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さいたま地方裁判所 平成15年(行ウ)16号 判決 2006年2月22日

原告

X1

(ほか4名)

原告ら訴訟代理人弁護士

金〓和夫

石川滋彦

志村信太郎

被告

川本町長訴訟承継人 深谷市長 新井家光

同訴訟代理人弁護士

苦田文一

柘植一郎

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  争点1(本件補償契約及び本件各変更契約は自己契約(民法108条)に当たり無効かどうか)について

(1)  民法108条本文は、自分が当事者となる契約について、相手方の代理人となるいわゆる自己契約を禁じている。普通地方公共団体の長が普通地方公共団体を代表して行う契約締結行為であっても、自己が当事者となる場合には、私人間における契約と同様に、普通地方公共団体の利益が害されるおそれがある。そこで、普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約の締結についても、民法108条を類推適用されると解するのが相当である。しかし、普通地方公共団体の長が普通地方公共団体を代表するとともに長個人が相手方どなって契約を締結した場合であっても、同法116条が類推適用され、議会が長による上記自己契約を追認したときは、同条の類推適用により、議会の意思に沿って普通地方公共団体に法律効果が帰属するものと解するのが相当である(最高裁平成16年7月13日判決・58巻5号1368頁参照)。

(2)ア  これを本件についてみると、本件補償契約及び本件各変更契約は、川本町を代表して川本町長として小川が川本町を代表して個人としての小川と契約を締結したものであるから、上記各契約は、小川の自己契約に当たるものというべきである。

イ  しかしながら、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下のような議会の議決が行われたものと認められる。

(ア) 川本町から小川に対して支払うべき補償費を含む川本町平成12年度予算について、平成12年川本町議会第3回定例会において賛成多数で議決された(〔証拠略〕)。

(イ) 本件都市計画街路事業を含む土木費予算にかかる繰越明許費を含んだ川本町平成12年度補正予算について、平成13年川本町議会第2回定例会において全員一致で議決された(〔証拠略〕)。

(ウ) 川本町から小川に対し平成12年に支払われた補償費を含む川本町平成12年度決算について、平成13年川本町議会第5回定例会において賛成多数で議決された(〔証拠略〕)。

(エ) 川本町から小川に対し平成13年に支払われた補償費を含む川本町平成13年度決算について、平成14年川本町議会第5回定例会において賛成多数で議決された(〔証拠略〕)。

ウ  前記のように、本件補償契約(本件各変更契約を含む。)は、本件都市計画街路事業における用地買収の一環として行われたものであり、建物等の移転補償の積算は、後に認定のように県内市町村で一般に用いられている損失補償基準(〔証拠略〕)に沿って行われたものと認められる。そして、本件都市計画街路事業自体は各議員もそれなりの知識を有していたことは優に窺われるし、道路拡幅となれば、それに伴う用地買収、物件移転のために多額の予算を要することは容易に予想できるところであり、本件都市計画街路事業に係る予算審議の過程で、どの範囲の土地が買収され、それに伴う物件移転費用についても概略の説明は議会(少なくとも当該事業に関係した各委員会。例えば予算を所管する総務常任委員会等)になされたと推認し得る。そうすると、そうした審議の過程で当時の町長である小川所有の土地建物についても買収や移転補償がなされることは議会においても把握していたとみるほかはないが、上記の予算、決算の審議の過程で自己契約の点が問題にされた形跡はない。そうすると、議会としては、本件都市計画街路事業に関し、本件補償契約を前提とした予算措置や決算を全体として承認し、本件補償契約等の効力が川本町に帰属することを認める意思であったと認定するのが相当である。

(3)  以上に鑑みれば、本件補償契約及び本件各変更契約については議会の追認があったとみるのが相当であり、したがって、本件補償契約及び本件各変更契約が自己契約であるから無効である旨主張する原告らの主張は採用することはできない。

2  争点2(本件補償契約は過大又は架空の見積りがなされた違法なものかどうか)について

(1)  憲法29条3項は「私有財産は正当な補償のもとに、これを公共のために用いることができる。」と規定し、これを受けて、土地収用法により土地収用制度が具体化されている。そして、同法71条等は、補償金の額について「相当な価格」等と定めているが、これは通常人の経験則及び社会通念に従って、客観的に認定され得るものであり、かつ、認定すべきものであるとされている(最高裁平成9年1月28日判決・民集51巻1号147頁参照)。

しかしながら、本件のように、地方公共団体と私人とが私法上の契約を任意に締結するような場合においては、上記のような土地収用法に基づく収用委員会の裁決による場合と異にし、そこにはおのずから契約自由の原則が妥当し、当事者間の合意によって契約内容が定められるものであるから、必ずしも土地収用法等に基づき客観的に認定された補償金の額と一致しなければならないというものではなく、地方公共団体と私人との契約における物件補償契約の補償金の額等の契約内容については地方公共団体の長の一定の裁量に委ねられているものといわざるを得ない。

