さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)69号 判決 2007年11月16日
主文
1 被告さいたま農業協同組合は,原告に対し,835万0524円を支払え。
2 被告株式会社東日本銀行は,原告に対し,1194万0526円を支払え。
3 被告中央三井信託銀行株式会社は,原告に対し,604万0947円を支払え。
4 訴訟費用中,原告と被告らとの間に生じたものは,被告らの負担とし,原告と被告ら補助参加人との間に生じたものは,被告ら補助参加人の負担とする。
5 この判決は,1,2,3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が,被告らとの間で預貯金契約や信託契約(以下「本件預金契約等」という。)を締結したが,被告らが預貯金や信託金の支払に応じないとして,被告らに対し,本件預金契約等に基づき,預貯金や信託金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)
(1) 当事者
被告ら補助参加人(B寺。以下「参加人寺」という。)は,さいたま市a区b町c丁目d番地に主たる事務所を置き,包括宗教団体を宗教法人天台宗とする宗教法人である。
原告は,参加人寺の管理保全を目的とし,参加人寺の檀信徒を会員とする,参加人寺住所地であるさいたま市a区b町c丁目d番地に事務所を置く社団である。
Aは,参加人寺の檀徒である。
被告さいたま農業協同組合(旧名称大宮市農業協同組合。以下「被告農協」という。)は貯金業務等を業とする組合,被告株式会社東日本銀行(以下「被告東日本銀行」という。)は預金業務等を業とする法人,被告中央三井信託銀行株式会社(合併前の商号は三井信託銀行株式会社。以下「被告中央三井信託」という。)は信託業務等を業とする法人である。
(2) 本件預金契約等の概要
ア 被告農協(以下の(ア)ないし(エ)の各契約を「本件農協貯金契約」という。)
(ア) 普通貯金契約(大宮支店,口座番号e(甲B6の4,B21))
a 契約日(名義変更日) 平成10年6月9日
b 名義 「B寺(代)A」
c 平成17年11月17日現在の残高 35万0524円
(イ) 定期貯金契約(口座番号f(甲B6の2))
a 契約日 平成15年3月27日
b 名義 「B寺(代)A」
c 金額 300万円
d 満期 平成18年3月27日
(ウ) 定期貯金契約(口座番号g(甲B6の3))
a 契約日 平成16年1月13日
b 名義 「B寺(代)A」
c 金額 400万円
d 満期 平成19年1月13日
(エ) 定期貯金契約(口座番号h(甲B6の1))
a 契約日 平成16年3月23日
b 名義 「B寺(代)A」
c 金額 100万円
d 満期 平成18年3月23日
イ 被告東日本銀行(以下の(ア)ないし(ウ)の各契約を「本件東日本銀行預金契約」という。)
(ア) 普通預金契約(与野支店,口座番号i(甲B5の3,B20))
a 契約日 平成10年6月11日
b 名義 「B寺代表者A」
c 平成17年11月9日現在の残高 137万2015円
(イ) 定期預金契約(口座番号j(甲B5の1,乙B1,2))
a 契約日 平成14年3月27日
b 名義 「B寺代表者A」
c 金額 1000万円
d 満期 平成18年3月27日
(ウ) 定期預金契約(口座番号k(甲B5の2,乙B3,4))
a 契約日 平成12年7月17日
b 名義 「B寺代表者A」
c 金額 56万8511円
d 満期 平成19年8月11日
ウ 被告中央三井信託
信託契約(契約番号l,通帳番号m(甲B7,B22),以下「本件信託契約」という。)
(ア) 契約日 平成11年2月4日
(イ) 名義 「宗教法人B寺」
(ウ) 申込当時信託金 601万8000円(平成17年12月6日現在の信託金は,利息を含め,604万0947円。)
(エ) 信託金支払日 契約日から1か月後の応答日以後の受益者から終了の申し出があった日
(3) 平成14年3月25日に参加人寺の住職兼代表役員に就任したCは,平成17年7月ころ,被告らに対し,原告による預貯金や信託金の支払請求に応じないよう要請した。以後,被告らは,原告への預貯金や信託金の支払を拒絶している。
3 争点
(1) 原告の当事者能力の有無及びAに原告代表者として本件訴訟を追行する権限があるかどうか(争点1)
(2) 本件預金契約等の契約当事者(争点2)
4 当事者の主張
(1) 争点1(原告の当事者能力の有無及びAに原告代表者として本件訴訟を追行する権限があるかどうか)について
(原告の主張)
ア 権利能力なき社団の成立要件としては,(ア)団体としての組織を備え,(イ)多数決の原則が行われ,(ウ)構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し,(エ)代表の選出方法,総会の運営,財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることが要求される。これを原告についてみると,次のとおりである。
(ア) 団体としての組織
