さいたま地方裁判所 平成17年(わ)2号 判決 2007年3月23日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中500日をその刑に算入する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,
第1 金品を窃取しようと企て,平成16年11月18日午前4時30分ころ,a市b区cの株式会社AⅠ店舗の南西側入口専用自動ドアを所携の金づちで叩き割り,もって建造物を損壊した上(損害額10万2060円相当),その損壊箇所から同店店長dが看守する同店舗内に侵入し,そのころ,同所において,同人管理のボストンバッグ1個ほか7点(販売価格合計5万8953円)を窃取し,
第2 平成15年夏ころにBと知り合って同人と交際するようになり,同人の実家で共に生活をすることもあったが,平成16年9月ころ自殺未遂騒動を起こして同人の父親から実家を出るように言われ,これを恨んで,上記Bの実家に対し玄関ドアにマヨネーズをかけるなどの嫌がらせを繰り返すうち,同人と会えず,また連絡も取れないようになって苛立ちを募らせ,これを晴らそうと考え,
1 同市e区fの株式会社Cに放火しようと企て,同年12月13日午後6時40分ころ,同店1階南東側女子トイレにおいて,所携のジャンパー(平成17年押第126号の1はその一部)を同所北西側個室トイレの床に置いてこれに火を放ち,現に同店総務課長gら多数名がいる同店店舗(鉄筋コンクリート造陸屋根5階建,床面積合計3万3393.63平方メートル)を焼損しようとしたが,間もなく客に発見されて同店従業員らに消し止められたため,上記個室の東側片開き戸及び南側仕切り板をくん焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げず,
2 再び上記株式会社Cに放火しようと企て,同日午後7時10分ころ,同店2階南東側女子トイレにおいて,予め灯油を染み込ませておいた所携の紙を同所南東側個室トイレの床に置いてこれに火を放ち,現に上記gら多数名がいる同店店舗を焼損しようとしたが,間もなく客に発見されて消し止められたため,上記個室の北側仕切り板をくん焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げず,
3 上記Bと会えない苛立ちを晴らすとともに,火災の混乱に乗じて商品を窃取しようとも考え,同市h区iの株式会社AⅡに放火しようと企て,同日午後8時15分ころ,同店北西側寝具売場において,同所陳列棚に置かれたビニールケース入りの布団及びクッションにそれぞれ火を放ち,その火を同店内に陳列された多数の商品を経て同店店舗に燃え移らせ,よって,現に同店副店長jら数十名がいる同店舗1棟(鉄骨造陸屋根平家建,床面積2189.68平方メートル)を全焼させて焼損し,
4 同日午後8時16分ころ,上記3の火災の混乱に乗じ,上記株式会社AⅡにおいて,同店店長k管理のCDラジオカセットレコーダー1台(同押号の4)ほか2点(販売価格合計1万2270円。同押号の10のパーカー上下を含む)を窃取し,
5 上記Bと会えない苛立ちを晴らすとともに,前記第1の建造物損壊,建造物侵入,窃盗事件について,上記株式会社AⅠから損害賠償金を請求されたことに不満を感じ,同店に放火しようと企て,同日午後10時34分ころ,同店西側アパレル売場において,予め灯油を染みこませ,ビニール袋(同押号の3はその一部)に入れておいた所携のトイレットペーパー(同押号の2はその一部)を同所陳列棚に掛けられた衣料品の上に置いてこれに火を放ち,現に上記dら数十名がいる同店店舗(鉄骨造陸屋根平家建,床面積2614.85平方メートル)を焼損しようとしたが,客らに発見されて同店従業員らが消火に当たり,また,同店天井に設置されたスプリンクラーが作動し消し止められたため,衣料品等約218点を燃焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げず,
6 上記5と同様に考え,また,火災の混乱に乗じて商品を窃取しようとも考え,再び上記株式会社AⅠに放火しようと企て,同月15日午後3時5分ころ,同店中央寝具売場において,予めガソリンを染み込ませておいた所携のタオル(同押号の6はその一部)等を同所陳列棚に置かれたビニール袋入りの毛布の上に置いてこれに火を放ち,現に同店従業員lら数十名がいる同店店舗を焼損しようとしたが,間もなく客に発見されて同店警備員らに消し止められたため,毛布等57点を燃焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げず,
7 同日午後3時8分ころ,上記6の火災の混乱に乗じ,上記株式会社AⅠにおいて,上記d管理の腕時計2個ほか1点(販売価格合計52万4895円)及び買物かご1個(時価800円相当)を窃取し,
8 上記3と同様に考え,同市m区nの株式会社Dに放火しようと企て,同日午後5時40分ころ,同店1階北東側女子トイレにおいて,紙に火を放ち,現に同店オペレーション統括マネージャーoら多数名がいる同店店舗(鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付4階建,床面積合計2万6480.10平方メートル)を焼損しようとしたが,間もなく同店従業員に発見されて消し止められたため,上記トイレ内北側便所部分の南側パネル扉及び南側仕切り板等をくん焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げず,
9 同日午後6時ころ,上記8の火災の混乱に乗じ,上記株式会社Dにおいて,同店店長p管理の毛布1枚(販売価格4900円)を窃取し,
10 再び上記株式会社Cに放火しようと企て,同日午後6時50分ころ,同店1階南東側女子トイレにおいて,予めガソリンを染み込ませ,ビニール袋に入れておいた所携のティッシュペーパーを同所北東側個室トイレの床に置いてこれに火を放ち,現に上記gら多数名がいる同店店舗を焼損しようとしたが,間もなく客に発見されて同店従業員らに消し止められたため,上記個室の北側仕切り板をくん焼させるなどしたにとどまり,その目的を遂げなかった。
【証拠の標目】
(省略)
【事実認定の補足説明】
第1本件の争点等
弁護人は,(1)判示第1の建造物損壊,建造物侵入,窃盗の事実について,「全て争う」と,(2)判示第2の1ないし3,5,6,8及び10の各現住建造物等放火未遂,同放火の事実について,いずれも,「被告人が放火行為を行ったことを争う」などと,(3)判示第2の4,7及び9の各窃盗の事実について,「被告人が窃盗行為を行ったこと又は窃盗の故意を争う」などとそれぞれ主張し,被告人も公判でこれに沿う供述をする。
そこで,上記の順に,被告人が各犯罪事実を行ったか否か等について検討する。
なお,判示第2の各事実については,被告人の捜査段階における自白調書が存するが,うち1ないし3,5,6,8及び10の各現住建造物等放火未遂,同放火の事実について,まず,同自白を除くその他の証拠によってそれぞれ検討し,次いで,同自白の信用性等について検討した上,総合的な判断を行い,さらに,その余の4,7,9の各窃盗の事実についても判断を行うこととする。ちなみに,判示第2の各犯行は,平成16年12月13日又は同月15日に行われており,両日については,以下,13日又は15日とのみ示す。
また,被害現場となった各店舗の名称については,株式会社CをC,株式会社AⅡをAⅡ,株式会社AⅠをAⅠ,株式会社DをDとそれぞれ表記する。
第2判示第1の事実(AⅠ建造物侵入及び窃盗等)について
1 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次の各事実が認められる。
(1) AⅠの状況
被害現場である同店は,南北に長い平家建の店舗で,その南側西寄りに入口用,同中央付近に出口用の2か所の自動ドアがある。店内には南北に長い通路が2本走り,西寄りの通路は入口専用自動ドアに,東寄りの通路は出口専用自動ドアにそれぞれつながっている。
同店の営業時間は午前10時から午後11時までで,平成16年11月18日は午前4時までに全従業員が退店していた。
(2) 被告人の現行犯逮捕
同日午前4時30分ころ,AⅠの店内のセンサーが反応して警備会社が異常発報を覚知した。110番通報を受けてEが同店に臨場し,同日午前4時45分ころ,店内にいた被告人を建造物侵入,窃盗の現行犯人として逮捕した。
逮捕された際,被告人は,「A」と記載のある買物かごに,いずれもAⅠの商品であるボストンバッグ1個,スウェット上下1着,電動歯ブラシ1個,自動車用芳香剤2個,キーホルダー1個,ボールペン1本及び腕時計1個を入れて所持していた。また,被告人は,軍手をはめ,左手に金づちを持ち,上衣のポケットにペンチ1本等を入れていた。
(3) 実況見分
同日午前5時55分ころからAⅠの実況見分が行われ,入口専用自動ドアの西側部分のガラス1枚が割られ,ドア枠から外れて床に落ちているのが見分された(実況見分調書・甲16)。
2 Eの証言
Eは,公判で,被告人を現行犯逮捕した状況について,次のとおり証言している。
「店内に入り,西寄りの通路を入口専用自動ドアに向かって歩いていると,店舗中央付近で,買物かごを両手で抱え,その上にバッグを載せた女性が同通路を横切るのを発見し,さらに,その女性が,両手に軍手をはめ,左手に金づちを握っているのを認めた。何やってるんだと問いかけると,女性は,当初『買物』と答えるなどしたが,金づちで割って入ったのかと追及すると『はい』と答えたため,建造物侵入,窃盗の現行犯人として逮捕した」
Eの上記証言は,前記1(2)の現行犯逮捕時の被告人の所持品や,同(3)の実況見分の内容と符合しており,その信用性に疑いはない。
3 防犯カメラの画像
AⅠの店内の状況を撮影した防犯カメラには,平成16年11月18日午前4時33分及び午前4時35分ころ,買物かごを腕に掛け,あるいは手に持った人物が,ショーケース上の商品に手を伸ばすなどしている姿が撮影されている(捜査報告書・甲24)。
Eの証言等によれば,その人物はEが逮捕した女性,すなわち被告人であると認められる。
4 被告人の供述
被告人は,捜査段階において,当時AⅠの店内にいたことは認めながらも,「買物をしていただけである」旨,窃盗の犯意を否認する供述をし,公判でも,その否認を維持している。
5 検討
被告人は,営業時間外のAⅠにおいて,軍手をはめ,金づちを持っていたもので,Eに対し金づちでガラスを割って入った旨認めてもいるのであるから,その直前の午前4時30分ころ,同店入口専用自動ドアを金づちで叩き割り,同店に侵入したと推認できる。そして,被告人は,このように侵入した店内において,多数の商品を買物かごに入れ,店外に持ち出し得る状態で所持していたのであるから,窃盗の犯意をもってその実行に及んだことも推認でき,窃盗の犯意を否認する被告人の供述は信用できない。
したがって,被告人は,平成16年11月18日午前4時30分ころ,金づちでAⅠの入口専用自動ドアを叩き割り,同店内に侵入し,同店の商品を窃取したと認められる。
第3判示第2の1ないし3,5,6,8及び10の各事実について
1 前提事実
関係証拠によれば,被告人の身体的特徴,13日及び15日の着衣の状況並びに被告人車両の特徴について,以下のとおり認めることができる。
(1) 被告人の身体的特徴
13日及び15日のころの被告人は,顎が細く,頬骨が張った輪郭の顔立ちで,髪は茶色で多少パーマが掛かり長さが肩下まであった(写真撮影報告書・甲469,470)。身長は約152センチメートルで,老眼鏡を着用することがあった(被告人の警察官調書・乙1)。
(2) 13日の被告人の着衣の状況
ア C付近にあるガソリンスタンドの防犯カメラに撮影された被告人の着衣の状況
被告人は,F発行のポイントカードを所持していたところ,13日午後6時16分ころ(顧客データ上の時刻),Cとは道路を挾んで南隣にあるa市q区rのFにおいて同カードを提示し,午後6時24分ころ(ジャーナル上の時刻),同店でその代金を支払ったと認められる。
そして,同日同時刻ころのFの状況を撮影した防犯カメラの画像によると,被告人は,13日午後6時25分ころ,同店事務所においてガソリン代金を支払い,その際,胸部に白色のラインがあり,背面に白色の模様がある黒色のブルゾン様の上衣と黒色の長ズボンを着用し,白色の運動靴様の靴を履き,中央部分に赤色と白色,側面部分に白色の柄があり,鍔の縁にも白色の柄が入った黒色の鍔付き帽子を被っていたと認められる(捜査報告書・甲91)。
イ 被告人が利用していたパチンコ店の防犯カメラに撮影された被告人の着衣の状況
被告人は,a市m区sのGで会員登録し,同店を利用しており,13日午後4時15分ころ(カード履歴上の時刻),同店のジェットカウンターにおいて自己の会員カードを提示し,スロットのコイン数を計算した上で景品を受け取ったと認められる。
Gには防犯カメラが設置されており,同防犯カメラの画像上の時刻で午後4時36分に,ジェットカウンターから景品カウンターに向かう女性の姿が撮影されているところ,上記カード履歴上の時刻と同画像上の時刻との間には約20分の誤差があったことに加え,同店防犯カメラで撮影された女性の着衣が,その直後に上述のとおりFの防犯カメラで撮影された被告人の着衣と酷似していることを併せ考えると,同画像上の上記女性は被告人であると認められる(捜査報告書・甲101)。
そして,上記画像によれば,被告人は,13日午後4時過ぎころ,胸部に白色のラインが入った黒色のコート様の上衣と黒色のズボンを着用し,その他,白色の運動靴様の靴を履き,光の反射によりその色は定かではないが鍔付きの帽子を着用していたと認められる。
ウ 被告人及びその元夫がそれぞれ任意提出した帽子及び衣服の特徴
被告人は,平成16年12月19日,帽子を任意提出した。同帽子(平成17年押第126号の12)は,鍔付き,黒色で,正面中央に白地に赤色で「龍」の漢字が刺繍され,その左右に白色で龍の絵柄が刺繍されている。また,鍔の縁には白色で月型の模様が6個刺繍されている(実況見分調書・甲105)。
本件当時被告人は元夫のHⅠ方で同人らと共に生活していたところ,同人は,同月18日,被告人の衣服であるウインドブレーカー上下を任意提出した。同ウインドブレーカー(同押号の11)は,上下衣ともに黒色で,上衣の胸部には白色ラインが,その背面中央にはひし形の白色文字様ロゴがそれぞれある(実況見分調書・甲109)。
エ 13日の被告人の着衣の特徴
以上によると,被告人は,13日午後4時36分ころGにおいて,及び同日午後6時25分ころFにおいて,それぞれ上記ア及びイに挙げた特徴を有する衣服,帽子,及び靴を着用していたと認められるところ,上記ウの任意提出等に係る各物件の特徴と照らし合わせてみると,被告人は13日に上記ウのウインドブレーカー上下(同押号の11)及び帽子(同押号の12)を着用し,白色の運動靴様の靴を履いていたものと認められる。
(3) 15日の被告人の着衣の状況
ア Gの防犯カメラに撮影された被告人の着衣の状況
被告人は,前記(2)イのとおり,Gに旧姓で会員登録し,同店を利用していたところ,15日午後零時43分ころ,同店のジェットカウンターでスロットのコイン数を計算し,同日午後零時45分ころ同店の2番景品カウンターで会員カードを利用し,景品を受け取ったと認められる。
同店設置の防犯カメラには,画像上の時刻で午後零時46分に2番景品カウンター前にいる女性の姿が撮影されているところ,15日については,13日と異なり,画像上の時刻に誤差はなかったことから,同画像上の女性は被告人であると認められる(捜査報告書・甲101,576)。
そして,上記画像によれば,被告人は,15日午後零時45分ころ,上衣背面に紺色のうさぎの模様があり,下衣右足の外側部分に紺色のラインが入った水色のフード付きスウェット風上下を着用し,白色の運動靴様の靴を履いていたと認められる。
イ Fの防犯カメラに撮影された被告人の着衣の状況
被告人は,前記(2)アのとおり,F発行のポイントカードを所持していたところ,15日午後1時52分ころ(顧客データ上の時刻),Fにおいて同カードを提示し,同日午後2時2分ころ(ジャーナル上の時刻),同店でその代金を支払ったと認められる。
そして,同日同時刻ころのFの状況を撮影した防犯カメラの画像によると,被告人は,15日午後1時54分ころから午後2時4分ころまでの間同店で給油し,午後2時1分ころ同店事務所でガソリン代金を支払い,その際,上衣背面に紺色のうさぎの模様がある水色のスウェット風上下を着用し,白色の運動靴様の靴を履き,正面及び鍔の縁に白色の柄の入った黒色の鍔付き帽子を被っていたと認められる(捜査報告書・甲436,押収してあるビデオテープ1巻・同押号の18,捜査報告書謄本・甲613)。
ウ 平成16年12月16日に逮捕された際の被告人の着衣の状況
被告人は,同日に判示第2の7の事実について逮捕され,同日午前3時10分ころから午前3時30分ころまでの間,逮捕時の着衣の状況が写真撮影されている(写真撮影報告書・甲469,470)。なお,被告人は,15日午後7時50分ころ,HⅠ方の駐車場に停めた自動車内にいたところを警察官に説得され,そのままm警察署まで同行されて逮捕されたのであるから,上記逮捕時の着衣は,15日午後7時50分ころのそれと同じである。
被告人は,上記逮捕時も15日午後7時50分ころも,胸部に紺色で「PLAYBOY」とのロゴが入り,背面には紺色のうさぎの模様と紺色で「PLAYBOY」とのロゴが入った水色のフード付きスウェット風上衣と同色のスウェット風下衣を着用し,正面中央に白地に赤色で「龍」の漢字,その左右に白色で龍の絵柄が刺繍され,鍔の縁に白色で月型の模様が6個刺繍された黒色の鍔付き帽子を被り,先端及び後端がピンク色で,同色のラインが左右両側面に入った白色運動靴を履いていたと認められる。
エ 被告人が任意提出した帽子及び衣服の特徴
前記(2)ウのとおり,被告人は平成16年12月19日帽子を任意提出したが,同帽子(同押号の12)は,鍔付き,黒色で,正面中央に白地に赤色で「龍」の漢字が刺繍され,その左右に白色で龍の絵柄が刺繍され,また,鍔の縁には白色で月型の模様が6個刺繍されている。
また,同日,被告人は,スウェット上下(後にパーカー上下に記載名を変更)も任意提出した。同パーカー上下(同押号の10)は,上下衣ともに水色で,上衣にはフードが付き,その胸部に紺色で「PLAYBOY」の文字,その背面に紺色でうさぎの模様及び「PLAYBOY」の文字が刺繍され,下衣の左右両足の外側部分に紺色のラインが縫いつけられている(実況見分調書・甲214)。
さらに,被告人が上記逮捕時に履いていた,先端及び後端がピンク色で,同色のラインが左右両側面に入った白色運動靴(同押号の13,実況見分調書・甲111)も押収されている。
オ 15日の被告人の着衣の特徴
以上によると,被告人は,15日午後零時45分ころGにおいて,同日午後2時1分ころFにおいて,及び同日午後7時50分ころHⅠ方の駐車場において,それぞれ上記アないしウに挙げた特徴を有する衣服,帽子及び靴を着用していたと認められるところ,上記エの任意提出等に係る各物件の特徴と照らし合わせてみると,被告人は15日に上記エのパーカー上下(同押号の10),帽子(同押号の12)及び運動靴(同押号の13)をいずれも着用していたものと認められる。
なお,平成16年12月28日,m警察署において,被告人の爪及び指輪の写真撮影がされており,当時,被告人は,左右両手の爪にオレンジ色の光沢のあるマニキュアを塗り,右手人差し指,左手人差し指及び左手薬指に指輪をはめ,このうち左手人差し指の指輪は,「Dior」というロゴが多数入った特徴的なものであったと認められる(捜査報告書・甲420)。
(4) 被告人車両の特徴
被告人は,本件当時普通乗用自動車を所有し,移動の際には同自動車を利用していた。
同自動車は,登録番号が「××××」の,通称「トヨタRAV4」と呼ばれる,車体の高い4ドアのいわゆるRV車で,後部トランクドアにタイヤが1個取り付けられ,塗色が緑色と黒色の2色(ツートン)であり,ダッシュボード上に白色と青色の羽根飾りが広く置かれていた(検証調書・甲94。以下,同自動車を「トヨタRAV4」ともいう)。
2 判示第2の1の事実(13日C1階女子トイレ放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア C1階南東側女子トイレの状況
被害現場である同女子トイレは,北側にその出入口があり,南側奥に向かう通路をはさんで,その東側には洗面台,男子幼児用小便器及び個室トイレ2個が,その西側にはベビーベッド,清掃用具入れ及び個室トイレ2個がそれぞれ並んでいる。
イ 火災発見の状況及びその直後の上記トイレの状況
買物客のIは,13日午後6時40分ころ,上記女子トイレに入り,通路西側奧の個室トイレに入ろうとしたところ,その手前の西側個室洋式トイレ内で厚手の上着様の物が燃えているのを発見し,これを店内薬局の従業員に知らせた。間もなく警備員が駆けつけ,消火器を用いて火を消し止めた。
同日午後7時30分ころから実況見分が行われ,上記個室洋式トイレの南側仕切り板が一部くん焼し,同仕切り板と便器との間の床上に消火剤を被ったジャンパーが落ちているのが見分された(実況見分調書・甲40)。
(2) 被告人車両の放火店舗駐車場への出入り
C駐車場は,Cに隣接し,その2階には防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,13日午後6時28分ころ,塗色が緑色と黒色の2色の,ダッシュボード上に白色の飾りが広く置かれた,登録番号「××××」のRV車が入場し,午後6時29分ころ,駐車場内に駐車する状況が撮影され,さらに,午後6時54分ころ,登録番号は不明であるが,塗色やダッシュボード上の置物が上記と同じRV車が同駐車場を退出する状況が撮影されている(捜査報告書・甲83ないし85)。同RV車の特徴は,前記1(4)の被告人車両のそれと一致しており,トヨタRAV4であったと認められる。