もっとも、地方公共団体は、その事務を処理するに当たっては、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(地方自治法2条14項)、地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないとされている(地方財政法4条1項)。そして、土地の収用、使用等事業に関する損失については、国において公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定、平成14年7月2日閣議決定前のもの。以下同じ。)が定められ、埼玉県においても埼玉県の土木事業の施行に伴う損失補償基準(平成11年3月26日制定、平成16年4月1日廃止後は、埼玉県県土整備部・都市整備部の公共用地の取得に伴う損失補償基準)等が定められている。上記要綱、基準等は、各事業者間において、損失補償の項目や内容等について統一された補償を確保し、事業の円滑な遂行と損失の適正な補償の確保を図ることを目的として定められたものであり、任意交渉の結果私法上の契約により補償がなされる場合であっても強制収用の場合と比較して補償の内容・程度に差異があることは、公平の観点からも相当ではない。

とすれば、地方公共団体が私人と契約によって補償をなす場合であっても、上記基準等に照らし、全く不必要な補償をなしたり、通常人の経験則及び社会通念に従って客観的に認定され得る補償内容と比較して明らかに不合理な内容の補償をしたような場合には、その補償契約は長の裁量を逸脱し、違法な財務会計行為となると考えられる。

そこで、本件補償契約において長の裁量を逸脱があったかどうか以下検討する。

(2)  本件補償契約は、本件各土地上に存する建物等を移転することについて補償金を支払うことを内容とするものであるが、補償の対象となる移転料は、建物等の物件を解体あるいは撤去し、これを他の場所に運搬し、従来の使用の目的に供することができるまでに要する費用というべきであり、建物等を通常妥当と認められる移転先に、通常妥当と認められる移転方法によって移転するのに要する費用を補償すべきであり、その移転先及び移転方法は物件所有者の主観的事情によらず、社会通念に照らし、客観的にみて合理的かつ妥当な場所及び方法を選定すべきであると解される(公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱24条、埼玉県の土木事業の施行に伴う損失補償基準28条参照)。

そこで、上記観点から本件補償契約における川本町長の裁量の逸脱の有無を検討する。

ア  <1>(本件軽量鉄骨作業所の基礎工事費用)、<2>(本件軽量鉄骨作業所の解体工事費用)について

(ア) 本件軽量鉄骨作業所の基礎工事、解体工事の費用について、被告は、本件軽量鉄骨作業所の基礎部分が不可視であるから、標準書統計数量を用い、推計による数値をもとに算定すべきとし(別紙3「被告算定計算書」及びその添付工事内訳明細書No.6、7、15参照)、原告らは、本件軽量鉄骨作業所の基礎部分は不可視ではなく、独立基礎であることを前提に算定すべきであると主張している。

(イ) 〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

a 本件軽量鉄骨作業所は、昭和42年ころ、養蚕及び農機具保管の目的で設置されたが、昭和55、56年ころ車庫、倉庫、農業作業所を兼ねた多目的施設として改築された。

b 本件軽量鉄骨作業所は、軽量鉄骨造りの平屋建てで、延べ床面積・建築面積は134.31m2であった。

c 本件補償契約当時、本件軽量鉄骨作業所は、土間コンクリートが一面に敷かれており、補償積算事務を委託された昭和株式会社は、本件軽量鉄骨作業所の土間コンクリートの下の基礎が確認できなかったため、統計数量値を用いて本件軽量鉄骨作業所の基礎工事及び解体工事の費用を算定することとした。

具体的には、不可視部分がある部分の積算について、埼玉県土木部用地課監修の用地事務実務便覧・基準要綱編192頁(〔証拠略〕)の非木造建物調査算定要領5条1項では「既存図を利用して行うものとする。ただし、関東地区用地対策連絡協議会発行の標準書統計数量により計算する場合には、当該不可視部分の調査は不要とする。」と定められており、同協議会発行の損失補償算定標準書(算定要領及び歩掛編)平成9年度改訂版129頁(〔証拠略〕)に、次のとおり建物の構造別、階層別、用途別に床面積1m2当たりの根切、砂利、捨てコンクリート等の数量が定められていたので、これを用いることとした。

本件の場合の工事数量は、「軽量鉄骨造」、「階層1」、「工場・倉庫」の欄の数値が当てはまり、これによれば、基礎工事に係る数量は、

再築工事に関し

根切り 134.31m2×0.4=53.72m3

砕石敷き 134.31m2×0.094=12.63m3

捨てコンクリート 134.31m2×0.015=2.01m3

基礎コンクリート 134.31m2×0.102=13.70m3

基礎型枠 13.70m3×6.75=92.48m2

鉄筋 13.70m3×0.114=1.56t

解体工事に関し

根切り 38.01m3=上記根切り53.72m3-(基礎コンクリート13.70m3+捨てコンクリート2.01m3)

埋め戻し 同上

基礎解体 15.71m3=13.70m3+2.01m3(捨てコンクリート)

等となった(これは別紙3「被告算定計算書」添付工事内訳明細書No.6、7、15に記載された数値と一致する。)。

構造 軽量鉄骨造(LGS造)

