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さいたま地方裁判所 平成16年(わ)1615号 判決 2005年1月26日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成14年10月3日午前1時10分ころ,埼玉県さいたま市a町内の道路において,普通貨物自動車を運転し,

第2  同15年5月14日午前2時15分ころ,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で普通貨物自動車を運転し,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,そのころ,同市b区c町内の道路をd方面からe方面に向かい時速約60キロメートルで走行中,進路左前方のブロック塀に衝突しそうになり,これを避けるため急転把するなどして自車を蛇行させた挙げ句,同町内の道路左端の電柱に自車左前部を衝突させ,よって,助手席に同乗していたA(当時24歳)に頭蓋底骨折等の傷害を負わせ,同日午前3時20分ころ,同市f区内のX病院において,上記傷害に起因する脳幹部損傷により同人を死亡させ

たものである。

(証拠の標目)

省略

(補足説明)

弁護人は,判示第2の事実について,当時,被告人は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にはなく,そのような状態にあることの認識もなかったのであるから,危険運転致死罪は成立しない旨主張し,被告人も,当公判廷において,これにそう供述をしているので,この点に関する当裁判所の判断を示す。

1  関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,事件前日である平成15年5月13日は,午前8時に出勤し,当日勤めていたリフォーム会社の仕事で現場の下見に出かけ,午後4時30分ころ会社に戻り,いったん帰宅した後,自動車で日ごろ懇意にしている職場の同僚の被害者方を訪ね,午後8時30分ころから翌14日午前0時ころにかけて,被害者と二人で350ミリリットル入り缶ビール2本と日本酒1合を飲み,その後,カラオケ店に向かうため,被告人が運転する自動車で被害者方を出た。途中,友人のBとその妹のCを乗せたが,カラオケ店までの間に,被告人が急ハンドルを切ったり急ブレーキをかけたりすることがあり,Bら姉妹からスピードを出し過ぎている旨の指摘を受けるなどした。4人は,同日午前1時ころから午前2時ころまでカラオケ店で過ごしたが,被告人は,この間,生ビールを中ジョッキ(500ミリリットル入り)で1杯飲んだところ,もどしそうな感じがして気分が悪くなったが,被害者が同じ飲物を追加注文してしまったため,更にもう1杯の生ビールの中ジョッキにも手を付け,そのほとんどを飲み干した。カラオケ店を出るときの被告人は,歩くのもゆっくりで,車に乗り込む際,ふらふらと身体がふらつくなどしており,Bら方に至るまでの間にも,被告人が,急ハンドルを切ったり急ブレーキをかけたりしたため,Bら姉妹からちょっと危ないと言われるようなことがあった。被告人は,Bら姉妹を送り届けた後,うとうとし始めた被害者を助手席に乗せた状態で被害者方に向かったが,やがて幅員6メートルで緩やかに右方にカーブしたさいたま市b区c町内の道路に差し掛かった。被告人は,この道路を週に2,3回通っており,道路状況はよく分かっていたが,左前方の民家のブロック壁に接触しそうになり,右に急ハンドルを切るや,今度は右前方の民家の壁などに接触しそうになって左に急ハンドルを切り,これを数回繰り返して蛇行して90メートル余り走行した末,道路左端の電柱に左前部を激突させて自車を大破させた。現場には,電柱に衝突する直前に,約8.2メートルのタイヤ痕が残されているが,それ以外にはとりたててタイヤ痕は発見されていない。また,本件の約2時間後に行われた飲酒検知の際には,被告人の顔面から50センチメートル離れた位置でも強い酒臭が認められ,被告人の呼気1リットル中から約0.4ミリグラムのアルコールが検出された(なお,前掲捜査関係事項照会回答書(甲28)によれば,本件当時はこれより高い0.5ないし0.61ミリグラムであったことが推認される。)。

