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さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)456号 判決 2007年7月18日

原告

株式会社 秋葉建設

同代表者代表取締役

秋葉周三

同訴訟代理人弁護士

黒川達雄

小笠原勝也

被告

株式会社 アイ・ホーム

同代表者代表取締役

市ヶ谷輝男

同訴訟代理人弁護士

秋元善行

被告

榎本正次

同訴訟代理人弁護士

髙篠包

被告

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

山本正士

被告

B山松夫

同訴訟代理人弁護士

萩谷雅和

松江協子

渡辺一成

主文

一  被告B山松夫は、原告に対し、三二〇〇万円及びこれに対する平成一六年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告B山松夫に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告B山松夫との間に生じた分はこれを一〇分し、その二を同被告の、その余を原告の、原告とその余の被告らとの間に生じた分は全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自一億六〇〇〇万円及びこれに対する平成一六年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、不動産業を営む原告が、C川花子(C川)から別紙物件目録記載の土地建物(本件不動産)を購入したとして、その前主であるD原竹子(D原)から中間省略登記の形をとって所有権移転登記を経たものの、本件不動産を取得することができなかったことから、原告は、売買代金相当の損害を被ったとして、本件不動産の売買契約及び所有権移転登記手続に関与した被告らに対し、債務不履行又は不法行為に基づき、一億六〇〇〇万円及びこれに対する年五分の割合による遅延損害金の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

(1)  当事者

ア 原告は、不動産の売買、斡旋、管理及び分譲住宅の販売等を目的とする株式会社であり、代表者は秋葉周三(原告代表者)である。

イ 被告株式会社アイ・ホーム(被告アイ・ホーム。旧商号は「株式会社大栄不動産」である。)は、不動産の売買、賃貸、管理及び仲介等を目的とする株式会社であり、代表者は市ヶ谷輝男(市ヶ谷)である。

ウ 被告榎本正次(被告榎本)は、宅地建物取引業等を目的とする株式会社平和不動産の取締役会長である。

エ 原告、被告アイ・ホーム、株式会社平和不動産の三者は、本件不動産の取引にいたるまで、二〇年来の付き合いである。

オ 被告A野太郎(被告A野)は、司法書士兼土地家屋調査士であり、被告B山松夫(旧姓C田)(被告B山)は、司法書士である。

(2)  原告の本件不動産購入

ア 本件不動産は、D原梅夫(梅夫)の所有であったが、平成七年八月竹子に贈与された。

イ 原告は、平成七年九月一六日、C川から、本件不動産を代金一億六〇〇〇万円で買い受けた。

なお、本件不動産の登記名義は、当時梅夫名義であり、竹子名義に変更手続中であった。そして、原告は、中間省略登記手続の方法により、竹子名義から原告名義とすることとした。

ウ 原告は、平成七年九月一八日、本件不動産について、竹子から所有権移転登記(本件登記)を取得した。

(3)  竹子の訴訟提起

竹子は、平成一二年四月一九日、本件不動産が自己の所有に属すると主張し、原告を被告として本件登記の抹消登記手続訴訟を提起し(横浜地方裁判所平成一二年(ワ)第一四三六号、以下「本件原審事件」という。)、竹子は敗訴したが、竹子はこれを不服として東京高等裁判所に控訴を提起し(平成一三年(ネ)第二五五三号、以下「本件控訴審事件」という。)、同高等裁判所は原判決を取り消し、竹子の請求を認容し、同判決は平成一六年六月二九日確定した。

結局、原告は、上記判決の確定によって、本件不動産を取得することができなかった。

二  争点

(1)  原告と被告アイ・ホームとの間に本件不動産の仲介契約又は委任契約が締結されたか。また原告と被告榎本との間に本件不動産の仲介契約が締結されたか。(争点一)

(原告の主張)

原告は、平成七年八月ころ、被告アイ・ホーム及び被告榎本との間において、転売利益がでた場合には転売利益のうちから一〇〇〇万円を謝礼に渡すとの約定で、C川との本件不動産の売買について仲介契約し、又は本件不動産購入に当たり原告を代理する旨の委任契約を締結した。

(被告アイ・ホームの主張)

被告アイ・ホームは、原告と原告主張の仲介契約や委任契約を締結したことはない。市ヶ谷は、あくまでも原告代表者の友人として本件不動産売買を手伝ったにすぎない。

このことは、依頼に関する文書が作成されていないこと、本件不動産の売買の代金額及び支払方法等重要な事項の交渉や決定は原告代表者自らが行っていること、被告アイ・ホームに仲介報酬が支払われていないことからも明らかである。

(被告榎本の主張)

被告榎本は、従来から共に不動産取引業をやってきた原告代表者の頼みであったため、原告代表者の友人として、本件不動産の取引を手伝うことを了承したにすぎず、原告主張の仲介契約を締結したことはない。なお、被告榎本は原告から仲介を依頼されたことや原告の取引の内容について説明したことはなく、また原告から仲介手数料も受け取っていない。本件不動産の取引条件等は全て原告とC川が話し合って決めたことである。

(2)  竹子の本件不動産売却意思確認について、被告アイ・ホーム及び同榎本に債務不履行又は不法行為(過失)があるか。

(争点二)

(原告の主張)

被告アイ・ホーム及び同榎本は、平成七年九月一六日時点では未だ竹子からC川への移転登記がなされていないのであるから、仲介契約上、前主である竹子のC川への売却意思、竹子の原告への中間省略登記意思を確認する義務があるにもかかわらず、これを怠って売却意思及び登記意思があるとして原告に本件不動産を仲介した。かかる行為は、宅地建物取引業法第三一条、民法上の善管注意義務に反するもので、委任契約上の債務不履行に該当し、かつ不法行為上の過失にあたるものである。

