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さいたま地方裁判所 平成16年(ワ)1985号 判決 2007年5月30日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して4623万2152円及びこれに対する平成13年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が焼却炉で廃材を焼却していた際,焼却炉で爆発が発生し,原告が負傷したことにつき,原告が,被告らに対し,安全配慮義務違反又は不法行為(民法709条)に基づき損害賠償の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)ア  被告Y1工務店は,一般土木建築工事,砕石,砂等骨材の販売,埋立工事等を業とする株式会社である。

イ  被告Y2建設は,土木建設業,産業廃棄物処理業等を業とする有限会社である。

ウ  被告Y1工務店の代表者Aと被告Y2建設代表者Bは夫婦である。Aは,平成3年ころから平成9年ころまで,被告Y2建設の代表者であったもので,現在も取締役を務めている。Bは,被告Y1工務店の取締役を務めている。両被告は,A・B夫妻が経営するいわゆる同族会社である。

(2)  原告は,平成13年4月17日,被告Y1工務店との間で,以下のとおりの労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した(原告が3か月間の試用であるか否かを除き,争いがない。)。

ア 勤務日  月曜日から土曜日まで週6日間

イ 勤務時間  午前8時から午後5時(なお,実際には午前8時よりも前に勤務が開始されることもあった。)

ウ 賃金  日給1万2500円

エ 勤務場所  県所沢市abc番地のd(以下「本件敷地」という。なお,本件敷地は,平成13年4月当時,被告Y2建設の本店所在地兼事務所所在地であった。)に出勤した後,各現場等に向かうように指示されていた。

(3)ア  原告が,同月23日午前7時30分,本件敷地に出勤したところ,Aは,原告に対し,その前週に被告Y1工務店が埼玉県所沢市山口所在の家屋を解体した際に発生し,本件敷地内に積み上げてあった廃材(以下「本件廃材」という。なお,本件廃材の構成物及び総量については当事者間で争いがある。)を本件敷地内に置かれた被告Y2建設の所有管理する焼却炉(以下「本件焼却炉」という。)で焼却する作業(以下「本件焼却作業」という。)に従事するよう指示をした(指示された内容を除き,争いがない。)。

イ  原告が,本件焼却作業をしていた際,爆発が起こり,原告は,爆風により木片等を顔面及び両腕等に受けて負傷した(爆発に至った詳細な経緯を除き,争いがない。以下「本件事故」という。)。

ウ  原告は,近隣の会社の従業員に救助され,救急車により,埼玉県所沢市所在の防衛医科大学校病院に搬送された。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  被告らの原告に対する安全配慮義務違反の有無

(原告の主張)

ア(ア) 被告Y1工務店の安全配慮義務

被告Y1工務店は,使用者として,労働者に対し,本件焼却作業を行わせる場合,(a)監督者を指名したり,(b)焼却炉,点火器具あるいは点火のために使用する油類の管理を万全に行い,(c)爆発事故等から労働者を守るための防具等を備えたり,消火道具等の場所を把握させたり,(d)十分な監督指導説明をして,労働者の安全を確保すべき義務がある。

(イ) 被告Y2建設の安全配慮義務

被告Y2建設と原告との間には,形式上労働契約が存在しないが,本件事故は,被告Y2建設から被告Y1工務店が下請けした焼却作業の際,被告Y1工務店の代表者であり被告Y2建設の取締役でもあるAの指揮命令のもと,被告Y2建設の当時の本店所在地である本件敷地内で,被告Y2建設が所有管理する本件焼却炉及びエンジンオイル缶を使用して発生した。

このような具体的事情からすると,被告Y2建設と原告との間には,「特別な社会的接触の関係」(最高裁第3小法廷昭和50年2月25日判決民集29巻2号143頁参照)があったものであり,被告Y2建設は,信義則上,原告の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたものであり,具体的には,被告Y1工務店と同様の上記(ア)の義務を負う。

イ 被告らの安全配慮義務違反

(ア) 油類の管理が杜撰であったこと

a ガソリンのように揮発性が高い物質は,消防法上,一定の規格に従った強度と密閉性が確保された携行缶に入れて保管することとされているところ,被告らは,本件敷地上の被告Y2建設の倉庫(以下「本件倉庫」という。)において,ガソリンをそのような携行缶ではなく,エンジンオイル用の缶に入れて保管していた。被告らの従業員が,内容物をエンジンオイルと誤認して使用するおそれがあり,非常に危険なものであった。

b 被告らは,ガソリンを入れたエンジンオイル用の缶の中身がガソリンであることを何ら明記していなかった。原告は,本件焼却作業を実施した際,当該エンジンオイル用の缶に「ガソリン」との記載がなかったことを確認している(「ガソリン」との記載があれば,原告においてこれを見逃すことはあり得ない。)。

c その他に,被告らは,赤色のポリタンクにもガソリンを入れて保管しており,当該ポリタンクにも,その中身がガソリンであることを何ら明記していなかった。

d 被告らは,本件倉庫内に,ガソリンだけでなく,ガソリンを含有する混合燃料,ディーゼルオイル等数種類の油を同じ形状の容器(エンジンオイル用の缶)に入れ,同じ棚に区切りや表示等をつけることなく,混同して保管していた。