2  ところで,被告人は,捜査段階において,警察官による取調べにおいては,「被害者方に向かって時速約60キロメートルで進行中,Bら姉妹を無事送り届けたことや,被害者方に行ったらすぐに寝ようなどと考え事をして前方をよく見ずに走り,道路左側のブロック塀に車が接近しているのに気付いて慌てて右に急ハンドルを切って塀との接触を避け,その後も衝突を避けるため何回か左右にハンドルを切り,最後に左に急ハンドルを切ったところ,車が左前方の電柱に衝突した。原因は,考え事などをして前方をよく見ておらず,右カーブに気付くのが遅れたためである。」などと供述し,また,検察官による取調べにおいては,「カラオケ店を出る際は,いつもより酔いが回っていたようで,身体がだるく,まばたきが多くなり,店の階段を降りるのも億劫で,階段の下に転げ落ちそうな感じだったので手摺りにつかまって降りた。酒に酔って気が大きくなっていた上,店を出るときに眠気を感じたので,早く被害者方に帰って眠りたいと思い,時速60ないし70キロメートルで走行し,カーブを曲がるときには急ハンドルを切ることが何度かあった。Bら姉妹を送り届けてすぐ,被害者がうたた寝を始め,カーステレオやラジオもつけていなかったので,車内が静かになり,眠気が強くなってきたが,早く被害者方に着いて寝ようと運転を続けていると,本件現場の手前のY自動車学校付近にあった砂山の辺りで眠気が急激に強くなってきて,まばたきが止まらなくなった後,まぶたが重くなり,首がガクッと落ちたような状態になり,一瞬眠ってしまったが,なお運転を続けた。警察の取調べで考え事を始めたとして指示した場所辺りで再び居眠りをして,また首が落ちたことで気が付き,ふと目を開けると,壁が迫ってきていたので,朦朧とした意識の中,反射的に右にハンドルを切り,ブレーキを踏むことも忘れて,ただ左右の壁に当たらないように左右にハンドルを切り,蛇行した後,電柱に衝突した。カラオケ店にいたとき,Dという女の子から被害者に電話があり,被害者が被害者方近くのコンビニエンスストアで待ち合わせをしていたが,そのために急いでいたということはない。」などと供述していたところ,当公判廷においては,「Bら姉妹を降ろしてから本件現場までの間,酔っているという意識はなく,普段と同じように運転していた。時速60キロメートルくらいで走行していると,現場手前の滑らかなカーブに差し掛かり,そのままの速度で行けると考えて曲がろうとしたら,壁にぶつかりそうになって,反対の方にハンドルを向けることを繰り返して蛇行運転になった。ブレーキをかけたが,片輪が浮いていたためか,効かなかった。カラオケ店を出る直前に,以前の交際相手のDから被害者の携帯電話に連絡があって久しぶりに会うことになり,待ち合わせ場所の被害者方近くのコンビニエンスストアに向かって急いでいたので,居眠りなどはしておらず,意識朦朧状態になったこともない。」などと供述している。

3  被告人は,このように捜査段階の供述を翻した理由について,当公判廷において,警察官から本件の原因を聞かれた際,スピード違反になると罪が重くなると思い,なるべくその点をごまかそうと考えていたところ,警察官から考え事をしていたのかと尋ねられたので,これを肯定し,検察官からは,考え事の内容を尋ねられて答えることができなかったため,居眠りをしていたと答えたなどと供述している。

