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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)2633号 判決 2008年9月19日

主文

1  被告は,原告Aに対し,1481万3219円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,1399万3219円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5  この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,3796万6878円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,3436万7009円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原告らの子である亡C(平成9年4月27日生まれの当時小学校2年生。以下「C」という。)は,平成17年4月5日,被告が設置・管理する埼玉県越谷市ab丁目c番地所在のd公園(愛称:e池公園)(以下「本件公園」という。)内の噴水施設(以下「本件噴水施設」という。)で遊んでいる際に本件噴水施設内において転落して死亡した(以下「本件事故」という。)。

本件は,本件事故について被告の本件噴水施設の設置又は管理に瑕疵があるとして,国家賠償法2条1項に基づき,Cの相続人である原告らが被告に対し,損害賠償及びこれに対する不法行為の日である平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告A(以下「原告A」という。)はCの父,原告B(以下「原告B」という。)はCの母である。

イ C(平成9年4月27日生まれ)は本件事故当時7歳であり,本件事故による脳挫傷により平成17年4月7日午後10時20分に死亡した。Cの法定相続人は原告らであり,法定相続分はそれぞれ2分の1である。

ウ 被告は,本件事故当時,本件公園及び本件噴水施設を設置・管理していた。

(2)  本件公園及び本件噴水施設の状況

ア 本件噴水施設の南西側には,別紙図面1①ないし⑩記載のとおり,大小様々な10個の直方体状又は直方体を組み合わせた形状の物体(以下「オブジェ」という。)がある(以下,別紙図面1の番号記載の各オブジェを,それぞれ「オブジェ①」ないし「オブジェ⑩」といい,総称して「本件各オブジェ」という。)。本件各オブジェの幅,高さは,別紙図面1記載のとおりである(単位はミリメートル)。

イ 本件噴水施設は,児童が遊ぶ目的で設けられた本件公園内に設置されている。夏場は,本件噴水施設内のオブジェから水が流れ出し,本件噴水施設に隣接した広場に水が張られた状態となっていた。それ以外の時期は,オブジェからの給水は停止され,地面は剥き出しになっていた。本件事故当時もオブジェからの給水は停止され,地面が剥き出しになっていた。

ウ 本件事故当時,本件噴水施設を囲うフェンス等は存在せず,近くに立ち寄り,オブジェに昇降が可能な状態であった。

エ 本件事故当時,本件噴水施設付近の木には,別紙図面2のとおり,本件各オブジェについて注意書きをした看板が3つ設置されていた。

(3)  Cは,約170センチメートルの高さのあるオブジェ⑧から転落し,頭を打ち,脳挫傷により平成17年4月7日午後10時20分に死亡した。

(4)  本件事故後,被告は,本件噴水施設を高さ約1メートル50センチほどのフェンス(以下「本件フェンス」という。)で囲い,本件フェンスの複数箇所にフェンス内への立ち入り禁止を呼びかける看板を設置した。

2  争点

(1)  本件噴水施設に設置又は管理の瑕疵があるか。(争点(1))

(原告ら)

ア Cは,本件事故当時小学校5年生であったD(以下「D」という。)とともに本件噴水施設へ行き,オブジェ⑦と同程度の高さのあるオブジェに座ったDに続いて,オブジェ④からオブジェ⑤を経由してオブジェ⑦へ登り,オブジェ⑧へ座った。D及びCはしばらく話した後,まずDが飛び降り,続いてCが飛び降りようとしたが,Cの背後のe池(徒渉池)方面から地面を走ってきた小学生の顔面にCの足が接触し,バランスを崩して転落し,頭を強打した。

イ 本件噴水施設の構造は,次のように,児童がオブジェに上がって遊び,転落して生命・身体への重大な侵害を被る危険性を内包しているから,本件噴水施設には設置・管理の瑕疵がある。

(ア) 本件噴水施設は,児童らの遊び場であり自由に出入りできる本件公園内に設置されている。

(イ) 本件噴水施設には,高さ約80センチメートルのオブジェ④,それに隣接した高さ約1メートル40センチメートルのオブジェ⑤,その付近の高さ約1メートル70センチメートルのオブジェ⑧などがあり,小学校低学年の児童でも容易にオブジェ④に登り,そこからオブジェ⑤に登り,オブジェ⑧に飛び移ることが可能であった。

