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さいたま地方裁判所 平成15年(行ウ)5号 判決 2005年3月16日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,Aに対し,18億7000万円の損害賠償請求をせよ。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,被告の地位にあったAが岩槻市を代表して,岩槻都市振興株式会社(以下「本件法人」という。)との間で,岩槻市が本件法人に対して18億7000万円を貸し付けるという金銭消費貸借契約を締結した(以下「本件貸付」という。)ことにつき,岩槻市の住民である原告が,本件貸付は回収不能であり,地方自治法(以下「法」という。)232条の2に反するなどと主張して,これにより岩槻市は上記貸付金相当額(18億7000万円)の損害を被ったので,岩槻市はAに対して同額の損害賠償請求権を有するとして,法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,Aに同額の損害賠償請求をすることを求めた事案である。

2  前提となる事実(証拠により認定した事実については,適宜証拠を掲げる。)

(1)  当事者

原告は岩槻市の住民であり,Aは,本件貸付当時,被告(岩槻市長)の地位にあった者であり,現在も岩槻市長の地位にある。

(2)  αビル(乙3,6~8)

ア 岩槻市は,β第1種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)の一環として,岩槻駅東口に,αビルを建設し,同ビルは平成8年3月にオープンした。

イ αビルには東館(地下1階付き地上12階建て)と西館(地下1階付き地上5階建て)があり,αビルがオープンした当時,同ビル東館の地下1階から地上4階には,株式会社マイカル(以下「マイカル」という)が経営する「サティ岩槻店」が入居しており,サティ岩槻店は,同ビル東館の核テナント(キーテナント)であり,その地上5,6階は,公共駐車場(β公共駐車場。)であった。

(3)  本件法人及びその経営の悪化

ア 本件法人は,本件再開発事業の一環として,平成6年11月10日に設立された株式会社であり,αビルの管理運営を主たる目的とするものである。

本件法人は,同社の代表取締役社長には岩槻市長の地位にある者が,代表取締役副社長には岩槻市助役の地位にある者が就任しており,その株式の約67%(発行済株式総数1万8000株のうち1万2083株)を岩槻市が出資・保有するほか,市内金融機関,商工会議所,権利者等の出資によって設立された株式会社であり,いわゆる「第三セクター」である(乙3,6~8,14,20)。

イ 本件法人は,αビルにつき同社が有する床及びその他の地権者と共有する床をマイカル等のテナントに賃貸し,賃料を得ており,また,岩槻市からβ公共駐車場の管理を委託され,これをマイカル等に賃貸し,使用料を得ている(乙3,6~8,14,20)。

ウ 本件法人の設立以降平成12年度まで(平成6年11月から平成13年3月まで)の経営成績は,別表1「本件法人の経営成績一覧表」の「第1期」から「第7期」欄記載のとおりである(甲5,7,9,11,13,乙10,11)。

エ マイカルは,平成13年9月,民事再生手続の適用を申請し,事実上経営破綻した。その後,マイカルは,株式会社イオンをスポンサーとして,同年11月,会社更生手続の適用を申請した(乙3,14,20,25)。

オ マイカルは,平成13年11月,本件法人に対し,αビルの賃料を50%減額することなどを要請し,本件法人とマイカルは,協議の上,平成14年6月29日,αビル東館の床の賃料の減額,同ビル4階部分の返還,ビル定額管理費の減額,β公共駐車場の使用料の減額に関する合意をした(以下「本件変更合意」という。甲19,20,乙20)。

本件変更合意の結果,本件法人のマイカルからの収益が激減し(αビル東館の床の賃料及びβ公共駐車場の使用料による収益は年額合計4億3000万円強の減額となった。),平成14年度以後,本件法人において,大幅な赤字が出るものと見込まれた(甲4,乙3,20,弁論の全趣旨)。

(4)  本件条例及び本件規則の制定

岩槻市は,岩槻市議会及び特別委員会において審議を経た上,平成14年8月5日,賛成多数により「岩槻市中心市街地活性化のための岩槻都市振興株式会社経営安定化資金の貸付けに関する条例」(同日条例第21号。以下「本件条例」という。)を可決・制定するとともに,「岩槻市中心市街地活性化のための岩槻都市振興株式会社経営安定化資金の貸付けに関する条例施行規則」(同日規則第38号。以下「本件規則」という。)を制定した。(乙1~3,18,19)。

本件条例及び本件規則は,以下のような内容である。

ア 本件条例(乙1)

(ア) 本件条例は,岩槻市が出資している第三セクターである本件法人に対して,その経営の安定化に必要な事業運営等に要する資金を貸し付けることにより,本件法人の良好な事業運営を確保し,もって中心市街地の活性化に寄与することを目的とする(第1条)。

(イ) 本件条例1条に規定する貸付けに係る資金(貸付金)の額は18億7000万円とする(第2条)。

(ウ) 貸付金の貸付利率は,本件法人の経営状況を考慮して規則で定める率とし(第3条1項),貸付金の償還期間は,貸付金を貸し付けた日から35年(13年以内の据置期間を含む。)以内とし,その償還は,規則で定める年賦償還の方法による(同条2項)。

(エ) 本件法人は,貸付金の貸付けを受けようとするときは,規則で定める申請書に必要な書類を添えて,被告に提出するとともに,速やかに被告と契約を締結しなければならない(第4条)。

(オ) 被告は,貸付金を担保するため,本件法人が所有する不動産に抵当権を設定することができる(第5条)。

(以下略)

イ 本件規則(乙2)

