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さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)1425号 判決 2007年2月16日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は原告大曾根商店に対し,別紙消費者目録記載の番号1ないし5の「未回収金額」欄記載の各金員及びこれらに対する「解約日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告サイガス・エナジーに対し,別紙消費者目録記載の番号6ないし12の「未回収金額」欄記載の各金員及びこれらに対する「解約日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,いずれも液化石油ガス(以下「LPガス」という。)販売業者である原告らが,各消費者の自宅建物にLPガスの消費配管設備等を無償で設置した上で,各消費者との間でLPガス供給契約を締結して,LPガスを供給していたところ,同じくLPガス販売業者である被告が,各消費者に対し,原告らより安い料金を提示するなどして勧誘したことにより,各消費者が,従前の原告らとの契約を解約し,被告からLPガスの供給を受けるようになったことに関し,原告らが,被告の行為によって,各原告の,各消費者に対して継続的にLPガスを供給することによって消費配管設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位を侵害されたと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,各消費者に係る消費配管設備等の設置費用の未回収額及びこれらに対するLPガス供給契約の各解約日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実又は後掲各書証及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告大曾根商店,原告サイガス・エナジー及び被告は,いずれもLPガス販売業者である。(争いがない)

(2)  原告大曾根商店は,別紙消費者目録記載の番号1ないし5の各消費者について,同目録「自宅住所(設備の設置場所)」欄記載の各住所に建築中であった建物に,同目録「原告有限会社大曾根商店が設置費用を負担した設備の概要 ①種類」欄記載の各LPガス消費配管設備等を設置した上,これらの建物に入居した各消費者との間でLPガス供給契約を締結し,同目録「LPガスの供給開始日」欄記載の各日以降,各消費者に対しLPガスを供給してきた。(第1425事件甲第3ないし第12号証,弁論の全趣旨)

(3)  原告サイガス・エナジーは,別紙消費者目録記載の番号6ないし12の各消費者について,同目録「自宅住所(設備の設置場所)」欄記載の各住所に建築中であった建物に,同目録「原告株式会社サイガス・エナジーが設置費用を負担した設備の概要 ①種類」欄記載の各LPガス消費配管設備等を設置した上,これらの建物に入居した各消費者と間でLPガス供給契約を締結し,同目録「LPガスの供給開始日」欄記載の各日以降,各消費者に対しLPガスを供給してきた(以下,本項及び上記(2)の原告らが各建物に設置した各LPガス消費配管設備等を「本件設備等」といい,原告らが各消費者との間で締結した各LPガス供給契約を「旧契約」という。)。(第1636号事件甲第3ないし第12号証,弁論の全趣旨)

(4)  被告は,別紙消費者目録記載の番号1ないし12の各消費者(以下「本件各消費者」という。)に対し,原告らよりも安いガス料金を提示し,かつ,本件各消費者が原告らから本件設備等の設置費用に関する請求を受けたときは,弁護士費用を含めてすべて被告が負担するとの保証を与えた上で,原告らとの旧契約を解約して,被告と契約を締結するよう勧誘した。本件各消費者は,そのような被告の勧誘を受けて,原告らとの旧契約を解約し,被告との間で新たにLPガス供給契約(以下「新契約」という。)を締結して,同目録「解約日」欄記載の各日以降,被告からLPガスの供給を受けている。(争いがない)

3  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は,被告が本件各消費者を勧誘して新契約を締結させ,原告らとの旧契約を解約させたことが,原告らの,本件各消費者に対して一定期間継続的にLPガスを供給することにより本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位を侵害する不法行為に当たるか否かであり,これに対する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  原告らの主張

ア 被侵害利益

(ア) 原告らは,自己の費用負担で,本件各消費者の各自宅建物に本件設備等を設置した後,本件各消費者とLPガス供給契約(旧契約)を締結し,LPガスを供給してきたのであるから,原告らには,本件各消費者に対してLPガスを一定期間継続的に供給することによって,本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位があった。

被告は,このような原告らの権利ないし地位は不確実なものであって,法的に保護されないと反論するが,しかしながら,以下のとおり,この原告らの権利ないし地位は,確実で,かつ排他的ないし絶対的な利益であり,不法行為法上保護されるべきものである。

