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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)978号 判決 2008年1月25日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告らは,連帯して,原告Xに対し440万円,原告Xf及び原告Xmに対し各55万円並びにこれらの各金員に対する被告Df,被告Dm,被告Ef及び被告Emは平成18年6月12日から,その他の被告らは平成18年6月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2事案の概要

1  原告Xは,原告Xf及び原告Xmの長男であり,平成17年6月27日当時,被告草加市立S小学校(以下「S小学校」という。)の4年生であったものである。被告草加市を除く12名の被告ら(以下「被告Ffら」と総称する。)は,いずれもS小学校で原告と同学年の4年生であった児童の保護者である。

本事案は,原告らが,原告Xは,平成17年6月27日の4年生4クラス合同での水泳授業(以下「本件プール授業」という。)の際,被告Ffらの子である児童らに乗りかかられたりするなどして3回にわたり溺れ(以下「本件」という。),その結果,水に対する恐怖心を抱くようになったばかりか,学校に行くのが怖くなり,転校を余儀なくされるなどの精神的苦痛を被ったと主張して,被告草加市に対しては国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求権に基づき,被告Ffらに対しては民法714条に基づく損害賠償請求権に基づき,連帯して,原告らに生じた損害及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告Df,被告Dm,被告Ef及び被告Emについては平成18年6月12日,その他の被告らについては平成18年6月10日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求めたものである。

2  争いのない事実

(1)  当事者等

ア 原告Xは,平成8年1月18日生まれの小学生であり,平成17年6月27日当時,S小学校の4年生であったが,現在,東京都中央区立T小学校に通学している。

原告Xfと原告Xmは,原告Xの親権者であり,父母である。

イ 被告草加市は,S小学校を設置管理する地方公共団体である。

本件当時,原告Xの担任教諭は,Gであり,他のクラスの担任教諭であるH,I,J(以下,これら教諭を「G教諭」などと略称する。)とともに,本件プール授業において,児童の指導監督を行っていた。

ウ 被告Af及び被告AmはAの,被告Bf及び被告BmはBの,被告Cf及び被告CmはCの,被告Df及び被告DmはDの,被告Ef及び被告EmはEの,被告Ff及び被告fmはFの各親権者であり,父母である(以下,上記6人の児童を「本件児童ら」という。)。

(2)  本件の発生

平成17年6月27日2時限目,S小学校4学年の4クラスの全生徒が参加する水泳授業が行われ,原告X及び本件児童らも参加していた。原告らが,原告Xはプール授業中に溺れたというのは,この授業中のことである。

(3)  本件後

原告Xは,本件プール授業後,教室に戻らず,保健室で休み,迎えに来た原告Xmとともに帰宅した。

その日以降,原告Xは,S小学校に登校しなくなり,平成17年7月20日の終業式には参加したものの,同年8月1日からT小学校に転校した。

3  争点

(1)  本件の態様(争点1)

(2)  被告Ffらの責任原因(争点2)

(3)  被告草加市の責任原因(争点3)

(4)  原告らの損害及び因果関係(争点4)

4  当事者の主張

(1)  争点1(本件の態様)について

ア 原告らの主張

原告Xは,本件児童らの行為により,以下のとおり,3回溺れた。

(ア) 1回目

平成17年6月27日2限目,S小学校4年生の全児童は,校内のプールで本件プール授業を受けていた。本件プール授業の自由時間中,原告Xの上にCが乗りかかり,さらにその上にDが乗ったことにより,原告Xは後ろに倒れて水を飲み,溺れた。

(イ) 2回目

その後,全児童が一斉にプールを楕円形状に泳いだり歩いたりする「流れるプール」が始まった。その際,Bは原告Xの手にぶら下がり,Eとfは原告Xの腕にぶら下がった。さらに,Cが原告Xの背中に乗り,Aは原告Xの腹を蹴った。これにより,原告Xは,多量のプールの水を飲み,溺れた。原告Xは,必死で3人を振り落とし,逃げた。

