大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)790号 判決 2008年6月12日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

猪股正

若狹美道

名古屋市<以下省略>

被告グローバリー株式会社訴訟承継人

ニューザック株式会社

同代表者代表取締役

住所<省略>

被告

Y1

住所<省略>

被告

Y2

住所<省略>

被告

Y3

住所<省略>

被告

Y4

上記5名訴訟代理人弁護士

熊谷信太郎

布村浩之

同訴訟復代理人弁護士

坂井真由美

中澤雄仁

堀越充子

宗野恵治

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して,1745万2310円及びこれに対する平成16年4月9日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告に対し,連帯して,1918万1295円及びこれに対する平成16年4月9日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,被告グローバリー株式会社(以下「被告会社」という。その権利義務は,吸収合併により,ニューザック株式会社が承継した。)に委託して商品先物取引を行った原告が,勧誘から取引終了までの一連の被告らの行為は不法行為に当たると主張し,被告会社について715条,被告Y4(以下「被告Y4」という。)について715条,719条,その他の被告らについて709条に基づき,損害賠償を求めた事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  原告は,a高校を卒業後,b社に勤務してきた者であり,先物取引や株取引の経験はなかった。(甲26,27,原告本人)

(2)  被告会社は,国内公設の商品取引員である。被告Y1(以下「被告Y1」という。),被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)は,本件取引当時,いずれも被告会社の勧誘員(以下「被告勧誘員ら」という。)であり,被告Y4は,被告会社の代表取締役であった。

(3)  原告は,被告勧誘員らの勧誘を受けて被告会社に委託して商品先物取引を行ったところ,原告は,本件取引において合計2187万3330円を預託し,602万1020円の返戻を受けた。

(4)  ニューザック株式会社は,平成19年6月1日,吸収合併により,被告会社の権利義務を承継した。(弁論の全趣旨)

2  争点

原告は,本件取引における被告らの行為には,(1)適合性原則違反,(2)断定的判断の提供,(3)説明義務違反,(4)無断・一任売買,(5)転がし,無意味な反復売買,(6)不当な増し建玉,(7)不実の告知,(8)仕切拒否・回避等の違法があり,原告に対する不法行為が成立すると主張し,被告らは,これを争っている。

したがって,原告が主張する被告らによる不法行為の成否(過失相殺の可否及び過失割合を含む。)及び原告の損害額が,本件訴訟における争点である。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実及び証拠(甲26,27,乙1,3,4,原告本人,)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,a高校を卒業後,b社に勤務してきた者であり,先物取引や株取引の経験はなかった。

(2)  被告会社は,国内公設の商品取引員である。被告Y1,被告Y2及び被告Y3は,本件取引当時,いずれも被告会社の勧誘員であり,被告Y4は,被告会社の代表取締役であった。

(3)  平成15年1月11日,被告会社新潟支店営業部のBは原告宅に架電し,商品先物取引の勧誘であることを告げ,商品先物取引についての説明を行った。Bは東京灯油の相場状況について説明した後,営業部課長である被告Y1に電話を替わった。被告Y1と原告は,翌日,志木駅で待ち合わせる約束をした。

(4)  同月12日昼過ぎに,原告は被告Y1と会い,志木駅南口のレストランに案内され,同被告から,先物取引についての説明を受けた。被告Y1の説明の後,原告は,口座設定申込書(甲27),約諾書(乙1),確認書(乙3)等の契約関係書類に署名した。原告と被告Y1との間において,灯油5口,証拠金52万5000円で取引を開始すること,同金額は,1月14日に志木駅で待ち合わせた上で入金することが合意された。

(5)  同月14日,指定時刻・場所に被告会社の従業員であるBが来ていて,職場の前では目立つので,JR東京駅へ行き,原告は,Bに52万5000円を渡した。管理部からの説明については,会う日時を平成15年1月16日(木)21時,場所を志木駅南口と指定された。

(6)  同月16日,被告会社営業管理部の社員が,原告と面談した。同社員は,原告に先物取引の危険性について説明するDVDを,レストランで1時間ほど視聴させた。その後,原告は,被告会社が実施したアンケートに回答した。