(イ) LPガス販売業者間では,昭和48年ころから,建物が建築される際,LPガス販売業者の費用負担で,LPガス消費配管設備等を設置して,後日,当該建物を所有してLPガスを消費する者との間で,LPガス供給契約を締結し,当該消費者に対し,消費配管設備の耐用年数に相当する一定期間(15年程度),LPガスを継続して供給することにより,その消費配管設備等の設置費用を回収するようになり(以下「本件取引方法」という。),消費者からもこのような取引方法が強く要望されたこともあって,本件取引方法は,LPガス販売業者間の慣行又は商慣習となった(以下「無償配管慣行」という。)。なお,被告は,このような取引方法を自らの営業政策として開始し,これを推進してきたものであって,今もなお,かかる取引方法を実施している。

このような無償配管慣行を背景として,LPガス販売業者間では,LPガスの消費配管設備等の設置費用を負担した先行の業者(以下「先行業者」という。)に代わって,他の後行の業者(以下「後行業者」という。)が,消費者にLPガスの供給を開始する場合は,後行業者が先行業者に対して,設置費用の未償却額(償却期間を15年程度として,設置時の費用額から供給期間で償却した金額を控除した残存価額)を支払うという取引が常態となり,これも,LPガス販売業者間における慣行ないし商慣習となった。また,LPガス販売業者が他のLPガス販売業者にその営業権を売却する場合,消費者宅に設置した消費配管設備等も金銭的に評価されて,営業譲渡の対価に含まれ,そのことが営業譲渡契約書にも明示されてきた。さらに,一部の新規業者らは,消費者を勧誘して,先行業者とのLPガス供給契約を解約させ,自社とLPガス供給契約を締結させた後に,その契約上の地位を,対価と引き換えに,他の大手LPガス販売業者に売却しているのである。

このように,少なくともLPガス販売業者間では,これまで,消費配管設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位に財産的価値を認めてきたのであって,LPガス販売業者と消費者との間の継続的取引関係は,法的保護に値する権利ないし地位であるといえる。

(ウ) また,LPガス供給契約は,いわゆる継続的供給契約であって,期間の定めの有無にかかわらず,契約当事者双方は,当初から,長期間の継続的な取引を予定しているのであり,実際,消費者とLPガス販売業者との間の取引が開始されれば,その取引は長期間継続することが通常である「液化石油ガスの。保安の確保及び取引の適正化に関する法律」(以下「液化石油ガス法」という。)も,LPガス供給契約が,長期間継続することを予定して,同法14条でLPガス販売業者に対し,長い間の取引上のトラブルを防止するために,取引条件中の問題の生じ易い点を書面で予め明らかにしておくよう求めている。したがって,LPガス供給契約が継続することによるLPガス販売業者の営業上の利益は確実なものといえる。

(エ) さらに,LPガスは危険物であり,一歩間違えれば,財産のみならず,人命をも奪う可能性があるため,LPガス販売業者は,安全の確保について,法律上,重大な責務が課せられており,安全を確保するための設備の設置等のさまざまな投資も必要であるところ,LPガス販売業者がそのような保安体制を維持するためには,消費者との間で,一定期間,LPガス供給契約が継続することが必要である。また,LPガスは日常生活に必要不可欠であるから,LPガス設備に不具合が生じた場合には,迅速かつ的確に修理等がなされなければならないが,そのためには,LPガス販売業者が,設備の設置状況について熟知していなければならない。そして,このような点からは,LPガス供給契約が長期間継続することが消費者の利益にも適うといえる。

(オ) 以上のことからすれば,原告らの,本件各消費者に対してLPガスを一定期間継続的に供給することによって本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位は,確実で,排他的かつ絶対的なものということができ,法的保護に値する利益である。

なお,被告自身も,本件取引方法に則って,消費者に継続的にLPガスを供給し,LPガス消費配管設備等の設置費用を回収しようとしており,しかも,消費者との間で,長期の契約期間を定め,途中で契約を解約する場合には損害金を支払う旨の条項を設けて,LPガス供給契約を締結し,消費者を長期間拘束したりしているのであって,このことからすれば,被告は,自らのためには,原告らが主張するような権利ないし地位を主張し,これを守ろうとしているというべきであるから,そのような被告が,原告らの主張する権利ないし地位を否定するのは,信義則に反し,許されない。