e 被告らにおいては,油類の管理者が明確に定められておらず,何種類の油が存在したかを正確に把握できていなかった。

(イ) 油類を杜撰に管理したまま,本件焼却作業にあたり原告に油の使用を指示したこと

a Aは,原告に対し,本件廃材が雨で濡れて泥まみれになっていたため,「大きな廃材は重機を使用してもいい。倉庫にある油でも何でも使って1日で燃やせ。そうしなければ利益が出ない。」旨述べて,焼却を行うように指示をした。本件焼却炉のような焼却炉は,一般的に,着火及び燃焼継続のために油の注入を予定しているものである。

b 本件廃材は,4トントラック4,5台分の総量があり,その構成物は,縦15センチメートル×横30センチメートルくらいの柱,10ないし12センチメートル四方の柱,畳,プラスチック等様々な材質のものが含まれていた。焼却は,解体家屋の木材のみならず,プラスチック類の混ざった産業廃棄物を,処理基準に満たない本件焼却炉で処分するものであり,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)16条の2に反する違法行為である。Aは,このような違法行為を隠蔽するため,原告に対し,上記のように早期の焼却を指示したのである。

c 本件廃材を主として構成する物質は,家屋の梁や柱等に使用された木材であり,もともとそれ自体が太くて燃やすことが困難である上,本件事故の前々日の降雨によって,濡れて泥まみれとなり,燃えにくい状態になっていた。

(ウ) 本件焼却作業実施にあたって十分な監督指導説明がなかったこと

a 本件焼却作業は,家庭ゴミ類似のものの焼却とは全く性質が異なり,産業廃棄物の焼却という,本来専門の産業廃棄物処理業の免許がなければ行ってはならないような危険な作業であったから,監督者を指名して,現場に配置し,安全を確保すべき義務があるにもかかわらず,被告らは,監督者を置かず,被告Y1工務店に入社して間もない原告を一人で本件焼却作業に従事させた。

b 被告らは,原告に対し,本件焼却作業にあたり,本件焼却炉の構造及び使用方法について何らの説明を行わなかった。

c 被告らは,原告に対し,本件焼却作業にあたり,防具や作業服を与えず,水道や消火器等の場所の説明をすることもなく,緊急時の連絡先を告げることもしなかった。

(被告らの主張)

ア(ア) 原告の主張ア(ア)は否認する。

(イ) 同ア(イ)のうち,本件焼却作業が,被告Y1工務店が被告Y2建設から下請けしたものであったこと,原告に対する指揮命令をAが行ったこと,本件焼却炉が被告Y2建設の所有管理するものであったこと,原告が使用したガソリンが本件倉庫内に保管されていたことは認めるが,その余は否認する。

イ(ア) 本件倉庫に保管されていたガソリンのうち,4リットル缶に入ったものは,小道具のエンジン用として,同缶に1ないし1.5リットル程度残っていたものしかなく,同缶には,缶の外に内容物がガソリンであることが明記されていた。

(イ)a Aは,被告Y2建設の従業員C,同D及び原告と仕事の打合せを行った際,焼却を行うよう原告に指示をしたが,その内容は,本件廃材を本件焼却炉で通常の方法で焼却するようにといったもので,木材の移動にミニユンボを使ってもよいと話したが,油等を使用するように指示をしていないし,1日で燃やし終えるように指示したこともない。

b 被告らは,原告及び他の従業員に対し,廃材等を焼却するにあたり油を使用するように指示をしたことは一切なく,また,本件事故以前に実際に油を用いる方法で焼却したこともない。

c 本件廃材の量は,2トン車2台分くらいであった。本件廃材を構成する柱等の木材は,焼却炉にくべやすいように,いずれも長さ1メートルくらいに切られたもので,畳やプラスチック類は含まれていなかった。

d 本件事故当日,雨は降っていなかったので,本件廃材が雨に濡れて泥まみれになっており燃えにくい状況になっていることもなかった。

ウ 本件事故発生が被告らの故意過失によるものではないこと

(ア) 原告は,Aの指示もないのに,自らの判断で,本件倉庫内に保管してあったオイル缶を持ち出し,内容物がガソリンであるとの表示により,ガソリンであることを知りながら,安易かつ軽率にこれを使用して本件事故を起こした(原告は,オイル缶の蓋を開けた際に,臭いでガソリンと分かったし,オイル缶から油を注いだ後に,引火の危険があるとして倉庫にオイル缶を戻したのも,内容物がガソリンであることを知っていたからである。)。

仮に,原告がガソリンであることを知らなかったとしても,その内容物が何であるかを十分確認せずに倉庫内に保管してあったオイル缶を持ち出し,漫然とガソリンを使用して本件焼却作業を行ったものであり,また,ガソリンの揮発性の高さ及び臭気の強さからすると,原告が確認をすれば,原告が本件焼却作業にあたり使用した液体がガソリンであることは容易に判別できたのであるから,本件事故発生の原因は,原告自身の重過失にある。

