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さいたま地方裁判所 平成16年(行ウ)29号 判決 2005年12月14日

原告 甲

同訴訟代理人弁護士 松下勝憲

被告 川越税務署長

小林義夫

同指定代理人 小谷淳治

櫻井保晴

池上照代

柴野喜一郎

中村伸治

柴田道

樫村好則

加藤道子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が平成14年10月31日付けで行った原告に対する平成11年1月5日相続開始に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、課税価格2億8318万7000円、納付すべき税額4535万6100円、過少申告加算税9万6000円を超える部分の取消しを求める。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、平成11年1月5日に死亡した乙(以下「被相続人」という。)の相続人である原告が、上記相続(以下「本件相続」という。)開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告をしたところ、被告から更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、併せて「本件課税処分」ということがある。)を受けたため、本件課税処分については、被相続人は、有限会社A(以下「A」という。)に対する貸金債権5393万9814円を実際には有しておらず、仮に被相続人が同貸金債権を有していたとしても、被相続人は原告に対し1350万円の不当利得返還義務を負っているにもかかわらず、その額を債務として算入せずに税額の計算をしており、違法なものであるなどと主張して、本件課税処分の取消しを求めた事案である。

主な争点は、①被相続人はAに対する5393万9814円の貸金債権を有していたかどうか、②被相続人は原告に1350万円の不当利得返還義務を負っていたかどうかである。

2  法令の定め

相続税法2条1項(平成15年法律第8号改正前のもの。以下同じ。)は、相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するものについては、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課すると定めている。

3  基本的事実関係(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)

(1)  法定相続人等

ア 被相続人の法定相続人は、原告(昭和21年6月30日生)、丙(昭和19年2月25日生)、丁(昭和23年8月1日生)の3名(法定相続分各3分の1)である。

イ Aは、不動産の売買及び仲介等を業とする有限会社であり、その代表取締役は、平成11年1月5日以前は被相続人が務め、平成11年8月2日以降は原告が務めている。原告は、Aが設立された昭和47年から上記平成11年8月2日まではAの監査役の地位にあった。

(2)  相続税の申告

原告は、平成11年11月5日、本件相続税について、別表1の「当初申告」欄記載のとおり、申告した。

(3)  本件課税処分

被告は、平成14年10月31日付けで、原告に対し、別表1の「更正処分」欄記載のとおり、更正処分(本件更正処分)及び過少申告加算税の賦課決定処分(本件賦課決定処分)をした。

(4)  不服申立て等

原告は、平成14年12月27日、被告に対し、本件課税処分を不服として、異議申立てを行ったが、被告は、平成15年3月27日付けで、上記異議申立てを棄却した。

さらに、原告は、平成15年4月24日、国税不服審判所長に審査請求を行ったが、国税不服審判所長は、平成16年4月15日付けで、上記審査請求を棄却した。

そこで、原告は、平成16年7月15日、本件訴えを提起した。

4  被告が主張する原告の相続税額等

被告が本件訴えにおいて主張する原告の納付すべき税額の算出過程、算出根拠等は次のとおりである。原告は、このうち被相続人の債務額及びAに対する貸付金が相続財産であること並びにこのことを前提とする部分について争うものであり、その余の数額又は計算関係については争っていない。

(1)  相続税額

ア 相続税の課税価格(別表2順号⑩の「合計額」欄の金額) 3億3712万6000円

上記金額は、次の(ア)記載の金額(本件相続により取得した財産の総額)から、

(イ) 記載の金額(控除すべき債務等の金額)を控除した金額(ただし、国税通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(ア) 本件相続により取得した財産の総額(別表2順号⑥の「合計額」欄の金額)3億4240万5064円