区分 肉厚4mm未満のもの

階層 工種 単位 専用住宅 共同住宅 店舗・事務所 工場・倉庫 車庫 備考

1 根切 1階床面積 m3  0.48 0.48 0.47 0.40 0.40

砂利・割石敷 〃 m3  0.081 0.081 0.081 0.094 0.094

捨てコンクリート 〃 m3  0.020 0.020 0.018 0.015 0.015

基礎コンクリート 〃 m3  0.120 0.120 0.110 0.102 0.102

型枠 基礎コンクリート m2  8.90 8.90 7.75 6.75 4.91

鉄筋 〃 t 0.121 0.121 0.116 0.114 0.114

2 根切 1階床面積 m3  0.58 0.58 0.56 0.48

砂利・割石敷 〃 m3  0.097 0.097 0.097 0.113

捨てコンクリート 〃 m3  0.024 0.24 0.022 0.018

基礎コンクリート 〃 m3  0.144 0.144 0.132 0.122

型枠 基礎コンクリート m2  8.46 8.46 7.36 6.41

鉄筋 〃 t 0.121 0.121 0.116 0.114

3  根切 1階床面積 m3  0.72 0.72 0.71

砂利・割石敷 〃 m3  0.122 0.122 0.122

捨てコンクリート 〃 m3  0.030 0.030 0.027

基礎コンクリート 〃 m3  0.180 0.180 0.165

型枠 基礎コンクリート m2  7.57 7.57 6.59

鉄筋 〃 t 0.121 0.121 0.116

(ウ) そこで、検討すると、本件軽量鉄骨作業所の土間には一面コンクリートが敷かれていたから、積算に当たった昭和株式会社においてその基礎を不可視としたことは無理からぬ事情があったというべきである。すなわち、その基礎を正確に調査するには土間コンクリートの一部剥離や破壊を行わなければならず、仮にそうした作業をしても、本件軽量鉄骨作業所は前記のように昭和55、56年ころに改築がされているから基礎の補強・増強がされている可能性もあり、結局正確に建物の基礎の種別を把握することは困難である。このような場合、一般的な同種建物の統計数値を用いて建物移転料の積算をすることは不合理とはいえない。そうすると、本件軽量鉄骨作業所の基礎部分が不可視であるとして、乙11の1階建て・軽量鉄骨造・工場倉庫の統計数値を用いて本件軽量鉄骨作業所の移転料(解体工事を含む。)を積算した被告の措置を不合理ということはできない。

原告らは、本件軽量鉄骨作業所と同時期ころ(昭和30年から40年ころ)に建築された同種の建物は独立基礎であったことや建物外部の植物が建物内に入り込んでいることからすれば、本件軽量鉄骨作業所が独立基礎であるとみるべきと主張する。しかし、本件軽量鉄骨作業所は昭和55、56年ころに改築されており、その改築の内容は不明であるが、新たな基礎を敷設した可能性もあり、昭和30年から40年の同種の建物について独立基礎であるケースが多かったとしても本件補償契約当時本件軽量鉄骨作業所が独立基礎であることが明確であったとまでは認められないし、また、植物がどこから生えてどこから本件軽量鉄骨作業所内部に入り込んでいるかは本件証拠の写真(〔証拠略〕)からはにわかに判別し難く、本件軽量鉄骨作業所の内部において植物が自生していることを根拠として直ちに本件軽量鉄骨作業所が独立基礎であったと認めることはできない。

また、原告らは、仮に本件軽量鉄骨作業所の再築に当たって布基礎を前提に計算した場合にも、基礎の大きさは〔証拠略〕にあるとおり、幅110、地上高240、地中深210、捨てコンクリート50、割栗120各mmの連続フーチング基礎で十分であり、その総延長は49mと計算され、原告ら準備書面4の別紙3―4裏の「布コンクリート基礎係数歩掛例」に記載の、上記基礎を用いた場合の根切、埋戻し、捨てコンクリート、砕石下、基礎コンクリート、基礎型枠などの係数を乗ずると、根切りは13.26m3、砕石敷きは1.83m3、捨てコンクリートは0.77m3、基礎コンクリートは2.44m3、基礎型枠は44.22m2となり、これで積算すべきであると主張する。

しかし、本件補償契約を締結した当時、本件軽量鉄骨作業所の基礎の構造、種別が明らかでなかったことは前記のとおりである(原告らが主張するような独立基礎の可能性もあったが、べた基礎や布基礎等の可能性も皆無ではなかった。)。また、本件軽量鉄骨作業所の解体及び再築の補償積算に当たり、原告らが主張しているように、甲22に示されるような大きさ、延長の布基礎で十分という事情は本件証拠上明らかでない。結局、建物の基礎の位置や大きさ、総コンクリート量などが明確でない状況の下で、本件軽量鉄骨作業所の解体及び再築工事の積算に当たり、平均統計値による積算を用いた被告の措置は不合理とはいえず、原告らの前記主張は採用できないというべきである。

