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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)2513号 判決 2008年7月18日

主文

1  被告学校法人は,原告らに対し,22万円及びこれに対する平成18年12月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中,原告らと被告学校法人との間に生じたものはこれを400分し,うち1を被告学校法人の負担とし,その余を原告らの負担とし,原告らとその余の被告らとの間に生じたものは全部原告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告学校法人,被告F及び被告Mは,連帯して,原告らそれぞれに対し,3330万5020円及びこれに対する被告学校法人は平成18年12月7日から,被告Fは同月10日から,被告Mは同月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uは,連帯して,原告らそれぞれに対し,55万円及びこれに対する被告学校法人,被告S及び被告Uは平成18年12月7日から,被告Fは同月10日から,被告Mは同月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uは,連帯して,原告らそれぞれに対し,275万円及びこれに対する被告学校法人,被告S及び被告Uは平成18年12月7日から,被告Fは同月10日から,被告Mは同月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被告Oは,原告らそれぞれに対し,110万円及びこれに対する平成19年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被告Tは,原告らそれぞれに対し,110万円及びこれに対する平成18年12月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(7)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  原告らは,被告学校法人が経営するK中学校の生徒であったXの両親である。Xは,K中学校の教師に対し,授業中に盗難事件を目撃したと話していた。

本件は,原告らが,①被告らは,Xが被告らに上記盗難事件の真相解明を求めたにもかかわらず,十分な調査をせず(全容解明義務違反),これによりXに精神的苦痛を与えたとして,②被告らは,平成18年7月4日,Xが定刻に登校しなかったことを認識しながら,早急に原告らに欠席確認をすべき義務があったのにこれを怠り(欠席確認義務違反),原告ら及びXにXの自殺を思いとどまらせる機会を失わせた結果,Xの自殺を防止できず,Xには死亡という損害を,原告らにはXの死亡という精神的苦痛をそれぞれ与えたとして,③Xは,上記盗難事件と関連して自殺した可能性が高かったのであるから,被告らは上記盗難事件を調査し,原告らに報告する義務があったにもかかわらずそれを怠り(調査報告義務違反),原告らに精神的苦痛を与えたとして,④被告O及び被告Tは,原告らがXの自殺に関して被告らの真摯な対応を求めていたのに,一方的で不誠実,無神経な発言をして原告らに精神的苦痛を与えたとして,被告学校法人及びその余の被告らに対して,不法行為ないし債務不履行による損害賠償請求権に基づき,慰謝料等の損害賠償請求をした事案である(以下,月日は特に断らない限り平成18年を指す。)。

2  争いのない事実等(証拠により認定した事実については,その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)

(1)  当事者

ア 原告ら

原告Y及び原告Zは夫婦である。

原告らの子X(平成3年12月28日生まれ)は,平成16年4月から被告学校法人が経営しているK中学校に入学し,平成18年4月から3年F組に属する生徒として同校に在籍していたが,同年7月4日午後1時46分ころ,越谷市a b丁目c番d号e線f駅上りホームから,同駅を通過する列車に飛び込み自殺した。(甲1)

イ 被告ら

被告学校法人は,K小学校,K中学校(中高一貫部),K高等学校(高等部)を開設しており,中高一貫部は,平成9年新設であるが,有名大学への高い進学率を誇っており,熱心な勉学指導で知られている。

被告Oは被告学校法人の理事長,被告FはK中学校の校長,被告TはK中学校の教頭,被告SはXの学年主任教諭,被告MはXのホームルームクラス担任教諭,被告UはXの授業クラス担任教諭であった。

(2)  盗難事件等

ア 5月9日,K中学校3年D組教室内において,生徒Aの財布から現金8000円が盗まれるという盗難事件が発生した(以下,この盗難事件を「本件盗難事件」という。)。

イ 5月11日,Xが同学年の生徒に殴られるという事件があった。被告Sは,両者の保護者に事情を説明し,どちらかが一方的に悪いというわけではない旨を伝えた。(甲28)

(3)  Xからの相談

ア Xは,6月14日,同学年の生徒Bから「ゴリラ」などと言われて嫌な思いをしたこと,教卓に「バカ」などと悪口を書かれたことを,被告Uに訴えた。同日,被告Uは,生徒Bに事実を確認し,生徒BはXに謝罪した。

イ その後,Xは,被告Uに対して,5月9日に3年D組教室内で生徒Bが生徒Aの制服のブレザーのポケットを触っているのを目撃したこと,生徒Bが財布から金を盗んだと思われることを相談した。被告Uは,被告Sに対し,Xの相談内容を報告し,被告Sは,被告Tに,その概要を報告した。

ウ Xは,6月26日,被告Uに対し,本件盗難事件の調査状況について尋ね,「ほかの先生達は,この盗難事件をどう考えているのか聞いてほしい。

盗難事件の件をはっきりさせたい。」と申し出た。同日,被告Uは,Xからの相談内容を被告Sに報告した。

エ Xは,7月1日,被告Uに対し,再度,本件盗難事件の調査状況を尋ねた。

(4)  7月3日の出来事

Xは,7月3日,被告S及び被告Mとともに,午後3時45分ころから,本件盗難事件について話合いをした。Xは,被告S及び被告Mに対し,隣の席で同じ授業を受けていた生徒Bが盗難の被害に遭った生徒Aのブレザーのポケットを触っていた,生徒Bが盗難と関わりがあるかどうかをはっきりさせたい,などと伝えた。

(5)  Xの自殺

Xは,7月4日,午前7時ころ自宅を出たが,学校には行かず,午後1時46分,自宅最寄りのf駅で列車が来たところに飛び込み,自殺した。

(6)  被告Mの対応

担任の被告Mは,午前8時30分の朝のホームルームでXが何の連絡もなく登校していないことを確認したが,すぐには原告らの自宅や緊急連絡先である原告らの職場へ欠席確認の連絡をしなかった。被告Mは,午後1時46分ころ,原告らの自宅に電話し,留守番電話に,「X君いかがでしょうか。また,お電話をいたします。」というメッセージを残した。

3  争点

(1)  欠席確認義務違反の成否(争点1)

(2)  全容解明義務違反の成否(争点2)

(3)  調査確認義務違反の成否(争点3)

(4)  不誠実な言動による不法行為の成否(争点4)

(5)  損害額(争点5)

4  当事者の主張

(1)  争点1(欠席確認義務違反)について

ア 原告らの主張

(ア) 安全配慮義務を負う者

私立中学校においては,学校法人と生徒又は親権者あるいは保護者(以下,両者を含めて「親権者等」という。)との間に在学契約が存在し,学校法人は,生徒に対して施設を提供し,その雇用する教師に所定の教育をさせる等の債務を負担する。そして,この在学契約から生じる付随義務として,学校法人は,信義則に基づき,学校教育と密接に関連する生活場面において,生徒の生命・身体・精神に対して重大な影響を与える危険の発生を未然に防止すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負担している。教師等の学校関係者は,この学校法人の安全配慮義務の履行補助者として,同様の義務を負担している。

(イ) 欠席確認義務の根拠及び内容

学校生活あるいは教育活動に関わる領域では,親権者等が生徒の安全に配慮するのは困難であるから,教師等の学校関係者が第一次的に安全配慮義務を負う。この義務と親権者等の一般生活関係の領域における安全配慮義務が接合して初めて生徒の安全が十分に保護される。

そして,親権者等は学校側からの連絡がない限り,生徒が自宅を出た後の所在を確認することができないため,生徒の所在確認及び安全確認は,学校側の欠席・遅刻の確認に委ねられている。したがって,この教師等の学校関係者の安全配慮義務の一内容として,連絡もなく生徒が始業時刻になっても登校しない場合には,生徒の所在を確認して安全を確保するため,親権者等に対して欠席・遅刻の確認をすべき義務を負担しているというべきである。