上記金額は、原告、丙及び丁(以下「訴外相続人ら」という。)が本件相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。

a 土地の価額(別表2順号①の「合計額」欄の金額) 2億6218万1150円

b 家屋の価額(別表2順号②の「合計額」欄の金額) 179万8875円

c 有価証券の価額(別表2順号③の「合計額」欄の金額) 12万2000円

d 現金・預貯金の価額(別表2順号④の「合計額」欄の金額) 2424万6925円

e その他の財産の価額(別表2順号⑤の「合計額」欄の金額) 5405万6114円

上記金額は、原告及び訴外相続人らが被告に対し平成11年11月5日に提出した本件相続に係る相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)に記載された所得税還付税額11万6300円にAに対する被相続人の貸付金(以下「本件貸付金」という。)5393万9814円を加算した金額である。

(イ) 控除すべき債務等の金額(別表2順号⑨の「合計額」欄の金額) 527万8223円

上記金額は、相続税法13条及び14条の規定により、原告及び訴外相続人らが本件相続により取得した財産の価額の合計額から控除すべき債務等の合計額であり、その内訳は次のとおりである。

a 債務の金額(別表2順号⑦の「合計額」欄の金額) 18万1911円

b 葬式費用の金額(別表2順号⑧の「合計額」欄の金額) 509万6312円

イ 相続税の総額(別表3順号7の「合計額」欄の金額) 6153万7200円

上記の金額は、相続税法15条ないし17条の各規定により、次のとおり算出したものである。

(ア) 相続税の課税価格(別表3順号1の「合計額」欄の金額) 3億3712万6000円

(イ) 遺産に係る基礎控除(別表3順号2の「合計額」欄の金額) 8000万円

上記金額は、相続税の課税価格の合計から控除すべき基礎控除額であり、相続税法15条の規定により、5000万円と1000万円に本件被相続人の法定相続人(原告、丙及び丁)の数である3を乗じて算出した3000万円との合計額である。

(ウ) 課税遺産総額(別表3順号3の「合計額」欄の金額) 2億5712万6000円

上記金額は、前記(ア)の金額から前記(イ)の金額を控除した金額である。

(エ) 法定相続分に応じた各取得金額(別表3順号5の各人の金額)

a 原告         (法定相続分3分の1) 8570万8000円

b 丙          (法定相続分3分の1) 8570万8000円

c 丁          (法定相続分3分の1) 8570万8000円

上記aないしcの各金額は、相続税法16条の規定により、原告及び訴外相続人らが前記(ウ)の金額を法定相続分に応じて取得したものとした場合の金額であり、前記(ウ)の金額に、原告及び訴外相続人らの法定相続分の割合をそれぞれ乗じて算出した金額(ただし、相続税法基本通達(昭和34年1月28日付け直資10による(エ)税庁長官通達(以下「本件基本通達」という。)16-3の取扱いにより、各相続人ごとに1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(オ) 相続税の総額の基礎となる税額(別表3順号6の各人の金額)

a 原告                     2051万2400円

b 丙                      2051万2400円

c 丁                      2051万2400円

上記aないしcの各金額は、前記(エ)のaないしcの各金額に、それぞれ相続税法16条に規定する税率を適用して、それぞれ算出した金額である。

(カ) 相続税の総額(別表3順号7の「合計額」欄の金額)  6153万7200円

上記の金額は、前記(オ)のaないしcの各金額の合計額である。

ウ 租税特別措置法(平成12年法律第13号改正前のもの)70条の6(農地等についての相続税の納税猶予等)の規定による相続税の特例課税価格の合計額(別表3順号8「合計額」欄の金額) 2億4296万8000円

原告は、本件相続税の申告において、租税特別措置法70条の6の規定の適用を受けているところ、上記金額は、次の(ア)記載の金額[本件相続により取得した財産のうち、納税猶予の適用を受ける農地等(以下「特例農地等」という。)について農業投資価格により計算した価額]から(イ)記載の金額(控除すべき債務等の金額)を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)の合計額である。