イ  <3>(本件軽量鉄骨作業所の再築工事の不用土処分費用)について

被告は、本件軽量鉄骨作業所の再築工事の土工・地業の不用土処分として58.35m3を基礎にその費用を計算すべき(別紙3及びその添付工事内訳明細書No.6参照)とし、原告らは、不用土処分として18.73m3を基礎にその費用を計算すべきと主張する。

これを詳細に検討すると、被告の計算は、「不用土=(根切り-埋戻し)+すき取り面積×0.3-砕石敷き(土間下)」という計算によるものであり、これを別紙3「被告算定計算書」添付工事内訳明細書No.6にあてはめると、「不用土58.35m3=(根切り53.72m3-埋戻し25.39m3)+すき取り面積150.08m2×0.3m-砕石敷き(土間下)15.01m3」となっていることが認められる。

これに対し、原告らの不用土の計算は、根切り13.26m3-埋戻し9.54m3=3.72m3に、建物内にコンクリートを打つ際に下砂利10cmを入れる分のすき取りにより生じた土量15.01m3を加えた18.73m3というものである。

これを対比すると、そもそも計算の前提とすべき根切り、埋め戻し(その計算は根切り-基礎コンクリート)の量が原告らと被告とで異なっているところ、被告の採用した統計数値による根切り数値や基礎コンクリートの数値が不合理とはいえないことは、既に認定したとおりである。また、被告の不用土の計算において面積150.08m2、深さ30cmのすき取り量から砕石敷き15.01m3を控除した約30m3を加算した点も不合理な点はない。そうすると、被告の不用土の計算過程に不合理な点はなく、この点の原告らの主張も採用できない。

なお、原告らは、本件軽量鉄骨作業所の移転地は、本件鉄骨ビニールハウスがあった土地であり、本件鉄骨ビニールハウスの補償により整地されているから、本件軽量鉄骨作業所の再築工事の費用としては上記整地費用を重複して計上する必要はない旨主張する。

しかし、建物の移転料は、当該建物を通常妥当と認められる移転先に、通常妥当と認められる移転方法によって移転するのに要する費用を補償すべきであるから、本件軽量鉄骨作業所のように、建物を移転するに際し、移転前の土地上の建物を解体し、移転後の土地上に当該建物を再築する場合であっても、再築に関する費用は、移転する当該建物を基準として上記費用を原則として当該建物ごとに費用を算出すべきである。

そして、本件鉄骨ビニールハウスの見積りにおいて、本件鉄骨ビニールハウスの解体について本件軽量鉄骨作業所の再築に影響し得る整地に関する費用が計上されているとは認められず(〔証拠略〕)、原告らの主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

そうすると、この点の原告らの主張も採用できない。

ウ  <4>(本件軽量鉄骨作業所の解体工事の防災シートの費用)について

原告らは、建築基準法施行令136条の2の17(当時)によれば、本件軽量鉄骨作業所について防災シートの使用は義務付けられておらず、また、近隣住民及び小川個人にとっても防災シートを使用する必要はなかったから、その費用は補償金の額に含めることは不当である旨主張する。

一般的に、損失補償は、通常受ける損失を補償するものとされ(土地収用法88条、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱43条等参照)、客観的社会的にみて収用の際に被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失を補償すべきと考えられている(最高裁昭和63年1月21日判決・判例時報1270号67頁参照)。

そして、〔証拠略〕及び証人Aの証言によれば、一般に解体工事の際に防災シート費用を補償の対象とすべきものと認められるところ、本件軽量鉄骨作業所の解体工事において防災シートを全く使用する必要がないとか、防災シートを使用することが無意味であることなどを窺わせる事情もない。

なお、建築基準法施行令136条の2の17は、一定の建築物について板塀その他の仮囲いを設けなければならないと義務付けているにすぎず、その他の建築物について防災シート等の工事による危害防止の措置を講ずる必要がないと定めているものとまで解することはできない。

そうすると、本件軽量鉄骨作業所の移転に際し、防災シートは通常用いられるものというべきであるから、通常受ける損失として補償を要するものであり、防災シートの費用を補償金の額に加えることについて不合理な点があるとはいえず、この点の原告らの主張は採用できない。

エ  <5>(本件コンクリート叩きAの費用)について

(ア)  原告らは、本件コンクリート叩きAについて、そもそも補償する必要はなかったものである旨主張する。

(イ)  そして、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

a 本件補償契約における物件の移転については、具体的には、別紙1図面<イ>の本件鉄骨ビニールハウスを西方約50mにある小川の別の所有地に移転し、上記本件鉄骨ビニールハウスの跡地に別紙1図面<ア>の本件軽量鉄骨作業所を移転するというものであった(別紙1、2各図面参照)。

そして、本件補償契約による上記移転が行われる前は、別紙1図面<イ>の本件鉄骨ビニールハウスとその東側の生け垣との間は約1.4mあった。

b その後、本件補償契約に基づき本件鉄骨ビニールハウス及び本件軽量鉄骨作業所等の移転工事が行われたが、実際には本件軽量鉄骨作業所は東側の生け垣ぎりぎりに接するような位置に移転された。