(ウ) 地面はコンクリートで覆われていた。

(エ) 本件事故以前にも,本件噴水施設で子供が怪我をする事故が複数件起きていた。さらにオブジェ⑧から転落したCが死亡したことから,本件噴水施設が危険性を有していることは明らかである。

ウ 本件噴水施設には児童がオブジェに上がって遊ぶ危険性があったのであるから,被告は,オブジェを一定程度の高さのフェンスで囲い,児童の目に付くところに注意を呼びかける看板を設置するなどして児童がオブジェに上がることを防止したり,オブジェから転落したときの衝撃を和らげるために地面にクッションを設置したりすべきであったが,被告はこれらの措置を講じなかったのであるから,管理の瑕疵がある。本件事故後本件フェンスを設置し,掲示がなされてからは事故が発生していないことを見ても,管理の瑕疵があったことは明らかである。

エ 予見可能性について

(ア) 本件事故前から,オブジェに登って遊ぶ子供が後を絶たず,多い日は10名以上の児童が遊んでいた。被告は,市民からの苦情や怪我をした児童の報告を受けて,児童がオブジェで遊んでいることを知っていた。

(イ) 消防署には,本件事故前に高さ1.8メートルのオブジェから子供が転落した事故があったという記録があったのであるから,被告はオブジェからの転落事故を容易に把握できた。

(被告)

ア もともと本件噴水施設は,e池へ水を供給し,給水し,循環するための装置であるとともに,独立した一つの芸術品として設置したものであり,岩上で子供達が登ったり遊んだりすることは予定していなかった。したがって,設置の瑕疵はない。

イ ところが,子供達がオブジェの近くで遊んだり,これに登ったりする状況が見られるようになったため,被告は「滝の石には,登らないようにしましょう」と振り仮名付で表示したり立て看板を立て,同様の看板を木にかけるなどして,子供達に注意を呼びかけていた。また,被告と管理を委託していた造園業者との連名で,気づいた点があれば連絡して欲しいと連絡先の電話番号を表示し,情報収集に努めていた。事故防止のために掲示を行っていたから,管理の瑕疵はない。

ウ 被告はオブジェに登ることのないよう警告していたのであるから,大人に連れられた子供が大人自身の認識のもとにオブジェに登り,周囲の状況を十分確認しないまま飛び降りて他の子供と衝突し,頭を強打するような事故が発生することなど全く予測できないことであり,予見可能性がなかった。本件以前に被告が認識していた安全面の苦情の中に,本件事故のように重大な結果が生じたものはなかったから,看板をもって安全性の確保はできていると認識していた。

(2)  過失相殺(争点(2))

(被告)

ア 本件各オブジェは遊具ではなく,特にCが落下したオブジェは高さが約1メートル80センチメートル近くあるのであり,登ったり飛び降りたりすると怪我をする可能性があることは外観上明らかである。また,被告はオブジェに登ることがないよう看板を持って警告し,さらに子供にもわかりやすいようひらがなを振っていた。加えてCは,母親である原告Bから,本件噴水施設に登るのは危険であり,登ってはいけない旨の注意を受けていた。Cは,危険性を認識しながらあえて危険を冒し,本件事故を起こしたのだから,過失は大きい。

イ 本件事故は,Cがオブジェ⑧から飛び降りる際,足が小学生の顔面に当たってバランスを崩したために起きた。オブジェ⑧から飛び降りるという危険な行為をするのであるから,周囲に人がいないか,人と接触することはないかなど,十分に確認し注意すべきであったが,Cはそれを怠った過失がある。

ウ 原告Bは,本件各オブジェに登ったり飛び降りたりする行為が危険であることを認識していた。Cは7歳という好奇心・冒険心が旺盛な年頃であり,また,同年代の友人も一緒にいたから,口頭で注意をしたとしても,目を離すと本件各オブジェに登ったり飛び降りたりすることは容易に想像できた。そうであれば,原告Bは,Cの行動を逐一目で追い,Cが本件噴水施設の付近に近づかないよう監督すべき義務を負っていたといえるが,それを怠った過失がある。被害者側の過失として考慮すべきである。

エ これらの過失を斟酌して大幅に過失相殺をすべきである。

(原告ら)

ア 離れた目立たない場所に小さな字で注意喚起をしたからといって,好奇心ある子供の行為を抑制することは困難であり,原告に過失があるとはいえない。

イ 本来的に公園に危険な施設が存在すべきではないから,保護者に過失があるとはいえない。

ウ 被害者側に何らかの過失があるとしても,被告の過失は重大であるから,過失相殺をしないか,過失相殺するとしても僅かとすべきである。

(3)  損害論(争点(3))