(ウ) 義務懈怠行為

被告Mは,7月4日,午前8時30分のホームルームでXが登校していないこと及び保護者から欠席や遅刻の連絡を受けていないことを認識していた。Xは,それまでほぼ皆勤に近い出席状況であり,無断で欠席することがなかったため,被告Mは,Xが何らかの事件や事故に巻き込まれているかもしれないとか,Xの身に何らかの危険が及んでいるかもしれないという一般的危険性に対する予見可能性があったものであり,結果回避手段として,原告らの自宅ないし緊急連絡先に連絡することは容易であった。したがって,被告Mは,無断欠席を確認後,直ちに保護者に連絡する義務があったというべきである。

しかし,被告Mは,原告らに対する欠席確認を5時間以上にわたって怠り,7月4日午後1時46分になってようやく自宅の留守番電話にXが登校していない旨のメッセージを録音しただけで,その後も原告らの自宅及び緊急連絡先に対して欠席確認の連絡をしなかった。

(エ) 因果関係

a 被告Mが,原告らの自宅に電話をし,あらかじめ届けられている緊急連絡先に電話をするなどの欠席確認義務を果たしていれば,Xは携帯電話を持参していたのであるから,原告らは,Xの自殺を思いとどまらせることが可能であった。被告Mは,Xの無断欠席の事実から,何らかの事件や事故に巻き込まれているかもしれないという予見可能性があったはずであるから,被告Mの欠席確認義務違反とXの死亡との間には相当因果関係がある。

b 仮に,上記相当因果関係が認められないとしても,被告Mが欠席確認義務を果たしていれば,Xの自殺を回避できた相当程度の可能性は認められるから,損害賠償責任のすべてが否定されるわけではない。

(オ) 責任原因

a 債務不履行

被告学校法人は在学契約の当事者として,被告Mは被告学校法人の履行補助者として,X及び原告らに対して,欠席確認義務を負っていた。被告Fは,被告Mの監督義務者である。欠席確認義務違反は,上記3名の義務違反として構成される。

b 不法行為

欠席確認義務違反は,債務不履行に当たると同時に,不法行為に該当する。したがって,不法行為者である被告Mは民法709条に基づき,被告Mの使用者である被告学校法人及び被告学校法人の代理監督者である被告Fは同法715条に基づき,X及び原告らに対して,それぞれ欠席確認義務違反による不法行為責任を負う。

イ 被告らの主張

(ア) 安全配慮義務を負う者について

在学契約は,学校法人と生徒又は親権者等の間に認められるものであって,個々の教師と生徒又は親権者等との間には認められない。在学契約に付随して認められる安全配慮義務についても,学校法人が生徒又は親権者等に対して負うのであって,個々の教師が直接負うわけではない。

(イ) 欠席確認義務について

原告らが主張する欠席確認義務の内容が,学校側が生徒の不登校を確認したら直ちに生徒の自宅に欠席確認の連絡をしなければならないことを意味しているとするならば,そのような義務の存在は争う。

K中学校においては,欠席,遅刻等の連絡は家庭が学校に対して行うのが原則となっており,生徒手帳(甲33)にも「当日欠席・遅刻する場合は,8時15分までに保護者が,担任または学校に電話連絡する。」と記載されている。

小,中,高の一貫教育を行っている被告学校法人においては,学校側から家庭への連絡は,児童・生徒の年齢,発達段階,教育的な目的に応じて,異なった対応をしている。K中学校では,状況を見ながら適宜連絡を取るようにしているが,朝のホームルームで不在の生徒がいる場合の対応も,その生徒の自主性,自立性を重んじて,生徒に危険があると予見されたり,事故に遭遇した可能性が大きい等緊急性が明らかな場合以外は,直ちに家庭に連絡するような扱いにしていない。

(ウ) 義務懈怠行為はないこと

仮に,被告らに何かしらの欠席確認義務が認められるとしても,被告Mはその義務を果たしており,被告らに欠席確認義務違反はない。

被告Mは,朝のホームルームの時点でXが不在であることを認識したが,被告SからXが前日に頭が痛いと訴えていたとの話を聞き,Xが病院に行ってから登校するのであろうと考えて,直ちにXの自宅に連絡しなければならない緊急性があるとは判断しなかった。その後,被告Mは,下校時になってもXが登校して来なかったことから,その時点で初めてXの欠席を確認して,その後,Xの自宅に電話連絡を入れているのであって,欠席確認義務は果たしている。

(エ) 因果関係がないこと

上記のとおり,被告らに欠席確認義務及びその違反はないことはもとより,欠席確認義務違反とXの死亡との間に因果関係もない。

すなわち,被告らには,Xが自殺することにつき予見可能性はなかった。中学生の行為とはいえ,自殺は,一個の人間の意図的行為であることには変わりはなく,その最後の一瞬までその者の意思に依存する。人がいかなる要因によって自殺への準備状態を形成し,何を直接的な契機として自殺を決行するに至るかの心理学的,精神医学的な機序は,外部的にはおよそ不可視であって,明白に自殺念慮を表白していたなど特段の事情がない限り,事前にこれを予見することは不可能である。

また,7月4日当日,Xは,終日,携帯電話の電源を切っていた可能性が高く,仮に,被告Mが直ちに原告らの自宅ないし緊急連絡先に連絡していたとしても,原告らがXの携帯電話に連絡をして自殺を思いとどまらせることは不可能であった。

(オ) 責任原因については否認し争う。

(2)  争点2(全容解明義務違反)について

ア 原告らの主張

(ア) 全容解明義務の根拠及び内容

学校が生徒又は親権者等に対して負っている安全配慮義務の一内容として,学校内において盗難事件が発生し,生徒から盗難現場の目撃に関する真剣な訴えがあった場合には,迅速かつ慎重に加害生徒及び被害生徒から事情を聴取し,必要に応じて周囲の生徒など広い範囲を対象にして事情を聴取するなど,周到な調査をして事態の全容を解明し,同種事件の再発を防止する義務があるというべきである。

(イ) 全容解明義務の懈怠

K中学校においては,平成18年4月以降計7件もの盗難事件が把握されており,Xは,6月14日,同月26日,7月1日,同月3日の計4回にわたり,被告S,被告M,被告Uに対して,本件盗難事件の全容解明を求めていた。

被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uは,Xからの真剣な訴えを受けた6月14日以降,Xが犯人と訴えた生徒B,被害者である生徒A,そのほか本件盗難事件のあったクラスの授業を受けていた生徒らから詳しい事情を聴取し,ほかの教師からも盗難被害に関する情報を収集する等,学校内において頻発している盗難事件の全容を解明し,学校の教職員全体による協力体制を作り,継続的に生徒の行動を観察し,指導する義務があった。

しかし,被告F,被告S,被告M及び被告Uは,Xの再三にわたる全容解明の訴えに耳を傾けず,本件盗難事件のXの目撃状況と,同日に発生した本件盗難事件の記録が合致しないとして,Xの訴えを誤りであると決めつけ,生徒A,生徒B及び本件盗難事件の現場で英語の授業を担当していたI教諭に対し,特段の弊害もないのに,何らの事情聴取もしなかった。また,Xの担任であった被告Mは,Xにいつでも接触する機会がありながら,一切事情聴取をしなかった。これらからすれば,被告らの全容解明義務の懈怠は明らかである。