そして、本件コンクリート叩きAは撤去されず、従前通りの位置に残されたままとなった。

(ウ)  そこで、本件コンクリート叩きAの補償の要否を検討すると、これまで述べたように、補償の対象となる移転料は、建物等の物件を解体あるいは撤去し、これを他の場所に運搬し、従来の使用の目的に供することができるまでに要する費用というべきであり、建物等を通常妥当と認められる移転先に、通常妥当と認められる移転方法によって移転するのに要する費用を補償すべきであり、その移転先及び移転方法は物件所有者の主観的事情によらず、社会通念に照らし、客観的にみて合理的かつ妥当な場所及び方法を選定すべきであると解される。

そして、前記認定事実によれば、本件補償契約以前は、別紙1図面<イ>の本件鉄骨ビニールハウスの東側約1.4mのところには生け垣が存在していたものであり、本件軽量鉄骨作業所を移転した場合に上記生け垣との距離を同様に約1.4mとって移転すると、別紙2図面の<ア>の位置に本件軽量鉄骨作業所が移転されることになるものと認められ、本件軽量鉄骨作業所の移転に際しては上記生け垣が存在する以上、それと一定の距離を保った上で移転することが客観的にみて合理的であるといえる。

そうすると、本件補償契約当時本件軽量鉄骨作業所を別紙2図面の<ア>の位置に移転することが客観的にみて合理的であるといえるから、本件軽量鉄骨作業所の上記移転先の一部と重なる位置に存する本件コンクリート叩きA(別紙2図面参照)についても撤去ないし移転による補償が必要というべきであって、本件コンクリート叩きAの補償を必要として算定した被告の算定方法に不合理な点はないというべきである。

なお、本件コンクリート叩きAは結果的に移転されなかったものであるが、本件軽量鉄骨作業所は生け垣ぎりぎりに接するような位置に移転したために、結果的に本件コンクリート叩きAを移転させずに済んだというにすぎず、本件軽量鉄骨作業所を生け垣ぎりぎりに移転することを当初から予定することは客観的に合理的とはいい難い。

したがって、本件コンクリート叩きAの補償を要するとして算定した被告の算定を不合理ということはできず、本件コンクリート叩きAの補償は不要であるとする原告らの主張は採用できない。

オ  <6>(本件堀井戸の費用)について

(ア)  被告は、本件堀井戸に関する補償額について堀井戸の深さが10mであることを基礎として算定しているところ、原告らは、本件堀井戸はそもそも移転する必要がなかったものであるから補償は不要であり、仮に補償が必要であるとしても本件堀井戸の深さを5mとして算定すべきであると主張する。

(イ)  〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

a 本件堀井戸のある土地は、もともと小用が土地改良事業による換地により取得したものであり、本件堀井戸は小川の前所有者の時代から存在した。

本件補償契約締結当時、本件堀井戸は、揚水用のポンプが設置されており、ふたが2重になっており、上のふたは開いていたが中のふたはコンクリートで固めた状態にあった。

b a株式会社のBは、本件堀井戸の設計図がなかったため、小川の妻に堀井戸の深さを聞いたところ、小構の妻は分からないと答えた。

そこで、Bは、小川の妻に対し、本件各土地の前所有者(C)に電話をかけて聞いてもらうように依頼したため、小川の妻が前所有者に電話をかけた。そして、小川の妻は、Bに対し、「前所有者は正確に測ったことはないが10mくらいと思うと言っていた。」と述べた。

c a株式会社のBは、前所有者の上記回答を小川の妻から聞き、それに基づき本件堀井戸の深さを10mとして補償金の額を算定した。

すなわち、県内市町村で補償積算に一般的に用いられている埼玉県土本部用地課監修「用地事務実務便覧 基準要綱編」(平成12年3月版)の192頁非木造建物調査算定要領(〔証拠略〕)の第5条には、「第1項 不可視部分の調査については、既存図を利用して調査を行うものとする。(後略)。第2項 前項の調査において、当該建物の既存図がない場合・・・においては、所有者、設計者又は施行者からの聞き込み等の方法により調査を行うものとする。」とされており、堀井戸は建物ではないが、これまでBは堀井戸についても既存図がないときは、上記の規定に従い聞き込みなどにより得られた情報を元に井戸の深さを推定しており、本件の場合にも上記聞き込みなどから、深さを10mあるものとしてその移設と解体の費用として合計139万8810円を積算した。

d 平成15年5月ころ、原告らが測定したところでは、本件各土地から約150m以内に存在する4つの井戸の深さはいずれも5mに満たないものであった。

(ウ)  そこで、まず、本件堀井戸の補償の要否についてみると、本件堀井戸は別紙1図面の<8>に存在していたものであり、本件軽量鉄骨作業所が別紙2図面の<ア>の位置に移転した場合には、本件軽量鉄骨作業所の上記移転先の一部と本件堀井戸が重なることとなる(別紙2図面参照)から、本件堀井戸の補償を要するものとして補償額を算定した点について不合理な点がないことは、上記エの本件コンクリート叩きAの場合と同様である。

