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さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)2358号 判決 2007年12月05日

主文

1  被告らは,原告Aに対し,各自1817万4571円及びこれに対する,被告有限会社Nについては平成17年12月14日から,被告Cについては平成15年12月15日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,各自1817万4571円及びこれに対する,被告有限会社Nについては平成17年12月14日から,被告Cについては平成15年12月15日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの,その余を被告らの負担とする。

5  この判決は第1項及び第2項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して4214万5900円及びこれに対する平成15年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して4214万5899円及びこれに対する平成15年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告有限会社N(被告会社)の従業員であったD(D)が,平成15年12月15日,職務遂行中に死亡したのは,被告会社及びその代表取締役である被告C(被告C)が,Dに対し,長時間労働を強いたためであるとして,Dの両親である原告らが,被告会社に対しては労働契約に基づく安全配慮義務違反,被告Cに対しては,不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については,かっこ内に証拠を示す。)

(1)  当事者

ア 原告A(原告A)は,Dの父,原告B(原告B)は,Dの母であり,自宅において和菓子屋を営むものである。

イ 被告会社は,埼玉県越谷市内に主たる店舗を構え,和菓子製造・販売を業とする有限会社である。

ウ 被告Cは,被告会社の代表取締役であると同時に被告会社の和菓子製造を行う職人である。

(2)  Dの経歴等

D(昭和46年10月11日生)は,大学卒業後,いったんは一般企業に就職したものの,和菓子職人の道を志して退職し,平成8年4月から平成10年3月まで,E学校夜間部に通学するかたわら,東京都麻布に所在するFで修行をし,卒業後の平成10年4月から平成12年11月までは埼玉県北本市所在のGに勤務した。平成12年11月頃,Dは被告会社で働きはじめ,同年12月1日,正式採用となって被告会社に就職した。

(甲1,7,12,17,28)

(3)  Dの死亡

Dは,平成15年12月15日,被告会社主催の食事会が開催された越谷市c所在の「H」の風呂場浴槽内で倒れ,同日午前3時50分ころ,同所において死亡した(本件死亡)。Dは,死亡時32歳であった。

(4)  業務認定

春日部労働基準監督署長は,平成17年3月18日,本件死亡を業務災害と認定して,年金・一時金の支給決定をした(甲22)。

3  争点

(1)  本件死亡の原因(争点1)

(2)  Dの業務と本件死亡との間に相当因果関係があるか(争点2)

(3)  被告らに債務不履行ないし過失があるか(争点3)

(4)  過失相殺(争点4)

(5)  損害額(争点5)

(6)  損益相殺の範囲(争点6)

4  当事者の主張

(1)  争点1(本件死亡の原因)について

(原告らの主張)

本件死亡の原因は,心原性突然死である。

(被告らの主張)

Dの遺体には,眉間や足に傷があったことから,浴室内における転倒が原因とも考えられる。Dの死因が心原性突然死であったとは必ずしも特定できない。

(2)  争点2(Dの業務と本件死亡の間には相当因果関係があるか)について

(原告らの主張)

ア Dの労働時間

(ア) 死亡前2ヶ月の労働時間

Dの労働時間は別表1記載のとおりである。

これをみると,平成15年10月15日から同年12月14日にかけては,所定労働時間が348.57時間であるのに対し,所定外労働時間が305.03時間に達し,労働時間の合計は653.6時間となる。

平成15年10月22日,23日には,被告会社の5周年記念行事(5周年記念行事)があり,Dもこれに向けての作業で忙しく,記念行事直前には,午前零時を過ぎて退社する日も何日かあった。

また,Dの休日は週1日水曜日であったが,同月16日から28日にかけては休みをとることなく13日間連続で出勤した。

(イ) 死亡前1ヶ月の労働時間

平成15年11月15日から同年12月14日にかけては,所定労働時間が171.43時間であるのに対し,所定外労働時間が153.67時間であり,労働時間の合計は325.1時間となっている。

(ウ) 被告らの主張に対する反論

被告らは,Dが長時間作業を行ったとしても,それは本人が自己の技能向上のために自主的に居残り作業をした時間であって,労働時間として考慮されるべきではないと主張するが,どの時間がそのような作業時間にあたるのか,またその間Dがどのような自主的作業をしたのかは一切明らかにされていない。そして,被告らのいう自主的作業は,Dの死亡前2カ月間に限って言えば,平成15年10月に行われた5周年記念行事への出展を指すところ,同行事への出展は,被告会社における業務の一環であり,その作業をDの労働時間から除外するいわれはないというべきである。

イ Dの労務内容

(ア) 和菓子製造作業の実態

a 和菓子製造作業は,重労働である。

餅や団子,湯を沸かす大鍋など,和菓子材料や用具は一般に重量があり,これを持ち運ぶ作業には大変な労力を要する。被告会社では,材料が2階の作業場所に保管してあるため,30キロもの粉の袋を2階の作業場所から袋ごと下ろすこともあり,また,その日に必要な分だけを計量して下ろしてくることもあるが,その場合でも,相当な分量の粉を急な階段に気をつけながら下ろさなければならないのである。

そして,作業中には,使用した大鍋のお湯を床の排水口に向けて捨てたり,重量のある餡やせいろごと蒸したものを運んだり,冷蔵庫から和菓子を出し入れするなど,重いものを持ち運ぶ作業は数限りない。なお,和菓子1個1個は100グラム程度にすぎないとしても,50個,100個になれば,重さも5キログラム,10キログラムになる。これを木箱や塩化ビニール製トレイに入れれば,さらに重量は増す。

さらに,餅や団子をこねる作業も,力の必要な作業であり,被告会社作業場における作業は,狭い中で長時間立ちっぱなしの作業になる。餅つきの際などは,継続した中腰作業を強いられる。

以上のとおり,和菓子製造が体力的にきつい仕事であることは明らかである。被告会社従業員のI(I)も「体力的にはきつい仕事」と述べているところである。

b 和菓子製造は複雑な作業である。

和菓子は,朝生と呼ばれる団子,大福,上生,中生と呼ばれるものや焼菓子など,多種多様であり,それぞれ複雑な工程で製造されている。

Dら職人は,これら多種多様の和菓子を限られた時間内で作るため,並行して作業を行わなければならず,手順が非常に重要となる。しかし,手順を熟考して作業を進めても,急ぎの仕事が突然入ると,これらの手順を組み直さなければならず,被告会社のように少人数で製造をしている場合には,このような作業手順の組み直しなどによるストレスも重なることになる。

(イ) Dの被告会社への就職とその後の経緯

Dが被告会社へ就職した平成12年12月当時,被告会社にはDのほか,Jという従業員がおり,被告Cと3人が和菓子作りに従事していた。しかし,被告Cは外回りの仕事が多く,実質的には,JとDの2名で和菓子作りを行っていた。

被告Cは,平成11年頃「テレビチャンピオン」というテレビ番組に出演していたが,平成13年には同番組においてチャンピオンとなり,「N」の名は一躍有名となった。このため,被告会社の商品の売れ行きは増加し,Dはますます多忙な勤務を強いられることとなった。なお,平成13年のテレビ番組出演時に出品された作品の細かい桜の花びらの一つ一つは,前日夜中にDが徹夜同然で制作したものである。

