さいたま地方裁判所 平成15年(行ウ)30号 判決 2005年5月25日
原告
X1
(ほか7名)
原告ら訴訟代理人弁護士
難波幸一
被告
東松山市長 坂本祐之輔
同訴訟代理人弁護士
関口幸男
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件支出の違法性)
(1) 本件任意合併協議会の職務と地方公共団体の事務
前記認定事実によると、本件任意合併協議会は、8市町村の合併に係る調査研究、合併後の将来構想、合併に関する住民への情報提供、合併に向けての計画策定、法定合併協議会設立に係る調整・準備等を協議するために設置されたものであり、地方自治法252条の2第1項や合併特例法3条の協議会とは異なるいわゆる事実上の協議会とよばれるものである。
ところで、地方公共団体の事務に関し、地方自治法2条15項は、地方公共団体は、常にその組織及び運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならないとし、同条は、地方自治行政を能率化、効率化するために地方公共団体の規模を適正化することもその事務として定めている。そして、同条に関連し、昭和28年に町村合併促進法、昭和31年に新市町村建設促進法、昭和40年に合併特例法が制定され、地方分権化の推進と具体的事務権限が県から市町村に委譲されることに伴い市町村の自主的な取り組みによる合併が増加した。こうしたことに伴い、現行の合併特例法においては「自主的な市町村の合併」の推進が目的とされ(同法1条参照)、住民発議制度(同法4条)、市町村建設計画(同法5条)、地域審議会(同法5条の4)、市町村に対する各種財政上の支援に関する規定等地方分権の推進のもとで、基礎的地方公共団体である市町村が主体となって合併に取り組むことが前提とされているのである(地方自治法7条において、市町村の申請に基づいて市町村の廃置分合又は市町村の境界変更を行うことと規定されていることも同様に考えられる。)。そして、近年、交通・情報通信手段の発達、日常社会生活圏の拡大や地域間の連携・協力の促進等による市町村の広域化の要請され、その要請を総合的に解決する観点から、市町村合併によって単一の地方公共団体が処理するという手法も広域行政の一環としてとらえられるものであり、このような基礎的地方公共団体たる市町村の事務権限や合併に関する法制度に鑑みれば、合併に関する調査、研究、計画策定等を行うことは、市町村の事務と考えられる。
したがって、上記のような協議を行うために設立され、合併に関する調査、研究、計画策定、法定合併協議会の事前準備等を行った本件任意合併協議会の職務はまさに基礎的地方公共団体たる東松山市の事務の一環としてとらえられるべきである。
(2) 地方自治法252条の2、合併特例法3条違反の主張について
上述のように、本件任意合併協議会は、地方自治法252条の2や合併特例法3条に基づき設置された法定の協議会ではないから、上記法令の手続を経ていない。
ところで、地方自治法252条の2が協議会の設置について各種手続を法定した趣旨は、広域行政の必要に応じ、個々の地方公共団体が各個に処理するよりも、共同して処理することによって地方公共団体の区域を越えた合理的な行政運営を可能ならしめるところにあり、かつ、その事務処理は、個々の市町村の事務処理に法的な影響を及ぼし得る可能性があるところによると考えられる。しかし、事実上の協議会については、明文の規定なく設けられる事務の共同処理方式ではあるが、いかなる事務の共同処理を行う場合にも常に地方自治法252条の2等に定める手続を定めて協議会を設置しなければならないとするのはかえって煩雑であり、機動性に欠ける場合もあり、また、連絡調整の協議会や調査・研究を目的とする協議会等であれば、その協議会の決定が直ちに法的効果を及ぼすものでもない。とすれば、協議会の設置手続、協議会の組織、規約の規定等について種々の規定を設けた地方自治法や合併特例法等の法の趣旨を没却すると認められるような特段の事情が認められる場合はともかくとして、事務の共同処理の一方法として地方自治法252条の2等の規定によらない事実上の協議会を設置することをもって直ちに違法ということはできない。
そして、合併に関する任意の協議会については、任意合併協議会が合併に関するあらゆる事項の詳細を協議・決定し、その後の法定合併協議会が形骸化、形式化したような場合には、違法の瑕疵を帯びることもあり得ると考えられるが、本件任意合併協議会は、合併に関して調査・研究し、計画を策定し、法定合併協議会の設置準備等を行うことを協議事項とし、実際にもそのような事項を協議して活動を行ったと認められ、活動内容も上記の限度にとどまるものである。また、本件任意合併協議会は、一部の市町村において法定合併協議会設置の議案の成立の見込みが立たないことから8市町村の合併を目的とする法定合併協議会の設置をあきらめて解散することになったものであり、法定合併協議会が形骸化、形式化したような場合でもなく、合併特例法の趣旨を潜脱したような事情も窺われず、その他本件任意合併協議会が地方自治法その他の法の趣旨を没却するような趣旨・目的で設置、運用されたと窺わせるような事情も本件証拠上認めることはできない。