原告の機関には総会と世話人会があり,総会では規約の改廃,役員の選出,会計に関する事項を審議決定し,世話人会は,檀信徒会規約及び総会の決定に従って業務を遂行する。檀信徒会の役員には世話人,総務,監事があり,世話人の互選によって,代表世話人,副代表世話人,会計各1名を選出する。規約上はその役員が同時に寺の総代となる。
原告の経費は,土地賃貸借料,墓地貸与料,墓地管理料及び寄付金をもって賄うこととされ,その決算は毎年度末会計において会計報告書を作成し,監事による監査を受けた後,総会に報告し,その承認を得なければならない。
そして,実際の運営も,以上の規約どおりに行われている。
以上のように,原告は,団体としての組織を備えている。
(イ) 多数決の原則
総会では,規約の改廃,役員の選出,会計に関する事項を審議決定するが,その議決方法は,出席者数の過半数をもって決することとし同数のときは議長が決するとされている。実際にも,原告においては,多数決によって各議案を議決されている。
(ウ) 構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続しているか
原告が組織されてから40年以上の間,原告には多数の者が入退会しているところ,原告は構成員の入れ替わりがあっても存続し続けている。
(エ) 団体としての主要な点が確定しているか
原告の代表は,まず,総会において,世話人を選任し,その選任された中から互選により代表世話人を選出する方法により選ぶ。総会は,毎年会計年度終了後2か月以内に開催し,代表世話人が招集し,会議の議長となる。総会での決議方法は多数決方式で決める。
原告の収入支出の管理は上記(ア)のとおりであり,参加人寺の不動産の管理は世話人会が行っている。
以上のとおり,原告は,権利能力なき社団の成立要件を満たしており,当事者能力・原告適格を有する。
イ 次に,原告の構成員は,原告の第48回総会において,賛成多数をもって,Aに対し,本件訴訟の追行権限を授権した。よって,Aは,原告の代表者として,本件訴訟を追行する権限を有する。
(被告中央三井信託の主張)
ア ある団体が権利能力なき社団として認められるためには,入退会が当該団体の自らの判断でなされ,独立した団体として認められなければならず,他の組織に従属した団体は,権利能力なき社団たり得ない。しかるに,原告は,参加人寺の檀信徒で構成された参加人寺の内部的な組織にすぎず,権利能力なき社団ではないから,原告は当事者能力を有しない。
イ 仮に原告が権利能力なき社団であるとしても,その財産帰属形態は総有,あるいは共有である。
原告の財産帰属形態が共有であるとする場合,社団の構成員からの任意的訴訟信託によって原告の原告適格を肯定する見解があり得るが,選定当事者の場合との権衡上,原告は,構成員全員の訴訟提起に関する同意がなければ,原告適格を有しないと解すべきである。
また,最高裁平成6年5月31日判決・民集48巻4号1065頁は,「入会権者」で構成される権利能力なき社団について,帰属形態を総有と認めた上で,同社団の代表者が訴訟を追行するためには,規約に定められた総会の議決などの授権手続を要するとしている。そうすると,原告の財産帰属形態が総有であるとするならば,Aが原告代表者として訴訟を追行するためには,総会の決議等規約に定められた授権手続が必要であるが,本件においては,総会の決議によって訴訟追行権限を授権できる旨の規約がないので,Aは原告の代表者として本件訴訟を追行する権限を有しない。
(被告農協及び被告東日本銀行の主張)
原告の主張は争う。
(参加人寺の主張)
ア 原告が権利能力なき社団であるというためには,(ア)対内的独立性(構成員及びその資格得喪の明確,団体の構成員からの独立等),(イ)財産的独立性(団体独自の財産の存在等),(ウ)対外的独立性(代表者の定め,現実に代表者が行動しているか等),(エ)内部組織性(組織運営,財産管理の規約の定め,総会による構成員の意思の反映等)がなければならない。
これを原告についてみると,
(ア) 対内的独立性
原告の規約上,原告の構成員は参加人寺の檀信徒をもって組織するとされているが,現実には,参加人寺の檀信徒のほか,檀信徒でない墓地永代使用権者も構成員となっている。すなわち,原告の構成員の資格の取得,喪失は,明らかにされているとはいえず,対内的独立性がない。
(イ) 財産的独立性
原告の経費は,土地賃貸料,墓地貸与料,墓地管理料及び寄付金をもって賄われているところ,これらはすべて参加人寺に帰属する財産である。
すなわち,土地賃貸料は,ほとんどの賃貸借契約書において,賃貸人欄に「B寺 代表役員 D」と記載されている。もっとも,Eを賃借人とする契約書においてのみ,賃貸人欄に「B寺 責任役員 A」と記載されているが,Aは,参加人寺の代理人として契約したにすぎず,あくまで賃貸人は参加人寺である。そうすると,土地賃貸料は,すべて,参加人寺に帰属する金員である。
また,墓地貸与料(墓地の永代使用権設定料)及び墓地管理料についても墓地埋葬等に関する法律10条に基づく墓地経営許可を受けた主体は参加人寺であること及び同法12条に基づく届け出に記載された墓地管理者は参加人寺の代表役員であるCであることからすれば,これらの収入は,いずれも参加人寺に帰属する。