平成14年6月ころ,Jが退職したため,Dは実質的に一人で,店の和菓子製造を任されることとなり,ますます勤務は多忙となり,責任も重いものとなっていった。

(ウ) 椎間板ヘルニアの発症とその後の経緯

Dは,平成14年10月,通常の業務に加え,同年11月に熊本で開催される菓子博覧会の準備に追われた。このような加重労働の結果,Dは,同年12月27日頃,椎間板ヘルニアを発症し,平成15年1月3日には入院し,8時間にも及ぶ手術をうけた。

Dは椎間板ヘルニアにつき業務災害の認定を受け,1年ほどの療養をすることになった。しかし,平成15年5月頃,被告Cが交通事故を起こし,業務上過失傷害の嫌疑で11日ほど逮捕・勾留されるという事態が発生し,被告会社の営業を続けるため,Dはやむなく出勤せざるをえなくなった。このときの出勤がきっかけとなり,Dは通常業務に復帰することとなったが,治療途中での職場復帰であり,かなりの無理をしての復帰であった。

被告会社は,平成15年4月頃,Iを雇ったが,Iは当時まだ未熟で,Iが担当した菓子に問題があることが出来上がり寸前に発覚し,Dが一からやり直さなければならないということもあった。このような事態が生じると,全てが責任者であるDの責任とされ,そのストレスも重なることになった。

こうした中,Dは,5周年行事の直後である平成15年10月29日には,その疲労やストレスから腹痛をおこし,投薬治療を受けている。

(エ) D死亡前日から当日にかけての労働内容等

被告会社は,平成15年12月14日,協力業者を招待したボーリング大会及び食事会が開催した。Dは,ボーリング大会のスコアラー,食事会の司会及び接待役と,この企画での責任者の役割を任されていた。

Dの当日の行動は次のとおりである。

12月14日

午前6時  自宅出発

午前6時30分  会社到着

午後5時30分まで  会社にて通常勤務

午後6時から9時  ボーリング大会

午後9時から11時  結果発表と食事会

午後11時から翌午前2時30分  慰労会

同日は日頃の長時間労働に加え,ほとんど通常とかわらない時間の勤務をこなした後に,協力業者の接待であるボーリング大会や食事会において責任のある役割を任され,Dの緊張は極度に達していた。

ウ 因果関係の判断について

Dは,心原性突然死により死亡しているところ,上記のとおり,その労働時間は血管病変等をその自然的経過を超えて増悪させて過労性脳・心臓疾患を発症させるおそれのある程度に至っており,他に心原性突然死をひきおこす要因も見あたらないから,被告会社の業務と本件死亡とは相当因果関係があるというべきである。

(被告らの主張)

ア Dの勤務時間

Dの勤務時間は概ね別表2のとおりである。

ただし,Dの労働は,その全てが「使用従属関係」にあるものではないから,前記の「勤務時間」の全てを,いわゆる使用者による指揮監督の下,時間的・場所的拘束下にあった「労働時間」として算入すべきではない。

なぜなら,Dは,いわゆる「見習い職人」として被告会社に勤務していたものであり,その勤務時間は,被告会社の従業員としての作業だけでなく,D個人の技能向上のためにも費やされており,通常の勤務時間内である午前8時から午後7時半までの間に自分の技術向上のための練習や作品制作をすることもあれば,作品制作のために通常の勤務時間後も残って作業をすることもあったからである。

なお,原告らは,Dは午前7時頃には出勤していたと主張するが,店の鍵を開けてボイラーのスイッチを入れる役割のIの出勤時間が7時半なのであるから,Dがそれより早く出勤することはなく,この点の原告の主張は誤っている。

とりわけ,5周年記念行事の前は,確かに通常よりも忙しくはあったが,直前の2日間は店を閉めて,仕込みと各自の作品の準備に集中していたのであって,勤務時間内には自分の作品を制作する時間が含まれており,これは上記の時間外労働としてとらえるべき「労働時間」ではない。

イ Dの労務内容

(ア) 和菓子製造作業の実態

和菓子の製造は「重労働」と表現されるようなものではない。

被告会社においては,通常水を入れた大鍋を持ち運ぶような作業はないし,練る作業はほぼ機械化されていて,ボタン1つで餡などを練ることができる。

また,餅は重いといっても1つ2キログラム程度で,餅つき作業は毎朝1度だけである。材料を運ぶ作業についても,作業開始時に冷蔵庫から作業台に運べば後は台での作業であるから,一日中材料を運び続けるようなこともない。原告らの表現は過剰である。

(イ) 和菓子製造に要求される技術及びストレス等

被告会社においては,「上生」や「焼き菓子」については一定数を冷凍保存しておき,その不足分を日々計画的に製造しているので,少人数で効率的な製造が可能となっている。行事や祝日で多数の商品が必要なときは,数日前から計画的に製造量を増やして冷凍しているので,一日だけ突然忙しいということはない。また,「できる範囲でしっかりとした商品を作る」のが被告会社の方針であるので,突然の多数の注文など,無理な仕事は受けていない。したがって,急ぎの仕事が突然入って,一から作業計画を組み直さなければならなくなり,ストレスがかかるというような事態は生じない。

(ウ) Dの被告会社への就職及びその後の経緯

Dは,それまで機械化された和菓子工場の経験しかなかったことから,手作業で一から和菓子を作れる職人になりたいとの希望で,被告会社に勤務するようになった。被告会社は,これまでも,被告Cから工芸菓子の技術を学びたいという若い職人を雇い,3年から5年修業させては「卒業」させてきた。被告Cとしては,「雇う」というよりも,3年から5年で卒業できるように「教育する」というつもりで仕事をさせていた。そのため,若い従業員には,自己の練習や作品制作のためなら,工場の器具や材料を自由に使って良いことにしていたし,作品のデザイン画を持ってくればアドバイスを与えるなど,修業のバックアップは惜しまなかった。熱心な従業員は,通常の作業が終わった後,自分の作品制作のために自主的に居残って作業をすることも多かったのである。

被告Cが,テレビ番組で優勝したのは平成11年のことである。この時には,一時的に売り上げが上昇し,店も忙しくなったが,平成13年に再度出演した際は,3位に終わり,それほど売り上げが大きく伸びることはなかった。したがって,Dの就職当時,被告会社での業務は特別忙しかったというわけではない。なお,平成13年の番組出演時の作品について,Dが制作を担当した部分もあるが,これは,被告Cは,出品する作品の制作を自宅の2階で行っていたところ,Dが「工芸菓子の修業として手伝わせてほしい」と申し出て自主的に手伝ったものである。

被告会社は,できる範囲の仕事をきちんとこなすという姿勢と被告Cの技術が評価されて堅実に成長してきたのであるから,製造の責任者はあくまで被告Cであり,製造を他人に完全に任せることはない。また,一日の仕事の予定は被告Cが決定するので,Dが一人で作業工程を工夫したり緊急の仕事に対応したりすることはなかった。従業員Jが退職した後も,製造は,被告CとDの2人で行っており,修業中のDが一人で製造を任されたなどということはない。

