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さいたま地方裁判所 平成17年(行ウ)43号 判決 2008年4月30日

主文

1  原告らの平成10年5月20日付県営小島土地改良事業計画に係る無効確認の訴えを却下する。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件原計画の無効確認の訴えの適法性)について

前記争いのない事実等によれば、本件変更計画は、法87条の3第1項に基づき、本件原計画を変更するものとして、平成16年6月21日付で定められ、同年6月25日、本件原計画が変更された旨が公告されるとともに、同月28日から同年7月26日までの間、本件変更計画書の写しが縦覧に供され、その後異議申立期間内に異議申立てがなかったことが認められる。そうすると、被告は、以降、本件変更計画に基づき、本件土地改良事業を施行することになるのであるから、本件原計画に基づき、同事業が施行されることはなくなったものというべきであり、原告らの本件原計画決定の無効確認を求める訴えは、既にその法律上の利益を失うに至ったものとして却下を免れない。

これに対し、原告らは、本件変更計画は、本件原計画の数値を若干変更したものに過ぎず、変更部分以外については、本件原計画が依然として効力を持つ旨主張する。

ところで、土地改良計画が変更されるのは、施行区域の変更、主要工事計画及びこれに係る事業経費等の重要部分を変更する場合である(法87条の3第1項、規則61条の7、同38条の2)。

〔証拠省略〕によれば、本件変更計画では、非農用地1.4ヘクタール及び農用地1.5ヘクタールが地区に編入され、農用地等1.0ヘクタールが除斥されたこと、主要工事計画として、用水路が2453メートル、道路が合計1068メートル延長されたこと、さらに、事業経費が5300万円減額されたことが認められ、法の要求する要件を充たしていることから本件原計画の変更が行われたものといえる(そして、上記変更は、重要な部分の変更ではあるが、なお、本件原計画を根本的に変更するものではなく、なお変更の範囲にとどまっているものといえる。)。そうであれば、本件原計画は効力を失い、本件変更計画のみが効力を有することになる。

したがって、原告らの主張は採用できない。

以下では、本件変更計画の無効原因について検討することとする(なお、本件変更計画は本件原計画が有効であることを前提として変更したのであるから、その限りにおいて本件原計画の無効原因を主張することができるといえる。)。

2  争点2(本件変更計画は憲法14条に違反するか)について

〔証拠省略〕によれば、本件土地改良事業は、その事業費10億1600万円のうち、89パーセント、つまり9億円余りを国、埼玉県及び熊谷市が負担する計画であること、そして、本件土地改良事業の実施により、直接的な利益を受けるのは本件事業地区の農用地の所有者であることが認められる。

しかし他方、農用地の所有者は、農業生産力の増進等を図るため、その財産権の自由が一定程度制限されているところ(農地法1条、3条ないし5条、20条等)、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件土地改良事業は、本件事業地区の農業生産基盤を整備し、農家の経営規模の拡大を可能とすることによって、生産性の向上を促進し、地域農業の中心となる担い手農家を育成することを目的としていることが認められ、このことに、我が国においては、農業の担い手を確保し農業の持続的発展を図ること(食料・農業・農村基本法4条)や、農業の健全な発展を図ること(農業振興地域の整備に関する法律1条)が要請されていることを併せ考慮すると、本件変更計画の実施により当面、本件事業地区の農用地所有者が直接的な利益を受けるとしても、その実施はあわせて農業の発展に寄与し公共の利益をもたらすのであって、社会全体の利益をもたらすものであり、また、事業費の一定割合が公費により負担されるとしても、それは上記社会的な利益をもたらすことに照らし合理性を有するものである。そうであれば、本件変更計画が3条資格者とそれ以外の者とを合理的な理由のない差別をしているということはできない。

したがって、原告の主張は理由がない。

3  争点3(本件変更計画は憲法29条に違反するか)について

土地改良事業が実施されると、事業の対象となった地区の農業者の財産権等は影響を受ける。そこで法は、本件土地改良事業のような県営土地改良事業について、3条資格者は、都道府県知事に事業の実施を申請する前に、土地改良事業の計画の概要等を公告して、事業施行区域内の3条資格者の3分の2以上の同意を得なければならないこと(85条2項)、同知事が土地改良事業計画を定めた後は、その旨を公告するとともに当該土地改良事業計画書の写しを縦覧に供しなければならないこと(87条5項)を規定するなど、当該地区の農用地の所有者に当該土地改良事業計画を知る機会を与えている。これに、土地改良事業の実施により、農用地の所有者は、従前の農用地の換地が定められることが前提とされており、農用地を一方的に収用されるわけではないことをも併せ考えると、上記の手続が対象地域の農用地の所有者にとって合理性に欠けていることが明らかであるとか、立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなるとは認められない。そして、前記争いのない事実等によれば、被告は、法に定める手続を実施したことが認められる。