そして,寄付金についても,寄付を受けるのは参加人寺であって原告ではないから,参加人寺に帰属するというべきである。
よって,原告には,原告独自の財産が存在せず,財産的独立性があるとはいえない。
(ウ) 対外的独立性
原告が原告の代表世話人であると主張するAは,原告の代表世話人ではない。
すなわち,原告の規約(戊AB1)14条は,「本会に左の役員を置く。一, 世話人 若干名 代表世話人,副代表世話人及び会計1名は世話人の互選により定める。(以下省略)」と規定し,同13条は,「本会の役員はB寺の総代とする。」と規定している。そうすると,原告の役員は参加人寺の総代の中から選任されるべきこととなる。しかるに,Aは,参加人寺の総代ではないから,原告の役員たり得ず,原告の代表世話人ではない。
よって,原告においては,現に代表者として行動しているAは,規約に定められた代表者ではなく,原告に対外的独立性はない。
(エ) 内部組織性
原告の規約には,財産管理の規定がない。したがって,原告に内部組織性はない。
以上より,原告は,権利能力なき社団ではないから,当事者能力を有しない。
イ 仮に原告が権利能力なき社団であるとしても,原告の代表者である代表世話人は,参加人寺の総代でなければならないところ,原告は,参加人寺の総代ではないから,原告の代表世話人たり得ない。したがって,Aに原告を代表して本件訴訟を追行する権限はない。
(2) 争点2(本件預金契約等の契約当事者)について
(原告の主張)
ア 被告農協について
原告の規約には,次のとおり定められている。すなわち,原告は,会員相互の連携により参加人寺の管理保全に当たることを目的とし,その目的達成のため,会員相互の連絡協調,参加人寺の管理保全の事業を行う。その経費は,土地賃貸借料,墓地貸与料,墓地管理料及び寄付金を以て賄うこととされ,その決算は毎年年度末会計において会計報告書を作成し,監事による監査を受けた後,総会に報告し,承認を得る。原告は,これらの規定に従い,土地賃貸借料,墓地貸与料,墓地管理料及び寄付金を収入とし,そこから参加人寺の公租公課,庭園,墓地の管理費等を支出し,余剰金を預貯金や信託金として預け入れ,本堂や庫裡の修繕に備えていた。そして,これらの預貯金や信託金は繰越金として原告の会計に計上され,監査を受け,毎年原告の総会にて報告し承認を得ていた。原告が本訴で支払を求めている各預貯金及び信託金は,いずれも,原告が管理する原告の会計上の余剰金であり,毎年原告の会計報告に計上されている。
そして,本件農協貯金契約に基づく各定期貯金は,いずれも,原告代表者であるAが口座開設,継続の手続を行い,届出印鑑,証書,通帳は同人が管理して出し入れを行っている。また,本件農協貯金契約に基づく普通貯金は,原告の従前の会計担当者であるFが口座開設の手続を行い,届出印鑑,証書,通帳を管理して出し入れを行っていたものであり,その後原告代表者であるAがAの住民票を添えて名義変更及び改印の手続を行い,届出印鑑,証書,通帳を管理して出し入れを行っていた。そして,被告農協開設の定期貯金及び普通貯金は,口座の名義が「B寺代表者A」となっているものの,「B寺檀信徒会代表者A」とすべきところを略記されたにすぎない。
以上より,被告農協の各貯金が原告に帰属することは明らかである。
イ 被告東日本銀行について
本件東日本銀行預金契約に基づく各預金は,いずれも,原告代表者であるAが口座開設,継続の手続を行い,届出印鑑,証書,通帳は同人が管理している。また,被告東日本銀行に預け入れられた金員は,いずれも,原告が管理する原告の会計上の余剰金であり,毎年原告の会計報告に計上されている。そして,口座名義は「B寺代表者A」であるものの,これは,「B寺檀信徒会代表者A」とすべきところを略記されたにすぎない。以上より,被告東日本銀行の各預金が原告に帰属することは明らかである。
ウ 被告中央三井信託について
本件信託契約は,いずれも,原告代表者であるAが契約手続を行い,届出印鑑,証書,通帳は同人が管理している。また,被告東日本銀行に預け入れられた金員は,いずれも,原告が管理する原告の会計上の余剰金であり,毎年原告の会計報告に計上されている。そして,口座の名義が「宗教法人B寺」となっているのは,非課税扱いにするために被告中央三井信託が指示したためにすぎない。以上より,被告中央三井信託の信託金が原告に帰属することは明らかである。
エ 小括
以上より,本件預金契約等に基づく預貯金債権及び信託債権は,いずれも原告に帰属し(原告の構成員が総有し),原告の代表者であるAが原告を代表して被告らから支払を受ける権利を有するものである。
(被告農協,被告東日本銀行及び被告中央三井信託の主張)
原告の主張は争う。
(参加人寺の主張)
原告が本訴で支払を求めている預貯金や信託金の原資は,参加人寺が所有し賃貸する土地の賃貸借料,参加人寺が経営する墓地の貸与料・管理料,及び参加人寺に対する寄付金であって,いずれも参加人寺に帰属する。また,口座の名義に照らしても,原告が口座名義人と判断することはできない。さらに,預入行為者は,FやA個人であって,原告ではない。したがって,預金者の認定に関する客観説,主観説,折衷説のいずれの見解に立っても,原告が本訴で支払を求めている預貯金や信託金は,原告に帰属するものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(原告の当事者能力の有無及びAに原告代表者として本件訴訟を追行する権限があるかどうか)について
