さいたま地方裁判所 平成16年(わ)2245号 判決 2005年7月08日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
押収してある折りたたみナイフ1丁(平成16年押第205号の1)を没収す る。
理由
(被告人の身上,経歴等)
1 被告人は,高校卒業後,シナリオライターを目指して専門学校に進んだものの,次第に授業をさぼるようになり,平成8年10月に中途退学してからは,運送会社や酒類販売会社でアルバイトをしたり,ラーメン店で働いたりしていた。しかし,平成16年2月にラーメン店を辞めてからは,全く仕事に就くことなく,時折求職のためにハローワークに通うなどするほかは,自宅で,昼ころに起き出して,母親の作ってくれる食事を摂り,テレビを見るなどしながら,無為に過ごす生活を送っていた。
2 被告人は,家族として,祖母,両親及び弟妹がいたが,飲食店の家業に没頭して厳格な父親とは,幼いころから折り合いが悪かったほか,少年時に,祖母や妹の小銭を盗んだことをきっかけに,祖母らとも口をきかなくなった。また,被告人は,両親に無断で専門学校を退学した後は,母親からも見放されたように感じるとともに,働かせようと口うるさく注意してくる母親を疎ましく思い,避けるようになって,弟以外の家族からの孤立感を深めていった。
3 他方,被告人は,専門学校時代にパチスロを覚えてからはこれにのめり込み,パチスロ代として,小遣いだけでは足りず,同級生の鞄から金を盗むようになり,専門学校を中退した後も,アルバイトとして働いた給料をつぎ込むばかりか,同僚のトラックから金を盗んでパチスロ代に充てることもあった。また,被告人は,平成11年ころからは,複数の消費者金融業者から借入を繰り返すようになったが,平成14年ころには,借入限度額を超えてしまい,消費者金融業者から新たな借金ができなくなったことから,遊興費等が必要になると,勤務先から給料を前借りしたり,弟や同僚等から借金をしたりするようになった。
4 なお,被告人は,平成12年1月ころ,父親が購入した埼玉県児玉郡a町大字bc番地d所在の建売住宅に家族と共に入居して,本件犯行当時まで居住していた。
(第1の窃盗の犯行に至る経緯)
1 被告人は,平成16年2月にラーメン店を退職した後,程なくして手持ちの現金をすべてパチスロに使い果たし,その後は,パチスロは我慢して,たばこ代を上記ラーメン店で一緒に働いていたアルバイト学生のほか,それほど親しくもなかったその友人の大学生からも借りるようになった。しかし,被告人は,パチスロへの欲求が次第に高じて,同年7月31日ころ,上記大学生に,生活が苦しいなどと言って頼み込み,同年8月7日を返済期限として4万円借りることに成功した。
2 しかし,被告人は,その翌日には,同人から借りた4万円をパチスロで費消してしまい,直ちに上記借金の返済に窮することになった。そのため,被告人は,家族から,自宅の筋向かいにある後記A方居宅が旅行のため留守であることを耳にするや,パチスロで遊ぶための資金欲しさもあって,同居宅への空き巣を計画した。
(罪となるべき事実)
第1被告人は,平成16年8月1日午後8時ころ,埼玉県児玉郡a町内のA方居宅に,風呂場の窓の施錠を外して侵入し,そのころ,同所において,同人ほか2名所有の現金約39万1000円及びストッキング2枚(時価合計約40円相当)を窃取した。(同年11月15日付け追起訴状記載の公訴事実)
(第2の強盗殺人等の犯行に至る経緯)
1 被告人は,上記第1の窃盗の犯行によって,多額の現金を手にしたものの,上記4万円の借金を返済した残りの金をすべてパチスロにつぎ込んで,同月10日ころにはその金も底を尽いてしまった。ところが,被告人は,久し振りにパチスロに興じたこともあり,かえって欲求が強まり,同月31日ころ,再度,前記大学生に借金を申し込んだところ,同人は,渋りながらも,同年9月4日までに必ず返済する約束で5万円を貸してくれ,「早くいい仕事が見つかるといいですね。Xさんだったら,絶対いい仕事見つかりますよ。」などと言って励ましてくれた。被告人は,比較的親しかった元同僚のアルバイト学生らでさえ,自分を見捨てているのに,その大学生が無理をしてまで金を貸してくれ,励ましてさえくれたことに恩義を感じ,どうしても約束どおりに金を返さなければならないと考えた。