(ウ) 3回目

さらに,流れるプールが行われていた最中,Bは原告Xを「つかまえた。」と言って,その背中に乗り,Eは原告Xの手に乗り,Cは再び原告Xの背中に乗って原告Xの体を引っ張った。これにより,原告Xは溺れ,気絶した状態になり,死にそうになった。原告Xが必死で水面に上がろうとしたとき,ちょうど本件プール授業が終わり,原告Xは難を逃れることができた。

(エ) 以上一連の本件児童らの行為は,原告Xに対する違法な加害行為であることが明らかである。

イ 被告Ffらの主張

原告ら主張の日時場所で本件プール授業が行われたことは認めるが,その余は否認する。

原告らは,原告Xが悪質ないじめを受けていたかのような主張をしているが,実際には,小学校4年生の年頃によくあるようなふざけ合いにすぎず,しかもその過程でプールの水を飲んだのは原告Xのみではなく,他の児童らも多かれ少なかれプールの水を飲んだ。また,原告X自身,Cの水着を引っ張り,Cの尻を半分ほど露出させるなどの行為をしている。

また,原告Xが「溺れた」というのは,単に水を飲んだことを表したものにすぎず,少なくとも,プールから上がった時点では,「気絶した状態」あるいは「死にそうな状態」というような重篤な状態を窺わせる様子は見あたらなかった。

ウ 被告草加市の主張

原告ら主張の日時場所で本件プール授業が行われていたことは認めるが,その余は否認する。

本件プール授業中の出来事は,児童たちがプールの中を楕円形状に動いていた約5分間の中で,原告Xも含め7人の児童がふざけ合っていたものであり,原告Xだけが他の児童たちから一方的に何かをされたというわけではない。

(2)  争点2(被告Ffらの責任原因)について

ア 原告らの主張

本件児童らの原告Xに対する行為が違法であることは明らかであり,被告Ffらは,本件児童らの父母であるところ,民法714条により監督義務者として,本件により生じた損害について賠償する責任がある。

イ 被告Ffらの主張

争う。

本件児童らの行為は違法性がなく,後述するように損害も発生していないのであるから,親権者として被告Ffらに責任が生じる前提がない。

(3)  争点3(被告草加市の責任原因)について

ア 原告らの主張

(ア) 本件時の事情

G教諭,H教諭,I教諭,J教諭は,4クラスの合同の水泳授業の指導,監督,監視をしていた教師であり,事故が起こらないようにプールにいる児童の動向に注意すべき義務があった。しかるに,本件時,G教諭は,授業中でありながらシャワーを浴びに行っており,H教諭は,本件プール授業の現場責任者でありながら,I教諭とともに,薬箱を扱っており,また,J教諭は,プールサイドにいながら,本件時,見学者と話をしているなどしており,上記4名は,児童の動向を注視するという注意義務を懈怠し,本件を防止できなかったという過失がある。また,K(以下「K校長」という。)は,S小学校の校長として同校の教師に対する授業中の生徒の監視,注意等についての指導すべき立場にあるにもかかわらず,十分な指導をせず,結果として,上記4人の教師は,本件を防止できなかったものである。

(イ) 本件後の事情

原告Xは,本件により,3回溺れ,プールの水を大量に飲み,死にそうな状態になり,具合が悪くなったため,校内の保健室で休んでいたが,良くならないため帰宅した。その後,原告Xは,学校が怖くて,学校に通学できる精神状態ではなく,同校での授業を受けることができない精神状態となった。原告Xfや原告Xmは,原告Xの精神状態を改善すべく,学校や被告Ffらと話し合いを持つなど,原告Xが再びS小学校に通学できるような環境整備を行うように努めた。しかし,G教諭は,原告らの状況を理解せず,むしろ,本件を公にしたくない気持ちから,「原告Xが心の病で休んでいる。」とか,「Bはやっていない。」とか,「原告ら宅に謝りに行く必要はない。」とかの発言をするなど不適切な言動をした。K校長も,校長としての措置,監督責任を怠り,本件後も誠意のある対応をせず,適切な回復措置を怠った。

(ウ) 以上のとおり,S小学校のG教諭を含む4人の教師及びK校長には,本件を発生させたのみならず,その後も不適切な対応をとり,原告らに損害を与えたものであるから,これらのいずれについても不法行為が成立するというべきである。被告草加市は,S小学校を設置,管理,運営する地方公共団体であるところ,4人の教師及びK校長の使用者として715条の使用者責任あるいは国家賠償法1条1項に基づき,原告らに生じた損害について賠償する責任がある。

