さいたま地方裁判所 平成15年(行ウ)27号 判決 2005年3月02日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
菊地陽一
被告
深谷市長
Y
同訴訟代理人弁護士
内野経一郎
仁平志奈子
中田好泰
北澤香織
山口暢子
佐藤剛志
主文
1 原告の主位的請求に係る訴えを却下する。
2 被告は,Yに対し,4300円を支払うよう請求せよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の申立て
1 原告
(1) (主位的請求)
被告は,Yに対し,2304万1500円及びこれに対する平成15年7月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(予備的請求)
被告は,Yに対し,1万8060円を支払うよう請求せよ。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
(1) (本案前)
本件訴えを却下する。
(本案)
原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,深谷市の住民である原告が,深谷市が一般廃棄物収集運搬業務の委託契約締結のために実施した指名競争入札手続において,最低制限価格を設けたこと等が違法なものであり,そのため,本来落札を許すべきではない業者に落札を許し,深谷市に本来入札すべきであった最低入札業者の入札額との差額2304万1500円相当の損害を与えたとして,主位的に上記委託契約の違法性を,予備的に支出命令の違法性を主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対して,市長の職にあったYに対し損害賠償の支払を請求するよう求めた事案である。
2 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,埼玉県深谷市に居住する住民であり,深谷市市議会議員である。
イ Yは,本件当時深谷市長の職にあった者である。
(2) 深谷市の一般廃棄物収集運搬業務
深谷市における一般廃棄物収集運搬業務の委託業務の内容は,深谷市住民の生ごみ等の燃やせるごみ・燃やせないごみ・粗大ごみ・資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)・電池等の有害ごみを当該区域内の300か所以上の収集所を塵芥車等の車両で回って収集し,処理施設(センター)まで運搬するというものであり,深谷市の平成11年4月中旬以降の一般廃棄物収集業務委託については環境部清掃センターが担当していた。
深谷市の一般廃棄物収集運搬業務については,別紙「収集委託区域割」図面記載のとおり,深谷市のJR高崎線以北の区域を3分割し,A区域,B区域,C区域と名称を付け,JR高崎線以南の区域を2分割し,西区域,東区域と名称を付け,深谷市がそれらの区域を直営若しくは委託することによって行われていた。
深谷市は,平成12年12月ころ,平成13年度ごみ収集業務委託実施計画として,A区域及びC区域については随意契約とし,残る3区域(B区域,東区域,西区域)については,指名競争入札を行い,5年間の契約を締結することした(乙4の6)。
(3) 本件入札
ア 深谷市は,平成13年1月9日に実施されるB区域,東区域,西区域の3区域の指名競争入札に際し,あらかじめ設計額,予定価格の他に,最低制限価格としての基準価格を設けることを決定した。
なお,設計額とは,当該一般廃棄物収集運搬業務を委託するのに一般的に必要な金額を当該区域の過去のごみの量のデータなどから算定したもので受託者の通常の利益を見込んだ金額,予定価格は,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務委託という公共性の故に受託者の利益幅を最大限縛った金額,基準価格は,予定価格を更に企業努力により金額を下げても適正な一般廃棄物収集運搬業務を行い得る最低の金額としてそれぞれ算定された。
イ 上記指名競争入札に当たり,株式会社A(以下「A社」という。),B株式会社,C株式会社,D商店,有限会社E,F商店,有限会社G,株式会社H(以下「H社」という。)の8社が指名業者として選定され,深谷市長は,上記8社に対し,平成12年12月26日付けで入札指名通知書を送付し,環境部清掃センターは,平成12年12月28日,上記8社に対し,それぞれ入札についての個別現場説明会を行った。
ウ 平成13年1月9日,東区域,B区域,西区域について,指名競争入札が行われた。
西区域の指名競争入札(以下「本件入札」という。)においては,設計額2億7807万5000円,予定価格2億6417万1250円,基準価格2億2800万円として入札が行われた。本件入札における第1回の入札結果は以下のとおりである(甲2)。
A社 2億0498万円
B株式会社 2億5404万円
C株式会社 辞退
D商店 辞退
有限会社E 辞退
F商店 辞退
有限会社G 3億1000万円
H社 2億2802万1500円
そこで,A社の入札価格は,基準価格を下回ったため失格とされ,それ以外の業者のうち,最低価格で入札したH社が落札者と決定された。
(4) 本件契約の締結
深谷市長は,平成13年1月10日,H社との間で,次のような内容で一般廃棄物の収集及び運搬業務を委託する旨の一般廃棄物収集運搬業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した(乙26)。
委託期間
平成13年4月1日から平成18年3月31日まで
委託料
5年間 2億3942万2575円
(うち取引に係る消費税及び地方消費税の額1140万1075円)
H社は,上記委託料を月払とし毎月5日までに請求し,深谷市長は請求書を受理した日から30日以内に支払うものとする。
年度別委託料
年度
委託料
(うち取引にかかる消費税
及び地方消費税の額)
平成13年度
4788万円
228万円
平成14年度
4788万円
228万円
平成15年度
4788万円
228万円
平成16年度
4788万円
228万円
平成17年度
4790万2575円
228万1075円
月別委託料
年月
委託料
(うち取引にかかる消費税
及び地方消費税の額)
平成13年4月から
平成18年2月まで
の期間(59か月)
399万円
19万円
平成18年3月
401万2575円
19万1075円
(5) 本件支出命令及び本件支出
深谷市は,平成13年4月以降,本件口頭弁論終結時(平成16年10月20日)に至るまで,H社に対し,本件契約に基づく委託料として毎月399万円ずつ支払った(以下「本件支出」ということがある。)。
上記委託料に係る支出命令(以下「本件支出命令」ということがある。)については,H社が深谷市長に対して毎月提出する請求書を添付した支出命令書が決裁された(乙35ないし37及び弁論の全趣旨)。
(6) 住民監査請求等
原告は,平成15年3月24日,深谷市監査委員に対し,本件入札において基準価格という最低制限価格を設けたことは地方自治法に反する等として住民監査請求を行った(甲5。以下「本件監査請求」という。)。
同監査委員は,同年5月23日付けで,本件監査請求は監査期間を徒過したものであるとして本件監査請求を却下した(甲6)。
そこで,原告は,同年6月19日,本件訴えを提起した。
(7) 関係法令等
ア 地方自治法(平成14年12月第152号改正前のもの。以下同じ。)及び地方自治法施行令(平成14年3月政令第55号改正前のもの。以下同じ。)の定め
地方自治法234条は,売買,貸借,請負その他の契約は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法により締結するものとし(同条1項),前項の指名競争入札,随意契約又はせり売りは,政令で定める場合に該当するときに限り,これによることができるとし(同条2項),普通地方公共団体は,一般競争入札又は指名競争入札に付する場合においては,政令の定めるところにより,契約の目的に応じ,予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とするものとする(同条3項)と規定している。
地方自治法施行令167条の2は,随意契約によることができる場合として,1号から7号まで列挙し,2号は,不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするときと定めている。
地方自治法施行令167条の10第2項,167条の13は,普通地方公共団体の長は,一般競争入札又は指名競争入札により工事又は製造の請負の契約を締結しようとする場合において,当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは,あらかじめ最低制限価格を設けて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者を落札者とすることができると規定している。
なお,平成14年3月政令第55号改正後の地方自治法施行令(以下「平成14年改正後地方自治法施行令」という。)167条の10第2項は,最低制限価格を設けることができる契約として「工事又は製造その他についての請負の契約」と規定した。
イ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(以下,それぞれ「廃棄物処理法」,「廃棄物処理法施行令」という。)
廃棄物処理法6条の2第2項は,市町村が一般廃棄物の収集,運搬又は処分を市町村以外の者に委託する場合の基準は,政令で定めると規定し,廃棄物処理法施行令4条は,上記基準について,1号から5号まで列挙し,1号は,受託者が受託業務を遂行するに足りる施設,人員及び財政的基礎を有し,かつ,受託しようとする業務の実施に関し相当の経験を有する者であることとし,5号は,委託料が受託業務を遂行するに足りる額であることと規定している。
3 争点
(1) 監査請求期間徒過の正当理由(争点1)
(2) 本件入札及び本件契約の違法性(争点2)
(3) 本件支出命令の違法性(予備的主張)(争点3)
(4) Yの過失(争点4)
(5) 損害額(争点5)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(監査請求期間徒過の正当理由)について