(エ)  次に、本件堀井戸の補償額についてみると、本件補償契約当時、本件堀井戸は、ふたが2重になっており、中のふたがコンクリートで固められた状態にあり、その深さを調査するには剥離又は破壊を伴わざるを得ず、また、本件堀井戸の図面等も存在しなかったこと等から、川本町から本件各土地の調査、補償積算の委託を受けたa株式会社のBは、小川の妻を通じて聞いた前所有者の話に基づいて、本件堀井戸の深さを10mとみて補償金の額を算定したものであり、それ自体は積算の手法として許容されることであり、不合理とまでいうことはできない。

もっとも、原告X1は、本件訴訟の尋問において、概ね、「平成16年ころ、本件各土地の前所有者から井戸の深さについて、『前に井戸を掘った人の話によると、土管が2尺60cmで、それが6本入っているので3m60cmあり、その下に40cmか50cmの木が組んであるから、約4mくらいである。』旨聞いた。」旨供述している。

そして、原告X1が前所有者から聞いたという話の内容は本件堀井戸の深さを約4mくらいとする具体的根拠を述べており、本件堀井戸の周辺の他の4つの井戸の深さは概ね5m未満と認められることも考慮すると、本件堀井戸は、本件補償契約当時深さが5m未満であった可能性も否定できない。

そして、堀井戸の補償額は井戸の深さにより金額に大きな差が生ずるものであり、補償の原資は税金であることに思いを致すと、積算に当たったBやこれを受けた被告において、単に小川の妻を介しての聞き取りだけでなく、もう少し他の資料をも集めて慎重に本件堀井戸の深さを推定すべきではなかったかと感じられる面があることは否めない。

しかしながら、一方、本件堀井戸の深さは現在でも客観的には明らかでなく、補償積算は可能な限り迅速かつ安価な方法によることが要請されること、本件堀井戸は、補償契約締結当時、所有者である小川宅において揚水用のポンプを用いて利用していたからこれのふたを破壊しての測定などは相当とは考えられない状況であったこと、本件堀井戸周辺の他の井戸の深さを実地に調査することは費用も時間もかかり必ずしも常に要請されるものとはいえないこと等を考慮すると、Bの採用したやり方は建物や井戸等に不可視部分があった場合のやり方の許容範囲内と認めるのが相当であって、これをもって被告が補償積算に関する裁量権を逸脱したとか濫用したとかいうことはできず、違法であるとまではいうことができない。したがって、この点の原告らの主張も採用できないというべきである。

なお、原告X1は、本件各土地の前所有者であるCに小川の妻から井戸の深さを聞かれたかと問い合わせたところ、そのような問い合わせをされたことはないという返答を受けた旨供述する。しかし、Bは、井戸の深さを小川の妻に尋ねる過程で小川の妻に前所有者に井戸の深さを問い合わせるよう依頼したところ、小川の妻が前所有者に電話している場面には立ち会っていないが小川の妻から前記のような回答を受けた旨明確に証言しており、Cが原告X1からどのような問い合わせを受けどのような返答をしたか本件証拠上明確でなく、Cの記憶違い等の可能性もあるから、原告X1の前記供述は当裁判所の前記判断を左右するものではない。

カ  <7>(移転雑費のうちの就業損失補償費用)について

(ア)  別紙3(被告算定計算書)の添付「移転雑費補償額算定書」によれば、就業補償として4.5日分×1万9300円(労働賃金)=8万6850円が、就業できないことにより通常生ずる損失補償として計上されていることが認められる。

そして、被告の積算は、弁論の全趣旨によれば、埼玉県の土木事業の施行に伴う損失補償基準(県基準)やその元となった「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和38年10月12日用地対策連絡会決定。以下「国基準」ということがある。)の各37条によるもので、建物等の所有者が就業できない場合とは、これらの者が移転先選定、移転前後の動産の整理、法令上の手続、移転工事監督その他の事由のため就業できなくなる場合をいうものであること、その損失額の算定は、「当該地域における平均的な賃金額(日額)×国基準や県基準で定める各建物の種別ごとの競業不能補償日数(工作物の場合であれば5日以内)」により積算されたことが認められ、被告の積算に不合理な点は見受けられない(以上につき国土交通省総合政策局国土環境・調整課監修「用地補償ハンドブック」第2次改訂増補版・ぎょうせい・88頁以下参照)。

(イ)  原告らは、移転雑費のうち就業損失補償について、被補償者は町長の地位にあるから就業不能になるとは認定し得ないから、その補償は必要ない旨主張する。

しかしながら、移転雑費のうち就業補償とは、建物等を移転する場合、移転先の選定、移転前後の動産の整理、移転工事の監督、法令上の手続等により客観的にみて就業ができないことにより通常生ずるとみられる損失の補償をするもので、当該所有者等が実際に就業不能となるかどうか、当該所有者等が就業しない場合に減収となるかどうかなどの事情を勘案することまで要しないと解される。

