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さいたま地方裁判所 平成18年(わ)470号 判決 2006年9月27日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  東京都新宿区Aa丁目b番c号の株式会社Bの保険代理店であるさいたま市C区D町d丁目e番地fの有限会社E保険事務所の代表取締役として,保険契約の締結の代理,保険料の領収,保険契約の維持・管理等の業務を営んでいたものであるが,同事務所の顧客から保険料名下に金員を詐取しようと企て,

1  平成13年1月中旬ころ,埼玉県大宮市F町g丁目h番地のiのG(当時59歳)方付近路上において,同人に対し,真実は保険契約を締結する意思がないのに,これあるように装い,かつ,保険料として受け取った金銭を自己の用途に費消する意図であるのにその情を秘し,「とてもいい積立保険があるんですが,加入してもらえませんか」などと申し向け,さらに,株式会社Bの商品である「積立いきいき生活傷害保険スーパーXU」のパンフレットの一時払保険料欄の300万円と500万円の欄に印をつけ,そのころ,同パンフレットを同人方の郵便受けに投函するなどして保険契約の加入を勧誘した上,同月31日,同人方において,同人に対し,保険契約申込書用紙を示して,その申込人住所欄に「大宮市F町g-h-i」,同氏名欄に「G」と記載させるなどした上,保険料欄に保険料として500万円と記入し,同人をして,保険料を被告人に支払えば,支払った保険料が同会社に入金され,同会社との間で保険契約が締結されるものと誤信させ,よって,そのころ,同所において,同人から,保険料として現金500万円の交付を受け,

2  平成17年7月下旬ころ,さいたま市C区D町d丁目e番地fの被告人方から同区H町j丁目k番地lのI(当時67歳)方に電話をかけ,同人に対し,前同様に装うなどして,「交通事故などで保険がちょっと付き,満期には利息が付いて戻ってくる5年補償のお得な保険があります。積まないお金があるんでしたら,預けて下さい。できれば,100万円くらいでお願いします」などと申し向けて保険契約の加入を勧誘し,同人をして,保険料を被告人に支払えば,支払った保険料が株式会社Bに入金され,同会社との間で保険契約が締結されるものと誤信させ,よって,同人から,同月26日,同市J区K町m丁目n番地のL銀行大宮西支店から,被告人が管理する同市M区N町o番地pのO銀行大宮北支店に開設されたE保険事務所名義の普通預金口座に保険料として現金100万円の振込送金を受け,

もって,いずれも人を欺いて財物を交付させ,

第2  P(当時77歳)から,2050万円の債務の支払を強く迫られたことから,同人を殺害してその債務の支払を免れようと企て,平成16年12月28日午後零時ころ,同市Q区R町q丁目r番地sのS西側駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において,殺意をもって,所携のロープで同人の頸部を強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害し,上記債務の支払を免れて財産上不法の利益を得,

第3  同日時ころ,前記駐車場から同市T区Ut丁目u番vのV高等学校総合グラウンド敷地内まで,前記車両で前記Pの死体を運搬した上,同月30日ころ,同グラウンド西側緑地帯において,同所に掘った穴に同人の死体を埋没させ,もって,死体を遺棄した。

(証拠の標目)

(省略)

なお,第2の事実に関し,被告人は当公判廷で,被害者の納税資金350万円を立て替えていたから,犯行により支払を免れた債務は,「満期返戻金」として支払う約束をしていた2050万円から上記350万円を差し引いた1700万円であったとも受け取れる供述をしている。しかし,被告人は同時に,上記350万円については「満期返戻金」の返還の際に清算することになっていたとも供述しており,犯行当時被害者はあくまで「満期返戻金」2050万円を実際に支払うことを求め,被告人も同金額の支払を約束し苦慮していたと認められることからすると,上記立替えの事実があったとしても,被告人が犯行により支払を免れた債務の額は2050万円であったと認めることができる。

(法令の適用)

罰条

第1の各行為

いずれも刑法246条1項

第2の行為

刑法240条後段

第3の行為

刑法190条

刑種の選択

第2の罪

無期懲役刑

併合罪の処理

刑法45条前段,46条2項本文

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,保険代理店を営んでいた被告人が,顧客から正規の保険契約の締結を装い保険料名下に金員を詐取した詐欺2件(第1の各事実),債権者である被害者を殺害して2050万円の債務の支払を免れその死体を遺棄した強盗殺人及び死体遺棄各1件(第2,第3の各事実)の事案である。

2  まず,第2の強盗殺人及び第3の死体遺棄の各犯行の犯情として,次のような事情を挙げることができる。

(1)  被告人は,平成2年ころから一攫千金を狙い多額の資金を株式投資につぎ込んでは損失を出し,親族から資金援助を受けた際には止めようとも考えたが,その損失を取り返しさらに利益を上げようと再び株式投資にのめり込み,資金繰りに苦慮していた。そうするうちに,経営する保険代理店の顧客として知り合った被害者のもとに,火災保険金や土地売却代金が入ることを知り,同人からこれを引き出して自己の株式取引の資金にしようと考え,同人に対し,外資系の利回りのよい会社があり1900万円を預ければ満期返戻金として2050万円が返ってくるという架空の資金運用話を持ちかけ,同人から1900万円を預かった。被告人は当初,株式取引で成功して被害者に約束通り2050万円を支払えるだろうと安易に考えていたが,結局は失敗したため支払えなくなり,同人からの支払の求めに対し何度か期限を引き延ばしてその場をしのいできた。そして,支払うべき金を工面できないまま追い詰められ,本件各犯行を決意するに至った。このように,被告人は,無謀な株式投資を繰り返して損失を重ねたことから,虚言を申し向けて被害者から資金を引き出した上,その返済を免れるために同人を殺害し,さらに,同犯行を隠ぺいするためにその死体を遺棄したものであるが,激しい非難を受けることを覚悟の上で被害者に全てを打ち明けて謝罪し,自身の破産,刑事告発等の処分を委ねるなどの方策を採り得たのに,自己保身に汲々とする余り極めて安直に被害者の殺害を決意するに至っており,利欲的かつ自己中心的な犯行動機に酌量の余地は全くない。

