さいたま地方裁判所 平成17年(行ウ)27号 判決 2006年3月29日
原告
X
被告
埼玉県
同代表者兼処分行政庁
埼玉県教育委員会
同委員会代表者委員長
上條さなえ
同訴訟代理人弁護士
関口幸男
同指定代理人
中村英樹
藤田栄二
柳田功治
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第2 事案の概要
3 基本的事実関係(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者
原告は、昭和61年4月1日付けで埼玉県公立学校教員に任命され、埼玉県立b高校教諭に補され、平成3年4月1日付けで埼玉県立c高校教諭に補され、平成13年4月1日付けでa高校(以下「本件高校」という。)教諭に補され、以後同校に勤務し、同校では商業科を担当していたものである。
原告は、埼玉県教育委員会から指導力不足教員に決定され、平成14年4月1日から平成15年3月25日まで、教育センター等で指導力向上研修を受けた。
(2) 本件懲戒処分
埼玉県教育委員会は、平成15年3月25日付けで、以下の処分理由により、地方公務員法29条1項1号の規定に基づき平成15年3月26日から平成15年4月25日までの1月間停職とする旨の処分(以下「本件懲戒処分」という。)を行った(〔証拠略〕)。
(処分理由)
原告は、次の行為(以下「本件行為」ということがある。)を行った。
これらのことは、教育公務員としての信用を著しく傷つけるものであり、誠に許し難い。
よって地方公務員法29条1項1号の規定を適用するものである。
<1> 原告は、本件高校の校長であるA(以下「A校長」という。)の許可を受けて平成13年6月17日に本件高校で実施した、財団法人全国商業高等学校協会(以下「全商協会」という。)主催の第102回珠算実務検定試験(以下、全商協会主催の珠算実務検定試験を「本件検定試験」という。また、本件検定試験のうち第102回を、「本件102回試験」という。)に係る検定試験場校収支報告書を、A校長の承諾を得ずに、A校長の氏名を記名するとともに私的に購入したA姓の印鑑(以下「A姓印鑑」という。)を使用して作成し、本件検定試験の県本部校である県立深谷商業高等学校(以下「県本部校」という。)へ提出した。
<2> 原告は、平成13年11月11日、同協会主催の第103回珠算実務検定試験(以下「本件103回試験」という。)を、A校長の許可を受けずに実施し、また本件高校以外の場所を会場として実施した。また、本件103回試験の検定試験場校収支報告書を、A校長の承諾を得ずに、A校長の氏名を記名するとともにA姓印鑑を使用して作成し、県本部校へ提出した。
<3> 原告は、平成14年6月16日、同協会主催の第104回珠算実務検定試験(以下「本件104回試験」という。)を、A校長の許可を受けずに実施し、また本件高校以外の場所を会場として実施した。また、本件104回試験の受験者数集計表及び合格者数報告書を、A校長の承諾を得ずに、A校長の氏名を記名するとともにA姓印鑑を使用して作成し、県本部校へ提出した。
<4> 原告は、平成14年11月10日、同協会主催の第105回珠算実務検定試験(以下「本件105回試験」という。)を、A校長の許可を受けずに実施し、また本件高校以外の場所を会場として実施した。また、本件105回試験の受験者数集計表及び合格者数報告書を、A校長の承諾を得ずに、A校長の氏名を記名するとともにA姓印鑑を使用して作成し、県本部校へ提出した。
<5> 原告は、本件104回試験及び本件105回試験に係る平成14年度試験場校収支報告書を、A校長及び本件高校の教頭であるB(以下「B教頭]という。)の許可を得ずに、A校長及びB教頭の氏名を記名するとともにA姓印鑑及び私的に購入したB姓の印鑑(以下「B姓印鑑」という。)を使用して作成し、県本部校へ提出した。
(3) 本件訴訟に至るまでの経緯
原告は、平成15年5月22日、埼玉県人事委員会に審査請求をし、埼玉県人事委員会は、平成17年1月27日、本件懲戒処分を承認する旨裁決した(〔証拠略〕)。
これに対し、原告は、同年4月27日、埼玉県人事委員会に対し、本件懲戒処分の再審を請求したが、埼玉県人事委員会は、5月24日、原告の再審請求を却下した(〔証拠略〕)。〔中略〕