イ 被告草加市の主張

争う。

(ア) G教諭がシャワーを浴びに行ったことは認めるが,H教諭とI教諭が薬箱を扱っていたことは否認する。H教諭はプールの周辺を移動しながらプール全体を見守っていたし,I教諭は校舎側の定位置でプールを見守っていた。J教諭は,見学者と話をしていたことはなく,プールサイドに上がって監視していた。

(イ) G教諭が「心の病気で休んでいる。」と言ったのは,原告Xが本件の影響で気持ちが学校に向かっていないことを婉曲的に表現したものであり,「Bはやっていない。」との発言は,正確な事実がわからなかったからである。また,G教諭は,「個人個人でお会いしない方がよい。」とは言ったが,「謝りに行く必要はない。」と言ったことはない。

(4)  争点4(損害及び因果関係)について

ア 原告らの主張

(ア) 原告Xに関する損害及び因果関係

原告Xは,本件によって通学ができる精神状態ではなくなり,平成17年7月20日の終業式には登校したものの,その後も同校に通学することができない精神状態であったため,2学期からは他校に転校せざるを得なくなり,現在に至っている。

原告Xは,水の中に入ると極度の恐怖心を抱くようになり,毎年プールに入る季節になると本件を思い出すトラウマ(精神的外傷)を負い,その精神的苦痛から逃れることができない状態にある。その精神的苦痛を慰謝するには,400万円が相当である。

また,弁護士報酬40万円も,上記不法行為との間に相当因果関係のある損害である。

(イ) 原告Xf及び原告Xmに関する損害及び因果関係

原告Xf及び原告Xmは,原告XがS小学校に通学できない精神状態となったため,原告Xの精神状態を改善すべく,学校と被告Ffらと連絡をとり,話し合いを持ったが,学校や被告Ffらの対応は誠意がなく,原告らやその親族の怒りを買う対応であった。そのため,原告Xf及び原告Xmは,原告Xを2学期から他校に転校させざるを得なくなり,原告Xの面倒や転校の手配などに忙殺され,大きな精神的損害を被った。その精神的苦痛を金銭に評価すれば,それぞれ50万円が相当である。

また,弁護士報酬も,それぞれ5万円が上記不法行為と相当因果関係のある損害である。

(ウ) 上記原告らの損害は,被告Ffら及び被告草加市の共同の不法行為により発生したものであるから,被告Ffらは民法714条により,被告草加市は国家賠償法1条1項ないし民法715条により,連帯して,原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

イ 被告Ffらの主張

否認し争う。

原告Xは,転校先のT小学校において2学期からプール活動に参加しており,本件によるトラウマがあるとはいえない。

また,原告Xは,本件が直接の原因でS小学校に通学することができない精神状態となったものではない。原告Xmは,平成17年7月8日の保護者会においては,本件自体にはそれほど怒っていない旨,原告Xは本件については納得している旨述べ,むしろ「心の病気」発言を問題視している様子であった。

さらに,原告Xが転校するに至ったのは,本件が原因というより,G教諭の「心の病気」発言により,原告XmがG教諭に憤慨して,担任から外そうとしてL先生をはじめ教育委員会にも働きかけたものの,担任変更に応じてもらえなかったという事情が大きい。

ウ 被告草加市の主張

否認し争う。

原告Xは,2学期の開始を待たず,平成17年8月1日からT小学校に転校し,夏休みのプール指導等に参加している。また,原告Xは,平成18年の夏休みの始めに行われた館山での臨海学園にも参加予定であったと聞いている。原告Xが今なおトラウマを負っているとの主張は納得できない。また,原告Xが登校しなくなったのは,本人の心身の状況によるものではなく,もっぱら原告Xmの「心の病気」発言をしたG教諭への反感に基づくものと思われる。

