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さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)581号 判決 2004年9月24日

原告

甲田一郎

原告

甲田月子

原告ら訴訟代理人弁護士

嘉村孝

芳田新一

被告

乙川二郎

被告

医療法人誠昇会

同代表者理事長

丁原四郎

被告ら訴訟代理人弁護士

小野寺利孝

安田耕治

主文

1  被告乙川二郎は,原告らに対し,2項の限度で被告医療法人誠昇会と連帯して,それぞれ500万円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告医療法人誠昇会は,原告らに対し,被告乙川二郎と連帯して,それぞれ250万円及びこれに対する平成15年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの連帯負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。

5  この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告乙川二郎は,被告医療法人誠昇会と連帯して,原告らに対し,それぞれ1800万円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告医療法人誠昇会は,被告乙川二郎と連帯して,原告らに対し,それぞれ1800万円及びこれに対する平成15年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要及び争点

1  本件は,原告らの長男である甲田太郎(以下「太郎」という。)が,勤務する北本共済病院(以下「被告病院」という。)の職場の先輩である被告乙川二郎らのいじめが原因で平成14年1月24日に自殺(以下「本件自殺」という。)したとして,両親である原告らが,被告乙川に対し,いじめ行為による不法行為責任(民法709条)を理由に,被告病院を設置する被告誠昇会に対し,雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任(民法415条)を理由に,損害賠償金合計3600万円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

2  本件の争点は,次のとおりである。

(1)  被告乙川らのいじめ行為(不法行為)の存否

(2)  被告病院の雇用契約上の安全配慮義務違反の債務不履行の有無

(3)  被告らの不法行為ないし債務不履行と太郎の本件自殺との因果関係

(4)  損害額

第3当事者の主張

1  被告乙川のいじめ行為の存否

(原告らの主張)

被告乙川は,次のとおり,太郎に対し,いわゆるいじめ行為(以下「本件いじめ」という。)をし,太郎を本件自殺に至らしめた不法行為責任がある。被告乙川の本件いじめは,太郎が川越の高等看護学校に入学した平成13年4月以降,一層激しいものとなった。

(1) 日常的な使い走りなど

被告乙川は,次のとおり,太郎に使い走りをさせるなどして,太郎を日常的にこき使っていた。

ア 被告乙川のための買い物をさせた(夜,自宅にいる太郎に柏餅を買いに行かせたこともあった。)。

イ 被告乙川の肩もみをさせた。

ウ 被告乙川の家の掃除をさせた。

エ 被告乙川の車を洗車させた。

オ 被告乙川の子供の世話をさせた。

カ 被告乙川が風俗店へ行く際の送迎をさせた。

キ 被告乙川が他の病院の医師を引き抜く際の送迎をさせた。

ク 被告乙川がパチンコをする際,開店前のパチンコ屋での順番待ちをさせた。

ケ 被告乙川が購入したい馬券を後楽園に購入しに行かせた。

コ 太郎が通う高等看護学校の女性を紹介させた。

サ ウーロン茶1缶を3000円で買わせた。

シ 太郎に飲食代金等を負担させた。福島県磐梯○○への職員旅行での飲み物等の費用を負担させた。

ス 平成13年9月から平成13年10月末まで,他の学生は行っていないのに,介護老人施設作りに関する署名活動をさせた。

セ 太郎がデートをしているときに,仕事を理由に何度も太郎を呼び戻した。例えば,平成13年4月29日,被告乙川は,太郎が彼女とお台場でデートしていることを知りつつ,携帯電話で仕事だと言って太郎を被告病院に強制的に呼び出した。

(2) 職員旅行での事件

平成13年12月15日,被告病院において,福島県磐梯○○への1泊2日の職員旅行(以下「本件職員旅行」という。)があった。被告乙川は,2次会が終わった後,太郎を被告病院の女性事務職員と2人だけにして性的行為をさせ,これを同僚らとのぞこうと企てた。これを嫌がった太郎は,無理矢理酒を飲んで急性アルコール中毒となり,仮死状態になった。地元の病院へ太郎を運び込んだ。担当医師は,入院を勧めたが,被告乙川は,翌朝,太郎を帰宅させた。17日は,午前8時から,太郎を被告病院で勤務させた。

