さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)1489号 判決 2008年1月30日
主文
1 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)X1及び同X2に対し,別紙物件目録記載5の建物に設置された窓のうち,別紙被告建物図面記載の1階及び2階の各⑧及び⑨の各窓にそれぞれ縦90センチメートル,横180センチメートルの金属製又は樹脂製の目隠しを設置せよ。
2 原告(反訴被告)X1及び同X2のその余の請求,原告X3及び同X4の請求,被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中,原告(反訴被告)X1及び同X2と被告(反訴原告)との間に生じたものは,本訴反訴を通じてこれを3分し,その1を被告(反訴原告)の負担とし,その余を同原告ら(反訴被告ら)の負担とし,原告X3及び同X4と被告(反訴原告)との間に生じたものは,全部同原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 本訴
(1) 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は,原告X3及び同X4に対し,別紙物件目録記載8の建物西北側壁面に設置された別紙被告建物図面の各階①ないし④の各窓に,別紙目隠目録記載の目隠しを設置せよ。
(2) 被告は,原告X3及び同X4に対し,別紙物件目録記載8の建物西北側壁面に設置された別紙被告建物図面(1)ないし(3)の台所換気扇からの排気風を別紙物件目録記載1の宅地内に直接吹き込ませないようにするための別紙台所排気風遮蔽物目録記載の遮蔽物を設置せよ。
(3) 被告は,原告X3及び同X4に対し,別紙物件目録記載8の建物西北壁面中,別紙物件目録記載1の宅地に面した部分に,同宅地に直接空調排気風を吹き込ませないようにするため,空調施設室外機を設置する場合は,その排気口に別紙排気風遮蔽板目録に記載した物と同様の遮蔽板を設置せよ。
(4) 被告は,原告X3及び同X4に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告は,原告(反訴被告。以下「原告」という。)X1及び同X2に対し,別紙物件目録記載8の建物西北側壁面に設置された別紙被告建物図面の各階⑤ないし⑯の各窓に,同原告らの宅地内を観望できない構造の別紙目隠目録記載の目隠しを設置せよ。
(6) 被告は,原告X1及び同X2に対し,別紙物件目録記載8の建物北西側壁面に設置された別紙被告建物図面(4)ないし(12)の台所換気扇からの排気風を別紙物件目録記載3及び4の宅地内に直接吹き込ませないようにするための別紙台所排気風遮蔽物目録記載の遮蔽物を設置せよ。
(7) 被告は,原告X1及び同X2に対し,別紙物件目録記載8の建物の北西壁面中,別紙物件目録記載3及び4の宅地に面した部分に,同宅地に直接空調排気風を吹き込ませないようにするため,空調施設室外機を設置する場合は,その排気口に別紙排気風遮蔽板目録に記載した物と同様の遮蔽板を設置せよ。
(8) 被告は,原告X1及び同X2に対し,それぞれ110万円及びこれに対する平成15年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告X1及び同X2は,被告に対し,別紙物件目録記載5の建物の東南面に存する1階及び2階に設置された別紙X1建物図面記載①ないし⑥の各木製窓枠に接着して,その窓全面に,アルミ枠に,別紙サンプル図1及び同2に各記載の,エンジニアプラスチック製ホワイトパネルを取り付ける方法による各目隠しを設置せよ。
第2事案の概要
本訴は,その所有地に3階建て賃貸マンションを建設した被告に対し,同土地の西北側にそれぞれ宅地建物を有する原告X3,同X4,原告X1,同X2が,民法235条に基づき同マンションの各階の西北側の窓すべてに目隠しの設置を請求するとともに,同マンションが建設されたことにより,プライバシー侵害,日照権侵害,換気扇の排気風による悪臭被害等が生じたと主張して,不法行為に基づく損害賠償及び差止等を求める事案である。反訴は,被告が,原告X1及びX2に対し,民法235条に基づきその住居の東南側の窓すべてに目隠しの設置を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1)ア 原告X3及びX4は,昭和50年8月30日,別紙物件目録記載1の土地(以下「X3宅地」という。)の所有権をそれぞれ持分2分の1の割合で取得し,同地上に,昭和51年2月28日,同目録記載2の2階建居宅(以下「X3建物」という。)を建築して,持分2分の1の割合で共有している(甲1,2)。
イ 亡Aは,昭和60年12月20日,別紙物件目録記載3及び4の各土地(以下,一括して「X1宅地」という。)の所有権を取得し,A及び原告X1は,昭和61年11月21日に,同地上に同目録記載5の2階建居宅(以下「X1建物」という。)を建築し,各3分の2,3分の1の割合で共有していた(甲3,4,10)。Aは,本件訴訟係属中の平成18年12月8日に死亡し,同人の長女である原告X2が,Aの権利義務を相続により承継した。
(2)ア 被告は,別紙物件目録記載6及び7の各土地(以下,一括して「被告宅地」という。)をBと各持分2分の1の割合で共有しており,同地上に平成15年9月12日,同目録記載8の賃貸用の共同住宅(以下「被告建物」という。)を建築し,同年10月3日,同建物について被告が単独所有する旨登記した(甲5,22の1,2)。なお,被告建物は,建築基準法に適合した適法な建物である。