そうすると、仮に、原告らが計画策定手続や上記公告、縦覧がされたことを知らなかったとしても、本件変更計画が憲法29条に違反するとはいえず、原告らの主張は採用できない。

4  争点4(本件原計画及び変更計画は令所定の土地改良事業の施行に関する基本的な要件を充たさないか)について

都道府県知事は、県営土地改良事業として実施することを適当とする旨の決定を行ったときは、省令の定めるところにより、専門技術者が当該土地改良事業の技術調査をして提出する報告に基づき令2条各号所定の基本的な要件に適合するように事業計画を定めなければならない(法87条3項、8条4項1号、令2条)。そして、令2条は、それら基本的要件として、必要性(同条1号)、経済性(同条3号)、負担費用の妥当性(同条4号)等の要件を規定する。

ところで、県営土地改良事業の変更に関する法87条の3は、法8条4項や原計画の場合の法87条3項を準用しておらず、県常事業である本件原計画の変更をする場合には、前記の基本的要件は、その法律上の要件とされていないことになる。しかしながら、これは変更計画において、令2条の要件を充たす必要がないことを意味するものではなく、法は、むしろこれを当然の前提とした上で、原計画決定の際の基本的要件の審査を重要なものとして位置付けているものと解され、そうすると、変更計画においても原計画同様に基本的要件の充足が必要というべきである。

そこで本件原計画及び変更計画について基本要件の具備について検討する。

(1)  必要性

ア  令2条1号は、土地改良事業の施行に関する基本的な要件として、当該土地改良事業の施行に係る地域の土壌、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすることを求めている。

イ  〔証拠省略〕によれば、本件事業地区ではこれまで大雨が降ると雨水が滞留したこと、主要作物であるやまのいもは、地中にある茎が肥大した部分を収穫する作物であり、地表面が水に覆われていなくとも作土中の水分が過剰になれば、被害が生じ、冠水1日で30パーセント近くの被害が生じうる作物であって、本件事業地区を含む地域において、平成3年には117.4ヘクタール中98.1ヘクタールで被害(うち62.8ヘクタールについては30パーセント以上の被害)が生じ、また、平成10年にも124ヘクタール中10ヘクタールで被害(うち1ヘクタールについては30パーセント以上の被害)が生じていること、また本件事業地区内の道路が狭く、区画が小さいことが認められ、そして他方、この地区について排水等の設備や道路が整備され、区画整理が行われると、被害の防止や労働投下量等が減少することとが可能となり、本件原計画は、やまのいもの生産量は作付面積の減少及び湛水被害防止により、差引き44トン減少することとされているものの、ねぎ及びごぼうの生産量が作付面積の増加により、それぞれ84トン、25トン増大することとされていること、また、本件変更計画では、やまのいもの生産量が作付面積の増加及び湛水被害防止により43トン、ねぎの生産量が作付面積の増加により81トン増加することとされていることが認められる。

そうすると、本件原計画及び変更計画は、本件事業地区の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大や、農業構造の改善に資するために、土地改良事業を必要としているものということができる。

ウ  これに対し、原告らは、本件原計画及び変更計画における、やまのいも、ねぎ及びごぼうの増産計画は実現不可能であるなどとして、本件土地改良事業には必要性がない旨主張する。

(ア) やまのいもの増産について

〔証拠省略〕によれば、本件原計画及び変更計画の各生産計画は、湛水被害防止面積として、本件土地改良事業により新設される排水機場の受益面積(28ないし29ヘクタール)を計上していること、また本件原計画及び変更計画は湛水面積としてそれよりも少ない13ヘクタールを想定していることが認められる。