イ 違法性

(ア) 被告は,本件取引方法を自ら開始し,率先して推進してきたものであり,現在も本件取引方法を実施しているのであるから,本件各消費者に関しても,原告らが費用を負担して本件設備等を設置し,本件各消費者に対しLPガスの供給を開始したことはもちろん,原告らが一定期間(15年程度),本件各消費者に対してLPガスの供給を継続して,本件設備等の設置費用を回収しようとしていることや一定期間(15年程度)が経過する前に,本件各消費者が旧契約を解約すると,原告らが本件設備等の設置費用を回収し得なくなることを当然に知っていた。

また,被告は,原告らが,本件各消費者との間で,旧契約の解約時に本件設備等の残存価額を清算する旨の合意をしていることも知っていた。

にもかかわらず,被告は,原告らがその費用負担で本件各消費者の自宅に消費配管設備等を設置していることを奇貨として,自らが費用を負担することなく,原告らの投下資本にただ乗りすることを前提に,本件各消費者に対し,原告らより安いガス料金を提示して勧誘し,旧契約を解約させて,現在,被告が本件各消費者にLPガスを供給して,利益を得ているのである。

さらに,被告は,消費者を勧誘する際,先行業者との間で消費配管設備等の設置費用を精算する必要はないと述べた上,もし先行業者から清算を求められたときには,消費者自身が設置費用を負担していると主張するよう指導したり,さらには,先行業者からの請求については,弁護士費用も含めてすべて被告が負担する旨の念書を交付したりしている。そして,実際に,先行業者が,契約を解約した消費者に対し,消費配管設備等の設置費用の精算を求めた際,被告は,当該消費者に対し,その支払を拒むよう促し,さらに,先行業者が当該消費者に対し訴訟を提起した場合には,自社の顧問弁護士を,当該消費者の訴訟代理人に選任させ,消費者と無関係に訴訟を遂行し,上記念書に基づいて,消費者に代わって弁護士費用を負担している。

このような被告の営業態様は,明らかに自由競争の範囲を逸脱し,公序良俗に反している。

(イ) なお,被告が,上記(ア)のように,消費者に対し,弁護士費用その他の費用を提供することを申し出ることは,「正常な商慣習に照らして不当な利益をもって,競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること」(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)2条9項3号,同条同項に基づく公正取引委員会による一般指定(以下「一般指定」という。)9項)に該当する「不公正な取引方法」であり,独占禁止法に違反する。

また,被告が,消費者に対し,原告らから本件設備等の残存価額の支払いを請求されても拒絶するよう促している行為は,「自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の業者とその取引の相手方との取引について,契約の成立の阻止,契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず,その取引を不当に妨害すること」(独占禁止法2条9項6号,一般指定15項)に該当し,独占禁止法に違反する。

さらに,不正競争防止法2条1項1号は,「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を禁止しているが,その趣旨は,一方が他方の信用に「ただ乗り」して,不当に自己の売上を伸ばすのを防止するところにあるところ,被告の営業態様は,原告らの投下資本,すなわち,原告らが支出した本件設備等の設置費用にただ乗りするものにほかならず,そうすることで,被告は原告らより安いガス料金を提示して,原告らの顧客を勧誘し得るのであるから,これは「ただ乗り」を禁じた不正競争防止法の趣旨に違反する。

(ウ) 上記アの(オ)のとおり,被告は自ら,消費配管設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位を主張し,これを守ろうとしているにもかかわらず,他方で,原告ら他のLPガス販売業者の権利ないし地位を否定し,顧客を切り替えても,先行業者に,償却未了の設置費用相当額を支払おうとしないのであるから,かかる態様は違法性が強い。

ウ 損害

被告が,本件各消費者を不当に勧誘しなければ,原告らは,一定期間(15年程度),本件各消費者に対するLPガス供給を継続し得たのであり,そうすることで,本件設備等の設置費用を回収し得た。しかし,被告の違法な行為により,原告らは,本件各消費者から旧契約を解約されて,本件設備等の設置費用の回収をし得なくなった。したがって,原告らは,被告の行為により,本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位を喪失したのであり,これによって,原告らは,本件設備等の設置費用の未回収金額,すなわち当初の設置費用と本件設備等の耐用年数(15年)から算出される未償却額に相当する損害を被った。この損害の額は,本件各消費者について,別紙消費者目録の「未回収金額」欄記載の各金額となる。