(イ) Aと原告が,平成13年4月28日,原告の自宅近くのファミリーレストランで話し合いを持った際,Aと原告は,被告Y1工務店が原告の労災請求に協力すること,原告が労災請求以外に被告らに対し損害賠償請求を一切しないこと,同日をもって原告が被告Y1工務店を退職すること等につき合意し,原告は本件事故の原因が原告の過失であることを認めていた。

(原告の反論)

ア(ア) 焼却炉で油を使用して廃材の焼却をすることは通常想定される作業であり,濡れた木材という難燃性の物を焼却する本件焼却作業の実施においては必要不可欠なものであったから,そのような状況下で被告らから油の使用を明確に禁止されたものでない以上,原告が油を使用したことについて過失はない。

(イ) 原告は,本件焼却作業の際,油を使用する前に,小さな木片や小枝を火種とする着火を試み,油の缶についてもそれがエンジンオイル用のものであることを確認し,さらに,当該缶の中身を少量注いだ後,当該缶に炎が引火しないようにそれを本件倉庫に片付けてから着火をするなどして,一連の作業において必要とされる注意を払っており,過失はない。

(ウ)a 本件廃材が大量にあったこと,本件焼却炉が本件事故の前々日にも使用されたことなどを勘案すると,本件廃材及び本件焼却炉から発せられる臭気のために,原告が特に鼻等を近づける等の行動を採らない限り,そのような状況下で,臭気だけでガソリンとその他の油類との違いを見分けることは不可能である。

b ガソリンとその他の油類との間には粘度の違いがあるが,それはあくまで程度問題であって,上記aのような状況下で,粘度の違いによってガソリンとその他の油類との違いを見分けることは不可能である。

(エ) 原告が本件焼却作業の際に使用したエンジンオイル用の缶には,「エンジンオイル缶」である旨が印刷表示されていたものであり,それ以外の物質が入れられている旨の説明が被告らからなされていない限り,原告においてエンジンオイル以外の油が入れられていることを予測し難く,その旨を疑って内容物の確認をすることを原告に期待することは不可能である。

イ 原告とAは,本件事故後に話し合いを持ったが,その日にちは平成13年5月15日である。原告は,同年4月28日の時点で,未だ入院中であり,外出は不可能な状態であった。

原告は,Aに対し,当該話し合いの席において,本件事故が原告の過失に基づくことを認めていないし,原告とAが,原告が労災請求以外に被告らに対し損害賠償請求を一切しないこと,同日をもって原告が被告Y1工務店を退職すること等につき合意したこともない。Aが,開口一番,「原告が本件事故を起こしたので解雇する。」,「労災手続はするが,それ以外は補償できない。」,「被告Y1工務店の過失は,何十人もの中から原告を採用したことである。」という旨を述べたことに対し,原告は,解雇にも,労災以外の補償がされないことにも了承できないことを伝え,話し合いは物別れに終わった。

(2)  損害

(原告の主張)

ア 休業損害  合計2579万9876円

(ア) 本件事故日である平成13年4月23日から同16年8月31日まで(1227日間)の休業損害額565万8030円(b-c)

a 平均賃金1万0416円(1万2500円〔日給〕×5日〔実勤務日数〕÷6日〔1週間の予定勤務日数〕)

b 休業損害額1278万0432円(1万0416円×1227日)

c 損害填補額712万2402円(709万9200円〔労働災害保険休業補償給付額〕+2万3202円〔被告らからの待機3日分の支払額〕)

(イ) 平成16年9月1日から同18年9月30日まで(760日間)の請求休業損害額368万2160円(a-b)

a 休業損害額791万6160円(1万0416円×760日)

b 労働災害保険休業補償給付による損害填補額423万4000円

(ウ) 将来分の休業損害額1645万9686円

原告は,後記のとおり,本件事故によって,心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負ったものであるが,これについて症状固定の認定を受けておらず,現在も治療中である。PTSDの状態につき,現在までほとんど改善が見られなかった経過に鑑みると,本件事故の発生から現在までとほぼ同等の期間である約5年間は,現在の病状が継続することが高度の蓋然性を持って予測されるため,原告は,被告らに対し,今後の5年間分の休業損害を請求する。

a 年間給与額380万1840円(1万0416円×365日)

b 5年間分の休業損害1645万9686円(380万1840円×4.3294〔5年間のライプニッツ係数〕)

イ 入通院慰謝料 合計716万4700円

(ア) 原告は,本件事故により,一時意識不明の重体となり,顔面・両上肢・気道の熱傷の傷害を負い,平成13年4月23日から同年5月3日まで入院治療を受け(11日間),その後現在まで通院中である(平成18年10月3日までの実通院日数351日間。平成16年には,形成外科,眼科,耳鼻咽喉科及び精神科へ,平成17年には,眼科,耳鼻咽喉科及び精神科へ通院していた。)。