他方、〔証拠省略〕によれば、本件事業地区では、上記イのとおりの被害が生じており、さらに、やまのいもには降雨量が増加すると単位面積当たりの収穫量及び出荷量が減少するという関係があること、加えて、被告が本件原計画及び変更計画で計上したやまのいもの被害防止効果量は10アール当たり95キログラムであり、10アール当たり収量674キログラムないし798キログラムの約14パーセントないし12パーセントであること(収穫皆無換算面積は約3.6ヘクタールないし3.3ヘクタール)が認められ、これら事情を併せ考えると、本件変更計画上、湛水面積を13ヘクタールとし、被害防止効果面積として、それを上回る29ないし28ヘクタールを計上したことを不合理ということはできない(なお、本件変更計画において、現況の作付面積や生産量の数値を見直したことが不合理といえないことは、後記7記載のとおりである。)。

また、本件土地改良事業の実施により、区画整理等がされ、労働投下量等が減少するのであるから、不耕作地が解消する見込みがないとはいえない。

そうすると、本件変更計画において、やまのいもの増産量として43トンを計上したことが実現不可能であるということはできない。

(イ) ねぎ、ごぼうの増産

〔証拠省略〕によれば、本件原計画及び変更計画上、事業実施前後の作物あたりの所要労働時間は、やまのいもについて65時間減(244時間→179時間)、ねぎについて185時間減(361時間→176時間)及びごぼうについて79時間減(161時間→82時間)とされていることが認められ、これによれば、ねぎの所要労働時間が大きく減少するのであるから、ねぎの作付面積が増えることは十分考えられる。また、後継者のいない農用地の所有者等についても意欲のある営業者に農用地を貸し付けることは可能であり、〔証拠省略〕によれば、そのような賃貸も行われていると認められるのであるから、本件事業地区の農業人口が高齢化しているとしても、そのことをもって作物の増産が実現不可能であるとはいえない。さらに、本件作付方式の図(〔証拠省略〕)によれば、現況と計画の作付方式の間には差がないことが認められるが、作付方式には、やまのいも、ねぎ及びごぼうを作付するものとやまのいものみを作付するものがあり、作付方式が同じであっても、ねぎの作付けをする畑の比率を増やせば、ねぎの増産は可能と考えられる(なお、本件変更計画では、ねぎが増産されるのに、ごぼうが増産されないこととされていることが認められ、同計画の作付方式の図によればねぎを増産すればごぼうも増産されると考えられるので、同図からはねぎの作付面積の増加がごぼうの増加につながらないとの生産計画は直ちには理解しがたいが、このことは本件変更計画を無効とするような重大かつ明白な瑕疵とはいえない。)。そして、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件土地改良事業に係る工事が施工された本件事業地区の一部の畑では既にねぎが作付されていることが認められ、そうすると、今後も事業の完了に伴い、作付量が増加することが想定される。以上によれば、ねぎの生産量を3倍増加させることが実現不可能であるとはいえない。

(ウ) 以上のとおりであるから、本件変更計画が令2条1号の必要性の要件を充たさないとはいえず、原告らの主張は採用できない。

(2)  経済性

ア  令2条3号は、土地改良事業の施行に関する基本的な要件として、当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用を償うことを求めている。〔証拠省略〕によれば、被告は、本件原計画及び変更計画の効果及び費用を農林水産省が定めた効果測定基本通知の基準に準拠し測定したこと、本件原計画及び変更計画においては、農業生産向上効果は、湛水被害の防止とねぎやごぼうの増産により年間857万4000(本件原計画)ないし1097万5000円(本件変更計画)得られるとされていること、また、営農経費節減等による効果が、主に作物栽培労働力等の軽減により年間7513万6000円(本件原計画)ないし6271万2000円(本件変更計画。ただし、いずれの計画でも設備の維持管理費は増加するとされている。)得られるとされていること、本件原計画及び変更計画における総事業費は、10億6900万円(本件原計画)ないし10億1600万円(本件変更計画)であり、そして、これらの数値を基に、専門技術者は、その調査報告において、還元率0.0732(本件原計画)ないし0.0626(本件変更計画)、建設利息率0.0325を用いて、妥当投資額を11億0727万5000円(本件原計画)ないし11億4067万1000円(本件変更計画)、投資効率(=妥当投資額÷総事業費)を1.04(本件原計画)ないし1.12(本件変更計画)と算定したことが認められる。

以上被告が前提とした数値やその計算過程において特段不合理な点があると認めるに足りる事情はない。そして、上記計算によれば、本件土地改良事業の投資効率は1を超えるのであるから、同事業において、そのすべての効用がそのすべての費用を償うように定められていないとはいえない。

