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さいたま地方裁判所 平成16年(ワ)1076号 判決 2006年9月26日

主文

1  被告は,原告に対し,金2752万2265円及びこれに対する平成15年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を被告の,その余を原告の負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,2830万3740円及びこれに対する平成15年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  原告は,平成5年6月20日ころ,別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し,住居として利用してきたが,本件建物は,平成15年1月28日に,火災により焼失した。

(2)  原告は,平成10年7月31日,被告との間で,次の内容の住宅火災保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

証券番号

TG0202868

保険の種類

住宅火災保険

払込方法

長期契約(一時払)

保険期間

平成10年7月31日から平成15年7月31日までの5年間

保険の目的

本件建物

保険契約者

原告

保険金額

3000万円

(3)  平成15年1月28日午後1時02分ころ,本件建物から出火し,同日午後2時07分に鎮火したが,この火災により,本件建物は全焼した(以下,この火災を「本件火災」という。)。

(4)  原告は,本件火災発生後,被告に対し,本件火災による損害の事実を遅滞なく通知したが,平成15年11月ころ,被告に対して,保険金の支払いについて問い合わせをしたところ,被告は,同年12月1日付の書面によって,本件保険契約に基づく保険金の支払いを拒絶する旨の回答をした。

(5)  被告が,本件火災について,本件保険契約に基づいて支払うべき保険金の金額は,次のとおりである。

① 損害保険金 2530万3740円

本件保険契約の約款(以下,単に「約款」という。)第4条1項は,損害保険金として支払うべき損害の額は,保険価額(時価)によって定めるとしており,被告が建物の時価評価について採用している簡易評価基準によれば,建物の時価は,再調達価格を経年減価率で逓減した価格で算定するものとされるところ,本件建物の再調達価格は2825万6550円であり,本件建物の経年減価率は,堅固な構造による1.1パーセントが採用されるべきであるので,本件火災時の本件建物の保険価額(時価)は,下記のとおり2530万3740円となり,この金額が,被告が支払うべき損害保険金の額となる。

2825万6550円(再調達価格)×〔1-0.011(経年減価率)×9.5(経過年数)〕≒2530万3740円(小数点以下切り捨て,以下同じ)

② 臨時費用保険金 100万円

約款第4条4項により,被告が支払うべき臨時費用保険金の金額は100万円である。

③ 残存物取片づけ費用保険金 200万円

約款4条5項によれば,残存物取片づけ費用として,実費が支払われることとなっているところ,原告は,平成18年に,廃棄物業者に依頼して,焼け残った本件建物の残存物を廃棄処分して貰い,その費用として200万円を支払った。

(6)  よって,原告は,被告に対し,本件保険契約に基づき,請求原因(5)①の損害保険金2530万3740円,同(5)②の臨時費用保険金100万円及び同(5)③の残存物取片づけ費用保険金200万円の合計2830万3740円並びにこれに対する被告が,支払拒絶の意思を明らかにした日である平成15年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)の事実のうち,本件建物が,平成15年1月28日に火災により焼失したことは認め,その余は不知。

(2)  同(2)の事実は認める。

(3)  同(3)の事実のうち,平成15年1月28日午後1時02分ころ,本件建物から出火したこと及びこの火災により本件建物が焼失したことは認め,その余は不知。

(4)  同(4)の事実のうち,被告が,平成15年12月1日付の書面によって,本件保険契約に基づく保険金の支払いを拒絶する旨の回答をしたことは認め,その余は否認ないし争う。

(5)  同(5)の事実は,否認ないし争う。

3  抗弁

(1)  本件火災は,次のような根拠から,原告が,保険金の利得を目論み,その関与の下に発生したものというべきであるから,約款2条1項の規定により,被告は,本件保険契約に基づく保険金の支払いを免責される。

① 本件建物の床板や柱の焼燬状況を概観すれば,本件火災の出火場所は,本件建物の階段下の押入周辺部である可能性が高いが,この付近は,火の気のない場所である。

② また,本件建物の居住者は,出火の数時間前に本件建物を出ていて,出火時には無人の状態であり,本件建物内の灰皿破片の状態から,灰皿に放置されたタバコの吸い殻が出火原因となったことは考えにくく,更に,本件建物の電気器具等が出火原因となったこともないのであるから,本件火災の原因は,居住者の火の不始末ではなく,放火である可能性が高い。

③ 本件火災の発生当時,本件建物の玄関の鍵は,壊れていて使用できず,常時鍵がかかった状態であり,居住者は,北側の玄関から南側にまわった庭に面したリビングダイニングの南側掃き出し窓から出入りしていたのであり,仮に,この窓の施錠がなされていなかったとしても,この窓は第三者から容易に知り得ないものであるから,第三者が,この窓から侵入することは考えにくく,また,本件火災時に,本件建物が物色された形跡はない。

④ 原告の本業は,不動産取引を行う不動産ブローカーであり,暴力団関係者である訴外Aやその配下の訴外Bと,不動産取引を通じて親交がある。そして,原告は,別紙物件目録2記載の原告所有建物(以下「甲建物」という。)につき,平成13年7月に,出火原因不明の火災によって,約3700万円の火災保険金を受領しており,本件火災は,甲建物の火災からわずか1年半後の火災である。

⑤ 原告の経営する訴外有限会社C工務店(以下「訴外C工務店」という。)は,決算書上,平成12年11月1日から平成13年10月31日までの決算期に,それまでの黒字から692万1962円の経常赤字に転落し,平成13年11月1日から平成14年10月31日までの決算期には,赤字幅が1151万1763円に拡大しており,実質的には破綻している状態にあった。

⑥ 原告は,本件建物と甲建物について,共同担保で,埼玉県信用金庫を債権者とする極度額7000万円の根抵当権を設定しており,本件火災が発生した平成15年1月当時に,埼玉県信用金庫に対して,2000万円以上の負債があり,その外に,本件建物の敷地について,訴外Dを債権者とする1200万円の抵当権設定仮登記をしているなど,個人としてもかなりの負債を抱えていた。

⑦ 本件建物は,その敷地が,都市計画法上の市街化調整区域に指定されており,かつ,農業振興地域の土地であるため,建物の建て替えができないという規制を受けており,市場で売却することが不可能な物件であるから,原告が,本件建物及びその敷地の取得のために投下した資本を回収するには,本件保険契約による火災保険金を取得することが,最も手っ取り早い手段となる。