(1) 認定事実
前記前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 参加人寺の概要
(ア) 参加人寺は,かねてから,近在の檀家によって運営されており,昭和28,9年当時,住職が住まわない古い小さなお堂があるだけで,墓地も草で荒れた状態であったところ,常住し仏事を勤め,お堂や墓地を護ってくれる僧を強く希望する参加人寺の檀信徒によって,昭和30年ころ2名の尼僧が庵主として迎えられ,その庵主がそれ以後,常住して本尊たる阿弥陀如来と墓を守り,祭儀を行い,実際上,参加人寺の執務及び宗教活動を執り行ってきた。昭和28年2月5日,参加人寺は,比叡山延暦寺を総本山とし,天台宗の教義を広める宗教法人となったが,天台宗の規程により任命された住職が常住することはなく,寺院のこのような基本的性格は変わらなかった(甲A6,A15・B10)。
(イ) 参加人寺の寺院規則(平成11年施行)は,三名の責任役員が業務の決定機関であって,天台宗の規程により天台座主から任命された住職が業務執行機関である代表役員となり,上記代表役員は,本寺となる宗教法人G寺の代表役員がこれを兼務し,同人が他の二名の責任役員を任命すると定めているが,少なくとも平成14年ころまで,現実には,参加人寺の代表役員は,参加人寺で執務及び宗教活動をすることはなく,すべてその代行者たる庵主が参加人寺の執務及び宗教活動を行っていた。庵主は,上記寺院規則上の「代務者」に該当するものであるが,規則に定める代表役員の選定等の手続はとられず,上記のとおり,昭和30年ころに参加人寺の檀信徒によって迎えられ,原告構成員の大多数によって支持されてきた(甲A2,A8,A15・B10,A20・B25)。
イ 原告の概要及び参加人寺との関係
(ア) 原告は,参加人寺の檀信徒を会員とする組織であり,その会員数は,平成18年5月17日現在141名であるが,日々増減している(甲A13)。
(イ) 原告の規約には,次の定めがある(戊AB2。なお,甲A1・B1は,戊AB4によれば未改正の規約であると認められるから,採用しない。)。
原告は,参加人寺の檀信徒によって組織され,会員相互の連携により参加人寺の管理保全に当たることを目的とし,その目的達成のため,会員相互の連絡協調,参加人寺の管理保全の事業を行う組織である。
原告の機関には,総会と世話人会がある。総会は,毎会計年度終了後2か月以内に開催されるほか,世話人会の判断により臨時に開催され,総会では規約の改廃,役員の選出,会計に関する事項を審議決定する。世話人会は,原告規約並びに総会の決定に従って業務を遂行する。総会及び世話人会はいずれも代表世話人が招集し,議長となって,出席者の過半数を以て決議し,同数のときは議長が決定する。
原告の役員は世話人,総務,監事であり,世話人の互選によって,代表世話人,副代表世話人,会計各1名を選出する。役員のうち,代表世話人は,原告を代表し会議を主宰し業務を統轄することを任務とする。
また,原告の経費は,土地賃貸借料,墓地貸与料,墓地管理料及び寄付金をもって賄うこととされ,その決算は毎年度末会計において会計報告書を作成し,監事による監査を受けたのち,総会に報告し,その承認を得なければならないとされている。
(ウ) 原告においては,現に,上記(イ)の規約に則り,毎年通常総会が開催され,収支決算の承認,会計監査報告,収支予算の承認,代表世話人等の役員の選出等が議事にかけられ,多数決の原則に従って議決されている。また,原告においては,会計年度ごとに,参加人寺所有の土地にかかる墓地管理料,地代,駐車料,墓地使用奉納金等を収入とし,参加人寺所有の不動産にかかる公租公課,保険料,駐車場の整備費等の管理費を支出し,現金,普通預金,定期預金を繰越金とする収支決算書が作成されている(甲A3・B2,A8,A10・B8(枝番を含む),A11・B9(枝番を含む),A14・B26,A15・B10,A16,A19・B24,A20・B25,B11(枝番を含む),B23)。
(エ) 参加人寺及び原告は,平成3年に,原告の檀信徒から,会計帳簿等の閲覧謄写請求を求める訴えを提起されたが(当庁平成3年(ワ)第265号),同訴訟では原告が権利能力なき社団であることに当事者間に争いはなく,当時の代表世話人であるHが原告の代表者として訴訟を追行していた。同訴訟の控訴審は,檀信徒の参加人寺及び原告に対する会計帳簿等の閲覧謄写の請求を認容し(東京高裁平成6年3月23日判決),同判決は,上告棄却(最高裁平成10年4月14日判決)により確定した。上記訴訟において,各審級の判決とも,原告の当事者適格が認められた(甲A5・B4,A6)。
(オ) 原告の代表世話人は,昭和55年8月から平成10年5月までの間,Hが務めていたが,平成10年5月31日に開催された通常総会において,Aが代表世話人に選出された(甲B23)。
