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さいたま地方裁判所 平成17年(行ウ)30号 判決 2006年11月29日

原告

株式会社X社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

岩佐憲一

被告

小鹿野町

同代表者兼処分行政庁

小鹿野町町長 関口和夫

被告訴訟代理人弁護士

藤木孝男

加藤純二

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  認定事実

基本的事実関係に加え、証拠(適宜掲記する)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1)  本件不許可処分に至る経緯

ア  原告は、平成14年8月30日、小鹿野町町長に対し、本件申請をした。これに対し、小鹿野町町長は、平成14年10月4日付けで、原告代表者に社会的信頼がないこと、原告の本件事業に係る計画に一貫性がないこと、原告には本件事業の実施に当たり施工能力・資力に欠けること等を理由として、不許可決定処分をした(旧不許可処分)。

原告は、旧不許可処分を不服として、平成15年2月5日、小鹿野町町長に対し、当裁判所に訴えを提起した(平成15年(行ウ)第11号)。当裁判所は、平成17年3月16日、旧不許可処分にはその処分に際し審査基準の設定・公表がなく、また適法な理由が示されなかった違法があり、小鹿野町行政手続条例5条、8条1項に違反する等と判示して、旧不許可処分を取り消し、同判決は確定した。

イ  ところで、上記判決は、手続的理由から旧不許可処分を取り消したものであり、その拘束力は本件申請に係る被告の実体的判断には及んでいなかったので、本件申請については、いまだ許可不許可処分がなされていない状態に戻った。そこで、被告は、審査基準を定めてから本件申請について再度審査をすることとし、平成17年3月28日、改めて小鹿野町行政手続条例5条に従い本件審査基準を設定し、公表した(〔証拠略〕)。

その主な内容は、

「3 審査基準

条例9条及び小鹿野町土砂等による土地の埋立等の規則に関する規則7条に定めるものの他、次のとおりとする。

(1)  土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に行うに足りる知識及び経験を有すること。

(2)  土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に、かつ、継続して行うに足りる資力及び信用を有すること。

(3)  事業主が次のいずれにも該当しないこと。

<1>  成年被後見人若しくは保佐人又は破産者で復権を得ない者

<2>  禁固刑以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から5年を経過しない者」

というものである。

また、被告は、同日、事業に係る土砂等の総量が5000m3を超えるものについては、本件審査基準に基づく判断基準を次のとおり定めてそれを被告生活環境課に備え付け、公にした(〔証拠略〕)。

1 土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等による土地の埋立等のたい積及び原状回復を的確に行うに足りる知識及び技能を有することの判断基準。

(1)  当該事業を行うに足りる従業員及び技能者を有すること。

(2)  事業実績があること。

(3)  建設業の許可を受けていること。

(4)  当該事業を行うに足りる機械設備を保有すること。

(5)  その他町長が知識及び技能を有する判断に必要と認めたもの。

2  土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等による土地の埋立等のたい積及び原状回復を的確に行うに足りる資力及び信用を有することの判断基準。

(1)  事業を円滑に遂行するに当たって支障をきたす、著しい債務超過のないこと。

(2)  確定申告が毎年行われていること。

(3)  土砂流失等の安全対策工事の施工に必要な預金残高を保持していること。

(4)  国税及び地方税が完納されていること。

(5)  その他町長が資力及び信用を有する判断に必要と認めたもの。

ウ その後、小鹿野町町長は、平成17年4月15日付けで、原告に対し、「土砂等による土地の埋立等事業許可申請に係る書類の提出について(通知)」と題する通知書及び本件審査基準を送付した。ただし、同町長は、上記通知書に本件判断基準を添付しなかった。同町長は、上記通知書において、原告に対し、建設業の許可の写し、経営事項審査結果通知の写し、確定申告書の写し及びその添付書類、預金通帳の写し等の提出を求めた(〔証拠略〕)。

原告は、同月22日、小鹿野町町長に対し、前記通知書について回答書を提出したが、提出を求められた書類の写しは添付しなかった。

被告は、平成17年5月23日、本件事業審査会を開催した。本件事業審査会において、被告側出席者と原告側出席者との間で、現在の原告の会社の概要等、本件事業の内容・計画等や安全対策への取り組みの考え方、本件事業の工事期間についての質疑応答がなされた。また、被告側出席者は、原告に対し、原告から提出されなかった建設業の許可証、原告の従業員や技術者に関する資料、確定申告書、預金通帳等について質問をし、それらが求められている理由等について説明した。D生活環境課長は、本件事業審査会の終了前、「許可等の審査基準については送付させていただいておりますけど、それに基づく判断基準も併せて定めておりますので、生活環境下に備え付けてありますので必要に応じてご覧いただけたらと思います。」と発言した(〔証拠略〕)。