(原告ら)

原告Aにつき,3796万6878円,原告Bにつき,3436万7009円。

ア Cには次のとおり5233万4019円の損害が発生した。原告らは,法定相続分に従いその2分の1である2616万7009円ずつ相続した。

(ア) 逸失利益  3026万6379円

(計算式)542万7000円(基礎収入)×(1-0.5)(生活費控除)×11.154(18歳から67歳までのライプニッツ係数)

(イ) 慰謝料  2200万円

(ウ) 治療費  6万7640円

イ 原告ら固有の慰謝料  各500万円

ウ 原告Aの葬儀関係費用  192万5869円

エ 原告Aの墓石・仏壇費用  137万4000円

オ 原告Aの弁護士費用  350万円

カ 原告Bの弁護士費用  320万円

(被告)

争う。Cは,本件事故当時7歳であったから,ライプニッツ係数は10.6229とすべきである。葬儀関係費用のうち,返礼品代は損害と認められない。墓石・仏壇費用は損害と認められない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件公園の概要(甲2,乙1の1及び2,3,証人E(以下「E」という。),弁論の全趣旨)

ア 本件公園は,昭和45年から昭和56年に亘り施行されたa土地区画整理事業地内に位置しており,当初は2.8ヘクタールの面積で整備され,昭和59年1月から供用開始された。住宅都市整備公団が中・高層住宅を建築し,計画人口が増大したことにより,公園面積の不足が顕著となったため,既存公園の拡張を目的に被告及び国が隣接する土地を都市整備公団から取得・整備し,昭和62年3月に総面積3.9ヘクタールの公園として新たに供用開始した。拡張部の整備計画としては,被告独自の特色あるシンボリックな要素を持つ公園として整備することが定められた。

イ 本件公園は,南側に水辺空間を中心とした静的空間があり,北側に芝生広場を中心とした動的空間がある。水辺空間には,その北側に本件噴水施設があり,南側にe池と呼ばれる徒渉池がある。本件噴水施設は,水辺空間への水の供給と,本件公園のシンボルとしての役割がある。水辺空間と芝生広場は直線上に配置されているが,本件噴水施設や水辺空間と芝生広場の間に設けられた日よけ付のベンチが障害物となり死角がある。本件事故以前,6月から9月の夏場には,本件噴水施設のオブジェから滝のように水を流れ出させ,循環させて,徒渉池及び本件噴水施設に水を張った状態になるが,それ以外の時期は,水の循環を停止し,水も抜いていた。徒渉池内の本件噴水施設との境目付近には,夏場にも水に触れずに渡れるように足場が配置されている。徒渉池では,利用者が直接水の中に入って遊ぶことも予定していたが,オブジェに登ることは想定していなかった。徒渉池と本件噴水施設との境目には,10センチメートルほどの段差があり,本件噴水施設側が多少低くなっているが,本件事故以前,1年を通じて仕切りのようなものは設置されていなかった。本件噴水施設の徒渉池側以外の3方は,1メートル程度の高さの囲いにより囲われており,そこには階段等の本件噴水施設内へ立ち入る設備は備わっていない。本件噴水施設の地面は,水を保つ目的もあるため,コンクリートで出来ており,1年を通じて変化はなかった。

ウ その他,水辺空間の配置は,別紙図面2のとおりである。そのうち,本件事故の起きた本件噴水施設南西部分オブジェの位置関係及び高さは,別紙図面1のとおりである。オブジェの内で最も高い約3.8メートルあるオブジェ⑩の南西側の側面の上端付近には,白色での落書きがされている。

エ 本件公園内の水辺空間の東側と西側に一つずつ,別紙図面3の⑮と⑯の位置に,「公園(こうえん)を利用(りよう)するみなさまへ」と題して,「滝(たき)の石には,のぼらないようにしましょう。」とオブジェに登ることを明示して注意書きしている看板が本件公園開設当初から設置されている。別紙図面2の3か所の○印のところには,「e池(いけ)の岩山(いわやま)は危険(きけん)ですので絶対(ぜったい)に登(のぼ)らないで下(くだ)さい。」と注意した看板が木に設置されている。注意事項を看板に書いて設置する程度のことであれば,費用がほとんどかからないため,被告の職員が独自の判断で行うことが出来た。木に設置された看板は,平成16年に被告の職員が本件公園を見回っているとき,本件噴水施設に登っている子供を見て,改めて設置した。