しかしながら,取調状況に関する被告人の当公判廷における供述を精査しても,被告人が捜査官の追及をかわすため故意に虚偽の供述をしたものとは必ずしも認められない上,居眠りまでしていたかどうかはさておくとしても,1でみたとおり,被告人は,事件前日の朝から夕方近くまで仕事をした後に友人らとビールや日本酒を相当量飲酒し,Bら姉妹と別れた後は助手席にいた被害者も居眠りをしている状態で午前2時過ぎという深夜に運転していたことなどに照らすと,被告人が酔いの影響等で強く眠気を催していたとしてもあながち不自然ではない状況にあり,他方で,被告人の公判供述によれば,被告人は,壁にぶつかりそうになって急ハンドルを切り,その後蛇行したというが,関係証拠によって認められる道路の幅員(約6メートル程度確保されている)や,被告人が最初に右に急ハンドルを切った辺りのさいたま市b区c町内の道路のカーブの状態などに照らすと,被告人が十分な前方注視をした上時速約60キロメートル程度で走行していたのであれば,通常,急ハンドルでブロック塀との衝突を回避することを必要とするほどの事態に陥るとは考えにくい上,その際そのブロック塀に衝突したかどうかに関する被告人の供述が変遷していることも不自然といわざるを得ない。被告人が,左前方に迫るブロック塀を見て,慌てて右に急ハンドルを切ったとする点は,酔余の判断・行動能力低下状態にある運転者の行為としてみれば自然であること,待ち合わせがあって急いでいたと言いながらも,被告人が述べる走行速度はたかだか時速60キロメートル程度のものであって,関係証拠によって認められるBら姉妹方から現場に至る間の道路状況等に照らすと,全体としては必ずしも高速運転をしていたというわけではなく,急いでいた旨の被告人の供述は直ちに採用し難いこと,その他,1に記載した被告人の運転状況や飲酒検知結果のほか,被告人が,当公判廷において,酔いの影響でぼやっとして走っていたため,そのままの速度でも曲がりきれると甘い判断をしたことが本件の原因であることを認める供述をしていることなどの諸事情をも総合すると,被告人は,最初に右急ハンドルを切ったさいたま市b区c町内の道路に差し掛かる以前の段階で,飲んだ酒の影響により,前方注視及び的確な運転操作が困難な状態にあることを自覚しながら,なお運転を継続し,前方注視及び的確な運転操作が困難な状態で同地点に差し掛かり,ブロック塀に衝突しそうになって自車を蛇行させた挙げ句,本件犯行を惹起したことは明らかというべきである。

(法令の適用)

省略

(量刑の事情)

本件は,判示のとおりの道路交通法違反(酒気帯び運転)と危険運転致死の事案であるが,そのうちの危険運転致死の事案についてみるに,被告人は,酒気帯び運転をしても,警察官に捕まらなければ構わないなどと考え,ビール等を飲んだ状態でカラオケ店に出かけ,更に飲酒を重ねた上,その帰途に本件犯行に及んだものであって,およそ何らの躊躇もなく極めて安易に運転をしており,犯行に至る動機・経緯に酌量の余地はみじんもない。犯行態様についてみても,事件から2時間余り経過した時点でもなお被告人の身体から呼気1リットル当たり約0.4ミリグラムものアルコールを検出するほどの強い酩酊状態下で,被告人の認めるところでも,制限速度を約30キロメートルも超過する時速約60キロメートルの速度で比較的道幅の狭い緩やかに右にカーブしている住宅街の道路に差し掛かり,最初の右カーブで左前方の民家のブロック塀に衝突しそうになるや,左右にハンドルを切って自車を蛇行させた末,左前方の電柱に激突させたというもので,誠に無謀で危険な運転というべきである。本件によって,助手席に同乗していた未だ24歳の被害者が一命を落としており,結果は極めて重大であって,被害者本人の無念さはもとより,その両親も大きな衝撃を受け,被告人に対する相応の処罰を希望していることなどに照らすと,犯情誠に悪質な事案というほかない。被告人が,本件の約7か月前にも判示第1の酒気帯び運転によって検挙されているばかりか,それ以前にも無免許運転や定員外乗車等の交通違反を何度も繰り返していること,判示第1の酒気帯び運転が発覚した際,警察官から後日出頭するよう指示を受けるや,大声で不満を述べ,交付された告知書を手で揉んで投げ捨てるなどの行為に出ていることなどの諸事情も併せ考慮すると,被告人の刑事責任は重いというべきである。

そうすると,本件の被害者が被告人とともに飲酒した上で本件車両の助手席にいた同乗者であること,保険会社から5,000万円の保険金が支払われて遺族との間で示談が成立していること,被告人の両親から遺族に対し,香典等として合計24万円を支払うなどして慰謝の措置がとられているほか,本件の1年以上後ではあるものの,被告人の妻が謝罪の手紙を添えて現金合計13万円を遺族のもとに送付していること,被告人が,被害者の月命日の供養をしたり,遺族に対して手紙を送付するなどして被告人なりの謝罪の意を表していること,被告人の妻が当公判廷に出廷し,被告人の監督を約束していること,被告人には養育すべき幼い子供がいることなど被告人に有利に斟酌すべき事情を十分に考慮しても,被告人に対し,主文の刑を科すことはやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 山田和則 裁判官 髙嶋由子)

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