(原告の主張)
ア 主位的請求について
(ア) 正当理由
地方自治法242条2項において,監査請求期間を1年間と定めた趣旨は,簡潔にいえば,早期に法的安定性を確保するためと理解されており,同項ただし書においてその例外規定が設けられている趣旨は,早期法的安定性の要請を貫くことが相当ではない場合には1年間という期間を経過した後でも監査請求ができるとしたものである。
そして,平成14年9月12日最高裁判決(民集56巻7号1481頁)は,「当該行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである」とし,地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由があるとき」とは,「秘密裡に財務会計行為がなされたような場合に限らず,当該地方公共団体の住民が相当な注意力をもって当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたとき」と判示した。上記判決の意義は,正当な理由があるときは,財務会計上の行為が秘密裡にされた場合に限らないこと,当該地方公共団体の一般住民が相当な注意力をもって調査した場合における客観的な認識可能性が正当な理由の判断基準になること,その認識可能性の対象となるのは,財務会計行為の存在に限らず,その内容も含まれるが,それは客観的にみて監査請求をするに足りる程度のものであること,という点を明確にしたことである。
したがって,相当の注意力をもって監査請求をできる程度に当該行為を知り得たかという点こそ重要であり,秘密裡性については例示にすぎないのである。
(イ) 本件入札の違法性を認識した経緯
本件について,住民監査請求できる程度に当該行為を原告が認識し得たのはいつかということが問題となる。
確かに,原告は現職の深谷市市議会議員であるが,現職の市議会議員とはいえ,相当な注意力をもってしても,違法と不当の可能性を認識するためには,それ相当の契機が必要である。市議会における会議録や補正予算には,何ら入札方法については触れていない。これでは,入札方法について違法を問う住民監査請求を起こせるだけの契機には絶対になり得ない。
本件においては原告が本件入札の違法性を認識し得たとすれば,それは平成14年9月19日の定例議会である。その際,原告の一般質問と深谷市環境部長より,地方自治法ではなく,廃棄物処理法に基づく処置としての答弁があったことから,当該行為の根拠が明らかとなった。それ以前には,住民監査請求をなし得る程度には当該行為を認識し得なかったことは疑う余地もない。
(ウ) 相当期間
平成14年9月12日最高裁判決にいう相当期間というのは,あくまでも個々の事例による判断であり,明確な基準があるわけではないが,2か月程度の目安が示されたとの理解が一般的であろうと思われる。
ところで,多くの住民訴訟で期間徒過について正当理由の有無が検討されるのは,新聞報道を契機としたものである。新聞報道は,問題点が浮き彫りにされてから,市民に情報として提供されるという性質をもつ。すなわち,新聞記者の取材やその他情報提供により,財務会計行為の違法を疑わしめるに足る事実を把握し,確認した上で新聞社内部において検討を重ね,報道に踏み切るという判断をなし,新聞紙上に掲載される。そうであるとすれば,新聞報道がなされた時点では,既に市民は情報として財務会計上の違法を疑わしめる行為が既に行われたこと自体は把握できることとなり,後は,監査請求に向けた事務作業が残っている状態に等しい。厳密には,その監査請求をするまでの事務作業相当期間が概ね2か月ということである。
しかしながら,本件においては,原告は,新聞報道によって,監査請求をするに足る程度に財務会計行為を知ったわけではない。原告が,平成14年9月19日の定例議会において,本件入札の根拠について,一般質問した時がその契機にすぎない。本件は,法律を具体的に施行するための法規範である施行令を取り上げ,検討を重ねる必要があり,それなくしては,問題の所在すらつかめない。原告が,一般質問時から,監査請求まで約6か月を要したが,新聞報道を契機とした住民監査請求の相当期間が約2か月としても,それと対比して,相当長期であるとはいえず,相当期間内であるといえる。
イ 予備的請求について
仮に,主位的請求について正当理由が認められなかったとしても,本件支出は一括払ではなく,月額払の方法であり,それぞれ月額払には支出命令が行われており,それらを行政行為としてとらえることは十分に可能である。
少なくとも,原告が本件監査請求を行った平成15年3月の時点においては,平成14年4月時点での委託料の支払については,地方自治法上,期間徒過は存在しない。
被告は,要するに,本件監査請求は,支出負担行為である契約だけを対象としたものであるから,支出命令については監査請求がなされていないと主張するが,原告は,監査請求の段階で,支出負担行為と支出命令,支出とは明確に区別していないし,区別が存することを意識しているはずもない。原告は,それらの行為の全体としての違法を問うているのであって支出負担行為だけを問題にしているわけではないから,被告の主張は失当である。
(被告の主張)
ア 主位的請求について
(ア) 地方自治法242条2項ただし書が規定する,1年の監査請求期間の制限が適用されない例外としての「正当な理由があるとき」とは,住民監査請求・住民訴訟が客観訴訟としての民衆訴訟であることから,監査請求をすることについて客観的障害がある場合,すなわち,天災,地変等で交通途絶になり請求期間を徒過した場合,当該行為が秘密裡に行われ1年を経過した後初めて明るみになったときなど,当該住民が相当の注意力をもって調査しても客観的にみて当該行為を知ることができず1年以内に監査請求ができなかった場合を指すと解すべきである(広島地裁昭和56年9月30日判決,宮崎地裁昭和57年3月29日判決,富山地裁昭和59年2月3日判決,最高裁昭和63年4月22日判決等参照)。
(イ) 本件入札における基準価格の設定は,以下のように,秘密裡になされたものでない正規の手続にしたがって,適法正当に処理されたものであり,深谷市の住民であり市議会議員でもある原告が相当の注意力をもって調査することにより平成13年1月9日から1年以内である平成14年1月9日までに監査請求することは十分可能であったといえる。
① 深谷市の平成13年から平成17年度の一般廃棄物収集運搬業務委託については,平成12年12月議会における一般会計補正予算として議案が上程され,さらに同月7日の議案質疑の中で,新規業者も加えた入札により5年契約で委託することにも触れられ,原告も出席していた。
② その後,深谷市における一般廃棄物収集運搬委託業務を担当する環境部清掃センターは,平成12年12月21日に,指名参加業者8業者のこと,入札3区域(B区域,東区域,西区域)に基準価格を設定すること等につき文書で報告・決裁を経て,同月26日に本件入札に関する詳細につき,指名参加業者に交付する入札指名通知書等の書類内容も含めて文書による伺い・決裁を得た。そして,環境部清掃センターは,同月28日,個別説明会を実施し,同説明会において指名参加業者8業者に対し,最低制限価格(基準価格)の設定を明記した入札指名通知書を交付し,口頭でも基準価格の設定につき,説明した。
③ 一般廃棄物収集運搬業務委託についての深谷市役所内の報告書・伺書・決裁書,入札関係書類は,深谷市公開条例によることはもちろん,深谷市の慣例によっても,個人名などごく僅かな部分を除く大部分について,住民は深谷市に対して申し出ることにより閲覧又は複写によって入手することが可能である。
④ 原告は,平成14年3月7日又は8日に,深谷市環境課において入札記録書を閲覧した。この入札記録書の中には本件入札に関する入札記録書が含まれ,この入札記録書には「基準価格」の文言,その額,基準価格より低額入札したA社の失格といった事項も全て記載されていた。その後も,原告は,深谷市に対して一般廃棄物収集運搬業務委託関係の資料の写し及び回答書の提供要求を繰り返し,平成14年4月16日から本件監査請求がなされるまでの間に8回にも渡って,資料の写し及び回答書の交付を受けてきた。
以上によれば,本件入札における基準価格の設定は,秘密裡ではない正規の手続を経て適法適正に行われたものと認められ,平成13年1月9日の本件入札までには深谷市住民であると同時に市議会議員でもある原告が相当の注意力をもって当該基準価格設定行為の存在及び内容を知ることができたといえ,さらに,遅くとも平成14年3月8日には基準価格の存在・内容を知っていたのであるから平成14年1月9日までに客観的にみて平成13年1月9日の入札における基準価格の設定行為を知り得ず監査請求することができなかったとは到底認められない。
(ウ) また,原告は,「地方自治法242条ただし書の『正当な理由があるとき』とは,当該地方公共団体の住民が相当な注意力をもって当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたときであり,本件入札の不当性・違法性を相当な注意力をもって発見できたのは平成14年9月19日の定例市議会の一般質問以降であり,その一般質問時から本件監査請求までの約6か月は,相当期間内である。」とするが,6か月以上経過(本件入札からは2年2か月以上経過)した平成15年3月24日の本件監査請求を相当期間内の監査請求であると到底認められないことは明らかである。
(エ) したがって,本件監査請求は,地方自治法242条2項の請求期間を徒過した不適法なものである。
イ 予備的請求について
最高裁平成14年10月15日判決は,賃貸借契約の締結についての住民監査請求期間の始期が判断されたが,同判決は,契約の締結と履行とは,それぞれ別個の財務会計上の行為として各別に監査請求の対象となるものであり,このことは賃貸借契約のような継続的契約についても当てはまることを前提として「同項(地方自治法242条2項)本文にいう当該行為のあった日とは一時的行為のあった日を,当該行為の終わった日とは継続的行為についてその行為の終わった日をそれぞれ意味するものと解するのが相当である。……本件監査請求においては,本件賃貸借契約の締結がその行為の対象となる行為とされているところ,契約の締結行為は一時的行為であるから,これを対象とする監査請求においては契約締結の日を基準として同項本文の適用を適用すべきである。」としている。