(2)  被告人は,被害者の殺害を決意するや,犯行の発覚を防ぐために同人の遺体を土中に埋めることを考え,殺害の道具としてロープを,遺体を埋めるための道具としてシャベルやブルーシート等をそれぞれ購入し,さらに,遺体を埋めるのに適当な場所を探しまわるなど,入念な準備を行っており,本件は計画性の高い犯行であるということができる。

殺害行為の態様をみると,被告人は,自動車の後部座席に乗り込み,助手席に座っていた被害者の背後からその首にロープを掛け,同人が苦しさからうめき声を上げもがいているにもかかわらず,何ら躊躇することなく力一杯ロープを引っ張ってその首を絞め続け,さらに同人が動かなくなった後も,その首にロープを一周回した上で絞め付けたのであり,強固な殺意に基づく,執拗かつ残忍で非情な犯行というべきである。その後,被害者の遺体を車で運搬した上,その手足を紐で縛って遺体を寝袋やビニールシートに梱包し,さらにこれを紐やロープで縛り付けて土中に埋めたのであって,死体遺棄の態様も,被害者の人格に対する配慮の欠片もない非道で悪質なものである。

(3)  本件により,被害者は,その生命を奪われ,約1年後に見るも無惨な姿で発見されるに至った。日頃から買い物に付き合ってもらうなど親しくし信頼していた被告人から,突如として前記のような残酷な仕打ちを受け,その最期を迎えたものであり,その無念さは察するに余りある。被害者の遺族らは,被害者が行方不明になって以降,警察に捜索願を出し,被害者の無事を日々願っていたのに,その願いも空しく,被害者が殺害された上約1年もの間土中に埋められていたことを知るに至り,何も手に付かない状態となったり,夜も寝付けない状態となったりするなど,その驚き,悲しみ,憤りの大きさは計り知れない。被害者の実姉は,「出来る事なら私が被告人を殺し,Pと同じように何処か寂しい場所に埋めてやりたい」とその心情を述べており,遺族らの被告人に対する処罰感情には非常に厳しいものがある。

また,本件の財産的被害をみても,被告人が被害者の殺害によって得た財産上の利益は2050万円と相当多額である。

そうすると,犯行の結果は極めて重大である。これに対し,被告人は,損害賠償等の見るべき慰謝の措置は何ら講じておらず,また,その経済状況からして今後それらが講じられる見込みも薄い。

(4)  なお,弁護人は,本件の法的評価について争っていないものの,類似の事案で強盗殺人罪の成立を否定し詐欺罪と殺人罪の併合罪とした裁判例もあるから,これを量刑判断において考慮すべきであると主張する。しかし,満期に2050万円が返ってくると申し向けて被害者から1900万円を預かった時点で詐欺罪が成立するとしても,それだけで直ちに被告人と被害者間の契約の効力が失われるものではなく,所定の満期が到来すれば,被告人は被害者に対し2050万円を支払う債務を負っており,しかも,1900万円の授受から相当の年月を経た後に上記契約に基づき2050万円の支払を受ける利益は,それ自体法的保護に値するものであるから,被告人が被害者から1900万円の小切手を受け取った点につき詐欺罪が成立するか否かに関わらず,上記債務を免れるために被害者を殺害した行為が強盗殺人罪に当たることは明らかである。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

3  次に,第1の各詐欺の犯行の犯情として,以下の事情を挙げることができる。

(1)  前記のとおり,被告人は株式取引にのめり込み,多額の債務を抱えるようになっていたところ,その資金を得るためや債務返済のために,保険代理店の経営者の立場を利用して各犯行に及んだもので,その動機,経緯に酌量の余地はない。

(2)  犯行の態様も,保険代理店の経営で得た知識を利用し,被害者らにパンフレット等を示して言葉巧みに保険の加入を働きかけ,架空の保険証券や領収書を作成してこれを被害者らに交付するなど,巧妙で計画的である。

(3)  被害者らは,それぞれ500万円,100万円と多額の金員を詐取されており,その財産的被害は大きい。第1の1の被害者は被告人と近所付き合いのあった者,第1の2の被害者は被告人の身内であり,いずれも被害に遭ったことにより強い精神的打撃を受けている。さらに,これら直接の被害者にとどまらず,被告人が代理店契約を結んでいた保険会社に対しても,その信用を失墜させるという損害を生じさせている。このように,犯行の結果は重大である。そして,これに対しても,被告人は,被害弁償等の措置は何ら講じていない。

4  以上を総合すれば,本件の犯情は甚だ悪く,被告人の刑事責任は誠に重大である。

5  他方で,被告人には次のような酌むべき事情が認められる。すなわち,被告人は逮捕時から事実関係を認め,強盗殺人の被害者の遺族に向けた反省文を作成するなど,それなりに反省の態度を示している。被告人の妻及び身体障害者である長男はこれまで被告人の収入に頼って生活してきたものであり,被告人の服役によりその生活は危殆に瀕する。被告人は,現在66歳と高齢である。さらに,前科,前歴はない。

しかし,前述した被告人の刑事責任の重大さに鑑みれば,以上のような酌むべき事情を十分考慮してもなお,本件には酌量減軽するほどの事情があるとは認められず,被告人を無期懲役に処し,その生涯をもって罪を償わせるのが相当である。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 今岡健 裁判官 長橋政司)

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