(被告アイ・ホームの主張)

原告と被告アイ・ホーム間に仲介契約又は委任契約が締結されたことはなかったのであるから、被告アイ・ホームに竹子の売却意思確認につき、債務不履行はない。また、竹子の意思確認は、竹子側の司法書士である被告B山と、原告側の司法書士である被告A野の両名が、専門家として確認している。そして、市ヶ谷自身も、平成七年九月一六日、竹子に対し、直接「D原竹子さんはC川さんに売りましたね」、「それを秋葉建設さんへ売りましたから、秋葉建設さんに直接、登記になりますよ」と確認し、竹子はこれに素直に「はい」と答えている。

したがって、市ヶ谷は、竹子の本件不動産売却意思を十分に確認しており、この点につき、被告アイ・ホームに過失はない。

(被告榎本の主張)

原告・被告榎本間に仲介契約の締結はなかったのであるから、被告榎本には竹子の意思を確認する義務はなく過失もない。

(3)  被告アイ・ホーム及び被告榎本について、C川の代理人と称するE田春夫(E田)及びC川の息子に代金一億二〇〇〇万円を支払った点につき、債務不履行又は過失があるか。(争点三)

(原告の主張)

被告アイ・ホーム代表者市ヶ谷及び被告榎本は、平成七年九月二〇日、原告から受領した本件不動産の売買代金一億二〇〇〇万円を売主であるC川に直接交付すべき義務があるにもかかわらず、これをせず、C川の息子であるC川夏夫及びE田に交付した。かかる行為は、宅地建物取引業法第三一条、民法上の善管注意義務に反し、委任契約上の債務不履行に該当するものであり、なおかつ不法行為上の過失というべきものであるから、被告アイ・ホーム及び被告榎本は原告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償責任を負う。

(被告アイ・ホームの主張)

被告アイ・ホームの市ヶ谷は、原告代表者から本件不動産の売買代金一億五〇〇〇万円を預かり、原告代表者の使者として、平成七年九月二〇日一億二〇〇〇万円を買主であるC川の指示に従って支払ったものであって、何らの義務違反はない。

(被告榎本の主張)

被告榎本は、原告と仲介契約を締結していないのであるから、代金支払いについてそもそも義務はなく、債務不履行責任は問題とならない。また、被告榎本は、平成七年九月二〇日、C川の指示に基づいて代金を支払っており、何ら過失はない。

(4)  登記義務者の意思確認につき、被告B山に過失があるか。(争点四)

(原告の主張)

ア 被告B山は、本件登記申請に関する竹子の代理人でありながら、竹子の登記意思を確かめることなく、被告A野に復代理を委任し、これにより原告に損害を与えたものであり、この点につき過失があるというべきである。

イ なお、本件不動産を原告名義に移転するにあたり、竹子名義の委任状が二通存在する。このうち被告B山を代理人に選任する旨の委任状(本件委任状一)は、梅夫から竹子へ本件不動産を贈与した際の所有権移転登記のために作成された委任状であり、しかも、作成された当初、権利者や物件の記載のない書面であり、これらの記載は、後日竹子の承諾なくされたものであった。また被告B山が同A野を代理人として選任することを内容とする委任状(本件委任状二)は、被告B山から被告A野に対する復代理人を選任する旨の委任状であり、竹子がこれに署名押印したからといって、これをもって竹子が本件不動産の登記名義を移転する旨の登記意思を有していたかは不明といわざるをえない。

したがって、本件委任状一及び二の交付をもって、被告B山が竹子の登記意思を確認したものということはできない。

(被告B山の主張)

ア 被告B山は、本件において、被告B山の役割はいわゆる「登記済権利証代わり」であったにすぎず、原告に対して何ら義務を負うことはない。すなわち、「登記済権利証代わり」とは、同一の不動産に関する先行の登記手続と後行の登記手続が時間的に接着しているために、後行の登記申請手続に新たに作成される登記済権利証を添付できない場面において、移転登記を可能とするために、先行の登記手続代理人が後行の登記手続代理人になり、かつ、後行の登記申請書の添付書類欄に「登記済証(平成○年○月○日受付第○○号に添付)」と記載して登記済権利証が先行の登記手続申請書に添付されていることを示して登記申請することにより、後行の移転登記を可能とする方法である。この場合、「登記済権利証代わり」という役割を引き受けた司法書士は、「登記権利証代わり」の役割を果たすことがその義務の内容であり、それ以上の義務は要求されていないというべきである。

これを本件についてみると、被告B山は、本件不動産について竹子から原告への移転登記手続をするに当たり、梅夫から竹子への贈与を原因とする移転登記から間もなく、登記済権利証ができていなかったことから、先行の贈与登記の登記手続代理人であった被告B山が、「登記済権利証代わり」として関与することになったのである。そこで被告B山は、新しい登記済権利証を竹子に交付できないかわりに、本件委任状二を交付して、「登記済権利証代わり」の役割を果たしたのであるから、被告B山の義務は完了したというべきである。

したがって、本件において、被告B山に、竹子の「原告秋葉建設に対する登記意思の確認」をする義務を観念すること自体が困難であり、これを怠った過失もない。

仮に、登記済権利証代わりといえども司法書士として登記手続の代理を受任した以上は、後行の登記移転を可能にする措置を採ることを超えて、竹子の所有権移転意思及び登記移転意思につき何らかの確認義務があるとしても、被告B山は、同日、竹子本人に対し、被告A野に対する本件委任状二に委任事項・日付・物件の表示・住所氏名を自書してもらったうえで、本件委任状一及び印鑑登録証明書の交付を受けることにより、竹子の本件不動産の所有権移転登記手続意思を確認したのであって、確認義務を果たしている。

