さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)1646号 判決 2011年1月26日
主文
1 被告A1有限会社は,原告に対し,被告A2,被告A3,被告A4及び被告A5と連帯して(ただし,被告A2とは主文2項の限度で,被告A3,被告A4及び被告A5とは主文3項ないし5項の限度で,それぞれ連帯して)2049万4654円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A2は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して1024万7327円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告A3は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して341万5775円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告A4は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して341万5775円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告A5は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して341万5775円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,これを50分し,その11を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
8 この判決は,第1項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告A1有限会社は,原告に対し,被告A2,被告A3,被告A4及び被告A5と連帯して(ただし,被告A2とは下記2項の限度で,被告A3,被告A4及び被告A5とは下記3項ないし5項の限度で,それぞれ連帯して)9521万6448円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A2は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して4760万8224円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告A3は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して1586万9408円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告A4は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して1586万9408円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告A5は,原告に対し,被告A1有限会社と連帯して1586万9408円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
第2事案の概要
1 平成11年5月25日,原告が運転していた自転車と,B(平成14年2月27日死亡)が運転していた普通乗用自動車が,交差点内で衝突するという交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し,原告が受傷した。
本件は,本件事故の原因がBによる左右安全確認義務違反にあるとして,原告が,Bの使用者である被告A1有限会社に対しては,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,9521万6448円及びこれに対する不法行為時からの遅延損害金の支払を求め,Bの相続人であるその余の被告らに対しては,民法709条に基づき,上記損害額を法定相続分で除した被告A2について4760万8224円及びこれに対する不法行為時からの遅延損害金,被告A3,被告A4及び被告A5について各1586万9408円及びこれに対する不法行為時からの遅延損害金の支払(上記被告ら4名は,上記各金額の限度で被告A1有限会社と連帯支払となる。)を求める事案である。
2 争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時
平成11年5月25日午前8時5分ころ
イ 場所
埼玉県南埼玉郡a町b番地(以下「本件現場」という。)
ウ 加害車両(甲1)
(ア) 事業用普通乗用自動車
(イ) 車両番号 春日部○○○○○○○
(ウ) 運転者 B(以下「亡B」という。)
(以下「B車両」という。)
エ 本件現場の状況(甲2)
本件現場の状況は,概ね別紙図面のとおりである。すなわち,本件現場は,白岡駅方面と県道大宮東橋線方面を結ぶ東西道路(以下「本件道路」という。)と南北道路が交差する丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)である。南北道路には,本件道路に進入する手前において一時停止の交通規制がある。
オ 本件事故の態様
原告が,自転車(以下「原告自転車」という。)に乗って,本件道路を県道大宮東橋線方面から白岡駅方面に向かって直進していたところ,本件交差点内において,南北道路から本件道路に進入しようとしたB車両の前部と,原告自転車の左側面が衝突した。なお,詳細な事故態様については,後述のとおり,当事者間に争いがある。
(2) 亡Bの死亡による相続
亡Bは,本件事故後である平成14年2月27日に死亡し,その妻である被告A2,長女の被告A3,二女の被告A4及び三女の被告A5が,亡Bが生前負っていた債務をそれぞれ法定相続分の割合で相続した。
(3) 被告A1有限会社の賠償責任
被告A1有限会社(以下「被告A1」という。)は,本件事故当時,B車両の保有者であり,これを自己のために運行の用に供していたので,自賠法3条に基づき,原告が本件事故により被った損害を賠償すべき義務を負う。
(4) 原告が受けた診断内容及び通院状況
ア 原告は,平成11年5月25日の本件事故発生直後,医療法人社団C1病院(以下「C1病院」という。)を受診したところ,全身打撲,頭部外傷,左下腿皮下血腫及び頚椎捻挫と診断され,治療のため,翌26日まで入院し,同月27日から同年6月28日まで,同病院に9日間通院した(甲3)。
イ 原告は,同月12日,D1病院を受診したところ,頚部捻挫,左下腿挫傷と診断され,以後,同年7月13日までの間に6日間の通院をした(甲4の1及び2,乙1)。
ウ 原告は,同日,E病院を受診したところ,外傷性頚部神経根症,反射性交感性ジストロフィーと診断され,翌14日から同年11月16日まで126日間(内6日は外泊)にわたって入院した(甲5の1ないし4)。また,原告は,同日,同病院において,頚部捻挫,反射性交感神経性ジストロフィー(右上肢)と診断された(甲5の4)。
エ 原告は,同月22日,同病院から紹介を受け,F1病院を受診し,以後,平成13年8月ころまで通院を継続したところ,同病院整形外科のF2医師は平成12年5月12日に,同病院麻酔科ペインクリニックのF3医師は平成13年8月14日に,それぞれ傷病名を反射性交感神経性ジストロフィー,症状固定日を平成12年5月12日とする自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した(甲6の1及び2)。
また,同病院整形外科のF4医師は,平成13年9月20日,原告について,障害名を「右手,肘(右上肢機能障害),左下肢機能障害」,原因となった疾病・外傷名を「反射性交感性ジストロフィー,交通」とする身体障害者診断書・意見書(肢体不自由用)を作成し,原告の障害の程度について,身体障害者福祉法別表に掲げる障害に該当し,その障害程度等級を「3級相当」とする参考意見を付した(甲11)。
オ 原告は,平成14年2月28日,G1リハビリテーションセンター整形外科を受診したところ,同科のG2医師は,原告について,障害名を「右手,肘(右上肢機能障害),左下肢機能障害」,原因となった疾病・外傷名を「反射性交感性ジストロフィー,交通」とする身体障害者診断書・意見書(肢体不自由・脳原性運動機能障害用)を作成し,原告の障害の程度について,身体障害者福祉法別表に掲げる障害に該当し,その障害程度等級を「2級相当」とする参考意見を付した(甲13)。
また,同科のG3医師は,同年4月23日,原告について,同年3月29日の初診時には右上肢,左下肢の浮腫,異常知覚,運動障害を呈していたが,その後,内服治療,ブロック治療,物理療法を継続するも効果なしとの所見を示したうえ,障害の原因となった傷病名を「反射性交感神経性ジストロフィー」とする国民年金厚生年金保険診断書(肢体の障害用)を作成した(甲15)。
カ 原告は,同年3月2日から平成15年10月18日まで,運動療法によるリハビリなどを行うため,医療法人社団H整形外科内科(以下「H整形外科内科」という。)への通院を継続した(乙8)。
キ 原告は,平成14年3月4日から同月18日まで,I1クリニックへ通院した。
ク 原告は,同年4月15日,財団法人J1クリニック健康医学センターを受診し,同年7月1日には,同センターのJ2医師から,右半身麻痺,左下肢麻痺,右拇指屈曲麻痺,右手関節屈曲変形,正中神経麻痺,右肩関節硬縮,右肘関節硬縮,右膝関節硬縮との診断を受けた(甲9)。
ケ また,原告は,同年4月24日から,財団法人K1病院への通院を開始し,同月26日,同病院脳外科のK2医師に紹介されて,L1病院神経内科を受診した(甲8,乙12,14)。
コ 原告は,平成15年4月2日,医療法人財団M1病院(以下「M1病院」という。)を受診したところ,右上肢・左下肢麻痺,右肩・肘・手・指関節拘縮,左股・膝・足関節拘縮,右顔神経麻痺,右上肢・左下肢知覚異常との診断を受けた(甲10)。
サ 原告は,同年5月12日,N病院を受診したところ,顔面神経右不全麻痺,右上肢不全麻痺,左下肢不全麻痺と診断された(乙15)。
シ 原告は,平成16年8月9日,医療法人財団O1病院(以下「O1病院」という。)リハビリ科を受診したところ,同科のO2医師は,同日,原告について,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィーとする年金診断書(肢体の障害用)を作成し,平成17年8月29日にも同様の診断書を作成した(甲30,31)。
(5) 原告に対する身体障害者手帳の交付
ア 原告は,平成13年10月15日,埼玉県知事から,障害名を「外傷,疾病による右上肢機能障害」,障害程度等級を「3級2種」とする身体障害者手帳の交付を受けた(甲12)。
イ 原告は,平成14年3月26日,埼玉県知事から,障害名を「外傷,疾病による右上肢機能障害,左下肢機能障害」,障害程度等級を「2級2種」とする身体障害者手帳の交付を受けた(甲14)。
(6) 原告の後遺障害認定
ア 自動車保険料率算定会は,平成14年2月18日,原告の右前腕の痛み及び筋力不全等の症状について,本件事故による頚椎捻挫を契機として生じた反射交感神経性ジストロフィー(RSD)に起因する症状であり,「局部に頑固な神経症状を残すもの」として,自動車損害賠償保障法施行令別表第2の第12級12号に該当すると判断するとともに,左下肢痛及び痺れ等の症状については,RSDに起因する症状と捉えることは困難であるとして,第14級10号に該当すると判断したうえ,自賠等級併合第12級に該当すると認定した(甲16)。
イ これに対し,原告は,同年8月26日,異議を申し立てたが(甲17),損害保険料率算出機構は,平成16年8月16日,既認定どおり,自賠等級併合第12級に該当すると判断した(甲18)。