(2)  本件公園の管理状況等(甲8の1及び2,9,乙1の2,乙3,証人E,調査嘱託の結果)

ア 徒渉池の清掃業務は,造園業者に委託していたが,本件公園の管理は被告の公園緑地課が行っていた。徒渉池付近の木には,当該造園業者及び被告の公園緑地課の連名で,各電話番号を記載し,何か気づいたことがあれば連絡するように知らせる看板が設置されていた。

イ 被告の公園緑地課では,年に4回本件公園を定期点検し,遊具,ベンチ等の点検,立木の剪定,芝刈り,草刈り等を行っている。その他,随時,他の公園を見回ったときに点検を行うこともある。また,6月から9月の水辺空間に水を張っている時期は,水質のチェックや清掃等の管理を行っている。

本件公園には警備員等が常駐はしていない。点検に際しては,全国的な基準や,被告独自の基準で作成したマニュアルに沿って項目をチェックして行っている。

ウ 国土交通省は,平成14年3月に都市公園における遊具の安全確保に関する指針(以下「本件指針」という。)を出している。本件指針では,子供が危険性を内在する遊びに惹かれること,子供は予期せぬ遊びをすること等が書かれている。Eは本件指針を読んだことがあり,また,被告の公園緑地課の職員も本件指針について指導を受けていた。

エ 消防が把握している本件噴水施設での事故として,平成16年7月14日に3歳の男児が水遊び中滑って転倒し後頭部を負傷し,頭部裂傷・軽症というもの,平成16年7月20日に8歳の男児が水遊びをしていて高さ1.8メートルのところで足を滑らして転落,負傷し,頭部打撲・外傷・軽症というもの,平成16年11月7日に7歳の男児が高さ1.8メートルくらいから飛び降り右膝を負傷,母親が拒否したため搬送はせずというものなどがある。

オ 平成14年度,平成15年度には,公園緑地課の課長に対する本件噴水施設に関する事故の報告はなかった。平成16年度は,課長のEに対し,被告が管理している他の公園の徒渉池でガラスの破片で足を切創する事故があったことの報告があり,本件公園にも危険物に注意するよう看板を設置した。上記消防が把握した本件噴水施設での事故のうち,平成16年7月14日のものと同月20日のものは消防から被告の職員に対し報告があったが,怪我の程度が軽かったため課長への報告はなかった。

カ 本件事故後,被告は本件噴水施設をフェンスで囲い,近づけないようにした。その後,本件噴水施設で事故は起こっていない。

(3)  本件事故当日のCらの行動等(甲3,7の1及び2,11,調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)

ア 原告ら及びCはさいたま市f区に住んでいたが,平成13年に,原告Bとその高校時代の友人らで,それぞれが住む岩槻,越谷,草加から集まりやすい場所にある越谷市aの本件公園へ花見に集まったことがあったため,平成17年4月5日に本件公園へ行った。当日は,原告B,C,その兄のFの3人の他,原告Bの高校時代の友人4人とその子供8人が集まった。

イ 原告Bら全員は,本件公園において,本件噴水施設から数百メートル離れた芝生広場の北西側の芝生のところで桜の木の下にゴザを敷き,昼食を取り,午後も芝生でサッカーや縄跳びをして遊んでいた。午前中には,当時小学5年生のDが本件噴水施設に登って飛び降りる等して遊んでおり,他にも本件噴水施設内部で走り回ったり,飛び降りたり,オブジェ⑩まで登ったりしている子供がいたが,Cは本件噴水施設で遊ばなかった。また,原告Bは,Cに対し,本件噴水施設は危険なので近づかないように注意していた。その後,原告Bが帰り支度を始めたときに,DとCはキャッチボールをしていたが,DがCに対し,最後だから岩に遊びに行こうと声をかけ,本件噴水施設へ行った。Dは,オブジェ⑦と同程度の高さにある本件噴水施設のうち南東側にあるオブジェに登り,腰掛けた。それに続き,Cはオブジェ④からオブジェ⑤を経由してオブジェ⑦へ登り,オブジェ⑧へDと向かい合って腰掛けた。DとCはしばらく会話した後,DがCに対し飛び降りるか尋ねると,Cは飛び降りると答えたため,まずはDがオブジェ⑦と同程度の高さのオブジェから飛び降りた。平成17年4月5日午後3時37分ころ,引き続きCが飛び降りようとしたとき,Cの背後となる徒渉池の方から大きな子供が走ってきて,Cの足と当該子供の顔面が接触し,Cはバランスを崩して頭を地面に強打し,平成17年4月7日午後10時20分,Cは脳挫傷により死亡した。