イ さらに、被告B山に、竹子に対して最終的な買主である「原告への所有権移転意思及び登記移転意思」を確認する何らかの義務があるとしても、被告B山は、復代理人である被告A野を通じて、竹子に最終的な買主である原告に対する所有権移転意思及び登記移転意思があることを確認しており、その義務は果たしている。

すなわち、被告B山は被告A野を本件登記手続の復代理人として選任し、被告A野は竹子に対して最終的な買主は原告であることを告げており、かつ、その後竹子から関係者に交付された登記関係書類を受領している。とするならば、復代理人たる被告A野を通じて竹子に最終的な買主たる原告に対する所有権移転意思及び登記移転意思があることを確認したことになるのである。

(5)  登記義務者の意思確認につき、被告A野に債務不履行ないし過失があるか。

(争点五)

(原告の主張)

被告A野は、本件登記申請に関し、原告及び竹子の双方から委任を受けており、竹子の売却意思及び所有権移転登記の意思を確認すべき義務があった。しかしながら、被告A野は、竹子と面識のある被告B山に登記意思の確認を一任し、竹子の本件登記意思確認を怠ったことは明らかである。

かかる行為は司法書士法第一条、二条、民法上の善管注意義務に違反し、委任契約上の債務不履行にあたるとともに、不法行為上の過失にも該当する。

(被告A野の主張)

被告A野は、登記権利者である原告の代理人、登記義務者である竹子の復代理人として本件登記申請を行った司法書士であるところ、平成七年九月一六日、被告B山と共に竹子の登記意思の確認を行っている。すなわち、竹子は、平成七年九月一六日本件委任状二を作成するにあたり、同書面の委任事項の部分に「D原竹子の所有権移転登記 平成七年九月一六日売買 復代理人選任の件」、登記義務者の欄に自分の住所を各記載し、署名し実印を押したうえで被告B山に交付しているのであるから、本件不動産についての所有権を移転する旨の登記をする意思を明確にしている。しかも、同日、被告A野が、竹子に対して、本件不動産について竹子から原告への移転登記手続の申請を行う旨伝えたところ、竹子はそれに対して軽く頭を下げて了承する意思を示したのである。

以上のとおり、被告A野は被告B山と共に、竹子の面前で登記手続意思の確認を行い、かつ竹子は素直に被告B山に対し、自ら所定事項を記載した委任状等を交付しているのであり、竹子の登記意思を疑うような事情はなかったのであるから、被告A野には竹子の登記意思の確認につき過失がない。

(6)  損害の発生及び因果関係(争点六)

(原告の主張)

原告は、本件不動産が取得できなかったことにより、C川への売買代金一億六〇〇〇万円の回収が不能となり、損害を被った。

(被告アイ・ホームの主張)

争う。

(被告榎本の主張)

原告は、損害として売買代金が回収不能になったことを主張する。ところで、原告は、たとえC川に対して代金の返還請求をして勝訴しても、同人にはみるべき資産がないので、代金の回収は不能であるとも主張している。

そうだとすれば、被告榎本らが、一億二〇〇〇万円をC川の息子に渡さず、原告の指示どおりC川に支払ったとしても、代金の回収が不能であることにかわりはない。

したがって、仮に、市ヶ谷及び被告榎本がC川の息子に一億二〇〇〇万円を支払った点に義務違反があったとしても、被告榎本らの行為と一億二〇〇〇万円の回収不能による損害の発生との間には因果関係がない。

(被告B山の主張)

争う。原告がC川に対し売買代金一億六〇〇〇万円を支払ったとの事実は知らない。

(被告A野の主張)

争う。

(7)  消滅時効の成否(被告B山に対する請求、争点七)

(被告B山の主張)

ア 原告は、遅くとも平成一二年四月一九日ころまでには、被告B山に対する賠償請求が事実上可能なことを知っていた。

イ すなわち、原告は、平成七年九月一六日当時、被告B山が本件不動産にかかる所有権移転登記手続に関与しており、平成七年一一月二七日ころまでには、原告が支払った売買代金が損害となる可能性があることを認識していた。また、仮にこのときまでに認識していなくとも、遅くとも平成一二年四月一九日ころ、竹子による本件原審事件の提起によって、損害の可能性を認識していたといえる。したがって、原告は、遅くとも平成一二年四月一九日ころまでには、原告主張の損害賠償請求権につき、被告B山に対する賠償責任が事実上可能なことを知っていたことになる。

ウ 被告B山は平成一七年九月六日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、時効を援用する旨の意思表示をした。

(原告の主張)

争う。原告が、「損害及び加害者を知った」のは、原告の敗訴が確定した平成一六年六月二九日である。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1)  竹子は、東京都港区高輪所在のA田医院で勤務する医師である。A田医院の院長は、夫である梅夫であったが、梅夫は、体調を崩して平成元年ころには事実上引退しており、竹子がA田医院を支えていた。梅夫には、B野秋子(B野)という愛人がいたところ、B野が、梅夫の預金通帳と印鑑を管理するなどしていたため、竹子はB野に梅夫と築いた財産をとられないかと危惧を抱いていた。