(2)  被告の主張

ア 被侵害利益

原告らが主張する本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位とは,本件各消費者がLPガス供給契約を解約せずに継続してくれれば,LPガス販売代金によって投下資本を回収できるであろうという期待ないし契約上の地位をいうにすぎないから,かかる利益は,顧客との契約継続可能性を前提とする不確実なものであって,かつ非排他的,相対的なものにすぎない。したがって,法的な保護に値せず,被告の営業活動の自由を排除するだけの力を持つこともない。

一般に,LPガス販売業者が,自らの費用負担でLPガスの消費配管設備等を設置するのは,建築業者に新築住宅の入居者を新規顧客として紹介してもらうための営業施策にすぎないのであって,その顧客が,当該業者の思惑に反して,他の業者を選択してしまい,自己の営業手法が失敗したからといって,他の業者や顧客に対し,営業経費を支払えというのは,全く不合理な請求である。そもそもビジネスの世界は自己責任が原則であって,そこでは,LPガス供給契約が一定期間継続することを期待して,すなわちLPガス販売代金から投下した資本を回収できることを期待して先行投資をしたとしても,消費者がLPガス販売業者を自由に選択できる以上,消費者から解約されたことによって,投下資本を回収できなくなったとしても,それはビジネスに失敗しただけにほかならない。

原告らは一度消費者とLPガス供給契約を締結してしまえば,他の業者と競争することなく,半ば永久的に長期間にわたる契約をし続けることができ,万一消費者が途中で他の業者を選択しようとする場合には,その業者が,原告らに対し金銭を支払わなければならないというカルテルを内容とする違法な慣行又は商慣習を是認させようとするものである。

これらのことからすれば,原告らが主張する権利ないし地位は,到底法的に保護されないものであり,これを被侵害利益とする不法行為は成立しない。

イ 違法性

(ア) 上記アのとおり,原告らの主張する被侵害利益は法的に保護されないものであるが,仮に,それが法的に保護され得る利益であるとしても,それが非排他的かつ相対的な利益にすぎず,要保護性が弱いことからすれば,それを侵害する被告の行為態様が刑罰法規に触れたり,自由競争の範囲の逸脱ないし公序良俗違反といえない限り,被告の行為が,被侵害利益との相関において違法と評価される余地はない。

(イ) 被告は,本件各消費者から,原告らとの旧契約に関する契約書類を提示されたこともなく,本件各消費者が原告らと旧契約を締結していたことも知らなかったし,被告が,本件各消費者を勧誘するに当たって,原告らが本件設備等の設置費用を負担していることを奇貨としたこともない。被告は,自由競争を通じて,本件各消費者を自らの顧客にすることに成功したのであって,これは自由主義経済下における正当な行為である。

また,被告が,本件各消費者に対し,弁護士費用を含む諸費用を負担することを約束したことは認めるが,これは,原告らが加入し,原告ら訴訟代理人らが顧問弁護士を務める,埼玉県LPガス販売店法律共済会が,LPガス販売業界に自由競争が進展することに抵抗して,消費者が良質安価な商品を求めて供給元を変更した場合に,嫌がらせ目的で,消費者を訴訟に巻き込む取り組みを行っていることから,原告らのかかる取引妨害行為(独占禁止法19条,2条9号6号,一般指定15項)に対抗するためにしたものであって,許されるべき正当行為である。

これらのことからすれば,被告の行為態様が,自由競争の範囲を逸脱したり,公序良俗に反したりしたことはないのであって,被告の行為が違法と評価される余地はない。

むしろ,原告らの本件請求は,顧客の移動に関して,先行業者が後行業者に対して金銭の支払を求めるものであって,かかる金銭の支払は,独占禁止法が禁止する違法行為というべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

上記第2の2の前提事実に,後掲各書証及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  当事者ら

原告大曾根商店は,埼玉県富士見市に本店を置き,LPガス等の販売などを目的とする有限会社であり,資本金の額は300万円である。(第1425号事件甲第1号証)

原告サイガス・エナジーは,埼玉県三郷市に本店を置き,LPガス等の販売などを目的とする株式会社であり,資本金の額は1000万円である。(第1636号事件甲第1号証)