⑧ 原告は,本件火災当日の午前12時35分ないし40分ころに,南埼玉郡a町bの寿司店を出て,自動車に乗り,自動車で15分間位の距離にある蓮田市cの工事現場に午後1時15分ころに到着しているが,その間の午後1時2分ころ(本件火災の出火時)に,上記のa町bの寿司店とcの工事現場の双方から自動車で15分間位の距離にある本件建物に立ち寄ることが可能であった。

(2)  約款16条4項は,保険契約者または被保険者が,正当な理由がないのに適正な書類を提出すべき義務に違反し,または,提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは,被告は保険金を支払わないと規定しており,この不実申告の免責事由は,保険契約の締結,保険事故の発生並びに保険金請求の訴えの提起及びその主張立証に至るまでの保険契約者または被保険者の全ての行為が,その事由に含まれると解されるところ,保険契約者である原告には,次のような事由が認められるので,その保険金請求は,上記の不実申告に該当するというべきである。

① 本件土地が,都市計画法上の市街化調整区域に指定されており,かつ,農業振興地域の土地であるため,本件建物は,その建て替えができず,市場で売却することが不可能な物件であって,転売を予定した市場価格は存在しない物件であるにもかかわらず,原告は,保険金額を3000万円とする本件保険契約を締結した。

② 仮に,本件建物について,転売を予定した市場価格は存在しない物件である点を捨象したとしても,その時価額は1300万円程度であるにもかかわらず,原告は,請求の減縮前の本件訴訟の請求において,3000万円の保険金の請求をした。

③ 原告は,本件訴訟において,本件建物の敷地を取得した証拠として甲9号証の和解契約書及び甲10号証の合意書を提出しているが,原告本人尋問において,上記の和解契約書に記載されている交換差金の2550万円の支払いについて,支払っていないなどと上記の書証と矛盾する供述をしている。

4  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)の冒頭の事実は否認ないし争う。

同(1)①の事実のうち,本件建物の階段下の押入周辺部が火の気のない場所である事実は認め,その余は,否認ないし争う。本件建物の床板や柱の焼燬状況によっても,本件火災の出火場所が,本件建物の階段下の押入周辺部であると特定することはできず,蓮田市消防本部の火災原因調査報告書(乙1号証)中の出火原因判定書においても,「1階から出火していることは否定できない」とされているものの,それ以上の,出火場所の特定はなされていない。

同(1)②の事実のうち,本件建物の居住者が,出火の数時間前に本件建物を出ていて,出火時には無人の状態であったことは認め,その余は否認ないし争う。本件建物内の灰皿破片の状態から,灰皿に放置されたタバコの吸い殻が,出火原因にならないとは断定できない。

同(1)③の事実のうち,本件火災の発生当時,本件建物の玄関の鍵は,壊れていて使用できず,常時鍵がかかった状態であり,居住者は,北側の玄関から南側にまわった庭に面したリビングダイニングの南側掃き出し窓から出入りしていたことは認め,その余は否認ないし争う。上記のリビングダイニングの南側掃き出し窓は,特別奥まっている場所ではなく,この窓から第三者が侵入することは十分あり得ることである。

同(1)④の事実のうち,原告が,平成13年7月に,甲建物につき,出火原因不明の火災によって約3700万円の火災保険金を受領したことは認め,その余は否認ないし争う。原告は,建築工事を業とする訴外C工務店を経営する外,スナックの経営をしているが,宅建業法の免許を有することなく不動産の売買などの仲介を行って不正不当な利益を得ることを業とするいわゆる不動産ブローカーの仕事をしていることはない。また,原告は,平成4年から5年に,知人の訴外Eの勧めで,訴外Bが関係する本件建物の敷地及び隣接土地を,当時原告が所有していた蓮田市の土地と交換し,不足分を差額金として支払う契約をしたが,契約の履行について様々の問題が生じたため,原告訴訟代理人に解決を依頼して平成7年12月16日に,訴外B側と和解が成立したものであり,訴外Bとは,上記の取引の際に初めて会い,訴外Aとは,上記の取引で会うこともなかった。

同(1)⑤の事実のうち,訴外C工務店が,決算書上経常赤字が発生していたことは認めるが,その余は否認ないし争う。訴外C工務店は,債権者らから返済を迫られその支払いに困窮していたということはない。

同(1)⑥の事実のうち,原告が,本件建物と甲建物について,共同担保で,埼玉県信用金庫を債権者とする極度額7000万円の根抵当権を設定したこと及び原告が,埼玉県信用金庫に負債があったことは認め,その余は否認ないし争う。原告は,埼玉県信用金庫に対する負債について,約定通りの返済金を支払っており,平成16年に,甲建物をその敷地利用権(地上権)と共に売却した際に,残債務を完済している。また,本件建物の敷地になされている訴外Dの抵当権設定仮登記は,原告が,訴外Eに渡していた原告の委任状や印鑑登録証明書を訴外Dに渡し,原告の知らないままに登記がなされたものである。

同(1)⑦の事実のうち,本件建物の敷地が,都市計画法上の市街化調整区域に指定されており,かつ,農業振興地域の土地であるため,建物の建て替えができないという規制を受けていることは認め,その余は否認ないし争う。原告は,本件建物が焼失した場合には,建物を失うばかりではなく,その敷地上に建物を新築することもできなくなるのであるから,原告が,本件建物の放火することなどあり得ない。

同(1)⑧の事実のうち,原告は,本件火災当日に,南埼玉郡a町a町bの寿司店を出て,自動車に乗り,自動車で15分間位の距離にある蓮田市cの工事現場に行ったことは認め,その余は否認ないし争う。原告が,上記の寿司店を出たのは午前12時50分から55分にかけてのころであり,原告は,この寿司店から,真っ直ぐ蓮田市cの工事現場に向かった。

(2)  抗弁(2)の冒頭の事実は否認ないし争う。

同(2)①の事実は否認ないし争う。本件建物は,社会経済的に建物として機能し,建物としての価値を有するもので,その敷地に規制があっても,通常の建物と同様に価値があり,転売は十分に可能であった。