(ア) 特例農地等の農業投資価格による価額(別表2順号⑪の「合計額」欄の金額) 2億4824万7130円

上記金額は別表2順号⑪「合計額」欄の金額であり、次のd記載の金額からc記載の金額を控除した金額である。

a 特例農地等の通常価額(別表4順号①の金額) 9978万5244円

b 特例農地等の農業投資価格による価額(別表4順号②の金額) 562万7310円

c 農業投資価格超過額(別表4順号③の金額) 9415万7934円

d 通常価額により計算した取得財産の価額(別表2順号⑥の金額) 3億4240万5064円

(イ) 控除すべき債務等の金額(別表2順号⑨の金額) 527万8223円

エ 原告及び訴外相続人らの、租税特別措置法70条の6の規定の適用を受けた場合の納付すべき相続税額(別表3順号22「合計額」欄の金額) 6153万7200円

上記金額は、租税特別措置法70条の6第2項の規定により、次のとおり算出したものである。

(ア) 原告及び訴外相続人らの特例課税価格の合計額(別表3順号8の「合計額」欄の金額) 2億4296万8000円

(イ) 遺産に係る基礎控除(別表3順号9の「合計額」欄の金額) 8000万円

(ウ) 特例課税遺産総額(別表3順号10の「合計額」欄の金額) 1億6296万8000円

(エ) 法定相続分に応じた各取得金額(別表3順号12の各人の金額)

a 原告        (法定相続分3分の1) 5432万2000円

b 丙         (法定相続分3分の1) 5432万2000円

c 丁         (法定相続分3分の1) 5432万2000円

上記aないしcの各金額は、相続税法16条の規定により、原告及び訴外相続人らが前記(ウ)の金額を法定相続分に応じて取得したものとした場合の金額であり、前記(ウ)の金額に、原告及び訴外相続人らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出した金額(ただし、本件基本通達16-3の取扱いにより、各人ごとに1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(オ) 特例相続税の総額の基礎となる税額(別表3順号13の各人ごとの金額)

a 原告                     1109万6600円

b 丙                      1109万6600円

c 丁                      1109万6600円

上記aないしcの各金額は、前記(エ)のaないしcの各金額に、それぞれ相続税法16条に規定する税率を適用して、それぞれ算出した金額である。

(カ) 特例相続税の総額(別表3順号14の「合計額」欄の金額) 3328万9800円

上記の金額は、前記(オ)のaないしcの各金額の合計額である。

(キ) 原告の算出相続税額(別表3順号21の原告に係る金額) 6153万7200円

上記の金額は、次のa記載の金額とb記載の金額との合計額である。

a 特例課税価格により計算した算出相続税額(別表3順号16の原告の金額) 3328万9800円

上記の金額は、別表3順号8の原告に係る特例課税価格の金額を別表3順号8の合計額欄の金額で除した割合を前記(カ)の金額に乗じて算出した金額である。

b 相続税の総額の差額(別表3順号17の「合計額」欄の金額) 2824万7400円

上記金額は、前記イ(カ)の金額から前記エ(カ)の金額を差し引いた金額である。

(ク) 訴外相続人らの算出相続税額(別表3順号16の各人の金額)

a 丙                              0円

b 丁                              0円

上記の各金額は、別表3順号1の訴外相続人らに係る課税価格の各金額を別表3順号8の合計額欄の金額で除した割合)を前記(カ)の金額に乗じて算出した金額である。

(ケ) 原告及び訴外相続人らの納付すべき各相続税額(別表3順号22の各人ごとの金額)

a 原告                     6153万7200円

b 丙                              0円

c 丁                              0円

上記aないしcの各金額は、前記(キ)及び(ク)の金額である。

オ 原告の納税猶予税額(別表3順号23「原告」欄の金額) 2619万8900円

上記の金額は、原則として相続税の総額の差額(前記(キ)bの金額)であるが、納税猶予の特例は租税特別措置法70条の6第1項により期限内申告に限って適用されるため、納税猶予税額は本件相続税の申告書(甲1)に記載された金額となる。

(2)  過少申告加算税の額

過少申告加算税の額は、本件更正処分によって原告が新たに納付すべきこととなった相続税額1714万円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、国税通則法65条1項の規定により、100分の10の割合を乗じて算出した171万4000円となる。

5  争点に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 争点①(被相続人は、Aに5393万9814円の貸金債権を有していたかどうか)について