被告は,東京都中央区aに本店を置きLPガス等の製造,輸入,販売などを目的とする株式会社であり,資本金の額は50億円である。(第1425事件甲第2号証)

原告ら及び被告は,いずれも,一般消費者に対してLPガスを販売し,供給する事業を営んでいる。(弁論の全趣旨)

(2)  無償配管慣行

LPガス販売業界においては,昭和40年代後半から,LPガス販売業者が,新築される建物等について,自らの費用で,鋼管等のガス消費配管設備等を設置し,それによって,当該建物の建築業者等から,当該建物を取得する所有者の紹介を受けて,当該建物所有者との間でLPガス供給契約を締結し,LPガス販売業者が当該消費配管設備等を当該建物所有者に貸与するという形式をとって,当該建物所有者にLPガスを供給しつつ,その代金から設置費用を回収するという取引方法(本件取引方法)が広く行われるようになり,これは,いわゆる無償配管と呼ばれる業界内の慣行となっていった(無償配管慣行)。(甲第26ないし第28号証,乙第1号証の1,弁論の全趣旨)

原告ら及び被告は,現在も,このような無償配管慣行に従って,消費者らとの間で,LPガス供給契約を締結することがある。(甲第29号証の1・2,第32号証,弁論の全趣旨)

LPガス販売業者間の無償配管慣行の下では,消費者がLPガス供給業者を変更し,他の業者(後行業者)と供給契約を締結したために,消費配管設備を設置した先行業者がその設置費用を回収することができなくなった場合に,後行業者が先行業者に対し,その設置費用の一部を支払うことがあった。被告に関しても,被告が,消費者をして,先行業者から自己に切り替えさせた場合に,当該先行業者に対し,そのような清算金を支払ったことがある。(甲第13ないし第22(各枝番を含む),第26ないし第28号証)

平成8年に,液化石油ガス法が改正され,LPガスの販売事業が,許可制から登録制に変更されたことなどを契機として,LPガス販売業者間の顧客獲得競争が激しくなり,それにつれて,後行業者が,消費者をして,先行業者から切り替えさせる事例が増加した。(甲第26ないし第28号証)

これに対し,無償配管慣行に従うLPガス販売業者は,消費者との間でLPガス供給契約を締結する際,契約を途中で解約する場合には,消費者がLPガス販売業者に対して消費配管設備等の残存価額などに相当する金員を支払う旨の合意をし,その後,実際に消費者が解約した場合には,上記金員の支払いを求め,さらに,消費者がこの請求に応じない場合は,消費者を相手に,訴訟を提起する事例も頻発している。(第1425号事件甲第3ないし第12号証,第1636号事件甲第3ないし第12号証,乙第1号証の1・2,第3,第8号証,弁論の全趣旨)

(3)  原告大曾根商店と消費者らとの旧契約

原告大曾根商店は,本件取引方法に基づき,別紙消費者目録記載の番号1ないし5の各消費者について,同目録「自宅住所(設備の設置場所)」欄記載の各住所に建築中であった建物に,同目録「原告有限会社大曾根商店が設置費用を負担した設備の概要 ①種類」欄記載の本件設備等を設置した上,これらの建物に入居した各消費者との間でLPガス供給契約(旧契約)を締結し,同目録「LPガスの供給開始日」欄記載の各日以降,各消費者に対しLPガスを供給してきた。(前提事実(2))

なお,上記契約締結の際,原告大曾根商店は,上記5名の消費者に対し,それぞれ「お客様へのお知らせ(通知書)」,「お約束書」と題する各書面を交付したが,それらの書面には,各消費者が原告大曾根商店との契約を解約する場合には,本件設備等の残存費用を支払う必要があるとの趣旨の記載がある。(第1425号事件甲第3ないし第12号証,弁論の全趣旨)

(4)  原告サイガス・エナジーと消費者らとの旧契約

原告サイガス・エナジーは,本件取引方法に基づき,別紙消費者目録記載の番号6ないし12の各消費者について,同目録「自宅住所(設備の設置場所)」欄記載の各住所に建築中であった建物に,同目録「原告株式会社サイガス・エナジーが設置費用を負担した設備の概要 ①種類」欄記載の本件設備等を設置した上,これらの建物に入居した各消費者との間でLPガス供給契約(旧契約)を締結し,同目録「LPガスの供給開始日」欄記載の各日以降,各消費者に対しLPガスを供給してきた。(前提事実(3))