同(2)②の事実は否認ないし争う。請求原因(5)のとおり,被告が建物の時価評価について採用している簡易評価基準によっても,本件火災時の本件建物の時価は2530万3740円である。

同(2)③の事実は否認ないし争う。原告は,本人尋問において,記憶が薄れ,供述が曖昧になったに過ぎず,甲9号証及び甲10号証の各書面の内容に誤りはない。

理由

1  本件建物が,平成15年1月28日に火災により焼失したことは当事者間に争いがなく,甲25号証,乙9号証,原告本人尋問の結果によれば,原告は,平成5年6月20日ころ,本件建物を建築し,平成9年に原告の妻が亡くなるまでは,原告が,妻及び二男の訴外Fと共に本件建物に住み,原告の妻が亡くなった後は,訴外Fが,家族と共に本件建物に居住していたことが認められる。

2  請求原因(2)(本件保険契約の締結)の事実は,当事者間に争いがない。

3  平成15年1月28日午後1時02分ころ,本件建物から出火したこと及びこの火災により本件建物が焼失したことは,当事者間に争いがなく,乙1号証及び弁論の全趣旨によれば,本件火災が平成15年1月18日午後2時07分ころに鎮火をしたことが認められる。

4  被告が,平成15年12月1日付書面によって,本件保険契約に基づく保険金の支払いを拒絶する旨の回答をしたことは当事者間に争いがなく,甲25号証,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,原告が,本件火災発生後,被告に対し,本件火災による損害の事実を遅滞なく通知したこと及び平成15年11月ころ,被告に対して,保険金の支払いについて問い合わせをしたことが認められる。

5  請求原因(5)(本件保険契約に基づく保険金)について

(1)  甲1号証,4号証,8号証の1ないし12,9ないし27号証,29ないし31号証,乙4号証,9ないし14号証,28号証,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

①  本件建物の敷地である宅地(以下「本件土地」という。)は,もともと畑であったが,訴外Aが,自己の住宅を建築するという理由で,蓮田市長に対し,農業振興地域の整備に関する法律による農用地区域からの除外の申請をして,平成3年10月21日付でその認可を得た上で,同年12月に,埼玉県知事に対し,都市計画法29条による開発許可の申請及び農地法5条による転用許可の申請をし,平成4年7月ころにそれぞれの許可を得た。その結果,本件土地は,同年10月30日付で,登記簿上の地目も,畑から宅地に変更された。

②  原告は,平成4年11月ころ,訴外Eから,本件土地と本件土地と公道との間の通路である埼玉県蓮田市ef番gの宅地(以下「f番gの土地」という。)並びにこれに隣接する同所h番iの畑(以下「h番iの土地」という。),同所j番kの畑(同土地は,平成5年10月13日に,j番kの畑とj番lの畑に分筆された。以下,分筆前のj番kの畑を「分筆前のj番kの土地」という。)及び同所m番nの土地(以下「m番nの土地」という。)の購入を勧められ,平成5年1月25日ころ,訴外Eを介して,上記の各土地の所有者との間で,上記の各土地の売買代金を4000万円,原告が所有する埼玉県蓮田市oの宅地(以下「乙土地」という。)及び乙土地上の家屋番号pの建物(以下「丙建物」という。)の売買代金を3000万円として,それぞれ売買し,その差額金の1000万円を,原告が,相手方に支払うとの合意をし,上記の合意にしたがって,同年2月4日ころまでに,訴外Eを介して相手方に差額金の1000万円を支払った。そして,同年2月9日に,本件土地の原告への所有権移転登記がなされ,同年6月8日に,f番gの土地の原告への所有権移転登記がなされた。

③  原告は,平成5年2月ころに本件土地の引き渡しを受けた後,埼玉県知事から本件土地の開発許可を受けていた訴外Aの住宅を新築するという申請理由に基づいて建築確認の申請を得た上で,自分が経営する訴外C工務店に本件建物の建築工事を施工させ,同年6月20日ころに本件建物を完成させた。そして,原告は,本件建物を,平成9年に妻が亡くなるまでは,自分自身の住居として,妻が亡くなった後は二男の訴外Fの住居として使用しており,本件建物が老朽化するまで,その使用を継続する予定でいた。

④  原告は,埼玉県信用金庫から,本件建物の建築費として,約3000万円の融資を受け,その担保として,甲建物等に設定していた埼玉県信用金庫を権利者とする根抵当権の極度額を,平成5年3月25日に,3000万円から7000万円に増額し,また,その後,本件建物及び本件土地にも,埼玉県信用金庫を権利者とする極度額7000万円の根抵当権を設定した。

⑤  本件建物は,在来工法による木造の専用住宅で,屋根は,日本瓦葺(使用瓦は三州銀黒),外壁はモルタル塗り,ウレタン吹付で,延べ床面積が139.63平方メートル(現況)の建物であり,原告は,本件建物を自宅として使用する他に,訴外C工務店の顧客に対するモデルハウスとして使用するために,建築材料について,標準より多少高額なものを用いた。そして,原告は,訴外C工務店名義で,平成15年中に,同一の建物を建築する場合には,基礎工事費を除いて2825万6550円(消費税相当額を含む。)の工事費がかかるとの再調達価額見積書(甲30号証)を作成している。

⑥  約款1条1項は,火災によって保険の目的に生じた損害に対して損害保険金を支払う旨を定め,約款第4条1項は,損害保険金として支払うべき損害の額は,保険価額によって定めるとしており,被告が建物の保険価額の算定のために作成している2003年(平成15年)2月版の建物の簡易評価基準(乙28号証)によれば,建物の保険価額となる時価は,下記の算式により算定されるものとされ,木造の専用住宅についての経年減価率は,簡易な構造(1平方メートル当たりの新築費単価の目安が16万7000円未満のもの)が1.9パーセント,標準的な構造(1平方メートル当たりの新築費単価の目安が16万7000円から18万5000円までのもの)が1.5パーセント,堅固な構造(1平方メートル当たりの新築費単価の目安が18万5000円を超えるもの)が1.1パーセントとされている。

時価=再調達価格(新価)×〔100%-経年減価率×経過年数〕

⑦  約款1条3項は,損害保険金を支払うべき場合において,事故によって保険の目的が損害を受けたため臨時に生ずる費用に対して,臨時費用保険金を支払う旨定めており,約款4条4項は,1回の事故につき,1構内ごとに100万円を限度として,損害保険金の30パーセントに相当する額を,約款1条3項の臨時費用保険金として支払う旨定めている。