(3) 忘年会での会話

被告乙川らは,平成13年12月29日,忘年会を行った。その席で,被告乙川らは,本件職員旅行で太郎が仮死状態になったことを話のたねとした。太郎に対し,「あのとき死んでおけばよかったんだ。」など死という言葉を浴びせた。

これ以降,仕事中でも,太郎に対し,毎日のように「死ねよ。」という言葉が使われるようになった。

(4) 電子メールの文章

ア 平成13年12月30日,被告乙川は,太郎に対し,Aの名義で,「お前のアフターは俺たちのためにある。」との内容の電子メールを送った。

イ 被告乙川は,太郎に対し,平成13年12月ないし平成14年1月ころ,「殺す。」という内容の電子メールを送った。

(5) カラオケ店での出来事

ア 平成14年1月12日,被告乙川らは,太郎の彼女がアルバイトをしていたカラオケ店に行く途中,太郎が彼女からプレゼントとしてもらった帽子にライターで火をつけようとした。

イ カラオケ店では,被告乙川が太郎に対して,コロッケを口でキャッチするようにとコロッケを投げた。コロッケは,キャッチできず,床に落ちた。太郎が落ちたコロッケを皿に戻した。被告乙川は,太郎の態度を怒り,太郎に落ちたコロッケを食べさせた。

(6) 罵倒

被告乙川は,他の職員の面前で,太郎のことを使えない奴だと罵倒していた。平成14年1月17日の被告病院の外来会議では,被告乙川が太郎のことを「死ねばいい。」などと悪口を言った。

(7) 本件自殺前の言動

太郎は,平成14年1月22日及び翌23日と,午前8時から仕事をした。太郎は,疲労困憊していた。

平成14年1月24日,太郎は,被告病院を休んだ。午前10時ないし11時ころ,丙山からの電話には出た。午後1時20分ころの友人からの電話には出ていない。その後,太郎は,自宅の2階で縊死しているところ発(ママ)見された。

(被告らの主張)

被告乙川は,太郎に対し,いじめの行動をとっていない。被告乙川と太郎とは,フレンドリーな人間関係にあった。被告乙川の太郎に対する言動は,上司としての指導に厳しいところや度を過ごした言動があっただけである。

(1) 日常的な使い走りなどについて

ア 太郎に次のようなことをやってもらったことはある。しかし,太郎が自主的に行ったことである。被告乙川は強制していない。

太郎に掃除用クリーナーの買い物をしてもらった(柏餅の件は,被告乙川が太郎に対して,彼女の家の手土産として有名な柏餅を紹介したところ,太郎が被告乙川にも買ってきてくれたものである。)。太郎に肩をもんでもらった。被告乙川の家を掃除してもらった。被告乙川の車を洗車をしてもらった。

イ 平成13年11月に生まれた娘の世話をしてもらったことはない。

ウ 太郎と一緒に風俗店に行ったことはあるが,送迎をさせたことはない。

エ 他の病院の医師の引き抜きのため,被告乙川が出かけたことはない。太郎が被告病院に来ていた医師を送迎した。

オ パチンコの順番待ちは,被告乙川と太郎が一緒に行った。

カ 馬券については,太郎が明日自分が東京に行くので買ってきましょうと言ったので,買ってきてもらった。

キ 高等看護学校の女子学生と一緒に飲んだことはある。太郎に誘われて行ったのであり,被告乙川は,女子学生を紹介させていない。

ク ウーロン茶1缶を3000円で買わせていない。

ケ 太郎に飲食代金等を負担させたことはない。被告乙川が後輩の分も支払った。

本件職員旅行の飲み物等は,被告病院医師からもらったビール券で調達された。

コ 太郎は,署名活動をした。しかし,平成13年7月23日に署名は提出されている。平成13年9月中旬から10月末までの期間に行われていない。

サ 太郎と彼女のデートを妨害するために電話したことはない。

(2) 職員旅行の事件について

被告乙川は,酒を相当飲んで,ちょっと調子に乗って,太郎が女性と部屋で2人でいるところを写真に撮って太郎を驚かせようとした。ちょっと度が過ぎたという意味で反省しているが,いじめではない。

