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さいたま地方裁判所 平成16年(ワ)2011号 判決 2007年2月09日

主文

1(1) 被告らは,原告Aに対し,連帯して,400万5825円及びこれに対する平成16年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 原告Aのその余の請求を棄却する。

2(1) 被告らは,原告Bに対し,連帯して,71万1041円及びこれに対する平成16年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 原告Bのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを20分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告らの負担とする。

4  この判決は,第1項(1)及び第2項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

(以下,原告Aを「原告A」,原告Bを「原告B」という。

また,被告C,被告D,被告E,被告F及び被告Gを併せて「被告Cら」といい,被告HことIを「被告H」という。)

第1請求

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して,6089万0349円及びこれに対する平成16年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して,1468万1761円及びこれに対する平成16年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原告Aは,別紙物件目録A記載3の土地上に別紙物件目録A記載1の建物(以下「本件建物1」という。)を所有し,原告らは,別紙物件目録A記載4の土地(以下,別紙物件目録A記載3及び4の土地を併せて「原告ら所有地」という。)上に別紙物件目録A記載2の建物(以下「本件建物2」といい,本件建物1と併せて「本件各建物」という。)を,各2分の1の持分で共有している。

被告Cらは,原告ら所有地の北側にそれぞれ別紙物件目録B記載の土地(以下,併せて「被告ら所有地」という。)を所有している。被告Cらは平成12年1月から3月にかけて,被告Hに対し被告ら所有地の盛土工事(以下「本件工事」という。)を請け負わせ,被告Hは平成12年3月下旬ころ,本件工事を施工した。

本件は,原告らが,被告らに対し,本件工事によって本件各建物に不同沈下が生じて使用できなくなったとして,① 被告Cらについては,共同不法行為(民法709条,716条及び719条)又は土地工作物責任(民法717条及び719条)による損害賠償請求権に基づき,② 被告Hについては不法行為(民法709条)による損害賠償請求権に基づき,原告Aにつき6089万0349円及び原告Bにつき1468万1761円の各損害賠償金並びにこれらの各金員に対する不法行為後の日である平成16年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実

(1) 当事者

ア 原告らは,昭和46年9月27日に婚姻した夫婦である。原告Aは本件建物1(昭和49年12月14日新築)を所有している。また,原告らは本件建物2(昭和50年1月15日新築)を各2分の1の持分で共有している。(被告Cらとの間では争いがなく,被告Hとの間では甲8の1及び2,59)

イ 被告Cらは,被告ら所有地をそれぞれ所有している。(被告Cらとの間では争いがなく,被告Hとの間では甲7の1から6まで)

ウ 被告Hは,Hの商号で土木工事業などを営んでいた(被告Cらとの間では争いがなく,被告Hとの間では乙1,弁論の全趣旨)。被告Hは,公示送達による呼出しを受けたが,本件口頭弁論期日に出頭しない。

(2) 本件各建物及び被告ら所有地

ア 本件各建物,原告ら所有地及び被告ら所有地の位置関係は,別紙位置関係図記載のとおりである。被告ら所有地は,本件工事前,耕地整理の行われた水田又は休耕田であり,地盤面は全体として水平で原告ら所有地や隣接する道路のそれよりも約1.5メートル低かった(被告。Cらとの間では争いがなく,被告Hとの間では甲3,18)

イ 原告ら所有地及び被告ら所有地が所在する越谷市d付近は,後背湿地と称される地形に属し,軟弱地盤に分類されている。原告ら所有地において行われたスウェーデン式サウンディング試験の結果によれば,地表から深さ3.5メートルないし4メートルまで軟弱粘性土が連続しており,深さ3.5メートルないし4メートルから約8メートルまでは砂質土が続き,深さ約8メートルから調査を行った深さ18メートルまで再び軟弱粘性土が続いている。地下水の水位は地表から深さ50センチメートルないし70センチメートル,自沈層厚は全体で2,3メートル以上であり,原告ら所有地及び被告ら所有地が軟弱地盤に属していることが認められる。(甲38,39)

(3) 本件工事

ア 被告Hは,平成12年1月から3月にかけて,被告Cらを個別に訪問し,被告ら所有地につき盛土工事を行い,畑に改良する工事を行うよう勧誘した。費用はかからないとのことであった。被告Cらは,この勧誘を受けて,被告Hに対し,本件工事を請け負わせることにした。(被告Cらとの間では争いがなく,被告Hとの間では乙20から24まで,証人R,被告C本人,被告D本人,被告E本人,被告F本人(以下,併せて「被告Cら本人」という。))

イ 被告Hは,平成12年3月15日ころから同月31日ころにかけて,被告ら所有地に盛土工事を行った(本件工事)。本件工事による盛土は,被告ら所有地のほぼ全面にわたっており(面積の合計約5000平方メートル),以前の地盤面から測ると約2メートルの高さがある。(甲1の1,18)

(4) 本件各建物及びその周辺の現状

ア 本件建物1

本件建物1は,基礎に内外を貫通するようにひび割れが入っており,建物全体が北東側に傾いている。

平成15年12月11日の調査では,基礎に幅1.6mmのひび割れが認められ,柱の傾きは最大で14.12/1000,床の傾きは最大で14.67/1000であった。平成17年8月11日の調査では,基礎のひび割れは幅2.0mmに拡大し,柱及び床の傾きも拡大していることが認められた。(柱又は床の傾きの許容範囲は6/1000であり,これを超える傾きが生じると使用困難となる。)(甲6,21,37)

イ 本件建物2

本件建物2は,基礎が北東側に傾斜しており,北東側は南西側に比べて最大で116mm下がっている部分がある。(甲3,21)

ウ 本件各建物の周辺

原告ら所有地と被告ら所有地との境界には,ブロック,フェンス及びU字溝が存在する。上記ブロック及びフェンスは,崩れかけ,波を打った状態になっており,U字溝は波を打って曲がっている。(甲10,21)