(ア) 本件規則は,本件条例の施行に関し必要な事項を定めるものである(第1条)。

(イ) 本件条例3条1項に定める利率は,据置期間を含む償還期間につき年0.02%とし(第2条1項),本件条例3条2項に定める年賦償還の方法は,下記のとおりとし,本件条例2条に規定する貸付金を貸し付けた日の属する市の会計年度の翌会計年度から,毎会計年度7月31日までに償還するものとする(第2条2項)。

① 平成14年8月から平成27年7月まで 据置期間

② 平成27年8月から平成42年7月まで 年8000万円

③ 平成42年8月から平成46年7月まで 年1億3000万円

④ 平成46年8月から平成47年7月まで 年1億5000万円

(ウ) 本件法人は,貸付金の貸付けを受けようとするときは,岩槻都市振興株式会社経営安定化資金貸付申請書に,会社再建計画書,貸付けに係る返済計画書及びその他被告が必要と認める書類を添えて,被告に提出するとともに,速やかに被告と金銭消費貸借契約書により契約を締結しなければならない(第3条)。

(以下略)

(5)  本件貸付(甲3)

被告(岩槻市長)の地位にあったAは,平成14年8月5日,岩槻市を代表して,本件法人との間で,以下の約定により金銭消費貸借契約を締結し(本件貸付),岩槻市は,同月8日,本件法人に対して18億7000万円を貸し付けた。

ア 貸付金額 18億7000万円

イ 使途 本件法人の経営の安定化に必要な事業運営等に要する資金

ウ 償還方法

① 平成14年から平成27年までは据置期間

② 平成28年から平成42年までは毎年7月末日限り各8000万円

③ 平成43年から平成46年までは毎年7月末日限り各1億3000万円

④ 平成47年7月末日限り1億5000万円

エ 約定利率 年0.02%

オ 違約金 支払を怠った元金及び利息に対して年14.6%

(6)  監査請求及び本件訴訟の経緯

ア 原告は,平成14年10月24日,法242条1項に基づき,岩槻市監査委員に対し,本件貸付は違法・不当に公金を支出する融資契約であるとして,被告に本件貸付の撤回を求めるよう請求した(甲1)。

イ 岩槻市監査委員は,平成14年12月17日,本件貸付による岩槻市の本件法人に対する融資は,法242条1項の違法・不当な公金の支出に当たらないとして,上記アの原告の監査請求を棄却した(甲2)。

ウ 原告は,平成15年1月16日,本件訴訟を提起した。

3  原告の主張

(1)  本件貸付は,法232条の2所定の「補助」に該当するところ,同条は,公益上必要がある場合に限り,補助金の交付は許されるものとしている。しかしながら,本件貸付の借主である本件法人は,岩槻市が過半数を出資しているものの,株式会社として一営利法人に過ぎないものであり,そのような本件法人に対してその経営の安定化に必要な事業運営等に要する資金を貸し付けることに公益性はないので,法232条の2所定の「公益上必要がある場合」に当たらず,本件貸付は同条に反する。

(2)  本件貸付には法232条の2が適用されること

本件貸付の利率は,年0.02%の固定利率であり,極めて低利である。また,支払時期についても,貸付日である平成14年8月8日から約14年後の平成28年7月末日までは元金の支払を据え置き,その後さらに20年間の分割弁済とするものであり,しかも,元金の分割弁済額も当初の14年間は,各8000万円とするというものである。

したがって,本件貸付は,その実体においては「補助」に当たるというべきである。

仮に,同条所定の「補助」に該当しないとしても,貸付けについても「地方公共団体の存在意義から考えて条理上の限度がある」ところ,この「条理上の限度」とは,補助金の場合の「公益上必要がある場合」と同様であると考えられ,そして,上記のとおり,本件貸付は,実体において「補助」というべき場合であるので,「公益上必要がある場合」に限り許容される。

(3)  公益上の必要性がないこと

本件法人は,平成6年11月10日に設立された株式会社であり,その事業目的は,岩槻市が施行主体となって行っている本件再開発事業により建築された施設・建築物の管理業務等である。また,本件法人は,その管理するαビル東館に共有持分100万分の36万6413を有しており,岩槻市は,本件法人の株式の保有を通じて,同社を支配する地位にあり,同社や上記αビル自体が岩槻市の財産でもある。そして,岩槻市は,本件法人に対して,平成7年から平成27年度までの間,債務負担行為として本件法人の金融機関からの借入金債務について,限度額32億円にのぼる損失補償をしている。

このように,本件法人が岩槻市の施策と関連性を有していることは事実であるが,同社は株式会社であり,営利企業であって,本件法人の業務には,商業床の賃貸借,テナントの管理,ビル及び駐車場の管理業務があるところ,これら自体はいずれも通常の民間企業の業務であり,特別の公益性はない。

したがって,本件貸付は,法232条の2所定の「公益上必要がある場合」に当たらない。

(4)  被告は,本件貸付が本件条例に基づきその執行としてなされたものであるので,Aの貸付行為自体には何らの財務会計法規上の義務違反行為はないと主張する。

しかしながら,本件条例は,岩槻市が本件法人に資金を貸し付けることに関する金額及び融資条件について,事前の承認を与えることを内容とするものであり,被告に本件法人への貸付けを法的に義務づけるものではなく,本件貸付を行うかどうか,あるいは本件条例の承認の範囲内で具体的にどのような約定の融資を行うかは,被告がその権限において決すべきものであって,本件条例があるからといって,被告が必ず融資を実行しなければならないというものではない。