これを本件についてみると,原告の住民監査請求書は6項目を設けて住民監査請求をしているが,本件住民訴訟は上記6項目のうち「地方自治法違反」の項目についてのみ問題とするものである。そして,本件監査請求において原告が主張しているのは,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務委託につき平成13年1月9日の入札において基準価格という最低制限価格を設定したことが契約の締結方法として地方自治法に違反するというものであり,これは一時的行為を監査請求の対象とするものであって,その契約の履行行為としての月額支払の委託料の支払については監査請求の対象としていないことは明らかである。
したがって,平成14年4月時点の委託料支払について地方自治法上,期間徒過は存在しないとする原告の主張は到底認められない。
(2) 争点2(本件入札及び本件契約の違法性)について
(原告の主張)
ア 地方自治法及び同法施行令違反
地方自治法234条1項では,「売買,賃借,請負その他の契約は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする」,同条2項では,「前項の指名競争入札,随意契約又はせり売りは,政令で定める場合に該当するときに限り,これによることができる」,同条3項ただし書では,「普通地方公共団体は……。但し,普通地方公共団体の支出の原因となる契約については,政令の定めるところにより,予定価格の制限の範囲内の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者以外の者を契約の相手方とすることができる」と規定されている。
そして,同法施行令167条の10第2項において,「普通地方公共団体の長は,一般競争入札により工事又は製造の請負の契約を締結しようとする場合において,当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは,あらかじめ最低制限価格を設けて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者を落札者とすることができる」と規定する。
しかるに,本件入札は,「工事又は製造の請負の契約に対する入札」ではなく,最低制限価格を設けることができる場合ではなく,違法な手続のもとで行われたという他はない。
イ 廃棄物処理法及び同法施行令の解釈と違法性
(ア) 廃棄物処理法施行令4条は,市町村が一般廃棄物の収集,運搬又は処分(再生を含む。)を市町村以外の者に委託する場合の基準として,受託者が受託業務を遂行するに足りる施設,人員及び財政的基礎を有し,かつ,受託しようとする業務の実施に関し相当の経験を有する者であること(同条1号),委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること(4号)を規定している。
(イ) まず,H社は,平成11年12月9日設立され,平成12年7月1日,廃棄物収集業務の認可をされたばかりである。それ以前,平成12年5月31日付け一般廃棄物処理業許可申請書提出時においては,保有車両は,パッカー車2台,ダンプ1台のわずかに3台であるが,それも,全て所有者は,同系列のI組合であり,H社は上記施行令4条1号に反する。
(ウ) また,上記施行令4条5号は,「委託料が委託業務を遂行するに足りる金額であること」とあるが,財務会計行為において自治体が支出する金銭は,公法上の契約であれ私法上の契約であれ,公金である以上,最小限にとどめるべきことは当然である。
ところで,地方自治法が,工事や製造の請負に限定して最低制限価額の設定を許容した趣旨は,手抜きの弊害を防止することにあり,材料の仕入,施行手法という金銭的な制約が業務遂行及びその結果に重大な影響を及ぼすことは明らかである。しかしながら,一般廃棄物の運搬収集業務は,固定されたごみ集積場からごみを集積し,清掃センター等にごみを運び入れる作業であって,先の工事や製造のような手抜きの概念は想定できず,懸念の必要性がない。すなわち,一般廃棄物の運搬収集業務は,人員や車両が整っていれば適切に業務遂行がなされるか否かは要するに業者側のモラルの問題であり,そうであれば,廃棄物処理法施行令4条5号で要求される「受託業務を遂行するに足りる金額」というのは,業務遂行の役務提供料として足る金額,いわば,人件費と車両の維持を中心とした経緯と利益を念頭においていると考えてほぼ間違いない。とすれば,廃棄物処理法施行令においても,金額の算定を要求しているにすぎず,最低制限価額を設定することまでは予定していないと考えられる。
確かに,「工事又は製造の請負の契約」以外にも,その契約の履行水準を妥当な状態で維持する必要性のある契約が存在することまで否定するものではない。しかし,最も低い価額を提示した者と契約するという入札という制度を利用し,しかも,その例外である最低基準価額を設定し,それ以下で入札した者を失格とする方式を採用したのであれば,地方自治法及び同法施行令で入札方法及び最低制限価格が許容される場合について厳格に規定され,地方財政法4条1項でも目的のため必要最小限度を超えて経費を支出してはならないと規定されていることに照らすと,明確な法的根拠と最低基準価額以下では受託業務を遂行するに足らないという具体的根拠が必要不可欠であることは明白である。それなくして,入札に参加した業者が失格とされる根拠を見出すことは不可能である。
そして,明文の規定がない以上,法改正によって対処すべきことであり,行政が法創造機能を担うことが許されるものではない。
被告は,本件入札以前のA社の業務について,苦情が頻発したことから最低制限価額を設定するに至った旨述べるが,仮にそのような苦情があったとしても,それは単にA社が業務に不慣れなために発生した一時的なもので,行政指導により改善可能なものであるし,また,被告は平成12年度には随意契約によってA社と契約しているのであるから,最低制限価額を設ける具体的根拠もない。
ウ まとめ
したがって,地方自治法及び同法施行令の規定に反し,かつ,具体的根拠もなく行われた被告の最低制限価額の設定行為は,違法であり,それに基づく本件契約も違法である。
(被告の主張)
ア 本件入札に至る経緯
(ア) 深谷市の一般廃棄物収集運搬業務については,当初はすべて現業職員を雇用し直営で実施されていたが,深谷市は,行財政改革の一環として,昭和61年10月から,JR高崎線以北の区域を3分割し(西から「A区域」,「B区域」,「C区域」),委託して行うようになった。
その後,全国的なごみに対する減量化・リサイクル意識の向上による分別収集の動きが顕著になり,容器包装リサイクル法の施行が平成12年4月に予定されるなど,深谷市の住民からも分別収集への要望が非常に強くなり,深谷市は,平成11年4月にごみ収集について,次のような実施計画を決定した。
① それまでの5分別(燃やせるごみ,燃やせないごみ,粗大ごみ,有害ごみ,冷蔵庫・エアコン)に,資源ごみ7分別を加えて,12分別収集に改め,毎週木曜日を資源ごみの日とする。
一般廃棄物の収集運搬業務の内容は,深谷市住民の,生ごみ等の燃やせるごみ・燃やせないごみ・粗大ごみ・資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)・電池等の有害ごみを,当該区域内の300か所以上の収集所を塵芥車等の車両で回って収集し,処理施設(センター)まで運搬する業務とする。
② この分別収集の体制に伴い,作業車両・作業員の増大の必要があるところ,現業職員による直営での対応には限界があること,又,行財政改革の基本方針に基づいて,JR高崎線以南の区域を2分割し,それぞれ西区域,東区域と名称を付け,西区域は従来どおり現業職員による直営とし,東区域を新たな委託区域とする。
③ ①,②の実施は,ごみの量が多い夏場を過ぎた平成11年10月からとする。
その後,上記実施について具体的方法が詰められ,B区域と東区域について,平成11年8月30日に指名競争入札が行われた。
(イ) この指名競争入札にあたって,B区域と東区域のそれぞれの設計額と予定価格が決められた。
設計額は,当該一般廃棄物収集運搬業務を委託するのに一般的に必要な金額を当該区域の過去のごみの量のデータなどから算定したもので受託者の通常の利益を見込んだ金額にされ,予定価格は,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務委託という公共性故に受託者の利益幅を最大限縛った金額にされた。
平成11年8月30日に行われた指名競争入札において,次のとおり,B区域についてはI組合が,東区域についてはA社がそれぞれ落札し,それぞれ受託した。
B区域
東区域
設計額
19,700,000
20,700,000
予定価格
18,700,000
19,600,000
落札価格
16,200,000
(I組合)
14,300,000
(A社)
(ウ) そして,平成11年10月1日より,新しい体制での分別収集が開始された。
ところが,開始するや否や東区域の市民から環境部清掃センターへ次のような苦情が殺到し,この状態は,平成11年10月から平成12年1月ころまで続いた。
① 夜遅くまで収集している
② 収集車が来ない
③ 塵芥車が汚い,臭い
なお,I組合は,平成11年10月は翌日搬入になるまでの業務の停滞は生じていなかったが,A社は夜遅くまで収集したり,取りきれなかったりしたために,毎回翌日にも搬入せざるを得ない状態が続いた。
当時の環境部清掃センターの甲野所長をはじめ担当職員が,東区域の受託者A社に対し,「コースを変えてみるように」との指示をしたが,苦情の連絡は絶えなかった。甲野所長は,改善策を模索し,「都市部をできるだけ先に収集し,農村部は後で収集するように」と指示をし,さらに,塵芥車の苦情についても注意した。
3か月もの長期の間,A社の収集業務の不都合が続いたが,その間にA社のほうで徐々に車両や作業員を増やすなどし,平成12年1月以降はほぼその日のうちに清掃センターへ搬入できるようになった。