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件の態様)について

(1)  前記第2・2の争いのない事実並びに証拠(甲1,甲12,甲14,乙8の2,乙8の4,乙12,乙13,乙15,乙16,丙5,証人G,証人D,証人B,証人E,証人F,証人C,原告X,原告Xm)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件プール授業が行われたプールは,長さ25mで6コースあるプールであり,深さは,0.8m~1.2mで,中央が深くなっている。原告Xは,同学年の児童に比べて身長が高い方に属し,本件から2年余を経過した平成19年8月28日の時点で,159.9cmであった。

イ 平成17年6月27日,2限目の本件プール授業の終わりころ,授業に参加している児童がプールを時計と反対回りに回り,水の流れを作る「流れるプール」が始まるころ,Cが原告Xの肩越しに後ろから手を回す形で覆い被さるようにして,原告Xの背中に乗った。さらにその上にDが覆い被さったところ,3人もろとも後ろにひっくり返り,水を飲んだ。3人とも,2,3秒して水面に上がり,原告Xは,2人に対し,「やめろよ。」と文句を言った。

ウ その後,原告Xは,流れるプールの流れに乗って,プールを1周半程度(約90~100m)歩いた後,Bが原告Xの右手を引っ張った。そのとき,原告Xは,これをやめるよう言ったり,いやがったりする様子は見せなかった。Eは,両手で原告Xの左手首のあたりをつかみ,Fも原告Xの隣に並ぶようにして左腕につかまった。さらに,Cは原告Xの背中に乗っかったところ,原告Xは後方に倒れた。このため,原告Xにつかまっていた3人は手を離したが,4人もろとも水中に沈み,まもなく水面に起き上がった。4人が原告Xに密着した状態になったころ,Aの足が原告Xの腹に当たった。

エ その後,原告Xは,プールの水流に乗って,プールを2周程度(約120~130m)を移動した。Bが,再び,原告Xに追い付いて,原告Xの手をつかんだ。さらに,Cが原告Xのお腹を両腕でつかんだ。原告Xは,両手を横に大きく振って振り落とそうとしたが,原告XとCは後方に仰向けに水中に倒れた。原告Xは,2,3秒ぐらいで水面に起き上がった。

オ 原告Xは,本件プール授業が終わった後,クラスの授業には戻らず,保健室で休んだ。原告Xは,養護の先生に対しては,気持ちが悪いことは伝えたものの,体の痛みを訴えることはしなかった。また,原告Xは,顔色が悪いことを指摘されることはなかったが,何度か咳き込んだ。原告Xは,運ばれた給食にはほとんど手を付けず,迎えに来た原告Xmと一緒に帰宅後,嘔吐した。

(2)ア  上記事実を前提に検討するに,原告Xは,3つの場面で,腕をつかまれ,背中に乗られるなどした後,原告Xの体をつかんでいる児童もろとも,後方に倒れて水中に沈み込み,水を飲んだものと認められる。しかし,これらの各状況を見ると,原告Xは,四肢をつかまれて体の自由を奪われた状況であったわけではなく,また,水中に倒れ込んだ後,つかまっていた本件児童らは,原告Xの腕や背中からはその時点で離れており,原告Xをことさら水から起き上がれないように押さえ付けるようなことをしたことはない。また,原告Xも,本件児童らの数名に対しふざけて手を出すなどしていた節が窺われる。そして,原告Xが,本件児童らに比較して体が大きく,Cに対しては背中に乗っていいよと言ったことがあったことなどの事情も併せると,本件児童らの行為は,ふざけ合いの域を出ないものであり,危険性の高いものではなかったというべきである。

また,原告Xが本件児童らから以前から嫌がらせを受けていたという事実もないことからすれば,上記行為態様から,本件児童らが原告Xに対して共同して何らかの危害を加える意図を持っていたものとも認めることができない。

一般に,プールでの授業は,育ち盛りの児童にとっては,水中という独特の環境の下で,開放的な気分に乗って思う存分体を動かせる場として,教室での授業とは異なる趣があるものである。また,水中では浮力が働くことから,水の浮力を利用して普段できないような動きを試したり,お互いにつかみあったりすることもままあることであり,本件児童らの行為はこれと比較して危険性の高い行為であったとまではいえない。本件児童らと原告Xとの一連のやりとりは,このようなプール授業時特有の児童の開放的な心理状態の現れと見ることができる。