なお,上記契約締結の際,原告サイガス・エナジーは,上記7名の消費者との間で,それぞれ「液化石油ガス供給に関する契約書」又は「(戸建先)LPガス配管設備工事及び液化石油ガス供給に関する契約書」を作成したが,その書面中には,本件設備等の所有権は,15年間,原告サイガス・エナジーに属すること,その15年の間に,消費者がガス供給業者を変更する場合には,消費者が原告サイガス・エナジーに対し,本件設備等の設置費用から償却年数分を差し引いた額を支払う旨の記載がある。(第1636号事件甲第4ないし第8,第10,第12号証)

(5)  被告の本件各消費者に対する勧誘と新契約の締結

被告は,別紙消費者目録記載の番号1ないし12の本件各消費者に対し,原告らよりも安いガス料金を提示して,被告と契約を締結するよう勧誘し,その勧誘によって,各消費者との間で新たにLPガス供給契約(新契約)を締結して,同目録「解約日」欄記載の各日以降,各消費者に対し,LPガスを供給している。(前提事実(4))

上記新契約締結の際,被告は,本件各消費者に対し,念書を交付するなどして,本件各消費者が,ガス供給業者を被告に変更したことによって法的に負担しなければならなくなった費用について,弁護士費用も含めたすべてを,被告が保証することを約束した。また,上記新契約締結後,被告は,本件各消費者の代理人として,原告らに対し,旧契約の解約の通知をした。(前提事実(4),甲第24,第34号証,弁論の全趣旨)

(6)  別件訴訟

原告大曾根商店は,本件各消費者のうちA,B,C及びDが原告大曾根商店との旧契約を解約した際,同消費者らに対し,本件設備等の残存価額相当額の支払を求めたが,同消費者らがその支払を拒んだため,平成15年に,同消費者らを被告として,旧契約に基づいて,本件設備等の残存価額相当額の支払を求める訴えを提起した(当庁平成15年(ワ)第2012号設備費用請求事件。以下「別件事件」という。)。これに対し,被告は,本件の被告代理人を含む顧問弁護士らを,上記4名の消費者らの訴訟代理人に選任させ,これに応訴させた。別件事件において,原告大曾根商店は,第一審で請求棄却の判決を受けたが,同判決を不服として控訴し,控訴審(東京高等裁判所平成16年(ネ)第5803号事件)では,上記4名の消費者らと和解した。(乙第1号証の1・2,弁論の全趣旨)

2  被侵害利益について

(1)  原告らは,被告の行為によって,原告らの,本件各消費者に対して一定期間継続的にLPガスを供給することにより本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求めているところ,確かに,上記1の(2)ないし(5)によれば,原告らは,本件取引方法に基づいて,本件各消費者の各建物について,原告らの費用で本件設備等を設置し,その後,本件各消費者との間でLPガス供給契約を締結し,本件各消費者に対してLPガスを供給してきたこと,原告らが,本件各消費者に対しLPガスを継続的に供給し,そこで徴収するガス代金によって,本件設備等の設置費用を回収することを期待していたこと,被告が,本件各消費者を勧誘して,被告との間で新契約を締結させ,原告らと間の旧契約を解約させたことにより,原告らの期待に反し,原告らが本件各消費者に対しLPガスを供給することができなくなり,したがって,原告らが,本件各消費者からガス代金を徴収することによって本件設備等の設置費用を回収することができなくなったこと,がそれぞれ認められる。