イ 被告は,被告宅地の共有持分を平成4年12月4日,相続により取得したものである。同土地は,被告建物を建築するまで被告の母親等が畑として利用しており,地目も「畑」であったが,被告建物を建築するに当たり,平成15年9月12日付けで地目が「宅地」に変更された(甲22の1,2)。
(3) X3宅地とX1宅地は,被告宅地の北西側に隣接している(以下,X3宅地,X1宅地と被告宅地との境界線を「本件境界線」という。)。また,X3宅地は,X1宅地の北側にあり,両地は隣接している。
(4) 被告建物は共同住宅であり,戸数は12戸である。被告建物には,本件境界線に面する西北側壁面に,各戸につき4つずつ合計48個の窓(以下,併せて「本件窓」という。)が設置されている。各戸の4つの窓は,それぞれ居間兼食堂,台所,洗面所,浴室に設置されており,いずれも本件境界線との距離は1メートル未満である。
(5) 原告らは,被告に対し,大宮簡易裁判所に目隠しの設置等を求めて調停を申し立てたが,平成16年4月16日の第1回調停期日をもって不調となった。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,(1)原告らの被告に対する目隠設置請求の可否,(2)被告の原告X1及びX2に対する目隠設置請求の可否,(3)原告らに対するプライバシー侵害の有無,(4)原告らに対する日照権侵害の有無,(5)原告らに対する排気風及び悪臭被害の有無,(6)空調設備の設置による原告らに対する騒音被害の有無,(7)上記(3)ないし(6)によって原告らに生じた損害額であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(原告らの被告に対する目隠設置請求の可否)について
(原告らの主張)
ア 被告建物には,本件境界線から1メートル未満の距離に48個の窓が設置されている。
イ 本件窓のうち,X3宅地を観望する窓は,別紙被告建物図面記載の各階①ないし⑤の窓である。また,X1宅地を観望する窓は,別紙被告建物図面記載の各階⑥ないし⑯の窓である。
ウ したがって,本件窓は,「他人の宅地を見通すことのできる窓」(民法235条1項)にあたり,被告は本件窓について目隠設置義務を負う。
(なお,原告らは,上記イの主張に基づき,別紙被告建物図面記載の各階⑤の窓につき,訴えの変更をする旨述べていたが,本件口頭弁論終結時に至るまで,訴えの変更はされなかった。)
(被告の主張)
ア 原告らの主張アは認める。
イ 同イは争う。
ウ(ア) 「他人の宅地を見通すことのできる窓」とは,他人の宅地を観望しうる窓の全てを指すものではなく,意識せずとも極めて容易に相隣者の宅地を観望しうるような窓をいうと解すべきである。
本件窓は,いずれも北西側に面して設置されており,バルコニーが被告建物の反対側に設置されていることから明らかであるように,生活上,本件窓から外を観望することは予定されておらず,もっぱら,通風・採光の目的で設置された窓であって,いずれも不透明な網入りすりガラスが使用されているから,「他人の宅地を見通すことのできる窓」にはあたらない。
また,本件窓のうち,3階に設置された窓からは,通常の状態においては原告らの建物の屋根が見えるのみである。また,台所に設置された窓は,滑り出し窓であるから,全開しても原告らの宅地を観望することはできず,浴室に設置された窓及び洗面脱衣室に設置された窓は,全開しても隙間が30センチメートル未満であることから視野は著しく限定され,窓に密着して覗かない限り原告らの宅地を観望することはできないため,いずれも「他人の宅地を見通すことのできる窓」にはあたらない。居間兼食堂の窓も,上記のとおり,網入りすりガラスであるから,「他人の宅地を見通すことのできる窓」にはあたらない。
(イ) 仮に,本件窓が「他人の宅地を見通すことのできる窓」にあたるとしても,以下の事実が認められることから,被告建物の窓に目隠しを設置することによって被告建物の居住者が被る不利益は大きく,原告らの目隠設置請求はいずれも権利の濫用として認められない。
a 被告宅地は,土地計画法5条に定める都市計画区域,同法7条に定める市街化区域,同法8条の第一種中高層住居専用区域内にあり,周辺は中高層の建物が増加している区域であるから,被告建物の建設は,地域の性格に適した土地利用ということができる。
b 本件窓は,いずれも北西側に設置された通風,採光の目的で設けられた窓であり,生活上,窓を開けて外を観望することは予定されていない。
c 本件窓のアルミサッシは,外壁より90ミリメートル内部に設置されているところ,サッシを基準とすると,境界線から窓までの距離は99センチメートルで1メートルにわずかに足りないだけである。
d 本件窓はいずれも網入りすりガラスが使用されている。また,3階に設置された窓は,原告らの建物の屋根が見えるのみであるから,通常の状態では原告らの建物の内部を観望できない。居間兼食堂に設置された窓,浴室に設置された窓及び洗面脱衣室に設置された窓については,目隠しを設置すると,採光及び通風が阻害される。特に,別紙被告建物図面記載の各階の⑧,⑨の窓は,居間兼食堂に設置された唯一の窓であるため,その不利益は大きい。
e X1建物には,境界線から1メートル未満の位置に,被告宅地を観望できる窓が設置されている。
(2) 争点(2)(被告の原告X1及びX2に対する目隠設置請求の可否)について
(被告の主張)
ア X1建物の東南面には,1階及び2階に,別紙X1建物図面記載の①ないし⑥の各窓が設置され,2階にはベランダが設置されている。
