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さいたま地方裁判所 平成17年(ワ)847号 判決 2006年1月25日

原告

被告

蓮田市

同代表者市長

樋口暁子

同訴訟代理人弁護士

土屋公献

高谷進

鶴田進

小林哲也

小林理英子

高橋謙治

中田貴

荒木邦彦

中村仁志

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  争点1(被告職員の行為が国家賠償法1条の公権力の行使に当たるかどうか)について

国家賠償法1条にいう「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法2条によって救済される公の営造物の設置・管理作用を除くすべての作用をいうものであり、本件において原告が違法行為として主張する被告職員の説明等の行為は、私経済作用や営造物の設置・管理作用にも当たらないから、同法1条の公権力の行使ということができ、被告職員の行為が公権力の行使に当たらないとする被告の主張は採用できない。

2  争点2(被告職員の説明に国家賠償法上の違法性があるかどうか)について

(1)  認定事実

基本的事実関係に加え、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア  平成16年2月当時の蓮田市国保年金課の業務態勢

(ア) 蓮田市の国保年金課においては、国民健康保険税の計算に関するマニュアル等は作成していなかったが、市民の問い合わせに応じるための国民健康保険税の決まり方を示す基本的な説明資料や、税額を計算する際に確定申告書や源泉徴収票のどの数字を使うかを示した資料などを窓口に備えていた。

(イ) 蓮田市職員の国民健康保険税についての研修は、年1回程度県全体の担当職員の研修があり、また、国保年金課内で勉強会なども行われていたが、職員が国民健康保険税の細部の計算方法などを研修するといったことはなかった。

(ウ) 国保年金課に国民健康保険税の額を尋ねに来る市民はいたが、本件訴訟で問題となる以前は株式の譲渡所得があったケースはほとんどなく、平成16年2月当時は、株式譲渡所得が国民健康保険税の算定対象とされるか否かについては国保年金課の職員において周知されている状況にはなかった。

国保年金課の窓口では、市民が国民健康保険税の額を尋ねてきた場合には、パンフレットを示して金額を試算するのが通常であったが、市民に対しては概算であること、正確な納付税額は7月1日に確定することなどを説明していた。

イ  本件試算の経緯

原告は、平成15年11月に老人保健法の医療受給者証を受けることとなったが、老人保健法の医療の給付を受けることができるようになると、a健康保険組合の特例退職被保険者の資格を失うことになるため、老人保健法による障害認定を取り下げた上でa健康保険組合に特例退職被保険者として残留するか、a健康保険組合を脱退し老人保健法の障害認定を受けたまま国民健康保険に加入するか検討してみることとした。

そこで、原告は、平成16年2月ころ、国民健康保険税の試算をしてもらうために、蓮田市役所の国保年金課に行った。

原告は、その際に、4枚つづりとなっていた平成15年分の所得税の確定申告書の控え(〔証拠略〕)を持って行った。上記確定申告書の控えの1枚目は、収入金額、所得金額、所得から差し引かれる金額、税金の計算等が記載され、そのうち税金の計算が記載されている部分のうち「上の<26>に対する税額又は第三表の<79>」欄には、分離課税の税額である「68万3290円」が記載されていた。

また、上記確定申告書の3枚目は、分離課税用の申告書であり、収入金額として「株式等の譲渡」欄に1億4814万3596円、所得金額として「株式等の譲渡」欄に771万7245円、税額として68万3290円であることが記載されていた。

原告は、所持していた4枚つづりの上記確定申告書の控えを窓口の職員に示し、国民健康保険税がいくらになるか教えて欲しい旨述べた。

その際、国保年金課において原告の応対をしたのはAであった。Aは、平成15年4月に国保年金課に配属され、それ以後国保年金課に勤務し、窓口における市民の応対等も行っていた。

Aは、原告から示された上記確定申告書の控えを見、また、原告から固定資産税の額などを聞いた上で、「国民健康保険税の決まりかた」のパンフレットに別紙の手書き部分記載のとおり原告の国民健康保険税は約33万3600円であると試算して原告に示した。