しかしながら,そもそも,原告らと本件各消費者との間の旧契約においては,一定期間契約を継続することが定められていたわけではなく,本件各消費者は,所定の手続を経れば,いつでも任意に旧契約を解約することが許されていた(第1425号事件甲第3ないし第12号証,第1636号事件甲第3ないし第12号証)。したがって,原告らが,旧契約の効力として,本件各消費者に対し,旧契約の一定期間の継続を要求する権利を有したものではないし,LPガスを継続的に供給することにより本件設備等の設置費用を回収することを要求する権利を有したものともいえない。そうである以上,原告らが,本件各消費者に対し,LPガスを継続的に供給することを通して,本件設備等の設置費用を回収できることは,原告らと本件各消費者との間の旧契約が存続していることを前提として,そこから反射的に得られる事実上の利益にすぎなかったというべきであって,これについての原告らの期待も,旧契約の存続を前提とする,極めて主観的で抽象的な期待にすぎなかったというほかない。そして,上記のとおり,旧契約の存続は原告らの法的な権利ではなかったのであるから,上記原告らの期待は,本件各消費者との間ですら法的に保護されるべきものと認めることができず,まして,原告らが,被告を含む第三者に対して,その期待が保護されるべきことを主張することはできないというべきである。

(2)  これに対し,原告らは,LPガス販売業者間の無償配管慣行を背景として,LPガス販売業者間では,後行業者が消費者を切り替える場合に,先行業者に対して消費配管設備等の設置費用の未償却額を支払うという慣行又は商慣習があったこと,LPガス販売業者間の営業譲渡においては,消費者宅に設置した消費配管設備等を金銭的に評価して,営業譲渡の対価に含めていること,一部の新規業者らが,消費者とのLPガス供給契約上の地位を対価と引き換えに,他のLPガス販売業者に売却していることを根拠として,少なくともLPガス販売業者間では,消費配管設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位に財産的価値を認めてきたと主張する。

しかしながら,確かに上記1の(2)のとおり,LPガス販売業者間において無償配管慣行があること,供給業者が切り替わる場合に,後行業者が先行業者に対し,消費配管設備等の設置費用についての清算金を支払う事例があることが認められるものの,そのような清算をすることが,LPガス販売業者間の慣行又は商慣習となっていたとまで認めるに足りる証拠はなく,また,仮にそのような慣行又は商慣習があったとしても,それは供給業者が切り替わる場合の処理に関するものであるから,かかる慣行があることは,むしろ,LPガス販売業者間における顧客の切替が許されていること,すなわち消費者との取引関係を継続することが必ずしも保証されていないこと,を示すものというべきであり,原告らの主張する権利ないし地位が保護されるべきことの根拠とはならない。

また,LPガス販売業者間の営業譲渡の際に,消費配管設備等が金銭的に評価されるのは,企業会計上,消費配管設備等が有形固定資産とみなされ,一定金額で資産計上されているからにすぎないと考えられるのであり,そのように設備自体が資産として評価されるからといって,LPガス販売業者が,その設備等を利用する消費者との継続的な取引を通じて,その設置費用を回収する権利ないし地位にも財産的価値が認められることにはならない。

さらに,LPガス販売業者間でLPガス供給契約上の地位が有償で譲渡されている事実があるとしても,そのような業者と顧客との間の事実的な取引関係をどのように財産的に評価するかは,譲渡人及び譲受人の主観的な営業上の価値判断の範疇に属する問題であって,しかも,そこで評価される価値は,その取引関係が解約によっていつでも解消され得ることをも折り込んで評価されているはずであるから,一般に,譲渡人と譲受人間で,顧客との取引継続状態が,営業上の観点から一定の財産的価値に評価されることがあり得るからといって,そのことから当然に個々の取引継続状態が特別な法的保護を受けるべきことにはならないし,上記のとおり,その評価の中に解約のリスクが折り込まれている以上,解約により取引継続状態が解消された場合でも,その解約自体によって具体的な損害を生じさせるものともいえない。

したがって,原告らが主張する事実によっても,LPガス販売業者が消費者との継続的取引によって消費配管設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位が法的に保護されるべきものと認めることはできない。

(3)  このほか,原告らは,LPガス供給契約がいわゆる継続的供給契約であり,消費者とLPガス販売業者の取引が長期間継続するのが通常であることを理由として,LPガス供給契約が継続することによるLPガス販売業者の営業上の利益は確実なものであると主張する。しかしながら,LPガス供給契約が継続的供給契約であるからといって,その解約が禁じられているわけでもなく,本件においても,本件各消費者はいつでも原告らに解約を申し出ることが許されていたのであり(上記(1)),また,一般に契約関係が長期間継続することが通常であるからといって,そのことから,一方が他方に対し,契約の継続を要求できるわけでもないのであるから,結局,LPガス供給契約が継続的供給契約であるからといって,それゆえに,原告らが,本件各消費者との間の旧契約が一定期間継続されることにつき合理的な期待を有することが許されるわけではなく,原告らの抽象的な期待が法的に保護されるべきことにはならない。