(7) 原告に対する既払金
原告は,被告A1が保険契約をしている株式会社Q(以下「Q」という。)から,本件事故により平成13年4月までに生じた治療費,薬代及び休業損害について,合計510万8340円の支払を受けた。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件事故の態様及び亡Bの責任原因
(原告の主張)
B車両は,南北道路から本件道路に進入する直前に一時停止の規制に従って停止をしたが,その後さらに進行したところ,亡Bは,同車両から約2.8mの距離まで接近していた原告自転車を発見してブレーキをかけたものの間に合わず,原告自転車の左側面とB車両前部とを衝突させたものであり,亡Bには,左右の安全確認について注意義務を怠った過失がある。
また,本件交差点にはミラーもあったのであるから,亡Bは,見通しの悪い本件交差点においてミラーでの確認を行っていれば,本件道路に青信号に従って走行する車両や歩行者等の存在に気付くことができたと考えられ,この点からしても,亡Bの左右の進行車両及び歩行者の有無についての注意義務が不十分であったといえる。
したがって,亡Bは,原告に対し,民法709条に基づき,原告が本件事故により被った損害を賠償すべき義務を負う。
(被告らの主張)
B車両は,一時停止の規制に従って停止線で停止したが,亡Bは,本件交差点の見通しが悪いため,左右の安全確認をしようと,停止線から3.3m前進して再度停止させ,さらに,徐行しながら進行させて特に右方向の安全を確認しようとしていたと推定できる。そして,亡Bが,再度停止した地点から僅か1.6m前進したところで,原告自転車を発見したことからすると,亡Bは,極めて低い速度でB車両を前進させていたものと考えられ,非常に注意深く本件交差点に進入していったことが認められる。すなわち,本件交差点は見通しが悪く,B車両の前部(ボンネット部分)を本件交差点にある程度進入させなければ,左右の安全確認をできないことからすると,亡Bとしては,適切な運転方法をとっていたというべきであり,左右の安全を確認しつつ少しずつ前進する中で突然視界に入ってきた原告自転車がB車両に接触するのを避けることは,亡Bの置かれた状況からすると極めて困難であったというべきである。
したがって,亡Bは,原告車両との衝突を回避する措置を十分に果たしていたといえ,亡Bにとって本件事故は避けがたいものであったといわざるを得ない。
(2) 過失相殺
(被告らの主張)
原告は,本件交差点の見通しが悪いのであるから,速度を落としたうえで,前方を注視し,本件交差点に車両や歩行者が進入して来ないか注意して進行すべきであった。
しかるに,原告は,自己の前方不注視により,B車両が本件交差点に進入して来るのを発見するのが遅れ,回避措置をとったものの間に合わず,停止していたかほぼ停止状態にあったB車両の前部をかすり,転倒してしまったものであり,原告には,前方不注視の重大な過失があったといわざるを得ない。
したがって,原告には少なくとも35パーセント程度の過失が認められるべきである。
(原告の主張)
原告は,対面の信号機が青色を示していたため,これに従って進行していたのであり,原告には,左方から進行してくる車両の存在まで予想して進行しなければならない注意義務はない。
したがって,本件事故について原告に過失はなく,過失相殺をすることは許されない。
(3) 後遺障害の内容及び程度
(原告の主張)
原告は,本件事故により,全身打撲,左下肢皮下血腫,頚椎捻挫等の傷害を受け(甲3の3),その後,原告には,右上肢・左下肢麻痺,右肩・肘・手・手関節拘縮,左股・膝・足関節拘縮,右顔神経麻痺,右上肢・左下肢知覚異常,右顔面・右上肢・臍高までの右上半身・臍高以下の左下半身・左下肢の知覚過敏及び疼痛といった症状が出現したところ(甲10の1),これらの症状は,本件事故により発症した反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)に基づくものであって(甲5,乙3,10),今後の症状改善は期待できない。なお,鑑定人は,右上肢はジストニア,左下肢は軽度のRSDと診断しているが(鑑定の結果),鑑定人はRSD患者に対して偏見をもって診察しているのが窺われること,診察時間がわずか1時間前後と短かったことからすると,必ずしも原告の症状を正確に把握したものとはいえない。
そして,原告は,上記症状により,右手の手指を左手のように開けない状態であり(甲21ないし29),顔を洗う,髪をとかす,歯をみがく,洋服を着るといった日常生活において手を用いる動作は,全て左手で行わなければならない状態である(甲49の1ないし12)。また,歩行する際には,家の中でも外出時でも,杖を使用し(甲49の13),靴も特別注文のものを使用しなければならない(甲49の14及び15)。また,原告に生じている疼痛は酷く,原告が痛みに耐えて歯をくいしばることを繰り返した結果,その臼歯にひび割れが起きているほどである(甲49の16)。
このように,原告の日常生活は身体の機能障害により極めて制約されているのであり,また,原告の知覚異常部が右上半身,左下半身全体に及んでいることに照らせば,原告の後遺症等級は第3級3号の「神経系統の機能に著しい障害を残し,終身労務に服することはできない」に該当するというべきであり,労働能力を100パーセント喪失しているといえる。
仮に原告が終身労務に服することができないとの主張が認められないとしても,後遺障害等級は,特に軽易な労務以外の労務に服することができないとする右上肢について7級の4,左下肢について7級の4で,併合して5級の2に該当するというべきである。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。原告はRSDを発症していないし,原告に終身労務に服することができない程度の疼痛が生じているとは到底認められない。原告が訴える症状には不自然な点が多くみられ,医学的な裏付けがない。
原告の後遺障害等級については,後遺障害等級認定票(甲16)に「障害の程度としては,…症状は改善傾向にあるものと捉えられますが,現在も症状が継続していることを勘案すれば」との記載があり,第12級12号が適用されていることから,原告に生じた疼痛は,そもそも改善傾向にあるものであり,現在も症状が継続していることを最大限考慮したとしてもせいぜい12級12号(14級の可能性もある。)となるにすぎない。
(4) 症状固定日
(原告の主張)
本件事故による原告の症状固定日は,平成14年2月28日である。
原告の症状固定日について,平成12年5月12日とするF1病院作成の後遺障害診断書(甲6の1)もあるが,同診断書には,傷害の増悪,緩解の見通しとして「痛み持続の可能性あり」との記載があること,その後も原告が同病院に通院していたこと,同病院作成の平成13年8月14日付け後遺障害診断書(甲6の2)には「季節的要因により悪化する可能性あり」との記載があることからすると,G1リハビリテーションセンター整形外科のG2医師から身体障害者福祉法別表の障害程度2級相当と診断された平成14年2月28日を症状固定日とするのが相当である(甲13,19)。
なお,被告らは,症状固定日を平成12年5月12日と主張するが,そもそもRSDという病態は,その原因たる事故があった後わずか1年でその症状が固定するというものではなく,その病期において第1ないし3期という経過を経るもので第3期は2年以上のものであるから,妥当でない。
(被告らの主張)
本件事故による原告の症状固定日は,平成12年5月12日である。
原告の後遺障害診断書のうち,症状固定日の記載があるのは甲6号証の1及び2のみであり,いずれも症状固定日は平成12年5月12日と記載されている。甲6号証の1の後遺障害診断書は,F1病院整形外科F2医師が作成したものであり,甲6号証の2の後遺障害診断書は,同病院麻酔科ペインクリニックF3医師が作成したものであるが,原告は,同整形外科を平成11年11月22日から,同麻酔科ペインクリニックを平成12年1月14日から,それぞれ受診していたところ,上記各医師は,何か月も原告を診察してきた結果,平成13年7月16日及び同年8月14日に,それぞれ症状固定時期を平成12年5月12日と診断したのであり,かかる医師の判断は尊重されるべきである。なお,同整形外科のF4医師も,同日をもって症状固定と診断している(甲11,乙3)。
また,原告におけるRSDの病期の特定は不可能であるし(鑑定の結果),平成12年5月12日以降,積極的な治療が行われ,症状が改善されたことを示す証拠もない。
(5) 素因減額の当否及び程度
(被告らの主張)
ア 原告の既往症
原告には,慢性甲状腺炎,全身性エリテマトーデス(SLE),慢性腎不全,鉄欠乏症貧血,橋本病の既往症が存在しており,原告が訴える症状は,この全身性エリテマトーデス(SLE)の合併症,続発症とも捉えることが可能である。
イ 心因的・精神的要素
RSDには,素因が関与しているといわれるが,治療過程(カルテ)や鑑定の結果,P2医師の意見書をふまえれば,原告の症状の発症や継続において,原告の個人的性格素因や心因的要因が影響していることは明らかであるから,少なくとも7割程度の素因減額が認められるべきである。
(原告の主張)
ア 原告の既往症について
原告に橋本病(慢性甲状腺炎)の既往症が存在していることは認めるがその余は否認ないし争う。
イ 心的素因について
争う。
そもそもRSD発症と素因との因果関係を証明する医学的知見は存在せず,医学的に解明されていない。また,原告は,平成15年10月16日にG1リハビリテーションセンターの神経科外来を受診した際,精神科的には異常なしと診断されているし(乙10),原告が受診した医療機関の中で心因性による症状を指摘する医療機関は1つもない。
なお,鑑定人による個人的な性格素因が影響しているとの指摘(鑑定の結果)も,心的素因の影響を見逃せないとしたP2医師の意見書(乙17)も,客観的にこれを裏付ける資料が示されておらず,信用できないものである。また,交通事故の被害者であれば,加害者に対する怒りや,効果が出ない治療への不満,誠意を感じない保険会社への不信感といった心情を抱くのは当然であるから,これを原告のRSD発症の素因とすることはできない。
(6) 原告に生じた損害
(原告の主張)
ア 治療費 81万7314円
原告は,別紙医療機関別費用明細一覧表に記載のとおり,本件事故発生日である平成11年5月25日から平成14年8月11日までの間,治療費として合計34万0542円を支払った。また,Qは,原告の治療費として47万6772円を医療機関に支払った。
イ 入院雑費 21万7600円
原告は,合計128日間入院し,1日1700円の入院雑費を要した。
ウ 交通費 40万3180円
原告は,電車やタクシーなどを利用して医療機関の治療や検査を受けたため,別紙医療機関別費用明細一覧表に記載のとおりの交通費を負担した。
エ 休業損害 664万5228円
原告は,平成11年4月1日,Y株式会社に入社したものの,わずか1か月余り後の同年5月25日に本件事故にあい,就労が不能となったため,同年9月末日をもって同会社を退社した。そして,原告は,被告A1からQを通じ,同年6月分から平成13年4月分までの休業損害として合計463万1568円の支払を受けていたから,原告に生じた休業損害は月額20万1372円となるところ,原告の症状固定日は平成14年2月28日であるから(甲13,19),事故日から平成14年2月分までの休業損害額の合計額は664万5288円となる(原告の請求額はこれより60円少なくなっている。)。
(計算式)
463万1568円÷23か月=20万1372円
463万1568円+(20万1372円×10か月)=664万5288円
オ 後遺障害による逸失利益 6208万4037円