2  争点

(1) 被告Cらの責任原因1(本件工事にかかる共同不法行為)

ア 本件工事の注文又は指図について被告Cらに過失があったか。(争点①ア)

イ 被告Cらが共同して本件工事の注文又は指図をしたか。(争点①イ)

ウ 本件工事と本件各建物の不同沈下との間に因果関係があるか。(争点①ウ)

(2) 被告Cらの責任原因2(本件工事後の共同不法行為)

ア 本件工事後に本件工事による盛土を放置したことについて被告Cらに過失があったか。(争点②ア)

イ 被告Cらが共同して本件工事による盛土を放置したか。(争点②イ)

ウ 本件工事による盛土の放置と本件各建物の不同沈下との間に因果関係があるか。(争点②ウ)

(3) 被告Cらの責任原因3(土地工作物責任)

ア 本件工事による盛土が土地の工作物に当たるか。(争点③ア)

イ 本件工事による盛土の設置又は保存に瑕疵があるか。(争点③イ)

ウ 土地工作物責任(民法717条)と共同不法行為(民法719条)の重畳適用の可否,本件において共同して本件工事による盛土の設置又は保存がされたか。(争点③ウ)

エ 本件工事による盛土の設置又は保存の瑕疵と本件各建物の不同沈下との間に因果関係があるか。(争点③エ)

(4) 被告Hの責任原因

ア 本件工事について被告Hに過失があったか。(争点④ア)

イ 本件工事と本件各建物の不同沈下との間に因果関係があるか。(争点④イ)

(5) 原告らの各損害額はいくらか。(争点⑤)

3  争点に対する当事者の主張

(1) 争点①ア(本件工事の注文及び指図の過失)について

(原告ら)

被告Cらは,それぞれ,被告Hに対し,次のとおり本件工事の注文及び指図をしており,過失がある。

ア 被告Cらは,原告ら所有地及び被告ら所有地が軟弱地盤に属しており,大量の盛土をすれば,本件各建物に不同沈下を生じさせるおそれがあるのに,本件工事を注文した。

イ 被告Cらは,本件工事の際,被告Hに対し,① 盛土による影響を遮断する措置をとるよう指図せず,また,② 掘削により本件各建物に不同沈下を生じさせるおそれがあるにもかかわらず,原告ら所有地と別紙物件目録B記載6の被告G所有地との境界付近を,土留め工事なしに深さ3メートル以上掘削させた。

(被告Cら)

争う。なお,原告ら所有地と被告G所有地との境界付近を,土留め工事なしに深さ3メートル以上掘削させた事実はない。

被告Cらは,それぞれ,被告Hから周囲の土地も埋め立てられるとうそを告げられ,自らの土地だけ埋立てをしないのでは管理上支障が生じると考え,やむを得ず本件工事に同意した。また,被告Cらは,農業従事者であり土木建築関係の知識を有しておらず,また,一般人においても,軟弱地盤における盛土工事によって隣接地の地盤に影響を及ぼすおそれがあることは知ることができなかった。被告Cらは,専門業者である被告Hに対し,近隣に対し迷惑を掛けないよう黙示的に注文又は指図をしていた。被告Cらに過失はない。

(2) 争点①イ(注文又は指図の関連共同性)について

(原告ら)

次の本件工事の内容等に照らせば,被告Cらの本件工事の各注文及び指図には関連共同性が認められる。

ア 被告Hは,平成12年初めころ,被告Cらを含む近隣の田畑の所有者に対し,盛土工事の勧誘を行っており,近所において話題となっていた。被告Cらは,被告Hの勧誘を受けて,被告ら所有地の盛土工事が同時に行われることを認識しながら,本件工事を請け負わせた。

イ 本件工事は,平成12年3月下旬ころ,被告Hにより同一時期に一括して施工されている。被告ら所有地は,その位置関係からして,相互にダンプカーやショベルカーの作業場所として利用されており,本件工事は一体のものとして施工された。

ウ 本件工事による盛土は,土質及び施工後の高さが均一であり,また,雨水の排出経路も個別には設けられていないため,一体として利用されることにより,相互に経済的価値が高まる関係にある。

(被告Cら)

争う。被告Cらは,個別に被告Hに対する本件工事の注文を行っており,関連共同性はない。

(3) 争点①ウ(本件工事の注文又は指図との因果関係)について

(原告ら)

ア 民法719条1項後段の共同不法行為については,関連共同性が認められる限り,共同行為者の行為全体と結果との間に因果関係が認められれば,各人の行為と結果との間の因果関係が推定される。したがって,本件では,本件工事によって本件各建物の不同沈下が生じたことを主張立証すればよく,被告Cらにおいて,それぞれの所有地上にされた盛土と本件各建物の不同沈下との間に因果関係がないことを主張立証すべきである。

そして,次の事情によれば,本件工事による盛土以外に,本件各建物に不同沈下を生じさせる事情は存しないから,本件工事と本件各建物の不同沈下との間には相当因果関係が認められる。

イ 原告ら所有地及び被告ら所有地は,後背湿地と称される地形に位置し,その地盤は軟弱であり,盛土等による引込み沈下が生じうる地盤である。また,本件盛土は,引込み沈下を生じさせるのに十分な量を有している。

ウ 本件各建物は,いずれも築後30年近く経過した建物で,従前不同沈下は生じていなかったのに,本件工事後に不同沈下が発生し始め,その沈下は平成17年以降も続いた。

エ 本件各建物に隣接する越谷市a所在の倉庫は,平成9年ころから平成16年10月末ころまで,金型製作等を目的とする有限会社Jに賃貸され,その工場として利用されていた(以下,上記倉庫を「J工場」という。)。有限会社Jは,金型製作用として水平に設置された精密機械を使用しているが,本件工事後,当該機械の傾きが大きくなり,水平に調整することが困難になって,操業を中止した。有限会社Jは,平成16年10月31日,千葉県野田市内に移転した。