第3 争点に対する判断
1 争点1(本件行為が懲戒処分の対象となるか)について
(1) 認定事実
甲、乙各号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件検定試験は、全商協会の主催により、毎年度2回実施されている。
本件検定試験に関する事務の進行と処理の流れは、以下のとおりである。
まず、全商協会珠算・電卓研究部から、都道府県本部校を通じ、試験場校に受験者募集関係書類が配布される。試験場校は、各学校から提出を受けた受験者名簿を基に、受験者数を集計して都道府県本部校に報告する。そして、全商協会珠算・電卓研究部から、都道府県本部校を通して、試験場校に対し、試験問題が交付される。その後、試験が実施され、合格者が発表されると、試験場校は、都道府県本部校に対し、合格者数の報告が行われ、さらに、都道府県本部校から、全商協会珠算・電卓研究部に報告される。その後、全商協会珠算・電卓研究部から、都道府県本部校・試験場校を通じて、合格者に対し、合格証書が授与される。
なお、本件高校においては、平成12年度まで、本件検定試験が実施されたことはない。
イ 原告は、平成13年5月7日ころ、本件高校の校長室を訪れ、A校長に対し、A校長の氏名を記載した本件102回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)及び合格者数報告書(〔証拠略〕)を示し、それぞれに印を押すよう依頼した。これに対し、A校長は、<1>試験会場を本件高校とすること、<2>会場使用料を埼玉県に納入すること、<3>商業科教科会に諮り、本件高校の生徒に案内をし希望者を募ることを指示した上で、本件102回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)にA校長の私印を、合格者数報告書(〔証拠略〕)に本件高校の校長印を押印した。
本件102回試験は、同年6月27日、本件高校において実施され、7名が受験した。
ウ 原告は、本件103回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)に、試験場名を本件高校と記入した上で、A校長の氏名を記載し、しかし印を押すことはなく、県本部校に提出した。
原告は、平成13年11月11日、本件103回試験を、本件高校以外の場所において実施し、3名が受験した。
原告は、本件103回試験に係る合格者数報告書(〔証拠略〕)に、試験場名を本件高校と記入した上で、A校長の氏名を記載するのみで、印を押すことなく、県本部校に提出した。
エ 原告は、本件102回試験に係る検定試験場校収支報告書(〔証拠略〕)及び本件103回試験の検定試験場校収支報告書(〔証拠略〕)に、A校長の承諾を得ずに、A校長の氏名を記載するとともに私的に購入したA姓印鑑を押印した上で、県本部校へ提出した(なお、〔証拠略〕によれば、本件102回試験に係る検定試験場校収支報告書及び本件103回試験の検定試験場校収支報告書の作成日は、文書に記載された作成日とは異なり、平成14年3月であると認められる。)。
オ 原告は、平成14年4月1日、埼玉県教育委員会から指導力不足教員に決定され、以後、県総合教育センター等において、平成15年3月25日まで指導力向上研修を受けていた。この間、原告が本件高校に赴くのは、学校研修のときのみであった。なお、学校研修は、平成14年4月から8月までは、およそ月1回実施されていた。
カ 原告は、本件104回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)を、試験場名欄に本件高校名を記入した上で、A校長の氏名を記載するとともに前記の私的に購入したA姓印鑑を押印して作成し、県本部校に提出した。
原告は、平成14年6月16日、本件104回試験を、本件高校以外の場所において実施し、6名が受験した。
また、本件104回試験に係る合格者数報告書(〔証拠略〕)を、試験場名欄に本件高校名を記入した上で、A校長の氏名を記載するとともに前記のA姓印鑑を押印して作成し、県本部校へ提出した。