上記(3)及び(4)で主張したとおり,原告の症状は平成14年2月28日に固定したが,後遺障害により労働能力を100パーセント喪失した。そこで,昭和44年8月25日生まれの原告について,平成13年の賃金センサス第1巻第1表,産業計,企業規模計,学歴計による全年齢女子労働者の平均年収379万1600円に,原告の就労可能期間である35年のライプニツ係数16.3741を乗じると,原告の後遺障害による逸失利益は6208万4037円となる。
(計算式)
379万1600円×16.3741=6208万4037円
カ 入通院慰謝料 338万円
128日間の入院と405日間の通院による入通院慰謝料として,338万円が相当である。
キ 後遺症慰謝料 2200万円
上記(3)で主張したとおり,原告の症状は,後遺障害等級の第3級3号「神経系統の機能に著しい障害を残し,終身労務に服することはできない」に該当するので,原告の後遺症慰謝料としては,2200万円が相当である。
ク 弁護士費用 477万7429円
ケ 損害の填補 510万8340円
被告らは,原告に対し,上記損害のうち510万8340円を保険会社を通じて支払ったので,これを損害合計額から控除する。
コ 合計 9521万6448円
(被告らの主張)
ア 治療費について
争う。ただし,被告らが,Qを通じて治療費として45万4312円を医療機関に支払ったことは認める(乙23ないし28)。
上記(4)で主張したとおり,本件事故による症状固定日は平成12年5月12日であるから,本件事故と相当因果関係のある治療期間として認定されるのは,せいぜい同日までである。それ以外の治療費は症状固定後のものとなり,賠償実務上は損害と認められない。
なお,被告らは,原告に対し,原告提出の領収書に基づいて治療費として合計5万9318円を支払った(乙19ないし22)。
イ 入院雑費について
争う。
原告は,本件事故から2か月近く経過した平成11年7月14日から約5か月間入院しているが,本件事故当日に搬送されたC1病院で1泊した以外に入院指示はなく,外来で対応することもできた(乙2)。したがって,入院の必要性を争う以上,入院雑費も認められない。
ウ 交通費について
争う。
本件事故と相当因果関係の認められる交通費は,症状固定日である平成12年5月12日までであるところ,原告が主張する別紙医療機関別費用明細一覧表に記載された交通費はいずれも症状固定日後のものであるから,認められない。
なお,被告らは,原告が平成11年5月25日から同年7月13日までに通院のためタクシーを利用した際の交通費2万2460円を,タクシー会社に直接支払った(乙29)。
エ 休業損害について
争う。
原告に休業損害が認められるのは,症状固定日である平成12年5月12日までである。しかも,原告の傷病がそもそもRSDであるかすら疑わしく,後遺障害の程度はせいぜい12級あるいは14級程度と考えられ,決して重篤なものとはいえないこと,原告には心因性の要因が極めて大きいこと等に照らせば,症状固定日までの約1年間,全く就労不可能であったとはいえないため,日額満額の休業損害を認定することはできない。仮に休業損害が認められるとしても,約1年間全期間を通じてせいぜいその5割程度である。
また,原告の休業損害を算定する際の基礎収入は,休業損害証明書(乙18)から日額6350円と考えるべきである。
オ 後遺障害による逸失利益について
争う。
上記(3)で主張したとおり,原告の後遺障害等級は,せいぜい12級あるいは14級程度であるから,同等級に応じた労働能力喪失割合が認定されるべきである。原告の労働能力喪失期間については,鑑定人も訓練いかんで改善する可能性を認めており,改善可能性が認められること,実際,以前に比べると改善してきていると考えられること,原告の症状は原告の心因的要因が大きいことなどから,長くても5年程度と判断されるべきである。また,原告の基礎収入については,仮に賃金センサスを用いるとしても,最新の経済動向を踏まえた新しい賃金センサスである平成20年度女子労働者学歴計全年令平均給与額349万9900円を用いるべきである。
カ 入通院慰謝料について
争う。
症状固定日が平成12年5月12日であること,また,上記イのとおり,入院の必要性が認められないことから,症状固定日までの通院のみを前提とする慰謝料(250万円程度)に限定されるべきである。
キ 後遺症慰謝料について
争う。
上記(3)で主張したとおり,原告の後遺障害等級は,せいぜい12級あるいは14級程度であるから,同等級に相当する慰謝料が認められるべきである。
ク 弁護士費用について
争う。
ケ 損害の填補について
認める。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件事故の態様及び亡Bの責任原因)と争点(2)(過失相殺)について
(1) 上記争いのない事実等に加えて証拠(甲1,2,41,44,50,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件事故現場の状況
本件現場は,別紙図面のとおり,白岡駅方面と県道大宮東橋線方面を結ぶ本件道路と南北道路が交差する本件交差点である。本件交差点には,本件道路を走行する車両に対面する信号機(押ボタン信号)が設置されているが,南北道路から本件道路に進入する車両に対面する信号機は設置されていない(ただし,本件道路を横断する歩行者向けの信号機が設置されている。)。
本件道路と南北道路は,いずれもアスファルト舗装された平たんな道路であり,いずれも制限速度が時速40キロメートルに規制されている。
本件道路には,車両の通行を規制する道路標示による中央線が設けられており,優先道路である。なお,本件道路の交差点手前の左側には駐車場があり,同駐車場は,一定間隔に立てられた木の柱とこれをつなぐ鉄鎖によって囲われている。
他方,南北道路には,本件道路に進入する手前において一時停止の交通規制があり,本件交差点内の南側には,南北道路から進入する車両に対面して左右を確認するためのミラーが設置されている。なお,南北道路の交差点手前の左側には石垣が続いており,右側には上記駐車場がある。
イ 本件事故の態様
(ア) 原告は,平成11年5月25日午前8時5分ころ,会社に出勤するため,白岡駅に向かって原告自転車で本件道路を走行し,信号機が青色を表示している本件交差点を直進していたところ,左方の南北道路から本件道路へ進入しようとしていたB車両の前部が,原告自転車の左側面及び原告の左足に衝突した。これにより,原告は右側に転倒し,原告自転車のタイヤ部分はB車両の下に少し入り込む形となった。なお,原告は,本件事故直前までB車両の存在に気がつかなかった。
(イ) 亡Bは,タクシーであるB車両に客を乗せて,南北道路を走行していた。そして,本件道路へ右折進入しようと,本件交差点手前の一時停止線のところで一時停止し,さらに数メートルほど進んで再度停止したが,それから少し進行した直後,B車両から約2.8m離れた地点において,原告自転車が本件交差点を直進しようとしていることに気がつき,ブレーキをかけたが間に合わず,別紙図面file_2.jpgの地点において,原告自転車と衝突した。
(2) 上記(1)アに認定の事実によれば,本件交差点には本件道路に対面して信号機が設置されているものの,これは,本件道路を横断する歩行者のために設けられたものであって,南北道路から本件道路へ進入する車両については,信号機による規制が行われていないことが認められる。そうすると,本件交差点は,いわゆる交通整理の行われていない交差点に当たるところ,かかる交差点について,道路交通法36条2項は,車両は,その通行している道路が優先道路である場合を除き,交差道路が優先道路であるときは,当該交差道路を通行する車両の進行妨害をしてはならない旨を定め,また,同法43条は,車両は,道路標識等により一時停止すべきことが指定されているときは,道路標識等による停止線の直前で一時停止しなければならず,かつ,交差道路を通行する車両の進行妨害をしてはならない旨を定める。そして,上記(1)に認定のとおり,本件道路は優先道路であるのに対し,B車両が走行していた南北道路の本件交差点手前には一時停止の交通規制があるから,本件交差点へ進入しようとしていたBは,優先道路である本件道路を直進していた原告自転車の進行を妨害しないよう,本件交差点へ進入するに際して左右の安全確認をすべき注意義務を負っていたというべきである。
しかるに,上記(1)に認定のとおり,亡Bは,優先道路の右方から原告自転車が直進していたにもかかわらず,B車両を原告自転車の走行車線上に進出させて衝突したのであって,約2.8mも接近した時点で初めて原告自転車の存在に気がついたことを考え合わせれば,亡Bは,前方に設置されていたミラー又は目視で本件道路右方の安全確認をしなかったか,していたとしても不十分であったと認めるのが相当であり,上記注意義務違反に基づく責任を負うというべきである。
(3) もっとも,上記(1)に認定したとおり,B車両は,本件交差点の手前において一時停止をしており,衝突による衝撃も原告が右側に倒れた程度であったことからすると,B車両の速度は相当程度低かったものと推認される。そして,上記(1)に認定の事実によれば,原告から南北道路(左方)を見通すことが可能であったと認められるから,前方の信号が青色表示であったことを考慮しても,原告は,南北道路から進入しようとしているB車両の存在及び動静を,本件交差点よりも相当手前の地点において確認することが可能であったと認められ,その地点で減速していれば本件事故を回避できた可能性が高いとえる。
しかるに,原告は,本件事故直前までB車両に気がつかなかったというのであるから,原告には,前方及び左方を注視してB車両の存在及び動静に注意を払うべき義務を怠った過失があるというべきである。
(4) したがって,本件事故の発生については,亡Bと原告双方に過失があることが認められるが,亡Bはタクシー運転の業務において事業用普通乗用自動車であるB車両を運転していたのに対し,原告は自転車を運転していたこと,本件道路が優先道路であったこと,B車両の対面にはミラーがあったうえ,目視でも右方を見通すことができたのであり,亡Bにとって左右の確認は比較的容易であったといえること等に照らせば,本件事故は主に亡Bの過失によるものといわざるを得ず,以上の事情を総合すれば,亡Bと原告の過失割合は9対1とするのが相当である。
2 争点(3)(後遺障害の内容及び程度)と争点(症状固定日)について
(1) 原告の病状及び診療経過について
証拠(甲3の1ないし5,4の1及び2,5の1ないし4,6の1及び2,7ないし9,10の1ないし3,11ないし31,44,46,47,49の1ないし16,50,51,52の1及び2,乙1ないし4,6の1及び2,7ないし15,17,原告本人,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,原告の病状及び診療経過について,次の事実を認めることができる。
ア 本件事故時の受傷状況
原告は,平成11年5月25日午前8時5分ころに発生した本件事故の際,B車両の前部バンパーが原告自転車と原告の左下肢に当たって右側へ倒れ,右腕の肘あたりを地面に打った。原告は,自力で起き上がったものの,足もとにしびれを感じ,立っていられなくなった。
イ C1病院
(ア) 原告は,同日午前8時25分ころ,救急車でC1病院に搬送され,同病院の外科を受診したところ,C2医師は,全身打撲,頭部外傷,左下腿皮下血腫と診断し,左下腿について湿布を処方した。原告は,受診時には意識清明であったが,受傷時に意識レベルの低下があったと訴えたため,頭部のCT検査を受けるも異常はみられず,ただ,経過観察と安静が必要として,翌日まで入院することとなった。なお,レントゲン検査結果でも異常は認められなかった。
C2医師は,同日,同病院の整形外科医師に原告の左下肢について診療を依頼したところ,同医師は,病名を左下腿打撲としたうえ,通院治療で足りると診断した。
原告は,頚部痛を訴えていたが,翌26日,頭部のCT検査で異常がなかったため,そのまま退院となった。