(エ) 椎間板ヘルニアの発症とその後の経緯

平成15年1月2日にDから被告Cに対し「腰が痛い」との電話があったので,被告Cは「それは大変だ。では休みなさい。」と答えた。その後,椎間板ヘルニアが悪化していてしばらく休養が必要とのことであったので,被告CはDにはゆっくり休むよう伝えていた。

Dは,リハビリ中も度々店に顔を出しては「早く復帰したい」と話していた。これに対し,被告Cは「まだ無理だよ。完全に治ってからにしなさい。」と答えていたが,結局,本人の熱意に押される形で,Dは,平成15年6月から復帰することとなった。被告会社としては,定時に帰宅でき,辛いときに休みやすいようにと,まずはパートタイム扱いで復帰させることとしたのである。

なお,Iは,被告会社に勤める前に数年間別の店で修業をしてきた職人であり,決して素人ではない。

5周年記念行事の際も,他の店の職人を応援に呼んでいたので,D一人に負担がかかったということはない。

(オ) Dの死亡前日及び当日の労務内容について

平成15年12月14日に被告会社主催でボーリング大会及び食事会が開催されたが,これは,協力業者等,気の置けない仲間内の集まりである。このような和菓子の情報交換や,横のつながりを深めることを目的とした親睦会や食事会はこれまでにも何回か行われているところであり,Dは「接待役」ではあったが,決してプレッシャーのかかるような仕事ではない。実際,Dのした役割としては,司会(食事会の冒頭でボーリングの成績発表をする役割)をした程度である。

ウ 因果関係の判断について

本件においては,前述のとおり,その労働の性質が非常に特殊であり,その労働の実態からすると業務と本件死亡との間に相当因果関係はない。

(2)  争点3(被告らに債務不履行ないし過失があるか)について

(原告らの主張)

被告会社は,Dとの間の労働契約により,従業員の勤務条件を整え,長時間労働による心身への障害を与えないようにする義務を負担しているにもかかわらず,これを怠り,前述の長時間労働をDに強いた結果,Dを死に至らしめたものであり,労働契約に基づく安全配慮義務違反があり,Dの死亡による損害を全て賠償する責任が存する。

被告Cは,被告会社の代表者であり,Dの労働条件を現実に左右しうる立場にあった。被告Cが,Dの労働条件に配慮して長時間労働を規制し,あるいは,逆に被告CがDに対して長時間労働となる仕事を命じなければ,Dの長時間労働は生じなかったのであり,被告Cが適切な労働条件整備の指示をしなかったことは,Dとの関係で不法行為を構成するというべきである。よって,被告Cは,不法行為に基づき,Dの死亡による損害を全て賠償する責任が存在する。

(被告らの主張)

Dについて長時間労働があったとしても,それは本人が自己の技能向上のために自主的に居残り作業をした結果であり,被告会社が強制したものではない。

また,労働とDの死亡には相当因果関係がない。

したがって,被告会社には何ら義務違反はなく,損害賠償責任を負うものではない。

被告Cについては,Dに対しては,雇い主である被告会社の代表者という関係であって,個人としてDと雇用などの関係にあるものではない。仮に,被告Cに何らかの責任が生じるとしてもそれは被告会社の代表者としての責任であって,それと重複して個人としての不法行為責任まで負わせるべきではない。

(3)  争点4(過失相殺)について

(被告らの主張)

仮に,Dの死亡が業務に起因したものであると認定されるとしても,Dは死亡の直前に飲酒をしており,酒酔い状態で入浴したことが死亡の直接のきっかけとなったものである。一般に,飲酒後の入浴が心臓に大きな負担をかけることは公知の事実であり,長時間業務で疲労している状況ならば,なおのことである。Dは,当時32歳ですでに8年以上の社会人経験があり,相当程度の分別を有していたのであるから,飲酒後の入浴を控えるべきであった。

ところが,Dは本人の意思で飲酒直後に入浴をしたのである。したがって,損害の算定にあたって上記事情を考慮すべきである。

(原告らの主張)

飲酒直後の入浴が本件死亡に影響を与えるものではなく,Dに損害の算定にあたって考慮すべき事情とはいえない。

(4)  争点5(損害)について

(原告らの主張)

ア 逸失利益

4663万1799円

男子大卒32歳の平成14年度の平均年収は569万5800円であり,生活費及び中間利息を控除した逸失利益は,以下の計算式により4663万1799円である。

569万5800円×(1-0.5)×16.3741=4663万1799円

イ 慰謝料  2000万円

ウ 相続

原告らは,上記ア及びイの損害についての損害賠償請求権を,法定相続分に従い,各自2分の1の割合で相続した。

エ 原告ら固有の慰謝料  各500万円

原告らは,跡継ぎであるDを失い,失意の底にある。その精神的苦痛に対する慰謝料は各500万円を下ることはない。

オ 弁護士費用  766万円

(被告らの主張)

原告らがDの相続人であることは認め,その余については争う。

(6)  争点6(損益相殺の範囲)について

(被告らの主張)

原告らは,現在までに,Dの死亡を原因とする労災補償として,すでに一時金51万2820円と定額特支金300万円とを受給しているほか,平成17年4月15日より遺族補償年金として年額135万3936円と特別年金年額9万3666円の給付を受けている。

これらにより,原告らは平成19年6月5日までに合計664万9278円(ただし,年金26か月分313万6458円)の損害の填補を受けているから,これを原告らの損害額から差し引くべきである。

また,労働者災害補償保険法(労災保険法)64条に基づき,遺族補償年金及び特別年金の日額7202円の1000日分である720万2000円の履行の猶予を求める。

(原告らの主張)

被告らが損益相殺を主張する労災給付のうち,葬祭料51万2820円については,原告が葬祭料を請求していないこと,葬祭に必要な費用は一般に51万2820円を上回ることは明らかであること,損益相殺は費目ごとに行われるべきことから,これを控除すべきでない。また,特別年金は,労働福祉事業により支払われるものであり,被災者の損害の填補の性質を有するものではないから,これを控除するのは不適切である。

なお,被告らは,損益相殺と履行猶予の抗弁の両方を主張し,控除を要求しているが,履行猶予が認められているのは,遺族補償年金前払一時金の最高限度額に相当する額にすぎず,これと同じ性質を有する遺族補償年金額を損益相殺で別途控除するのは適切でない。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件死亡の原因)について

(1)  K整形外科病院のK医師は,死体検案により,Dの死因を心原性突然死と判断している(甲10)。その診断の根拠は,他病院の頭部CTにおいて異常がなく,腹部肝腎にも異常が認められなかったこと,血中アルコール濃度が高かったこと,溺水所見が乏しく,後頭部下穿刺において血性髄液を認めなかったことからすると,心原性突然死による可能性が最も高いためとされている(甲19の2)。

この点,血中アルコール濃度の高さが死亡の直接の原因であるかについては後述のとおり,検討の必要があるものの,上記のとおり,Dは,当時,十二指腸潰瘍の疑いはあったが,生命の危険をもたらすような疾病には罹患していたとは認められず,頭部・腹部検査において異常が認められなかったことからすれば,心臓性の突然死と診断したことには合理的な根拠があると言える。