(ウ) 責任原因

a 債務不履行

被告学校法人は在学契約の当事者として,被告S,被告M及び被告Uは被告学校法人の履行補助者として,Xに対して本件盗難事件に関する全容解明義務を負っていた。被告Fは,上記3名の監督義務者である。全容解明義務違反は,上記5名の義務違反として構成される。

b 不法行為

全容解明義務違反は,債務不履行に当たると同時に,不法行為に該当する。そして,不法行為者である被告S,被告M及び被告Uは民法709条に基づき,上記3名の使用者である被告学校法人及び被告学校法人の代理監督者である被告Fは同法715条に基づき,Xに対して,それぞれ全容解明義務違反による不法行為責任を負う。

イ 被告らの主張

(ア) 全容解明義務違反について

仮に安全配慮義務に基づき全容解明義務が認められるとしても,それを負うのは生徒又は親権者等と直接の在学契約関係にある被告学校法人のみであって,個々の教師が上記義務を負うものではない。

また,被告学校法人においては,生徒からの盗難の被害申告があった場合には,事実関係を調査し,教育的な見地から再犯防止を含めて適切に対応していたのであって,本件においても,被告らは,事実関係を調査し,教育的な見地から適切に対応していた。

すなわち,Xからの報告が本件盗難事件の当事者ではなく目撃者である第三者からの報告であったこと,被告UがXから報告を受けたのが目撃したとされる時より1か月以上経過していたこと,Xの供述内容が曖昧であったこと,被害者とされる生徒Aに確認したところ,Xが目撃した日時にブレザーを着用していたことが判明し,Xが目撃したのが盗難現場であったのかどうかの確認が取れなかったことなどの事情があったため,Xからの報告を受けた被告U,被告Sらは,被告Tの指示の下,Xの記憶を喚起させるべく,何度もXとの話合いを試みて,慎重に対応していたのである。

原告らは,加害者とされる生徒Bに対する事情聴取をしていないことを非難するが,そもそも,Xが目撃したとする盗難事件の発生の確認が取れない以上,加害者とされる生徒Bから事情を聴取することもできないことは教育的な見地を持ち出すまでもなく,一般社会における常識から見て容易に理解できるはずである。

(イ) 責任原因については否認し争う。

(3)  争点3(調査報告義務違反)について

ア 原告らの主張

(ア) 調査報告義務の根拠及び内容

学校は,生徒らに対して安全配慮義務を負っているのであるから,生徒の生命,身体,精神等に重大な影響を及ぼすおそれがある場合や現にそうした事態が発生した場合には,事態の状況やその原因,経緯,学校側の取った対応等について,親権者等に対して報告すべき義務を負う。

そして,生徒が死亡し,学校と生徒間の在学関係は解消された場合においても,学校と親権者等との法的関係は直ちに解消されるものではなく,なお一定限度存続し,調査報告義務も存続する。

(イ) 調査報告義務の懈怠

本件では,Xの自殺という重大な事態が現実に発生し,これとK中学校内での本件盗難事件との関連が強く疑われる状況にあった。したがって,被告F,被告S,被告M及び被告Uらは,Xの自殺後,原告らに対し,Xが犯人と訴えた生徒B,被害生徒A,その他本件盗難事件のあった教室内にいたほかの生徒などから詳しい事情を聴取し,学校内における本件盗難事件の実態を調査・報告する義務のみならず,Xの自殺原因をも調査報告する義務があった。しかるに,被告らは,本件盗難事件に関する調査はもちろん,Xの自殺原因の調査も全く行わなかった。

また,7月13日には,口頭ではあるが,原告ら代理人の事務所において,被告F,被告S,被告M,被告Uは,原告らに対し,Xの自殺との関係が強く疑われる本件盗難事件について,調査委員会を設置してきちんと調査し,Xの自殺との関係も可能な限り明らかにするよう務める旨約束している(以下「本件約束」という。)。

このことからしても,被告らの調査報告義務の存在及びその懈怠は明らかである。

(ウ) 責任原因

a 債務不履行

被告学校法人は在学契約の当事者として,被告F,被告S,被告M及び被告Uは,被告学校法人の履行補助者として,原告らに対して,本件盗難事件に関する調査報告義務を負っていた。被告Fは,上記3名の監督義務者であった。さらに,上記5名は,本件契約に基づく調査報告義務も負っていた。したがって,上記5名の調査報告義務違反は債務不履行を構成する。

b 不法行為

調査報告義務違反は,債務不履行に当たると同時に,不法行為に該当する。不法行為者である被告S,被告M及び被告Uは民法709条に基づき,上記3名の使用者である被告学校法人及び被告学校法人の代理監督者である被告Fは民法715条に基づき,それぞれ原告らに対して,調査報告義務違反による不法行為責任を負う。

イ 被告らの主張

(ア) 調査報告義務について

安全配慮義務に基づき調査報告義務が認められるとしても,それを負うのは生徒又は親権者等と直接の在学契約関係にある被告学校法人のみであって,個々の教師が上記義務を負うものではない。

自殺など生徒の生命に重大な影響を及ぼす事態が発生した場合に,学校に調査報告義務が課せられるのは,その事故等が学校内あるいはその影響下において発生したことが前提となる。Xは,登校すると言って自宅を出た後,登校せずに,g駅付近のインターネットカフェに2時間入場して,その後自宅最寄りのf駅で列車に飛び込み自殺したものであって,被告学校法人の影響下にあったとはいえない。

また,原告らは,Xが自殺前日に原告Zに対して盗難現場を目撃したと述べていることから,そのことが自殺の原因であるかの如く主張するが,常識的に見ても,そのことが自殺の原因であるとは考えられない。被告らにおいて,Xの自殺の原因について思い当たるものは全くない。

本件盗難事件とXの自殺との間に関連性が認められない以上,被告学校法人が,原告らに対して,Xが目撃したと主張する本件盗難事件の関係者から事情を聴取し,学校内における本件盗難事件の調査・報告をする義務はない。

したがって,本件において,被告学校法人に調査報告義務はない。

(イ) 調査報告義務の懈怠について

仮に,本件盗難事件とXの自殺との間に何らかの関連性があったとしても,被告学校法人は,Xの自殺後も,Xが目撃したと主張する本件盗難事件や被告らとXとのやりとりの内容等を調査して,原告らに対して,その調査結果をすべて報告している。したがって,被告学校法人には調査報告義務違反はない。

(ウ) 責任原因については否認し争う。

(4)  争点4(不誠実な言動)について

ア 原告らの主張

(ア) 被告Oの発言等

被告Oは,7月14日,原告らがK中学校を訪問し,校長室で校長の被告Fと面談中,突然乱入してきて,大声で「お父さんの言い分は聞くが,生徒や父兄に発表する内容は最終的には学校が決める。」,「自殺については,道義的には責任があるかもしれないが,法的には責任はない。」などと怒鳴るなど,原告らが法的責任の追及や裁判についての発言を一切していないにもかかわらず,一方的に保身の発言を繰り広げた。

これらの一方的かつ不誠実な発言は明らかな不法行為である。

(イ) 被告Tの発言等

被告Tは,7月4日,越谷警察署において,最愛の息子を失ったばかりで失意の底にある原告らに対して,「X君は,英語の授業中に隣の席に座っていた生徒が被害者の生徒のブレザーをまさぐっていたと言っていたようですが,落ちていたブレザーを拾って席にかけただけかもしれないじゃないですか。」などと,加害者と目される生徒を擁護し,Xの目撃内容が信用できないと言わんばかりの無神経な発言をし,原告らは多大な精神的苦痛を被った。これらの発言は,不法行為と評価すべきものである。

イ 被告らの主張

(ア) 被告Oの発言について

被告Oが,7月14日,被告学校法人の校長室において,原告らが被告Fと話をしているところに行き,原告らに対して,学校で出す文書については原告らの意見を聞くが,内容については教育的に判断をして学校が決める旨伝えたこと,原告Yから学校の責任を問われた際,学校としては在籍する生徒がこのようなことになって道義的責任は感じているが,法的責任はないと考えていると述べたこと,原告Zから,担任の欠席確認が遅れたことについて問われた際,担任の被告MはXが風邪を引いていたのではないかという程度にしか思わなかったのではないかとの見解を示したことは認め,その余は否認し争う。