(7)  同月17日,昼,被告Y1は,原告の携帯電話に電話をかけ,灯油を5口買ったとの報告を行った(東京灯油5枚買建)。

(8)  同月31日,被告Y1は,原告の計算で,東京金8枚,東京銀9枚の取引を行った。

(9)  その後,被告Y1及び被告Y2から,原告に対し,たびたび追証の発生の告知と入金要請があり,原告は,やむなくこれに応じた(その詳細は,後記認定のとおり)。

(10)  平成15年6月初めころ,被告会社から原告に対し,それまで250万円に設定されていた運用の上限額の解除をするための「申出書」(乙7)が送られてきて,署名して送り返すようにとのことだったので,原告は,署名押印し,返送した。

(11)  平成15年9月27日ころ,被告会社勧誘員であるCは,原告に電話をし,被告Y2が本社に転勤になることを伝え,今後,Cが原告の取引を担当すること,追証が確実なので入金してほしいこと等を伝えた。同月28日,原告は350万円を入金した。

(12)  同月30日,被告Y2は,原告に電話をして,転勤することを伝えた。

(13)  平成15年10月1日,Cは,原告に電話をし,追証が発生した旨告げて入金を求めた。

(14)  原告は,同月15日に250万円,同月22日に120万円を入金した。

同日午後2時過ぎころ,原告は,被告会社営業管理部に電話をし,全建玉を決済するよう指示した。原告は,同日夜,同管理部社員より,残金は844万5510円になったことを伝えられた。上記金額について,被告会社が1日100万円ずつ返済することとされた。

(15)  被告会社より,同月23日,24日,27日,28日,29日,30日で各100万円,計600万円が,原告の口座に振り込まれたが,原告は,被告Y3の提案に応じ,244万円の出金を保留し,新規取引に同意した。

(16)  平成15年12月15日,Cが,原告に電話で追証が発生したと報告してきたため,原告は,これ以上は信用できないと判断して,弁護士に依頼することにした。

(17)  以上の取引(以下「本件取引」という。)を通じて,原告の売買損益は306万3020円,負担手数料は1801万4600円であり,合計2187万3330円を預託して,602万1020円の返戻を受けたので,損金は1585万2310円となった。

(18)  原告の本件取引の客観的状況は,別紙「建玉分析表」のとおりである。

2  適合性原則・説明義務違反について

(1)  適合性原則について

ア 先物取引の会員業者の適合性原則の遵守については,具体的な委託者と,されるべき具体的な取引を前提として,判断される必要がある。すなわち,適合性原則を遵守する義務がある以上,委託者についての審査がされることになるが,これは,委託者について,単に,資産がどの程度あるかということや,学歴や職歴,現在の職種を申告させるといった抽象的なものでは足りないというべきである。

より具体的に,委託者が,投資する資金については,先物取引という危険性の高い取引に,どの程度の金員を準備しているか,その資金の原資はどのようなもので,先物取引という危険な商品に投資されるにふさわしい余裕資金かどうか,また,金額について,委託者の全体の資産との関係でバランスを失したものではないかといった点,また,委託者については,先物取引を自らの判断で行うに足る判断能力を有しているか,また,判断能力を有しているとしても,判断を行う前提となる取引に対する理解はどの程度進んでいるかといった点が具体的に審査されるべきである。

イ 特に,本件のように,自ら積極的に取引への参加の意思を示していなかった者に対して,会員業者が電話等により無差別の勧誘を行った場合については,この点は厳格に考えるべきである。先物取引のような危険性の高い取引へ,自ら積極的に取引への参加の意思を示していなかった者に対して,電話等により無差別の勧誘を行うことは,このような具体的な取引への適合性の審査をすることを前提とするのでなければ,勧誘方法として問題であり,社会的な相当性を欠くものというべきであり,専門家である会員業者によって,上記のような適合性原則についての委託者の審査が後述の説明義務とともに,厳格に行われることを前提として正当化されると考えるべきである。

(2)  説明義務について

説明義務についても,単に,抽象的に先物取引の危険性を説明するのみで,説明義務が果たされたと考えることはできない。むしろ,委託者が行おうとしている具体的な取引との関係で,その具体的な危険性を指摘する義務があるというべきである。なお,このような義務を果たす上でも,取引を開始する時点において,委託者が,先物取引という危険性の高い取引に,どの程度の金員を投資する準備があるのか,その金員の原資はどんなもので,先物取引に投資されるにふさわしい余裕資金か,また,金額について委託者の全体の資産との関係でバランスを失したものではないかといった点,また,委託者については,先物取引を自らの判断で行う能力を有しているか,また,能力を有しているとしても,その理解はどの程度進んでいるかといった点が,会員業者において把握されていなければならないというべきである。

