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さいたま地方裁判所 平成16年(ワ)484号 判決 2008年3月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,2億8664万8753円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,埼玉県立Z高等学校(以下「Z高校」という。)の1年生であった原告が,同校の部活動である柔道部の夏期合宿に参加した際,急性硬膜下血腫の傷害を負い,重症頭部外傷後遺症として,遷延性意識障害,植物症状態(平成17年11月28日に症状固定)となった事故(以下「本件事故」という。)に関し,同部の指導を行っていた顧問教諭らに生徒に対する注意義務を怠った過失があるとして,同校の設置者である被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

・※ア 原告は,昭和61年4月3日に生まれ,本件事故発生時には16歳であった。同人は,平成14年4月8日(以下,特に断らない限り,平成14年の出来事である。),Z高校に入学し,本件事故発生時には同校の1年生であった。

イ  原告法定代理人成年後見人は,原告の実母であり,平成18年11月15日に,原告の成年後見人に選任された(さいたま家庭裁判所越谷支部平成18年・※第950号後見開始申立事件。弁論の全趣旨)。

・※ア 被告は,Z高校の設置者である。

イ  Y1教諭及びY2教諭は,本件事故発生時,いずれもZ高校の教諭の職務に従事しており,同校の柔道部(以下「本件柔道部」という。)の顧問であった。

ウ  Y3校長は,本件事故当時,Z高校の校長の職にあり,同校の教諭らを監督すべき立場にあった。

エ  Y3校長,Y1教諭,Y2教諭は,いずれも被告の公務員であった。

・※  原告は,4月12日に,柔道部員の練習を補助するマネージャーとして本件柔道部に入部した。原告は,高校入学以前において柔道の経験はなく,柔道は初心者であったが,その後,選手として活動することとし,同月24日から,柔道の練習を開始した(乙4,弁論の全趣旨)。本件柔道部の部員数は,原告が柔道の練習を開始した時には合計21名であったが,6月20日に3年生部員が引退した後,9月1日までは,男子部員が9名,女子部員が6名の合計15名であった(甲4,弁論の全趣旨)。

・※  本件柔道部においては,平日の放課後及び土曜日に,1日約2時間の練習が行われていた。

・※  原告は,7月27日から同月31日まで,埼玉県立A高等学校で行われた埼玉県下の高等学校11校及び1道場が参加する宿泊を伴う夏期合同合宿(以下「本件合宿」という。)に参加した(甲12)。なお,本件合宿には,Y1教諭及びY2教諭も参加し,Y1教諭は部員とともに宿泊をしていたが,Y2教諭は自宅から練習に通っていて,夜間は不在であった。

・※  原告は,本件合宿の最終日である同月31日の立ち技乱取り練習に参加し,Y2教諭に投げられて背中から落ちた後,自力で立ち上がることができなくなった。その後,原告が,意識不明の状態に陥ったため,Y2教諭は,同日午前11時6分ころ,救急車を呼んだ。入間市消防署藤沢分署消防隊員であるB隊員は,同日午前11時14分ころ,本件合宿場所であるA高校柔道場に到着し,B隊員が原告の状態を確認したところ,原告は意識がない状態だった。B隊員らは,同日午前11時22分ころ,原告をC病院に搬送すべく,A高校を出発し,同日午前11時41分に,同病院に到着した。原告は,急性硬膜下血腫と診断され,緊急開頭血腫除去術,硬膜形成術,脳圧センサー挿入術等の施術(以下「本件手術」という。)を受けた。

・※  原告は,本件手術後,以下の病院で入院治療を続けている(弁論の全趣旨)。

ア  7月31日から11月12日  C病院

イ  同日から同月21日  D病院

ウ  同日から平成15年4月21日  C病院

エ  同日から同年7月25日  E病院

オ  同日から同年12月13日  C病院

カ  同日から現在  F病院

・※  原告は,本件手術後,遷延性意識障害となり,平成16年9月5日の時点で,周囲の環境変化に反応を見せず,自分の意思の表出もできず,自動的に動くこと,食事,尿便の処理もできない症状が続いており,常時,医療,看護,介助を要する状態にある(甲22)。そして,重症頭部外傷後遺症として,外傷性遷延性意識障害,植物症状態で経過し,その状態が改善する見込みは著しく低く,平成17年11月28日に症状固定と診断された(甲28)。

・※  原告は,本件事故により,平成18年5月,障害見舞金として日本スポーツ振興センターから3770万円,埼玉県高等学校安全互助会から900万円の支払を受けた。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は,・※Y1教諭又はY2教諭の本件合宿以前の原告に対する指導についての過失の有無,・※Y1教諭又はY2教諭の本件合宿中の原告の健康管理についての過失の有無,・※Y1教諭又はY2教諭の本件柔道部内における健康管理体制の確立についての過失の有無,・※Y3校長の過失の有無,・※原告の過失の有無(過失相殺),・※原告に生じた損害額であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

・※  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件合宿以前の原告に対する指導についての過失の有無)について

(原告の主張)

ア 本件合宿以前において,原告の状況は,以下のとおりであった。

・※  原告は,もともと運動能力が低かった。

・※  原告は,基礎トレーニングメニューのひとつである前転運動すらまともにできなかった。

・※  原告は,本件合宿のころに至っても,受け身の技術を完全に習得していなかった。

・※  原告は,本件合宿に至るまでの通常の練習において,投げ込み,乱取り練習の際に,不完全な後ろ受け身をとっていたことから,後頭部を打つことがしばしばあった。

イ Y1教諭及びY2教諭は,本件柔道部の顧問であり,同部の指導責任者として,原告の技量,身体の安全に配慮した,計画的・段階的な指導を行うべき注意義務を負う。ところが,同人らは,上記アのとおり本件合宿以前において,原告の運動能力及び受け身技術が低く,そのことを認識していたにもかかわらず,原告の技量に配慮した指導を行わず,初心者部員を一律に指導し,乱取り等の投げ技を行うに際し必要な受け身の技術を習得させないまま,本件合宿に参加させたのであるから,上記注意義務に違反し,本件事故について過失がある。

(被告の主張)

ア・※  原告の主張ア・※は否認する。

・※  同ア・※は否認する。

原告は,他の部員より運動能力は若干劣っていたが,前転運動を含めて大差はなかった。

・※  同ア・※は否認する。

原告は,選手として練習を開始してから,本件合宿の直前まで,39日間にわたり受け身の練習をしており,他の初心者部員と同じ程度に受け身ができていた。

・※  同ア・※は否認する。

柔道の特性上,原告は他の部員と同じ程度に後頭部を打つことがあった。

イ 同イは争う。

ウ 本件柔道部においては,Y1教諭が作成した指導計画表,または,初心者については別メニューを定めて計画的な指導が行われていた。特に,「受け身」については初歩的なものから高度なものへと,段階的な指導を行っていた。原告は,他の新入部員から約10日間遅れて入部したことから,他の新入部員とは別メニューでの指導を受け,数週間の受け身の練習を経て,立ち技乱取りなどの比較的危険度の高い練習において必要とされる受け身の技術も習得していた。

したがって,Y1教諭及びY2教諭は,原告に受け身の指導をしないまま同人を本件合宿に参加させたものではなく,両教諭のいずれについても注意義務違反は認められない。

・※  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件合宿中の原告の健康管理についての過失の有無)について

(原告の主張)

ア 原告は,以下のとおり,本件合宿中に頭痛を発症し,その旨をY1教諭,Y2教諭ないし柔道部員に伝えていた。

・※  平成14年7月29日(本件合宿第3日目)

a 原告は,頭痛がしたことから,起床時間に起きることができなかった。そして,起床直後に,本件柔道部の他の部員に対し,頭痛がする旨を伝えた。

b 原告は,午後の練習の際,打ち込み練習を開始したころから,頭痛が治らないため,柔道場で泣き出し,練習への参加を自らの判断で中断した。

c その後,原告は,Y2教諭に対し,同日の起床直後から頭痛がする旨を伝えた。そして,Y2教諭の指示により,午後の練習のうち,立ち技乱取り練習以降は参加せず,柔道場のある格技場玄関の周辺で横になって休憩をとった。

d Y2教諭は,玄関付近で横になって休憩をとっていた原告の様子を見に行き,引き続き休憩をとるように指示したため,原告は,練習の終了まで同所で休憩することとした。

・※  同月30日(本件合宿第4日目)

a 原告は,起床後,準備体操とランニングに参加したものの,頭痛が治らなかったため,その旨をY1教諭に伝えた。

b その後,原告は,Y1教諭の指示により,朝練習に参加せず,格技場の階段踊り場付近ないし玄関付近で,横になって休んだ。

c 原告は,朝食後,Y1教諭に対し,なお頭痛が治らない旨を伝え,同人の指示により,午前中の練習に一切参加せず,格技場の階段踊り場付近で休んでいた。

d 原告は,昼食後も頭痛が治らなかったことから,その旨をY1教諭に伝えた。また,原告は,頭痛がひどくなり,食べた物を嘔吐した。

e Y1教諭は,原告に対し,休憩をとるように指示したため,原告は,午後の練習に一切参加せず,格技場の玄関付近又は格技場の階段踊り場付近で休んでいた。

f 原告は,同日の夕食の際,頭痛のために食欲がなかったため,ミカンを食べたのみであった。

・※  同月31日(本件合宿第5日目)

a 原告は,頭痛が治らなかったことから,朝練習のランニングを行った後,Y1教諭に対し,前々日からの頭痛が治らない旨を伝えた。

b 原告は,Y1教諭の指示により,午前の練習のうち,補強運動以降の練習に参加せず,格技場玄関付近で,柔道着のまま横になって休んでいた。

c 原告は,朝練習の終了後,他の部員とともに,食事をとった。

d 原告は,朝食後,Y1教諭に対し,なお頭痛が治らない旨を伝えたところ,同人は,休憩をとるように指示した。

e そこで,原告は,Y1教諭の指示により,午前の練習のうち,補強運動から紅白戦まで参加せず,格技場玄関付近で,柔道着を着たまま横になって休んでいた。

f Y2教諭は,立ち技乱取り練習の開始前に,原告に対し,「最後だから練習に参加しないか。」と練習への参加を命じたため,原告は,午後の立ち技乱取り練習に参加することとした。

g 原告は,1本目は有段者である他校の柔道部員と練習をしたが,2本目は,Y2教諭に相手を交替して,立ち技乱取りの練習を行った。そして,原告は,Y2教諭との練習の際,同人に投げられ,背中から柔道場の床に落ち,そのままうずくまって立ち上がれなくなった。

h Y2教諭は,原告に肩を貸すようにして同人を起こし,同人を格技場玄関付近まで連れ出そうとしたが,原告は,その途中で膝から崩れ落ちるように倒れ,そのままけいれんを起こし,意識不明の状態に陥った。

i Y2教諭は,けいれん状態に陥った原告に話しかけたが,応答がなかったため,原告を休ませるために格技場の玄関付近まで抱きかかえて運んだ。

j その後,Y2教諭は,直ちに救急車を呼ぶことをせず,そのまま原告を休ませ,原告の意識の回復を待ったが,意識が戻らなかったことから,他校の顧問教諭の指示により,電話で救急車を呼んだ。