(5)  市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に反すること

ア マイカル及び本件法人の経営状況について

本件法人の賃料収入等の大部分を占めるのはマイカルである。そして,本件変更合意(甲19,20)により,本件法人のマイカルからの収入は大幅に減少しており,本件法人の経営が改善する見込みはなく,さらに,サティ岩槻店がαビルから全面撤退する可能性も依然として大きい。

また,本件法人は,平成12,13年度分のβ公共駐車場の納付金合計1億4784万円を,支払困難を理由に,岩槻市に特別に支払を猶予してもらっており,本件法人の経営状況は危機にあるといえる。

イ 損益シミュレーションについて

岩槻市は,本件貸付を行うに当たって損益シミュレーションを行っているが(甲4,本判決別表4),被告は,平成15年9月の市議会において,その見直しに言及している。その主たる理由は,販売費及び一般管理費の約900万円の増加,平成14年度の予算及びシミュレーションと決算における平成14年度の当期損失の乖離である。本件貸付を行うに当たって行った損益シミュレーションは,現実の決算と比較する(本判決別表1と別表4①の各「第9期」及び「第10期」欄参照)と,既に破綻していることが分かるのであり,本件貸付金の回収の見通しはなく,これはそもそも損益シミュレーションが実際の経営状況と著しく乖離した杜撰なものであったことにほかならない。

ウ 上記のとおり,マイカルの経営が改善する見込みはなく,同社が全面撤退する可能性が大きく,また,本件法人の経営も赤字状態で,資金繰りが極めて悪化しており,さらに,岩槻市が本件貸付をするに当たって行った損益シミュレーションも実勢と異なっており,見通しの甘いものである。

したがって,本件貸付は回収不能であり,市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に反するものである。

(6)  上記のとおり本件貸付は,公益性がなく,回収不能で,被告の地位にあったAが本件貸付を行ったことにより,岩槻市は貸付金相当額(18億7000万円)の損害を被ったのであるから,岩槻市は,Aに対して,同額の損害賠償請求権を有している。よって,原告は,法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,Aに18億7000万円の損害賠償請求をすることを求める。

4  被告の主張

(1)  本件貸付には法232条の2が適用されないこと

補助金とは無償での現金交付をいうものであり,本件貸付は,補助金の概念には含まれず,したがって,法232条の2所定の「補助」には該当しないので,本件貸付に同条の適用はない。

よって,本件貸付に法232条の2が適用されることを前提とする原告の主張は失当である。

(2)  仮に本件貸付に法232条の2が適用されるとしても,「公益上必要がある場合」に当たること

ア 公益上の必要性の判断基準について

地方公共団体の長は,地方自治の本旨の理念に沿って,住民の多様な意見及び利益を勘案し,補助の要否について決定を行うのであり,その決定においては,事柄の性質上,当該地方公共団体の地理的・社会的・経済的事情及び各種の行政施策の在り方等の諸般の事情を総合的に考慮した上での政策的判断を要する。そこで,公益上の必要性の判断に当たっては,地方公共団体の長に一定の裁量権があるものであり,裁量権の逸脱又は濫用があったと認められる場合に限り,当該補助金の交付は違法と評価されるものと解される。そして,上記裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかの判断に当たっては,当該補助金の交付の目的,趣旨,効用及び経緯,補助金の対象となる事業の目的,性質及び状況,当該地方公共団体の財政の規模及び状況,議会の対応,地方財政に係る諸規範等の諸般の事情を総合的に考慮した上で判断すべきである。

本件において,仮に本件貸付に法232条の2が適用されるとしても,以下に述べる事情を総合的に考慮すれば,本件貸付は,当時被告の地位にあったAの本件貸付に係る判断に裁量権の逸脱又は濫用があったものとはいえず,公益上の必要性がある場合であるので,法232条の2に反しない。

イ 本件貸付は本件条例の執行であること

本件貸付のような貸付行為は,条例の定めるところにより行うことも,歳入歳出予算に貸付金として計上支出することにより予算措置のみで行うこともできる(乙5)。本件貸付について,被告は,条例案の提出により,地方公共団体の意思決定機関である議会の意思決定を求めた。そして,本件条例は,岩槻市議会において審議され,そこで当不当の問題が指摘されたものの,本件訴訟におけるような法令違反であるとの指摘は全く出ておらず(乙3),条例そのものに著しく合理性を欠くような瑕疵があったとはいえない。そして,被告には,条例を適正に執行する義務があり,本件貸付は,本件条例に基づき,条例の執行として,当時被告の地位にあったAが行ったものであり,Aには何らの義務違反もない。

ウ 貸付先である本件法人の目的

本件法人は,本件再開発事業の一環として設立されたものである。

再開発事業は,都市再開発法に基づく事業であり,本件再開発事業も,同法1条にあるように公共の福祉に寄与することを目的として「暮らしを創り,楽しむ街空間の創造」をコンセプトとして,駅前にふさわしい都市基盤の整備と商業の活性化を図るために施行した事業である。

本件法人の業務を大きく分けると,以下の4つに分けられる。

① 共有である権利床と第三セクターの床を合わせた商業床の賃貸借を行う不動産業

② テナントの管理及びテナントの事業のための販売促進営業

③ ビル及び駐車場の監理業務

④ 自動販売機による販売,損保代理業務など企業独自の収入を得るための業務

上記のとおり,本件法人は,局部的に見た場合でも,公益(市民の公共施設利用)と私益(地権者・商店等の利益,本件法人独自の利益)の双方に関わる会社であり,市全体として見た場合でも,市民の利便・岩槻市全体の発展という公共公益的側面と,地権者の利益確保,市内の商工業・金融業・鉄道事業等の各企業の利益増進と繁盛という私益的側面の両方に関わっている。