また,説明義務については,先物取引といっても,商品や取引市場によって危険性に差異があるのであるから,この点についても,具体的に,その特色について説明を行う義務があるというべきである。

(3)  なお,適合性原則,説明義務については,委託契約を締結するという取引当初の時点において,まず問題になる。しかし,上記のように,これらの義務は具体的に果たされる必要があるのであるから,取引開始後も,適宜,取引経過に応じて履行されなければならない。すなわち,取引開始後も,される取引の危険性等に応じて,委託者について当該取引について適合性があるかを考慮しつつ,具体的な説明がされるべきである。そのような説明を受けた得た上で,委託者が,なお危険な取引を行ったとすれば,それは委託者の自己責任によるものであって,会員業者の責任が問われるべきものではないと考えられる。

3  本件における適合性原則,説明義務違反について

(1)  委託契約締結時

ア 原告は,年収は300万円程度であるが,一定の資産(1400万円程度の預貯金)を有していた。また,最終学歴は高卒であり,b社に10年間勤務していた者である。(甲26,原告本人)

そして,平成15年1月12日,原告は,被告Y1から先物取引についての説明を受け(乙1ないし3,枝番を含む),同月16日,被告会社営業管理部社員と面談し,先物取引の危険性について説明するDVDを視聴し(乙5),その後,原告は,被告会社が実施したアンケートに回答した(乙4)。

したがって,原告の学歴等に照らすと,先物取引の仕組みや危険性については,抽象的には理解していたと認められる。なお,取引後については,残高照合通知書(乙10の(1)ないし(4))を受領しており,取引についても,把握できなかったわけではない。

イ しかしながら,上記の適合性原則についての審査は,いまだ形式的なものに止まり,実質的な内容を伴っていたとは評価できない。

証拠(甲26,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成15年1月11日,被告勧誘員より電話勧誘を受けた当初から,「原油の価格が確実に上がる。始めるなら今が良い」,「必ず100パーセント儲かる」,「確実に儲かる」,「確実に儲かるので借金をしてでもお金を用意して」,「私に任せれば損をすることはない」と言った言動による勧誘を受けており,同年1月12日に,被告Y1から先物取引についての説明を受けた際にも,「先物取引をして損をする人もいますが,自分で判断する人が失敗するんです。運用は私に任せてくれれば損をすることはありません。」と「確実に儲かる」ことを強調し,「約諾書」(乙1)に署名する際,「先物取引の危険を了知した上で」と書かれてる点について,「形式上,こう書いてある。自分らに任せてくれればリスクはない」との説明を被告Y1から受け,パンフレットなどのリスク警告(乙2)についても,「形式的なもの,損はさせない」と強調されたことが認められる。被告Y1は「取引を始める前に管理部のものが説明することになっていて,会ってもらうことになるんですけど,いろいろ言われると思いますが,形式的なものなので気にしないでください。」と述べ,そして,同年1月16日被告会社営業管理部社員と会い,先物取引の危険性について説明するDVDを視聴した際,同社員は「こんなこと滅多にありませんから。」と言ったことが認められる。

ウ これに対し,被告らは,原告の上記供述を否定し,原告の適合性の審査及び先物取引の仕組みや危険性について説明義務を尽くしていると主張する。しかし,被告らは,被告勧誘員らと原告との会話を録音したカセットテープについて,その存在自体は認めながらも,提出を拒否しており,また,被告Y1などの被告勧誘員らの人証申請もしていない。そこで,原告の上記供述の信用性については,他の証拠や弁論の全趣旨から判断せざるを得ないところ,原告の供述内容は,相当程度に具体的であり,時期によって変遷していないし,原告の供述態度には格別不審な点も見受けられない。よって,原告の上記供述は信用できる。

エ したがって,被告会社の先物取引の仕組みや危険性についての説明は,原告の上記供述のようなものであったことに鑑みると,取引開始の際の説明義務は十分に果たされていないというべきである。このような説明態様からは,原告の先物取引の仕組みや危険性についての理解は,いまだ抽象的なものにとどまり,原告が一定の判断能力を有しているとしても,判断を行う前提となる取引に対する理解がどの程度進んでいるかといった点が具体的に審査されていないといえる。また,被告Y1は,原告の投資可能額が250万円であることは確認しているが(甲27,乙12),その金員の原資はどんなもので,先物取引に投資されるにふさわしい余裕資金であるかについて調査したとは認められない。

