さいたま地方裁判所 平成15年(行ウ)21号 判決 2003年11月26日
両事件原告
甲
両事件被告
熊谷税務署長 岡芹光夫
同指定代理人
池原桃子
同
中村芳一
同
石川利夫
同
内田健文
同
山畑正
同
若山政行
同
富井桂次
同
関野和宏
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 第21号事件
被告が、平成14年7月31日付けで原告に対してした、平成13年分所得税の更正の請求に対してその更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
2 第28号事件
被告が、平成15年4月15日付けでした原告に対する平成14年分の所得税の更正処分のうち、還付金の額に相当する税額が8万1562円を超え9万1482円を下回る部分を取り消す。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、被告が、原告の妹は、同居の特別障害者等に係る扶養控除等の特例を定めた租税特別措置法(以下「措置法」という。)41条の15第1項は適用されないとして、原告に対し、平成14年7月31日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)及び平成15年4月15日付けで更正処分(以下「本件更正処分」といい、本件通知処分と併せて「本件各処分」という。)をしたため、原告が、本件各処分の取消しを求めた事案である。
2 関係法令
(1) 扶養控除(所得税法84条1項)
居住者が扶養親族を有する場合には、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から、その扶養親族1人につき38万円を控除する。
(2) 同居の特別障害者又は老親等に係る扶養控除等の特例(措置法41条の15第1項、以下「本件特例」という。)
居住者の有する控除対象配偶者(所得税法2条1項33号)又は扶養親族(同項34号)が、特別障害者(同項29号)で、かつ、当該居住者又は当該居住者の配偶者若しくは当該居住者と生計を一にするその他の親族のいずれかとの同居を常況としている者である場合には、その控除対象配偶者又はその扶養親族に係る同法83条3項に規定する配偶者控除の額又は同法84条3項に規定する扶養控除の額は、同法83条1項又は84条1項の規定にかかわらず、これらの規定に規定する金額に35万円を加算した金額とする。
3 基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告の妹である乙(以下「乙」という。)は、所得税法2条1項34号所定の「扶養親族」及び同項29号所定の「特別障害者」に該当する。
イ(ア) 乙は、昭和56年8月10日より、福島県会津若松市大戸町所在の社会福祉法人A(以下「本件施設」という。)に入所し、以下の帰宅期間を除き、平成15年7月9日まで継続して本件施設で生活している。
(イ) 乙は、毎年十数日程度、本件施設から、住民登録をしている福島県河沼郡河東町所在の原告の弟宅(以下「実家」という。)に帰宅している。
平成13年及び14年中の乙の実家への帰宅状況は、以下のとおりである(第21号事件乙7、第28号事件乙8)。
a 平成13年
1月1日から同月4日まで(4日間)
3月29日から同月31日まで(3日間)
5月2日から同月4日まで(3日間)
8月13日から同月17日まで(5日間)
12月29日から同月31日まで(3日間)
b 平成14年
1月1日から同月4日まで(4日間)
3月29日から同月31日まで(3日間)
5月3日から同月5日まで(3日間)
8月12日から同月16日まで(5日間)
12月28日から同月31日まで(4日間)
(2) 本件各処分等の経緯
被告は、乙については、原告の扶養親族であり、特別障害者に該当するものの、原告と同居を常況としているとはいえないため、措置法41条の15第1項は適用されないと判断し、原告に対し、平成14年7月31日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(本件通知処分)及び平成15年4月15日付けで更正処分(本件更正処分)をした。
本件通知処分の経緯は、別表1のとおりであり、本件更正処分の経緯は、別表2のとおりである。
(3) 本件通知処分の根拠(弁論の全趣旨)
被告は、以下の根拠に基づき、原告の平成13年分の所得税の還付金の額に相当する税額を算定した。
ア 総所得金額(雑所得の金額・別表3の順号<1>) 157万8076円