(2)  ところで、竹子の自宅では、平成五年の一月頃、患者の紹介で家政婦を雇ったが、平成五年の秋頃から、家政婦の夫であるC山冬夫(C山)がA田医院に通院するようになった。C山は、竹子から二、三万円の借金をするようになり、平成七年になって、梅夫からも借金をするようになった。そして、C山は、梅夫に儲け話があるなどと言って言葉巧みに印鑑登録証明書などをとらせ、本件不動産にC山及び梅夫を債務者、D川一郎を債権者とする根抵当権(平成七年八月八日受付第二六八〇四号、同二六八〇七号)を設定した。

(3)  平成七年八月一七日頃、C川が、突然、大事な話があるといってA田医院へ訪れた。C川は、本件不動産の登記簿謄本を持参し、本件不動産に根抵当権が設定されていることを知らせた。そして、自分がなんとかしてやろうと言って、度々A田医院や竹子の自宅を訪れるようになった。

(4)  竹子は、しだいにC川を信用するようになり、同女に対し、夫の梅夫に愛人がいて困っているなどの話をした。これに対し、C川は、B野から財産を取り戻してやるなどと約束をした。

(5)  C川は、梅夫に対し、竹子は妻なのだから財産の二分の一をもらう権利があるなどといい、竹子に本件不動産を贈与するよう説得し、さらに、今度は竹子に対し、B野に財産をとられないために一時的に名義を自分に移しておいたほうがいいと執ように迫った。

竹子は、初め、この提案には乗り気でなかったが、結局、B野に対抗するため、その登記名義を一時的にC川に移転させることを了承した。なお、C川は、竹子に対し、平成七年九月一六日付けで「藤沢の物件については買売で登記を移しますが、B野秋子氏への対抗手段として選びました。終了次第買戻しをして頂いて竹子先生に戻します。」という内容の書面(本件念書)を交付した。

(6)  一方、平成七年九月五日、原告代表者、市ヶ谷、被告榎本らは、不動産取引の決裁のため、千葉県八千代市郊外のレストランに集まった。この席には、不動産ブローカーであるE田やE原二郎(E原)も同席しており、E原から、原告代表者、市ヶ谷、被告榎本に対し、本件不動産の取引の話が持ちかけられた。その内容は、竹子が、C川に、本件不動産を売却する予定であるが、これをC川から買わないかというものであった。

(7)  原告代表者は、これに興味を示し、市ヶ谷及び被告榎本に対し、本件不動産を購入したいので手伝ってほしいと依頼した。市ヶ谷及び被告榎本は、これを了承し、原告代表者と共に本件不動産を見分に行ったところ、原告代表者は、本件不動産を気に入り、原告がこれを購入することにした。

(8)  市ヶ谷は、原告代表者の上記依頼を受け、売買が成立した際の移転登記手続のため、市ヶ谷及び原告代表者と面識のある被告A野を手配した。

(9)  平成七年九月八日、原告代表者から、市ヶ谷及び被告榎本に対し、竹子がC川に本件不動産を売ることになったから、一緒に竹子の売却意思の確認に行ってほしいとの連絡が入り、原告代表者、市ヶ谷、被告榎本、被告A野はA田医院にほど近い高輪プリンスホテルに集合した。このとき、売主側からは、C川、E田、E原、被告B山が来ていた。原告代表者らは、この場に竹子も来ると聞いていたが、来られなくなったということだったので、原告代表者らがA田医院に行くことになったが、原告代表者は自らA田医院には行かず、被告A野の同行を市ヶ谷に依頼し、市ヶ谷、被告A野がA田医院へ行くことになった。なお売主側からはC川、E田がA田医院へ赴いた。

A田医院の診察室には竹子と看護婦のA川一江(A川)がいた。C川とE田は竹子に本件不動産を売却するよう説得していたが、竹子はこれを渋り、結局、この日は、竹子がC川に本件不動産を売却することを承諾せず、市ヶ谷らは高輪プリンスホテルに戻り、その旨原告代表者らに報告した。

(10)  平成七年九月一二日、原告は、被告A野の銀行口座に、本件不動産の移転登記費用として一〇〇〇万円を振り込んだ。

(11)  平成七年九月一五日ころ、竹子がC川に本件不動産を売ることになった旨の連絡を受けた原告代表者は、市ヶ谷及び被告榎本らに同行を依頼し、同月一六日、原告代表者、市ヶ谷、被告榎本、被告A野、C川、E田、被告B山、E原が再度高輪プリンスホテルに集合した。

原告代表者は、前回に引き続き、市ヶ谷、被告A野にA田医院へ行くよう依頼した。

(12)  A田医院の診察室で、被告B山は、本件委任状二を取り出し、竹子に対し、指示をして、委任事項として「D原竹子の所有権移転登記平成七年九月十六日売買」、「復代理人選任の件」、登記義務者として「港区高輪《番地省略》 D原竹子」と記入させ、裏面に「藤沢市藤沢×丁目(B原マンション)」と記入させたうえ、登記義務者欄の竹子の署名の下に押印させた。この当時、被告B山は、登記権利者が誰であるか知らなかったため、竹子に対し、登記権利者についての説明はしなかった。

なお、本件委任状一は、梅夫から竹子へ本件不動産の贈与登記を行った際、予備の委任状として作成され、竹子が保管していたものである。この委任状のうち、「平成七年九月一日」、「港区高輪《番地省略》」、「D原竹子」の部分が贈与登記の手続の際、竹子によって自書され、その余の部分は白紙であった。被告B山は、A田医院での手続がすべて完了した後、本件委任状一及び印鑑登録証明書を竹子から受け取った。

被告A野は、被告B山との事前の合意により、本人確認等は、本件不動産の贈与を原因とする移転登記手続を行い、竹子との面識のある被告B山が中心に行うことになっていたため、竹子の隣に座り、被告B山と竹子との上記やりとりを見ていた。

