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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)366号 判決 2008年10月08日

東京都渋谷区<以下省略>

本訴原告・反訴被告

第一商品株式会社(以下「原告」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

川戸淳一郎

滝田裕

住所<省略>

本訴被告・反訴原告

Y(以下「Y」という。)

同訴訟代理人弁護士

福村武雄

同訴訟復代理人弁護士

神野直弘

主文

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  原告は,被告に対し,240万8888円及びこれに対する平成17年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告のその余の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は,本訴反訴を通じこれを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,第2項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  本訴

(1)  原告

ア 被告は,原告に対し,907万円及びこれに対する平成17年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 訴訟費用は被告の負担とする。

ウ 仮執行宣言

(2)  被告

ア 主文第1項同旨

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

2  反訴

(1)  被告

ア 原告は,被告に対し,1623万0280円及びこれに対する平成17年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

ウ 仮執行宣言

(2)  原告

ア 被告の反訴請求を棄却する。

イ 訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本訴は,被告が商品取引員である原告に委託して商品先物取引を行ったところ,被告に差損金が生じたため,原告が被告に対し,商品先物取引委託契約に基づき,差損金907万円及びこれに対する平成17年12月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

反訴は,被告が,原告による商品先物取引の勧誘や説明等に違法な点があったとして,原告に対し,不法行為(民法709条,715条)による損害賠償請求権に基づき,1623万0280円及びこれに対する本件取引の終了日である平成17年12月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

1  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員である。

イ 被告は,昭和35年○月○日生まれの男性であり,ダンプトラックの運転手として稼動している者である。

(2)  基本契約の締結

被告は,原告の従業員B(以下「B」という。)から商品先物取引を行うことの勧誘を受け,平成16年6月16日,原告との間で,東京工業品取引所の定める受託契約準則に従い,原告に委託して,商品取引所の商品市場に上場されている取引を原告に委託して行う旨の商品先物取引委託契約を締結した。

(3)  原告と被告の取引

ア 被告は,上記契約に基づき,原告に委託して,平成16年6月17日から平成17年12月16日までの間,東京工業品取引所に上場されている金,白金,ゴム,コーン等の商品の先物取引(以下「本件取引」という。)を行った。

イ 本件取引の内容及び詳細は,別紙「建玉分析表」記載のとおりである。

(4)  差損金

本件取引が終了した平成17年12月16日時点において,原告が計算した被告の帳尻差損金債務の額は,908万4280円であった。被告は,原告に対し,上記金員のうち,平成17年12月19日に4280円,同月22日に1万円をそれぞれ弁済した。(甲2,弁論の全趣旨)

2  争点

反訴の主要な争点は,

(1)  本件取引は全体として違法か(争点1),

(2)  本件取引に過失相殺の適用があるか(争点2),

(3)  被告の損害額はいくらか(争点3),

であり,本訴の主要な争点は,

(4)  原告の差損金請求は信義則に違反するか(争点4),

である。

3  双方の主張(骨子)

(1)  争点1について

ア 被告

本件取引には,以下のような違法な勧誘行為があり,全体として違法である。

(ア) 適合性原則違反

原告の従業員Bが,被告に対して行った勧誘行為は,次の点,すなわち,先物取引に関する知識も経験もなく,十分な投資資金も時間的余裕もない被告に対して本件取引を勧誘した点,そして,平成17年11月28日以降貴金属及びアルミ市場について価格の予測が極めて困難な状態にあり東工金が暴落することによって全体に大幅な価格下落が生じることが予見可能な状況にあったにもかかわらず,また,こうした価格高騰時に新規買玉を建てることはその後価格下落が生じた際に多額の追証が必要となり,多額の損失を被ったまま市場離脱せざるを得なくなる危険が極めて高いのに,同年11月28日から同年12月13日にかけて,大量の新規買玉を建てるよう勧誘を行った点において,適合性原則に違反しており,違法である。

(イ) 断定的判断の提供,重要事項の不告知

Bは,被告を勧誘するに際し,「金は今買えば絶対にもうかる。」などとあたかも利益を獲得することが確実であるかのように誤解させる断定的判断の提供をした。また,Bは,平成17年11月28日以降,被告が,相場が下がるのではないかと相談を持ちかけたにもかかわらず,「まだ大丈夫,まだいけます。」「流れに乗らないと後悔しますよ。」などと言って,さら買いを勧めた。被告は,先物取引の専門家であるBが断定的判断の提供を繰り返したことから,これに反して独自の判断で売買の指示をすることが事実上不可能であった。このようなBの勧誘行為は,断定的判断の提供に当たり,違法である。