上記金額は、公的年金等に係る雑所得の金額であり、原告の平成13年分の所得税の確定申告書(以下「本件13年分確定申告書」という。第21号事件乙2)に記載された公的年金等に係る雑所得の収入金額260万4102円から所得税法35条2項1号及び同条4項の規定に基づいて公的年金等控除額102万6026円を差し引いて算定した金額である。
イ 所得控除の合計額(別表3の順号<9>) 145万2431円
上記金額は、次の(ア)ないし(キ)の各金額の合計額である。
(ア) 社会保険料控除の額(別表3の順号<2>) 22万9431円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(イ) 生命保険料控除の額(別表3の順号<3>) 5万円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(ウ) 損害保険料控除の額(別表3の順号<4>) 3000円
上記金額は、原告が平成13年中に支払った共済掛金3150円(割戻金を除く。第21号事件乙3)及び損害保険料1万2404円(第21号事件乙4)の合計額1万5554円を基礎として、所得税法77条1項1号ハの規定に基づき算定した金額である。
(エ) 障害者控除の額(別表3の順号<5>) 40万円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(オ) 扶養控除の額(別表3の順号<6>) 38万円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(カ) 基礎控除の額(別表3の順号<7>) 38万円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(キ) 寄付金控除の額(別表3の順号<8>) 1万円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
ウ 課税総所得金額(別表3の順号<10>) 12万5000円
上記金額は、上記アの総所得金額から上記イの所得控除の合計額を控除した金額〔ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。〕である。
エ 還付金の額に相当する税額(別表3の順号<14>) 8万1482円
上記金額は、次の(ウ)の源泉徴収税額から、(ア)の課税総所得金額に対する税額から(イ)の定率減税額を差し引いた残額を控除した金額である。
(ア) 課税総所得金額に対する税額(別表3の順号<11>) 1万2500円
上記金額は、上記ウの課税総所得金額12万5000円に所得税法89条1項に規定する税率100分の10を適用して算定した金額である。
(イ) 定率減税額(別表3の順号<12>) 2500円
上記金額は、経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律6条2項の規定により算定した金額である。
(ウ) 源泉徴収税額(別表3の順号<13>) 9万1482円
上記金額は、本件13年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(4) 本件更正処分の根拠(弁論の全趣旨)
被告は、以下の根拠に基づき、原告の平成14年分の所得税の還付金の額に相当する税額を算定した。
ア 総所得金額(雑所得の金額・別表4の1順号<1>) 157万8076円
上記金額は、公的年金等に係る雑所得の金額であり、原告の平成14年分の所得税の確定申告書(以下「本件14年分確定申告書」という。第28号事件乙3)に記載された公的年金等に係る雑所得の収入金額260万4102円から所得税法35条2項1号及び同条4項の規定に基づいて公的年金等控除額102万6026円を差し引いて算定した金額である。
イ 所得控除の合計額(別表4の順号<9>) 145万3562円
上記金額は、次の(ア)ないし(キ)の各金額の合計額である。
(ア) 社会保険料控除の額(別表4の順号<2>) 23万0562円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(イ) 生命保険料控除の額(別表4の順号<3>) 5万円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(ウ) 損害保険料控除の額(別表4の順号<4>) 3000円
上記金額は、原告が平成14年中に支払った共済掛金3150円(割戻金を除く。第28号事件乙4)及び損害保険料1万2404円(第28号事件乙5)の合計額1万5554円を基礎として、所得税法77条1項1号ハの規定に基づき算定した金額である。