(イ)a 熱傷に伴い,両眼球打撲,網膜振盪症,結膜異物,角膜びらん,アレルギー性結膜炎,目瞼皮膚炎症,眼精疲労の傷害を負い,本件事故前まで両眼2.0あった視力が,右眼1.5,左眼0.5まで低下し,左眼は矯正しても0.6までしか向上しない状態である。

b 眼球の奥に鈍痛や違和感があり,夜間・夕刻等には左眼が光に順応するのに時間が掛かる状態である。

c 上記外傷を起因とした白内障・緑内障の進行の可能性がある。

(ウ)a 顔面・両上肢熱傷後瘢痕・色素沈着,外傷性刺青の傷害を負い,6度のレーザー治療,5度の手術を受けたが,現在も熱傷による痕やシミが顔面及び両腕に残っている。

b 皮膚が弱った状態なので,わずかな傷でも化膿して広がったり,痒みが生じたりする。

c 異物が混入した状態による外傷性刺青も残っており,平成15年末に木片が皮膚から出てきて化膿するような状態である。

(エ) 気道熱傷後,咽頭痛・咽頭違和感が継続し,慢性咽頭炎になった。

(オ) 本件事故のフラッシュバックや幻聴が起こり,本件事故に関連する物である煙や炎,匂い,騒音等に接すると吐き気や頭痛をもよおし,動悸が速くなり,パニック症状が出るなど,心的外傷後ストレス障害(PTSD)になった。

(カ) 被告Y1工務店は,本件事故の責任を認めず,労働災害保険への申告以外一切の補償を拒否したばかりか,平成13年5月7日,原告が労災保険給付以上の補償を求めたのに対し,「そんなことを言うのであれば,労災補償を打ち切ると社長が言っている。」等と従業員に伝えさせ,同月15日,原告に対し解雇通告を行う等の対応をした。

(キ)a 上記(ア)ないし(オ)の原告の被害の程度,及び,上記(カ)の被告Y1工務店の対応を勘案すれば,現在までの入通院慰謝料は500万円を下ることはない。

b 上記ア(ウ)のとおり,原告は,今後5年間は,現在の病状が継続するところ,1年間の通院慰謝料は50万円を下ることはないので,今後5年間の通院慰謝料は216万4700円(50万円×4.3294〔5年間のライプニッツ係数〕)が相当である。

c したがって,入通院慰謝料は,合計716万円が相当である。

ウ 将来分の治療費  335万3617円

(ア) PTSDの治療について228万1896円(5年間分)

a 原告は,平成14年以来,2週間に1回程度の割合で定期的にPTSDの治療のために精神科に通院しており,今後の5年間についても同程度の割合での通院治療が必要である。

b 平成16年の精神科の治療費52万7070円を基準として,5年間分の治療費を計算すると,228万1896円(52万7070円×4.3294〔5年間のライプニッツ係数〕)となる。

(イ) 眼の治療について107万1721円(27年間分)

a 原告は,本件事故による視神経及び網膜の損傷により,両眼とも裸眼で2.0の視力であったものが,左眼が,裸眼視力0.5,矯正視力0.6という後遺障害が残り,症状固定(後遺障害13級1号〔1眼の視力が0.6以下になったもの〕)した。

b 原告は,上記aの症状固定後も,アレルギー性結膜炎の症状が継続しており,今後も1か月に1回の割合で,眼科を受診し,投薬を受けることが必要となる。

c 平成16年の眼科の治療費7万3190円を基準として,27年間(原告の今後の稼働年数〔67歳-40歳〕)分の治療費を計算すると,107万1721円(7万3190円×14.6430〔27年間のライプニッツ係数〕)となる。

エ 眼の後遺障害による逸失利益  352万8959円((イ)-(ウ))

(ア) 上記ウ(イ)a記載のとおり,原告は眼に後遺障害を負ったものであり,それによる労働能力喪失率は9パーセントである。

(イ) 27年間分の逸失利益501万0330円(年間給与額380万1840円〔1万0416円×365〕×14.6430〔27年間のライプニッツ係数〕×9パーセント)

(ウ) ただし,最初の5年間分の逸失利益148万1371円(年間給与額380万1840円×4.3294〔5年間のライプニッツ係数〕×9パーセント)については,上記のPTSDに起因する休業損害と重複するため,これを差し引いて請求する。

オ 眼についての後遺障害慰謝料  200万円

原告においては,今後も外傷に起因した白内障,緑内障及び網膜萎縮の可能性が依然としてあり,さらなる視力の低下やそれらの症状の発症の可能性について多大な不安を抱えるものであるから,眼についての後遺障害による原告の精神的な苦痛を慰謝するに足りる額は,200万円が相当である。

カ 弁護士費用  438万5000円

原告は,原告訴訟代理人弁護士らに対し,本件訴訟の弁護士費用として着手金21万円及び損害額(4184万7152円)の約10パーセントの報酬金417万5000円の合計438万5000円の支払を約束した。

キ よって,原告は,被告らに対し,安全配慮義務違反又は不法行為(民法709条)に基づき,連帯して4623万2152円及びこれに対する本件事故発生日(不法行為の日)である平成13年4月23日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