イ 本件境界線から,X1建物までの距離は最短部分で0.91メートルである。
ウ 以上のとおり,原告X1及びX2は,境界線から1メートル未満の位置に,被告宅地を観望できる窓を設置していることから,原告X1及びX2は,目隠しの設置義務を負う。
(原告X1及びX2の主張)
ア 被告の主張アは認める。
イ 同イは認める。
ウ 同ウのうち,原告X1及びX2が,境界線から1メートル未満の位置に窓を設置していることは認め,その余は否認する。
エ 民法235条1項の「窓又は縁側を設ける者」とは,新規に窓を設置する者をいい,既存の窓及び縁側は含まれない。そもそも,A及び原告X1がX1建物を建築した当時,被告の所有地は畑であったのだから,民法235条1項にいう「他人の宅地を見通すことのできる窓」にあたらない。
オ 本件においては,以下の理由により,被告の請求は権利の濫用として認められない。
(ア) 民法235条1項の趣旨は,プライバシーの保護にあるところ,被告建物は,賃貸用の共同住宅であり,被告自身の住居地は別であることから,X1建物の窓の設置により,被告のプライバシーは何ら害されていない。
(イ) 被告宅地は,被告建物が建築されるまで,地目は「畑」であり,X1建物の建築後17年間は「宅地」ではなかったことから,民法235条の規制の対象ではなかった。
(3) 争点(3)(原告らに対するプライバシー侵害の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告は,被告建物の建築にあたり,境界線から十分な距離をとることができたにもかかわらず,境界線から1メートル未満の近接した位置に被告建物を建築して,本件窓を設置したため,原告らの生活が被告建物から丸見えとなった。
イ また,原告らは,被告に対し,目隠しの設置等を求める調停を申し立てたが,平成16年4月16日の調停期日において,被告はこれを拒否し,調停は直ちに不調となった。
ウ 上記ア及びイの被告の行為は,極めて違法性が高く,原告らのプライバシーを侵害するものである。
(被告の主張)
ア 原告の主張アは否認する。
イ 同イのうち,調停が不調となったことについては認め,その余は否認する。
ウ 本件窓は,いずれも不透明な網入りすりガラスを使用しており,容易に外を観望できない仕様となっている。また,台所の窓は滑り出し窓であり,構造上全開することはできないから,本件窓から,原告らの宅地を観望することはできない。
エ 他方,本件窓は,通風,採光のために設置された窓であって,目隠しを設置した場合には,被告建物の居住者の通風,採光を著しく阻害する。
オ 本件窓のアルミサッシと本件境界線からの距離は,外壁表面で90センチメートル,窓面でみると99センチメートルである。
カ したがって,被告建物に本件窓を設置したことによって,原告らのプライバシーは侵害されておらず,仮に,損害賠償義務が認められるとしても,原告らの請求は権利の濫用である。
(4) 争点(4)(原告らに対する日照権侵害の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告宅地は,被告建物が建築されるまで「畑」であったため,原告X3及びX4及び原告X1及びX2は,十分な日照を享受できた。しかし,被告が,境界から十分な距離を確保した上で被告建物を建築することができたにもかかわらず,本件境界線に近接して被告建物を建築したことにより,X3建物は午前8時から正午までの間において2時間にわたり日陰となり,原告X3及びX4の日照が50パーセント阻害され,X1建物は午前8時から正午までの間において2時間30分にわたり日陰となり,原告X1及びX2の日照が62.5パーセント阻害された。
イ よって,被告は,原告らの日照権を侵害している。
(被告の主張)
ア 原告らの主張アのうち,被告宅地がもと畑であったことは認め,その余は否認する。
イ(ア) 被告宅地は,都市計画法8条の第一種中高層住居専用地域にあるから,高さ10メートルを超える建築物について,建築基準法56条の2に基づく日影による制限を受けるところ,被告建物は最高の高さが9.801メートルで,最高の軒の高さが9.051メートルであるから,建築基準法の適用はなく,日影規制は受けない。
(イ) 本件建物は,第一種中高層住居専用地域にあるところ,同地域は中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定められた地域であるから,3階建ての共同住宅を建築したことは,地域の選定と土地の利用として合理的であり,社会的に有用である。
(ウ) 民法234条は,境界線近傍の建物の建築について,境界線から50センチメートル以上の距離をおくことを規定するところ,被告建物は隣地との境界線から90センチメートル離れている。また,被告建物の外壁はコンクリート壁に磁器質タイルを貼った耐火構造である。
(エ) 被告は,被告宅地上に,被告建物とは別の中高層建物を建築する予定であるため,被告建物を本件境界線に寄せて建築したのであり,被告に積極的な害意はない。また,被告が自己所有地に建物を建築することは,被告の自由である。
(オ) したがって,原告らの日照権侵害の主張は根拠がなく,仮に日照権の侵害があったとしても,受忍限度内であって,損害賠償義務はない。
(5) 争点(5)(原告らに対する排気風及び悪臭被害の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告は,被告建物の各戸について,台所の換気扇を設置しているが,同換気扇は,排気風が原告らの居宅に吹き込む構造であることから,原告らの居宅に悪臭が吹き込んでいる。