ウ 本件事故は,原告BがCから目を離して10分に満たない程度の内に発生した。

2  検討

認定事実を踏まえ,争点について以下検討する。

(1)  争点(1)(本件噴水施設に設置又は管理の瑕疵があるか。)について

ア 営造物の瑕疵とは,通常有すべき安全性を欠いていることをいい,設置又は管理の瑕疵の有無については,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである(最三小判昭和53年7月4日)。そこで,本件噴水施設が遊具に当たるか検討しつつ,設置又は管理の瑕疵の有無を検討する。

イ 確かに,E証言や本件公園開設当初からのオブジェに登ることを禁止する看板によれば,本件噴水施設は,水辺空間への水の供給施設であるとともに,本件公園のシンボルとしての役割を有していたものであり,ここに登って遊ぶことを予定していたものではなかったと認められる。そして,その後も被告の職員が本件噴水施設に登っている子供を見かけると,改めて本件噴水施設に登らないよう注意する看板を設置していることから,事実上本件噴水施設に子供が登って遊ぶという利用方法を承認したわけではないと認められる。したがって,本件噴水施設は遊具には当たらない。

しかし,本件各オブジェは上に乗ることが出来る形状であり,実際に登っている子供もいること,本件各オブジェの配置上約80センチメートルのオブジェ④,約1メートル40センチのオブジェ⑤が隣接しており,オブジェ⑤から76センチメートルほどの距離に約1メートル70センチメートルのオブジェ⑧,オブジェ⑤から56センチメートルほどの距離に約1メートル90センチメートルのオブジェ⑦があり,小さな子であってもオブジェ④やオブジェ⑤を経由してオブジェ⑦やオブジェ⑧に登ることが出来る構造となっていること,徒渉池側から本件噴水施設への立ち入りを物理的に制限するものは存在しないこと,その他の側からも立ち入りは容易であること,本件噴水施設は本件公園の中央に存在すること,本件各オブジェへ登ることを禁じる看板はあるものの本件噴水施設からは離れた場所にあり,必ずしも子供の目にとまるわけではないこと,本件各オブジェに登らないよう注意する職員が常駐しているわけではないことなどの事実を総合すると,本件噴水施設の設置当初から,子供が本件噴水施設の本件各オブジェに登り,そこから飛び降りるなどして遊ぶことは十分予見される状況であったというのが相当である。

被告は,看板を設置して本件噴水施設に登ることを禁じていたから本件事故が起きることは予見不可能であったと主張するが,看板の設置位置は本件噴水施設の近くではあるものの必ずしも全員の目にとまる場所ではないこと,文字の大きさや配色も目立つとまでは言い難いこと,そもそも一般に子供は危険であると書面や口頭で注意された程度では自己の行動を制止できないものであること,当初から本件噴水施設に登らないよう注意した看板はあったにもかかわらず子供が登っていたことを被告の職員は認識していたこと,本件噴水施設から落ちて怪我をした事故の存在を消防から報告を受けて被告の職員は認識していたこと,物理的な接近防止措置を講じていないことなどの事情を考慮すると,被告の主張は到底採用できない。

ウ 上記のとおり本件噴水施設に子供が登って遊ぶことが予見できたことに加え,本件各オブジェの中には約1メートル70センチメートルや約1メートル90センチメートル,約3メートル80センチメートル等の高さのものがあること,本件噴水施設の地面はコンクリートであること,6月から9月までは水が張られているものの徒渉池の足場に満たない程度の深さであること,実際に水が張られている状態でも平成16年7月20日には転落した男児が頭部を打撲していること,本件事故も起きていること,被告自身本件噴水施設に登ることが危険であるとして看板を設置していることなどの事実を総合すると,本件噴水施設について,設置した当初から子供が本件各オブジェに登り,そこから飛び降り,又は転落し,死傷する危険性があったといえるから,その設置には瑕疵があるというのが相当である。