(エ) 平成11年8月30日に入札をした2区域のうち東区域のみ業務に支障が生じた理由は,東区域の落札価格はB区域の落札価格に比して,設計額・予定価格よりも著しく低く,東区域の落札価格内では,当該区域のごみ収集をきちんと行い得るだけの作業車両・作業員等を整えることができないことにあると判断された。
その後,平成12年10月には,今後の一般廃棄物収集運搬業務委託の基本方針として,市内全域を委託収集とすること,塵芥車のペイントを統一しイメージアップを図ると共に低公害車を使用すること,貨物自動車運送事業法に基づく営業許可を取得する業者に委託すること,5年間の契約とすること,市内業者に広く入札の機会を与えること,深谷市の一般廃棄物収集運搬業の許可を取得していること等の条件を満たす市内業者を委託業者とすることが決定された。
一方,甲野所長は,東区域の問題点について,廃棄物処理法施行令4条において委託の基準の一つとして「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」とされていること,他の市町村の入札実例による低額落札の弊害を考慮して,次回入札においては5年間の契約となるために低額落札となって受託者に累損が生じることのないように,次回の入札では受託業務を遂行するに足りる額を最低価格として設定することができるとの考えを上司,部下,総務部に話をした。甲野所長の上司や総務部は,札幌高裁昭和54年11月14日判決も参考にして,甲野所長の考えに賛同し,深谷市長に対してもこれらの説明がなされた。
そこで,平成12年12月20日,深谷市長・環境部長から,甲野所長に対して,次回入札においては,(地方自治法施行令にいう)最低制限価格ではなく(廃棄物処理法施行令にいう)基準価格を設けることが指示された。
このような経緯に基づいて,平成13年1月9日の入札にあたり,B区域・西区域・東区域のそれぞれにつき「設計額」,「予定価格」の外に「基準価格」が決められた。この「基準価格」は,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務委託という公共性の故に受託者の利益幅を最大限縛った金額であるところの「予定価格」を,更に企業努力により金額を下げても適正な一般廃棄物収集運搬業務を行い得る最低の金額として算定された。「基準価格」も「設計額」,「予定価格」と同様,最終的な決定者は市長であるが,甲野所長が過去のデータ等をもとに算定をして市長に説明をした上で決定された。
イ 地方自治法の適用の有無
本件で問題となっている一般廃棄物の収集委託業務の委託業務の内容は,深谷市住民の,生ごみ等の燃やせるごみ・燃やせないごみ・粗大ごみ・資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)・電池等の有害ごみを当該区域内の300か所以上の収集所を塵芥車等の車両で回って収集し,処理施設(センター)まで運搬する業務である。
地方行政実務においては,典型的なごみ収集業務委託契約の締結に関しては,同契約が公益保持のために契約の内容・効果について法律により広く規制される公法上の契約と解されることから地方自治法234条の規定は適用されず,廃棄物処理法及び同法施行令の規定により運用され,廃棄物処理法は,同法施行令4条で一般廃棄物を委託する場合の基準の一つとして「委託料が受託業務を遂行するに足りる額」と定めていることから,ごみ収集等の業務の公益性に鑑み,経済性の確保の要請よりも業務の遂行の適正を重視し,地方自治法234条で原則とされる一般競争入札制度とは異なる建前をとっている。そして,廃棄物処理法で委託契約の締結方法についての定めがないのは,地方自治法234条の適用を前提にしているからではなく,契約締結の方法については,市町村の裁量に委ねていると解されており,したがって,それぞれの市町村の事情に照らし業務の適正な遂行が確保できると思われる契約方法の中から,公正性や経済性の観点からも検討を加え,もっとも適切な方法により契約を締結することが適当であり,各市町村の判断により,地方自治法234条に掲げられている一般競争入札,指名競争入札又は随意契約の方法により締結する場合も,廃棄物処理法や同法施行令の規定に沿った運用を図る必要があると解されている(札幌高裁昭和54年11月14日判決参照)。
本件においては,平成11年8月に執行した指名競争入札の結果,著しく低額で落札した業者による業務が不適切となり住民からの苦情も頻繁であったため,住民の生活環境の保全と公衆衛生の向上のためかかる事態は絶対に避けなければならないという状況にあり,他方,分別収集の拡大,委託区域の拡大から公平に新規業者の参入を図る必要があったが故に,塵芥車の耐用年数に当たる5年間を契約期間とし,その指名競争入札の際に「受託業務を遂行するに足りる額」としての必要最低限の金額を算定し,これを「基準価格」として設定し,基準価格以上の最低額入札者を落札者とするという運用を行ったものであり,深谷市の事情に照らし業務の適正な遂行が確保でき,公平性・経済性の観点からも適切な方法であるといえる。
また,基準価格の算定については,入札者の現場説明会の際に全入札業者に配付し説明をした業務委託仕様書に基づき,人件費については埼玉県の土木工事設計単価表を使用し,燃料費・修繕費等は深谷市が現業で行っていたときのデータを使用して算定し,基準価格は,ほぼ原価に近い金額で決定されたものであって,金額としても妥当である。
ウ 地方自治法施行令167条の10第2項の適用又は類推適用
仮に,本件について,一般廃棄物収集運搬業務について地方自治法234条の適用があるとしても,本件においては,地方自治法施行令167条の10第2項の適用又は少なくとも類推適用が可能である。
すなわち,地方自治法234条3項が,普通地方公共団体が行う契約締結の方法として同条1項が一般競争入札を原則とする旨規定していることにつき,その競争入札の方法として,「契約の目的に応じ,予定価格の制限の範囲内で最高または最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とするものとする。」と定めているのは,そのようにして落札者を決定することが,地方公共団体にとって有利であり,通常は,その適正,公平な財務処理に資することになるからである。そして,収入の原因となる契約に関しては,極端に高額な入札を認めることにより弊害等が生ずる事態は,通常は予想し難いので,支出の原因となる契約と異なり,極端に高額の入札を排除するような例外的処理を認めておらず,最高裁平成6年12月22日判決(民集48巻8号1769頁)は,普通地方公共団体が収入の原因となる契約を締結するため一般競争入札を行う場合に最高制限価格を設定することは許されないと判断したが,本件は,収入の原因となる契約ではなく支出の原因となる契約が問題となっている。
地方自治法施行令167条の10第2項が「工事又は製造の請負」と規定したのは,本規定が設けられた昭和38年当時,契約履行に資金と時間とを要し,不合理な低価格の入札者が落札者となり契約の適正な履行ができない事態を招き損害を被ることを避けるために特に必要がある契約として想定したのが工事又は製造の請負であったにすぎない。
廃棄物処理法施行令で「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」を基準とすべきとの規定が設けられたのは,上記地方自治法施行令の最低制限価格制度よりも後の昭和46年であり,最低制限価格の制度が設けられた昭和38年当時適用されていた清掃法には,一般廃棄物収集運搬業務を民間に委託する規定自体が存在しなかったこと,さらに,平成14年改正後地方自治法施行令において「工事又は製造の請負」は明文をもって「その他についての請負の契約」も対象とされることが確認されたこと,本件の平成13年1月の入札による契約は「5年単位・億単位の委託額」という時間と費用を要し契約途中で履行を確保できない事態は1日たりとて許されないごみ収集業務であることからして,本件は合目的解釈がなされてしかるべきであり,解釈上地方自治法施行令の「工事又は製造の請負」に該当すると解すべきである。
仮に適用が認められないとしても同条項の類推適用は認められることには問題はないというべきである。
エ 廃棄物処理法施行令違反との主張に対する反論
その他に,原告は,本件入札において,H社は,廃棄物処理法施行令4条1号に反するとするが,当時は,分別収集及び委託区域の拡大に伴い,入札参加機会を広げる必要性が高い状況にあり,そのような状況の中で,H社は,広く運搬業務を遂行してきた経験のあるI組合と代表者・従業員を同じくし,車両についても直ちに準備し運行し得る人員及び財政的基礎も有しており,その他特に一般廃棄物収集運搬業務の適切な遂行に支障がないと判断されたために指名されたのであり,同号に違反するとは認められない。
オ まとめ
したがって,本件入札において,基準価格を設定し,それによってA社を失格としたことは適法である。
(3) 争点3(本件支出命令の違法性)について
(原告の主張)
本件委託契約に基づく委託料の支払は月額支払の方法であり,行政行為としては継続している。
支出負担行為,支出命令,支出の全体としての違法性が存在する。
(被告の主張)
原告の主張を争う。
(4) 争点4(Yの過失)について
(原告の主張)
平成16年3月2日最高裁判決は,「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取り扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解し,これに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに,上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない」旨,判示している。
しかし,本件においては,あらたに入札において最低制限価格を設定するか否かという行政上の重大な決断をするに際しても,十分に検討をしておらず,札幌高裁昭和54年11月14日判決を前提に,「それでいいだろう」という程度の議論しかしていない。しかも,上記札幌高裁判例は,指名競争入札という地方自治法上明文化されている制度を前提とした判例ではなく,指名競争入札の場合に,最低制限価格を設定することが可能だという根拠には全くなり得ない。
結局,自治体内部では,あらたな制度を設定しようとする際においてもまともな議論すらしていないことが明白であり,過失は免れない。
