大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)2348号 判決 2007年8月09日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

被告は,原告に対し,別紙物件目録(省略)記載1ないし6の各不動産について,平成10年12月23日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

第2事案の概要

本件は,所有権に基づき不動産についての所有権移転登記手続を求めた事案である。

1  請求原因

(1)  被告は,平成10年12月23日当時,別紙物件目録記載1ないし6の各不動産(以下,「本件土地1」,「本件土地2」,「本件建物」などと,まとめて「本件各不動産」と,各いう。)を所有していた。

(2)  被告は,原告に対し,平成10年12月23日,本件各不動産を以下の約定で売り渡した(この売買を以下「本件売買」という。)。

ア 本件土地1ないし4について

売買代金

5000万円

所有権移転時期

売買代金全額の授受完了時

引渡し,登記手続及び代金支払期限

平成11年1月末日

イ 本件土地5について

売買代金

100万円

引渡し,登記手続及び代金支払期限

平成11年1月末日

ウ 本件建物について

売買代金

5000万円

所有権移転時期

売買代金全額の授受完了時

引渡し,登記手続及び代金支払期限

平成11年1月末日

(3) 原告は,被告に対し,本件売買代金を次のとおり支払い,被告はこれを受領した。

ア 本件土地1ないし4の売買代金

(ア) 平成10年12月23日

1000万円

(イ)        同月24日

4000万円

イ 本件土地5の売買代金

平成10年12月24日

100万円

ウ 本件建物の売買代金

(ア) 平成10年12月24日

900万円

(イ)           同日

500万円

(ウ)        同月25日

3000万円

(エ)           同日

600万円

(4)  よって,原告は,被告に対し,所有権に基づき本件各不動産についての所有権移転登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否及び被告の主張

(1)  請求原因(1)は認める。

(2)  同(2)及び(3)はいずれも否認する。

(3)  被告の主張

次のとおり,被告が原告に本件各不動産を売買したことは極めて疑問である。

ア 原告は,平成元年11月14日,被告から本件土地3及び5を建物所有を目的として期間30年,賃料1か月20万円の約定で借り受け(この賃貸借を以下「本件賃貸借契約」という。),本件土地3の上に建物を建てた。また,原告は,本件土地4とこの土地の隣地である本件土地1にまたがるように別の建物を建てた。原告は,平成15年ころまで,被告代表者であったA(平成16年2月19日死亡。以下「A」という。)名義の預金口座に金員を振り込んでいた。その金額は,平成11年からは月額45万円となっている。これは,本件賃貸借契約の賃料と思われ,原告主張の本件売買契約がなかったことの証左である。

イ 本件売買代金の支払が済んでいるのに,何故,今日まで所有権移転登記手続をしなかったのか疑問である。通常は,所有権移転登記に必要な書類と引き換えに売買代金の決済がなされるのであり,原告の提出した本件売買契約書(甲2の1,2)には,所有権移転登記手続等の完了と同時に代金を支払うとなっており,本件売買契約書(甲2の3)には所有権移転登記申請と同時に代金を支払うとなっている。しかるに,原告の主張では1億円余の売買代金が先履行で被告に支払われている。

ウ 一方,本件土地1及び4については,所有権移転登記ではなく,平成10年12月23日,原告のために,賃借権設定の仮登記(以下「本件仮登記」という。)がなされている。賃借権の内容は,期間20年,借賃1月15万円である。

本件仮登記は,平成8年12月16日に設定された抵当権の実行により本件土地1及び4が処分されることの対抗手段としてなされたとしか考えられず,このことも,本件売買契約などなかったことの証左である。

エ 本件売買契約書(甲2の1ないし3)では,本件土地1ないし4の売買代金が5000万円,本件土地5の売買代金が100万円,本件建物の売買代金が5000万円となっている。しかし,本件土地5の平成15年度の固定資産評価額は約1100万円であり,底地の売買としても廉価である。また,本件建物は,昭和62年建築の古家であり,平成10年度の固定資産評価額は約540万円であり,到底5000万円の価値はない。

オ 本件売買代金の合計は1億0100万円であるが,領収証(甲3の1ないし5。以下「本件領収証」という。)の合計金額は1億0500万円であり,一致しない。また,本件領収証は,全文手書きのものであって,会社の取引では通常考えられないものである。さらに,本件領収証には,「土地取引の手付金もしくは代金」などと記載され,どの土地代金か不明であり,建物代金として受領したものはない。さらにまた,本件領収証には,捨印が押されているもの(甲3の1,4)や,印が2箇所押されているもの(甲3の2,3)があり,通常では考えられないことである。