(カ) 原告は,庵主が参加人寺の住職に就任することを希望していたが(甲A8),平成14年3月25日,Cが参加人寺の住職に就任した(戊AB11の2)。以後,原告の構成員(会員)である参加人寺の檀信徒は,一部を除き,多数がCとの間で対立している状況にある(甲B14)。
平成18年4月22日に開催された原告の通常総会においては,原告訴訟代理人から本訴につき説明がなされた上で,本訴の追行について賛成多数(出席人数35名)で承認された。なお,上記総会に先立ち,原告の全檀信徒141名に対し,本訴の追行を了承するか否かを問う書面が送付されたところ,その回答結果は,賛成96名,反対7名,白票(無回答)17名,未着21名であった(甲A10・B8(枝番を含む),甲A11・B9(枝番を含む),A12)。
(2) 判断
ア 以上の認定事実からすれば,原告は,団体としての組織を備えており,多数決の原則が行われ,構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し,代表の方法,総会の運営,財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているのであるから,原告は,いわゆる権利能力なき社団に当たるということができる。そして,Aは,通常総会において原告の代表世話人に選出されており,本件訴訟の提起及び追行について,原告の総会において決議され,書面による総会議案意思表明により承認されているのであるから,Aが原告の代表者として本件訴訟を追行する権限を有することは明らかである。
イ これに対し,参加人寺は,原告規約13条によれば,原告の役員は,参加人寺の総代でなければならないとして,平成16年に参加人寺の総代を退任したAはもはや原告の代表世話人たり得ないと主張する。しかしながら,甲A15・B10(6頁)によれば,原告の代表世話人等の役員と参加人寺の総代とは必ずしも一致してきたものではなく,原告においては,参加人寺の総代ではない役員が役員としての任務を担ってきたものと認められる。そうすると,この点に関する参加人寺の主張は採用できない。
ウ また,被告中央三井信託は,原告の規約には総会の決議によって訴訟追行権限を授権できる旨の定めがなく,最判平成6年5月31日・民集48巻4号1065頁が判示した授権手続を経ていないから,Aは原告の代表者として本件訴訟を追行する権限を有しないと主張する。そこで検討するに,最判平成6年5月31日は,権利能力のない社団である入会団体が当該団体の構成員の総有に属する不動産についての総有権確認請求訴訟に敗訴した場合,その判決の効力は構成員全員に及ぶから構成員全員の総有権を失わせる処分をしたのと事実上同じ結果をもたらすこと,入会団体の代表者の有する代表権の範囲は団体ごとに異なり,当然に一切の裁判上又は裁判外の行為に及ぶものとは考えられないことから,当該団体の代表者が上記訴訟を当該団体の代表者として追行するには,当該団体の規約等において,上記不動産を処分するのに必要とされる総会の議決等の手続による授権を要する旨判示したものである。しかるところ,同判決は,団体個別の事情にかんがみ,判決の効力を受ける構成員全員の権利保障のために必要十分な授権手続を要するとの見地から,授権の根拠が規約等の明確な形式で示されることを要するとするものであって,必ずしも,総会の決議によって訴訟追行権限を授権できる旨の規約がなければ授権できないとしたものではないと解される。これを本件についてみると,上記のとおり,原告の通常総会において,Aに対し,本件訴訟の追行につき賛成多数で授権する旨の議決がなされてその旨の議事録が作成されており,しかも,上記通常総会に参加していない原告の構成員も大多数が総会議案に対する意思表明という形で書面で同様に賛成しているのである。そうすると,Aに対する原告の代表者として本訴の提起及び追行権限の授権手続はこれらをもって足りるというべきである。したがって,被告中央三井信託の上記主張は採用できない。
(3) 小括
以上より,原告は当事者能力を有し,かつ,Aは原告の代表者として本件訴訟を追行する権限を有するというべきである。
2 争点2(本件預金契約等の契約当事者)について
(1) 本件預金契約等にかかる預貯金債権及び信託債権の債権者は,当該契約の契約当事者は誰かという観点から決せられるべきものであり,契約当事者の事実認定に当たっては,定期預貯金契約・普通預貯金契約・信託契約の別は問わず,契約行為者(口座開設者),契約行為者の法的地位(預貯金・信託金の出捐者と契約行為者との関係),契約の相手方である金融機関に表示された名義及び名義人に関する情報,通帳や届出印の保管状況,入金及び払戻しを行った者等を総合的に考慮することが相当である(最判平成15年2月21日・民集57巻2号95頁,同平成15年6月12日・民集57巻6号563頁参照)。
(2) そこで検討すると,前記前提事実,前記1において認定した事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 参加人寺及び原告の概要
参加人寺の運営及び資産の維持,管理は,昭和28年2月に設立されて以後,その周囲の住民である檀信徒によってなされ,参加人寺の執務及び宗教活動も,少なくとも平成14年ころまで,参加人寺の代表役員が行うことはなく,すべて檀信徒によって迎えられて常住する庵主が上記執務及び宗教活動を行っていた。