(被告の主張)
ア 近時の最高裁判決(平成16年1月15日,平成16年3月2日)は,国賠法上の過失に関する「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当でない」とする最高裁昭和46年6月24日判決等の射程が,長の地方公共団体に対する民法709条に基づく損害賠償請求にも及ぶことを明らかにした上,長の過失を否定する判断をしている。
イ そして,甲野所長は,平成11年8月の低額落札により生じた東区域のごみ収集業務の問題点解消についての模索の中で,廃棄物処理法施行令4条において委託の基準の一つとして「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」(同条5号)とされていることの他,他の市町村の入札実例による低額落札の弊害を考慮して,次回入札においては5年間の契約となるために低額落札となって受託者に累損が生じることのないように,受託業務を遂行するに足りる額を最低価格として設定するとの考えを,上司・部下,総務部に話した。これを受けた甲野所長の上司や総務部では,役所内に置かれ役所の職員が参考資料として頻繁に使用し年2回追録の行われる加除式図書である乙16(地方行政ゼミナール)・乙17(自治体ゼミナール)において,札幌高裁昭和54年11月14日の判決が紹介され,「一般廃棄物の収集,運搬業務の委託契約については地方自治法234条の適用を前提としているからではなく,契約締結の方法については市町村の裁量に委ねていると解することができる。市町村の判断により,地方自治法234条及び地方自治法施行令の契約の規定は適用されず,廃棄物処理法や同法施行令の定めるところによる」旨の解説もなされていたことから,その合理性・適法性を納得し,甲野所長の考えに賛同した。
深谷市長に対しては,環境部長を通じてこれらの説明がなされ,平成12年12月20日,深谷市長・環境部長から,甲野所長に対して,次回入札においては,入札により落札金額が低く5年の契約となるため,累損が生じないよう基準価格を設けることが指示された。
また,平成14年9月の第3回定例会において,議員である原告から基準価格に関する質問がなされたのに対して,乙山市民環境部長は,設定の理由及び根拠につき,上記の乙16・乙17の書籍や札幌高裁判決の内容に則して答弁している。
ウ 上記のような状況に照らすと,本件入札において基準価格を設定したことについては,まさに,一般廃棄物収集運搬業務委託の契約締結方法に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときに当たるといえる。
したがって,本件入札において基準価格の設定を決定し執行した当時深谷市長であったYには故意又は過失は認められないというべきである。
また,本件入札による一般廃棄物収集運搬業務委託契約に基づく委託料についての支出命令行為につきYに故意過失があるかどうかを検討すると,本件入札による一般廃棄物収集運搬業務委託契約の委託料の市長たるYの支出命令行為は,業務委託契約書,深谷市会計事務規則41条以下に基づき,毎月,委託業者から提出される請求書を添付し支払命令書を決裁することにより行われてきている。
したがって,上記最高裁判決に照らしても本件支出命令行為についても,Yに故意又は過失はないというべきである。
(5) 争点5(損害額)について
(原告の主張)
ア 主位的請求について
本件入札の違法がなければ,A社が入札した価格2億0498万円で深谷市はA社と契約締結に至ったはずである。
したがって,深谷市には,H社が落札した2億2802万1500円とA社入札額との差額2304万1500円の損害が発生した。
イ 予備的請求について
基準価額が業務を遂行するに足る金額だとすると,深谷市は,契約金額である2億3942万2575円と基準価額2億3940万円との差額2万2575円の損害が発生している。そして,平成13年度を除くと,2万2575円の5分の4である1万8060円の損害が発生したこととなる。
(被告の主張)
いかなる契約方法であれ,本件においては基準価格以下での契約締結は許されない状況にあった。本件入札における積算は,ごみ収集業務に携わっていた経験の長い甲野所長により,適切な根拠資料に基づき積算されたものであり,また,本件基準価格は,適切なごみ収集業務を行い得る最低ぎりぎりの金額としてほぼ原価の金額に設定されている。
そして,本件入札においては,基準価格と原価に極めて近い金額で実際に落札され契約締結がなされたのであるから,深谷市の損害は認められないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(監査請求期間徒過の正当理由)について
(1) 認定事実
基本的事実関係に加え,証拠(適宜掲記する)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 平成12年市議会
平成12年12月4日に開催された平成12年深谷市議会第4回定例会において,議案として平成12年度深谷市一般会計補正予算が上程された。上記補正予算は債務負担行為補正として,ごみ収集業務委託料について,期間が平成17年度まで,限度額が16億9510万円としていた(乙1,2)。
また,同月7日,上記補正予算の議案質疑において,環境部長は,新規業者も加えた入札により5年契約で委託することを述べ,その際原告も出席していた(乙1)。
イ 本件入札及び本件契約の手続
深谷市における一般廃棄物収集委託業務を担当する環境部清掃センターは,平成12年12月21日に,指名参加業者8業者のこと,入札3区域(B区域,東区域,西区域)に基準価格を設定すること等につき文書で報告・決裁を経て,同月26日に本件入札に関する詳細につき,指名参加業者に交付する入札指名通知書等の書類内容も含めて文書による伺い・決裁を得た(乙3,4)。
環境部清掃センターは,同月28日,個別説明会を実施し,同説明会において指名参加業者8業者に対し,最低制限価格(基準価格)の設定を明記した入札指名通知書を交付し,口頭でも基準価格の設定につき,説明した(乙5,甲野)。
一般廃棄物収集運搬業務委託についての深谷市役所内の報告書・伺書・決裁書,入札関係書類は,深谷市公開条例によって閲覧又は複写によって入手することが可能な状態にあった(弁論の全趣旨)。
ウ 平成14年市議会
平成14年3月7日に開催された平成14年深谷市議会第1回定例会において,丙川議員が,平成14年度深谷市一般会計予算のごみ収集の委託に関し質問をしたところ,環境部長は,5つの区域の契約業者の名前と契約金額,そのうち西区域についてはH社が5260万5000円であること,西区域の入札結果は2億2802万1500円が最低価格であり,その最低価格が落札したことを回答した(乙33)。
エ 原告の本件入札関係書類の入手等
原告は,平成14年3月7日又は8日に,環境課において入札記録書を閲覧した。この入札記録書の中には本件入札に関する入札記録書が含まれ,この入札記録書には入札業者8者,これら8者の入札額,基準価格が2億2800万円であること,2億0498万円で入札したA社は失格し,2億2802万1500円で入札したH社が落札したこと等が記載されていた(乙8,33)。
その後,原告は,以下のように環境課及び総務課より資料や回答書の交付を受けた。
① 平成14年4月16日,環境課より上述の内容が記載された本件入札に関する入札記録書を含めた深谷市5区域の一般廃棄物収集運搬業務委託の指名競争入札,随意契約の入札(見積)記録書の写しの交付を受けた(乙8)。
② 平成14年4月25日,総務課よりI組合及びH社の入札参加登録日,一般廃棄物収集運搬業務に係る入札参加資格者を記載した資料の交付を受けた(乙9)。
③ 平成14年4月26日,環境課より一般廃棄物収集運搬業務委託の経緯,入札参加業者調書等の資料や業務委託仕様書,平成11年8月30日入札のB区域,東区域についての入札記録書の写しの交付を受けた。なお,上記入札記録書の最低制限価格の欄は「無」と記載されていた(乙10)。
④ 平成14年5月7日,総務課より一般廃棄物の収集・運搬・処理業務の入札参加登録者に関する登記簿謄本の写しの交付を受けた(乙11)。
⑤ 平成14年9月20日,環境課より平成13年1月9日実施の入札(B区域,東区域,西区域),平成13年1月17日の随意契約に関する予定価格書の写しの交付を受けた。なお,西区域の本件入札の予定価格書には入札書比較価格の欄には「264,171,250」,入札書の比較価格の最低制限価格の欄には「228,000,000」と記載されている(乙12)。
⑥ 平成14年9月30日,環境課よりI組合及びH社が一般廃棄物収集運搬業許可を取得した年月日の回答並びに廃棄物処理法の罰則に関する資料が添付された回答書の交付を受けた(乙13)。
⑦ 平成15年1月29日,環境課よりI組合及びH社に関する原告の質問に対する回答並びに基準価格は,市長と当時の環境部長,清掃センターの所長の協議によって決定した旨を記載した回答書を受けた(乙14)。
⑧ 平成15年2月17日,環境課よりH社の一般廃棄物処理業許可に関する資料の交付を受けた(乙15)。
オ 平成14年第3回定例会
平成14年9月19日に開催された平成14年第3回深谷市議会の一般質問において,原告は,本件入札における基準価格とは何なのか,何で基準価格を設定したのかという質問をした上で,最低制限価格を設けることは地方自治法違反である旨述べた。それに対し,環境部長は,基準価格は廃棄物処理法にいう委託業務を遂行するに足りる額として設定したこと,ごみ収集業務委託契約については地方自治法は適用されず,基準価格を設けたことは適法であると回答した(甲7)。
(2) 判断
ア 主位的請求に係る監査請求の適否について
(ア) 原告が違法であると主張する本件入札,それに基づく本件契約は,それぞれ平成13年1月9日,同月10日であって,本件監査請求がなされたのは平成15年3月24日であるから,本件入札と本件契約についての監査請求は,地方自治法242条2項本文が定める1年の監査請求期間を徒過していることは明らかである。したがって,同項ただし書に規定する「正当な理由」がない限り,上記監査請求は不適法なものとなる。