(イ) 原告は,同月29日,頚部の痛みを愁訴として同病院の外科を受診したところ,C2医師は,首を固定するためのポリネックと湿布を処方し,病名を全身打撲,頭部外傷,左下腿皮下出血及び頚椎捻挫,全治約10日間の治療安静を要する見込みであるとする診断書(甲3の1)を作成した。そして,C2医師は,同月31日,原告の頸部痛について同病院の整形外科医師に診療を依頼したところ,同医師は,上肢の可動域を正常と診断したうえ,消炎鎮静剤と内服薬を処方した。
その後,原告は,同科において頚部の治療を続けるとともに,左下腿についても同病院の外科での治療を続け,同年6月28日まで,同病院に合計9日間通院した。
ウ D1病院
原告は,退院後から度々発熱するようになり,既往症である橋本病(甲状腺疾患)が再発した可能性があると考え,平成11年6月10日,C2医師に,以前から橋本病の治療を受けていたD1病院を紹介してもらい,同月12日に同病院を受診した。
同病院内科のD2医師は,原告の甲状腺腫について軟小と診断し,橋本病の発症を認めなかったが,同日,原告の希望により,同病院リハビリテーション科・整形外科のD3医師に診療を依頼した。
そこで,D3医師は,同月15日,原告の診療を行い,頚部運動の制限を認め,原告の症状について頚部捻挫,左下腿挫傷と診断したうえ,約3週間の経過加療を要する見込みであると判断した。
その後,原告は,同科において,合計6日間の通院加療を受けたが,レントゲン検査で骨に異常はみられず,MRI検査でも明らかな信号変化はなかったにもかかわらず,頸部及び上肢の症状が改善しなかったため,同年7月13日をもってE病院へ転医することになった。
エ E病院
原告は,平成11年7月13日,E病院を受診し,頸部痛と右上肢の運動障害を訴えたところ,同病院医師から,外傷性頚部神経根症,反射性交感性ジストロフィー(RSD)と診断され,翌14日から同病院リハビリテーション科において入院加療を受けることになった。
原告は,入院当初,右上肢,特に手関節以遠の浮腫が著明であり,そのため可動域制限があること,右上肢にしびれがあり,そのため歩行時に右上肢のふりがみられないこと,足尖部への荷重時に疼痛があり,歩行は踵のみで接地していることが認められたため,126日(内6日は外泊)にわたる入院期間中,頚椎牽引(8㎏),右上肢エアーマッサージ,右上肢可動域訓練などの施行を受けるとともに,自主トレーニングとしてタオルギャザー,踵上げ,エルゴメーターを行った。その結果,同病院医師は,同年10月25日時点における原告について,浮腫がほとんどなくなり,可動域制限もみられないこと,ただ,上肢挙手は鼻の高さまでしかできず,握力は左17.5㎏,右2.5㎏であること,以前より足尖部への荷重が可能になったこと,しかし,歩行に顕著な改善はみられないことを認めた。
その後,原告は,保険会社の勧めもあって,自宅から通えるF1病院の整形外科に転医することになり,同年11月16日にE病院を退院した。なお,原告は,同日,E病院において,頚部捻挫,反射性交感神経性ジストロフィー(右上肢)との診断を受けた。
オ F1病院等
(ア) 原告は,平成11年11月22日,F1病院の整形外科を受診し,右手のしびれと筋力低下,左足母指の痛みを訴えたところ,同病院のF2医師は,原告について,左足に疼痛があり,これをかばって引きずり歩行していること,握力が左30㎏,右10㎏であること,動きや圧痛に問題はないこと,二頭筋,三頭筋に異常はないが右三角筋以下の徒筋力テスト結果が3ないし4であったこと(筋力が消失又は著減の場合は0ないし2に,筋力半減の場合は3に,筋力がやや減又は正常の場合は4,5に該当するものとする。以下同じ。),レントゲン検査では骨折が明らかでなかったことを認めた。
また,F2医師は,同月30日,原告について,右肩から手及び左下腿は触っただけで痛みを感じる状態であること,左足をかばって引きずり歩行していること,動きに問題はないこと,健反射や二頭筋,三頭筋に問題はないが,右上腕及び左下腿の徒筋力テスト結果は測定不可であることを認めた。
さらに,F2医師は,同年12月14日,原告について,MRI検査の結果によれば頚椎に神経損傷がみられないこと,レントゲン検査の結果によれば左下腿及び足関節の骨折が明らかでないことを確認し,右上肢及び左下肢について「RSD?」と診断したうえ,同病院麻酔科ペインクリニックのF4医師を紹介した。
(イ) 原告は,平成12年1月14日,同病院麻酔科ペインクリニックを受診し,以後,星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロック,点滴療法(ノイロトロピン),レーザーなどの施行を週1ないし2回の頻度で継続的に受けたところ,同年10月31日時点において,同クリニックのF3医師は,原告の症状について,痛みは現在減少しつつあり,当初100㎜であったVAS(Visual Analog Scale。患者自身による痛みの強さの評価をいい,100㎜が最大の痛みとする。)は35㎜まで減少している,アロディニア(触っただけでも傷むこと)は初診時よりは減少しているものの著明である,患部の冷感が不変である,星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロックを施行した後3日間は痛みが薄らぐが,ブロックの間隔が空くと痛みやしびれ,冷感が増強するとの所見を示した。
(ウ) 原告は,右手の指を開くことができなくなっていたところ,指と指の間にカビが生じたので,その治療のため,同年4月11日から同年12月19日までの20日間,F3医師の紹介によりRクリニックに通院した。
(エ) 原告は,同病院整形外科での受診も継続していたところ,F2医師は,同年12月19日,原告の上肢の疼痛が改善してきたことを受け,今後はリハビリが必要であるとして,S1病院整形外科のS2医師に原告のリハビリを依頼した。
そこで,原告は,平成13年2月12日,同病院において,右上肢(左下肢)RSDとの診断を受け,右の肩,肘,手及び手指の可動域訓練のため,運動療法及び温熱療法によるリハビリを開始したが,同年3月19日,原告から,機能的に改善がみられれば,病院でのリハビリよりも自主的にスポーツ施設等の機関を利用する方が精神的にも合っている旨の申し出があり,リハビリ担当者からもリスク管理さえできれば現時点で自主的な運動も可能であるとの所見が示されたため,同病院における原告のリハビリは同年3月19日ころをもって終了した。
(オ) また,F2医師は,同年1月30日,原告について,1年以上にわたりF1病院麻酔科ペインクリニックにおいて上記(イ)のような治療を受けたにもかかわらず,腫脹は徐々に改善し,痛みも少し改善したものの,左下腿と右上肢の疼痛がなお残存しているのは,神経学的所見に異常がみられないことや疾病の性質に照らして,心因性の要素もあるとの疑いから,原告にT1病院の精神科を紹介した。
そこで,原告は,同年2月21日,同科を受診し,その後2回再受診したところ,T2医師は,心理テスト結果に問題はないとしたうえ,抑うつ状態と診断し,同年4月16日,F2医師に対し,要旨「心因性の疼痛の要素もあるが,原告には,疼痛がありながらもできる限り健常者と同じように行動しようとする前向きさが認められること,かつて前医と原告のリハビリ意欲のなさをめぐってトラブルがあったことを考えると,原告の疼痛を心因性のものだけと医療者が断定することは治療的にマイナスであり,むしろ現状のリハビリを続けながら,より高度な活動への自発的な移行を見守ることが望ましいと考える」と報告した。
(カ) さらに,F2医師は,同年6月21日,原告に対し,RSDの治療に力を入れているというU1病院ペインクリニック科を紹介し,原告は,同年7月12日に同科を受診して,右上半身及び左下肢全体のしびれと右上肢及び左下肢全体の痛みを訴えた。
同科のU2医師(なお,現在は退職している。)は,同日,原告の身体所見として,右上肢及び左上肢にアロディニアをともなう疼痛があり,右肩関節,肘関節,左膝関節には疼痛のためか可動域制限があること,右手指に関節拘縮はないこと,右上肢の発汗が減少していること,現在患側の皮膚温低下は特にみられないこと,右手指に腫脹があることを認めたが,現在の状況では,RSDとはっきり診断できないとした。そして,同科のU3臨床心理士は,原告について,多弁に現病歴を語る,心的エネルギーが感じられ,時に周囲の人に対する攻撃的な発言がみられる,思路は整っているが一方的との所見を示しており,また,原告について,一見,自立心旺盛で理路整然としているように見えるが,本質的には自分本位の思いが強く,自分の要求が妨げられる相手と継続的な人間関係を持つことが難しいであろう,実父の死去との時間的な関係や家族関係での葛藤,本人のパーソナリティなどが身体的な状態を修飾しているのではないかとの印象を抱いた。
U2医師は,原告に対し,交感神経節ブロック(切除術)などの治療法を説明したが,原告が侵襲的治療を希望しないため,同病院での治療は特に行わないこととした。
カ F1病院医師による診断書等の作成
(ア) その後,F1病院整形外科のF2医師は,平成13年7月16日,原告の他覚症状及び検査結果について,右三角筋以下の徒筋力テスト結果が3以下であること,握力が左30㎏,右10㎏であること,筋萎縮として下腿周囲径が左33.5㎝,右36㎝であること,レントゲン検査の結果,右手左足に骨萎縮がみられること,脳のMRI検査では異常がみられないこと,精神科での心理テストで問題なしとされたことを認め,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィー,症状固定日を平成12年5月12日とする自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲6の1)を作成した。
(イ) また,同病院麻酔科ペインクリニックのF3医師は,平成13年8月14日,原告の他覚症状及び検査結果について,右三角筋以下の徒筋力テスト結果が3以下であること,握力が左20㎏,右10㎏であること,筋萎縮として下腿周囲径が左33.7㎝,右34㎝,前腕周囲径が左22㎝,右21.5㎝であること,レントゲン検査の結果,右手左足に骨萎縮がみられること,脳のMRI検査では異常がみられないこと,原告が精神科を受診し,心理テストで問題なしとされたこと(軽度うつ)を認めたうえで,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィー,症状固定日を平成12年5月12日とする自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲6の2)を作成した。
(ウ) さらに,同病院整形外科のF4医師は,平成13年9月20日,原告について,障害名を「右手,肘(右上肢機能障害),左下肢機能障害」,原因となった疾病・外傷名を「反射性交感性ジストロフィー,交通」,参考となる経過・現症を「右前腕疼痛,しびれ,左下腿部疼痛,歩行困難,X線骨萎縮+」,障害固定又は障害確定(推定)を「12年5月12日」とする身体障害者診断書・意見書(肢体不自由用)(甲11)を作成したうえ,原告の障害の程度について,身体障害者福祉法別表に掲げる障害に該当し,その障害程度等級を「3級相当」とする参考意見を付した。
キ 埼玉県知事による障害認定1
原告は,上記カ(ウ)の診断により,平成13年10月15日,埼玉県知事から,障害名を「外傷,疾病による右上肢機能障害」,障害程度等級を「3級2種」とする身体障害者手帳の交付を受けたが,原告としては,この3級認定に不満を感じていた。
ク 自動車保険料率算定会による後遺障害等級認定