イ Y1教諭及びY2教諭は,本件柔道部の指導責任者として,生徒の健康状態を適切に把握し,それに応じた適切な措置を講ずる義務があった。特に,柔道部の指導教諭においては,頭痛がする旨の報告を受けた場合には,本件事故のような事態が生じることを想定すべきであり,むしろ指導者側において,生徒の健康に積極的に配慮し,適切な措置を講ずべきである。しかし,両教諭は,上記のとおり,本件合宿中において,原告の健康状態に悪変が生じ,そのことを認識していたにもかかわらず,漫然とこれを放置し,適切な措置を講じなかったのであるから,注意義務違反が認められる。

仮に,両教諭が原告の頭痛を知らなかったとすれば,生徒の健康状態を把握しなかったこと自体に,注意義務違反が認められる。

ウ Y2教諭は,本来原告の健康状態に配慮し,適切な対処をすべき義務があったにもかかわらず,他校の顧問教諭から救急車を呼ぶように指示されて初めて救急車を呼ぶなどしたのであり,この点にも義務違反が認められる。

エ 本件において,原告は,重篤な急性硬膜下血腫の傷害を負った。同傷害は,回転運動による過度な衝撃により発生するものであるところ,原告が本件合宿中に頭痛等の症状を訴えていたことからすれば,本件合宿中の一定の時点で,最終結果の前提となる軽度の急性硬膜下血腫が発症し,最終日である平成14年7月31日のY2教諭との練習の際の頭部への衝撃が重篤な急性硬膜下血腫発症の契機となったと推認されるから本件合宿中の練習と本件事故の間には因果関係が認められる。

(被告の主張)

ア・※a 原告の主張ア・※aは不知。

b 同ア・※bは否認する。

原告は,立ち技乱取り練習について,途中で休みながらも消化しており,練習を中断したり,柔道場内で泣き出した事実はない。

c 同ア・※cは否認する。

Y2教諭は,原告から頭痛についての報告は受けておらず,原告に対する指示もしていない。

d 同ア・※dは否認する。

Y2教諭は,練習の合間をみて,休んでいる生徒の様子を見に行き,その際,「参加できるようになったら参加しなさいね。無理そうなら休んでていいけれど,できるなら柔道場に来て,声掛けをして,参加している生徒を励ましてあげてね。」と指示をした。

・※a 同ア・※aは否認する。

Y1教諭は,原告から休みたいとの申出を受けたが,それ以前に足の痛みについて相談を受けていたため,足の痛みによるものと理解した。

b 同ア・※bは否認する。

Y1教諭は,原告に対し,できる範囲で練習するように指示したところ,原告は,柔道場の内側のランニングのみを行った。

c 同ア・※cは否認する。

Y1教諭は,原告から頭痛についての報告を受けていない。原告は,午前の練習のうち,準備体操から打ち込みまでは参加し,立ち技乱取り練習以後は,暑さと疲労のため,柔道場の脇で,柔道着のまま横になって休んでいた。

d 同ア・※dのうち,原告が嘔吐したことは不知。その余は否認する。

e 同ア・※eは否認する。

Y1教諭は,原告から頭痛についての報告は受けていない。原告から休みたいとの申出を受けたため,足の痛みと疲労によるものと理解し,柔道場の脇で午後の練習の全てを休ませた。

f 同ア・※fは不知。

原告は,他の部員からもらったミカンも含めて,数個のミカンを食べた。

・※a 同ア・※aは否認する。

Y1教諭は,原告から頭痛についての報告は受けていない。同人は,原告から休みたいとの申出を受けたため,足の痛みによるものと理解し,できる範囲で練習をやるように指示したところ,原告は,柔道場の内側をゆっくりとランニングした。

b 同ア・※bは否認する。

原告は,午前の練習のうち,準備体操から打ち込みまでは,休みながらも消化した。

c 同ア・※cは認める。

d 同ア・※dは否認する。

Y1教諭は,原告から頭痛についての報告は受けておらず,同人に対し指示もしていない。

e 同ア・※eは否認する。

原告は,午前の練習のうち,準備体操から打ち込みまで,休みながら消化した。Y1教諭は,暑さや原告の体力,体調,実力等を考慮して,原告を紅白試合には参加させなかった。その間,原告は,柔道場外の廊下で休んだり,柔道場の端で大きな声で声援を送っていた。

f 同ア・※fは否認する。

Y2教諭は,立ち技乱取り練習の開始前に,原告に対し,「みんなの応援をしていてどうだった。みんな頑張っていたよね。もしできそうなら,最後の練習になる乱取りに参加してみたら。」と言った。原告は,「はい。」と答えて,柔道場内に入った。原告は,自分の意思で立ち技乱取り練習に参加したのであり,Y2教諭が無理に参加を命じたことはない。

g 同ア・※gは否認する。

原告は,Y2教諭に対し,大外刈りをかけたが,投げるところまではいかなかったため,Y2教諭が体落としで返したところ,技はきれいに決まった。その後,原告は,再度組もうとして立ち上がろうとしたが,立ち上がることができず,膝から崩れて座り込んでしまった。Y2教諭は「どうしたの。疲れたの。」と声をかけたが,原告は,うずくまったまま,何の返答もしなかった。

h 同ア・※hは否認する。

Y2教諭は,他の生徒が乱取り中であり柔道場内は危険であったため,原告を支えて立ち上がらせ,柔道場の端に移動させた。Y2教諭は,原告に対し「どうしたの。」と声をかけたが,原告は頭を下げてうずくまっているだけで返答はなかった。しかし,原告はけいれんを起こしておらず,意識不明の状態でもなかった。

i 同ア・※iは否認する。

Y2教諭は,原告を休ませるべく,柔道場の外の廊下に移動するため,同人の肩を貸し,腰に手を回してもう一度立ち上がらせ,支えながら歩いて移動させた。原告は,柔道場の入り口を出る際,歩けなくなりうずくまってしまった。

j 同ア・※jは否認する。

Y2教諭は,原告を涼しい場所で休ませるため,原告を廊下へ運び,仰向けに寝かせたところ,原告は背中を丸め亀のような格好になった。原告の様子がおかしいため,他校の教諭から「救急車を呼んだほうがよい。」と言われ,Y2教諭は救急車を呼んだ。

イ 同イは争う。

ウ 同ウは争う。

Y2教諭は,乱取り中の危険な場所を避けて涼しい場所に原告を移動させたり,速やかに救急車を要請するなど適切に対処していたのであり,原告の主張する注意義務違反は認められない。

エ 同エは否認する。

原告の確定診断(甲20の1の2枚目)によれば,「7月30日,柔道の合宿練習中に投げ技をかけられ,頭部を打撲した」と記載されているところ,原告は,同日は,打ち込み練習までしか参加しておらず,頭部を打撲したことはない。また,Y2教諭との練習に際しては原告は背中から落ちたのであり,頭部を打撲していない。

したがって,本件事故の原因である頭部の打撲は,本件合宿の柔道練習時間中にはあり得ず,本件合宿中の練習と本件事故との間には因果関係が認められない。

オ Y1教諭は,本件合宿に際し,生徒とともに合宿所に宿泊し,練習中はもちろん,食事の残飯チェックを行ったり,就寝時の指導をすることにより,部員の健康状態の把握に努めていた。また,原告を含む部員が体調不良や疲れを申し出た場合には,軽い練習に切り替えたり,練習を休ませるなど,適切な対処をしていた。

Y2教諭は,Y1教諭と連携を図りながら,日常の練習に際し,部員の技量,健康状態を把握しており,本件合宿中においても,部員の練習中の様子から,部員の健康状態を把握していた。

また,Y1教諭及びY2教諭は,本件合宿中,原告から頭痛の報告を受けたことはなく,原告が頭痛を発症しているとは認識していなかった。

したがって,Y1教諭及びY2教諭は,本件合宿に際し,部員の健康面や,安全面に配慮しながら,部活動の指導にあたり,健康上の訴え等に対して適切な対処をしていたのであり,また,原告の頭痛については知らなかったのであるから予見可能性が認められず,原告の主張する注意義務違反はない。

・※  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件柔道部内における健康管理体制の確立についての過失の有無)について

(原告の主張)

Y1教諭及びY2教諭は,本件柔道部の指導責任者として,部員の健康状態を正確に把握し,部員の健康状態に重大な危険が生じることを未然に防止するために,適切な管理体制を整える義務がある。

しかし,両教諭は,部員の健康状態の把握についての適切な連携関係を構築しておらず,また,健康状態が悪化した部員がいる場合に,他の部員から報告を受ける体制を整えていなかった。