(2)  被告らは,Dの眉間や足等に傷があったことからすれば浴室内における転倒により死亡した可能性もあると主張し,Dに被告ら主張の傷があったことが認められるが(甲17,18),この傷がいつ生じたものかは明らかでないし,Dは,浴槽に倒れて死亡しているのを発見されたところ,水を生前多量に飲んだ形跡はなかったことが認められる(甲19の2)。そうだとすれば,呼吸が停止してから浴槽内に倒れたと考えるのが自然であり,転倒し,頭等を打ったことが直接の死因である可能性は低いとみるべきであるから,上記被告らの主張は採用できない。

(3)  以上によれば,心原性突然死との診断に合理性があり,他の死因を疑わせるべき事情はないから,本件死亡の原因は心原性突然死と認められる。

2  争点2(Dの業務と本件死亡の間には相当因果関係があるか)について

(1)  被告会社の業務の概要及びDの従事していた業務の具体的内容

争いのない事実等,下記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 被告会社は,和菓子の製造販売を行う会社であり,越谷市内に作業場兼店舗を有している(乙3)。

被告会社代表者であり,職人でもある被告Cは,平成11年にテレビ番組「テレビチャンピオン」に出演し,和菓子職人選手権で優勝,平成13年にも同番組に出演し,3位となった経歴をもつ(被告C)。

イ 和菓子店のなかには,和菓子の製造工程が機械化されている店舗もあるが,被告会社においては,餅をかえす作業,餡を練る作業,餅で餡を包む作業などの菓子の仕上げの工程などは手作業で行っており,機械に頼らない和菓子製造の経験や工芸菓子の修業を積みたいとして被告会社への入社を希望する若い職人も少なくなく,Dもその一人であった(L,I,被告C)。

ウ Dは,東京都内の和菓子店等で勤務したのち,平成12年12月1日,被告会社に職人として入社した。Dが入社した当初は,D,J及び被告Cの3名で和菓子製造を行っていた(乙5)。

エ 被告会社における一日の基本的な業務の流れは,次のとおりである。まず午前7時半ころ,作業場を開けてボイラーに点火をし,開店時間である午前10時までに朝生と呼ばれる団子や大福などの菓子を作る作業,具体的には米や団子の生地等を蒸す,餅をつく,豆を漉す,餡を練る等の作業を行い,冷凍保存してある並生菓子を蒸して店に並べる。開店後は,ストック商品の減り具合に応じてどら焼き,饅頭等冷凍保存のきく商品を製造する(甲17,乙3)。閉店後には,売れ残った商品の片づけをし,米をといだり,どら焼きの生地等を作るなど,翌日の準備のための作業がある。

繁忙期である年末年始,雛祭り,ゴールデンウィーク,お盆,七五三等の行事の前には,商品のストックを作るために退社時間が午後10時をまわることもあり,店舗2階の事務所に寝泊まりすることもあった(甲16,17,18)。

オ 平成14年6月,Jが退職し,和菓子の製造に従事するのは,被告CとDの二人となった(乙5)。Dは,平成14年12月末ヘルニアを発症し,休業したが,平成15年4月から徐々に被告会社に通うようになり,5月ころからほぼ通常どおり勤務するようになった(乙8)。同年7月からは,D,Dの休業中に被告会社に入社したI及び被告Cの3名で和菓子製造を行った(乙5)。このころ,製品の仕込みはIがやり,仕上げはDがするという分担となっており,被告Cが不在の場合は,Dが作業の指示もしていた(I)。Dは,被告会社における「修業」の終盤段階に入っており,被告Cは,平成15年の夏頃から,Dに仕事の段取りをくむ練習をさせていた(C)。

なお,DとIは,上記の業務に加え,平成15年9月頃から日本菓業振興会の展示会にも出品していた。同展示会は,毎月10日前後に行われ,五種類の和菓子を制作し,これに対する品評がされるというものであった。作品の制作にかける期間は1週間程度で,通常の業務が終了してから,作品制作をしていた(I,被告C)。

なお,被告会社は,平成15年10月22日及び23日に5周年記念行事を行い,Dも作品を出品した。

(2)  Dの健康状況

争いのない事実等,下記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告会社入社以前

Dは,大学時代にギックリ腰を発症したことがあったが,そのほか特に大病をしたことはなく,持病もなかった(甲7,13,14,原告B)。

イ ヘルニア発症

Dは,平成14年12月28日に,被告会社作業場において餅つき機で餅をかえす作業をしている最中に,腰に激しい痛みを感じた。しかし,年末の繁忙期であったため,痛みを我慢して同月末まで同作業を続け,仕事始めの日である翌年1月2日にも出勤した。Dは同月3日も出勤する予定でいたが,同日朝,体を起こすこともできない状態になったため,順生会病院を受診し,椎間板ヘルニアと診断された。医師からは軟骨が2カ所で潰れているため,即入院するよう言われたが,その日はいったん帰宅した。同日夜中に痛みが激しくなり,さいたま市立病院に搬送され,同病院に入院した。同月28日,潰れた2か所の軟骨を切除したうえ,骨盤から骨を移植してボルトで固定する手術をした。手術後2週間ほどほとんど寝たきりの状態が続き,その後リハビリを行い,同年2月25日に退院した。退院後は2週間に1回の割合で通院した。

Dは,被告会社には,同年4月中旬から,不定期に1日数時間ずつ通っていたが,同年5月10日に,被告Cが交通事故を起こし,逮捕勾留されたのを機に,連日被告会社に出勤し,午前8時ころから午後6時過ぎまで勤務するようになった。

(甲32の1ないし17,乙7,8)

ウ 十二指腸潰瘍の疑い

Dは,平成15年10月ころ胃痛を訴え,同月29日,越谷市立病院を受診したところ,十二指腸潰瘍の疑いがあると診断され,その後,同年11月5日,同12日,同19日(いずれも所定休日である水曜日)に通院し,投薬治療を受けた(甲5の4,甲7,L)。胃の痛みがあることは,被告Cにも伝え,仕事を切り上げて通院した日もあった(甲17,18)。平成16年1月には,同病院において生理機能検査が予定されていた(甲5の4)。

なお,被告会社において,定期的な健康診断はなされていなかった(甲7,17)。

(3)  Dの勤務状況,死亡前2か月の労働時間

ア 労働時間等の概況

被告会社においては労働時間についての明確な定めはなかったが(甲32の17),店舗の営業時間が午前10時から午後7時であるため,職人は午前8時ころまでには出勤し,店舗の閉店時までは職場にいるのが習慣であった(被告C,被告I)。休憩は正午から午後1時までである(甲11)。パート社員についてはタイムカードによる勤務時間管理が行われていたものの,職人については行われていなかった(甲11)。休日は週1日とされ,Dは毎週水曜日が休日と決められていたが,節句等,季節の行事前の繁忙期は休日も出勤し,後日代休をとることがあった(甲11,L,I)。