(被告Cら)

ア 原告ら主張の因果関係論は争う。民法719条1項前段の共同不法行為の成立には,各自の行為につき独立して不法行為の要件を具備することが必要であり,共同不法行為者は各自の行為との間に相当因果関係ある損害について賠償義務を負うにすぎない(最高裁昭和43年4月23日判決,民集22巻4号964頁)。

イ 本件各建物の不同沈下は,本件工事によるものではない。本件各建物の経年劣化や原告ら所有地の土地造成工事の瑕疵の可能性があること,原告ら所有地周辺の建物には,本件各建物と同様の沈下現象が認められ,原告ら所有地周辺がそもそも地盤沈下を生じやすい場所であることなど,本件工事以外の原因もあり,本件工事が原因ではない。

(4) 争点②ア(本件工事による盛土放置の過失)について

(原告ら)

被告Cらには,平成16年3月30日の時点で本件工事後に本件各建物に不同沈下が生じていることを認識しながら,盛土の影響を遮断するための措置をとらず,これを放置した過失がある。

(被告Cら)

争う。被告Cらにおいて,本件工事により本件各建物に不同沈下が生じていることは認識し得なかった。また,原告ら主張において,具体的にどのような措置をとるべきであったか特定されていない。

(5) 争点②イ(盛土放置の関連共同性)について

(原告ら)

被告Cらは,被告ら所有地を共同で管理しており,また,原告らからの申入れにも共同で対処しており,関連共同性が認められる。

(被告Cら)

争う。

(6) 争点②ウ(本件工事による盛土の放置との因果関係)について

(原告ら)

被告Cらが本件各建物に不同沈下が生じていることを認識しながら,盛土の影響を遮断するための措置をとらず,これを放置したことにより,原告らが本件各建物で居住することは確定的に不能となったから,被告Cらは,これによる損害を賠償する義務を負う。

(被告Cら)

争う。前記(3)において主張したとおり,本件工事と本件各建物の不同沈下との間に因果関係はない。特に,不同沈下の進行を停止し得た時点以前に生じた損害については,因果関係がない。

(7) 争点③ア(土地の工作物)について

(原告ら)

軟弱地盤の土地に人為的になされた盛土は,地盤と一体となって土層を形成し,その荷重によって地盤に圧密沈下を生じさせ周辺の土地に影響を与えるから,その盛土が自然の土砂であると否とを問わず,少なくともこれによる圧密沈下が終了してその地盤が固定するに至るまでは土地の工作物であり,本件工事による盛土も同様である。

(被告Cら)

争う。民法上,地盤と土地の工作物とは明確に区別されているところ(民法638条参照),盛土は,地盤の一部を形成し土地と一体になるから,土地の工作物には当たらない。

(8) 争点③イ(設置及び保存の瑕疵)について

(原告ら)

原告ら所有地及び被告ら所有地が軟弱地盤に属していること,本件工事による盛土の量等にかんがみると,本件工事に当たっては,地盤調査をして圧密試験を実施し,盛土荷重による圧密沈下量の計算をし,柱状改良工法,鋼矢板の施工又は必要隣地隔離距離の確保及び盛土の量を調整するなどの措置を実施することが,通常,必要とされているにもかかわらず,これらの措置がとられないまま盛土が存在しており,盛土の設置及び保存に瑕疵がある。

(被告Cら)

争う。本件工事のような盛土工事において,柱状改良工法,鋼矢板の施工又は必要な隣地距離の確保及び盛土の量を調整するなどの措置などを行うことはない。

(9) 争点③ウ(設置及び保存の関連共同性)について

(原告ら)

前記(5)原告らの主張のとおり,被告Cらは本件工事による盛土の設置及び保存を共同して行っており,連帯して損害賠償責任を負う。

(被告Cら)

争う。民法717条(土地工作物責任)においては,その物が通常有すべき性質又は設備を欠いているかどうかという客観的な性状が問題となるのであって,共同不法行為の基礎となる行為の関連共同性が問題になるわけではない。したがって,民法717条及び719条を重畳適用することはできない。

(10) 争点③エ(設置及び保存の瑕疵との因果関係)について

(原告ら)

前記(6)原告らの主張に同じ。

(被告Cら)

争う。

(11) 争点④ア(被告Hの過失)について

(原告ら)

被告Hは,原告ら所有地及び被告ら所有地が軟弱地盤に属し,大量の盛土をすれば,本件各建物に不同沈下を生じさせるおそれがあるのに,何らの防護措置をとることもなく本件工事を行っており,過失がある。

(12) 争点④イ(被告Hの過失との因果関係)について

(原告ら)

前記(3)原告らの主張に同じ。

(13) 争点⑤(損害額)について

(原告ら)

ア 本件各建物の補修を前提とした主位的主張

(ア) 本件建物1の補修費用

原告A 3993万7170円

(イ) 本件建物2の補修費用

原告A 1089万7950円

原告B 1089万7950円

ただし,原告らの本件建物2の各持分2分の1で按分した額。

(ウ) 雨水流入防止費用

原告A 21万0087円

原告B 3万7413円

被告ら所有地から原告ら所有地に雨水が流入しており,これを防止するために,原告ら所有地内にU字溝を設置する必要があり,その費用24万7500円を原告らが各所有する不動産の固定資産評価額で按分した額が各自の損害額となる。

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載2のとおり。)

(エ) 既発生の仮住居関係費用

原告A 144万5177円

原告B 25万7363円

原告らは,平成16年11月1日,本件各建物での居住が困難になったため,越谷市bに建物を賃借して転居した。うち平成18年5月までに生じた費用は,下記内訳のとおり合計170万2540円であり,これを原告らが各所有する不動産の固定資産評価額で按分した額が各自の損害額となる。