(13)  その後、被告B山らは、本件委任状二等の書類を持って高輪プリンスホテルに戻り、原告代表者らに、竹子から登記に必要な書類は全て預かってきた旨報告した。なお、被告B山は、本件委任状二と照らし合わせて、本件委任状一に物件名等を記載し、これを被告A野に交付した。被告A野は、本件委任状一のうち「埼玉県川口市《番地省略》 株式会社秋葉建設」、「東京都」、「権利者」の部分を記入し、同書面に原告の押印を受けたうえ、本件委任状二の裏面に「一 藤沢市藤沢×丁目×番×の土地」、「一 同所 ×番○の土地」、「一 同所 ×番△の土地」、「一 同所 ×番地× ×番地○ ×番地△ 家屋番号×番×の建物」、「登記権利者 埼玉県川口市《番地省略》 株式会社秋葉建設」と記入した。その後被告A野は、平成七年九月一八日、原告の代理人兼竹子の復代理人として、本件不動産の所有権移転登記及び根抵当権設定登記の抹消登記の各申請を行った。

なお、本件不動産の取引においては、原告代表者の意向により、登記が先履行とされていた。

(14)  原告代表者は、平成七年九月一八日、市ヶ谷及び被告榎本に対し、一億五〇〇〇万円を巣鴨信用金庫戸田支店に預けるから、そのうち三〇〇〇万円を竹子の口座に送金してほしいと依頼した。

市ヶ谷及び被告榎本は、同月二〇日、巣鴨信用金庫戸田支店から、第一勧業銀行品川支店の竹子名義の普通預金口座(口座番号《省略》)に三〇〇〇万円を振り込んだ。

(15)  原告代表者は、市ヶ谷及び被告榎本に対し、残代金の決済についても依頼した。そこで、市ヶ谷及び被告榎本は、同年九月二〇日、巣鴨信用金庫戸田支店から、一億二〇〇〇万円を受けとり、大栄不動産事務所において、C川が来るのを待った。

ところが、同事務所にC川本人は現れず、かわりにE田とC川の息子C川夏夫が来所した。市ヶ谷は、同人に運転免許証を提示させて、本人であることの確認をするとともにC川に電話してC川の代理人であることを確認した。

そこで、市ヶ谷は、C川夏夫及びE田に対し、一億二〇〇〇万円を交付し、C川名義の一億六〇〇〇万円の領収書を受け取った。

(16)  なお、原告・C川間の売買契約書は、市ヶ谷が定型で用意した契約書書式に、原告代表者が押印して、市ヶ谷に交付し、E田がC川の代理人としてこれに署名押印することにより作成された。取引業者欄の株式会社大栄不動産の会社印は、市ヶ谷が押印したものである。

(17)  その後、市ヶ谷及び被告榎本は、原告代表者の依頼により、本件不動産の管理をしていた藤和不動産に赴き、賃貸人を原告に変更した。

竹子は、藤和不動産流通サービスの担当者から連絡を受け、本件不動産の登記が原告に移転されたことを知った。

(18)  なお、本件不動産は、賃料収入として、年間約二四〇〇万円が得られる物件であった。

二  本件の前提となる竹子の本件不動産売却意思及び登記意思について

(1)  上記認定一の竹子が、本件不動産の登記を移転することを考えるに至った事情と上記認定事実一(5)の本件念書の内容に照らすと、竹子は、C川の説得の結果、C川へ本件不動産の登記名義を一時的に移転する意思はあったが、売却するまでの意思、ましてやC川から原告への本件不動産の売却や登記名義の移転を了承していたと認めることはできない。

(2)  なお、竹子とC川間の不動産売渡証の竹子の署名押印は、竹子自身が署名押印したと認められる本件委任状二の署名押印に近似しているものの、C川自身が売渡証を作成した記憶はないと述べていることに照らすと、上記売渡証を竹子が作成したものと認めることはできない。よって、上記売渡証の存在をもって、竹子がC川に対し、本件不動産を売却する意思があったと認めることはできない。

また、市ヶ谷は、平成七年九月一六日、竹子が本件不動産をC川に売却し、さらに原告に売却する旨の話をしたところ、これを竹子が承諾した旨述べるが、同供述は、本件念書の記載に照らし信用することはできない。さらに、市ヶ谷は、同年九月一九日にA田医院へ電話し、本件不動産の売買代金を入金するからといって看護婦のA川から竹子の銀行口座を教えてもらった、その際、A川は竹子にどの口座にするか尋ねており、竹子も売買代金の入金であることは当然了解していた旨供述する。しかし、A川は、C川に、B野から取り戻した家賃を振り込むから教えてほしいと言われて第一勧業銀行の通帳を見せたことはあるが、市ヶ谷から電話で振込口座を聞かれたことはないと陳述するところ、これは竹子から第一勧業銀行の口座番号を聞き、E田に教えたと思うとのC川の証言とも符合しており、これらの証拠に照らすと上記市ヶ谷の供述は直ちに信用することはできず、竹子が三〇〇〇万円を売買代金の一部として認識していたとまでは認めることはできない。

