さいたま地方裁判所 平成17年(モ)896号 決定 2005年10月21日
申立人(原告)
X
訴訟代理人弁護士
長田淳
同
久保田和志
相手方(被告)
株式会社石山
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
和田一郎
主文
相手方は,別紙物件目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。
申立人のその余の申立てを却下する。
理由
第1申立ての趣旨及び理由並びにこれに対する相手方の意見
申立ての趣旨及び理由は,申立人代理人作成に係る別添1の文書提出命令申立書及び別添2の平成17年10月7日付意見書のとおりであり,これに対する相手方の意見は,相手方代理人作成に係る別添3の同年9月30日付意見書(2)(その引用に係る別添4の同年8月31日付意見書の記載を含む。)及び別添5の同年10月14日付意見書(3)のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 本件は,相手方に勤務する女性従業員である申立人が,相手方社内で性別による賃金差別を受けているなどとして,相手方に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求をした本案事件に関連して,申立人が,相手方社内の男女賃金差別の存在等を立証するために必要であるとして,相手方が所持する賃金台帳(以下「本件文書」という。)の提出を求めた事案である。
2 賃金台帳は,労働基準法108条,109条によって作成・保存を義務づけられている文書であって,同文書が,使用者が労働の実績と支払賃金との関係を明確に記録するための資料であるだけでなく,労働者の権利関係に関する証拠を保全し,労使紛争を予防するためのものでもあることに鑑みると,同文書は,民事訴訟法220条3号所定の法律関係文書に該当するものと解される。
そして,本案事件においては,相手方の規模,従業員数,賃金の決定の方式等に鑑み,相手方社内において男女賃金差別が存在することを立証するために,相手方従業員各人の賃金の内容を明らかにすることが必要であると考えられるところ,賃金台帳はそのような賃金内容を客観的に示す最も的確な証拠であるから,本件文書を証拠として取り調べる必要性が認められる。
確かに,相手方が主張するとおり,相手方は男性従業員12名,女性従業員7名程度の小企業であって,その賃金決定の基礎となる諸要素が区々であることも予想されるものの,そうであればこそ,むしろ,相手方社内において男女賃金差別が存在するとすれば,その存在は,主として,従業員各人の賃金内容を明らかにした上で,従業員ごとの賃金内容の相違について検討することによってのみ明らかにし得るともいえるのであり,少なくとも,本件文書が開示されておらず,したがって,従業員各人の賃金内容が明らかになっていない段階で,本件文書が申立人の立証に不必要であると断じて,本件申立てを却下することは相当ではない。
3 また,本件文書には相手方従業員の賃金等のプライバシーに関する事項が含まれているところ,相手方が主張するように,本件文書の開示によってプライバシーを侵害される相手方従業員の不利益についても配慮する必要があることは当然であるが,上記2のとおり,本件文書は申立人の立証のために重要なものであり,しかも,本案事件においては,相手方従業員間の賃金の内容自体が申立人に対する不法行為を構成していると主張されている以上,相手方従業員相互間では,各々の賃金等に関するプライバシーが制約されるのも,やむを得ないものというべきである。もっとも,申立人は,本件文書のうち,申立人を除く相手方従業員の氏名の部分は消去する形式でも差し支えない旨を申し立てているところ,そのようにすれば,本案事件における申立人の立証に多少の困難が生ずる可能性も予測されるものの,少なくとも,相手方従業員以外の第三者との関係においては,従業員の匿名性を保ち,同人らのプライバシーを保護する所以となると考えられるから,申立人がそのような申立てに及ぶ以上,本件文書に含まれる従業員の氏名を開示の対象から除外するのが相当である。
4 その他,本件申立てに相手方が主張するような不当性又は手続上の瑕疵があると認めることはできない。
5 結論
以上によれば,本件文書提出命令の申立ては,本件文書のうち申立人以外の氏名の記載を除く部分の提出を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石原直樹 裁判官 近藤昌昭 裁判官 足立拓人)
(別紙) 物件目録
相手方が作成保管する労働基準法所定の賃金台帳(ただし,申立人以外の者の氏名の記載を除く部分)のうち,平成2年から平成16年の全月分で,現在相手方に在籍している従業員全員及び平成2年から現在までの間に5年以上在籍した従業員に関する部分。
別添1 文書提出命令申立書
平成17年8月22日
平成17年8月1日付け文書提出命令申立書及び同月2日付け文書提出命令申立補正書に代えて,本申立をする。
第1 文書の表示
現在,被告会社に在籍している原告を含む従業員全員及び平成2年以降に5年以上在籍した従業員に関する,平成2年から平成16年までの全月に関する賃金台帳。
第2 文書の趣旨
労働基準法108条によって作成が義務づけられている文書で,被告会社において常時使用される労働者についての労働時間・労働賃金・手当・賞与及び社会保険料等の控除金が記載された文書
第3 文書の所持者
被告会社
第4 証すべき事実