エ 岩槻市と本件法人の関係

岩槻市は,本件法人の設立準備委員会,発起人会,設立総会等の設立手続に関与し,また,本件法人の67%の株式を保有し,被告が本件法人の代表取締役社長,助役が副社長,収入役が監査役となっており,役員の中枢を市の三役が占めている。このように,岩槻市は,本件法人設立の全般にわたって中心的役割を果たしてきたのであるが,それは本件法人が有する公益的性格によるものである。

本件法人の自己資本は4億5000万円(出資金)であり,設立時に借入れはなかったが,平成8年2月29日に日本開発銀行(現日本政策投資銀行)から11億5000万円の,平成8年3月12日に岩槻市内の金融機関から24億円の借入れをした。岩槻市は,この本件法人の市内金融機関からの借入れにつき,保証期間を平成7年度から平成27年度までとして,32億円を限度とする損失補償(債務負担行為)をしている(乙9)。

オ 貸付先である本件法人の活動状況等

本件法人の設立後から平成13年度までの活動は以下のとおりである。

① 活性化と利用状況

サティ岩槻店のレジ通過者は,年間平均約300万人である。

② 地元吸収率(買物場所が世帯の居住市町村内にある率)

平成12年度の消費動向調査(乙12)によれば,岩槻市における平成7年の地元吸収率は57.3%であったのが,平成12年には73.3%になっており,県内市町村で第3位である。小売売場面積の増加率に対する上昇率の観点からすれば,他の上位市町村を圧倒する上昇率であり(乙12p22参照),これがαビルの稼働開始によるものであることは明らかである。

③ テナントを含めた地元住民の雇用

本件法人の従業員8名中4名が地元住民であり,サティ岩槻店で働く従業員は,その統計がないものの,相当数の地元住民が雇用されているものと推測される。

④ 税収面での影響

本件法人は,岩槻市に,法人市民税として合計619万3300円,固定資産税として合計2億4794万7300円を納税した。

⑤ その他

本件法人は,αビル稼働後は7期連続して利益をあげており,借入金の返済も順調で,資金繰りに問題はなかった。

カ 本件貸付の目的等

(ア) 本件法人の経営悪化について

本件法人の経営悪化が予測されるようになったのは,平成12年度に,サティ岩槻店の経営母体であるマイカルから,同店の業績が良くないので賃料の見直しをしていきたいとの口頭の申入れがあり,その検討に入ってからである。その後,マイカルは,平成13年9月に民事再生の申立てをし(乙13),また,同社は,会社再建に向け,サティ岩槻店を継続して営業していくための条件として,同年11月25日に正式に文書により,賃料等の減額要請をした(乙14)。このような中,本件法人の安定した経営の継続が危ぶまれるようになった。

(イ) 本件法人が破綻した場合の影響

① 市に対する影響

αビルの管理会社である本件法人が破綻した場合,同ビル東館のキーテナントであるサティ岩槻店は,αビルの賃貸借契約を本件法人と締結していたのが,破綻後は交渉相手が共有者(70名程度)になり,サティ岩槻店が本件αビルにおいて営業を継続していくとは考えられない。

また,サティ岩槻店と同等の新規テナントが進出する可能性は低く,岩槻駅前が空洞化し,岩槻市が進めてきた本件再開発事業が大きく挫折することになる。さらには,これに伴う岩槻市の道義的責任が生じ,今後の各種事業展開にも影響を与えかねない。あるいは,本件法人の設立に賛同した出資者に対して損失を与え,岩槻市に対する信用問題が発生したり,β公共駐車場運営が赤字経営になり,これに市費を投入することになったり,また,岩槻市が負担する損失補償(債務保証)の履行責任が現実化するなど,岩槻市に対する影響は計り知れない。

② 市民に対する影響

岩槻駅前の賑わいを失うことにより,岩槻駅周辺の環境の悪化とともに,岩槻市のイメージが低下し,消費者の利便性が悪くなったり,雇用の場が少なくなるなどし,また,税収への影響は市民にも影響を及ぼすことになる。

そのため,商工会議所が中心となって,サティ岩槻店の存続要請の署名活動が行われ,短期間のうちに岩槻市の人口の約5分の1にあたる2万1097名もの署名が集まった(乙15)。

③ テナントに対する影響

キーテナントを含め,αビルのすべてのテナントが本件法人と賃貸借契約を締結しており,サティ岩槻店が撤退することになると,地元のテナントや採算が良く独立しても充分営業のできるテナント以外のテナントも撤退することになると予想される。

また,残ったテナントだけでの営業では集客力は著しく低下し,αビルの管理上の問題,管理費の増額等が生じ,最終的にはαビル東館全体が閉鎖となる可能性もある。

さらに,本件法人に預けてある保証金,敷金の全額回収が困難となるなどの影響も生じる。

(ウ) 本件法人の破綻回避のための対応策

本件法人の破綻を防止し,経営を継続させていくためには,金融機関からの借入金の返済とマイカルからの預かり保証金の返済に充てるための資金繰りが必要である。しかしながら,民間金融機関の利用による方法では,賃料減少により減益となった本件法人にとっては金利支払の負担が大きくなり過ぎ,また,返済のための借入れという自転車操業では,いずれは行き詰まってしまう。そこで,根本的な対応策としては,超低利借入れによって金融機関の借入金を全額繰上償還して金利負担を軽減し,しかもその元本返済はマイカルの保証金の返済が終了するまで長期間据え置きとする,というような貸付けを行うことが必要であった。しかし,金融機関がこのような貸付けに応じてくれるはずがなく,岩槻市がこの条件で貸付けを行うか,補助を行うしかなかった。