そして、本件においては、本件補償契約に基づく本件軽量鉄骨作業所等の移転に伴い通常必要とされる就業損失を考慮して算定すべきであるから、小川が建物等移転に関して川本町長としての職務が実際に不能となるかどうかや報酬を実際に受け取れるかどうかまでは勘案することを要しないというべきである(実際にも建物等移転に伴う立会いや法令上の手続に関し小川本人が立ち会わない場合でも、これに変わるものとして家族や代理人を必要とする場合があることは容易に想定されるところである。)。

そうすると、被補償者が川本町長の職にあったことから就業損失補償を要しないとする原告らの主張は採用できない。

キ  <8>(本件鉄骨ビニールハウスの費用)について

(ア)  被告は、b工業とc産業の見積書を根拠として本件鉄骨ビニールハウスに関する補償額は388万5000円である(〔証拠略〕)とし、原告らは、d農芸株式会社(以下「d農芸」という。)と株式会社e(以下「e社」という。)の見積書を根拠として本件鉄骨ビニールハウスに関する補償額は232万9950円である(〔証拠略〕)と主張する。

(イ)  そして、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

a a株式会社のBは、本件鉄骨ビニールハウスが補償の基準上、単価が当てはまらないものであったため、見積りを行って補償することとした。

そして、a株式会社は、電話帳やインターネットを利用し、見積りを依頼した経験のある者の意見も聞いて、上記見積りを行う業者として、c産業及びb工業を選定し、電話でその見積りを依頼し、その後、両社に対し、平面図や積算に必要な本件鉄骨ビニールハウスの図面等を送付した。

その後、本件鉄骨ビニールハウスの移設工事について、b工業は417万5000円と見積もり、c産業は388万5000円と見積もり、それぞれ川本町宛の見積書を作成し、a株式会社に提出した。なお、両社は、上記見積書の作成について報酬は受け取っていない。

b 原告X1は、d農芸及びe社に対し、本件鉄骨ビニールハウスと同時期に造られた建物の写真を所持した上で、間取り等を説明し、その見積りを依頼した。

d農芸は、温室新築工事について180万4950円、e社は、農業用作業所解体工事について78万7500円、鉄骨ビニールハウス解体工事について52万5000円、鉄骨ビニールハウス新築工事について179万5500円と見積もり、それぞれ平成15年3月ころ見積書を作成して原告X1に提出した。なお、両社は、上記見積書の作成について報酬は受け取っていない。

(ウ)  そこで、本件鉄骨ビニールハウスの補償額についてみると、a株式会社のBは、本件鉄骨ビニールハウスの見積りについてc産業及びb工業を選定したものであるところ、Bは経験者の意見も聞いた上で補償業務管理士としての経験に基づきc産業及びb工業を適切な見積業者として選定したものと推認される。そして、両社は本件に関する平面図等必要書類を資料として見積りを行っており、また、a株式会社も両社からの2つの見積書を比較検討して結果的に低額のc産業の見積りを根拠としてその額を算定したというのであるから、その算定過程に不合理な点があったとは認められない。

原告らは、被告が根拠としたc産業及びb工業の見積書(〔証拠略〕)は同一の筆跡で作成されていること、両見積書には見積日、有効期限、見積担当者名などの記載が欠け極めて不完全なものであること等から両見積書は信用できないと主張する。

しかしながら、証拠上両者の見積書(〔証拠略〕)が同一の筆跡とまではいいきれない。また、両見積書の見積日、有効期限、見積担当者名などの記載が欠けていることについては、そのことだけで見積書の内容自体の信用性を失わせるものとまではいえない。

一方、原告らが依頼したd農芸及びe社の見積りについては、両社は本件鉄骨ビニールハウスと同時期に造られた建物の写真や間取り等を資料として見積りを行ったものであるから、本件鉄骨ビニールハウスとその建物の現況等を異にすることは明らかである。また、両見積書は平成15年3月ころに作成されたものであるが本件補償契約当時(平成13年2月)と補償の基準が変化している可能性もある。これらを考慮すると、d農芸及びe社の両見積書の存在をもってc産業及びb工業の見積書の信用性を否定することはできない。

なお、原告X1の尋問によれば、c産業は平成15年ころは〔証拠略〕に記載された住所地で営業しておらず、別の営業所に移転していることが窺えるが、そのことも前記判断を左右するものではない。

そうすると、b工業とc産業の見積書を根拠として本件鉄骨ビニールハウスに関する補償額を388万5000円とした被告の算定に不合理な点があるとはいえない。

(3) 以上のとおり、いずれの点についても被告の算定に不合理といえるまでの事情は認められず、本件補償契約を違法ということはできない。

したがって、本件補償契約に過大又は架空の積算があり違法である旨主張する原告らの主張は採用できない。

3  争点3(川本町長は違約金の徴収を違法に怠っているかどうか)について

(1)  原告らは、本件各変更契約が無効であるから川本町は小川に対して違約金請求権が発生しており、それを怠っていることは違法である旨主張する。

まず、本件各変更契約が自己契約に当たるものであっても、議会の追認があったとみ得ることから有効なものであることは上記1で説示したとおりである。

また、原告らが、本件各変更契約を無効と解するその他の法的根拠は不明確であるものの、要するに、本件各変更契約の締結は予算の適正な執行(地方自治法2条14項、地方財政法4条1項等)の観点からみて川本町長の裁量を逸脱し、違法な行為であり、その結果本件各変更契約は無効となる旨主張しているものと解される。