したがって,トヨタRAV4が,13日午後6時28分ころ放火店舗に隣接する上記駐車場に入り,午後6時29分ころ停められ,午後6時54分ころ同所から退出したと認められる。
(3) 本件放火犯人の特徴と被告人のそれとの異同
ア 放火犯人と認められる人物の特定
(ア) C1階女子トイレ前に設置された防犯カメラの画像
同トイレ前には,その出入口の状況を外側から撮影する防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,13日午後6時38分ころ,上着様衣類を持ってトイレに入り,午後6時40分ころ,同衣類を持たずにトイレから出てくる女性の姿が撮影されている(捜査報告書・甲71,ビデオテープ1巻・同押号の14)。
上記防犯カメラで撮影された人の出入りの状況からすると,上記女性がトイレを出た際,トイレ内には,同日午後6時39分ころトイレに入り,午後6時41分ころトイレを出た女性1名しかいなかったと認められる。
(イ) I証言
前記(1)イのIは,公判において,13日午後6時40分ころ上記トイレに入るとき,出入口で女性とすれ違ったこと,トイレ内には,Iの娘が洗面台の前にいた以外に客は見当たらず,通路東側の2個の個室トイレに人が入っていたか否かは分からないが,自分が入ろうと考えていた通路西側奧の個室トイレとその手前の個室洋式トイレは空いていたこと,同個室洋式トイレで上着様の物が燃えているのを発見したが,火の高さは10センチメートル程で,煙は出ておらず,火がついて間もない様子であると感じたことをそれぞれ証言している。
Iは,上記証言の際に,上記(ア)の防犯カメラの画像(捜査報告書・甲71)を確認しつつ,自分が出入口ですれ違った女性は,上記(ア)の上着様衣類を持ってトイレ内に入りこれを持たずに出てきた女性であると特定し,さらに,上記(ア)の午後6時41分ころに出てきた女性1名については,トイレ内では見掛けなかったことから,火を発見した当時,通路東側の個室を利用していたと思われる旨述べている。
Iは,本件当日,偶然Cを訪れた者で,殊更虚偽の供述をする理由も必要もなく,また,その証言内容は,上記ビデオテープの画像ともよく整合しており,同証言は十分信用できる。
(ウ) 検討
Iは,放たれて間もない火を発見する直前,トイレ出入口で女性とすれ違い,その直後のトイレ内には,同女の娘と通路東側の個室を利用していた女性しかいなかったと認められる。そして,後述するとおり,本件放火の媒介物はジャンパーであると認められるところ,Iがすれ違った女性は,上着様衣類を持ってトイレに入り,出てきたときはこれを持っていなかったことも併せ見ると,そのすれ違った女性がまさに本件放火の犯人であったということができる。
イ 放火犯人の特徴
(ア) I証言
Iは,すれ違った女性,すなわち本件放火犯人の特徴について,身長が150センチメートルから155センチメートルくらい,着衣は上下黒色で,上衣については臀部が隠れる程度の長さのジャンパーであり,白色の模様の入った黒色の帽子を被っていたと証言する。
Iは,その視力が左右とも良く,その証言する犯人の特徴は,後記(イ)の防犯カメラの画像上の犯人の特徴とも合致する。また,Iは,出入口で女性とすれ違った直後に火を発見したことから,その女性を怪しいと感じてトイレを出,遠ざかるその女性の後ろ姿を目で追ったというのであるから,その着衣について詳細に観察したと認められる。
そうすると,Iの上記証言は,十分信用することができる。
(イ) 上記ア(ア)の防犯カメラの画像
同防犯カメラの画像からも,犯人の特徴をある程度識別することができる。すなわち,犯人は,髪が長く,胸部に白色のラインがあり,背面中央に白色の模様が入った黒色のブルゾン様の上衣及び黒色ズボンを着用し,白色の運動靴様の靴を履き,正面及び鍔部分に白色の模様の入った黒色の鍔付き帽子を被っていたと認められる。
また,同防犯カメラの画像をもとに計測してみると,犯人の床面から最上部までの高さは154センチメートルであり(捜査報告書・甲69),さらに,犯人の背丈がトイレ出入口に設置された衝撃吸収カバーの高さとほぼ同じであることから,その身長は152センチメートル程度であると推測できる(捜査報告書・甲68)。
(ウ) 検討
以上により,本件放火犯人は,髪が長い女性で,その身長は152ないし154センチメートルくらい,胸部に白色のラインがあり,背面中央に白色の模様が入った,臀部が隠れる程度の長さの黒色のブルゾン様の上衣と,黒色ズボンの下衣をそれぞれ着用し,白色の運動靴様の靴を履いて,正面及び鍔部分に白色の模様の入った黒色の鍔付き帽子を被っていたと認められる。
ウ 放火犯人の特徴と被告人のそれとの符合
前記1(2)で認めた13日の被告人の着衣の状況と,上記イで認めた本件放火犯人の着衣の状況は,その特徴的な部分がいずれもよく合致しており,また,放火犯人と被告人とは,髪型や身長の点(前記1(1))においてもほぼ一致しているということができる。
(4) 放火媒介物と被告人との結びつき
ア ジャンパーの押収等の経緯
J及びKの各証言並びに実況見分調書(甲52)等によれば,13日Cに臨場した消防士のJが,1階女子トイレ通路西側の個室洋式トイレ内にジャンパーが落ちているのを発見し,これをビニール袋に入れその口を結んで封をした上,消防署に持ち帰り保管していたこと,警察官のKが,本件現場の写真に写っているジャンパー様の物が押収されていないことに気付き,平成17年1月6日,消防署を訪れ,ビニール袋に入れられた上記ジャンパーの任意提出を受けて領置したこと,翌7日行われた実況見分で,同ジャンパーは,その襟部分,肩部分及び後ろ身ごろ部分等が焼燬し,焼燬せずに残った下前身ごろ部分と袖の一部分についてもその一部がくん焼ないし溶解していることが確認されたこと,その後,同ジャンパーに付着した生物資料のDNA型と被告人の血液のDNA型の異同識別について,t大学医学部講師(当時)のLに対し鑑定嘱託がなされ,上記ビニール袋に入れられた同ジャンパーがLに交付されたこと,そして,同ジャンパーが放火現場で発見されてから鑑定に付されるまでの間,他の物と取り違えられ,あるいはこれに何らかの作為が加えられた形跡はないことがそれぞれ認められる。
なお,もともと火気のないトイレ内で火災が発生し,現場からその大部分が焼燬したジャンパーが発見されていることからして,同ジャンパーが本件放火の媒介物であったと推認できる。
イ DNA鑑定の信用性
(ア) DNA鑑定の結果
Lは,上記アの経緯で交付されたジャンパーの袖口裏面に付着した垢(資料1)と被告人の血液(資料2)のDNA型(ミトコンドリアDNA型並びに15種類のSTR型及びXY型)について異同識別鑑定を行い,資料1から検出されるミトコンドリアDNA型とSTR型には若干の混在成分が存在するものの,強く検出される主体成分は明らかであり,ミトコンドリアDNA型,STR型いずれについても,資料1からは資料2と一致するDNA型が主体に検出されると判定した(鑑定書・甲55)。
(イ) 上記鑑定の信用性
本件DNA鑑定は,その実施者であるLがDNA鑑定の技術に習熟した専門家であること,その鑑定方法が,ミトコンドリアDNA型検査,STR型及びXY型検査のいずれについても,科学的に信頼される一般的な検査方法であるといえることからして,その結果については,信用性が十分認められる。
ウ 放火媒介物であるジャンパーと被告人の着衣との異同
(ア) 平成16年11月18日及び同年12月10日の被告人の着衣の状況
被告人は,前記第2のとおり,平成16年11月18日にAⅠに侵入したと認められるところ,同店設置の防犯カメラの画像には,背面上部に白色で大きな文字様のロゴが描かれた黒色ジャンパーを着用している被告人が撮影されている(捜査報告書・甲57)。また,同事件で現行犯逮捕された際の被疑者写真にも,同じジャンパーを着用している被告人が撮影されている(捜査報告書・甲58)。これらの画像及び写真から認められる被告人着用のジャンパーの特徴としては,その表面が黒色で,その素材が光沢のある化繊系のものであること,前面中央にファスナーがあること,脇下の裾部分がゴムであること,袖口部分がジャージ地になっていることといった点が挙げられる。
そして,被告人は,平成16年12月10日にも,その背面の文字様ロゴから上記ジャンパーと同一と認められるジャンパーを着用している状況がコンビニエンスストアの防犯カメラで撮影されている(捜査報告書・甲59)。
(イ) 放火媒介物であるジャンパーの特徴
他方,本件放火の媒介物であるジャンパー(同押号の1)は,その襟部分,肩部分及び後ろ身ごろ部分等が焼燬し,焼燬せずに残った下前身ごろ部分と袖の一部分についてもその一部がくん焼ないし溶解し,その特徴を捉えることは困難である。しかし,残存部分からも一定の特徴が認められ,判別可能な特徴としては,表面の色が,ピンク色の消火剤の付着によりやや不分明ではあるが,濃灰色(実況見分調書・甲52)あるいは紺色(実況見分調書・甲40)といった濃色であること,ファスナーがあること,裾部分が一部ゴムであること,袖口部分がジャージ地であることといった点が挙げられる。
(ウ) 検討
以上によると,被告人が平成16年11月18日及び同年12月10日に着用していた上着と本件放火の媒介物であるジャンパーは,似通った特徴を有するものといえる。
エ 放火媒介物と被告人との結びつき
上記のとおり,放火媒介物であるジャンパーからは被告人の血液のDNA型と一致するDNA型の垢が主体に検出されており,同ジャンパーは被告人が普段着用していた可能性が極めて高いというべきである。そして,鑑定を行ったLは,15種類のSTR型を分析すれば,日本人の中で,同型のDNAを持つ人物は「この人しかいない」というレベルにまで特定することができる旨証言している。
加えて,上記ウのとおり,同ジャンパーは,被告人が本件直前に着用していたものと似通った特徴を有し,また,前記(3)ア(ウ)のとおり,本件放火犯人は,上着様衣類を持ってC1階女子トイレに入り,これを持たずに出てきているところ,前記(3)ウのとおり,同犯人と被告人とは,着衣の特徴がよく合致しているのである。
以上によれば,本件放火の媒介物であるジャンパーを普段着用していたのは,被告人と同一のDNA型を有する人物,すなわち被告人本人であったことが強く推測される。
(5) 小括
これまでの検討結果をまとめると,本件放火の約10分前に,C2階駐車場にトヨタRAV4が停められ,本件放火の約15分後に,同車は同駐車場を退出していること,そして,その間に,被告人とその着衣の特徴がよく合致し,身長等もほぼ一致する人物が,被告人が普段着用していると強く推測されるジャンパーを媒介物として,同店1階女子トイレに火を放ったことがそれぞれ認められる。これらの事情は,相俟って,被告人が本件放火犯人であることを合理的に推認させるものといえる。
3 判示第2の2の事実(13日C2階女子トイレ放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア C2階南東側女子トイレの状況
被害現場である同女子トイレは,北側にその出入口があり,南側奥に向かう通路をはさんで,その西側には洗面台,清掃用具入れ及び個室トイレ2個が,その東側には男子幼児用小便器及び個室トイレ2個がそれぞれ並んでいる。なお,通路東側奧の個室トイレは和式で,同個室の北西角付近には北側仕切り板にその背を接するようにして子供用いすが置かれていた。
イ 火災発見の状況及びその直後の上記トイレの状況
友人と共にCに買物に来ていたMは,13日午後7時10分ころ,上記女子トイレに入り,通路東側奧の上記個室和式トイレに入った。Mが同個室を出ると,通路で順番待ちをしている女性がいた。その女性はMと入れ違いで同個室に入り,間もなくして,「火事だ」などと言って出てきた。そこでMが確認すると,同個室内の上記子供用いす付近が燃えていたので,これを同店従業員に知らせ,その後,上記友人が備え付けの消火器を用いて火を消し止めた。
同日午後8時20分ころから実況見分が行われ,上記トイレには広くピンク色の消火剤が撒かれ,上記個室の北側仕切り板が一部くん焼し,同個室内に置かれた子供用いすの直ぐ東側に,トイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊が落ちているのが発見された(実況見分調書・甲118)。
(2) 被告人車両の放火店舗駐車場への出入り
前記2(2)のとおり,C駐車場の2階には防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,13日午後7時7分ころ,塗色が緑色と黒色の2色の,ダッシュボード上に白色の飾りが広く置かれた,登録番号「××××」のRV車が入場し,駐車場内に駐車する状況が撮影され,さらに,同日午後7時13分ころ,登録番号は不明であるが,塗色やダッシュボード上の置物が上記と同じRV車が同駐車場を退出する状況が撮影されている(捜査報告書・甲83ないし85)。同RV車の特徴は,前記1(4)の被告人車両のそれと一致しており,トヨタRAV4であったと認められる。
したがって,トヨタRAV4が,13日午後7時7分ころ,放火店舗に隣接する上記駐車場に入って停められ,午後7時13分ころ同所から退出したと認められる。
(3) 被告人と特徴が合致する女性の放火店舗内での動き
Cの店舗2階南西角付近には,駐車場2階に通じる出入口があり,同出入口の直ぐ南側には1階に通じる階段,同出入口の東側には店内に向かう通路があって,同階段の1階踊り場部分と同通路にはそれぞれ防犯カメラが設置されている。上記階段踊り場部分の防犯カメラには,13日午後7時8分ころ,胸部に白色のラインが入った黒色上衣と黒色ズボンを着用し,白色の柄の入った黒色鍔付き帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性が,2階から1階へ同階段を降りる状況が撮影されていた(捜査報告書・甲136)。また,上記通路の防犯カメラには,同日午後7時12分ころ,黒色上衣と黒色ズボンを着用し,黒色の帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性が,店内方向から駐車場出入口方向に向かって歩く状況が撮影されていた(捜査報告書・甲135)。
以上によると,着衣や髪型の点で,その特徴が被告人のそれ(前記1(1),(2))とよく合致する女性が,2階女子トイレで火災が発生する約2分前に,駐車場出入口付近の階段を2階から1階に降り,火災発生直後,店内方向から同出入口方向に向かって2階通路を歩いていたと認められる。
(4) 本件放火犯人の特徴と被告人のそれとの異同
ア 放火犯人と認められる人物の特定
Mは,公判において,13日午後7時10分ころ,上記女子トイレの通路東側奧の個室から出た際,同通路で順番待ちをしていた女性とすれ違ったが,その女性は同個室に入ると直ぐに10秒程度で出てきて「火事だ」と言って走り出ていき,その直後に同個室内に火が放たれているのを発見した旨証言した。
Mは,本件当日偶然Cを訪れた者で,殊更虚偽の供述をする理由も必要もなく,その証言内容は迫真的かつ具体的であるから,同証言は信用できる。同証言によれば,Mの直後に上記個室を使用した女性こそが本件放火の犯人であったと認められる。
イ 放火犯人と認められる人物の特徴
(ア) M証言
Mは,トイレ内通路ですれ違った女性,すなわち本件放火犯人の特徴について,全身黒色系の着衣で,下衣は長ズボンであり,髪は二の腕中間より少し上くらいの長さで真っ直ぐではなく,少し茶色がかった黒色で,身長が160センチメートルあるかないかくらいの40代後半から50代の女性であったと証言する。
Mは,視力が両目とも良く,その証言する犯人の特徴は,下記の防犯カメラの画像上の犯人の特徴ともほぼ合致する。しかも,帽子や眼鏡等覚えていない部分についてはその旨誠実に証言している。
したがって,放火犯人の特徴に関するMの上記証言は,十分信用することができる。
(イ) C2階女子トイレ前に設置された防犯カメラの画像
上記防犯カメラには,13日午後7時10分ころ上記トイレに入り,午後7時11分ころ同トイレから出てくる女性が撮影されている(捜査報告書・甲128,ビデオテープ1巻・同押号の15)。その画像によれば,上記女性は,Mが入った後にトイレに入り,約1分足らずの短い時間でMより先にトイレから出ており,その様子は,Mが証言する放火犯人の行動と合致する。そして,Mは,同証言の際,上記画像を確認し,トイレ内通路ですれ違った女性は,その着衣や髪型から防犯カメラに撮影された上記女性であると特定している。
そうすると,上記女性は,Mが目撃した放火犯人であると認められるところ,上記防犯カメラの画像によれば,同女性は,背面中央に白色の模様が入った黒色のブルゾン様の上衣と黒色長ズボンを着用し,白色の運動靴様の靴を履き,正面や鍔部分に白色の模様の入った黒色の鍔付き帽子を着用した髪の長い女性であると認められる。
さらに,同防犯カメラの画像をもとに計測してみると,犯人の床面から最上部までの高さは152センチメートルであり(捜査報告書・甲129),また,犯人の背丈がトイレ出入口に設置された衝撃吸収カバーの高さとほぼ同じであることから,その身長は152センチメートル程度であると推測できる(捜査報告書・甲68)。
(ウ) 検討
以上により,本件放火犯人は,身長が152センチメートルくらいの女性で,背面中央に白色の模様が入った黒色のブルゾン様の上衣及び黒色ズボンを着用し,白色の運動靴様の靴を履き,正面や鍔部分に白色の模様が入った黒色の鍔付き帽子を被り,その髪は長いが真っ直ぐではなく,少し茶色がかった黒色であったと認められる。
ウ 放火犯人の特徴と被告人の特徴との符合
前記1(2)で認めた13日の被告人の着衣の状況と上記イで認めた放火犯人の着衣の状況は,その特徴的な部分がいずれもよく合致しており,また,放火犯人と被告人とは,髪型や身長の点(前記1(1))においても一致しているということができる。
(5) 放火媒介物と被告人との結びつき
ア トイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊の発見等の状況
Jの証言によれば,消防士のJは,13日C1階女子トイレ火災の通報を受け,同店に臨場し同トイレの見分を行っていたところ,2階女子トイレでも火災が発生したとの連絡を受けて,同トイレに駆けつけ,通路東側奧の個室和式トイレ内の子供用いすの近くに,トイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物が塊状で床に落ちているのを発見したこと,Jは,その塊状の物が放火の媒介物であると判断したが,応援を要請するため一度1階女子トイレに戻り,再度2階女子トイレに上がると,既に警察官がいなかったことから,捜査を終えたものと考え,上記塊状の物を上記個室和式トイレ隣の洋式トイレに流して廃棄したことが認められる。
イ トイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊の形状等
上記の物については,捜査報告書(甲116)及び実況見分調書(甲118)の各写真にその形状が写っている。これらの写真によると,トイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊は,その縁が一部黒色に変色して炭化しており,薄い紙が何重にも重ねられて塊状になった物であると認められる。また,その周囲の粉状の消火剤が濃く変色していることからして,湿潤していたと認められる(実況見分調書・甲118では「液体様なものが湿潤している状態」と説明されている)。また,その色については,外観上ピンク色であるものの,ピンク色の消火剤を被ったためにピンク色に見えるのか,本来の色もピンク色であるのかの判別はできないが,消火剤のピンク色がそのまま外観になって現れていることにかんがみれば,本来もピンク色であったか,ピンク色でなかったとしても白色ないしこれに近い薄い色であったと推認することができる。
そして,もともと火気のないトイレ内で火災が発生し,現場から,一部炭化したトイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊が発見されていることからすれば,このピンク色ないし白色のトイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊が本件放火の媒介物であったと認められる。
ウ 被告人によるトイレットペーパー及びティッシュペーパーの準備状況
(ア) HⅠ方の状況
関係証拠によれば,本件当時被告人は元夫のHⅠ方で,同人,長男HⅡ及び次男HⅢと共に生活していたこと,H方は,玄関を入ると通路右側に洗面所や風呂場,同左側にHⅠの部屋があり,通路正面にはリビングがあって,その先には,右側に被告人の部屋,左側にHⅠ,HⅡ及びHⅢの寝室があり,両部屋のさらに先にはベランダがあったこと,そして,同ベランダ内の,HⅠらの寝室寄りの場所には灯油の入ったポリタンクが置かれていたことがそれぞれ認められる。
(イ) HⅡの供述
HⅡは,13日の被告人の行動について,検察官調書(甲247)において,「午後7時過ぎころ,被告人は,自分の部屋から出てきて,リビングに置いてあったティッシュペーパーの箱から,20回から30回くらい白色ティッシュペーパーを取り出し,さらに,トイレ前に移動してしゃがみ込み,HⅠの部屋に置いてあったピンク色トイレットペーパーを,20秒から30秒くらいかけて両手にぐるぐると巻き取った。その後,被告人がベランダの方に行った記憶はなく,そのまま出掛けていった」と供述する。