原告の主張のうち,原告が原告の主張イ記載の傷害を負ったことは認める。労働災害保険休業補償給付額は不知。その余は否認する。

(3)  過失相殺

(被告らの主張)

ア 原告は,Aの指示もないのに,自らの判断で,本件倉庫内に保管してあるものを,その内容物が何であるかを十分確認せずに勝手に取り出し,漫然とガソリンを使用して焼却を行ったものであり,本件事故発生の原因は原告の重過失にある。したがって,仮に被告らに責任があるとしても,本件事故の発生について,原告の過失割合は9割である。

イ 労災保険金の支給によって原告の損害は填補されている。

(原告の主張)

被告らの主張は争う。本件事故発生につき原告に過失がないことは,上記争点(1)についての(原告の反論)において主張したとおりである。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(被告らの原告に対する安全配慮義務違反の有無)について

(1)  上記争いのない事実等のほか,証拠(甲1ないし8,13,18,乙1ないし7,9,10,11,証人D,同C,原告,被告Y1工務店代表者尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,学校卒業後,原告の父親が建設関係の仕事を営んでいたことから,その仕事を手伝う傍ら,家屋解体やトラック運転手の仕事を行っていた(原告は,廃材等を焼却炉で焼却する作業をしたことはなかった。)。

イ(ア) 原告は,平成13年4月15日(以下,年の記載がないものは,平成13年における出来事である。),被告Y1工務店が2トンと4トンのダンプトラックの運転手を募集している旨の求人広告を見て,同月16日,就職面接のために被告Y2建設の事務所を訪問した。

(イ) 同日,その面接の場で,Aから原告に対し,ダンプトラックの運転手だけでなく,将来的には種種の資格を取って現場監督の仕事をする途もあるといった旨の話もなされたが,原告は,同月17日,ダンプトラックの運転手及び作業員として,被告Y1工務店に採用された。(被告らは,3か月の試用であったと主張し,被告Y1工務店代表者Aは,これに沿う供述をするが,これを裏付ける契約書等の客観的証拠がないことのほか,反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし,採用することができない。)

ウ(ア) 原告は,Dとともに,4月18日から3日程度かけて,埼玉県所沢市eの現場において家屋の解体作業に従事した。当該解体作業は,被告Y2建設が請け負ったものをさらに被告Y1工務店が下請けしたものであった。

(イ)a 家屋の解体作業は,作業現場において,家屋を解体した後,解体された物質を,燃えるもの(木材等),コンクリート製品,鉄くず,塩化ビニール類等に分別して,燃えるものはトラックで本件敷地まで運搬し,被告Y2建設において焼却することとし,その他の物については,他の産業廃棄物処理業者のもとへ運搬していた(なお,この点,原告は,本件敷地に運び込まれ焼却される廃材の中には,木材等燃えるもののほかに,多数の種類の産業廃棄物が含有されていた旨を主張するが,原告自身,本件事故の際に爆風で飛んできて身体に突き刺さった物質が木片等であると供述し,その他の物質の存在に特段言及していないこと等と照らし合わせれば,本件廃材は,ほぼ木材等燃えるものを中心として構成されていたと推認される。)。

b 被告Y2建設は,平成13年当時,産業廃棄物の処理作業について,公的機関から許可を受けていた。

エ(ア)a 従前,本件敷地に運び込まれた木材等の廃材は,被告らの従業員によって,本件焼却炉によって焼却されていた。

b 原告は,4月21日,上記ウ(ア)の家屋解体作業によって発生した本件廃材の一部を本件焼却炉の近くまで運搬する作業を行ったものの,自分は焼却をせず,Cが焼却するのを見学し,同人から説明及び指導を受けた。Cの説明及び指導は,本件焼却炉の横にある水道からホースで本件焼却炉に水を通して,火を点けて燃やすだけでよいというものであった。なお,原告は,このときCが実際にどのような手段で着火をしたかまでは実際に見聞しなかった。

(イ) 本件焼却炉は,電動式ではないので運転するための電気のスイッチはない。水道からホース等で水を引いてきて,本件焼却炉に水を流し込み,水が炎で温められ気化し,その蒸気によって押込送風機(ブロワー)が回転することにより大気が本件焼却炉に送り込まれ,継続燃焼運転する仕組みとなっている。

(ウ)a 焼却は,本件焼却炉の上方にある投入部から燃やすものを入れて,新聞紙や木っ端に着火してそれを火種にして行われていた。

b 廃材は,チェーンソー等を使用して,本件焼却炉の中に入る程度の大きさに切って,投入されていた。

c 被告らにおいては,そのような焼却の作業方法について,従前から働いている者が,新規に採用された者に対し,焼却作業を実施している場面を見学させる等の手段によって,指導が行われていた。

d 被告らにおいて,本件焼却炉を使用して焼却作業をする際に,作業を担当する従業員らに対し,油類を使用するよう指示したことはないし,また,実際に油類を使用して焼却作業が実施されたこともなかった(上記(ア)bのとおり,Cから原告に対する説明においても,油の使用については言及されていないことは,原告も供述するところである。)。