原告は、その後、平成17年5月30日付で申告した平成14年9月1日から平成15年8月31日まで及び平成15年9月1日から平成16年8月31日までの確定申告書、国税及び地方税の納税証明書、いくつかの銀行の平成17年5月下旬現在の残高証明書等、上記通知書で提出を求められていた書類の一部を提出した。

小鹿野町町長は、平成17年6月27日付けで、事業主である原告は本件事業等を行うに足りる知識・経験や資力・信用に欠けることを理由として、本件申請について、再度不許可決定処分をした(本件不許可処分。〔証拠略〕)。

2  判断

(1)  本件審査基準について

小鹿野町行政手続条例5条1項は、行政庁は、申請において求められた許認可等をするかどうかをその条例等の定めに従って判断するため必要とされる基準(審査基準)を定めるものとし、同条2項は、審査基準を定めるに当たっては、当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならないとし、同条3項は、行政上特別の支障があるときを除き、条例等により当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならないと規定し、審査基準の設定、公表について定めている。

小鹿野町行政手続条例が、このように審査基準の設定・公表を定めた趣旨は、申請しようとする者は、どのような場合に申請が拒否されるのか、あるいは、申請が認められるにはどのような要件を備えていなければならないかをあらかじめ知ることができ、申請が拒否されたときは、どのような基準によって、申請が認められなかったかを知ることができるため、行政庁の判断過程の透明性が確保され、申請者の側にとって、予測可能性が高まるとともに不公正な取り扱いされることが防止されるというところにあると解される(もっとも許認可等の性質上、個々の申請について個別具体的な判断をせざるを得ないものであって、条例等の定め以上に具体的な基準を定めることが困難であると認められる場合、又は許認可等の基準が許認可等の性質に照らして条例等の定めに尽くされ当該条例等の定めによってのみ判断することができる場合等は、行政庁は別に審査基準を定めることを要しないと解される。また、審査基準は、当該許認可等を規定している条例について小鹿野町行政手続条例施行後は可及的速やかに定めておくべきものであるが、本件のように、それまで審査実績のないケースについて初めて審査する場合等やむを得ない場合には、遅くとも審査の必要が生じた段階で何らかのものが定められ公にされれば足りると考えられる。)。

これを本件についてみるに、被告が作成した本件審査基準は、申請に係る事業が、条例・規則の定める施工内容や施工基準を満たすものであることの他、(1)事業主等が土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に行うに足りる知識及び経験を有すること、(2)事業主が土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に、かつ、継続して行うに足りる資力及び信用を有すること、さらに、(3)事業主が、<1>成年被後見人若しくは保佐人又は破産者で復権を得ない者又は<2>禁固刑以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から5年を経過しない者に該当しないことを求めているところ、同基準によれば、被告が申請に係る事業を許可するか不許可にするかを決する審査において、事業計画や事業の内容が条例・規則に違反せず、その定める施工内容・基準を満たすものであることや事業主が事業施工や原状回復をなすに当たって必要な知識・経験及び資力・信用に関する事項が考慮されることが予定されていることが読みとれ、申請しようとする者は、どのような場合に申請が拒否され、あるいは、申請が認められるためには、どのような要件を備えていなければならないかをあらかじめ一定程度知ることができるといえる。そして、土砂等による土地の埋立等の事業許可の申請事業の内容や規模によって、要求される事業施工能力や資力が異なりうることを併せ考慮すると、本件審査基準が具体性に欠け、小鹿野町行政手続条例5条2項に違反するものとまではいえない。

そして、原告の本件申請は、平成14年8月30日付でなされたものであり、平成14年改正前の条例(本件条例)5条の規定に従って許否が決せられるべきであるが、上記申請についても、これまでの経緯に照らし、本件審査基準が適用されるべきであるといえる。したがって、この点の原告の主張は理由がない。