イ  これに対し、原告らは、経済性の調査結果が本件原計画及び変更計画の各計画書に記載されていないことは違法であると主張する。しかし、効用と費用については、法律上、専門技術者の調査事項には含まれる(法8条3項)ものの、土地改良事業計画において定められなければならないとはされていない(法87条2項、7条3項)のであって、原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、本件原計画及び変更計画は、その効用及び費用を測定する前提に種々の瑕疵がある旨主張する。しかしながら、①については、前記のとおり、ねぎ、ごぼう及びやまのいもの増産計画が実現不可能とはいえない。②については、排水路は、柵渠とするより上水路とする方が工事費がかからないと考えられるところ、〔証拠省略〕によれば、本件原計画では、排水路の構造はすべて柵渠とされていたが、本件変更計画では排水路の一部が柵渠ではなく、土水路に変更されたことや、工事費の経年変化による自然減があるとされたことが認められ、そうであれば、たとえ事業量が増加したとしても、事業費の減少が生じたことが不合理であるとはいえない。③については、前示のとおり、設備の維持管理費の増加については、効用計算において負の要素として考慮されている。④については、〔証拠省略〕によれば、近年の土地改良事業は農業経営効果向上を主要な目的とするものが多いことが認められ、本件土地改良事業が農業生産基盤を整備することによって、効率的な農作業を可能にしようとするものであることからすると、本件土地改良事業の全ての効用の中で農業経営向上効果が大きい割合を占めていることが異常であるとはいえない(なお、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件原計画及び変更計画の経営向上効果は、相応の根拠に基づき算出されていると認められ、これを不合理であると認めるに足りる事情は認められない。)。したがって、原告らの主張は採用できない。

ウ  なお、〔証拠省略〕によれば、本件変更計画の施行後でも、各農作物に係る10アール当たりの収入(ねぎ43万2494円、やまのいも26万5734円、ごぼう22万6941円)よりも、被告が効用の測定に当たり使用した積算モデルに基づく10アール当たりの費用(ねぎ66万8118円、やまのいも72万1918円、ごぼう36万9455円)の方が高いこと、地域の主要農産物であるやまのいもは、平成3年から平成16年にかけて、年々作付面積が減少していることが認められる。これらのことからすると、原告らが、本件土地改良事業による効用の実現が不可能であると主張し、公費を投入して土地改良事業を施行しても、農用地の耕作が放棄されたり、違反用途に転用されたりすると主張することも相応の根拠があるというべきである。

しかしながら、上記積算モデルに基づく費用は、現実の費用構造を示すものではなく、土地改良事業の実施による効用の額を把握するために用いられるものに過ぎないこと、本件事業地区における現在の農業の状況が厳しいからこそ、今後改善の余地もあるとみることもできることからすると、これらの事情をもって本件変更計画の無効原因ということはできない。

(3)  負担費用の妥当性

ア  令2条4号は、土地改良事業の施行に関する基本的な要件として、土地改良事業区内の農業者が負担することとなる費用の額がその負担能力の限度を超えてはならないことを求めている。

そして、土地改良事業においては、個々の従前農用地について、それと同等以上の価値を有する換地が定められることを前提としていることに照らすと、上記要件が充足されているか否かは、土地改良事業地区全体において農業者が負担する額の総額と土地改良事業計画が想定する事業施行後の合理的営農によってもたらされる増加所得の総額を比較考量して判断すべきことになる。

イ  〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、被告は、農林水産省の効果測定基本通知に基づき、年償還額(農家負担の年額)及び年総増加所得額を算定し、本件原計画においては、総事業費から国及び県の負担額を引いた額である2億6725万円を基礎に、農家負担年償還額を2842万2000円と算定し(返済期間15年(農林漁業金融公庫の償還期間)及び利子率6.5パーセント(同公庫の上限利率)を前提とする。)、これと増加見込所得額8971万3000円から、所得償還率を0.32(2842万2000÷8971万3000円)と算定したこと、本件変更計画においては、総事業費から国及び県の負担額を引いた額である2億5400万円を基礎に、農家負担年償還額を2701万3000円と算定し(上記と同様の前提)、これと増加見込所得額8121万8000円から、所得償還率を0.33(2701万3000÷8121万8000)と算定したことが認められる。

以上の計算過程に格別不合理な点は認められないところ、上記所得償還率は、本件事業地区における年間の農業者の負担費用の額と増加所得率との比率であるから、農業者の負担費用が増加所得額の3分の1の範囲内に収まっているといえる。そうすると、農業者の負担費用の額がその負担能力の限度を超えることになるとはいえない。