⑧  約款1条4項は,損害保険金を支払うべき場合において,事故によって損害を受けた保険の目的の残存物の片づけに必要な費用に対して,残存物取片づけ費用保険金を支払う旨定めており,約款4条5項は,損害保険金の10パーセントに相当する額を限度として,残存物取片づけ費用として実際にかかった費用を約款1条4項の残存物取片づけ費用保険金として支払う旨定めている。

⑨  原告は,本件火災以降,本件建物の焼け跡をそのままにしていたが,平成18年に入ってから,知人を通じて廃棄物処理業者に焼け跡の残存物の廃棄処分を依頼し,上記の廃棄物処理業者に残存物の廃棄処分をして貰い,その処分費用として,知人に200万円を交付したが,その知人からは,廃棄物処理業者の発行する処分費用の領収書を渡されなかった。一方,被告が,本件火災による損害額の算定を依頼した訴外株式会社G鑑定事務所(以下「訴外鑑定事務所」という。)は,本件火災についての残存物取片づけ費用を合計121万8525円(建物解体費24万6600円,搬出処分費84万円,諸経費7万3900円,消費税相当額5万8025円の合計額)と見積もっている。

(2)  上記事実を前提に検討すると,平成15年中に,本件建物と同一の建物を建築する場合には,基礎工事費を除いて2825万6550円(消費税相当額を含む。)の工事費がかかるとの甲30号証の再調達価額見積書は,原告が代表者を務めている訴外C工務店が作成している点で,やや客観性に欠ける面があるものの,その建築費の金額は,原告が,本件建物を建築する際に,埼玉県信用金庫から建築費として融資を受けた3000万円に見合っていることや,原告が,本件建物を,訴外C工務店の顧客に対するモデルハウスとしても使用することから,建築材料について標準より多少高額なものを用いたことなどの事情を考慮すると,上記の2825万6550円を,本件火災の発生時における本件建物の再調達価格と認めることが相当である。 そして,上記の2825万6550円を本件建物の再調達価格とした場合には,1平方メートル当たりの単価は約20万2367円となるので,経年減価率については,堅固な構造である1.1パーセントを適用すべきであるから,本件火災時の本件建物の保険価額(時価)は,下記のとおり2530万3740円となり,この金額が,被告が支払うべき損害保険金の額となるというべきである。

2825万6550円(再調達価格)×〔1-0.011(経年減価率)×9.5(経過年数)〕≒2530万3740円

また,被告が支払うべき損害保険額を2530万3740円とした場合には,その30パーセントは759万1122円となって,約款4条4項に定められた臨時費用保険金の限度額の100万円を超えているので,被告が支払うべき臨時費用保険金の金額は100万円となるというべきである。

さらに,被告が支払うべき損害保険額を2530万3740円とした場合には,その10パーセントは253万0374円となるので,本件火災によって損害を受けた本件建物の残存物の片づけに必要な費用として,上記の額を超えない費用がかかったときには,被告は,残存物取片づけ費用保険金としてその金額を支払うべきこととなるが,原告は,本件建物の焼け跡の残存物の処分費用として知人に200万円を支払ってはいるものの,知人から廃棄物処理業者の発行する処分費用の領収書を渡されてはいないのであるから,上記の200万円が全て残存物の片づけに必要な費用に充てられたか否かは明確ではないこととなり,したがって,上記の200万円を,残存物取片づけ費用として実際にかかった費用と認めることはできないといわざるを得ない。そして,他に,残存物取片づけ費用として実際にかかった費用についての的確な証拠がない本件においては,訴外鑑定事務所が,本件火災についての残存物取片づけ費用として見積もった121万8525円を,残存物の取片づけに必要な費用と認め,この金額を,被告が支払うべき残存物取片づけ費用保険金とすることが相当である。

(3)  これに対し,被告は,本件建物の再調達価額を2277万円とした上で,本件火災時における本件建物の時価を1303万5825円と査定した訴外鑑定事務所作成の鑑定書(乙25号証)を根拠に,本件建物の時価額は1300万円程度に過ぎないと主張する。

しかしながら,まず,乙25号証によれば,訴外鑑定事務所は,平成元年と平成3年に建築された2棟の建物の建築費コストを参考に,本件建物の再調達価額の算定をしていることが認められるところ,被告が建物の保険価額の算定のために作成している2003年(平成15年)2月版の建物の簡易評価基準(乙28号証)においても,本件建物に類似する,在来工法による木造の専用住宅で,屋根が日本瓦(釉薬)で,外壁がモルタル塗りリシン吹付けの建物の基礎を含めた1平方メートル当たりの単価は,19万4000円とされ,この単価を建築費倍率表で時点修正すると,平成元年の単価が18万8349円(19万4000円を平成元年の木造建物の倍率の1.03で除した金額),平成3年の単価が21万0869円(19万4000円を平成3年の木造建物の倍率の0.92で除した金額)になるのにもかかわらず,乙25号証の鑑定書が参考とした2棟の建物の基礎も含めた1平方メートル当たりの単価は,平成元年建築のものが18万5500円,平成3年建築のものが17万6500円と,いずれも前記の建物の簡易評価基準の金額より低額となっているので,乙25号証の鑑定書は,標準より低い単価の建物を参考にして本件建物の再調達価額を算定しているといわざるを得ない。