(イ) 被告Tの発言について

被告Tらが,7月4日,越谷警察署において,被告らと話合いをしたことは認めるが,その余は否認し争う。

(5)  争点5(損害額)

ア 原告らの主張

(ア) 欠席確認義務違反について

a Xの逸失利益・慰謝料

Xは,死亡当時中学3年生(14歳)であり,18歳から67歳までの49年間は就労可能であった。Xの逸失利益は以下の計算式のとおり4056万0041円である。また,Xが上記債務不履行ないし不法行為によって自殺を余儀なくされたために被った精神的苦痛を慰謝するには,1000万円を下らない。そして,Xの死亡により,原告らは,法定相続分に従い,上記損害賠償請求権を取得した(逸失利益各2028万0020円,慰謝料各500万円)。

(計算式)

542万7000円×(1-0.5)×(18.4943-3.545)=4056万0041円

(注:正確には,4056万4925円)

b 原告ら固有の慰謝料

原告らが,Xの自殺によって被った精神的苦痛を慰謝するには各500万円を下らない。

(イ) 全容解明義務違反について

Xは,被告らの全容解明義務の懈怠により,信頼していた被告らから裏切られたという絶望的な思いを抱き,多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するのに相当な金額は100万円を下らない。そして,Xの死亡により,原告らは,法定相続分に従い,各50万円の慰謝料請求権を取得した。

(ウ) 調査報告義務違反について

原告らは,Xの自殺の理由が不明であったことから,自殺との関連が強く疑われる本件盗難事件の実態を知りたいという切実な思いを被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uに伝え続けたが,一切の回答を拒絶されたことにより,多大な精神的苦痛を受けた。これによる精神的苦痛を慰謝するのに相当な額は,各250万円を下らない。

(エ) 不誠実な言動について

a 原告らは,被告Oの発言等により多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するのに相当な額は各100万円を下らない。

b 原告らは,被告Tの発言等により多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するのに相当な額は各100万円を下らない。

(オ) 弁護士費用

弁護士費用は,請求額の1割が相当であり,705万円を下らない。

(カ) よって,原告らは,

a 欠席確認義務の懈怠を理由に,被告学校法人,被告F及び被告Mに対し,債務不履行及び不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,各3330万5020円(逸失利益各2028万0020円,Xの慰謝料各500万円,原告らの慰謝料各500万円,弁護士費用各302万5000円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

b 全容解明義務の懈怠を理由に,被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uに対し,債務不履行及び不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,各55万円(慰謝料各50万円,弁護士費用各5万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

c 調査報告義務の懈怠を理由に,被告学校法人,被告F,被告S,被告M及び被告Uに対し,債務不履行及び不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,各275万円(慰謝料各250万円,弁護士費用各25万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

d 不誠実な言動を理由に,被告Oに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,各110万円(慰謝料各100万円,弁護士費用各10万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

e 不誠実な言動を理由に,被告Tに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,各110万円(慰謝料各100万円,弁護士費用各10万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

それぞれ求めるものである。

イ 被告らの主張

否認し争う。

第3当裁判所の判断

1  事実認定

前記第2・2の争いのない事実等に加え,証拠(甲1,甲3~甲34(枝番を含む。),甲36,甲46~甲51,乙1~乙3,乙5~乙10,原告Z,被告F,被告S,被告U,被告M)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  K中学校での生活

ア 担任

平成18年7月当時,K中学校では,基本となるホームルームクラスのほかに,習熟度によって分けられる授業クラスがあり,それぞれ異なる教師が担当していた。そして,生徒は,科目毎に各自のレベルに応じた授業クラスに出席することになっていた。

イ 時間割(甲36)

K中学校の時間割は,ホームルームは8時30分から,1時間目は8時40分から9時30分,2時間目は9時40分から10時30分,3時間目は10時40分から11時30分,4時間目は11時40分から12時30分,5時間目は13時20分から14時10分,6時間目は14時20分から15時10分,ホームルームは15時10分から15時25分,その後15時25分から45分まで掃除をすることになっていた。

ウ 生徒手帳(甲33)の記載

K中学校,高等学校一貫部の生徒手帳には,欠席に関する事項として,「当日欠席・遅刻する場合は,8時15分までに保護者が,担任または学校に電話に電話連絡する。」と記載されており,定期的に配布されるK便りでも,上記取扱いの徹底を要請していた。

エ K中学校での当時の欠席確認の取扱い

K中学校では,ホームルームクラス担任だけでなく,授業クラス担任も,出欠簿に基づき出席確認を行っていた。教員室において,各担任間で出席していない生徒について「何か連絡が入っているか。」などという確認をすることもあった。

被告学校法人では,欠席している生徒に対する確認・連絡に関する画一的な方針は定められていなかった。教師間では,生徒の欠席を確認したらなるべく早めに生徒の所在を確認するため,2時間目を目処に保護者に対して連絡をするのが通例となっていたが,単に欠席届を翌日提出させるだけの扱いをする場合もあった。

(2)  Xが自殺する前の学校生活に関する事情

ア Xの学校での様子

Xは,中学2年生時では欠席1日,遅刻1日のみであり,中学3年になってからは欠席はなく,遅刻は1日だけであった。(甲9)

先生から見たXの印象は,特に目立つ子ではなく,寡黙でおとなしいが,自分の意見をしっかり持っているというものであった。他面,Xは,比較的先生と話をする機会が多いという面もあった。また,Xは,勉強が得意というわけではなく,5月中旬の2者面談では,担任の被告Mに対して,勉強が苦手でやや悩んでいる様子を見せていたが,空手道場に通い始めたと言い,楽しそうな様子も見せていた。

イ 6月13日の出来事

Xは,被告Uが担当する6時間目の化学の授業後,被告Uに対し,教卓の前面に「ゴリラ」とXを中傷する落書きがある旨を訴えた。被告Uは,最前列中央にいた生徒B及び生徒Cに確認したところ,落書きをしたことは認めたので,落書きを消させた上,今後そのようなことがないように注意した。

ウ 6月14日の出来事

(ア) Xは,午前中,被告Uに対して,遠くの方で生徒B及び生徒Cが「ゴリラ」と言っているようだと訴えた。そこで,被告Uは,昼休み,理科室にXと生徒B及び生徒Cを呼んで事実確認をした。生徒B及び生徒Cは,「Xのことではない。誤解である。」旨説明した。被告Uは,誤解されるようなことをすることも問題であるとして,両名にその場でXに謝罪させた。

(イ) Xは,両名が退室した後,被告Uに対し,「生徒Bが5月上旬の英語の授業中に,他人のブレザーをまさぐっているのを見た。実際にお金を取ったかどうかははっきりしない。」旨話し,放課後にも同様の話をした。

(ウ) 被告Uは,昼休みが終わった後,被告Sに対し,教室でのトラブルとXの盗難目撃の話を報告した。被告Sと被告Uは,これをさらに被告Tに報告した。被告T,被告S,被告Uは,Xの訴えには曖昧な部分があり,思い出せない部分もあるようなので,積極的に動くのではなく,Xからの情報提供を待つことにした。

エ 盗難事件の存在

5月9日からXの目撃報告までの間に発生した盗難事件で,被告学校法人で把握していたものは5件あった。その中には,5月9日に,3年D組の教室で発生した本件盗難事件も含まれていた。本件盗難事件について5月11日に作成された生徒指導・事故等の案件に関する記録(甲24,249頁)には,生徒Aが担当教師に対し「ポケットに入れておいた財布から現金8000円がなくなっていたのに気づいた。上着を7時15分からの早朝と昼休みに教室の自分の席にかけていた。」と説明した旨記載されていた。