太郎が急性アルコール中毒になったのは,一次会と二次会でかなりビールを飲んだ上,女性事務職員といた部屋の中で焼酎をストレートで飲んだことが原因である。

太郎は,本件職員旅行の後,病院や学校を休む等,普段と異なる言動はなかった。太郎の彼女も,本件職員旅行の事件を知ったのは,被告乙川が太郎の彼女に対して,平成14年1月12日のカラオケ店で話した時である。太郎がいじめとして気にしていたなら,彼女に本件職員旅行の後すぐに話したはずである。

(3) 忘年会の会話について

平成13年12月29日の忘年会において,太郎は,「自分は死んだ身だからなあ。」と冗談で発言した。被告乙川は,「そうだよなあ,死んだ身だよなあ。」と受け流しただけである。

(4) 電子メールについて

ア 被告乙川は,太郎に対し,Aの名義で,「君のアフターは,俺たちのためにある。」との内容の電子メールを送った。被告乙川が冗談半分で送ったものである。太郎は,以前,被告乙川に対し,自分のアフターは先輩たちのためにある旨を発言していた。電子メールを送った後も,太郎の態度は特に変わっていない。

イ 被告乙川は,「殺す。」との電子メールを送っていない。

(5) カラオケ店の出来事について

ア ふざけた遊びとして,帽子に火をつけるまねをした。本気で火をつけようと思っていない。

イ コロッケについては,ゲームとしてコロッケを口に放り投げた。

(6) 罵倒について

太郎のことを使えない奴だなどと罵倒していない。

(7) 本件自殺前の言動について

平成14年1月24日は,太郎が休みの日であった。丙山は,太郎の担当していた外来で使う物品の調達ができていないことを伝えるため,午前11時30分過ぎに,太郎に電話した。

2  被告病院の安全配慮義務違反の債務不履行

(原告らの主張)

被告誠昇会は,太郎の雇用主として,雇用契約上,従業員の職場環境を適切にして,いじめ等が行われないように努める安全配慮債務を負担していたにもかかわらず,被告乙川ら太郎の先輩看護師が日常的に行っていた本件いじめに対して適切な措置をとらなかった債務不履行がある。

(被告らの主張)

争う。

被告病院は,太郎にサービス残業をさせていない。

3  本件自殺との因果関係

(原告らの主張)

太郎は,平成14年1月には,目に見えて顔色が悪くなり,落ち込んでいた。被告乙川らの本件いじめと病院での酷使がいわば雪崩的に作用して,太郎は,自殺した。

本件いじめと太郎の死亡には因果関係がある。

(被告らの主張)

被告乙川の言動と太郎の本件自殺との間には,因果関係はない。

太郎は,自殺する前日の平成14年1月23日も被告病院に出勤し,学校にも通学していた。被告乙川は,同日,太郎と一緒にパチンコをした。午後10時にパチンコ屋を出て太郎と別れた。被告乙川は,別れる際,太郎の態度に気になるようなところはなかった。その後,太郎は,太郎の彼女と会っている。しかし,たわいもない話をしただけである。彼女も,急に亡くなることは考えつかなかったと言っている。太郎の死因は不明である。

4  損害額

(原告らの主張)

原告らは,太郎の次の損害賠償請求権合計3600万円を2分の1ずつ相続した。

(1) いじめ行為に対する慰謝料 1000万円

(2) 死亡慰謝料 2600万円

(3) 合計 3600万円

(被告らの主張)