HⅡは,期日外尋問において,「記憶にない」と証言する部分も多かったが,概ね上記と同様の供述をし,さらに,19日に警察官から事情を聞かれた際には,上記のことについて話さなかったが,それは忘れていただけで,期日外尋問時の記憶としては,午後9時30分ころだけでなく,午後7時過ぎころにも被告人がティッシュペーパーを取り出し,あるいはトイレットペーパーを手に巻き取った記憶があると証言した。
(ウ) HⅢの供述
HⅢは,13日の被告人の行動について,検察官調書(甲246)において,「午後7時5分ころ,被告人は,自分の部屋から出てきて,リビングに置いてあったティッシュペーパーの箱から,10回から20回くらい白色ティッシュペーパーを取り出し,さらに,トイレ前に移動してしゃがみ込み,HⅠの部屋に置いてあったピンク色トイレットペーパーを,20秒くらいかけて両手でぐるぐると巻き取った。そして,半透明のビニール袋にピンク色トイレットペーパーを入れ,一度自分の部屋に戻り,黒い手提げバッグを持って出てくると,そのまま出掛けていった」と供述する。
HⅢは,期日外尋問において,「覚えていない」と証言する部分が多く,さらに,被告人がティッシュペーパー等を取り出した記憶は13日中に1回しかないとも証言した。
(エ) 検討
以上のように,HⅡ及びHⅢは,13日午後7時過ぎころの被告人の行動について,それぞれ捜査段階で供述するところ,その供述する被告人の行動は特異であって記憶に残りやすいものであり,被告人が白色ティッシュペーパーを多数回取り出し,ピンク色トイレットペーパーを手に巻き付けたという点で,両供述は詳細において一致している。
他方,HⅡ及びHⅢは,期日外尋問において,「記憶にない」あるいは「覚えていない」と証言する部分も多く,とりわけHⅢは,被告人がティッシュペーパー等を取り出した記憶は13日中に1回しかないとも証言している。しかし,被告人がHⅡらにとって母親であることにかんがみれば,被告人に不利になるであろうことが明らかな証言を避けようとする可能性は否定し難く,また,期日外尋問は事件から1年以上経って行われており,時間の経過により記憶が減退したことも考えられる。そうすると,同人らが,期日外尋問における証言によって,捜査段階における供述を否定したものと目することはできない。
したがって,13日の被告人の行動に関するHⅡ及びHⅢの上記各捜査段階供述は信用でき,被告人は,13日午後7時過ぎころ,H方において,白色ティッシュペーパーを箱から多数回取り出し,また,ピンク色トイレットペーパーを両手にぐるぐると巻き取った上,出掛けたものと認められる。
エ 放火媒介物と被告人との結びつき
以上のとおり,本件放火の媒介物は,ピンク色ないし白色のトイレットペーパー又はティッシュペーパーが何重にも重ねられて塊状になった物であると認められ,他方,被告人は,本件放火の5分ないし10分前に,H方にあったティッシュペーパーの箱から白色ティッシュペーパーを多数回取り出し,また,ピンク色トイレットペーパーを両手にぐるぐると巻き取った上で出掛けている。
そうすると,本件放火の媒介物であるピンク色ないし白色のトイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物の塊は,被告人がH方から持ち出して準備したものである可能性が相当程度考えられる。
(6) 小括
これまでの検討結果をまとめると,本件放火の約3分前に,C2階駐車場にトヨタRAV4が停められ,本件放火の約3分後に同駐車場を退出しており,その間,まず本件放火の約2分前に,着衣や髪型の点で被告人と特徴が合致する女性が同店の駐車場出入口付近の階段を2階から1階に降り,次に,被告人とその着衣や髪型,身長が符合する女性が,被告人が準備した可能性が相当程度考えられるトイレットペーパー又はティッシュペーパー様の物を媒介物として同店2階女子トイレに火を放ち,その約2分後に,被告人と着衣や髪型の特徴が合致する女性が同店2階通路を駐車場出入口方向に向かって歩いていたことがそれぞれ認められる。これらの事情は,相俟って,被告人が本件放火犯人であることを合理的に推認させるものといえる。
4 判示第2の3の事実(13日AⅡ放火)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア AⅡ店内の状況
被害現場である同店は,東西47メートル,南北55メートルの平屋建て店舗で,建物北側に入口専用,出口専用の各ドアがあり,両ドアをつないて店内を大きく1周する幅約1.5メートルないし2メートルの主要通路があって,その周囲に圧縮陳列と呼ばれる方法で多数の陳列棚がそれぞれ約1メートル間隔で設置されていた。
店内の各売場の配置については,まず,入口専用ドアを入ると,直ぐ東側に野菜売場,同西側に酒類売場があった。主要通路を南に向かって進むと,店舗南東角には電気製品売場があり,同通路を西に向かって曲がり進むと,店舗南西角にはブランド・時計・宝飾品売場があった。さらに,同通路を出口専用ドアに向かって北に進むと,通路東側には,南から順にアパレル(衣料品)売場,寝具売場があり,同西側にシャンプー等日用品(消耗品)売場があった。そして,出口専用ドアの直ぐ東側にはレジカウンターが設置されていた。
寝具売場内には,陳列棚が東西に長く設置されており,その東側が主要通路と接していた。同売場南東角の陳列棚(出口専用ドアから数えて北から5列目の陳列棚)には,その北側側面にビニールケース入りの布団セットやこたつ布団,敷布団,掛け布団が置かれていた(以下,同陳列棚北側側面部分のみを指して「布団陳列棚」という)。そして,通路を挟み,同陳列棚の北隣に設置された陳列棚(出口専用ドアから数えて北から4列目の陳列棚)の南側側面には,座布団やクッションが置かれていた(以下,同陳列棚南側側面部分のみを指して「クッション陳列棚」という)。
イ 火災発生の時刻
AⅡには,自動火災報知設備が設置されており,天井の煙感知器が煙を感知すると,即時に店内に非常放送が流れるとともに,警備会社にも通報されるシステムとなっていた。非常放送は,女性の声による発報放送が28秒間流れ,その後,2分の間隔を空けて,男性の声による23秒間の火災放送と10秒間の警告音が繰り返し流れるというものだった。
13日午後8時17分18秒,警備会社に火災異常の入電がなされているところ,感知から入電には40秒から50秒の時間を要することから,煙感知器が煙を感知したのは,午後8時16分28秒ころから同38秒ころとなる。他方,午後8時19分42秒ころには本件火災について119番通報がなされ,その通話内には男性の声による火災放送が3回繰り返されており,同通話内の火災放送の時刻から,上記午後8時16分28秒ころから同38秒ころの間に当てはまる発報放送の開始時刻を逆算すると,非常放送は,午後8時16分29秒ころ開始されたことになる(捜査報告書・甲192)。
そうすると,煙感知の時刻も午後8時16分29秒ころであり,床面から煙感知機が設置された天井までは4.6メートルあり,着火後,煙が上昇し感知されるまで一定の時間を要するであろうことや,暖房等空調の影響による薄煙の拡散も考慮すると,本件火災が発生したのは,午後8時15分ころと推認される。
ウ 火災発生の場所
本件火災を発見した客や消火活動に当たった従業員の各供述によれば,火災発生場所は,寝具売場内であって,布団陳列棚に置かれたビニールケース入り布団と,クッション陳列棚に置かれたクッションがそれぞれ燃え出しており,2つの棚の間には約1メートルの通路があったことからすると,その2か所が発火場所と認められる。しかも,もともと火気のない寝具売場での発火であることからして,何者かの放火行為によるものと推認される。
エ HⅠによるCDラジオカセットレコーダーの任意提出
HⅠは,平成16年12月18日,箱に入ったままの状態のCDラジオカセットレコーダー1台(同押号の4,実況見分調書・甲237)を警察に任意提出した。
その箱は,高さ約20センチメートル,幅約45.4センチメートル,奥行き約30センチメートルの直方体で,鮮やかなピンク色であり,上面には「SANYO CDラジオカセットレコーダー PH-PR81(P)」と表記され,表面2か所と側面1か所にはそれぞれ白黒で楕円形のCDラジカセの絵が描かれていた。また,その側面には,2枚のバーコードシールが貼られており,1枚は縦4センチメートル,横4センチメートル大のもので,もう1枚は縦8センチメートル,横5.8センチメートル大で「PH-PR81(P)」,「N4X01009」等と記された物であった。
この「PH-PR81(P)」はu株式会社が製造するピンク色のCDラジオカセットレコーダーであることを,「N4X01009」は2004(平成16)年10月に製造された1009番目の商品であることをそれぞれ表しており,同月以降,AⅡには,「N4X01009」と記されたバーコードシールが貼付されたCDラジオカセットレコーダー「PH-PR81(P)」が2台納品されていた。
もう1枚の縦4センチメートル,横4センチメートル大のバーコードシールは,その表面のバーコード模様などから,AⅡで使用されていた防犯シールであると確認された。そして,その上に解除用シールが貼付されておらず,また,AⅡと同じ防犯シールを感知するゲート型盗難防止用センサーが設置されたAⅠにおいて,上記CDラジオカセットレコーダーを把持してゲートの間を通過したところ,警報音が吹鳴したことから,同シールについては,レジの消去装置を通していない未会計のものであることが判明した。
(2) 被告人のAⅡ及び出火場所付近への出入り
同店は,本件放火によって全焼したため,防犯カメラによる映像は残っていないが,出火前後に店内で印象に残る特徴的な人物を見たという複数の目撃者が存する。
ア Nの証言
まず,同店アルバイト従業員で,寝具売場南隣のアパレル売場の商品陳列等を担当していたNは,公判で,「午後8時過ぎころ,中年女性の接客をした。その女性に尋ねられて,黒地に竜の柄のあるスウェット上下と,胸部と背面に『PLAYBOY』の文字が入ったプレイボーイブランドの水色パーカー上下を渡した。女性は,40歳代後半で,頬がやせ細り,目が細めで,顔色が悪く,髪は茶系で肩に掛かる程度の長さでぼさぼさしており,スニーカーを履き,上衣は黒色かチャコールグレー色の短い丈のベンチコートで,下衣はジャージかナイロン素材のズボンを着ていた」と証言し,さらに,「その後,非常放送が流れる5分前ころ,アパレル売場で中腰になって仕事をしていたとき,南方向から寝具売場方向に向かって主要通路を歩く人を見掛けた。その顔は見ていないが,スニーカーを履き,黒色のズボンと短い丈のベンチコートを着用し,左手に持ったかごの中に,その前に渡した黒色スウェット上下と水色パーカー上下を入れていたことから,先ほど接客した女性であると判断した」と証言した。
前者の接客時についての証言は,会話を交わしながら数分間にわたり女性客に接した際のもので,信用できるところ,次の理由から,その女性は被告人であったと認められる。第1に,接客した女性の髪型や輪郭,顔立ちは前記1(1)の被告人の特徴と合致し,着衣も前記1(2)の13日の被告人のそれと矛盾しない。第2に,Nは,その女性の写真として,写真台帳中から被告人の写真を選び出している。第3に,同証言にあるのと同じ特徴のスウェット上下(写真撮影報告書・甲218)及びパーカー上下(前記1(3)エ。実況見分調書・甲214)が,本件当時被告人と共に生活していたHⅠ及び被告人本人からそれぞれ任意提出されている(なお,同パーカー上衣の襟の左側部分には,会計時に用いる解錠キーを使わずにアパレル用の針付き防犯タグを外すと生じる,布の編み目が破壊され裏側まで貫通する穴があいていた)。
さらに,後者の証言は,その後再度見掛けた女性が,その前に接客したのと同一の女性だったとするところ,その点について,Nは,直接相手の顔を見たのではないが,前に渡した商品が入った買物かごを持っていて,着衣や靴も同じ特徴だったので,そのように判断したとの合理的な説明をしており,信用できる。したがって,Nが再度見掛けた女性も,被告人であったと認められる。
イ Oの証言
客のOは,公判で,非常放送が流れた後に特徴的な女性を目撃したとして,「非常放送を聞き,寝具売場辺りから煙が出ているのに気付いたが,その直前に,主要通路を挾んで寝具売場の東側にある日用品売場から,同通路上に立つ女性を見た。その女性は,寝具売場の方から歩いてきて出口専用ドアの方を向いて立ち,右回りに振り返り,怒鳴るように大きく口を動かしていた。年齢は60歳前後で,身長は150センチメートル台,着ぶくれして見えるような服を着て,赤茶色でばさばさした感じの髪を下から上に持ち上げて簡単に留め,顔は肌が浅黒く,まぶたが垂れ下がって目が細く見え,頬骨が出て,その下の頬もこけていた」と証言した。
Oは,両眼共に視力は良く,上記女性の派手な様子やその髪の色などが目に留まり,四,五メートルの距離から見つめていたというのである。Oは,化粧品会社に勤め,数年間店頭で女性客に実際にメークを施した経験を有しており,女性の顔の特徴を的確に観察する力があったと認められるところ,目撃した女性の特徴も主としてその顔につき詳細かつ具体的に述べており,その証言の信用性は高いといえる。そして,同証言にある上記女性の容貌等の特徴が前記1(1)の被告人のそれと合致していること,Oは,年齢60歳前後との認識を維持しつつ,写真面割において上記女性の写真として被告人の写真を選び出していることからすると,上記女性は被告人であったと認められる。もっとも,Oは,その女性は髪を下から上に持ち上げて留めていたと証言しており,本件直前にCで目撃された,髪を下ろしている被告人の髪型とは整合しないが,後述のとおり,Oの直後の目撃者であるPも,女性が髪を束ねていた印象があると証言していることや,当時被告人が黒色の鍔付き帽子を被っていて,その影響で髪を留めているように見えた可能性も考えられることにかんがみると,この点をもって被告人との同一性を否定する理由とはなし得ない。
ウ Pの証言
客のPは,公判で,AⅡに入店した直後の目撃状況として,「入口専用ドアを入ると直ぐに非常放送を聞いた。さらに,入口近くの野菜売場に向かおうとした際,同ドアに設置された万引き防止センサーが鳴るのを聞き,振り返ると,二,三メートルの距離で,CDラジカセの絵が側面に描かれた派手なピンク色の箱を体の前に抱え,入口ドアを出ていく女性を目撃した。その女性は,年齢は55歳くらい,身長は150センチメートル強で,上下暗い色の衣服を着用し,その下衣はスカートではなかった記憶である。髪は,黒色っぽい色で,ぼさぼさして,肩下くらいの長さで,これを束ねていた印象もある。自分の携帯電話の通話記録では,午後8時17分18秒に妻に電話を架けており,その女性を見たのは,その1分くらい前だと思う」と証言した。
Pは,両眼とも視力は良く,万引き防止センサーが鳴るという特異な状況で,入口ドアを出ていく女性を目撃するという印象的な体験を証言しており,同証言は信用できるところ,次の理由から,その女性は被告人であったと認められる。第1に,女性の顔は見ていないものの,その着衣や身長,髪の様子などが被告人の特徴(前記1(1),(2))と合致している。第2に,前記(1)エのとおり,HⅠが本件火災の5日後に箱入りCDラジオカセットレコーダー1台を任意提出しているところ,その箱は,鮮やかなピンク色をしていて,表面2か所と側面1か所にCDラジカセの絵が描かれており,Pは,証言の際,上記任意提出に係る箱が自分の見た物とほぼ同じであると述べている。なお,前記(1)エのとおり,上記箱に貼付された防犯シールは,AⅡに設置されていたのと同型のAⅠのゲート型盗難防止用センサーに反応し,警報音を吹鳴させることが確認されており,これを持ってAⅡのゲートを通過すれば,警報音が吹鳴したものと認められる。加えて,被告人の次男HⅢは,被告人が,13日午後8時35分ころ,横にラジカセの絵が描かれたピンク色の箱を両手で抱えてH方に帰ってきたこと,父HⅠが任意提出したのがその箱であることを供述し,長男HⅡも,これに沿う供述をしている。そうすると,上記任意提出に係る箱入りCDラジオカセットレコーダーは,被告人が13日夜AⅡから持ち出したもので,Pはその様子を目撃したということができる。
エ 検討
以上の各目撃証言によれば,被告人が本件出火の前後にAⅡにいたことは明らかである。具体的には,まず,午後8時過ぎころ,アパレル売場でNの接客を受けて,黒色スウェット上下や水色パーカー上下を受け取ったこと,次に,非常放送が流れる約5分前ころ,すなわち発火の約4分前である午後8時11分ころ,主要通路を南方向から寝具売場方向に移動したこと,その後,Oが非常放送を聞き,煙が出ているのに気付く直前である午後8時16分ないし17分ころ,寝具売場の方から主要通路を歩いてきて,出口専用ドアに向かって立っていたこと,そして,Pが妻に電話を架けた午後8時17分18秒の約1分前ころ,上記箱入りCDラジオカセットレコーダーを抱えて入口専用ドアを出て行ったことが認められる。なお,このように認定すると,Oの目撃とPの目撃とが時間的に重なり,前後が逆になる可能性が出てくるが,両名がいずれも被告人を目撃したと認められることは,上記検討のとおりであり,両名それぞれが時間について述べるところが主観的,感覚的なもので,ある程度の幅があることを併せ考えると,目撃の前後は上記認定のとおりであったということができる。また,Oは,「女性が手に何か持っていたかどうかははっきり記憶していない」と証言しており,箱入りCDラジオカセットレコーダーに気付かなかったのは不自然であるとの指摘もあり得るが,Oは女性の顔に特に注目しており,着衣については「着ぶくれしていた」程度の印象しか述べていないことに照らすと,必ずしも不自然であるとはいえない。
以上によると,被告人は,非常放送の約5分前ころ,すなわち寝具売場に火が放たれる約6分前ころ,主要通路を南方向から寝具売場の方向に移動し,非常放送の直後,すなわち本件放火の約1分後に,寝具売場付近の主要通路上から入口専用ドア方向に移動した上,上記黒色スウェット上下,水色パーカー上下及びCDラジオカセットレコーダーを会計を通さずに持って,同ドアから店外に出たものと認められる。
(3) 被告人の留置房内での発言
ア 同房者の証言
被告人が留置されていたv警察署で,同じ房に入っていたQ及びRは,平成17年3月ころの房内における被告人との会話について,それぞれ次のとおり証言する。
(ア) Qの証言
私とRがいた房に被告人が入ってしばらくした3月初めころ,被告人とRがけんかになり,その際,被告人は,Rに対する気遣いもあって,自分の事件のことについて泣きながら話した。被告人は,親指を立て,首のところで横に動かしながら,「私はもしかしたら,無期かこれかもしれない」と言った。私が「死ぬとは思わなかったんでしょう」と言うと,被告人は「うん,まさか死ぬとは思わなかった」と答え,私が「魔が差しちゃったんでしょう」と言うと,被告人は「魔が差したんだ」と答えた。被告人は,その他の機会にも何回か同じようなことを言い,また,刑務所に行くのは嫌だとも言っていた。被告人は,取調べに対しては,「分からない」「知らない」などと言い,自白しておらず,調書にも署名していないと言っていた。
(イ) Rの証言
私とQがいた房に被告人が入ってきて一,二週間経ったころ,私とQが刑務所の話をしていると,被告人が「怖くないの」と言って話に入ってきた。Qが被告人を慰めると,被告人は,親指を立て,首を切るような仕草をし,泣きながら,「私は,どうせ,無期かこれだから,もし言ってしまったらこれだから」と言い,さらに,「3人も死ぬとは思わなかった」「魔が差してやっちゃった」「同じことは何回もするもんじゃないよ」とも言った。被告人からこの発言を聞いたのは,1回だけだったと思うが,同じような話は何回か聞いた記憶がある。被告人は,否認し,調書に指印もしていないと言っていた。
イ 検討
QもRも,被告人と同房になる前から,うわさ話として,被告人がAⅡ放火の被疑者として疑われている人物であることを聞いていた。そして,Qは,Rから「Qちゃんの誘導尋問すごいよね」と指摘されたほど,被告人が同店放火の犯人であることを前提として積極的に問いを発し,被告人がこれに答える過程で,「まさか死ぬとは思わなかった」などと発言した旨証言している。また,Rは,被告人から上記発言を聞いた翌日,捜査中だった自己の事件の担当取調官に対し,同発言の内容を伝えたと証言しており,同証言の時点でもなお自己の事件の公判中だったのであるから,自らの処分への影響を考慮して,捜査機関に迎合的な供述又は証言をした可能性も否定できない。
しかし,被告人がQ及びRに対し,「私は,無期かこれかもしれない」「まさか死ぬとは思わなかった」「魔が差した」との発言をしたこと自体については,両名の証言が合致しており,信用できる。弁護人が指摘するとおり,「無期かこれかもしれない」との発言については,発言の時期が,被告人が自白を始める二,三週間前であることにかんがみると,被告人において,自らの主張が通らず裁判所が厳しい判決をするかもしれないとの予想を述べたという可能性も否定できない。しかし,上記の各発言を全体としてみれば,被告人がQの「誘導尋問」に返答したものであってもなお,自らが放火したことを前提として,「まさか死ぬとは思わなかった」「魔が差した」などと発言したものと理解するのが自然である。
したがって,被告人が,同房者に,自分がAⅡ放火の犯人であることを自認する趣旨の発言をしたことに,疑いはない。
(4) 小括
以上の検討結果をまとめると,被告人は,本件放火の前後ころ,AⅡに現在しており,放火の約6分前ころ放火現場の寝具売場に近付き,放火の約1分後に,同売場から入口専用ドアに移動して店外に出たこと,また,捜査官に対し後記自白を始める前のころ,同房の女性2名に対し,自分が上記放火の犯人であることを自認する趣旨の発言をしたことがそれぞれ認められる。