また,Y1教諭及びY2教諭は,個々の部員の健康状態について,詳細に観察することもなく,特段の注意を払うこともなかった。

したがって,Y1教諭ないしY2教諭が,原告の頭痛を知らなかったとすれば,部員の健康を管理するための体制を整えるべき義務に違反する。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

Y1教諭とY2教諭は,日頃から,連携を図りながら,部員の健康状態の把握に努めていた。また,部員に対しては,休んだり,道場の外に出たりす際には教諭に声をかけるように指導し,体調の悪い者は,教諭に直接申し出ることを徹底していた。

高等学校における部活動は,生徒の自主性を重んじ,育むことを目的としているものであるところ,健康管理についても自己管理が必要であり,自ら体調不良等を申し出た生徒に対しては,本人の意思を尊重し,その様子を確認しながら適切な措置をとっていたのであるから,部員に対する健康面の管理体制は問題がなく,義務違反はない。

・※  争点・※(Y3校長の過失の有無)について

(原告の主張)

Y3校長は,Z高校の最高責任者として,Y1教諭及びY2教諭を監督すべき義務を負う者であるが,両名の柔道部の指導について,適切な指導ないし助言をせず,その注意義務を怠ったことから,過失が認められる。

(被告の主張)

原告の主張のうち,Y3校長がZ高校の最高責任者として,Y1教諭及びY2教諭を監督すべき義務を負う者であることは認めるが,その余は否認する。

同人は,日頃から,Y1教諭及びY2教諭に対し,部員の安全管理について十分配慮するように指導していた。

・※  争点・※(原告の過失の有無)について

(被告の主張)

本件事故当時,原告は高校1年生であり,成人と同程度の弁識能力を有していたのであるから,仮に本件合宿中に体調不良であったのならば,顧問教諭らに対し,その旨を申し出るべきであり,本件事故の発生については,原告にも過失がある。

(原告の主張)

否認する。

・※  争点・※(原告に生じた損害額)について

(原告の主張)

本件事故により原告に生じた損害は以下のとおりであり,損害額の合計は2億8664万8753円である。

ア 入院雑費  182万4000円

原告は,平成14年7月31日から入院し,平成17年11月28日に症状固定した。その期間1216日間について,1日当たりの入院雑費を1500円として計算すると,入院雑費は182万4000円である。

イ 将来の医療費  1446万1680円

原告の現在の症状は,いわゆる植物人間状態であるところ,現状を維持するためには,将来にわたって設備の整った病院への入院による看護が必要不可欠であり,将来の医療費は,本件事故と相当因果関係が認められる。そして,原告は,現在,1か月当たり約7万円の医療費を負担しているから,1年間の医療費を80万円とし,原告は,症状固定時である平成17年11月28日において19歳であるから,それに対応するライプニッツ係数を18.0771(始期を19歳,終期を67歳とする)として計算すると,将来の医療費は1446万1680円となる。

ウ 将来の療養雑費  989万7212円

上記イのとおり,原告の現在の症状に鑑みると,原告は将来にわたり入院看護を伴う療養が必要であるから,将来の療養雑費は,本件事故と相当因果関係が認められる。そこで,1日の療養看護費を1500円として,1年間で54万7500円の療養雑費が生じると考え,19歳に対応するライプニッツ係数を18.0771として計算すると,将来の療養雑費は989万7212円となる。

エ 付添看護費  9897万2123円

原告の日常生活の維持のためには,常時他人による介護が必要であるところ,原告の両親は共働きであり,職業介護人によらざるを得ず,その費用は1日1万5000円を要する。そこで,1年間の付添看護費用を547万5000円とし,19歳に対応するライプニッツ係数を18.0771として計算すると,付添看護費は9897万2123円となる。

オ 入院慰謝料  962万円

原告の症状の重大性に鑑みれば,通常の入院慰謝料と比較して30パーセントの増額を認めるべきであり,入院によって生じる精神的苦痛を慰謝するには,962万円が相当である。

カ 後遺症逸失利益  8941万4760円

原告は,症状固定時において19歳であり,原告の現在の症状からすると,労働能力喪失率は100パーセントである。基礎収入を平成14年度賃金センサス全労働者平均年収の494万6300円,ライプニッツ係数を18.0771(始期を19歳,終期を67歳とする)として計算すると,原告の逸失利益は8941万4760円となる。

キ 後遺症慰謝料  3640万円

ク 弁護士費用  2605万8978円

本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は,損害合計額の約10パーセントである2605万8978円が相当である。

(被告の主張)

原告の主張アないしクは争う。

なお,本件事故に際し,争いのない事実等・※のとおり日本スポーツ振興センター及び埼玉県高等学校安全互助会から支払われた合計4670万円は,損害額の合計から控除すべきである。

第3争点に対する判断

1  証拠(甲3,4ないし8,10ないし12,13ないし19,21の1及び2,22,24の1ないし3,乙1,2,4,6,9,10,証人Y1,同Y2,同G,同H,原告成年後見人)及び弁論の全趣旨に,前記争いのない事実等を総合すれば,本件について次の事実が認められ,甲3号証,同13号証,同21号証のうち,これと異なる部分は採用することができない。

・※  原告が柔道部に入部した経緯及び原告の運動能力等

ア  原告は,4月8日,Z高校に入学し,同月12日,本件柔道部にマネージャーとして入部した。

イ・※  原告は,中学校時代には卓球部に所属しており,それまで柔道等の格闘技の経験はまったくなかった。しかし,原告は,本件柔道部の3年生部員が引退した後,女子部員の人数が減ってしまうこと,実際に柔道部の練習を見ているうちに自らも練習に参加したいと考えたことから,同月24日より,選手として本件柔道部の練習に参加するようになった。

・※  なお,原告は,マネージャーとして活動していた際,本件柔道部の日誌に次のように記載していた。

a 4月12日

「初めて試合を見れた!すごい迫力があり,かっこいいと思いました。」

b 同月16日

「一人一人すごいがんばっています。この調子でずっと続いたらみんなもっと強くなるだろうと思います。」

c 同月17日

「一年生はすごくがんばっています」

d 同月18日

「一年生はすごく受け身がうまくなっています。一人一人真剣に取り組んでいて,とてもいいです!二年生も三年生もすごいつかれていて,それだけがんばっているんだなと思いました。」

e 同月22日

「先生,団体戦は5人必要なんですよね?G先輩と1年生3人じゃ足りないのでマネージャーの私もプレイヤーになった方がいいですか?やるんだったら今からの方がいいですよね?」

ウ  原告の中学校における体育の成績は,5段階評価の2又は3であり,運動能力が高いとはいえなかった。また,本件柔道部の練習の際に時々行われた筋力測定に際し,同人は,腕立て伏せについては5ないし10回,腹筋については20ないし30回程度しかできず,他の女子部員と比較すると,やや筋力は劣っていた。しかし,同人は,本件柔道部の練習に真面目に取り組んでいた。

・※  本件合宿前の練習及び指導

ア・※  本件柔道部の部員は,原告が入部したことにより,男子部員が12名,女子部員が9名の合計21名となった。そのうち,有段者は8名であった。1年生の女子部員は原告を含めて4名であり,全員が柔道の初心者であった。

・※  本件柔道部の指導は,Y1教諭及びY2教諭が行っていた。

a Y1教諭は,中学生のときに柔道を始め,高校在学中に2段を取得し,教員となった平成3年から柔道部の顧問教諭として生徒の指導にあたっていた。その後,平成11年4月29日に,埼玉県東部高等学校体育連盟柔道専門部(以下「柔道専門部」という。)の推薦を受けて3段を取得した。同教諭は,正顧問として本件柔道部全体の指導を担当しており,練習計画の策定,顧問会議への参加,同部の日誌等の管理,部員の引率等を行っていた。また,平成6年度から平成14年度まで柔道専門部の専門委員として,高校の柔道大会の企画運営や審判等を行い,審判のライセンスも取得していた。

b Y2教諭は,高校生のときに柔道を始め,初段を取得し,Z高校に赴任した平成13年から柔道部の顧問教諭として生徒の指導にあたっていた。同教諭は,本件柔道部の顧問教諭として,主に女子部員の指導を担当しており,平日の練習において,女子部員とともに乱取り,打ち込み等を行うほか,Y1教諭の補佐的な立場で,大会の際に部員の引率等を行っていた。また,同教諭も柔道専門部の専門委員として大会において計量や記録等を行っていた。

イ  本件柔道部においては,平日の夕方に約1ないし2時間,土曜日の午前中に約2時間の練習が行われていた。練習に際しては,職員会議等がある場合を除いては,顧問教諭らが立ち会い,会議がある際にも,練習開始前には,主にY1教諭が自ら部員の出欠をとり,参加状況を確認していた。

ウ・※  本件柔道部においては,経験者は,次のような内容の練習を行っていた。

・※  練習内容

① 準備体操  5分

② 寝技補強  15分

③ 寝技  30分

④ 休憩  5分

⑤ 立ち技1(打ち込み,投げ込み)  30分

⑥ 立ち技2(乱取り)  25分

⑦ 補強運動  5分

⑧ 整理体操  5分

・※  上記の練習のうち,打ち込みとは,立っている相手に対し,投げる手前の動作を反復して行う練習であり,この練習では相手を投げることはない。投げ込みとは,技をかける側と受ける側を決めた上で,技をかける側が相手を投げる練習である。投げ込み練習に際しては,衝撃を吸収するために,柔道場の床の上に,マットを敷いた上で行うように指導されていた。また,立ち技乱取りとは,二人一組となり,試合のように技を掛け合う練習であるが,試合とは異なり,寝技は行わないこととなっていた。