イ Dの労働時間について

原告らは,Dの労働時間は別表1記載のとおりであると主張する。他方被告らは,Dの労働時間は別表2記載のとおりであるが,この中にはDの個人的な技術向上のための練習や作品制作の時間も含まれており,実際の労働時間はこれよりも少ないと主張する。原告ら主張の労働時間は,別表2記載の労働時間を包含するものであるから,まず別表2記載の労働時間すべてをDの労働時間と認定できるか検討する。

上記の被告らの主張に沿う証拠として被告Cの供述がある。被告Cは,別表2の作成時は,業務災害の認定がなされるように,Iと相談の上,個人的な作品づくりの時間も含めてあえて労働時間を長く書いたと供述する。しかし,別表2の記載を照らしても,平成15年10月21日の退社時間は15時,同年11月9日及び10日の退社時間はそれぞれ15時,16時,同月19日の休憩時間は4時間,同年12月9日の退社時間は15時となっており,あえて実際の労働時間よりも長く記載したものと評価することには疑問が残るうえ,Iが,別表2は当時,労働時間を思い出しながら書いたもので,このなかには自分の作品づくりのための時間は入っていないと供述していることに照らすと,上記被告Cの供述を直ちに信用することはできない。以上によれば,別表2には実労働時間以外の時間が含まれているとの被告らの主張は採用できない。

したがって,少なくとも別表2記載の労働時間については,時間的場所的拘束を受けるいわゆる実労働時間であり,同表記載の時間外労働があったとみるべきである。

ウ 出勤時間

原告らは,別表1記載のとおり,Dは,概ね午前7時半ころまでには出勤し,早い日は6時ころに出勤することもあったとし,出勤時間は被告の主張する午前8時よりも早かったから,Dの労働時間は別表2記載よりも長かったと主張し,原告Bはこれに沿う供述をする。

この点,Iが午前7時半ころに仕事場の鍵を開け,ボイラーを点火する役割であり,Iは毎週木曜日に休暇をとっていたことからすると(I),少なくとも週に1回はDが,作業の準備のため,午前8時前に出勤する必要があったといえる。そして,Dはヘルニア手術からの復帰後,平成15年4月から8月までタイムカードを打刻していたが(乙7ないし11),同カードに照らすと,Dの出勤時刻は午前8時過ぎの日もあれば午前6時台の日もあり,7月下旬以降は半数以上が午前8時前に出勤していることが認められる。そうすると,確かに別表2記載のうち,午前8時出勤とされている日のうち一定の部分は,午前8時よりも早く出勤していたものと推認される。

しかしながら,10月15日から12月15日にかけてのDの出勤時間は,別表1記載のとおり,午前7時以前に出勤したとする日が約半数あるが,かかる出勤時間を客観的証拠によって認めることはできず,Dの交際相手であったL(L)が,Dの起床時間はだいたい午前7時ころで,電話やメールで起こしてくれと頼まれる時間もこの時間であったと供述していること,原告Aの陳述書(甲12)には,「Dは,いつも朝,7時ころに起きて身支度をしてすぐに出ていきました」と記載されていること,Dの自宅から被告会社までは車で20ないし30分程度の距離であること(原告B)に照らすと,通常のDの出勤時間は午前7時半から8時までの間であったと考えるのが自然であり,上記原告らの主張沿う原告Bの供述は信用することはできず,別表1記載の出勤時間すべてを実際の出勤時間であると認めることはできない。

エ 退社時間

また,原告らは,Dの退社時間は,通常午後8時半ころであったと主張し,Dの労働時間は別表2記載の時間より長かったと主張する。

Lが午後8時半ころDに電話をすると大抵Dは仕事場にいたこと(L),DとIはほぼ同じ時刻まで仕事場にいたこと(I),仕事場の2階に住んでいたIが通常仕事を終わって近所のコンビニエンスストアで弁当を買い,夕食をとるのが午後9時頃であったこと(I)からすると,DやIは,それが被告会社の仕事としてかはともかくとして,午後8時半ころまで仕事場に残っていることが多かったと推認できる。

そして,甲第27号証によれば,10月18日の午前0時23分に「終わった,疲れた,明日からI君がいないので,さらに大変」,10月19日の午後2時13分に「今から昼ご飯,午後はイモ地獄,今日も遅いでしょう。」,10月20日の午前2時7分に「只今,終了」,10月21日の午前4時32分に「明日の朝,7時50分に起こして」という内容の携帯電話のメールが,それぞれDからLに送信されたことが認められ,10月22日には「いよいよ今日ね 昨日はやっぱり徹夜?」という内容のメールがLからDに送信されたことが認められる。これらのメールの文言及び10月22日,23日が5周年記念行事であったことからすれば,上記の10月18日から22日にかけての一連のメールは,Dの仕事に関するもので,「終わった」,「只今,終了」とは,仕事が終わったことを表したものと解するのが自然であり,Dからメールの送信された時間が深夜ないし早朝に及んでいるのも,仕事で遅くなったためと推認される。したがって,Dは,上記メールの送信時間に近い時間まで,被告会社において作業をしていたものとみるべきであり,10月18日から20日にかけては実際には別表2より遅く退社していたことが窺われる。

また,甲第33号証によれば,12月8日の午後10時59分に「只今,帰って来ました 全然進んでない(涙の絵文字)」という内容のメールがDからLに対して送信されたこと,12月9日の午後8時42分に,LからDに対して「ぬお~3つ出来たんだね いいかんじじゃん 残りも頑張って」とのメールが送信され,Dがこれに対して「は~い」と返信したことが認められる。上記のとおり,毎月10日が作品展の締め切りであり,五種類の菓子を制作して出品することになっていたことからすれば,以上のやりとりは,作品作りに関するものであると解され,上記メール送信時間ないしこれに近い時間に,Dが被告会社において作業をしていたことが窺える。

以上によれば,Dの退社時間は,概ね原告ら主張(別表1)のとおりであるとみるべきである。

オ 実労働時間

Dの退社時間が,別表1記載のとおりであったとしても,上記認定のとおり,Dが被告会社で行っていた作業には,店舗に出す商品のほか,販売目的ではない「作品」を作る作業があり,かかる作業は通常,販売用の和菓子の作成をした後に行っていたとのことであるから,別表2記載の労働時間をこえる部分について,被告会社による時間的場所的拘束を受ける「労働時間」と評価すべきか問題となる。

このうち,10月に行われた5周年記念行事は,被告会社が店舗開店5周年を記念し,日頃の顧客の愛顧に応えて行ったものであるから(甲5の11),展示される工芸菓子の制作も,被告会社の業務の一環とみるべきである。

一方,毎月10日に行われていた作品展については,業界内で行われる技術向上のための講習会であり(被告C),特に被告会社の職人は出品が義務づけられていたというような事情も窺えないから,この作品制作にかける時間は,個人の技術向上のための時間であって被告会社の業務と直接関係のあるものとは認められず,いわゆる労働というべき性質のものではないと解される。

そうすると,Dが被告会社において行っていた作業は,それを労働とみるべきものとそうでないものとがあることになり,単純に,原告主張の退社時間と別表2で退社時間とされている時間との差を,別表2に従って認められる労働時間に加えた時間が実労働時間であるとは言えないことになる。