オ(ア) 原告は,4月23日午前7時半ころ,本件敷地に出勤した。本件敷地内において,A,C,D及び原告は当日の仕事内容について打合せをし,Aは,Cに対しては,埼玉県戸田市の方へ行くよう指示し,Dに対しては,Aと一緒に後日担当することとなっている工事現場に行くよう指示し,原告に対しては,本件敷地に残って本件焼却炉を使用して本件廃材を焼却するよう指示した。

(イ) Aは,原告に対し,本件焼却作業を指示するにあたり,「窯(本件焼却炉)で火を燃すように。できるだけ早くやるように。」という旨の指示をしたが,原告が油を使用するとは予想せず,油を絶対に使用してはいけないという注意をしなかった(Aが,油を使用して作業を行うようにとの指示をしなかったことは,下記(2)イ(イ)に認定のとおりである。)。

カ(ア) 原告は,重機を使用して,本件敷地内の広範囲に散らばった本件廃材を本件焼却炉の近辺に持ってきて集めた。原告は,本件焼却炉の中に本件廃材を詰めて,ライターを使用し,小枝や紙くずを火種にして着火を試みたが,本件廃材が湿っていたため(家屋解体作業中に埃が舞い散らないように水をかけながら同作業を実施したこと等の要因によるものである。),成功しなかった。原告は,このままでは焼却の作業を進めることができないと思い,また,被告Y1工務店に入社したばかりであったことから,少しでも,Aから「よく働いてくれた。」と思われた方がよいと考えて,本件倉庫にあるオイル缶に入っている油を使用して,作業を実施しようと考えた。

(イ)a 本件倉庫には,ガソリン,灯油,混合油,エンジンオイル及びディーゼルオイルが保管されていた(下記のとおり,特にガソリン,混合油,ディーゼルオイルは,現場に機械とともに持っていくとき等のために,容器が同一でも,マジックインキ等でそれぞれ内容物が容器の外側に明記されていた。)。

b ガソリンは,建設現場で使用する転圧機(ランマープレート)の動力燃料として備え付けられており,4リットルの容量のエンジンオイル用の缶及び鉄製のガソリン携行缶に,いずれも内容物がわかるように「ガソリン」と明記して保管されていた。

c 灯油は,石油ストーブを使用するために備え付けられており,ポリタンクの中に保管されていた。

d 混合油は,チェーンソー等の小型建設機械や芝刈機等の動力燃料として備え付けられており,4リットルの容量のエンジンオイル用の缶に,混合割合を明記して保管されていた。

e エンジンオイルは,自動車のエンジンのオイルが切れた場合に補給するために備え付けられており,4リットルの容量のエンジンオイル用の缶に,特段何らの記載もすることなく保管されていた。

f ディーゼルオイルは,ディーゼル用のエンジンオイルとして備え付けられており,4リットルの容量のエンジンオイル用の缶に,その内容物が「ディーゼルオイル」であることがわかるようにその旨明記して保管されていた。

(ウ)a 原告は,本件倉庫の棚に並んでいる缶の中から,4リットルの容量のエンジンオイル用の缶(以下「本件オイル缶」という。)を一つ選び,手に持って本件焼却炉の方へ行き,本件焼却炉の前の地面に本件オイル缶を置いて,その蓋を開けた後,本件オイル缶の側面部分を右手で持って,本件焼却炉の投入部の内に差し入れて,その内容物を目分量で100cc程度注ぎ込んだ。その際,原告は,内容物はエンジンオイルであると思っていた(本件全証拠によっても,原告において,内容物がガソリンであることを知りながら,敢えてこれを使用したと認めるに足りる証拠はない。)。

(なお,原告は,本件オイル缶の内容物を本件焼却炉に注ぎ込んだ後に,点火をするにあたり,油類を本件焼却炉の近くに置いたままにしておくと引火する恐れがあり危険であると判断して,本件オイル缶を本件倉庫の棚に戻しておいたと主張し,その主張に沿った供述をするが,そうであるならば,原告が本件オイル缶であると主張する黒色で四角い形をした4リットルの容量のTOYOTAのエンジンオイル用の缶が本件事故後に本件倉庫から発見されて然るべきところ,そのような物的証拠が何ら発見されていないことと照らし合わせれば,原告の上記供述はにわかに信用することができず,その主張を採用することはできない。)

b 原告は,本件廃材のうち,その注ぎ込んだ液体がかかっている木材に,ライターで直接火を点けようとして,ライターを作動させた瞬間に,爆発が起こった(この事実によれば,原告が本件焼却炉内の廃材に注いだのは,ガソリンであったと推認することができる。)。

(エ) 原告が,爆風により木片等を顔面及び両腕等に受けて負傷し,近隣の会社の従業員に救助され,救急車により,防衛医科大学校病院に搬送された(上記争いのない事実等(3)イ及びウ)。