(内訳)

a 仮住居の賃料及び共益費 (1か月7万3000円×19か月=138万7000円)

b 手続費用 (12万6000円)

c 契約金 (3万8000円)

d 仮住居の鍵交換費用等 (1万5750円)

e 保証料 (2万円)

f エアコン取付け費用 (1万0290円)

g 引っ越し費用 (10万5500円)

h 小計 (170万2540円)

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載3のとおり。)

(オ) 本件各建物補修中の仮住居費用

原告A 55万7686円

原告B 9万9314円

本件各建物の補修には約9か月を要する。原告らが住んでいる住宅の賃料及び共益費は1か月7万3000円であるので,本件各建物補修中の仮住居費用は65万7000円となり,これを原告らが各所有する不動産の固定資産評価額で按分した額が各自の損害額となる。

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載4のとおり。)

(カ) 慰謝料

原告A 200万円

原告B 200万円

原告らは,不同沈下の生じた本件各建物において生活を続けたため,不眠,自律神経失調症,関節痛等の精神的苦痛を被った。これに対する慰謝料は,原告ら各人につきいずれも200万円が相当である。

(キ) 調査費用

原告A 30万7279円

原告B 5万4721円

(内訳)

a K (12万6000円)

b L (11万円)

c M (12万6000円)

d 小計 (36万2000円)

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載5のとおり。)

(ク) 弁護士費用

原告A 553万5000円

原告B 133万5000円

ただし,上記(ア)から(キ)までの各合計金額の約1割。

(ケ) 合計

原告A 6089万0349円

原告B 1468万1761円

イ 代替建物の賃料に基づく予備的主張

(ア) 代替建物の賃料相当損害金

原告A 2196万3642円

又は1068万8972円

原告B 391万1358円

又は 190万3528円

居住用建物は,単に財産的価値を有するに止まらず,人が健康で文化的な最低限度の生活を営む場所であり,居住用建物を毀損した場合には,生活場所を回復するに足りる代替建物の賃料が損害となる。

本件各建物と同等の建物の相当賃料は,1か月15万円を下らない。そして,原告らの平均余命26年間に対応する賃料総額から中間利息を控除すると,2587万5000円が原告らの損害額となる(主位的)。また,本件各建物よりも小規模であるが,現在の仮住居先である越谷市bの建物を賃貸し続けた場合,その賃料及び共益費は1か月7万3000円であるから,原告らの平均余命26年間に対応する賃料総額から中間利息を控除すると,1259万2500円が原告らの損害額となる(予備的)。これらを,原告らが各所有する不動産の固定資産評価額で按分した額が各自の損害額となる。

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載6のとおり。)

(イ) 本件各建物の解体費用

原告A 140万0580円

原告B 24万9420円

本件各建物の解体費用は,合計165万円であり,これを原告らが各所有する不動産の固定資産評価額で按分した額が各自の損害額となる。

(計算過程は,別紙損害額(原告らの主張)計算表記載7のとおり。)

(ウ) (主位的主張の(ウ),(エ),(カ)及び(キ)と同じ。)

原告A 396万2544円

原告B 234万9496円

(エ) 弁護士費用

原告A 273万2000円

原告B 65万1000円

ただし,上記(ア)から(ウ)までの各合計金額の約1割。

(オ) 合計

原告A 3005万8766円

又は1878万4096円

原告B 716万1274円

又は 515万3444円

(被告Cら)

原告らの主張はいずれも争う。各損害項目に対する反論は,次のとおり。

ア 本件各建物の補修費用及び補修中の仮住居費用について

原告ら主張の補修費用は,本件各建物の時価(固定資産税評価額である,本件建物1につき222万6502円,本件建物2につき96万4825円を超えることはない)を上回っている。特段の事。情のない限り,物の交換価値を超える補修費用は損害とならない(最高裁昭和32年1月31日判決,民集11巻1号170頁)。

イ 補修期間の仮住居費用について

物の滅失毀損に対する現実の損害は物の滅失毀損した当時の価格によって定まり,この価格は交換価値によって定まる。そして,交換価値は,その物の通常の使用価値を包含するから,加害者はその物の交換価値を賠償すれば足り,使用価値についてまで賠償する義務を負わない(大審院連合部大正15年5月22日判決,民集5巻386頁)。

補修期間の仮住居費用は本件各建物の使用価値であり,仮に不法行為の成立が認められても賠償義務はない。

ウ 既発生の仮住居関係費用について

既発生の仮住居関係費用は本件各建物の使用価値であり,前記と同様に賠償義務はない。

エ 代替建物の賃料相当損害金について

代替建物の賃料相当損害金は,本件各建物の使用価値に相当し,前記と同様に賠償義務はない。

第3争点に対する判断

1  前記前提事実及び当該認定箇所に掲記する証拠によって認定できる事実は次のとおりである。

(1) 本件各建物及び原告ら所有地について

ア 原告ら所有地は,もと水田であったが,N自治会が原告ら所有地に隣接する越谷市等の土地に神社及び集会場等cを建築するに際し,昭和48年から49年にかけて埋め立てられた。原告ら所有地は,上記神社及び集会所等の建築費用をねん出するために売却されることになった。

別紙物件目録A記載3の土地は,昭和49年12月21日,原告A及び原告Bの父であるOに売却された。また,別紙物件目録A記載4の土地は,昭和50年2月19日,Pに売却された。

(甲8の3,17,27,弁論の全趣旨)

イ 原告Aは,昭和49年12月14日,別紙物件目録A記載3の土地上に本件建物1を建築した。本件建物1は,木造セメント瓦・亜鉛メッキ鋼板葺2階建である。基礎はコンクリートを使用した布基礎であり,構造部分は木造在来工法で使用されている木材はいずれも良質である。