(エ) 障害者控除の額(別表4の順号<5>) 40万円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(オ) 扶養控除の額(別表4の順号<6>) 38万円
上記金額は、所得税法84条1項の規定により求めた乙に係る扶養控除の額である。
(カ) 基礎控除の額(別表4の順号<7>) 38万円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
(キ) 寄付金控除の額(別表4の順号<8>) 1万円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
ウ 課税総所得金額(別表4の順号<10>) 12万4000円
上記金額は、上記アの総所得金額から上記イの所得控除の合計額を控除した金額〔ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。〕である。
エ 還付金の額に相当する税額(別表4の順号<14>) 8万1562円
上記金額は、次の(ウ)の源泉徴収税額から、(ア)の課税総所得金額に対する税額から(イ)の定率減税額を差し引いた残額を控除した金額である。
(ア) 課税総所得金額に対する税額(別表4の順号<11>) 1万2400円
上記金額は、上記ウの課税総所得金額12万4000円に所得税法89条1項に規定する税率100分の10を適用して算定した金額である。
(イ) 定率減税額(別表4の順号<12>) 2480円
上記金額は、経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律6条2項の規定により算定した金額である。
(ウ) 源泉徴収税額(別表4の順号<13>) 9万1482円
上記金額は、本件14年分確定申告書に記載された金額と同額である。
4 当事者の主張
(被告の主張)
(1) 本件特例の趣旨及び適用要件
本件特例は、昭和57年の改正において、在宅において特別障害者が介護されることを税制面でも促進し福祉対策にも資する等の観点から設けられたものであり、適用要件の上でも、特別障害者が家庭において家族と一緒に生活できるよう配慮する観点から、納税者又は納税者の配偶者だけでなく納税者と生計を一にする親族と同居する場合でも適用されることとするなど、いわゆる「在宅の特別障害者」について特別控除を認める趣旨の規定である。
したがって、本件特例にいう「同居を常況としている」とは、扶養控除等の対象となる特別障害者が介護施設等に入所せずに、いわゆる在宅で介護等を受けている場合を指すものと解するのが相当である。
(2) 乙が原告と同居を常況としている者に当たらないこと
乙は、昭和56年8月10日から平成15年7月9日現在までの間、継続して本件施設に入所し、本件施設の職員から生活支援(介助)を受けて本件施設で起居生活をしており、平成13年中に18日間、平成14年中に18日間、一時的に実家へ帰宅した期間を除き、平成13年及び平成14年のほとんどの期間を本件施設で過ごしている。
したがって、乙は、原告ないし原告と生計を一にする親族等との同居を常況としている者には該当しない。
(3) 原告の主張に対する反論
ア 原告は、本件特例の適用に関し、毎年数日間とはいえ、原告が介護しているのであるから5日以上の同居の実態があれば本件特例に規定する「同居を常況としている」とみなすことができるはずであると主張する。
イ しかしながら、本件特例が、特別障害者が家庭において家族と一緒に生活できるように配慮し、いわゆる在宅において特別障害者が介護されることを税制面でも促進し、福祉対策に資する等の趣旨で設けられた規定であることにかんがみれば、本件特例に定める「同居を常況としている」とは、特別障害者が介護施設などに入居せず、いわゆる在宅により介護等を受けている場合をいうものと解さざるを得ず、本件の場合、乙は、平成13年及び平成14年中のほとんどの期間を本件施設で生活しているのであるから、本件特例の趣旨や社会通念に照らしても、原告が主張する程度の期間をもって「同居を常況としている」ということは到底できない。また、帰宅している期間においても乙は実家に居住していたと認められ、原告と同居しているとも認められない。
ウ 税制の解釈、適用については、すべての納税者に画一的に適用されるものであるため、法的安定性が強く要請されるから、原則として文理解釈によるべきであって、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されず、とりわけ措置法の規定の適用に当たっては、一般納税者との間の課税の公平、中立の見地から、厳格な解釈が要請されるというべきであるところ、原告の主張は、税法の規定を拡張・類推解釈して適用しようとするものであり、失当である。