三  争点一(原告と被告アイ・ホームの間に仲介契約又は委任契約が締結されたか。原告と被告榎本の間に仲介契約が締結されたか。)について

原告は、平成七年九月初旬、被告アイ・ホームとの間において仲介契約又は委任契約を締結し、また、被告榎本との間において仲介契約を締結したと主張し、原告の主張に沿う原告代表者の供述及び市ヶ谷の証言が存在すること、C川と原告間の土地・建物売買契約書(甲二五)には、「契約の締結にもとずき宅地建物取引業者に対して規定の報酬額を支払うものとする」との条項があり、取引業者として被告アイ・ホームの旧商号である「株式会社大栄不動産」の記名押印があること、また、原告、株式会社大栄不動産、株式会社平和不動産の三者は二〇年来の付き合いであり、三者が共同して物件を購入し、これを転売したことがあったこと、原告らは、以前E原の紹介による物件で取引をしたことがあったことが認められる。しかし、原告代表者は、一方では、本件不動産が転売された際には一〇〇〇万円の報酬を市ヶ谷らに支払うと約束していた旨供述しているところ、他方では、「金額一〇〇〇万ということは言ってないかもしれないけれども、これを買って転売して、うまく売れたら報酬を払いますということは提示していると思います。」などと供述内容を変遷させているうえ、その内容は曖昧なものであって、原告代表者の上記供述は到底信用できない。また、市ヶ谷の証言については、同証言は竹子と原告の本件原審事件において、原告代表者からの依頼によって市ヶ谷が証人として証言したものであって、市ヶ谷の立場が争点となっているものでもなく、しかも、同証言中には、C川夏夫及びE田に対し、平成七年九月二〇日には残代金として一億三〇〇〇万円を渡したなど、重要な事実について事実に反する部分があるのであって、同証言内容を直ちに信用することはできない。そして、土地・建物売買契約書(甲二五)についても、同契約書には、法律上要求される取引主任者の記名押印もなければ、取引業者番号の記載もされていないうえ、契約が締結されたにもかかわらず、市ヶ谷ないし被告アイ・ホームに報酬が支払われていないことに照らすと、同書面をもって原告と被告アイ・ホームとの間において仲介契約ないし委任契約があったということはできない。さらに、上記原告と被告アイ・ホーム及び被告榎本との関係をもって原告と同被告らの間に仲介契約や委任契約があったとは認められない。このほか、本件において、原告と被告アイ・ホーム及び被告榎本との間で、不動産仲介ないし委任についての契約書が取り交わされたといった事情はなく、また、被告アイ・ホーム又は被告榎本が、原告に対し、重要事項説明書等の書類を交付したことはないことを併せ考慮すると、原告の上記主張は到底採用できない。

四  争点二(竹子の売却意思確認につき、被告アイ・ホーム及び被告榎本に債務不履行又は過失(不法行為)があるか。)について

(1)  債務不履行責任について

前述のとおり、原告と被告アイ・ホーム及び被告榎本との間に、本件不動産の取引に関し、仲介契約ないし委任契約を締結したことを認めるに足りないから、被告アイ・ホーム及び被告榎本に、竹子の本件不動産売却意思確認につき、債務不履行責任を認めることはできない。

(2)  被告榎本の過失について

被告榎本は、上記認定事実のとおり、原告代表者の友人として、平成七年九月八日と同月一六日の両日に高輪プリンスホテルに集合したことは認められるが、そのことから竹子の本件不動産の売却意思を確認すべき義務を認めることはできず、原告の被告榎本に関する過失の主張は理由がない。

(3)  被告アイ・ホームの過失について

市ヶ谷は、上記認定事実によれば、竹子が本件不動産を売ることになったという連絡を受けて原告代表者らとともに高輪プリンスホテルに集合し、原告代表者から依頼されてA田医院に赴いているが、原告代表者の友人として市ヶ谷個人が関与したものであって、しかも司法書士である被告A野及び同B山が一緒だったこと、移転登記にかかる委任のやりとりなどは、同人らが中心に行ったことが認められ、その後竹子の売却意思について原告代表者が市ヶ谷に確認したといった事情も認められないことからすると、市ヶ谷は原告代表者の友人としての立場から司法書士による移転登記手続が順調に行われるかを確認するために同行を依頼されたものというべく、そうであれば市ヶ谷には、司法書士による移転登記手続が順調になされることを確認すべき義務はあったと言うべきではあるが、竹子の売却意思を直接確認するまでの義務はなかったものと言わざるを得ず、売却意思確認義務を前提とする原告の主張は理由がない。なお、本件不動産について本件登記が経由されたことからして、市ヶ谷に上記確認義務の懈怠があったと評価することはできない。

五  争点三(被告アイ・ホーム及び被告榎本について、C川の代理人と称するE田及びC川の息子に代金一億二〇〇〇万円を支払った点につき、債務不履行又は過失があるか。)について

(1)  前述のとおり、仲介契約又は委任契約の締結を認めるに足りないのであるから、同契約を前提とする原告の主張は理由がない。

(2)  そこで、被告アイ・ホーム及び被告榎本に不法行為上の過失がないか検討する。この点、原告は、被告アイ・ホーム代表者市ヶ谷及び被告榎本は、C川本人が決済に来られないのであれば、別の日に変更するなり、銀行送金するなりすべきであり、一面識もないC川の息子に対し、代金を支払った点には過失があると主張する。しかしながら、本件取引においては、代金の決済が有効にできれば、本件不動産の引渡しと対価関係にある債務の弁済をし、取引を完了するという原告の目的は達せられたのであるから、原告の依頼の内容を合理的に解釈すれば、代金支払の相手を売主であるC川自身のみに限定する趣旨ではなく、C川ないしC川から正当な受領権限を授与された者に対し、支払をすることを委託したものとみるべきである。

(3)  本件においては、上記認定事実記載のとおり、市ヶ谷及び被告榎本は、C川の代理人であるC川夏夫に対し、売買代金残額を支払っているのであって、過失を認める余地はなく、原告の主張は理由がない。