争う。

被告乙川の言動と太郎の死との間に相当因果関係はない。

第4当裁判所の認定した事実

当事者間に争いのない事実に,本件証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

1  原告ら

(1)  原告甲田一郎は,太郎の父である。原告甲田月子は,太郎の母である。原告らは,太郎の死亡によって,太郎の権利義務を2分の1の割合で相続により承継した。

(2)  太郎(昭和55年○月○日生。本件自殺当時,21歳であった。)は,平成11年3月,高校を卒業した。平成11年4月,被告との雇用契約に基づき,被告病院に就職した。

太郎は,看護助手として被告病院に勤務しながら,被告から奨学金を得て(被告病院に2年以上就業することで返済したことになる。),平成11年4月から平成13年3月まで,桶川北本伊奈地区医師会立准看護学校に通学した。准看護学校を卒業し,准看護士の資格を得た。

太郎は,平成13年4月から,准看護士として被告病院に勤務しながら,被告から奨学金を得て川越市にある川越市医師会看護専門学校に通学した。

2  被告ら

(1)  被告乙川(昭和49年○月○日生。本件自殺当時,27歳である。)は,平成5年4月から,被告病院に勤務した。平成7年3月,准看護学校を卒業した(看護学校の進学には失敗し,看護士の資格を有していない。)。被告乙川は,外来部門の准看護士として勤務しながら,平成13年5月,物品設備部門の責任者として管理課長の肩書きを得た(ただし,物品設備部門に所属する部下はなく,主に看護学生に仕事を手伝わせていた。)。

(2)  被告医療法人誠昇会は,被告病院を設置,運営する医療法人である。

被告病院は,ベッド数99床の病院であった。平成13年当時,医師数名,女性看護師が外来に十数名,病棟に約20名,男性看護師が全体で5名,その他レントゲン技師らが数名の人員を有していた。高等看護学校に通いながら勤務していたものが5名程度,准看護婦学校に通いながら勤務していたものが3名程度いた。

被告病院の看護部は,看護部長のもとに,病棟部門,外来部門及び物品設備部門の3部門に別れていた。

(3)  被告病院の男性看護師は,平成13年当時,被告乙川,B,A(昭和51年○月○日生。本件自殺当時,25歳である。),丙山三郎(昭和53年○月○日生。本件自殺当時,23歳である。),太郎の5名であった。

被告乙川は,勤務年数等から看護部門での男性職員の一番上の先輩である。太郎は,男性看護師5人の中で,一番下の後輩である。

3  太郎の勤務状態

(1)  太郎の被告病院での勤務時間は,次のとおりであった。

ア 午前8時30分(ただし,看護助手のときは,午前7時30分)から午前11時30分まで 被告病院で勤務

イ 午後1時から午後4時30分まで 学校に通学

ウ 午後5時から午後7時30分(ただし,病棟勤務の場合の終了時刻である。)まで 被告病院に戻って勤務

(2)  太郎の仕事の内容は,看護助手のときは,患者の呼出,医師の介助,機材の搬送などであった。准看護士になってからは,注射,検査等を担当した。看護学生は,被告乙川の指示で,被告病院の各部門に物品を用意することも仕事の一つであった。

(3)  太郎は,被告病院の外来部門で被告乙川と一緒に勤務していた。また,被告乙川の下で物品整備の仕事を手伝った。

4  被告病院の男性看護師は,女性の多い職場での少数派であったが,男性のみの独自な付き合いがあった。いわゆる体育会系の先輩後輩の関係と同じく,先輩の言動は絶対的なものであった。一番先輩である被告乙川が権力を握り,後輩を服従させる関係が続いていた。勤務時間が終了しても,被告乙川らの遊びに無理矢理付き合わされた。学校の試験前に朝まで飲み会に付き合わせるなどのいやがらせがあった。被告乙川の個人的な用事に使い走りさせられた。被告乙川の仕事が終わるまで帰宅が許されなかったり,被告乙川の仕事を手伝うために,事実上の残業や休日勤務を強いられたりした(被告病院は,看護学生に残業させないように指示していた。そのため,タイムカードには退出時刻を打刻させられ上(ママ)で残業を強要された。)。被告乙川の命令に従わないと,仕事の上での嫌がらせを受けた。被告乙川の指示には従わざるを得ない雰囲気であった。

