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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)1206号 判決 2008年7月30日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,8000万円及びこれに対する平成16年5月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,埼玉県立Z高等学校(以下「Z高校」という。)の3年生であった原告の二男が,同校の中間考査中にした行為について,同校の教諭らから事情を聴かれた(以下「本件事実確認」という。)後死亡したこと(以下「本件事故」という。)に関し,原告が,Z高校の設置者である被告に対し,本件事実確認に関与した同校の教諭ら5人に,生徒に対する安全配慮義務違反があると主張して,国家賠償法1条1項又は民法415条に基づき,一部請求として8000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)ア(ア) 原告の二男Aは,昭和61年8月15日に出生した。Aは,平成14年4月に,埼玉県内でも有数の進学校であるZ高校全日制普通科に入学し,本件事故当時は,同校3年に在学し,17歳であった。

(イ)  Aは,平成16年5月26日(以下,特に断らない限り,平成16年の出来事である。)の1時限目に日本史,2時限目に物理,3時限目に英語のライティングの中間考査を受験した。

イ 原告は,Aの実母であり,Aの相続人の1人である。平成18年6月11日,Aの相続人らの間で,原告が,Aの一切の債権債務を相続する旨の遺産分割協議が成立した。

(2)ア 被告は,Z高校の設置者である。

イ Y1教諭は,同校の理科系科目(物理,化学,生物)の教諭であり,Aが受験した2時限目の物理の中間考査の試験監督であった。なお,Y1教諭は,本件事実確認まで,Aとの面識はなかった(証人Y1)。

ウ Y2教諭は,同校の2学年の生活指導係の教諭であり,1時限目の日本史の試験監督であった。同教諭は,2年次に週3回,3年次に週2回,それぞれAの英語の授業を担当していた(証人Y2)。

エ Y3教諭は,同校の英語科目の教諭であり,Aの2年,3年のクラス担任であった。

オ Y4教諭は,同校の生物科目の教諭であり,3学年の生活指導係であった。なお,Y4教諭は,本件事故当時,Aの生物の授業を担当していた(乙19,弁論の全趣旨)。

カ Y5教諭は,同校の体育科目の教諭であり,3学年の生活係,すなわち生活指導係の補佐役を担当していた。同教諭は,平成16年度からZ高校での勤務を開始したが,本件事実確認まで,Aとの面識はなかった(乙20,弁論の全趣旨)。

(3) 物理の試験中の出来事等

5月26日は中間考査最終日であり,Aは,1時限目に日本史の試験を受験した後,2時限目に物理の試験(以下「本件試験」という。)を受験した。本件試験の試験監督であったY1教諭は,同試験中に,Aが,消しゴムに巻かれて文字が記載されているペーパーを見ているのを発見し,同人に声をかけたところ,Aはペーパーを消しゴムとともに上着の右ポケットにしまい込んだ。

その後,同教諭は,同試験中に,Aからペーパーの提出を受け,それを受領した。同教諭は,その場では同ペーパーを確認せず,職員室に戻った後に内容を確認したところ,同ペーパーには,日本史に関する事項が記載されていた。

なお,Aが試験に不必要なペーパーを持ち込んだことは,「定期考査受験上の心得」(乙7。以下,単に「心得」という。)に抵触する行為である。

(4) 本件事実確認の概要等

ア Aに対する本件事実確認は,同日午後零時ころから午後1時45分ころまでの間,Z高校の視聴覚準備室(以下「本件準備室」という。)において行われた。

イ 本件事実確認には,その開始時において,Y1教諭とY5教諭が立ち会い,その後,同日午後零時8分ころにY2教諭が,同日午後零時10分ころにはY3教諭が,同日午後零時15分ころにはY4教諭が本件準備室に入室し,合計5人の教諭が関与した。その後,同日午後零時50分ころにY5教諭が,同日午後1時40分ころにY1教諭,Y2教諭,Y4教諭が退室し,最終的には,AとY3教諭のみが本件準備室に残った。

ウ 本件事実確認は,午後1時45分ころには,すべて終了した。本件事実確認が開始されてから終了するまでの間,Aは一度も本件準備室から退室することはなく,また,トイレや水分補給を行うための休憩時間もなかった。また,同日午後零時ころから,同校の体育館では,体育祭の結団式が行われていた。

(5) 本件事実確認の内容等

ア 本件事実確認においては,1時限目の日本史の試験及び本件試験におけるAの行為について,事実の確認が行われた。

イ 日本史の試験について

Y2教諭が,Aに対し,1時限目の日本史の試験中にカンニングを行った事実があるかを確認したところ,Aは,日本史の試験中に,日本史の試験に関する内容を記載したペーパーを巻いた消しゴムを机上に置いたことを説明したが,カンニング行為自体は否定した。Y2教諭も,Aのカンニング行為を現認したものではなく,結局のところ,本件事実確認の時点で,Aが1時限目の日本史の試験に際し,カンニング行為をした事実は認められなかった。

ウ 本件試験について

Y1教諭は,Aに対し,物理の試験中に見ていたペーパーについて,「出題者の先生が巡回に来る直前からずっと横で見ていたんだよ。物理の公式みたいに見えたので,声をかけたんだけれど。」,「私が見たときには物理の公式のようにも見えたんだが。」,「紙にアルファベットみたいなものは書いてなかったかな。」,「なぜ,声をかけたとき慌てて隠してしまったの。」,「物理の時間に日本史を持ち込んでいたことが分からないんですが,なぜなの。」,「なんで物理の試験が行われているときに日本史のまとめを読む必要があったの。」,「なにも他教科の試験中にやらなくてもよかったんじゃない。」などと質問した。しかし,Aは,本件試験中に持ち込んだペーパーは,Y1教諭に提出した日本史に関する内容を記載したもののみであり,本件試験中に1時限目の復習を行っていたとして,本件試験中のカンニング行為の事実を一貫して否定した。Y1教諭が,Aに対し,そのような考えがおかしいと思う旨,疑問を投げかけると,Aは「これが僕の考えですから。」,「これが真実ですから。」と答えた。

エ 本件事実確認において,Y4教諭は,Aに対し,同日の出来事をY3教諭から原告に連絡するので,その前にAから原告に報告しておくように伝えた。

オ Y3教諭は,Aに対し,「日本史の席が一番前ではなく,後ろの方だったら,カンニングペーパーを見ていたの。」などと質問した。また,同教諭は,本件事実確認の終了に際し,Aに対し,翌日の午前7時30分ころに原告に対して電話をする旨を伝えた上で,「今回のことを反省して,これをステップにしてしっかり頑張るんだぞ。」と述べた。

カ 本件事実確認により,Aが本件試験中に,試験に不必要なものを持ち込んだことは確認できたが,日本史の試験及び本件試験に際し,Aがカンニング行為をした事実は確認できなかった。

(5) Aは,同日午後5時43分ころ,原告の携帯電話に「ほんとにほんとに迷惑ばっかかけてごめんね」という文面のメールを送信した。

(6) Aは,その後,埼玉県甲市乙a丁目b番c号所在のマンションの立体駐車場(以下「本件駐車場」という。)付近に,倒れているところを近隣の住民により発見された。Aは,B病院に搬送されたが,同日午後8時08分に死亡した。同人の直接の死因は,両側血気胸,出血性ショックで,その原因は,墜落による骨盤骨折,四肢の多発骨折であった。傷害から死亡に至るまでの時間は約2時間30分とされている(甲15)。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

原告は,被告に対し,本件事故が自殺であることを前提として,Y1教諭,Y2教諭,Y3教諭,Y4教諭,Y5教諭(以下,一括して「教諭ら」ということがある。)による本件事実確認が,Aを自殺に追い込んだもので,生徒に対する安全配慮義務を怠った違法なものであり,教諭らの行為には,国家賠償法1条1項の公務員の過失ないし民法415条の債務不履行があると主張する。これに対し,被告は,Aの死亡は自殺ではないし,教諭らが行った本件事実確認には安全配慮義務違反はなく,国家賠償法1条1項の過失及び民法415条の債務不履行はない旨主張する。そうすると,本件の争点は,(1)Aの死亡が自殺によるものか否か,(2)本件事実確認についての教諭らの安全配慮義務違反の有無,(3)教諭らの安全配慮義務違反行為とAの死亡との間の因果関係の有無,(4)損害額であり,争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(1)  争点(1)(Aの死亡が自殺によるものか否か)について

(原告の主張)

以下の事実からすれば,Aの死亡は,自殺によるものといえる。

ア 現場の状況等

(ア) 本件駐車場はマンションの駐車場であり,Aが「骨盤骨折」,「四肢の多発骨折」の傷害を負っていたものであることからすると,同人は高所より落下したことにより受傷したとしか考えられない。また,本件駐車場はマンションに隣接しており,Aが発見された午後5時40分ころはマンションの住民が多く出入りする時間帯であることからすると,何らかの事故に巻き込まれた場合には,住民が気付くと考えられ,そのような事実がない以上,Aが事故に巻き込まれた可能性はない。そもそもAには,本件駐車場の2階部分に登る必要性がないことから,誤って落下したという事故の可能性も考えられない。

(イ) 本件駐車場の2階部分は,手すりの高さを合わせると地上から約5メートルの高さがあり,通常の建物の2階以上の高さであることからすると,その位置から飛び降りて自殺をすることは十分考えられる。そもそも,Aは,本件事故当日,本件試験中にカンニング行為を行ったと疑われ,教諭ら5名により長時間にわたって執拗かつ威圧的な事実確認を受けていること,原告に対し「ほんとにほんとに迷惑ばっかかけてごめんね」という内容のメールを送信した後に,死亡していることから,自殺の動機も認められる。

イ 警察,検視医及びZ高校の判断

(ア) 埼玉県甲警察署は,捜査の結果,①事実確認及び聞き込みの結果,Aの死亡について事件性はない,②事故であると仮定した場合には,Aが本件駐車場に行く必要性が存在することが必要であるが,Aには本件駐車場に行く必要性がない,③本件事実確認が自殺の動機であると認められ,また,Aが受傷直前に原告に送信したメールの内容は,自殺直前に親に送った内容として社会通念上相当である,④本件駐車場の2階部分のフェンスのホコリがとれている状況から,Aがフェンス越しに駐車場から飛び降りたものと判断できる,⑤警察の経験則上,5メートルの高さからの自殺は他にも例があり,物理的にも,5メートルの高さから地上への落下による衝突エネルギーは人を死に至らしめるのに十分である,という理由のもと,Aの死亡を自殺によるものと判断した。

(イ) また,検視医も,死亡診断書(甲15)において,Aの死亡が自殺であると判断しており,このことは,警察の判断が医学的な観点から問題がないことを示している。

(ウ) Z高校は,本件事故直後に,同校の保護者に宛てて「保護者の皆様へ」と題する文書(甲20)を作成したが,同文書の中で,同校は,Aの死因について自殺としている。

ウ 本件事故後の原告の言動について

原告は,Aの死亡後,「Aはひょっとすると死ぬつもりではなかったのかもしれません。」と述べたことがあるが,それは,親が子供の自殺の事実を直視できずに発した言葉としてとらえるのが自然である。

(被告の主張)

ア 原告の主張アのうち,Aが転落死したことは認め,その余は否認する。

イ 同イのうち,警察が事件性がないため自殺と判断し,検視医が自殺であると判断したことは認め,その余は否認する。

死亡診断書は,医師が伝聞に基づき記載したものであり,死亡診断書の記載をもって自殺と証明することはできない。

Z高校及び埼玉県教育委員会は,Aの死については,一貫して自殺とは考えていない。平成16年8月2日付け生徒事故報告書(甲19)にも「事故の種別」欄に,「自殺等」と記載したにすぎず,他に「自殺」という文言は使用していない。本件事故当時,新聞等においてAが自殺であると報道され,事態が不明確であったことから,原告の心情及び状況を考えると,あえて自殺ではないと発言することができなかっただけである。

ウ 同ウのうち,原告が原告主張の発言をしたことは認める。かかる原告の言動は,Aの死は学校に責任があると主張しながら,他方で,本件駐車場の高さで自殺したこと自体に不可解な点があることを原告自身が冷静に判断していたことを示すものである。

エ 本件駐車場の高さは4メートルである。Aは尾てい骨を骨折しているから,足から飛び降りたと認められるところ,自殺しようと考える者が,4メートルの高さから足から飛び降りることはなく,また,本件駐車場のフェンス上に立った証拠もないことから,Aは,誤って足を滑らせて転落死したか,又は,自傷行為をするために飛び降りた結果,不運にも死亡した可能性が高い。また,Aは,日常,自殺に対して否定的なイメージを持っていたことから,自殺をしたとは考え難い。

さらに,本件駐車場付近から,Aの自転車,同人のメガネの片方のレンズ及びフレームが発見されておらず,不審な点も存在するので,何らかの事故に巻き込まれた可能性も払拭できない。

したがって,Aの死亡は,自殺によるものではない。

(2)  争点(2)(本件事実確認についての教諭らの安全配慮義務違反の有無)について

(原告の主張)

ア(ア) 教職員は,生徒らと学校生活を共にし,直接指導にあたる立場にある者として,生徒らが健全で安定した学校生活を送ることができるように,同人らの生命,身体,精神等の安全に配慮する義務がある。

特に,生徒指導を行うに際しては,教師・生徒という権力構造が大きな精神的・心理的負荷につながりやすいこと,思春期にある生徒が精神的不安に陥りやすいことから,当該生徒の年齢・性格等を考慮した上で,教育目的の観点から当該生徒に過度の肉体的・精神的負担を負わせるに至った場合には,これを除去するなどの教育的配慮を行う義務がある。

(イ) 学校教育法11条の「体罰」に関して,昭和23年12月22日法務庁法務調査意見長官通達は,「放課後教室に残留させることは,通常「体罰」には該当しないが,ただし,用便のために室外に出ることを許さないとか,食事時間を過ぎて長く留め置くとかいうことがあれば,肉体的苦痛を生じさせるから,体罰に該当するであろう。」とした上で,そのような行為につき,「肉体的苦痛を生じさせない場合であっても,刑法の監禁罪の構成要件を充足するが,合理的な限度を超えない範囲内の行為ならば正当な懲戒権の行使として,刑法35条により違法性が阻却され,犯罪は成立しない。合理的な限度をこえてこのような懲戒を行えば,監禁罪の成立をまぬかれない。」,「合理的な限度とは・・・当該の非行の性質,非行者の性行および年齢,留め置いた時間の長さ等,一切の条件を綜合的に考察して,通常の理性をそなえた者が当該の行為をもって懲戒権の合理的な行使と判断するであろうか否かを標準として決定する外はない。」としている。