なお,被告らは,この生徒Aに対してXの訴えと合致するかについての事実確認をしていないが,Xが訴えていた盗難事件は本件盗難事件であると考えて,Xとの話合いを進めていた。

オ 6月26日の出来事

Xは,6月26日,被告Uに対して盗難の件はどうなっているかを尋ねた。この日のXの話は,6月14日の話と大差のないものであったが,Xは,被告Uに対して,目撃したものが何であったのか,第3学年のほかの先生達の意見も聞きたい,と伝えた。被告Uは,Xからの話を被告Sに報告した。

被告Sらは,X自身が被害者ではなく,協力者という立場であることを考慮して,慎重に対応するとの方針を取っており,本件盗難事件の当事者と目される生徒Aや生徒Bに対して事情を聞くなどの調査は控えていた。

カ 7月1日の出来事

Xは,7月1日,4時間目の全体集会が終わって教室に戻る際,被告Uに対し,本件盗難事件の調査の進捗具合を尋ねた。2人は少し話をしたが,特段進展はなかった。被告Uは,その後,話の内容を被告Sに報告した。

被告Sは,担当する学年が同じ教師が集まる学年会のころ,被告Mを含むほかの教師と相談の上,Xが本件盗難事件のことを気にしていることを考えて,7月3日に,被告S,被告M,被告Uの3人でXと話合いをすることにした。

(3)  前日(7月3日(月))の出来事

ア 被告Mは,朝,Xに時間が取れるかを尋ねた。Xは,補習があるから無理である旨答えた。その後,被告Sの働きかけにより,被告M,Xの3人で放課後に話をすることになった。

Xはこの日,午後4時から5時半まで社会の補習があった。被告Mは,社会の補習を担当していた甲教諭に対して,補習に遅れる旨の連絡をしていた。

イ 被告S及び被告Mは,午後3時45分ころから,Xから事情を確認した。被告Uは立ち会わなかった。

被告Sは,Xに対して,本件盗難事件の目撃状況について確認した。被告Sは,6月に聞いた話では,Xは自分の隣の席の生徒Bが,そこにかけてあったブレザーをまさぐっていたと言っていたのに,その日の説明では,X自身が座っていた席にかけてあったブレザーを隣に座っていた生徒Bがまさぐっていたという説明になっていると感じた。

Xは,少し時間が経っていたせいか,思い出せないようであったので,被告Mは,思い出せたことを書き出してみたらどうかという提案をし,7月5日から定期考査が始まることもあって,その作業は,定期考査が終わってからでも良い旨伝えた。

ウ Xは,被告Sに,「この学年で盗難で退学した人がいますよね。」と質問した。被告Sは,被告Mに同意を求めて,「いないですよね。」と答え,「もしそういう噂があるとしても,いないのだから,憶測でものを言わないようにね。」と付け加えた。また,被告Sは,Xが盗難を犯した生徒の処分に関する質問をしたのに対し,学校が判断することなので,退学になる場合もあるが,一概には言えない旨の説明をしたところ,Xは落ち込んだ様子を見せた。

エ Xは,午後5時15分に社会の補習に参加した。被告Sは,午後6時過ぎころ,Xが帰宅間際に頭が痛いと言っているのを聞いた。この日の話合いは午後4時過ぎに終わったが,Xが補習に参加した午後5時15分までの約1時間,どこで何をしていたのかは不明である。被告らは,この間のXの動向について,調査を行っていない。

オ 帰宅後

Xは,午後7時半ころに帰宅したが,帰宅するなり,長いすに寝そべって,原告Zに対し,「頭が痛い,(1時間目の)体育の時間にキーパーをやっていて頭にぼんぼんボールをぶつけられた。サッカー部の奴らにやられた。」旨話した。

なお,原告らは,このころ,Xが原告Zに対して,「学校で大変なことが起こっている。盗難事件が起きている。」と話したと主張し,それに沿う原告Zの供述及び原告らの陳述書(甲51)の記載が存在する。しかし,被告Tは,7月4日に原告Zの話ぶりから,サッカーボールをぶつけられた話の記憶に比べて,盗難事件の話は少し前の会話であるというような印象を受けていたことからすると,これらの会話が真実行われたことは認められるものの,7月3日にされたとまでは認め難い。

(4)  Xの自殺(7月4日(火))

Xは,朝,普段通学に使用している革靴ではなくスニーカーを履き,通学用のバッグではなく空手教室用のバッグを持って家を出た。その後,午前11時11分ころにゲームソフトを購入し,同22分ころから午後1時21分ころまで,インターネットカフェに滞在し,午後1時29分から34分発のg駅発のh線に乗り,午後1時46分,自宅最寄りのf駅で,通過する特急iに飛び込み自殺した。

(5)  被告Mの対応

被告Mは,7月4日午前8時30分からのホームルームでXが欠席していることを確認した。被告Mは,今まで休んだことがなかったXが欠席していたので,珍しいと思った。被告Mは,Xが事前連絡なく欠席していることを被告Sに報告したところ,被告Sから,「前日頭が痛いと言っていた。連絡して下さい。」と言われた。被告Mは,この日,1時間目と2時間目の授業以外には担当授業はなかったが,特に緊急を要するとは考えず,しばらく連絡をしないままでいた。被告Mは,午後1時46分になって原告らの自宅に連絡を入れ,留守番電話に,「X君いかがでしょうか。また,お電話をいたします。」というメッセージを残した。

(6)  警察からの連絡の後の対応

被告Mは,7月4日午後3時半ころ,警察からXが自殺した旨の電話連絡を受け,その際,「いじめはあったか。」という内容の質問を受けたが,これを否定した。被告Mは,自殺の原因として考えられる出来事として,前日にXから聞いた話の内容が思い浮かんだ。そこで,被告Mは,警察に対して,前日にXからほかの教師とともに話を聞いたことがあること,ただし,その経緯は電話では差し支えるので警察に行ってから話す旨伝えた。被告U,被告Sは,職員室でそのやりとりを聞いていた。被告Sと被告Mは,被告Tに警察からの話の内容を報告した。被告S,被告U,被告Mらは,警察から事実関係について調査するようにとの指示は受けていなかったものの,盗難目撃の訴えの件や前日の面談の件などの事実関係を話す必要があると考えた。そして,被告Tらは,6月14日に,生徒Bとトラブルがあったこと,その後,生徒Bが生徒Aの財布盗難に関わっているのではないかとの申出があったこと,5月11日に違う生徒に殴られるというトラブルがあったことなどの事実関係を確認し合った。

(7)  警察でのやりとり

ア 被告T,被告S,被告Mは,午後5時30分に越谷警察署に到着した。警察からの事情聴取が終わった午後6時半ころ,原告Zと面会した。

原告Zは,なぜXが学校に登校していないことを自分に連絡しなかったのかと尋ね,被告Mは謝罪した。また,原告Zは,学校での様子を尋ね,被告Sは,「昨日(7月3日),一昨日(7月2日)から頭が痛いと言っていた。」と答えた。これについて,原告Zは,前日,Xが帰宅後に,サッカーの授業でゴールキーパーをしていたときに何度かボールが頭に当たったと話していたことを伝えた。また,原告Zは,Xは日ごろから被告Sの名前を口にしており,被告Sを信頼していたようだったとの話をした。

話の途中,原告Zは,警察から,Xの遺品であるバッグを確認してほしいと言われた。原告Zは,見せられたバッグが通学用のバッグでないことに驚いた様子を見せた。

イ その後,午後7時ころ,原告Yが合流した。原告Yは,被告Tら3人に対し,「息子は楽しく学校に通っていたのに何でこんなことになるんだ。息子が学校を休んでいるのに,なぜ,連絡が遅いんだ。連絡が入れば自殺は防げたはずだ。」などと激しく叱責し,詰め寄る場面もあった。原告Yは,Xの自殺の原因は学校にあり,原因を明らかにした上で学校が責任を取るべきであると主張した。