具体的には、上記パンフレットには、国民健康保険税額の算出方法について、医療分のうち<1>所得割額は前年の1~12月の加入者全員の総所得の年8%、<2>資産割額は土地と家屋の固定資産税額の年30%、<3>均等割額は世帯内の被保険者1人当たり年1万2000円、<4>平等割額は1世帯当たり年1万4000円であり、<1>ないし<4>の合計の限度額が53万円であること、介護分のうち<5>所得割額は年0.9%、<6>均等割額は1人当たり年8500円であり、<5>と<6>の合計の限度額は8万円であることが記載されている。Aは、原告の国民健康保険税額として、医療分のうち所得割額について原告の持参した確定申告書の控えの1枚目に記載された所得金額339万4398円を基礎として24万5151円と算出し、資産割額について原告から聞いた土地・家屋の固定資産税額10万円を基礎として3万円、均等割額について世帯内の被保険者3人を基礎として3万6000円、平等割額として1世帯を基礎として1万4000円とそれぞれ算出した上で、医療分として32万5151円とし、次に、介護分としては、均等割額8500円と算出し、以上の合計として原告の国民健康保険税額は約33万3600円と試算した。

Aは、上記試算の際に原告に対し、33万3600円という国民健康保険税額が概算であることを説明した。

ウ  なお、原告は、所得税について、平成14年分以前は、確定申告自体は行っていたが、株式譲渡益については、源泉分離課税を選んでいたため、損失が出た場合に限り申告をしており、平成13年、14年は株式売買が赤字であるから申告していなかった。しかし、平成15年分は、原告は約771万円の株式譲渡益を得、かつ制度も変わったため、株式譲渡益約771万円についても確定申告していた。

エ  原告の国民健康保険への加入

原告は、平成16年3月ころ、a健康保険組合を脱退し、国民健康保険に加入し、平成16年7月ころ、納付すべき健康保険税額を53万8500円とする旨の賦課処分を受けた。

結局、原告は障害認定を受けたままであったため、老人保健法による医療給付等を受けられることとなり、医療費、自動車税が無料となり、高速道路の通行料金が半額になるといった便益を受けている。

(2)  判断

ア  一般に、市民は市役所の窓口相談において提供される教示や情報提供について、それが行政サービスであっても、相当な根拠に基づいてなされるものであると信頼し、その情報に基づき行動する場合もあるから、職員としてはその所掌事務につき窓口相談を受けた場合には、可能な限り正確な情報提供に努めるべきである。しかし、行政処分、ことに国民健康保険税額の相談などのように、本来は個別に正確で十分な資料に基づく判断が必要な事項について窓口相談を受けたような場合は、それを常に正確なものとしなければならないとすると、公共団体の迅速かつ適正な相談業務の遂行に支障を生ずるおそれがあるから、その相談の内容、時間、回数、提供された資料等に照らし、その部署の公務員として一般に期待されている程度の情報提供が行われれば足り、それ以上に専門的かつ正確な教示や回答を要求されるものではないというべきである。換言すれば、本件のような国民健康保険税額に関する窓口相談において、その教示すべき内容は、当時の国民健康保険税の制度に照らし、一般的な算出の方法や相談者にこれを当てはめた場合のおおよその税額を示せば足り、その教示の内容や過程において市民の側に不測の損害を与えかねないような重大な過誤があるなどの特段の事情がない限り、仮に教示した内容がその後実際に賦課された正確な税額と齦齬する部分があったとしても、国家賠償法上違法ということはできず、被告としては賠償責任を負うものではないと解するのが相当である。

イ  これを本件についてみるに、Aは、一般的な国民健康保険税額の算出方法が記載されたパンフレットを用いて、原告の所得割額を原告の持参した確定申告書の写しの1枚目に記載された339万4398円を前提とし、原告の国民健康保険税額を33万3600円と試算したものと認められるところ、平成16年度の国民健康保険税の算定においては、株式譲渡益も所得割額の算定対象に含めるべく法改正がされており、原告には平成15年分に株式譲渡益771万7245円があったから、原告の所得割額の計算においては上記339万4398円だけでなく株式譲渡益771万7245円を加算した金額を基に所得割額を試算すべきであったものであり、結果的にAは誤った額の国民健康保険税の試算をしたことになる。

そして、その原因は、前記認定のとおり、原告の事例を除いてこれまで蓮田市国保年金課において国民健康保険税額の相談において株式譲渡益の取扱いが問題とされた事例はなく、研修や国保年金課内部の体制においてもこの問題の取扱いについて周知徹底されていなかったこと、〔証拠略〕によれば、原告が相談に訪れた平成16年2月当時は、年度の変わり目で、住民の異動が激しく、国保年金課に国民健康保険税額等の相談のため来所する市民が多く、国保年金課は多忙を極めていたこと等から、Aとしては原告が持参した確定申告書の控え全体を慎重に時間をかけて検討する暇もなく、株式譲渡益のことまで考えが及ばず、〔証拠略〕に記載された所得金額339万4398円を原告の国民健康保険税の所得割額計算の対象と考え、これを基礎に所得割額を計算したことが十分考えられる。