なお,投げ技を伴う練習には危険が伴うため,投げ込み及び立ち技乱取りについては,顧問教諭が立ち会わない場合には行わないように指導がされていた。

エ  他方,4月に入部したばかりの初心者部員については,次のような内容,順序で練習が行われていた。

・※  4月中旬まで

① 準備体操  5分

② 寝技補強  15分

③ 受け身  60分

④ 寝技  25分

⑤ 補強運動  5分

⑥ 整理体操  5分

この時期は,基礎運動に加え,受け身の練習が中心であった。受け身については,後ろ受け身,横受け身に重点をおき,寝た状態からの受け身,座った状態からの受け身,しゃがんだ状態からの受け身,立った状態からの受け身の順に指導がされていた。

・※  4月下旬ころ

① 準備体操  5分

② 寝技補強  15分

③ 受け身  30分

④ 寝技  55分

⑤ 補強運動  5分

⑥ 整理体操  5分

この時期は,受け身については,しゃがんだ状態からの後ろ受け身及び横受け身,立った状態からの後ろ受け身及び横受け身を中心に,前受け身及び前回り受け身の指導が加わった。また,寝技の指導に重点がおかれていた。さらには,膝を曲げた状態から回転しての横受け身,立った状態から回転しての横受け身,立った状態から回転して横受け身をした後に立ち上がる,といった練習も行われた。

・※  5月上旬ころ

① 準備体操  5分

② 寝技補強(前回り受け身を加える)  15分

③ 寝技  30分

④ 受け身  30分

⑤ 立ち技  25分

⑥ 補強運動  5分

⑦ 整理体操  5分

この時期から,立ち技の指導を始めるが,立ち技については,立ち技で投げられた際に受け身をとることができるように指導がされ,受け身については,立った状態からの後ろ受け身及び横受け身,立った状態から回転し横受け身をした後に立ち上がる動作について,反復練習が行われた。

・※  5月中旬ころ

① 準備体操  5分

② 寝技補強(前回り受け身を加える)  15分

③ 寝技  30分

④ 立ち技  55分

⑤ 補強運動  5分

⑥ 整理体操  5分

この時期は,立ち技に重点が置かれ,打ち込みを通して立ち技をかける指導を始め,投げ込みを通して立ち技から受け身までの一連の動作についての指導がされた。

・※  5月下旬ころ

① 準備体操  5分

② 寝技補強(前回り受け身を加える)  15分

③ 寝技  30分

④ 立ち技  55分

⑤ 補強運動  5分

⑥ 整理体操  5分

この時期には,相手となる経験者に制限を加えた形式での「立ち技乱取り」練習が加わり,同練習を通して,立ち技についての総合的な指導がされた。

・※  6月上旬ころ

6月上旬には,初心者と経験者の区別なく,初心者についても,上記ウ・※の内容の練習を行った。

以上のように,本件柔道部では,経験者と初心者について練習内容が異なり,さらには,練習を開始した時期によって,練習内容に差を設けていた。しかし,個人の運動能力や技術により,個別に差を設けることはなかった。

オ  本件柔道部においては,本件事故当時,初心者用の指導要領等は作成していなかったが,Y1教諭は,新入部員らに対し,しっかり受け身をするように指導し,特に立ち技乱取りの際には,上級生部員の練習を見せながら受け身の指導を行っていた。

なお,乱取りに必要となる受け身の習得には,おおよそ1か月ないし2か月程度を要する。

カ  4月に入部した部員についても,初心者向けの練習計画に従って練習が行われ,5月25日から,立ち技乱取り練習が開始された。

キ  原告は,4月24日に選手として本件柔道部の練習に参加するようになってから本件合宿に至るまで,他の新入部員と同様に初心者向けの練習計画に従い,少なくとも合計38日間練習に参加した(日誌によれば,遅刻した日を含めると43日間となる。)。

もっとも,原告及び原告と同時期に入部したHは,他の部員と比較して練習の開始が約2週間遅かったため,練習の進行についても他の部員より遅く,原告が立ち技乱取り練習を開始したのは,6月13日からであった。

ク  原告の前転運動及び受け身は,一般的に柔道において理想とされる形とは異なっており,他の女子部員と比較してうまいほうではなかった。そのため,練習の際に後頭部を打つこともあった。もっとも,原告のみならず,初心者については,練習の際に頭部を打つことはしばしばあり,本件柔道部の他の部員についても同様であった。また,初心者については,受け身を徐々に習得していくのが通常であり,原告は,立ち技乱取り練習に必要とされる横受け身及び後ろ受け身を習得していて,ことさらに原告のみが受け身の習得に問題があるとは見受けられなかった。また,原告は,通常の練習に真面目に取り組んでおり,理由なく欠席することはなかった。

ケ  本件柔道部においては,日誌が存在し,練習が行われた日には,日番と呼ばれる部員がその日の練習の様子などを記載し,主にY1教諭がそれを確認してコメントを付するなどしていて,通常の練習に際し,主にY1教諭と部員との連絡に使用されていた。

なお,原告は,日誌に以下のように記載している。

・※  5月24日

「今日は筋トレができなかったので,ちょっとだけでもいいからやりたかったなと思い,とても残念だなと思いました。次の筋トレの時が楽しみです!」

・※  6月13日

「今日は初めて乱取をやりました。前に1回だけY2先生とやったんですけど,今日は6回!!2回,3回とやっていくうちにどんどんつかれてしまい,今度はもっとがんばりたいです。」

・※  同月14日

「今日はY2先生が大外を教えてくれました。前よりうまくなれたと思うので,ぜひ先生に見て欲しいです。明日からもがんばるぞー!」

・※  7月12日

「今日は腹筋が30回しかできなかったのでくやしかったです。次は50回以上できることを目標にして頑張っていこうと思います!!」

コ  本件柔道部では,生徒の健康管理等は,生徒からの自主申告によって行われており,生徒に対してもその旨指導がされていた。練習を欠席する際には,自分から理由を述べた上で欠席することとなっており,理由を述べない場合には,教諭のほうから理由を聞くなどした。そして,Y1教諭は,欠席した部員及びその理由を日誌に記載させていた。なお,Y1教諭が不在の場合には,Y2教諭が確認した。本件柔道部は,生徒が教諭に対し,体調不良やそれに伴う欠席を申し出るのが難しい環境ではなかったが,ある部員の体調が悪い際に,別の部員が教諭にこれを申し出ることはほとんどなかった。

・※  本件合宿の概要及び本件事故の発生

ア  本件合宿は,7月27日から同月31日までの5日間にわたり,A高校の柔道場及び合宿所にて行われた。本件合宿には,のべ11の高等学校の柔道部及び1つの道場が参加したが,いずれも埼玉県大会で1回戦に勝利する程度のレベルの柔道部であった。本件合宿は毎年行われていたところ,本件柔道部が同合宿に参加するのは,平成14年が初めてであった。なお,本件柔道部員及びY1教諭は,A高校の合宿所に宿泊した上で,本件合宿に参加し,Y2教諭については,昼間の練習にのみ参加して,夜間は自宅に戻っていた。

イ  原告の父親は,同年7月に原告が本件合宿に参加することを承諾し,Y3校長宛の承諾書を提出した。

ウ  7月27日(第1日目)

・※  練習日程

a 午後2時30分  練習開始

① 準備体操

② 補強運動

③ 回転運動

④ 受け身(前回り受け身,後ろ受け身,横受け身)

⑤ 寝技

休憩(5分)

⑥ 打ち込み

休憩(5分)

⑦ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑧ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑨ 掛かり稽古

⑩ 整理体操

b 午後6時15分  夕食

c 午後7時  入浴

d 午後10時  消灯

・※  原告の参加状況等

a 原告は,上記の練習にすべて参加した。

b 原告は,午後9時ころ,教官室を訪れ,Y1教諭に対し,足のくるぶしあたりに痛みがあると申し出た。Y1教諭が見たところ,原告のくるぶしあたりがはれていたため,練習中の足払いによる打ち身であると判断し,原告に対し氷を渡して,患部をこれで冷やすように指示した。

・※  その他合宿の状況等

同日は,Y1教諭及びY2教諭が練習に参加した。

エ  同月28日(第2日目)

・※  日程

a 午前6時45分  起床

b 午前7時  朝練習開始

① 準備体操

② ランニング(道場20周)

③ 馬跳び

c 午前7時45分  朝食

d 午前9時30分  午前練習開始

内容は上記ウ・※aに同じ

e 午後0時45分  昼食

f 午後1時  昼休み

g 午後2時30分  午後練習開始

① 準備体操

② 補強運動

③ 回転運動

④ 受け身(前回り受け身,後ろ受け身,横受け身)

⑤ 打ち込み

休憩(5分)

⑥ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑦ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑧ 掛かり稽古

⑨ 整理体操

h 午後6時15分  夕食

i 午後7時  入浴

j 午後10時  消灯

・※  原告の参加状況等

a 原告は,朝練習開始後,Y1教諭に対し,足のくるぶし付近にあざができており,痛みがある旨を報告した。原告は,同教諭の指示に従い,柔道場の内側をゆっくりランニングしたのみで,馬跳びには参加しなかった。

b 原告は,午前練習のうち,準備体操から打ち込みまでは参加したが,立ち技乱取りについては,時々休みながら,練習の半分程度しか消化できなかった。

c 原告は,午後の練習の際,Y1教諭に対し,足に痛みがある旨を申し出たため,同教諭は,マネージャーとして時間の計測等を行うように指示し,原告はそれに従った。

・※  その他合宿の状況等

同日は,Y1教諭は終日練習に参加し,Y2教諭は午前練習のみ参加した。同日は,原告以外にも疲労を訴えて,乱取り練習の一部を休んだ女子部員が複数名いた。

オ  同月29日(第3日目)

・※  日程

a 午前6時45分  起床

b 午前7時  朝練習開始

内容は上記エ・※bに同じ

c 午前7時45分  朝食

d 午前9時30分  午前練習開始

① 準備体操

② 補強運動

③ 回転運動

④ 受け身(前回り受け身,後ろ受け身,横受け身)

⑤ 寝技

休憩(5分)

⑥ 寝技

休憩(5分)

⑦ 打ち込み

休憩(5分)