以上によれば,Dは,少なくとも別表2記載の時間,労働しており,なおかつ行事の前などは別表2よりも労働時間の長い日のあったことが認められるが,その正確な時間数についてまで認定することはできないことになる。よって,死亡前1か月のDの労働時間は274.5時間以上,死亡2ヶ月前の労働時間は286.5時間以上であり,時間外労働は月103時間以上,死亡2か月前の時間外労働は月109時間以上であったといわざるを得ない。

(4)  12月14日から12月15日の様子

争いのない事実等,下記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 死亡前日の平成15年12月14日,Dは,出勤後,朝の品出し及び大福・団子・上用饅頭の製造を行い,昼食をとった後,午後は栗饅頭の製造を行った。同日は,被告会社主催で,協力業者とその家族を招いたボーリング大会等が予定されていたため,通常より早い午後5時半に閉店し,午後6時ころ会場であるMに到着した。ボーリングを2ゲーム行い,Dらが食事会の会場であるHに到着したのは午後9時から午後9時半にかけてであった。同所において行われた食事会で,Dはボーリング大会の結果発表の役割を任されていた。

(甲17)。

イ 同日午後11時からは,二次会が開催され,Dはお酌をしながら,他の職人やI,被告Cと話をした。Iが翌15日午前1時ころ,仮眠をとるため,二次会会場を出る頃,Dは被告Cと二人で話していたが,少し酔っている感じではあるものの,言葉もしっかりしていた。二次会が終了したのは同2時半ころであった。Dは,同2時39分ころ,Lに対し,「これから寝ます」と携帯電話のメールを送信したが,その後浴場へ向かい,風呂からあがった被告Cと,これから風呂に入るのかなど,二言三言言葉を交わした。この時のDは,顔は少し赤いものの,言葉も確かで酔っているような様子には見えなかった。

(甲16,甲18,被告C)。

ウ 午前3時40分ころ,Hの客により,浴場の浴槽内で倒れているDが発見された(甲7,11)。通報により救急隊員が到着したころ,すでに心肺停止の状態であった(甲21の2)。

(5)  業務による肉体的負荷

原告らは,被告会社では,鍋・せいろ・和菓子の入ったケースを運ぶ作業や二階から粉等をおろす作業があり,これらは重量のあるもので肉体的負担が大きいと主張する。そして,材料の重量は,年末のもちが1回に6キログラム分,大福の米が1キロ400グラムから2キログラム,団子用の新粉が2キログラム,どら焼きは夏で4キログラム,冬で5キログラムであったこと(被告C)が認められ,決して軽い物とは言えないが,これらの材料はその日の作業を始める前に2階からおろしてくれば足り,かつ和菓子の入ったケースを運ぶ距離も店舗裏の冷蔵庫との間であるから(乙1),運搬する頻度及び時間からすれば,これらの作業があるからといって,和菓子製造業務が特段重労働であるとまではいえない。

しかし,同じ姿勢が続くと一時間でも肉体的には辛いこと(I)及びDは中腰姿勢で餅をかえす作業をしている際にヘルニアを発症したこと(甲32の8)(なお,被告らは,Dのヘルニア発症は,業務によるものではないと主張するが,労災申請における被告Cの報告書(甲32の12)は,被告Cが台で餅をのしていたところ,Dから腰をやってしまいましたと報告があったが,年末の忙しい時期でもあり,そのまま続けてもらった,Dは,仕事が落ち着いてきたら病院に行きたいので休ませてくださいと言っていたなど具体的かつ詳細なものであり,同報告書は原告Bの聴取書(甲14)やLの供述と内容が合致していること,労働基準監督署からの照会に対するさいたま市立病院のO医師による意見書(甲32の16)によれば,腰部に関する素因・既往症はないとされ,特段他の原因は窺えないことからすれば,被告会社の業務がその原因であるとみるべきである。)からすれば,和菓子を作る作業が立ち仕事であり,かつ作業によっては継続的に前屈みや中腰の姿勢をとらなければならないことによる肉体的負荷は小さくないものと解される。

特に,Dが,死亡当時,ヘルニア発症・手術後一年経っていなかったこと,十二指腸潰瘍の疑いがある状態であったことを併せ鑑みると,Dにとって被告会社の業務による肉体的負荷はかなり重いものであったというべきである。

(6)  業務による心理的負荷

上記認定のとおり,Dは和菓子の仕上げの工程を任されており,かかる作業が食品を扱うものであって,かつ仕上がりの美しさが重視されるものであることからすれば,その作業に細心の注意を払う必要のあることはうかがわれる。しかしながら,普段Dらが商品として製造していたのは,大福や団子,生菓子とよばれるものであって,作品として制作する工芸菓子のような精密さまで求められるものではなく,他の業種と比較して,その作業自体特別心理的負担の大きいものであったとまでは言えない。また,基本的には,扱う商品の性質上,季節の行事の時期に注文や購入が増える傾向にあると推認されるから,製造量を増やすべき時期は予め予測可能であるし,被告会社においては,上記認定のとおり,一部の商品について冷凍保存をし,ストックをつくっていたのであるから,急な予定変更への対応を強いられるような業務であったとまでは認められない。

しかし,上記認定のとおり,Dは,当時,被告会社における「修業」の終盤段階にあり,仕事の段取りをくむ作業に入っており,被告Cが不在の場合は,後輩であるIへ指示もしていたうえ,被告会社の5周年記念行事の際には,他の店舗から職人が手伝いに来ていたところ,Dは,現場の仕切を任されているが,先輩の職人に指示をして動いてもらわないといけないのが結構辛いなどと交際相手のLに打ち明けていたことが認められる(L)。これらのことからすれば,Dは職場においてそれなりの責任ある立場に置かれていたことがうかがえる。

そして,上記認定のとおり,Dは,平成14年年末にヘルニアを発症しながら,年末の繁忙期であるからと痛みをおして勤務をつづけ,翌年1月2日にも出勤しており,被告Cの逮捕後,ほぼ毎日出勤するようになったこと(乙7ないし11)からすれば,Dは被告Cが欠けることにより人手が少なくなったことを心配したため復帰したものであると推認される。また,Dが,職場では後輩でありながら,和菓子製造においては自分よりも経験のあるIへの指導方法について悩んでいた時期もあったと認められ(乙3),これらのことからすれば,Dは責任感が強く,生真面目な性格であったことがうかがえる。Dは,平成15年10月には,十二指腸潰瘍の疑いで通院しているが,十二指腸潰瘍がストレスを主要な原因とする疾病であることは知られているところである。

以上の事実を鑑みれば,被告会社における業務の内容そのものは特段他の業務に比して心理的な負荷の大きいものとは認められないが,D個人の立場及び性格からみれば,心理的に緊張を強いられることもあったと思われる。

