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さいたま地方裁判所 平成18年(わ)1444号 判決 2006年12月14日

主文

被告人を懲役18年に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  金品窃取の目的で,平成18年7月15日午後7時ころ,埼玉県越谷市AB丁目C番地D所在のEビルF号室V方に,無施錠の和室ベランダ側掃き出し窓から侵入し,そのころ,同所において,同人所有に係るDVD1枚ほか2点(時価合計約7000円相当)を窃取した

第2  正当な理由がないのに,平成18年7月16日午前5時過ぎころ,前記V方に,無施錠の和室ベランダ側掃き出し窓から侵入し,そのころ,同所において,就寝中のV(当時24歳)に対し,金品を強取する目的で,殺意をもって,その背部を包丁(刃体の長さ約15センチメートル)で1回突き刺した上,その頸部に電気コードを巻き付けて締めつけ,その反抗を抑圧して,同人所有の現金約1万5000円及びCD約28枚ほか8点(時価合計約7550円相当)を強取したが,同人に入院加療16日間を要する背部刺創,第四胸椎棘突起椎弓内異物,外傷性窒息等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった

ものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

(量刑の理由)

本件は,正業に就く努力を怠り,職を転々としていた被告人が,そのうち仕事もしなくなり,借金の支払いなどに追われて働く気力も失い,生活費にも困窮する状態になり,金品を盗んで売却することで当面の生活の足しにしようと考え,当時の自室のベランダを通じて隣室の被害者宅に侵入し,窃盗行為に及んだという事案と,その翌日未明,再び同じ被害者宅に侵入したところ,被害者が就寝していたことから,自己の犯行が発覚するのを恐れるあまり,被害者を殺害して金品を強取しようと考えるに至り,現に殺害行為に及んだ上で金品を強取したが,殺害自体は未遂に終わったという事案であるが,被告人がこのような状態に至った経緯は,被告人の自堕落な生活態度が原因であって,何ら同情すべき点は認められないし,まして,それを原因としてこのような犯行に及んだというのは,利欲的で身勝手かつ短絡的というほかなく,このような犯行動機には酌量の余地は全くない。

そして,被告人は,判示第2の行為において,就寝中で被告人の存在にすら気付いていない全く無抵抗の被害者に対し,確定的な殺意をもって,被害者宅の台所から持ち出した包丁で,その背中を,包丁の刃が骨に当たって折れるほどの強さで心臓めがけて刺した上,同人がこれに驚いて目を覚ますや,確実に同女を殺害しようとして,更に電気コードで同女の首を二重に巻いて三,四分間締め付けたというのであり,その行為態様は,まことに危険かつ執拗なものであって,極めて悪質である。

加えて,本件で生じた外傷自体は幸いにも16日間の加療で回復したものの,それはいくつもの幸運が重なったからに過ぎず,刺した場所が少しでもずれていれば心臓,肺といった臓器や脊髄神経が損傷され,重い後遺障害や死亡に至っていたおそれが十分にあったこと,包丁の破片が残留していた第四胸椎の一部がその後の治療で摘出されたことによって,被害者は身体に負荷のかかる仕事ができない体になってしまったこと,本件犯行の衝撃によって,被害者は本件犯行の前後の記憶を完全に喪失しているほか,恐怖心から生活面で実母に頼らざるを得ない状態に陥っていること,今後も被害者は通院を続け,いつ起きるかもしれない更なる後遺症の影におびえながら,背中に残った傷跡を隠して生活していかねばならないことなどからすると,本件犯行によって被害者に生じた身体的,精神的被害は極めて重大であり,被害感情も当然ながら峻烈である。

その上,被告人は,顔面が紫色に変色して瀕死の状態にある被害者を放置したまま,被害者を裸にしたり,室内を物色して金品を奪ったり,侵入口となった窓の鍵をかけた上,玄関ドアの鍵を用いて外から鍵をかけ,密室状態を作り出したりしており,かかる被告人の行状に照らすと,被告人の規範意識の鈍麻は相当深刻といわざるを得ない。

以上のような事実に照らすと,被害者を殺害しようとしたのは突発的な思いつきによるもののようであって,計画性に乏しいこと,被告人は,被害者の首を絞めた後,被害者の心臓の鼓動がまだあることを確認したものの,とどめを刺すのが怖いと思う一方で,そのまま放置すればいずれ死ぬだろうとも思い,それ以上の殺害行為には及ばなかったこともあって,幸いにも被害者は一命をとりとめており,殺害行為そのものは未遂に止まっていること,判示第1及び第2における財産的損害はいずれも高額には及んでいないこと,被告人は当初から一貫して自己の犯行を認めて,当公判廷でも反省の弁を一応述べていること,被告人が未だ20代の若者であること,被告人には前科前歴がないこと,被告人は家庭環境に必ずしも恵まれていなかったことなど被告人に有利な情状を最大限考慮してもなお,被告人の刑事責任は重大というほかなく,被告人に対しては,主文の刑を科すのが相当と判断した。

(裁判長裁判官 若園敦雄 裁判官 吉川昌寛 裁判官 依田吉人)

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