また,Bは,「金は今買えば絶対にもうかる。」などと先物取引の危険性や売買手法の利害得失について積極的に誤解を与えるような説明をし,不利な側面についてはほとんど説明をしないで取引を勧誘した。さらに,Bは,平成17年11月28日以降は,異常に上昇した相場が急落するであろうことは,先物取引を専門的に扱う先物取引員であれば容易に予測できたにもかかわらず,被告にそのリスクの説明を行わなかった。これは,重要事項の不告知に当たり,違法である。

(ウ) 一任売買

先物取引は,極めて投機性の高い取引であるから,あくまで委託者の自主的な意思決定によって行わなければならず,業者が取引継続中に各売買取引を受託するに際しては,委託者自身が商品名だけではなく,建玉の枚数や限月や約定価格や必要証拠金額などを具体的に把握して,委託者の自主的な意思決定による注文を受けなければならない。特に,取引経験の浅い委託者ほど業者の判断に頼りがちとなり,業者がこれに乗じて不合理な売買を行い,委託者に不利益を及ぼすおそれが強い。こうした一任売買は,委託者の具体的な意思に基づかない不利益な売買取引を誘発する素地を作るものであって,業者が積極的に取引の一任を勧誘することは,取引方法の違法性を推認させる重要な事情といえる。

本件において,Bは,被告が情報を収集し判断できる状況にないことを知りながら,一任売買を繰り返した。これは違法である。

(エ) 説明義務違反

本件においては,被告の自己玉が売り一辺倒であったか否かということが個々の取引を委託するか否かを判断する上で極めて重要な要素であった。このため,原告は,被告ら一般委託者に対し,あらかじめ自己玉についてそのような取引をする方針であることを被告に明確に説明すべき義務を負っていた。しかるに,原告は,そのような義務を履行しなかった。したがって,Bが,金の値段が上昇する旨の見解を述べながら,原告が莫大な売玉を保有し,自己買玉をほとんど保有していないという事実を告げなかったことは,説明義務違反に当たる。

(オ) 個別の勧誘の違法性

本件取引において,Bは,利乗せを勧誘する行為を行っている。これは,手数料稼ぎの目的のためにされた不合理なものであり,取引において不測の損害が生じることのないようこれを防止し,適切な投資判断を行うよう保護・育成すべき注意義務に違反する。

イ 原告

争う。

原告の受託業務管理規則第7条は,「不適格者の参入防止」として,取引勧誘及び受託の対象とならない「不適格者」を列挙している。被告は,いずれの規定を精査しても,この不適格者には該当しない。また,被告は,勤務時間中も携帯電話でBと連絡することが可能であった。したがって,被告は,本件取引の不適格者ではなかった。

(2)  争点2について

ア 原告

被告には,本件取引を行うに際し,過失があるから,相応の過失相殺がされるべきである。

イ 被告

争う。

本件においては,過失相殺はされるべきではない。仮にするとしても,手数料部分はその対象とすべきではない。

(3)  争点3について

ア 被告

被告は,本件取引を通じて,最終的に1476万0280円の損害を被った。また,被告は,原告の本訴提起に対する応訴及び本件反訴の提起を被告訴訟代理人に委任したことに伴い,上記金額の1割に当たる147万円の弁護士費用の支払を余儀なくされた。この合計額である1623万0280円が,被告の被った損害額である。

イ 原告

争う。

(4)  争点4について

ア 原告

本件取引によって,被告が支払うべき差損金は,907万円となった。被告は,本件商品先物取引委託契約に基づき,この差損金を支払う義務がある。

イ 被告

争う。

Bは,手数料稼ぎを継続するため,一任売買によって被告を本件取引から逃れさせまいとした。その結果,被告は,その後の相場下落により,委託証拠金を失わされる結果となった。このような被告が,原告からの差損金の請求を甘受しなければならないとすることは,取引通念から考え著しく公平を失し,失当である。

第3当裁判所の判断

1  前提事実

(1)  前記争いのない事実及び証拠(甲5ないし甲7,甲11,乙4,証人Bの証言,被告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告の属性