Aの決算書には、相続開始日現在、同会社が被相続人に対し約5393万円の短期借入金債務を負担している記載があるが、真実は、これは原告が所有していた群馬県吾妻郡の不動産(以下「本件嬬恋物件」という。)を平成3年4月に売却して得た収入の一部を、被相続人名義でAに借金返済のため貸し付けたものである。被相続人は、平成3年前後に数千万円もの金員をAに貸し付けるだけの財産もなく、売却し得る資産もなかった。

イ 争点②(被相続人は、原告に1350万円の不当利得返還義務を負っていたかどうか)について

(ア) 原告名義で昭和62年から63年にかけてB信用金庫に対する700万円(甲11)及び300万円(甲10)の借入れの申込みがなされているが、この2通の借入申込書の署名は、原告の筆跡ではなく被相続人の筆跡である。また、普通預金取引印鑑票(甲12)の署名も、原告の筆跡ではなく、被相続人の筆跡であり、同書面の印鑑も原告の印鑑ではない。いずれも原告が知らないうちになされたものである。

融資元帳残高一覧表(甲13)及び普通預金元帳(前同)によると平成3年6月3日まで1000万円が借入継続され、同月返済されたことになっているが、原告は関係していない。

(イ) ところで、原告名義の群馬県吾妻郡の土地(本件嬬恋物件)の売却については原告は全く関与しておらず、その売却金の管理は被相続人がしていたものとみられるところ、定期預金残高一覧(甲14)をみると、甲名義での様々な取引がなされているが、原告名義が突出してその額が大きく、被相続人は、原告の本件嬬恋物件の売却代金を定期に積み、短期借入れを続けていたと推測される。

(ウ) 以上からすれば、原告名義の普通預金(甲13)に入金されている2943万8004円は、本件嬬恋物件の売却代金の一部であり、その一部で、被相続人は原告名義で借り入れた1000万円を支払ったこととなる。

(エ) したがって、被相続人は原告に対して元金1000万円の不当利得返還義務を負った状態で死亡したのであり、平成3年6月3日から平成11年1月5日まで年5分の割合による利息(35%)を加算した1350万円の不当利得返還義務が本件相続時点で存在したことになる。

(2)  被告の主張

ア 争点①(被相続人は、Aに5393万9814円の貸金債権を有していたかどうか)について

(ア) 法人税の確定申告が法人の確定した決算に基づいて行われること各事業年度の所得の金額に対する法人税の確定申告書は、法人の確定した決算に基づいて、各事業年度の所得の金額、それに対応する法人税額及びその他の法定事項を記載して税務署長に提出しなければならないとされており(法人税法74条1項)、その申告書には当該事業年度の貸借対照表、損益計算書、損益金の処分表、勘定科目内訳明細書等を添付しなければならないとされている(同条2項、同法施行規則35条)。

そして、有限会社法46条、商法283条1項によれば、取締役は毎決算期に貸借対照表等の計算書類を定時総会に提出してその承認を得なければならないとされていることから、法人の確定した決算とは、同法の規定に基づいて総会の承認を得た決算であり、その信用性は高いものというべきである。

(イ) Aの本件貸付金にかかる決算について

Aは、確定した決算に基づいて各事業年度の法人税の確定申告書を作成して附属書類と共に被告に提出していることが認められるが、本件貸付金は、Aの総勘定元帳の短期借入金勘定において、被相続人からの借入金として本件貸付金の発生以降、本件相続開始に至るまで、その増加額と減少額が継続して記帳されている(乙9別添2)。そして、各事業年度末における当該残高は、Aの法人税の申告書に添付された決算報告書(乙1ないし5、決算報告書の中の諸勘定内訳書と題する明細書の負債の部「短期借入金」参照)において計上されている被相続人からの短期借入金の額と一致している(なお、当該借入金は、平成11年9月1日付けで被相続人名義から原告名義に「相続」を原因とした勘定の付替えが行われ消滅している(乙9別添2の最終項中段参照))。