ところで,地方自治法242条2項本文が1年の監査請求の期間を定めたのは,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計行為上の行為は,たとえそれが違法,不当なものであったとしても,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとした趣旨と解される。そして,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかで判断すべきものである(最高裁平成14年9月12日判決・民集56巻7号1481頁,最高裁平成14年9月17日判決・裁判集民事207号111頁参照)。もっとも,普通地方公共団体の一般住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて上記の程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなくても,監査請求をした者が上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される場合には,上記正当な理由の有無は,そのように解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁平成14年10月15日判決・裁判集民事208号157頁参照)。
(イ) これを本件についてみるに,まず,本件入札について,環境部清掃センターは,平成12年12月に基準価格の設定,参加業者の指名のほか入札指名通知書等の決裁を受け,間もなくそれらの書類は住民も閲覧し謄写することができる状態にあった。
また,平成14年3月7日の市議会において本件入札の結果が述べられ,市議会議員である原告が同日又は翌日に閲覧し,同年4月16日に受け取った本件入札に関する入札記録書には,本件入札に係る入札業者,各入札業者の入札額,基準価格の存在,入札結果としてA社の失格,H社の落札について記載されており(上記①),原告が平成14年4月26日に受け取った平成11年8月30日入札の入札記録書には最低制限価格が存在しない旨の記載があった(上記③)。
さらに,原告は,平成14年4月25日,同年5月7日に入札業者に関する資料を受け取り(上記②,④),平成14年9月19日の市議会の一般質問において,原告自らが,基準価格が何なのか等と質問した上,最低制限価格を設けることは地方自治法違反であると述べていた。そして,翌20日,原告が受け取った予定価格書には,本件入札の最低制限価格が明確に記載されている(上記⑤)。
そうすると,自ら深谷市から資料を入手し本件入札の内容について調査していた原告は,平成14年4月16日に本件入札の存在及び入札結果に加え,基準価格の存在を知ることができ,平成14年9月19日の市議会の質問に対する回答を受けたこと及び翌20日に最低制限価格が明記された予定価格書の交付を受けたことにより,遅くとも平成14年9月20日には,本件入札及びそれに基づく契約について監査請求をするに足りる程度にその内容を認識していたというべきである。
そして,本件監査請求は,平成14年9月20日から6か月以上後の平成15年3月24日になされていることになるが,原告は平成14年9月20日の時点で本件入札に最低制限価格が設けられていることを認識し,それが地方自治法に違反する疑いを抱いていたこと,その時点において原告は本件入札及びそれに関連する他のいくつかの資料を入手していることに照らすと,本件入札及び契約についての監査請求は,原告が監査請求をするに足りる程度に本件入札等の存在及び内容を認識してから相当な期間内になされたものということはできないというべきである。
したがって,主位的請求である本件入札及びそれに基づく本件契約行為に関する訴えについての監査請求は,地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるということはできず,主位的請求に係る訴えについては監査請求期間の徒過した不適法なものといわざるを得ない。
イ 予備的請求に係る監査請求の適否について
(ア) 原告は,予備的請求として,平成15年3月の監査請求の1年前の平成14年4月以降の支出命令の違法を主張する。
よって検討するに,公金の支出は,一般的には,長の支出負担行為(支出の原因となるべき契約その他の行為)及び支出命令に基づき,収入役等が支出(狭義の支出)をすることによって行われるものである。これらは,公金を支出するために行われる一連の行為であるが,互いに独立した財務会計上の行為というべきものであり,したがって,支出負担行為,支出命令及び支出については,地方自治法242条2項本文所定の監査請求期間は,それぞれの行為のあった日から各別に計算すべきものと解される(最高裁平成14年7月16日判決・民集56巻6号1399頁参照)。
そして,本件支出命令は,平成13年4月以降毎月,H社の請求書に基づきなされているものであり,毎月の支出命令がなされたそれぞれの時点を監査請求期間の起算点とみるべきである。
そこで,本件監査請求についてみると,本件監査請求は平成15年3月24日になされているところ,乙26,36及び37によれば,月払の委託料の支出命令は当該月の翌月上旬ころになされていると認められるから,本件支出命令のうち平成14年3月分の支出に係る支出命令から平成15年2月分の支出に係る支出命令についてはその行為のあった日から1年内に監査請求されているといえる。そうすると,原告の予備的請求については監査請求期間の徒過はないというべきである。
(イ) この点,被告は,本件監査請求は,本件入札と債務負担行為たる本件契約についてのみ対象とされているのであり,契約の履行行為である各別の委託料の支払については対象とされていないと主張する。
しかしながら,支出負担行為,支出命令,支出は個々独立した監査請求の対象として考えるべきであるとはいえ,一方で監査請求は,監査請求期間も限定されており,住民訴訟ほどに対象が厳格に特定されなければならないわけではなく,一般住民がその法的構成や自治体における公金の支出過程を理解,把握し得るものではなく,支出負担行為,支出命令,支出を区別をすることなく全体として対象としていると考えられる場合が多い。
そこで,いかなる財務会計行為が監査請求の対象とされているかどうかは,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出したその他の資料等を総合して合理的実質的に考えるべきであり,特段の限定がない限り,支出負担行為,支出命令,支出を一体として対象としているものと考えるのが相当である。
そこで,本件監査請求においていかなる財務会計行為が対象とされているかを検討すると,監査請求書(甲5)の地方自治法違反の項目は本件入札において最低制限価格を設けたという本件入札自体の違法を述べるとともに,結果的にその違法により深谷市に損害が発生したことを述べており,その実質は契約によって違法な支出がなされることを問題として監査請求しているものであって,特段支出負担行為に限定するようなところも窺えず,本件監査請求は支出負担行為とともに支出命令,狭義の支出を含めた全体としての支出の違法を指摘したものとみるのが合理的である。
そうすると,本件支出命令についても本件監査請求を経ているというべきであり,上記被告の主張は理由がない。
ウ まとめ
よって,本件入札に基づく本件契約行為に関する訴え(主位的請求)については地方自治法242条2項の正当な理由がなく監査請求期間を徒過した不適法なものであり却下を免れない。しかし,本件支出命令のうち平成14年3月分の支出に係る支出命令から平成15年2月分の支出に係る支出命令(合計4788万円)に関する訴え(予備的請求)については適法な監査請求を経ているといえるから,以下,本件支出命令について本案を検討することとする。
2 争点2(本件入札及び本件契約の違法性)及び争点3(本件支出命令の違法性)について
以下,予備的請求である本件支出命令に関する違法性の有無を検討するが,本件支出命令は本件入札及び本件契約を前提にしているものであり,本件入札及び本件契約が違法であれば本件支出命令も違法となると考えられるから,まず先行行為である本件入札及び本件契約の違法性を検討することとする。
(1) 認定事実
これまで認定した事実に加え,証拠(適宜掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
ア 深谷市の一般廃棄物収集運搬業務について(甲野)
(ア) 深谷市の一般廃棄物収集運搬業務については,当初はすべて現業職員を雇用し直営で実施されていたが,行財政改革の一環として,昭和61年10月から,JR高崎線以北の区域が3分割され(西から「A区域」,「B区域」,「C区域」),A区域及びC区域については,市内し尿汲取り業者が設立した会社との間で随意契約で一般廃棄物収集運搬業務委託が行われてきた。B区域については指名競争入札が行われ,その後落札業者との間で随意契約により行われてきた。JR高崎線以南については,従前どおり市の直営で行っていた。
深谷市は,平成11年4月にごみ収集について,次のような実施計画を決定した。
① それまでの5分別(燃やせるごみ,燃やせないごみ,粗大ごみ,有害ごみ,冷蔵庫・エアコン)に,資源ごみ7分別を加えて,12分別収集に改め,毎週木曜日を資源ごみの日とする。
一般廃棄物の収集運搬業務の内容は,深谷市住民の,生ごみ等の燃やせるごみ・燃やせないごみ・粗大ごみ・資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)・電池等の有害ごみを,当該区域内の300か所以上の収集所を塵芥車等の車両で回って収集し,処理施設(センター)まで運搬する業務とする。
② この分別収集の体制に伴い,作業車両・作業員の増大の必要があるところ,現業職員による直営での対応には限界があること,又,行財政改革の基本方針に基づいて,JR高崎線以南の区域を2分割し,それぞれ西区域,東区域と名称を付け,西区域は従来どおり現業職員による直営とし,東区域を新たな委託区域とする。
③ ①,②の実施は,ごみの量が多い夏場を過ぎた平成11年10月からとする。
その後,上記実施について具体的方法が詰められ,B区域と東区域について,平成11年8月30日に指名競争入札が行われた。
(イ) この指名競争入札に当たって,B区域と東区域のそれぞれの設計額と予定価格が決められた。