原告は,参加人寺の檀信徒によって昭和33年に設立された「墓地所有者組合」を前身とし,昭和40年8月に組織され,会員相互の連携により参加人寺の運営や墓地御堂,資産の管理保全に当たることを目的とし,その目的達成のため,会員相互の連絡協調,参加人寺の管理保全の事業を行う組織である(甲A15・B10)。
参加人寺の寺院規則によれば,参加人寺の資産は,宝物及び什物から設定される特別財産,不動産及び有価証券等の基本財産,これら以外の財産及び財産から生ずる果実等の普通財産とされ,参加人寺の運営,管理保全の諸経費は普通財産をもって支弁するものとされている(甲A2)。現実には,参加人寺の普通財産としては,墓地管理料,墓地使用奉納金,地代,駐車料等がある。
参加人寺の墓地は,B寺墓地管理使用規定によれば,参加人寺住職及び原告の世話人が管理し,墓地を使用しようとするものは,管理者の承認を得て,「信徒誓約書」を提出し本尊供養志納金(墓地使用奉納金)を納めて,参加人寺の信徒とならなくてはならず,また,墓地使用者は,墓地の清掃その他の費用として,毎年応分の管理料を納めなければならない(甲A14・B26)。
また,参加人寺は,所有するさいたま市a区(旧大宮市)b町c丁目n番,o番,p番の土地(山林)をさらに分割して賃貸していた。このうち,昭和47年に締結された賃貸借契約の賃貸人欄にはB寺代表世話人Hの署名押印がなされているが(なお,Hは原告の代表世話人であったが,参加人寺の役職には就いていない。),平成4年以降に締結された賃貸借契約の賃貸人欄には,Dが参加人寺の代表役員に就任する以前に契約が締結されたものも含め,「B寺代表役員D」ないし「B寺責任役員A」の署名押印がある(甲A16,戊AB8(枝番含む),AB10(枝番含む))。
これらの参加人寺の収入を参加人寺の代表役員(住職)が管理したことはなく,参加人寺の収入は,すべて,原告の前身である墓地所有者組合及び原告が発足以来管理し,その会計の対象となっており,原告は,そこから参加人寺所有の不動産にかかる公租公課,火災保険料,御堂・境内・駐車場の整備費等の管理費等の参加人寺の経費を支弁してきた。ただし,参加人寺の庵主が宗教活動によって得る収入は,庵主の生活費となる(甲A2,A3・B2,A4・B3,A10・B8(枝番含む),A13,A14・B26,A15・B10,B11(枝番含む),B14)。
イ 契約締結経緯
(ア) 平成10年以前の原告の会計担当者であったFは,平成10年6月9日以前に,原告の会計担当者の職務として,参加人寺の管理保全のために被告農協に「B寺(代)F」名義の定期貯金及び普通貯金口座を開設し,その後,このうち普通貯金口座に,原告が管理する参加人寺の上記アの収入を入金し,同口座から固定資産税等の支払のために出金していた(甲A15・B10,B11(枝番含む),B21)。
(イ) Aは,平成10年5月31日に開催された原告の通常総会において代表世話人に選出され,同年6月9日付で,代表者変更を理由として,上記各口座の住所及び代表者等を「大宮市b c-q B寺(代)F」から「浦和市r s-t-u B寺代表 A」に,届出印を「F」から「B寺代表者之印」に変更する旨の,住民票を添付書類とする変更届を被告農協に提出し,被告農協はこの変更届に従って変更した(丁B6)。
(ウ) Aは,原告の目的である参加人寺の管理保全のために,平成10年6月,ペイオフ解禁の対策として,従前被告農協に集約して貯金していた金員を,他の金融機関にも分割して預け入れることとし,被告東日本銀行,被告中央三井信託及びその他の金融機関との間で預貯金契約や信託契約をした。このような預金先の変更や信託契約については,監査の上原告の総会において会計報告がされ了承されてきた(甲A15・B10)。
(エ) 上記(ア)ないし(ウ)の処理に対し,参加人寺の代表役員が関与したことはなく,これらの処理は,原告がその目的を達成するために,その判断で行ったことであった。
(オ) Aは,同年11月4日に参加人寺の責任役員に就任し,平成14年4月1日に,参加人寺の責任役員を退任した(戊AB11の1,2)。
ウ 契約内容
(ア) 被告農協
a 普通貯金(大宮支店,口座番号e(甲B6の4,B21))
上記普通貯金口座は,上記イ(ア)(イ)のとおり,平成10年6月9日以前から存在し,同日,Aが名義等を変更した「B寺(代)A」名義の普通貯金口座であり,Aは名義等の変更後も同口座に,原告が管理する参加人寺の上記の収入を入金し,固定資産税等の支払のために出金していた。
b 被告農協の定期貯金(口座番号h(甲B6の1),口座番号f(甲B6の2),口座番号g(甲B6の3))
これら3口の口座は,平成15年3月27日から平成16年3月23日の間にAが開設し,その後更新された計800万円の定期貯金口座であり,その名義はいずれも「B寺(代)A」であり,Aが開設に際し被告農協に提出した定期貯金印鑑届には,名前欄に「B寺代表A」又は「B寺(代)A」,住所欄にAの住所が記載され,「B寺代表者之印」の印章が押印されている。
(イ) 被告東日本銀行