さらに,乙25号証,29号証,30号証によれば,訴外鑑定事務所は,本件建物が,罹災後に復旧される見込みがなく,罹災後に目的建物の復旧が行われない場合には,建物の復旧費用が発生しないとの理由で,減価率を50パーセントに修正する減価計算の方法を採用せず,法人税法36条6項に基づく財務省令の減価償却資産耐用年数から1年当たりの減価償却率を計算し,これに新築からの減価年数を掛けて減価率を算出し,本件火災時における本件建物の時価を1303万5825円と査定したことが認められる。確かに,前記(1)の認定事実を前提とすれば,本件土地は,市街化調整区域内にあり,訴外Aが,自己の住宅を建築するという理由で,農用地区域からの除外の申請をした上で,都市計画法29条による開発許可及び農地法5条による転用許可を得て,原告が,訴外Aの住宅を新築するという申請理由に基づいて,本件土地上に本件建物を建築することについての建築確認を得ていることから,都市計画法42条の規定により,本件土地上に,新たな建物を建築することはできないと解されるが,本件建物の建築については,都市計画法29条による開発許可及び農地法5条による転用許可を得た上で行われ,その建築確認も得られているのであるから,原告が,本件建物を現状のままで使用する限りにおいては,行政により本件建物の収去が命じられたり,その使用が禁止されることは想定しがたい。したがって,本件建物を,その敷地である本件土地と共に第三者に売却しようとする場合には,本件土地上に建物を再築することができないという点で,再築が可能な土地付建物に比べて,市場価値が劣るとしても,本件建物を,朽廃に至るまで住宅として使用することについては,何らの制限もないのであるから,本件建物自体の住居としての経済的効用という点では,同種の建物と変わりがないというべきところ,原告は,現に,本件建物を,当初は自分自身の自宅として,平成9年ころ以降は,二男の訴外Fの住居として使用し,本件火災が発生しなければ,本件建物を使用し続ける予定であったのである。そして,損害保険は,被保険者が保険の目的について有する法律的経済的な利益についての損害を填補するためにあるものであり,このような被保険者の保険の目的についての利益を保障する趣旨から,火災保険において填補すべき損害額である建物の保険価額(時価)の算定に当たっては,建物の実際の損耗状態なども考慮して,建物の最終残価率を50パーセントと設定して減価計算を行うことが一般的であり,被告が建物の保険価額の算定のために作成している簡易評価基準においても同様の減価計算の方法が採用されている。ところが,訴外鑑定事務所の時価額の査定においては,本件建物が,都市計画法の規制によって,罹災後に復旧される見込みがないという理由のみで,建物の実際の損耗状態とは必ずしも関係なく評価される傾向にある財務省令の減価償却資産耐用年数に基づいて減価計算をしているものであるから,その減価計算の方法は,相当とはいえない。

以上のとおり,訴外鑑定事務所作成の乙25号証の鑑定書の本件建物の時価評価は,基礎となる本件建物の再調達価格の評価の方法に疑問の点があり,さらに,減価計算の方法も相当とはいえないので,これを根拠とする被告の前記主張は失当といわざるを得ない。

6  抗弁(1)(保険契約者の故意もしくは重過失による免責)について

(1)  本件火災の原因が放火と認められるか

①  甲25ないし28号証,30号証,乙1号証,2号証,24号証,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件建物は,木造の2階建ての建物であり,建物1階の間取りは,別紙平面図(第1図)のとおりである。そして,本件建物1階廊下には,2階に向かう階段が設置されており,その部分の天井は,2階に向かって吹き抜けのように大きく開いている。

イ 本件火災前には,本件建物の1階リビングの中央部分に木製の腰ぐらいの高さのテーブルがあり,テーブルの上には,陶器製の直径約10センチメートルで深さ約2センチメートルの円形灰皿が置いてあった。

ウ 本件建物に住んでいた訴外Fは,平成15年1月28日の朝起きてから,リビングのテーブルでタバコを2本吸って,テーブルの上に置いていた灰皿でもみ消したが,灰皿には,前日までに訴外Fが吸ったタバコの吸い殻が10本位残っていた。そして,訴外Fは,上記の灰皿に残したタバコの吸い殻をそのままにして,午前7時30分ころに本件建物を出て仕事場に向かった。

エ 本件建物のリビングには,石油ストーブが置かれていたが,訴外Fは,平成15年1月28日の朝は,石油ストーブを使わなかった。

オ 訴外Fと同居していた小学生の娘は,訴外Fが本件建物を出る前に学校に出かけていたので,訴外Fが,平成15年1月28日午前7時30分ころに本件建物を出てから,本件火災が発生する同日の午後1時02分ころまでは,本件建物は無人であった。

カ タバコの吸い殻は,もみ消しても,火種が残ってしまうことがあり,この火が,灰皿に残っていた多量のタバコの吸い殻に燃え移って,この熱によって陶器製の灰皿が割れて,吸い殻の火によって木製のテーブルに着火し,テーブルから床板に延焼していった可能性があるが,この場合には,延焼が床板にまで及ぶまでにかなりの時間がかかる。

キ 平成15年1月28日午後1時07分ころ,本件火災の発生が蓮田市消防署に通報され,通報から間もない同日午後1時08分ころ,蓮田市消防署のH消防司令が,本件火災現場に到着したが,その時点で,本件建物の2階屋根から火の粉が混じった火炎が噴出している状態であった。H消防司令は,本件火災現場に到着した後,本件建物の中央北側に立って本件建物の状態を見分したが,その時点では,本件建物の1階部分からは外部に火炎は出ていなかったが,2階の屋根西側寄りが火炎に包まれて屋根が燃え抜けて炎が噴出していた。

ク 本件火災によって,本件建物は,瓦葺屋根が焼損落下し,モルタル外壁は,2階北側の一部と,1階北側及び西側を残して焼失し,建物2階の部屋は,全て焼損落下し,建物中央部の部屋の大半は,焼損脱落した。

ケ 本件建物の柱,梁及び母屋などの軸組並びに小屋組の焼毀状況を比較すると,建物の東側部分が,軸組及び小屋組が残存しているのに比べ,西側部分は,柱が倒壊し,母屋及び梁が落下して,小屋組もほとんど残っていない。

コ 本件建物の1階から2階に向かう階段は,焼失して原形を留めておらず,廊下は,床板が焼失して土台まで焼毀している。そして,廊下の比較的低い部分から徐々に火炎が波及延焼したことを示す扇状の焼燬痕跡が,階段下の浴室側の側面に認められる。

サ 本件建物のリビングは,床板が,全て焼失しているが,大引,床束などは原形を留めている。そして,本件火災の消火後,蓮田消防署の署員が,リビングの焼け跡のどろどろとなった炭化物の中から,割れて破損した陶器製の円形灰皿を発掘したが,灰皿の割れは円形灰皿の中央から淵に向かって割れており,灰皿には表面に煤が付着していた。