キ(ア) 原告は,本件事故により,一時意識不明の重態になり,顔面,両上肢及び気道に熱傷を負い,防衛医科大学校病院救急部において,入院加療を受け,5月3日退院した後,12月4日まで,同病院に外来通院した。

(イ) 原告は,現在も,精神科及び眼科でに外来通院治療を受けており,就職をしていない。

ク 原告は,本件事故後,原告の自宅近くのファミリーレストランでAと会い,給料のことや労災保険のことなどについて話し合った(その日について,原告は,退院後の5月15日であると供述し,Aは,原告が入院中の4月28日に,入院先の病院を抜け出してきた原告と会って,労災保険のことなどを話し合ったもので,5月15日にも原告と会ったが,その時は未払賃金と原告のバイクを届けたに過ぎない旨供述する。)。

(2)  被告らに安全配慮義務違反が有るか否かについて,以下判断する。

ア(ア) 原告と被告Y1工務店との間で,本件労働契約が締結されたことは当事者間で争いがない(上記争いのない事実等(2))から,両者の間には,「法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係」(最高裁第3小法廷昭和50年2月25日判決民集29巻2号143頁)があったものと認められ,したがって,被告Y1工務店は,原告に対し,信義則上,原告の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うというべきである。

(イ) また,上記(1)において認定した事実に基づいて判断するに,本件廃材が発生する元となった家屋解体作業については,被告Y2建設が元請けであったこと,平成13年当時,産業廃棄物の処理作業について公的機関から許可を受けていたのは被告Y2建設であること,焼却が行われたのが被告Y2建設の当時の本店所在地である本件敷地内であり,本件焼却炉が被告Y2建設の所有管理下にある設備であったこと,Aが被告Y1工務店の代表者であるとともに被告Y2建設の取締役でもあって,焼却作業が同人の指示に基づいて実施されたものであることを総合すると,被告Y2建設と原告との間には,「特別な社会的接触の関係」があったものと認められ,したがって,被告Y2建設も,原告に対し,信義則上,原告の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うというべきである。

イ 次に,被告らに,原告主張の安全配慮義務違反があるか否かについて,検討する。

(ア) 被告らの油類の管理が杜撰であったか否かについて

a 上記(1)において認定した事実に基づいて判断するに,本件倉庫では5種類の油類が保管されていたにもかかわらず,エンジンオイル,ガソリン,混合油及びディーゼルオイルが同一のエンジンオイル用の缶に入れて保管されていたのであるから,内容物の表示が缶にされていたとしても,油類の管理方法が不適切であったことは否めない。

(ただし,原告は,「被告らが,赤色のポリタンクにガソリンを入れて保管していた。」旨主張し,それに沿った供述をする。しかしながら,そのような事実を裏付ける客観的な証拠が一切ないほか,ポリタンクにガソリンを入れていた事実はない旨の証人D及び同Cの各証言,被告Y1工務店代表者尋問の結果と照らし合わせれば,原告の供述はにわかに採用することができない。)

b しかしながら,上記(1)において認定したとおり,本件焼却炉の作動方法及び使用方法は,新聞紙や木っ端を火種にして廃材を燃やし,水道からホース等で引いてきた水を本件焼却炉の中に流し込み,温められた蒸気によってブロワーが回転することによって,大気が本件焼却炉に送り込まれ継続燃焼運転するという簡単な仕組みとなっており,一人で作業をするにあたって特別な技術の習得が要求されるようなものでなく,本来油を使用することを予定しない設備であったこと,被告らにおいては,廃材等を本件焼却炉で焼却するにあたり,従業員に対し,油を使用するように指示したことがなく,また,実際に油を使用して作業を実施したこともなかったこと,本件事故当日も,Aは,原告に対し,「油でも何でも使って1日で燃やせ。」という指示を一切出していないこと(下記(イ)に説示のとおりである。)等の事実を総合すると,本件事故発生当時,被告らにおいて,原告がガソリンが入ったエンジンオイル缶の内容物(ガソリンとの内容物の表示があった。)を使用して焼却作業を行うことを予見することは不可能であったというべきである。してみると,被告らに,本件事故について安全配慮義務違反の責任を負わせることはできないし,また,油類の管理方法が不適切であったことと,原告がその判断で油を使用した結果,ガソリン爆発により本件事故が発生したこととの間に相当因果関係があるとも認められない。

(イ) 原告に対し,本件焼却作業にあたり油の使用を指示したか否かについて

a 原告は,Aが「倉庫にある油でも何でも使って1日で燃やせ。」との指示をしたと主張する。上記主張事実を立証する証拠としては,原告の本人尋問における供述以外にないところ,Aは,そのような指示をしたことを否定する供述をする。

そこで,原告の上記供述の信用性について検討すると,原告の上記供述には,次の点で疑問があるといわざるを得ない。

① 上記(1)カ(イ)に認定のとおり,本件倉庫内には,ガソリンを含め合計5種類の油類が保管されていたのであるから,Aにおいて,油を特定せずに,漫然と油を使って燃やせと言うとは,思われない(Aが,油を使って燃やせと言ったのであれば,ガソリンを使って燃やせと言うはずはないから,灯油など使用する油を特定して言ったはずである。)。