(ウ) この点,本件事実確認は,直接的な懲戒権行使の場面ではないものの,その性質及び当事者構造においても懲戒権行使に準じるものであるから,事実確認を行うに当たっては,対象となる不正行為の軽重,生徒の年齢・性格・普段の行状・事実確認をすることによって当該生徒が受ける影響等の視点から教育上の配慮を十分にすることにより,当該生徒の生命・身体・精神等への影響を回避あるいは回復する努力をすることが必要であり,事実確認が指導として許容される限度を超えた場合には,安全配慮義務に違反した違法なものというべきである。

イ 本件事実確認の態様,方法等

(ア) 非違行為の内容

Aが本件試験中に行った行為は,被告が主張するカンニング行為ではなく,心得違反行為にすぎない。

この点に関し,被告はAがカンニング行為を行ったと主張するが,次のとおり,被告の主張する事実はいずれもAのカンニング行為を基礎づけるものではない。Aの行為については,Y1教諭の現認のみが証拠であり,カンニング行為の「疑い」のレベルにすぎず,本件事実確認及びそれに基づく生徒指導委員会においても,Aによるカンニング行為の事実は認められなかったのであるから,Aがカンニング行為を行ったということはできない。

a Y1教諭は,Aの左後方に立ち,Aを見下ろすような感じで立っていたのであるから,その立ち位置からすると,同教諭がAの手の中にある消しゴムに巻かれたメモの内容を見ることは不可能である。また,本件事故後に行われた話合いの席で確認したところ,Y1教諭の立ち位置からは,A4用紙に印字された11ポイントの文字すら読むことができなかったのであるから,具体的な物理の公式を見ることはできない。また,Aが同教諭と問答中に,上着のポケットの中に手を入れ,手を動かしていた事実や,ポケットからペーパーを出す際に同ペーパーを確認していたという事実もない。

結局のところ,Y1教諭は,Aが本件試験中に消しゴムに巻かれたペーパーを見ていたことから,Aがカンニングをしているものと思いこんだにすぎない。

b 物理の試験は比較的短時間で解答することができる上,その内容が難しい場合には,なおさら短期間で解答を終えることができるのであり,Aが早々に本件試験の解答を終えたとしても不自然ではない。なお,Aは,理数系が得意であり,2年時においては合計6回の定期試験においていずれも90点ないし100点をとっていたのに,今回は71点にとどまり,むしろ悪い点数であった。

また,日本史の内容を記載したペーパーについて,Aは,1時限目にカンニング行為をするために準備したことを認めており,試験時間中に勉強をするために準備したわけではないから,かかる弁解も不自然不合理ではない。

Aは,本件事実確認時に,ケース付きの大きい消しゴム1個,ケース付きの小さい消しゴム2個,大きい消しゴムのケースのみを1個提出しているが,消しゴムの中身を1個,自宅に置いてきたと説明しており,同消しゴムを隠したものではない。

c Aは,平成15年7月9日の期末考査において不正行為を行ったとして注意を受けたことがあるものの,その内容は,携帯電話を持ち込んだというにすぎず,携帯電話を見ながら答案を作成したなどの行為はしていない。また,同年12月18日に,Aは,試験中に消しゴムを机の中に持ち込んだとして指導を受けたが,その際も,不正行為については否定しており,疑惑にすぎなかったのである。本件においても,本件事実確認の結果,Aがカンニング行為をした事実は認められず,中学1年時における不正行為はあったものの,これをもって,本件試験中にカンニング行為があったということはできない。

(イ) Aの性行

Aは,優しく家族思いで,友人関係も広く,学校における生活態度も真面目であった。また,本件事実確認以前にも,心得違反行為をしたか否かについては,そのような事実の存否自体が不明であるし,そのような事実についてAが処分されたことはなかった。

(ウ) 本件事実確認の目的

本件事実確認は,Aがカンニング行為を行ったという事実がないにもかかわらず,Y1教諭の思い込みから,心得違反の指導ではなく,Aによるカンニング行為の有無を明らかにするために行われた。

(エ) 本件事実確認の態様等

a 人数

不正行為をした疑いのある生徒から事情を聴取する際に,教育的配慮の観点から,複数の教諭が立ち会うことは望ましいが,それは教諭間で役割分担がなされることが前提である。しかし,本件事実確認においては,5人もの教諭が立ち会っていたにもかかわらず,教諭間における役割分担は一切されておらず,ほとんどの教諭がAに対して同様の追及を行い,事実確認を行っていない教諭は,その場においてAを威圧する役割しか果たさず,Aの立場に立って発言する者は誰一人いなかった。

b 場所

本件事実確認が行われた本件準備室は,机と椅子以外に余分なスペースはなく,教諭ら5人とAが着席すれば,いっぱいの状態であった。かかる狭い室内において,Aを5人の教諭が取り囲んで事実確認を行ったことは,生徒と教師という権力的関係に鑑みれば,Aの精神的苦痛ないし負担を増大させた。

c 時間

本件事実確認は,約1時間45分に及び,その間,昼食や飲み物をとらせること,トイレ休憩などの休憩を挟むこともなく,Aの精神的な緊張を解くなどの措置を全く行っていないことから,Aを一方的に追い詰め,極度の疲労と精神的苦痛を与えたものであった。

(オ) 本件事実確認の方法,内容等

a 本件事実確認にあたっては,まず教諭らがAに質問をし,それに対してAが回答し,さらに,Aが回答を教諭らの前で文章にし,教諭らがAの前で次々に回し読みをするといった方法が繰り返され,また,Aに対し,Aが回答を記載した後に入室した教諭に対して,当該回答を声に出して読むように命じることもあった。かかる方法は,Aに,執拗かつ過度の威圧感を与え,Aの受けた精神的負担は相当に大きいといえる。

b Y1教諭がAから受領した消しゴムに巻かれたペーパーの客観的状況及び本件事実確認におけるAの発言内容からすると,本件試験及び日本史の試験において,Aがカンニング行為をした事実は認められなかった。それにもかかわらず,本件事実確認において,教諭らは,Aが本件試験中に,物理に関するペーパーを見ていたという思いこみから,Aがカンニング行為をしたと疑う執拗な質問を繰り返し,Aを追及した。

具体的には,Y1教諭は,Aに対し「出題者の先生が巡回に来る直前からずっと横で見ていたんだよ。物理の公式みたいに見えたので,声をかけたんだけれど。」,「私が見たときには物理の公式のようにも見えたんだが。」,「紙にアルファベットみたいなものは書いてなかったかな。」,「なぜ,声をかけたとき慌てて隠してしまったの。」,「物理の時間に日本史を持ち込んでいたことが分からないんですが,なぜなの。」,「なんで物理の試験が行われているときに日本史のまとめを読む必要があったの。」,「なにも他教科の試験中にやらなくてもよかったんじゃない。」,などと,Aを追及した。

(カ) 結団式への不参加

a 本件事実確認は,午後零時から行われた体育祭の結団式を休ませて行われた。体育祭の結団式は,Z高校においては重要な行事であり,また,結団式が午後1時に終了予定であったことからすると,結団式終了後に事実確認を行うことが可能だったから,本件事実確認を結団式を休ませて行う必要性はない。

b 本件準備室と結団式の行われた体育館との距離は近く,本件事実確認の際に,本件準備室の窓が開放されていたことからすると,結団式の生徒らの歓声が聞こえる中で本件事実確認は行われたのである。そうすると,Aは,結団式に出席できないことを悔しく思い,自分だけが結団式に出席していない事実を周囲の生徒が不審に思うであろうと感じていたと考えられ,非常に孤独な状況下にあったといえる。

(キ) 本件事実確認後の対応

a Aは,中間考査最終日で疲弊していた身体に,長時間かつ多人数による執拗な事実確認を受け,その間,昼食や飲み物もとらせてもらうことができず,肉体的及び精神的に極限状態にあった。また,Aは,高校3年生の受験期にあり,進路について過敏になっていたところ,カンニング行為を疑われたことにより,多大な不安を抱き,本件事実確認により精神的に追いつめられていった。

b 上記のようなAの肉体的及び精神的状態に鑑み,教諭らは,本来であれば,本件事実確認の過程でAの精神状態に配慮し,仮に,Aが,精神的に追いつめられているようであれば,その回復を図るべく事実確認を一時中断するなどして休養させ,あるいは,Aの主張や不安を聞き入れるなどの精神的ケアを行うべきであった。

また,本件事実確認終了後においては,カンニング行為の事実が確認できなかったという点をAに明らかにし,Aの精神的負担を取り除くべきであった。

c しかしながら,教諭らは,本件事実確認の過程において,Aの肉体的及び精神的状態を確認することなく,漫然と事実確認を継続したばかりでなく,終了後もAについて,カンニング行為の疑いを晴らすことなく,原告へ連絡する旨を示唆した。また,Y3教諭は,Aに対し,「今回のことを反省して,これをステップにしてしっかり頑張るんだぞ。」などと対象のはっきりしない反省を促し,結果的にカンニング行為を行ったかのようなレッテルを貼って,Aを帰宅させた。

ウ 以上のとおり,Aの行った非違行為の内容が心得違反であり,Aが日頃から真面目に学校生活を送っていた生徒であることから,少人数,短時間での事実確認が可能であったにもかかわらず,教諭らは,Aがカンニング行為を行ったという思い込みのもとで,役割分担もないままに5人がかりで,Aを密室で取り囲むような状況下で,約1時間45分にもわたり本件事実確認を行い,その間,Aに重要行事への参加を許さず,昼食や飲み物,休憩の機会を与えることのないまま,執拗かつ威圧的な事実確認を行い,また,カンニング行為をしていないというAの訴えに何ら耳を傾けることなく終始一貫してAに対して疑いをかけた。かかる教諭らの行為は,進学を控えたAに多大な不安を与え,著しい肉体的・精神的苦痛を与えたものである。しかも,教諭らは,客観的証拠及び事実確認の結果,Aにカンニング行為の事実が認められなかったにもかかわらず,かかる重要な事実についてAに告げることなく,かえってAがカンニングをしたかのような疑いを教諭らが抱き続けているかのような形で本件事実確認を終わらせ,本件事実確認後のAの肉体的疲労や精神状態について何らの事後的な配慮を行わず,Aが事実確認によって受けた精神的苦痛を漫然と放置したのである。

以上の本件事実確認における教諭らの行為は,教諭から生徒に対する事実確認の場で要求されるべき教育的配慮が全くなされていないことは明らかであり,かつ,事実確認として必要かつ合理的な範囲を超えたものである。したがって,本件事実確認は,合理的な限度を超えた行為として違法であり,教諭らの行為は,生徒に対する安全配慮義務を怠った行為であるというべきである。

(被告の主張)

ア(ア) 原告の主張ア(ア)は一般論としては認める。

しかし,本件事実確認においては,教諭らは教育的配慮を行う義務を十分に果たしている。また,Z高校においては,生徒の権利が大きく認められており,教師と生徒との間の権力的関係は,ほとんど存在しない。

(イ) 同ア(イ)は一般論としては認める。

(ウ) 同ア(ウ)は一般論としては認める。

しかし,本件事実確認は,必要な範囲,かつ相当な方法で行われており,違法ではない。

イ(ア) 同イ(ア)は否認する。

以下の事実を総合すると,Aは本件試験においてカンニング行為を行ったということができる。

a 本件試験中,Y1教諭は,Aが大きな消しゴムに巻き付けたペーパーを見ながら問題を解いているのを発見し,2度にわたり,それぞれ1分間以上同ペーパーを注視したところ,いずれもそのペーパーには本件試験の試験範囲であるコンデンサーの公式「Q=CV」や,電気容量を示す公式である「C=εS/d」が記載されていた。Y1教諭は物理科目の担当教諭であり,視力が1.2であることからすれば,同教諭がペーパーの内容を見間違うことはない。

また,Aの行為を発見したY1教諭が,Aに対し,消しゴムを提出するように頼んだ際,同人は,消しゴムをすぐには出さず,ポケットの中に手を入れたまま,手を動かし続けていた。

b Aの物理の試験の得点は,71点であり,クラスの平均点である56.8点を大きく上回っていた。

c Y1教諭が,Aから提出を受けたペーパーが,日本史に関する事項を記載したものだったことについて,Aは,本件試験中に1時限目に行われた日本史の試験の復習をしていた旨述べたが,試験中の残り時間に既に試験の終わった他の科目の勉強をするためにペーパーを準備し,危険を冒して試験監督の目を盗みながら勉強したとの弁解は,不自然不合理である。

d Aは,中学1年生時に不正行為を行い,また,平成15年7月9日の期末考査中には携帯電話を試験室に持ち込み,試験監督の教諭から指導を受けていた。さらに,同年12月18日には,他の生徒から,Aが試験中に机の中に多数の消しゴムを入れて取り替えながら見ている旨の報告を受け,Y2教諭及びF教諭が,Aに対し指導を行った。

(イ) 同イ(イ)のうち,Aが本件事実確認以前にも心得違反行為をした事実が不明であることは否認し,かかる事実についてAが処分されなかったことは認める。その余は不知。

(ウ) 同イ(ウ)は否認する。

Aは,本件試験中にカンニング行為を行っており,Y1教諭の思い込みによるものではない。

(エ)a 同イ(エ)aは否認する。

本件事実確認には,Y1教諭は発見者,Y4教諭,Y2教諭は生活指導係,Y5教諭は学年代表,Y3教諭は担任という異なる立場で出席し,それぞれに具体的な役割があった。具体的には,Y1教諭は発見者として事実確認を進める上で不可欠であり,Y4教諭,Y2教諭は,その後の職員会議で他の職員からの質問に対して答える役割があった。なお,2名の生活指導係が出席したのは,当初,Y4教諭が体育祭の結団式に出席する必要があったためである。また,Y5教諭は,3学年の学年会等で説明するため,Y3教諭は担任としてAを擁護し,保護者への連絡等のために事実確認の内容を把握しておく必要があったために出席した。

本件事実確認においては,最大5人の教諭により聴取が行われたが,発問はY2教諭及びY1教諭が中心となり,他の者はほとんど質問していない。Y3教諭は,今後の指導のために状況を把握する必要があり,事実確認において適正な指導が行われるように見守っていたのである。なお,5人全員が立ち会ったのは,午後零時15分ころから零時50分ころまでの約35分間である。

また,不正行為があったことを前提として,脅したり,威圧したりする「取調べ」のような事実確認は行われず,本人の主張したことを受け入れ,食い違った点についても追及することはなかったのであり,次から次へ質問を浴びせるような聴き方ではなく,ゆっくりと丁寧に聞いていった。

b 同イ(エ)bのうち,本件事実確認が本件準備室で行われたことは認めるが,その余は否認する。

本件準備室は,普通教室の8分の3の面積があり,空きスペースもある。普通教室においては,40人が学校生活を送っているところ,単純に計算しても本件準備室には15人が入室できるし,実際にも,15人の教諭が椅子を運び入れて学年会を開くこともあった。