(ウ) 原告がAの決算に関与していたこと

ところで、原告は、昭和47年12月21日のA設立時に同社の監査役に就任し、被相続人死亡後の平成11年8月2日には、同社の代表取締役に就任し(乙10の1ないし3)ているから、原告は、Aの設立当初から常に同社の役員の地位にあり、同社の確定した決算に関わりを持ち、その内容を了知し得る立場にあった。

原告の上記立場に照らせば、原告は、仮に本件貸付金が被相続人からの借入れによるものではなく、原告自身の貸付けによるものであったとすれば、本件貸付金に係るAの決算に対し、いつでも異議を述べ、決算修正を行うことが可能であったはずであるが、原告は異議を述べることなく、本件貸付金に対応するAの借入金の相手方が被相続人であるとする内容の各計算書を承認し、原告自身、当該借入金が被相続人からのものであるとの内容の確定申告がなされることに承諾を与えていたものである。

とすれば、Aの各計算書の信用性は高い。

(エ) 本件貸付金の原資について

原告は、本件嬬恋物件売却代金が本件貸付金の原資となった旨主張するもののようであるが、本件貸付金の額は総額5393万9814円である。

しかし、本件嬬恋物件売却代金の使途については、原告が異議申立てに係る調査時に被告に提出した平成4年分の譲渡資産などの内訳書の控え(以下「本件内訳書控え」という。乙8)及び原告の同年分の財産及び債務の明細書の控え(以下「本件明細書控え」という。乙7)によれば、一応、本件嬬恋物件売却代金の一部である1750万円については、原告がAに貸し付けたものと認められるものの、その額が、本件貸付金の上記総額に足りないことはもとより、これに対応するAの総勘定元帳の平成4年12月末時点(原告の所得税の申告は暦年で行われることからこれに合わせた時点)における原告名義の借入金勘定の残高は、1765万2992円であり(このうち、本件嬬恋物件売却代金を原告が受領した日以降のものは、平成3年3月7日の50万円を引いた1715万2992円である。乙9別添2参照)、この金額が原告がAに貸し付けたとする上記1750万円に概ね見合っていることに照らせば、本件嬬恋物件売却代金が平成3年4月25日以降の原告からAに対する貸付金の原資になったということはできても、本件貸付金の原資になったということはできない。

要するに、本件嬬恋物件売却代金は、Aの経理上、本件貸付金とは別に、原告からの借入金として認識され、総勘定元帳に計上されているのであるから(乙9別添2)、本件貸付金とは別であることは明白であり、結局、Aが総勘定元帳の短期借入金勘定に記載する相手方は、実際に資金の提供を受けた者を記載しているものと認められるのであるから、本件貸付金は、被相続人がAに貸し付けたものである。

(オ) 相続税の課税物件について

以上のとおり、本件貸付金の債権者は、被相続人と認められるべきであり、これが相続財産に含まれることは明らかである。すなわち、相続税法2条1項は、相続又は遺贈(贈与者の死亡に因り効力を生ずる贈与を含む。)に因り財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するものについては、その者が相続又は遺贈に因り取得した財産の全部に対し、相続税を課する旨規定しているところ、相続税の課税物件は、相続又は遺贈によって取得した財産であり、これを相続財産というが、相続財産には、財産権の対象となる一切の物及び権利が含まれ、動産・不動産はもとより、特許権・著作権等の無体財産権、鉱業権・漁業権等の営業上の権利、私法上・公法上の各種の債権等、経済的価値に対する支配権が広く相続税の課税対象となる(金子宏「租税法(第9版)」440頁参照)から、本件貸付金が相続財産であることは明らかである。