⑧ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑨ 掛かり稽古

⑩ 整理体操

e 午後0時45分  昼食

f 午後1時  昼休み

g 午後2時30分  午後練習開始

内容は上記エ・※gに同じ

h 午後6時15分  夕食

i 午後7時  入浴

j 午後10時  消灯

・※  原告の参加状況等

a 原告は,朝練習に参加した。

b 原告は,午前練習に参加する前,Y2教諭に対し,足首に貼った湿布について練習中はどのような扱いをすればよいかを相談した。同教諭は,原告に対し,湿布をテーピングで固定するか,はがした上で練習するように指示した。

原告は,午前練習については,時々休みながらも練習を消化した。

c 原告は,午後練習のうち,打ち込みまでは他の部員と同様に練習を消化したが,立ち技乱取り以後は,休んだり,参加したりを繰り返しながら,練習を消化した。

d 原告は,同月28日又は29日の夜,GやHに頭痛を訴え,他校の生徒から頭痛薬をもらって飲んだ。原告は,この事実をY1教諭及びY2教諭に伝えなかった。

e 以上の認定に関し,甲3号証及び13号証(甲3号証は,原告訴訟代理人らが,本件事故後約半年を経過した12月にG及びHを含む本件柔道部員から本件事故の状況等を聞き取った際の録取報告書〔その際の録音テープが甲25の1及び2であり,その反訳書が甲26号証である。なお,甲25の1及び2における柔道部員の個々の発言の発言者は,特定できない。〕であり,甲13号証は,原告成年後見人が,同年11月に同部員から本件事故の状況等を聞き取った際の録取報告書である。)には,Gの発言として,原告は,7月29日,起床直後から頭痛を発症し,その旨を部員に訴えていた,原告は,午後の打ち込み練習の開始時に頭痛のため柔道場で泣き出した,その後原告は,Y2教諭に対し頭痛があることを伝えた上で練習を休んだとの記載部分があるが,証人Gは,そのいずれについても覚えていないと証言するほか,証人Hも,覚えていないと証言するところであり,また,証人Y1及び同Y2も,記憶がないと証言する。結局,上記甲3号証及び13号証の記載部分をもって,上記各事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお,上記甲3号証は,本件事故から約半年を経過した時点で行った聞き取りに基づく録取報告書であるから,Gが,証人尋問までに記憶を消失している可能性がなくはないとしても,3日目の午後の練習の開始時に,原告が頭痛のため柔道場で泣き出したとの事実は,印象深い出来事のはずであるにもかかわらず,証人Gは,記憶がないと証言し,かえって,本件合宿の後半に頭痛を訴えていたことを記憶していると証言するのであるから,上記甲3号証のGの発言部分は信用性が高いとはいえない。)。

また,甲14号証(本件事故について捜査を担当した埼玉県狭山警察署員から原告訴訟代理人が聞き取ったことを録取した報告書)には,本件事故後に,Y1教諭及びY2教諭が埼玉県狭山警察署において受けた事情聴取の結果に基づき,原告が7月29日に頭痛,体調不良を訴え,Y1教諭及びY2教諭が,その旨の報告を受けていたとの記載部分があるが,証人Y1及び同Y2の各証言に照らすとにわかに採用することはできない。

・※  その他合宿の状況等

同日は,Y1教諭は終日練習に参加しなかったが,夜は合宿所に戻っており,Y2教諭は,終日練習に参加した。なお,Y1教諭とY2教諭の間で,前日の午後の練習の際の生徒の様子等についての引き継ぎは特にされなかった。

生徒たちは,各自自分のペースで練習を行っており,時々練習を休む生徒も見受けられたが,Y2教諭は,すべての生徒に休む理由を聞くことはなかった。

カ  同月30日(第4日目)

・※  日程

a 午前6時45分  起床

b 午前7時  朝練習開始

内容は上記エ・※bに同じ

c 午前7時45分  朝食

d 午前9時30分  午前練習開始

① 準備体操

② 補強運動

③ 回転運動

④ 受け身(前回り受け身,後ろ受け身,横受け身)

⑤ 寝技

休憩(5分)

⑥ 打ち込み

休憩(5分)

⑦ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑧ 掛かり稽古

⑨ 整理体操

e 午後0時45分  昼食

f 午後1時  昼休み

g 午後2時30分  午後練習開始

内容は上記エ・※gに同じ

h 午後6時15分  夕食

i 午後7時  入浴

j 午後10時  消灯

・※  原告の参加状況等

a 原告は,朝練習の際に,Y1教諭に対し,練習を休みたいと申し出た。同教諭は,原告が足に痛みがあるものと理解し,できる範囲で練習するように指示したところ,原告は,柔道場の内側で軽いランニングを行った。

b 原告は,午前練習のうち,準備体操から打ち込み練習までは参加したが,立ち技乱取り練習以後は,柔道場の脇で休んでいた。

c 原告は,午後練習の開始前に,Y1教諭に対し,再度練習を休みたいと申し出た。そこで,同教諭は,原告に足の痛み及び疲労が生じているものと理解し,午後の練習をすべて休ませた。

d 以上の認定に関し,甲3号証及び13号証には,Gの発言として,原告がY1教諭に対し,7月30日の朝練習後,前日からの頭痛が治らないと言ったほか,同日の昼食後にも,頭痛が治らないと言ったとの記載部分があるが,証人Y1は,これを否定する証言をするほか,証人Gも,これについて覚えていないと証言しており,上記甲3号証及び13号証の記載部分をもって,上記各事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に,原告は,同日午後,原告が嘔吐したと主張するが,証人Y1,同Y2,同G,同Hは,いずれもこれを見ていないと証言しており,本件全証拠によっても,原告の上記主張事実を認めることはできない。この点に関し,乙1号証には,本件事故直後に,救急車内においてY2教諭と証人Gが電話で原告の様子について話した際,原告が7月30日に嘔吐したとGが話したとの記載部分があるが,乙6号証によれば,Gは,本件事故後に「吐いているのは見ていない。」,「原告が吐いたことをだれかから聞いたような気がするがはっきりしない。」と不確定な話であることを認めていることが認められる上,証人Gは,本件合宿中に原告が吐いているのを見ていないと証言しており(甲3号証にも,原告が同日に吐いたとの発言はないし,甲13号証には,Gの発言として,原告が同日に吐いたことは知らないとの部分がある。),また,証人Y1によれば,本件合宿中に他校の生徒が嘔吐したとの事実が誤って伝わった可能性があることが認められることをも併せて考えると,上記乙1号証の記載部分をもって,原告が7月30日に嘔吐したとの事実を認めることはできない。前掲甲14号証にも,原告が7月30日の朝食後に嘔吐したとの記載部分があるが,証人Y1及び同Y2の各証言に照らすと,にわかに採用することはできない。結局のところ,原告が同日嘔吐したとの事実を認めるに足りる証拠はないと言わざるを得ない。

また,甲3号証及び13号証には,G及びHらの発言として,同日の夕食時に,原告は,頭痛がするので食欲がないと言って,夕食に出たミカンしか食べなかったとの記載部分があるが,証人G及び同Hは,これについても覚えていないと証言しており,上記甲3号証及び13号証の記載部分をもって,上記各事実を認めることはできない。仮に原告に食欲がなかったとしても,証人G及び同Hによれば,本件合宿中は暑さと疲労のために,多くの生徒が食欲がなかったことが認められることからすれば,頭痛のために食欲がなかったとは言い難い。

・※  その他合宿の状況等

同日は,Y2教諭は終日練習に参加せず,Y1教諭のみが終日練習に参加した。

同日は,男子部員,女子部員ともに,疲労のために練習を休む生徒が多かった。本件柔道部員のIが,練習中に鎖骨を骨折したため,Y1教諭が病院へ連れて行った上,自宅まで送り届けることとなり,原告を含む部員全員で見送った。

キ  同月31日(第5日目)

・※  日程

a 午前6時45分  起床

b 午前7時  朝練習開始

内容は上記エ・※bに同じ

c 午前7時45分  朝食

d 午前9時30分  午前練習開始

① 準備体操

② 補強運動

③ 回転運動

④ 受け身(前回り受け身,後ろ受け身,横受け身)

⑤ 打ち込み

休憩(5分)

⑥ 紅白試合

休憩(5分)

⑦ 立ち技乱取り

休憩(5分)

⑧ 整理体操

・※  原告の参加状況等

a 原告は,朝練習の準備体操後に,Y1教諭に対し,練習を休みたいと申し出た。同教諭は,足の痛みが理由であると理解し,原告に対し,できる範囲での練習を行うように指示した。そこで,原告は,柔道場の内側を,ゆっくり歩くようなスピードで軽いランニングを行い,馬跳びには参加しなかった。

b 原告は,午前練習のうち,準備体操から打ち込み練習までは休みながらも消化した。しかし,原告は,他の女子部員と比較して本件合宿中の練習時間が少なかったこと,女子部員の人数が奇数であり,1人余ったことなどの理由から,Z高校の教諭の指示により,紅白試合には参加しなかった。

c 原告は,柔道場の外の廊下の真ん中で,横になって寝るような体勢で休憩していた。原告が本件合宿中に練習を休む際,横になっていたのはそのときだけであった。そこで,Y2教諭は,原告に対し,「こんな真ん中で寝てはだめよ,寝るなら端の方で休みなさい。」,「紅白試合でみんなが頑張っているので応援してあげてほしい。」というような内容を話した。その後,原告は,柔道場のそばで,大声で紅白試合の応援を行っていた。

d Y2教諭は,立ち技乱取り練習の前に,原告に対し,「最後の練習なので,参加してみてはどうか。」と話したところ,原告は,「はい。」と答え,自ら,柔道場に入り,立ち技乱取り練習に参加した。

e 以上の認定に関し,甲3号証及び13号証には,Gの発言として,原告がY1教諭に対し,7月31日の朝練習後,頭痛が治らないと言ったとの記載部分があるが,証人Y1は,これを否定する証言をする上,証人Gも,覚えていないと証言しており,上記甲3号証及び13号証の記載部分をもって,上記事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