そのような被告病院の男性看護師の雰囲気や被告乙川の態度は,看護学校の生徒の間でも話題になっていた。

5  被告病院に就職した太郎は,男性看護師の中で一番後輩であった。被告乙川を始めとする先輩の男性看護師らから,こき使われるなどの太郎の意思に反した種々の強要を始めとするいわゆるいじめを受けることになった。太郎が高等看護学校に入学してから,太郎に対するいじめは一層激しくなった。帰宅した太郎は,被告乙川の電話で呼び出されることがしばしばあった。看護学校の同級生で平成11年夏ころから交際を始めた太郎の彼女であったCや同じく被告病院に勤務して看護学校の同級生であったD,更に母親である原告月子らが見聞等した,太郎に対するいじめには,次のようなものがあった。

(1)  被告乙川のための買い物をさせた。具体的には,上尾まで名物の柏餅を買いに行かせたり,深夜になって,病院で使用する特殊な電池を探しに行かせたりした。

(2)  被告乙川の肩もみをさせた。

(3)  被告乙川の家の掃除をさせた。

(4)  被告乙川の車を洗車させた。

(5)  被告乙川の長男の世話をさせた。

(6)  被告乙川が風俗店へ行く際の送迎をさせた。太郎は,駐車場で待たされていた。

(7)  被告乙川が他の病院の医師の引き抜きのためにスナックに行く際,太郎に被告乙川を送迎させた。

(8)  被告乙川がパチンコをするため,勤務時間中の太郎に開店前のパチンコ屋での順番待ちをさせた。

(9)  被告乙川が購入したい馬券を後楽園まで購入しに行かせた。競馬に詳しくない太郎は,Cに馬券の買い方を相談した。

(10)  太郎が通う高等看護学校の女性を紹介するように命じ,太郎を困らせた。

(11)  ウーロン茶1缶を3000円で買わせた。

(12)  被告乙川らの遊びに付き合うため,太郎に金銭的負担を強いた。本件職員旅行に必要な飲み物等を太郎に用意させた。太郎は,飲み物等の費用約8万8000円を負担した(ビール券が用意されているが,ビール券で太郎の負担部分がゼロになるように精算された様子はうかがえない。)。

(13)  平成13年9月から平成13年10月ころ,太郎に対してのみ,他の学生は行っていない介護老人施設作りに関する署名活動をさせた(被告病院としての署名活動はすでに終了していた。)。

(14)  太郎は,勤務時間外にCと会おうとすると,被告乙川からの電話で,仕事を理由に被告病院に呼び戻されることが何度かあった。例えば,平成13年4月29日の日曜日,太郎は,Cとお台場でデートしていた。被告乙川は,太郎がデートしていることを知りながら,仕事だと言って被告病院に呼び出した。太郎は,急いで被告病院に向かった。太郎が被告病院に到着しても,被告乙川は,病院にいなかった。

(15)  被告乙川は,太郎の携帯電話の内容を勝手に覗いていた。太郎の携帯電話を使用して,Cにメールを送った(メールの内容がいつもと違うことから,Cが気付き,太郎に確認している。)。

6  平成13年秋ころになると,太郎は,中学校や高校時代の友人に対し,いじめによる辛さを訴えるようになった。太郎の悩みを聞いたCは,太郎に対し,職場を変わることができないのか尋ねた。太郎は,被告乙川に恐怖心を抱き,逃げても追いかけてくる旨答えた。

7  本件職員旅行での事件

(1)  平成13年12月15日,太郎や被告乙川を含めた43名程度の被告病院従業員は,被告病院の職員旅行として,福島県磐梯○○温泉へ1泊2日の旅行に出掛けた。

(2)  被告乙川は,2次会が終わった後で,太郎に好意を持っている事務職の女性と太郎を2人きりにして,太郎と女性に性的な行為をさせて,それを撮影しようと企てた。太郎と女性の部屋の周りには,職員が集まり,部屋の中をのぞいていた。被告乙川は,カメラを持って押入れに隠れた。