ウ  これに対し、原告らは、原告らには農業後継者がいないので、本件原計画及び変更計画による費用負担ができない旨主張する。しかし、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件事業地区においては、農用地保有合理化法人としての社団法人埼玉県農林公社が農用地を借り上げ、第三者に賃貸する制度が導入され、現に農用地の賃貸がされていることが認められるのであるから、仮に原告らに後継者がいないとしても、原告らは土地改良事業によって整備された後の農用地を賃貸することにより得られる賃料収入をもって、事業費の負担金(なお、弁論の全趣旨によれば、本件土地改良事業においては、国及び県の負担金に加えて、熊谷市から本件事業地区につき設立された土地改良区に対し総事業費の14パーセントに相当する額の補助金交付決定がされていることが認められ、このことを考慮に入れると、個々の農業者の負担は上記金額よりさらに減ることになる。)の支払に充てることは可能であると考えられ、原告らにおいて費用負担ができないとまではいうことができない。

したがって、原告らの主張は採用できない。

5  争点5(本件原計画及び変更計画は決裁権者による決裁を欠くか)について

(1)  法87条1項、87条の3第1項によれば、土地改良事業計画及びその変更計画は、法律上、いずれも知事が定めるべきものとされているところ、前記争いのない事実等によれば、本件原計画ないし変更計画は、いずれも農林整備課長が、知事の名において、専決権を有する者として、定めたことが認められる。

(2)  本庁事務委任規則(〔証拠省略〕)5条、6条によれば、知事の決裁事項及び部長の専決事項は、別表第二、別表第三及び別表第四の知事決裁事項の欄及び部長等専決事項の欄に掲げるとおりとされているところ、別表第二によれば、「県行政の運営方針、事業計画等に関する事務」のうち、「主要な新規事業の計画を樹立し、その実施方針を定めること」は知事の決裁事項とされていること、「主要なものを除く事業の計画を樹立し、その実施方針を定めること」は部長専決事項とされていることが認められ、また、別表第四によれば、「土地改良法の施行に関する事務」は農林整備課が担当機関とされ、同事務のうち、「法86条第1項の規定に基づき、県営土地改良事業の適否を決定すること」は部長専決事項とされていること、法87条1項に基づき、県営土地改良事業計画や法87条の3第1項の変更計画を決定することについて別表第四には定めがないことが認められる。

そして、本庁事務委任規則16条によれば、別表第二と別表第四に掲げる事項が競合している場合は、別表第四に掲げるところによるとされていることが認められ、別表第四は、別表二よりも特定された内容を規定したものであるから、土地改良法の施行に関する事務については、別表第二の適用はなく、別表第四に掲げるところによるものと解するのが相当である。

また、本庁事務委任規則8条によれば、課長の専決事項は、知事の決裁事項、部長等の専決事項以外の事項とされていることが認められ、前示のとおり、土地改良法の施行に関する事務については、別表第二の適用はなく、別表第四に掲げるところによるものであり、事業計画の決定及びその変更計画の決定は、別表第四において部長の専決事項とされていないのであるから、農林整備課長の専決事項に属するものと解される。

(3)  もっとも、本庁事務委任規則10条によれば、専決権限を有する者は、専決事項であっても、事案について現に紛議を生じ、若しくは生ずるおそれがあると認められるとき(同条3号)は、上司の決裁を受けなければならないとされていることが認められる。

〔証拠省略〕によれば、本件事業地区に係る土地改良事業計画は、昭和61年から昭和63年にかけても準備されたが、反対運動が起きて頓挫したこと、その後再度対策を求める気運が高まり、本件土地改良事業計画の準備が進められてきたこと、原告X1らの本件事業地区内の農用地所有者の一部は、本件原計画決定後も、本件土地改良事業の実施に反対を続けていたことが認められるが、土地改良事業が3条資格者の3分の2の賛成をもって申請できることからすると、法自体反対を予定しているといえ、上記事情をもって直ちに上司(農林部長)の決裁を受けないで行った農林整備課長の決裁が、その裁量を逸脱し違法であったとまではいえない。