(ア) 被告(昭和35年○月○日生まれ)は,高校中退後,板金工の仕事をしていたが,その後,大型免許を取得し,ダンプトラックを運転して建材を運ぶ仕事に従事した。その後,被告は,商社の営業職に就き,10年ほど勤めたが,平成6年,建材を扱う会社に勤務し,ダンプトラックの運転手として稼働している。

(イ) 被告は,妻と子供2人の4人で暮らしであり,横浜に実母が住んでいる。当時,被告の年収は400万円,預貯金は300万円であった。

(ウ) 被告は,投資経験は全くなく,「先物取引」という言葉も知らなかった。

イ 本件取引に至る経緯

(ア) 被告は,平成15年ころ,インターネットで,原告がペイオフ解禁の対策に関する小雑誌を無料で配布する旨の広告を見て,原告から小雑誌を取り寄せた。すると,その後,被告の元に,原告の従業員Bと名乗る男から,金に関する取引の勧誘の電話がくるようになった。被告は,ペイオフには関心があったものの,金取引のような投資には興味がなかったため,これを断っていたが,その後もBから,頻繁に勧誘の電話がくるようになり,自宅ポストにもパンフレットが投函されるようになった。

(イ) そして,被告は,平成16年6月2日ころ,自宅庭先で水まきをしていたところ,Bが,事前の連絡なしに,Cという上司と一緒に被告を訪ねてきた。BとCは,庭先で,被告に対し,「金を買いませんか。」と金の購入を勧めてきた。被告は,明確な返事はせず,検討するとだけ答えた。

(ウ) その後,同年6月15日の夕方,再び被告の自宅の庭先にBとCが訪問してきた。この時,Bらは,「金は今買えば絶対にもうかる。」と取引を勧誘してきた。被告は,当時預貯金が300万円くらいしかなく,とても投資などできる余裕などなかったため,これを断ったところ,Bは,「通常は120万円からの取引なのですが,特別に60万円からでもいいです。」と言ってきた。そして,Bは,被告に対し,「必ずもうかります。絶対大丈夫です。そのために私のようなプロがいるんです。」と言って,運転免許を提示して,「私を信じてください。」としつこく勧誘してきた。被告は,Bらが契約の約束を取り付けるまで容易に帰ろうとしないことから,60万円程度なら何とかなると考え,Bらに,「60万円だけ」ということで取引の約束をし,翌16日の夕方,●●●駅近くのジョナサンでBらと会うことにした。被告は,その時点で,取引は金の現物取引であると考えていた。

(エ) 被告は,平成16年6月16日の夕方,60万円を持って自宅を出,●●●駅近くのジョナサンでBに会った。Bは,商品先物取引委託のガイド(乙5)及び約諾書及び受託契約準則(乙6)を被告に渡し,商品先物取引の説明をし始めた。その説明の途中で,被告は,初めて,Bが勧めている取引は,商品先物取引であることを知った。それまで,被告は,先物取引が何であるかについては全く知らず,先物取引という言葉も聞いたことがなかった。Bは,被告に,上記商品先物取引委託のガイドをもとに,商品先物取引の概要,危険性,追証が必要となる場合,取引所が設けている値幅制限等について説明したが,追証については,「今は全くその心配がないので,余り考えないでください。」「一応仕組みとしてこういうふうになってますけど。」などと説明した。被告は,その場で取引口座開設申込書(甲5)に,流動資産300万円(内訳:現金・預貯金300万円,有価証券等0円),収入状況(年収)400万円,初回投資予定金額60万円,投資可能金額120万円,商品先物取引の経験なし,株式の経験なしなどと記入し,これに署名押印してBに渡した。そして,被告は,原告本社審査部のDの電話による顧客審査を受けた。

ウ 本件取引開始後の状況

(ア) 被告は,平成16年6月17日から取引を開始した。被告は,同日,Bの指示に従い,東京金60枚を60万円で購入した。その後,金の価格は上昇したが,同月下旬,Bは,被告に対し,「金ももうかるが,白金もこれから金に連動して上がるし,金よりも動きが速くてすぐにもうかるので,白金をやった方がいい。」と言って,白金の取引を勧めてきた。被告は,すでに60万円をBに渡しており,また,取引をして日も浅いため,不安に思ったが,Bに「私が言ったとおり金の値段が上がったでしょう。白金も絶対上がります。」などと言われ,同月28日,60万円を追加入金して,白金を10枚購入した。

