害車両の速度を減速したものの、直ぐに加速して時速約二〇キロメートル程度にて本件道路の左寄りを進行し、被害車両の動きから原告X1が加害車両が後方から進行してきていることに気が付いたものと思い、被害車両を追い抜こうとしたところ、上記T字路の交差点を約一五メートル過ぎた地点で、原告X1運転の被害車両が、道路中央に進路を変更したのに気がつき、直ちに、急ブレーキをかけると共に、クラクションを鳴らしたが、間に合わず、被告運転の加害車両の右前部フェンダー付近を被害車両の左側後輪部に衝突させて原告X1を転倒させた。なお、被告が被害車両を追い抜こうとした地点付近の本件道路左側には電柱が設置されており、本件道路の幅員は左側の電柱部分が障害となり本来の幅員より狭い状況にあった。
(2) 以上の認定事実によれば、被告には、車両の運転者として、前方を走行する車両を脇から追い抜くに際し、衝突することがないように道路及び先行車両の動向を十分に把握したうえ、より安全な場所と方法を選択し、先行車両の運転者に後方から追い抜こうとする車両があることを知らせる措置を取るなどして、自車と先行車両との間隔を十分にとった上で適切な速度で進行すべき義務があるところ、本件において、被告は、被害車両の追い抜きをかけるに際し、クラクションを鳴らして原告X1に注意を喚起することなく、同人の運転する被害車両の動きのみから、加害車両の存在を原告X1が知ったものと軽信し、道路左側に電柱があってより道路の左側には寄りにくい場所で追い抜きをかけるべく、加害車両を運転し走行したものであり、被告には、本件事故の発生につき過失がある。また、原告X1には、足踏式自転車の運転者として、まず、道路の左端を走行し、また進路を変更するについては、後方の安全を十分確認し、さらに自動車等進行速度の速い車両が自車を追い抜いていく可能性を十分に想定したうえ、より安全に進行すべき義務があるところ、原告X1は、本件道路を走行するにつき、左端側によることなく、右端または中央付近を走行し、特に、後方を走行する車両の有無を確認することなく道路中央寄りに進路を変更したことにおいて、本件事故の発生につき、過失があるものといえる。
(3) そこで、原告X1と被告の過失の程度を考察するに、自動車対足踏式自転車であること、双方の過失の態様が上記のとおりであることを総合して勘案すれば、原告X1の過失を三割とし、被告の過失を七割とするのが相当というべきである。
二 争点二(原告X1及び原告X2及び原告X3に発生した損害額はいくらが相当か。)について
(1) 原告X1に生じた損害について
ア 治療費及び入院雑費については、当事者間に争いがない。
イ 休業損害について
証拠(甲八、四八)によれば、原告X1は、本件事故前からa家政婦紹介所にて、家政婦として就労し、月額三万六八〇〇円から五万五二〇〇円の収入を得ていたこと、本件事故当時、七二歳であったこと、二男である原告X3と同居していたものの、原告X3は、本件事故当時、三六歳で株式会社bに勤務する会社員であることが認められる。これらの事実に弁論の全趣旨を総合すれば、原告X1の休業損害及び逸失利益の基礎収入としては、平成一二年賃金センサス女子労働者学歴計全年齢平均賃金三四九万八二〇〇円の八〇パーセントである二七九万八五六〇円を基礎収入として算定するべきである。
以上によると、原告X1の休業損害は、以下のとおり、六九万七七二三円となる。
279万8560円÷365×91=69万7723円
ウ 傷害慰謝料について
原告X1が本件事故により受傷した傷害の治療のため、新座志木中央病院に事故日(平成一三年一二月一三日)から平成一四年三月一三日まで九一日間入院し、同日、症状固定となったことは当事者間に争いがない。この事実によれば、原告の傷害慰謝料としては、八〇万円が相当である。
エ 付添費について
証拠(甲三一の一ないし四)によれば、原告X1の入院中、看護師による十分な介護はなされていることは認められるものの、その症状は、重篤であり、近親者である原告らの一定程度の介護は必要であったものというべきである。証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、四五日につき、一日当たり六五〇〇円の付添介護費を認めるのが相当である。したがって、付添介護費としては、二九万二五〇〇円が認められる。
オ 逸失利益について