6  争点6(本件原計画及び変更計画は専門的知識を有する技術者の調査報告を欠くか)について

(1)  県営土地改良事業計画は、法8条4項1号の令で定める基本的な要件に適合するものとなるように定めなければならない(法87条3項)ところ、法87条2項が準用する法8条2項は、都道府県知事が、これを定めるにつき、農用地の改良、開発、保全又は集団化に関し専門技術者が調査して提出する報告書に基づかなければならないとし、事業計画の決定自体がこの報告に基づかなければならないものとしている。そして、法8条3項は、前項の調査は、当該土地改良事業のすべての効用と費用を含むものでなければならないと定めている。これらの規定の趣旨は、専門技術者が、客観的な観点から土地改良事業計画を実質的に審査することによって、事業計画の決定が適正に行われるようにしたものと解される。

(2)  これを本件についてみると、〔証拠省略〕によれば、本件原計画ないし変更計画についての専門技術者の各報告書は、それぞれ別紙を含めて5、6頁程度であり、内容的にも、さほど高度に専門的な事項は記載されていないことが認められる。

しかしながら、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件原計画及び変更計画は、農用地の区画を整理し、排水路及び道路を整備し、排水機場を設けることを主内容とするところ、同工事のほとんどは土木工事であり、特に高度な技術を要しないものであること、上記専門技術者による調査は、書面調査にとどまらず、現地調査を含むものであったこと、上記調査は、事業の必要性、技術的可能性、経済性、農業者の費用負担能力等、技術調査報告に求められる事項を網羅していること(土地改良法施行規則15条)、本件原計画に係る報告書(〔証拠省略〕)には、技術的意見として、排水機の機種決定に当たっては十分に検討する必要がある、排水機場は高圧電力を利用することから専門的知識を有する者に委託すべきであるなどと記載され、また、本件変更計画に係る報告書(〔証拠省略〕)には、技術的意見として、堤防天端からの転落防止対策を検討すべきである、排水機場の管理操作の引継ぎについて十分調整が必要であるなどと記載されるなど、技術者の視点からの指摘事項があることが認められ、これらの事実に照らすと、本件原計画及び変更計画については、事業計画の内容に係る実質的な調査が実施されなかったとはいえない。そして、前記争いのない事実等によれば、本件原計画及び変更計画は、上記専門技術者の各報告に基づき、決定されたことが認められる。

(3)  したがって、本件原計画及び変更計画が、専門技術者の調査報告を欠くとはいえない。

(4)  これに対し、原告らは、調査・報告を行った者は、法8条2項が予定している専門技術者に該当しない、あるいは、調査・報告を行った者に対する職務命令行為がなかったなどと主張する。

確かに、前記の通り、法は、土地改良事業計画を第三者的な立場から検証するために専門技術者による調査報告制度を設けたものであるといえ、その観点からすると、被告の職員を起用するよりは組織外の専門家を起用した方がその趣旨を全うすることができたといえる。もっとも、法は、調査者を決定者の所属職員としてはならないとの規定は置いていないところ、調査者が本件原計画及び変更計画の各原案の作成に携わったと認めるに足りる証拠がない本件においては、被告の職員であることをもって上記調査・報告を行った者が、法8条2項が予定している専門技術者に該当しないとはいえない。

また、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件原計画及び変更計画に関し、調査、報告を行った者から農林整備課長に対し、技術調査を実施して良いかとの伺い書が提出されているものの、農林整備課長ないし他の権限を有する者から調査・報告を行った者に対し、技術調査を命じる旨の文書は存在しないことが認められる。しかしながら、前記争いのない事実等のとおり、技術調査の結果の報告がされたことは認められ、これに、職務命令が口頭で行われ得ることを併せ考慮すると、上記命令文書の不存在をもって職務命令の不存在を推認することはできない。

そうすると、原告らの主張は採用できない。

7  争点7(本件変更計画の手続的瑕疵)について

原告らは、本件原計画及び変更計画の決定の過程において、事業同意者名簿内に原告らの署名が偽造されたとか、本件事業地区内の農業者に対し土地改良事業に関する虚偽の説明がされたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、本件変更計画は、本件原計画の工事完了期間を過ぎた後に定められ、本件変更計画策定時に計画上の「現況」の数値を見直しているのであるから、変更計画ではなく、新規計画に該当し、それにもかかわらず、変更計画として決定されたものであるから無効である旨主張する。