(2)  本件判断基準について

ア  本件判断基準は、事業に係る土砂等の総量が5000m3を超えるものについて、本件審査基準3(1)及び(2)をさらに補完するものとして、本件審査基準3(1)については「(1)当該事業を行うに足りる従業員及び技能者を有すること、(2)事業実績があること、(3)建設業の許可を受けていること、(4)当該事業を行うに足りる機械設備を保有すること、(5)その他町長が知識及び技能を有する判断に必要と認めたもの。」と、本件審査基準3(2)については「(1)事業を円滑に遂行するに当たって支障をきたす、著しい債務超過のないこと、(2)確定申告が毎年度行われていること、(3)土砂流失等の安全対策工事の施工に必要な預金残高を保持していること、(4)国税及び地方税が完納されていること、(5)その他町長が資力及び信用を有する判断に必要と認めたもの。」と定めているものである。そして、乙17及び弁論の全趣旨によれば、本件判断基準は本件審査基準とともに、平成17年3月28日に被告生活環境課に備え付けて公にされ、本件審査基準と一体となって小鹿野町行政手続条例5条に定める審査基準を構成しているものと考えられる。

ところで、審査基準は、当該許認可の性質に照らしできる限り具体的なものとすることが要請されるところ、本件判断基準は、事業に係る土砂等の総量が5000m3を超えるものについて、この要請に基づき、本件審査基準を一層具体化し、本件審査基準の3(1)の「知識及び経験基準」及び3(2)の「資力及び信用基準」の判定に当たって、普通立証を求められる典型的な事項を示したものと解するのが相当であり、事業主に事業実績があること、事業主が建設業の許可を受けていること、当該事業を行うに足りる機械設備を保有すること、確定申告を毎年度行っていること、国税及び地方税を完納していること、著しい債務超過がなく、土砂流失等の安全対策工事の施工に必要な預金残高を有してることなどは、事業主の事業施工や不適切な工事や違法な工事がなされた場合の原状回復に係る能力や資力の有無を判断するに当たって考慮されるべき典型的事項として不適切なものであるとはいえない。

もっとも、本件審査基準及び本件判断基準は、あくまで行政判断の透明性を高め、本件条例5条許可に関し行政庁の裁量権行使が適切に行われるため定められた行政内部の解釈指針ないし裁量基準で、判断基準1及び2の各項目に示された事項が法令上の許可の要件になっているとまではいえないから、判断基準1及び2の各項で要請されている事項に関する資料の提出がなかった場合でも、場合によっては審査基準を満たし、許可相当とされる場合もあり得ると考えられる。そして、本件において被告の行った不許可処分は、原告から提出された限りの資料及び被告の手持ちの資料に基づき、本件審査基準3(1)及び(2)の要件を満たすかどうかの観点から判断がなされたものと認められ、必ずしも原告が判断基準1及び2の各項で要請されているすべての条件を満たしていないとの理由から不許可となったとまでは認めがたい。

このように、本件判断基準は、申請事業に係る土砂等の総量が5000m3を超えるものについて、本件審査基準の3(1)及び(2)の審査に当たって普通考慮されるべき典型的な事項につき行政内部の指針としてできる限りの具体化を行ったものと理解され、その限りで何ら小鹿野町行政手続条例5条に違反するものではない。また、本件判断基準に基準としての合理性、具体性がないということはできず、本件判断基準は行政内部の取扱指針としての性格を有するに止まり、法令としての効力を有するものではないから、判断指針が条例にない要件を設定しているもので違法ということもできない。そうすると、本件判断基準の策定及びこれと一体となった本件審査基準による審査については、小鹿野町行政手続条例5条違反に該当するということはできないというべきである。

イ  告知聴聞の機会について

小鹿野町行政手続条例において、行政処分は、「申請に対する処分」と「不利益処分」(許認可の取消し等)に2分され、告知聴聞手続は「不利益処分」に適用されることが予定されているものである。そして、本件不許可処分は「申請に対する処分」に該当するものであり、「申請に対する処分」においては、審査基準の設定と公表(5条)、申請に対する処分を拒否する場合の「理由の提示」(8条)等が定められているものの、「告知聴聞」手続までは要求されていない。そうすると、本件不許可処分に当たり、本件判断基準についての告知や聴聞がされていないから、手続上の瑕疵があるとの原告の主張は前提を欠くもので、採用できない。