イ 被告は,賃借人により上記行為をなさしめているから,その行為は,不法行為にあたる。
(被告の主張)
ア 原告の主張アは否認する。
イ 被告建物の台所の換気扇の排気は,ファンに送られ,ダクトを通り,外壁に取り付けられた丸形フードの形状のファイヤーダンパー付きのエクステリアから建物外壁に添い下部に向けて放出されているから,原告らの居宅に悪臭を吹き込むことはない。したがって,原告らに悪臭被害は生じていない。
(6) 争点(6)(空調設備の設置による原告らに対する騒音被害の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告建物は,原告らの居宅に接する北西側壁面に,空調施設の室外機を設置する構造となっているところ,室外機を設置することによって,排気風が原告らの宅地に吹きかかり,暑さをもたらす。また,室外機の運転音により,不快感や睡眠不足等の生活妨害が引き起こされる。
イ 上記アの状況を回避しない被告の行為は,不法行為にあたる。
(被告の主張)
ア 原告の主張アは否認する。
イ 被告建物の北西側壁面に室外機を設置しているのは1世帯のみであり,全世帯が室外機を設置して,一斉に運転することは考え難く,原告らの主張には理由がない。
仮に,室外機の運転音による影響があったとしても,受忍限度の範囲内である。
(7) 争点(7)(原告らに生じた損害額)について
(原告らの主張)
ア 日影被害により,原告らが被った損害を慰謝するには,各自1時間あたり20万円が相当であるところ,原告X3及びX4には2時間の被害,A及び原告X1には2.5時間の被害が生じたから,原告X3及びX4については各40万円,A及び原告X1については各50万円の損害が生じた。
また,プライバシー侵害,悪臭及び空調設備の設置による騒音によって原告らが被った損害を慰謝するには,プライバシー侵害について各30万円,悪臭及び空調設備の騒音について各30万円が相当である。
イ したがって,原告X3及びX4は,被告に対し,それぞれ100万円,原告X1及びAの権利義務を承継した原告X2は,被告に対しそれぞれ110万円の損害賠償の支払を求める。
(被告の主張)
原告らの主張は否認する。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(原告らの被告に対する目隠設置請求の可否)及び争点(2)(被告の原告X1及びX2に対する目隠し設置請求の可否)について
(1) 証拠(甲6ないし9,13,21,22の1及び2,乙2ないし14,21,25,26,証人C,原告X3本人,原告X1本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告建物と本件境界線との距離は90センチメートルであり,被告建物には,本件境界線に面した壁面に別紙被告建物図面記載のとおり,48個の本件窓が設置されている。本件窓については,おおむね,各階の①ないし⑤の窓がX3宅地に面しており,⑥ないし⑯の窓がX1宅地に面している。そして,本件窓と本件境界線との距離は1メートル未満である。
イ 本件窓は以下の種類に区別される。
(ア) 別紙被告建物図面記載の各階①,⑧,⑨,⑯の窓(以下「被告建物各階①,⑧,⑨,⑯の窓」といい,その余の同図面記載の窓についてもこの例によって略称する。)は縦90センチメートル,横170センチメートルの引き違い窓であり,居間兼食堂(リビングダイニング)に設置されている(以下「LD用窓」という。)。
(イ) 被告建物各階②,⑦,⑩,⑮の窓は縦80センチメートル,横50センチメートルの滑り出し窓であり,台所に設置されている(以下「台所用窓」という。)。台所用窓は,窓の下部のみが押し出される構造となっており,全開することはできない。
(ウ) 被告建物各階③,⑥,⑪,⑭の窓は縦60センチメートル,横60センチメートルの引き違い窓であり,洗面所に設置されている(以下「洗面所用窓」という。)。
(エ) 被告建物各階④,⑤,⑫,⑬の窓は縦70センチメートル,横60センチメートルの引き違い窓であり,浴室に設置されている(以下「浴室用窓」という。)。
ウ 以上の本件窓は,いずれも不透明な網入りすりガラスを使用しており,窓を閉めた状態では,原告らの宅地を見通すことはできない。なお,本件窓は,設計当初,透明ガラスを使用する予定であったが,被告建物の建築に当たって寄せられた原告らの要望を考慮して,不透明な網入りすりガラスを使用することとされた。
エ 本件窓は,いずれも北西方向を向いているところ,被告建物のそれぞれの居室には,本件窓とは別に,南東側に,それぞれ窓及びバルコニーが設置されている。そのため,本件窓は,通風,採光のために設置された窓であり,1日のうちで窓が開いている時間は合計で2,3時間程度である。
オ 被告建物は3階建てであり,最高の高さは9.801メートル,最高の軒の高さは9.051メートルである。地上から1階の窓枠下端までの高さは2.060メートル,2階の窓枠下端までの高さは,4.780メートル,3階の窓枠下端までの高さは,7.500メートルである。
カ X3建物は,本件境界線から,最短でも5.499メートル離れている。X3建物には,本件境界線に面する側の,1階に居間兼応接室と書斎が,2階に寝室と仕事部屋がある。
キ(ア) X1建物と本件境界線との距離は,91センチメートルである。X1建物には,本件境界線に面する側の1階に,寝室として使用する和室,居間,ダイニングが,2階の北東側及び中央部に和室,南東側に原告X2が使用する洋間があり,それぞれ窓が設置され,2階にはベランダが設置されている。