カ Aは,平成14年10月21日,精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分であることが認められるとして,さいたま家庭裁判所が保佐を開始し,保佐人に社団法人成年後見センター・リーガルサポートが選任された。

さいたま家庭裁判所が認定した事実は次のとおりである。Aは,多発性脳梗塞等の疾患により独立歩行が困難であり,自宅で和光市の在宅介護支援を受けながら1人暮らしを続けてきた。和光市の福祉担当者がAと関わる中で,a 隣家の原告(広域指定暴力団幹部)やその手下がA宅に自由に出入りしていること,b A所有(実際は被告所有)のアパート収入が原告を経由して入金されていること,c 被告を当事者とする訴訟があり,東京高等裁判所で被告が1000万円を支払う旨の和解が成立していること,d Aが隣のヤクザから預かったとして自宅に1000万円の現金を保管していること,e 原告宅との境界が曖昧となり,A所有地(実際は被告所有地)が侵食されている可能性があること等の財産管理上の問題が確認されたと認定し,また,鑑定によれば,Aは脳血管性痴呆による痴呆があり,知的能力に明らかな障害があって,自己の財産を管理,処分するには常に援助が必要な状態であり,その能力を回復する可能性はないと認定した。

これらの事実によれば,原告が主張する本件売買契約当時のAの精神状態及び判断能力に疑問がある。

キ Aの保佐人が,Aの財産を調査したところ,預貯金及び現金として1840万円しかなく,本件売買代金の1億円に近い金員は発見されなかった。被告特別代理人が,被告の取締役兼代表取締役一時職務代行者として,平成15年1月28日以降,被告の資産を調査したところ,被告には現金や預貯金は全くなく,会社として税務申告もしていなかった。

第3当裁判所の判断

1  被告が平成10年12月23日当時に本件各不動産を所有していたことは,当事者間に争いがない。

証拠(甲1,5ないし7,乙3,10〔枝番があるものはそれを含む。以下,特に断らない限り同様である。〕,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。すなわち,本件土地1ないし5の上には,本件建物の外,被告が所有していた建物で,平成11年1月21日に平成10年12月23日売買を原因として原告に所有権移転登記手続がされた木造2階建共同住宅1棟(以下「本件アパート」という。),平成3年ころに原告が建築した木造スレート葺3階建居宅1棟(以下「原告建物1」という。)及び平成11年ころに原告が建築した建物1棟(以下「原告建物2」という。),以上の4棟の建物があること,本件土地1ないし5の位置関係は,概ね別紙図面1表示のとおりであり,また,本件建物を含む上記4棟の建物の位置関係は,概ね別紙図面2表示のとおりであること,以上が認められる。

2  原告は,次のとおり主張する。

すなわち,「平成10年12月23日,被告から本件各不動産を合計1億0100万円で買い受けた(本件売買)。すなわち,本件土地1ないし4については,代金5000万円,所有権移転時期を売買代金全額の授受完了時,引渡し,登記手続及び代金支払期限を平成11年1月末日の約定で,本件土地5については,代金100万円,引渡し,登記手続及び代金支払期限を平成11年1月末日の約定で,本件建物については,代金5000万円,所有権移転時期を売買代金全額の授受完了時,引渡し,登記手続及び代金支払期限を平成11年1月末日とする本件売買を被告との間で締結した。原告は,被告に対し,本件売買代金を次のとおり支払い,被告はこれを受領した。すなわち,本件土地1ないし4の売買代金を,平成10年12月23日に1000万円,同月24日に4000万円,本件土地5の売買代金を,同日に100万円,本件建物の売買代金を,同日に900万円と500万円,同月25日に3000万円と600万円を支払って完済した。」と原告は主張し,証拠として,本件売買契約書(甲2)と本件領収証(甲3)を提出する(いずれの証拠にも,被告の記名〔すべて手書き〕と押印がある。)。

そして,原告は,その本人尋問において,「本件売買は被告代表者のAが1億円以上のお金が急に要るようになって締結したものであり,お金はすぐに支払ってもらいたいが,所有権移転登記については,Aが養子で本件各不動産を売ったことが分かると近所の手前格好悪いので後にして欲しいとAに依頼され,また,本件アパートは,被告が原告に対して別途代金400万円ないし500万円で売り渡したが,これがなくなると賃料収入もなくなるので生活の面倒を見て欲しいともAに依頼されたこと,そこで,原告は,本件売買契約を締結して,本件売買代金と400万円の貸金の合計1億0500万円をすぐに支払ったが,本件各不動産の所有権移転登記がこれまでなされず,地代名目でAに対し,毎月数十万円を支払ってきた」などと供述する(原告本人の陳述書である甲9にも同様の記載がある。原告の供述とその陳述書を以下,「原告の供述等」という。)。