2 しかし,被告人は,新たに借り受けた上記5万円も,翌日には,パチスロで全額を費消してしまったが,家族や知人から新たに金を借りる当てはなかったため,再び返済に窮することとなった。そこで,被告人は,何としても約束の期日に上記借金を返済するとともに,パチスロで遊ぶ資金も早急にできるだけ多く手にしたいとの思いから,いろいろ検討した結果,前記第1の犯行で味を占めたこともあって,これと同様に空き巣をして現金を手に入れることを思い立った。そして,被告人は,その計画を練るうち,同月2日夜,およその家族構成を知っており,駐車車両の状況から在宅の有無も確認できるなど,空き巣に入ることが容易に思われた,自宅の筋向かいで前記A方居宅の隣に当たる後記B方居宅に侵入することを決めた。
3 さらに,被告人は,犯行の際に顔を見られれば,自分が犯人であるとすぐにばれてしまうと思い,同家の主婦から顔を見られた場合には,同女を殺すしかないと考えるに至った。そのため,被告人は,犯行当日の同月3日昼ころ,凶器として後記折りたたみナイフを取り出し,書類ケース内に入れて隠したほか,室内に指紋を残さないためのタオルや手袋代わりのショートストッキングも用意した。
4 そうこうしていると,後記判示第2の1の強盗殺人の被害者であるB(以下,単に「被害者」ということがある。)が自動車を運転して帰宅したが,被告人は,その駐車方法を見て,被害者がすぐに出掛ける予定のないことを知った。そこで,被告人は,被害者を殺害して金員を強取することを決意し,既に用意していた後記折りたたみナイフを隠した前記書類ケースを脇に抱え,タオルを首に巻き,ショートストッキングをジーパンのポケットに入れ,動きやすい運動靴を履いて,後記B方居宅に向かった。
(第2の1の強盗殺人の被害者の身上,経歴等)
省 略
(罪となるべき事実)
第2被告人は,
1 B(当時38歳)を殺害して金品を強取しようと企て,平成16年9月3日午後1時30分ころ,埼玉県児玉郡a町内のB方居宅に赴き,町内会から防犯用資料を届けに来たと装って,同女に玄関ドアを開けさせて侵入し,同所において,同女に対し,殺意をもって,その胸部,頸部及び背部を所携の折りたたみナイフ(刃体の長さ約9.8㎝。平成16年押第205号の1)で9回突き刺し,その頸部を右手や所携のタオルで絞めつけ,その頭部にどんぶりを打ちつけるなどの暴行を加え,よって,そのころ,同所において,同女を頸部等の刺創群による失血により死亡させて殺害し,同女所有又は管理の現金約1万3120円,クレジットカード2枚,運転免許証1通,ギフト券1枚等在中の財布1個(時価合計約1270円相当),現金約50円等在中の財布1個(時価約100円相当)及び預貯金通帳8通,キャッシュカード6枚等在中のポーチ1個(時価約100円相当)を強取した。(同年10月6日付け起訴状記載の公訴事実第1)
2 業務その他正当な理由による場合でないのに,上記1記載の日時・場所において,上記折りたたみナイフ1丁を携帯した。(同第2)
(証拠の標目)
省 略
(法令の適用)
省 略
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,被告人が,知人に対する借金の返済資金とパチスロの遊興費欲しさから,自宅筋向かいの民家に空き巣に入ったという住居侵入・窃盗(判示第1),次いで,この犯行に味を占めて,同様の動機から強盗殺人目的で自宅筋向かいの別の民家に侵入し,同家の主婦を殺害して現金等を強取したという住居侵入・強盗殺人(判示第2の1),さらに,その際,凶器の折りたたみナイフを携帯したという銃砲刀剣類所持等取締法違反(判示第2の2)の各事案である。
2 被告人の責任を基礎付けるべき事情
(1) 本件各犯行は,周到な準備に基づく計画的な犯行であり,その態様は,凶悪かつ残忍で悪質極まりないものである。