したがって、原告が被相続人のAに対する貸付債権を相続した以上、これに課税されるのは当然である。

イ 争点②(被相続人は、原告に1350万円の不当利得返還義務を負っていたかどうか)について原告の主張を争う。

第3当裁判所の判断

1  争点①(被相続人は、Aに5393万9814円の貸金債権を有していたかどうか)について

証拠(乙1ないし5、9)及び弁論の全趣旨によれば、Aの総勘定元帳には、平成3年ころから相続開始時まで本件貸付金について被相続人からの借入金として記帳されており、上記総勘定元帳の被相続人からの短期借入金の残高は、Aの決算報告書の短期借入金の額と一致していることが認められ、本件貸付金はAの経理上被相続人からの借入金と扱われていることは明らかである。そして、原告は昭和47年から平成11年8月2日までAの監査役を務めており、各事業年度末の被相続人名義の短期借入金の残高がいくらであるか十分知悉していたはずである。また、原告が所有していた本件嬬恋物件の売却代金の使途については、後記のとおり原告自身が矛盾なく税務当局に説明しており、被相続人が、真実債権者でもないのに、被相続人の名で、本件嬬恋物件の売却金の一部をAに金員を貸し付けたことにしなければならなかった事情は何ら窺うことはできない。その他本件貸付金について原告が貸し付けたものであることを窺わせる証拠もない。そうすると、本件貸付金は被相続人からAに貸し付けたものと認めるのが相当である。

したがって、原告の上記主張については理由がない。

2  争点②(被相続人は、原告に1350万円の不当利得返還義務を負っていたかどうか)について

(1)  ア原告の主張は、要するに、被相続人が、いずれも原告に無断で、原告名義の関係書類を作成し、同名義で1000万円を借り入れ、原告が所有していた本件嬬恋物件を売り払い、その売却代金(1億1570万円)から上記1000万円の返済を行ったものであるから、被相続人は原告に対し1000万円及びその利息分の不当利得返還義務を負っているとするものである。

イ しかしながら、証拠(甲10、11、13、乙6、8)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成4年分の所得税について、本件嬬恋物件の売却による所得について分離課税の所得と明記して確定申告を行ったこと(乙6)、原告は、本件嬬恋物件の譲渡代金について、各種借入金の返済やAに対する貸付け(1750万円)等に使用した旨を記載した「譲渡資産などの内訳書」と題する書面を被告に対し提出したこと(乙8)、昭和62年12月と昭和63年9月に申込人欄に原告の署名押印がなされているB信用金庫笠幡支店宛の借入申込書2通(合計1000万円。甲10、11。なお、連帯保証人欄は被相続人の署名押印がなされている。)が作成され、上記借入金合計1000万円について平成3年6月3日に返済されたことの各事実が認められる。

ところで、課税庁に提出する確定申告書や「譲渡資産などの内訳書」などの書面は公的な書類であって、原告の署名や押印がなされている以上他人が全くの無権限で作成することは通常想定し難いものであって、上記確定申告書(乙6)や「譲渡資産などの内訳書」(乙8)の記載内容からすれば、原告は本件嬬恋物件の売却の事実やその売却代金の使途などを把握した上で確定申告をし、また、被告への書面の提出を行ったと認めるほかない。そして、上記「譲渡資産などの内訳書」には、本件嬬恋物件の売却代金のうち1000万円についてB信用金庫笠幡支店の借入金返済に充てたことが記載されていることに加え、上述したように原告名義でB信用金庫笠幡支店からの1000万円の借入れがなされていることも併せて考えれば、原告が自らの借入れの返済のために本件嬬恋物件の売却代金の一部を充てたと認めるのが相当であり、被相続人が本件嬬恋物件の売却代金のうち1000万円を不当に利得したものとみることはできない。

(2)  これに対し、原告は、本件嬬恋物件の売却、売却金の管理、B信用金庫笠幡支店から借入れ等の手続は全く知らず、被相続人が原告に無断でやっていたものと主張し、これに沿う証拠として甲9、15の聴取書を提出する。

そして、甲9(原告代理人作成の聴取書)中には、被相続人が家族の印鑑などをすべて管理し、公私にわたる資金管理を独断で行っていた、年齢的にも若く、安定した収入のある原告を利用して原告名義の銀行借入れを何度もしていた、署名捺印などもすべて被相続人が行っていた旨、また、乙6ないし8の各書証も被相続人が独断で作成した旨の記載がある。しかし、甲9の3項では、本件嬬恋物件の売却自体については、原告が、資金繰りに困っていた被相続人から頼まれて原告も承諾し、必要な金額に相当する土地を売却したことを認める記載となっている。