被告Sらは,Xがほかの生徒から悪口を言われていたこと,Xは,その直後に,その生徒が盗みをしているのを目撃したと訴えてきたこと,その後,数回にわたり本件盗難事件の事実関係についてXと話合いをし,前日もその件で話合いをしていたこと,7月9日は,朝の出欠確認でXが登校していないことを確認したが,風邪と思いすぐには家に連絡を入れなかったことなどの事実関係を説明した。

原告Yは,原告Zに対して,盗難事件について何か聞いていないかと尋ねたところ,原告Zは,「前に,Xが,何件かの盗難が学校で起きている,学校で大変なことが起こっていると話すのを聞いたことがある。」と答えた。また,原告Zは,当日,Xが普段の靴と違う靴を履いて登校した話に触れて,後でXに確認するつもりであったと述べた。

ウ その後,場所を変えて,被告Tら3人,原告ら2人の5人に加え,生徒部主任と被告Uが加わり,午後11時過ぎまで原告らと話合いを行った。被告らは,原告らに対して,警察で話した内容と同じ説明を繰り返した。原告Yは,Xの死亡は学校に責任があるとの考えから,被告らは何かを隠しているのではないかと疑い,被告らに対して激しい口調で非難し,大声で被告らを「殺す」などと言うこともあった。

(8)  その後の状況

ア 原告Yは,被告らの自宅や携帯電話に連絡するなどして,Xの死亡に関する事実関係の説明を求めたり,Xが自殺したことをほかの生徒に話さない被告らの対応を非難することがあった。被告F,被告S,被告U,被告Mは,7月12日,原告らの要望で,花を持ってf駅に赴き,特急iが通過する時間に合わせて弔意を表した。

イ 原告ら代理人事務所での協議

原告ら,被告F,被告U,被告S,被告Mは,7月13日,原告ら代理人の弁護士事務所に集まった。被告Fらは,原告ら代理人から事実確認を求められた。

原告らは,被告Mが7月4日に残したメッセージを聞かせ,被告Mに対し,「おまえにうちのは殺されたんだ。責任を取れ。」と非難した。被告Fは,原告ら代理人から,欠席確認体制について質問され,欠席した場合,家に連絡することが慣例化している旨説明し,電話連絡はもっと早い方が良かったと述べた。

また,原告Yは,被告Sに対して,7月3日にXを自殺に追い込むようなことを言ったのではないか,何か隠していないかなどと質問したが,被告Sはこれを否定した。

原告ら代理人は,被告Fに対して本件盗難事件については調査委員会を作って再調査しその詳細を報告すること,7月3日にXと話合いをした内容を詳しくまとめること,Xの死亡について終業式(7月15日)に生徒に説明する内容及び保護者に説明する文案を翌日までに見せること,などを要請した。これに対し,被告Fは,本件盗難事件の当事者である生徒個人の氏名は教えられないが,再調査その他の要望には対応する旨伝えた。

ウ K中学校での協議

(ア) 原告らは,7月14日午後1時ころ,Xの死亡を生徒らに説明する文案を調整するためにK中学校を訪れ,校長室で協議した。

原告Yは,被告Fが作成した原案に修正を加え,これを踏まえて,午後5時過ぎ,被告Fは新しい文案を作成して原告ら代理人にFAXで送付した。原告ら代理人は,午後6時ころ,上記文案をさらに修正した文案(乙1)を送信した。被告Fが作成した原案及び修正された文案は,実際に生徒らに配布された文書(甲14)に比べ,Xが登校してから死亡するに至る事実経過が詳細であり,Xの死亡に関して全面的に学校側の落ち度を認める内容になっていた。

(イ) 被告Oは,原告らと被告Fが話合いをしているころ,被告F作成の原案の内容について,カウンセラーと相談した上,もっと事実関係を簡潔にして,哀悼の意を表する内容に修正することを検討していた。

(ウ) その後,原告Yが理事長を呼ぶよう要求したことから,被告Oは,副校長のNに呼ばれて,校長室に入り話合いに加わった。被告Oは,原告ら代理人がFAXで送ってきた修正案を見て,原告らに対し,「原告らの意見は聞くが,生徒に対してどのように話をするかは教育的な判断で学校が判断して決めることである。」旨伝えた。そして,「校長がこのとおりの話をするのであれば,辞表を書いてもらうしかない。」と述べた。原告らがXの死亡に関する責任を追及すると,被告Oは,「道義的な責任はあるが,法的な責任はないと考えている。」旨回答し,被告らには法的な責任があるはずであると繰り返し主張する原告らに対し,「この件については,弁護士にも話しており,責任に関してそのように言うのであれば,裁判などの第三者の判断を仰ぐしかなない。」旨述べた。

また,被告Zから,連絡が遅かった点に関する見解を問われ,被告Oは,原告Zが,通学靴ではない靴で家を出たのを不思議に思わなかったことを引き合いに出し,「担任も,前日頭が痛いといって帰宅したので,風邪でも引いて連絡が遅くなっている程度にしか考えなかった。」旨答えた。

(エ) 結局,生徒及び保護者に対する文案の調整は折り合いがつかず,両者の話合いは決裂した。その後,被告Oは,原告らからの電話に対し,「これらからは弁護士を通して下さい。前日に被告Fが約束した事実関係に関する調査については拒否します。」と回答した。

エ その後,原告ら代理人は,被告Fが7月13日に約束した事実関係の調査の履行を求めたり,話合いの機会を設けるように求めたが,被告らとの間で協議の場が設けられることはなかった。

(9)  Xの死亡に関する調査状況

Xの死後,被告学校法人としては慎重に対応するとの方針が出て,被告Sら現場の教師もそれに従って動くことになった。教師達は,自分の把握している情報をまとめて理事らに報告することはしたが,Xの同級生に対してXの生前の様子を聞いたり,Xが目撃したとされる本件盗難事件の当事者に対する事情聴取などの調査は一切行わなかった。。

(10)  欠席連絡の体制の変更

K中学校では,Xの自殺後,7月18日以降の夏期講習の出欠確認について,講習中の出欠確認を確実にし,事前連絡のない生徒には家庭への連絡を徹底することになった。具体的には,学年毎にホワイトボードに欠席者を事前連絡のある生徒とない生徒に分けて記載し,後者については午前10時30分までに連絡がない場合には,家庭に連絡を入れ,午後以降も連絡を取り続けるという取扱いに変えた。このような欠席確認体制は現在でも行われている。

(11)  1つ上の学年での盗難事件に関する事情

Xが自殺する前の年に,1つ上の学年で盗難事件があり,主犯格の3人の処分について,退学の是非が議論され,被告Sは,退学処分には反対という立場であった。この3人は,年度替わりの平成18年3月まで在校して自主退学した。一方,この事件の被害者は,その間,被害を教師に訴えたとして加害者側からのいじめに遭い,転校した。

2  争点1(欠席確認義務違反)について

(1)  親権者等に対する欠席確認義務違反について

ア 親権者等に対する欠席確認義務について

親権者等は,生徒がいったん登校のために自宅を出発すれば,学校に到着し授業を受けており,終業時刻まで学校に滞在していると考えるものであるから,親権者等は,生徒の登校の有無について,生徒に確認する動機を持たないのが通常である。このような場合,親権者等は学校からの欠席確認によって,生徒が登校していない事実を早期に認識し,生徒に連絡を入れるなどの必要な措置を講じることが可能となるから,結果として危険の防止に資することもある。学校による欠席確認が一般に行われる場合が多いことからすると,親権者がこのような欠席確認の機能に対して期待を抱くこともありえる。