太郎は,焼酎のストレートを一気飲みし,布団に倒れた。呼吸が荒く,チアノーゼが現れた。

被告乙川らは,太郎をホテルの車でO○○病院に連れて行った。

O○○病院では,急性アルコール中毒と診断された。入院することを勧められた。太郎は,点滴を受けた後,宿泊ホテルに戻り,埼玉県へ帰宅した。

(3)  本件職員旅行での事件は,上司に報告されることはなかった。本件職員旅行以降,太郎は,落ち込んでいる様子が見られた。

8  忘年会での会話

平成13年12月29日,被告乙川,B,A,丙山,太郎ら15名程度の看護師が集まり,忘年会を行った。本件職員旅行で太郎が無呼吸状態になったことが話題になった。太郎の先輩らは,太郎に対し,「あのとき死んじゃえばよかったんだよ。馬鹿。」「専務にばれていたら俺たちどうなっていたか分からないよ。」などと発言した。太郎が何か言うと,「うるせえよ。死ねよ。」と言い返されていた。

これ以降,被告乙川らは,被告病院での仕事中においても,太郎に対し,何かあると「死ねよ。」という言葉を使うようになった。

9  電子メールの文章

(1)  平成13年12月30日,被告乙川は,太郎に対し,Aの名義で,「君のアフターは俺らのためにある。」との内容の電子メールを送った。

(2)  被告乙川は,太郎に対し,そのころ,「殺す。」という文言を含んだ電子メールを送った。

10  カラオケ店での出来事

(1)  平成14年1月12日ころ,被告乙川,A,丙山及び太郎の4名は,太郎の彼女であるCがアルバイトをしていたカラオケ店を訪れた。

(2)  カラオケ店に行く車の中で,被告乙川らが,Cから太郎にプレゼントされた帽子をライターで燃やすそぶりをして,太郎をいじめた。

(3)  アルバイトを終えたCは,被告乙川らと同席した。

被告乙川らは,辛いコロッケが1つだけ含まれているロシアンルーレット用のコロッケを注文した。4人で1つずつ食べてみたが,辛いコロッケに当たる者はいなかった。被告乙川は,太郎に対し,残ったコロッケを,口でキャッチするようにと投げつけた。太郎は,コロッケを口でキャッチできず,下に落とした。太郎が落ちたコロッケを皿に戻すと,被告乙川は,何で戻すんだと食べるように文句を言った。

(4)  被告乙川らは,Cの前で,本件職員旅行での太郎と女性職員との件を話し始めた。Aは,Cに対し,「僕たちは酔っぱらってこいつに死ね死ねと言ってましたね。僕は今でもこいつが死ねば良かったと思ってますよ。」などと話した。被告乙川は,太郎に対し,眼鏡をかけていない目を見ると死人の目を見ているようで気分が悪いから眼鏡をかけるように言った。太郎は,黙ってうつむいていた。Aは,太郎に対し,「お前は先輩に一度命を救われているんだから,これからも先輩に尽くさなきゃいけないぞ。」と話した。

(5)  被告乙川は,太郎が席をはずしたところで,太郎がまた病院を辞めたいと言ってくるだろうと発言した。Aは,「この問,太郎が病院を辞めたいと言い出した時には,本当にやばいと思いましたよ。あいつマジで悩んでましたしね。」などと言った。被告乙川らは,太郎が今度病院を辞めると第三者に相談したらどう指導するかなどと話し合っていた。

(6)  太郎とCは,被告乙川らより先にカラオケ店を出た。太郎は,Cを家に送った。Cに,様子がおかしい太郎に対し,先輩たちの指導と銘打っているものは間違っている,病院を辞めることを真剣に考えようなどと話した。話の途中,太郎は,丙山から,電話で,俺たちはどうやって帰ればいいんだと先輩を車で送迎するように強要された。太郎は,Cを待たせたまま,カラオケ店に戻り,丙山や被告乙川を家まで送った。