自動車保険料率算定会は,平成14年2月18日,原告の右前腕の痛み及び筋力不全等の症状について,初診時からの症状経過,星状神経節ブロック等の治療内容及びレントゲン写真上の骨萎縮所見等を総合的に勘案した結果,本件事故による頚椎捻挫を契機として生じた反射交感神経性ジストロフィー(RSD)に起因する症状と捉えられることを認めたうえ,障害の程度については,F1病院ペインクリニックF3医師に対する面談調査の結果からすれば,疼痛に対するペインコントロールの継続により症状は改善傾向にあるが,現在も症状が継続していることを勘案すると,「局部に頑固な神経症状を残すもの」として,自動車損害賠償保障法施行令別表第2の第12級12号に該当すると判断した。他方,左下肢痛及びしびれ等の症状については,現在,自発痛,運動時痛等の自覚的な症状が認められるものの,著明な骨萎縮所見及び関節拘縮等の他覚的な異常所見に乏しいことから,RSDに起因する症状と捉えることは困難であるとして,第14級10号に該当すると判断したうえ,自賠等級併合第12級に該当すると認定した。
なお,原告は,同年8月26日,同会の認定に対して異議を申し立てたが,損害保険料率算出機構は,平成16年8月16日,既認定どおり,自賠等級併合第12級に該当すると判断した。
ケ G1リハビリテーションセンター1
原告は,平成14年2月28日,G1リハビリテーションセンター整形外科を受診したところ,同科のG2医師は,原告について,右手指の巧緻運動障害,右上肢の筋力低下,左下肢大腿及び下腿の筋萎縮,左下肢が冷たく痛みがあること,左膝及び足の徒筋力テスト結果が3から2に低下していること,大腿周囲径が左42㎝,右45㎝,下腿周囲径が左33㎝,右34㎝であることを認め,左母趾球部免荷用装具(靴)及び右足用補高靴,ロフストランド杖を補装具として使用することを勧めた。
そして,G2医師は,同日,原告について,障害名を「右手,肘(右上肢機能障害),左下肢機能障害」,原因となった疾病・外傷名を「反射性交感性ジストロフィー,交通」とする身体障害者診断書・意見書(肢体不自由・脳原性運動機能障害用)(甲13,19)を作成し,身体障害者福祉法別表による障害の程度を右上肢3級,左下肢4級としたうえ,障害程度等級を「2級相当」とする参考意見を付した。
コ V病院
原告は,同年3月1日,左足の装具を作るため,医療法人社団V病院を受診し,各部の撮影などを行った。
サ H整形外科内科
原告は,翌2日,右上肢及び左下肢の痛み,しびれ,腫れ,冷えなどを愁訴として,H整形外科内科を受診したところ,反射性交感神経性ジストロフィーと診断され,運動療法によるリハビリを開始するとともに,精神安定剤を服用するようになった。なお,原告は,通院当初,同病院の医師に対し,他の病院で治療の限界を指摘され,医療不信がある旨を説明していた。
原告は,その後,平成15年10月18日まで,3日ないし5日に1回ほどの頻度で通院を継続し,同年2月7日には,運動療法の担当者から1年前と比べて足の動きがとても良いとの所見が示された。
シ I1クリニック
また,原告は,平成14年3月4日,H整形外科内科に紹介されてI1クリニックを受診し,同クリニックのI2医師に対し,同年2月に保険会社から低い後遺症等級が出されたこと,担当の整形外科医師が役所に出したものと異なる内容の診断書を保険会社に出したこと,それについて同医師に聞いても答えないことなどを説明したうえ,それ以降,夜中に下痢で目覚める,入眠に1,2時間かかる,煙草の量が増える,食欲不振などの症状を訴えた。I2医師は,原告の症状を保険会社とのトラブルなどストレスによるものとし,神経症と診断したうえ,レンドルミン,リーゼなどの内服薬を処方した。その後,原告は,同年3月18日まで3日間通院したが,筋ジストロフィーなどもあり,長期的に通院できる場所を探すためとするI2医師作成の紹介状を書いてもらって,同病院での受診を終了した。
ス 埼玉県知事による障害認定2
原告は,上記ケの診断により,同月26日,埼玉県知事から,障害名を「外傷,疾病による右上肢機能障害,左下肢機能障害」,障害程度等級を「2級2種」とする身体障害者手帳の交付を受けた。
セ G1リハビリテーションセンター2
(ア) 原告は,同月29日,G1リハビリテーションセンター神経科を受診し,G4医師は,右上肢及び左下肢に軽度の浮腫,知覚異常及び運動障害があることを認めて,反射性交感神経性ジストロフィーと診断した。原告は,その後も月に1,2回程度の頻度で,同科への通院を継続し,G4医師に対し,他院での治療状況やその後の症状の変化等について話をしていた。
(イ) また,原告は,同年4月23日,診断書作成のため,同病院の整形外科を受診したところ,同科のG3医師は,原告の症状について,握力が左30㎏,右2.5㎏であること,運動筋力が右上肢の各関節につき半減,左下肢の膝関節及び脚関節につき半減していること,上腕周囲径が左23㎝,右22.5㎝,前腕周囲径が左21.5㎝,右21㎝,大腿周囲径が左41㎝,右43㎝,下腿周囲径が左33.5㎝,右34.5㎝であること,右上肢及び左下肢に浮腫があり動きが制限されている以外に客観的な所見はないこと,下肢補装具を常時使用しており,右手左足が自由に使えないため移動を含め,日常生活全般に制限が伴うことを認めて,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィーとする国民年金厚生年金保険診断書(肢体の障害用)(甲15)を作成した。
(ウ) 原告は,同病院の整形外科受診を希望するようになり,平成15年3月6日以降,同科において,MRIやレントゲン検査を受けたところ,同科のG5医師は,同年6月19日,健反射について,上肢は正常,下肢は斜め低下,病的反射なしとし,MRI検査結果から頸椎,腰椎に脊柱管内の神経圧迫あるいは外傷による輝度変化なし,レントゲン検査結果から上肢について右前腕と手に全体的な骨萎縮と手指関節近傍の骨萎縮を認め,下肢について左下腿と足に全体的な骨萎縮を認めるとの身体所見を示したうえ,右上肢及び左下肢について反射性交感神経性ジストロフィーと診断した。
そして,G5医師は,同年8月5日,同年6月19日における上記身体所見に基づき,傷病名を「反射性交感神経性ジストロフィー」,日常生活活動能力及び労働能力について「右手左足の障害があるため全般に制限される」,予後について「改善はむずかしい」,備考として「障害として固定していると考える」との年金診断書(肢体の障害用)(乙10・35頁)を作成した。
ソ J1クリニック健康医学センター等
(ア) 一方で,原告は,平成14年4月15日,J1クリニック健康医学センターを受診し,以後,週1回程度の頻度で通院を継続していたところ,同年7月1日には,同センターのJ2医師から,右半身麻痺,左下肢麻痺,右拇指屈曲麻痺,右手関節屈曲変形,正中神経麻痺,右肩関節硬縮,左肘関節硬縮,右膝関節硬縮との診断を受けた。
(イ) また,J2医師が診療依頼をしたことにより,原告は,同年4月24日からK1病院の脳外科及び整形外科等において診療を受けたところ,脳外科のK2医師は,同月26日,右上肢及び左下肢の麻痺,知覚障害を認めるが,頚椎に病変なく,MRI検査でも延髄及び脊髄に明らかな病変がないとして,傷病名を不明と診断したうえ,原告に一度神経内科を受診することを勧め,L1病院神経内科を紹介した。
その後,原告は,K1病院の脳外科に3日通院し,同年6月26日には,K2医師から,右顔面から右第12胸椎及び左第12胸椎から第5仙椎の異常知覚,右上肢の筋力低下が認められるが,頭部CT,頭部及び頚部のMRIからは明らかな病巣が認められないとの所見が示された。
タ L1病院
原告が,同年4月26日,L1病院神経内科を受診すると,L2医師は,原告について右顔面から第12胸椎,左第12胸椎から第5仙椎の疼痛,接触の異常感覚を認めた。そして,L2医師は,原告の障害部位を特定するため,同年5月21日,体性感覚透導電位(SEP)を施行したところ,左右の正中神経を刺激しても左右に有意な差は認めなかったが,振幅は右側全てが左側より目立って低下していたため,右側下位頚髄後角からの伝導障害の可能性があること,他方,●骨の神経を刺激したが,いずれも正常範囲内であったことなどの所見を示した。
チ M1病院
原告は,平成15年4月2日,後遺症診断書作成のため,M1病院の整形外科を受診したところ,M2医師は,原告の他覚症状及び検査結果について,右上肢の徒筋力テスト結果が3-であること,握力が左23㎏,右2㎏以下であること,拇指の内転拘縮があること,左下肢の徒筋力テスト結果が3+であること,立ち上がり動作時に左上肢の支えを要し,左下肢での片足立位が不能であること,歩行には杖を必要とすること,右上肢及び左下肢全体に知覚異常があり,特に各末梢の知覚過敏,疼痛が強く,左足踵内側は疼痛のため免荷装具を必要とすることを認めたうえで,傷病名を右上肢・左下肢麻痺,右肩・肘・手・指関節拘縮,左股・膝・足関節拘縮,右顔神経麻痺,右上肢・左下肢知覚異常とする自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲10の1)を作成した。なお,M2医師は,平成16年1月13日及び平成18年9月6日にも原告を診察のうえ,ほぼ同様の診断書(甲10の2及び3,20)を作成した。
ツ N病院
原告は,平成15年5月12日,N病院を受診したところ,顔面神経右不全麻痺,右上肢不全麻痺,左下肢不全麻痺と診断された。
テ O1病院
原告は,平成16年8月9日,O1病院リハビリ科を受診したところ,同科のO2医師は,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィーとし,原告の症状について,知覚異常,運動麻痺があること,もっとも上肢下肢左右ともに反射は正常であること,握力が左26㎏,右1㎏であること,右手指は麻痺により屈曲不能であることを認め,関節運動筋力は右上肢及び左下肢において半減していること,下肢補装具としてロフストランド杖を常時使用していること,異常知覚が著しく右上肢左下肢ともにわずかに触れられても激しい痛みのような感覚があること,日常生活活動能力及び労働能力については介助を要する状態であり,就労は不可能であること等を記載した年金診断書(肢体の障害用)(甲30)を作成した。
また,O2医師は,平成17年8月29日に原告を診療した際にも,傷病名を反射性交感神経性ジストロフィーとし,原告の症状について直近1年間で特に変化がないとして,上記とほぼ同様の内容を記載した年金診断書(肢体の障害用)(甲31)を作成した。
(原告が治療を受けたのは,概ね平成15年までであり,その後は,診断書を取得するために医療機関を受診したものであった。)
ト 鑑定人による所見及び診断等
原告は,平成20年12月2日,W1リハビリテーションセンター医療センター長の医学博士W2鑑定人(以下「W2鑑定人」という。)の診察を受けたところ,W2鑑定人は,以下の所見を示したうえ,皮膚萎縮や色調変化,罹患肢の浮腫を伴わない点を重視して,右手指はRSDではなく一次性局所ジストニアに相当する病態であり,左下肢は軽度のRSDであると診断し,付随的に,長期間にわたり右手及び左下肢を使用していなかったことを主原因とする「右手及び左下肢廃用性筋力低下」「右肘,肩関節拘縮,左足,膝関節拘縮」と診断した。そして,原告の後遺障害の程度については,右手が不自由である点,左下肢に痛みを有する点から,労災規則の障害等級表のうち,神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準の通達に準拠すると,第9級7の2「通常の労務に服することはできるが,疼痛により時には労働に従事することができなくなるため,就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの」に相当するとの意見を示した。
(ア) 皮膚の外観について,右手背にごく軽微な色素沈着を認めたが,いわゆる暗赤色調ではなく,光沢部位もなかったほか,右手指に皮線の消失も認められなかった。他方,左下肢については,左足趾の爪に軽度の萎縮性変化を認め,左足底前外側に軽度の胼胝の形成を認めた。他の部位の色調はいずれも正常であり,萎縮や多毛,浮腫のある部位は認められなかったし,発汗の過多又は過少の部位もなかった。