したがって、標記の原告らの主張には理由がない。
(3) 総計予算主義、予算区分主義違反の主張について
地方自治法210条は、会計年度における一切の収入及び支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならないとして総計予算主義を定め、同法216条は、歳入歳出予算は、歳出にあっては、その目的に従って、款項に区分しなければならないとし、同法施行規則15条1、2項は、歳出予算にかかる目、節の区分を定めている。
本件についてこれをみると、〔証拠略〕によれば、本件任意合併協議会に関する費用は、平成15年度東松山市予算の歳出の款「総務費」、項「総務管理費」として適法に議決され、目「企画費」(そして、その目は地方自治法施行規則15条1、2項に定められた節の区分がされていると推認し得る。)とし適法に計上された予算科目から支出されたものと認められる(平成14年度についても同様と推定される。)。合併に関する調査、研究等の事務が市町村の事務として考えられることは上記のとおりであるから本件支出に係る上記款項目節の予算計上、支出の方法に違法があるとは認め難い。
原告らは、款「総務費」、項「総務管理費」、目「企画費」、節「負担金補助金及び交付金」に任意合併協議会にかかわる職員給与費・需用費として積算して、予算計上しなければならないと主張するが、独自の見解であり採用できない。
また、原告らは、概ね、「市町村合併と広域行政は全く異なるものであり、本件任意合併協議会に係る事務を広域行政に係る事務として把握し、その事務分掌を担当する政策推進課とその予算をもって対応することは許されない。」と主張する。
上記原告らの主張する違法事由は明確ではないが、要するに合併は市町村の事務ではないというものにすぎず、広域行政の一環として市町村合併が考えられることは前記のとおりであり、市町村合併に関する調査、研究、計画策定が地方自治体の事務というべきことは上記説示のとおりである。
したがって、本件任意合併協議会に係る事務を広域行政に係るものとして政策推進課がその事務を担当すること自体違法とみることはできず、その支出を款「総務費」、項「総務管理費」、目「企画費」の予算科目の中から執行することも違法ではなく、原告らの上記主張は採用できない。なお、原告らは東松山市の政策推進課行革分権係の事務分掌に「市町村合併に関すること。」が加わったのは、平成15年9月1日(〔証拠略〕)であり、それ以前にはそのような規定がなかったことを指摘するが、このことを考慮しても前記判断を左右するものではない。
(4) 職務専念義務違反の主張について
上述のように、本件任意合併協議会は、事実上の協議会ともいうべきものであるが、その職務は、広域行政の一つである合併に関する調査、研究等であり、地方公共団体の職務に位置づけられるものである。
ところで、地方公務員法35条は職務専念義務を定めるが、地方公共団体が当該地方公共団体以外の団体へ職員を派遣し、その業務に従事させることは、法律に特別の定めがある場合を除いては、これが職務専念義務に反しないと認められる場合か、若しくはあらかじめ職務専念義務の問題が生じないような措置がとられた場合においてのみ許されるというべきであるところ、本件任意合併協議会における市の職員の職務内容は、市の事務そのものというべきであり、職務命令によって本件任意合併協議会の事務に従事させたとしても職務専念義務に反する措置であったとはいい難い。
そうすると、職員が本件任意合併協議会の職務に従事したことは、地方公務員法35条に反するものではなく、原告らの主張は前提を欠くものであって、市の職員に支給した給与等も違法な支出とはいえない。
(5) 憲法92条違反の主張について
原告らは、住民投票を経ずして本件任意合併協議会を設置すること及び市町村合併に関する事項が公約に含まれていなかったにもかかわらず、合併に関する事務を市長や議員が行うことは、憲法92条に反すると主張する。
しかし、憲法92条から直ちに合併に関する諸種の事柄について住民投票をもって決しなければならないとする解釈は導くことはできず、原告らの上記主張は独自の解釈に基づくものである。
たしかに市町村の合併に関する事項を住民の多数意思にかからしめることは住民自治の観点からは好ましいものである。しかし、本件のように、合併に関し任意の研究、調査、事前協議についてまで個別に住民投票を経なければならないとする法的な根拠もなく、むしろそのように解することは間接民主主義を原則とした憲法の趣旨にもそぐわないといわざるを得ず、原告らの主張は採用の限りではない。
(6) したがって、いずれの点についても原告らの主張する違法事由は認められず、本件支出は適法というべきである。
2 結論
以上の次第であり、原告らの請求は理由がないというべきであるから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 松村一成)