エ また,本件噴水施設の供用開始後,本件各オブジェに登っている子供がいることを被告の職員が認識したり,本件噴水施設で事故が起きたことを被告の職員が認識したりしていて,本件噴水施設で事故が起きることは一層予見しうる状態であったが,本件噴水施設の役割からすれば子供が接近できる状態としておかなければならない理由は見当たらないにもかかわらず,予算の関係か,本件噴水施設への物理的な接近防止措置を講じるなどせず,新たな看板の設置という対策にとどまっていたのであるから,本件噴水施設の管理にも瑕疵があるというのが相当である。

オ なお,被告はCが飛び降りる際に小学生と接触したという事情を指摘し,本件事故が予見不可能であったことを主張するが,子供が本件噴水施設を動き回り,本件各オブジェから飛び降りる子供と接触することも十分予見可能といえるし,子供との接触という事情がなかったとしても,足を滑らせるなどして頭から転倒することもあり得,実際に平成16年7月14日や同月20日には,児童が滑って転倒して頭を怪我するという事故が起きているのであるから,かかる特殊事情は予見可能性を否定しない。

カ よって,本件噴水施設には設置及び管理に瑕疵があるというべきであるから,被告は国家賠償法2条1項に基づき,原告らに対し損害の賠償責任を負う。

(2)  争点(2)について(過失相殺)

ア 本件事故当時,Cは7歳と11か月ほどの小学2年生であり(甲1,3),事理弁識能力を備えていると認められるところ,上記認定のような本件噴水施設の構造からすれば,本件各オブジェから落下すれば死傷の危険があることは当然予見できたといえること,本件事故前,原告Bからオブジェは危険だから遊ばないよう注意を受けていること,それにもかかわらずオブジェ⑧から飛び降りていること,その際周囲を見渡し接触の危険がないか等注意をしていないと窺われることなどからすれば,C自身の過失は大きいといわざるを得ない。

イ また,原告BはCの母親であり,本件事故当時付き添っていたのであるから,原告Bの過失も被害者側の過失として考慮するのが相当である。そうすると,原告Bには,Cに対し本件噴水施設の危険性を注意したものの,Cの行動を制止するには不十分な程度であったことや,10分に満たない時間であっても,Cから目を離したことなどの過失があるというべきである。

ウ これらの被害者側の過失を考慮しつつ,既述のとおり本件噴水施設が本来的には遊具ではないものの遊具に近い利用がされており,被告が物理的にその利用状況を制限してこなかったことや,本件公園の利用に保護者の付添が要求されていないことなども考慮すると,5割の過失相殺をするのが相当である。

(3)  争点(3)について(損害論)

ア 原告Aの損害  1456万3658円

(ア) Cの損害の相続分  2444万6439円

a 治療費(争いがない。)  6万7640円

b 死亡慰謝料  2000万円

c 逸失利益  2882万5239円

=542万7000円(基礎収入。賃金センサス平成16年男性労働者学歴計全年齢平均賃金)×10.6229(ライプニッツ係数)×0.5

(生活費控除)

Cは死亡時7歳と11か月ほどであったが(甲3),もともと逸失利益については仮定的な条件の下に損害を推定しているものであるから,11か月という部分を取り上げず,7歳として計算する。

d 小計  4889万2879円

e 相続分(2分の1)  2444万6439円

(イ) 原告A固有の損害  250万円

a 葬儀関係費用(甲5の1ないし5)  150万円

返礼品代は本件事故との相当因果関係のある損害とは認めず,墓石・仏壇費用も原則として相当因果関係のある損害とは認められないが,年少者死亡事案であることに鑑み,葬儀関係費用として150万円を相当額と認める。

b 近親者慰謝料  100万円

(ウ) 小計  2694万6439円

(エ) 過失相殺(5割)  1347万3219円

(オ) 弁護士費用  134万円

(カ) 原告A計  1481万3219円

イ 原告Bの損害  1399万3219円

(ア) Cの損害の相続分(2分の1)  2444万6439円

原告Aと同じ。

(イ) 原告B固有の損害(近親者慰謝料)  100万円

(ウ) 小計  2544万6439円

(エ) 過失相殺(5割)  1272万3219円

(オ) 弁護士費用  127万円

(カ) 原告B計  1399万3219円

(4)  よって,国家賠償法2条1項に基づき,被告に対し,原告Aは1481万3219円,原告Bは1399万3219円,及びこれらに対する本件事故日である平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求権を有しており,原告らの請求はその限度で理由がある。

第4結論

以上により,原告らの請求には一部理由があるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 佐久間隆)

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