別紙物件目録A記載3の土地のO持分は,その後,原告らに贈与され,現在,原告らが別紙物件目録A記載3の土地を共有している。

本件建物1は,平成8年ころ,屋根の修繕工事が行われている。本件建物1の固定資産税評価額は,平成13年以降,222万6502円である。

(前記前提事実(1)ア,甲8の1及び3,26,27,35,38,43,45,乙10の1及び2,原告B本人)

ウ Qは,昭和50年1月15日,別紙物件目録A記載4の土地上に本件建物2を建築した。本件建物2は,木造セメント瓦・亜鉛メッキ鋼板葺平家建である。本件建物2の基礎及び構造は不明である。

原告らは,昭和55年3月2日,Qから本件建物2を,Pから別紙物件目録A記載4の土地を購入し,それぞれ2分の1の持分で共有している。

本件建物2の固定資産税評価額は,平成13年以降,96万4825円である。

(前記前提事実(1)ア,甲8の2及び4,17,44,乙11の1及び2,原告B本人,弁論の全趣旨)

エ 原告ら所有地及び被告ら所有地が所在する越谷市d付近は,後背湿地と称される地形に属し,軟弱地盤に分類されている。原告ら所有地において行われたスウェーデン式サウンディング試験の結果によれば,地表から深さ3.5メートルないし4メートルまで軟弱粘性土が連続しており,深さ3.5メートルないし4メートルから約8メートルまでは砂質土が続き,深さ約8メートルから調査を行った深さ18メートルまで再び軟弱粘性土が続いている。地下水の水位は,地表から深さ50センチメートルから70センチメートル,自沈層厚は全体で2,3メートル以上であり,原告ら所有地及び被告ら所有地が軟弱地盤に属していることが認められる。

(前記前提事実(2)イ)

(2) 被告Cら及び被告ら所有地について

ア 被告C(昭和11年1月3日生まれ)は,55年間にわたり農業に従事してきた。別紙物件目録B記載1及び5の土地は,昭和45年2月21日,相続により取得し水田として利用していたが,平成8年ないし11年ころ,水はけが悪くなったことから耕作をやめている。被告Cの自宅は,被告ら所有地に近接している。(甲1の1,7の1及び5,乙22,被告C本人)

イ 被告D(昭和11年1月16日生まれ)は,中学生のころから親を手伝って農業を始め,その後も農業に従事してきた。別紙物件目録B記載2の土地は,昭和45年7月8日,相続により取得し,本件工事の前年まで水田として利用していた。(甲7の2,乙24,被告D本人)

ウ 被告E(昭和8年10月10日生まれ)は,昭和29年に夫と婚姻し,平成2年ころまで農業に従事してきた。別紙物件目録B記載3の土地は,水田として利用されており,被告Eが農業をやめた平成3年以降も第三者に耕作をゆだねていた。被告Eは,平成6年7月25日に別紙物件目録B記載3の土地を相続した。(甲7の3,乙21,被告E本人)

エ 被告F(昭和29年2月20日生まれ)は,昭和51年3月に大学を卒業後,会社員をしており,農業に従事したことはない。別紙物件目録B記載4の土地は,昭和58年7月24日に相続し,平成10年まで第三者に水田として耕作をゆだねていたが,平成11年ころからは休耕していた。(甲7の4,乙20,被告F)

オ 被告Gは,R(昭和4年12月3日生まれ)の子でさいたま市北区に住んでおり,農業には従事していない。Rは,婚姻後60年以上,農業に従事してきた。別紙物件目録B記載6の土地は,所有者であったRの夫が死亡した時に被告Gが相続したが,管理はRが被告Gの名で行っていた。Rは,第三者に上記土地の耕作をゆだねていたが,平成8年以降は休耕田になっている。Rの自宅は,被告ら所有地に近接している。(甲7の6,乙23,証人R)

(3) 本件工事及びそれに至る経緯

ア 被告Hは,肩書地に事務所を置き,Hの商号で土木工事業等を行っていた。被告Hの従業員としてSがおり,本件工事に関与した。(乙1,弁論の全趣旨)

イ Sは,平成12年1月から3月にかけて,被告Cらを個別に訪問して,被告ら所有地を建設残土で埋め立て,畑に改良する工事を行うよう勧誘し,本件工事の承諾を得た。具体的には,次のとおりである。(全体について,前記前提事実(3)ア)

(ア) 被告Cは,平成12年2月ないし3月ころ,4回にわたり,自宅でSの訪問を受け,いい土が出ており,費用もかからないので田を埋めて畑にしないかと勧誘された。また,被告Eから埋立てをするか相談を受け,一緒にSの話を聞くなどした。被告Cは,当初,工事を断っていたが,Sから他の被告Cらが田を埋め立てることにしたと聞いて,本件工事を承諾した。被告Cは,その後,越谷市に提出する運搬計画届出書に署名し,Sに手渡した。(甲1の1,乙22,被告C本人,被告E本人)

(イ) 被告Dは,平成12年1月から3月にかけて,5,6回,自宅でSの訪問を受け,建築現場でいい土が出ており,ただなので田を埋めて畑にしないかと勧誘された。被告Dも当初,工事を断っていたが,他の被告Cらが田を埋め立てることにしたと聞いて,本件工事を承諾した。被告Dは,その際,Sに対し,道路面から20センチメートル以上高くしないよう注意した。被告Dは,工事を承諾するまでに他の被告Cらとは相談しなかった。

被告Dは,その後,越谷市に提出する農用地利用計画適合証明願に署名し,Sに手渡した。(甲1の2,乙24,被告D本人)

(ウ) 被告Eは,平成12年1月又は2月ころ,5,6回,自宅や所有する畑でSの訪問を受け,いい土が出たので埋立てをしないかと勧誘された。Eは,畑にしても使う人がいないし,他の被告Cらとも相談していないので了解できないと断っていた。しかし,Sから他の被告Cらが埋立てをすると,被告Eの所有地は被告ら所有地の真ん中にあるため,池のようになり,子供が落ちて事故になったら大変だなどと説明され,被告Cと一緒にSの話を聞くなどした上で,本件工事を承諾した。被告Eは,越谷市に提出する書類等に署名していないが,書類を提出することは了承していた。Sとの間で本件工事に伴い,金銭のやりとりの話が出たことはない。