(イ) X1建物の窓と本件境界線との距離は1メートル未満であり,それぞれの大きさ等は以下のとおりである。
a 別紙X1建物図面記載①の窓(以下,「X1建物①の窓」といい,その余の同図面記載の窓についてもこの例により略称する。)は,1階の和室の窓で,縦135センチメートル,横273センチメートルの引き違い窓である。
b X1建物②の窓は,1階の居間の窓で,縦135センチメートル,横273センチメートルの引き違い窓である。
c X1建物③の窓は,1階のダイニングの窓で,縦180センチメートル,横182センチメートルの引き違い窓である。
d X1建物⑥の窓は,2階の北東側和室の窓で,縦90センチメートル,横182センチメートルの引き違い窓である。
e X1建物⑤の窓は,2階の中央和室の窓で,縦180センチメートル,横273センチメートルの引き違い窓である。
f X1建物④の窓は,2階の洋間の窓で,縦120センチメートル,横136.5センチメートルの引き違い窓である。
ク 本件窓と,X1建物の窓は,被告建物1階⑪の窓とX1建物①の窓が,被告建物1階⑨の窓とX1建物②の窓が,被告建物1階⑧の窓とX1建物③の窓が,被告建物2階⑧の窓とX1建物⑥の窓が,被告建物2階⑦,⑧の窓とX1建物⑤の窓が,被告建物⑩,⑪の窓とX1建物④の窓が,それぞれ向き合って互いに見える位置にある。
ケ(ア) 被告建物の設計及び施工は,株式会社Dが請け負い,当時同社の営業部長であったCが担当した。Cは,平成15年3月24日ころから数回にわたり,被告建物の設計,施工について,A及び原告ら(ただし,原告X2を除く。以下,単に「原告ら」ということがある。)との間で,話し合いを行った。
(イ) 原告らは,Cに対し,本件境界線からの被告建物までの距離をのばすこと,被告建物の窓に目隠しを設置すること,ゴミ置き場及び出入り口の位置を変更すること,台所の換気扇からの排気が原告らの建物に直接あたらないようにすること,水圧を確認すること,プロパンガスのタンクの設置場所について検討すること,建築工事の時間帯を配慮すること,及び防音シートを設置すること等を要望した。
(ウ) そこで,被告は,ゴミ置き場及び出入り口を変更すること,受水槽を設置した上でマンションの各戸に給水することで水圧に配慮すること,ガスについては,バルクと呼ばれるガスのタンクの設置を変更し,通常の家庭で使用されるボンベを設置した上でその周囲を小屋で囲うこととした。また,窓については,原告らへ配慮するとともに,入居者の採光を確保するために,予定していた透明ガラスを網入りすりガラスに変更し,また,台所の窓は滑り出し窓とした。さらに,換気扇については,丸形フードを使用し,排気が壁面を通じて下に排気されるようにした。もっとも,被告建物と本件境界線の距離については,消防法上,緊急自動車が入る空き地を確保する必要があったこと,被告建物については22本の杭打ちが必要であったところ,原告らの要望があった時点においては,設計が完成して,杭打ち等も始まっており容易に変更はできない状況であったことから,建物自体の位置を変更することはしなかった。
(2) 上記(1)で認定した事実及び上記争いのない事実等に基づいて,原告らの目隠設置請求について検討する。
ア 原告X3及びX4の被告に対する請求について
(ア) 民法235条1項は,「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側を設ける者は,目隠しを付けなければならない。」と規定するところ,同条の趣旨がプライバシーの保護を目的とすることからすると,「他人の宅地を見通すことのできる窓」とは,他人の宅地を観望しようと思えば物理的にいつでも観望できる位置,構造の窓をいうものと解すべきである。
そこで,上記争いのない事実等と上記(1)で認定した事実に基づいて判断すると,各階の①ないし⑤の窓はいずれも本件境界線から1メートル未満の位置に設置されており,X3宅地に面しているが,これらの窓のうち,各階の②の台所用窓は,窓の下部のみが押し出され,全開することはできない構造の滑り出し窓であるから,換気の目的のために窓を開けることは考えられるものの,その構造からすると,窓を開けたとしても意識的に窓からのぞきこむ等の行為をしない限り通常の状態ではX3宅地を観望することはできないと推認することができる。したがって,被告建物各階②の窓は「他人の宅地を見通すことのできる窓」には該当しない。
これに対し,被告建物各階①,③,④,⑤の窓については,いずれもX3宅地を観望しうるものであるから,「他人の宅地を観望すべき窓」に該当する。この点,被告は,本件窓はいずれも不透明な網入りすりガラスが使用されていることから,他人の宅地を観望できる構造ではない旨主張するも,①,③,④,⑤の窓については,いずれも引き違い窓であり,開ければ容易にX3宅地を観望できると推認することができるから,「他人の宅地を観望すべき窓」に該当し,網入りすりガラスを使用していることのみをもって,上記判断が左右されるものではない。
(イ) そこで,被告建物各階①,③,④,⑤の窓についての原告X3及びX4の目隠設置請求が権利の濫用にあたるかについて検討する。