キ 岩槻市における検討内容及び本件条例の制定

本件法人は,本件再開発事業によって建設されたαビルの管理業務を主とした第三セクターであり,また,岩槻駅周辺の賑わいを引き続き創出していくために絶対に必要であることから,安定した状態で会社経営できるよう支援していくことが岩槻市の責務である,というのが基本的な考え方であり,岩槻市は,対応策を検討することとなった。

岩槻市は,本件法人に対し,経営改善のための再建計画と会社継続のために必要な資金について,損益シミュレーションの作成を指示し,そのシミュレーションに基づく検討を開始した。

この検討に係る具体的数字は,乙17の比較表(本判決別表3「金融機関と岩槻市の年度別返済比較表」参照)と,甲4の損益シミュレーション(本判決別表4「損益シミュレーション」参照)に記載されたとおりである。すなわち,別表3によれば,支払利息の節約はトータルで3億5000万円以上にのぼり,平成15年度から平成17年度の3年間だけでも,もともとの約定返済に比べて11億円以上の資金支出をしなくて済むことになる。そして,別表4のシミュレーションによれば,当面は,資金ショートを起こすことなく,経営が継続できることが示されている。

上記検討の結果,本件法人が当時借入れをしていた金融機関に対する借入金を一括して繰上償還することにより,元本及び金利分の出金を押さえることができ(借入利息をほとんどゼロにすることができ,資金繰りを楽にできる。),最良であることが再確認された。その資金としては,αビル西館の空き床であった4,5階を岩槻市が買い取って,公共施設の充実を図り,その売却代金を返済資金に充てるとともに,返済資金の不足分については市が低利,かつ,長期の償還期間で貸付け(本件貸付)を行うこととした。

被告は,問題の重大性と貸付金額の大きさから,市長レベルの決定ではなく,条例案として議会に上程し,議会において充分な審議を経て,その必要性を判断してもらおうと考えた。

このように,本件法人の公益性に鑑み,資金援助として本件貸付に係る本件条例案が上程され,その必要性について審議がなされた結果,本件条例が可決された。

(3)  市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に反しないこと

ア 本件貸付金の回収について

本件法人の平成14年度の単年度決算は赤字となったが,同年度の赤字は損益シミュレーション(甲4)においても予測されており,むしろその経常利益の赤字額は8100万円と予測していたのが,実際には5600万円の赤字で済んでいる(本判決別表1と別表4①の各「第9期」欄参照)。

平成15年度は,経費の節約や新規事業の拡大(駐輪場,月極駐車場等)を行った結果,単年度決算は500万円余りの黒字となったが,損益シミュレーションでは100万円の赤字を予測していたので,実績の方が上回っている(本判決別表1と別表4①の各「第10期」欄参照)。このように,平成14,15年度ともに損益シミュレーションよりも実績のほうが好結果を示している。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,マイカルが全面撤退する可能性が大であると主張するが,マイカルは,会社更生手続内においてサティ岩槻店の存続の可否を検討し,一部撤退と賃料半減を条件として存続を決定したのであり,これは充分継続可能であると判断したからにほかならず,マイカルが全面撤退する可能性が大であるとする上記原告の主張には根拠がない。

(イ) また,原告は,β公共駐車場の納付金の延期を問題とするが,これは,その協議時においてはマイカル問題等により先行き不透明な状況にあったので,支払を延期したのであって,すでにマイカル問題も一応の決着が付き,将来の資金繰りの目処もついたことから,平成16年2月24日の協議において,延期していた全額を平成16年中に支払うことになった(乙22)ので,何ら問題にはならない。

ウ よって,原告が主張するように本件貸付が市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に反するということはない。

(4)  以上のとおり,本件貸付に法232条の2の適用はなく,仮に適用されるとしても,公益上の必要性の要件を満たし,同条には反せず,また,本件貸付は,市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に反しないので,原告の被告に対する本件請求は理由がない。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

前記第2の2の事実のほかに,証拠(甲1~24,乙1~3,6~25)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件再開発事業

ア 岩槻市は,岩槻駅東口区域につき,岩槻市の表玄関として,駅前地区にふさわしい都市機能の充実を図るとともに,市街地環境の改善,土地の高度利用及び道路,駅前交通広場等公共施設の整備を図ることを目的として,都市再開発法に基づき本件再開発事業(β第1種市街地再開発事業)を計画した。そして,昭和60年1月に都市計画の決定公告が,平成元年7月に事業計画の決定公告がなされた後,αビルの建設や,駅前交通広場の創設,公共駐車場の整備等が推進され,平成8年3月,αビル(西館・東館)がオープンした。

イ αビル西館(地下1階付き地上5階建て)は,1階及び2階の一部には,飲食店等の専門店が入居し,2階の一部及び3階は公共施設(図書館,会議室,市民サービスコーナー等)として,4,5階は事務所として利用されている。

αビル東館(地下1階付き地上12階建て)は,地下1階から地上4階には専門店と核テナント(サティ岩槻店)が入居し,5,6階には公共駐車場(β公共駐車場)が配置され,7階から12階は分譲住宅となっている。