シ 本件建物内の分電盤には,銅帯,電気端子及び電線などに,電気的熔解の痕跡はなかった。

②  上記事実を前提に,本件火災の出火場所について検討すると,本件建物のリビングの大引,床束などが原形を留めているのに比べ,廊下が土台まで焼燬し,階段が消失するなど,廊下及び階段付近の焼燬が最も強いことが認められ,また,廊下の比較的低い部分から徐々に火炎が波及延焼したことを示す扇状の焼燬痕跡が,階段下の浴室側の側面に認められる。しかし,他方で,本件の火災の出火直後である平成15年1月28日午後1時8分すぎの本件火災の状況が,本件建物の1階部分からは外部に火炎は出ていなかったが,2階の屋根西側寄りが火炎に包まれて屋根が燃え抜けて炎が噴出する状態であり,また,本件建物の階段は,2階に向かって吹き抜けのように大きく開いており,階段下の押入周辺部に火がつけば,階段から2階の天井に向かって燃え上がり易いことを考慮すると,リビングから出火した火が,廊下の階段下の押入部に達し,そこから階段上部に向けて燃え広がったという経緯をたどったとしても,廊下及び階段付近の焼燬が最も強くなり,階段下の浴室側の側面に扇状の焼燬痕跡が生ずる可能性は否定できないのであるから,上記の事実によって,本件火災の出火場所が,階段下の押入周辺部であると断定することはできないというべきである。

そして,本件建物の焼燬状況は,リビングから西側の廊下,6畳和室及び8畳和室にかけて焼燬が強くなっていることから,本件火災の出火場所は,リビングから西側の廊下にかけての付近であることは推測されるが,それ以上の特定はできないといわざるを得ない。

③  つぎに,前記①の認定事実を前提に,放火以外の出火原因の可能性について検討すると,分電盤などの電気関係からの出火箇所は認められず,また,訴外Fは,本件火災の当日に石油ストーブを使っていなかったことなどから判断すると,リビングに置かれていた石油ストーブからの出火の可能性も低いというべきである。

そして,訴外Fが,平成15年1月28日午前7時30分ころに本件建物を出た際,リビングのテーブルの上の灰皿に,当日の朝起きてから吸ってもみ消した2本のタバコの吸い殻と,それ以前に吸ったタバコの吸い殻10本位を放置しており,タバコをもみ消しても火種が残り,これが他の吸い殻に燃え移ってその熱で灰皿が割れ,テーブルに着火し,この火がテーブルからリビングの床板に延焼していった場合には,延焼に時間がかかるのであるから,タバコの吸い殻が出火原因であることと,訴外Fが,本件建物を出てから本件火災が覚知されるまでに約5時間30分が経過していることは矛盾しないというべきである。また,リビングの焼け跡から発見された割れた灰皿には,タバコの吸殻が付着してはいなかったが,上記の灰皿が,本件火災の消火のために放水がなされた後,どろどろとなった炭化物の中から消防署員によって発掘されたものであることを考慮すれば,タバコの吸殻が発見された灰皿に吸着していなかったとしても,そのことによって,灰皿に放置されたタバコの吸殻が本件火災の出火原因となった可能性が否定されるものということはできないのであるから,本件火災の出火原因が,リビングのテーブルの上の灰皿に残されたタバコの吸い殻であった可能性も相当程度にあるといわざるを得ない。

④  以上のとおり,本件火災の出火場所を,本件建物の階段下の押入部分と特定することはできず,また,リビングのテーブルの上の灰皿に残されたタバコの吸い殻が,本件火災の出火原因であった可能性も否定できないのであるから,被告が主張するように,本件火災の出火場所が,火の気のない本件建物の階段下の押入部分と特定され,また,灰皿に残されたタバコの吸い殻が本件火災の出火原因となった可能性が否定されることを前提として,本件火災の原因が放火であったと断定することはできないというべきである。

もっとも,本件火災の出火場所が,火の気のない廊下であった可能性もあり,その場合には,放火が,本件火災の原因であった可能性が高くなるのであるから,原告による放火への関与の可能性について更に検討する。

(2)  放火についての原告の関与の可能性

①  甲4号証,6号証の1ないし3,7号証の1ないし4,8号証の1ないし8,9ないし27号証,31ないし34号証,乙1号証,2号証,5ないし22号証,24号証,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件建物は,北側の公道から約17.5メートル入った敷地に建築されており,その北西角に玄関があり,本件建物の西側には,約8メートルくらいの通路を隔てて,原告が訴外C工務店の作業場などに使用しているプレハブ建物があり,本件建物の南側は庭となっている。そして,北側の公道から入る通路から,本件建物と上記のプレハブ建物との間の通路を経て本件建物南側の庭に至るまでの間には,門扉は設けられていないので,外部から本件建物の南側庭へは,自由に出入りが可能である。

イ 本件火災の発生当時,本件建物の玄関の鍵は,壊れていて使用できず,常時鍵がかかった状態であったため,本件建物に居住していた訴外Fとその小学生の娘は,北西角の玄関から南側にまわった庭に面したリビングダイニングの南側掃き出し窓から出入りしており,そのため,この窓は常に施錠されていなかった。

ウ 本件建物の東側には,約3.2メートルを隔ててI宅の建物が,その北側には,約9メートル隔てて,J宅の建物が建てられている。

エ 原告は,平成5年1月25日ころに,本件土地,f番gの土地,h番iの土地,分筆前のj番kの土地及びm番nの土地と乙土地及び丙建物とを実質的に交換し,原告が交換差金として1000万円を支払う旨の合意をしたが,その後の同年2月初旬ころになって初めて,訴外Eに,上記の各土地を実質的に所有し,上記の各土地の登記簿上の所有名義人からその処分を任されているという訴外Bを紹介され,以後,訴外Bとの間で,上記の合意の履行について交渉をした。ところが,訴外Bが,既に交換契約が締結されているにもかかわらず,その契約内容についてクレームを付けるなどしたことから,原告は,原告訴訟代理人に,訴外Bとの間の交渉を依頼し,その結果,平成7年12月16日に,訴外Bとの間で,平成5年1月25日ころに締結した本件土地,f番gの土地,h番iの土地,分筆前のj番kの土地及びm番nの土地と乙土地及び丙建物との交換契約につき,原告が,支払うべき差額金の額を合計2550万円(差額金2000万円と追加金550万円の合計額)とする旨の和解契約を締結した。