上記争いのない事実等及び上記(1)で認定した事実によれば,X3建物と本件境界線との距離は,最短でも5.499メートル離れており,必ずしも被告建物と近接しているとはいえないから,被告建物の窓からX3建物の内部を詳細に観望することはできないと推認することができる。また,被告建物の最大の高さは9.801メートル,3階の窓枠下端までの高さは,地表から7.500メートルであることに加え,甲20号証の写真⑱による位置関係に照らすと,被告建物3階の窓からは,ほぼX3建物の屋根が見えるにすぎないと認められる。また,被告建物の各居室には,本件窓とは別に南東壁面にそれぞれ窓及びバルコニーが設置されており,本件窓は北西壁面に,採光,換気を目的として設置されたものである上,特に,各階③,④,⑤の窓については,洗面所用,浴室用という用途や,その大きさからしても,居住者が日常的に開放して使用するとは考え難い。現に原告X3本人も被告建物の窓について,「大きな窓については夏でしたら半分」,「(冬の場合は)閉まっているときのほうが多い」と供述していることをも併せて考えると,被告建物の窓によって原告X3及びX4の被る不利益が殊更に重大とは認め難い。
他方,被告は,原告らの要望に配慮し,被告建物を建築するに際し,本件窓に不透明な網入りすりガラスを使用するなど一定の配慮を示している。
これらを総合考慮すると,民法235条1項がプライバシーを保護するとともに,互譲の精神から相隣接する不動産相互の利用関係を調整しようとしている趣旨に鑑みれば,被告建物各階①,③,④,⑤の各窓に目隠しを設置しないことによって原告X3及びX4の被る不利益が重大とは認められず,原告X3及びX4の目隠設置請求は,権利の濫用として許されないものと認めるのが相当である。
イ 原告X1及びX2の被告に対する請求について
(ア) 上記争いのない事実等及び上記(1)で認定した事実によれば,本件窓のうち,被告建物各階⑥ないし⑯の窓は,X1宅地に面しており,いずれも本件境界線から1メートル未満の位置に設置されていることが認められるが,これらの窓のうち,各階⑦,⑩,⑮の台所用窓は,滑り出し窓であり,上記ア(ア)で説示したとおり,「他人の宅地を観望すべき窓」に該当しない。
これに対し,被告建物各階の⑥,⑧,⑨,⑪ないし⑭,⑯の窓については,いずれも引き違い窓であり,開ければ容易にX1宅地を観望しうるものであるから,「他人の宅地を観望すべき窓」に該当するということができ,網入りすりガラスであることは,その判断を左右するものでないことは,上記ア(ア)で説示したとおりである。
なお,被告建物各階⑤の窓については,原告X1及びX2は,特段の主張立証をしない。
(イ) そこで,被告建物各階⑥,⑧,⑨,⑪ないし⑭,⑯の窓の原告X1及びX2の目隠設置請求が権利濫用に当たるかについて検討する。
上記争いのない事実等及び上記(1)で認定した事実によれば,本件窓のうち被告建物各階⑥,⑪ないし⑭については,洗面所用,浴室用という用途や,その大きさからすると,日常的に居住者が窓から外部を観望することは予定されているとは言い難い。また,被告建物の3階の窓枠下端までの高さは,地表から7.500メートルであり,甲21号証⑨の写真等に照らすと,被告建物3階の窓からは,主にX1建物の屋根しか見えないと推認することができる。そして,被告建物各階⑯の窓についてはX1建物と直接には面していないこと,上記ア(イ)で述べたとおり,被告建物には南東壁面にも窓及びバルコニーが設置されており,本件窓は採光,換気のために設置されたものであり,原告X1本人も,本件窓のうち,特に窓が開いているのは1階の⑧である旨供述し,1日のうち窓が開いている時間は「1時間か2時間くらい」,「夏はエアコン使うせいか,逆に閉めている」と供述していることをも併せて考えると,本件窓のうち被告建物各階⑥,⑪ないし⑭,⑯の窓については,その窓に目隠しが設置されていないことによって,原告X1及びX2が被る不利益が殊更に大きいとは認められない。かえって,原告X1及びX2においても,本件境界線から1メートル未満の位置にX1建物の窓を設置しており,その窓は透明ガラスが使用されている一方,上記(ア)でも述べたとおり,被告は,原告らの要望を容れて,本件窓の設置に当たり,当初の予定を変更して網入りすりガラスを使用している。
そうすると,民法235条1項がプライバシーの保護を目的とするとともに,互譲の精神から相隣接する不動産相互の利用関係を調整しようとする趣旨に鑑みれば,原告X1及びX2の被告に対する目隠設置請求のうち,被告建物各階⑥,⑪ないし⑭,⑯の窓については,権利の濫用として許されないものと認めるのが相当である。
(ウ) しかしながら,被告建物1階及び2階⑧及び⑨の窓については,いずれも,X1建物に面した窓で,その大きさも大きいこと,特に1階部分の窓は,原告X1及びX2が日常的に使用している居間に面していることからすると,被告が窓に網入りすりガラスを使用し,一定の配慮をしていること,X1建物の窓が本件境界線から1メートル未満の位置にあることを考慮したとしても,原告X1及びX2がその日常生活において被る不都合は,被告建物の居住者に比して大きいと考えられ,原告X1及びX2の目隠設置請求が権利濫用になるということはできない。
したがって,原告X1及びX2の被告に対する目隠設置請求のうち,被告建物1,2階の⑧,⑨の窓については,被告に目隠設置義務が認められる。
(3) 次に,被告の目隠設置請求について検討する。
ア 上記争いのない事実等に上記(1)で認定した事実を併せて判断すると,X1建物は本件境界線から0.9メートルの位置に建築されており,同建物のいずれの窓も本件境界線から1メートル未満の距離に設置されていることが推認される。そして,これらの窓は,いずれも透明なガラスを使用しており,その大きさ,設置場所を考慮すれば,日常的に開放することを予定されている窓であることから「他人の宅地を見通すことのできる窓」に該当するということができる。