Z高校では,本件のような事実確認に際しては,視聴覚準備室,応接室,会議室又は放送室を使用することとなっていたが,会議室は本件事実確認には広すぎるし,放送室は暗くて狭く,応接室は来客等のために緊急に使用する場合があった。また,本件準備室は,結団式が行われていた体育館から最も離れた場所にあったことから,事実確認の場所として最適な選択だったといえる。

また,Aと教諭らは机を囲んで着席したのであり,教諭らがAを取り囲んだのではない。

c 同イ(エ)cのうち,本件事実確認が行われた時間については認め,その余は否認する。

本件事実確認が1時間45分に及んだのは,Aが話すまでに時間がかかったため,本人が話すのを見守ったこと,1時限目の日本史のテストと本件試験の2つの試験に関して事実確認を行ったこと,Aが加工した消しゴムを出し,教諭らがこれに非常に驚いたことによる。

なお,Z高校では,通常の学校生活においても,1時間30分の授業が毎日行われており,1時間45分という時間が長すぎるということはない。

また,本件事実確認の間,Aからは,体調不良の訴え等もなく,昼食や,トイレに行きたい旨の申告もなかった。

(オ)a 同イ(オ)aのうち,まず教諭らがAに質問をし,それに対してAが回答したこと,教諭らがAに対しAが作成した文を読むように命じることもあったことは否認し,その余は認める。

本件事実確認では,まず,Aが事実を整理してまとめて書面に書き,それを基に教諭らが質問をしていった。また,つじつまが合わなくなった場合には,Aに自由に訂正させていた。全員で確認することは,慎重に対応するために必要であるし,全員が一度に読むことは不可能であるため,順番に読む方法をとったのである。

「命令」は一切しておらず,Aに対し,「読んでみて。」とお願いしたにすぎない。

本件事実確認の方法は執拗でも威圧感を与えるものでもなく,Aが精神的負担を受けていた様子は一切なかった。

b 同イ(オ)bのうち,Y1教諭がAに対して行った質問の内容については認め,その余は否認する。

Y1教諭が,本件試験中にAから受領したペーパーは,Aが試験中に見ていたものではなかった。同教諭は,2度にわたり,Aの左後方から1分間以上確認したのであり,Aが,コンデンサーの公式等が記載されたペーパーを見ながら物理の答案を記入していたことは間違いない。Aが「試験中に不必要なものを持ち込んだ」という事実しか認められなかったのは,教育的配慮から,Aの主張を聞き入れた結果である。仮に,原告の主張するように事実を厳しく追及していたのであれば,異なる結果となっていた。

(カ)a 同イ(カ)aのうち,午後零時から体育祭の結団式が行われていたこと,結団式が一部の生徒にとって重要な行事であること,Aが結団式に参加しなかったことは認め,その余は否認ないし争う。

カンニング行為という不正行為の重大さを考えれば,試験終了後すぐに事実を確認するのが通常である。

結団式は,放課後に生徒主体の体育祭実行委員会が主催した任意参加の行事であり,出席しなくても欠席扱いにはならず,「休ませた」のではない。

b 同イ(カ)bは否認する。

約1割の生徒は結団式に参加しないのであるから,Aの不参加を他の生徒が不審に思うことはない。Aから教諭らに対し,結団式に参加したいとの意思表示はなく,原告も,本件事故後に,Aは当日歯科医院に行く予定であり,結団式は欠席する予定であった旨述べていた。

(キ)a 同イ(キ)aは否認する。

本件事実確認の際に,A自身が昼食や飲み物を欲していたことはない。Aは,本件教諭らと普通に会話をしており,落ち着いた様子で,特に体調に変わった様子も見られなかった。

b 同イ(キ)bは争う。

c 同イ(キ)cのうち,Y3教諭がAに対し「今回のことを反省して,これをステップにしてしっかり頑張るんだぞ。」と話したことは認めるが,その余は否認する。

Aは心得違反という不正行為を行ったのであるから,原告に連絡するのは当然であり,教諭が親に話す前に,生徒からその事実を親に伝えるほうが生徒の精神的負担は少ないので,この点を考慮して原告に伝えるよう述べたものである。

また,Y3教諭の言葉は,Aを励ました言葉である。Aも,試験に不要なものを持ち込んだという心得違反による「不正行為」は認めていたのであるから,何を反省するかは理解していた。本件事実確認では,事実を追及することを避け,Aの主張を聞き入れることによってカンニング行為はなかったとの結論となったが,Aに対し,0点になる,成績に影響する,調査書が悪くなるなどの進路上不安になるようなことは一切言っていない。Aも,Y3教諭の励ましに対し,「はい。」と平静にしっかり答えていたのであり,多大な不安を抱き,本件事実確認の過程で精神的に追いつめられていったことはない。

ウ 同ウは争う。

本件事実確認に関して,教諭らは十分に安全配慮義務を果たしており,教諭らの行為に違法性ないし債務不履行はない。

(3)  争点(3)(教諭らの安全配慮義務違反行為とAの死亡との間の因果関係の有無)について

(原告の主張)

ア 事実的因果関係について

(ア) Aは,本件事実確認以前においては,大学に進学し,将来は公認会計士になるという具体的な希望を持ち,母親の面倒は自分が見るなどの現実的な将来設計をしていた。また,同人は,自殺に対して否定的なイメージを有していたのであり,直近の生活において,自殺の気配はまったくなかった。

(イ) Aは,本件事故当日の朝,原告に対し,試験が終わって帰ってきたらゲームをすると述べ,友人との間で,友人宅に泊まりに行く,一緒に映画を見に行くなどの約束をしており,自殺を窺わせる態度は全く認められなかった。

(ウ) Aは,本件試験終了後,友人に対し,普通の様子で「カンニングの疑いで呼ばれていてヤバイよ。」,「帰ってからゲームする。」などと話しており,自殺を考えている様子は全くなかった。

(エ) Aの友人たちは,Aの学校での生活や行動からは,自殺という行動は信じ難いと感じていた。

(オ) 以上のとおり,本件事実確認以前には,Aにおいて,自殺に至る様子や兆候は一切存在しなかったのであるから,Aが,本件事実確認により絶望的な思いに至って自殺したことは明白である。

したがって,教諭らの安全配慮義務違反行為とAの自殺との間には,事実的因果関係がある。

イ 相当因果関係について

(ア) 相当因果関係が認められるためには,本件事実確認によって,Aの自殺の結果が生じることが経験則上通常であることが必要であるところ,通常性の判断は,教諭らが現に認識していた事情に加えて,教諭らにおいて認識可能(予見可能)であった事情を基礎として判断されるべきである。また,経験則上通常といえるためには,本件事実確認当時,教諭らにおいて通常有すべきであった知識経験を基準として,実際に生起した結果の発生に至る因果の経過が,本件事実確認の危険性の現実化していく過程として首肯し得るものと認められれば足りる。

(イ)a 昭和52年10月の第82回国会において少年の自殺防止についての審議が行われ,それを受けて,総理府青少年対策本部は各都道府県・指定都市青少年対策主管部局長宛てに「少年の自殺防止について」と題する通知を発し,文部省も,同年11月12日付けで各都道府県・各指定都市教育委員会宛てに同総理府通知を紹介する形で,同名の通達を発し,「最近,児童生徒の自殺が各地でみられ,社会的な問題」となっているとの認識を示した上で,「児童生徒の自殺防止についてできるだけの配慮」を求めた。さらに,昭和54年2月7日,総理府青少年対策本部は,各都道府県・各指定都市の知事・市長宛てに「青少年の自殺防止について」と題する通知を発し,文部省もこれを受けて同年2月24日付けで各都道府県・各指定都市教育委員会宛てに「児童生徒の自殺防止について」と題する通知を発し,改めて「最近,児童生徒の自殺が各地で見られ,社会的な問題」となっているとの認識を示した上で,「児童生徒の自殺防止についてできるだけの配慮」を求めている。さらに,文部省から文部科学省にかけて,現在に至るまで,毎年「生徒指導上の諸問題の現状について」と題する発表がなされ,毎年度の公立小・中・高等学校の児童生徒の自殺者及び自殺原因等が報告されているが,ここでは「学校問題」の一つとして「教師のしっ責」が区分化されている。

b そして,教師のしっ責による児童,生徒の自殺事例は毎年のように存在し,報道されている。

c かかる状況によれば,教師のしっ責や指導に伴う自殺の危険性が現実的にあること,これを教育者として防止すべきであることは,本件事実確認時,教育の専門家たる教諭らが通常有しておくべき知識経験であったことは明らかである。

(ウ) 教諭らが認識していた事情

a 本件事実確認は,前記のとおり,指導として許容されるべき合理的範囲を超えた違法な行為であるところ,教諭らは,本件事実確認がAがカンニング行為を行ったという予断に基づく聴取であり,役割分担なく無計画に5人もの教師により長時間にわたり行われたこと,休憩や食事,水などを全く与えなかったことなど,その事実確認の経緯及び態様を認識していたものであり,そのことは,本件事故後に教諭らが作成した書簡(甲22ないし26)からも明らかである。

b また,教諭らは,Aが高校3年生であり進学に向けて緊張状態にある時期であったこと,Aを体育祭の結団式に参加させずに本件事実確認を行ったこと,本件事実確認によってAにカンニング行為の事実が認められなかったにもかかわらず,Aに対して何らの説明もせず,その他事実確認後Aの肉体的及び精神的状態を確認するなどの配慮ある対応をしなかったことなどの,本件事実確認の客観的状況についても認識していたことが明らかである。

(エ) 教諭らが認識し得た事情

a Aが本件試験においてカンニング行為をしたとの客観的証拠は存在しなかったこと,本件事実確認の過程においてAがカンニング行為をはっきりと否定していることに鑑みれば,教諭らは,相応の注意義務を尽くせば,本件事実確認当時,Aに本件のような多人数,長時間,休憩なしといった過酷な事実確認という名の指導を加えなければならないような非違行為がなかったこと,すなわち,Aが本件事実確認を理不尽な指導と受け取ったであろうことを容易に認識し得たというべきである。

また,高校生の自殺が多いのは,精神的葛藤によるものが大きく,とりわけ,まさに正当な理論が通るはずだと考えている教育の現場での本件のような理不尽に,生徒は著しい無力感にさいなまれるのである。

したがって,このような場合,生徒が自殺という手段に訴えることは容易に理解できることであり,教諭らも当然そのことを認識しなければならない。

b 教諭らは,本件事実確認が,試験期間終了後に長時間,多人数の教諭により,休憩や食事等を与えずになされたという客観的状況について認識していた。そして,試験期間終了後という一般的に生徒に疲労が蓄積している状態において,カンニング行為の疑いを前提とした聴取という本人にとって苦痛な目的の下,5人もの教師に囲まれ,特に,初対面であったY1教諭が本件事実確認の主導的役割を担い,約2時間もの長時間にわたり本件事実確認が行われ,さらには,空腹による疲労と精神的負担の増大が加わり,25度以上の気温による水分不足による疲労も加わっているにもかかわらず,休憩や水分補給など緊張を解く機会も与えられなかったという状況の中で,Aの心身に与える疲労が大きいものであることは容易に推測がつくところである。

また,そのような状況の下,親に伝えるという子供にとって最も辛い予告を残して本件事実確認が終了したことにより,Aは正常な判断力を失い,憤りと絶望のまま強度の精神的負担を抱えることになったものというべきである。

したがって,このような客観的状況により,Aの心身が看過できない疲労状態に至ることを,教諭らは容易に認識し得たというべきである。

c 教諭らは,Aが高校3年生の受験期で進学を希望していたことを認識していたところ,カンニング行為の疑いを教師らに持たれたことだけでも,受験期にあるAにとって多大の精神的負担になったことはいうまでもなく,加えて,本件事実確認が,疑いを晴らしてもらえぬままに終わったことにより,Aを絶望的な思いにさせたことは明らかである。

したがって,本件事実確認により,Aが,大変な不安や絶望を抱くであろうことは,教諭らが容易に認識し得た事情といえる。

d 以上のとおり,本件事実確認がされるに至った経緯やその態様等の客観的状況を認識していた教諭らは,本件事実確認によりAが抱くであろう心理状況や,肉体的,精神的負担を容易に認識し得たというべきである。

(オ) 以上のような教諭らが現に認識していた事情及び認識し得た事情を基礎事情として,前記のとおり教師が通常有すべき知識経験を基準に判断すると,本件事実確認からAの自殺に至るまでの因果の経過は,本件事実確認の危険性が現実化していく過程として十分首肯し得るものである。

よって,本件事実確認とAの自殺との間には,相当因果関係が認められることは明らかである。

(被告の主張)

ア 原告の主張ア(ア)ないし(エ)のうち,Aに学校を含めた生活態度の中で自殺の気配が全くなかったことは認め,同ア(オ)は争う。

そもそもAの死は自殺によるものではない。

Aは,本件事実確認においても普通の状態であり,自殺に対して否定的なイメージを持っていたAが,自ら死を選択するとは考えられず,Aの死は自殺ではないと考えるべきである。

イ(ア) 同イ(ア)及び(イ)aないしcのうち,文部省等の通達や,子供の自殺の例があることは認めるが,その余は否認ないし争う。

教諭らは,教師のしっ責や指導に伴う自殺の危険性が現実的にあること,これを教育者として防止すべきであるという知識経験を有している。だからこそ,本件事実確認においては,Aに対し,しっ責したり,詰問したりすることなく,Aの精神状態に気を配りながら,ゆっくりと丁寧かつ慎重に事実確認を行ったのである。なお,上記通達は,不正行為について事実確認すること自体を否定するものではない。

(イ)a 同イ(ウ)aは否認する。

本件事実確認は,違法ではない。Aが大きな消しゴムを加工し,縮小コピーしたペーパーを持ち込んだという不自然な客観的状況があったのであるから,事実確認を行うのは当然である。

なお,本件事故後に教諭らが作成した書簡は,原告の再三の要求により,原告から言われ続けた文言を入れざるを得ない状況の下で作成されたものである。

b 同イ(ウ)bのうち,Aが結団式に参加しなかったこと,本件事実確認によってAのカンニング行為が認められなかった旨を同人に伝えなかったことは認めるが,その余は否認する。

Aは,本件事実確認当日,歯科医院に行くため,結団式には参加しない予定であった。

本件事実確認によって,Aのカンニング行為は認定されなかったが,未だ職員会議等を経ておらず,この段階でその旨をAに伝えることはできなかったのである。教諭らは,Aの精神状態に気を配りながら,本件事実確認を行ったのであり,Y2教諭は事実確認の最後の段階で,Y3教諭は本件事実確認終了後に,Aに励ましの声をかけている。