オ 原告は,平成13年当時所有していた甲建物が,同年7月2日に,火災によりその内部がほとんど焼毀し,被告会社から,火災保険金として約3700万円を受領した。

カ 原告は,建築業である訴外C工務店を経営する外,当初は甲建物において,甲建物を平成16年9月に売却した後は,蓮田市r所在の建物において,「K」という名称のスナックを経営している。

キ 訴外C工務店は,平成11年11月1日から平成12年10月31日までの決算期では436万7647円の経常黒字であったが,平成12年11月1日から平成13年10月31日までの決算期では692万1962円の経常赤字となり,平成13年11月1日から平成14年10月31日までの決算期では1151万1763円の経常赤字となっているが,平成13年11月1日から平成14年10月31日までの決算期においても,代表者である原告からの借入金を除くと,その借入金は,埼玉県信用金庫に合計820万円,不動産取引などで付き合いのある訴外Lに800万円の合計1620万円にすぎず,いずれの債権者からも,借入元金の即時返済を迫られてはいなかった。

ク 原告は,本件建物と甲建物について,共同担保で,埼玉県信用金庫を債権者とする極度額7000万円の根抵当権を設定し,平成15年1月当時2000万円を超える債務を負っていたが,原告は,この債務を約定どおり分割弁済しており,平成16年9月に甲建物をその敷地の地上権と共に売却した代金で,債務を完済した。

ケ 本件建物の敷地には,訴外Dを債権者とする1200万円の抵当権設定仮登記がなされていたが,この抵当権設定仮登記は,訴外Eが,本件土地及びその隣接する農地の取引の際に原告から交付されていた原告の委任状や印鑑登録証明書を,原告に無断で訴外Dに渡したことにより,その設定手続がなされたものであり,原告は,平成17年10月に,当庁に対し,訴外Dを相手として,上記の抵当権設定仮登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起し,平成18年7月11日に,訴外Dが上記の抵当権設定仮登記の抹消登記手続をし,原告が解決金として30万円を訴外Dに支払う旨の裁判所上の和解が成立した。

コ 原告は,平成15年1月28日の午前8時ころ,当時住んでいた甲建物を出て,自動車に乗って,訴外L宅に立ち寄って,訴外Lと午前11時30分ころまで話をした後,南埼玉郡a町bの工事現場に行って打ち合わせをし,同所の寿司店で食事をした後,蓮田市cの工事現場に向かい,同所の工事現場を見た後,午後1時30分ころに,甲建物の自宅に戻った。

②  上記事実に対し,被告は,訴外有限会社M(以下「訴外M」という。)作成の乙26号証の調査報告書を根拠に,原告が,本件火災当日の午前12時35分ないし40分ころに,南埼玉郡a町bの寿司店を出て,自動車に乗り,自動車で15分間位の距離にある蓮田市cの工事現場に午後1時15分ころに到着しており,その間の午後1時2分ころ(本件火災の出火時)に,上記a町bの寿司店とcの工事現場の双方から自動車で15分間位の距離にある本件建物に立ち寄ることが可能であったと主張するが,乙26号証の調査報告書の調査を行った訴外Mの調査員は,本件火災が発生してから3年以上が経過した平成18年3月17日に,南埼玉郡a町bの寿司店「N」の店主に面談し,同店の店主の「裏の焼鳥屋では内装工事を行っていて,事故当日,工事を執り行っている業者3名が,12時少し過ぎくらいに昼食を食べに来たと思う。大体30分から40分くらいで食事を終えている。大体それくらいの時間だったと思う。土木関係の仕事をしている業者は,12時ちょうどには食事休憩を取るものであるため,この時も12時くらいには来店したものと思う。」との供述を前提に,原告が,上記の寿司店を,本件火災当日の午前12時40分ころに出て自動車に乗ったものとして,自動車の走行実態の調査をしているが,上記の寿司店の店主が,3年以上前に来店した客の,店での滞在時間を正確に記憶しているとは考えにくく,そのような曖昧な記憶を前提に,原告の,本件火災当日の行動を推測することは不合理であるから,乙26号証の調査報告書の調査結果は信用できず,これを根拠とする被告の前記主張も失当といわざるを得ない。

また,原告が,暴力団関係者である訴外Aやその配下の訴外Bと,不動産取引を通じて親交があると主張するが,原告は,本件土地及びその隣地の農地についての交換契約を締結する際に訴外Bと会ったことはあるものの,交換契約締結後に訴外Bとの間で法的紛争が生じて,原告訴訟代理人に依頼してその解決を図ってもらったものであり,その後,原告と訴ABとが直接会ったことを認めるに足る証拠はなく,また,原告が,訴外Aと直接会ったことを認めるに足る証拠もないのであるから,原告が,暴力団関係者である訴外Aや訴外Bと親交があったとの被告の前記主張は失当といわざるを得ない。

③  前記①の認定事実及び前記5(1)の認定事実を前提に検討すると,本件火災の発生当時,本件建物の玄関の鍵は施錠されていたが,玄関から南側にまわった庭に面したリビングダイニングの南側掃き出し窓は,施錠されていなかったところ,この窓は,公道から見ると裏側になるので,通りがかりの第三者が,この窓から本件建物に侵入することは考えにくいが,本件建物の周囲の状況についてある程度通じている者が,この窓が無施錠であることを発見して本件建物に侵入した可能性も否定できない。

一方,原告は,平成13年7月の甲建物の火災により,火災保険金3700万円を受領しており,同一人物の所有する建物が,約1年半の内に2度火災に遭うことは希であるといわざるを得ず,また,原告は,本件火災の発生により,本件保険契約に基づく多額の火災保険金を取得することができるという点で,本件建物に放火する動機があったと認定する余地もないではない。

しかしながら,原告は,建築業である訴外C工務店を経営する外,スナック「K」を経営しているところ,訴外C工務店は,本件火災が発生する前の2年間は赤字決算となっていたが,業務の継続が困難になる程の赤字幅ではなく,債権者から返済を迫られて困窮していたという状況にはなかったのであり,また,原告個人にも,本件火災当時,埼玉県信用金庫に対して2000万円を超える債務があったが,原告は,この債務を約定どおり分割弁済しており,平成16年9月に甲建物をその敷地の地上権と共に売却した代金で,債務を完済しているのであるから,原告が,本件保険契約に基づく火災保険金を取得しなければ,経済的に逼迫するというまでの状況にはなかったというべきである。