② 上記(1)エ(ウ)に認定のとおり,被告らにおいて,本件焼却炉を使用して焼却作業をする際に,作業を担当する従業員らに対し,油類を使用するよう指示したことはないし,また,実際に油類を使用して焼却作業が実施されたことがなかったものである。

③ 上記(1)エ(ア)に認定のとおり,本件廃材の焼却は,一部既に4月21日の時点から行われていたことからすると,必ずしも,全ての作業を一日のうちに終わらせることが絶対に要求されているものではなかったと思料される。

④ 上記(1)カ(ア)に認定のとおり,原告においても,まず真っ先に油を使用したのではなく,最初の段階では,小枝や紙くずを火種にして着火を試みている。

⑤ 入社間近の原告自身,Aから「よく働いてくれた。」と思われた方がよいという気持ちがあったから,油を使用して本件焼却作業を実施しようと考えたことを自認している。

そうすると,信用性に疑問のある原告の供述のみによっては,原告の上記主張事実が証明されたと認めることはできない。他に原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

b 原告は,Aが,廃棄物処理法に反する違法行為を隠蔽する目的で,原告に対し,油を使用した早期の焼却を指示した旨主張する。

しかしながら,上記(1)ウ(イ)において認定したとおり,被告らにおける家屋の解体作業は,作業現場において,木材等の燃えるものとコンクリート製品等それ以外の物とを分別しており,本件焼却炉において処分されていたのは,主として木材を中心とする燃えるものであったことからすると,本件焼却炉でされていた焼却が廃棄物処理法に反する違法行為であったこと及びAにおいてそのような違法行為を隠蔽する目的があったとまで認めることはできない。

(ウ) 本件焼却作業の監督指導説明について

a 原告は,本件焼却作業は危険な作業であったから,監督者を指名して,現場に配置し,安全を確保すべき義務があるにもかかわらず,被告らは,監督者を置かず,被告Y1工務店に入社して間もない原告を一人で本件焼却作業に従事させたと主張する。

しかしながら,上記(1)に認定の事実によれば,本件焼却炉によって廃材を焼却する作業自体は,一人で作業をするにあたって特別な技術の習得が要求されるようなものでなく,比較的簡単で単純なものであり,ガソリン等の危険物を投入するなどしない限り,特別危険を伴うものではないから,被告らにおいて,本件焼却炉において廃材の焼却を実施するにあたり,監督者を指名して,常時作業者を監督させるべき義務を負うとまでは認められず,原告に一人で本件焼却作業に従事させたことが安全配慮義務違反にあたるとはいえない。

b 原告は,被告らは原告に対し,本件焼却作業にあたり,本件焼却炉の構造及び使用方法について何らの説明を行わなかったと主張する。

上記(1)に認定の事実によれば,Aが原告に本件焼却作業の実施を指示するにあたり,Aが,原告に対し,本件焼却炉の構造及び使用方法について指導説明したことはなかったこと,また,原告に対し,本件焼却炉に絶対に油を使用してはいけないという旨の注意がなされなかったことが認められる。

しかしながら,本件焼却炉によって廃材を焼却する作業自体は,上記aのとおり比較的簡単で単純なものであること,被告らにおいては,そのような焼却の作業方法について,従前から働いている者が,新規に採用された者に対し,焼却作業を実施している場面を見学させる等の手段によって,指導が行われていたこと,原告も,上記(1)エ(ア)のとおり,4月21日,Cが焼却を実施する場面を見学し,同人から本件焼却炉の作動方法及び使用方法について一応説明を受けていることを考慮すると,本件焼却炉の構造及び使用方法について一応の説明が行われたというべきであり,原告に対する本件焼却炉の構造及び使用方法の説明において,被告らに安全配慮義務違反があったとまで認めることはできない。

c 原告は,被告らは原告に対し,本件焼却作業にあたり,防具や作業服を与えず,水道や消火器等の場所の説明をすることもなく,緊急時の連絡先を告げることもしなかったと主張する。

しかしながら,上記aに説示のとおり,本件焼却炉によって廃材を焼却する作業自体は,ガソリン等の危険物を投入するなどしない限り,特別危険を伴うものではなく,したがって,被告らにおいても,原告が揮発性が高いために引火して爆発を発生させる恐れのあるガソリンは当然,それ以外の油類を使用して,焼却作業を行うことを予見することは不可能であったのであるから,油類の使用を前提として,それにより発生する恐れのある爆発事故あるいは火災事故等に対処するため,原告ら主張の上記措置を求めることは,無理であり,被告らが安全配慮義務を負うとは認められない。

ウ 以上によれば,被告らにおいて原告に対する安全配慮義務に違反した事実は認められず,したがって,原告に対する不法行為が成立しないことも明らかである。

2  結論

以上の次第で,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田眞)

裁判官中山幾次郎は転任につき,裁判官上田真史は転官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岩田眞

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