(ウ)a 同イ(エ)aは否認する。

Aには,カンニング行為という非違行為があった。また,Aはそもそも自殺したのではないから,原告の主張は採用できない。

b 同イ(エ)bは否認する。

本件事実確認は,長すぎることはなく,Aが飲み物やトイレ休憩を申し出ることは十分可能であった。Aには不安を感じている様子はなく,教諭らは,Aの体調を気遣っていた。

また,親に対する連絡を示唆した点については,教諭から親に直接伝える前に生徒から親に伝える方法の方が,生徒への精神的負担が少ないのであり,このことによって,Aが正常な判断力を失い,憤りと絶望のまま強度の精神的負担を抱えることになったとは到底考えられない。

c 同イ(エ)cのうち,高校生3年生が精神的ストレスを感じる時期であることは認め,その余は否認する。

教諭らは,高校3年生の精神的ストレスを認識していたからこそ,丁寧かつ慎重に本件事実確認を行い,Aの主張を尊重して,カンニング行為を認定しなかったのである。もっとも,最終的な認定をするのは,職員会議であったため,教諭らは,Aに対し,本件事実確認の終了段階では,Aに対し,カンニング行為を認定するか否かについて伝えることができなかった。

本件事実確認においては,Y2教諭,Y3教諭が,Aに対し,励ましの言葉をかけ,Aは同教諭らの励ましに対し,平静にしっかり答えているのであるから,Aが絶望的な思いを抱いたことは決してない。

d 同イ(エ)dは争う。

(エ) 同イ(オ)は争う。

(4)  争点(4)(損害額)について

(原告の主張)

本件事故により,原告に生じた損害の合計額は,主位的に1億3955万4941円,予備的に1億1591万7344円である。なお,本件において,原告は,被告に対し,上記損害額の一部である8000万円の支払を求める。

ア 逸失利益

(ア) 中間利息の控除方式についてライプニッツ方式をとる場合(主位的主張) 9006万8129円

a 中間利息の控除割合については,法定利息と同様5%によることが多いが,年2%として計算すべきである。すなわち,中間利息を控除する根拠は,加害者,被害者間の不公平を解消する点にあるところ,控除すべき利息は,遺族が受け取る金額を元本として運用した場合に得ることのできる運用利益としての利息であって,その控除率は,市民層の一般的な運用方法である定期預金の金利を基準に計算すべきである。民法404条が定める民事法定利率は,金銭債務の遅延損害金や利息について,当事者間に合意のない場合に法律が一定の利率を定めたものであり,また任意に相手方に金銭を支払わない者に対する一種の制裁的要素をも有するものであって,逸失利益算定の際に控除すべき利息とは適用される場面を全く異にする。

Aが死亡した平成16年5月当時,預入金額1000万円以上,預入期間10年の定期預金の金利は,年0.227%の低金利の状態である。近時の公定歩合,銀行預金利率,経済情勢の客観的状況及び予測等を総合勘案すれば,今後も長期にわたって低金利時代が続く蓋然性は非常に高く,仮に上昇するとしても,平均して年5%の運用利回りにまで上昇することを想定することは全く不可能である。

したがって,加害者と被害者との間の公平を図るためには,現在及び将来の金員の一般的運用利益を考慮して,年2%とするのが合理的である。

b 平成16年賃金センサスの学歴計・男性労働者・大学卒の全年齢平均賃金は674万4100円である。Aは,本件事故当時17歳であるから,就労可能年数を45年間とし(始期を大学卒業時の22歳,終期を67歳とする),中間利息控除を2%としてそれに対応するライプニッツ係数を26.7102,生活費控除率を50%として計算すると,逸失利益は9006万8129円となる。

(イ) 中間利息の控除方式についてホフマン方式をとる場合(予備的主張) 6857万9404円

a 仮に,中間利息の控除率について,年5%とする場合には,その控除方法については,ホフマン方式が採用されるべきである。

最高裁判所平成16年(受)第1888号同17年6月14日第三小法廷判決(民集59巻5号983頁参照)は「現行法は,将来の請求権を現在価額に換算するに際し,法的安定及び統一的処理が必要とされる場合には,法定利率により中間利息を控除する考え方を採用している。例えば,民事執行法88条2項,破産法99条1項2号(旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)46条5号も同様),民事再生法87条1項1号,2号,会社更生法136条1項1号,2号等は,いずれも将来の請求権を法定利率による中間利息の控除によって現在価額に換算することを規定している。損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するについても,法的安定及び統一的処理が必要とされるのであるから,民法は,民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる。このように考えることによって,事案ごとに,また,裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ,被害者相互間の公平の確保,損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる。上記の諸点に照らすと,損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならないというべきである。」と判示しているところ,同判例は,逸失利益の現価算定における中間利息の控除率の判断について,民事執行法,破産法,民事再生法,会社更生法等における中間利息控除の規定を類推適用するか,又はその趣旨を援用したものと解される。しかるところ,各種倒産法等における中間利息控除は,単利式で行われるのであるから,逸失利益の算定における中間利息控除に当たっても,複利式であるライプニッツ方式ではなく,単利式であるホフマン方式によるべきである。

また,上記最高裁判決は,逸失利益の現価算定における中間利息控除の問題を事実認定の問題ではなく,法規適用の問題ととらえる立場を選択したと解されるところ,事実認定の問題ととらえる立場と整合性を持つライプニッツ方式ではなく,各種倒産法等の法規適用にその根拠をもつホフマン方式と整合性がある。

そうすると,本件において,逸失利益の現価算定における中間利息控除率を5%と考える場合には,ホフマン方式によるべきである。

b 平成16年賃金センサスの学歴計・男性労働者・大学卒の全年齢平均賃金は674万4100円である。Aは,本件事故当時17歳であるから,就労可能年数を45年間とし(始期を大学卒業時の22歳,終期を67歳とする),中間利息控除を5%としてそれに対応するホフマン係数を20.3376,生活費控除率を50%として計算すると,逸失利益は6857万9404円となる。

イ 死亡慰謝料  2500万円

Aは,本件事故直前まで,大学に進学し,公認会計士になることを目指し,家族への愛情を持って暮らしていたのであるところ,同人が自ら夢を絶ち,死を選ばなければならなかった無念さと,同人を追いやったのが思春期の少年を理解すべきであった教師であることに鑑みると,Aが自殺するに至った精神的苦痛は想像を絶するものであり,これを慰謝するための金額は,2500万円を下らない。

なお,当該慰謝料には,本件事実確認による精神的苦痛に対する慰謝料も含むというべきであり,仮に,死亡による損害が否定される場合であっても,本件事実確認自体の精神的苦痛に対する慰謝料は認容されるべきである。

ウ 原告は,上記争いのない事実等1(1)イの遺産分割協議により,上記ア及びイによるAの損害賠償債権を全額取得した。

エ 原告固有の慰謝料  1000万円

母子家庭の中で,将来母親の面倒を見ると述べ,優秀な成績で大学への進学が間近であったAの存在は,原告の生きる支えであった。かかるかけがえのない家族を奪われた原告固有の精神的苦痛を慰謝するための金額は,1000万円を下らない。

オ 葬儀関係費用  180万円

カ 弁護士費用

本件については,原告は弁護士に対応を依頼せざるを得なかったのであるから,本件に関する弁護士費用としては,損害額の1割が相当である。

(ア) 1268万6812円(上記ア(ア)を前提とする場合)

(イ) 1053万7940円(上記ア(イ)を前提とする場合)

(被告の主張)

否認ないし争う。

第3争点に対する判断

1  前記争いのない事実等に加えて,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件について次の事実が認められ,後掲各証拠のうち,これと異なる部分については採用することができない。

(1)  本件試験前のAの様子等(甲30,42,43,乙9,17,18,証人Y2,同Y3,同C,同E,同D,原告本人)

ア Aは,本件事故当時,Z高校普通科の3年1組の生徒であり,17歳であった。同人は,同高校卒業後は,国立大学に進学して,将来は公認会計士になることを目指していた。

イ Aは,Z高校においては,ごく普通の真面目な生徒であった。同人は,数学や理科が得意で,2年次の物理の試験では,ほぼ90点以上をとっていた。

ウ(ア) Aは,同校2年生であった平成15年7月9日の1学期の期末考査の際,試験中に携帯電話を所持していたため,G教諭から注意を受けた。その際,不正行為は認められず,担任のY3教諭は,Aに対し,以後,試験に不要なものは持ち込まないように注意した。

(イ) 同年12月17日,Aのクラスメートである女子生徒数名から,Y3教諭に対し,1学期の試験の際から,Aが机の中に消しゴムを多数入れ,試験中に取り替えながら見ているという内容の申告があった。そこで,Y3教諭の相談を受けて,2学年の生活指導係であったF教諭及びY2教諭が,同月18日,Aに対し,事実確認を行った。この事実確認は午前9時から約15分間,会議室で行われたところ,その際,Aは,試験中に机の中に消しゴムを入れ,出し入れしていたことを認めたが,不正行為は否定した。そこで,両教諭は,Aに対し,カンニング行為に関する質問はせず,心得違反をした場合にはカンニング行為とみなされる場合があることを説明し,事実確認は終了した。両教諭から,事実確認について報告を受けたY3教諭は,Aに対し,カンニング行為がなぜ悪いか,紛らわしい行為がなかったかを指導し,疑念を晴らすには疑わしい行為をせずに良い点数をとるしかない,と話した。

なお,このときは,クラスメートからの申告が端緒であったために,後にAとクラスメートとの関係が悪化した際の対応を考慮して,担任であったY3教諭は事実確認に出席しなかった。また,消しゴムを机の中から出し入れしていたにすぎないことから,事実確認でもカンニング行為については触れず,生徒指導委員会で協議されることもなかった。

エ Aは,Z高校3年生になってから,友人に対し,受験等のことを話していたが,受験について特に悩んでいる様子はなかった。また,Aは,担任のY3教諭に対しても,進路等について悩みを話したことはなかった。

オ Aは,友人であるCとの間で,中間試験終了後に,フットサルの大会に出場すること,映画を見に行くことを約束し,友人であるDとの間で,Aの提案により,試験終了後にDの自宅に泊まりに行ってゲームなどをして遊ぶことを約束していた。

また,Aは,本件事故発生日の午後5時に歯科医院の治療を予約していた。

カ 本件事故の数日前に,AとDとの間で,その前日にあった電車への飛び込み自殺に関するニュースが話題となり,AはDに対し,そのような行為は,損害賠償義務が発生し,親族に迷惑がかかるためよいことではないと,飛び込み自殺に対して否定的な意見を述べた。

キ 本件事故の約2日前,Dは,机の中に教科書を入れたまま試験を受験した行為について,2名の教諭から約20分間にわたり,事実確認を受けた。その際,教諭らは,Dに対し,試験中の行為の状況及び行為に対する反省を紙に記載するように指示したが,教諭らは,事実確認の際,Dに対し,特に回答を急がせたり,大きな声を出したりしたことはなかった。

(2)  本件試験の概要及び試験中のAの様子等(甲8の1,41,42,乙5,7,16,18,証人Y1,同Y3,同E,同C)

ア 5月26日は,Z高校1学期中間考査の最終日であった。同日,Aは,1時限目(午前8時50分から午前9時40分)に日本史の試験を受験し,その後,2時限目(午前9時55分から午前10時45分)に本件試験を受験した。1時限目の試験監督はY2教諭,2時限目の試験監督はY1教諭であった。

イ(ア) Z高校では,「定期考査受験上の心得」として,主に次のような内容が定められていた。

a バッグ,教科書,ノート,携帯電話等,受験に不必要なものは,教室の前方または後方に置き,机の中には何も置かないこと。

b ペンケース等,答案の記入に不必要なものは机上に置かないこと。

c 不正行為が発見された場合は,その答案は0点とする。

(イ) Aの教室内には,心得が掲示されており,また,試験中においては,黒板に向かって右端に「不正行為は厳禁」,「机の中は空に」,「机の上には筆記用具のみ」という文言が書かれていた。さらに,担任のY3教諭は,生徒らに対し,口頭で,上記の受験上の注意をするとともに,不正行為をしないように注意した。

ウ 試験中,机は,廊下側から窓側に向かって横に6列に配置され,教卓を前方とし,教室の後方に向かって縦に6又は7個が並べられていた。Aは,1時限目は教卓前の最前列に着席し,2時限目は,最も廊下側の列の前から5個目の机に着席し,それぞれ試験を受験した。

エ 本件試験の試験監督であったY1教諭は,試験開始前に,3年1組の生徒に対し,「机の中を空にしてあるか。」,「筆記用具以外のものは全部かばんにしまって,教室の前か後ろに置くように。」,「不正行為は絶対しないで,実力で頑張るように。」との3点を注意し,問題用紙を配布した。

オ(ア) 物理の試験開始後20ないし30分経過した後,教室を巡回していたY1教諭は,Aが左手を伸ばし,左手首付近に大きな消しゴムを置き,その消しゴムを見ながら,解答を記入していることに気付いた。そこで,同教諭は,Aの左側後方から,1分間程度Aの様子を注視したところ,消しゴムの紙ケースが大きくずらされ,紙が巻かれていた。そして,その紙には,活字で,コンデンサーの公式といわれる「Q=CV」や,電気容量を示す「C=εS/d」の公式などが記載されていた。

なお,コンデンサーの公式は,実施された本件試験の試験範囲であり,本件試験の問題の解答に必要とされる公式であった。

(イ) その後,物理の出題担当の教諭が巡回に来たため,Y1教諭は,Aから離れ,いったん教室の後ろに下がった。そして,同教諭は,出題担当の教諭が退室した後,再度,Aの左後方にやや前にのめるような状態で立って,Aの様子を約1分間確認した。Aは,前方に向かって着席し,左手首付近に消しゴムを置き,その消しゴムに巻かれているペーパーを見ながら解答していた。

(ウ) Y1教諭が,Aに注意をしようと同人の左前方に立ったところ,Aは,同教諭の姿を確認した途端,右手で消しゴムをつかんで直ちに上着の右側のポケットに入れた。

(エ) そこで,Y1教諭は,Aに対し,小さな声で「消しゴムを出してください。」と言ったが,Aは,これを拒否した。Y1教諭は,Aに対し,数回,消しゴムを出すように言ったが,Aは右手をポケットに入れ,黙ったまま,消しゴムを出さなかった。Y1教諭とAとの間に,約10分間にわたり,同様のやり取りが数回繰り返された後,Aは,ポケットから,握りつぶされくしゃくしゃの状態となった紙を取り出し,Y1教諭に手渡した。Y1教諭は,その紙を,直ちに手帳の間に挟み,上着の胸ポケットにしまった。その際,同教諭は,紙の大きさを確認したが,その文字や内容までは確認しなかった。

(オ) 同教諭は,紙を受け取った後,Aに対し,本件試験を続行するように指示した。

(カ) 同教諭とAとのやり取りは,小さな声でされたが,周囲の生徒は同人らのやり取りに気付き,Aよりも前方に座っていた生徒の中には後ろを振り向く者もいた。しかし,他の生徒らは,Y1教諭とAのやり取りの具体的内容までは分からなかった。