これによれば、土地の売却自体は原告も了承していたことであって、経験則上、広大な本件嬬恋物件を売却した場合に税務処理関係で種々の手続を要することは容易に推測可能であり、仮に乙6ないし8の各内容を原告が知らなかったとしても、これは要するに原告が全面的にその作成を被相続人に依頼したことの証左とみるべきものである〔しかも、乙6ないし8作成当時齢74歳前後の被相続人が、同45歳(原告。妻子あり)あるいは同47歳(訴外丙)の家族の印鑑などすべてを管理していたなどは一般には想定し難く、また、原告の年齢や勤務先(株式会社C)の業種・業態及び給料収入金額(973万円)から推測される勤務先内部での地位等からすると、土地売買による種々の手続の必要性は十分承知していたとみるべきであり、いかに実父であれ、この種の手続を全面的に任せ、当人が全く知らなかったなどの主張も到底採用し難い。〕。

すなわち、その詳細を原告が知っていたか否かにかかわらず、乙6ないし8の各記載内容が究極的には原告の意思に基づく点は揺るぎないといわなければならない。

そして、これらによると、原告が、昭和61年12月1日に578万5000円で購入した本件嬬恋物件について、平成3年4月12日、高松市のD株式会社との間で売買代金を1億1570万円とする売買契約をし、同日にその一部2300万円を、同年5月22日に残9270万円を受領したこと、受領した代金の一部をB信用金庫笠幡支店からの借入金1000万円の支払にあて、その他、合計4200万円の定期預金をし、1200万円で乗用車を購入するなどしたこと(乙8)、上記譲渡代金から取得費、譲渡費用及び特別控除額を控除した1億0541万5000円を長期譲渡所得とし、納税額を3169万4500円とする確定申告をしたこと(乙6)の各事実を認めることができる。

なお、原告の主張を裏付けると目される証拠としては、上述の甲9のほか、甲15(原告代理人作成の電話聴取書)もあり、甲10ないし12の書類中の原告の署名・押印は被相続人の筆跡及び被相続人の保有していた印鑑であり、甲10ないし12の作成と原告とは無関係である旨の記載が存する。しかし、上述のとおり、原告が、その意思に基づいて、本件嬬恋物件を売却し、その売却代金の一部をB信用金庫笠幡支店からの借入金1000万円の支払に充てたことが優に認められるのであるから、仮に、甲15記載のとおりであったとしても、それは手続を原告が被相続人に行わせたに過ぎず、そのこと自体上記借入れについて原告が関知していないことの証拠となるものではない。

(3)  さらに、原告は、甲14の「定期預金残高一覧表」の記載のうち原告名義の残高が大きいことをもって、被相続人が本件嬬恋物件の売却代金を積み立てたことが推測できるとするが、甲14の記載からは、直ちに被相続人が本件嬬恋物件の売却代金などを原告名義で積み立てていたことまでは推認できず、その他被相続人が本件嬬恋物件の売却代金を原告名義で積み立てていたことを認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告の主張は理由がない。

3  まとめ

以上のとおりであり、本件貸付金が相続財産ではないということもできないし、被相続人が原告に1350万円の不当利得返還義務を負っていたということもできず、結局原告の主張は理由がない。

そうすると、その他本件相続に係る原告の相続税の額について被告の算定には違算がないと認められ、原告の納付すべき税額は被告の本件更正処分の額と同額であるから、本件更正処分は適法である。また、本件更正処分を前提として計算した過少申告加算税についての被告の算定にも違算がないと認められ、原告の過少申告加算税の額は被告の本件賦課決定処分の額と同額であるから、本件賦課決定処分は適法である。

第4結論

以上の次第であり、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 裁判官 松村一成)

別表1

本件課税処分の経緯

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別表2

課税価格等の計算明細表

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別表3

税額算出表

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別表4

納税猶予の適用を受ける農地等の明細書

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