これらは,被告人が本件放火の犯人であることを肯定する方向に働く有力な事情であるといえる。さらに,後記9で被告人の自白の信用性を検討した上で,被告人の上記犯人性の有無について改めて考察することとする。
5 判示第2の5の事実(13日AⅠ放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア AⅠ店内の状況
被害現場である同店は,南北に長い鉄骨造りの平屋建て店舗で,建物南側の西寄りに入口用,同中央付近に出口用の2か所の自動ドアがあり,そこから店内を北方に進むと,建物中央の東西2か所に,北側に降りる形となる階段が設置されている。入口用ドアから中央西寄りの階段に向かう通路の途中,同通路西側にアパレル(衣料品)売場がある。また,同売場に隣接した北側にスポーツ・大工用品売場がある。
イ 火災発見等の状況
同店従業員のwは,13日午後10時35分ころ,客らに火災の発生を告げられてアパレル売場に駆けつけ,スポーツ・大工用品売場との境となる陳列棚の衣料品が燃えているのを発見し,店内放送により火災の発生と避難を告げた。すると,他の従業員が消火器を持ってアパレル売場に駆けつけ,消火剤を撒くなどし,さらに,スプリンクラーも作動して,火は消し止められた。
(2) 被告人と特徴が合致する女性の放火店舗への出入り
AⅠには,南側の入口用及び出口用の各自動ドア,ブランド品売場,寝具売場東側通路に,それぞれ店内の状況を撮影する防犯カメラが設置されている。
そして,入口用の自動ドアを撮影する防犯カメラに,13日午後10時15分ころ,上下黒色の着衣で白色の運動靴用の靴を履き,髪が茶色で肩より長いという点でその特徴が前記1(1),(2)の被告人と合致する上,被告人と顔立ちが似ている女性が入店する状況が撮影されている(写真撮影報告書・甲322,捜査報告書・甲323,ビデオテープ1巻・同押号の16,捜査報告書・甲608)。また,出口用の自動ドアを撮影する防犯カメラには,同日午後10時35分ころ,上下黒色の着衣で,髪が茶色で肩より長い女性が退店する状況が撮影されている(写真撮影報告書・甲324,捜査報告書・甲325,ビデオテープ1巻・同押号の17,捜査報告書・甲608)。
以上によれば,13日,アパレル売場で火災が発生する約20分前に,その着衣や髪型,顔立ちから被告人と強く推測される女性がAⅠに入ったと認められる。そして,火災発生直後,着衣と髪型の特徴が被告人と一致する女性が退店していることも認められる。
(3) 放火媒介物と被告人との結びつき
ア ピンク色ちり紙様の物1塊の押収等の状況
(ア) ピンク色ちり紙様の物1塊の発見,領置状況
Sの証言及び実況見分調書(甲274,297,300)等によれば,警察官のSは,13日の火災発生直後にAⅠに臨場し,同日午後11時20分ころから実況見分を行ったところ,同店アパレル売場においては,北側のスポーツ・大工用品売場との境となる陳列棚の北側側面西寄り部分に設置された上下2段のパイプのうち,上段のパイプにはプラスチック様のものが垂れ下がり,下段のパイプには燃え溶け残った衣料品が垂れ下がり,さらに,パイプ下には衣料品が積み重なっている状況が見分されたこと,Sが焼損した衣料品を数回取り除くと,その中から,上記陳列棚最下段の棚板とその上に落ちた衣料品の上に載った状態で,湿潤した,灯油の臭いを発するピンク色ちり紙様の物1塊が発見され,また,この塊の上に載るような形で,黄色と白色のビニール片1塊も発見されたこと,Sはこれらを領置して警察署に持ち帰ったが,翌14日の実況見分で,ビニール片1塊のうち黄色のビニール片には,「A王国」との文字が印刷されているのが確認され,また,ピンク色ちり紙様の物1塊は湿潤しており,塊状のまま大きさの測定などが行われ,塊が分解されることはなかったことがそれぞれ認められる。
(イ) ピンク色ちり紙様の物1塊の中に人毛を発見した状況等
T及びUの各証言並びに実況見分調書(甲297,310)等によれば,次の各事実が認められる。
すなわち,Sが領置したピンク色ちり紙様の物1塊は,その後ブリキ缶の中に納められ,保管庫に保管されていたところ,警察官のUは,上司から,これを分解して異同識別を行う許可を得たが,塊のまま自然乾燥させようと考え,平成17年2月ころから,日中,自ら在庁している間はこれをブリキ缶から取り出し,金属製のざるに載せてロッカーの上に置き,退庁時にはブリキ缶に収めて返納するということを繰り返した。同年3月10日,Uは,ピンク色ちり紙様の物1塊を,自然乾燥させただけの状態で分解することなく,静岡県にあるx株式会社に持ち込んだ。
x株式会社営業部長のTは,警察から異同識別の依頼を受け,上記塊状の物を受け取り,同社の代表取締役yとともに,同社会議室において,その外側から紙を1枚ずつはがし,シートの長さの測定などを行った。そして,複数枚の束が大きく半分に折れていたことから,その折れた部分を開いたところ,その折れた部分の間の表面に数本の毛髪様のものが付着しているのを発見した。
Uは,直ちにTらに分解作業の中止を求め,写真を撮った後,分解し終えた紙片状の物と,数本の毛髪様の物が発見された塊とを別々にファスナー付きビニール袋に入れ,警察署に持ち帰った。
同月14日,毛髪様の物が発見された塊について実況見分が行われ,その表面から,毛髪様の物8本が採取された。Uは,これを1本ずつ個別にビニール袋に入れて領置し,そのままの状態で,DNA鑑定のため,z大学助教授のVに交付した。
なお,Tの証言によれば,湿潤し,乾燥させた紙の塊は,1度分解すれば元の塊の状態に戻すことはできないところ,毛髪様の物8本は,複数枚の束が大きく半分に折れていた部分を開いた内側の表面に付着している状態で発見されたのであるから,塊が湿潤する前に,その内部に付着し,その後発見されたと認めるのが,自然かつ合理的である。
イ ピンク色ちり紙様の物1塊と本件放火との結びつき
同塊は,DNA鑑定に付される前の15日に,鉱物油付着の有無について鑑定に付され,Wがこの鑑定を行った。Wは,鑑定書(甲299)において,灯油が付着しているとの判断を示し,その旨,公判においても証言しているところ,同人は科学捜査研究所の技術吏員で,アルコールや油類,樹脂等の成分鑑定や異同識別鑑定を職務とし,多数の鑑定経験を有しており,本件鑑定で用いた手法とその判断内容は合理的で信頼性があると認められるから,上記判断は信用できる。
したがって,ピンク色ちり紙様の物1塊には灯油が付着していたと認められる。もともと火気がないアパレル売場で火災が発生しており,かつ,現場の焼損した衣料品の中から灯油が付着したピンク色ちり紙様の物が発見されていることからして,これが放火の媒介物であったと推認できる。そうすると,上記毛髪様の物8本は,放火媒介物の中から発見されたということになる。
ウ DNA鑑定の信用性
Vは,上記毛髪様の物8本(資料1)と,被告人の口腔内細胞を採取したもの(資料2),被告人の元夫であるHⅠ並びに同人と被告人の子であるHⅡ及び同HⅢの口腔内細胞を採取したもの(資料3ないし5)について,ミトコンドリアDNA型の異同識別鑑定を行い,鑑定書(甲317)において,資料1の8本のうち2本については,資料2の被告人から由来するとして矛盾はないと判定した(さらに,Vは,ミトコンドリアDNA型は母性遺伝をするものであるから,同人毛が,被告人の長男HⅡと次男HⅢから由来するものとしても矛盾はないと説明した)。
Vは,z大学助教授として歯及びDNA分析による個人識別を専門とする,DNA鑑定の技術に習熟した者であり,その鑑定方法であるミトコンドリアDNA型検査は,科学的に信頼される一般的な検査方法であることからして,本件DNA鑑定の結果には信用性が十分認められる。
なお,Vは,上記鑑定書及び公判証言において,被告人と同型のミトコンドリアDNA型が検出される確率は約2.6パーセントであると説明している。
エ HⅠ方のトイレットペーパーとピンク色ちり紙様の物との異同
(ア) HⅠ方のトイレットペーパー
本件当時被告人はH方でHⅠ,HⅡ及びHⅢと共に生活していたところ,H方には,13日当時,「α」という商品名の18ロール入りピンク色トイレットペーパーがあり,平成16年12月19日,同人がこれを任意提出した際,ビニール袋の封が開けられ,16ロールが残っている状態だったと認められる。
そして,この「α」は,静岡県のβ株式会社が製造するトイレットペーパーで,特にピンク色18ロール入りの「α」は,埼玉県内では,同月7日から13日までの間,AⅡのみで販売されていたと認められる(捜査報告書・甲304等)
(イ) 「α」とピンク色ちり紙様の物との異同識別
前記x株式会社の営業部長であるTは,公判において,「α」は,上記β株式会社の子会社のθ株式会社で製造されたトイレットペーパーであるが,その加工方法やシートの長さ,ミシン目のピッチ等の規格に特徴があり,本件のピンク色ちり紙様の物の特徴はそれと一致するので,「α」に間違いない旨明言している。同人は,本件と何ら利害関係のない第三者であり,その証言は,トイレットペーパー加工機について同人が有する豊富な知識に裏付けられたものとして,信用できる。
したがって,ピンク色ちり紙様の物1塊は,「α」が塊状になったものであると認められる。
(ウ) 検討
以上によれば,ピンク色ちり紙様の物1塊は,13日当時HⅠ方にあったのと同じ,「α」というトイレットペーパーが塊状になったものと認められる。
オ 被告人によるトイレットペーパーの準備状況
(ア) HⅠ方の状況
同状況は,前記3(5)ウ(ア)のとおりである。
(イ) HⅠの供述
HⅠは,13日の被告人の行動について,検察官調書(甲248)において,「午後9時過ぎころ,被告人は,自分の部屋からリビングに出てきて,白色ティッシュペーパーを5,6回引き出し,自分たちの寝室に入り,手のひらにティッシュペーパーを載せて戻ってきた。灯油の臭いがしたので,被告人がベランダでティッシュペーパーに灯油を染み込ませてきたと思い,『おいこぼれるよ』と言ってビニール袋を差し出した。『何してるんだよ』と言うと,被告人は『これからBの家に行って火をつけてやる』と言った。被告人は,ティッシュペーパーを持ったまま,午後9時35分ころ出掛けていった」と供述する。
そして,HⅠは,期日外尋問において,「今の記憶としては,灯油の臭いはしなかった」と証言したが,その余の点については概ね上記と同様の証言をした。
(ウ) HⅡの供述
次に,HⅡも,13日の被告人の行動について,検察官調書(甲247)において,「午後9時30分ころ,被告人は,リビングに出てきて,白色ティッシュペーパーを10回から15回くらい取り出し,さらに,トイレ前の部屋(HⅠの部屋)に移動し,そこに置いてあったピンク色トイレットペーパーを手に巻き取った。そして,自分たちの寝室に入り,リビングに戻ってきた。HⅠが,ピンク色トイレットペーパーを持った被告人に『垂れるじゃないか』と言い,白色ビニール袋をその手の下に広げて差し出すと,被告人は,ピンク色トイレットペーパーをこの袋に入れていた。HⅠが『何に使うんだよ』と言うと,被告人は『Bの家に火をつけに行く』と言った」と供述する。
そして,HⅡも,期日外尋問において,「記憶にない」と証言する部分も多かったが,概ね上記と同様の供述をし,さらに,上記に加え,「被告人が自分たちの部屋を通ってベランダに行き,ポリタンクの前にしゃがみ込むのを見た」とも証言した。
(エ) HⅢの供述
また,HⅢも,13日の被告人の行動について,検察官調書(甲246)において,「午後9時30分ころ,被告人は,自分の部屋からリビングに出てきて,5回から10回くらい白色ティッシュペーパーを取り出し,さらに,トイレ前に移動してしゃがみ込み,ピンク色トイレットペーパーを両手にぐるぐると巻き付けた。そして,自分たちの寝室に入り,リビングに戻ってきた。HⅠが,ピンク色トイレットペーパーの塊を持った被告人に『垂れるだろう』などと言い,白色ビニール袋をその手の下に広げて差し出すと,被告人は,ピンク色トイレットペーパーをこの袋に入れていた。このとき灯油の臭いがした記憶はない。HⅠが『何してるんだよ』と言うと,被告人は『火をつけてやる』と言い,出掛けていった」と供述する。
そして,HⅢも,期日外尋問において,HⅡと同様,「覚えていない」と証言する部分が多く,さらに,被告人がティッシュペーパー等を取り出した記憶は13日中に1回しかないとも証言したが,他方で,検察官調書よりさらに具体的に,被告人がピンク色トイレットペーパーを持ってリビングに戻ってきた際,HⅠが「灯油くさい」と言い,そのため服で鼻を覆ったことを覚えているなどとも証言した。
(オ) 検討
以上のように,HⅠ,HⅡ及びHⅢは,13日午後9時30分ころの被告人の行動について,それぞれ捜査段階で供述するところ,同人らが供述する被告人の行動は特異であって記憶に残りやすいものであり,各供述とも,被告人の動きやこれに対するHⅠの対応,被告人とHⅠとのやり取りなどの点で極めて具体的かつ迫真的である上,HⅠがピンク色トイレットペーパーについて供述しないのを除き,詳細において一致している。
他方,HⅡ及びHⅢは,期日外尋問において,「記憶にない」あるいは「覚えていない」と証言する部分も多く,とりわけHⅢは,被告人がティッシュペーパー等を取り出した記憶は13日中に1回しかないとも証言している。しかし,前記3(5)ウ(エ)のとおり,被告人がHⅡらにとって母親であることにかんがみれば,被告人に不利になるであろうことが明らかな証言を避けようとする可能性は否定し難く,また,期日外尋問は事件から1年以上経って行われており,時間の経過により記憶が減退したことも考えられる。そして,覚えていないとしながらも,HⅢは,期日外尋問で初めて「服で鼻を覆った」と証言して,捜査段階で「灯油の臭いがした記憶はない」と供述した理由を合理的に説明し,また,HⅡも,期日外尋問で捜査段階供述をより詳細にし,被告人がベランダに行きポリタンクの前でしゃがみ込むのを見た旨証言しているのである。そうすると,同人らが,期日外尋問における証言によって,捜査段階における供述を否定したものと目することはできない。
また,HⅠも,捜査段階では「灯油の臭いがした」と供述していたのに対し,期日外尋問においては「灯油の臭いがした記憶はない」と証言している。しかし,HⅡ及びHⅢの一致する供述によれば,HⅠは,被告人に対し,「垂れる」などと指摘してビニール袋を差し出したと認められ,また,上記のとおり,HⅢは,HⅠが「灯油」について指摘したため服で鼻を覆ったとも証言しているのである。そうすると,この点については,HⅠの捜査段階供述が信用できるというべきである。
以上によれば,13日の被告人の行動に関するHⅠ,HⅡ及びHⅢの上記各捜査段階供述は信用でき,被告人は,13日午後9時30分ころ,H方でピンク色トイレットペーパーを両手にぐるぐると巻き付け,ベランダでこれに灯油を染み込ませ,白色ビニール袋に入れ,午後9時35分ころ出掛けたものと認められる。
カ 放火媒介物(ピンク色ちり紙様の物1塊)と被告人との結びつき
以上のとおり,本件放火の媒介物であるピンク色ちり紙様の物1塊の中から,ミトコンドリアDNA型において,被告人,あるいはH方で被告人と共に生活する被告人の長男HⅡ,次男HⅢから由来するとして矛盾のない人毛が2本発見されていること,本件の約1時間前に,被告人は,H方でピンク色トイレットペーパーを両手に巻き付け,これに灯油を染み込ませ,白色ビニール袋に入れて出掛けたこと,そして,本件ピンク色ちり紙様の物1塊は,H方にあったのと同じ「α」が塊状になり,これに灯油が付着したもので,かつ,放火現場で,黄色と白色のビニール片と共に発見されていることがそれぞれ認められるのであり,これらの事情を総合すれば,本件放火の媒介物であるピンク色ちり紙様の物1塊は,被告人がH方でこれに灯油を付着させ,白色ビニール袋に入れて準備したものであると推認することができる。
(4) 小括
これまでの検討結果をまとめると,本件火災発生の約20分前,被告人と強く推測される女性がAⅠに入り,火災発生直後に,着衣の特徴が被告人と一致する女性が退店していること,そして,その間に,被告人が直前に準備したと推認される媒介物を用いて火が放たれたことがそれぞれ認められる。これらの事情は,相俟って,被告人が本件放火犯人であることを合理的に推認させるものといえる。
6 判示第2の6の事実(15日AⅠ放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア AⅠ店内の状況
被害現場である同店の状況は,前記5(1)アのとおりである。加えるに,建物中央の西寄りの階段を下り,通路をさらに北方に進むと,その東側に寝具売場がある。同売場には,陳列棚が6台,それぞれ通路をはさんで東西に長く設置され,その東側には南北に長く陳列棚が設置されている。そして,寝具売場西側の通路をさらに北方に進むと,店舗北西角に貴金属・ブランド品売場がある。
イ 火災発見等の状況
買物客のWは,15日午後3時6分ころ,上記寝具売場東側の通路を歩いていた際,上記6台の陳列棚のうち南から2番目の陳列棚の北側側面西寄り部分に置かれた毛布(黒色縦縞模様が入った赤色のもの)が手前に引き出されて燃えているのを発見し,これを同店従業員らに知らせた。間もなく警備員が駆けつけ,上記毛布を引き出して上記陳列棚西側の通路に投げ,消火器を用いて火を消し止めた。
(2) 被告人の出火場所への出入り
ア AⅠ従業員の供述及び写真面割
(ア) XⅠの供述
同店パート従業員のXⅠは,検察官調書(甲417,419)において,15日午後3時ころ,同店ブランド品売場で,目の下がたるみ,髪が茶色でその長さが胸部付近くらいまであり,プレイボーイのロゴが入った青色スウェットを着用し,薄茶色のサングラスをかけ,赤色の派手な模様が入った赤色と黒色が混ざったような色の野球帽を被った女性に接客し,その女性に言われてブルガリ製のペアの腕時計をショーケースから出し,そのうち女性用のものをその女性の腕にはめ,また,その女性が買物かごに入れて持っていたMCMというブランドの白色ウインドブレーカ上下の汚れを指摘するなどしたと供述する。また,XⅠは,その女性の特徴として,爪にラメが入ったオレンジ色のマニキュアを塗り,左手の指にはクリスチャンディオールというブランドのロゴが入った指輪をはめていたと供述する。
そして,XⅠは,写真帳(甲428)を示され,被告人と同年代と見られる10人の女性の写真の中から,上記の接客をした女性として被告人の写真を選んだ。
XⅠは,殊更虚偽の供述をする理由も必要もなく,上記女性に直接接客し,その腕に腕時計をはめるなどした者で,同女性の全体的な容姿だけでなく,手や指についても詳細に観察していると認められる。なお,上記写真帳に貼付された写真は,いずれも正面と横顔の2枚一組であるところ,被告人以外の写真については,右側に正面,左側に横顔の写真が配されているのに対し,被告人の写真のみが,左側に正面,右側に横顔の写真が配されている。しかし,XⅠは,写真帳の中から被告人の写真を選び出した以外にも,目のたるみや髪の色,長さなど被告人の特徴と合致する特徴を述べているのであって,上記のような写真帳上の差異に影響されて,被告人の写真を選んだのではないといえる。
そうすると,XⅠの上記供述は信用でき,同人が接客した女性は,着衣や帽子,爪のマニキュアや指輪などの点において前記1(3)の被告人の特徴と合致し,さらに,XⅠは,10人の写真の中から被告人の写真を選び出しているのであるから,上記女性は被告人であったと認められる。
(イ) XⅡの供述
同店従業員のXⅡも,検察官調書(甲421)において,15日午後3時過ぎころ,XⅠから接客された後一度ショーケースを離れた女性に,再びブランド品売場で接客し,ショーケースの上に再び上記ブルガリ製のペアの腕時計を出したと供述し,さらに,その女性の特徴について,年齢が50歳から60歳くらいで,赤色か黒色の鍔付きの野球帽を被り,青色のジャージ上下を着用し,髪が茶色でバサバサしており,目つきが鋭く,顔が痩せこけていたと供述する。
そして,XⅡは,一度被告人の写真を1枚のみ示され確認した後ではあるが,上記写真帳(甲428)を示され,その中から上記の接客した女性として被告人の写真を選んでいる。
XⅡも,殊更虚偽の供述をする理由も必要もなく,上記女性に直接接客した者である。なお,XⅡについては,写真面割の前に被告人の写真を1枚のみ示されて確認したほか,その後示された上記写真帳については上記(ア)で指摘した事情が認められる。しかし,XⅡは,輪郭や目つき,髪の様子など被告人の特徴と合致する特徴を述べているのであって,写真帳上の差異や先行して示された被告人の写真の印象に影響されて,被告人の写真を選んだのではないといえる。
そうすると,XⅡの上記供述は信用でき,同人が接客した女性は,着衣や帽子などの点において前記1(3)の被告人の特徴と合致し,さらに,XⅡは,10人の写真の中から被告人の写真を選び出しているのであるから,上記女性は被告人であったと認められる。
(ウ) XⅢの供述
同店従業員のXⅢは,検察官調書(甲423)及び警察官調書(甲425)において,15日午後3時ころ,アパレル売場において,MCMというブランドの白色ウインドブレーカーを交換した女性客がいたと供述し,その女性の特徴として,年齢は45歳くらい,身長は154センチメートルくらいで,「PLAYBOY」のロゴが胸部と背面に入り,背面にはうさぎの柄も入ったフード付き青色スウェット上下を着用し,黒い野球帽型の帽子を被り,顎が尖り,目つきが悪かったと供述する。
さらに,XⅢは,上記写真帳(甲428)を示され,髪の色が印象と違うとしながらも,上記女性として被告人の写真を選んでいる。
XⅢも,殊更虚偽の供述をする理由も必要もなく,上記女性に直接対応している者である。なお,上記写真帳については上記(ア)で指摘した事情があるが,XⅢも,被告人の写真を選び出した以外に,輪郭や目つきなど被告人の特徴と合致する特徴を述べているのであって,写真帳上の差異に影響されて被告人の写真を選んだとはいえず,むしろ,写真の髪の色は自らの印象とは異なるが,それは帽子のせいかもしれないと述べて,被告人の写真を選んでいるのであって,自らの記憶に基づいて写真面割を行ったと認められる。