ア まず,判示第2の犯行に先立ち,被告人は,金員を早急に安全かつ確実に奪う方法についていろいろ思いを巡らせた上,およその家族構成を知っているなど,空き巣に入ることが容易に思われた,自宅の筋向かいの被害者宅に侵入することを決め,その際,顔を見られた場合には,家人を殺すしかないと考えて,犯行道具として,凶器の折りたたみナイフ,これを隠すための書類ケース,室内に指紋を残さないためのタオルやショートストッキングを用意した上,被害者の動静を見極めてから,動きやすい運動靴を履いて被害者宅に向かったものであり,周到な準備に基づく計画的な犯行ということができる。
イ また,判示第2の住居侵入の犯行において,被告人は,あたかも町内会の関係者が防犯用資料を届けに来たように装って,凶器である折りたたみナイフを中に隠した書類ケースを脇に抱えて被害者宅の玄関先に赴き,インターホンを鳴らし,「町内会の者ですけど」と言って,被害者に玄関ドアを開けさせ,「Xです」と名乗り,「最近物騒なので,防犯関係の資料があるので,玄関先よろしいでしょうか」と言って玄関内に侵入しており,被害者を安心させて確実に玄関内に侵入する手口として,誠に巧妙であり,町内会への帰属意識や防犯意識に付け込む卑劣かつ狡猾な犯行でもある。
ウ(ア) 次いで,被告人は,判示第2の強盗殺人の犯行において,「最近,不審な人は見なかったですか」などと話しかけ,上記書類ケースの中から資料を探し出すような振りをしながら,利腕の左手で折りたたみナイフを取り出して逆手に持ち,いきなり被害者の胸部や頸部を続けざまに3回突き刺し,驚いた被害者が,悲鳴を上げながら被告人の左肘をつかみ右腕にかみつこうとするなど,必死に抵抗するや,被害者の背中を所構わず5回突き刺している。次いで,被告人は,玄関方向に逃走しようとした被害者の手をつかみ引き戻して仰向けに転倒させた上,被害者の頸部を右手で絞めつけ,被害者の身体の上に馬乗りとなって,その頸部を1回突き刺し,さらに,室内を物色後,被害者が少し動いてうつ伏せになっているのを認めるや,とどめを刺そうとして,タオルをねじってから被害者の頸部に巻きつけ,力を込めて絞めつけたり,どんぶりを被害者の後頭部に強く打ちつけて,3枚ものどんぶりを割るなどしている。
しかも,被告人が犯行に用いた折りたたみナイフは,刃体の長さが約9.8㎝,厚さが約0.3㎝の鋭利で強固な刃物であり,峰の握り手に近い約4.5㎝の部分がのこぎり状になるなど,極めて殺傷能力の高いもので,その刃体部分全体が体内に刺入したことがうかがわれる。そして,前頸部中央の刺創は左内頸動脈及び左椎骨動脈を切断し,前胸部中央下端の刺創は心臓(右心室前壁)に達し,背部左側上半の刺創は左肺に達し,背部右側上半及び下半の各刺創はいずれも右肺下葉に達しているのである。
このように,被告人は,全く無防備の被害者に対し,極めて殺傷能力の高い凶器を用いるなどして,それぞれが単独で致命傷を与え得るような苛烈な攻撃を多数回にわたり被害者の身体の枢要部である頸部や胸部,背部に集中的に加え続けており,その態様は,執ようかつ一方的で,極めて凶暴にして残忍なものである。
(イ) しかも,被告人は,被害者が血まみれとなって倒れ込んでいるというのに,その場に放置したまま,家具類の戸棚や引き出し,押し入れ,更には,仏壇の引き出し,冷蔵庫の中までくまなく物色して回り,判示のように,現金等の入った被害者の財布,預貯金通帳やキャッシュカード等の入ったポーチを強取しているほか,学習机付近から被害者の長男である小学生の財布まで強取しているのである。このように,被害者に与えた致命的なダメージや自ら引き起こした凄惨な状況を殊更に無視し,その長男が受けるであろう大きなショックにも全く思いを致すことなく,あくまで現金を奪い取ることに執着固執する被告人の姿勢は,余りにも冷酷非情,無慈悲無神経で,殺伐とした被告人の精神状態を如実に示すものとみるほかない。