このような観点からすると,本件児童らの行為は,解放的な心理状態の下で行われたふざけ合いの範囲内の行為であり,Aの足が原告Xの腹部に当たったことも含め,その一連の行為をもって違法な加害行為と評価することはできないといわざるを得ない。

イ  原告らは,原告Xは,3つの場面でそれぞれ溺れて死ぬ思いをしたなどと主張し,本件後,保健室に行った後早退し,嘔吐するなど数日間体調を崩した,また,水に対する恐怖心を抱くようになったとして,本件が原告Xに対する重大な身体的,心理的影響を与えた旨主張する。

(ア) しかし,原告らが主張する1回目の溺れと2回目の溺れ,2回目の溺れと3回目の溺れとの間には,原告Xが100m前後の距離を移動するに足りる時間があったのであり,仮にその主張する各場面で,原告Xが溺れて死ぬ思いをしたというのであれば,まさに生命の危機に直面しているのであるから,大声を上げて助けを求めるとか,水中を避けてプールサイドに上がるなどの手段を執ると考えるのが自然である。しかし,原告Xの供述によれば,原告Xは,プールサイドにいた4名の教諭の位置関係及び行動を正確に把握していながら,特に声を上げて助けを呼ぶわけでもなく,プールサイドに逃げることもしなかったというのである。そして,原告Xにとって,そのような手段を講じることが時間的にも容易であったことも併せると,本件児童らの行為や原告Xが水を飲んだという事実がそれほど原告Xに深刻な影響を与えていなかったことを示唆するものといえ,原告Xが溺れて死ぬ思いをしたというのは,いささか誇張した表現というべきである。

(イ) また,前記のとおり,原告Xは,本件後,保健室で休憩し,気分が悪いとして給食には手を付けず,原告Xmが学校に迎えに来た後,自宅で嘔吐したという事実が認められるものの,原告Xが3回水を飲んだといっても,2,3秒という短時間で水面に起き上がることができたのであり,それほど原告Xに重篤な影響を与えるものとは考えられず,それによる身体的不調が数日間続くということも不自然である。また,原告Xは,本件の2か月後には転校先のT小学校のプールの授業に参加していること,本件に関する身体的・心理的影響に関して何ら医療機関の所見を得ていないことなどからすると,T小学校とS小学校の安全管理体制の違いがあるにしても,本件が原告Xの心理面に与えた影響が大きかったと判断するのは困難である。

(ウ) これらのことからすると,本件と原告Xに及ぼしたと原告らが主張する影響との間に因果関係を認めるには疑問があり,本件が原告Xに重大な結果をもたらしたものと認めることはできない。

ウ  以上検討した本件児童らの行為の危険性や発生した結果などに関する上記事情に照らすと,本件児童らの行為が違法であると認めるには足りないというべきである。

2  争点2(被告Ffらの責任原因)について

上記1で判示したとおり,本件において本件児童らの行為に違法性を認めることができない以上,本件について,本件児童らの監督者である被告Ffらに民法714条の不法行為責任を負わせることはできない。よって,原告らの被告Ffらに対する損害賠償請求は理由がない。

3  争点3(被告草加市の責任原因)について

(1)  本件を防止すべき義務に関して

学校の教師は,学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負っているところ,授業の実施について,児童を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的注意義務がある。したがって,児童が事故発生の具体的な危険のある行為をしている場合には,それを発見し,やめさせるべき法的義務があるというべきであり,上記義務に違反した場合には,国家賠償法1条1項ないし不法行為法上の違法な行為となる。そして,上記義務は,教育活動が潜在的に事故発生の危険性をはらんでいることを前提としているものであるから,教育現場で発生した事故が,違法性のない行為に基づく場合であっても,その一事をもって,教師に注意義務違反がなかったと判断することはできないというべきである。

もっとも,上記のように解したとしても,本件児童らの一連の行為については,既に認定したとおりその態様から客観的な危険性を認識し得るものではなく,事故発生の具体的な危険のある行為とはいい難い。そうすると,本件プール授業を監視・監督していたG教諭らが本件児童らの行為を発見し,やめさせるべき法的義務があったと認めるには不十分である。