3  本件売買が真実成立したのか否かについて,原告の供述等の信用性を中心に,以下検討する。

(1)  本件売買代金の支払が全部済んでいるのに,何故,今日まで所有権移転登記手続をしなかったのかに関して,Aが言ったという「Aが養子で本件各不動産を売ったことが分かると近所の手前格好悪いので所有権移転登記は後にして欲しい」との原告の供述等は,所有権移転登記をしたか否か自体,近所の者がすぐに認識できることではないから,Aの言ったという上記発言自体,にわかに信用しがたいといわざるを得ない。

また,本件アパートについては,上記のとおり,平成11年1月21日に,平成10年12月23日売買を原因として原告に所有権移転登記手続がなされており,このことに照らしても,Aが言ったという上記発言に合理的理由があるとは考えがたい。

さらに,原告の提出する本件売買契約書(甲2)で約定された本件各不動産の所有権移転登記時期とも矛盾する。すなわち,本件売買契約書(甲2の1,2)には,所有権移転登記手続等の完了と同時に代金を支払うとなっており,本件売買契約書(甲2の3)には所有権移転登記申請と同時に代金を支払うとなっているのであるが,この約定に原,被告とも敢えて従わなかったということになるのであり,何故本件売買契約書において本件各不動産の所有権移転登記時期をAの思いに沿った約定にしなかったのかについて,原告の供述等には説得的な説明は全くない。

(2)  本件売買契約書(甲2)では,本件土地1ないし4の売買代金が5000万円,本件土地5の売買代金が100万円,本件建物の売買代金が5000万円となっている。

しかし,証拠(甲1の6,乙5,6)によれば,本件土地5の平成15年度の固定資産評価額は約1100万円であり,底地の売買としても廉価であること(別紙図面2のとおり,本件土地5の上には建物が存在しないのに,何故か本件売買契約書〔甲2の3〕によれば,本件土地5の売買契約書では底地権の売買となっている。),また,本件建物は,昭和62年建築の古家であり,平成10年度の固定資産評価額は約540万円であり,到底5000万円の価値はないこと,以上が認められる。

したがって,本件売買の本件各不動産の代金額の設定が合理的でないというべきである。

(3)  本件売買代金の合計は1億0100万円であるが,本件領収証(甲3)の合計金額は1億0500万円であり,一致しない。この点について,原告の供述等によれば,1000万円の本件領収証(甲3の5)のうち400万円は,原告が被告に対して貸し付けた分であるとする。しかし,この本件領収証には「土地取り引き代金トシテ」としか記載がなく,何故本件売買代金と貸金について,1通の領収証にしたのかについて合理的な説明はない。

また,本件領収証は全文手書きのものであって,会社の取引では通常考えがたいものである。

さらに,本件領収証には,「土地取引の手付金もしくは代金」などと記載され,どの土地代金かその記載からは全く不明であり,本件建物代金として受領したものはない体裁になっている。

さらにまた,本件領収証には,捨印が押されているもの(甲3の1,4)や,印が2箇所押されているもの(甲3の2,3)があり,このことも,通常では考えがたいことである。

(4)  証拠(甲1,5ないし7,9,乙2ないし4,10,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成元年11月14日,被告から本件土地3及び5を建物所有を目的として期間30年,賃料1か月20万円の約定で借り受け(本件賃貸借契約),本件土地3の上に原告建物1を建てたこと,原告は,平成11年ころ,本件土地4と本件土地1の上に原告建物2を建てたこと,原告は,平成16年8月まで,被告代表者であったA(平成16年2月19日死亡)名義の預金口座に毎月10日前後の日に金員を振り込んでいたこと,その金額は,平成11年ころからは月額45万円であったこと,以上が認められる。

明示の賃貸借契約としては,本件土地3及び5についての本件賃貸借契約しか認められないが,この月額45万円の振込金は,本件土地1,3,4及び5の賃料と解するのが合理的であり,原告の供述等でいう,原告がAの生活を支援した金員とみるのは極めて不自然・不合理というべきである。