一方,学校及び学校の教師は,学校の教育活動によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき注意義務を負っているものであるが,この注意義務は,生徒に対する危険発生が具体的に予見可能であることが前提となるものであるし,発生するおそれのある危険が教育活動と関連性のない場合には,注意義務が当然に発生するものではない。

本件のように,生徒が連絡なく欠席している場合,学校の教師が予見し得る生徒への危険発生の可能性はいまだ抽象的なものに過ぎず,ほかに欠席の理由として想定される複数の可能性を捨象して,危険発生を具体的に予見することは困難である。

加えて,学校による欠席確認は,怠学や不登校等に対する教育的な配慮も含むのであって,必ずしも生徒に対する安全確認を図る目的によるわけでないから,親権者等が欠席確認を受けることによって,結果として生徒の生命・身体に対する危険を防止できることが期待できるとしても,通常,これらの期待は事実上のものにとどまるというべきである。

したがって,学校及び学校の教師には,生徒が欠席した場合,生徒の身に危険が発生するような事態を具体的に予見することが可能である場合を除き,法的義務としての欠席確認義務を認めることはできないというべきである。

イ 欠席確認義務の有無

そこで,本件において,被告Mないし被告学校法人において,Xの身に何らかの危険が発生するおそれがあることを具体的に予見することが可能であったか否かについて検討する。

(ア) 上記認定事実によれば,Xは,6月13日と14日に生徒B及び生徒Cから容貌をからかわれる嫌がらせを受けたこと,Xは,被告Uに対して,生徒B及び生徒Cから嫌がらせを受けている旨訴え,その直後,生徒Bの盗難現場を目撃したと打ち明けたこと,Xは,被告Uや被告Sに対して,その後本件盗難事件の解明を求めていたこと,自殺前日の7月3日,Xは,被告M,被告Sと,それまでの事実経緯を踏まえて本件盗難事件に関して話合いをした上,本件盗難事件の犯人の処分について退学の可能性を尋ねたところ,これを否定されて気落ちした様子を見せていたことが認められる。

しかしながら,当時,Xは,担任教師である被告Mとの2者面談において,勉強の悩みを話すことはあっても,深刻なものと考えている様子は窺えなかったこと,6月14日以降,信頼していた被告Sに対しても,生徒Bとのトラブルについては口にしなくなっていたこと,7月3日に被告Sに対して頭が痛いと話していたものの,それ以外の心身の不調を訴えた形跡はなかったことが認められる。また,Xが,当時,学校生活上の問題や家庭生活上の悩みを誰かに打ち明けていたことを認めるに足る証拠はなく,原告らにとっても,自殺当日までのXの様子からXの自殺を予見することは困難であったといわざるを得ない。まして,上記のような事情に照らすと,被告Mらが,Xの自殺を予見することはおよそ不可能であったというべきである。

(イ) この点,原告らは,被告らが主張する7月3日の事実経過について,不自然であり,少なくとも空白の1時間の間に,被告らのみが知っている,Xを自殺に追い込むのに十分な出来事があったのではないかと主張し,Xの自殺に被告Sのヒステリックな指導が関連しているかのようなことを記載したマスコミ宛ての匿名のメール(甲44)を証拠として提出する。

しかし,上記1時間の間にXを自殺に追い込む何らかの事情が存在したことを窺わせるに足る証拠は存在しない。

(ウ) ほかにXの通学路が危険地域であるなどの事情も認められないことからすれば,被告Mにおいて,Xが連絡もなく欠席していることの原因として,いくつかの可能性の中から,ことさらXの身に危険が及んでいる可能性が高いと考えることは困難であったというべきである。そうすると,被告Mにおいて,Xの身に危険が発生することを具体的に予見することが可能であったとはいえないから,被告Mに欠席確認義務を認めることはできない。それゆえ,被告学校法人に欠席確認義務を認める理由はなく,被告Fの監督者としての責任も認められない。

(2)  生徒に対する欠席確認義務違反について

学校及び学校の教師が,生徒に対して欠席確認義務を負うか否かは,親権者等に対する欠席確認義務の場合とは別の観点からの検討が必要である。すなわち,登校時間前に発生した事故についてはともかく,少なくとも,本件のように登校時間後に発生した事故であれば,通常は,その生徒の自らの意思によって定時に登校しなかったのであるから,生徒は,学校からの欠席確認に基づいて親権者等に何らかの措置を執ってもらうことを期待する立場にはないといわざるを得ない。

なお,登校しないこと自体は一応自己の意思に基づくものであるとしても,正常な判断能力を欠いていたなどの事情により,学校や保護者による保護の必要性が強く要請される場合も考えられるが,本件ではそのような事情を証拠上認めることはできない。

したがって,いずれにせよ,Xに対する欠席確認義務は認められず,原告らの主張は認められない。

3  争点2(全容解明義務違反)について

原告らは,被告らは,Xに対して,Xが目撃したという本件盗難事件について十分に調査する義務があったと主張する。

しかし,Xは本件盗難事件の被害者ではないから,この事件の全容が解明されないことによって侵害されるXの利益は極めて間接的であり,不法行為法上の法的保護に値する利益とはいえないし,在学契約上の作為義務を基礎付けるものとはいえない。したがって,被告らに,Xに対する全容解明義務があったと認めることはできない。

仮に,Xが,本件盗難事件を目撃したがために,陰で生徒Bや生徒Cから報復的に嫌がらせを受けており,本件盗難事件の解明を求めた真意には,このような嫌がらせを中止させるという期待があったとしても,この期待の侵害を理由として不法行為や債務不履行に基づく請求が認められるには,少なくとも,被告らにおいて,その時点で,Xが生徒Bや生徒Cから継続的な嫌がらせを受けているのではないかと疑うに足りる十分な根拠が必要というべきである。しかし,本件においては,これを認めるに足りる証拠はなく,いずれにしても,原告らの主張は認められない。

4  争点3(調査報告義務違反)について

(1)  被告学校法人の調査報告義務について

自殺した生徒の親権者等が,その原因を知りたいと思うのは至極当然の思いである。生徒は,その生活の大部分を学校で過ごすのであるから,生徒の親権者等が,その自殺の原因が学校生活に関わるものではないかと考えるのは常識的な感覚であると思われる。しかし,親権者等が自ら子供の学校生活に関わる問題を調査することには自ずから限界があるといわざるを得ない。

これに対して,学校は,生徒が学校生活に関連する出来事を原因として自殺した可能性があると思料される場合には,その原因を探求し得る立場にあり,それが親権者等に比べてはるかに容易であることは明らかである。また,学校が事前に生徒の自殺を具体的に予見できなかったとしても,事後的に過去の事実を調査検討し,自殺の原因を探求することは比較的容易な立場にある。してみれば,学校は,在学契約に基づく付随的義務として,信義則上,親権者等に対し,生徒の自殺が学校生活に起因するのかどうかを解明可能な程度に適時に事実関係の調査をし,それを報告する義務を負うというべきである。

ただし,これらの調査報告は学校が優先的に行うべき事柄であるとしても,学校は,捜査機関ではなく教育機関であり,人的物的体制にかんがみてもその調査報告には自ずから限界があること,学校が抱える生徒は当該自殺した生徒1人だけではなく,ほかの生徒の心情やプライバシーを配慮する必要性もあること,調査を尽くしても必ずしも真実を得られるとは限らないことなどからすると,調査により得られた結果のみをとらえて,調査報告義務違反ということはできないのは当然であるし,保護者の希望に沿うような進展を見せなかったという一事をもって,調査報告義務違反ということもできないというべきである。