したがって,G教諭が本件の時点で,シャワーを浴びており,持ち場を離れており,その他の教諭らにおいても本件を発見できなかったとしても,上記義務違反として法的責任を認めることはできない。

(2)  本件後の対応に関して

ア 原告らは,G教諭やK校長が,原告Xが学校に行けない精神状況であったにもかかわらず,それを理解せず,原告Xが1日でも早く通学できるような環境を作るための適切な措置をとらずに放置したと主張する。

しかし,仮に原告Xが本件によって学校に行けない精神状況になったとしても,本件自体については被告草加市が法的責任を負わないことは既に述べたとおりであるから,以下,原告が主張する本件後の事情について被告草加市の責任を検討する。

イ G教諭の発言について

(ア) 「Bはやっていない。」との発言(6月28日の夕方)

G教諭が原告Xmに対し「Bはやっていない。」との発言をしたことは当事者間に争いのないところ,G教諭が本件当日の事情聴取により本件に対するBの関与を認識していたことからすれば,事実に反する発言という意味では不適切な面があったといわざるを得ない。この発言が,本件児童らの行為ないし学校側の監視体制について強い疑念を有していた原告らにとっては,学校側が本件児童らの肩を持っているとの印象を与え,原告らが学校,とりわけG教諭に対する不信感を持つきっかけになったことは否めない。しかしながら,この発言は,原告Xmが小学生であるBに対して,同人を痛烈に非難する言葉を発し,それによってBが恐怖に怯えていたことを聞いた後に,G教諭からの電話の中で発言されたものであること(証人G,証人B)に照らすと,本件が児童同士のふざけ合いとして取りたてて問題視することもないであろうと考えていた学校側の認識のもと,Bをかばおうとする担任としての配慮からなされたものと考えられる。このことと,本件自体について本件児童らの違法性及びG教諭らの注意義務違反を認めることができないことを併せ考慮すると,「Bはやっていない。」と発言したことは,違法と評価するほどのものではないというべきである。

(イ) 「心の病気」発言(7月4日の授業中)

証拠(乙1,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,上記発言は,原告Xが本件以降1週間ほど欠席を続けており,参加すると思われていた授業参観にも姿を見せないことから,原告Xを心配するクラスメートが,G教諭に対して原告Xが学校に来ない理由を聞いたことに対して発せられたものであり,児童らの心配を和らげ,かつ児童らにも理解しやすい説明をする意図に基づくものと認めることができる。このようなG教諭の発言の経緯・意図にかんがみれば,結果としてこの発言が原告らの心情を害することになったことは否定できないものの,これをもって原告Xに対する不法行為と評価することはできないというべきである。

(ウ) 謝罪に関する発言(6月30日)

原告らは,被告Ffらが本件に関し適切な時期に謝罪に来なかったことを問題視し,その背景としてG教諭が本件児童らに「謝りに行く必要はない。」などと発言したことが影響していると主張している。しかしながら,G教諭が上記発言をしたと認める証拠はなく,「個人個人で会わない方がいい。」と発言したのみであったと認められる。そして,この発言がされた時点で,原告XmがBに対して激しく叱責したこと,また,原告らと被告Ffらとの間に事実関係についての認識に隔たりがあったことなどの事情からすれば,被告Ffらが原告らのもとに謝罪に行ったとしても,原告らの望む結果にならないであろうと考えたとしてもやむを得ないところである。そうだとすれば,上記のような中途半端な状況の下では,さらなる関係悪化を避けるためにさしあたり謝罪に赴かないことを選択したことをもって責められることとはいえない。したがって,この発言を捕らえて,違法性を認めることはできない。

(エ) その他G教諭の言動について違法性を認めるに足りる事情はないから,この点に関する原告らの主張は理由がない。

ウ 学校側の事故後の対応について

(ア) 保護者ないし親権者は,学校生活における子の安全確保について全面的に学校に依存せざるを得ないことからすれば,学校に対して,事故が発生した場合の顛末の報告や,再発防止の適切な措置を講じることを求めることは当然の心情として理解できる。このことは,当該事故が,学校ないし学校事故に関与した児童側に法的責任がない場合であっても同様である。したがって,学校教育の安全を全面的に任されている学校は,事故に遭った児童及びその保護者の心情に配慮し,当該事故の態様や結果,その後の事実経過などに照らして必要かつ適切な措置を講じる義務があるというべきであり,上記義務に違反した場合には,国家賠償法1条1項ないし不法行為法上の違法な行為となるというべきである。