・※  その他合宿の様子等

同日は,Y1教諭は,終日練習に参加し,Y2教諭は,朝練習以外に参加した。Y1教諭は,Y2教諭に対し,前日の練習について,部員たちが頑張っていること,部員の一人が骨折をしたため自宅に帰ったことを報告した。

ク  本件事故の発生

・※  原告は,上記キ・※の経緯で5日目の立ち技乱取り練習に参加し,1本目は,他校の黒帯の生徒と練習を行った。相手は,原告と比較して体格が大きく,技術的にも非常に強い生徒であったが,原告は,相手に技をかけたり,かけられたりしながら,通常の練習を行った。その折,原告は相手から,払い腰をかけられた。

・※  Y2教諭は,原告の技術,身体等の状況を考慮し,自らが相手となるのがよいであろうと判断し,「一緒にやろう。」と原告に声をかけ,原告は2本目の練習をY2教諭と行った。

午前10時45分ころ,原告とY2教諭は,立ち技乱取り練習を開始した。原告は,腕には十分な力が入っており,意欲的に技をかけ,同教諭を投げるなどした。そして,3分の練習時間が残り数十秒となったところで,Y2教諭が原告に対し,体落としをかけたところ,原告は,受け身をとり,背中から柔道場の床に落ちた。なお,体落としとは,足を軸にして,手で返す技であり,比較的受け身の取りやすい技である上,Y2教諭は引き手をしっかり引いていたため,原告は受け身が取りやすい状況であった。

・※  原告は,背中から柔道場の床の上に落ちた後,その場でうずくまった。Y2教諭は,声をかけたが,原告は,何も答えなかった。

・※  Y2教諭は,道場では他の生徒が引き続き乱取り練習を行っているため,その場所は危険であると判断し,原告を支えて立ち上がらせ,柔道場の端にある板の間に連れて行った。そして,3ないし5分後,さらに安全な場所に連れて行こうと考え,Y2教諭が原告を支えて柔道場から外の廊下へ向かったところ,廊下への入り口付近で,原告はガクっと力が抜けたような状況となった。

そこで,Y2教諭は,暑さを和らげるため,原告の帯等をはずした上,管理室に連れて行ったが,その場所も気温が高かったことから,同人は,原告を背負い,再度廊下に戻った。ところが,廊下に戻った後,原告は背中をまるめるなどし,その状態に異変が生じたため,Y2教諭は,A高校の教諭と相談して救急車を呼んだ。なお,廊下から,電話のある建物までは,2,3分かかった。

ケ  原告の合宿中の体調

・※  原告は,本件合宿に参加する前日及び合宿初日の午前中においては,健康状態に何ら問題はなかった。

・※  原告は,前記オ・※に認定のとおり,本件合宿中の同月28日又は29日の夜,GやHに頭痛を訴え,他校の生徒から頭痛薬をもらって服用した。

・※  原告は,本件合宿中に,母親であるJに対し,携帯電話でメールを送信した。メールには,合宿初日及び2日目には「足が痛い。」,「練習がきつい。」,「早く帰りたい。」との内容が,4日目には,合宿終了後の最寄り駅への到着時刻等が記載されていた。

コ  本件合宿中における部員の健康管理について

本件合宿において,参加部員の体調が悪くなった場合は,本人が直接顧問教諭に自分の状態を申し出ることとなっており,顧問教諭らは,本人の申し出により部員らの健康状態を把握していた。本件合宿中には,原告以外にも,けがや頭痛,疲労により,練習を休む生徒が複数見受けられた。練習を休む際には,Y1教諭ないしY2教諭に,理由を述べた上で休むこととなっており,理由を述べない場合には,教諭らから理由を聞かれるのが通常であったが,教諭らも自ら練習に参加しており,必ずしも徹底されていなかった。

また,Y1教諭とY2教諭の間では,練習を休みがちな生徒については,両教諭のいずれかが練習に参加していない場合など,口頭での申し送りがされていたが,練習を休む理由等について詳細な申し送りはされていなかった。

・※  本件事故後の状況

ア  Y2教諭は,7月31日午前11時06分ころ,消防署に電話通報し,同日午前11時14分に,救急車がA高校に到着した。B隊員が確認したところ,原告は,呼びかけに対して反応がなく,痛感への反応も右上肢をあげる程度のもので,瞳孔は散大しており,重度の意識障害を起こしていると認められた。そこで,B隊員らは,原告に対し,酸素吸入,頸部固定,スクープストレッチャーによる全身固定の応急処置をし,同日午前11時22分に同校を出発してC病院に向かった。その際,Y2教諭が原告に付き添って救急車に同乗した。

イ  救急車内で,B隊員は,Y2教諭に対し,事故の状況について聞いたところ,同教諭は,乱取り練習の際に原告が背中から落ち,立ち上がれなくなった旨を説明した。B隊員は,原告の健康状態について聞いたが,Y2教諭は十分に把握していなかった。

そこで,Y2教諭は,Y1教諭の携帯電話及び部員のGに電話をしたが,つながらなかったため,A高校に電話をし,Gにつないでもらった。Y2教諭がGに聞いたところ,Gは,Y2教諭に対し,「本件合宿中に原告が嘔吐したことがある。練習を休みがちであり頭痛がすると言っていた。原告は練習中に頭を打った。」との内容を話し,Y2教諭は,その旨B隊員に伝えた。

・※  原告の症状

ア 原告は,同日,C病院に搬送され,頭部CTにより,急性硬膜下血腫であると診断された。そして,同日に緊急減圧開頭血腫除去,頭蓋内圧センサー留置術が施行され,その後,9月26日に,頭蓋骨形成術,10月16日に,水頭症に対してV-PShunt術,11月28日に,開頭手術部の感染症を併発したことによる頭蓋人工骨片の除去,平成15年8月28日に頭蓋骨形成術が施術された。

イ 原告は,同年12月13日より,F病院に転院したが,遷延性意識障害であり,周囲の環境変化に反応を見せず,自分の意思の表出もできず,自動的に動くことも不可能である。また,食事,尿便の処理も一切できない。

原告は,現在,重症頭部外傷後遺症として,遷延性意識障害,植物症状態で経過しており,今後この状態が改善する見込みは著しく低く,いわゆる症状固定の状況にある。そして,原告の生命維持のためには,継続的に,常時の医療,看護,介護が必要とされる。

・※  急性硬膜下血腫の発症の時期及び原因について

ア  前記・※ないし・※に認定の事実に基づいて,原告の急性硬膜下血腫の発症の時期及び原因について判断すると,前記・※に認定の事実によれば,原告は,本件合宿中における柔道の練習中に頭部を打撲するなどしたことにより,急性硬膜下血腫を発症したものと認められるところ,原告は,前記・※に認定のとおり,7月28日又は同月29日の夜,GやHに対し,頭痛を訴え,他校の生徒から頭痛薬をもらって飲んだものであるが,他方,原告は,同月30日には,前記・※に認定のとおり,午前練習のうちの打ち込み練習までしか練習に参加していない。そうすると,結局,原告は7月28日又は同月29日の練習中に頭部を打撲して頭蓋内に異変を生じ,頭痛を生じたところ,同月31日の立ち技乱取り練習の際に,更に頭部に衝撃を受けるなどした結果,急性硬膜下血腫が発症するに至った可能性が高いと認めるのが相当である。

イ  この点に関し,甲20号証の1の2枚目(原告の主治医による確定診断)には,「7月30日,柔道の合宿練習中に投げ技をかけられ,頭部を打撲した」との記載があること,甲21号証(原告の主治医の意見書)には,「7月30日朝,乱取り中に投げ技をかけられた際に頭部を打撲し,それ以降頭痛及び悪心を訴えはじめた。」,「7月30日のエピソードは,この時点でのある程度の外傷性頭蓋内病変(軽度の急性硬膜下血腫等)の存在を示唆するものと考える。」との記載があることが認められる。しかしながら,前記・※に認定のとおり,原告は7月30日には午前練習の打ち込み練習までしか参加していないのであるから,原告が同日に頭部を打撲することはほとんどあり得ないというべきである。また,甲20号証の1(原告のカルテ)の記載と乙1号証(Y2教諭が救急車内でGとした会話を同教諭が書き記したもの)の記載とを比較すると,原告のカルテ中に記載された原告の本件事故の経過に関する記載は,原告の主治医がB隊員ないしY2教諭から聞き取ったことに基づくものと認められるところ,Y2教諭の救急車内での発言の内容(車内でGから電話により聞き取ったことに基づくものである。)は,前記・※イに認定のとおり,必ずしも正確なものではなかったのであるから,上記原告の主治医による確定診断ないし意見は,「7月30日」に本件事故の原因となる打撲があったことを前提とする点では,不正確なものといわざるを得ない。もっとも,上記意見書には「7月30日のエピソードは,この時点でのある程度の外傷性頭蓋内病変(軽度の急性硬膜下血腫等)の存在を示唆するものである。」,「7月31日の更なる頭部への衝撃が,重篤な急性硬膜下血腫発症の契機となった可能性が大きいものと推察される。」との記載があるところ,上記アのとおり,原告は,本件合宿中の7月28日又は29日に頭痛を発症していることから,その当日に頭部を打撲して頭蓋内に異変を生じ,その後同月31日の練習の際の頭部への更なる衝撃により急性硬膜下血腫が発症した可能性が高いと推認されるのであり,主治医の確定診断及び意見書については,時期はともかくとして,本件合宿中の柔道の練習中に頭部を打撲するなどしたことにより,急性硬膜下血腫が発症したことの裏付けにはなるということができる。

・※  学校における柔道教育の在り方

ア  柔道教育は,身体的,精神的発達に貢献するという柔道の特性を生かすことを目的としたものであり,文部省は,その観点から,中,高校生に対する教科体育の柔道指導について,「柔道指導の手引き」を作成している。そして,課外クラブ活動における柔道指導についても,このような柔道の特性は異なるものではないから,同手引きに準拠した指導が求められると考えられる。同手引きに記載されている生徒に対する柔道指導の在り方は,以下のとおりである。