設計額は,当該一般廃棄物収集運搬業務を委託するのに一般的に必要な金額を当該区域の過去のごみの量のデータなどから算定したもので受託者の通常の利益を見込んだ金額とされ,予定価格は,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務委託という公共性故に受託者の利益幅を最大限縛った金額とされた。
平成11年8月30日に行われた指名競争入札において,次のとおり,B区域についてはI組合が,東区域についてはA社がそれぞれ落札し,それぞれ受託した。
B区域
東区域
設計額
19,700,000
20,700,000
予定価格
18,700,000
19,600,000
落札価格
16,200,000
(I組合)
14,300,000
(A社)
イ A社の業務(乙22,23,29ないし32,甲野)
平成11年10月1日より,新しい体制での分別収集が開始された。
深谷市の環境部清掃センターへのごみ搬入受付は通常8時30分から16時30分までであり,平成11年10月1日以前の一般廃棄物収集運搬業務においては,清掃センターへのごみの搬入が午後5時を過ぎることはほとんどなかったが,平成11年10月1日以降,A社の業務は,受付時間内に収集運搬作業が終わらない状態が続き,清掃センターはごみ搬入受付時間を1時間30分から2時間延長することもあった。そして,平成11年10月から12月までの間,A社は収集したごみをその日のうちに清掃センターに搬入できず,搬入が翌日になることが続いた。また,その間,深谷市民から環境部清掃センターに対し,業者が夜遅くまでごみを収集している,収集車が来ない,塵芥車が汚い,臭い旨の苦情が寄せられた。一方,同じく新体制での業務を行ったB区域のI組合には翌日搬入になるまでのことはほとんどなかった。
そこで,清掃センター所長の甲野をはじめ担当職員が,A社に対し,改善策を指導するなどし,平成12年1月以降は,A社が収集したごみはほぼその日のうちに清掃センターへ搬入されるようになった。
ウ 基準価格の設定経緯(乙4の6,甲野)
(ア) 深谷市は,平成12年12月11日,深谷市の一般廃棄物収集運搬業務について,地球環境を配慮した低公害車を導入すること,塵芥車のペイントや絵柄を統一し車両の美観を図ること,市内全域を委託収集とすること,5年間の契約とすること,市内業者に広く入札の機会を与えること,深谷市の一般廃棄物収集運搬業の許可を取得していること等の条件を満たす市内業者を委託業者とすること等を内容とする平成13年度ごみ収集業務委託実施計画を策定した。
(イ) 一方,清掃センター所長の甲野は,平成11年8月30日に入札をした2区域のうち東区域のみ業務に支障が生じた理由は,東区域の落札価格はB区域の落札価格に比して,設計額・予定価格よりも著しく低く,東区域の落札価格内では,当該区域のごみ収集をきちんと行い得るだけの作業車両・作業員等を整えることができないことにあると判断したため,そのような事態を解決するためには最低制限価格を設けることを発案した。
そこで,甲野は,東区域の問題点について,廃棄物処理法施行令4条において委託の基準の一つとして「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること」とされていること,他の市町村においても入札実例による低額落札の弊害がみられること,次回入札においては5年間の契約となるために低額落札となって受託者に累損が生じることのないように,次回の入札では受託業務を遂行するに足りる額を最低価格として設定する必要があることを甲野の上司,部下,総務部に話をした。そして,甲野の上司や総務部は,札幌高裁昭和54年11月14日判決や市町村の契約に関する参考文献等を検討した結果,最低制限価格を設けることは法的に可能と判断し,深谷市長に対してもこれらの説明がなされた。そこで,平成12年12月20日,深谷市長・環境部長から,甲野に対して,次回入札において基準価格を設けることが指示された。
このような経緯に基づいて,平成13年1月9日の入札に当たり,B区域・西区域・東区域のそれぞれにつき「設計額」,「予定価格」のほか「基準価格」が決められた。
エ 基準価格の算定方法(甲野,乙34)
基準価格を算定するに当たり,甲野は,西区域における人件費,減価償却費,修繕費,燃料費,現場管理費,一般管理費について過去の実績,調査,経験等を基にして計算し,それに消費税を加えて直接経費を設計額として積算した。そして,上記設計額を基に,平成11年8月の入札におけるI組合とA社の落札価格を考慮して,基準価格が決定された。
(2) 判断
ア 地方自治法適用の有無
(ア) 地方自治法234条は,売買,貸借,請負その他の契約は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法により締結するものとすると規定し,普通地方公共団体が締結する契約の方法,契約の相手方の決定の方法等を定めている。そして,普通地方公共団体が行う契約の締結としては,原則として一般競争入札を原則とし,指名競争入札,随意契約等は例外的に政令で定めるときに限り行うことができるとしているが(地方自治法234条2項),このような契約の締結方法の原則を定めた地方自治法の趣旨は,普通地方公共団体の行う契約事務においては,公正に行われなければならず(公正性),契約の相手方の機会均等を図る必要があり(機会均等性),かつ,経済性を確保する必要があるところ,不特定多数人の参加を求め,入札の方法によって競争を行わせ,そのうち普通地方公共団体の最も有利な価格で申込みをしたものを契約の相手方とする方式である一般競争入札が,上記要請を最も満たすものと考えられるからである。
(イ) そして,地方自治法234条の規制の対象となる契約は,一般に地方公共団体が私人との間で締結する売買,賃借,請負その他の私法上の契約をいうものであるところ,本件契約は,深谷市住民の生ごみ等の燃やせるごみ・燃やせないごみ・粗大ごみ・資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)・電池等の有害ごみを当該区域内の300か所以上の収集所を塵芥車等の車両で回って収集し,処理施設(センター)まで運搬するというものであり,本来は市町村が廃棄物処理法6条の2第2項に基づいて行うべきものであるが,これを私人に委託するものである。
そして,本件契約は,仕事の内容は公益的性質を有するとしても契約自体は一般の契約と変わらず,上述した地方自治法の趣旨である公正性,機会均等性,経済性が要請されるものである。したがって,本件契約も,地方自治法234条1項の定める「売買,貸借,請負その他の契約」に該当し,地方自治法の適用を受けるというべきであり,地方自治法及び地方自治法施行令に定める要件を満たす必要がある。
(ウ) この点,被告は,廃棄物処理法施行令4条5号で一般廃棄物を委託する場合の基準の一つとして「委託料が受託業務を遂行するに足りる額」と定めていることや,ごみ収集等の業務の公益性から,経済性の確保の要請よりも業務の遂行の適正を重視すべきであり,本件契約は公法上の契約であって,地方自治法234条は適用されず,契約締結の方法については,市町村の裁量に委ねていると主張する。
しかしながら,たしかに,一般廃棄物収集運搬業務は,住民の生活に密接に関連するものであり,業務の遂行が適正になされるかどうかによって住民の生活に及ぼす影響は高く,一定の公共性を有することは否定できないが,公共性が高いということだけで地方自治法の適用が排除されると解することはできない。地方自治体が私人に委託又は請負を行う対象が一定の公共性を有することは通常であるし,現に公共施設の工事等の請負など高い公共性を有する契約についても地方自治法の規定に則って契約が締結されていることも公知の事実である。そして,本件契約においても地方公共団体と受託業者との間の契約締結方法及びその内容において,公法上の契約として私法上の契約とは違う特殊な法律関係を認める必要性までは認められない。
また,廃棄物処理法は,市町村が一般廃棄物の収集運搬等を第三者に委託する場合等の基準を同法施行令において種々規定する(同法施行令3条,4条)が,委託契約における契約締結方法に関して何ら具体的な規定を定めていない。廃棄物処理法施行令4条5号も受託料が受託業務を遂行するに足りる額であることを一般的な基準として規定しているが,契約方法についてまでの規定ではなく,廃棄物処理法施行令4条5号の定め等から直ちに地方自治法の契約締結に関する規定の適用が原則的に排除されるとみるのは困難である。
したがって,廃棄物処理法及び同法施行令等を根拠として本件契約には地方自治法の適用がないとする被告の主張は採用できない。
イ 最低制限価格設定の違法性
(ア) 普通地方公共団体が支出の原因となる契約について一般競争入札又は指名競争入札に付する場合には,契約の目的に応じて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とするが,工事又は製造についての請負の契約を締結する場合において,当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは,あらかじめ最低制限価格を設けて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって落札者とせず,予定価格の制限の範囲内で最低制限価格以上の価格をもって申込みをしたもののうち最低の価格をもって申込みした者を落札者とすることができる旨定めている(地方自治法234条3項,地方自治法施行令167条の10第2項,同法167条の13)。
このように,地方自治法が最低制限価格制度を設けた趣旨は,本来,普通地方公共団体の支出の原因となる契約については,予定価格の制限の範囲内の価格をもって申し込みをした者を契約の相手方とすべきであるが,工事又は製造の請負の契約については,常に最低の価格を提示したものを相手方とすると,落札価格が不合理なものであった場合には,契約不履行に陥り,その結果,普通地方公共団体に損害を与えるおそれがあり,そのような事態を生じることを防止する目的にあると解される。
一方,最低制限価格制度には,最低制限価格を予測し得た場合や最低制限価格の情報を取得した者がいた場合にはその者が常に確実落札者たりうることが予想され,公正な取引が行われなくなることがあるという弊害がある。