カ Y1教諭は,本件試験の終了後,Aに対し,3時限目に英語のライティングの試験を受けた後,そのまま教室で待っているように指示した。Aは,同教諭の指示に対し,「はい。」と答えた。

キ Cは,本件試験の終了後,Aに対し,試験中に何があったのかを尋ねた。

Aは,Cに対し,日本史の内容を書いた紙を持ち込み,日本史に関することを物理の問題用紙に書いていたところをY1教諭に見つかってしまい,同教諭から,話を聞くから来て欲しいと言われたと説明し,「まずい。」と述べた。Cは,Aに対し,「そういうことは気にしなくていいよ。」と声をかけた。

ク Y1教諭は,職員室に戻った後,Aから受け取ったペーパーを確認したところ,同ペーパーには手書きで日本史の内容が記載されていた。

ケ Aは,物理の試験の7問中6問まで解答し,その点数は71点であった。

なお,この試験のクラスの平均点は56.8点であった。

(以上に対し,原告は,Aは,本件試験中に,1時限目に実施された日本史の試験の確認を行うために日本史の内容を記載したペーパーを見ていたのであり,物理の公式を記載したペーパーを持ち込み,それを見ながら本件試験の解答をしていたのではないと主張し,Aがカンニング行為をしていたとのY1教諭の証言は信用できないとする。そして,その理由として,Y1教諭はAの左後方に直立して立っていたこと,同教諭が本件事故後の6月5日に丙市民会館で行われた本件事故に関する話合いの席で,A4版用紙上の11ポイントの文字を確認できなかったことからすると,本件試験中に同教諭がAの見ていたペーパーの内容を確認することは無理であること,また,Y1教諭がAの左後方から同人の行為を確認した際,同人は解答欄ではない右側の下あたりに何かを記載しており,本件試験の解答をしていなかったこと,本件試験の点数が71点であり,Aの物理の試験の点数としては悪い点数であることを挙げ,これに沿うかのような証拠として,甲28,41号証及び証人E,原告本人の各供述がある。また,原告は,Y1教諭とAの本件試験中のやり取りに関し,両名のやり取りは本件試験終了直前まで,教室中に聞こえるような声の大きさで行われていたと主張し,この点からも,Y1証言は信用できない旨主張する。

しかしながら,証拠〔証人Y1〕によれば,Y1教諭の視力は1.2で,同教諭は,ペーパーを2度にわたり,1分間以上注視している上,証拠〔甲41,証人E〕によれば,同教諭がAの行為を確認したのは,Aに相当に接近した位置であると認められ,同教諭が直立に近い姿勢で立っていたとしても,顔を前傾させれば,文字かアルファベットの公式かを確認することは可能であると推認され,現に,同教諭は,ペーパーに記載されていた公式やその字体までをも,具体的に証言しているものである。この点,上記のとおり,原告は,本件事故後の話合いにおいて,同教諭が,A4版の用紙上の11ポイントの文字を視認することができなかったことから,同教諭の証言は信用できない旨主張するが,証拠〔甲28〕によれば,この話合いの際には,Y1教諭は,横長のテーブル2つを挟んだ約5メートルほど離れた位置からA4版の用紙を見せられたのであり,本件試験におけるY1教諭とAの位置関係と同様に考えることはできない。そして,本件事実確認において,Aは,本件試験の問題がまったく分からず早くに終了したため,本件試験中に日本史の内容を記載したペーパーを見ていたと説明したものであるが,次の時間に行われる英語の勉強をしていたならまだしも,既に終了した日本史の試験の内容を確認するというのは理解し難いし,証拠〔乙5〕によれば,Aは,本件試験について,最後の問題である問7以外はすべて解答をしており,かつ,前半については正答率も高いことからすると,本件試験の問題が分からなかったという説明も,また不合理といわざるを得ない。加えて,上記オ(エ)で認定したとおり,Aが上着のポケットに入れたのは消しゴムであったにもかかわらず,同人がポケットから取り出したのはくしゃくしゃになったペーパーであることからすると,本件試験中に見ていた消しゴムに巻いた紙をそのまま手渡したのではなく,ポケットに以前から入っていたペーパーを取り出したことを推認することができる。さらに,物理はAの「大学入試における」という意味で受験科目ではなかったことを考慮すれば,クラスの平均点よりも高い点数である71点は,必ずしも悪い点数とはいえない。もとより,通常,教師が試験中の生徒に声をかけるに当たっては,慎重にならざるを得ないのであり,Y1教諭が,内容を確認することもなく,軽はずみにAに注意をしたとは考え難いことをも併せて考慮すると,Y1証言は信用でき,Aは本件試験中に物理に関する記載がされたペーパーを見ていたと認めざるを得ず,原告の主張は採用できない。なお,原告は,Y1教諭がAの行為を確認した際,Aが解答用紙の解答欄ではない部分に記載していたし,Y1教諭とAのやり取りは試験終了まで続き,そのやり取りはクラス中の生徒が分かるほどであったとして,Y1証言の信用性を否定するが,証拠〔証人E,同C〕によれば,E及びCは,自らも受験中の出来事であり,Eの席はAの席から約2メートル離れており,Cについては,Aの前方に着席し,Y1とAのやり取りについては断片的に見ていたにすぎないことからすれば,同人らがAの行為やY1教諭とAとのやり取りのすべてを正確に把握できたとは考え難い。また,証拠〔乙5〕からすると,本件試験の問題用紙及び解答用紙には,本件試験とは無関係な事項を書くスペースはほとんどなく,現にそのような記載があった形跡も見当たらない。したがって,同人らの供述は,前記認定を左右するものではなく,原告の主張は,採用することができない。)

(3)  本件試験後から本件事実確認に至る経緯(甲6,証人Y1,同Y2,同Y3)

ア Z高校では,本件のように,生徒に対する事実確認は,複数の教諭の立会いの下で行うこととされていたため,本件試験終了後,Y1教諭は,3学年の学年主任で生活指導係であったY4教諭と,Aの担任であったY3教諭に,本件試験中にAが不正行為をしたことを説明し,事実確認への協力を依頼した。

イ Y3教諭は,Aの担任として,本件事実確認中に,他の教諭らから不適切な発言があった場合にAを擁護するため,また,Aの行った不正行為等について,Aの保護者に連絡する立場として内容を把握する必要があったため,本件事実確認に出席することとした。

ウ(ア) Y4教諭は,同日午後零時から行われる体育祭の結団式に出席する予定であったため,2学年の生活指導係であったY2教諭に対し,本件事実確認への出席を依頼した。Y2教諭は,Y4教諭からの依頼を承諾し,Y1教諭に対し,本件事実確認には自分が出席すると伝えた。その際,Y1教諭は,「実際に私が見たメモとは違う。」と断った上で,Y2教諭に対し,Aから受領したペーパーを渡したが,Y2教諭は,その時点では,Y1教諭の発言の趣旨を理解できなかった。

(イ) 他方,Y4教諭は,3学年の生活係として同教諭を補佐する立場にあったY5教諭にも本件事実確認への出席を依頼した。

(ウ) なお,生活指導係とは,生徒に問題行動があった場合に,問題行動の事実確認を行うほか,事実確認の内容によっては,生徒指導委員会の招集及び同委員会での原案の作成,提案を行う。また,職員会議において,他の教師からの質問を受ける役割を果たす。本件事実確認のように,3学年の生徒に問題行動があった場合の事実確認には,原則として,直接の関与者及び3学年の生活指導係であるY4教諭が出席することになっていたが,同教諭は上記のとおり結団式に参加する予定であったため,同じく生活指導係であったY2教諭と3学年の生活係であったY5教諭が出席することとなった。

(エ) Y2教諭は,本件事実確認への出席が決まった後,H教頭に対し,同日,生徒指導委員会を開催する可能性があることを報告した。

エ 本件事実確認は,Y1教諭の指示により,本件準備室で行われることとなった。Z高校では,生徒に対する事実確認を行う場合には,会議室,放送室等が使用されることが多い。しかし,同日は,会議室は教育実習のために使用中であり,放送室は狭いため,適度の広さがあって結団式の行われる体育館からもっとも遠い位置にある本件準備室を使用することとした。

オ Y1教諭は,3時限目が終了した同日午前11時50分ころ,3年1組の教室に赴き,待機していたAに対し,荷物をまとめた上で本件準備室に行く旨を伝えた。同教諭は,Aに対し,同人の当日の予定や体調等について確認しなかったが,同人はY1教諭の指示に特に嫌がることもなく従い,同教諭と共に本件準備室に向かった。

(4)  本件事実確認の内容(甲4の1及び2,7,8の2ないし9,9ないし11,13の1及び2,乙4の1ないし9,8の1ないし3,16ないし20,証人Y1,同Y2,同Y3)

ア 本件事実確認は,同日午後零時ころから本件準備室で開始された。本件準備室は,Z高校の1号館4階にあり,普通教室の約8分の3の広さがあった。同室は,入口を入って右側に暗室,その奥に小部屋があり,小部屋には,長方形のテーブルと,テーブルを囲むような位置に6つの椅子が置いてあった。小部屋の奥の,入口の反対側には,全面にわたり窓が設置され,窓際には水道栓も設置されている。

イ(ア) 本件事実確認は,Y1教諭,Y5教諭の2人で,Aに対し開始された。Aが話しやすい状況を作るため,Y1教諭及びY5教諭はAの正面には着席せず,テーブルの入口側近くの椅子に入口に背を向けてY1教諭が,同教諭の位置から見てテーブルの右側手前の椅子にAが,Aの隣の椅子にY5教諭が着席した。Aは,やや緊張した様子であり,同人の手は震えていた。

(イ) 本件事実確認は,教諭らがAに対し質問をし,それに対してAが答える方法で進行した。またAは,教諭らの指示により,本件試験にペーパーを持ち込んだ経緯等について,紙に整理して記載した。Aは,教諭らの指示により,紙に記載した事項を音読したり,また,その紙を教諭らが回し読みすることもあった。

(ウ) ペーパーを本件試験に持ち込んだ経緯に関するやり取り

Y1教諭は,Aに対し,本件試験中の行為について「なぜこのような持ち込みをしたんだろう。よく思い出して整理して書いてみて。」,Y5教諭は,「緊張しているの。落ち着いて考えてね。」などと述べた。

そこで,Aは,「分かりました。」と答え,紙に「5/26(水) 11:58」,「今朝,日本史でまとめたノートの一部がどうしても覚えられずコピーをしてしまった。しかし日本史のテストの席順が一番前だったのであきらめ物理のテストを早々に終わらせて答え合わせというか確認をするために持ち込んだ。」と記載し,カンニング行為をする目的で,日本史に関する事項を記載したペーパーを作成し,日本史の試験及び本件試験に同ペーパーを持ち込んだことを認めた。

同日午後零時8分ころ,Y2教諭が本件準備室に入室し,Aの斜め前,Y5教諭の正面の椅子に着席した。Y2教諭が入室したことから,内容を確認するために,Y5教諭は,Aに対し,「声に出して読んでみて。間違いないかどうか。」と言ったところ,Aは,「分かりました。」と答え,自身が書いた文面を音読した。

(エ) ペーパーの内容及び日本史の試験に関するやり取り

Aがペーパーについて「コピー」と記載したことから,Y1教諭は,「このコピーは縮小したものだよね。」とAに質問したところ,Aは「そうです。」と答えた。

そこで,Y1教諭が引き続き,「紙に書いてある内容は何。」,「これは日本史の範囲なの。」と,ペーパーの記載内容等について聴いたところ,Aは,ペーパーに記載されている内容が日本史であり,かつ,中間考査の範囲であると答えた。

同日午後零時10分ころ,ホームルーム指導及び奨学金に関する事務を終えたY3教諭が入室し,本件準備室の入口から向かって一番奥の椅子に,窓を背にして着席した。そのころも,Aは,やや緊張していたが,表情等は日常と変わらなかった。また,Y3教諭が入室したころ,Y5教諭とAは,部活に関する雑談を交わした。

その後,Y1教諭は,Aに対し,「日本史をコピーしようと思ったのはなんでなの。」と,ペーパーを作成した理由を尋ねた。Aは,「覚えるための名前が長すぎるため,覚え切れなかったからコピーをしてしまいました。」と答えた。さらに,「消しゴムに(ペーパーを)巻いて持ち込んだことについてはどう思う。」と問いかけたところ,Aは「いけないことだと思う。」と答え,さらに「やってはいけないことだと思う。」と問いかけられて「そう思います。」と答えた。

(オ) 本件試験中の行為に関するやり取り

同日午後零時15分ころ,Y1教諭は,Aに対し,消しゴムを机に持ち込んだ経緯について整理して思い出すように言った。

そのころ,体育祭の結団式の準備を終えたY4教諭が入室し,Aの正面の椅子に着席した。その結果,Aと教諭ら5人が,テーブルを囲んで着席することとなった。Y4教諭が入室したことから,Y2教諭は,Aに対し,「Y4先生がいらっしゃったので,君読んでみて。」と促し,Aはそれまで記載した文面を声に出して読んだ。

Y5教諭は,Aに対し,同人が本件試験に持ち込んだとするペーパーについて,「その紙はどこに置いていたの。書いてみて。」と述べ,Aは,「廊下側の下窓のところです。」と答えた上で,紙に,「物理のテスト中の席」と記載し,さらに,「の」と「席」との間に,「下まどのさん」と書き加えた。Aは,下窓の説明に苦慮している様子であった。同教諭は,Aの答えに対し「ああ,窓の桟みたいになっている所の上ね。」と確認した。続いて,Y1教諭が,Aに対し,「私が見たときもそこだった。」と質問したところ,Aは,「始まってすぐまでは下窓の桟に置いていたが,そのあと机の上に置いてました。」と答えた。

それから,Y1教諭は,Aに対し,「テストが始まってから,発見されるまでの流れを書いてみて。」と述べたため,Aは,紙に「テスト中の物理の問題を解こうとしたがまるでわからず解くふりをしてさんに置いておいた消しゴムにはっておいた日本史のコピーを見ていたが後ろから来た先生に見つかってしまいぼっしゅうされそうになったのであわててかくし渡すのをこばんだ。なぜかというと物理の時間に日本史をやっていたからとそれが見つかると日本史の時間にカンニングしていると思われるのがこわかった。」と記載した。Y1教諭は,Aに対し,「いつごろ,どんなふうに置いたのか書いてみて。」と述べたため,同人は,引き続き,「机に置いたのは物理のテストの左半分が終わったくらい。」,「けしゴムを2つ置いていて他にケースを一つポケットに持っていた,1つの大きな方の(に)コピーがまいてあった。」と紙に記載した。Y5教諭がAに対し,「じゃあ,いつ消しゴムの中に入れたの。」と質問すると,Aは,少し戸惑った様子を見せた。