2  業務と死亡の因果関係について

(1)  死亡が業務に起因するというためには,死亡と業務との間に条件関係があるだけでなく,相当因果関係が認められることが必要であるが,右相当因果関係とは,死亡の原因となった発症が業務に内在する危険の現実化と評価できる場合に認められると解するのが相当である。上記のとおり,Dの死因については,心原性突然死というのみで,具体的な疾病名は明らかとなっていない。したがって,本件においては,一般人の社会的常識からみて,Dの発症が業務に内在する危険の現実化と評価できるかどうか経験則に照らして判断するほかない。この点,原告らは,厚生労働省の定める認定基準に相当する長時間労働が行われ,該当の疾病により死亡した場合には,業務過重と被災者の死亡との間の因果関係が認められるべきであると主張するが,同認定基準は業務上外認定処分を所管する行政庁が実際に処分を行う下部行政機関に対して運用の基準を示した通達であり,専門家の意見をもとに検討された結果定められた基準として,その内容は尊重されるべきものではあるものの,司法上の判断において,裁判所を必ずしも拘束するものではなく,上記のとおり,経験則に照らして全証拠を総合検討し判断すべきである。

これを本件についてみると,上記認定のとおり,Dは被告会社入社までこれといった病気をしたことはなかったというのであり,またDが先天的な心臓疾患を有していたことを認めるに足りる事情は存在せず,その可能性は低いと考えられる。また,心原性突然死の主要な原因である虚血性心疾患をおこす危険因子は,高血圧,糖尿病,喫煙,高脂血症,ストレス,肥満等であると一般にいわれているところ,Dには,大学生の頃から喫煙の習慣があったものの,1日10本程度であり(甲7),高血圧,糖尿病,高脂血症等の症状はうかがえない(原告B)。

これらのことを鑑みると,本件において,Dの発症に影響を与える可能性があるものとしては,飲酒後の入浴及び業務による疲労やストレスが考えられる。

そこで,以下これらについて検討する。

(2)  飲酒後入浴の影響

上記のとおり,Dの死体検案あたったK医師は,心原性突然死の原因として,飲酒後入浴が考えられるとしている。本件死亡前日から当日にかけて,Dは被告会社の食事会に参加し,飲酒をしていたことが認められるところ,甲5号証の8によれば,Dの血中アルコール濃度は230mg/dlであったことが認められ,通常値が10mg/dlとされていることからすれば,これは比較的高い数値である。しかし,飲酒後まもなく入浴すると,貧血や転倒をひきおこす危険があることは一般に知られているところであるが,飲酒後の入浴それ自体が心臓性の突然死を誘発するとまでは知られておらず,医学上も飲酒や入浴が心原性突然死の有力な原因とされているとまでは認められない。また,K医師の所見は死亡当日の死体検案によるもので,Dの労務の状況等を考慮したうえでのものではない。

仮に飲酒後入浴が心原性突然死の引き金となりうるものであったとしても,二次会から参加したIが,Dは顔が少し赤かったが,特に変わった様子は見られなかったと供述していること,Dは,Lに対し,午前2時39分に「寝ます」とメールを打っており,その後,被告Cと話をし,「これから風呂に入るのかい」,「2人は寝たのかい」との問いに「はい」と答え(甲5の10),被告Cの目から見てもひどく酔っているような様子もなかったこと(甲17)からすれば,Dの意識は比較的はっきりしており,飲酒によりひどく酩酊していた様子は認められない。Dの血清検査(甲5の8)は死後になされたものであるところ,死後に血中アルコール濃度が高まる可能性も医学上指摘されており,死後に検査された血中アルコール濃度の高さから必ずしも入浴時のアルコール濃度が同程度であったと断定することもできない。以上の事実を併せ鑑みると,Dの飲酒状況それ自体が,入浴と相俟って生命の危険をもたらすほどのものであったとは認められない。

したがって,本件において,飲酒後の入浴が,死亡の原因となった心臓疾患を発症させたとみることはできない。

(3)  業務による疲労やストレスの影響

加齢や日常生活などにおける通常の負荷による血管病変等の形成,進行及び増悪という自然経過の過程において,業務が血管病変等の形成に当たって直接の要因とはならないものの,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合,疲労の蓄積が生じ,発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結果,脳・心臓疾患が発症する場合があることは医学的に広く認知されている。なかでも労働時間の長さは,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられている。長時間労働は,脳血管疾患をはじめ虚血性心疾患,高血圧,血圧上昇などの心血管系への影響が指摘されているところ,これは,長時間労働により睡眠が十分にとれず,疲労の回復が困難となることにより生ずる疲労の蓄積が原因と考えられるからである。そして,業務による疲労やストレスが,疾患の発症に影響を与えたかは,労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,検討し,総合的に判断することが相当である。

これを本件についてみると,上記認定のとおり,Dは死亡前2か月において恒常的に一日10時間以上労働していること,Dの死亡前2か月の時間外労働が月100時間以上と長時間にわたっていること,Dはヘルニアの手術後約4か月で,痛みも残る状況で復帰し,10月22日,23日の5周年記念行事では商品及び作品制作のため,数日連続で午前0時過ぎまで働いていたこと,行事から間もない10月29日には胃痛を訴え,十二指腸潰瘍の疑いがあると診断されていること,和菓子製造業務は立ち仕事であり,継続して同じ姿勢を強いられること,所定休日は週1日であったものの,行事前の繁忙期や作品展が重なるとこれを返上して働いていたこと,10月下旬から11月にかけてはこの所定休日を通院日に充てており,十分な休息がとれていないとみられること,死亡前日は朝から通常の業務を行い,協力業者とのボーリング大会,懇親会に参加し,死亡当日の午前2時近くまでこれが続いていたことが認められる。これらを総合考慮すると,Dが死亡した12月15日未明までに被告会社の業務による疲労がかなり蓄積していたと推認でき,Dは,被告会社における長時間労働などによる疲労及びストレスが蓄積した結果,心臓性の疾患を発症したと推認することができる。よって,Dの疾患の発症は業務に内在する危険が現実化したものというべきであり,業務と本件死亡との間には条件関係のみならず相当因果関係も認められる。

3  争点3(被告らに債務不履行ないし過失があるか)について

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して,疲労や心理的負担が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険があるというべきである。被告会社は,労働者を雇用して自らの管理下におき,その労働力を利用して企業活動を行っているのであるから,使用者として,労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて,業務に従事させるにあたっては,業務過程において労働者にかかる負担が著しく過重なものとなって,労働者の生命・健康を損なうことのないように,労働時間,休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保し,労働者の安全を確保する安全配慮義務を負うというべきである。具体的には,被告会社は,Dの上記の労働時間を把握し,過度に長い労働を課することのないよう労働時間を統制し,Dの健康が損なわれることのないよう配慮すべき義務があった。とりわけ,被告会社は上記のDの健康状態を認識していたのであるから,業務の割り振りや労働時間についてはなおのこと配慮をし,労働により,症状が悪化することのないよう注意すべきであったと言うべきである。

にもかかわらず,被告会社は上記のとおり,タイムカード等によりDの労働時間を正確に把握し,管理することなく,恒常的に一日10時間以上の勤務をさせ,行事前には休日出勤や午前零時をまわる長時間の勤務をさせていたのであるから,被告会社が上記義務を怠ったことは明らかである。