イ  柔道の学習内容は,高等学校,中学校ともに,技能に関する内容と態度に関する内容がある。技能に関する内容は,基本動作,対人的技能及び試合で構成される。対人的技能が中核的な内容といえるが,それを支えるものが基本動作,決められた規則のもとで対人的技能の攻防を競うものが試合である。柔道の学習指導の課題を達成するためには対人的技能の学習を中心に行うことが大切であり,相手を制するための対人的技能を高め,さらに得意技へと発展させていくことが必要である。この対人的技能の基礎となるのが基本動作であり,打ち込み,約束練習,自由練習(乱取り)はこれらの技能を高めるための練習法である。

ウ  柔道の学習過程は,一般的には,基本動作,特に受け身を学習し,次いで相手を制するための対人的技能を身に付け,自由練習(乱取り)や試合に発展させることが重視される。柔道においても,ある程度の技を習得した者を対象とした場合には,他の球技等と同様に,ゲームを中心に学習を進めながら,その中で必要な個人的技能や集団的技能を取り扱っていくような学習過程も可能である。しかし,初心者を対象とした場合には,基本動作や対人的技能を学習したあとで,その技能の習得の程度に応じた試合を計画することが基本的動作や対人的技能を効果的に学習する上からも,けがの防止の面からも望ましい。したがって,柔道の学習課程は,柔道の特性を踏まえるとともに,生徒の技能の習得の程度に応じて適切に工夫していくことが重要といえる。

エ  女子の指導にあたっては,その発育発達的特性を踏まえて,身体の発育の特徴や心理的な特性等について十分に配慮しながら,柔道の楽しさを味わうことができるような学習指導を工夫していくことが大切である。中学校,高等学校期は,生徒の成長の著しい時期であり,男女の体力の差が大きい。一般的に,女子は,男子に比較して柔軟性などは優るが,筋力や瞬発力などは劣るという特徴がある。

柔道は,相手を投げたりすることによって,その楽しさを味わうことができるが,投げることと同様に,投げられた時の対応や防御が大切である。上手に投げられることによって技能が上達し,結果的に柔道の楽しさを早く味わうことができるようになるため,筋力が弱い女子の場合,投げられた時のための受け身を十分練習させることが大切である。技能面の指導での男女の違いは一般的にはないが,女子の身体的特質を生かした指導を行うことが望ましく,投げ技は,女子は筋力が劣るため,初めは動作が小さく相手の体重を支えることの少ない技を,次に大腰のような体さばきが大きく両足支持の技,それから片足支持の技というように,体力に応じて順を追って技を習得させていくのが効果的である。特に,技の習熟を図るために,十分指導時間を確保することが必要である。しかし,最終的には,女子も基本動作や対人的技能を確実に身につけさせて,練習や試合が出来るようにすることが大切である。

オ  指導に当たっては,柔道の特性等を指導した上で,生徒一人一人の特性に応じた多様な指導を展開していくことが大切である。基本動作のうち,受け身については,相手のかける技の種類に応じて安全にできるようになることが必要とされるので,個々の受け身の仕方について練習を繰り返し行う必要がある。ついで,崩しや体さばきとの関連を身に付けさせ,さらには投げ技と結びつけて多様な場面に即した受け身を練習させることが大切である。

カ  文部省は,柔道を初めて経験する中学生の指導に関して,指導例を提案している。

同指導例によれば,柔道の特性について1時間学習した後,基本的な受け身(後ろ受け身,横受け身,前受け身)を指導し,4時間目には,投げ技(膝車,支えつり込み足)及び掛かり練習,6時間目には,受け身(前受け身,前回り受け身)及び投げ技(出足払い),11時間目には固め技,自由練習,試合を行い,14時間目には投げ技(大外刈り),16時間目以降は試合,自由練習を中心に指導することとされている。

キ・※  柔道では,互いに相手の身体を制する技能の習得を中心として行われるため,事故が生じやすい。中学校,高等学校の柔道における傷害をみてみると,鎖骨,肘関節,肩関節,足関節,膝関節,手や足の指,腰部などに多く,負傷を起こしやすい技としては,背負い投げ,体落とし,大外刈り,足払い等が挙げられる。また,廃疾や死亡の事故も年間5ないし6件は起こっており,これらの事故の大部分は投げられた者に多く,投げる者の技の未熟と,投げられた者の受け身の未熟さが重なって生じている場合が多い。

・※  投げ技において,事故を起こしやすいのは,投げと受け身の技能がともに未熟で,技が不正確なために受け身が取りにくい状態の場合である。また,不正確な技のため,相手が投げられるよりも倒れるような状態になったり,技をかけた者が未熟で自分からつぶれたりする場合にも事故を起こしやすい。

・※  事故防止のため,柔道の指導に当たっては,おおよそ以下の点に留意する必要がある。

a 生徒の健康状態を十分観察し,調査する。身体の調子の悪い者などは見学させるなどの指導をする。

b 爪を切る,身体にあった柔道着を着用するなどする。

c 柔道場の安全を確かめる。

d 準備体操や受け身の練習を十分に行わせ,特に受け身については,単独練習だけでなく,技の指導とも関連させた練習を繰り返し行わせることが必要である。

e 基本動作や対人的技能は分節的に練習させて,その要点を十分身に付けさせる。

f 練習中にも,技に関するルールや練習場のマナーを厳守させる。

g 試合は十分な練習の後で行う。

h 正しい防御法についても適切に指導しておく。

i 身体を清潔にし,けがをしたら,ただちに手当をしておく。

j 頭部や腹部を打ったり,腕をねじったりした場合は,できるだけ早く医師の診察を受け,適切な処置をとるようにする。

2  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件合宿以前の原告に対する指導についての過失の有無)について

・※  技能を競い合う格闘技である柔道には,本来的に一定の危険が内在しているから,学校教育としての柔道の指導にあっては,その指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものである。そして,このことは,本件柔道部の活動のように,教育課程に位置付けられてはいないが,学校の教育活動の一環として行われるいわゆる課外のクラブ活動についても,異なるところはないものというべきである(最高裁平成6年・※第1237号同9年9月4日第一小法廷判決・裁判集民事185号63頁参照)。

・※ア 前記・※で説示したとおり,柔道の指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するための一般的な注意義務を負うのであるから,その練習計画においては,指導者は,対象となる生徒の年齢,知能,体力,技能等に応じた適正な実施計画を策定し,生徒に応じた適切な指導を行うべき義務があると解すべきである。

イ  そこで,本件について検討すると,前記1に認定した事実及び前記争いのない事実等によれば,原告は,本件柔道部に入部するまで柔道を全く経験したことのない初心者であったが,一般的に,柔道の学習過程においては,対人的技能や自由練習の前提として,基本動作としての受け身の練習が重視されていること,柔道競技において生じる廃疾や死亡事故の原因として受け身の未熟さが一つの要因としてあげられていることからすれば,指導者は生徒に対し,十分に受け身を習得させる必要がある。また,原告は女子部員であるところ,「柔道指導の手引き」によれば,女子生徒については筋力や瞬発力などが男子に比較して劣るという身体的特徴があることから,受け身を十分練習することが大切であるとされており,特に原告については,他の女子部員と比べても筋力が若干劣っていたことも加味すると,指導者としては,慎重な配慮をし,投げ技をかけられても対応しうるだけの受け身を習得させるように指導することが求められていたというべきである。

ウ・※  これを本件についてみるに,前記1に認定の事実及び前記争いのない事実等によれば,原告は4月24日より選手として練習に参加するようになり,同日から本件合宿に至るまで,少なくとも合計38日間,本件柔道部の練習に参加し,その間,同月24日から6月に至るまで,経験者とは別の初心者用の練習計画に従って練習を行ったものである。そして,受け身の練習に際しては,練習開始から約2か月をかけて,後ろ受け身,横受け身,寝た状態からの受け身,座った状態からの受け身,しゃがんだ状態からの受け身,前受け身,前回り受け身の順に,段階を追って指導がされ,立ち技については入部後1か月がすぎたあたりから,練習に加えられ,その際,立ち技から受け身までの一連の動作としての指導がされたことが認められる。

一般に学校教育の柔道の授業においても,4時間目からは投げ技の指導が行われ,14時間目には大外刈り等の指導も行われることが提案されていることからすれば,原告は受け身について段階をおって指導されており,立ち技の練習については,約25日間の練習を経た上で開始されていることからすると,本件柔道部の初心者用の練習内容及びY1教諭及びY2教諭の原告に対する指導が不適切であったとは言い難い。

・※  そして,確かに,前記1に認定のとおり,原告は中学時代から体育の成績は5段階評価のうちの2又は3であり,筋力等も他の柔道部員に比較して低く,運動能力は必ずしも高かったとはいえず,また,受け身や前転運動の練習に際しても柔道における理想的な形を習得していたとは認められない。しかしながら,Y1教諭らは,原告が他の初心者部員から入部が約2週間ほど遅かったため,立ち技乱取り練習については,他の部員より時期をずらせて開始させており,その際,原告は理想的な形ではないにせよ,証人Y1及び証人Y2によれば,柔道の有段者である同人らから見ても,立ち技乱取り練習に必要な後ろ受け身及び横受け身についてはその練習に必要な程度にはできていたことが認められるのである。また,証人G及び証人Hによれば,受け身が不十分で後頭部を打つことは,原告のみならず,初心者の柔道部員にはしばしば見受けられることであり,練習を重ねるにつれて習得していくものであることからすれば,ことさらに原告についてのみ技量が劣っていたと認めることはできない。また,乙4号証の日誌によれば,原告はむしろ積極的に投げ技を伴う練習に参加していたことが認められるのである。