11  罵倒等

(1)  被告乙川らは,太郎が仕事でミスをしたとき,乱暴な言葉を使ったり,手を出したりすることがあった。被告乙川は,太郎に対し,「バカ田。何やっているんだよ。お前がだめだから俺が苦労するんだよ。」などと発言することもあった。

(2)  平成14年1月18日ころ,太郎は,からになった血液検査を出した。被告乙川にしつこく叱責された。

(3)  平成14年1月18日の被告病院の外来会議において,からの検体を出してた(ママ)りして,太郎の様子がおかしいことが話題になった。被告乙川は,その席で,太郎にやる気がない,覚える気がないなどと太郎を非難した。

12  本件自殺及びその前後

(1)  平成14年1月17日ころ,太郎は,Cとデートした帰りの車の中で,最近,看護婦にまで見捨てられてて本当にやばいんだよなどと言って涙ぐんだ。

被告乙川ら被告病院の先輩の話になった際,太郎は,Cに対し,「もし,俺が死んだら,されていたことを全部話してくれよな。」と言った。Cは,病院を辞めてしまえばよいと話した。太郎は,被告乙川が怖くてそんなことは出来ないと答えた。

(2)  太郎は,平成14年1月21日,22日及び23日と被告病院に勤務した。

(3)  平成14年1月23日夜,太郎は,Cのアルバイト先のカラオケ店でCを待った。Cは,太郎がアルバイト先まで会いに来ることが珍しかったので,どうして来たのだろうと思った。太郎は,来た理由について特に説明しなかった。Cも,太郎が自殺を考えているとは思いつかなかった。

(4)  平成14年1月24日は,太郎の勤務は休日であった。

午前11時ころ,丙山は,太郎に対し,電話で,物品がない等の太郎の仕事上のミスを怒った。太郎は,また夕方に電話をする旨言って電話を切った。

午後1時20分ころ,太郎の友人からの電話があった。太郎は,出なかった。

夕方,太郎が,自宅の2階で,電気コードで首を吊って自殺しているのが発見された。

太郎は,救急車で被告病院に運ばれた。同日午後6時47分ころ,死亡が確認された。

Cは,太郎が自殺したことを知らされ,その原因が被告乙川にあると思った。Cは,被告乙川が太郎の遺体に付きそうのを拒絶した。

(5)  被告乙川は,太郎が死亡してから,四十九日が過ぎるころまで,太郎が働いていた職場に花を供えた。被告乙川は,平成14年11月ころまで,心身症等で休職した。

以上の事実を認めることができる。

(人証略)の供述並びにその作成した陳述書には,この認定に反する部分があるが,証人C,証人D及び原告甲田月子本人の供述並びに同人らが作成した陳述書に照らして,信用できない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,太郎は,被告乙川の違法ないじめによって自殺に追い込まれたものと認められるから,原告らの被告らに対する損害賠償請求は,主文で認容する限度で理由があるものと判断する。その理由は,次のとおりである。

1  被告乙川のいじめ行為の存在

(1)  上記認定の事実関係によれば,被告乙川は,自ら又は他の男性看護師を通じて,太郎に対し,冷かし・からかい,嘲笑・悪口,他人の前で恥辱・屈辱を与える,たたくなどの暴力等の違法な本件いじめを行ったものと認められるから,民法709条に基づき,本件いじめによって太郎が被った損害を賠償する不法行為責任がある。

(2)  上記認定の事実関係の下において,被告乙川らの太郎に対する言動が,被告らが主張するような悪ふざけや職場の先輩のちょっと度を超した言動であったと認めることは到底できない。

2  被告誠昇会の債務不履行の有無

(1)  被告誠昇会は,太郎に対し,雇用契約に基づき,信義則上,労務を提供する過程において,太郎の生命及び身体を危険から保護するように安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解される。具体的には,職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して,太郎の生命及び身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められる。

(2)  これを本件についてみれば,被告乙川らの後輩に対する職場でのいじめは従前から続いていたこと,太郎に対するいじめは3年近くに及んでいること,本件職員旅行の出来事や外来会議でのやり取りは雇い主である被告誠昇会も認識が可能であったことなど上記認定の事実関係の下において,被告誠昇会は,被告乙川らの太郎に対する本件いじめを認識することが可能であったにもかかわらず,これを認識していじめを防止する措置を採らなかった安全配慮義務違反の債務不履行があったと認めることができる。