エ 判示第1の犯行についてみても,被告人は,筋向かいの民家が旅行のために留守であることを知るや,窓ガラスを割る道具として灰皿をタオルで包んで持参し,隣接する店舗の塀の死角となっている風呂場の窓の格子を外して,タオルで包んだ灰皿でガラスを割り,施錠を外して同家内に侵入した上,これまた,室内をくまなく物色して回り,判示のように,多額の現金等を窃取している。このように,住居侵入・窃盗の犯行も,計画的な犯行であるとともに,被告人の自己中心的な姿勢を示すものであり,かつ,その態様は誠に手慣れたもので,この種事犯の累行性さえうかがわせるものである。
(2) また,本件各犯行の結果は,余りにも重大である。
ア(ア) 判示第2の強盗殺人の被害者は,平穏な家庭の主婦であり,外出先から帰宅直後,被告人の邪な意図など露ほども知らずに玄関ドアを開けただけで,何らの落ち度もありようはずがないのに,最も安全であるべき自宅の玄関において,突然に本件凶行に遭遇したのである。しかも,被害者は,必死に抵抗し,逃げ出そうとしたのも空しく,繰り返し身体にナイフを突き立てられて多数の重傷を負わされ,首を絞められ,挙げ句の果てに頭にどんぶりをたたきつけられた結果,前認定のような致命傷も含め,多数の創傷を負って,理由さえ分からないまま,無惨にも命を落とさざるを得なかったのであり,その被った肉体的苦痛はもとより,精神的衝撃や恐怖感,絶望感は察するに余りある。また,被害者は,学校を卒業後,就職して結婚し一児をもうけて,夫や子供との平和な家庭を作り,本件当時は,自らパート勤務に出て夫を助け,良き妻,良き母として,堅実に家庭を守っていたものであり,将来も引き続き夫と共に幼い長男の成長を見守ろうとしていたのに,本件犯行により理不尽にもその望みを絶たれ,当時38歳という人生の半ばで,突然に命を絶たれた無念さは想像を絶するものがある。
(イ) 被害者の遺族の被害感情は,もとより峻烈である。
a 被害者の長男は,被告人が被害者宅から退去してから約1時間後に,小学校から帰宅して,玄関を入るやいきなり,血の海の中で倒れている母親を発見して,当時未だ10歳という年齢でありながら,母親を助けようと,その身体を仰向けにして傷を確認した上,救急車を呼び,父親に連絡を取るなどしたというのである。このような残酷極まりない体験が,幼い長男に深い心的外傷を生じたであろうことは疑いなく,事件からしばらくは涙も見せず気丈に振る舞っていたという長男が,その後,不眠に苦しみ,物音や影におびえ,精神的に不安定な症状を呈しているというのは,誠に痛ましい限りである。
b また,被害者の夫は,いつものように出勤し,事件直前に,被害者と電話で夕食を何にするかという他愛もない会話をした後,我が子から,被害者が血だらけで倒れているという連絡を受け,慌てて帰宅したところ,変わり果てた姿の被害者と対面することとなったものであり,その被った精神的な衝撃や苦痛も甚大である。
c そのうえ,直接の財産的被害は1万円余りとはいえ,被害者の自宅は,被害の現場となって,玄関付近が血の海となったばかりか,怪我を負った被告人が室内をくまなく物色して回ったため,あちこちに血が飛び散って,住み続けることが不可能になってしまった。そのため,被害者の夫や長男は,事件後は,被害者の実家に居候することを余儀なくされた上,住宅ローンの負担も残るのであって,その財産的被害も重大である。さらに,被害者の遺族やその関係者の生活に与えた悪影響も多大なものがあるが,被告人やその家族からは誠意ある慰謝の措置が未だ講じられていないのである。
d そうしたこともあり,被害者の夫が,「どんなに謝罪しても,どんなに反省しても,妻は戻ってきません。私たち家族3人の生活は戻りません。妻の命を奪って,自分は生きようとすることは認めません。殺される理由など何一つない妻の命を,自分勝手な理由で突然に奪った殺人者を,私と息子は,一生許すことができません。妻が受けたと同じように,被告人を殺したいです。殺人という取り返しの付かないことをした被告人には,極刑以外考えられません。」と述べ,被害者の実母や兄も,同様に被告人に対する極刑を希望していることにも,十分な理由があるというべきである。