(甲1の3,乙21,被告E本人)

(エ) 被告Fは,平成12年1月から3月にかけて,4,5回,自宅でSの訪問を受け,都内の工事現場でいい土が出たので,休耕している田んぼを埋めさせてほしいと勧誘された。被告Fは,利用する予定がないとして断っていたが,Sから両側の田も埋め立てられると聞いて,本件工事を承諾した。被告Fは,その後,越谷市に提出する運搬計画届出書に署名し,Sに手渡した。(甲1の4,乙20,被告F本人)

(オ) 被告Gは,別紙物件目録B記載6の土地の管理をRにゆだねていたことから,本件工事について被告H及びSと直接に交渉していない。

Rは,平成12年1月ないし2月,自宅でSの訪問を受け,他の被告Cらが田の埋立てをするので,埋立てをしないかと勧誘された。Rは,上記土地が道路に接しておらず,利用が困難となることから,本件工事を承諾した。Rは,越谷市に提出する書類等に署名していないが,書類を提出することは了承していた。Sとの間で本件工事に伴い,金銭のやりとりの話が出たことはない。(甲1の5,乙23,証人R)

ウ 被告Hは,平成12年3月,越谷市に対し,本件工事に関する農地改良等に係る被告ら所有地について,それぞれ,被告Cら名義の届出書,運搬計画届出書及び農用地利用計画適合証明願を提出した。(甲1の1から6まで,乙20から24まで,証人R,被告Cら本人)

エ 被告Hは,平成12年3月15日ころから同月31日ころにかけて,本件工事を行った。本件工事は,被告ら所有地を約60センチメートルほど掘削し,その上に土を盛り上げて行われた。被告Hは,本件工事後の同年5月上旬ころまでに,被告ら所有地と原告ら所有地との間にU字溝を設置する工事などを行った。被告Cらは,本件工事の実施について知らされておらず,終了した旨の通知もされなかった。(なお,本件工事の期間については,これを直接確認した者の供述等で明らかにされておらず判然としない。)

本件工事による盛土は,被告ら所有地のほぼ全部にわたっており(面積合計約5000平方メートル),以前の地盤面から測ると約2メートルの高さがある。本件工事に使用された土は,小石が混じった粘土で建設工事現場から搬入された残土であり,耕作土に適さないと思われる土質であった。

(前記前提事実(3)イ,甲1の1,3,10,乙20から24まで,証人T,原告B本人,被告Cら本人,弁論の全趣旨)

(4) 盛土による既存建物等の沈下障害に関する知見

ア 既存建物の周辺に盛土を設ける場合,盛土の自重によって圧密沈下が生じ,既存建物に不同沈下が生じる。このような傾向は,軟弱地盤や水田・池沼などにおいて顕著であるとされている。(甲22,25,証人U,証人V)

イ 盛土による不同沈下を回避するためには,① 既存建物から必要な隣地距離を確保する方法,② 連続地中壁や鋼矢板を施工して圧密沈下の影響を遮断する方法,③ 沈下の影響がでないかどうかを確認しながら少しずつ盛土の量を調整する方法などがある。(甲25,証人U,証人V)

(5) 本件工事後の状況

ア 本件各建物に隣接するJ工場では,平成9年ころから,精密機械を複数使用して金型の製作などが行われていた。これら機械のうち最も重いものは約25トンの重さがあり,特別に地面に機械基礎を埋め,その上に固定されている。上記機械は,水平に設置して使用する必要があり,代表取締役のTが年2回程度,水平器を用いて調整を行っていた。平成12年3月ころまでは,1回の調整につき0.04ミリメートルから0.06ミリメートル程度の調整をするのみで,傾きの方向も一定していなかった。この程度の傾きは,機械の振動が原因で生じるものと考えられた。

しかし,本件工事後,上記機械が被告ら所有地の方向に大きく傾くようになった。そのため,平成12年3月から平成16年2月までの間に合計32回,調整幅38ミリメートルもの調整が必要になった。また,J工場の屋根は,被告ら所有地と反対側に傾いており,雨水も被告ら所有地とは反対側に流れるようになっていたが,平成16年2月までに被告ら所有地側に流れ落ちるようになった。

(甲9の1及び2,58,証人T)

イ 原告Aは,本件工事の当時,本件建物1に居住し,原告Bは仕事や介護の都合で東京に住んでおり,1週間に2,3日本件建物1に戻る生活をしていた。原告らは,平成13年ないし14年ころ,本件建物1を訪れた親族から,家が傾いているのではないかとの指摘を受けて,傾きに気が付いた。そのころ,本件建物1においては,雨漏りやタイルのひび割れが目立つようになった。

原告Bは,平成15年7月に仕事を辞めて,本件建物1に居住するようになった。その後,本件各建物の調査を行ったところ,建物全体が北東側すなわち被告ら所有地の方向に傾いていることが判明した。本件各建物は,次のとおり傾いており,居住するのは極めて困難な状況にある。原告らは,平成16年11月1日,肩書地所在のアパートを賃貸して,転居した。

(甲28,29の1から4まで,30,57,原告B本人)

(ア) 本件建物1

本件建物1は,平成15年12月11日の調査では,基礎に幅1.6mmのひび割れが認められ,柱の傾きは最大で14.12/1000,床の傾きは最大で14.67/1000であった。平成17年8月11日の調査では,基礎のひび割れは幅2.0mmに拡大し,柱及び床の傾きも拡大していることが認められた。(前記前提事実(4)ア)