(原告の主張)
(1) 原告は、毎年、乙を介護するために5日以上の同居の実態があるのであるから、本件特例に規定する「同居を常況としている」とみなすことができるというべきである。
(2) したがって、原告の平成13年分及び平成14年分の所得税の計算の額に当たり、所得金額から差し引かれる扶養控除の額は、通常の扶養控除の額38万円に本件特例を適用して35万円を加算した73万円となるから、本件各処分は違法であり、本件各処分は、請求の趣旨のとおりに取り消されるべきである。
第3当裁判所の判断
1 本件特例は、昭和57年の措置法改正において、在宅において特別障害者が介護されることを税制面でも促進し福祉対策にも資する等の観点から設けられたものであり、適用要件の上でも、特別障害者が家庭において家族と一緒に生活できるよう配慮する観点から、納税者又は納税者の配偶者だけでなく納税者と生計を一にする親族と同居する場合でも適用されることとするなど、いわゆる「在宅の特別障害者」について特別控除を認める趣旨の規定である。
そうすると、本件特例にいう「同居を常況としている」とは、扶養控除等の対象となる特別障害者が介護施設等に入所せずに、いわゆる在宅で介護等を受けている場合を指すのであり、扶養控除等の対象となる特別障害者が介護施設等に入所して介護等を受けている場合については、原則として本件特例を適用することはできないと解するのが相当である。
2(1) これを本件についてみるに、基本的事実及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告の妹である乙は、所得税法2条1項34号所定の「扶養親族」及び所得税法2条1項29号所定の「特別障害者」である。
イ(ア) 乙は、昭和56年8月10日より、本件施設に入所し、以下の帰宅期間を除き、平成15年7月9日まで継続して本件施設において、本件施設職員の介護を受けて生活している(第21号乙7、第28号乙8)。
(イ) 乙は、毎年十数日程度、本件施設から、原告の弟宅である実家に帰宅している。原告は、肩書住所地に居住しているが、乙が実家に帰宅している期間は、実家に出向き、乙の介護に努めている(弁論の全趣旨)。
平成13年、14年中の乙の実家への帰宅状況は、以下のとおりである。
a 平成13年
1月1日から同月4日まで(4日間)
3月29日から同月31日まで(3日間)
5月2日から同月4日まで(3日間)
8月13日から同月17日まで(5日間)
12月29日から同月31日まで(3日間)
b 平成14年
1月1日から同月4日まで(4日間)
3月29日から同月31日まで(3日間)
5月3日から同月5日まで(3日間)
8月12日から同月16日まで(5日間)
12月28日から同月31日まで(4日間)
(2) 以上によれば、乙は、昭和56年8月に入所以降、年十数日程度の実家へ帰宅し、その際には、原告も実家に出向き、乙の介護に努めていることが認められるものの、その期間以外は、本件施設において本件施設の職員の介護を受けて生活していることが認められる。したがって、乙は、平成13年及び平成14年において、介護施設である本件施設に入所して介護を受けているのであるから、本件特例を適用することはできないというべきである。
(3) これに対し、原告は、平成13年及び平成14年において、原告と乙が平成13年中に合計18日間、平成14年中に合計19日間、実家へ帰宅したことを主張するが、上記のとおり、原告と乙が生活を共にしていた期間はいずれも短期間であることからすれば、上記の判断を左右するものではない。
(4) したがって、乙は、原告ないし原告と生計を一にする親族等と「同居を常況としている」者には該当しないというべきである。
3 なお、原告は、埼玉県には、民間総合病院より負担の少ない県立の総合病院が存しないこと、原告は、年2回、乙に小遣いとして、合計3万円を送金していること等を挙げて、本件各処分が違法である旨主張しているが、上記の事情が存したとしても、これらの事情は本件特例の要件の解釈において考慮すべき事情とはいえないから、原告の主張は採用できない。
4 よって、原告の請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 菱山泰男)
(別表1)
本件通知処分の経緯
<省略>
(別表2)
本件更正処分の経緯
<省略>
別表3
平成13年分の還付金の額に相当する税額の計算
<省略>
別表4
平成14年分の還付金の額に相当する税額の計算
<省略>