Y2教諭が,消しゴムが今どこにあるか質問すると,Aは,「今,このカバンの中にあります。」と答え,Y2教諭が「じゃあ,出してみて。」と述べたところ,Aは,カバンから,ケース付きの大きい消しゴム1つ,ケース付きの小さい消しゴム2つ及び大きい消しゴムのケースのみ1つを取り出した。ケース付きの大きい消しゴムは,消しゴムの表面が削られ,消しゴムの周囲に紙を巻いてケースをかぶせてもスムーズに出し入れできるように加工されていた。その消しゴムは,使い古されていたが,消しゴムの角の部分はほとんど使用されていなかった。教諭らは,消しゴムを見て驚いたが,消しゴムを加工した目的や複数の消しゴムを持っている理由については,Aに質問しなかった。

Y1教諭が,Aに対し,本件試験中に消しゴムを置いた位置について質問したところ,Aは,しばらく考えた後,消しゴム及びケースを使って試験中の机上での位置を再現した。そして,Y1教諭が「消しゴムに巻いた紙は試験中どのようにして見ていたの。」と質問したところ,Aは,しばらく考えた後,右手に筆記用具を持ち,左手は机の上に伸ばしたまま左手の手首の内側のところに大きい方の消しゴムを置き,消しゴムをケースから引き出して縮小コピーが見える状態にして,メモを見ている動作の再現をした。

そこで,Y2教諭は,Aに対し,「そのメモを見ながら何か書いたの。」と質問したところ,Aは,「変に思われないように,メモを見ながら,鉛筆をもって書くふりをしていました。」と答えた。続いて,Y2教諭は,「どうして消しゴムのケースだけあるの。消しゴムは今どこにあるの。」と質問したところ,Aは,しばらく考えた後,「塾で日本史の長い文章を消しゴムに書いたんだけど,自転車で帰宅中,すれて見えなくなってしまった。コピーすればいいと思ってそのまま消しゴムの中身を自宅の机の上に置きました。自分は忘れっぽいので,一番忘れないのは,ポケットの中なので,ケースだけこの上着に入れて,そのまま登校しました。物理の先生は前に習ったことがあったので,少しの単元だけ勉強すればいいと思い,ライティングの勉強を始めたので,そのまま中身を机の上においたままに忘れてしまいました。」と答えた。Y2教諭は,「じゃあどうして消しゴムに文章を書いたの。」と尋ねたところ,Aは,「すぐに消せるから。」と答えた。さらに,Y2教諭が,「でも紙に書けば消えないから,勉強で覚えられるんじゃないの。」と質問したところ,Aは,「消しゴムなら見つかりそうになった時,指で消せるから。」と答えた。Y2教諭は,続いて,「え,じゃあ,その消しゴム,いつ使うつもりだったの。」と使途を尋ねたところ,Aは,「日本史のテストです。でも実際には,消しゴムではすれて見えなくなっちゃうんで,縮小コピーして,朝もう一つ持っていた別の消しゴムに貼りました。」と答えた。Y4教諭が,「消しゴムにどのように日本史の縮小コピーを巻いたの。」と尋ねたところ,Aは,「このように朝電車で巻きました。」と答え,実際に,消しゴムに紙を巻いて見せた。

(カ) 日本史の試験に関するやり取り

Y2教諭は,Aに対し,「1時間目の試験監督,誰だったか覚えている。」と質問したところ,Aは,同教諭の顔を見ながら,「先生です。」と答えた。そこで,Y2教諭は,「そうだよね。その消しゴム,どこにあったの。」と尋ねたところ,Aは,「小さい消しゴムと一緒に,机の上にありました。」と答えた。Y2教諭は,「A君,俺は君が消しゴムを見ているのを見ていないんだけど,1時間目のテストの時,それを見たの。」と聞いたところ,Aは,「自分のクラスなら,席が後ろから2番目なんですけど,選択のテストで,席が一番前だったので,見ることができませんでした。」と答え,カンニング行為をするために消しゴムを日本史の試験に持ち込んだことを認めた。Y2教諭が,「机の上にあったんだけれども,見ていないんだよね。」と確認したところ,Aは「はい,そうです。」と答えたため,同教諭は「分かりました。」と述べた。すると,Aが,「このことも紙に書いておいた方がいいですか。」と自らY2教諭に尋ねたため,同教諭は,「そうだね,書いといて。」と答え,Aは,紙に,「作日(昨日)長い言葉を覚えるのに時間がなかったためけしごむに塾で書き見ようとしたがこすれて消えてしまったためあきらめた。」と記載した。

この間の,同日午後零時50分ころ,Y5教諭は部活動の用事があったために,退室し,本件準備室内の教諭は4名となった。

(キ) 本件試験中に日本史のペーパーを見ていた理由に関するやり取り

Y1教諭が,Aに対し,「私が試験中に声をかけたときの行動を思い出してみて。」と述べたところ,Aはしばらく考えていた。さらに,同教諭が,「出題者の先生が巡回に来る直前からずっと横で見ていたんだよ。物理の公式みたいに見えたので,声をかけたんだけれど。」と発言したところ,Aは,引き続きしばらくの間考えていた。そして,同教諭の「私が見たときには物理の公式のようにも見えたんだが。」との問いかけに対し,Aは,少し考えた上で「先生に渡した紙を見ていました。」と答えた。そこで,Y1教諭が,「紙にアルファベットみたいなものは書いてなかったかな。」と尋ねると,Aは少し考えた上で「これだけしかありません。」と答えたため,同教諭は,続いて「なぜ,声をかけたとき慌てて隠してしまったの。」と尋ねたが,Aは「見つかるのがいやだったんです。」と答えるにとどまった。さらに,同教諭は,「何回か『消しゴムを出してください。』と頼んだが,なぜすぐに出せなかったの。」と質問すると,Aは,しばらく考えた上で,「すぐに出したくなかった。出すと疑われてしまうと思ったから。」,「時間がほしかった。」と答えた。そこで,同教諭が「なぜ。」と尋ねると,Aは,直ちに「考える時間がほしかった。」と答えた。

同教諭は,「もう一つ聞きたいんだけれども,物理の時間に日本史を持ち込んでいたことが分からないんですが,なぜなの。」と本件試験中に日本史に関する内容を記載したペーパーを持ち込んだ理由を尋ねたところ,同人は,しばらく考えた後,「1時間目の復習というか,見直しをしたかったからです。」と答えた。そこで,Y2教諭が「物理のテスト中に危険を冒してまで,日本史のメモを見なくても良かったんじゃないの。」と尋ねると,Aは,「2年生の時,他の子がメモを見ても気付かれなかったから,危険だとは思いませんでした。それに,先生の前で,言うのもなんなんですけれども,物理は受験科目じゃないので,あまり勉強してなくて,問題が難しかったので,受験科目である日本史の復習をした方がいいと思ったから。」と答えた。Y1教諭は,Aの答えの意味を理解することができなかったので,再度,「なにも他教科の試験中にやらなくてもよかったんじゃない。」と尋ねたところ,Aは,「家でやるよりもここの試験中のほうが静かで,勉強するのにうんとやりやすいんです。」と答えた。Y1教諭が「なんか,その考えはおかしいと思うんだが。」と意見を述べたところ,Aはしばらく考えた後,「これがぼくの考えですから。」,「これが真実ですから。」と教諭らの前ではっきり答えた。

(ク) 本件事実確認後の連絡等に関するやり取り

同日午後1時25分ころ,Y2教諭は,同日の午後に予定していた出張をキャンセルするために中座し,本件準備室内には,Aと,Y1教諭,Y4教諭,Y3教諭が残った。

Y1教諭は,Aの一連の答えを聞き,「分かりました。」と述べ,Y4教諭に対し,「Y4先生の方からは何かありますか。」と尋ねたところ,同教諭は,Aに対し,「今日のことを家に帰って親に話して下さい。」と言い,Aは「はい。」と答えた。そのころ,Y2教諭が再入室し,本件準備室内の教諭の人数は4人となった。

そして,Y4教諭は,Aに対し,「今日は保護者の方のいる時間は。」と尋ねたところ,同人は,「今日は零時くらいで遅いと言っていました。」と答えたため,同教諭が,「ご両親とも遅いの。」と再度質問したところ,Aは「お母さんだけです。」と答えた。

Y2教諭は,Aに対し,試験に無関係のものを持ち込み,心得違反をしたことについて,そういうことがあったとしても,授業の際には,特別視はせず,しっかりと応援しているからという意味を込めて,「これからのA君のことを見てるから頑張れよ。」と声をかけ,Aは,「はい。」と答えた。その後,Y4教諭が,Aに対し,「君がお母さんに言った後に,担任の先生から連絡してもらいますから。」と述べ,同日午後1時40分ころ,Y4教諭,Y1教諭,Y2教諭は,AとY3教諭だけを残して退室した。

(ケ) AとY3教諭とのやり取り

Y3教諭は,Y1教諭が座っていた椅子に移動し,Aに対し,「監督の先生に声をかけられて,日本史のペーパーを出すまでにどのくらい時間があったの。」と質問した。Aは,少し考えた後,「10分くらい。」と答えた。次いで,同教諭が「今までにも不正行為のようなことはあったの。」と尋ねると,Aは,直ちに「中1のときに1回。」と答えたため,同教諭がその際の処分について聞いたところ,Aは,「見つかって,顧問の先生に怒られた。」と答えた。続いて,同教諭が「日本史の席が一番前でなく,後ろの方だったら,カンニングペーパーを見ていたの。」と尋ねると,Aは,落ち着いた表情で「見ていなかったと思います。」と答えた。

同教諭は,「さっき,お母さんが零時ころ帰ってくるって言ったけど,それまで起きていて,自分の口から今話したこと言えるかな。」とAから原告への報告について確認したところ,Aが「大丈夫です。」と答えたため,同教諭は,Aに原告の朝の出発時間を確認した上,明日の午前7時30分ころに電話をすることをAから原告に伝えておくように言った。Aは,落ち着いた表情で「分かりました。」と答えた。

最後に,Y3教諭は,Aに対し,「今回のことを反省して,これをステップにしてしっかり頑張るんだぞ。」と声をかけ,Aは,「はい。」と答えた。

ウ 同日午後1時45分ころ,本件事実確認はすべて終了し,Y3教諭と,Aは,本件準備室を出て,1号館の2階まで一緒に下り,同教諭は職員室に向かい,Aと別れた。

エ 本件事実確認の間,体育館では,同日午後零時ころから体育祭の結団式が行われていた。同結団式は,ホームルーム後の放課後に行われる任意参加の行事であった(全校生徒の約1割は不参加であった。)が,Aは,これに出席する意向であったものの,本件事実確認により欠席となった。

オ Aは,本件事実確認の間,一度も本件準備室を出ることはなく,昼食やトイレに行くための休憩もなかった。もっとも,A自身が,教諭らに対し,休憩を申し出たことはなく,特に体調が悪いといった様子も見られなかった。

カ 教諭らは,本件事実確認全体を通して,威圧的な言葉や,大声を出すことはなく,Aの話す内容を尊重した。また,この事実確認において,AがZ高校の2年次に行った心得違反行為については,誰も触れることはなかった。

(5)  本件事実確認後の状況と本件事故の発生(甲14の1及び2,15,19,29,35,44,乙1の1ないし6,17ないし19,証人Y2,同Y3,原告本人)

ア 本件事実確認後の同日午後2時20分ころから約1時間にわたり,生徒指導委員会が開催され,H教頭,Y1教諭,Y2教諭,Y4教諭,Y3教諭が出席して,Aの行為がカンニング行為に当たるかどうかについて協議がされた。

日本史の試験については,ペーパーを持ち込むこと自体が問題とされたが,本件試験については,日本史に関する内容を記載したペーパーを持ち込んだというAの説明に従い,いずれもカンニング行為とは認定せず,試験に不必要なものを持ち込んだものと認定した。その上で,Aの処分に関し,生徒指導委員会の原案として「校長注意」とするのが妥当であるとの結論に達した。

なお,生徒指導委員会は,あくまで生徒の処分についての原案を作成するにすぎず,その後,同委員会の原案が職員会議で検討され,その上で,校長が最終的な結論を決めることとなる。Z高校における生徒に対する処分としては,軽い順から重い順に,担任注意,学年注意,指導部注意,校長注意,校長戒告,謹慎ないし家庭待機,停学がある。注意の場合には,本人を通じて保護者に対して注意の内容を伝えるとともに,担任から保護者への連絡をすることが多く,別途保護者に通知をしたり,保護者を学校に呼び出すことはなく,対外的に公表されることもない。

イ Aは,同日午後5時43分ころ,原告に対し,携帯電話で「ほんとにほんとに迷惑ばっかかけてごめんね」とのメールを送信した。また,同時刻に,友人のKに対しても,「ずっとずっと好きだった」とのメールを送信した。

ウ その後,Aは,同日午後6時ころ,アスファルト舗装された本件駐車場付近で倒れているところを付近の住民により発見され,B病院に搬送された。同人は,救急車内においては,血圧が保たれていたが,同病院到着時には心肺停止状態となり,蘇生術を施されて心拍の再開を繰り返したが,同日午後8時8分ころ,死亡した。死亡診断書には死因の種類として「自殺」,直接の死亡原因として,「両側血気胸,出血性ショック」,その原因として,「墜落」による「骨盤骨折,四肢の多発骨折」と記載され,受傷から死亡までの時間は,約2時間30分と記載された。

エ(ア) 本件駐車場の高さは,地面から2階床部分までが約4メートルであり,フェンスの高さを合わせると約5メートルである。フェンスには,ほこりがとれた跡があった。

(イ) Aの顔面はほとんど無傷であり,右あごの下に打った痕があった。

(ウ) 甲警察署の捜査によれば,本件駐車場付近には,他人のいた形跡や争った跡はなく,Aに着衣の乱れもなかった。また,Aについて,死亡前に他人とのトラブル等がなく,他方で,自殺の前兆もなかったが,本件事故当日,学校で本件事実確認が行われたこと,受傷直前に原告及び友人に送ったメールの内容,5メートルの高さは自殺をするに十分な高さであることから,同警察署はAの死因を自殺と判断した。また,同警察署は,事故というためには,Aが本件駐車場の2階部分に行く必要性が存するのであるが,Aには同所へ行く必要性が考えられないことから,Aの死因が事故(誤って転落した)との判断はしなかった。

オ AがB病院に搬送されたため,原告,Cら友人と,Y2教諭,Y4教諭らが同病院に向かった。Y4教諭らは,原告に対し,本件試験中のAの行為や,本件事実確認の説明等を行った。また,Aが2年生のときにも同様の不正行為をしたことも説明した。

(6)  本件事故後の被告及び教諭らの対応(甲16の1及び2,17,19ないし26,28,29,34,乙10ないし13,15,16ないし20,証人Y1,同Y2,同Y3,原告本人,調査嘱託の結果)