そうすると,XⅢの上記供述は信用でき,同人が対応した女性は,着衣や帽子などの点において前記1(3)の被告人の特徴と合致し,さらに,XⅢも,10人の写真の中から被告人の写真を選び出しているのであるから,上記女性は被告人であったと認められる。
(エ) 検討
したがって,被告人は,15日午後3時ころ,AⅠにおいて,3名の従業員からそれぞれ接客を受けたと認められる。
イ AⅠに設置された防犯カメラの画像
(ア) 防犯カメラの画像
同店には,前記5(2)のとおり,南側の入口用及び出口用の各自動ドア,ブランド品売場,寝具売場東側通路に,それぞれ店内の状況を撮影する防犯カメラが設置されている。そして,これらの防犯カメラには,正面及び鍔部分に白色の模様が入った黒色の鍔付き帽子を被り,上下水色の衣服を着た女性が,15日午後2時48分ころ入店し,午後2時53分ころ,白色の衣類様のものを入れた買物かごを左手に持って,貴金属・ブランド品売場のショーケース前に立っているのが撮影されている。
さらに,上記防犯カメラには,上記女性が店内をしばらく移動した後,午後2時56分ころから午後2時58分ころまでの間,上記ショーケース前で女性従業員の接客を受け,腕時計をその左腕にはめる状況が撮影されている。なお,女性の着衣については,上記の特徴に加えて,フード付きの上衣で背面に紺色のうさぎの模様があり,下衣左足の外側部分に紺色のラインが入っているといった特徴があり,また,同女性は,白色の運動靴様の靴を履いていたと認められる。
そして,同女性は,午後3時5分ころ,寝具売場に現れ,同売場東側通路から,上記6台の陳列棚のうち南から2番目の陳列棚の北側にある通路に入っている。
その後,上記防犯カメラには,午後3時6分ころ,同女性が,白色の衣類様のものを腕に抱えて再び上記ショーケース前に現れ,男性従業員の接客を受け,同従業員が同ショーケース前を離れた午後3時7分ころ,ショーケース上にある物に手を伸ばしてこれを取り,同時刻ころ,退店した状況が撮影されている。
(以上につき,写真撮影報告書・甲402ないし404)
(イ) XⅠ,XⅡ及びXⅢの各供述
そして,被告人に接客したXⅠ,XⅡ及びXⅢは,いずれも,上記防犯カメラの画像のうち,午後3時5分ころの寝具売場の状況を撮影した画像を確認し,同画像に写っている人物が,その着衣や帽子等の特徴から当日接客した女性,すなわち被告人であると供述している(各検察官調書・甲419,甲422,甲427)。
XⅠ,XⅡ及びXⅢは,被告人の着衣を十分観察していたと認められる上,同人らが供述する被告人の動きは,上記防犯カメラに撮影された女性の動きと合致しており,その供述は十分信用できる。
以上によれば,上記防犯カメラで撮影された女性は,XⅠらが接客した女性,すなわち被告人であると認められる。
(ウ) W供述
Wは,検察官調書(甲405)において,寝具売場東側通路を歩いていて発見した火は高さが40センチメートル程度,幅が30センチメートル程度であったと供述しており,同人は,火が放たれてから比較的短時間のうちにこれを発見したと認められる。また,Wは,火を発見した際,火がついた毛布が置かれた陳列棚とその北隣に設置された陳列棚の間の通路には間違いなく人はいなかったと供述し,また,自らが歩いていた寝具売場東側通路にも人がおらず,その他の東西に長く設置された他の陳列棚の間の通路にも人がいなかったと思うと供述している。
そして,Wは,自らの姿が撮影された防犯カメラの画像を写真撮影報告書(甲403)で確認しており(なお,上記検察官調書には,甲402の写真撮影報告書を確認した旨記載されているが,甲403と記載すべきを,検察官が誤記したと認められる),同報告書(甲403)添付の写真によっても,Wの上記供述のとおり,15日午後3時5分ころ,同人が上記寝具売場東側通路に姿を現した際,同通路上に他の人の姿はなく,同日午後3時6分ころ,同人が火を発見するまで,同人以外,同通路を通った人物はいなかったと認められる。
Wの上記供述は,火を発見した際の状況を具体的に述べるもので,上記報告書の画像とも合致しており,信用できる。
ウ 被告人の出火場所への出入り
以上によれば,被告人は,15日午後2時48分ころAⅠに入店し,貴金属・ブランド品売場で接客を受けるなどした後,午後3時5分ころ,寝具売場に現れて,同売場の東側通路から上記6台の陳列棚のうち南から2番目の陳列棚の北側にある通路に入ったこと,その直後の午後3時6分ころ,被告人が入った通路の南側の陳列棚,すなわち,上記6台の陳列棚のうち南から2番目の陳列棚の北側側面に置かれた毛布が燃えているのをWが発見したこと,さらに,被告人が上記通路に入ってからWが火を発見するまでの間,寝具売場東側通路を通った人はW以外にいなかったことがそれぞれ認められる。
(3) 放火媒介物,焼損遺留物と被告人との結びつき
ア 青色タオル様の物及びたばこの吸い殻4本の押収等の経緯
YⅠ,YⅡ及びYⅢの各証言並びに捜査報告書(甲339)及び実況見分調書(甲335,371,377,394,398)等によれば,次の各事実が認められる。
(ア) 15日AⅠに臨場した警察官のYⅠは,午後3時50分ころから同店の実況見分を行った。同店寝具売場の西側通路に毛布が落ちており,同毛布やその周囲に広く消火剤が撒かれていたが,消火活動に当たった警備員は,燃えていた同毛布を棚から通路上に出した旨説明した。なお,前記(1)イのとおり,同毛布は,6台の陳列棚のうち南から2番目の陳列棚の北側側面西寄り部分に置かれていたが,手前に引き出されて燃えているのを買物客のWが発見して同店従業員に知らせ,上記警備員が駆けつけたのであった。
(イ) 上記毛布が置かれていた場所より東寄りの床に,同陳列棚に接するようにして,湿潤した,揮発油性の臭いを発する青色タオル様の物が落ちているのが発見され,また,同陳列棚の北隣に設置された陳列棚の南東角付近の床に銀紙片が落ちているのが発見された。これらはいずれも一部炭化していた。
YⅠはこれらを領置し,銀紙片1片についてはチャック式ビニール袋に入れて警察署に持ち帰ったが,青色タオル様の物については,科学捜査研究所技術吏員のが,ビニール袋に入った状態で同研究所に直接持ち帰った。
(ウ) 上記実況見分の際,毛布が置かれていた陳列棚の棚板が外されることはなく,同日午後9時過ぎころ寝具売場の実況見分が終了した後,同店従業員のYⅡが清掃のため棚板を外した。そして,YⅡが,火がついた毛布が置かれていた直下の床を奥から手前に向かってほうきで掃くと,消火剤が薄く積もった下から,たばこの吸い殻が3本掻き出された(同人の証人尋問調書末尾添付の写真)。そこで,YⅡは,寝具売場以外の店舗全体の実況見分のため残っていたYⅠにこれを知らせ,YⅠは,たばこの吸い殻3本をそれぞれ別個のチャック式ビニール袋に入れて領置し,警察署に持ち帰った。吸い殻3本の銘柄はいずれもマイルドセブンスーパーライトであり,うち1本は大部分が黒く焼損し,もう1本にはたばこの先端からフィルター部にかけて帯状の焦げ痕があった。
(エ) 平成16年12月28日,本件の捜査に当たっていた警察官のYⅢは,同店店長dから,同月16日午前1時ころ同店従業員が発見したたばこの吸い殻1本を保管していたとして,その提出を受けて領置し,チャック式ビニール袋に入れて警察署に持ち帰った。この吸い殻の銘柄もマイルドセブンスーパーライトであり,その先端部には,幅約7ミリメートル,長さ約1.9ミリメートルの焦げ痕があった。
(オ) ZⅠが科学捜査研究所に持ち帰った青色タオル様の物については,鉱物油の付着の有無について15日に鑑定嘱託がなされ,続いて,その繊維と(a)F備え付けの窓拭き用タオルの繊維との同種性,及び(b)トヨタRAV4の給油口の微物を採取した粘着シート付着の繊維との異同について,同月27日に鑑定嘱託がなされた。
YⅡが発見したたばこの吸い殻3本については,それぞれチャック式ビニール袋に入った状態のまま科学捜査研究所に送付され,唾液の付着の有無と付着が認められた場合の唾液のDNA型について同月20日に鑑定嘱託がなされ,また,鉱物油の付着の有無についても平成17年1月20日に鑑定嘱託がなされた。また,YⅢが領置したたばこの吸い殻1本も,同月13日に,唾液の付着の有無と付着が認められた場合の唾液のDNA型について鑑定に付された。これらたばこの吸い殻4本に関するDNA型については,さらに同月25日,被告人の血液のDNA型との異同識別の鑑定に付された。
なお,以上の鑑定に付された証拠物については,放火現場で発見されてから鑑定に付されるまでの間,他の物と取り違えられ,あるいはこれに何らかの作為が加えられた形跡は認められない。
イ 青色タオル様の物と被告人との結びつき
(ア) F備え付けのタオルの状況
関係証拠によれば,同店は,いわゆるセルフ式の,来店客が自ら給油する方式のガソリンスタンドで,給油レーンが第1レーンから第8レーンまであり,その西側(第1レーンからは南西側)には車両洗い場が設けられ,同洗い場の壁に接するようにして,窓拭き用タオルが入れられた棚が置かれていること(実況見分調書・甲430),同窓拭き用タオルは青色で,未使用の物の大きさは,横が約50.5センチメートル,縦が約33.0センチメートル,使用済みの物の大きさは,横が約45.0センチメートル,縦が約32.5センチメートルであること(鑑定書・甲435,写真撮影報告書・甲432,捜査報告書・甲431,433)がそれぞれ認められる。
(イ) 青色タオル様の物のガソリン付着状況
青色タオル様の物につき,上記ア(オ)の鉱油物の付着の有無についての鑑定嘱託を受け鑑定を行ったWは,これにガソリンが付着しているものと認められる旨判定している(鑑定書・甲400)。同判定は,前記5(3)イのとおり,専門的知見に基づく信頼できる鑑定によるものとして信用でき,青色タオル様の物にはガソリンが付着していたと認められる。
そして,もともと火気のない寝具売場で火災が発生し,現場から,ガソリンが付着し,かつ,その一部が炭化した青色タオル様の物が発見されていることからして,この青色タオル様の物が本件放火の媒介物であったと推認できる。
(ウ) 青色タオル様の物とF備え付けのタオルとの関連性
青色タオル様の物については,上記ア(オ)のとおり,その繊維とF備え付けの窓拭き用タオルの繊維との同種性についても鑑定が行われ,同鑑定に当たったZⅠは,青色タオル様の物並びに同店備え付けの窓拭き用タオルの未使用の物及び使用済みの物のいずれについても同種の繊維が使用されていると判定している(鑑定書・甲435)。ZⅠも,科学捜査研究所の技術吏員で,工業製品の鑑定を専門としており,本件鑑定の手法と判断内容は合理的で信頼性があると認められるから,上記判定は信用でき,さらに,同人の公判証言を併せ見ると,青色タオル様の物には,F備え付けの窓拭き用タオルと同種の繊維が使用され,布の織り方もこれと共通していたと認められる。
なお,本件現場で発見された青色タオル様の物の大きさは,横約45.0センチメートル,縦約32.5センチメートルであり,大きさという点においても,上記(ア)のF備え付けの窓拭き用タオルの使用済みの物のそれと一致している。
(エ) 青色タオル様の物と被告人車両との結びつき
さらに,ZⅠは,上記ア(オ)のとおり,タオル様の物の繊維とトヨタRAV4の給油口の微物を採取した粘着シート付着の繊維との異同についても鑑定を行い,同粘着シートから青色タオル様の物の繊維と極めてよく似た繊維が1本検出された旨判定している(鑑定書・甲438)。ZⅠの公判証言も併せ見ると,同鑑定の手法と判断内容も合理的で信頼できるから,上記判定は信用でき,トヨタRAV4の給油口に青色タオル様の物の繊維と極めてよく似た繊維が付着していたと認められる。
(オ) Fの防犯カメラに撮影された被告人の行動
被告人は,前記1(3)イのとおり,15日午後1時54分ころから午後2時4分ころまで,Fで給油をしている。同ガソリンスタンドに設置された防犯カメラには,被告人が,午後1時54分ころ第1レーンに車を停め,午後1時56分45秒ころ一度自車を離れて南西方向に向かって歩き,午後1時57分5秒ころ同方向から自車に戻ってくる様子に続いて,午後1時57分40秒ころ給油ホースを手に取り給油を開始し,午後1時59分15秒ころ給油を終えて給油ホースを戻す様子,次いで,午後1時59分24秒ころから同31秒ころまでの間,自車の給油口に向かって立ち,腰を低くして給油口を拭く動作をし,同33秒から同38秒までの間には,給油口前の地面を布様のもので拭く動作をする様子が撮影されている(捜査報告書・甲436,押収してあるビデオテープ1巻・同押号の18,捜査報告書謄本・甲613)。
なお,その際被告人が運転していた車は,塗色やトランクドアに取り付けられたタイヤなどの特徴からトヨタRAV4であると認められる。
(カ) 検討
以上のとおり,本件放火の媒介物である青色タオル様の物にはガソリンが付着し,その青色タオル様の物とF備え付けの窓拭き用タオルとは繊維が同種で,布の織り方も共通しており,さらに,トヨタRAV4の給油口からは,青色タオル様の物の繊維と極めてよく似た繊維が検出されているところ,被告人は,本件放火の約1時間前にトヨタRAV4を運転してFを訪れ,給油前一度車を離れて同店備え付けの窓拭き用タオルが入れられた棚の方向に歩き,車に戻って給油した後,給油口を拭く動作及び給油口前の地面を拭く動作をしたと認められる。
そうすると,本件放火の媒介物である青色タオル様の物は,被告人が本件放火の約1時間前にFで入手した同店備付けの窓拭き用タオルで,これでトヨタRAV4の給油口を拭き,また地面にこぼれたガソリンを拭くなどしたものである可能性が極めて高いといえる。
ウ たばこの吸い殻4本と被告人との結びつき
(ア) たばこの吸い殻4本と本件放火との結びつき
たばこの吸い殻4本については,放火媒介物と認められる青色タオル様の物とは異なる場所から発見されている。
しかし,4本のうち同店従業員のYⅡが発見した3本は,火が放たれた毛布が置かれていた陳列棚の直下の床上にあったもので,また,そのうちの2本と他の1本には,単にたばこを吸った場合とは明らかに異なる箇所に焦げ痕が認められた。そして,同店では,後述のとおり13日にも火災があり,その際スプリンクラーが作動したため,同日全従業員で水浸しになった床の清掃を行ったと認められる(YⅡの証言等)。
加えて,YⅡが発見した3本のうち2本については,Wが,微量のガソリンの付着が推定される旨鑑定している(鑑定書・甲384)。同鑑定について,Wは,もともとガソリンが付着していても,燃焼あるいは経時的な減少により微量となり,また夾雑物が多いことから検出が困難となる場合があるため,「推定される」との判断になった旨証言しており,そうすると,上記2本については,燃焼により微量となったものの,もともとガソリンが付着していたと合理的に推測できる。
そのほか,上記ア(イ)のとおり,火が放たれた付近の床には,たばこの包装紙とも見受けられる銀紙片が一部炭化した状態で発見されている。
以上によれば,たばこの吸い殻4本は,本件放火の際に,放火媒介物である青色タオル様の物と同様に,現場に遺留されたものと認められる。
(イ) DNA鑑定の信用性
科学捜査研究所技術吏員のZⅡは,たばこの吸い殻4本に付着した唾液のDNA型と被告人の血液のDNA型との異同識別鑑定を行い,STR型及びアメロゲニン型検査並びにMCT118型検査のいずれにおいても,同型であると判定している(鑑定書・甲386,388,391)。ZⅡは,DNA鑑定の技術に習熟した専門家であり,その鑑定方法も,科学的に信頼される一般的な検査方法であることからして,本件DNA鑑定の結果には信用性が十分認められる。
なお,ZⅡは,科学的根拠に基づき,上記DNA型の出現頻度(MCT118型の遺伝子頻度とSTR型の遺伝子頻度を掛け合わせたもの)は約4兆6000億人に1人と証言している。
(ウ) 被告人が日常吸うたばこの銘柄
トヨタRAV4を検証した結果,車内の灰皿からマイルドセブンスーパーライトの吸い殻が19本発見され,助手席足元からもマイルドセブンスーパーライトの吸い殻が28本,同空き箱が6個発見されたが,他方,その他の銘柄のたばこは,ショートホープの吸い殻が灰皿から2本発見されたに過ぎなかった(検証調書・甲94)。
したがって,被告人は,日常的にマイルドセブンスーパーライトを吸っていたと認められる。
(エ) 検討
以上のとおり,本件放火の際に現場に遺留されたと認められるたばこ(マイルドセブンスーパーライト)の吸い殻4本に付着した唾液のDNA型と被告人のDNA型とが一致し,また,マイルドセブンスーパーライトが被告人が日常的に吸っていた銘柄であることに徴すれば,上記たばこの吸い殻4本は被告人が吸った後現場に遺留したものであると認められる。
(4) 小括
これまでの検討結果をまとめると,被告人は,火が発見される直前の15日午後3時5分ころ,寝具売場の火が放たれた陳列棚に面する通路に入っているところ,本件放火媒介物である青色タオル様の物は被告人が本件直前に入手したものである可能性が極めて高く,さらに,本件現場には,被告人が吸ったたばこの吸い殻4本が遺留されていたと認められる。これらの事情は,相俟って,被告人が本件放火犯人であることを合理的に推認させるものといえる。
なお,以上から認められる被告人のAⅠ店内における行動を総合すると,被告人は,アパレル売場でMCMの白色ウインドブレーカー上下を入手してからブランド品売場でXⅠの接客を受け,ショーウインドー上にブルガリ製のペアの腕時計を出してもらうなどし,一度アパレル売場に戻りXⅢに上記ウインドブレーカーを交換してもらった後,寝具売場に移動して毛布に火を放ち,ブランド品売場に戻ってXⅡの接客を受け,同人に再び上記腕時計を出してもらい,火事の発生を聞いた同人がショーウインドーを離れるとこれを持って店外に出たと認められる。
7 判示第2の8の事実(15日D放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア D店内の状況
被害現場である同店は,地下1階,地上3階の大型スーパーマーケットであり,その東側には屋上・地下2段構造の立体駐車場があって,屋上部分はD1階の連絡口とつながっている。同連絡口から店内に入り,1階通路を約33メートル西に進むと,同通路から南側に入る通路があり,その先には,男女の各トイレがある。女子トイレは,出入口を入ると手前南側に洗面所があり,奥北側に片開き扉付きの仕切り板で仕切られた便所がある。
イ 火災発生の状況及びその直後の上記女子トイレの状況
15日,上記女子トイレから煙が出ている旨の通報を客から受け,駆けつけた同店従業員が,同トイレ内で火が燃えているのを発見し,便器内の水をかけて消し止めた。同トイレの天井には煙感知器が設置され,煙を感知すると火災報知器が発報し,その後数秒以内に空調設備や排気口が作動するようになっている。同日空調設備等が作動したのは午後5時41分ころであったから,煙がトイレ内に充満し煙感知器がこれを感知するまでの時間を考慮すると,火災発生は午後5時40分ころであったと推認される。
同日行われた実況見分により,上記便所の南東隅の床に,黒く炭化した紙片様の残さ物が落ちているのが発見され,その残さ物を中心に,上記片開き扉付き仕切り板や便所のタイル壁が一部くん焼しているのが見分された。もともと火気のないトイレ内で火災が発生し,現場に焼燬した紙片様の物が発見されていることから,本件は放火による火災であって,同紙片様の物が放火の媒介物であったと認められる。
(2) 被告人車両の上記立体駐車場への出入り
ア 被告人が所持していた駐車券
被告人は,16日に逮捕された際,「D駐車場」と印刷された駐車券を所持していた(捜査報告書・甲468)。同駐車券は,「01 #70310 A 04-12-15 17:30」と印字されており,「01」は屋上駐車場に向かう駐車券発行機で発行されたこと,「04-12-15 17:30」は2004(平成16)年12月15日午後5時30分に発行されたことをそれぞれ示すものであり,また,同駐車券発行機に設定された時間については,約2分の遅れがあった(同立体駐車場の警備員の警察官調書・甲519,捜査報告書・甲518)。
以上から,上記駐車券は,被告人が,15日午後5時32分ころ,上記立体駐車場の屋上部分に自動車で入場した際に発券されたと推認される。
イ 上記立体駐車場警備員の供述
同警備員は,その警察官調書(甲519)で,「15日午後5時50分ころから,同駐車場の精算機の脇に立ち客の対応に当たっていた。同日午後6時20分ころまでの間に,屋上駐車場から,車体の高い,RV車のような窓の高さの車が1台降りてきて,運転席の女性が駐車券がない旨申告してきた。その女性は,全体的に派手な印象で,髪は,長さが肩くらいで茶色か金色に染まっており,爪にマニキュアを塗っていた気がする。当日火災報知器の非常ベルが鳴った後,駐車券がない旨申告してきた客は,その女性だけだった」と供述し,写真帳の写真の中から,上記女性と似た女性の写真として,被告人の写真を含む2枚の写真を選び出している。
その供述する女性の特徴が,髪型や爪のマニキュアの点で被告人の特徴(前記1(1),(3)オ)と合致していることや,その運転車両が当時被告人が運転していたトヨタRAV4の特徴(前記1(4))と矛盾しないこと,そして何よりも被告人が上記駐車券を精算に使用しないまま所持していたことを総合すると,その女性は被告人であったと認められる。
ウ 検討
そうすると,被告人は,15日午後5時32分ころ,トヨタRAV4を運転してD立体駐車場の屋上部分に入場し,同日午後5時50分ころから午後6時20分ころまでの間に同駐車場を退出したと認められる。
(3) 被告人の放火店舗内での動き
ア 被告人が所持していたバッグ及び毛布の特徴