(イ) 本件建物2

本件建物2は,基礎が北東側に傾斜しており,北東側は南西側に比べて最大で116mm下がっている部分がある。(前記前提事実(4)イ)

2  争点①ア(本件工事の注文及び指図の過失)について

前記認定事実によれば,被告Cらが被告Hに対し本件工事を注文したことには過失があるものと認められる。その理由は次のとおりである。

(1) 原告ら所有地及び被告ら所有地は後背湿地という地形で軟弱地盤に分類されていること,被告ら所有地は本件工事前は水田又は休耕田であったこと,本件工事は道路面や原告ら所有地の地盤面よりも約1.5メートル低い被告ら所有地全体を埋め立てるという内容であり,相当量の盛土をすることから,本件工事は,圧密沈下のみならず盛土の崩壊など,周囲の建築物に損害を及ぼす危険のある工事といえる。

(2) 被告Cら(被告Gを除く)。及びRは,土木建築の専門的な技術及び知識を有しないものの,本件工事の内容を認識していること,被告ら所有地周辺に居住し,農業とかかわりを有していることからすれば,原告ら所有地及び被告ら所有地の地盤が軟弱であり盛土による影響が生じうること及び水田や休耕田を埋め立てるに当たっては沈下等の生じうることを認識し得たと考えられる。すると,被告Cら(被告Gを除く。)及びRは,本件工事に伴う上記危険性を認識することができたと認められる。

(3) 本件工事により周囲の建築物に損害を及ぼす危険がある以上,このような工事を注文する者において,専門的な技術及び知識を有する事業者を選定するとともに,具体的な危険防止策について確認した上で工事を行わせるべき注意義務があった。また,本件工事は無料との約束であり,適正な工事が行われないおそれもあったのであるから,上記のような具体的な危険防止策についての確認は慎重に行うべきであった。

(4) しかし,被告Cら(被告Gを除く。)及びRは,被告Hが盛土工事についての専門的技術や経験を有しているか,どのような具体的な危険防止策を予定しているかについて確認することなく,被告Hに対し,本件工事を注文しており,上記注意義務に違反した。

なお,被告Cらはやむを得ず本件工事に同意しており過失がないとも主張する。しかし,被告Hが盛土工事についての専門的技術や経験を有しているか,どのような具体的な危険防止策を予定しているかについて確認することは,被告Cら主張の事情があっても,十分とりうる措置であるから,過失を否定する事情とはなりえない。

(5) 被告Gについては,別紙物件目録B記載6の管理をRにゆだねていたことからすれば,Rの過失は被告Gのそれと同視すべきであり,被告Cら(被告Gを除く。)と同様の過失が認められる。

3  争点①イ(注文又は指図の関連共同性)について

前記認定事実のとおり,被告Cら(被告Gを除く。)及びRは,被告Hに対し,本件工事を注文する際,他の被告ら所有地も含めて,本件工事が行われることを認識しており,そのとおり工事が行われたのであるから,被告Cらは本件工事を共同して注文したものと認められる。

4  争点①ウ(本件工事の注文又は指図との因果関係)について

(1) まず,前記認定事実によれば,本件工事全体と本件各建物の不同沈下との因果関係が認められる。理由は次のとおりである。

ア 原告ら所有地及び被告ら所有地は軟弱地盤に属するとともに,被告ら所有地はもと水田又は休耕田であることからすれば,盛土による圧密沈下が生じやすい状況にある一方,本件工事による盛土は,相当量に及び圧密沈下を生じるのに十分であった。

イ 本件各建物に隣接するJ工場において,本件工事後,設置している精密機械が被告ら所有地の方向に傾くようになった。その傾きは,通常年2回の調整で足りるところ,平成12年3月から平成16年2月までに32回もの調整を要する程大きく,通常の使用で生じたとはおよそ考えられない状態であった。

ウ 本件各建物においても,本件工事後,雨漏りやタイルのひび割れが生じた。本件各建物は,現在までに,被告ら所有地の方に傾き,居住するのが困難な状態にある。

エ 以上の事実を総合すると,本件各建物に生じた不同沈下は,本件工事による盛土によって生じたものと認められる。

被告Cらは,本件各建物の不同沈下が本件各建物の経年劣化又は原告ら所有地の土地造成工事の瑕疵の可能性があるとも主張する。しかし,J工場において,本件工事後,本件各建物と同時期に機械の傾きが生じていることは,被告Cら指摘の事情によっては説明することができず,前記認定を左右しない。

(2) 上記のとおり,本件工事全体と本件各建物の不同沈下との間に因果関係が明らかに認められるところ,本件工事の注文が同時期に併せてなされ,本件工事による盛土は一体のものとして存在していること,被告Cら各自の所有地上にある盛土ごとに本件各建物の不同沈下との影響を個別に明らかにすることは極めて困難であることなどを考慮すると,各自の所有地上の盛土が本件各建物の不同沈下に影響していないことの反証がない以上,被告Cら各自の過失と本件各建物の不同沈下との間に因果関係があるものと認めるべきである。

5  争点②及び③(被告Cらの責任原因2及び3)については,上記のとおり,被告Cらの責任原因1が認められる以上,判断する必要はない。

6  争点④ア(被告Hの過失)について

前記認定事実のとおり,被告Hは,本件工事により,本件各建物に不同沈下が生じる危険性があるのに,何らの対策もせずに本件工事を行った過失がある。

7  争点④イ(被告Hの過失との因果関係)について

前記4において述べたとおり,本件工事と本件各建物の不同沈下との間には因果関係があり,被告Hの過失と本件各建物の不同沈下との間の因果関係が認められる。

8 争点⑤(損害額)について

(1) 主位的主張について

ア 本件建物1の補修費用

222万6502円

(ア) 物の毀損を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求において,物の補修費用は原則として相当因果関係ある損害といえる。しかし,補修費用がその物の客観的な交換価値すなわち取引価格を超える場合には,その物が重要文化財のように代替性を欠くなどの特別の事情が認められる場合は別として,取引価格を超える補修費用は相当因果関係ある損害とはいえない。