キ 原告は、本件105回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)を、試験場名欄に本件高校名を記入した上で、A校長の氏名を記載するとともに前記のA姓印鑑を押印して作成し、県本部校に提出した。
原告は、平成14年11月10日、本件105回試験を、本件高校以外の場所において実施し、3名が受験した。
原告は、本件105回試験に係る合格者数報告書(〔証拠略〕)に、試験場名欄に本件高校名を記入した上で、A校長の氏名を記載するとともに前記のA姓印鑑を押印して作成し、同試験の県本部校へ提出した。
ク 原告は、平成14年11月11日付けで、本件104回試験及び本件105回試験に係る平成14年度試験場収支報告書(〔証拠略〕)を、試験場名欄に本件高校名を記入した上で、A校長及びB教頭の氏名を記載するとともに前記のA姓印鑑及び私的に購入したB姓印鑑をそれぞれ押印して作成し、県本部校へ提出した。
ケ A校長は、本件行為が発覚した後、県本部校校長(全商協会の埼玉県検定委員会委員長をも兼ねる)に対し、平成15年3月17日付けで、「財団法人全国商業高等学校協会主催の検定会場の指定について(お願い)」と題する書面(〔証拠略〕)を送付し、本件行為につき謝罪した上で、本件高校の教育上重大な支障が発生し、生徒が甚大な不利益を被るおそれが高いことを理由として、会場校指定取消しをしないよう要請した。
コ 県本部校校長は、A校長に対し、平成15年4月30日付けで「全商協会主催検定試験に係る事故の措置について」と題する書面(〔証拠略〕)を送付し、原告の行為は各種検定試験の社会的信頼性を著しく損ねるおそれがあり決して許されないとしながらも、本件高校の教育推進上重大な支障を来すおそれがあり、生徒が受ける不利益が甚大であるとの理由により、本件高校に対する会場校指定取消しを留保する旨回答した。
(2) 判断
ア 本件行為のうち、〔証拠略〕(本件文書)につき、原告がA校長やB教頭の氏名を記載し、その横に私的に購入したA姓印鑑及びB姓印鑑を押印した行為及び県本部校に提出した行為について
(ア) 以上からすれば、原告は、A校長に対し、本件102回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)及び合格者数報告書(〔証拠略〕)に押印することを求めたのみで、本件文書への各A姓印鑑の押印につき、押印する毎に承諾を求めた事実はないものと認められる。
また、原告が、A校長に対し、本件102回試験に係る受験者数集計表及び合格者数報告書に押印することを求め、A校長がこれに応じた事実は認められるが、その際、A校長は、本件102回試験の収支については何ら説明を受けておらず、そのことをもって、A校長が原告に対し本件102回試験に係る検定試験場校収支報告書(〔証拠略〕)にA姓印鑑を押印することを許可したものと認めることはできない。ましてや、A校長が、原告に対し、本件103回試験以降の本件検定試験に係る文書にA姓印鑑を押印することを包括的に承諾したと認めることもできない。
なお、原告は、平成13年4月中旬頃、A校長に対し、原告が前任校で担当していた県産業教育振興会主催の珠算競技大会関係の仕事及び全商協会主催の珠算競技大会(県予選関係)の仕事を本件高校でも行いたい旨並びに全商協会主催の珠算実務検定試験を行いたい旨話したところ、A校長は、「分かりました。」と答えたと主張する。しかし、上記事実については、これを認めるに足りる証拠はなく、仮に上記のようなやりとりがあったとしても、このような具体的とはいえないやりとりをもって、A校長が、原告に対し、本件文書にA姓印鑑を押印する包括的な権限を与えたものと認めることはできない。
また、原告が、B教頭から、〔証拠略〕の文書にB姓印鑑を押印することにつき承諾を得ていたとの事実は本件証拠上全く認定できない。
したがって、原告が本件文書につきA校長とB教頭の名前を記載し、その横に私的に購入したA姓印鑑及びB姓印鑑を押印して作成した行為は、文書偽造に当たるというべきである。