被告人は,平成16年12月16日に逮捕された際,「レスポートサック」製の手提げバッグを所持していた(捜査報告書・甲468)。同バッグは,白色地に,カラフルな色で花や蝶,ハート型等の柄が印刷されたナイロン様布製の台形型バッグで,上底近くに黒色の布製帯が横に縫いつけられ,同帯の上端に黒色布製の取っ手が取り付けられていた(実況見分調書・甲522)。
また,HⅠは,同月19日,毛布1枚を警察官に提出した。同毛布はアクリル製で,表面は白色地に水色で花柄模様が描かれ,裏面はクリーム色の無地であり,丸形商品宣伝タグが取り付けられている(実況見分調書・甲510)。HⅠの供述(同人に対する当裁判所の尋問調書,同人の検察官調書・甲248)によれば,15日午後7時50分ころ,同人が被告人からその毛布を受け取ったと認められる。同毛布は,D3階寝具売場で陳列されていた毛布と同一商品であり,同店の在庫・販売の記録から,同日中に会計を経ずに持ち出された1枚であると認められる(捜査報告書・甲511,512等)。
イ 店内に設置された防犯カメラの画像
Dでは,1階東側の駐車場連絡口から店内に通じる通路及び3階家電売場付近に防犯カメラが設置されている(捜査報告書・甲501,502)。
3階の防犯カメラの画像には,15日午後5時46分ころから午後5時55分ころまでの間,上衣はフード付きで,背面に紺色でうさぎの模様及び「PLAY」の文字があり,下衣は左右両足の外側部分に紺色のラインが入った水色のスウェット風上下を着用し,黒色の鍔付き帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履き,サングラス様の眼鏡を掛け,左腕に,白色地にカラフルな模様と黒色の横線が入り,黒色の取っ手がついた手提げバッグを持った女性が,家電売場付近の通路を歩き,また,同売場内の陳列棚に置かれた商品を見ている状況が撮影されていた。さらに,1階通路の防犯カメラには,同日午後5時58分ころ,左足外側部分に紺色のラインが入った水色のスウェット風上下を着用し,鍔付きの帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履き,白色地に柄の入った手提げバッグを左腕に持った女性が,大きな布様のものを両腕に抱え,同通路を店内方向から駐車場連絡口方向に向かって歩く姿が撮影されていた。
ウ E’の証言
(ア) D警備員のE’は,第9回及び第14回公判で,15日に特徴的な女性を目撃したとして,次のとおり証言した。
「すでに火災の店内放送が入っていたころ,派手な服装の女性が,3階の子供洋品売場から家電売場に移動し,同売場内に陳列されていたMDプレーヤーの盗難防止用ブザーをちぎるなどするのを見た。その女性は,背中にプレーボーイと書かれた水色のトレーナー風上下を着用し,黒色系の鍔付き帽子を被り,レンズの色が茶系のサングラスをかけ,肩に掛かるか掛からないかくらいの長さのソバージュ型の茶色がかった髪をおろし,身長は150センチメートルから155センチメートルくらい,年齢は50歳代で,手には小型のカラフルなバッグを持っていた。
その後,1階女子トイレに駆けつけると,3階で目撃した女性が,包装されていない衣類様の大きな物を両手で抱え,1階東側通路を店内方向から駐車場連絡口方向に向かって歩いているのを見た。その女性を屋上駐車場まで追尾し,午後6時ころ,同女性が,四輪駆動様で,モスグリーン色の車に上記衣類様の物を投げ入れて乗り込み,同車で走り出すのを目撃した」
また,E’は,上記証言の際に,前記各防犯カメラの画像を確認し,撮影された人物は,15日に目撃した女性で間違いないと述べ,15日被告人が着用していたと認められる水色パーカー上下(実況見分調書・甲214)を確認し,同女性の着ていたのと同じものであると述べ,さらに,16日被告人が所持していた「レスポートサック」製の手提げバッグ(実況見分調書・甲522)も確認し,同女性が持っていたバッグと同じであると述べている。
(イ) E’は,視力が1.0から1.5と良く,私服警備員として優れた観察力を有していると認められるところ,上記女性の服装や周囲を気にする様子から同女性を注視,観察し,その着衣や髪型,持ち物等について,同女性が駐車場から走り去るのを見た直後に備忘メモに書き付けており,上記証言は,正確な記録,記憶に基づく信用性の高いものといえる。
(ウ) なお,弁護人は,E’の第9回公判証言は,刑事訴訟法157条の3の要件がないのになされた違法な遮へい措置決定の下で実施されたものであるから,憲法37条1項,2項,82条1項に違反し,証拠能力が認められないと主張する。
そこで検討すると,E’は,第9回公判において,遮へい措置がなければ証言が難しかったかという弁護人の質問に対し,「私はどちらでも結構です」と答え,また,遮へい措置を希望したかという質問に対し,「そういうものは一切してません」と答えている。さらに,第14回公判においては,上記各回答は,遮へいの有無にかかわらず同じ証言ができるということを言いたかったに過ぎず,また,検察官から遮へい措置について事前に説明を受け,あった方が落ち着いて率直に話しができると考えて同意したもので,「希望しなかった」旨の回答は言葉足らずであったと証言している。以上によれば,E’が遮へい措置を「望んでいる」旨の検察官の上申は,E’の意思に基づくものであり,しかも,その上申の際には,E’において,被告人との間の遮へいがなければ,証人尋問で「圧迫を受け,精神の平穏を著しく害されるおそれ」があったものと認められる。
この点について,弁護人は,証人と被告人との間の遮へいは,被告人の証人尋問権を制約する例外措置であるから,その判断は極めて厳格にされなければならないと主張する。しかし,そもそも,遮へい措置が採られた場合でも,被告人は,証人の姿を見ることはできないが,その証言を聞き,自ら尋問することもでき,また,弁護人による証人の供述態度等の観察も妨げられないのであるから,遮へい措置は,被告人の証人尋問権を侵害するものではないというべきである。そして,本件では,第9回公判において,遮へい措置を取り消して衝立を撤去した後にも尋問の機会が与えられ,第14回公判においても,遮へいがない状態で尋問の機会が与えられているのであるから,被告人の証人尋問権は十分に保障されていたということができる。
また,証人と傍聴人との間の遮へい措置についても,上記の各事情や本件事案の性質からすれば,相当性の要件に欠けるところはなかったと認められる。そもそも,証人尋問が公判期日において行われる限りは,証人と傍聴人との間で遮へい措置が採られても,審理が公開されていることに変わりはないから,公開裁判の保障に反するとはいえない。
したがって,第9回公判でのE’の証言における遮へい措置に,違憲,違法の廉はなく,弁護人の主張は採用できない。
エ 検討
以上によると,E’が目撃した女性と各防犯カメラの画像上の女性は,その特徴や行動が一致し,同一人物であると認められるところ,その女性の着衣やバッグ,髪型等の特徴は,いずれも15日の被告人の特徴(前記1(1),(3),上記ア)と細部に至るまで合致しており,同女性は被告人であったと認められる。そうすると,被告人は,火災発生後の午後5時46分ころから午後5時55分ころまでの間,D3階南側の家電売場において,陳列棚に置かれた商品を見るなどし,その後,午後5時58分ころ,1階東側通路を毛布を両手で抱えて駐車場連絡口に向かって歩き,午後6時ころ,トヨタRAV4で同店屋上駐車場から走り去ったと認められる。
(4) 被告人の出火場所付近への出入り
ア 防犯カメラの画像
D1階通路に設置された前記防犯カメラの画像を精査すると,不鮮明ではあるが,15日午後5時40分ころ,右足側面に濃色のラインが入った水色上下を着用し,白色の靴を履いた人物が,同通路を駐車場連絡口方向から店内方向に向かって歩き,途中同連絡口方向を振り返る状況が撮影されている(捜査報告書・甲501,502)。
イ 上記(3)イの画像の女性との同一性
そこで,上記アの画像を,上記(3)イの女性の画像,すなわち被告人の画像と比較すると,両画像の女性は,着衣や靴の色の特徴が共通するほか,その背丈が,いずれも同通路上にある化粧品売場に設置された陳列棚上部の金属棒(実況見分調書・甲483の写真21)から上半身が半分出る程度であって共通する(捜査報告書・甲501の写真7ないし9,11)。
また,上記アの画像では,下衣右足側面の濃色のライン上の右腰部分に白い物が認められ(捜査報告書・甲501の写真4),他方,3階家電売場で撮影された被告人の画像の右腰部分にも,ポケットから出して下げているように見える白い物が撮影されている(捜査報告書・甲501の写真64)。これにつき,被告人は,16日に逮捕された際,水色パーカー上下のポケットに,ストラップが多数付いた携帯電話を入れていたものであるが(捜査報告書・甲468),警察官調書(乙60)において,自分の携帯電話には猫のしっぽのような白い毛のストラップが付いていて,通常,そのストラップを外に出して携帯電話をポケットに入れていたと供述している。
以上によれば,上記アの画像の人物は,上記(3)イの画像の女性すなわち被告人と同一人物であると認められる。そうすると,被告人は,1階女子トイレに火が放たれた午後5時40分ころに,まさに同女子トイレ近くの通路を歩いていたと認められる。
(5) 小括
以上の検討結果をまとめると,被告人は,本件放火の前後ころD店内に現在しており,具体的には,午後5時32分ころ隣接する駐車場に入場した上,同店内に入り,1階女子トイレに火が放たれた午後5時40分ころ同トイレ近くの通路を歩いていたほか,その後,3階に上がって家電売場で商品を見るなどし,午後5時58分ころ1階の連絡口から駐車場に戻り,午後6時ころ駐車場から走り去ったと認められる。これら一連の被告人の動きは,被告人が本件放火の犯人であることを肯定する方向に働く事情であるといえる。さらに,後記9で被告人の自白の信用性を検討した上で,被告人の上記犯人性の有無について改めて考察することとする。
8 判示第2の10の事実(15日C放火未遂)について
(1) 前提事実
関係証拠によれば,被害現場の状況等について,次のとおり認められる。
ア C1階南東側女子トイレの状況
被害現場である同女子トイレの状況は,前記2(1)アのとおりである。
イ 火災発見の状況及びその直後の上記トイレの状況
近くで飲食店を経営し,トイレを利用するためCを訪れたA’は,15日午後6時50分ころ,上記女子トイレに入り,通路東側手前の個室洋式トイレに入ろうとしたところ,同個室内に20センチメートルから30センチメートルの大きさの火が燃えているのを発見し,これを同店薬局従業員に知らせ,その後火は消し止められた。
同日午後7時35分ころから実況見分が行われ,さらに,午後8時30分ころから写真撮影が行われ,上記個室の北側仕切り板が一部くん焼し,同仕切り板と便器との間の床上に一部くん焼した白色焼燬片が落ちているのが発見された(実況見分調書・甲531,写真撮影報告書・甲530)。
(2) 被告人車両の放火店舗駐車場への出入り
前記2(2)のとおり,C駐車場2階には防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,15日午後6時31分ころ,塗色が緑色と黒色の2色の,ダッシュボード上に白色の飾りが広く置かれた,登録番号「8158」のRV車が入場し,駐車場内に駐車する状況が撮影され,さらに,午後7時4分ころ,登録番号は不明であるが,塗色やダッシュボード上の置物が上記と同じRV車が同駐車場を退出する状況が撮影されている(捜査報告書・甲567ないし569)。同RV車の特徴は,前記1(4)の被告人車両のそれと一致しており,トヨタRAV4であったと認められる。
したがって,トヨタRAV4が,15日午後6時31分ころ,放火現場に隣接する上記駐車場に入って停められ,午後7時4分ころ同所から退出したと認められる。
(3) 被告人と特徴が合致する女性の放火店舗内での動き
前記3(3)のとおり,Cの店舗2階南西角付近には,駐車場2階に通じる出入口があり,同出入口から店内を東側に向かう通路があって,同通路に防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,15日午後6時34分ころ,水色のスウェット風上下を着用し,前面及び鍔部分に白色の柄が入った黒色の鍔付き帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性が,白色ビニール袋様のものを左手に持ち,駐車場出入口方向から店内方向に向かって歩く状況が撮影されており,また,午後7時3分ころ,上衣にフードが付き,その背面にうさぎの模様と文字様のロゴが認められ,下衣の左右両足の外側部分にラインが入った水色のスウェット風上下を着用し,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性が,白色ビニール袋様のものと黒色帽子様のものを左手に持ち,上記とは逆に店内方向から駐車場出入口方向に向かって歩く状況も撮影されていた(捜査報告書・甲554)。
また,同店内の1階中央通路にも防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,15日午後6時56分ころから同57分ころまでの間,水色のスウェット風上下を着用し,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性が歩く状況が撮影されていた(捜査報告書・甲556)。
以上によると,着衣や髪型の点で,その特徴が前記1(1),(3)の被告人とよく合致する女性が,1階女子トイレで火災が発生する約16分前に,駐車場出入口方向から店内方向に向かって2階通路を歩き,火災発生の約13分後に,同通路を店内方向から駐車場出入口方向に向かって歩いており,さらに,火災発生の約6分後には,1階中央通路を歩いていたことが認められる。
(4) 本件放火犯人の特徴と被告人のそれとの異同
ア 放火犯人と認められる人物の特定
(ア) C1階女子トイレ前に設置された防犯カメラの画像
前記2(3)ア(ア)のとおり,同女子トイレ前には,その出入口の状況を外側から撮影する防犯カメラが設置されている。同防犯カメラには,15日午後6時46分ころ,白色のビニール袋様のものを左手に持って同トイレに入り,午後6時51分ころ,白色ビニール袋様の物を左手に持ったままトイレから出てくる女性が撮影されていた(写真撮影報告書・甲596,捜査報告書・甲550ないし552,ビデオテープ1巻・同押号の19)。
上記カメラで撮影された人の出入りの状況からすると,上記女性がトイレに入った後,3人の女性がトイレに入ったが,いずれも前記(1)イのA’がトイレに入るまでの間にトイレを出ており,上記女性がトイレを出た際,トイレ内に人はいなかったと認められる。
(イ) A’証言
A’は,期日外尋問において,15日午後6時30分過ぎころ,C1階女子トイレで火を発見する直前,同トイレ北側出入口で,女性とすれ違った旨証言した。また,A’は,同女性とすれ違った直後のトイレ内の状況について,目が届く範囲に人の姿はなく,また,発見した火の大きさは高さが30センチメートルくらい,幅は20センチメートルから30センチメートルくらいで,ちょうど燃え上がったところという感じであったと証言した。
そして,A’は,同証言の際,トイレ前の状況を撮影した防犯カメラの画像も確認し(不同意の捜査報告書・甲553だが,画像としては,上記写真撮影報告書・甲596と同じである),出入口ですれ違った女性について,上記(ア)の女性であると特定した。
A’は,本件当日,Cのトイレを利用しようと偶然同店を訪れた者で,殊更虚偽の供述をする理由も必要もない。加えて,同人は,火を発見した個室について和式と洋式を混同して証言するものの,火を発見した状況そのものは極めて特異な事柄で記憶に残りやすいといえるし,その証言内容は,上記ビデオテープの画像とも符合しているから,出入口で女性とすれ違い,その後火を発見した状況についてのA’証言は十分信用できる。
(ウ) 検討
後述のとおり,本件放火の媒介物である白色ティッシュペーパーにはガソリンが付着していたと認められるところ,それにもかかわらず,A’は火が大きくなる前にこれを発見しており,火は燃え上がって直ぐの感じであったと証言している。そうすると,A’は,トイレ出入口で女性とすれ違った直後に,放たれて直ぐの火を発見したと認められる。
また,上記防犯カメラの画像によれば,A’が出入口ですれ違った女性が午後6時46分にトイレに入って以降,A’が火を発見するまでの間,同トイレ内に1人でいる時間帯があったのはその女性1人だけであったと認められる。
これらの事情にかんがみると,A’がトイレ出入口ですれ違った女性こそが本件放火の犯人であったと認められる。
イ 放火犯人と認められる人物の特徴
(ア) A’証言
A’は,すれ違った女性,すなわち本件放火犯人の特徴について,年齢が51歳かそれより下の印象で,身長147センチメートルの自分よりは背が高く,痩せており,薄い青色か薄い灰色の上下揃ったスポーツウェアのような服を着ていて,ビニール袋のような物を抱えていたと証言する。
A’は,視力が左右共に良く,その証言する犯人の特徴は,後記(イ)の防犯カメラの画像上の犯人の特徴ともよく合致する。そして,A’は,着衣が印象に残った理由について,上下揃っており,普通の主婦とは印象が異なった旨合理的に説明し,他方,帽子や眼鏡等覚えていない部分についてはその旨誠実に証言している。
したがって,放火犯人の特徴に関するA’の上記証言は,十分信用することができる。
(イ) 上記ア(ア)の防犯カメラの画像
同防犯カメラの画像によれば,放火犯人は,上衣にフードが付き,その背面にうさぎの模様と文字様のロゴがあり,下衣の左右両足の外側部分にラインが入った水色のスウェット風上下を着用し,前面及び鍔部分に白色の柄が入った黒色の鍔付き帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履いた髪の長い女性であり,また,その女性は,白色のビニール袋様の物を左手に持ってトイレに入り,同じ白色のビニール袋様の物を左手に持ったまま,帽子を外し右手に持ってトイレから出たと認められる。
さらに,同防犯カメラの画像をもとに計測してみると,犯人の床面から最上部までの高さは151センチメートルであり(捜査報告書・甲551),また,犯人の背丈がトイレ出入口に設置された衝撃吸収カバーの高さとはほぼ同じであることから,その身長は152センチメートル程度であると推測できる(捜査報告書・甲68)。
(ウ) 検討
以上により,本件放火犯人は,髪が長い女性で,その身長は151ないし152センチメートルくらい,フード付きで,背面にうさぎの模様と文字様のロゴが入った上衣と,左右両足の外側部分にラインが入った下衣の水色スウェット風上下を着用し,前面及び鍔部分に白色の柄が入った黒色の鍔付き帽子を被り,白色の運動靴様の靴を履いていたと認められる。
ウ 放火犯人の特徴と被告人の特徴との符合
上記イで認めた放火犯人の着衣の状況は,前記1(3)で認めた15日の被告人の着衣の状況と,その特徴的な部分がいずれもよく合致しており,また,放火犯人と被告人とは,髪型や身長の点(前記1(1))においてもほぼ一致しているということができる。
(5) 放火媒介物と被告人との結びつき
ア 一部くん焼した白色焼燬片の状況
C1階女子トイレの床上に落ちていた前記(1)イの白色焼燬片について,平成16年12月21日実況見分が行われ,その表面は広くくん焼して黒色に変色し,表面片側には白色のビニール様のものが付着し,その内部は白色のティッシュペーパー様の紙が何重にも折りたたまれ重ねられたものであることが見分された(実況見分調書・甲538)。
また,Wは,上記白色焼燬片について鑑定を行い,微量のガソリンの付着が推定されると判定した(鑑定書・甲537)。前記6(3)ウ(ア)に述べたとおり,もともとガソリンが付着していたが,燃焼あるいは経時的な減少により微量となり,また夾雑物が多いことから検出が困難となった場合に「推定される」との判断が示されるのであるから,白色焼燬片にはもともとガソリンが付着していたと合理的に推測できる。
そして,もともと火気のないトイレ内で火災が発生し,現場から,その表面がくん焼し,ガソリンが付着していると合理的に推測される焼燬片が発見されていることからして,この白色焼燬片が本件放火の媒介物であったと認められる。
イ Fの防犯カメラに撮影された被告人の行動
被告人は,前記1(2)アのとおり,F発行のポイントカードを所持していたところ,15日午後6時16分ころ(顧客データ上の時刻),Fにおいて同カードを提示し,同日午後6時24分ころ(ジャーナル上の時刻),同店でその代金を支払ったと認められる(捜査報告書・甲87,570,577)。
そして,同日同時刻ころのFの状況を撮影した防犯カメラの画像によると,被告人は,第1レーンに車を停め,同日午後6時22分22秒ころ車を降り,午後6時22分50秒ころ給油ホースを手に取って給油を開始したが,午後6時23分28秒ころ一度トヨタRAV4の給油口から給油ホースを外し,これを持ったまま助手席ドアを開けて白色布又は紙様の物を取り出し,同白色布又は紙様の物を給油口に当てながら再度給油口に給油ホースを差し込んで給油し,さらに,午後6時23分50秒ころ給油を終えて給油ホースを戻し,午後6時23分54秒ころから同57秒ころまでの間,上記白色布又は紙様の物で給油口を拭く動作をしたことが認められる(捜査報告書・甲571)。
ウ トヨタRAV4に積載されたティッシュペーパーの形状
平成17年2月8日,トヨタRAV4に積載されたティッシュペーパー等が差し押さえられたところ,同車内には,全て白色のティッシュペーパー6箱並びに白色ビニール袋7枚,黄色ビニール袋1枚及び灰色ビニール袋1枚が積載されていた(差押調書・甲540,写真撮影報告書・甲541)。