このように地方自治法において,契約類型を特定して最低制限価格を設定できる場合を限定している趣旨に鑑みれば,普通地方公共団体の長は,当該公共団体の支出となる契約のうち,「工事又は製造の請負の契約」に限って最低制限価格を設け,これを下回る入札者を排除することが許されると解するのが相当であって,普通地方公共団体が,地方自治法施行令に規定されていない「工事又は製造の請負の契約」以外の支出の原因となる契約を締結するために指名競争入札を実施する場合において最低制限価格制度を採用することは許されないと考えられる(このように解した場合には,工事又は製造の請負の契約以外の支出の原因となる契約を締結する場合において,行政上特にその契約の履行水準を確保するために必要があるときには,地方自治法施行令167条の2第1項2号所定の「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するものとして,随意契約の方式で行うことが許容されると考えられる。)。
これを本件についてみると,本件契約は,一般廃棄物収集運搬業務委託契約であって,地方自治法施行令167条の10第2項,同167条の13所定の「工事又は製造の請負の契約」に該当しないことは明らかであるから,最低制限価格を設けた本件入札手続は違法といわざるを得ない。
(イ) 被告の主張について
被告は,地方自治法の適用があるとしても,本件においては地方自治法施行令167条の10第2項が適用又は類推適用されるから最低制限価格を設けることは適法であると主張する。
しかし,地方自治法が最低制限価格を設けることができる場合を明文で限定していることは上述のとおりである。確かに,種々の契約において,不合理な低価格の入札による地方自治体の損害防止が要請される場面はあるが,そのことだけで法令の明文の規定に反し最低制限価格を設けるということはできない。なお,平成14年改正後地方自治法施行令167条の10第2項は「工事又は製造その他の請負の契約」としてその適用場面を広げたが,そのような法改正を待つことなく,類推適用という方法で地方自治法施行令の適用場面を広げることは相当でない。そして,廃棄物処理法施行令4条5号が委託料が受託業務を行うに足りる額とするとしていることについても,それは一般廃棄物の収集運搬等の委託契約の基準に係る一般的訓示的規定であって,そこから直ちに入札の場合の最低制限価格の設定まで想定しているものとは解することはできない。
そして,本件の場合において,低額入札による弊害を防止するという行政上の必要が真に認められたのであれば,別途随意契約等の方式等による解決策を模索すべきものであったのであり,本件契約が「工事又は製造の請負の契約」に該当しない以上,地方自治法施行令167条の10第2項を適用又は類推することはできないといわざるを得ず,被告の主張は採用できない。
(3) 小括
したがって,本件入札及びそれに基づく本件契約は地方自治法及び地方自治法施行令に違反するものというべきである。
そして,問題となる本件支出命令についてであるが,本件契約の支出命令を行う最終的権限を有するのは市長であるところ,支出命令を行うにあたっては,その支出が,法令又は予算に違反していないかどうか,債務が確定しているかどうかという点を確認して行う必要があり,違法な債務負担行為が行われ,それに基づいて支出命令が行われた場合には,支出命令も当然違法となるというべきである(なお,最高裁昭和62年5月19日判決は,随意契約の制限に関する法令に違反して契約が締結された点において違法であるとしても,それが私法上当然無効とはいえない場合には,普通地方公共団体は契約の相手方に対して当該契約に基づく債務を履行すべき義務を負い,上記債務の履行として行われる行為自体は違法ということはできず,その差止めを求めることはできない旨判示するが,これは,地方自治法上の規定に反して契約締結手続が行われた場合に,その契約が相手方との関係で私法上有効となり得る場合があることを示したものであって,違法な契約に基づく履行行為の結果,普通地方公共団体に損害が生じた場合の長の責任等に触れたものではないから,前記判断を左右するものではない。)。
そこで,本件においても,違法な本件入札及び契約に基づいて,本件支出命令がなされているから,本件支出命令も違法性を帯びるというべきである。
3 争点4(Yの過失)について
(1) ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解し,これに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない(最高裁昭和46年6月24日判決・民集25巻4号574頁,最高裁平成16年3月2日判決)。
これを本件についてみるに,本件の背景として
ア 前記認定のとおり,平成11年8月30日に,市のB区域と東区域について指名競争入札が行われ,B区域はI組合が,東区域についてはA社が落札したが,A社の業務は受付時間に清掃センターへの搬入が終了しないことかしばしばあり,東区域の住民からは収集車が来ない,塵芥車が汚い,臭いなどの苦情が寄せられ,清掃センターの甲野所長らは,A社の処理の遅れなどの原因には,東区域の落札価格は予定価格よりも著しく低く,当該区域のごみ収集をきちんと行い得るだけの作業車両,作業員等を整えることができないことにあると分析,判断していた,
イ 本件契約当時,一般廃棄物収集運搬業における契約について地方自治法234条の適用があるかどうか問題となった事件について,公法上の契約であることを理由として同条の適用を否定する判決(札幌高裁昭和54年11月14日)があり,自治体職員用のいくつかの参考文献(乙16,17)においても一般廃棄物収集運搬業務における委託契約は公法上の契約であり,地方自治法234条の適用はなく,契約の方法については廃棄物処理法施行令4条5号等の趣旨に基づき,自治体の裁量において適宜運用される旨記載されているものもあった,
ウ このようなことから,甲野らは平成13年1月に行われた本件契約において,基準価格(最低制限価格)の設定が法的に可能と判断して,深谷市長であったYに意見具申し,Yもこれに同意して最低制限価格設定を指示した,
との経過が認められる。
(2) しかしながら,A社の処理の遅れ等に対しては,甲野らの指導により一定の改善がなされ,市民からの苦情も収まったことが認められるし,平成12年度については,深谷市はA社と一般廃棄物の収集等に関しては随意契約の方法により委託契約を締結しているのである。そして,たしかに,一般廃棄物収集運搬に関する委託契約について地方自治法234条の適用があるかどうかについては,その適用がないとの下級審判例や自治体関係者用の一部の文献における見解も示されていたが,一般廃棄物収集運搬の委託契約について地方自治法234条の適用除外を示す明文の規定はなく,地方自治法に関する標準的な解説書(例,松本英昭編「逐条地方自治法」学陽書房)にもそのような記載はなく,前記のような見解はどちらかといえば少数説に止まっていたとみられ,弁論の全趣旨によれば,深谷市において過去に一般廃棄物収集運搬の委託契約において最低制限価格を設定した例はなく,適宜随意契約の方法等により地方自治法234条の規定に沿った運用が行われてきたと認められるのである。
そして,甲野やその上司が前記札幌高裁判決その他の文献等を参考にして最低制限価格を設置することになったとしても,それまでの経緯からすればやや唐突であり,その間に,例えば他の自治体の取扱例を探ったりした形跡はなく,被告としては地方自治法234条,同法施行令167条の10の明文の規定に反して最低制限価格を設けることの適法性についてさらに慎重に調査検討を遂げる必要があったというべきである。
そうすると,本件において,地方自治法234条の適用がないものと判断し,最低制限価格を設定したことに相当の根拠を認めることは困難であり,Yが市長として最低制限価格を設け,違法に本件入札を行い,本件契約を締結したことについては,過失があったものと評価せざるを得ない。なお,本件支出命令が仮に専決処理されていた場合であっても,同様である(補助職員が専決により処理した場合,本来的権限を有する市長は,税務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときには,普通地方公共団体に対し,補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解される。最高裁平成3年12月20日判決・民集45巻9号1455頁)。
結局,Yには,本件支出命令に関し,深谷市に対し,同市が被った損害を賠償する責任がある。
4 争点5(損害額)について
本件入札及び契約が違法であり,それに基づく本件支出命令が違法である以上,本来的にはA社の入札額とH社との入札額との差額が損害となり,これに基づき支出命令の損害も算定すべきものとも考えられる。しかしながら,本訴の予備的請求において,原告は,違法な支出命令による損害としては,基準価格とH社との入札額をもとに損害を計算し,そのうち平成13年度分を除いた差額の5分の4を損害と主張しているところ,上記請求額は本来的に考えられる損害額の範囲内と認められる。そこで,上記原告の主張に沿って検討すると,H社が本件入札において落札した価格2億2802万1500円と基準価格2億2800万円の差額2万1500円のうち,適式な監査請求を経た平成14年3月分から平成15年2月分までの1年分の支出命令に係る損害として合計4300円を本件支出命令に係る損害と認めることができる。
そうすると,原告の予備的請求は,被告に対し,Yに4300円を支払うよう求める限度で理由があるというべきである。
5 結論
以上のとおりであって,原告の請求のうち,主位的請求に係る訴えについては却下し,予備的請求は,被告に対し,Yに4300円を支払うよう求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担については認容額等諸般の事情を考慮して民事訴訟法64条ただし書により全部原告に負担させることとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・豊田建夫,裁判官・都築民枝,裁判官・松村一成)
別紙収集委託区域割<省略>