オ 以上によれば,被告らは,原告との委託契約締結のために,先物取引について,形式的な適合性の審査や取引の説明をしたのみで,専門家としての適切な説明をするための前提となる情報を得ておらず,委託契約時において適合性原則の審査が十分にされたとはいえない。

(2)  取引開始後

ア 原告は,商品先物取引未経験者であり,原告が被告会社に申告した投資可能資金額は250万円であった。(甲27)

甲28によれば,本件取引開始後,約1か月を経過した平成15年2月19日に必要証拠金が96万円(本証拠金48万円〔白金8枚×6万円〕及び追証拠金48万円)となって投資可能資金額の3分の1を超える取引を行っている。

そして,約1か月半を経過した同月25日には,証拠金合計額が141万7500円(本証拠金94万5000円〔灯油:9枚×10万5000円〕及び追証拠金47万2500円)にものぼり,その3日後の同月28日には合計建玉枚数が19枚に達して本証拠金だけで141万円(灯油:6枚×10万5000円,白金:13枚×6万円)となっている。

さらに,同年3月10日には必要証拠金が264万円(本証拠金132万円〔白金:22枚×6万円〕及び追証拠金132万円)となり,投資可能資金額とされていた250万円を超えている。

そして,その1週間後の同月17日には,必要証拠金が金336万円(本証拠金168万円〔白金28枚×6万円〕及び追証拠金168万円)にものぼる,投資可能資金額を遥かに超える取引を行うに至っている。

イ このような取引を行った経緯について,原告は以下のとおり供述している。(甲26,原告本人)

平成15年1月17日昼ころ,被告Y1から,灯油を5口買ったとの電話があった。

その夜,被告Y2から「もっと多く入金してもらえませんか」との電話があった。1月23日,被告Y1から「ガソリンについては灯油に遅れて値が動く」というような説明があったため,ガソリンを建てた。1月27日,被告Y1から金に変えるという話があり,最初原告は拒否したが,「確実に上がります。必ず増やしますから。」とのことだったので了承した。銀についても同様の話があり,了承した。1月31日,被告Y1から「順調ですよ。期待していてください。」との電話があったため,原告は「2週間が過ぎたので元金を返してください。」と元金の返還を求めたところ,「儲かるのが分かっているのに,金額を減らすのはもったいないですよ。これからですからもう少し待ってくださいよ。」と述べて,返還を拒絶した。原告が再度返金を求めても,被告Y1は「私が責任もって増やしますから。」というので,原告は「絶対なら,あと1週間だけ待ちます。」と述べ,被告Y1は「任せてください。期待していてください。」と述べた。

2月3日,被告Y1から「銀の値動きがよくないので逃げます。」,「ガソリンに切り替える」という電話があった。2月5日には,白金に切り替えるという電話があった。2月20日,被告Y1から「白金が悪いので,決済します。多少マイナスが出ます。」との電話があった。原告が残金はどうなっているか問いただしたところ,被告Y1は「今までの利益分で補える程度ですから大丈夫です。」と言った。原告は残金の即時返還を求めたが,被告Y1は「残金は50万円を下回っているので,このままでは申し訳ありません。灯油なら必ず利益が出せますから,もう少しだけ待ってください。」と言った。原告が必ず元金は返すよう求めたところ,被告Y1は「大丈夫です。任せてください。」と言った。

2月21日昼ころ,被告会社からの着信履歴があったため,被告Y1宛に電話したところ,被告Y2が電話に出た。これ以降,被告Y1が電話に出ることは一切なかった。

被告Y2は「Y1は営業で外に出ているので,私が代わって応対します。Y1の上司で営業課長です。」と述べた。原告が残金の即時返還を求めたところ,被告Y2は「今は元金を割っていますが,取り返しますから。だてに営業課長をやっているわけではありませんので。それより,少しでも余計に入金してもらえませんか。取り返せるどころか利益も大きく取れますので。」と述べた。原告が,「元金が戻ればやめることにしています。これ以上の入金はできません。」と述べたところ,被告Y2は「Y1から聞いています。ですから私がやるわけです。」と述べ返金を拒絶した。2月25日,被告Y2は「Xさん,すいません。プラチナに追証かかっちゃいました。どうしましょう。」と電話した。原告は,入金はできない旨を伝え,現在のマイナス金額を質問したところ,被告Y2は「今日中に決済できなくなるかもしれないし,2百万くらいマイナスが出てしまいます。今対応してもらえれば大丈夫だと思いますよ。」と言った。被告Y2は「ストップ高で決済できないことがあるんです。それに絶対大丈夫とは立場上言えませんし。」と述べた。原告がこれまでの発言と矛盾することを指摘したところ,被告Y2は「取り返しはできます。そのためにも協力をお願いしているんです。」と述べた。原告が「協力とは何ですか。」と尋ねたところ,被告Y2は「入金してもらうことです。それが多ければ多いほど,一度に取り返せることになります。必ず取り返しますので,入金してください。」と述べた。