そこで、本件各変更契約締結における被告の裁量逸脱の有無を検討することになるが、そもそも本件補償契約における物件の移転期限は、被告と小川の私法上の契約であって、その契約内容については、民法上の契約自由の原則が妥当するものであって、移転する物件の状況、相手方の事情、事業の進捗状況等の種々の事情から当事者間の合意によって決められるものである。そして、本件補償契約における移転時期の合意についても当事者間の合意内容に委ねられているものであるから、それを双方の合意によって変更した場合でも原則として違法の問題は生じないものというべきである。

もっとも、地方公共団体の長は、地方公共団体を代表するものであって、地方公共団体の事務を誠実に管理し、執行する義務を負っており、地方公共団体全体の均衡と調和を保持する責務を有しているのであるから、特定人との間の契約内容を変更することによって不当に当該相手方の利益を図るなど上記職責を担う長のとるべき行為として著しく不合理といえるような場合にはその裁量を逸脱したものとみる余地がある。

そこで、以下、川本町長の本件各変更契約が町長の行為として著しく不合理なものであったかどうかを検討する。

(2)  〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア  本件補償契約は、平成13年2月14日に締結され、当初物件の移転期限は平成13年3月26日とされていた。

3月26日までの移転は実際には不可能であったが、本件都市計画街路事業は国庫補助事業であり、とりあえず、予算年度内で移転が完了するような形での契約を締結しておく必要があったことから、事務当局の都合で前記のような契約とされた。その後、被告は、小川との間で、平成13年3月15日、本件補償契約の移転期限を平成13年3月26日から同年9月28日に変更する旨の契約を締結した。

イ  本件補償契約に基づく物件の移転を実行するために、移転先予定地について農業振興地域農用地からの除外等の手続が必要であったところ、小川は、平成12年12月6日に農振法上の農業振興地域農用地からの除外申請をし、平成13年8月15日付けで許可の告示が行われた。これは、川本町産業課と埼玉県との事前協議に約6か月要したことなどから申請から許可まで8か月以上かかったことによるものであった。

ウ  被告は、平成13年8月ころ、小川から、小川宅から若干離れた場所に移転を予定した軽量鉄骨物置の出入口を当初の設計の反対側にした方が使い勝手がよいことがわかり、そのため改めて設計変更の上農業委員会の許可を取り直したいので、建物移転の履行期限をさらに6月程度延長してほしいとの打診を受けた。被告(実質的な担当者は当時の川本町都市整備課長D)は、他の地権者の中に移転補償契約が締結されていない者がいたことやそのため工事の着工予定も平成14年度早々となる見通しであったことから移転期限を6月程度延長しても実害はないと認め、再度の契約の更改を行うこととし、小川との間で、平成13年9月28日、本件補償契約の移転期限を平成13年9月28日から平成14年3月25日に変更する旨の契約を締結した。

エ  その後、本件補償契約に基づき本件鉄骨ビニールハウス及び本件軽量鉄骨作業所等の移転工事が行われた。

(3)  そこで、本件についてみると、もともと当初の平成13年3月26日までの移転期限は予算上の都合によるもので、一定期間の延長は最初から予定されていたこと、本件補償契約に基づき移転をするには移転先の土地の農業振興地域農用地の除外手続等が必要な部分があり、その許可を受けるまでに相当期間要する結果となったこと、その後平成13年8月ころ、小川から移転後の軽量鉄骨物置の出入口の設計変更に伴う農業委員会の許可の取り直しのため移転の履行期限延長の打診があった際に、川本町としては他の地権者の中に移転補償契約が締結されていない者がいたことやそのため工事の着工予定も平成14年度早々となる見通しであったこと等から2度目の移転期限の変更を行うこととなったことが認められ、このような本件各変更契約に至る事情に鑑みると、本件各変更契約を締結し本件補償契約における物件の移転期限を延長する旨の合意をした被告の行為に不合理な点があったとはいえない。

そして、本件で本件各変更契約の相手方が長個人である小川であったとしても、不当に小川の利益を図ったなどの事情は本件証拠上認めることはできない。

そうすると、本件各変更契約について被告の裁量に逸脱があったとは認められず、違法とはいえない。

(4)  したがって、本件各変更契約が無効であることを前提として、川本町の上記違約金請求権の行使を怠っていることが違法である旨主張する原告らの主張も採用できない。

第4 結論

以上の次第であり、その余の争点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。そこで原告らの請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 松村一成)

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