(イ) 皮膚の表面温度について,手掌につき左が右よりも1.2℃ほど低く,足背につき左が右よりも2.2℃ほど低いことが認められた。
(ウ) 原告は,外部からの知覚刺激に対して,右前腕外側及び手指と左足から下腿内側の痛覚過敏を中心に訴えたが,深部反射はいずれも正常であり,病的反射も認められず,他覚的な真偽の確認は困難であった。なお,過敏の範囲は髄節支配にも一致せず,末梢神経支配にも一致していなかった。
(エ) 握力は左28.3㎏,右5.1㎏,徒手筋力検査の結果は右上肢が3ないし4,左下肢の膝が3+,左足関節は測定不能であり,右上肢筋群及び左下肢筋群に広範な筋力の低下を認めた。もっとも,左膝の屈曲拘縮が20°ありながら,原告が,左膝で大部分の体重を支えて,支柱付き日剤伸展装具を使用せずに杖歩行をしていることについて,これは左膝伸筋が3+では説明できず,また,左足に耐えられない疼痛があるとは考えられないとした。
(オ) 上腕周囲径は右25㎝,左26㎝,前腕周囲径は右21㎝,左22.5㎝,下腿周囲径は右35.5㎝,左34㎝であり,かかる左右差から,各部位に軽度の筋萎縮があることが推定された。
(カ) 右肘,肩に中等度の関節拘縮を認め,左足,膝関節に軽度の関節拘縮を認めた。なお,関節可動域は,左下肢については自動他動ともほぼ一致した数値であったが,右上肢については自動よりも他動の方が最大で80°も大きい数値が出たため,被験者が作為的に動きを抑制していることも否定できないとした。
(キ) 右手拇指に内転傾向があり,右手指のスワンネック変形,環小指の尺屈を認めた。
(ク) レントゲン検査結果からは,左足MP関節周辺と左下腿遠位部に軽度の骨萎縮を認めたが,頚椎に特記すべき所見なく,右上肢については骨萎縮は認められなかった。
(ケ) 原告は,不安感,不満感,加害者側や保険会社,医師に対する不信感を抱いていることが窺われるが,RSD発症患者の素因として,性格的に不安,恐がり,疑い深い,いつも何かに不満があるなどの特徴がみられるため,左下肢の発症には,多分に原告の個人的性格素因が影響しているものと考えられる。
ナ X2医師による意見
原告は,平成21年2月25日,X1医療生活協同組合副理事長X2整形外科専門医(以下「X2医師」という。)の診察を受け,診断を仰いだところ,X2医師は,右前腕から右手背及び左足背に色調変化(暗黒色化)と浮腫,右手指及び左下腿の血流低下を認めたほか,レントゲン検査結果から右手関節等の明らかな骨萎縮を認め,これは骨密度測定でも明らかになっていること,また,左足関節以下,特に関節周囲と足根骨の骨萎縮が顕著であり,左下肢は自動他動とも制限が強く,右足関節の3分の2に制限され,特に左膝は完全伸縮が困難であること,右手には拇指内転拘縮,右第3,5指のスワンネック変形がみられること,握力は左29㎏,右3.5㎏であり,右上肢及び右手指,左下肢に筋力低下がみられること,右の上腕及び前腕,左下腿の各周囲径は他方より1.5㎝ほど細くなっており,右上肢及び左下腿の筋萎縮があることを認めて,右上肢及び左下肢について反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)ないし複合性局所疼痛症候群(CRPS type1)と診断したうえ,右手を含めた右上肢がほとんど使えず左上肢ないし左手だけの作業になってしまうこと,左足の荷重が困難で左膝や足関節の運動制限などから立位作業ができず,歩行が相当障害されていることに照らせば,右上肢及び左下肢の各後遺障害は後遺障害別等級表,労働能力喪失表の第7級の4「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当し,併合で第5級の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当するとの意見を示した。
ニ P2医師による意見
P1病院整形外科部長P2医師は,平成21年8月31日,これまでに提出された検査データ,鑑定書,医師意見書を参考に,平成20年12月2日に撮影されたレントゲン写真から右手関節に軽度の骨萎縮があり,左足関節周囲と左足部にも明らかな骨萎縮があること,周囲径の左右差が1.5㎝程度では,筋萎縮はあるかもしれないがあるとしてもごく軽度の萎縮であること,右上肢及び左下肢に明らかな筋力低下があること,右上肢及び左下肢に関節拘縮があることを認めて,右上肢はRSDないしその可能性が高く,左下肢はRSDであると診断したうえ,骨萎縮,筋萎縮及び関節拘縮がいずれも軽度であることに照らせば,右上肢及び左下肢の各後遺障害は後遺障害別等級表,労働能力喪失表の12級の12に相当するとの意見を示した。
(2) RSD発症の有無について
ア RSDについて
証拠(甲32ないし35,42,43,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,RSDについて,次の事実を認めることができる。
(ア) RSDの定義
RSD(Reflex Sympathetic Dystrophy)は,1986年の世界疼痛学会(International Association for the Study of Pain)において,大きな神経損傷のない骨折等の外傷後に交感神経の過緊張を伴い,四肢に起こる持続性の疼痛と定義され,主要又は分岐の神経損傷による痛みと定義されたカウザルギーと区別された。すなわち,正常な人体は,受傷すると浮腫や出血を最小限に抑えようとして血管収縮を中心とする交感神経反射が生じるが,しばらくするとこの反射が解除され,組織の再生に必要な血流が次第に回復するようになるところ,時に上記のような交感神経反射が傷の回復過程と同調せずに亢進状態を持続することがあり,その結果,抹消の血流が阻害され,末梢軟部組織に対する栄養が行き渡らず組織がやせ細るために新たな激痛が生じ,これが悪循環するという病態を,一般的に反射性交感神経性異常栄養症すなわちRSDと称している。
しかし,上記のようにRSDと総括された病態の中には必ずしも交感神経活動が関与していないものがあり,臨床での混乱が多かったため,1994年の国際疼痛学会では,痛みの総称をCRPS(Complex Regional Pain Syndrome,複雑な原因により生成される局所的疼痛症候群)としたうえ,従来RSDと称されていた神経損傷を伴わないタイプⅠと,神経損傷が推定されるカウザルギーのタイプⅡとに区分する新たな定義を示した。なお,国際疼痛学会の定義によると,RSDないしCRPSタイプⅠとは,「きっかけとなる侵害的な出来事の後にみられる症候群で,単一の末梢神経分布に限局せず,明らかにきっかけとなった出来事と不釣り合いな強い症状を示し,経過中に浮腫,皮膚血流量の変化,発汗異常が,疼痛部位,アロディニア又は痛覚過敏の場所に認められる症候群」ということになる。
(イ) RSDの主な症状
RSDの主な症状として,①痛覚異常・過敏がある,②灼熱痛がある,③浮腫がみられる(浮腫は外傷後出現し,予期される以上に腫れあがり,時間の経過とともに縮小するどころか増悪,拡大する),④皮膚色調,体毛の変化がある(皮膚の色は,多くの場合最初は赤みを帯びるが経時的に蒼白色あるいは赤みを帯びたまだら模様に変化する,長く放置されると皮膚は萎縮し光沢を帯びてくる,皮線もやがて消失する,発症後1か月前後から罹患箇所周辺が多毛になることが多い),⑤発汗の変化がある(早期には発汗過多に傾き,3か月をすぎるとやがて発汗減少に傾く,晩期には乾燥する),⑥皮膚温の変化がある(罹患部位の皮膚温は一般的に低下するとされている),⑦レントゲン上骨萎縮像が確認できる(発症後3,4週間すると骨粗鬆症の所見が見られ始める),⑧血管運動障害がある,⑨骨シンチグラフィの所見が有意である,⑩交感神経ブロックに一定の効果がある,といったものが挙げられる。
(ウ) RSD発症の条件
RSDの病態や機序は,現在もなお不明な点が多いが,RSDを発症するには,3つの要素,すなわち持続性有痛性病変(RSDの引き金となる外傷であり,これは必ずしも重篤である必要はなく,打撲,切創,骨折など何でもよい),患者自身の素因(日ごろから汗をかきやすい,手足が冷たい,失神しやすいなどの交感神経過緊張体質,もしくは性格的に不安,怖がり,疑い深い,いつも何かに不満があるなどの精神的素因),異常な交感神経反射(外傷後に生じる血管収縮を中心とする交感神経反射が強化持続し,局所的に阻血状態に陥る結果,痛みと冷感が生じるもの)がそろわなければならないとされている。
(エ) RSDの診断基準
RSDについては,次のとおり,種種の診断基準が存在する。
まず,1994年の国際疼痛学会の診断基準によれば,ⅰきっかけとなる組織損傷もしくは体動不能になる原因の存在,ⅱ持続的な疼痛,アロディニア及びきっかけとなった損傷からは不均衡と考えられる痛みを伴った痛覚過敏の存在,ⅲ疼痛部位に浮腫,皮膚血流量の変化,発汗異常のいずれかが存在すること,ⅳ存在する痛みや機能異常が他の機序で説明できないことのうち,少なくともⅱないしⅳ全てに当てはまることが必要である。
次に,ギボンズの診断基準によれば,上記(イ)で列挙した10項目について,陽性を1点,陰性を0点,不明瞭を0.5点とスコアリングし,5点以上をRSD,3ないし4.5点をRSDの可能性あり,3点未満をRSDでないとされることになる。
また,Kozinの診断基準によれば,四肢末梢の痛みと圧痛,血管運動神経の不安定性の存在,四肢の腫脹がある場合を確定的RSD,四肢末梢の痛みと圧痛,血管運動神経の不安定性の存在又は四肢の腫脹(皮膚の萎縮性変化がしばしば存在する)がある場合を強い可能性RSD,血管運動神経の不安定性の存在又は/さらに軽度から中等度の四肢の腫脹,四肢末梢の痛みはないが圧痛があることがある(皮膚の萎縮性変化が認められることがある)場合を可能性RSD,四肢のどこかに説明のつかない痛みや圧痛がある場合をRSDの疑いとされることになる。
イ 原告の症状について
そこで,原告がRSDを発症しているのかにつき,以下,検討する。
(ア) 左下肢について
まず,上記ア(エ)のとおり,いずれの診断基準でも要素として挙げられている持続的な疼痛や痛覚異常の有無について検討すると,上記2(1)に認定のとおり,原告は,本件事故直後から足もとにしびれを感じて立つことができず,本件事故から2か月程経過した平成11年7月には,足尖部への荷重時に疼痛を感じ,そのため歩行時には踵のみで接地していたこと,同年11月にも左足(母指)に疼痛があるため,これをかばって引きずり歩行していたのであり,同月末には左下腿に触っただけで痛みを感じるような状態であったこと,それから星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロックなどの治療を受けたことで,痛みの強さは減少したものの,平成12年10月末の時点でなおアロディニアがみられ,その後も現在に至るまで,左下腿に疼痛のある状態が継続しており,平成14年3月ころからは,歩行時は常時,左母趾球部免荷用装具(靴)及び右足用補高靴,ロフストランド杖を補装具として使用するようになったこと,また,疼痛のためか可動域制限がみられる状態が現在まで継続していることが認められる。そして,上記2(1)の認定事実によれば,左下腿部については,健反射が正常で病的反射もみられないものの自動のみならず他動でも強度の可動域制限がみられ,左足及び膝関節に軽度の関節拘縮が認められるほか,本件事件後2年が経過したころからレントゲン写真上(軽度の)骨萎縮を認めるのが各医師の間で一致した見解であることが認められ,このように原告の痛覚異常が他覚的所見に裏付けられていることに照らせば,RSDの診断要素である持続的な疼痛や痛覚異常の存在を認めるのが相当である。