本件事故により、原告X1が脳挫傷、外傷性くも膜下出血、左大腿骨頸部骨折などの傷害を受け、新座志木中央病院に事故日(平成一三年一二月一三日)から平成一四年三月一三日まで九一日間入院し治療を受けたが、左不全麻痺(左股関節拘縮)、高次脳機能障害などの後遺症が残り、現在寝たきり状態であること、原告X1は、この後遺症について、自動車損害賠償責任保険から神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして一級三号に該当するとの等級認定を受けたことは当事者間に争いがない。また、原告X1について平成一四年四月二二日に実施された長谷川式簡易知能評価スケールによれば、合計得点は三〇点満点中一点であること(甲四、三〇、三一の一ないし四)、その他、本件に顕れた証拠を総合すれば、原告X1の労働能力喪失率は、一〇〇パーセントと認められる。
原告X1の基礎収入については、上記イのとおり、二七九万八五六〇円と、また喪失期間については、事故当時、原告X1が七二歳であったことから症状固定時後の平均余命の二分の一に相当する八年間を喪失期間とすべきである。
以上によると、原告X1の逸失利益は、以下のとおり、一八〇八万七六五二円となる。
279万8560円×1×6.4632=1808万7652円
カ 後遺障害慰謝料について
原告X1の後遺障害が上記のとおり、一級三号に該当すると評価されること、その他本件に顕れた諸事情を勘案すれば、原告X1の後遺障害慰謝料としては、二八〇〇万円が相当と認められる。
キ 将来の付添介護費用について
原告X1は、本件事故直後から新座志木中央病院に入院し治療を受けたものの、左不全麻痺(左股関節拘縮)、高次脳機能障害などの後遺症が残り、現在寝たきり状態であり、この後遺症につき、自動車損害賠償責任保険から神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして一級三号に該当するとの等級認定を受けたことは当事者間に争いがなく、証拠によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告X1は、平成一四年三月一三日の症状固定後も、<1>同月一四日から同年七月一二日まで新座志木中央病院、<2>同日から同月一六日まで井上病院、<3>同日から同年八月六日まで新座志木中央病院、<4>同日から同年一二月九日までc病院に各々入院した後、<5>同日から現在まで介護老人保健施設としての埼玉ロイヤルケアセンターに入所している(甲三一の二ないし四、四四、四五、乙五)。
(イ) 原告X1が埼玉ロイヤルケアセンターに入所した平成一四年一二月九日に実施された長谷川式簡易知能評価スケールでは三〇点満点中〇点であり、痴呆性老人の自立度は最下位の一つ手前のランクⅣ、寝たきり老人の自立度は最下位のランクC二であり、要介護状態の認定は、全介助状態を意味する最高度の「五」であり、その後、レベルの上昇はなく、要介護度は「五」のままであり、リハビリを辞めるとなおレベルが低下する恐れがあり、原告X1に生じている褥創部分の痛みを分散させるためには、定期的に体勢を変える必要がある(乙五)。
(ウ) 埼玉ロイヤルケアセンターの入所・通所・ショートステイ判定会議の平成一四年一一月二九日の会議録の希望理由欄には「在宅介謾困難、少しでもADLの向上することを希望」と記載されているが、これは同センターにおいて原告X1の入所時に原告X3から聞いたADLの状態(寝たきり、全介助)、及び長男別居、次男独身で働いているという家庭環境を考慮して、在宅介護は極めて困難と判断し記載したものである(乙六、調査嘱託の結果)。
(エ) 原告X1の要介護度は、入所から一年経過した時点でも五と不変であり、リハビリ等の訓練を受けているものの、ADLの向上は全く見られないが、著名な低下も認められず、少なくとも入所時にあった臀部の褥創は改善傾向にあり、レベル維持には同施設での介護が有用であった(乙六、調査嘱託の結果)。
(オ) 原告の入所後、家族から原告X1の在宅介護の申し出はなかった(乙六、調査嘱託の結果)。
(カ) 同センターでは、在宅介護が極めて困難と思われる症例に関しては、一般的に入所六か月をメドに他施設へ移って貰うことを家族に考えて貰うのを通例としており、原告X1については、ADLの向上もなく全介助の状態であるため他施設での介護が妥当と考えていた(乙六、調査嘱託の結果)。
(キ) 平成一五年一一月一日現在では、原告X1のレベルは低下傾向にあり、かつ、脳挫傷による器質性精神病(痴呆)があり、昼夜問わず大声(奇声)を出すなど問題行動が出てきており、現状では、埼玉セントラル病院の精神科療養型病床群の入院予約となっている(乙六、調査嘱託の結果)。