・※  そうすると,原告に対しては段階に応じた適切な受け身の指導がされていたといえ,同人のもともとの身体的能力を加味しても,本件事故時において,本件合宿において行われた練習に参加するだけの技量を有するまでの能力に応じた受け身の指導がされていなかったとは言い難い。

・※  したがって,Y1教諭及びY2教諭のいずれについても,原告に対する本件合宿前の指導及び原告を本件合宿に参加させたことについて過失はないというべきである。

3  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件合宿中の原告の健康管理についての過失の有無)について

・※  前記2・※に説示したとおり,柔道の指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するための一般的な注意義務を負うところ,指導教諭としては,生徒の健康状態を把握し,それに見合った指導をすることにより,事故の発生を未然に防止すべきであるから,本件柔道部の顧問教諭についても,部員の健康状態を把握し,それに応じた適切な指導をする義務があると解すべきである。

・※  原告は,Y1教諭及びY2教諭が,原告が本件合宿中に,健康状態が悪変したことを認識していたにもかかわらず,漫然とこれを放置し,適切な措置を講じなかったと主張するので,以下判断すると,前記1に認定のとおり,Y1教諭は,原告から7月27日夜及び同月28日朝それぞれ足の痛みを訴えられた際に,患部を冷やしたり,練習への不参加を指示するなどしていたものであるところ,原告は,同月28日又は同月29日,当日の練習中に頭部を打撲するなどして頭蓋内に異変を生じ,その日の夜までに頭痛を生じた可能性が高いものではあるが,前記1に認定の事実によれば,Y1教諭及びY2教諭は,同月28日又は同月29日の練習中に原告が頭部を打撲するなどしたところを見ていなかったのみならず,原告からはもちろん,原告から頭痛の訴えを聞いた本件柔道部の部員からも,原告が頭痛を生じたことを聞いていなかったのであるから,Y1教諭及びY2教諭が,それ以後原告が練習を続行することにより原告に急性硬膜下血腫を生じることを予見することは到底不可能であったというべきであり,したがって,Y1教諭及びY2教諭において原告の同月28日及び同月29日の練習を途中で中止させず(同月30日には,原告は,午前練習のうちの打ち込み練習までしか行わず,それ以後の練習を取り止めたことは,前記1に認定のとおりである。),また,Y2教諭において同月31日午前中,原告に立ち技乱取りの練習への参加を勧めてこれに参加させた上,自らも原告の相手となって立ち技乱取りを行ったことについて,過失はないというべきである。

・※  また,原告は,仮に,Y1教諭及びY2教諭が原告の頭痛を知らなかったとしても,原告の頭痛を知らなかったこと自体が,指導者として生徒の健康状態を把握すべき義務に違反しているとも主張する。

しかしながら,前記1で認定した事実によれば,原告は,2日目以降の練習の際に,練習をしばしば休んでいたことが認められるものの,原告は,本件合宿初日において,Y1教諭に対し足の痛みを報告し,その後も,Y2教諭に対し,足首に貼った湿布薬について相談するなどしていることからすると,原告が練習を理由を言わずに休んだ際に,上記両教諭が足の痛みが原因と理解したとしてもやむを得ないというべきである。また,前記1に認定のとおり,本件柔道部では,通常の練習においても,体調が悪い際には自ら顧問教諭らに申し出ることとなっており,特に言い出しにくい状況にはなかったものであること,原告は,本件合宿中の食事についてもおおよそ通常どおりとっていたこと,4日目の午後を除いては,一部の練習を除きできる範囲で練習に参加していたこと,5日目を除いては,横になって練習を休むことはなかったこと,原告が本件合宿中に数回にわたり原告成年後見人に対してメールを送信する際,足の痛みについては記載しているにもかかわらず,頭痛について触れていないことからすれば,原告の症状が外部から見て分かる程度に重症であったとは窺われず,16歳である原告が自ら頭痛があると申告しない場合にまで,顧問教諭らにおいて体調の異変を疑い,これに応じた処置をすべきであるとは言い難い。したがって,原告の主張は採用できない。

・※  原告は,本件事故発生後にY2教諭がとった措置についても,義務違反があると主張するので,前記1に認定の事実に基づいて判断すると,Y2教諭は,原告と立ち技乱取り練習を行い,原告がうずくまった後,原告を柔道場の外,廊下,管理室,再度廊下へと移動させたものであるが,本件事故発生時,他の生徒は柔道場内で乱取り練習を引き続き行っており,その場にいては危険であると判断し,柔道場の端,さらには廊下へと移動させたことは教諭の判断として適切であったということができる。また,前記1に認定のとおり,本件事故時は7月であり,暑さが厳しい時期であるところ,涼しい場所を求めるべく,原告を廊下から管理室,そして,再度廊下へと移動させ,その間に,原告の帯をゆるめるなどした行為については,その段階での処置としては適切であったと言わざるを得ない。もとより,前記1で認定したとおり,原告が脱力し,明らかに様子が悪変したのは,再度廊下に戻った時点であり,それ以前の段階で,Y2教諭が直ちに原告の頭部内に異変が生じていることまで察知することは困難であったと考えられる。そして,原告が柔道場でうずくまってから,通報するまでの時間も,約10分であることからすれば,Y2教諭が事故直後にとった措置がことさらに不十分であったと言うことはできず,本件事故後のY2教諭の措置について過失を認めることはできない。

・※  以上により,Y1教諭及びY2教諭が,原告の健康状態について把握せず,それに応じた適切な措置を講じなかったということはできず,この点について,原告が主張する注意義務違反は認めることができない。

4  争点・※(Y1教諭又はY2教諭の本件柔道部内における健康管理体制の確立についての過失の有無)について

・※ア 前記1で認定したとおり,本件柔道部においては,生徒からの自主申告に加え,主にY1教諭が,練習前の出欠の確認や,日誌の記載を確認することにより,部員の健康状況等を把握していたものである。他方,本件合宿中においては,Y1教諭は,日誌を使用しなかったものの,部員とともに,A高校の合宿所に宿泊し,練習及び食事等をともにすることによって,部員の健康状態等を把握し,Y2教諭は,昼間の練習及びY1教諭からの口頭での報告によって,部員の状態を把握していたものである上,Y1教諭又はY2教諭が練習に参加できない場合には,練習を休みがちであった生徒については,口頭での申し送りがされていたものである。

イ・※  証拠(証人Y1)によれば,Y1教諭及びY2教諭は,本件合宿前の柔道の練習に関し,これに参加した本件柔道部員に対し,他の部員に体調不良等が認められる者がいた場合には,これを同教諭らに直ちに伝えるようにとの指導まではしていなかったことが認められる。しかしながら,本件柔道部員は,いずれも高校生であり,自らの健康状態について報告できる能力があると認められ,また,本件柔道部においては,体調が悪いときなどに練習を休むことについて,教諭らに対し言い出しにくい状況等は見受けられないこと,練習を休む際には,教諭らから理由を聞くことが多かったことからすれば,体調の悪い部員について他の部員がこれを教諭に報告する体制はとられていなかったとしても,生徒の自己申告による健康状態の把握が,日常の健康管理体制として不十分であったとは認められない。

・※  また,証拠(証人Y1)によれば,Y1教諭及びY2教諭は,本件合宿中の練習に関しても,これに参加した本件柔道部員に対し,他の部員に体調不良等が認められる者がいた場合には,これを同教諭らに直ちに伝えるようにとの指導まではしていなかったことが認められるところ,原告が7月28日又は同月29日の夜,GやHに対し,頭痛を訴えていたことは,前記1に認定のとおりである。しかしながら,前記1に認定の同月29日以降の原告の参加状況等に照らすと,Y1教諭及びY2教諭が,GやHから直ちにその旨の報告を受けたとしても,原告がその後も練習を続行することにより原告に急性硬膜下血腫を生じることをその時点で予見し,これに基づいて原告をして一切の練習を中止させ,もって原告の急性硬膜下血腫の発症を回避することができたとまでは認められない。

次に,前記1に認定の事実によれば,本件合宿中,Y1教諭又はY2教諭のいずれかが練習に参加し,Y1教諭については部員らと食事や宿泊をともにしており,部員が自分の体調に異変が生じた場合に,そのことを教諭らに伝えづらい状況にあったとは言い難く,現に原告以外の他の部員においても前記1に認定のとおり,練習中に自分の体調に合わせて休憩をとるなどしていたことが認められる。他方で,証拠(証人Y1)によれば,同教諭らは,休憩をとっている部員に対して,体調や練習への参加の可能性等を練習の合間を見て声をかけるなどしていたことが認められ,同教諭らが,部員の健康に注意を払わなかったとは言い難い。また,証拠(証人Y2)によれば,具体的な内容までは特定できないものの,両教諭は,少なくともどの部員が練習を休みがちであるかという点については双方で報告しあっていたことが認められるほか,前記1に認定のとおり,Y1教諭は7月31日にY2教諭に対し,前日部員の一人が骨折したことを伝えており,両教諭の間に健康管理についての連携関係がなかったともいえない。

・※  したがって,本件柔道部内の健康管理体制が不十分であるとはいえず,Y1教諭及びY2教諭のこの点についての注意義務違反は認められない。

5  争点・※(Y3校長の過失の有無)について

Y3校長は,Z高校の最高責任者であり,部活動の指導監督について,指導担当教諭等に適切な指導及び助言を与え,同活動に参加する生徒の生命身体の安全を図る注意義務があるというべきであるが,本件全証拠によっても,Y3校長が,Y1教諭及びY2教諭に対し,指導及び助言を怠り,上記注意義務に違反したことを肯認すべき事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって,本件事故の発生について,同人に過失は認められないというべきである。

6  以上のとおり,本件事故の発生について,Y1教諭,Y2教諭及びY3校長のいずれについても過失が認められず,被告は同人らの行為について原告に対し責任を負わないから,その余の争点については判断を要しない。

第4以上の次第で,原告の請求は,理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田眞 裁判官 瀬戸口壯夫 裁判官 清水亜希)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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