次に,上記ア(エ)で挙げた診断基準で,いずれも診断要素として挙げている疼痛部の浮腫などの皮膚外観上の変化について検討するに,上記2(1)に認定の事実によれば,平成12年10月ころから,左下肢に冷感があることがしばしば指摘されていたこと,平成14年3月には左下肢に軽度の浮腫がみられ,平成20年12月2日に行われた鑑定人による診療の際には,左足趾の爪に軽度の萎縮性変化,左足底前外側に軽度の胼胝の形成が認められ,上記ア(イ)のとおり,皮膚は長く放置されると萎縮して光沢を帯びてくることに照らせば,軽度ではあるがRSDの発症を示す皮膚変化があるものといえる。
以上によれば,原告の左下肢について,持続的な疼痛あるいは痛覚異常,皮膚萎縮という変化,皮膚温の低下,骨萎縮,交感神経ブロックに一定の効果があること,頚椎に神経損傷がなく機能異常が他の機序で説明できないことが認められ,そうすると,上記ア(エ)に挙げたいずれの診断基準によってもRSDの発症が認められるのであり,鑑定人も左下肢の症状を軽度ではあるがRSDと明確に認めていることに照らしても,原告は,左下肢につきRSDを発症していると認めるのが相当である。
(イ) 右上肢について
まず,持続的な疼痛や痛覚異常の有無について検討すると,上記2(1)に認定のとおり,原告は,本件事故直後から頚部痛を訴えるようになり,頚部運動の制限がみられたが,レントゲン検査やMRI検査では異常がなかったこと,平成11年7月ころから右上肢や右手のしびれを訴えるようになり,同年11月末には右肩から手にかけて触っただけで痛みを感じる状態となったこと,それから星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロックなどの治療を受けたことで,痛みの強さは減少したものの,平成12年10月末の時点でなおアロディニアの症状を訴え,その後も現在に至るまで,右上肢に疼痛のある状態が継続していることが認められる。しかし,上記2(1)に認定のとおり,右上肢について,深部反射はいずれも正常であり,病的反射も認められないことに加え,MRI検査に異常はみられず,また,レントゲン検査でも本件事故後2年以上が経過した平成13年7月ころまで骨萎縮を明確に認めた所見はなく,その後,骨萎縮を認める所見を示す医師もいたが,鑑定人が上肢について左右差がないとして右上肢の骨萎縮を明確に否定していることからすると,原告の上記症状は他覚的所見に乏しいものといわざるを得ない。
次に,浮腫などの皮膚外観上の変化について検討すると,上記2(1)に認定の事実によれば,平成11年7月ころ,右上肢,特に手関節以遠の浮腫が顕著であると指摘されたが,その後約4か月に及ぶ入院加療を受けたことで浮腫がほとんどなくなったほか,平成12年1月ころから約1年間にわたって通院加療(星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロックなど)を受けたことにより腫脹が徐々に改善したこと,その後,右上肢に腫脹あるいは浮腫があることを指摘する医師もいたが,鑑定人は,右手について暗赤色調による色調変化や光沢部位もなく,萎縮や多毛,浮腫のある部位,発汗の過多又は過少の部位も認めなかったとの身体所見を示したことが認められる。そして,浮腫は時間の経過とともに増悪,拡大するのが一般的であるが(上記ア(イ)),上記のとおり,原告の右上肢に現れた浮腫はむしろ縮小しているし,鑑定人が平成20年12月2日の鑑定時には浮腫を一切認めなかったと明確に述べていることに照らせば,原告の右上肢には,RSDの発症を示す浮腫などの皮膚変化は認められないというべきである。
以上によれば,原告の右上肢について,痛覚異常・過敏は認められるものの他覚的所見に乏しく,直ちにその存在を肯定することができないうえ,皮膚変化が一切認められないことからすると,RSDを発症していると認めることはできないというべきである。
(ウ) なお,原告は,鑑定人による診断は,鑑定人がRSD患者に対する偏見をもって診察したことに基づくもので,診察時間も短かったから信用できない旨を主張するが,鑑定人が昭和54年に医学部を卒業して以来臨床を中心に整形外科医師あるいは外科医師として活躍している医学博士であり,RSD臨床例としても年間15ないし25件程度を経験し,RSD患者の症例を熟知しているうえ,鑑定人が,経験上,賠償が絡むと詐病を訴える患者がいるため,常にRSD患者を診る時には目を引いて客観的にみるようにしている旨を述べている点(鑑定の結果)は十分首肯できるものであり,むしろ客観的な視点から慎重に所見ないし診断を示す姿勢と評価できるし,実際に,鑑定書の記載や鑑定人質問時の回答をみても,それまでの原告に関する診療経過を十分に検討したうえで慎重に意見を述べている様子が窺われるから,鑑定人の示した理学的所見や診断は十分信用に足るものであって,原告の上記主張は失当である。
(3) 原告の後遺障害の程度について
上記(2)で説示したとおり,原告の左下肢についてはRSDを発症しているところ,原告は,左足(母指)にアロディニアを伴う疼痛があり,歩行時には常時,左母趾球部免荷用装具(靴)及び右足用補高靴,ロフストランド杖を補装具として使用しなければならない状態であることが認められる。
他方,原告の右上肢については,上記(2)で説示したとおり,RSDの発症は認められないが,上記2(2)に認定のとおり,原告の右手母指には内転拘縮,右第3,5指にスワンネック変形がみられ,協調運動障害が認められるのであり,他覚的な裏付けはないものの,このような不自然な動きを作為するのは不可能であることに鑑みれば(鑑定の結果),鑑定人が診断するとおり,右手指について一次性局所ジストニアの発症を認めるのが相当である(なお,本件事故を契機として上記症状がみられるようになったことからすると,本件事故との因果関係を認めるのが相当であり,本件全証拠によっても,上記判断を覆すに足りないというべきである。)。
そうすると,原告は,右手を使った巧緻運動,すなわち細かい作業をすることが不可能であると認められ(鑑定の結果),現に,原告は,日常生活において手を用いる動作は左手で行っており,日常生活にも不自由を感じる状態であるほか(甲36,49の1ないし12,50,原告本人),上記のとおり,直立ないし歩行に困難が伴うため,立ち仕事には不向きといえることからすれば,原告の症状は,「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として,自動車損害賠償保障法施行令別表第2の後遺障害等級9級10号に該当するというべきである。
(4) 症状固定日について
ア 症状固定日とは,症状固定が生じた日,すなわち傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても,その効果が期待し得ない状態であって,かつ残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達した日のことをいう。
イ これを本件について検討するに,上記2(1)に認定の事実によれば,原告は,本件事故直後から左下腿部の痛みやしびれと頚部痛,右上肢の運動障害を訴え,C1病院及びD1病院においてポリネックで首を固定したり湿布を貼るなどの治療を受けた後,平成11年7月13日からはE病院に約4か月入院し,頚椎牽引,右上肢エアーマッサージ,右上肢可動域訓練などの施行を受けるとともに,踵上げなどの自主トレーニングを行ったところ,それまでみられていた浮腫や可動域制限がほとんどなくなり,足尖部への荷重も以前より可能になるなど,症状に改善がみられたこと,もっとも,なお右手のしびれや左足母指に疼痛があり,左足をかばっての引きずり歩行には改善がみられなかったため,原告は,同年11月22日からF1病院整形外科への通院を開始したこと,同科において各検査を受けたが他覚的所見に乏しかったため,同病院麻酔科ペインクリニックを紹介され,平成12年1月14日から同クリニックへの通院を開始したこと,同クリニックでは星状神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロック,点滴療法(ノイロトロピン),レーザーなどの治療を週1,2回の頻度で継続的に受けたところ,同年10月31日時点において痛みが減少し,アロディニアも初診時より減少したが,いまだアロディニアがみられたほか患部の冷感も不変であり,上記治療も直後には効果があるが3日を過ぎると痛みやしびれ,冷感が増強する状態であったこと,同年12月19日には,同病院整形外科医師の指示によりリハビリが開始され,平成13年1月ころには,なお残存する疼痛には心因性の要素もあるとの疑いが指摘されるようになったことが認められる。
以上の事情を総合すれば,E病院における入院加療及びF1病院麻酔科ペインクリニックでの通院加療により一定程度の症状改善効果があったが,平成12年10月末まで行われた同クリニックでの治療では途中から改善効果が期待できない状態となったことが認められるのであって,その後,平成13年7月以降になって,同病院の医師3名が,いずれも原告の症状固定日を平成12年5月12日とする診断書をそれぞれ作成しているところ(甲6の1及び2,11),いずれの医師も平成11年11月22日又は平成12年1月14日から原告の診療を開始し,その治療経過を観察したうえでの判断であったことが窺われ,その信用性は高いといえるから,原告の症状固定日は,平成12年5月12日であったと認めるのが相当である。
ウ(ア) これに対し,原告は,F1病院作成の後遺障害診断書(甲6の1及び2)には,傷害の増悪,緩解の見通しとして「痛み持続の可能性あり」あるいは「季節的要因により悪化する可能性あり」との記載があるから,平成12年5月12日の症状固定は認められないとして,G1リハビリテーションセンター整形外科のG2医師が身体障害者福祉法別表の障害程度2級相当と診断した平成14年2月28日を症状固定日とすべきであるなどと主張する。
しかし,上記ア(イ)のとおり,痛みが持続した状態であることはRSDの症状の1つであるし,上記各後遺障害診断書における記載は,そもそも持続的な痛みや季節的要因により悪化する状態を含めて最終的な症状として固定したという趣旨と認めることも十分可能であり,上記イに説示したところに照らしても,原告が指摘する点のみをもって上記アにいう症状固定に至っていないと認めることはできない。また,G2医師は,平成14年2月28日に初めて原告を診療したにすぎず,当時,それまでの治療経過について把握していた様子もないうえ,症状固定日について何ら言及していないのであるから(甲13,19,乙10),G2医師が障害程度2級相当と診断したことを理由に平成14年2月28日を症状固定日とする原告の主張を採用することはできない。
(イ) また,原告は,RSDという病態は,その原因となる事故があった後わずか1年でその症状が固定するというものではないとして,平成12年5月12日を症状固定とすることはできないなどと主張するが,鑑定の結果によれば,原告におけるRSDの病期の特定は不可能であるとの所見が示されているほか,上記アのとおり,そもそもRSDの病態や機序については現在もなお不明な点が多いことに鑑みれば,原告の上記主張は失当といわざるを得ない。
3 争点(5)(素因減額の当否及び程度)について
(1) 証拠(甲32,35,鑑定の結果)によれば,RSDに特徴的な疼痛には,患者自身の心因的・精神的素因ないし性格的素因が関係していると考えられており,具体的には,不安,恐がり,疑い深い,いつも何かに不満があるなどの要素が挙げられる。