エ 放火媒介物と被告人との結びつき
上記のとおり,本件放火の媒介物である白色焼燬片は,白色ティッシュペーパー様の物が何重にも重ねられ,その表面に白色ビニール様の物が付着したもので,さらに,ガソリンが付着していたと合理的に推測されるところ,被告人は,本件放火の約30分前に,Fにおいて,白色のティッシュペーパーが多数積載されたトヨタRAV4から,白色布又は紙様の物を取り出して給油口に当てながら給油し,さらに,同白色布又は紙様の物で給油口を拭く動作をしたことが認められる。
以上によれば,本件放火の媒介物である白色焼燬片は,被告人が,本件の約30分前に,Fにおいて,ティッシュペーパーを何重にも重ね,ガソリンを染み込ませて準備したものである可能性が相当程度考えられる。
(6) 小括
これまでの検討結果をまとめると,本件放火の約19分前に,C2階駐車場にトヨタRAV4が停められ,本件放火の約14分後に同駐車場を退出しており,その間,まず本件放火の約16分前に,着衣や髪型の点で被告人と特徴が合致する女性が白色ビニール袋様の物を持って同店2階通路を駐車場出入口方向から店内方向に向かって歩き,次に,被告人とその着衣や髪型,身長が符合する女性が,被告人が準備した可能性が相当程度考えられるガソリンを染み込ませた白色ティッシュペーパーを媒介物として同店1階女子トイレに火を放ち,その約6分後に,被告人と着衣や髪型の特徴が合致する女性が同店1階中央通路を歩き,同約13分後に,同女性が同店2階通路を店内方向から駐車場出入口方向に向かって歩いていたことがそれぞれ認められる。これらの事情は,相俟って,被告人が本件放火犯人であることを合理的に推認させるものといえる。
9 本件7件の現住建造物等放火,同未遂の各事実に関する被告人の自白
(1) 自白に至った経緯
被告人は,平成16年12月16日に,15日のAⅠにおける窃盗の事実(判示第2の7)により逮捕され,その後,同日の同店放火未遂の事実(判示第2の6)により逮捕,勾留されたが,その間は,上記各事実を否認していた。しかし,13日のC放火未遂の事実(判示第2の1)により逮捕,勾留されると,同勾留中の平成17年3月下旬ころから上記各事実について自白を始めた。そして,その後は,15日のC放火未遂の事実(判示第2の10)により逮捕,勾留され,さらに,13日のAⅡ放火及び同日のAⅠ放火未遂の各事実(判示第2の3及び5)により逮捕,勾留されたが,その間も自白を維持し,自白調書が作成された。
(2) 自白調書の任意性
弁護人は,(a)被告人の取調べを担当した警察官は,被告人と弁護人との信頼関係を破壊する言動をし,被疑者・被告人が弁護人から援助を受ける権利を侵害した,(b)平成17年3月9日以降の逮捕,勾留は,専ら13日のAⅡ放火についての自白獲得を目的として行われたもので,必要性を欠いた違法な身柄拘束であった,(c)検察官による違法な接見妨害がなされた,(d)被告人に対し,その病状に配慮しない連日長時間の取調べ,あるいは脅迫的・威圧的な取調べが行われたと指摘して,自白調書の任意性に疑いがあると主張する。
当裁判所が平成18年6月5日付け決定において判断を示したとおり,弁護人の指摘する各点はいずれも認められず,自白調書の任意性に疑いは生じないといえる。弁護人は,最終弁論において,上記判断を色々論難するが,それらを検討しても,同判断を変更すべき理由はなく,被告人の自白調書には任意性が認められる。
(3) 自白調書の信用性
ア 判示第2の1,2,5,6及び10の各事実についての自白調書の信用性
これら5件の放火未遂の事実については,先に検討したとおり,被告人の自白調書以外の関係証拠によって,各放火時に被告人が放火現場に現在したことや,現場に残された放火媒介物等と被告人との結び付きが認められるため,被告人の犯人性を合理的に推認することができる。そして,これらの事実に関する被告人の自白調書は,いずれも,各放火行為だけでなく,各放火店舗への出入りや店舗内での動きを詳しく述べ,また,各放火媒介物の準備状況などを具体的に説明するもので(例えば,判示第2の10の15日C放火未遂について,自白調書中の「Fのセルフのガソリンスタンドでガソリンを給油するついでに,車に積んであったティッシュペーパーの箱からティッシュペーパーを何枚も取り出して軽く固め,給油ノズルの先にその塊を近づけてガソリンを染み込ませ,これをビニール袋に入れて,Cに行き,1階女子トイレの床に置いてライターで火をつけた」との供述(被告人の検察官調書・乙4)は,同店女子トイレ内で発見された白色焼燬片及びFの防犯カメラに撮影された被告人の動きをよく説明するものである),上記関係証拠によって認められる客観的な事実関係とよく符合し,これを補完するものといえる。
なお,確かに,上記関係証拠によって,各放火未遂の犯行態様や犯行準備状況が捜査機関にもある程度判明していたと認められるが,被告人は,必ずしもそれに沿う自白をしていたわけではない。例えば,判示第2の5の13日AⅠ放火未遂の事実に関し,HⅠ,HⅡ及びHⅢは,その検察官調書(甲246ないし248)において,一致して,H宅でHⅠが,トイレットペーパー又はティッシュペーパーを持った被告人の手の下に『垂れるだろう』などと言ってビニール袋を差し出し,何をしているのか尋ねると,被告人は「Bの家に火をつけに行く」と答えたと供述するのに対し,被告人は,検察官に確認されてもなお,HⅠが家にいた記憶すらないと供述している(被告人の検察官調書・乙17)。また,前記の15日C放火未遂の事実(判示第2の10)に関し,Fの防犯カメラには,被告人が車の助手席ドアを開ける様子が撮影されているのに,被告人は,後部トランクドアを開けてティッシュペーパーを取り出した旨,防犯カメラの画像と齟齬する供述をしている(被告人の検察官調書・乙4)。さらに,Cの3回の放火において,火災が発生した個室の位置は捜査機関にとって明らかであるにもかかわらず,被告人は,それらの位置を,通路の「左側」,あるいは「手前」といった限度で供述するにとどまる(被告人の検察官調書・乙4,陳述書・乙56)。被告人は,当初否認し,また,犯行から3か月以上も経過して自白を始めたのであるから,記憶が一部欠落していることはかえって自然というべきである。また,3回にもわたって放火しているCについては,記憶の混同が生じていることも容易に推測される。そうすると,被告人の上記各供述は,被告人が一部失われ,あるいは混同が生じた自らの記憶に基づいて供述していたことを示すものであり,被告人が,単に取調官の誘導に従い,捜査機関に判明していた事情に沿って自白していたのではないことの証左というべきである。
したがって,上記5件の事実に関する被告人の自白調書は,信用性が高いといえる。そして,次に述べるように,他の2件も含めた自白調書の全体的な信用性を肯定できることも併せると,上記5件の自白調書は十分これを信用することができる。そうすると,これら5件の事実については,いずれも,前述のとおり,自白調書以外の関係証拠によって被告人の犯人性を合理的に推認できるのであるが,更に上記自白調書が加わることにより,その証明は十二分になされたものということができる。
イ 自白調書の全体的な信用性
進んで,上記5件のほか,他の2件も含め,各事実に関する自白調書の全体的な信用性について検討すると,これを肯定させる方向の次の事情を挙げることができる。
第1に,上記5件の各事実に関し,被告人が単に取調官の誘導に従って供述していた訳でないことは,前述したとおりであるが,被告人は,公判廷において,一貫して,取調べに際し,自白調書を作成した警察官や検察官に怒鳴られたりしたことはなく,特に,同検察官の取調べを受けるようになってからは,いろいろなことを落ち着いて考えることができるようになったと供述しており,そうすると,上記5件のみならず,他の2件に関しても同様に,取調官による不当な誘導や供述の強要はなかったと認められる。
加えて,被告人は,公判廷において,上記警察官や検察官が録取した供述調書の内容に誤りはないと思うと供述し,とりわけ,同検察官に対しては「自分の気持ちを素直に話すことができ」「その内容をそのまま調書にしてもらった」と供述しているのであり,このような公判供述からは,捜査官に虚偽の自白をしたとの状況をうかがうことができない。
第2に,被告人は,上記7件の各犯行に及んだ動機として,主として検察官調書(乙22)及び警察官調書(乙62)において,「かつての交際相手のBに会いたいのに会えず,また,離れで共に生活したこともあった同人の実家が新築されているのを見て,同人の家族に除け者にされていると感じてイライラし,うっぷん晴らしをしようと思った」旨供述する。関係証拠によれば,被告人は,平成15年夏ころにB(以下「B」という)と知り合い,その後同人との交際を深め,同人の実家の離れで共に生活することもあったが,同人から「自立しろ」などと言われるようになると,その気を惹くため,平成16年9月中旬ころ自殺未遂騒動を起こしたこと,この騒動をきっかけに,被告人は,Bの父親に離れから出ていくよう求められ,それに立腹して,同月終わりころ,B方の玄関ドアにマヨネーズとケチャップを掛けて逮捕されたこと,同年10月ころになると,被告人は,Bに会えず,同人と連絡も取れなくなって,その職場付近を車で走り回って同人を探すなどしたこと,判示第1の事実により逮捕,勾留された後の同年12月8日,釈放されてすぐにBの実家に向かうと,その家が新築されているのを目の当たりにしたことがそれぞれ認められ,これらの事情にかんがみれば,被告人が,Bへの苛立ちや焦りをより募らせ,しかし,また一緒に暮らすことができるかもしれないと期待していた同人の家に火を放つことはできず,うっぷん晴らしのため,C等の各店舗に連続的に放火したと供述するところは,十分自然なものとして理解できる。特に,B方が新築されているのを見て除け者にされていると感じたとの供述は,感じた本人でなければ語り得ない心境を述べたものというべきである。
また,被告人は,13日にAⅡに放火して以降は,火事騒ぎを起こしたついでに自分の欲しい商品を万引きしようとも思ったとも供述するところ(被告人の検察官調書・乙22),その後,15日にAⅠにおいて,火事の発生を聞いた従業員が持ち場を離れた隙に商品の腕時計を手にした上,先にアパレル売場で入手していたウインドブレーカー上下を入れた買物かごを持ったまま退店しているのであって,その行動は,上記供述を十分裏付けている。さらに,同店に対しては,判示第1の窃盗事件を起こした際の対応,特に20万円もの金額を請求されたことに不満を感じ,「あんな店なら燃やしてしまってもいい」と思ったと供述するところ(被告人の検察官調書・乙17),この供述も,客観的な事実に基づく迫真的なものといえる。
これらの犯行動機に関する自白は,被告人が13日と15日の2日間に一連の各店舗に対する放火を繰り返した際の心理状態を自然かつ合理的に説明するものであり,そのことは自白全体の信用性を高める事情であるというべきである。
ウ 判示第2の3の13日AⅡ放火に関する自白の信用性
(ア) 被告人は,13日AⅡ放火について,「Cの2階トイレに放火した後にH方に戻り,ティッシュペーパーかトイレットペーパーを手にとって塊にし,ベランダに行き,灯油の入ったポリタンクを傾けて,その塊に灯油を染み込ませ,これを台所にあったビニール袋に入れた。もしかしたら,Cに行く前に同じように用意したものが,使わずに残っていたのかもしれない。車を運転してAⅡに行き,隣接する駐車場に車を停め,灯油を染み込ませた塊が入ったビニール袋を片手に持ち,店内に入った」,「放火の際の火事騒ぎに紛れて万引きするつもりだったので,その前に自分の欲しい物を選んでおこうと思い,まず洋服売場に行った。竜のスウェット上下が吊してあり,欲しいと思ったので,30歳前後の男性店員に『これ,ありませんか』と尋ねると,店員は,そのMサイズの物を手に取って渡してくれた。さらに,水色のプレイボーイのスウェット上下のMサイズを自分で手に取り,買物かごに入れた。次に,ラジカセ売場に行き,ピンク色のCDラジカセを見つけ,これも万引きしようと思い,買物かごを左腕の肘のところに掛け,CDラジカセを両手で抱えるようにして持った。欲しいものも見つかったので,後は放火して帰ろうと思った。AⅡのトイレは外にあり,外のトイレでは火をつけてもあまり騒ぎにならず,万引きもできないと考え,洋服売場であれば,火をつければよく燃え,火事になって騒ぎになるだろうと思い,また,少し奥まっていて他の人からは見え難いだろうとも考え,洋服売場に放火することにした。洋服売場に戻って,通路から少し奥に入り,CDラジカセを床に置き,ビニールに入った商品が並んでいるところに,灯油の染み込んだティッシュペーパーかトイレットペーパーの塊が入ったビニール袋をビニールに入った商品の上に置いた。そして,ズボンのポケットから100円ライターを取り出して火をつけた。自分の記憶では,火をつけたのは1箇所だけである。火をつけると,プレイボーイのスウェット上下や竜の模様付きのスウェット上下が入った買物かごを左腕の肘に下げ,CDラジカセの箱を両手で抱えるようにして持ちながら,洋服売場から見て右の方の出入口から出た」と供述する(被告人の検察官調書・乙12,16)。
(イ) 以上の供述は,AⅡにおける被告人の行動,移動の状況や,被告人が店内で商品を入手した経緯について,前記4の目撃証言等によって認められる放火現場付近にいた女性の動きや同女性が持っていた品物の状況と細部に至るまで合致している。
また,火事騒ぎを起こしたついでに商品の万引きを実行するということについては,前記イのとおり,15日のAⅠでも13日のAⅡと似た行動がとられたと認められ,これにかんがみると前記イのとおり,同一人物が同様の動機から同様の方法で放火と万引きを行ったとする点において,遡ってAⅡ店の犯行に関する自白調書の信用性を高めるものといえる。
さらに,放火箇所の選別に関し,トイレでは万引き目的を達成できないと供述する点も,自然かつ合理的である。
もっとも,洋服売場内のしかも1か所に放火した記憶であるという点は,本件の客観的な状況と符合しない。しかし,上記のとおり,被告人は,当初否認し,また,犯行から3か月以上も経過して自白を始めたのであるから,記憶が一部欠落していることはかえって自然というべきである。そして,13日には,4店舗において放火しているのであるから,記憶の混同,混乱が生じていることも容易に推測でき,従って,放火場所に関する上記被告人の供述は,自白の信用性を減殺する事情であるとはいえない。
(ウ) 以上に加えて,前記イの自白調書の全体的な信用性も併せ見ると,13日AⅡ放火に関する自白は信用することができる。そして,これと前記4の検討結果を総合すれば,同放火の犯人は被告人であると,優に認められる。
エ 判示第2の8の15日D放火未遂に関する自白の信用性
(ア) 被告人は,15日D放火未遂について,「Bらに対するうっぷん晴らしをするとともに,火事騒ぎを起こしたついでに商品を万引きしようと考えて,放火しようと思った」,「車でDまで行き,2階駐車場から店内に入る出入口に向かって歩いた。Dは,Aとは違い,通路も広くて店内の見通しもいいため,売場に火をつけたのでは他の人に見られてしまう可能性があったので,女子トイレに放火することにした。1階の広い売場に出る少し手前のところを左に曲がって細い通路を入り,その突き当たりにある女子トイレにドアを開けて入った。ガソリンか何かを染み込ませたティッシュペーパーかトイレットペーパーを持っていき,これを床に置くなりして火をつけたと思うが,細かい状況はよく覚えていない。トイレ備付けのトイレットペーパーに火をつけた記憶も残っている。火をつけるとすぐに女子トイレを出て,エスカレーターで1階から3階まで上がり,寝具売場に積んであった毛布が目に留まって欲しくなり,水色の毛布を両手で抱えるようにして持った。その前後,火災を知らせるような放送が流れ,どうなっているのだろうと思い,エスカレーターで1階に降り,女子トイレに通じる細い通路の前を通ったとき奥の方を見たが,煙などは出ていなかった。毛布の精算をしないまま,これを抱えて駐車場まで歩いて戻り,自分の車の助手席に毛布を放り投げ,すぐに車を発進させた。駐車場の出口で,駐車券が見つからなかったが,係の人に話したところ,機械を操作して駐車場出口のバーを上げてくれた」と供述する(被告人の検察官調書・乙28)。
(イ) 以上の供述は,Dにおける被告人の行動,移動の状況や,被告人が店内で商品を入手した経緯について,前記7の目撃証言や防犯カメラの映像等によって認められる特徴的な女性の動きや同女性が持っていた品物の状況とよく合致している。
また,火事騒ぎに乗じて万引きしようと考えたという点は,15日のAⅠにおける放火未遂に関する供述においても同旨の供述をしており,同店でも火事騒ぎを起してからブルガリの腕時計を取りに戻った旨,本件において火をつけてから毛布を取ったのと類似の態様の供述をしている。
加えて,放火場所の選別に関し,通路も広くて店内の見通しもいいため,女子トイレに放火することにした旨の供述は,非常に合理的であるといえる。
もっとも,放火の媒介物に関する供述は曖昧であるが,前記アのとおり,記憶が一部欠落し,あるいは,記憶の混同,混乱が生じているとしても不自然ではなく,むしろ,取調官に迎合せず,被告人自身の記憶のままに供述したものといえる。
(ウ) 以上に加えて,前記イの自白調書の全体的な信用性も併せ見ると,15日D放火に関する自白は信用することができる。そして,これと前記7の検討結果を総合すれば,同放火の犯人は被告人であると,優に認められる。
第4判示第2の4,7及び9の各事実について
1 同4の事実(13日AⅡ窃盗)について,被告人は,「万引きしたことはない」と供述し,弁護人も,「被告人が窃盗行為を行ったことを争い,被告人が当日店舗にいたことも争う」と主張する。
また,同7の事実(15日AⅠ窃盗)について,被告人は,「火事騒ぎに驚いて買物かごを持ってきてしまったが盗むつもりはなく,その他の商品については覚えていない」と供述し,弁護人も,窃盗の犯意を争うと主張する。
さらに,同9の事実(15日D窃盗)について,被告人は,「薬をたくさん飲んで,ぼーっとしていて毛布を持ってきてしまったが,盗むつもりはなかった」と供述し,弁護人も,「毛布1枚を持ち出したことは争わないが,窃盗の犯意を争う」と主張する。
2 しかし,前記第3の4,6,7及び9で検討したとおり,関係証拠によれば,被告人は,上記3件において,いずれも,各店舗の売場に放火し,その直後に,各商品を会計を通さずに無断で店外に持ち出したものであり,自ら起こした火事騒ぎに乗じて各窃盗行為に及んだと認められ,被告人に窃盗の犯意も不法領得の意思もあったことは明らかである。したがって,上記被告人の各供述,弁護人の各主張とも採用できない。
【責任能力に関する判断】
1 弁護人の主張
弁護人は,連続的に放火行為に及ぶという行為態様自体が特異である上,Bに会えないことについてのうっぷん晴らしや万引き目的といった動機で連続放火に及ぶことは不可解であり,犯行時や犯行前後の行動も不合理で理解しがたいと指摘する。そして,本件各犯行当時,被告人には認知機能の低下が認められ,抑制が外れやすい状態にあり,さらに,抗うつ剤パキシルによる治療の途上に生じたうつ状態と躁状態の混ざった混合状態にあった疑いがあり,心神喪失ないし心神耗弱状態にあった可能性が否定できないと主張する。
そこで,以下,被告人の本件各犯行当時の責任能力について検討する。
2 判示第1の事実に関する犯行時及び犯行前後の行動等
判示第1の犯行に当たり,被告人は,営業時間外に,軍手をはめ,金づちを持参してAⅠに赴き,同店内において,商品を買物かごに入れてまとめ,店外に持ち出しやすい形にするなど,犯行の実現に向け合目的的行動を採っている。
また,110番通報により現場に臨場したEに対し,金づちでガラスを割って入ったことを認め,任意同行の際に煙草を吸うことをEから止められると,素直にこれに従うなど,Eに対し的確に応答し,その指示に従って行動していたといえる。
3 判示第2の各事実に関する各犯行の動機,犯行時及び犯行前後の行動等
(1) 本件各犯行の動機
本件各犯行に至った動機は,事実認定の補足説明第3の9(3)イで検討したとおり,元交際相手のBに会いたいのに会えず,連絡すら取れないことなどにより苛立ちと焦りを募らせ,そのうっぷん晴らしをしようと放火を繰り返したもので,Bや同人の実家との関係悪化の経緯や被告人のBに対する思いにかんがみれば,上記の犯行動機及びその形成過程は,十分了解可能なものである。加えて,13日のAⅡに放火して以降は,火事騒ぎを起こしたついでに自分の欲しい商品を万引きし,その満足感で苛立ち等の解消を図ったとする点も,了解可能である。
(2) 犯行時及び犯行前後の行動,思考
ア 本件各店舗の選定,店内における放火場所の選定
被告人は,C,AⅡ及び同AⅠ並びにDを放火の対象として選んでいるところ,Cについては,本件当時生活していたH方から近く,AⅡ及びAⅠについては,以前に何度も行ったことがあって店内の様子が分かっており,万引きするにも欲しい商品が置いてあると考え,加えて,AⅠに対しては,判示第1の窃盗事件を起こした際の対応,特に20万円もの金額を請求された不満があり,Dについては,AⅠからH方に帰る途中にあったという理由に基づき,それぞれの店舗を選んだ旨合理的に説明する。
そして,このように放火の対象とする店舗を決めると,被告人は,各店舗の状況に応じ,火事騒ぎを起こすことができ,しかし,自分が火をつけているところを他人に見られるのを避けることができる場所を放火場所として選んでいる。すなわち,被告人は,CやDについては,トイレ内であっても,店内にあるトイレに火をつければ騒ぎになり,他方,トイレの個室内で火をつければ,人に見られるおそれはないとして,女子トイレを放火場所として選んでいる。これに対し,AⅡやAⅠについては,何度も行ったことがあり,トイレが店外にあることを知っていて,それに放火しても大した騒ぎにならず,欲しい商品を盗むことも難しいと考え,よく燃える場所として,店内の洋服売場や寝具売場を放火場所に選んでいる。このように,被告人は,合理的な思考に基づいて放火場所を選定している。