なぜなら,現存価値を超えて新たに調達する費用まで賠償させることは,不法行為がなかった場合以上の利得を被害者に与えることになり,損害の公平な分配を目的とする不法行為法の趣旨に反するからである。

そして,本件各建物については,本件全証拠によるも上記特別の事情を認めることができない。以下,これに従い,原告らの損害額について検討する。

(イ) 原告らは,本件建物1の補修費用を3993万7170円と主張し,その証拠としてW株式会社作成の見積書(甲5)を提出する。しかしながら,この見積書の補修内容は,本件工事によって生じた不同沈下を修正するに止まらず,間取りの変更等を含んでおり,相当な補修費用を算定したものとは到底いえない。

M作成の沈下修正工事見積書(甲49)によれば,本件建物1の不同沈下の修正には661万5000円を要することが認められる。しかしながら,上記補修費用は本件建物1の固定資産税評価額222万6502円を超えている。すると,本件建物1の補修費用としては,上記固定資産税評価額の限度で損害と認める。

なお,原告らは,固定資産税評価額は課税基準に過ぎず,不動産の取引価格を示すものではないと主張する。しかし,固定資産税評価額は,「当該土地又は家屋の基準年度に係る賦課期日における価格」として定められているものであること(地方税法349条1項),不動産取引においても一定の基準として利用されていること,木造建物の耐用年数は一般的に30年程度とされていることなどからすれば,他に相当な取引価格の主張立証のない本件においては,固定資産税評価額をもって本件建物1の取引価格と認められる。

イ 本件建物2の補修費用

原告A 48万2412円

原告B 48万2412円

原告らは,本件建物2の補修費用が2179万5900円であると主張するが,上記アと同様に採用できない。

M作成の沈下修正工事見積書(甲50)によれば,本件建物2の不同沈下の修正には278万6700円を要することが認められる。しかしながら,上記補修費用は,本件建物2の固定資産税評価額96万4825円を超えている。すると,本件建物2の補修費用としては,上記固定資産税評価額の限度で損害と認める。

ウ 雨水流入防止費用

0円

雨水流入防止費用については,現時点において原告ら所有地内にU字溝を設置する必要があるか否か,必要があるとして相当な費用の額を認めるに足りる証拠がない。

エ 既発生の仮住居関係費用

原告A 63万9632円

原告B 11万3908円

前記認定事実のとおり,本件各建物の不同沈下により居住することが困難になったから,原告らとしては,本件各建物を補修し又は代替となる住居に転居するまでの間,仮住居を余儀なくされたものと認められ,仮住居に要した費用は,必要かつ相当な期間に限り,被告らの不法行為と相当因果関係ある損害と認められる。

本件各建物を補修し又は代替となる住居に転居するまでに必要かつ相当な期間は,本件各建物の補修工事の内容等にかんがみると6か月を超えないものと認められる。よって,原告らの損害は次のとおりとなる。(甲29の1から4まで,30)

(内訳)

a 仮住居の賃料及び共益費 (1か月7万3000円×6か月=43万8000円)

b 手続費用 (12万6000円)

c 契約金 (3万8000円)

d 仮住居の鍵交換費用等 (1万5750円)

e 保証料 (2万円)

f エアコン取付け費用 (1万0290円)

g 引っ越し費用 (10万5500円)

h 小計 (75万3540円)

(計算式)

原告A分の既発生の仮住居関係費用

file_2.jpg¥2,708.914.5 =¥753,540(Gennona) X ——————_——————-_ + 639,632 ¥2,708,914.5 + ¥482.412.5原告B分の既発生の仮住居関係費用

file_3.jpgmetomien ¥482.412.5 =¥753,540 (Gennes) X ——————___ 113,908 (saxnowm) * 570g 9145 + ¥4824125オ 本件各建物補修中の仮住居費用

0円

原告ら主張の本件各建物補修中の仮住居費用については,上記エで認定判断した期間を超える損害であり,被告らの不法行為と相当因果関係ある損害とは認めるに足りない。

カ 慰謝料

0円

原告らについて不眠,自律神経失調症,関節痛等の症状が生じていたとしても,これらの症状が不同沈下の生じた本件各建物に居住したことによって生じたと認めるに足りる証拠はない。原告Bは,医師の診断書(甲4)を提出するが,この診断書は生活環境的要因も考えられるとするにとどまり,不同沈下の生じた本件各建物に居住したこととの因果関係を医学的に肯定しているとはいえず,前記認定を左右しない。

キ 調査費用

原告A 30万7279円

原告B 5万4721円

本件各建物の不同沈下の原因を調査するには,専門家の評価を必要とするものと認められ,これは被告らの不法行為と相当因果関係ある損害と認められる。その費用は,甲第32号証の1から3までによれば,原告ら主張のとおり,合計36万2000円であり,原告らが各自所有する不動産の固定資産税評価額で按分すると上記金額となる。

ク 弁護士費用

原告A 35万円

原告B 6万円

原告らが支出する弁護士費用のうち,上記アからキまでの合計金額の約1割をもって,被告らの不法行為と相当因果関係ある損害と認める。

ケ 合計

原告A 400万5825円

原告B 71万1041円

(2) 予備的主張について

予備的主張中,代替建物の賃料相当損害金は,本件各建物の使用価値の賠償を求めるものであって採用できない。その余の主張は,主位的主張と共通であるので,主位的主張に基づき判断することにする。

第4結論

以上によれば,原告らの請求は,被告らに対し,連帯して,原告Aにつき400万5825円の損害賠償金及び原告Bにつき71万1041円の損害賠償金並びに各損害賠償金に対するいずれも不法行為後の日である平成16年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 小野寺健太)

別紙省略

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