イ そこで,被告の目隠設置請求が権利濫用にあたるかについて検討するに,そもそも民法235条の趣旨は,プライバシーの保護を目的とするものであるところ,被告建物は,被告自身が居住する建物ではなく,賃貸用として使用されているところ,被告本人が,居住者からプライバシーを侵害される旨の苦情等はない旨供述していることからすれば,被告本人はもちろん,居住者についても具体的なプライバシー侵害は認められない。また,上記(1)で認定したとおり,被告建物は南西壁面にも窓及びベランダが設置されており,X1宅地側の窓は,採光,換気を目的とする窓であって,日常的に開放して使用することは予定されておらず,開放時間も1日に2,3時間程度であると認められる。他方,X1建物の窓は,居間,ダイニング等の窓であり,日常的に使用し,開けることが予定されていることからすれば,原告X1及びX2がこれらの窓に目隠しを設置することによって被る不利益は大きいと言わざるを得ない。加えて,A及び原告X1は,X1建物を昭和60年に建築したものであるところ,当時,被告宅地は畑として使用されており,地目も「宅地」ではなかったことから,A及び原告X1が,窓の設置にあたって境界線からの距離を必ずしも考慮する必要があったとはいえない。
以上の諸事情を総合考慮すれば,X1建物の窓に目隠しを設置しないことにより被告が被る不利益より,目隠しを設置することにより原告X1及びX2が被る不利益の方が大きいと言わざるを得ず,被告の原告X1及びX2に対する目隠設置請求は権利濫用として許されないというべきである。
2 争点(3)(原告らに対するプライバシー侵害の有無)について
(1) 上記争いのない事実等に加え上記1(1)で認定した事実に基づいて判断すると,原告らがそれぞれの土地を取得し,建物を建築してから約17年にわたり畑であった被告宅地に被告建物が建築された上,本件窓が存在することによって,原告らが従前に比べて圧迫感,不快感を覚えたことは否定できないものの,本件窓については不透明な網入りすりガラスが使用され,窓を閉めた状態においては被告建物から原告らの居宅内部までが容易に観望できる状況にはないこと,そして,被告建物の居住者は窓を開放する時間が少ないことからすれば,本件窓に目隠しを設置しないことのみをもって,原告らのプライバシーが侵害されたとは認め難く,他に被告及び被告建物の居住者が原告らの生活を殊更に覗いていたなど,プライバシー侵害の事実を認めるに足りる証拠もない。
(2) したがって,目隠しを設置しないとの一事をもって,原告らのプライバシーを侵害したということはできず,原告らのプライバシー侵害に基づく慰謝料請求は認められない。
3 争点(4)(原告らに対する日照権侵害の有無)について
(1) 証拠(甲11,12,17,18,乙2,証人C,原告X3本人,原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
ア 被告建物の所在地は都市計画法7条に定められる市街化区域,すなわち優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域である。また,同地は同法8条の定める第一種中高層住居専用地域であることから,中高層住宅が建設されることが認められ,中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護することが定められている。
イ 被告建物は,建築基準法に適合した建物である。そして,その高さは,最高の高さで9.801メートルであり,第一種中高層住居専用地域にあることから,建築基準法56条の2の日影規制の対象外の建物である。
ウ(ア) 平成15年2月ころ,被告建物の建築にあたり土地の測量をする際の立ち会いを依頼する旨の文書が配布されたことから,原告X1及びAは,被告建物の建築を知った。その後,原告X1は平成15年2月18日に,測量に立ち会ったが,被告からは被告建物について具体的な説明はなく,早々に被告宅地への資材搬入が開始された。
(イ) 原告らは,同年3月25日ころ,被告に,被告建物の建築について説明を求めたところ,境界線からの距離についてはおよそ90センチメートル,建物は3階建てであるがその高さは,10メートル以下である旨の説明を受けた。その際,原告らは,被告に対し,被告建物の立面図を交付するよう求めたが,被告は業者に任せてあるとして原告らの要求を断った。そこで,原告らは,施工業者の担当者であるCに対し,図面や日影図等の交付を求めたが,Cは,付近見取り図及び配置図(甲8)を渡したのみで,被告の意思に基づき,立面図は交付しなかった。
(ウ) 原告らは,被告に対し,被告建物の形を変更するか,本件境界線との距離を空けてくれるように求めたが,被告は,すでに設計済みであり,設計の変更には経費がかかること,被告建物を本件境界線から南東側に後退させた場合は道路に接してしまうこと,被告宅地においては南東側の空き地に,さらにマンションを建築する計画があることを理由として,原告らの要求に応じなかった。また,消防法上,緊急自動車が通行できる空き地を確保する必要があるところ,被告建物については,現在の場所に建築する以外に,空き地の確保が困難であった。
(エ) Cは,日照について,被告建物が建築基準法の規制対象外の建物であったことから,日影図を作成せず,また,具体的な数字を算出した上での調査等はしなかったが,都市計画法上の地域指定や,近隣住宅との関係を検討し,被告建物の建設による日照権侵害の程度は,なお受忍限度の範囲内であるとの結論に至った。なお,原告ら自身も日影図の作成を専門家に依頼したことはない。