(イ) 本件に関して,原告らが被告草加市やS小学校に求めていたものは,原告Xが再び学校に通学できるような環境を作ることであった。原告らが求める環境整備については具体的な主張がないため判然としないが,原告Xmは,平成17年7月8日のクラス臨時保護者会において,「原告Xは,G教諭のいない4年1組に戻りたいと言っている。」旨述べ(乙1),当裁判所においても,被告草加市教育委員会に担任を変えて欲しいという要求をした旨供述し,同旨の陳述書(甲15)を提出していることからすると,原告らが,G教諭を担任から外してもらうことを極めて重要な要求として考えていたことは明らかである。

そこで,G教諭を担任から外さなかったことが上記義務違反として違法か否かを検討するに,学級担任を外すには,それを正当化する理由が必要というべきところ,既に検討したとおり,G教諭の言動についてはやや不適切な点があったことは否めないものの,それが,不法行為の成立を肯定するに足りるだけの違法性を認めることはできないし,また,G教諭が担任として受け持っている児童はひとり原告Xだけではないのであり,担任を変更するにあたっては,他の児童に与える影響等も考慮の上,総合的な配慮も必要であることにかんがみれば,本件及びその後の対応に関連してG教諭を担任から外さなかったことに,特段の法的義務違反があるということはできない。

(ウ) その他,証拠(甲9,甲11,乙7の1,証人G,証人B,証人E,証人A,証人F,証人C,原告X,原告Xm)及び弁論の全趣旨によれば,本件当日,G教諭は,本件に関与したと思われる本件児童らのうち5名を放課後教室に残し,事情聴取をした上で,反省文を書かせたこと,平成17年6月29日には,K校長を交え,G教諭と原告X,原告Xmらが話し合いを持ったこと,同月30日には,本件児童らの母親6人に集まってもらい,原告らに謝罪する場を設けたこと,同年7月8日には,4年1組の臨時保護者会が開かれ,G教諭を辞めさせない方向で再び原告Xが通学できるような対策を検討したこと,被告草加市教育委員会からプール授業に関する安全指導を受け,プール事故防止の徹底に取り組んでいることなどの事実が認められる。そして,本件については,本件児童らに違法行為は認められず,学校側に法的責任を問うべき事案ではないこと,本件と原告らが主張する原告Xの症状との間に因果関係を認めることも困難であること,その適切さはともかく,G教諭は,原告らの心情に配慮し,原告らの主張を事実として認める文書を作成していることなどの事情も併せると,上記のような学校の対応は,必ずしも原告らの希望を満足させるものではなかったとはいえ,本件及びG教諭の対応を強く問題視する原告らの意向を受けて,本件について学校としての道義的責任を果たし,原告らとの関係を円満に納めるべく善処しようとして行われたものと評価できる。

(エ) また,原告Xmの母は,本件の2日後の時点で既に転校の可能性を口にし,徹底的に争うつもりであることを明確に表明していること,原告Xmは,その尋問の中で,「仮にG教諭が担当から外れても,原告Xが通学できるかどうかはわからない。どのような条件がかなえば原告Xが通学できるようになるかわからない。」旨供述していることなどからすると,本件における学校の対応と,原告Xが転校したこととの間に因果関係を認めることもできない。

(オ) 以上のとおり,本件をきっかけとして原告Xが転校に至るまで何らかの損害が発生していたとしても,学校側の措置に違法性を認めることはできない。

エ 以上によれば,仮に原告らの主張するとおり原告Xが学校に行くことができない精神状況になり,学校側や被告Ffらとの話し合いが功を奏せず,転校に至ったという経緯があったとしても,本件後のG教諭や学校側の対応には,法的責任を負わせるべき違法性を認めることができないというべきである。

第4結論

よって,原告らの本訴請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤壽邦 裁判官 河本晶子 裁判官 多々良周作)

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