(イ) 被告は,白金の価格が上昇したころ,Bから,東京コーンの買玉の勧誘を受けた。被告は,穀物の先物取引については余りよい印象がなかったこともあって,不安に思ったが,Bが,「絶対これからとうもろこしは上がります。」などと言うので,Bの指示に従い,平成16年7月9日,利益の出ていた白金を決済して,東京コーン10枚の買玉を建てた。しかし,その後,東京コーンの値段が下落したため,Bは,被告に,「下がったときは買いのチャンスです。」と追加購入を勧めてきた。被告は,80万円の追加入金をして,Bの指示どおり,東京コーン10枚の買玉を建てた。

(ウ) しかし,その後もコーンの価格は下落し続けた。このため,被告は,Bから,このままでは追証が発生してしまうおそれがあると言われ,金とコーンを決済したが,それでも証拠金が不足し,Bから,「追証を入れないと強制的に今ある商品を決済することになり,終わりになります。その場合,今まで投資した分はほとんど残りません。」「しかし,追証を入れてもらってこれから頑張れば後で必ず取り戻せます。」と言われ,平成16年7月22日,110万円の追証を入れた。被告は,同日,Bから,「とうもろこしは上がりすぎたので絶対下がる。このままでは支えきれないので売りを建てた方がよい。」と言われ,初めて売りを建てた。

(エ) 本件取引により,被告の投入した金額は,平成16年9月中旬の段階で310万円に達した。被告は,そのころ,Bに対し,電話で「もう自分の資金がなくなってしまい,取引を続けるには借金しなければならない。」と伝えた。すると,Bは,その2,3日後,被告に,電話で,「最初に申請した預貯金額300万円ではこれ以上取引するのは難しい。投入資金の少なくとも倍はないとまずい。取引を続けるために,とりあえず投資可能額や預貯金の額を変更して,投資可能額は600万円に,預貯金額はその倍の1200万円にしてほしい。」と言ってきた。被告は,今まで原告に渡した金が1円も戻ってこなくなるのでは大変なことになるという思いから,Bの言うとおり投資可能額の修正に応じることとし,Bと会って,Bが持参した「投資可能額修正申請書・資力内容修正申請書」(甲8)に,投資可能額を600万円と,流動資産(現金・預貯金)を1200万円とそれぞれ修正する記載をし,これに署名押印して,Bに渡した。Bは,被告の預貯金額が当時300万円くらいしかないことを知っていた。

(オ) 被告は,平成16年9月17日ころ,追証が必要になった。しかし,被告は,すでに自己資金が底をつき,払えなくなったため,横浜に住んでいる実母から借入れをして賄った。被告は,その後,同年10月25日,同年11月8日にも追証が必要となったので,実母から借金をして,追証を入れ続けた。被告は,その都度Bに,借金をして追証を入れると話していた。そして,被告は,その後もBの指示する商品について建玉を繰り返した。

エ 平成17年12月以降の本件取引の状況

(ア) 被告は,平成17年12月上旬,金の相場が下がるのではないかという危機感から,取引を続けていって大丈夫かとBに尋ねた。すると,Bは,「まだ大丈夫,まだいけます。」「流れに乗らないと後悔しますよ。」「相場の変動に対応するために自分がいます。」「今500万円くらい利益が出ているから絶対大丈夫。」「何かあれば一蓮托生だから安心してください。」などと言って,取引の継続を勧めた。そこで,被告は,平成17年12月13日,Bの指示に従い,東工金の買増しをした。しかし,その日金は下落し,ストップ安となった。

(イ) 翌14日,Bは,被告に対し,電話で「金の値段はまた上がるから,できるだけ仕切らずに残しておいた方がいいです。追証がかかることになるので,ゴムを売って追証に対応する資金を用意してください。」と言ってきた。被告は,Bの指示に従い,ゴムを売った。その日,Bの判断はまたも外れ,午後なるとまた金がストップ安になった。Bは,電話で被告に対し,「今出先だから,会社にいる社員に連絡を取り,金の建玉を残せるだけ残すように。」と言ってきた。被告は,原告に電話し,社員にBの指示した方針を話したところ,Eという社員から,「今建玉を残すのは危険だから,すぐに全部仕切った方がいい。」と言われ,Eに全部の仕切りを依頼した。しかし,金は,翌15日もストップ安となり,決済することができなかった。そして,翌16日,被告は,Bから,すべて決済したが,900万円以上の不足金が出たと聞かされた。