a 普通預金(与野支店,口座番号i(甲B5の3,B20))
Aは,上記のとおり,平成10年6月,ペイオフ解禁の対策として,従前被告農協に集約していた貯金を,他の金融機関にも分割して預け入れることとし,同月11日,上記普通預金口座を開設し,以後,同口座で参加人寺の収入や支出を管理していた。同口座の名義は「B寺代表者A」であり,同日付の申込書(乙B5)には,名前欄に「B寺代表者A」,住所欄にAの住所が記載され,「B寺代表者之印」の印章が押印されている。
b 定期預金(口座番号j(甲B5の1),口座番号k(甲B5の2))
これらの口座は,平成12年7月17日及び平成14年3月27日にAが開設し,その後更新された計1056万8511円の定期預金口座であり,その名義はいずれも「B寺代表者A」である。そして,これらの口座の開設日付の申込入金票(乙B1,B3)や更新に際しての申込入金票(乙B2,B4)には,名前欄に「B寺代表者A」又は「B寺代表A」,住所欄にAの住所が記載され,口座番号jの定期預金にかかる申込入金票(乙B1)には「B寺代表者之印」の印章が押印され,口座番号kにかかる2通の申込入金票(乙B3,B4)には押印がなされていない。
(ウ) 被告中央三井信託との間の本件信託契約(契約番号l,通帳番号m(甲B7,B22))
本件信託契約は,Aが,平成11年2月4日に信託金を601万8000円として締結したものであり,その口座の名義は「宗教法人B寺」である。そして,同月3日付申込書(甲B18)には,名前欄に「宗教法人B寺 責任役員 A」,住所欄に参加人寺及び原告の住所が記載され,Aの実印が押印されている。また,同日付届け出印鑑(法人用)(甲B19)には,名称欄に「宗教法人B寺」,代表者・役名・氏名欄に「責任役員 A」と記載され,Aの実印が押印され,非課税確認欄の登記簿謄本に丸が付されている。Aは,平成11年2月当時,参加人寺の責任役員に就任していた。
エ 届出印及び通帳・証券の保管状況等
被告農協及び被告東日本銀行の各預貯金の届出印は,いずれも「B寺代表者之印」であり,被告中央三井信託に対する信託の届出印はAの実印である。Aは,開設当時から現在まで上記の各印鑑及び通帳,証券を保管している(甲B15,B16)。
Aは,被告農協及び被告東日本銀行の各預貯金のうち普通預金の入出金,定期預金の更新手続等を行っていたが,平成14年3月に参加人寺の住職兼代表役員に就任したCが,平成17年7月ころ被告らに預貯金の引き出しや金銭信託の解約に応じないよう要請したため,以後,被告農協及び被告東日本銀行は,原告への各預貯金及び信託金の支払を拒絶している。
(3) 被告農協及び被告東日本銀行の各預貯金契約に関する検討
上記の認定事実によれば,被告農協及び被告東日本銀行の各預貯金は,いずれも,名義が「B寺(代)A」又は「B寺代表者A」であり,「B寺代表者之印」が押印されているものの,Aは,いずれの契約の締結時にも参加人寺の代表者である代表役員の地位にはなく,参加人寺の責任役員の地位にもなかったのであるから,「B寺(代)A」又は「B寺代表者A」という名義及び「B寺代表者之印」との押印のみからは,参加人寺と原告のいずれを契約当事者として表示したものなのかは明らかでない。
しかしながら,上記(2)ア,イの事情に加えて,上記各預貯金のうち被告農協の普通貯金は,従前の名義が「B寺(代)F」であるところFも参加人寺の役員ではなく原告の会計担当者であったこと,Fが被告農協に届け出ていた住所は参加人寺の住所ではないこと,Aは,平成10年6月9日付名義変更手続の当時,B寺檀信徒会の代表世話人であった一方,B寺の役員ではなかったこと,同日付名義変更手続に際しAはA個人の住所を届け出ており住民票を添付書類として提出したこと,平成10年6月9日付名義変更前は原告の会計担当者であるF,名義変更後は原告の代表世話人であるAのみが通帳及び印鑑を管理し,入出金手続を行っていたのであって参加人寺の役員が入出金手続を行ったことがないこと(ただし,Aが参加人寺の責任役員に就任していた期間を除く。)を総合的に考慮すれば,被告農協の普通貯金口座は,原告の管理する金銭を原告の会計担当者であったFが,原告の目的を遂行するために,その役職上,原告を契約当事者とする意思で,貯金契約をし,口座を開設したことは明らかであり,また,Aが平成10年6月9日に行った名義変更手続も,Aが引き続き原告を契約当事者とする意思で行ったものと解するのが相当である。
また,上記各預貯金のうち被告農協の各定期貯金口座,被告東日本銀行の普通預金口座及び各定期預金口座についても,上記(2)ア,イの事情に加えて,契約当時,Aは参加人寺の役員に就いておらず原告の役職に就いていたのみであったこと(ただし,被告東日本銀行の2口の定期預金は除く。),Aが開設に際し金融機関に提出した書類の住所欄にA個人の住所が記載されていること,Aが通帳,証券,印鑑等を管理し,普通預金については入出金手続,定期預貯金については更新手続を行っていたことを総合的に考慮すれば,Aは,原告の代表世話人として,原告の目的を遂行するために,その役職上,原告の管理する金銭を,原告を契約当事者とする意思で,被告農協との間で定期貯金契約を,被告東日本銀行との間で,普通預金契約及び定期預金契約を締結し,口座を開設したことが明らかである。