ウ αビルの管理・運営は,岩槻市を中心として岩槻市内に支店を開設する金融機関,商工会議所,地権者等の出資により設立された第三セクターである本件法人がこれを行っている。

(2)  本件法人及びその経営状況(マイカル破綻前)

本件法人の業務は,大きく分けて,①地権者と共有である床と本件法人所有の床を合わせた床をテナントに賃貸する不動産業,②テナントの管理及びテナントの事業のための販売促進営業,③αビル及びβ公共駐車場の管理,④自動販売機による販売,損保代理業務など企業独自の収入を得るための業務の4つがある。

本件法人の経営状況は,別表1「本件法人の経営成績一覧表」記載のとおりであり,当期純損益は,第1,2期はマイナスであったが,第3期から第8期まではプラスであり,また,当期未処分損益も,第1期から第4期まではマイナスであったが,第5期から第8期まではプラスであった。

本件法人は,平成8年2月29日に日本政策投資銀行(当時は日本開発銀行)から11億5000万円の借入れを,同年3月12日には市内金融機関9社から合計24億円の借入れをした。そして,岩槻市は,平成7年3月,本件法人の借入金につき,極度額を32億円として平成7年度から平成27年度まで損失補償をすることとしており,上記本件法人の市内金融機関からの借入金合計24億円が損失補償の対象となっていた。

(3)  マイカルとの当初契約

ア マイカルは,αビルオープン以後,同ビル東館の核テナントとして,その地下1階から地上4階及びβ公共駐車場を本件法人から賃借して,サティ岩槻店を開業していた。

イ マイカルと本件法人との当初の契約は,以下のようなものであった。

① αビル東館の床の賃貸借契約について

マイカルは,本件法人から,αビル東館の地下1階から地上4階までの合計8883.37坪を賃借した。その賃料は,1坪当たり月額5250円で,月額賃料は4663万7692円(5250円×8883.37坪=4663万7692円),年額は5億5965万2304円(4663万7692円×12=5億5965万2304円)であった。

② ビル定額管理費について

ビル定額管理費は年額1億3185万6449円とする(なお,実際にαビルの管理・運営をしているのは,再委託会社である株式会社ジャパンメンテナンスである。)。

③ β公共駐車場の使用料について

β公共駐車場の使用料は,基本料金と時間制を組み合わせた料金であり,平成12年度実績額は1億7200万円であった。

(4)  マイカルの経営破綻と本件変更合意

ア 平成13年9月にマイカルが経営破綻し,株式会社イオンがマイカルのスポンサーとして就いた。

イ マイカルと本件法人は,協議の上,平成14年6月29日,当初の契約を,概要,以下のように変更する旨の合意をした(本件変更合意)。

① αビル東館の床の賃貸借契約について

1坪当たりの月額賃料を50%減額して2625円とし,マイカルは,本件法人にαビル東館4階部分を全部返還し,マイカルの賃貸借面積を6863.98坪とする。これにより,月額賃料は1801万7947円(2625円×6863.98坪=1801万7947円)に,年額は2億1621万5364円(1801万7947円×12か月=2億1621万5364円)となる。

② ビル定額管理費について

ビル定額管理費を年額9146万円とする。

③ β公共駐車場の使用料について

β公共駐車場の使用料を定額の固定使用料とし,その使用料を年額8300万円とする。

(5)  マイカル破綻による本件法人経営への考えられる影響

ア 本件法人の平成13年度(平成13年4月~平成14年3月,第8期)の決算は,当期純損益も当期未処分損益もプラスであったが,本件変更合意により,同社のマイカルからの収益が,αビル東館の床の賃料につき年額3億4343万6940円の減額(5億5965万2304円-2億1621万5364円=3億4343万6940円。約61%の減額)となり,β公共駐車場の使用料につき年額8900万円の減額(約51%の減額)となり,平成14年度以降,本件法人は大幅な赤字を出すことが見込まれた。

イ 本件法人は,マイカルの破綻に伴い,市内金融機関に対する約定時期における借入金返済が困難となり,平成13年12月から平成14年5月まで返済の猶予をしてもらった。なお,平成14年7月31日当時の金融機関からの借入金残高は,別表2のA表の「残高」欄記載のとおり,日本政策投資銀行からの借入金残高は11億0800万円,市内金融機関からの借入金残高は合計10億0028万2000円であった。

ウ 本件変更合意に伴うマイカルからの収益(αビル東館の床の賃料及びβ公共駐車場の使用料)の激減により,平成14年度の経常損益において約8000万円の赤字が出るものと予測された。仮に岩槻市等の支援がなく,本件法人が倒産したとすると,以下のような影響が生ずると考えられた。

(ア) 本件法人が倒産した場合,マイカルはαビル東館の床所有者及び共有者ら70名余と直接賃貸借契約等を締結することとなり,権利関係が複雑化し,サティ岩槻店は開業以後いわゆる赤字店舗であり,マイカルが会社更生手続に入っていることからすると,マイカルはαビルから撤退する可能性があった。

そして,仮にαビル東館のキーテナントであるサティ岩槻店が同ビルから撤退すると,他市の例によれば,キーテナントの撤退に伴い,市内で買い物をするという人が減少し,商業の不振,雇用・就労の場の喪失等が起こり,岩槻市のまちづくりにも多大な影響を及ぼすものと考えられ,また,駅前商店街がゴーストタウン化する事態も想定された。