そして,被告Cは,被告会社代表者であると同時に職人として被告会社の作業場において,和菓子製造を行い,Dら従業員を直接指導・監督する立場にあったのだから,上記同様,Dの労働時間を把握・管理し,同人の健康について配慮すべき義務があったということができる。

しかしながら,被告Cが,Dに適宜休憩をとらせたり,勤務時間を短縮するなどの措置をとったことは認められず,長時間勤務の続く状態を放任していたのであり,上記の義務を怠ったというべきである。

したがって,被告会社には,労働契約上の安全配慮義務の不履行があり,被告Cには不法行為上の過失があったといえる。

4  争点4(過失相殺)について

前記認定のとおり,飲酒後の入浴が本件死亡の直接の原因とは認められないが,飲酒後の入浴が身体への負担が大きく,危険であることは一般に知られていることであり,温泉・入浴施設等においては飲酒後の入浴は控えるよう表示がされているところも少なくない。本件において,Dは,浴槽内で死亡しているのを発見されているところ,業務による疲労が蓄積したところへ,さらに飲酒後入浴したことにより肉体的負荷がかかったことが,血管病変の悪化に一定程度の影響を与えた可能性は否定しがたい。上記認定のとおり,二次会は午前2時30分ころまで行われており,Dはこれに近い時間まで飲酒をしていたと推認されるところ,そうであれば,長時間の労働や当日の業務とそれに続くボーリング大会等で疲労が蓄積していたDとしては,身体への負担を考え,入浴を控えるべきであったということができる。

以上によれば,Dの損害の全額を被告らに賠償させることは衡平を欠き,相当でないから,民法418条及び同法722条2項を適用し,Dの損害額の8割をもって,被告らが賠償すべき損害額と認めるのが相当である。

5  争点5(損害額)について

(1)  逸失利益  2027万5974円

ア 基礎収入  247万6591円(年額)

甲第4号証によれば,死亡当時のDの平均賃金日額は6593円40銭,特別給与の総額は年額7万円であったことが認められる。

イ 生活費控除率  5割

Dは,死亡当時,独身であったことが認められるから,生活費控除率は5割と認めるのが相当である。

ウ 計算式  247万6591円×(1-0.5)×16.3741=2027万5974円(円未満切り捨て。以下同様。)

基礎年収から5割の生活費控除を行い,勤務可能期間である35年に対応する新ライプニッツ係数を乗じたもの。

(2)  死亡慰謝料  2000万円

Dが死亡当時32歳と若く,和菓子職人としての修業を積み,いずれは実家の和菓子店を継ごうと考えていたことなどを考慮すれば,Dの死亡慰謝料は2000万円と認めるのが相当である。

(3)  上記合計  4027万5974円

(4)  減額後の賠償額

過失相殺規定を適用すると,被告らの賠償すべき金額は3222万0779円となる。

(5)  相続

原告らは,Dの相続人であり,その相続分は各2分の1である。

よって,原告らはそれぞれ1611万0389円の損害賠償請求権を相続したことになる。

(6)  遺族固有の慰謝料  各500万円

息子を32歳という若年で亡くしたこと,いずれは家業を継いでくれることを期待していたことに鑑みれば,原告らの精神的苦痛を慰謝するには上記の金額が相当である。

(7)  減額後の賠償額

上記遺族固有の慰謝料についても過失相殺規定を適用し,被告らの賠償すべき金額は,原告らそれぞれに対し400万円となる。

(8)  上記合計  各2011万0389円

(9)  損益相殺

損益相殺の範囲としては,下記5のとおり,労災保険法64条の定める前払一時金最高限度額673万6000円及び既払の特別年金額33万5636円の限度で損益相殺を認めるが,原告らは,いずれも労災給付の受給者であり,法定相続分はそれぞれ2分の1であるから,これに応じて上記の控除すべき額を2分し,それぞれの損害額から控除すると,結局,各1657万4571円となる。

(10)  弁護士費用

本件の事案の内容,訴訟の経過,認容額,その他諸般の事情を総合すると,原告らそれぞれにつき160万円が,本件債務不履行ないし不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(11)  以上合計  原告ら 各1817万4571円

6  損益相殺の範囲(争点6)について

被告らは,原告らが労災保険から葬祭料51万2820円,定額特別支給金300万円,遺族補償年金年額135万3936円,特別年金年額9万3666円の支払を受けているので,これを損益相殺として控除すべきであると主張し,さらに720万2000円につき,労災保険法64条に基づき,履行の猶予を求める。

しかし,葬祭料については,原告らは,本件において請求していないから,これについて損益相殺の対象とすべきでない。また,定額特別支給金については,労災保険法29条に基づき,労働福祉事業として支給されるものであり,損害填補の性質を認めていないものと解すべきであるから,これも損益相殺の対象とすべきでない。

他方,原告らが請求可能であった前払一時金の最高限度額は673万6000円であり,うち,原告らが既払額と認める456万9199円については,労災保険法64条により,免除され,その余の部分については,履行を猶予されることとなるが,原告らが今後遺族補償年金を受給することにより免除されることが確実であるので,上記最高限度額全額につき損害額から控除すべきである。なお,被告らは既払の遺族補償年金の損益相殺を主張するとともに,前払一時金最高額の履行猶予を求めるもののようであるが,法が前払一時金の最高限度額の範囲内で民事損害賠償との調整ができることとしたのは,前払一時金については,最高限度額まで一括前払いを受けることができ,また失権差額一時金制度によって確実に給付が行われることが法的に保証されている部分であって既支給分と同視しうるためであるから,既に支給されている労災年金がある場合には,既支給分については履行猶予分のうちの免責額に充てられると解すべきであり,既支給分に加えて前払一時金最高額の控除ないし猶予を求められるわけではない。また,被告らは,特別年金額も前払一時金算定の基礎給付額として算定すべきであると主張するが,労災保険法施行規則は,前払一時金最高額につき給付基礎日額の1000日分と定めており,特別給付である特別年金額をこれに含まない趣旨であると解されるから,特別年金額の日額1000日分を労災保険法の規定により控除することはできない。しかし,特別年金は,特別給与いわゆるボーナスを基礎給付として算定されるものであり,逸失利益中の賞与部分の賃金喪失部分を填補する労災支給金であるというべきであるから,既に支払われた給付についてはこれを控除することが相当である。よって原告が既払額と認める33万5636円については,損害額(逸失利益)から控除すべきである。

以上によれば,上記損害額のうち707万1636円について控除するのが相当である。

7  結論

以上のとおり,被告会社は,原告らに対し,各1817万4571円及びこれに対する催告の日の翌日である平成17年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務があり(債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり,民法412条3項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるところ,本件において,原告らが履行の請求をしたと明らかに認められるのは本訴状送達であるから,この翌日から遅延損害金が起算されることになる。),被告Cは,原告らに対し,各1817万4571円及びこれに対する不法行為による損害発生の日である平成15年12月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。よって,原告らの請求は,被告らに対し,それぞれ1817万4571円及びこれに対する,被告会社については平成15年12月15日から,被告Cについては平成17年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるが,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 裁判官 久米玲子)

(別紙添付省略)

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