しかしながら、前示1のとおり、本件変更計画は、本件原計画を変更するものとして法の規定に従い定められたものである。そして、本件原計画書上の工事完了時期は、その予定時期を示すものに過ぎず、本件原計画の有効期限を示したものではない。したがって、工事の完了予定時期として記載されている平成13年度を経過したとしても、本件原計画が効力を失ったとはいえない。そして、土地改良事業計画書に現況と計画を記載する意味は、当該事業計画の効用等を測定するに当たって、事業実施前後の状況を示すことにあると考えられるところ、本件では、本件変更計画決定の際、湛水地域解消のための工事が既に一部着手され、排水機場の桶管が完成していることが認められる(〔証拠省略〕)が、上記工事は全体の工事の一部に過ぎないもので、同工事に係る費用は本件変更計画の事業費に含まれているものと推認される。そうすると、事業実施前後の状況を示すため、本件変更計画において、計画変更時を基準に「現況」の数値を見直したことを不合理ということはできず、このことで、新計画が策定されたということもできない。

よって、原告らの主張は採用できない。

8  その他

(1)  争点ア(本件原計画及び変更計画は必要不可欠な記載を欠くか。また、本件原計画及び変更計画の誤記はその重大かつ明白な瑕疵となるか。)について

ア  必要不可欠な記載について

(ア) 法7条3項は、土地改良事業計画においては、省令の定めるところにより、当該事業につき、目的、その施行に係る地域、工事又は管理に関する事項、換地計画を定める土地改良事業にあっては当該換地計画の概要、事業費に関する事項、効果に関する事項その他省令で定める事項を定めるものとする旨規定し、同施行規則14条の2は、かかる規定を受けて、土地改良事業計画の内容として、土地改良事業の目的等の記載を要求している。

(イ) そして、〔証拠省略〕によれば、本件原計画は、目的(第1章)、地域及び地積(第2章)、現況(第3章)、一般計画(第4章)、主要工事計画(第5章)、附帯工事計画(第6章)、工事の着手及び完了の予定時期(第7章)、換地計画の概要(第8章)、事業費の総額及び内訳(第9章)、効用(第10章)、関連する事業(第11章)及び計画図面(第12章)の12章構成となっており、また、本件変更計画は、計画変更を必要とする理由を記載した上で、環境との調和への配慮に係る第8章を追加したほかは、本件原計画と同様の構成となっていること、それぞれの章には本件土地改良事業計画につき、必要に応じてその表題に関する具体的記載がなされていることが認められる。

以上のとおり、本件原計画及び変更計画は、上記法及び規則が記載を求めている事項について記載していることが認められ、仮に説明の不十分な部分があるとしても、必要不可欠な記載を欠いているとまではいえない。

(ウ) これに対し、原告らは、本件変更計画の内容を一読しただけでは、排水工事計画の具体的内容が分からないとか、生産計画が理解不能であるなどと主張する。確かに、計画書の記載だけから数値の具体的根拠等が全て把握できるとはいえないが、本件原計画及び変更計画において法の要求する事項が記載されていることは前示のとおりであり、一部根拠等の説明がないことをもって、本件原計画及び変更計画が無効となるものと解することはできず、原告らの主張は採用できない。

イ  誤記について

〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件原計画及び変更計画には、単位として本来10アールを用いるべきところをアールとしている(〔証拠省略〕の単位面積当収量の単位)、単位当たり生産量と作付面積を掛け合わせても、生産量の値が導き出せない(〔証拠省略〕のやまのいも(上段)の現況計画の生産量)、「機械排水」と記載すべき箇所が「自然排水」と記載されている(〔証拠省略〕)などの誤記があること、また、「洪水」という用語についても、ある箇所では石田川が氾濫するという意味で用いながら、別の箇所では石田川の水位が著しく増加するという意味で用いているなど用語の使用方法に一貫性がないこと(〔証拠省略〕)が認められ、そうすると、本件原計画及び変更計画は、十分な精査がされていなかった部分があると言わざるを得ない。

しかしながら、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、単位の誤記については、農業関係者であれば、明らかな誤記と認識できるものであると認められる。また、生産計画上の数値の誤りについても、誤りであることが明白であるといえ、現況及び計画生産量の差額である増産量の数値自体は本来の記載すべき数値が記載されている。さらに、「機械排水」と「自然排水」の混同、「洪水」の用語の一貫しない使用方法についても、本件原計画及び変更計画を全体的にみればその本来意味すべき内容を一応認識できるといえる。そうであれば、これらは明白な瑕疵であるとはいえても、重大な瑕疵とはいえず、これらを本件変更計画の無効原因と解することはできない。