3月5日,被告Y2が「Xさん,すいません。また追証かかっちゃいました。プラチナが悪いんですよ。残金と端数を合わせますんで,41万5320円入金してください。」と電話した。原告は「マイナスが小さいうちに,取引をやめたい。」旨伝えたところ,被告Y2は「今度こそ大丈夫ですから。お願いします。」と述べた。3月7日,被告Y2が「プラチナに追証かかってしまったので,66万円ちょうど入金してください。」と電話した。原告がこれ以上の入金は無理であることを伝えたところ,被告Y2は「必ず取り返しますので。」と繰り返し述べた。3月11日,被告Y2が「Xさん,すいません。あとプラチナ21万円,対応をお願いします。」と電話した。原告が昨日入金したばかりであること等の不満を言ったところ,被告Y2は「だったら,自分でやればいいじゃないですか。こっちだって,好きで電話している訳じゃないんですから。マイナスが何百万になっても知りませんよ。」と言ってきた。原告が担当者を代えるよう求めたところ,被告Y2は「他に担当させる者はいませんよ。嫌ならご自分でどうぞ。」と述べるので,原告は「素人ができるようなものじゃないでしょう。」と述べたところ,被告Y2は「だったら,言う通りにしてくださいよ。」と述べた。3月17日,被告Y2より51万円入金指示の電話があった。原告が入金するつもりがないこと,マイナスが200万円くらいならすぐにやめたい旨述べたところ,被告Y2は「マイナスが500万円以上になります。ここを対応してもらえれば,必ず取り返します。その後利益を取っていきましょう。」と述べた。同月18日,原告は51万円を入金した。

ウ これに対し,被告らは,原告の上記供述を否定する。しかし,被告らは,被告勧誘員らと原告との会話を録音したカセットテープについて,その存在自体は認めながらも,提出を拒否しており,また,被告Y1及び被告Y2といった被告勧誘員らの人証申請もしていない。そこで,原告の上記供述の信用性については,他の証拠や弁論の全趣旨から判断せざるを得ないところ,原告の供述内容は,相当程度に具体的であり,時期によって変遷していないし,原告の供述態度には格別不審な点も見受けられない。よって,原告の上記供述は信用できるというべきであり,その供述内容どおりの事実が認められる。

エ したがって,原告が,このような投資可能資金額をはるかに超える取引を行うに至ったことについて,被告Y1及び被告Y2が,適切な説明を行っていないことは明白である。さらに,上記認定によれば,被告Y1及び被告Y2の言動については,断定的判断の提供,説明義務違反,無断・一任売買,転がし,無意味な反復売買,不当な増し建玉,仕切拒否・回避といった法の趣旨に反する違法性が認められる。

オ また,原告は,当初定めた投資可能額(250万円)にかかわらず自己責任で取引を行うとの申出書(乙7)に署名押印して,被告会社に送り返している。しかし,証拠(甲26,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本申出書の提出の経緯は以下のとおりであると認められる。

平成15年6月初めころ,被告会社より本申出書と提出を促す通知が,原告に送られてきた。原告が,しばらく書かずに放置していたところ,被告Y2と管理部を名乗る者から「今までのマイナスを一気に取り返すために必要ですので」との電話があったことから,原告は,署名押印し,返送した。

このような提出経緯及び本申出書の内容自体は,原告の作成によるものではなく,さらに,文面上も,抽象的に「当初私が定めた投資可能額にかかわらず,今後の投下資金による取引についても,自己の責任により行います。」とあるのみであることに鑑みると,申出書(乙7)を重要視することは相当でない。

カ そして,取引開始後約10か月経過した平成15年10月6日には,合計建玉枚数が210枚,証拠金合計額が1000万円を超えるに至っており,原告の当初の投資可能資金額の4倍を超える過大な取引量に拡大している。

キ したがって,本件取引は,原告の資金力を無視した取引の拡大に終始しているといえる。このことは,手数料合計額が差引損益金1585万2310円を上回る1801万4600円に達していることからも明らかである。