(ク) 同センターでは、現時点では、家庭状況を考えると介護度五の範囲内のみのサービスでは対応しきれないと考えている(乙六、調査嘱託の結果)。
将来の介護費用は、被害者において症状固定後、現実に支出すべき費用を補填するというものであるから、その算定に当たっては、症状固定時から口頭弁論終結時までの被害者の介護の実態を踏まえて、将来の介護状態について相当程度の蓋然性に基づいた合理的な算定をすべきこととなる。そして、本件において原告X1の症状固定後、口頭弁論終結時までの介護の実態は、上記の認定のとおりであり、この事実及び原告X1の身体的状況及び家庭状況に照らせば、原告X1の将来の介護につき、在宅介護の蓋然性は極めて低く、現に、原告X2及び同X3から、埼玉ロイヤルケアセンターに対し、在宅介護の申し出がなされた事実がないこと、既に、自賠責保険から後遺障害分として二五三四万円が支払われているにもかかわらず、原告X1の自宅の改造をしたうえ、介護人等を付した在宅介護を行った事実がないことを総合勘案すれば、原告X1の将来の介護につき、在宅介護を前提とすることは、損害の算定における合理性を欠くものというべきである。よって、原告X1の将来の介護費用を考えるについては、施設介護を前提として算定すべきこととなる。そして、埼玉ロイヤルケアセンターに対する調査嘱託の結果によれば、平成一四年一二月から平成一五年一〇月までの間の原告X1の利用料は、介護給付費(保険請求額)を含め、毎月三六万四七〇〇円から四八万三五三七円であり、その平均額は四五万一〇九二円と認められる。また、同調査嘱託の結果によれば、原告X1は、埼玉ロイヤルケアセンターに入所していた上記の期間に合計三五六万一五九五円の介護給付費の給付を受けたことが認められるところ、これは症状固定後の介護費用から控除すべきこととなる。
なお、被告は、原告X1の将来の介護費用の算定につき、原告X1が介護保険法に基づき、将来給付を受ける介護保険給付について、損益相殺をすべき旨主張するが、そもそも、介護給付を受けるか否かは、被害者である原告X1の選択によること、介護施策が未来永劫に同一であるとの保証はなく、法改正により、施策の変更される可能性があること、介護度の変化は予測困難であること、介護保険給付は、福祉的給付であり、損害賠償義務者の負担を軽減する制度ではないことからして、原告X1が未だ受領していない介護保険給付について、損益相殺すべきとの被告の上記主張は、採用できない。
また、被告は、原告X1の上記の身体的現状から同人の余命の認定に困難性があること等を理由に、原告X1の施設介護に要する介護費用につき定期金賠償方式によるべきである旨主張するが、そもそも原告の請求は一時払いの請求であり、定期金賠償を求めていないことからして、被告の主張は採用できない。
そこで、原告X1の上記の身体的現状、その他本件に顕れた事情を総合考慮し同人の余命としては、事故時から一〇年をもって相当というべきである。
これによれば、原告X1の将来の介護費用は、以下のとおり、三八二三万六七七〇円と算定される。
45万1092円×12×7.7217-356万1595円=3823万6770円
ク 将来雑費について
原告X1の介護につき、上記キのとおり施設介護を前提とするところ、原告X1の将来の介護費用の算定の基礎となる月額四五万一〇九二円には、将来雑費が含まれている(乙六、調査嘱託の結果)から、別途算定することは不要である。
ケ 将来治療費について
原告らは、原告X1の症状固定後の治療費として平成一五年一月末日までの一一か月間で一三六万六一四二円を要した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、上記のとおり、原告X1は、症状固定後、主に埼玉ロイヤルケアセンターでの介護を受けているところ、リハビリや褥創の手当は、同所での介護の一環として実施されている。ただ、埼玉セントラル病院の精神科療養型病床群の入院予約がされているようではあるが、同病院での治療内容及びその費用は不明であり、結局、原告X1の将来の治療費は算定不能である。
コ 介護ベッド代について
原告X1の介護につき、上記キのとおり施設介護を前提とするところ、在宅介護を前提とする介護ベッド代は不要である。
サ 車いす代について