六  争点四(登記義務者の登記意思確認につき、被告B山に過失があるか。)について

(1)  他人の嘱託を受け、登記手続について代理することをその主要な業務の一つとする司法書士は、虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に務めるべき職務上の義務がある。したがって、司法書士が、登記手続をするにあたり、嘱託者の登記意思確認をすべきことはいうまでもないことである。司法書士に要求される登記意思確認の要素としては、不動産登記が実体法上の権利移転・設定の対抗要件であることからすれば、登記当事者、対象物件、権利内容、すなわち誰に対して、どの物件に、いかなる内容の権利の登記を移転・設定するかが重要である。登記嘱託者に対する司法書士の意思確認の方法・程度に関しては、登記に必要とされる書類の具備及びその記載内容をもって嘱託者の意思を確認する必要があり、必要書類の欠如ないし記載要件の欠缺があれば、専門家たる司法書士として、嘱託者の意思確認義務の懈怠があるということができる。

そして、司法書士が、かかる意思確認を怠った場合、直接の嘱託者に対しては格別、直接の嘱託を受けたわけではない登記の相手方当事者に対し、債務不履行責任を負うものではないが、登記権利者は、登記義務者の意思確認がなされず、結果として真正な登記がなされなかった場合には不利益を被る関係にあるから、直接の嘱託者に対する登記意思確認の懈怠は、相手方当事者に対する関係でも不法行為責任を構成しうると解すべきである。

この点、被告B山は、本件において、同人が果たした役割は「登記済権利証代わり」にすぎず、「登記済権利証代わり」を依頼した竹子の委任の趣旨からすれば、被告B山は後行の登記を可能にすれば足り、竹子の登記意思を確認する義務はないと主張する。

しかしながら、「登記済権利証代わり」であって、それが後行の登記を可能とする便宜的な方法としての関与であったとしても、登記済権利証は、本来登記義務者が所持し、権利の移転とともに交付され、登記手続においても重要な書類であってみれば、その代わりとしての行動を行う司法書士は、権利移転そのものに司法書士として関与するものであるから、専門家である司法書士に要求される上記義務を尽くすべきであって、単に後行の登記を可能にすれば足りるというものでもない。よって、被告B山の上記主張は採用できない。

したがって、本件において、被告B山には、通常どおり、登記義務者の登記意思を確認する義務があるというべきである。

(2)  そこで、本件について検討すると、被告B山は、竹子の登記意思確認のため、本件委任状二に署名押印をしてもらい、これが復代理に関する委任状であるから、念のため贈与登記の際の本件委任状一を、所有権移転登記へ使用するために交付してもらい、本件委任状二と同様の内容になるよう作成したことが認められる。

そして、前述のとおり、竹子がB野に対抗すべく、便宜上、本件不動産の登記をC川に移転しようとしていたこと及び本件念書が作成されていることに照らすと、竹子は、C川に対する移転登記に必要な書類と思って本件委任状二に署名したものと考えるのが自然であり、このことは本件不動産を梅夫から竹子に対して贈与した際の移転登記に被告B山が関与していることからして、被告B山も知り得た事情といえる。

(3)  次に、本件委任状一及び二について検討する。

《証拠省略》によれば、本件登記に先立ってなされた贈与を原因とする移転登記手続の際、竹子名義の二通の委任状が作成されたこと、本件委任状一がその一通であり、竹子の署名押印、日付欄のうち九月一日の部分以外は、被告B山ないし被告A野が記載し、被告B山が日付欄の「一」の次に「六」を記載したことが認められる。そして他方、本件委任状二は、被告B山が被告A野を復代理人とすることを内容とする委任状であり、上記認定事実のとおり、竹子は、「D原竹子の所有権移転登記平成七年九月十六日売買」、「復代理人選任の件」、「平成七年九月十六日」、「藤沢市藤沢×丁目(B原マンション)」と記載するとともに、「港区高輪《番地省略》D原竹子」と記載して押印していること、「登記権利者埼玉県川口市《番地省略》 株式会社秋葉建設」の記載はその後、被告A野によってなされたこと、竹子が本件委任状二を作成する際、被告B山や被告A野から竹子に対し、竹子から原告へ登記を移転する旨の説明がなかったことが認められる。

本件委任状一は、上記のとおり梅夫から竹子に対してなされた贈与の登記の際に竹子が被告B山を代理人とするため作成された委任状であって、竹子から原告への所有権移転登記手続のための委任状として作成されたものではなく、委任状を流用すること自体不自然である(なお、この点、被告B山は予備の委任状であると述べるが、未だ贈与にかかる登記手続は完了していないこの段階において、そのような委任状を使用すること自体も不自然である。)。また本件委任状二は、被告B山から被告A野に対する委任状であるところ、そこには本来必要のない竹子の署名押印がなされ、物件名についても「藤沢市藤沢×丁目(B原マンション)」と書かせたのみであり、いずれの委任状の権利者名も竹子の署名後なされているのである。このように本件委任状一及び二は、作成経緯、記載内容がきわめて不自然であって、竹子が真実本件不動産について原告に登記を移転する趣旨で作成したものと認めることはできず、本件委任状一及び二をもって、竹子の原告への移転登記の意思が確認されたということはできない。

(4)  以上によれば、被告B山は、司法書士として本件登記に関与するにあたって、竹子が原告に登記を移転する意思を有していたことについての確認を怠ったということができる。

七  争点五(登記義務者の登記意思確認につき、被告A野に債務不履行ないし過失があるか)について

(1)  本件において、被告A野は、結果的には竹子の復代理人として登記手続を行っていることは上記認定のとおりであるが、もともとは登記権利者である原告からの委任を受けた司法書士であり、登記義務者である竹子には上記のとおり司法書士である被告B山がいたのである。そこで、このような場合にも、登記権利者側の司法書士が直接登記義務者の登記意思を確認する義務を負うかが問題となる。