また,サティ岩槻店が撤退し,核店舗がなくなった場合,αビル東館の7階から12階部分にある分譲住宅につき,ライフラインは確保されるものの,店舗の照明が消えることになり,ビル全体が暗い状態となり,防犯上の問題が生じ,また,核店舗がなくなることで,利便性が低下し,αビル全体の価値も下がり,住宅の価値も低下するという事態も想定された。

(イ) 本件法人が倒産した場合,負債額は,金融機関からの借入金合計約21億0800万円,マイカルに返還を要する保証金及び敷金として合計約38億5500万円(本件法人分が約15億1500万円,共有者分が約23億4000万円),テナントに返還を要する保証金として合計約4億3800万円,共有者に返還を要する再預託金として合計約7億4700万円,その他約4億円の合計78億円強になると予想された。一方,本件法人が倒産した場合,資産として同社が所有・共有するαビルの評価額は,土地につき約5割減,建物については約15%程度にまで低下すると試算され,大幅な債務超過となることが予測された。

(6)  岩槻市の本件法人に対する支援等

ア 岩槻市としては,本件法人は,本件再開発事業によって建設されたαビルの管理業務を主とした第三セクターであり,また,岩槻駅周辺の賑わいを引き続き創出していくために,その存続は絶対に必要と考えられたことから,その支援対策を検討することとなった。

そして,本件法人の破綻を防止し,経営を存続させていくためには,金融機関からの借入金の返済とマイカルからの預かり保証金の返済に充てるための資金繰りが必要であるが,返済のためにさらに新たに民間金融機関から借入れを起こすというのでは自転車操業となり,いずれは行き詰まっていくことは明白であった。そこで抜本的解決としては,超低利借入れによって金融機関の借入金を繰上償還し,しかもその元本返済はマイカルの保証金返済完了まで長期間据置きとする貸付けを行うことが必要と考えられたが,民間金融機関がそのような貸付けに応じてくれる見込みはなく,結局岩槻市がそのような低利貸付けを行うか補助を行うしかないと考えられた。そして,補助金とすることは,本件法人が公共的性格を有する第三セクターとしても性質上は株式会社であり,返済を求めることは不可能ではないことや,補助金としては高額になることなどを勘案し,貸付けの方法を取るのが最良と考えられた。

そこで,岩槻市と本件法人は,会社存続のための再建計画と必要な資金額等を種々検討し,最終的に,岩槻市がαビル西館4,5階を代金約5億円で本件法人から購入するとともに,本件法人に低利で18億7000万円を貸付け,これらの金員で民間金融機関からの借入金を繰上償還する案が作成され,こうした場合の損益シミュレーションが検討された。

イ この検討に係る具体的数字は,別表3「金融機関と岩槻市の年度別返済比較表」と別表4「損益シミュレーション」に記載されたとおりである。すなわち,別表3によれば,支払利息の節約はトータルで3億5000万円以上にのぼり,平成15年度から平成17年度の3年間だけでも,もともとの約定返済に比べて11億円以上の資金支出をしなくて済むことになる。また,別表4のシミュレーションによれば,当面は,資金ショートを起こすことなく,経営が継続できることが示されている(もっとも,マイカルへの保証金の返済が始まって数年後には,資金不足から別途借入れが必要になるが,この借入金も返済可能であり,マイカルへの保証金の返済終了後は,比較的安定した経営となることが示されている。)。

ウ このような経緯を経て,平成14年7月の同年第3回岩槻市議会臨時会に,本件法人に対する貸付けに関する本件条例案(議案45号),αビル西館4,5階の買取りに係る財産取得案(議案46号)及びこれらに伴う補正予算措置案(議案44号)の三つの議案が提案され,同月25日から同年8月5日にかけて,岩槻市議会及び特別委員会(α西館に関する財産取得等審査特別委員会)において審議・可決された(なお,本件貸付に係る貸付金18億7000万円は,特定目的基金として岩槻市に留保されていた都市づくり推進基金と市立病院建設基金から支出し,当該基金からの各支出分は,平成14年から平成25年までの間に繰り戻すこととし,そのための予算案も承認された。)。そして,平成14年8月5日,本件条例及び本件規則が制定され,同日,岩槻市と本件法人との間で本件貸付が行われた。

2  本件貸付と地方自治法232条の2の関係について

(1)  元来,地方公共団体は,その事務を処理するために必要な経費を支弁することができ(法232条1項),その際にその支出の金額,支出方法などをどのようにするかは,長の合理的裁量に委ねられているというべきである。そして,法232条の2は,「普通地方公共団体は,その公益上必要がある場合においては,寄附又は補助をすることができる。」と定めているところ,「寄附又は補助」とは無償の給付を意味し,同条は「貸付け」を明示していないので,貸付けには,原則として同条は適用されないものと解される。しかし,貸付けには原則として法232条の2の適用はないといっても,貸付けは補助と同様公金を支出するものであり,その目的は住民の福祉増進にあるから,その性質上条理上の制限を受けるものである(したがって,貸付けが憲法89条などの法令に反したり,動機や目的に不正があったり,貸付方法が中立性,平等性,社会的相当性に欠けるなど著しく合理性を欠くと認められるときは,当該貸付けは違法なものとなるというべきである。)。

また,無利息又は超低利の貸付けなど一般よりも極めて有利な貸付けは,実質的な経済的効果は補助の場合と異なるところがなく,法232条の2の目的が恣意的な無償の給付によって当該地方自治体の財政秩序を乱すことを防止することにあると解されることからすれば,上記のような有利な貸付けについても法232条の2の趣旨を類推し,そのために公益上の必要性を要すると解するのが相当である。そして,本件は18億7000万円という巨額の金員を13年間の据置期間を含む33年間につき年利0.02%で貸し付けるというものであり,一般と比べて極めて有利な貸付けであるといえるから公益上の必要を要するというべきである。