(ウ) 加えて,本件強盗殺人は,白昼の閑静な住宅街で,主婦が無惨に殺害され,しかもその犯人が筋向かいに住んでいたという衝撃的な事件として広く世間に報道されたもので,社会一般,とりわけ犯行現場の周辺住民に与えたであろう恐怖感や不安感も軽視することはできない。
イ また,判示第1の犯行の被害金額は,起訴されているだけでも合計約39万1000円と多額である。しかも,その被害者家族は,数日間の旅行中に,室内を徹底的に荒らされて,現金等が盗まれたばかりか,その犯人が後に強盗殺人事件さえ敢行していることを知ったのであり,財産的被害のみならず,精神的衝撃も大きく,結果は重いというべきであって,被告人の父親から被害弁償を受けた現在においても,その被害感情はなお厳しいものがある。
(3) そして,犯行の動機は誠に身勝手なものであり,犯行に至る経緯にも酌むべき事情は認め難く,被告人の犯罪性向は誠に顕著である。
ア(ア) 本件各犯行に至る経緯は,前判示のように,被告人が,専門学校時代からパチスロにのめり込み,その後,アルバイト等の職を転々とする間も,パチスロにうつつを抜かして借金を重ねるなど,金銭的に極めてルーズな生活を続けた挙げ句,最後に勤めていたラーメン店を辞めた後は,仕事に就くこともなく,自宅に引きこもる自堕落な生活を続けていたところ,収入が途絶えたこともあって,しばらくはパチスロから遠ざかったものの,再びパチスロへの欲求が高じて,知人の大学生に頼み込んで2度にわたり借金をしたが,いずれもわずか1日で使い果たしたために,何としてもその返済資金を得るとともに,パチスロで遊ぶ金も手にしたいとの衝動に駆られて,判示第1の住居侵入・窃盗,判示第2の住居侵入・強盗殺人等の各犯行を相次いで敢行したというものである。
(イ) このように,社会からも家族からも孤立していた被告人が,唯一,苦しい懐具合にもかかわらず金を融通してくれ,温かい励ましの言葉さえ掛けてくれた知人に恩義を抱いて,同人への借金は何としても返済したいという思いがあったことも理解できないではない。
しかし,仮にそのような事情があるにしても,被告人は,家業の飲食店を手伝うなりアルバイトをするなりして,容易にその返済資金を稼ぐことができたのであるから,強盗殺人はもとより,空き巣についても,被告人にとり酌むべき事情とみることは困難である。まして,被告人が借りた金は,パチスロで遊ぶための遊興費であり,しかも,被告人は,全く働こうともせずに,生活に困っているなどとうそを付いて2回も借り受け,そのいずれも,わずか1日の遊興に使い尽くしていることからすると,借金を返済しようとする姿勢も,知人に対する誠意というより,唯一の金づるをつなぎ止めておくための方策とみることもできる。
そしてそもそも,被告人が孤立無援の状態に陥ったのは,被告人の怠惰で無責任な生活態度に原因があるのであり,被告人が,自ら働くなど犯罪以外の方法で借金の返済資金を調達することを真摯に考えた様子もなく,盲目的に本件一連の犯行に突き進んでいることからすると,被告人は,周囲と隔絶した自堕落な生活を続ける中,わずか5万円の借金を返済し,自分がパチスロに興じる資金を得るためなら,他人の命を奪うことすら厭わないという,独善的で反社会的な価値観を培った結果,極めて安易に本件のごとき重罪を決意したものとみざるを得ず,その動機は甚だ短絡的かつ身勝手なもので,酌量の余地などありようはずがない。
イ(ア) また,被告人は,自宅の筋向かいに住む家族が旅行に出掛けたことを知るや,特にためらった様子もなく,同家に空き巣に入ることを決意して,判示第1の住居侵入・窃盗の犯行に及んだだけでなく,容易に多額の現金が手に入ったことに味を占めて,同様の手口による近隣住居への空き巣の犯行を計画している。しかも,その計画を策定するうち,被告人は,犯行の最中に同家の主婦が帰宅した場合や,同女が初めから在宅している場合を想像し,そのときには,顔を見られた以上殺すしかないと考えるに至り,現に被害者が帰宅して出掛ける予定のないことを見知るや,町内会から防犯用資料を届けに来たように装って玄関内に立ち入った上,大声を出される前に,ナイフで心臓を一突きにして殺すことまで決意している。