前述のとおり、他人の嘱託を受け、登記手続について代理することをその主要な業務の一つとする司法書士は、虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に務めるべき職務上の義務があるが、他方、嘱託者からの登記申請を迅速に処理することも要請されているのであり、登記義務者本人から直接嘱託を受けない場合には、常に、登記義務者の申請意思を自ら確認する義務があるとすれば、この迅速処理の要請に支障を来すおそれがある。そうであれば相手方当事者に司法書士がついている場合には、相手方当事者の司法書士の言動や登記関係書類の記載から、当事者の意思確認が不十分であると考えられる事情のないかぎり、その司法書士が依頼者の登記意思を確認し、反対当事者の司法書士は、自己の依頼者との登記意思の不一致や齟齬がないか否か、相手方の司法書士を通して確認すれば足ると解すべきである。

(2)  これを本件についてみるに、上記認定のとおり、被告A野は、平成七年九月一六日、被告B山とともに竹子の下を訪れ、被告B山から本件委任状一及び二を渡されたことが認められ、本件委任状一及び二はその形式に照らし、上記六(3)記載のとおり不自然さがあるものの、司法書士である被告B山が関与して作成されたものであること、これらの書面によって登記手続が支障なく行われたことからすると、被告A野において竹子の原告への登記意思が確認されたものと考えたとしてもやむを得ないこと、被告A野は被告B山と竹子のやりとりを近くで見ていたが、特に本件委任状二に記載をするについて竹子が逡巡したり抵抗したりする様子はなかったこと、このことに被告A野が、竹子においてB野に対抗すべく一時的にC川に登記を移しておくために名義を変えることを承諾していたことや本件委任状一が流用されたものであることを認識していたといった事情は認められないことを考慮すると、竹子の本件不動産の売却意思や登記意思に疑問を生じさせるような状況があったとは認められず、被告A野に竹子の原告への所有権移転の登記意思について確認すべき義務があったということはできない。したがって原告の被告A野に対する請求は理由がない。

八  争点六(損害の発生及び因果関係)について

(1)  前記認定事実によれば、原告が、本件不動産売買代金として、一億二〇〇〇万円をC川夏夫、三〇〇〇万円を竹子、うち一〇〇〇万円を登記費用として被告A野に対し支払ったことが認められるところ、被告B山が、竹子の原告に対する登記意思の有無を十分に確認していれば、原告が有効に本件不動産の所有権移転登記、ひいては所有権を取得できないことが判明し、かかる支払はなされなかったと認められるから、被告B山による登記意思確認の懈怠と一億六〇〇〇万円の損害とは相当因果関係があるというべきである。

(2)  しかしながら、原告は不動産取引を業とするものであるところ、本件不動産は賃料収入として年間約二四〇〇万円あり、このことは原告としても十分認識していたと認められる。しかも、本件不動産の竹子とC川との売買は、まず梅夫から竹子への贈与登記が平成七年九月一二日受付でなされ、その登記済権利証もない状態でされたものであるところ、医師である竹子が金銭的に困窮していた状態でもないのに売り急ぐ事情は普通は考えられず、原告としても売買の経緯については一定の疑念を抱いて然るべき状況があったというべきである。さらに、原告は、平成七年九月八日に竹子の売買意思確認のために高輪プリンスホテルに集まったときは、竹子の意思確認がとれなかったとしていったん引き下がっているのであり、こうした状況からみれば、原告としてはこの取引はかなり危険を伴うものであることを十分認識しうる状況にあったというべきである(しかも、《証拠省略》によると、原告代表者は「やつらはちょっと信用がおけない。」としてE田やC川を最初からあまり信用できない人物であると認識していたことが窺われる。)。このようなことに照らすと、原告としては、竹子が売買に応じることになったという連絡を受けた際には、自ら竹子と面談して原告に対する売買をすることを確認するなどして、慎重に売買の手続を進めるべきであった。しかるに、原告代表者は、同年九月一六日に、竹子の売買意思確認のために高輪プリンスホテルに集まった際も、自らは竹子の売買意思の確認をせず、市ヶ谷をA田医院に行かせるなど全く人任せの態度であったと認められる。こうした事情は原告の損害を認定するにあたって斟酌されるべき事情というべきであって、これらの事情を考慮すると、原告の損害のうち八割を過失相殺することが相当である。

九  争点七(被告B山にかかる不法行為債務に消滅時効が成立するか)について

民法七二四条にいう「損害」を知るとは、違法な行為による損害発生の事情を知ること、換言すれば加害者の行為が違法なものであること、及びこれによって損害の発生したことの両者を知ることを意味するものと解すべきところ、本件においては、損害発生の前提として原告が有効に本件不動産の所有権を取得したかが問題となっており、かかる損害の前提となる行為の効力について訴訟で争われている場合には、判決によってその行為の有効無効が確定されたときに、当該行為による損害が確定的に発生したと解すべきである。そうであれば、本件においては、本件不動産の所有権がいまだ竹子にあり、本件控訴審事件が確定した平成一六年六月二九日によって、既払いの売買代金一億六〇〇〇万円が確定的に損害となったとみるのが相当である。したがって、いまだ時効期間は経過していないのであるから、被告B山の主張は理由がない。

一〇  結論

以上によれば、原告の請求のうち、被告B山に対し、三二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一六年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告B山に対するその余の請求及びその余の被告に対する請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 久米玲子)

<以下省略>

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