施設介護を前提としても、上記キの原告X1の身体状況から、車いすは必要であるというべきであり、証拠によれば、車いすの価額は、一台三八万円であることが認められる。また、車いすの耐用年数は五年であり(弁論の全趣旨)、原告X1の余命としては上記キのとおり一〇年と考えるのを相当とするから、車いす代としては、以下のとおり、算出される。
38万円×(0.7835+0.6139)=53万1012円
シ 家屋改造費について
原告X1の将来の介護につき、上記キのとおり施設介護を前提とするところ、在宅介護を前提とする家屋改造費は不要となる。
ス 車両改造費について
同様に、原告X1の将来の介護につき、上記キのとおり施設介護を前提とするところ、在宅介護を前提とする車両改造費は不要である。
セ 以上によれば、原告X1の損害額は、以下のとおり、八七九七万七二六三円となる。
<1> 治療費 一一九万五一〇六円
<2> 入院雑費 一三万六五〇〇円
<3> 休業損害 六九万七七二三円
<4> 傷害慰謝料 八〇万円
<5> 付添費 二九万二五〇〇円
<6> 逸失利益 一八〇八万七六五二円
<7> 後遺障害慰謝料 二八〇〇万円
<8> 将来の介護費用 三八二三万六七七〇円
<9> 車いす代 五三万一〇一二円
合計 八七九七万七二六三円
(2) 原告X2及び原告X3に生じた損害について
原告X1には重度の後遺症が残存するに至ったこと、その他本件に顕れた諸事情を勘案すれば、原告X2及び原告X3には固有の慰謝料が認められるものといえ、その金額は各一〇〇万円を相当とする。
(3) 被告が賠償すべき原告らの損害額について
上記(1)及び(2)のとおり、本件事故により原告X1に生じた損害額は、八七九七万七二六三円、原告X2及び原告X3に生じた損害額は、各一〇〇万円と認められるところ、上記一のとおり、原告X1には本件事故の発生につき三割の過失が認められるので、これを過失相殺すれば、被告が賠償すべき、原告X1の損害額は、六一五八万四〇八四円であり、原告X2及び原告X3の損害額は、各七〇万円となる。
(4) 既払金について
原告X1が、被告の付保する自動車損害賠償責任保険から二六二六万一二八九円(うち二五三四万円の受領日は平成一四年一二月二日)を受領したことは当事者間に争いがなく、証拠(乙一四)によれば、原告X1に対し、本件交通事故による損害の賠償の一部として、被告が付保するあいおい損害保険株式会社から別途四万八三六九円が支払われていることが認められる。これによれば、原告X1に対する既払金の合計額は、二六三〇万九六五八円と認められる。
(5) 確定損害金について
なお、被告は、既払金のうち平成一四年一二月二日に支払われた二五三四万円が後遺障害による損害に対するものであることから、遅延損害金の起算日は症状固定日である平成一四年三月一三日から起算すべきと主張するが、交通事故による原告らの損害につき、その費目別に遅延損害金の起算日を別異にするべきではなく、事故発生日から起算するのが相当であり、被告の主張は採用できない。これによると平成一三年一二月一三日から支払日である平成一四年一二月二日までの遅延損害金を計算すると以下のとおり、一二三万二二八七円(一円未満切り捨て)となり、これも原告X1の損害と認められる。
2534万円×0.05÷365×355=123万2287円
(6) 以上によれば、被告が賠償すべき、原告X1の損害額は、六一五八万四〇八四円から既払金合計二六三〇万九六五八円を差引いた三五二七万四四二六円と確定損害金一二三万二二八七円の合計三六五〇万六七一三円であり、原告X2及び原告X3の損害額は、各七〇万円となる。
(7) 弁護士費用について
本件事故の態様、本件審理経過、認容額に照らし、被告に負担させるべき、原告らの弁護士費用としては、原告X1につき、三六〇万円、原告X2及び原告X3につき、各七万円が相当と認められる。
三 合計
よって、原告らにつき、弁護士費用加算後の損害額は、原告X1につき、四〇一〇万六七一三円、原告X2及び原告X3につき、各七七万円となる。
四 以上のとおりであるから、原告らの請求は、原告X1につき、四〇一〇万六七一三円及び内金三八八七万四四二六円に対する不法行為の日である平成一三年一二月一三日から、原告X2及び原告X3につき、各七七万円及びこれに対する平成一三年一二月一三日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
五 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田秀)