よって,原告が取引未経験者であることに照らせば,被告Y1及び被告Y2の行為は,商品取引員が委託者に対して注意すべき適合性の原則を著しく違反したものであって,違法であり,被告Y1及び被告Y2は不法行為責任を負う。

ク そして,被告勧誘員らは,被告会社の事業の執行につき,上記不法行為を行ったのであるから,被告勧誘員らの使用者である被告会社は,使用者責任を負う(民法715条)。

4  被告Y3の責任

(1)  証拠(甲26,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,平成15年10月22日に,原告はいったん全銘柄を決済したが,被告会社支店長の被告Y3は,「残金844万円のうち,半分くらいは残してもらえませんか。部下がやったことは支店長である私が責任を取ります。私は営業でここまでのしあがってきました。せめて,入金総額の半分くらいまでは戻したい。今までの担当者とは違います。安心して任せてください。」と電話で原告に申し向けた。原告は,この被告Y3の「安心して任せてください。」との言葉を信用して,244万円の出金を保留したが,結局,取り返すことができないばかりか,留保した金額も戻ってこなかった。

(2)  これに対し,被告らは,原告の上記供述を否定する。しかし,被告らは,前判示のとおり,被告勧誘員らと原告との会話を録音したカセットテープについて,その存在自体は認めながらも,提出を拒否しており,また,被告Y3の人証申請もしていない。そこで,原告の上記供述の信用性については,他の証拠や弁論の全趣旨から判断せざるを得ないところ,原告の供述内容は,この点に関しても,相当程度に具体的であり,時期によって変遷していないし,原告の供述態度には格別不審な点も見受けられない。よって,原告の上記供述は信用できるというべきであり,その供述内容どおりの事実が認められる。

したがって,被告Y3の言動は,断定的判断の提供に当たり,違法であるから,被告Y3も不法行為責任を負うというべきである。なお,被告Y3の上記言動は,被告Y1及び被告Y2の不法行為を前提とするものであって,被告Y3も,不法行為に共同して加担したものと認められるから,原告の本件取引に係る損害全体について賠償すべき責任を負うものと解される。

5  被告Y4の責任

被告Y4は,被告会社の代表取締役社長として被告会社の業務を統括する地位にあった者である。したがって,被告勧誘員らとともに共同不法行為責任を負う。

6  過失相殺について

上記認定事実を前提としても,原告には,被告勧誘員らのいうがままに,取引を続けた点について,軽率であったと評価することも可能であると解され,過失相殺すべきであるとも考えられるところではある。しかしながら,被告勧誘員らは,基本委託契約締結の際に,適合性原則の実質的な審査をせず,また,当初の取引から説明義務を果たしていないのみならず,断定的判断の提供,説明義務違反,無断・一任売買,転がし,無意味な反復売買,不当な増し建玉,仕切拒否・回避といった違法行為を繰り返しており,原告が適切な投資行動をとることは非常に困難な状況であった。したがって,被告らが原告に対し,過失相殺を主張することは,信義則上,許されないというべきである。

以上によれば,信義則の観点から,被告らは原告に対し,過失相殺を主張し得ないとするのが相当である。

7  原告の損害額

(1)  本件取引による損害

原告が,本件取引において合計2187万3330円を預託し,602万1020円の返戻を受けたことは,当事者間に争いがない。

したがって,原告は,上記預託金額から返戻金額を控除した1585万2310円の損害を被っているところ,同損害は,被告らの不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(2)  慰謝料請求について

財産的損害について,金銭賠償により損害の填補がされた場合には,特段の事情がない限り,損害賠償によって慰謝すべき精神的損害は発生しないと解すべきところ,本件においては,前判示のとおり,本件取引による損害の賠償請求が認容されるとともに,これに対する取引終了日である平成16年4月9日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求も認められるのであって,これをもってもなお慰謝されない精神的損害が原告に生じているとまでは認められない。

(3)  弁護士費用

原告が,訴訟代理人弁護士らに本件訴訟追行を委任したことは,当裁判所に顕著であり,本件事案の概要,審理経過及び認容額等に照らすと,原告が被告らに対して請求し得る弁護士費用は,160万円とするのが相当である。

(4)  総損害額

以上によれば,原告の総損害額は,1745万2310円となる。

第4結論

よって,原告の本件請求は,被告らに対し,連帯して,損害金1745万2310円及びこれに対する不法行為以後(取引終了日)である平成16年4月9日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 岩坪朗彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例