さらに,本件建物に放火した場合には,近接している隣家の建物に延焼して大災害になる危険性もあったのであり,また,本件建物が全焼してしまった場合には,原告は,朽廃するまで住居として使用することができた本件建物を失うのみならず,都市計画法の制限によって本件土地上に新たな住宅を建築することができないという理由で,本件土地の住宅地としての利用価値も失ってしまうという損失が生ずるのであるから,原告に,上記のような危険性や損失を考慮してもなお,本件建物に放火する利点があったとは認めがたい。

したがって,原告には,本件建物に放火するまでの積極的な動機があったとまでは認められないといわざるを得ない。

(3)  結論

以上のとおり,本件火災の原因が,放火であったと断定することはできず,また,放火であったとしても,本件建物の施錠の状態から,第三者の侵入による放火の可能性も否定できず,さらに,原告に,本件建物に放火するまでの積極的な動機があったとまでは認められないのであるから,原告が,保険金の利得を目論み,その関与の下に本件火災を発生させたと認めることはできず,被告の約款2条1項の規定による免責の抗弁は失当といわざるを得ない。

7  抗弁(2)(不実申告による免責)について

(1)  約款16条1項は「保険契約者または被保険者は,保険の目的について損害が生じたことを知ったときは,これを当会社に遅滞なく通知し,かつ,損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて,損害の発生を通知した日から30日以内に当会社に提出しなければなりません。」と定め,同条4項は「保険契約者または被保険者が,正当な理由がないのに第1項または第2項の規定に違反したときまたは提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは,当会社は,保険金を支払いません。」と定めているところ,この約定の趣旨は,保険契約者または被保険者は,保険事故の発生をより正確に知りうる立場にあるので,そのような立場にない保険者に対し,保険事故の調査や損害の種類及び範囲の確定,事故現場の保存並びに損害の拡大防止などの事後措置をとる機会を与える点にあり,その法的性質は,保険契約上の義務と解すべきであるが,たとえ,保険契約者または被保険者が,上記の説明義務に違反しても,保険金の詐取等の信義則上許されない目的による義務違反でない限り免責の効果を生ぜず,債務不履行の一般原則によって,説明義務違反によって保険者に生じた責任を負うにとどまるものと解される。

(2)  被告は,約款16条1項及び4項の趣旨に違反する不実申告として,本件土地が,都市計画法上の市街化調整区域に指定されており,かつ,農業振興地域の土地であるため,本件建物は,その建て替えができず,市場で売却することが不可能な物件であって,転売を予定した市場価格は存在しない物件であるにもかかわらず,原告が,保険金額を3000万円とする本件保険契約を締結したことを挙げる。

しかしながら,前記5(3)のとおり,本件建物を,その敷地である本件土地と共に第三者に売却しようとした場合には,本件土地上に建物を再築することができないという点で,再築が可能な土地付建物に比べて,市場価値が劣るとしても,本件建物を,朽廃に至るまで住宅として使用することについては,何らの制限もなく,本件建物自体の住居としての経済的効用という点では,同種の建物と変わりがないのであるから,本件建物について,市場価格が全く成立しないことを前提に,原告が,本件建物の保険金額を3000万円とした行為が,不実申告に該当するとの被告の前記主張は,その前提を欠き,失当といわざるを得ない。

(3)  また,被告は,約款16条1項及び4項の趣旨に違反する不実申告として,原告が,本件建物の時価額は1300万円程度であるにもかかわらず,請求の減縮前の本件訴訟の請求において,3000万円の保険金の請求をしたことを挙げる。

しかしながら,前記5(2)のとおり,本件火災時の本件建物の保険価額(時価)は,2530万3740円と評価されるのであるから,被告が,本件建物の時価額を1300万円程度であるとする主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。

そして,原告は,本件訴訟を提起した時点では,本件保険契約の保険金額の3000万円を保険金として請求していたが,平成18年6月19日の第6回口頭弁論期日で陳述された同月12日付の準備書面(6)において,その請求を,損害保険金2530万3740円,臨時費用保険金100万円及び残存物取片づけ費用保険金200万円の合計2830万3740円に減縮したことは,当裁判所に顕著な事実であるところ,建物の火災保険において,保険契約者または被保険者が,自ら,建物の時価額を算定することは一般的には困難であることや,前記の5(2)のとおり,本件火災の発生により支払われるべき保険金が,損害保険金2530万3740円,臨時費用保険金100万円及び残存物取片づけ費用保険金121万8525円の合計2752万2265円と認められることを考慮すれば,原告が,本件火災の発生により支払われるべき保険金として,被告に対して,保険金額の3000万円を訴訟によって請求したとしても,その請求が,保険金の不当な詐取を目的とするものとは評価できず,原告が,請求の減縮前の本件訴訟の請求において,3000万円の保険金の請求をしたことが,不実請求にあたり,被告の保険金の支払義務が免責されるとの,被告の前記主張は,失当といわざるを得ない。

(4)  さらに,被告は,原告が,本件訴訟の原告本人尋問において,和解契約書に記載されている交換差金の2550万円の支払いについて支払っていないなどと,自ら提出した甲9号証の和解契約書及び甲10号証の合意書と矛盾する供述をしたことが,約款16条1項及び4項の趣旨に違反する不実申告に該当するとも主張する。

しかしながら,訴訟の本人尋問において,訴訟当事者が,記憶違いや誤解などの理由で,自ら提出した書証と矛盾した供述をすることは,それほど希なことではないので,原告が,上記のような供述をしたことが,直ちに,保険契約の義務に違反する不実申告に該当するとはいえず,したがって,被告の前記主張は失当といわざるを得ない。

8  結論

以上のとおり,原告は,本件保険契約に基づき,損害保険金2530万3740円,臨時費用保険金100万円及び残存物取片づけ費用保険金121万8525円の合計2752万2265円の支払を受けるべき権利があるところ,被告の保険契約者の故意もしくは重過失による免責及び不実申告による免責の抗弁はいずれも失当であるので,本件請求は,原告が,被告に対し,本件保険契約に基づき,上記の2752万2265円及びこれに対する請求の後である平成15年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲で理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 中山幾次郎)

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