(4)  なお,原告らは,LPガスが消費者の生活に不可欠であり,かつ危険な物であるから,LPガスの保安体制を維持したり,修理等の迅速な対応を確保したりするためには,LPガス供給契約が長期間継続することが消費者の利益に適うとも主張するが,仮にそのような消費者の利益が存し,これを保護すべきということができるとしても,その利益は消費者が選択的に享受すべきものであって,原告らが主張する,継続的取引によって本件設備等の設置費用を回収し得る利益が,そのような消費者の利益と同様に保護されるべきことにはならないから,原告らの主張は失当である。

(5)  思うに,無償配管慣行は,LPガス販売業者が建築業者から新規顧客の紹介を受けるために,建築業者にその代金を請求せずに,消費配管設備等を新築建物に設置したことから始まったものであり(上記1の(2)),LPガス販売業者にとっては,顧客獲得のための一種の営業戦略であったといえる。また,無償配管慣行を前提として,LPガス販売業者が,消費者とLPガス供給契約を締結する際,消費者に途中解約の場合に消費配管設備等の残存価額などに相当する金員を支払う旨の合意をさせること(同上)は,それが,消費者に選択の余地を残すなどした上で,LPガス販売業者の負担と消費者の利益を正当に調整するものであれば格別,消費者に慎重に検討する機会を与えないまま,透明性に欠けるやり方で,高額な精算額が設定されるおそれがある上,そのように高額な清算額の合意によって,結果的に消費者を不当に契約関係に拘束する温床となりやすいことも否定し難い。他方,無償配管によって,消費者はLPガス消費配管設備等の設置費用の負担を免れることができるが,この場合の消費者は,新たに建物を建築し,あるいは新たに建物を購入しようとする者であるから,一般に,その者が上記設置費用を負担することは格別困難なものとは考えられないのであり,したがって,無償配管慣行自体に,消費者の生活や利益を保護するための公共的な役割が存するとも認め難い。

したがって,LPガス販売業者間の無償配管慣行及びそれに伴ってLPガス販売業者が期待する消費者との継続的な取引は,自由競争原理の下において,特段の保護を受けるべきものということはできない。

また,消費配管設備等の設置費用の負担について,LPガス販売業者が自己の損害を回避しようと思えば,そもそも無償配管慣行に従わずに,当初から設置費用を消費者に負担させるか,あるいは,費用負担の透明性を確保した上で,消費者との間で,解約時の利害の調整方法について適正な合意を形成するようにして,契約に基づく具体的な請求権を確保すれば足りるのであるから(なお,かかる原告らの本件各消費者に対する債権的請求権の存否は,その一部について,別件訴訟で争われた。本件では,この点は争点になっていない。),そのような債権債務関係のほかに,原告らが主張するような抽象的な期待を法律上特別に保護すべき必要性は見出し難い。

(6)  小括

以上によれば,原告らの,本件各消費者に対し継続的にLPガスを供給することによって本件設備等の設置費用を回収し得る権利ないし地位は,法律上保護されるべき利益ということはできず,これを被侵害利益とする不法行為の主張は認められない。

なお,原告らは,被告自身が本件取引方法に則って消費者にLPガスを供給して,その設置費用を回収しようとしており,さらには,長期の期間を定め,途中解約時の損害金を定めた契約により,消費者を長期間拘束していることを挙げて,そのような被告が,原告らの利益を否定することは信義則に反するとも主張するが,被告の反論を俟つまでもなく,そもそも原告らが主張する被侵害利益自体を首肯し難いことは上記のとおりであって,被告の反論が信義則に反しているか否かは上記結論を左右しない。

3  違法性及び損害について

本件においては,上記2のとおり,本件で原告らが主張する権利ないし地位は不法行為法の下で保護されるべき利益とは認められないから,被告の行為の違法性及び原告らの損害について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないことが明らかであり,被告の行為の違法性及び原告らの損害については判断しない。

4  以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1項本文,61条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤公美 裁判官 近藤昌昭 裁判官 足立拓人)

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