被告会社が,同社男性従業員と女性従業員との間で,平成2年以降現在に至るまで,同一内容に従事している男性従業員と女性従業員との間で,不相当な賃金格差を付けるなどの不平等措置を継続しており,その一環として原告とA氏間でも不平等措置を継続するとの違法行為を行ってきたこと,及び被告の当該違法行為により,原告には,平成2年から平成16年までの間に,1353万6000円の給料格差相当損害金,338万4000円の賞与格差損害金及び物価手当格差相当損害金674万1600円の合計2366万1600円の損害が発生している事実。
第5 文書の提出義務の原因
1 220条3号文書―法律関係文書
賃金台帳に記載されるべき性別・職名・賃金・手当・賞与等は,原告が主張する不法行為法律関係の重要な要素である男女賃金格差の存在及びその程度に関しては,原告と他の社員との賃金等を比較対照することにより明らかになることからすると,本件賃金台帳は上記法律関係構成要件事実の一部が記載されているといえ,また本件賃金台帳は使用者の便宜のために作成される面もあるが,他方で労使双方に共通に関連する事項であり,労使紛争の予防解決のためにも作成されるものであることからすると,本件のような差別がなされているか否かを明らかにすることをも予定して作成されるものといえるから,本件賃金台帳は原告と被告との間の法律関係につき作成された文書といえる(大阪地裁昭和54年5月31日決定,判時946号92頁,判タ388号140頁)。
2 220条4号文書
前記のとおり,賃金台帳は専ら使用者の利用に供するための文書ではなく,労使紛争予防解決のためにも作成されるものであることからして,4号文書の例外要件に該当しないことは明らかである。
なお,原告が求める賃金台帳の氏名欄については,原告のもの以外は,墨塗りをする等して消去する形式でも差し支えない。
以上
別添2 意見書(原告側)
平成17年10月7日
被告の平成17年9月30日付け意見書(2)に対して,原告代理人らは,次のとおり反論する。
第1 意見の理由1について
1 理由1(1)について
まず,労働法4条違反の要件事実については,被告が指摘するとおりである。
そして,2頁目(1)第2段落において,被告会社が小さな会社であること等を指摘し,「性別以外の要素・・・には差異がない男性グループと女性グループ」が存在せず,男性グループと女性グループに賃金の格差が存在することを立証することは不可能であり,証拠としての必要性を否定する。
しかしながら,被告会社の業務内容は多岐にわたる訳でなく,従業員の8名が商管配送チームに所属し,6名が加工チームに所属する(甲1,乙1)。
そして,男女の割合は男性が12名で女性が7人であり,これらの従業員のうち少なくとも3名が昭和63年に入社し,6名が平成元年に入社している。同様に,これらの従業員のうち,昭和19年生まれが1人,同21年生まれが3人,昭和22年生まれが4人いる。
すなわち,性別以外の要素がほぼ同一の男女が相当数存在することになるから,男性グループと女性グループに賃金の格差が存在することを立証することは可能であり,被告の指摘は失当である。
2 理由1(2)について
被告は,プライバシーを理由として,労働基準法4条の男女差別の要件の立証につき,原告の賃金が男性労働者より低いことが合理的理由に基づくものであることの立証を先にさせるべきであるという。
しかしながら,男女賃金の格差が男女の差によるとの要件事実は,原告が主張すべきものであり,原告の主張・立証を被告の反証の後にすべきとの主張は,独自の見解と言わざるを得ず,そもそも被告の主張に根拠はない。
3 理由1(3)について
原告は,平成17年8月1日付け準備書面(3)の第1の2の3行目から5行目までで,「被告会社は,平成2年以降現在に至るまで,同一職務に従事している男性従業員と女性従業員との間で,不相当な賃金格差を付けるなどの不平等措置を継続しており」と明確に主張している。
被告が,理由1(3)第2段落中で,「本件申立ては,立証のためではなく,事実を探索する目的の文書提出命令申立てであると言わざるを得ない」と主張するのは,明らかに誤りである。
第2 意見の理由2について
本件文書提出命令の適否とは無関係な記述であり,この点に関しては,反論の必要性はないと思料する。
第3 意見の理由3について
被告が,大阪高裁の判例を引用している趣旨及び同判例を基に,文書提出命令のいかなる要件を否定しようとしているのかは定かではないが,同判例は,警察官から暴行を受けたとして国家賠償法で訴訟を起こした被収容者が,大阪拘置所長の所持する被収容者の診療願い・診療録の提出命令を申し立てた案件で,旧民事訴訟法312条3号の要件充足が争われ,「その提出によって侵害される所持者の秘密,公共の利益を保護すべき必要性と当該文書提出の必要性を比較考量し,前者が後者に優るときはその提出を求めえないと解する」との規範を定立した上で,「本件診療録のうち管理ないし処遇上の記載を除く病状の態様を記載した書面(病状回答書)により,一応立証の目的を達している」等との指摘のもと,あえて本件各文書の提出命令を求める必要性はそれほど大きいとはいえないとした上で,文書公開された時の拘置所の管理運営に重大な支障が生じるおそれ等を考慮して提出命令を否定したものであるにすぎない。
本件で原告が提出を求めている賃金台帳は,原告の立証に不可欠のものであり,他の手段で入手ができない証拠であるから,上記事案のように他の証拠が存在していたケースとは全く事案を異にする。
第4 意見の理由4について
1 男女の賃金格差が立証されれば,それが不合理なものであると推認されるとの岡山地裁の裁判例は被告が指摘したとおりである。
そして,本件で男性従業員と女性従業員との給与が対照され,格差が明らかになれば,同裁判例の指摘するように不合理な男女差別であることが推認されるのであるから,そのような給与体系としていた被告の継続的な違法行為が認められるはずである。
2 損害金については,賃金の格差が明らかになればおのずと差額が損害になるのであるから,対照文書により損害についても立証できることは明らかである。
以上