イ 放火媒介物の選定,準備
被告人は,まず,13日,C1階女子トイレを放火するに当たり,判示第1のAⅠの窃盗事件で逮捕された際に着ていたジャンパーを放火媒介物として選んでいるところ,釈放後,同店に対する不満を晴らすことも目的として同店の放火に及んでいるのであり,「縁起が悪い」などと考え,これを放火の媒介物としたことも,納得できる。
その後,被告人は,13日については,ティッシュペーパーやトイレットペーパーを塊にし,紙だけでは燃えないと考え,これに灯油を染み込ませ,ビニール袋に入れて準備し,15日については,タオルやティッシュペーパーにガソリンを染み込ませ,ビニール袋に入れて準備し,これらを持参して各店舗に赴いており,犯行実現のため,合理的で念入りな行動を採っている。
ウ 本件各犯行時の被告人の行動,犯行発覚を防ぐ配慮
まず,被告人は,車を運転して本件各店舗に赴いており,運転に際し,特段の支障があったとは認められない。
また,被告人は,女子トイレの個室や各売場に火をつけた後,時間を置かずに各放火場所,放火店舗を立ち去っており,自らの犯行であることが発覚することを防ぐ配慮をしている。確かに,各目撃証言によれば,各放火場所を立ち去るに当たり,被告人が特段急ぎ,慌てることはなかったと認められるが,このように平静を装うことも,周囲の者に不審を抱かれることを防ぐ配慮といえる。また,15日AⅠにおいて,避難を促す従業員がいるところで,あえて「いやだあ」などと言ったように,大胆な行動に出ることにより,犯行発覚を防ごうとしたことも認められる。
(3) 記憶の保持
事実認定の補足説明第3の9で検討したとおり,被告人は,捜査段階においては,本件各放火に至った経緯や動機,犯行に向けた準備状況や各店舗に向かった際の経路,放火前後の店内での行動や放火の態様等について供述し,これらについての記憶を保持していたと認められる。供述に一部曖昧な点もあるが,犯行から4か月以上も経過してからの供述であることなどから記憶の一部欠落や混同が生じただけで,記憶を保持していないとはいえない。
(4) 本件や自身の責任能力に関する被告人の言動
被告人は,その捜査段階の供述によれば,本件各犯行,とりわけ連続的に放火に及んだことについて,自白しようか否認しようか悩み,気持ちが揺れ動いていたと認められる。これは,まさに,被告人が,自身の犯行の内容やその重大さ,犯行を認めた場合の刑責の重さを十分に理解していたことを示すものといえる。
また,被告人は,警察署で同房中のQやRに対し,「(B方に対する器物損壊は)くるくるパーでパイになった」などと話しており,捜査段階の供述によれば,判示第1の事実についても,精神鑑定の結果,責任能力に問題があるとして釈放されたことを理解していたと認められる。その上で,被告人は,QやRに対し,「今回も,もしかして,くるくるパーでいけるのでは」「2回目は通用しなかった」などと話している。そうすると,被告人は,自己の犯行の内容はもとより,精神鑑定の結果によっては刑責を問われない可能性があるという自分の置かれた状況を理解した上で,上記の言動に及んだといえる。
3 抗うつ剤の服用や認知機能の低下の影響
(1) 抗うつ剤の服用による影響
ア 本件各犯行当時の被告人の服薬状況
被告人は,平成16年9月22日からクリニックに,同月25日から病院に通院し,抑うつ不安状態等の各診断を受け,それぞれ他の病院に通っていることを秘匿して,抗うつ剤パキシルや抗不安薬,睡眠薬等の処方を受けていた。HⅠや被告人の妹のO’の各供述(各検察官調書・甲629,630)のほか,被告人自身の申告内容等にかんがみれば,その具体的な量は不明であるが,被告人は,本件各犯行当時,上記薬剤を,その用法用量を守らず,多用していたと認められる。
イ 意識障害
(ア) 鑑定人の意見等
精神科医師のU’Ⅰは,判示第1の事実について被告人の精神鑑定を行い,被告人は,犯行時,通常の数倍から10倍程度の薬剤を服用し,睡眠薬を中心とする向精神薬の急性薬物中毒を起こし,意識障害(朦朧状態)を生じており,心神耗弱状態にあったと判定している(簡易精神鑑定書・弁5)。
これに対し,医師U’Ⅱは,判示第1の犯行時の被告人の精神状態について,金づちや軍手を持参するなど合目的的行動を採っており,犯行直後,現場に臨場した佐藤の問いかけに適切的確に応答し,その指示に従って行動するなど,行動の統制や見当識が保たれており,意識障害を示す根拠はないとして意識障害の存在を否定している(意見書・甲634)。
そして,鑑定人のU’Ⅲも,その鑑定書(職11)において,上記U’Ⅱの意見書に全面的に賛同できるとして,意識障害の存在を否定する意見を述べている。
(イ) 検討
確かに,被告人は,多量の薬剤を服用していたと認められるが,放火店舗まで自ら車を運転して赴き,犯行の発覚を防ぐ配慮をしながら合理的に放火場所を選定するなどしており,また,捜査段階当時,本件各放火についての記憶を保持していたと認められるから,判示第1の犯行を含め本件各犯行当時,被告人に意識障害はなかったと認められる。
ウ 抗うつ剤パキシルの治療途上に生じる躁うつ混合状態
被告人は,本件各犯行当時,抗うつ剤としてパキシルを服用しており,パキシルは,その効果として,躁うつ混合状態が生じ,責任能力に影響を及ぼす場合があることが知られている。
この点については,U’Ⅲは,その鑑定書(職11)において詳細な判断を示し,パキシルの影響を否定する。すなわち,抗うつ剤による躁うつ混合状態と判断されるためには,(a)服用していた抗うつ剤によって,当該副作用が出現しうることが知られていること,(b)その抗うつ薬の服用開始あるいは増量とその行動特徴の出現との間に時間的関係があること,(c)その行為あるいは行動特徴が,その人本来の人格や行動傾向と矛盾していることの3つが条件であるとした上,パキシルは(a)を満たすが,本件では,(b)及び(c)を満たさないというのである。(b)については,薬を多量に飲んだ場合の状態についての被告人の供述が曖昧であり,他方,Bの警察官調書(弁4)やO’の検察官調書(甲629)によれば,被告人が薬を多量に服用した場合に躁うつ混合状態や躁状態を呈することは観察されていないことが理由とされ,また,(c)についても,被告人を以前に雇用主の警察官調書(甲628)やO’の警察官調書(弁1)によれば,平成16年のパキシル服用前からすでに被告人には反社会性のある人格傾向がみられていたから,行動特徴と本来の人格傾向とは矛盾しないことが理由とされている。U’Ⅲは,パキシルの薬理効果についての専門的知見と関係証拠により認められる事実に基づき上記の結論を導いており,その判断は十分信用できる。
これに対し,弁護人は,(b)について,被告人はもともとパキシルを乱用していたところ,さらに,判示第1の犯行に及ぶ前日の平成16年11月17日にはパキシルを含むと思われる複数の薬剤を服用し(O’の検察官調書・甲629),また,同年12月8日パチンコ店で倒れたことなどを指摘し,被告人がこのころパキシルを増量した可能性があると主張する。しかし,被告人は,同日に釈放されて以降,病院で薬剤の処方を受けることはなく,公判では「薬が余っていた」とも供述するのであって,特にこの時期に,パキシルを増量したとはいい難い。また,弁護人は,被告人自身の供述や,BやO’の供述から,被告人が薬を多量に服用すると躁状態を呈するといえるとも主張する。この点について,確かに,被告人は,多量の薬剤を服用すると,「ハイテンションになる」旨躁状態を呈するかのような供述をする。しかし,一方で,「ボーっとした感じになる」とも供述するのである(被告人の検察官調書・乙20)。また,確かに,被告人は,上記クリニックで最初にパキシルの処方を受けた同年9月22日以降,B方の玄関ドアにマヨネーズを掛けるといった嫌がらせに出るようになったとも認められる。しかし,被告人は,それ以前にも,平成15年10月にBと共にH方を出る際,HⅠとつかみ合って激しく興奮し,平成16年2月にはBと住んでいたアパートのカーテンをはさみで切り,ダウンコートのダウンを部屋中にばらまくなどし,また,同年9月20日には自殺未遂騒動を起こすなどしていたのであるから(Bの検察官調書・甲631),同月22日以降特に特異な行動に出るようになったとはいえない。加えて,被告人がパキシルを服用するようになった同日以降も被告人と接触を続けていたO’とHⅠは,薬を服用した際の被告人について,躁状態を呈することはなかったと供述し(同人らの検察官調書・甲629,630),中でも,HⅠは,具体的に,「イライラが落ち着いた感じになって,少しフラフラした感じになっていることはあったが,おかしな行動をとっているところは見たことがなかった」と供述している(同人の検察官調書・甲630)。そうすると,(b)についての弁護人の主張は採用できない。
次に,弁護人は,(c)について,被告人が,上記病院の医師らにより反社会性人格障害と診断されたのは,概ね,平成16年9月22日以降,すなわちパキシル服用開始以降の事情に基づくものであり,そうすると,これらの診断をもって,被告人がパキシル服用以前から反社会性のある人格傾向を有していたとはいえないと主張する。しかし,U’Ⅲは,平成11年ないし12年ころからの被告人の生活状況にかんがみ,同年ころからすでに被告人に反社会性のある人格傾向がみられたとして,パキシル服用後の行動も被告人本来の人格傾向と矛盾しないと判断しているのであり,反社会性人格障害という診断結果に基づいて被告人の従前の人格傾向を判断をしているのではない。むしろ,U’Ⅲは,反社会性人格障害という診断結果そのものについては鑑定書(職11)で否定しているのである。さらに,弁護人は,平成12年ころからの人格傾向からしても,平成16年9月22日以降の行動,特にB方に対する嫌がらせは,被告人がそれ以前とは質的に異なる攻撃行為に出るようになったことを示すものだとも主張する。しかし,この点については,上述のとおり,平成16年9月22日以前の被告人の行動にかんがみれば,被告人が同日以降質的に異なる攻撃行動に出るようになったとはず,むしろ,同日以降の行動も,従前の被告人の人格傾向の延長線上にあるものと評価できる。そうすると,(c)についての弁護人の主張も採用できない。
以上によれば,本件各犯行時,被告人は,パキシルの治療途上に生じる躁うつ混合状態はなかったと認められる。
(2) 認知機能の低下による影響
U’Ⅲは,その鑑定書(職11)において,被告人の脳には,その年齢に比して著しい萎縮が認められ,認知機能が低下しており,この認知機能低下が,抑制を低減するという点で本件各犯行に影響したと指摘する。
しかし,U’Ⅲは,公判において,その影響の程度について証言し,被告人は,うっぷん晴らしという了解可能な動機のもと,認知機能の低下を想定しなくても理解しうる程度の合理性のある,従前の人格傾向にも沿う行動を採っており,また,被告人の脳の萎縮は老齢の人であれば認められる程度のものであったなどとして,脳の萎縮による認知機能の低下は,著しく責任能力が低下するほどに影響するものではないと説明した。また,抗うつ剤の薬理効果との相乗効果についても,上記のような事情にかんがみれば,被告人につきそれを検討する必要もなかったと証言する。このU’Ⅲの証言も,被告人が本件に及んだ動機や本件各犯行時の行為態様等に基づき,専門的知見から判断したもので,十分信用できる。
したがって,被告人には認知機能の低下が認められたが,本件各犯行に著しい影響を与えるものではなかったといえる。
4 結論
以上を総合すれば,被告人は,本件各犯行当時,是非善悪を弁別し,これに従って行動する能力を喪失し,あるいは,これが著しく減退した状態にはなかったと認められるから,弁護人の主張は採用できない。
【法令の適用】
省略
【量刑の理由】
1 本件は,被告人が,かつての交際相手に会えないうっぷんを晴らそうと,3日間のうちに,客や従業員が多数いる大型量販店4店舗に,前後7回にわたって放火し,うち6件は未遂にとどまったが,1件は店舗を全焼させ,さらに,うち3店舗において,火事騒ぎに乗じ商品を窃取した現住建造物等放火,同未遂,窃盗(第2の各事実)及び,営業時間外の大型量販店に,その自動ドアを金づちで叩き割って侵入し,商品を窃取した建造物損壊,建造物侵入,窃盗(第1の事実)の事案である。
2 まず,第2の現住建造物等放火,同未遂,窃盗の犯情及び情状を検討する。
(1) 被告人は,2度の結婚,離婚を経て,3度目の婚姻中の平成15年夏ころBと知り合い,その後同人と交際するようになった。そして,平成16年7月ころから同人の実家の離れで生活するようになったが,同年9月中旬ころ自殺未遂騒動を起こすと,同人の父親に疎まれ,離れから出ていくよう求められるようになり,その対応に立腹し,B方に数々の嫌がらせをし,同月終わりころには,同人方の玄関ドアにマヨネーズとケチャップを掛け,器物損壊の現行犯人として逮捕された。この事件を機に,Bに会えず,連絡も取れなくなり,同人に会いたい一心でその職場付近を車で走り回って探すなどし,第1の事実で逮捕,勾留された後,平成16年12月8日に釈放されると,すぐに同人の実家に向かったところ,その家が新築されているのを目の当たりにした。被告人は,Bに会いたいのに会えず,連絡すら取れないことに苛立ちを覚えるとともに,離れで共に生活したこともあった同人の実家が新築され,同人の家族に除け者にされていると感じて,その苛立ちやうっぷんを晴らそうと考え,さらに,3回目のAⅡの放火以降は,火事騒ぎを起こしたついでに自分の欲しい商品を万引きしようと,また,4回目以降のAⅠに対する各放火については,第1の事件を起こした際の店側の対応,特に20万円もの金額を請求された不満を晴らそうとも考え,本件各放火及び窃盗に及んだ。
このような,人の生命や身体,財産の安全に対する配慮に全く欠けた,短絡的かつ身勝手極まりない犯行の動機に,酌量の余地は全くない。
(2) その犯行態様は,営業時間中で,多数の客や従業員がいる大型量販店の,C,AⅡ,AⅠ及びDにおいて,その売場や店内の女子トイレに,灯油やガソリンを染み込ませたティッシュペーパーやトイレットペーパー,タオル等を用いて火を放ったというもので,非常に危険かつ悪質である。被告人は,1回目のC1階女子トイレの放火の際は,ジャンパーを媒介物として用いたものの,その後は,各犯行に先立ち,ティッシュペーパーやトイレットペーパーに灯油を染み込ませ,あるいは,犯行直前にガソリンスタンドに立ち寄り,タオルやティッシュペーパーにガソリンを染み込ませるなどして可燃性の高い媒介物を用意しており,犯行の実現に向けた強い意欲が看て取れる。そして,トイレが店内にあるC及びDについては女子トイレに,トイレが店外にあるAの各店舗については,店外に火を放っても火事騒ぎを起こすことができないとして,店内の売場,しかも,ひとたび出火すれば,周囲の商品に火が燃え移り,瞬時にして重大な事態を引き起こしかねない寝具売場やアパレル売場に火を放っており,甚だ危険である。
また,自らが作り出した火事騒ぎに乗じて店内の商品を盗むという態様も,危険性の上に利欲目的も重なったもので,悪質である。
(3) そして,何よりも,被告人は,13日に4店舗に放火し,翌14日には,AⅡにおいて3名の命が失われたことを知りながら,15日にも3店舗で放火を行い,中でも,AⅠにおいては,AⅡにおけるのと同様に,類焼の危険性の高い店内の寝具売場での放火に及んでいる。被告人には,もはや,人の生命を尊重し,自らの犯行を悔悟するという感情が失われてしまっていたといわざるを得ない。
(4) 全7件のうち6件の放火については,幸い,客や従業員らが早期に発見して消火に当たり,あるいはスプリンクラー等の消火設備が作動したことから,トイレの仕切り板やパネル扉,商品の一部をくん焼させたにとどまった。しかし,特に寝具売場やアパレル売場に火が放たれたAⅠについては,消火活動が遅れれば,より広範囲の商品に火が燃え移り,客や従業員も巻き込む,深刻な被害が発生していた可能性も高い。
そして,AⅡが全焼し,その結果,同店において,3名の尊い命が失われた結果は,あまりに重大である。
VⅠ,VⅡ及びVⅢは,いずれもAⅡの従業員であった。VⅠは,寝具売場において,消火器を手に消火活動を行う姿が目撃されており,おそらく,VⅠだけでなく,VⅡ,VⅢの3名とも,懸命に消火活動や避難誘導に当たった末,煙に巻かれるなどして逃げ遅れ,燃えさかる炎の中,その命を落としたとみられる。その全身炭化した遺体を見ればなおのこと,その最期はあまりに惨く,残酷である。VⅠは,平成16年12月末にはAⅡを辞め,ラーメン店を開くという夢に向かって修行を始める矢先であった。VⅡは,両親の離婚後,16歳のころからアルバイトをし,宝石販売会社に勤める間は家計を支え,平成17年1月には成人式を控えていた。VⅢは,福祉に携わる仕事がしたいという夢に向かって勉学に励んでいた。それなのに,VⅠは39歳,VⅡは20歳,そしてVⅢは19歳という若さでその命を絶たれることになったのであり,無念さの程は察するに余りある。
VⅠの妹,VⅡの母親,VⅢの両親が公判廷において意見陳述を行い,各被害者に対する思いと共に,被告人に対し峻烈な処罰感情を表明しているのも当然といえる。
また,軽症ではあったものの,従業員ら8名が一酸化炭素中毒の傷害を負ったことも看過できない。
財産的損害についてみても,AⅡは全焼し,建物や付属設備,商品等を含めた損害額は合計約5億9638万円にも上っている。また,AⅠにおいては,商品が燃やされ,あるいは,消火剤が撒かれるなどしたため販売できなくなった商品が生じ,C及びDにおいては,トイレの仕切り板等が燃やされたため,その交換等の費用がかかり,これら3店舗で,証拠上確認しうるだけでも,合計約375万円の損害が生じている。加えて,窃盗による損害額も合計約54万円に及ぶ。これらの財産的損害については,今後弁償の措置が講じられる見込みもない。
(5) 本件は,繰り返しテレビや新聞で報道され,誰もが利用する大型量販店を狙った連続放火として,周辺の住民だけでなく,社会全体に大きな不安,恐怖を与えたものである。
(6) なお,確かに,AⅡ店内の陳列方法は,圧縮陳列,熱帯雨林と呼ばれる,ひとたび火が放たれれば,早期に火勢が拡大するおそれのある特殊なものであった。また,その防火設備にも,非常放送の音量が規定値以下であったり,防火扉が閉まらなかったりなどの不備があり,さらに,勤務時間の都合から,防災訓練に参加しない従業員も多く,結果として,非常放送を聞いても当初は誤報と考え,火を目の前にしても消火器の操作に手間取り,消火栓も使えず,十分な消火活動を行えなかったものとうかがわれる。これらの事情にかんがみれば,AⅡにおいては,本件のような事態となれば極めて重大な結果が生じ得ることを予見,予測し,そのための態勢を整えておくべきだったといえる。
しかしながら,他方で,被告人自身も,AⅡの店内が,ひとたび火を放てば,積み重ねられた商品を伝い,火が燃え広がりやすい状況にあることを認識し得たはずである。すなわち,大火災になる危険性を予見し得たのに,被告人は,その中でも,火の拡大の危険性の高い寝具売場に放火しているのであるから,本件火災及びその結果として3名の者が亡くなったことについて,責任を負うのは当然である。
よって,AⅡの防災態勢等の不備が,結果として本件のような大火災に至ることの一因となったとはいえるものの,そのことが3名の死者の発生についての被告人の責任を特段軽減するものとはいえない。
3 次に,第1の建造物損壊,建造物侵入,窃盗についてみても,被告人は,金づちを持参してAⅠに赴き,自動ドアのガラスを叩き割って店内に侵入し,商品を盗んだのであって,大胆かつ悪質である。その結果,同店に約16万円の財産的損害が生じていることも,看過できない。
4 他方,次のような酌むべき事情もある。すなわち,迅速な消火活動が行われるなどした結果ではあるが,7件の放火のうち6件については未遂にとどまった。上記のとおり,AⅡにおける火災が全焼にまで至ったことについては,同店の防災態勢等の不備がその一因となっているといわざるを得ない。被告人には,認知機能の低下が認められ,これが,心神耗弱には至らないものの,本件各犯行時の被告人の行動に一定の影響を与えていたことは否定できない。本件各犯行を否認する公判廷における供述も,詐病ではなく心因性健忘の結果である可能性があり,他方,捜査段階においては,「私は自分の素直な反省する気持ちを裁判官にも死んだ3人の家族にも伝えたいという気持ちになりました。こんな気持ちを伝えられず,死刑にでもなったら自分でも悔やむと思うのです。今日からは本当の自分の気持ちを話し,私がやったことをはっきり分かってもらい,その上で私を処罰してもらいたいと思っているのです」「私はこれから罪を償って更生し,反省していきたいと思います。被害者の人にお詫びして,何回も何回もお詫びして,ダメって言ってもお詫びして,きれいな姿を見てもらいたいと思います」と反省の弁を述べ,本件各犯行を自供している。被告人は,義父に性的虐待を受けるなど,不遇な幼少時代を過ごした。被告人の母親が,高齢ながら被告人の帰りを待つ旨述べている。上記のB方に対する器物損壊を除き,前科,前歴はない。
5 しかしながら,これら被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人が短絡的かつ身勝手な動機から大型量販店に対する放火に及び,死者が発生した後もこれを顧みず,繰り返し同様の放火に及んだことなどにかんがみると,被告人に対しては,無期懲役をもって臨むほかない。
(求刑 無期懲役)
(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 今岡健 裁判官 山田礼子)