したがって、原告らの主張は採用できない。

(2)  本件原計画及び変更計画における排水計画について

ア  前示4(1)イ、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件事業地区では、これまで大雨が降ると、雨水の排水先である石田川の水位が上昇し、地区内に降った雨が自然に排水できずに滞留し、農作物に大きな被害をもたらしたこと、そこで、本件変更計画では、降雨時の湛水を未然に防止し、土地利用の安定性の増大と高度化、農用地の生産力の向上、農作業労働環境の改善などを目的として被告が排水機場の設置を計画したこと、被告は、統計上10年に一度発生する4時間雨量108.6ミリメートルを基準に、各農用地からの排水を排水機場に設置される一時貯留施設(調整池)まで導水する施設の処理能力を定め、同じく統計上10年に一度発生する3日連続雨量237.8ミリメートルを基準に、地区外に排出する排水機や、調整池の能力を定めたことが認められる。これら統計値の採り方や施設の設計基準につき、これを不合理と認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件土地改良事業における排水計画が不合理であって違法であるということはできない。

イ  これに対し、原告らは、石田川の護岸改修や群馬県側への排水機場設置により、本件事業地区には冠水被害が生じていないなどと主張するが、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件排水機場は、群馬側の排水機場とは雨水の集水地区を異にしていること、群馬県の排水機場が昭和63年に供用開始された後も、本件事業地区には湛水被害が生じていることが認められる。

また、原告らは、本件変更計画を策定する際に、被告が基準雨量の数値を見直さなかったことは違法である旨主張するが、長期的なデータを統計手法により算定した基準雨量は、作付面積の現況の数値等とは異なり、数年の経過で必ずしも有用性を失うものとはいえず、被告が基準雨量の数値を見直さなかったことを本件変更計画の重大かつ明白な瑕疵ということはできない。

さらに、原告らは、本件排水機が、地区外の排水を処理することは違法である旨主張する。しかし、排水計画の策定に当たっては、地形勾配により生じる地区外からの自然流入は考慮せざるを得ない。また、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件土地改良事業で造成した排水路の一部に生活排水が流入していることは認められるが、このことで、排水路の本来の機能が損なわれているものとは認められず、本件変更計画が違法になるとはいえない(法94条の4の2第1項、2項、令76条参照)。

以上のとおり、原告らの主張はいずれも採用できない。

(3)  本件変更計画における非農用地の区域編入について

原告らは、本件変更計画において、非農用地1.4ヘクタールを計画地域に編入したことは違法である旨主張する。

法1条1項、2条2項等の規定によると、土地改良事業の計画地域に編入される土地は原則として農用地であるべきであるが、他方、8条5項1号には、事業計画地域に非農用地で引き続き農用地として使用されないことが確実であると認められるものが含まれる場合には、当該地域内における農用地の集団化その他農業構造改善に資する見地から見て、当該非農用地区域がこれらの土地に代わるべき土地の区域として適切な位置にあり、かつ、妥当な規模を超えないものであることを求めている。

そして、〔証拠省略〕によれば、本件変更計画では、非農用地部分に係る水路が本件原計画における位置から変更していないことが認められるが、水路部分のみを用地買収すると、分筆の手間や費用がかかると考えられ、分筆を必要としない換地処分での水路用地の確保には一定の利点があるといえること、上記非農用地が全体の計画区域の面積に占める割合は約2パーセントであること、これに、被告が、本件変更計画に基づく換地処分において、水路部分以外の土地を従前の所有者に換地する計画である旨述べていることからすると、上記非農用地を本件変更計画の事業施行地域に編入することによって、本件土地改良事業にプラスの効果が生じるものであり、上記非農用地が適切な位置にないとか、妥当な規模を超えるともいえない。そうすると、上記非農用地を地域に編入したことが、8条5項1号の要件に反するとはいえず、本件変更計画の無効原因になるとはいえない。

これに対し、原告らは、上記非農用地は、現在砂利置き場として使用されていること、本件原計画においては、計画地域の一部とはされていなかったこと、当該非農用地上の水路の位置は本件原計画から変更計画において変更されなかったことを述べ、これらの事実からすれば、上記非農用地の編入は違法である旨主張するが、上記事実を斟酌しても、前記判断は左右されない。

9  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 富永良朗 櫻井進)

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