(4) 被告中央三井信託との間の本件信託契約に関する検討
これに対し,本件信託契約(契約番号l,通帳番号m(甲B7,B22))は,名義が「宗教法人B寺」であり,申込書(甲B18)には,名前欄に「宗教法人B寺 責任役員 A」,住所欄に参加人寺の住所が記載され,また,同日付届け出印鑑(法人用)(甲B19)には,名称欄に「宗教法人B寺」,代表者・役名・氏名欄に「責任役員 A」と記載され,Aの実印が押印され,非課税確認欄の登記簿謄本に丸が付され,Aは,平成11年2月当時,参加人寺の責任役員に就任している。しかしながら,上記(2)ア,イの事情にかんがみると,Aが原告の代表世話人として,原告の総会において本件信託契約の結果を会計年度において報告し,議決を得ながら,参加人寺を当事者として本件信託契約をしたとは考えられない事情にあった(甲B14によれば明らかである。)。そして,Aは,責任役員であっても代表役員ではなく,参加人寺を代表する権限はなく,当時の代表役員はDであった(戊AB11の1・2)から,むしろ,Aは,本件農協貯金契約及び本件東日本預金契約と同様に,Aが原告の代表世話人として,その役職上,原告の目的を遂行するために,原告の管理する金銭をもって,原告を当事者として本件信託契約を締結したと認めるのが相当である。そして,本件信託契約の目的,事情からすると,当時,参加人寺の管理運営の主体であった原告の管理事務処理として本件信託契約がなされたものというべきであり,参加人寺も,その管理運営を原告に全く委ね,自ら管理することはなかったのである。そして,本件信託契約の通帳はAが原告の代表世話人として保管し,その届出印はAの実印であった。また,本件信託契約は締結後利息の発生以外に変更はなく(甲B22),被告中央三井信託と参加人寺との間で本件信託契約のほかに何らの取引関係もない(弁論の全趣旨)。
以上によれば,本件信託契約における名義においては参加人寺と表示されているけれども,Aは,原告の代表者として,原告の管理する金銭を原告の目的遂行のために,原告を当事者とする意思で同契約の申込みをし,金銭を信託したのであり,通帳等の保管者がAであることなどを考慮し,本件信託契約の当事者は原告であると認めるのが相当である。
(5) 参加人寺の主張について
以上に対し,参加人寺は,本件預金契約等に基づき被告らに預け入れられた金員の原資は,参加人寺が所有し賃貸する土地の賃貸借料,参加人寺が経営する墓地の貸与料・管理料,及び参加人寺に対する寄付金であって,いずれも参加人寺に帰属するから,本件預金契約等にかかる預貯金及び信託金の債権者も参加人寺である旨主張する。
しかしながら,そもそも,預貯金や信託金の出捐者が誰であるかは,預貯金契約や信託金契約の当事者を決する上での間接事実の一つにすぎず,出捐者のみをもって預貯金や信託金の債権者を決するのは相当でないと解される。そして,本件においては,参加人寺の管理保全を目的とする社団である原告が,40年以上もの長年にわたり,参加人寺に代わり,参加人寺の財産の管理や会計の主体として行ってきたのであって,本件預金契約等に基づく預貯金や信託金も,参加人寺の財産である土地や墓地の賃料等を保管し,また,固定資産税等の支出を支弁する目的で開設されたものと解されるが,他方で,参加人寺の土地にかかる賃貸契約書の賃貸人は大多数が参加人寺であり,また,参加人寺の墓地の管理者はB寺墓地管理使用規定によれば参加人寺の住職及び原告の世話人の双方であるなど,原告が管理する参加人寺の財産の帰属については特段の合意をせず不明瞭なまま,専ら原告のみによる管理が継続されその管理について参加人寺に正式に報告すらされていなかったことがうかがわれる。そうすると,本件預金契約等に基づき被告らに預け入れられた金員の原資が参加人寺に帰属することを根拠とする参加人寺の主張は,前提を欠き,採用できない。
(6) 小括
以上からすれば,本件預金契約等の契約当事者はいずれも原告であるから,原告が,各契約に基づき,被告らに対し,預貯金又は信託金の支払を請求する権利を有する(原告の構成員が総有する。)というべきである。ただし,被告農協は,平成19年7月3日付準備書面で2口の定期貯金(口座番号g及びh)は自動継続により満期日は平成22年1月13日,平成20年3月23日であると主張するが,貯金契約者である原告が本訴により更新しない旨の意思表示をしていることは明らかであるから,被告農協の上記主張は採用できない。また,被告農協は,被告農協の普通貯金の平成19年6月5日現在の残高は平成17年11月17日の残高(35万0524円)よりも少ない4768円である旨主張するが,その立証をせず(通帳を提出すれば明らかである。),また,被告農協は平成17年12月以降原告への貯金の支払を拒絶していることが認められるのであって,原告に残高の差額を支払ったものとは認められないから,被告農協が原告との間の普通貯金契約に基づき支払うべき金額は35万0524円と認める。
3 結論
以上より,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤公美 裁判官 高橋光雄 裁判官 志村由貴)