(2)  被告学校法人の調査報告義務違反の有無

ア そこで,上記認定事実を前提に調査報告義務違反の有無について検討するに,被告らは,Xと生徒Bとの間にトラブルがあったことを認識しており,生徒BはXが窃盗事件の犯人として告発した人物であること,Xが生徒Bの退学の可能性を口にしていたことなどからすれば,XがBに対して,極めて消極的な感情をもっていたのではないかと推測することは容易であったと思われる。そして,被告らは,7月4日に警察署において,原告Zから,Xが自殺前日,サッカーの授業中にサッカー部員にボールを頭にぶつけられたと話していたことを聞いていたのであるから,Xが他生徒との間に何らかのトラブルを抱えたままでいた可能性に思いを巡らすことはできたはずである。その結果,Xに対するいじめが存在していたとすれば,それを苦にしてXから自殺したとも考えられるのであるから,そのような調査をせずに,Xの自殺の動機が学校生活とは無関係であるとして格別の調査をしなかった学校の判断は,拙速に過ぎるといわざるを得ない。

イ そうすると,少なくとも被告学校法人は,Xの自殺に関して,ほかの生徒に情報提供を呼びかけ,Xの日ごろの生活の様子等,Xの自殺に結びつく可能性のある事情を調査し,探求する努力をする義務があったというべきである。

この点,事情聴取の対象が,まだ中学生という多感な年代の若者であることからすると,確たる証拠もないままむやみに特定の生徒からのみ事情聴取をしたり,自殺の責任を問うような形での調査を方法は避けるべきであり,事情聴取の内容や時期を含め,生徒の心情,精神面に配慮した慎重な調査が行われるべきことは一面もっともなことであるとしても,これらの事情をもって生徒に対する調査を一切行わないことまでを正当化することはできない。

ウ ところで,被告Fが作成した平成18年7月5日付け埼玉県総務部学事課長宛ての報告書(甲5)や,被告Fが原告ら代理人事務所において説明した内容が記載されているメモ(甲26,301p)には,学校が生徒Aへの事情聴取が行ったかのような内容の記載があり,被告Fも,当裁判所で,「被告Sからそのような事情聴取を行った旨の報告を受けた。」旨の供述をする。しかしながら,被告Sは,生徒Aへの事情聴取はしていない旨明言していることからすれば,被告学校法人が行った調査の内容は,被告Sが生徒指導・事故等の案件に関する記録(甲24,249p)を確認し,その内容を被告Fに報告したにとどまると考えるのが自然である。

エ なお,被告らは,本件盗難事件に関連する被告SらとXとの話合いの内容について,調査した上で原告らにすべて報告しており,調査報告義務違反はない旨主張する。確かに,被告らは,Xの自殺直後,警察署に向かう準備として,6月14日に,Xと生徒Bとトラブルがあったこと,その後,Xが被告Uに対して,生徒Bが生徒Aの財布の盗難に関わっているのではないかとの話をしたこと,5月11日に違う生徒に殴られるというトラブルがあったことなどの事実関係をまとめ,警察署内で原告らにその内容を説明したこと,その後も,被告らは,原告らに対して,埼玉県への報告文書や生徒や保護者に説明する文章などを見せていること,証拠保全手続においても文書の提示には概ね協力的であったことが認められる。

しかしながら,被告らが提出した文書等の内容を見れば,被告らが行ったことは,被告学校法人の教師からの事情聴取や各教師が体験した事実関係の報告にとどまり,生徒に対する事情聴取が行われていないことは明らかである。このことは被告S,被告Uも当裁判所において認めるところである。

本件において,被告学校法人に課せられているのは,生徒の自殺が学校生活に起因する原因があったのかどうかの判断に資する調査報告義務である。被告学校法人は,生徒Aや生徒Bを含む生徒からの情報収集を全く行わないまま,学校生活上に何らの原因もないと判断したというのであって,学校に課された重要な責任を認識していなかったか,あるいは軽視していたといわざるを得ない。したがって,被告学校法人には,この点に関する調査報告義務違反があったといわざるを得ない。

オ そうすると,被告学校法人は,在学契約の当事者として,調査報告義務違反による債務不履行によって生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

(3)  被告学校法人の教師らの調査報告義務違反について

原告らは,被告F,被告S,被告M,被告Uについても,在学契約の履行補助者として,あるいは不法行為者として,あるいは本件契約の当事者として,それぞれ調査報告義務があると主張する。

しかしながら,一般的には個々の教師にも調査報告義務を認める余地があるとしても,本件においては,生徒に対しては調査をする必要がないとの被告学校法人の方針に逆らってまで,個々の教師において独自に調査報告をすべき法的義務があるとは認められず,各教師の不作為に違法性を認めることはできない。したがって,被告F,被告S,被告M,被告Uに対する調査報告義務違反の主張は認められない。

(4)  損害額

なるほど,Xの自殺の原因を知りたいという原告らの思いは理解できるものであり,被告学校法人の義務違反行為は,息子の自殺による原告らの精神的苦痛を増大させる結果につながったものであるといえるが,本件において被告学校法人が負う調査報告義務自体,その内容や実効性が相当程度限局されたものであり,調査義務を尽くしても原告らが望むような原因究明結果が得られた可能性はかなり低いと考えられること,被告学校法人が,Xの自殺について学校に責任はないとの立場から,積極的に調査報告を実施しなかった背景には,Xの自殺に関して,異論の余地を認めず一方的かつ強硬に被告学校法人らの責任を追及するという原告らの態度が影響を与えたと考えられることなどの事情を考慮すると,被告学校法人の調査報告義務違反による原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額は,原告らそれぞれにつき10万円と認めるのが相当である。

5  争点4(不誠実な発言)について

(1)  被告Tの発言

原告らは,被告Tが,7月4日,越谷警察署において,原告らに対して,Xが本件盗難事件を目撃したとの訴えは勘違いである可能性があるとの趣旨の発言をしたと主張するが,証拠上判然としない。

仮にこの発言があったとすれば,本件盗難事件に関する調査が不十分であったことに関する責任追及を避けるために発せられたものと考えられるところ,我が子を失って間もない両親に対してかける言葉としてはやや不適切であることは否めないものの,Xの死亡の原因はすべて被告らにあるとの認識から,被告Sや被告Mらを激しく非難し叱責を続ける原告らに対して,教頭として教師をかばおうとする気持ちから発せられた発言であるとも考えられ,不法行為が成立するといえるだけの違法性を認めることはできない。

よって,原告らのこの点の主張は認められない。

(2)  被告Oの発言

被告Oが,原告らが主張するような趣旨の発言をしたこと自体には争いがない。しかし,これらの発言がされた経緯については,上記1(8)エのとおりであり,被告Oが突然出て行って暴言を吐いたというような場面ではない。被告Oは,被告学校法人の代表者として,それまでの被告Fらが原告らからの叱責を受け止め,原告らの要求を受け入れていたという状況から一転して,法的責任に関する被告学校法人の立場を明言したものというべきである。両者の法的責任に関する見解が真っ向から対立し,関係が相当険悪なものになっていたことが窺われることからすると,被告Oの表現が原告らの感情を害するものであったとしても,不法行為と評価し得るほどの違法性があるものと認めることはできない。

よって,原告らのこの点の主張も認めることはできない。

6  争点5(損害額)

既に述べたとおり,調査報告義務違反の債務不履行による慰謝料として,原告らそれぞれに対して10万円が相当である。そして,弁護士費用については,上記金額の1割相当額を調査報告義務違反との間に相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。

したがって,原告らは,調査報告義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求として,被告学校法人に対し,22万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成18年12月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第4結論

以上によれば,原告らの請求は,主文第1項掲記の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤壽邦 裁判官 河本晶子 裁判官 多々良周作)

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