(イ) そして、本件文書は、本来、本件検定試験の公正な実施のため作成される書類であり、権限なく校長や教頭の印の押された同人名義の文書を作成することは、本件検定試験の公正や社会的信頼を害する行為であって、到底許されないものである。〔証拠略〕によれば、本件検定試験に関する文書の一部が、A校長の印がなくとも県本部校に受理されたことがあった事実は認められるが、このことは前記判断を左右するものではない。
また、原告は、本件文書の内容に偽りはない旨主張するが、文書偽造は、作成者の名義を偽ることによって、内容の真偽の確認を不可能とし、ひいては文書の社会的信頼を侵害する行為であって、内容に虚偽がないからといって、非難を免れるものではない上、本件文書のうち、本件103回試験ないし本件105回試験に関する文書(〔証拠略〕)は、試験場校につき虚偽の内容が含まれているのであって、本件文書の内容が虚偽でないとする原告の主張はそもそも前提を欠くものである。
(ウ) 以上からすれば、原告がA校長やB教頭の承諾なくA校長やB教頭の名を記載し、その横に私的に購入したA姓印鑑及びB姓印鑑を押印し、本件文書を作成した行為は、文書偽造に当たり、その文書の性質及び内容は、公務所若しくは公務員の作成すべき文書に当たるから、原告の行為は公文書偽造に当たるというべきである。また、本件文書を県本部校に提出した行為は、偽造公文書の行使に当たるのであって、これらの行為は、本件検定試験の公正や社会的信頼を著しく害する行為であったと認められる。
イ 本件行為のうち、原告が本件103回ないし105回試験を私塾において実施した行為について
(ア) 本件検定試験は、実施要領等において、その手続等が細かく規定され、これにより、公正かつ適正な試験の実施を担保しているものと解される。そして、本件検定試験は、上記において認定したとおり、全商協会珠算・電卓研究部が主催し、都道府県本部校を通じて手続が行われ、試験場校において実施されるものであり、しかも、本件検定試験関係書類集中の受験者数報告書や合格者数報告書の雛形には「試験場校校長」や「学校名」の記載欄が存在する(〔証拠略〕)から、本件検定試験は、少なくとも学校を試験場校として行われるものであることが試験の主催者、実施責任者において当然の前提となっていたというべきである。
しかしながら、原告は、本件103回ないし105回試験を、学校以外の私塾において実施したというのであるから、原告のかかる行為は、本件検定試験の実施要領等上認められない行為であり、本件検定試験の公正及び社会的信頼を害する行為であるというべきである。
(イ) なお、原告が、A校長に対し、本件102回試験に係る受験者数集計表(〔証拠略〕)及び合格者数報告書(〔証拠略〕)に押印することを求め、A校長がこれに応じた事実が認められることは上記のとおりであるが、上記の事実をもって、A校長が私塾で本件103回ないし105回試験を実施することを許可したものと認めることはできない。また、仮に、原告が主張する、平成13年4月中旬頃、A校長に対し、原告が前任校で担当していた県産業教育振興会主催の珠算競技大会関係の仕事及び全商協会主催の珠算競技大会(県予選関係)の仕事を本件高校でも行いたい旨並びに全商協会主催の珠算実務検定試験を行いたい旨話したところ、A校長が、「分かりました。」と答えた事実が認められたとしても、かかる会話をもとにA校長が、私塾で本件103回ないし105回試験実施することを認めたものとは到底認められないことは当然である。
(ウ) 以上によれば、原告は、本件103回ないし105回試験に係る本件文書の試験場校欄に「高校」などと記載しておきながら、実際には、本来本件検定試験の試験場校としては認められていない私塾において本件103回ないし105回試験を実施したというのであって、かかる行為は、本件検定試験の公正や社会的信頼を著しく害する行為であったと認められる。
ウ 以上より、原告の本件行為は、地方公務員法33条にいう「その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為」に該当し、同法29条1項1号にいう「この法律・・・に違反した場合」に該当するから、懲戒処分の対象となるというべきである。
2 争点2(本件懲戒処分の量定が裁量を逸脱しているか)について