(2) 上記2(1)に認定の事実に加え,証拠(甲36,50,原告,鑑定の結果)によれば,平成13年2月21日にT1病院精神科のT2医師から,原告の疼痛に心因性の要素があることを指摘されたこと,同年7月には,U1病院ペインクリニック科のU3臨床心理士が,原告について本人のパーソナリティなどが身体的な状態を修飾しているのではないかとの印象を抱いたこと,平成14年3月ころにはH整形外科内科の医師に対し,原告が医療不信がある旨を説明しており,現に,本件事故直後から現在に至るまで,医師の紹介ないし指示によるものもあるが転医を繰り返し,20を超える病院へ通院していること,鑑定人も,左下肢のRSD発症には多分に原告の個人的性格素因が影響していることを指摘しており,その理由として,原告が医療機関を転々としている点と,原告の陳述書(甲36)に原告の不安,本件事故加害者あるいは保険会社,治療に当たった医師に対する不満,不信感といった感情が読み取れた点を挙げていることが認められ,これらの事情を総合すると,原告の右上肢及び左下肢の疼痛が長期にわたって持続しているのは,原告の心因的・精神的素因ないし性格的素因が寄与していることは否定できないというべきである。
(3) したがって,損害の公平な負担の観点から,原告に生じた損害ついて心因的・精神的素因ないし性格的素因による減額を認めるべきであるが,RSDの病態や機序については現在もなお不明な点が多く,慢性持続的な疼痛が引き金となって精神面に影響を与えた可能性も否定できないこと(鑑定の結果)から,減額割合は2割にとどまるものとするのが相当である。
(4) なお,被告らは,原告の訴える症状は,既往症である全身性エリテマトーデス(SLE)の合併症,続発症と捉えることができるとして,素因減額を主張するが,かかる既往症の存在及び現症との関連性について認めるに足りる立証がなく,被告らの上記主張は失当である。
4 争点(6)(原告に生じた損害)について
(1) 治療費等 51万6030円
上記2(4)に説示したとおり,原告の症状固定日は平成12年5月12日と認められるところ,同日までに要した治療費等(診断書料や薬代も含む。)に限って,本件事故との因果関係を認めるのが相当である。
そして,証拠(甲52の1及び2,乙19,20の1ないし6,21,23ないし28)及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,原告に対し,平成12年5月12日までに要したC1病院及びD1病院等の治療費等として合計5万8648円を支払ったほか,同各病院及びE病院等に対し,その治療費として合計45万4312円を支払ったことが認められ,また,原告は,同日までにRクリニックでの治療費として合計3070円を支払ったことが認められる。
したがって,本件事故と相当因果関係のある治療費等は,上記金額の合計51万6030円となる。
(2) 入院雑費 16万3800円
上記2(1)エに認定のとおり,原告は,平成11年7月14日から同年11月16日までの126日間,E病院リハビリテーション科において入院加療を受けたところ,平成11年当時の入院雑費は1日あたり1300円とするのが相当であるから,原告の入院雑費は16万3800円となる。
なお,被告は,上記入院は必要なかったから入院雑費も認められないと主張するが,上記2(1)エに認定の事実によれば,当該入院は,原告の頚部痛や右上肢の運動障害の治療のため,E病院の担当医師の指示により実施されたことが認められるから,被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 交通費 2万2460円
原告は,交通費として,別紙医療機関別費用明細一覧表記載の40万3180円を主張するが,上記2に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば,上記40万3180円は,すべて症状固定後のものであることが認められ,したがって,原告の上記主張は採用することができない。
証拠(乙29)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成11年5月25日から同年7月13日までの通院に要したタクシー代として2万2460円の交通費を負担したことが認められ(被告らは,この事実を自認するところである。),この限度で本件事故との相当因果関係が認められる。
(4) 休業損害 224万7900円
上記2(4)に説示したとおり,原告の症状固定日は平成12年5月12日と認められるところ,上記2(1)に認定の事実のほか,証拠(乙18,原告)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成11年4月1日,Y株式会社に入社し,本件事故に遭った同年5月25日から休職したが,その後,本件事故による受傷が原因で就労不能となったこと(本件事故後の診療経過に照らせば就労不可能であったと認めるのが相当である。),同年9月末日をもって同会社を退社したことが認められるから,原告について,本件事故日から症状固定日までの354日間について休業損害を認めるのが相当である。
そして,証拠(乙18)によれば,原告は,本件事故に遭うまでの40日間に25万4000円の収入を得ていたことが認められるから,原告の本件事故当時における1日当たりの収入は6350円となる。
したがって,原告の休業損害は,次の計算式のとおり,224万7900円となる。
(計算式)
6350円×354日=224万7900円
(5) 後遺障害による逸失利益 2047万0635円
上記(4)に認定したとおり,原告の本件事故当時の収入は,1日当たり6350円であったと認められ,これを年収に換算すると,231万7750円となる。
しかしながら,同認定のとおり,原告は,平成11年4月1日にY株式会社に入社して間もなく本件事故にあったものであるから,同金額をもって直ちに原告の後遺症による逸失利益の算定の基礎とすることは相当でなく,原告本人及び弁論の全趣旨によれば,原告は,短大を卒業してすぐに電気関係の会社の事務職に就き,その後も,保険会社等に就労していたことが認められるから,原告には,通常の就労の意思と能力があるものと認められ,少なくとも女子労働者学歴計全年齢平均の賃金センサス所定の収入を得られる蓋然性を肯定することができる。そして,同賃金センサスとしては,被告らの主張のとおり,最近の経済動向を反映した平成20年度の全年齢女子労働者の平均年収額である349万9900円を用いるのが相当である。
また,上記2(3)に説示したとおり,原告は,本件事故により,左上肢についてRSDを発症したうえ,右手指に一次性局部ジストニアを発症して,後遺障害等級9級10号に該当する後遺障害を負ったものであり,上記2(1)及び(3)に認定した原告の障害部位や程度等に照らせば,原告の労働能力喪失率は35パーセントとするのが相当である。
そして,上記2(4)に説示したとおり,原告の症状固定日は平成12年5月12日であるところ,昭和44年8月25日生まれの原告は,症状固定時に30歳であったことが認められるから,就労可能年齢(67歳)までの37年間にわたり(ライプニッツ係数16.7112),労働能力を35パーセント喪失したものというべきである。この点,被告らは,原告の症状には改善可能性があるとして,労働能力喪失期間を長くても5年程度と判断すべきであると主張するが,鑑定人は,治る可能性を秘めていると指摘しているものの,その前提として病気を克服するという強い意思,あるいは今後前向きの人生観を持って病気を克服しようという気持ちを有することを指摘しており,決して改善可能性を楽観視しているわけではないし,また,上記2(1)に認定のとおり,原告が,E病院を始め各病院において様々な治療を受け運動療法の施行を受けるなどして症状改善に向けた努力を重ねてきたにもかかわらず,本件事故が発生してから10年以上が経過した現在もなお,歩行時に杖等を必要とする点や右手指に運動障害がある点など原告の症状に大きな変化がみられないのであり,以上に照らせば,原告につき,現時点において,今後,労働能力が回復するような改善がみられるということはできないから,被告らの上記主張を採用することはできない。
以上によれば,原告の後遺障害による逸失利益は,2047万0635円(円未満切捨て)となる。
(計算式)
349万9900円×0.35×16.7112=2047万0635円
(6) 入通院慰謝料 260万円
上記2(1)イ及びエに認定のとおり,原告は,C1病院及びE病院において合計128日入院したほか,本件事故から症状固定日である平成12年5月12日まで約1年にわたり通院をしたのであるから,原告の入通院に対する慰謝料額は260万円とするのが相当である。
(7) 後遺症慰謝料 690万円
上記2(3)に説示したとおり,原告は,本件事故により後遺障害等級第9級10号の後遺症を負ったものであり,本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,慰謝料額は690万円とするが相当である。
(8) 小計 3292万0825円
(9) 素因減額後の残額 2633万6660円
上記3に説示したとおり,原告の症状については2割の素因減額を認めるのが相当であるから,これを減額すると,残額は2633万6660円となる。
(10) 過失相殺後の残額 2370万2994円
上記1に認定した過失割合に従って1割を減額すると,残額は2370万2994円となる。
(11) 損害の填補 510万8340円
損害の填補として,被告A1が契約をしている保険会社Qから原告に,合計510万8340円が支払われたことは,当事者間で争いがないので,これを控除すると,その残額は1859万4654円となる。
(12) 弁護士費用 190万円
弁論の全趣旨によれば,原告は,弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起,追行を委任し,着手金及び報酬の支払を約束したことが認められるところ,本件事案の内容,難易,審理経過及び認容額等に鑑みれば,本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は,190万円と認める。
(13) 以上によれば,原告に生じた損害の額は,合計2049万4654円となる。
5 以上のとおり,本件事故の加害者である亡Bは,民法709条に基づき,その使用者である被告A1は,自賠法3条に基づき,原告に対し,連帯して,原告に生じた損害の合計2049万4654円及びこれに対する不法行為の日である平成11年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うことになる。そして,上記争いのない事実等(2)のとおり,亡Bは,平成14年2月27日に死亡し,その妻である被告A2が2分の1の割合で,その子である被告A3,被告A4及び被告A5が各6分の1ずつの割合で,それぞれ亡Bが負っていた債務を相続したのであるから,同被告らは,本件事故にかかる原告に対する損害賠償債務についても,上記割合の限度で被告A1と連帯して,上記支払義務を負うことになる。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は,被告A1に対し,被告A2,被告A3,被告A4及び被告A5と連帯して(ただし,被告A2とは主文2項の限度で,被告A3,被告A4及び被告A5とは主文3項ないし5項の限度で,それぞれ連帯して)2049万4654円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,被告A2に対し,被告A1と連帯して1024万7327円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を,被告A3に対し,被告A1と連帯して341万5775円(円未満切捨て)及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を,被告A4に対し,被告A1と連帯して341万5775円(円未満切捨て)及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を,被告A5に対し,被告A1と連帯して341万5775円(円未満切捨て)及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田眞 裁判官 橋本英史 裁判官 村井みわ子)