(5)  この(4)と関連するが,証拠(甲1の1,4)によれば,本件各不動産(ただし,本件土地3を除く。)には,平成9年2月6日に,平成8年12月16日設定を原因として協同リース株式会社(以下「協同リース」という。)のために債権額1000万円の抵当権が設定されていること,本件土地1及び4については,平成11年2月1日受付で,原告のために,平成10年12月23日(本件売買契約日である。)設定の賃借権設定の本件仮登記がなされていること,この賃借権の内容は,期間20年,借賃1月15万円であることが認められる。

上記によれば,本件仮登記は,上記の抵当権の実行により本件土地1及び4が処分されることの対抗手段としてなされたと考えるのが合理的である。また,本件売買が真実なされたとしたら,その代金をもって通常ならまず抹消されるべき上記の抵当権が抹消されていないことにもなり,これは不動産売買としては,甚だ奇異なことという外はない。

(6)  原告の供述等によれば,本件売買の際,原告は,被告から本件各不動産の権利証や被告の委任状・印鑑登録証明書を受領していないとのことである。このことも,不動産売買としては,異例のことというべきである。

(7)  証拠(乙1)によれば,Aは,平成14年10月21日,精神上の障害により事理を弁識するの能力が著しく不十分であることが認められるとして,さいたま家庭裁判所が保佐を開始し,保佐人に社団法人成年後見センター・リーガルサポートが選任されたこと,この保佐開始申立事件において,さいたま家庭裁判所が認定した事実は次のとおりであること,すなわち,Aは,多発性脳梗塞等の疾患により独立歩行が困難であり,自宅で和光市の在宅介護支援を受けながら1人暮らしを続けてきた。和光市の福祉担当者がAと関わる中で,a 隣家の原告(広域指定暴力団幹部)やその手下がA宅に自由に出入りしていること,b A所有(実際は被告所有)のアパート収入が原告を経由して入金されていること,c 被告を当事者とする訴訟があり,東京高等裁判所で被告が1000万円を支払う旨の和解が成立していること,d Aが隣のヤクザから預かったとして自宅に1000万円の現金を保管していること,e 原告宅との境界が曖昧となり,A所有地(実際は被告所有地)が侵食されている可能性があること等の財産管理上の問題が確認されたと認定し,また,鑑定によれば,Aは脳血管性痴呆による痴呆があり,知的能力に明らかな障害があって,自己の財産を管理,処分するには常に援助が必要な状態であり,その能力を回復する可能性はないとさいたま家庭裁判所は認定したことが認められる。

この認定事実及び弁論の全趣旨によれば,原告が主張する本件売買契約(平成10年12月23日)当時のAの精神状態及び判断能力に問題がなかったのか多大の疑問があるし,また,本件売買当時,被告の印鑑などを原告側が容易に入手し得る状況にあった可能性を示唆するものである。

(8)  原告は,本件売買代金出捐の根拠として甲8(ハナ信用組合作成の定期性取引履歴)を提出し,原告の供述等によると,この預金から平成10年12月25日に出金した合計6000万円と原告が自宅で保管していたいわゆるタンス預金を本件売買代金に充てたとする。

しかし,証拠(甲1,乙4,7ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,Aの保佐人が,Aの財産を調査したところ,預貯金及び現金として約1840万円しかなく,本件売買代金の1億円に近い金員は発見されなかったこと,被告特別代理人が,被告の取締役兼代表取締役一時職務代行者として,平成15年1月28日以降,被告の資産を調査したところ,被告には現金や預貯金は全くなく,会社として税務申告もしていなかったこと,被告は,協同リースに対して1000万円の債務があり,平成8年12月にこれを毎月25万円宛40回分割で支払う旨約したこと,被告には本件売買で1億を超える入金があったはずであるのにもかかわらず,被告は,平成12年3月ころから上記分割金を支払わず,平成14年10月末の時点でも不払いの状況であったこと,以上が認められる。

以上によれば,原告が,被告に対し,1億円以上の金員を現実に支払ったとは,にわかに信じがたいという外はない。

(9)  まとめ

上記の(1)ないし(8)で認定・説示したところを総合し,これに弁論の全趣旨を加えて判断すれば,本件売買契約書(甲2)や本件領収証(甲3)は,被告代表者Aの意思に基づいて作成されたものではないこと,及び,原告の供述等は信用できないこと,以上が明らかというべきである。

そして,甲2及び3や原告の供述等以外には,本件売買が締結され,原告が,被告に対し,本件売買代金を全額支払ったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

第4結論

以上によれば,原告の被告に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 片野悟好)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例