ア 5月27日午前7時30分ころ及び同日午後4時35分ころ,Z高校では,職員を招集した上,本件事故に関する概要説明と,その対応についての指示がされた。また,同日の1時限目に,緊急全校追悼集会が,さらに,続いて3年生の学年集会が開催され,Aの死亡が生徒に伝えられた。

イ 原告は,Z高校に対し,本件事実確認について書面でまとめるように依頼し,同校は,本件事実確認の推移,出席者,やり取りの要旨等を記載した「事実確認概要について」(甲7)と題する書面を作成して,同月31日,原告に対して手渡した。

ウ Z高校のI校長は,同月31日,「保護者の皆様へ」と題する書面(乙10)を同校生徒の保護者に配布し,本件事実確認及び本件事故についての説明を行った。同書面について,原告が訂正を求めたため(乙11),同書面は,最終的に,「12時ごろから別室で事情を聞きはじめました。」に続いて,「そのため,結団式を欠席させることになってしまいました。」,「事情を聞く中でカンニングの事実は確認できませんでした。」と加筆され,「事情を聞く教員が交替せざるをえず,結果として入れ替わりで延べ5人が担当することとなりました。」との部分が,「事実を確認する教員は交代であたることになっておりましたが,退席する機会を失い,5人同時に担当することもありました。」と変更され,「13時45分までかかってしまいました。」との部分が,「13時45分まで,長い時間生徒を留め置くことになりました。」と変更された。また,「結果的に長い時間生徒を留め置くこととなったのは,配慮が足りなかったと悔いるばかりです。」との部分については,「この間,昼食や飲みものを取らず,トイレ休憩を取らなかったなど,配慮が足りなかったと悔いるばかりです。」と変更された。さらに,本件事実確認の態様について,「ただ,事情を聞く中で威圧的な言動をしたり,答えを強要したことは一切なかったことだけは信じてください。そのようなことは所高では,今回はもちろん過去にも,いかなる生徒指導の場面でも一切なかったことは断言いたします。」との部分が「ただ,『5人いること』が,威圧的な態度をとらなくても威圧的であるということに,その場にいた5人の誰一人として思い至りませんでした。このことに気付かなかったことは,故人とご遺族に対して心からお詫び申し上げます。」と変更された。

その上で,再度,6月4日に,同校の保護者に対し,「保護者の皆様へ」と題する書面(甲20)が配布された。

エ 6月5日午後1時30分ころから,丙市民会館において,I校長,H教頭,J教頭,Y1教諭,Y2教諭,Y5教諭,Y4教諭,Y3教諭が出席し,原告に対し,本件事実確認についての説明会が行われた。その席で,原告の弟が,Y1教諭に対し,A4版の用紙に印字された11ポイントの文字について見えるかどうか確認したところ,同教諭は読むことができなかった。もっとも,原告の弟と,Y1教諭の距離は,テーブルを挟んで,約5メートルほど離れていた。Y1は,その説明会の場で,本件試験中にAが見ていたペーパーに「物理の公式のようなものが見えた。」と説明した。

オ 8月ころ,原告は,Z高校が埼玉県教育委員会に提出する事故報告書に添付するため,同校の依頼により,「事故関係者の意見」と題する書面(甲45)を作成し,提出した。その際,原告は,同校に対し,教諭らが本件事実確認及び本件事故について考えていることを記載した文書の作成を求めた。そこで,原告の求めに応じ I校長,H教頭,J教頭は,書簡(甲21)を作成し,11月5日,原告の自宅に出向いて同人に手渡した。同書簡には,本件事実確認に関し,学校として組織的,計画的な進行ができず,人数及び時間への配慮に気付かなかったことを謝罪するとともに,今後の事実確認の方法等について生徒指導の見直しを行っている旨が記載されていた。また,同日,Y5教諭,Y1教諭,Y2教諭,Y4教諭,Y3教諭も,原告に対し,本件事実確認に関する書簡(甲22ないし26)を作成し,原告に渡した。

カ 9月14日,原告と,埼玉県のL生徒指導室長,M主任指導主事,N県立学校課長,O主任管理主事との間で,Q県議会議員立会いの下,本件事実確認についての話合いが行われた。

キ 12月5日,原告の要望により,教諭らは,原告の面前で本件事実確認の模様を再現した。その際,Y1教諭は,本件試験中に見えた公式について「Q=CV」であったと説明した。

ク 平成17年11月18日,原告は,原告代理人を通じて,埼玉県教育局生徒指導室に対し,本件事実確認が原因でAが死亡したとして,被告に対し,8000万円の損害賠償を請求する旨の内容証明郵便を送付し,同月21日,被告に到達した。これに対し,被告の教育局指導部県立学校課長は,同年12月13日,原告に対し,本件事故の原因は不明であり,本件事実確認についてZ高校側に過失はなく,被告に賠償責任はないとの考えを記載した回答書(甲17)を送付した。

ケ 本件事実確認について,さいたま地方法務局Z支局は,人権侵犯の調査を行ったが,本件事実確認に際し,人権侵犯事実は不存在であると判断した。

2  争点(1)(Aの死亡が自殺によるものか否か)について

(1)  前記1(4)で認定したとおり,Aは,5月26日の夕方,本件駐車場付近で,骨盤及び四肢を骨折した状態で倒れているのを発見されたものであるが,同人が,本件駐車場2階部分から転落して骨盤骨折,四肢の多発骨折という傷害を負い,その結果死亡したことについては,当事者間に争いはない。そして,前記1(4)で認定したとおり,甲警察署の捜査結果によれば,Aの右あごに打った痕が見られる程度で他に外傷はなく,着衣の乱れもなかった上,他人のいた形跡や他人と争った跡も同駐車場付近にはなく,また,Aにはそもそも本件駐車場2階部分に行くべき理由ないし必要性が認められないことからすれば,Aが誤って転落したとか他人により突き落とされたとは認め難い。むしろ,Aは,後記3(2)アに説示のとおり,本件試験中にカンニングを疑われても仕方のない行為を教師により発見され,早晩原告もこれを知ることとなったものであるから,Aには,自殺の動機があったと認められる。加えて,Aの受傷時刻は死亡時刻の約2時間30分前であり,同日の午後5時40分過ぎころと推定されるところ,前記1(4)に認定したとおり,同時刻ころ,Aは,原告に対し「ほんとほんと迷惑ばっかかけてごめんね」,友人に対し「ずっとずっと好きだった」という文面のメールを送信しており,これらのメールは,日常的に送るメールの内容とは考え難く,むしろ,家族ないし友人に対する最期のメッセージと読むことができる内容である。そうすると,Aは,本件試験中の上記行為を教師により発見されたこと等を苦にして,原告及び友人に対し,上記のメールを送信した後,本件駐車場2階部分から,フェンスを越えて自ら飛び降り,その結果死亡したと推認することができる。

(2)  この点,被告は,Aは尾てい骨を骨折しており,足から飛び降りたと推認されるところ,本件駐車場の2階部分は地上から約4メートルの高さであることからすると,高さ約4メートルの場所から,足から飛び降りて自殺するとは考え難く,Aが普段から自殺に対して否定的なイメージを持っていたことをも併せて考慮すると,同人は事故により本件駐車場2階部分から転落したか,自殺ではない単なる自傷行為の意図で飛び降りたものの,結果として死亡したものであると主張し,死亡診断書の記載をもって自殺と判断することはできないとする。

しかし,上記(1)で説示したとおり,Aが事故により本件駐車場2階部分から転落したとは考え難く,本件駐車場2階部分のフェンスの一部にほこりがとれた部分があることからすると,Aは自らフェンスを乗り越えて飛び降りたと推認されるところ,状況証拠から判断するしか方法がないが,フェンスから地上までは5メートルの高さがあり,通常の建物の2階部分と同等の高さであって死に至ることも十分にあり得ること,また,直前に上記のような内容のメールを送信していることからすれば,Aは自殺するために,本件駐車場から飛び降りたと認めざるを得ず,被告の主張は採用することができない。また,Aは日常生活において,自殺に対して否定的なイメージを持っていたとされるが,証人Dの証言によれば,Aと自殺について会話をしたのは,電車での飛び込み自殺については賠償金等が発生し,家族に迷惑がかかるとの文脈で出てきた話であるから,そこでの会話のみをもってAが自殺をする可能性がないとは言い切れず,この点についても被告の主張を採用することはできない。

そして,証拠(甲35)によれば,死亡診断書は警察の判断に基づき,検視医が,死因と矛盾がないかを確認した上で作成するものであることが認められ,本件事故についても,警察が自殺と判断したこととAの受傷状況等が矛盾しなかったことから,死因を「自殺」とする死亡診断書が作成されたのであり,同診断書が警察からの伝聞に基づき作成されたことをもってしても,同診断書の信用性に影響することはない。

3  争点(2)(本件事実確認についての教諭らの安全配慮義務違反の有無)について

(1)  教職員らは,生徒らと学校生活を共にし,直接指導に当たる立場にある者として,生徒らが健全で安定した学校生活を送ることができるように,同人らの生命,身体,精神等の安全に配慮する義務があり,特に生徒指導を行うに際しては,教師・生徒という権力的関係が生徒にとって大きな精神的・心理的負荷につながりやすいこと,思春期の生徒が精神的不安に陥りやすいことから,当該生徒の年齢・性格等を考慮した上で,教育目的の観点から,当該生徒に過度の肉体的・精神的負担を負わせるにいたった場合には,これを除去するなどの教育的配慮を行う義務がある。

この点,学校教育法11条は「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,学生,生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない。」と定めているところ,本件のような不正行為に関する事実確認は,懲戒そのものではないが,事実確認の結果如何では,生徒に対する懲戒にも繋がる可能性のある行為の一つであるから,生徒に対する指導の一環として教師に認められた権限の範囲内の行為であるというべきである。もっとも,他方において,かかる生徒に対する指導は,生徒の権利侵害を伴うことも少なくはないから,教育的効果と生徒の被るべき権利侵害の程度とを比較衡量し,生徒の性格,行動,心身の発達状況,不正行為の内容,程度等諸般の事情を考慮し,それによる教育的効果を期待しうる合理的な範囲のものと認められる限りにおいて正当な指導の一環として許容されるべきであり,その範囲を超えた場合には,指導としての範囲を超えた違法なものとなり,教師が生徒に対して負う上記安全配慮義務に違反するというべきである。

(2)  そこで,本件事実確認が,正当な指導として許容されるものかについて検討する。

ア Aの行った非違行為の内容,程度

(ア)a 前記争いのない事実等によれば,Aが,本件試験中に試験に不必要なものを持ち込んだことについては,当事者間に争いがない。そして,前記1(2)で認定したとおり,Aは,本件試験中に,左手首付近に大きな消しゴムを置き,その消しゴムを見ながら解答を記入していたこと,その消しゴムはケースが大きくずらされ,周囲にペーパーが巻き付けられており,そのペーパーには,本件試験の試験範囲である公式等が記載されていたことが認められる。

そうすると,Aは上記のようなペーパーを見ながら,本件試験の解答を記入していたのであるから,同人は本件試験において,カンニング行為を行ったか,少なくともその疑いが極めて濃厚と認めざるを得ない。

b この点,原告は,Aは,本件試験中に既に終了した日本史の試験の確認を行うために,日本史の内容を記載したペーパーを見ていたのであり,本件試験中にカンニング行為は行っていない旨主張し,その理由として,Y1教諭の立ち位置等からY1証言が信用できないこと,物理が得意であったAにとって71点は悪い点数であること,Aが本件事実確認で行った弁解が不合理ではないことなどを挙げる。

しかし,前記1(2)で説示したとおり,Y1教諭の本件試験中の視認状況や同教諭の証言内容からすると,Y1証言は十分信用でき,これを左右するに足りる証拠はない。加えて,物理の試験中に,不正行為と疑われかねない危険を冒して,あえて既に終了した日本史の試験の確認をしていたなどというAが本件事実確認で述べた理由が不自然不合理であることは否めないこと,物理が受験科目ではないことを考慮するとAの点数はクラス平均点と比較して必ずしも悪いとはいえないこと,前記1(2)で説示したAが上着のポケットから取り出したペーパーの状況及び本件試験の解答状況等をも併せて考慮すると,Aが本件試験中にカンニング行為をした疑いが強いと認めざるを得ず,原告の主張は採用することができない。

(イ) そもそも,学校における試験の結果は,生徒の学習の到達状況,学習への取り組み方や意欲等を教師が把握するためのひとつの基準であり,進路選択との関係では,志望校の決定や内申書等にも影響するのであるから,公平かつ正当な評価がされるべきであることはいうまでもない。そこで,試験実施中に,生徒が試験に不必要なものを持ち込むなど,不正行為を行った場合には,この行為がカンニング行為であった場合には勿論のこと,仮にカンニング行為を疑わせるような行為であった場合についても,その行為は決して軽度とはいえず,教化,育成のためには,教師は,生徒に対し,十分に事実を確認した上で,適切な指導をすべきである。

本件の場合,前記1(1)に認定のとおり,Aは,日常の学校生活においてはごく普通の真面目な生徒であったことが認められるものの,本件試験に際し,試験に不必要なペーパーを持ち込み,そのペーパーには,本件試験の解答に関係する事項が記載されている疑いがあり,その行為は単なる心得違反にとどまらず,少なくともカンニング行為の疑いが濃厚であったのであるから,到底軽度な不正行為とはいえず,また,AがY1教諭に求められて提出したペーパーには,本件試験とは無関係であり,かつY1教諭が視認した内容とは異なる日本史に関する事項が記載されていたのであるから,Aがそのペーパーを物理の試験中に持ち込み,同教諭に提出した理由等も含め,教師は,Aに対し,十分に事実を確認して指導すべき状況にあったということができる。

イ 本件事実確認の態様(場所,時間,方法等)

(ア) 場所について

前記1(4)で認定したとおり,本件事実確認は,5月26日午後零時ころから約1時間45分にわたり,本件準備室で,のべ5人の教諭とAにより行われたものである。

本件準備室は,教室としては狭いとはいえ,普通教室の約8分の3の面積があり,一方の壁面には窓が設置され,採光や通風も確保できる場所であるから,部屋の中心に置かれているテーブルを囲んで教諭ら5名及びAが着席したとしても,特に圧迫感や閉塞感はないと認められる。また,同室が,普通教室や体育館から離れていることからすれば,他の生徒の出入りが少ないと推認され,本件事実確認の性質上,同室を場所として選択したことは適切だったということができる。

前記1(4)で認定したとおり,その座席位置について,最終的には5人の教諭がAを取り囲むように着席したことは事実であるが,あくまでテーブルの周囲に置かれていた椅子に,順に着席したところ,結果としてそのような位置になったにすぎず,むしろ,Y1教諭は本件事実確認の開始時には,Aが話しやすい環境を作るために,同人の正面には着席しないように配慮していたというのであるから,最終的な着席位置のみをもって,本件準備室の選択及びその着席位置が不相当であったとはいえない。