(ウ) その後,被告は,Bから電話で,「最終的な損害として908万4280円出ているから,その一部でも入金してほしい。すぐに払えないなら誠意を見せてほしい。」と言われた。そこで,被告は,平成17年12月19日,4280円を振り込んだ。また,被告は,同月22日,Bと会い,1万円を渡した。しかし,被告は,その時点で,全財産を原告につぎ込んでしまい。その上追証のため300万円を借金し,もはや残金を支払うことはできなくなったため,その旨をBに伝えた。以上のとおり認められ,これを動かすに足りる証拠はない。

2  争点1(本件取引の違法)について

そこで,上記認定の事実を前提に,本件取引に,被告の主張するような違法性があるかどうかについて検討する。

(1)  適合性原則違反について

商品市場は,相場変動が激しく,また,国際的な政治・社会・金融・軍事的状況や気象その他の自然状況等,価格変動要因が多種多様であるため,相場を予測することが極めて困難である。他方,先物取引では,少額の証拠金により多額の取引を行うことが可能であるため,商品価格のわずかな変動により,大きな利益が出ることがある反面,大きな損金が発生する危険がある。商品先物取引は,投機性の高い,危険な取引といえる。このことは,本件取引の対象となった金,白金,ゴム等についても等しくあてはまることであり,これら商品の先物取引に参加する者には,取引の仕組みと危険性を理解し得る能力と損失に耐え得るだけの十分な資力が必要とされるのである。したがって,このような商品先物取引を扱う会社は,顧客に商品先物取引を勧誘するに当たっては,それが顧客の意向と実情に適合するように努力すべきであり,理解力の乏しい顧客に対して複雑難解な仕組みの商品を勧めたり,資力の乏しい顧客に対して多額の投資を勧めたりすることのないようすべき義務があるというべきである。

これを本件についてみるに,前記1認定の事実によれば,被告は,年収400万円のダンプカーの運転手であり,預貯金は300万円程度,投資に使用できる金額は120万円であったものである。しかも,被告は,これまで投資の経験がなく,商品先物取引については,その言葉すら知らなかったものである。とすれば,このような顧客に商品先物取引を勧める外務員としては,顧客の意向を十分に尊重し,顧客があらかじめ設定した投資可能金額を厳に守り,これを安易に超えて取引することのないよう注意すべき義務があるというべきである。このことは,上記のように,商品先物取引がハイリスクの商品であってみればなおさらのことであり,しかも,取引を繰り返すことによって,自分がいくら投資し,損益がどのようになっているかについて,容易に分かりにくい仕組みになっていることからしても,勧誘する外務員としては,特に要請される注意義務であるというべきである。

ところが,前記1認定のとおり,Bは,被告の無知に乗じて,被告が当初設定した投資可能金額120万円をはるかに超える600万円近くまで被告に投資させているものである。しかも,Bは,この点の不都合を知ってか,後に被告をして,投資可能金額を600万円に,流動資産の額を1200万円にそれぞれ修正させているが,B自身,被告の流動資産の額が300万円であり,1200万円もの流動資産を有していないことは十分知っていたものである。したがって,Bのこのような勧誘行為は,明らかに上記の適合性原則に違反するものといわなければならない。

(2)  断定的判断の提供,重要事項の不告知について

先物取引は,経済動向や取引参加者の思惑によって相場動向が激しく変動するものであり,将来の確実な予測は本質的にできないものであるから,これを勧誘する者が,断定的な判断を提供することは,先物取引の投機的本質を誤認させるもので,違法な勧誘方法である(商品取引所法214条1号)。

これを本件についてみるに,前記1認定の事実によれば,Bは,本件取引開始時に,被告に対し,「金は今買えば絶対にもうかる」などと述べ,さらに,Bは,平成17年12月上旬,被告から,そろそろ相場が下がるのではないかと尋ねられた際も,「まだ大丈夫,まだいけます。」「流れに乗らないと後悔しますよ」などと述べて,被告に対し,あたかも商品先物取引で利益を上げることが確実であるかのような言い方をして,買玉を建てることを勧めているものである。このようなBの勧誘行為が断定的判断の提供に当たることは明らかであり,違法というべきである。