(3)  したがって,被告誠昇会は,民法415条に基づき,上記安全配慮義務違反の債務不履行によって太郎が被った損害を賠償する責任がある。

3  本件いじめと本件自殺の因果関係

上記認定のとおり,被告乙川らの太郎に対するいじめはしつよう・長期間にわたり,平成13年後半からはその態様も悪質になっていたこと,平成13年12月ころから,被告乙川らは,太郎に対し,「死ねよ。」と死を直接連想させる言葉を浴びせていること,太郎も,Cに対し,自分が死んだときのことを話題にしていること,更に,他に太郎が本件自殺を図るような原因は何ら見当たらないことに照らせば,太郎は,被告乙川らのいじめを原因に自殺をした,すなわち,本件いじめと本件自殺との間には事実的因果関係がある,と認めるのが相当である。

4  損害額

(1)  本件いじめと太郎の本件自殺との間に事実的因果関係が認められることは,すでに認定説示したところである。

しかしながら,いじめによる結果が必然的に自殺に結びつくものでないことも経験則上明らかである。したがって,いじめを原因とする自殺による死亡は,特別損害として予見可能性のある場合に,損害賠償義務者は,死亡との結果について損害賠償義務を負うと解すべきである。

(2)  被告乙川の賠償額1000万円

ア 被告乙川らの太郎に対するいじめは,長期間にわたり,しつように行われていたこと,太郎に対して「死ねよ。」との言葉が浴びせられていたこと,被告乙川は,太郎の勤務状態・心身の状況を認識していたことなどに照らせば,被告乙川は,太郎が自殺を図るかもしれないことを予見することは可能であったと認めるのが相当である。

被告乙川は,太郎が本件自殺によって死亡したことについて,損害賠償義務を負うと認められる。

イ 上記認定の被告乙川らのいじめの態様,特にしつように長期間に及んでいること,太郎は,21歳の若さで自殺に追い込まれたこと,他方,いじめに対する対処方法は自殺が唯一の解決方法ではなく,自殺を選択したのは太郎の内心的要因による意思的行動である面も否定できないこと,被告乙川も,「死ね。」との発言はあるが,実際に太郎の自殺を予見していたとは認められないことなど諸般の事情を考慮すれば,太郎に対する本件いじめ及びそれによって太郎が自殺したことよ(ママ)って太郎が被った精神的苦痛を慰謝する金額は,1000万円をもって相当と認める。

ウ したがって,太郎の地位を相続した原告らは,被告乙川に対し,それぞれ損害賠償金500万円及びこれに対する不法行為の日以後で訴状送達の日の翌日である平成15年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

(3)  被告誠昇会の賠償額 500万円

ア 上記認定の事実関係の下において,被告誠昇会が被告乙川らの行った本件いじめの内容やその深刻さを具体的に認識していたとは認められないし,いじめと自殺との関係から,被告誠昇会は,太郎が自殺するかもしれないことについて予見可能であったとまでは認めがたい。

被告誠昇会は,本件いじめを防止できなかったことによって太郎が被った損害について賠償する責任はあるが,太郎が死亡したことによる損害については賠償責任がない。

イ 太郎が本件いじめによって被った精神的苦痛を慰謝する金額は,上記認定の事実経過等諸般の事情を考慮して,500万円を相当と認める。

ウ したがって,太郎の地位を相続した原告らは,被告誠昇会に対し,それぞれ損害賠償金250万円及びこれに対する請求日である訴状送達の日の翌日である平成15年4月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる(被告誠昇会の損害賠償債務と被告乙川の損害賠償債務とは,500万円の範囲で不真正連帯の関係にある。)。

第6結論

よって,原告らの本訴請求は,上記認定・説示の範囲で認容し,原告らの被告らに対するその余の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 合田智子 裁判官 小池将和)

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