エ 被告建物の建築により,X3建物については,午前8時30分ころから1階部分が日陰に入り,午前9時ころから午前10時ころまでは,南東壁面全体が日陰に入るが,その後2階部分に日が差し始め,午前11時25分ころには,南東壁面全体に日が当たる。
また,X1建物については,午前8時ころから正午ころまで,南東壁面が完全に日陰に入るが,同建物の南西壁面は,午前10時ころから日が当たる。
(2) 上記(1)に認定のとおり,被告建物の所在地は,第一種中高層住居専用地域であり,もともと当該地域では中高層の住居の建設が予定されている上,被告建物は建築基準法による検査済証を交付されている適法な建物である。そして,被告建物の建築によって,原告らの日照が阻害されたことは認められるものの,被告建物は原告らの建物の南側にあるのではなく,X3建物については午前11時ころからは日が当たり,X1建物については正午まで東南側の壁面は日陰となるものの,南西側は日照が確保されているというのであって,原告らの日照阻害が,社会生活上受忍すべき限度をこえるものとは認められない。
なお,被告建物の建築に当たり,被告が原告らに対して十分な事前説明をしたとは必ずしもいえないこと,原告らから被告に対し,日照の確保についての要望が出されていたが,被告は日影図を作成した上での検討をしていないことが認められるものの,消防法上必要とされる空き地を確保するためには,被告建物と本件境界線との距離を現在の位置にする必要があったこと,被告建物は建築基準法の日影規制の対象外の建築物である上,上記のとおり被告建物と原告らの建物との位置関係からすれば,被告が配置変更をすることにより被る不利益が,原告らの被る不利益と比して小さいとはいえないこと等を考慮すると,被告建物の建設に至る経緯や,その際の被告の対応をもってしても,原告らの日照阻害が,受忍限度をこえる違法なものということはできない。
したがって,原告らに対する日照権侵害は認められず,原告らは,被告に対し,これに基づく損害賠償請求はできない。
4 争点(5)(原告らに対する排気風及び悪臭被害の有無)について
証拠(甲7,19,乙2,15ないし18の2,原告X3本人,原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告建物には,原告らの居宅に面する壁面に,台所用の換気扇が設置されていること,その換気扇を通して被告建物の居住者の排気が排出されることが認められる。しかしながら,本件換気扇は丸形フードになって壁伝いに排気が流れるよう一応の配慮がされている上,被告建物及びX3建物,X1建物の存在する地域は,住宅密集地であるから,日常生活により発生するある程度の排気はやむを得ないものであるし,本件換気扇は台所に設置されており,台所を使用するのは朝と晩が中心であるから,一日中排気が流れるわけではない。そして,原告X1の供述によれば,タバコによる悪臭がX1建物内に入ってくるものの,その悪臭は朝と晩の一定の時間に限定されているというのであるし,また原告X3の供述によっても臭気はそれほど強烈なものではないとしていることにも照らせば,原告らが換気扇の排気風の臭気に不快感を覚えていることは窺われるものの,他に原告らがこれによって日常生活で受忍すべき範囲をこえる特段の損害を被ったと認めるに足りる証拠はなく,なお受忍限度の範囲内であるということができる。
したがって,原告らは,換気扇の排気風被害に基づく損害賠償請求をすることはできない。
5 争点(6)(空調設備の設置による原告らに対する騒音被害の有無)について
証拠(甲21,乙2,原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告建物で現在室外機を設置しているのは1軒のみであり,室外機設置場所は各部屋の南側にもあることからすれば,現段階において,受忍限度をこえる騒音による被害が生じていると認めることは到底できず,また将来においてもこれが生じる差し迫った危険性を認めるに足りる証拠もない。したがって,騒音被害に基づく損害賠償請求,差止請求のいずれも認めることはできない。
6 以上によれば,原告らの被告に対するプライバシー侵害,日照権侵害,悪臭被害,騒音被害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求ないし差止請求はいずれも理由がないから認められず,争点(7)については判断を要しない。
第4以上のとおりであって,原告X1及びX2の本訴請求は,被告建物1,2階の各⑧,⑨の窓に目隠しの設置を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告X1及びX2のその余の本訴請求,原告X3及びX4の本訴請求,被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田眞 裁判官 瀬戸口壯夫 裁判官 清水亜希)
別紙
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別紙排気風遮蔽板目録
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別紙サンプル図1
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別紙X1建物図面
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別紙目隠写真
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