(1) 地方公務員に懲戒事由がある場合において、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものと認められる場合でない限り違法とならないものと解すべきである(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁昭和58年(行ツ)第127号同63年1月21日第一小法廷判決・判例時報1284号137頁参照)。
(2) そして、本件懲戒処分の懲戒事由となった原告の行為は、上記1において認定したとおり、公文書偽造及び同行使に当たるのみならず、現に、3回にもわたり、試験場校欄に記載した本件高校ではなく私塾において、本件検定試験を実施し、受験者に受験させたというものであり、かような行為は、本件検定試験の公正・適正な実施のため定められた種々の手続をないがしろにし、適正に検定試験が行われたか否かの確認を困難にするものであって、本件検定試験の公正と社会的信頼を大きくおびやかすものである。
しかも、〔証拠略〕によれば、本件行為によって、本件高校に対する検定試験の会場校指定が取り消される可能性が十分にあったことにかんがみると、本件行為が、本件高校に対する社会的信頼を害したことも否定できない。
以上からすると、本件行為につき、停職1月の懲戒処分をなすことは、社会観念上著しく妥当性を欠くものとは認められず、裁量権の範囲を超え、これを濫用したものということはできない。
3 争点3(本件懲戒処分に手続的瑕疵があったか)について
(1) 認定事実
甲、乙各号証及び弁論の全趣旨によれば、基本的事実及び上記において認定した事実に加え、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成15年1月21日、A校長から、本件行為につき、口頭にて質問を受け、同日、口頭で回答し、さらに、同月24日、文書で回答した。
イ A校長は、平成15年1月31日付けで、埼玉県教育委員会教育長に対し、本件行為に関する職員事故報告書を提出した。
ウ 同年2月17日、埼玉県教育局職員が、本件高校に来校し、原告に対し、本件行為につき説明を求めた。
また、同日付けで、A校長は、埼玉県教育委員会教育長に対し、本件行為に関する職員事故報告書(第2報)を提出した。
エ 同年3月20日、A校長は、原告に対し、同月25日午後2時30分に、A校長と共に、県高校教育課に出頭するよう指示した。
オ 同月25日、県教委定例会において、本件懲戒処分が審議された。
そして、同日、原告は、A校長と共に、県高校教育課に出頭したところ、次長から、本件懲戒処分を告げられた。
(2) 判断
県立高校関係者に事故が生じた場合に学校長から県教育委員会に提出される事故報告書の目的は、学校運営の責任者である校長から事故の一部始終を報告させ、もって県教育委員会等の関係機関のその後の適切な対処の一助とするものと推認され、法律上、職員事故報告書の作成及び提出につき本人に通知及び公表することが義務付けられているものとは認められない。そこで、本件行為につき職員事故報告書が作成され、原告に通知及び公表がなされることなく埼玉県教育委員会に提出されたとしても、違法事由に該当するということはできない。
また、埼玉県教育局職員の来校や、県高校教育課への出頭に際し、その理由を説明することは、法律上も条理上も要求されるものではなく、また、埼玉県教育局職員の来校や県高校教育課への出頭の理由を説明しないことが、原告の権利利益を害すると認めることもできない。したがって、これらの事情は本件懲戒処分の違法事由とはなり得ない。
さらに、原告は、県教委定例会における、本件懲戒処分に関する審議が不十分であった旨主張するが、県教委定例会において、本件懲戒処分のほか複数の案件が審議されたとしても、それをもって、本件懲戒処分の審議が不十分であったと認めることはできないし、ほかに本件懲戒処分の審議が不十分であったと推認させる事情は見当たらない。
(3) 小括
以上より、本件懲戒処分の手続に違法事由は認められない。
4 結論
以上の次第であり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 城阪由貴)