なお、前記認定事実によれば、被告は、本件審査基準のみならず本件判断基準も平成17年3月28日策定後直ちに生活環境課に備え付け、公にする手続をとったこと、しかし、被告は原告に対する平成17年4月15日付通知書(〔証拠略〕)において本件審査基準は添付したものの、本件判断基準を添付しなかったことが認められる。ところで、審査基準や判断基準は、もともと行政内部の取扱指針であって、事務所等への備え付けなど適当な方法により公にすることが予定され、申請者各自に積極的に告知することまで要請されているものではない。しかし、小鹿野町行政手続条例に定める審査基準の策定・公表義務違反ということで、いったん旧不許可処分が取り消され、原告の申請が残ったままの状態となったという本件の経緯を考えると、被告としては、既に許可申請を行っている原告に対しては、本件審査基準や判断基準が策定されたことをできるだけ早期に伝えることが望ましかったことはいうまでもない。しかし、被告のB課長は、同年5月23日に開催された本件事業審査会において、原告に本件判断基準のコピーを渡し、かつ、同審査会の終わりに「許可等の審査基準については送付させていただいておりますけれど、それに基づく判断基準も併せて定めておりますので、生活環境課に備え付けてありますので、必要に応じてご覧いただけたらと思います」と本件判断基準に言及していることが認められる。これらを通観すると、遅くとも平成17年5月23日までには、原告としても本件審査基準や本件判断基準の存在を認識していたと認められ、前記のような事情をしん酌したとしても、本件審査基準及び本件判断基準の策定や公表過程について小鹿野町行政手続条例違反その他の手続上の瑕疵があったと認めることはできない。

(3)  そして、被告は、本件不許可処分の理由について詳細に述べており、理由の提示において不相当とすべきところはない。

(4)  そうすると、本件審査基準、本件判断基準の設定、公表、それらに基づく審査、本件不許可処分に係る理由の提示について、小鹿野町行政手続条例5条、8条違反その他の手続上の瑕疵があったと認めることはできず、この点の原告の主張は採用することができない。

(5)  本件不許可処分の実体的理由について

原告は本件不許可処分の実体的な違法については特に言及していないが、乙号各証によれば、次の事実が認められる。

ア  原告は、本件許可申請に関して平成9年7月に事前協議申請を行ったが、それまでは休眠会社であり、事業をほとんど行っておらず、平成14年8月の本件許可申請をした頃も、原告の売上はほとんどなく、固定資産も僅かであり、原告の第3期(平成10年9月1日から平成11年8月31日まで)、第4期(平成11年9月1日から平成12年8月31日まで)、第5期(平成12年9月1日から平成13年8月31日まで)の決算書には銀行等から約3600万円以上の借入金の記載がある。その後の確定申告書では、原告代表者Aの貸付金を除き銀行債務の記載がなく、被告は、原告においてそれらをどのようにして弁済したのかについて資料の提出を求めたが、原告からはそれらの資料は提出されなかった。

イ  原告は、平成10年1月にノンバンクであるファーストクレジット株式会社から2100万円を借り入れたが、自ら返済できず、連帯保証人からの求償にも応じられなかった。連帯保証人Cは原告に求償金2300万円の支払を求める訴訟をさいたま地裁秩父支部に提起し、全額認容の判決が下された。

ウ  原告から、平成14年8月15日現在において、足利銀行秩父支店に3200万円の預金がある旨の残高証明が提出されているが、これは平成14年8月15日直前に個人から借り入れたものであり、その後原告はその借入金を個人に返還している。また、原告から、平成17年5月26日現在において、足利銀行同支店の約5000万円の残高証明が提出されているが、上記連帯保証人Cが同年6月末に債権差押えの手続をしたところ、足利銀行秩父支店の回答は、原告の預金残高は普通預金で273円のみとする回答であり、原告が平成17年5月当時において自己の財産として50000万円もの銀行預金を有しているとは到底認めがたい。

これらを総合すると、原告に事業実績はなく、原告の資産、信用は乏しく、申請にかかる事業を円滑に遂行し得る能力、不適切な工事がなされたときに原状回復能力があるかどうか等については極めて疑問があり、被告において、原告については本件審査基準3(1)の「土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に行うに足りる知識及び技能を有すること」及び本件審査基準3(2)「土砂等による土地の埋立、盛土、土砂等のたい積及び原状回復を的確に、かつ、継続して行うに足りる資力及び信用を有すること」に適合しているとは認められず不許可とした判断に不相当なところがあるということはできない。

3  結論

以上のとおり、本件不許可処分には原告の主張するような手続的な違法事由はなく、また、本件不許可処分の実体的違法について原告は争わず、その点も含めて本件不許可処分を違法とするその他の事由も認められない。

したがって、原告の請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 富永良朗 櫻井進)

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