(2)  ところで,補助金や有利な貸付けについての公益性の判断についても,当該地方公共団体の直面する社会的経済的課題,住民の多様な意見や利益等を勘案しての長の広範な裁量に委ねられる部分が多いといわざるを得ない。しかし,上記法232条の2の趣旨にかんがみれば,上記裁量権にも一定の限界があり,当該裁量権の逸脱又は濫用があったと認められる場合は当該支出は違法と評価されるものと解される。そして,その裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかは,議会における承認の有無,当該補助や貸付けの趣旨,目的,効用,支出の対象となる相手方や事業の性格,当該地方公共団体の財政の規模及び状況など諸般の事情を勘案し,その内容が著しく不適切,不合理なものでなかったかどうかによって決せられるべきである。

これを本件についてみるに,前記のとおり,

ア 本件貸付は,マイカルの経営破綻に伴い倒産の危機に直面した本件法人の経営の安定化を図るために行われたものである。

イ 本件法人は,株式会社ではあるが,本件再開発事業の中心として建設・オープンしたαビルの管理運営を主たる目的とし,岩槻市が約67%,その余を地元の金融機関等が出資して設立された第三セクターであり,そのαビルには,公共施設や公共駐車場のほか専門店や核店舗であるサティ岩槻店が入居し,地元吸収率の上昇,地元住民の雇用の増加,岩槻市の税収の確保,地域の活性化に貢献している。

ウ 本件貸付が行われなかった場合には,本件法人は資金繰りに窮して倒産が考えられ,本件法人が倒産すれば,マイカルのαビルからの撤退が考えられた。マイカル(サティ岩槻店)が撤退となれば,岩槻駅前の商業の不振,雇用・就労の場の喪失等が起こり,本件再開発事業の行方や岩槻市のまちづくりにも多大な影響が予想された。また,αビル東館の7階から12階部分にある分譲住宅につき,ライフラインは確保されるものの,利便性が低下し,αビル全体の価値や住宅の価値の低下も想定された。

エ 本件貸付に係る本件条例は,岩槻市議会に提案され,本会議の採決において賛成多数により可決,制定された。また,岩槻市は,本件貸付に係る18億7000万円を,特定目的基金として同市に留保されていた都市づくり推進基金と市立病院建設基金から支出することとし,そのための補正予算案も,本件条例と同様に可決された。

の各事実が認められる。

これによれば,本件貸付は,マイカルの破綻を契機に,αビルの管理運営を行ってきた本件法人の倒産を回避しその安定的な経営を可能とするため,議会で可決された条例に基づき,実行されたものであり,本件法人が倒産するとなれば,サティ岩槻店その他テナントの撤退,これに伴う商業の不振,従業員の解雇,就労場所の喪失,本件再開発事業の頓挫,αビルのスラム化など様々な重大な影響が考えられたから,本件貸付に公益性がないということはできないというべきである(また,その方法,貸付条件等についても,違法と目すべき事情を本件証拠上窺うことはできない。)。そうすると,本件貸付を必要かつ相当のものとして行った被告の判断を不適切,不合理なものということはできず,本件貸付には公益性がなく,裁量権の逸脱又は濫用があるとする原告の標記主張は採用できない。

3  原告のその他の主張について

原告は,その他に,マイカルからの賃料半減により本件法人の経営は危機的状態にあり,そのため岩槻市はβ公共駐車場の平成12,13年度分の納付金1億4784万円の納付猶予をしていること,損益シミュレーションは杜撰であり,平成14,15年度は実績と損益シミュレーションとの間に乖離があり,マイカルの全面撤退の可能性も大であることなどから,本件貸付は将来的に回収不能であり,本件貸付は市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に違反するとの主張をする。

しかし,証拠(甲21,22,乙22)及び弁論の全趣旨によれば,β公共駐車場の平成12,13年度分の納付金1億4784万円については,マイカル問題の将来の決着が不透明の段階で本件法人の資金繰りの便宜のために岩槻市は本件法人に対し暫時納付猶予をしたもので,平成16年2月24日の協議において納付猶予をしていた金額は平成16年度中に支払うことに合意したことが認められる。また,別表1と別表4①の各「第9期」及び「第10期」欄により平成14,15年度の実績と損益シミュレーションとを対比すると,平成14年度は損益シミュレーションでは経常損益赤字を8100万円と予測していたが実績は5600万円の赤字に止まり,平成15年度は損益シミュレーションでは経常損益赤字を100万円予測していたが,実績は500万円の黒字となっており(この背景には,乙25によれば,支払利息が約4500万円減少したことや駐輪場などの新規事業の拡大がある。),実績の方が損益シミュレーションより経常損益が上回っていることが認められる。これらからすれば,損益シミュレーションが杜撰で信頼性,確実性がないということはできない。なお,原告はマイカルの全面撤退の可能性も大であるとするが,その主張に確たる根拠はない。

そうすると,本件法人の破綻の可能性が依然として高く,本件貸付金の回収の見込みはないから,本件貸付が市長の財産適正管理処分義務や地方財政法8条の規定に違反するとの原告の上記主張も採用できないというべきである。

4  結論

以上によれば,原告の被告に対する請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担については行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 馬場潤)

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