さらに,被告人は,筋向かいに住む主婦である被害者の正面から,いきなりその胸部を突き刺しただけでなく,被害者が抵抗し,あるいはその息があると見るや,更に苛烈な攻撃を多数回にわたり被害者に加え続けている。そして,自らの犯行により被害者を惨殺して凄惨な場面を現出しているのに,屋内をくまなく物色し,被害者の財布などを次々に奪い取った後,逃走して自宅に帰ると,すぐに財布の中身を確認して,思いのほか強取した現金が少なかったことを嘆きながら,これを元手にパチスロで儲けようとしてその現金をパチスロに使い果たしたというのである。
(イ) このように,被告人は,金を得たいとの思いから,特に良心の呵責に苦しむ様子もなく,次々と犯行計画を重大かつ凶悪な方向へと発展させ,犯行に際しても,思いつく限りの残虐極まりない攻撃を歯止めなく繰り出して,被害者の死亡という重大な結果を発生させているのであって,利欲のためには他人の生命でさえも顧みないその姿勢は,おぞましささえ感じさせるものである。しかも,被告人が,少年時の家庭内での盗みに始まり,通学先や勤務先でも窃盗事件を起こしたと供述していることにも照らすと,被告人自身が述べているように,当時の被告人には人間として当然の善悪の判断が全く欠落していたとみるほかはなく,被告人の犯罪性向は誠に顕著である。
(4) 被告人の犯行後の情状も劣悪である。
ア 被告人は,判示第1の住居侵入・窃盗の犯行後,被害者方に再度侵入して,徹底的に指紋や足跡を拭き取るとともに,悪戯半分で風呂場や洗面所の水道を出しっ放しにして,被害者家族を不安にさせている。また,犯行後は連日のようにパチンコ店に通い,犯行で手にした40万円近い現金も,わずか10日前後の間に費消し尽くしている。
イ また,被告人は,判示第2の住居侵入・強盗殺人の犯行後,強取した現金をわずか1日で費消したのみならず,警察による捜査が開始されるや,その隙をついて,強取した現金以外の物品,犯行時に身につけていて血の付着したジーパンや靴を川などに投棄し,凶器である折りたたみナイフを草むらの中に埋めて隠匿し,弟や知人にアリバイ作りのための口裏合わせまで依頼するなど,罪証隠滅工作に奔走している。
ウ さらに,被告人は,警察官から当日の行動を聴かれても,その矛盾点を付かれて言い訳できなくなるまで,虚偽のアリバイを主張して犯行を否認しているのであって,犯行後の情状も劣悪である。
(5) そうすると,被告人の刑事責任は極めて重大といわざるを得ない。
3 被告人のために酌むべき事情
他方,被告人は,本件について,自ら事件の詳細まで包み隠さず供述し,被害者やその遺族には本当に申し訳ないことをしたと述べるなど,遅きに失するとはいえ,真摯な反省の態度を示し,強盗殺人の被害者の冥福を祈りながら,悔恨の日々を送っており,その中で,被害者の遺族に対する謝罪の手紙をしたためて,弁護人に託している。また,被告人の父親が,判示第1の住居侵入・窃盗の被害者に対し,被害弁償として要求金額どおり40万円を振込送金したほか,当公判廷に出廷して,今後とも強盗殺人の被害者の遺族にも謝罪を続けるとともに,被告人が社会復帰した際には引き取って,その更生に協力する旨約束している。自ら招いた窮状とはいえ,本件の背景には,被告人が家庭内で孤立感を深めていたという事情もあったとうかがわれる。被告人は,未だ28歳と比較的若く,前科前歴がない。その他被告人のために酌むべき事情も少なからず認められる。
4 結 論
しかしながら,これら被告人のために酌むべき事情を十分考慮に入れても,本件強盗殺人事件における結果の重大性,犯行態様の凶悪性,残忍さ,動機の身勝手さ,厳しい被害感情,社会的影響の大きさ等に照らすと,無期懲役刑から更に酌量減軽する余地はないのであって,被告人を無期懲役に処することにより,残りの生涯を通じて被害者の冥福を祈らせ,これをもって本件犯行の罪責を償わせるのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中谷雄二郎,裁判官 蛯名日奈子,裁判官 髙嶋由子)