なお,被告は,Bは,被告に対し,商品先物取引の不利な点を説明しなかったとして,これをもって,重要事項の不告知と主張するが,前記1認定の事実によれば,Bは,本件取引開始に先立ち,被告に対し,ガイド等を渡し,これに基づき口頭で商品先物取引の概要,危険性等を説明しているのであり,その過程で,当然,商品先物取引の不利な面も説明していると推認さられるから,本件取引に被告の主張するような違法があるということはできない。

(3)  一任売買について

商品取引所法214条3号は,売買取引の商品・数量・限月・約定価格等の全部又は一部について委託者の指示を受けないで,又はこれについて一任を受けてする取引を,一任売買として禁止している。これは,商品先物取引が投機性の高い取引であることから,あくまでその取引は,委託者の自主的な意思決定によって行わなければならず,業者が取引継続中に各売買取引を受託するに際しては,委託者自身が商品名だけでなく,建玉の枚数や限月,約定価格や必要証拠金額等を具体的に把握して,委託者の自主的な意思決定による注文を受けなければならないとするのが妥当と考えられたためである。このような一任売買は,法律上直ちに無効をもたらすものではないが,違反の程度が著しい場合は,違法になるというべきである。

これを本件についてみるに,前記1認定の事実によれば,本件取引は,ほとんどの場合Bの方から被告に対して新規建玉の勧誘が行われており,被告は,このBの勧誘にほぼ間違いなく応じる形で,その指示どおりの商品銘柄の売買を行っていたものである。これは,本件取引期間中一貫しており,被告は,Bに言われるまま取引を行っており,実質的には,商品銘柄等を選択する余地はなかったものである。このようなBの勧誘・受託行為は,正に一任売買に該当し,その内容,期間等に照らせば,違法というべきである。

以上によれば,本件取引には,適合性原則違反,断定的判断の提供,一任売買の各違法があり,これらの違法は,本件取引の当初から取引の終了に至るまでの一連の違法であるから,本件取引は,その全体が違法というべきである。

なお,被告は,このほかに,本件取引には,説明義務違反,個別勧誘の違法があると主張する。しかし,前記1認定の事実によれば,Bは,本件取引開始に先立ち,被告に対し,商品先物取引委託のガイド,約諾書及び受託契約準則を渡し,上記ガイドに基づいて商品先物取引の仕組みや危険性,追証発生の事由等について説明しているのであるから,説明義務は一応尽くしているものとみるべきである。また,個別勧誘の違法については,利乗せを勧誘する行為が手数料稼ぎを目的とするものであることを前提とするが,そこまでの事実を認めるに足りる証拠はない。

3  争点2(過失相殺)について

被告は,Bら原告従業員に勧められるまま,本件取引を開始したという側面はあるものの,反面,本件取引によるハイリターンを期待していたことも事実である。そして,被告は,Bから,商品先物取引について詳しく説明したガイド等も渡されていたのであるから,これを読むなり,Bら従業員に尋ねるなどすれば,取引を早期に終了させ,被害が拡大しないようにすることが可能であったというべきである。しかるに,被告は,漫然本件取引を継続し,取引開始から1年半後にようやくこれを終了させたものである。このような事情に照らすと,本件については,被告にも相当程度の過失があるというべきである。その過失割合は,後記4のとおり,原告の差損金請求が認められない事案であることも考慮すれば,7割と認めるのが相当である。

4  争点3(被告の損害額)について

委託者別証拠金等現在高帳(甲4)によれば,被告が本件取引により原告に支払った委託証拠金は,合計729万6295円であると認められるから,被告が被った損害額は,その3割である218万8888円となる。そして,被告は,本件について弁護士に委任し,訴訟追行を委ねたものであるから,上記損害額の約1割である22万円を本件と相当因果関係にある弁護士費用と認める。そうすると,被告の損害額は,合計で240万8888円となる。

5  争点4(差損金請求と信義則)について

前記のとおり,Bの本件取引における勧誘は,違法というべきであるから,原告が,本件取引によって生じた差損金を被告に返還請求することは,信義に反し許されないものというべきである。

6  結論

以上によれば,原告の本訴請求は理由がなく,他方,被告の反訴請求は,原告に対し,前記の損害240万8888円及びこれに対する不法行為後の平成17年12月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。

よって,原告の本訴請求はこれを棄却し,被告の反訴請求は主文第2項掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

<以下省略>

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