(イ) 時間等について

前記1(2)に認定のとおり,Aは,本件試験に際して物理に関する事項を記載したペーパーを持ち込んだことが疑われたにもかかわらず,試験監督であったY1教諭に対して提出したペーパーには日本史に関する事項が記載されていたのであるから,Aに対する教育的指導という観点からは,本件試験中の行為のみならず,日本史のペーパーの作成の経緯や,目的等についても事実を確認すべき必要性が認められる。また,本件事実確認は,質問に対しAが口頭で答え,併せて,Aが自分の行った行為を順次整理して紙に記載するという方法で行われたものであるところ,本件試験及びAが作成,提出したペーパーについて,上記方法により順次確認をするには,相応の時間が必要であったことは否めず,しかも,教諭らがAを一方的に追及するのではなく,A自身が自主的に考え,それを整理して話すことを尊重すればなおのこと,短時間で終了することは困難であり,その結果,予想外に長時間を要することとなったものであり,この間,昼食時間と重なったこと,途中で一度も休憩等をはさまなかったことについては,回顧的にみれば,もう少し配慮があってもよかったとは思われるものの,A自身が,自らトイレ休憩や体調不良を訴えたことは一度もなかったことにも照らすと,本件事実確認が結果として1時間45分に及んだことが,ことさらに不相当であるということはできない。

また,原告は,Aについて体育祭の結団式の最中に本件事実確認を行ったことは,Aに悔しい思いをさせ,孤独な状況下で精神的な苦痛を与えたと主張する。確かに,高校生にとって,体育祭等の学校行事も学校生活の重要な要素であることは否めないが,結団式自体は,放課後に生徒により自主的に行われる任意参加の活動の一つにすぎず,現に参加しない生徒も約1割はいたものである。そして,Aにおいても,教諭らに対し,結団式に参加したいとの意思表示をしたことはなく,Aの行った非違行為が軽度ではないことを考慮すれば,結団式と同じ時間に本件事実確認を実施したことが,教育的観点からの必要性を上回るほどに,Aの権利を侵害したとはいい難い。

(ウ) 人数について

前記1(3)に認定したとおり,Z高校では本件のような事実確認が行われる際には,複数の教諭が立ち会うこととなっていたところ,生徒と教諭が1対1で対峙するよりも,複数の教諭が立ち会うことにより,偏った見方,方法による事実確認を防ぎ,事実確認が公正に行われると考えられるから,複数人の立会いによる事実確認は適切であるといえる。

この点,本件事実確認にはのべ5人の教諭が出席しており,原告は,教諭間における役割分担が一切されていないにもかかわらず,5人もの教諭が立ち会ったことにより,Aを威圧したと主張するので,教諭らの役割及び人数が適切であったかについて検討する。

前記のとおり,本件事実確認の日は,体育祭の結団式が開催された関係で,生活指導係のY4教諭が本件事実確認の最初から出席できない状況にあったところ,生活指導係は,事実確認の内容等によっては,生徒指導委員会の招集を行い,職員会議においても他の教諭からの質問に答える立場にあることから,Y4教諭と同様の立場からの出席者が必要であり,2学年の生活指導係であるY2教諭がやむなく出席することになり,さらには,Aは3年生であったため,3学年の学年会で説明等をするために,同時に生活指導係を補佐する立場の生活係のY5教諭も出席することとなったのである。また,Y1教諭は本件試験の試験監督であり,Aの行為についての発見者の立場として,Y3教諭はAの担任の立場として出席したのであり,5人の教諭にはそれぞれ別個の立場としての出席理由が認められる。

そして,本件事実確認の進行に際しては,本件試験に関しては,試験監督であったY1教諭,日本史の試験に関することについては,日本史の試験の試験監督であったY2教諭が事実確認を行い,適宜,Y5教諭が質問をし,最後にY4教諭が原告への連絡方法等について確認するなど,一応の役割分担がなされていたといえる。

この点,原告は,特にY3教諭について,担任の立場から何も発言していない点が不適切であると指摘するが,Y3教諭は,Aの担任として,事実確認が不当になされた場合にAを擁護する立場で同席していたのであり,他の4人の教諭が退出するまで発言していないことについても,かえって,他の4人の教諭とともに,Aに向かって質問ないし発言をするよりも,Aの心理的負担は軽かったと推認される。また,同教諭は,本件事実確認の終了に際し,Aに励ましの言葉をかけたのであり,Y3教諭が本件事実確認中に積極的に発言しなかったことについても,ことさらに不適切であったとはいえない。

そうすると,5人の教諭にはそれぞれに一応の出席理由,役割分担がされていたということができ,Y5教諭については,その立場からすると,Y4教諭が入室した時点で退席する余地があり,5人全員が同時に立ち会うことが最適であったかは疑問の余地が残るものの,5人が同時に立ち会ったのは,本件事実確認のうちのおよそ35分間にとどまることにも照らすと,5人という人数のみをもって,本件事実確認がAに対する教育的な指導を逸脱した違法なものとまではいい難い。

(エ) 方法について

前記1(4)に認定のとおり,本件事実確認は,Y1教諭やY2教諭が,Aに対し,本件試験中の行為や日本史の試験に関して質問をし,Aがこれに対し口頭で説明をしたり,整理した事実を紙に書いた上で,これに基づいて進められたものである。その際,教諭らが,Aに対し,威圧的に接したり,強く命令したとの事実は認めることはできず,また,Aに対し,矢継ぎ早に質問を浴びせたり,同人を追及する方法ではなく,A自身に考える時間を与えて事実を整理させ,同人の自主的な答えを尊重していたのであるから,生徒への配慮が十分になされた方法で行われたということができる。この点,Y1教諭は,Aが本件試験において,試験に無関係な日本史に関するペーパーを見ていたと説明したことについて,「私がみたときは物理の公式みたいに見えたので,声をかけたんだけれど。」,「物理の時間に日本史を持ち込んでいたことが分からないんですが,なぜなの。」,「物理のテスト中に危険を冒してまで,日本史のメモを見なくても良かったんじゃないの。」,「何も他教科の試験中にやらなくてもよかったんじゃない。」などと質問をしており,原告は,かかる質問はAがカンニング行為を行っていたと決めつけるような内容であると主張する。しかし,前記1で説示したとおり,3時限目に実施される英語の試験に向けての勉強をするならまだしも,既に終了した日本史の試験についての勉強をしていたとの説明が不合理であることは否めない上,Y1教諭は物理の公式が記載されたペーパーをAが見ているのを確認しているのであるから,同教諭が上記のような質問をしたとしても当然である。むしろ,同教諭は,カンニング行為の重大性から,Aの説明の不合理な点や,矛盾点をさらに追及することも可能であったにもかかわらず,Aを責めたり,追い詰めるような質問はしていない。また,Y2教諭については,Aが平成15年に消しゴムを試験中に持ち込んだ行為について注意した経緯があり,その点を捉えてAに更なる事実の確認をすることもできたにもかかわらず,Aへの教育的配慮から,あえてそのような行為をしていないのである。そして,教諭らは,カンニング行為を疑わせる非違行為の重大性にもかかわらず,最終的には,Aの「これがぼくの考えですから。」,「これが真実ですから。」との言葉をもって,それ以上の追及をすることなく本件事実確認を終了させているのであり,生徒に対し十分な配慮をした事実確認であったというべきである。

(オ) 本件事実確認後の対応について

前記1(4)に認定したとおり,本件事実確認の終了にあたり,Y4教諭は,Aに対し,「今日のことを家に帰って親に話して下さい。」と述べている。生徒が保護者に対して,自らの非違行為を説明することは少なからずプレッシャーを感じる行為ではあるが,他方で,事前の説明がない状態で,突如教師から保護者に連絡されることも,生徒にとっては不安であると認められる。高校3年生が,思春期の多感な時期であることは否めないが,自らがカンニング行為を行っていないのであればそのことを保護者に率直に説明する以外に方法はなく,高校3年生であれば,そのような説明は十分に行える年齢であるということができ,本件事実確認の終了にあたり,保護者に自分から説明するように述べた対応が不適切であったとはいえない。

また,教諭らが,本件事実確認の終了にあたり,教諭らがAについてカンニング行為を認めなかったことを明確に伝えなかったこと,Y3教諭が「今回のことを反省して,これをステップにしてしっかり頑張るんだぞ。」と声をかけたことにつき,反省の対象を明確にしなかったことについては,前記1(5)で認定したとおり,生徒に対する処分等は最終的には職員会議及び校長の判断により決められるのであって,本件事実確認終了時点では明確な結論を伝えることができなかったことはやむを得ないというべきである。少なくとも,Aについては,本件試験中に試験に不要なものを持ち込んだという心得違反の点では,不正行為を自認していたのであり,それ自体が容認される行為でないことはAも十分理解可能であったということができるから,Aがまずはその点について反省すべきであったことは,同人も認識し得たといえ,本件事実確認後の教諭らの対応についても,特に問題はなかったということができる。

(3)ア  以上によれば,本件事実確認の対象となったAの非違行為の内容は決して軽度なものとはいい難いところ,その上で,本件事実確認実施に際し,教諭らが選択した場所,時間等は適切であり,その方法においても,事実確認の開始から終了に至るまで,威圧的ないし執拗にAを追及するものではなく,むしろAの意見を尊重しながら慎重に行われたものといえ,そのため,かえって長時間を要したとさえいえるものである。確かに,教師と生徒の間には,その立場の違いから潜在的に権力的関係が存在し,また,一般的に高校生が思春期の多感な時期にあることを考慮すると,5人の教諭が同時に立ち会ったことや,Aに休憩を全くとらせなかったことについては,結果としてみれば,配慮すべき余地がないとはいえないものの,上記のごとく,本件の非違行為が軽度とはいえないことからすると,自己の行為について認識し,考えることもまた,成長過程にある生徒にとって必要なことであり,本件事実確認が,教師の生徒に対する指導の一環として,合理的範囲を逸脱した違法なものということはできず,教諭らにAに対する安全配慮義務違反は認められない。

イ  なお,これに対し,原告は,専門家の意見書(甲50)に記載されている意見を理由として,本件事実確認が違法である旨主張する。上記意見書は,本件事実確認について,教師がAと相対するような着席を控えたこと,教師の発問が丁寧な言葉で行われていること,教師から告発口調で質問をするのではなく,まず何があったかをAに書かせていること,事実確認の最後に,教師が「がんばれよ。」とAに声をかけていることなどの点において適切とする一方,多くの教員が生徒を取り囲むようにして1時間45分という長時間にわたり面接が行われている,何が明らかになったのかが明らかにされていないなどの点において問題があると記載している。しかしながら,本件事実確認が1時間45分にわたって行われ,これに5人の教師が関与したことをもって違法といえないことは,前記(2)イ(イ)及び同(ウ)に説示のとおりである(なお,上記意見書には,多くの教師が1時間45分という長時間にわたり,生徒を取り囲むようにして面接を行ったことは配慮が足りなかった旨の記載があるが,1時間45分の全部に教師5名がいたものでないことは,前記1(4)に説示のとおりである。)。また,本件事実確認において明らかになったことが明確ではないという点については,教師らが,教師としての立場に基づいて,基本的にAの発言を受け入れるとの方針を採用した結果,本来カンニングを疑われても仕方のないAの行為について,それ以上Aを追及するのを差し控えたものであるに過ぎず,そのような教師の方針は,十分理解できるというべきであり,教師らがAの説明不十分な回答をあいまいなまま終わらせたとか,これにより,Aに無用の不安を生じさせるとはいえない。その他,上記意見書の記載するところは,前提事実を欠くか,独自の見解を述べるものであって,採用することができず,上記意見書は,教師らについて安全配慮義務に違反したとは認められないとの前記判断を左右するものではない。

ウ  次に,証拠(甲12)及び弁論の全趣旨によれば,学校側から原告に対し,「事実確認概要について」(甲7)が交付された後,原告は,学校側に対し,本件事実確認の再現を希望したこと,これに基づき,学校側は,平成16年12月5日本件準備室において,原告立会のもと,本件事実確認に関与した5名の教師全員が参加して本件事実確認の様子を再現したこと,原告訴訟代理人らは,平成18年3月19日,上記「事実確認概要について」等に基づき,原告の親族らの協力のもとに,本件準備室とは別の場所で本件事実確認の様子を再現し,これをビデオ(甲12。以下「再現ビデオ」という。)に撮影したことが認められるところ,甲53号証の1ないし7には,長年にわたり教育に携わった者らが,再現ビデオを見た上で,本件事実確認について,生徒に対する事情聴取として,会話の間が長く,沈黙時間が多いなど,不適切な点,不自然な点が認められるとの記載があり,中には,沈黙が生徒に苦痛を与えているとの記載もある。しかしながら,証拠(乙16ないし20)によれば,再現ビデオに撮影された再現時の場所は,本件準備室ではなく,それより狭い部屋であったため,教師とAとの距離関係が異なっているほか,本件事実確認時には窓が開いていたにもかかわらず,再現ビデオでは窓が開いていないなどの差異があったこと,上記「事実確認概要について」に記載されたAと教諭らとの会話は,本件事実確認の際の会話の主なもので,会話の全てが記載されたものではなかったことなどから,再現ビデオに撮影された事実確認の様子は,本件事実確認と比較し,どうしても会話の間が長く,沈黙の時間が多いように撮影されていることが認められる。この事実によれば,再現ビデオを見た印象に基づき作成された上記甲53号証の1ないし7をもって,本件事実確認が直ちに違法と認めることはできない。

エ  また,原告は,本件事故後,教諭らが原告に宛てた書簡(甲22ないし26)の中で,本件事実確認において,時間や人数の点について教諭らにAに対する配慮がなかった旨謝罪していることをもって,教諭らは本件事実確認に教育的配慮がなかったことを認めている旨主張する。しかし,前記1(6)で認定したとおり,教諭らの書簡は,原告の要望に基づき作成されたものであるところ,上記手紙は,教諭らが,原告の心痛に配慮しながら,その時点における原告やAに対する気持ちを表現したものであり,必ずしも本件事実確認に際し,教育的配慮がなかったことを認めているものとはいい難い。もとより,本件事実確認の違法性については,同事実確認の客観的な状況等を考慮して判断すべきものであり,後日,教諭らが,同事実確認について振り返って考えたことが,上記違法性の判断に直ちに影響を与えることはないというべきである。

(4)  したがって,本件事実確認について教諭らに安全配慮義務違反はなく,被告は国家賠償法1条1項に基づく責任ないし債務不履行責任を負うものではないから,その余の争点については判断を要しない。

第4以上の次第で,原告の請求は,理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田眞 裁判官 瀬戸口壯夫 裁判官 清水亜希)

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