しかしながら、Aが窓口において示した税額はあくまで当年7月に正式に賦課される税額の概算であり、法令の改廃、試算の基礎となる数値の変動等により正規の税額が変動することは原告も十分承知していたものと認められる。そして、Aの用いた〔証拠略〕のパンフレットには「1 所得割額年8% 前年の1~12月の加入者全員の総所得に応じて計算されます。」と明記されており、Aの行った原告の所得割額の計算は、一例として、原告の所得が339万4398円であればそれを前提として計算すると24万5151円となることを示したにすぎないといえなくもない。そして、当時蓮田市において国民健康保険税の算出に関し株式売買益が問題とされた事例はほとんどなかったことや、〔証拠略〕の体裁や記載を見る限り、一般の人(市役所職員を含む)が原告の平成15年度分所得を339万4398円と判断することも無理からぬ面があると窺われること等の事情を総合考慮すると、Aの応対は、全体としてみれば、当時の国民健康保険税の掌に当たる市役所職員の窓口対応として一般的に許容される範囲内というべきであり、いまだ国家賠償法上の違法があるとまでいえないと判断するのが相当である。

ウ  これに対して、原告は、「窓口の職員に株式譲渡益について尋ねたところ、職員は、分離課税であるから国民健康保険税の算出対象とならない旨述べた」と主張し、かつ原告本人尋問においてもこれに沿う供述をしている。しかし、原告と応対したAはそのような発言をした記憶はないと否認し、むしろ「株式売買益が分離課税か否か、国民健康保険税の算出に含まれるかどうか知識すらなかったものであり、もし、原告からそのような質問があったら当然上司や同僚に相談、確認していたはず」と述べている。ところで、これまで認定したように、当時、蓮田市の国民健康保険税の窓口相談において株式売買益の取扱いが問題となった例はなく、国保年金課において国民健康保険税の計算において株式売買益の取扱いについて周知徹底されたこともなかったものであるから、平成15年4月から国保年金課に配属されたAにおいて、平成16年2月の段階で、株式売買益が国民健康保険税の算定対象となるかどうか質問された場合に、上司や同僚に相談することもなく独断で「分離課税であるから国民健康保険税の算出対象とならない」と即答したとはにわかに想定しがたい。また、原告において、〔証拠略〕に記載された所得金額339万4398円のほか平成15年度の株式売買益約771万円が国民健康保険税の算出対象となるかどうか気になっていたというなら、当然〔証拠略〕に記載された株式売買益771万7245円の項を示して担当者に確認してもらうのが当然と考えられるが、原告は「職員が確定申告書のどこを見たか覚えていないし、3枚目を見ていたかどうかも記憶がない」旨供述しており、原告がAに株式売買益について明確に質問したかどうか自体疑わしいものがある。

以上によれば、原告がAに株式売買益について国民健康保険税の算定対象となるかどうか質問したということ、それに対してAが株式売買益は分離課税であるから国民健康保険税の算定対象とならない旨述べたという点についての原告の供述は直ちに信用することはできず、他に上記原告の主張を認めるに足りる証拠はないから、この点の原告の主張は採用できないというべきである。

なお、原告の持参した確定申告書の控え(〔証拠略〕)の1枚目の<27>「上の<26>に対する税額又は第三表の<79>」の欄に68万3290円との記載があり、3枚目には分離課税用の申告書として所得金額771万7245円の記載があるから、Aとしては注意深く原告の持参した確定申告書の控え全体を検討すれば、株式譲渡益771万7245円の存在に気付いた可能性がないとはいえないが、このことを考慮しても前記判断を左右するものではない。

エ  以上によれば、窓口相談におけるAの応対や説明には、国家賠償法上の違法性は認められないというべきであるから、原告のこの点の主張は理由がないというべきである。

オ  なお、以上のことは、窓口職員に株式譲渡益を始めとする国民健康保険税額の計算方法を周知徹底しなかったという国保年金課の体制自体の注意義務違反を問題としても同様である。すなわち、平成16年2月当時において蓮田市の国保年金課において株式譲渡益が問題となるような相談事例はほとんどなかったこと、これまで述べたように株式譲渡益に関する平成14年から平成16年に至る税制の変化は複雑であり、国民健康保険税額の対象となるかどうかもある程度の専門的な税法知識が必要であることなどからすれば、本件当時、国保年金課としてその職員に株式譲渡益に関する国民健康保険税額の計算方法を周知徹底させていなかったとしてもそのことで国家賠償法上の違法性を認めることはできない。

3  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 松村一成)

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